魔法の森の入り口に佇む一件の店。
香霖堂と呼ばれる、人間、妖怪双方に利用される古道具屋である。
この日、店主である霖之助は客を待っていた。
なんとも珍しい事に、買い物ついでに『見せて欲しい物』があると依頼されたのだ。
本当に珍しい事だった。
全うに買い物をしてくれる客である。
僕の店にくる客の大半は、ツケで商品を持ち去ってゆく。
そのツケも払う気があれば良いのだが、今のところそんな気配は微塵も感じられない。
その内の一人は魔法の森でなにやら物騒な魔法をぶっ放しているようだった。
二度、三度と店が微かに揺れたのが理由だ。
話が脱線してしまった。
『見せて欲しい物』の事で一瞬戸惑ったが、それでも僕は快く承諾した。
なぜならついでの買い物が僕にとっては重要だったからだ。
「ふぅ」
読んでいた本から目を離す。
連絡を受けてから随分と時間が経つが、未だに客は来ない。
時間を指定した訳ではないし、店を離れる事も無いから別段困る事はないのだが。
霖之助は用意した『見せて欲しい物』に視線を移す。
ふと、疑問が浮かぶ。
どうして、コレを知っていたのだろう……?
店の中でも一二を争う貴重品であり、僕個人コレを大切にしている。
当然、他の誰にもこの品物の事は教えて無い。
「……そういえば」
……お客からの連絡には式神が使われていた。
お稲荷様の様な、狐の式神が。
妖怪の賢者は九尾の狐を式神に持っていると聞いた覚えがある。
賢者の式ならば、幻想郷の事を隅々まで知っているだろうし、
この品物――『見せて欲しい物』の事を知っていてもおかしくはないか。
一人思案し、一人納得した頃、コンコンと店の扉がノックされる。
「はい、いらっしゃい」
ゆっくりと扉が開かれ、少女がひょっこりと顔を覗かせる。
二股に分かれた猫のしっぽがユラユラと揺れているのが見える。
化け猫の類だろうか?
「あの……、藍さまにここだって言われて来たんですけど……」
藍という名前に聞き覚えは無かったが、この切り出し方は予約をしたお客という証拠だ。
「あぁ、キミが連絡を受けた……、さぁ、店の中へどうぞ」
店の外から中を覗いている妖怪の少女を店の中へと招き入れる。
扉を閉めて少女はカウンターの前まで来る。
「その、……遅れちゃってごめんなさい」
藍という人の教育が良いのか、妖怪少女は遅れたことを謝ってきた。
「あぁ、大丈夫だよ。それに準備もしてあるから」
カウンターの上に袋に包まれたソレを置く。
「ほら、これが例の物だよ」
袋を紐解き、中に入った品物を少女に手渡す。
「わぁ……」
少女は手に持ったソレを、物珍しそうに眺める。
しかし、こんな少女がコレに興味を示すとは……
コレの能力を知っているのか、それとも別の……?
もしかしたら外の世界の歴史を学んだ過程で気になったとかだろうか?
まぁ、知的好奇心を満たしたいという欲求は人間も妖怪も変わらないのかもしれない。
「あ、あのっ」
「うん、どうしたんだい?」
「その、藍さまにお使いも頼まれてて」
「それはありがたい。お客様、何をお求めで?」
僕は上機嫌で接客をする。
「えっと、可愛らしいお皿を三枚欲しいって」
「可愛らしいお皿か……、少し待っててくれるかい?」
僕は皿を仕舞ってある棚へと向かう。
「確かこのあたりに絵柄の綺麗ないわくつきの皿が……」
棚から箱を取り出すと、中から二枚の皿を出す。
「この絵柄とこっちの絵柄、どっちが……」
良いかな? そう振り向こうとした同時に、店の扉がバタリと閉まる。
「……うん、扉が?」
風かな?と思うが、すぐにその考えは捨てる。
なぜなら扉は先ほどまで閉まっていた筈……
はっとした僕はカウンターを見る。
そこに彼女と、例の品物が無くなっていた。
「しまった――ッ」
アレを持っていかれた……ッ
普段の僕ならば、霊夢に頼んで取り返してもらう事を考えるだろう。
しかし、そうなれば遅かれ早かれ必ず魔理沙に知られてしまう。
アレの正体に気づいた魔理沙なら、十中八九返せと言ってくるに違いない。
それは不味い。
折角正当な条件で交換したというのに……ッ
となれば、今の状況では選択肢は一つしかない。
僕は慌てて妖怪少女を追いかけようと店を出る。
しかし、扉を開けた途端、目の前に女性が飛び込んできた。
「うわぁッ」
「きゃッ」
僕はどうにか女性に接触する前に立ち止まれたが相手を驚かせてしまったようだ。
弾みで女性の被っていた帽子が落ちてしまう。
「す、すみません。急いでいたもので……」
謝りつつ落ちてしまった帽子を拾い上げ、埃を払って手渡す。
「やれやれ、今日は良くぶつかりそうになる日だ。つい先ほども……」
女性は文句を言いつつ帽子を被りなおす。
そこで初めて女性の顔を確認する。
「本当にすいません……、おや、慧音さん……?」
――これは、運が向いてきたようだ。
彼女は上白沢慧音。
人里で子供達に勉強を教えたりしている人格者だ。
教材を探しにウチに通ってくれたりもする、貴重なお得意様の一人でもある。
きっと今日も用事があって訪ねてきたのだろう。
でも、その正体はワーハクタク。
つまり、獣人――妖怪だ。
しかし、人間に好意的な彼女は悪さをする妖怪から人間達を守ってくれる存在でもある。
「うん?」
「その、先ほどもぶつかりそうになったんですよね?」
「あ、あぁ、小柄な娘が勢い良く店から出てきてね。注意しようにも物凄い速さで走り去ってしまったよ」
「その走り去った娘が、ウチの商品を持って出ていったんですよ!」
「なッ、それはすぐに追いかけなきゃダメじゃないかっ」
「でも相手は猫の妖怪なんだ。 もう追いかけても僕じゃ追いつける筈が……」
気弱な発言に、慧音さんは元気付けるように僕の肩をポンと叩く。
「任せておけ。ちゃんと捕まえて謝罪させて、品物を返させるさ」
スカートを翻して、慧音さんは疾風の如く少女の後を追いかけていった。
勇ましい慧音さんの後姿を見送った僕は店のカウンターに戻る。
先ほどは我を忘れて飛び出そうとしたが、店主不在では店の意味が無い。
「ふぅ、これで霊夢にも魔理沙にも知られずに解決できそうだ……」
後は慧音さん任せだ。
真面目な彼女の事だから、きっと捕まえてくれる筈だ。
事件解決を完全に人任せにした僕は出しっぱなしの皿を片付ける事にした。
「……ん? これは……」
皿を片付けていると、床に一枚の紙切れが落ちている事に気がついた。
拾い上げてみると、紙切れには読み辛い字でこう書かれていた。
『必ず返しにきます。可愛いお皿を選んでおいてください』
「……ふぅ」
片付けを中断し、皿を持ってカウンターに戻る。
「一体何がしたいのだろう……?」
疑問は尽きない。
でも確かなのは彼女がアレを持ち出した事と、
必ず返すと書かれた書置きだ。
僕はこの書置きを信じようと思った。
信頼こそ、商売の基本であり極意である。
この言葉が嘘であっても慧音さんがきっと取り戻してくれるだろう。
つまり、今の僕に出来る事は、二人が帰ってくるのを待つだけだ。
「さて、どちらの絵柄が可愛いか……」
§ § §
霊夢が出かけ、主人不在の博麗神社。
エプロンをつけた少女がパタパタと足音を発てて廊下を歩く。
決して走らないように、でも少しでも速く。
部屋の前で止まると手に持ったお盆を置いて襖を開く。
お盆には急須と三人分の湯飲みが置いてある。
「お茶煎れてきたよー」
エプロンをした少女――ルーミアの屈託のない声に、部屋に敷かれた布団が二つ、モゾモゾと動く。
「あ、ありがと……」
起き上がろうとした私――鈴仙をルーミアがあわてて制止する。
「わ、ダメだよちゃんと寝てないとっ」
霊夢を襲撃した私と妖夢はルーミアの看病もあり、意識を取り戻していた。
元来妖怪は人間と比べ物にならない程肉体的能力が突出している。
特に肉体は頑丈で、たとえ五体を寸断されようともすぐさま治癒してしまう。
その反面、精神的、概念的な物により大きな影響を受けてしまう。
妖怪退治を行う者はその弱点を熟知している。
中でも妖怪退治の専門家である巫女の一撃は、穢れを祓い、浄化する。
霊夢との一戦で彼女達の受けた精神的な傷は、当然ながら深い。
物理的な傷は治癒しても彼女達は『怪我人』として、ルーミアの世話になっていた。
ルーミアからお茶を受け取り、私と妖夢は喉を潤す。
精神的な傷は、精神的にしか癒すことができない。
お茶を飲む事で気持ちを落ち着かせ、傷の治癒を促進させる事に繋がるのだ。
「ふぅ……、ごちそうさま」
「うん、美味しかったわ」
お茶を飲み干し、一息ついてルーミアに礼を述べる。
「えへへ、どういたしましてー」
満面の笑みで私達に答えると、ルーミアは湯飲みを下げる為に部屋を出てゆく。
ルーミア自身、理解も意識もしていないだろうけれど、その笑顔は確かに傷を癒してくれていた。
「……妖夢は――」
「はい?」
「妖夢はどうして?」
質問はそれだけで十分だった。
どうして此処に居るのか?では無い。
二人一緒に神社で寝ているというだけで十分説明がつく。
それよりも、どうして此処に来たのか、それが重要だった。
「私は……、夢の中で刀が泣いていると教えられたんです」
そして妖夢の口から出た『夢』という言葉。
「霊夢を斬れば良いとそう言われたのを思い出したらもう斬る事しか頭に無くて……」
「そうなんだ、妖夢も……」
「え……?」
私の言葉は奇妙に聞えたかもしれない。
刀を持たない私が、妖夢と同じ理由で此処に来る筈がない。
「私も言われたのよ、夢の中で」
「――っ」
夢の中と言う奇妙な一致。
私は説明を続ける。
「月の仲間達の仇を討ちたいなら霊夢でって……」
「……なんかおかしくないですか?」
妖夢があることに気がつく。
「えぇ、私も丁度今思ったところ」
それは明らかに不自然だった。
二人は同時に疑問を吐露する。
「どうして――、霊夢なの?」
まるで誰かが意図したような……
「何の話してるのー?」
湯飲みを置いてきたルーミアがひょっこりと顔をだす。
「あぁ、此処にきた理由――きゃッ!?」
説明しようとした途端に、神社の周辺があまりにも禍々しい気配で覆われる。
「な――ッ?」
「くぅ……っ」
まとわりつくような妖気を察知し、私は妖夢と顔を見合わせ頷き合う。
「ぅ……、ど、どうしたの?」
「やっと解ったのよ。 どうして霊夢を襲ったのか」
「えぇ、誰が夢で囁いたのかをッ」
そうだ、私達二人は知っている。
この、禍々しい気配を、夢の中で確かに感じ取っていた。
私達は立ち上がると、傷を負った体に鞭打ち部屋を飛び出る。
「ま、まってよぉ」
置いてかれまいと、ルーミアも慌てて部屋を飛び出る。
目指す先は、禍々しい気配を発する来訪者の元。
§ § §
大鳥居を視界に収めた魅魔は思わず声をあげて笑ってしまう。
「フフフ……っ、はははッ」
全てが順調だった。
魔法の森まで霊夢を誘い出し、魔理沙を使っての足止め。
ここまでは全て彼女の計画通りである。
さらに対象は神社から動いていない。
「霊夢を誘い出す為の餌が、対象を留める重石にもなるだなんてね……」
これは僥倖だった。
昨夜の気配を元に探し出すつもりだったが、その必要が無くなったのだ。
これならば分霊を置いておく必要も無かったか?
「さぁて……」
魔理沙が頑張っている間に自分の仕事を終わらせようと魅魔は神社へと歩を進める。
すると、母屋の方から駆け寄ってくる人影が見える。
「おや……、これはこれは、出迎えご苦労と言えば良いかい?」
神社から現れたのは、妖怪兎と半人半霊の二人だった。
霊夢にやられたと思ったけれど、まだ使えそうか――?
しかし、私の幸運もそこまで良くはないらしい。
「その禍々しい感覚……、夢に現れたのはあなたですね!」
幽霊を従えた少女が、刀の切っ先を私に向ける。
「あんた、何をしにきたの」
妖怪兎――鈴仙が魅魔を見据える。
なんだ、二人とも正気に戻ってるのか。
しかし何の問題も無い。
所詮は使い終わった駒だ。
「はぁ、はぁ、二人とも早いよ……」
二人より随分遅れて金髪の少女が外に出てくる。
「これは……、自分から出てきてくれるとは」
私の視線に金髪の少女――ルーミアが気がつき怯える。
「な、なに……?」
なんともそそる表情だねぇ……
「何しにきたのか知りたがってたね、教えてあげるよ。 その娘の確保さッ」
降妖宝杖――先端に月牙の着いた杖を取り出し、薙ぎ払う。
――ワイドウェーブ
月牙から放たれた幽気が衝撃波となって三人を襲う。
「させるかッ」
一喝と共に妖夢の楼観剣が一閃される。
「ほぅ、なかなかやるじゃないか」
広範囲を襲う衝撃波を、同じ衝撃波で相殺したのだ。
「随分と余裕ぶってられるわね!」
声のした上空を見上げると、鈴仙がこちらに向けて指先を向けている。
「むぅッ」
展開された魔法陣から放たれる銃弾の豪雨。
「ちぃッ」
咄嗟に飛び退り、回避するがその行動を予測した妖夢が大上段に構えて踏み込んでくる。
「ハァアア――ッ」
「く――っ!」
絶妙な間合い。
完全なタイミング。
通常の刀ならば霊――幽体を斬る事は不可能である。
しかし、振るわれた刀は妖怪が鍛えし刀。
その刀身は斬れない筈の幽霊をも両断する。
一振りで幽霊十体分の殺傷力を持つと言われる楼観剣は確実に私を捕らえた。
頭頂部から股下まで渾身の力で振り下ろされる。
「――くくッ、それで終わりかい?」
「――なっ?」
しかし、必殺を期した一刀を放った筈の妖夢は驚愕する。
それはそうだろう。
私には傷一つ無いのだ。
「呆けてる暇があるのかい?」
驚愕し、隙だらけの妖夢に降妖宝杖を振るおうとした矢先、弾丸が飛来して邪魔をする。
「ちぃッ」
飛び退り、二人と距離をあけて仕切りなおす。
「どうしたの妖夢?」
援護した鈴仙が妖夢の傍らに降り立つ。
「い、いや……」
妖夢の動揺が手に取るようにわかる。
「クククッ、斬れなくて困惑しているんだろう?」
「斬れないって!?」
「そんな――、そんな筈は無い!」
絶叫した妖夢が私に向い疾駆する。
「消耗した体で頑張るねぇ」
「あぁ、妖夢ッ」
鈴仙の援護射撃の元、妖夢は左右に構えた楼観剣と白楼剣に幽気を篭める。
――六道剣「一念無量劫」
神速の踏み込みと共に、左右の刀が八度煌く。
剣筋は既に目で追える速度では無い。
文字通り瞬く間に八度斬りつけ、私とすれ違う。
「――どうだ!」
衝撃で体が揺らいだが、それだけだった。
「……くくく、その程度の刀で傷つくとでも思っていたのか?」
「――そ、そんなッ」
妖夢から、絶望に満ちた声が漏れる。
「剣神も、雷神も私の前に敗退したのだ。斬りたければ――、天羽々斬でも用意するべきだな」
降妖宝杖を振りかざし、妖夢に殴りかかる。
斬れない事に相当衝撃を受けた妖夢は戦意を喪失したようだった。
人間より精神の影響を受ける妖怪にとってそれは重大な事だった。
技量で上回る筈の妖夢が防戦一方になる。
「ほらほら、動きが鈍いよ!」
剣を弾きあげ、がら空きのわき腹に宝杖の一撃が迫る。
「ぐ――ッ」
妖夢はどうにかして刀身で受け止めるが踏ん張る事ができずに吹き飛ばさ、石畳の上を転がる。
「妖夢――!」
激怒したのか、鈴仙は妖気を漲らせた指先を私に向ける。
「ほぉ、次はあんたかい?」
鈴仙の指先に、即座に展開される魔法陣。
妖気を迸らせ煌々と輝くとスペルカードを宣言する。
――散符「栄華之夢(ルナメガロポリス)」
速度の違う銃弾の嵐が私を飲み込もうと迫る。
「ふふん、この程度避けるまでもない」
降妖宝杖をかざし、月牙に幽気を篭める。
臨界まで満ち、煌々と輝く幽気が四つの宝珠となって具現化する。
――儀符 「オーレリーズサン」
放たれた宝珠は魅魔の周辺を旋回しながら弾幕を展開し、銃弾を巻き込み、相殺する。
旋回する宝珠は絶対的な防壁でもあり、を砕かない限り魅魔に弾幕が届く事はない。
「これで仕舞いかい?」
弾幕を相殺しながらゆっくりと間合いを詰める。
「さぁ……、どうかしら?」
鈴仙は弾幕を維持しながら不敵に笑う。
――何か、ある?
不審に思った刹那、風変わりな弾が数発放たれる。
伸縮しながら迫りくる妖気弾。
銃弾よりも密度が濃いのか、宝珠の迎撃を受けても相殺しきれない。
しかし、それだけだった。
弾速が早いわけでも、軌道が変わる訳でもない。
「どんなに強力な弾でも、当たらなければ意味は――」
回避しようと動いた瞬間、弾が盛大に爆発する。
一つの爆発は他の伸縮弾をも巻き込み、その被害を拡大する。
「な――ッ!?」
広域に展開された赤い光に飲み込まれてしまう。
「掛かったわね! その赤い領域は真の月の光と同等の狂気を含むわ」
視界が真っ赤に染まる。
耳鳴りのような不快な音が全身に響き渡る。
「ぐ――ッ」
平衡感覚までおかしくなったのか、私は思わずたたらを踏んでしまう。
「さぁ、そのまま狂いなさい!」
「ぐぅ――、くッ」
しかし、私は耐える。
足腰に力を入れて地を踏みしめる。
目はしっかりと見開き、鈴仙を見据える。
「な……、どうして耐えられるの……」
「ハハハ、当然じゃないか」
赤い領域の中、私はゆっくりとだが、確実に歩を進める。
「私が生きた時代に昇った月も、これと同じ光を発していたんだ」
私は何事も無く、赤い狂気領域を抜け出す。
「く――ッ」
鈴仙は銃弾で私の歩みを止めようとするが、宝珠の弾幕がそのこと如くを相殺する。
「真の月が浮かぶ太古から在り続ける私が、その程度で狂えると思うのかい?」
一足飛びで間合いを詰めると、宝杖の柄で殴り飛ばす。
「がはッ」
吹き飛んだ鈴仙を起き上がった妖夢が抱きとめる。
「鈴仙ッ」
「これぐらい……、大丈夫……」
自らの能力が通用しないと言うのに、それでも二人は立ち上がる。
「ふむ、まだやる気かい」
消耗も激しいのに、良くやる……
「えぇ、スペルが効かなくても……」
「刃が通らなくても……」
「まだ戦える!」
二人は地を蹴り銃弾と斬撃による衝撃波を放つ。
「ふむ、確かに狂気も刃も通らないなら、私が倒れるまで通常攻撃を当てれば良い、か――」
その必死さ――己の意志を貫こうとする事は評価できる。
確かに二人ならば宝珠の護りを突破するのも可能だろう。
二人は果敢にも距離を詰めてくる。
「ふむ、狙いは至近距離か――」
ゼロ距離ならば宝珠の護りも、回避も関係ない。
しかし悲しいかな、――力が足りなさ過ぎる。
昨日までの自分を思い出しながら、魅魔は神性を漲らせた掌を空高く掲げる。
「だが、役目の終わった駒は退場してもらうよ……、私の新しい力でね」
掌から放たれた光が天に昇る。
「隙あり――っ」
「今――ッ!」
二人は四つの宝珠を掻い潜り、逆転を目指し肉薄する。
その刹那、空で幾千の光が瞬く。
それと同時に、無数の光は二人の全身を貫き穿つ。
「そん――、な……」
「ぐぅ――っ」
無念の声をあげた二人は全身を血まみれにして地に倒れ伏す。
体中に空いた穴から血が流れ出て石畳を赤黒く汚してゆく。
「……最後まで諦めなかったその心意気に、いい事を教えてやろう」
「なに、を……」
「今頃あんたたちの主人も戦いを繰り広げているだろうよ」
「な――ッ、幽々子様が……?」
「姫様には……、師匠が傍にいる……っ」
「その師匠が敵に回ってたら……誰が護ってくれるのかねぇ?」
二人の従者の表情が歪む。
「クククッ、従者の役割すら全うできないのが悔しいかい?」
「くぅ……ッ」
邪魔者だった二人を蹴散らした今、漸く目的を果たせる。
私はしゃがみ込んで竦んでいるルーミアに歩み寄る。
「ル、ルーミア……、逃げて……」
「ぁ……、あぅ……」
鈴仙の悲痛な叫びも、竦んで動けないルーミアを奮い立たせるには至らなかった。
「さぁ、大人しく……」
鐘は既に打ち鳴らされている。
チは目前にあり、後は骨肉のみである。
「や……、いやっ」
首根っこを掴もうと手を伸ばすが、見えない何かに阻まれる。
「……結界か」
この程度のモノならば、力ずくで壊せるからなんの問題も無い。
私の発した幽気と干渉し、バチリと火花を散らして結界は脆くも崩れ去る。
「ぁっ、あ……ッ」
怯え竦んで逃げ出すことすらままならないルーミアに一撃入れて意識を刈り取る。
「さぁ……、私と一緒に骨肉の到来を待とうじゃないか」
全てが順調だ。
今度こそ、私の願いが成就する……。
§ § §
「あなたも……、私の邪魔をするのね……」
紅魔館は地下にある大図書館。
そこで対峙した魔女――パチュリーが懐から緋色に輝く液体の入った小瓶を取り出す。
「……っ」
理由は今一判らないけれど、パチェは怒り狂っていた筈。
それなのに、即座に攻撃に移らずに小瓶を取り出した。
この行動は、フェイクか、それとも……
私――レミリア・スカーレットとパチュリーの相性はある意味最悪だ。
魔法を唱える暇なく私の奇襲が決まるか、
それとも私の弱点を熟知したパチェの魔法に飲み込まれるか。
つまり――当てた方が勝ちなのだ。
パチェの行動の狙いを見抜けなければ、途端に劣勢に追い込まれてしまう。
一挙手一動見逃さず、フェイクを見抜き、決定的な隙を――突く。
「レミィが相手だから……、私も全力を出すわよ」
小瓶のから、コルク栓が抜かれる。
パチェは小瓶の中身を飲もうと小瓶に口につける。
――まだ……
口につけられた小瓶が、ゆっくりと傾き緋色の液体がパチュリーの口の中へと注がれる。
そして、僅かに喉が上下する。
「……んくっ」
嚥下したッ!
これこそが待ち望んだ瞬間だった。
全ての生物は三大欲求を満たしている最中こそが最大の隙である。
つまり睡眠時、性交時、そして――飲食時である。
この瞬間こそ、強大な魔術行使に必要な詠唱ができない絶対の隙――ッ
レミリアは床を踏み壊さんとばかりに蹴り、真っ直ぐ跳躍する。
「――っ!」
奇襲を予測していたパチュリーはレミリアの挙動を察知すると、眼前に手をかざす。
液体を嚥下しつつ、無詠唱で魔法を行使する。
突如巻き起こる破壊的な突風。
しかしレミリアの姿は既に眼前には無かった。
「こっち――」
壁に張り付き、突風をやり過ごした私は爪を硬化させて壁を蹴る。
とりあえず一撃入れて大人しくさせる!
しかし、パチュリーの目が正面から側面の私に移る。
「――予測済み」
真正面にかざされたままの手。
その手を私に向けるのではなく――、パチリと指を弾く。
途端に、パチュリーの足元から土塊が轟音と共に隆起し、眼前まで迫っていたレミリアの腹部を貫く。
「ぐガ――ッ!」
魔力を加工し、魔法とする回路を術式と言い、『詠唱』もその術式の一部である。
元々魔力の加工は自己の内面で行う。
自己の内面を回路として魔力を加工し組み立て、魔法として外に放たれる。
しかし、内面で組み立てたものを外界にて実現するには不安定すぎる。
より確かな魔法とする為に『詠唱』が必要になってくる。
その第一が『言葉』だ。
言葉はそれだけで力を持ち、さらに内より外へ向けられる。
その為に、言葉によって術式を紡ぐ事でより正確な、より強力な魔法として完成させ行使する。
手や動作による印も、描かれる陣図も、捧げられる生贄も、
壮大な儀式も、打ち鳴らされる音楽も、魔法行使に使われるモノ全ては、
行使する魔法の完成度をより高める為に行われる『詠唱』である。
複雑な魔法行使であればより重要になるソレを――
この魔女――パチュリーは複数同時の魔法行使という複雑なソレを無詠唱で行ったのである。
伊達に百年も魔女をやっている訳では無いという事――っ
岩塊の隆起は止まらず、そのままの勢いで私の体は天井に叩きつけられ、潰される。
「……残念ね」
パチュリーが静かに呟く。
私も同意だ。
「本当、そう思うよ」
「な――!?」
パチュリーが驚愕の声をあげて、背後を振り向く。
振り向いたパチュリーの目には、天井で潰れている筈の私の姿が映る。
そりゃあ驚いて当然だろう。
何せ至近距離だ。
パチュリーの魔法が間に合ったとしても、私の爪は確実に届く。
魔女が言葉を発する前に、私は硬化させた爪でその柔らかい腹部を抉り、蹴り飛ばす。
「が――ッ」
パチュリーは家具を破壊して壁まで吹き飛ぶと、土煙の中に沈む。
「私の使い魔の癖にまったく敵わないんだもの」
天井で潰されたのは私の使い魔達である。
壁を蹴った際に使い魔達を私の姿に姿に変えて囮とし、私自身はパチュリーの背後に回りこんだのだ。
「さ、そのまま大人しく眠りなさい」
私の拳は岩をも砕く。
幾ら妖怪でもまともに決まったのだ。
暫くは動けないだろう。
「フランには私から言い聞かせておくわ……」
私はそのまま部屋を出ようとする。
「どこに……、いくのかしら?」
「あら、まだ喋るだけの力は残ってたのね」
私は立ち止まり、声のした方を振り返り、我が目を疑う。
「――どうして、立ち上がれるのよ……」
私の見つめる先に、行動不能な筈のパチュリーが直立しているではないか。
「言ったでしょ? 全力を出すと」
衣服が破れ露出したお腹は血に汚れてはいるが、無傷だった。
確かにこの爪で抉ったのに……
こんな短時間でここまで完璧に治癒するなんて……
「さっき飲んでた薬――ッ、まさか、蓬莱の?」
「薬? 違うわ……、私が飲んだのは、――石よ」
「石……、まさか賢者の――ッ!」
「気がついたようね。そうよ、私のアレンジではない、オリジナルの賢者の石よ」
賢者の石、――錬金術の秘奥。
その効果は完全なる変化と錬成。
故にその石は卑金属を完全な物質である『金』に変える。
服用すれば肉体を完全なる存在『不老不死』とする奇蹟の産物。
つまり、今のパチェは――
「今の私は不老不死という訳」
「く……ッ」
虚弱な体という弱点が消えてしまった……
これは、やっかいな……
「もっとも――永遠の術が掛かってないから効果が切れるまでだけれどね」
パチュリーの手元に一冊の魔導書が現れ、独りでにページが捲られる。
ページが一枚捲られる度に、膨大な魔力が集積してゆくのがわかる。
ページを捲り終え、膨大な魔力を宿した魔導書がバタリと閉じられる。
それは、詠唱の終了を意味していた。
「そして――、コレが私がアレンジした、私だけの賢者の石よッ」
掲げられた魔導書が開かれ、五色の光を発する。
――火水木金土符「賢者の石」
「――ッ」
咄嗟に身を護ろうと構えるが、何も起きない。
「なにも……、起きない?」
私の知っている賢者の石では無い……?
パチュリーは床を指差す。
「いいえ、賢者の石は起動したわ」
見てみればパチュリーを中心に五色の光が影の様に伸びている。
見たところ光は部屋中に伸びている。
「レミィ、あなたにはもう勝ち目は無いわ。何をしようともね」
「随分な自信じゃないか……」
「当然でしょ? 弱点が無くなって万能な私が――、弱点だらけのあなたに負ける道理が無い」
「そう……、いいわ、来なさい――ッ」
レミリアのその言葉を受けて、パチュリーの手の中で書が開かれる。
右手をかざして、口が開かれる。
魔女の詠唱が始まるその時――、その細い喉に一本のナイフが突き刺さる。
「が――っ」
血を吐き、声にならない悲鳴をあげてパチュリーがよろめく。
気がつけば瀟洒な従者が私の目の前でスカートの裾を摘んでいた。
「お呼びですか、お嬢様」
先程の「来なさい」はパチュリーを挑発する為ではない。
彼女――十六夜咲夜を呼ぶ為だった。
たとえ不老不死だろうと、体が弱い事には変わりない。
つまり――、反撃の余地無く圧倒し続ければ良いのだ。
咲夜のナイフは魔女の詠唱を妨害し、機先を制する為の一投だった。
「上手よ咲夜」
「ありがとうございます、お嬢様」
咲夜の返事とまったく同時に、よろめくパチュリーの周囲を埋め尽くす様に無数のナイフが出現する。
それこそ、彼女がもっとも得意とする『奇術』
――幻符「殺人ドール」
空中に整列した無数のナイフが、弾かれたかのように、喉を裂かれた魔女に殺到する。
完全なる追い討ち。 ――の筈だった。
しかし、相手はタネのある奇術を遥かに凌駕する奇跡を起す魔女である。
「――なっ!」
私の目の前で、まさに奇跡が起こった。
切り刻む筈のナイフがぐにゃりと形を変えたかと思うと、単なる水へと変化してしまう。
それも一本だけでは無い。
空中に整列、配置されていたナイフ全てが、唯の一瞬で水の塊へと変貌してしまったのだ。
奇跡はそれだけでは終わらなかった。
不意にパチュリーが喉をそらせる。
そこには深々と突き刺さったままのナイフ。
不老不死とは言え、ナイフを抜かなければ治癒されない。
その暇すら与えない筈のナイフの群れは無力化されてしまっている。
自ら抜くのかと思ったが、パチュリーはナイフに触れもしなかった。
突き刺さったナイフが変色し、変化する。
光を反射する銀が――朱色に染まる肌色に。
硬質な刃が――脈打つ肉片へ。
ナイフは姿を変えつつ、喉の奥へと埋没してゆく。
「これが――、あなた達に勝ち目の無い理由よ」
「ソレが……、その石の効果という事――?」
完全なる変化。
オリジナルの賢者の石を服用したのは、自らの肉体の変化の為だった。
それに対し、アレンジされた賢者の石は、その領域内の物質の変化が目的だった。
それも、五行の相剋に束縛されない完全なる変化。
今のパチュリーに掛かれば水は土塊にも、炎にもなりえる。
「タネ明かしはお終いよッ」
声と共に、パチュリーの周囲に浮かんだ水塊全てが渦を巻き始める。
水――流水は吸血鬼の弱点である。
特に流れる水には吸血鬼の力を奪い去る効果があり、水に触れている間は力を失い続けて逆らう事ができなくなる。
故に吸血鬼は流水を渡れないのである。
さらに、パチュリーの周囲に渦巻く水は魔力を含む。
流石にこれはマズいっ
「く――ッ」
私は膨大な魔力を両手に集約する――
――土水符「ノエキアンデリュージュ」
渦巻く水塊一つ一つから、水の弾丸が一斉に乱射される。
それに対し、私もスペルカードを発動する。
「ふふ、魔女である私と、魔法勝負でもする気かしら?」
「得意分野で勝負してあげるんだよ!」
膨大な量の紅い魔力を練り上げ、迫り来る水の弾幕にぶっ放す。
――紅符「スカーレットシュート」
絶え間ない水の連打と、巨大な紅の砲撃。
ぶつかり合う二つの魔法はお互いに相殺し続ける。
お互いに手がふざがるが――、こちらには咲夜が居る。
この均衡が崩れれば、仕切りなおせる。
いや、一気に押し切れる!
「咲夜――」
命を下す前に、パチュリーが口を開く。
「そのスペルが――、咲夜のナイフだったモノから発動している事には気づいてるかしら?」
ページが激しくめくられる音と共に、膨大な魔力がパチュリーを中心に渦巻き始めたのを感じ取る。
「ま、まさか――」
しまった、パチェ自信はフリーだったなんてッ
気がついても遅かった。
水の弾丸は尽きる気配が無く、こちらはスペルの維持で手が離せない。
「待ってなさい。あなたの大嫌いなモノをプレゼントしてあげるわ」
魔導書が唸りをあげて魔力を集積する。
しかしそこに、凛とした声が響く。
「どうやらこの光は、所持している物は変化できない様子……」
ナイフが一閃され、パチュリーは二度も首を切断される。
血が噴出す中、咲夜は両手にナイフを構える。
「物騒なプレゼントはお断りしますわ」
瀟洒な従者による、完全な殺戮タイムが始まる。
――傷符「インスクライブレッドソウル」
時間操作により、狂的な速度で振るわれる両手のナイフ。
銀色の一閃が幾重にも奔り、赤い飛沫が飛び散る。
再生するよりも早く、二度目、三度目の切断がパチュリーを襲う。
切断され、解体されてゆく人物大の肉片。
それでも咲夜は止まらない。止まれない。
自らの放ったナイフで主人が苦しんでいるのである。
ナイフの数だけ主人の敵を殺戮する義務があった。
「アァァアアアッ」
更に早く――、早く――、幾重にも、何度も。
視界の端に映る水の量も減ってきていたが、その義務は後一歩の所で果たせなかった。
振るわれる神速のナイフがギギンッと金属とぶつかり合う。
触れたものは――歯車だった。
「な――ッ? いつの間に……?」
刃の付いた歯車のようなモノが、再度振るわれた右のナイフと弾かれあう。
一閃させた左のナイフは、中に浮かんだ歯車に阻害される。
ナイフの届かなかったほんの僅かな時間。
その短時間で蘇生を果たしたパチュリーが、そのスペルを宣言する。
――金木符「エレメンタルハーベスター」
床に零れた血液が泡立ちながら、その形を変化させてゆく。
血が生み出したのは刃の付いた歯車。
飛び散った血液と同数の歯車がギリギリと音を発てて高速回転しはじめる。
「メイド風情が――、邪魔よ」
襲い掛かる歯車の数は膨大。
幾ら時を止めれるとは言え、その全てを捌く為に咲夜は行動を封じられる。
「く――ッ、お嬢様!」
パチュリーは咲夜を置いて、水弾を相殺し続けるレミリアに向き直る。
「もうこれで邪魔は無くなったわ」
切り裂かれた魔導書を瞬く間に組み立て直すと、魔力集積を再開する。
しかし、咲夜が稼いだ時間は水弾の数を確実に減らしていた。
「それはこっちも同じよッ、ォアアッ」
放出していた魔力を、さらに跳ね上げる。
一時的な出力の増加は持続しない為、大量の弾幕を相殺するのには不向きである。
しかし数の減った今ならなんの問題も無かった。
膨れ上がった紅色の魔力の波は、数の減った水弾をまとめて飲み込み消し飛ばす。
「く……っ、でも少し遅かったようね……」
めくられ続ける魔導書のページが残り少なくなっていた。
どうやらパチュリーのスペルは完成間近なようだった。
私は立て続けにスペルカードが宣言する。
掌を掲げると紅い魔力が棒状に集約され、形を成す。
現れたのは紅い槍。
――必殺「ハートブレイク」
しかし、スペルが完成したのはパチュリーも同じだった。
「残念ね、そんな槍じゃ抗えないわよ?」
嘲笑と共に、閉じられた魔導書が開かれる。
現れたのは――、魔力で作られた小型の太陽。
「ぐぅ……ッ」
眩い光が私には眩しすぎ、思わず目を背けてしまう。
吸血鬼の最大の弱点であり、日光をまともに浴びれば気化してしまう
それが今、私に向けて放たれる――ッ
不死身のパチュリーを殴りつけてもスペルは止まらない。
編み出した紅い槍を床に突き立て、魔力を篭める。
「小細工? 無駄な事……」
パチュリーは冷ややかな目で見ると、魔導書を私にかざし、スペルを発動させる。
――日符「ロイヤルフレア」
魔力で作られた小型の太陽は指向性を持って炸裂。
莫大な熱を伴いながら眩い光が溢れ出し、私を瞬時に飲み込む。
「く……ッ」
「お嬢様!」
歯車を全て叩き落した咲夜の声が部屋中に響く。
光が収まる。
それは小型の太陽が消滅――、スペルが終了した証だった。
「へぇ……、よく耐え抜いたわね」
流石にパチュリーも驚いたようだった。
弱点である日光の直撃である。
消し飛んでもおかしくない状況の中、私は耐え抜いた。
「ハァ――、ハァ――ッ」
半身を失い、みっともない姿ではあるが私は立っていた。
「……成る程、即席で霧を作ったのね」
パチュリーの言うとおりだった。
太陽が炸裂する直前に、突き立てた紅い槍を紐解く。
槍がその形状を失うと紅い魔力だけが残り、霧状に変化する。
その霧こそ――、紅霧異変で日光を遮った紅霧である。
パチュリーを出し抜くために、槍の形態を取らせるという一手間が必要だった。
後は全力で魔力を注ぎ、紅霧を維持し続けるだけだった。
結果、紅霧は即席ではあったが日光の直撃を防ぎ、レミリアを気化から護ったのだ。
「お嬢様ッ、大丈夫ですかっ」
咲夜が私の傍らに戻ってくる。
「この程度、何とも無いわ」
私は即座に体を復元し、パチュリーを見据える。
気絶させて寝かせれば終わると思っていたけれど……
咲夜の投げナイフは封殺されて、不死身に成ったパチェとの相性はすこぶる悪い。
「人を寝かせるのってこんなにも難しかったのね……」
「レミィが静かにしてくれればぐっすり眠れるのだけれど……」
パチュリーの所持する魔導書に魔力が集う。
「でも、この術であなたはもう私に手出しが出来なくなる」
――黄金「ミダスの強欲願望」
その魔法は、触れたものが黄金になる神の呪いだった。