ふわり、ではなく、ぶわりと
四季の花たちが一瞬にして開花し、舞い散り、降り注ぐ。
赤、青、黄、紫、橙と、目で確認しきれない大量の花弁が、今は緑だけの草原へと降り注いでくる。
ひらひらと、ふわふわと、絶える事などないかのように、延々と振り落ちてくる。
「うっわぁ」
その光景に、
小さな花弁たちが青い空が散り散りに隠していく、そんなあまりに綺麗なそれに、彼女は思わず感嘆の声をあげ、口をぽかんと開けてしまう。
まるで花のドームの中にでもいるみたいな、そんな錯覚が生まれる。
太陽の光の中、闇色のマントを風に流しながら、リグル・ナイトバグは両手を広げて舞い散る花びらに手を伸ばす。
「すごいね」
リグルの声に、この素敵な幻想を見せてくれた彼女は答えない。
ただ、日傘を両手で握って、じっと満足げな表情で座っている。
「すごく、綺麗」
ふわりふわりと、花と踊るように宙を舞い、楽しげにリグルは花の雨に埋もれる。
「ねぇ」
そしてリグルは彼女の方を向いて、とても素晴らしい物を見つけた、男の子みたいな顔で、
「君も一緒に踊ろうよ」
彼女に、まるでダンスに誘う紳士みたいに、優しくその手を伸ばした。
リグル・ナイトバグは、実はもっと昔から彼女の事を知っていた。
彼女も、もっと昔からリグル・ナイトバグの事を知っていた。
名前だけ知っていた。
ただ、話す機会も会う機会もなかっただけ。
蟲の統率者と花の調停者。
お互いの存在を知らないわけが無い。だけど、お互いそんな相手の事を気にもせずに、実際関心も持たず今まで永い時を過ごしてきた。
だから、きっかけが必要で、そのきっかけが滑稽で、
花の大妖怪が、博麗神社に向かう途中、気まぐれで湖の真ん中に飛び、キラキラ光る水を眺めていた。
蟲の王様が、友達の妖精の元に遊びに行こうと、いつもみたいに湖の真ん中を綺麗な水を見ながら進んでいて、
がつん、と二人はお互い余所見をしていたからぶつかって、
ふわひらふわひらと、日傘が落ちて、二人とも突然の事に反応が追いつかず、一緒に湖へと落ちていった。
『……いったぁ』
『っ、殺すわよ……』
『って、いきなり物騒だね君……』
『この私にこんな屈辱を与えたのよ……即座に死んで詫びるべきでしょう』
『……うわ言い切った。いっそ清々しいと思えるぐらい自分勝手な妖怪だね君』
『ふざけないで、苛めるわよ?』
『……君って苛めっ子?』
『そうよ……。って、あぁもう、びしょぬれじゃない……』
『それは私だって同じだよ…あーあ、もう、しょうがないな』
ぐいっ
『は?』
『ほら、いつまでも水の中にいたら風邪ひくよ。妖怪だって風邪ひくんだから』
『ち、ちょっと』
『……大きいね』
『どこを見てるのよいやらしい。抉るわよ』
『いやそれこそ何処をだよっ?!』
『そりゃあ―――』
『あ、いいですごめんなさい』
『ふん、最初から素直に頭を下げてればいいのよ』
『……いや、私の予備のマントに包まりながら言われても』
『うるさいわ。貴方のモノはすべからく私のモノなのよ』
『……ああ、うん。もう何も言わないよ』
『………んぅ』
『あ、やっと起きた』
『……あ』
『どうして服を乾かしてる間に寝るかなぁ……しかも私のマントを使って』
『………ふにゅ』
『……君って、寝起き悪いでしょう』
『………んー』
『はぁ、もういいよ。もうしょうがないから私の家に行くからね?』
『くー…』
『寝息で返事するなよ』
『ぜぇ、ぜぇ、やっと家に着いた』
『……んー』
『あーもう、気持ちよさそうに寝ちゃってさ』
『……流石に床に寝かせられないし、まぁいっか。一緒に寝よう』
『………』
『………』
『んー……むー……』
『ごほっ?!ぐえっ?!』
『ふぬー……』
『げほっ!ぴ、ピンポイントで人体の急所を殴られた……ていうか、人のベッドの上でも偉そうっていうか寝相悪すぎだよ!』
『すー……』
『くふぉあっ!?』
『―――この変態っ!』
『ぐげはっ?!』
『出会ったばかりの女をいきなり自室のベッドで寝かせるなんて!』
『……っ。な、内臓が。昨晩からので凄い傷んでるんだけど……』
『しかも服が乱れまくって……こ、このど変態!』
『ち、ちょっと待てこら!…ぐふぅ…。服は君の寝相が悪いからでしょうが!大体、君がベッドに寝てるから私は床で寝る事になったんだからね!』
『ふざけないで!私がベッドならあんたが床なんて、そんな当たり前の事を言って誤魔化すつもり?!』
『どこまで驚愕的な俺様なんだよ君は!』
『そういえば、貴方の名前は?』
『え?』
『特別に記憶してあげるわ』
『………いや、君のその言動には慣れてきたとはいえやっぱりむかつくという気持ちを抑えられないんだけど』
『あらそう。それで名前は?さっさと答えないと私が勝手に命名するわよ。そうねゴキ』
『リグル!リグル・ナイトバグ!今とっても不愉快なおぞましい名前付けようとしなかったかこらぁ?!』
『……え?』
『うん?』
『貴方、リグルっていうの?』
『?そうだけど』
『………確か、蟲の王』
『そうそう』
『雑魚』
『そうそ……って王様を雑魚呼ばわりかよ?!』
『あ。そういえば君の名前は?』
『……』
『?どうしたのさ、急に黙り込んで、答えないなら私も勝手に命名するよ?えっと』
『私の名付け親になろうだなんてあつかましいわねリグル。よくもまあそこまで厚顔になれる事』
『……あれ、胸が痛い』
『あら、痛くなるほど量もないのに。むしろなだらかな平原で』
『うるさいよっ!!』
そう、きっかけは滑稽で、だからこそ、いつの間にか二人は自然と会うようになっていた。
リグルは、彼女の名前をまだ知らない。
彼女も、リグルに名前を教えない。
忌み嫌われ、恐れられ、避けられる、その名を『風見幽香』という名を、彼女はリグルに明かせない。
リグルが蟲の王だと知ったから、
虫と花
切っても切れない、そんな関係だと知れたから、だから。
幽香は切れないからこそ、嫌われることを恐れてしまった。
いつの間にか、それとも最初からなのか、幽香はリグルという王様に捕らえられていた。
それもあっさりと、拍子抜けするほど簡単に、抗う術さえみつからぬままに。
幻想郷で一番を自負する大妖怪の心を、儚い蛍の化身が捕まえてしまったのだ。
「責任をとるべきねリグル」
「またいきなり唐突だね」
「私の花畑が全滅だわ」
「いや……君がしたんでしょうが君が……というか、本当にすごいね君の能力」
「ええ、もっと力と心を込めて褒め称えなさい」
「……そして性格もすごいよね」
「あら、やればできるじゃない」
「誉めてない!」
怒鳴るリグルの手を握って、幽香は必死に顔をそむけてえらぶる。
そうしないと、自分の赤い顔を彼女に見られてしまうから、それはとてもとても我慢が出来ない。
「それにしても、この能力ってあの四季のフラワーマスターみたいだね~。聞いた話だけど凄く強くて苛めっ子らしいよ。だけど美人なんだってさ」
「あら、そう。いいわもっと誉めなさい」
「……君を誉めてるわけじゃないから」
呆れた眼差しのリグルは、そのままくるくると幽香を巻き込んで花の雨の中を踊って舞ってくるりとマントをはためかせる。
「リグル」
「ん~」
「貴方は、風見幽香って妖怪のなにを知っているの?」
「うん?また唐突だね君は。……そうだなぁ、とりあえずは大妖怪ですっごく強い」
そして。
「私達には無くてはならない、花を操る、そうだな、多分君みたいな妖怪なんじゃない?」
それは、本当に何気ない言葉。
意味なんてなくて、だけどちょっと意地悪そうにそう言うリグル。
皆に恐れられる、そんな妖怪に似ていると冗談めかして言われて、彼女がどういう反応をするのかなと、笑いながら見ている。
だから、幽香は少しだけむっとして、少しだけ泣きそうになって、
少しだけ、『風見幽香』が私に似ていると言われて、嬉しくなる。
追加とばかりにぶわりと花弁が舞う。今度はさらに数を増して、もう洪水といわんばかりの花弁の嵐。
「うっわぁ、すごいすごい!」
無邪気に喜ぶリグルは、舞った花弁を見上げて、色とりどりのそればかりを見ていたから、
幽香のちょっと泣きそうな、真っ赤で悔しそうな顔には気づかない。
ぐちゃぐちゃの感情が、一体どういった結論を導き出したのか、彼女はすぅ、と息を吸って、まるで挑むように声を張り上げた。
「リグル!」
「え?」
「私の名前を教えてあげるわ!」
「え、うん」
「光栄に思いなさい!」
こんな時にも相変わらずの彼女の様子に、リグルは苦笑する。
「……相変わらずだね。うんわかった。光栄に思う事にするよ」
「そして、絶対に」
私を、嫌わないようにしなさい。
それが、今の風見幽香の精一杯だった。
花が舞い散るその丘で、日傘がくるくると回されている。
彼女の姿は変わらない。すでに完成していた彼女は、変わらぬ美を持ち続けて、空を見上げて眩しげに目を細めている。
目印として、大量の花弁を撒き散らしているというのに、待ち人が来る気配は依然としてない。
これはお仕置き決定だと、彼女は楽しげにくるくると日傘を回す。
くるくると、くるくると、日傘に張り付いた花が、その動きに空へと帰る。
舞い落ちて止まぬ花の雨。
開花し、散って、また開花して、そして散る。
繰り返し繰り返し、まるでおかしなダンスをしているかのように、彼女の周りは騒々しい。
どれぐらいそうしていただろう。
やっと待ち人の気配がする
「こら――――!!何だよこの花の嵐は――――――!!」
闇色のマント。
「里にたくさん散って、掃除が大変だって慧音に怒られたんだよ!?私が悪いみたいに、っていうかお前が悪いだろうって諭されたんだよ!」
昔と違う。綺麗で上品な更に男性に間違われそうな紳士服。だけどズボンは膝下までしかない。
「ああもう、これ、息をするのも大変じゃないかよー!」
変わらぬ口調と子供っぽい動作。
昔と違う、すらりとした体躯と、少しだけ大人びた彼女の顔。
「遅いわ」
せっかくの綺麗な服を着崩してる彼女は、何故か私を呆れたような目で見つめる。
「あのね~」
癖らしく、片手でちょっとだけマントを翻して、身長は伸びたのにあんまり育ってない胸をはる。
「幽香が早すぎるんだよ」
結局。リグルが幽香を嫌うなんて、ありえなかった。
「あら、せっかく貴方と会えるのを楽しみにしてあげたというのに、随分な言い草ね。苛めるわよ」
「少しは迷惑をかけたと自覚して、頼むから」
「あら、貴方に頼まれたら私が断れるわけ無いじゃない。いいわ、今日は激しくしても許してあげる」
「何をだよっ?!」
長い永い時が流れて、リグルがほんの少し成長して、幽香は変わらず。
「大体、何でこんなに早いのさ!約束じゃあまだ待ち合わせ時間は先で」
「私が早く貴方に会いたかったからよ」
「だったら迎えに来てよ!あてつけみたいに大量の花を撒き散らさないでよ!」
「馬鹿ね。花を撒き散らされたくなければ貴方がさっさと来ればいいのよ」
二人の周りには、彼女の溢れんばかりの感情が咲かせる、あまりに美しい花が舞って、それはもうたくさんの花弁が舞っていて、
幻想郷は、いつもどこかが花で埋もれてしまうのだ。
「嫌わないよ」
リグルは、彼女を、いや幽香を見つめて苦笑する。
「むしろごめん」
幽香の、彼女に全く似合わない不安に歪んだ表情に、リグルは胸が痛くなる。
「もっと早く、君があの風見幽香だって気づくべきだったね」
ぺたんと、尻餅をつく幽香の頬を両手で包んで、リグルは困った顔をする。
「………」
「えっと、幽香?」
「………」
「おーい」
「………」
「……えっと、あのさ」
「………」
「いきなりだし、今日幽香の名前を知ったばかりだったりするんだけど」
「………」
いろんな感情に、もうパンク寸前で赤くて悔しそうな彼女に、リグルはますます苦笑して、
「愛の告白をしていいですか?」
きっと誰も見たことがないだろう、耳まで赤い今にも泣きそうな幽香の顔に、リグルはそっと唇を落とした。
次回作にも期待!
素晴らしいです
胸がキュンキュンするー
リグルんもゆうかりんもかわいいよー
性格も強さもまったく正反対の二人だけど、そのミスマッチが逆にたまらないと思うのですがどうでしょう。あと、いざ恋愛のときは二人の立場が逆なのもたまりません。
続編も期待しています!!
っ華
遠くから生暖かく見守りたくなりますよ!
幽香が乙女過ぎるだろこれは
リグルと幽香が好きになった。
テンポよくて読みやすかった。
……りぐるんのいじめられぶりに幻想郷の外の某淫獣を思い出したのは俺だけでいいorz
時を経てもあんまり育ってないりぐるんのお胸は、
ゆうかりんがこれから大きくすると信じて疑わない…
幽香も可愛いし。この二人が好きになっちまったぜ。
こんなカッコイイ子が男の子なわけないじゃない
俺の求めていたものがこんな所に・・・
話のラストが、まるで映画のワンシーンのようだ。
……最後が反則過ぎて、ちょっと泣きそうです。
今までコメントしていなかったのですが、偶然見かけたので良い機会だと思い、コメントを残すことにしました。
思えばこの作品に出逢ったおかげで、それまでなんとなく気になってただけの幽香が好きになり、リグル×幽香が好きになり、東方創想話というこの場自体に興味を持って踏み出すことになりました。
本当に、本当にありがとうございます。この素敵な作品に出会えたことで、他の素敵な作品にも出逢うことができました。
幽リグサイコー