青々とした新鮮な野菜を贅沢に使い、朝の活力へと変換しよう。手を加えればあら不思議。黒々とした墨の色に変色したとってもおいしそうなサラダになった。
ご飯を炊く時に、ほんのり虹色の液体を一滴落としたら、あらびっくり。珍しい虹色のお米が炊けました。それをそのままお椀にこんもりと盛ると、虹色の不思議なお米が輝いた。
メインのお魚は黒い墨へと変身し、添えたレモンがどろりと熱気で香ばしく溶けていく。
茄子の漬物には生々しい眼球が。俺を食うのか?と諦めの混じったつぶらな瞳で見つめ殺し。
豆腐と葱のお味噌汁は、ほんのり紫色で食欲をそそるフローラルな香りを漂わせる。
以上。
上白沢家の朝食だった。
「……」
上白沢慧音は、
素直にちょっと驚いた。
ちゃぶ台を挟んだ向かい側に座る二人は、首を真横に曲げて必死で慧音から視線を逸らしている。
「……すごいな」
慧音は心底からそう言った。
実際これは凄い。突っ込みどころが満載で、もうどこから突っ込むべきか分からない。
サラダとお魚を担当したのは、藤原妹紅。
ご飯と漬物と味噌汁を担当したのが、八意永琳。
意外な事に二人は、料理が致命的に下手だった。
死なない二人の不死人が、何故慧音の朝御飯を作ったのか?
簡単である。彼女達がわざわざ朝早くに上白沢家を訪ねてきて、いきなり朝食を作らせてくれとお願いしてきたのだ。
いきなりの事に目を丸くして理由を尋ねる慧音に、妹紅と永琳は見えない火花を散らしながら手にした材料を見せる。
「ほら、私はいつもけーねにご飯作って貰ってるからね。その恩返しだよ………そっちの薬師はしらないけどさ」
「ふふふ、貴方のおかげで、永遠亭は新鮮でおいしい食材を使った料理が食べられる様になったのですもの。これぐらいの恩返しはしないとね………まあ、妹紅はもっと打算的のようだけど」
バチバチと火花が散る。
「けーねにおいしい料理作ったげるからね!そこの薬師とは比べ物にならない奴を!」
「少しだけ待っていてね慧音。すぐに仕度をするから、妹紅よりは確実においしいものが作れる筈よ」
にこにこと笑顔を崩さない二人を見て、慧音は成程、と納得する。
妹紅は放っておくとすぐに偏った食生活になるか、何も口に入れなくなるかのどちらかなので、慧音は定期的に世話を焼いていたし。
永琳には、渋る里の者達に話をつけて、永遠亭との取引を認めてもらったりと、いろいろと手回しをしたものだ。だから今では、保存に適したモノや自家栽培だった野菜や肉ではない、新鮮でおいしい、里自慢の食材を使ったモノが毎日食べられるようになったのだ。
うん、二人の話に疑うべき所はないと、慧音は頷く。
恩返しなんて照れ臭いな、と僅かに思いながらも、二人を快く台所へと通したのだ。
その結果がこれ。
いやぁ、これは掛け値なしに凄い。もう凄すぎて呆気にとられるしかない。
慧音はうーんと腕を組んで呻く。
その様子に、視線を逸らしていた二人もびくり、と反応しておずおずと慧音と視線を合わせる。
「…………えっと、ごめん慧音」
箸でつつくと、崩れて微風で飛んでいく元魚と元サラダの炭を見て、妹紅は頭を下げる。
「…………ええ、今回の事は、本当に」
虹色にてかてか光るご飯と、フローラルな味噌汁。眼球がぎょろりと動く茄子の漬物。
とても人が食えたものじゃない。
むしろこれを出して「さあどうぞ召し上がれ」なんて言ったら、その場で殺されても文句はいえないだろう。
だが、そこは歴史を司り里を守る半獣。
ここで「食えるかー!」とちゃぶ台をひっくり返すことも「私を殺したいのか貴様ら?!」と怒鳴る事もせずに、にこり、と笑った。
「なに、気にする事はない。これはこれで凄いと感心していた所だ」
ぎょろぎょろと動く茄子の眼球。漬物達は皆、誰が俺を食うんだ?!と必死な眼差しを三人に向けている。
気持ち悪い光景だった。
そんな光景にもめげずに微笑む慧音は、大げさじゃなく神々しかった。
「け、けーね……」
「慧音……」
慧音の、その懐の広い言葉と、本当に凄いと思ってくれている笑顔に、二人の心は満たされる。
彼女の為に作った朝食。
だから、そうやって笑ってもらえるだけでも、二人の心がきゅうん、と鳴る。
その乙女な反応は、とてもこの炭とゲテモノ料理を作った者と同一人物には思えぬ可憐さだった。
永琳も妹紅も、朝早く起きてここに来て良かったと、そう思わせる慧音の笑顔。
本当に、二人はそれだけでも満足で、
「さて、それじゃあ食べるか」
だから、
慧音がその笑顔のまま、何故かわくわくした顔で箸を手に持った時。
二人は笑顔のまま凍りつく。
いや、出した自分達が言うのもなんだが、これはそんな顔で食べるようなものじゃないだろ?!
むしろ食欲を木っ端微塵に粉砕するよこれ!
なのに、慧音は食べると言う。
作った本人が言うのも何だが、多分これ食べたら死ねる。
「では、まずはサラダから」
「ちょっ?!それもう炭だよ」
その通り。
慌てて妹紅が止めるも、慧音はすでに箸に掴み、口元に運んでいた。
パサッ。
慧音が口に入れると、感触は軽く、そのまま歯とか口元が真っ黒になった。
「……ふむ」
そして次に慧音が手を伸ばしたのは味噌汁。本来の色とは全然違うそれを、慧音は躊躇なく持ち、口をつける。
こくり。
と、彼女の喉がなる。
「なっ、慧音?!」
驚愕の声をあげる永琳。彼女の常識からすれば、フローラルな香りの味噌汁を飲むなどとても信じられない行動だった。
なら出すな作るな捨てろ。と突っ込みたいが、永琳には届かない。
「……うむ。口の中がフローラルだ」
凄いまずそうな感想だった。
だが、慧音は微笑む。口元が炭で汚れているが微笑む。
「上手いぞ。二人ともありがとう」
ずっきゅーん!!
慧音の笑顔がきらめく。ちょっと顔色が危なげに見えるが、今の二人は気づけない。
何故なら、彼女達は撃ち落されていたから。
派手な効果音が、二人の中で同時に起こり、同時に突き刺さった。
やばい。
妹紅と永琳は胸を押さえて座ったままよろける。
顔は真っ赤で心臓はばくばくだ。
「けいね…」
「…っ。貴方って人は」
感動の涙で瞳が潤む。
妹紅は、慧音の優しさと笑顔に、こんな間違いなくまずい、というか味もないだろうそれをおいしいと言ってくれた心が嬉しくて、感激で泣きそうだった。
永琳は、あんな料理を、あんな味噌汁を、まさか飲んで貰えるなんてという感激と、おいしいと、嘘でも言ってくれた慧音に、そんな彼女を好きになれた自分に、全てに感謝して涙ぐんでいた。
「さて、じゃあ次はご飯だ」
まだ食うのかよ?!
感動中の二人でも即座に心に浮かんだ突っこみだった。
「け、けーね!も、もういいよ」
「そうよ、これ以上は本当に身体を壊すわ!」
慌てて身を乗り出す二人に、慧音は苦笑する。
「そう言うな。せっかく二人が作ってくれた料理。全部味わいたいと思ってもいいだろう?」
「っ」
「慧音、あなた」
人差し指で、少し照れたように慧音は頬をかく。
「いや、な。手料理を作って貰えるなんて、本当に久しぶりでな。……全部は無理だろうが、それでもちゃんと食べたいんだ」
きゅうぅぅぅん
妹紅と永琳は、心臓を襲う切なく甘いその締め付けに、身をよじらせる。
ああ、そんな事を言われたら止められない。
止められるわけがない。
妹紅は悲痛な叫びをあげそうになるのを懸命に堪える。
駄目だ。
慧音は私の為に、今頑張ってるんだ。命を懸けてるんだ。なのに、私がそれを邪魔したらいけない!
……お願い、お願いだから、死なないで慧音!
妹紅は、慧音が死地に赴いてるのが自分の作った料理のせいだというのを忘却している。
「け、いね……」
掠れる声。
永琳は自分のその声に我に返り、唇をかみ締める。
何を、しているのだ自分は。
慧音が、愛する人がこうして頑張っているのに、それを邪魔するつもりか?!
彼女なら大丈夫だ。きっと……
私は誰?天才、八意永琳でしょう!慧音に何があっても、私が救ってみせる!
どんな毒も、私が中和してみせるわ!
永琳は、慧音が棺桶に片足突っこんでる原因の毒が自分の料理だという事実を、何故か認識できていない。
ごくりっ……
妹紅と永琳。
二人が見つめる中。慧音は虹色のご飯へと箸をすすめ、淀みない動きで一口分のお米を掴みあげる。
箸が、ゆっくりと移動する。向かうは彼女の形のいい唇。
ゆっくりと口が開き、虹色の輝きが奥へと消える……。
もぐもぐ。
……むぐむぐ。
ごくん。
ごはあっ!!!!
「……おや、吐血した?」
「ってけーねぇ?!」
「い、いやー!?い、医者を呼ばなくちゃ医者を、ああぁぁ?!」
「お、落ち着け薬師。確かお前医師免許を持ってるんだろ?!」
「せ、正確には持ってただけどってそうよ私が医者よ!慧音しっかりして!」
永琳は慌ててちゃぶ台を越えて慧音の背中を支える。
「え、永琳殿」
「な、なに慧音。なにか言いたい事があるの?!」
普段の彼女からは想像できないぐらいに慌てる永琳。
それに慧音は微笑んで。
「……おいしかった」
笑顔で、青い顔をしながらも慧音は笑顔で、そう言ったのだ。
彼女は、そこで意識を失った。
それから一時間後。
必死の永琳の蘇生術のおかげで、慧音は一命を取り留めた。
「すまん、心配かけたな」
「うっ……ひぐっ……慧音ー」
「……っ。無事で、本当に良かった……」
永遠を生きる、死なない彼女達と違い、上白沢慧音は有限である。
だから、死んだら生き返る事は無い。死んだらお終いで……
「ほら妹紅、私は大丈夫だから泣くな。永琳殿も世話をかけたな」
あんな目にあったというのに、その普段と変わらぬ笑顔に、二人は込み上げてくるものがあって、
妹紅は、慧音の腕に。
永琳は、慧音の背中に、
それぞれ頭を預ける。
「?」
二人の死なない彼女達に挟まれて、慧音は首を傾げるが、まあいいかと受け入れる。
暫し、優しい時間と、少しだけ嗚咽が響いて……
「さて、次は魚だな」
無茶すんな!
妹紅と永琳は固まった。
「け、けーね?」
「大丈夫だ妹紅。ちょっと内蔵に穴が開いただけだし、それも大体は回復している。少しぐらいなら平気さ」
その少しが命取り!
と、妹紅と永琳は思った。
だが慧音の想いは、すでに痛いほどに知っている二人に、慧音を止められるはずが無い。むしろ止めるべきだろ?!って言われても、止められないのだ。
「では」
箸がさくっと、魚に入れられる。
レモンはすでに溶けて黄色い残骸しかない。
だが慧音は、わざわざその炭にレモンの残骸をつけて、ぱくりと口に運んだ。
炭の味と、酸っぱめなやばい味が口内に広がる。
「うん、おいしいぞ妹紅」
口の周りを黒くして、そう言ってくれる慧音に、妹紅ははらはらと泣き出す。
慧音、あんた男だよ!
とか、わけわからん心の賞賛が浮かび上がるくらい、妹紅は歓喜していた。
口元の炭を拭う慧音の手伝いをしながら、私、もっと料理上手くなろうと、千年生きて欠片も上手くならない自分の腕を見下ろした。
「さて、最後は漬物だな」
うっわきたー?!
最大で最悪な難関だった。
妹紅の見つめていた腕に鳥肌が立ち、永琳の顔がさああ、と青くなる。
眼球がえらい生々しいそれ。
聴覚があるのか、慧音が言った途端に、彼ら(?)は目を見開き、凄い目でいっせいにぎょろりと慧音を見た。
うわ怖ぇ!
「け、けけけけけーね。そ、それは、や、やめた方がいいよ?」
「?何がおかしいんだ妹紅」
「ほ、ほほほほほんとうに、た、食べるのかしらそれを?」
「?だから何がおかしいんだ二人とも」
慧音は箸を動かそうとして、がっしりと両方から止められて、不思議そうな顔をする。
いや、そこでそんな不思議そうな顔をしないでよ!
というか、何でそれを躊躇なく食べようとできるの?!
妹紅と永琳は口には出さないが結構必死だった。
「これが最後なんだし、別にいいだろう?」
「い、いやそれは」
「せっかく永琳殿が漬けてくれたんだ。美味しく頂かなくては失礼になってしまう」
「い、いいのいいの。こんなのは食べなくても、ね!」
ぎりぎりと音がしそうな程に腕を掴まれて、慧音はちょっと悲しげに顔を歪ませる。
「………駄目か?」
「っ?!だ、だ……だ」
「う……っ!そ、それは」」
駄目、とは言えなかった。
そういえば忘れていたが、慧音は凄い好奇心が旺盛なのだ。
歴史好きの性なのか、普段は自重していたりするが、こうして目の前に好奇心を刺激する何かがあると、どうにも手を出してみたくて仕方ない。
そんな困った所が、慧音にはあった。
「…………半分、だけだよ?」
「!ああ」
「…………本当に、半分だけ、齧るのよ?」
「勿論だ!」
顔を青くして泣きそうな二人に気づかずに、慧音は箸を持ち直す。
ごめん無理です止められません。
慧音に惚れこんでる二人が、あんな顔の慧音を見て、本当に好きだからこそ、止められる筈がないのだ。
「では」
そして、慧音は一つの茄子の漬物を箸で掴んで持ち上げた。
その茄子は驚愕に目を見開き、必死の訴えを目に込めて慧音を見ていた。他の茄子達はどこか安堵した、しかしどこか痛々しげな、そんな目で茄子を見送っていた。
「…………薬師」
「…………た、食べ物に目があると、相当にえぐいのね」
あーん、と。
慧音はそんな茄子の目を気にした様子もなく、口に半分入れた。
目が、
目が、恐怖と、これから起るだろう痛みにおびえた、そんな目で、妹紅と永琳を見つめて。
「慧音待った―――――!!」
「目、目の方を口にいれてお願いだから!!」
その眼球の訴えに負けた蓬莱人。ばっくばくする心臓を押さえて、二人は慧音に待ったをかける。
「む?そうか」
そして慧音も仕切りなおしとばかりに、少し行儀が悪いと思いながらも口から漬物を出し、持ち直し、ぱくり、と加える。
…………。
それはそれで、目が見えなくて怖くなる。
今、彼(?)はどんな目をしているのか……想像したらちょっと切なくて怖い様な気がした。
がりっ。
どぴゅうっ……。
「………………………」
慧音が漬物を噛んだら、何故か赤くてどろりとした透明な液体がすごい勢いで慧音の口から飛び出た。
ぽたぽたどろどろと落ちる。
「………や、薬師さん?」
「………ど、どうやら、あ、あの茄子の液体みたいね。妙に量が多いけど」
慧音は、それをちょっと驚いて見てから、ふむ、と頷き。
もぐもぐ。
「って口を動かすな―――――!!」
「吐いて!吐くのよ慧音!これは駄目よ!食べたらいけない漬物なのよ!」
気にせず口を動かす慧音を、二人は必死で説き伏せて吐き出させたのだった。
「ちゃんとうがいした?」
「勿論だ」
「何処かおかしな所はない?」
「特に調子が悪い所はないな」
妹紅と永琳を両腕に張り付かせながら、慧音は困ったように笑う。
朝食の後からずっとこれでは、流石の慧音も照れたが、それも今では馴れてきた。
「……ごめんね慧音」
「だから気にするな妹紅。私は嬉しかった」
「……でも」
「永琳殿も頼むから気にしないでくれ、貴重な経験をさせてもらったし、私が怒る理由はないさ」
……いや。
怒る理由なら山盛で大量にあるが、慧音は気づかない。
というか、怒る理由が分からなかったり、気にしなかったり、むしろ何故怒るんだ?な性格だからこそ、彼女は里の人間達に受け入れられたのだろうが……
どこか心配になってくる。
もっと言うと、母性本能が刺激されて、妹紅と永琳は、この人は私が守ってあげなくては!と、殺しかけたくせにそんな事を思ってしまう。
「さて」
慧音はそこで、ふと思い出した様に一つ頷く。
「そろそろ昼食の時間だな」
上白沢慧音は、そう言って、結局一口も朝食を食べていない二人に微笑むのだった。
結局。上白沢慧音は、いい意味でも悪い意味でも、優しいのだ。
妹紅と永琳は、慧音のお手製の昼食を食べて、それのおいしさに、ちょっと泣きそうになった。
というか茄子に目ってww
漢であることに性別は関係ないことの良い例になれるくらい漢だよ…
永遠にNEETな姫さまの腕はどうだろう?
笑い所満載とは
感服致しました。
確かに泣きそうな目でこっち見てたら食べる気うせますね。食べたくもありませんが