白い鳥が、紅い館に舞い降りる。
ひらりと風に乗って、鳥は緩やかかに彼女の元へと滑空する。
「あ、また来たんだ。いらっしゃい」
白い、穢れのない雪を連想させる純白の鳥。
その小さなお客様を、彼女はにこりと笑って歓迎する。
紅い髪がさらさらと風に流れて、日の光に反射し、きらめく。
緑の帽子のちょこんと飾られた星の形がキラリと光って、白い鳥の目にはいる。
白い鳥は、このキラキラが好きだ。
白い鳥は、このキラキラを持つこの女の人が好きだ。
白い鳥は、このキラキラに負けない、この女の人の笑顔が好きだ。
つまり、白い鳥はこの女の人が大好きだった。
女の人は笑って、白い鳥を指先に止まらせる。
「最近は良く来るね。はい、朝御飯の残りだよ」
小さくて食べやすいように千切られたパンくずを、白い鳥は嘴で摘んでぱくぱくと食べる。
その様子を、女の人はにこにこと見ていてくれる。
少しだけ照れくさいけど、女の人がにこにこしていてくれるから、白い鳥は少しだけ無理をしてでも全部食べきる。
「あはは、今日も良く食べたね」
白い鳥は女の人の肩に止まって、小さく返事をする様に「ピッ」と鳴く。
実際、白い鳥は返事をしていた。
白い鳥は人の言葉が理解できるから、もう一度頷くように「ピッ」と鳴く。
「うん。貴方は頭がいいね」
女の人は誉めてくれた。
白い鳥は嬉しくて、女の人の顔にすりすりする。
「くすくす」
女の人はそれに応えるように、こちょこちょと首筋を人差し指でくすぐってくれた。白い鳥はくすぐったくてぴょこぴょこと首を上下左右にぐるぐると曲げてしまう。
女の人の指はくすぐったいけど、とても心地いいのだ。
女の人はくすくすと笑う。
白い鳥は女の人の笑い声も好きだ。
とても耳に心地いい。
今まで聞いてきた同属のどの鳴き声もこの人の声には適わないと、白い鳥は一声「ピッ」と鳴きながら思う。
白い鳥は小さい。
だけど女の人は大きい。
当たり前だった。
でも、白い鳥は少しそれが悔しいと思った。
「ピッ」
だけど大きな女の人のおかげで、白い鳥は女の人の肩にじっと止まっていられる。そして静かに女の人の体温を感じられる。
だから、白い鳥は小さくても悪くないと思い直す。
もっとも、
「貴方は凄く暖かいね」
白い鳥の体温は高いから、女の人の体温はぬくもりとは言えず、どこかひんやりと感じるのだけど。
女の人は、お昼ご飯を食べる為に屋敷の中へと入っていく、途中で誰かと交代というモノをしていた。
白い鳥は、女の人以外の人をあんまり認識できない。
このキラキラした女の人だけ色がついて見えて、他の何かは全部同じにしか見えないのだ。
「ピッ」
「うん?ああ、ちゃんと私のご飯あげるから、ね?」
お腹がすいていると思われたらしい。
白い鳥は、ただ女の人の声が聞きたかったから声をかけたのだけど、そう受け取られても別に構わないので、白い鳥は「ピッ」と鳴いて、静かに女の人の紅い髪に隠れるようにちょっとだけ移動した。
女の人は人気者なのか、通り過ぎる誰かが全員女の人に挨拶する。
女の人は「こんにちは~」とか「うん、いい天気だね」とか「あんまりさぼっちゃ駄目よ」とか、とても優しい声音で返事を返す。
「ピッ」
女の人の声が一杯聞けて、白い鳥は満足で、じっとその声に耳を傾ける。
もしも白い鳥があの天敵の猫だったなら、ごろごろと喉を鳴らしていただろう程に、
それぐらい、白い鳥は幸せだった。
「あら、美鈴。これから昼食?」
「あ、咲夜さん。咲夜さんもこれからですか?」
……。
……………。
「ピッ」
白い鳥は、ちょっとだけ低く鳴いた。
この声が、誰のものだかわかったから。
「………あら、その鳥もいたのね」
「ピッ」
パサパサと羽を動かして、威嚇する。
小さいけど、それでも威嚇する。
「ええ、そういう態度は嫌いじゃないわ」
しゃきんと銀色のナイフが白い鳥に向けられるけど、白い鳥はちょっとだけ怖いと思うけど、パサパサをやめない。
「さようなら」
「って、咲夜さん咲夜さん。動物虐待は天狗さんに怒られますよ?いえ、天狗さんだけじゃなくて私だって怒っちゃいますよ?」
ぽんっ、と白い鳥の頭を人差し指で抑えて、女の人は苦笑する。
女の人に抑えられたから、白い鳥は大人しく羽を戻す。ひらひらと、抜けた小さな羽が落ちていくのが見えた。
「……そう、分かったわ美鈴」
「ありがとうございます……って咲夜さん?なんで私にナイフを渡すんですか?というか握らせないで下さい」
「大丈夫よ美鈴。私はきちんと理解しているわ。さあ、さくっとバラしなさい。貴方の手で」
「………実はちっとも分かってくれてないんですね」
「ああ、そうそう。今日のお昼はから揚げ定食よ」
白い鳥は、今日のお昼ご飯はもらえないと、複雑な気持ちになった。
「そうなんですか……。ってあの、最近鶏肉を使った料理が非常に多いような気がするのですが?」
「気のせいよ美鈴。ああでも、鶏肉が飽きたというのならそこの鳥をさくっと仕留めたら?そうしたら明日からは別の料理に変わるわ。……何故かは知らないけどね」
白い鳥は、この女の性格は悪いと思った。
「うーん。最近のコックさん達は鶏肉が好きなんでしょうか?」
白い鳥は、この女の人は可哀想だと思った。
だから、白い鳥は女の人の顔にすりすりをした。
「うん?くすぐったいよ~」
「…………。ええ、ちなみに夜は鶏肉のステーキよ」
白い鳥は、この女は本当に性格が悪いと思った。
「はい、美鈴」
「ありがとうございます咲夜さん」
女の人は、あの女にもにこにこしている。白い鳥は不思議に思う。
どうしてこんなに性格が悪い女に、女の人は優しく笑いかけるんだろう?
……。
…………。
白い鳥は一生懸命考える。
そしてひらめいた。白い鳥は嬉しくて少し羽をぱたぱたする。
きっと、この女の性格が悪いから、優しい女の人は可哀想だと思って、だからこんなに笑顔なんだ。
そう理解すると、白い鳥はあの女があんまり嫌じゃなくなってきた。
「………ねえ美鈴。気のせいかそこの鳥に酷く不愉快な視線をむけられている気がするの」
「ふえ?」
「ほら、頬についてるわよ」
「ふぁい」
「それでね。そこの鳥を今夜の晩御飯にどうかという話題に戻りたいんだけど」
「……んぐっ。いえ、そんな話題は欠片もしていなかったと思うんですけど」
「いえしていたわ。私の記憶力を疑うつもり?」
「えー?確か咲夜さんが今晩私の部屋に来るかどうかって話じゃありませんでしたか?」
「そうだったわねごめんなさい。うっかり勘違いをしていたわ。その話題で全然あってる。ええ、一時の感情に我を忘れてはいないわ」
優雅に食後の紅茶を飲む女に、女の人は「?」と首を傾げて、肩に乗っていた白い鳥と少しだけぶつかる。
痛くないので気にしない。
だけど、女の人は「ごめんねー」って頭を撫でてくれた。
嬉しいのですりすりした。
あの女がまたナイフを取り出した。
「さて、それじゃあまずはその鳥の息の根を」
「だから駄目ですってば」
「いいえ、これは私が十六夜咲夜である為の重要な分岐点なのよ。この鳥をさくっと殺しておかないと、これから先の私の人生プランに支障をきたすわ」
やっぱり、この女は可哀想だと白い鳥は思った。
「……この鳥」
「咲夜さんってば落ち着いてくださいよー」
「無理よ」
女は白い鳥を殺る気満々だった。
殺気が羽毛にとても心地悪いので女の人にすりすりする。とっても羽毛が潤った。
「殺す」
「さ、咲夜さん?」
一瞬即発。
ここで終わりかなと白い鳥は思ったけど、それが女の人の肩の上ならそこまで嫌じゃないなと思った。
だけど、そのおかしな心配は杞憂に終わった。
ぺしっ。
女の人が、ナイフをもった女の頭をちょっとだけ叩いたのだ。
「命は大事に、ですよ咲夜さん」
「…………」
「鳥さんは一生懸命生きてるんです。簡単に今日の晩御飯とか殺すとか言っちゃ可哀想ですよ」
ちょっとだけ厳しい声で、女の人は言う。
白い鳥は、こんな女の人の声ははじめて聞くので、ちょっと驚く。
だけどとても綺麗な声だった。
「…咲夜さん」
「………」
「言わなくちゃいけない事、ありますよね?」
「………」
女は、ナイフを何処かにしまって、少し潤んだ目で頷く。
「……ごめんなさい」
「はい」
その言葉と共に、女の人はまたにこーっと笑った。
そしてよしよしと頭を撫でて「痛くなかったですか?」って聞いている。
なでなでなでなで。
両手で一杯に撫でるから、あの女の髪はちょっとぼさぼさ。
「……平気よ」
「そうですか。……だけど、咲夜さんを怒るのってすっごく久しぶりですね」
「……ええ」
昔は、よく怒ってたんですけどね~って女の人は笑って、女の方は僅かに俯く。
ただ、女の人が頭を撫でるのをじっと感じているようだった。
紅い屋敷の門の前。
日が沈みかけて、オレンジに染まっている。紅い屋敷が尚赤く染まって見える。
だけど、今は、あの女の人はいない。
女の人は何処かへ行ってしまっている。
隣にいるのは、あのナイフを一杯持っている女だ。
女は、何故か白い鳥にナイフを投げることなく、ぼんやりとそこにいる。
「知ってる?」
女は白い鳥に聞く。
「私、ここに初めて来た時にはこれぐらいの身長しかなかったのよ」
門に刻まれた。ナイフで削った様な傷跡。
まるで、身長を測ったみたいな、優しい傷跡。
それを女は愛しげに撫でて、白い鳥に再度話しかける。
「そして、美鈴が私を育ててくれた」
白い鳥はそんな話は知らないから、ぱたぱたと羽を動かさずに聞いている。
白い鳥はあの女の人の事は何でも知りたいから、黙って聞いている。
「だから、かしらね。いまだに美鈴に怒られると体が固まるわ」
白い鳥は聞いている。
女は、本来人の言葉が理解できない筈の白い鳥に語る。
「……ねえ、貴方は」
白い鳥は、少しだけ羽を動かした。
ぱたぱたって音がした。
「貴方は、美鈴の泣き顔が見られるのかしら?」
白い鳥は、
白い鳥が長く生きた。
白い鳥が永く生きて変化した、まだ変化しきれない小さな出来損ないの妖怪は、
小さく「ピッ」とだけ鳴いた。
「貴方は、きっと私より長生きするでしょうからね」
女はそれだけ言って、黙る。
あまりに早く死んでしまう、その生き物はそれで黙る。
もう話すことはないと口を閉ざす。
あの女の人が泣く。
あの女の人は、きっと大切な誰かとの別れの時にだけ泣くのだと、白い鳥には何故だか分かった。
ああ、
白い鳥は「ピッ」と鳴く。
きっと、
白い鳥は、女の人の泣く姿を見るのだろう。
白い鳥は少しだけ、夕飯のおかずになってもいいと思った。
日が昇った。
白い鳥はまた紅い館へと降りていく。
きっと、あの女の人は門の前に立っている。
あの女も、きっといるだろう。
気をつけないと晩御飯にされてしまうかもしれないと、白い鳥は少しだけおかしくなる。
白い鳥は飛ぶ。
ようやく、紅い館が見えてきた。
こういうお話は好きです^^
そして悪意の通じない鳥がまた可愛い。
可愛いは正義。
鳥にも嫉妬する咲夜さんが可愛くもあり。
1羽の鳥を話のベースに仕上げる素晴しさ。
心から感服致しました。
咲夜さんメッチャ可愛い~。
じんわりときました。
咲夜さんのライバルになる可能性もあるわけですね…