「……ゲホガホグホヘッ!」
これが、最初に私の聴いた主の声でした。
微妙に嫌ですね、咳き込む声が最初って。
「ガホグホフゲゲゲゲゲヘェッ!! ――――ウッ」
って、最初に見た姿は吐血姿!?
……なんか大変な予感がしてきました。
とりあえず、座ってる場合じゃないですね。
立ち上がって駆け寄ると、主の下には見事な血溜まりが出来ていました。
痛々しい事この上ありません。
「あの、大丈夫ですか?」
「ひゅー……ひゅー……」
ひぃっ!
虫の息!?
大変です、このままだと私は召喚された瞬間に消滅っていう前代未聞の不遇に見舞われてしまいます!
召喚者と僅かの繋がりが途切れたらこの世界の異物でしかありませんから、私はっ。
「し、しっかりしてくださーいっ!」
「こ”ら”ゆ”ら”す”な”あ”ぁ”ぁ”ぁ”」
「死なないでまだ消えたくないですぅーっ!!」
「だ”か”ら”ゆ”ら”す”な”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”」
「こ、こうなったら―――」
最後の手段です。
右手を斜め四十五度に構えて……
「てやぁーっ!!」
「ごふぅっ!?」
決まりました。
見事に決まりました。
壊れかけには斜め四十五度のチョップです。
ズドンといい音を立てて首筋にめり込んでます、私の手。
「さ、どうですか?」
「…………」
へんじがない。ただのしかばねのようだ。
ってそれはまずいです!
あぁほら私の手が薄くなってますよ!?
胸に耳当てても心音聴こえませんし!
あぁやばいやばいですよこれ……!
そ、そうだ、もう一発やってみましょうっ。
こういうのって運ですしねっ。
「そりゃぁーっ!」
「ポォウッ!!」
よし、今度もキッチリ斜め四十五度でキマリました。
音だってボグンッとかイイ感じでしたし。
「おぉおおおぉおぉ――――」
よし、呻きながら痙攣しています。
とりあえず生き返ったので良しとしましょう。
「くす。主ったら死んだり生き返ったり忙しいお方ですね。でもそんな忙しいお方だからこそ、お仕えし甲斐があるってものです」
「はぁ、はぁ……ほ、本気で三途の川渡るとこだったでしょうがぁ……」
「まぁっ! 私が居なかったらそのまま渡っちゃってたとこなんですよ?」
「あんたの一撃がトドメになってたっつってんのよ暴力悪魔ぁ!!」
そんな事を言いながら、主は元気良く立ち上がりました。
ほら、こんなに元気なのは斜め四十五度チョップのお陰なんですよ?
主ったら酷いなぁ。
あ、分かった。主はきっとツンデレなんですねっ。
あんな怒鳴ってるけど、本心ではきっと――――
「あぁ召喚していきなり命を救ってくれるなんて、貴女はなんて素晴らしい使い魔なのかしらっ」
「ふふふ。そんなほんとの事言ってぇ。照れるじゃないですかぁ」
「もう今から貴女に名前を与えて、出来る限りの力を授けちゃうわ。それで私を守ってねっ。早速契約の儀式をするわよっ」
「いやんっ。いきなり契約の儀式なんて激しいですわ主様ぁ」
きっとこんな感じに違いありませんっ。
「くふ、くふふふふふふ…………」
「こ、こらちょっと……あんた聴いてんのっ!? く、召喚詠唱の最中の発作で失敗したのね、やっぱり……やり直しだわっ。一度元の世界に戻して、と……契約前で良かったわ……」
「いやん、もうっ。主の照れ屋さんっ!」
思わずチョップ!
勿論斜め四十五度です。
今度はボグゥッ、とちょっと重低音の渋い音でした。
「オゲはぁっ!?」
「あらまたですか、主。まったく身体弱いんだからぁっ」
「……あ~紫のお花畑ぇ~……」
「何言ってるんですか。ここ埃だらけじゃないですかぁ」
「オラちょっとそこの胸でかい死神待ちなぁ~! あたいになんか文句あんのかゴラァッ!!」
「あらあら。今度はまた過激なツンデレになっちゃいましたねぇ。でもそんな主も嫌いじゃないですよぉ?」
「胸ぇでかけりゃいいってモンじゃねぇんだよキエェエエェェヤアアァァァァアァ」
「うりゃぁーっ!」
「ぐほォッ!?」
O☆TI☆TU☆KE
メメタァッ、と今度は不思議な音でしたぁ。
「ほらほら、しっかりしてくださいなぁ」
言いながら、私は主の軽い体の腋から手を通し、そのまま真っ直ぐに立ち上がらせました。
口周りが血でベトベトですが、取り敢えず拭く物も持っていないので置いておくとしましょう。
さっきまで紫色だった唇が真っ赤になったと思えばどうって事無いでしょうしー。
「あ、あんた……ご主人様に向かってなんて事してくれtくさってくれたんじゃオラァッ!!」
「んもう、そんな乱暴な言葉遣いしちゃ魔女っぽくないですよぅ? ちょっとそれも直しておきましょうか」
「ぶべらぁっ!!」
「ひゃっ!?」
ああ、ご主人様がチョップの弾みで吐血したものだから、私の頬についちゃいましたっ。
危うく服の袖で拭うところでしたが、真っ白な袖を赤く汚しては使い魔としての示しがつきませんし、主の顔が立ちません。あ、ちなみに音はめそでした。宇宙人っぽいですよね。青い髭の。
取り敢えず指で拭って舐め取っちゃいます。
主の血はどんな味なんでしょうね。
わくわく。
ぺろぺろ。
ぺちゃぺちゃ。
ふぅ、ん……主の血、おいひぃよぉ……おしゃぶり止まりません……。
「ってこら、一人で何指しゃぶって恍惚としてんのよこの変態天然ボケチョップ悪魔!」
「あんっ」
しゃぶっていた指を無理やり引き抜かれてしまいました。
「う~……」
「うーじゃないでしょうがっ。あんたね、どれだけ私に危害加えれば気が済むのよっ!」
「危害だなんて。主がちょっとおかしいから直してあげてたんじゃないですかぁ」
「……オカシイ? へぇ、召喚された分際で言ってくれるじゃない。覚悟は出来てんでしょうね……?」
あやや、主が機嫌損ねちゃいました。
ちょっとした言葉のアヤなのになぁ。気難しい主を持つと気苦労が絶えません。
それはともかくとして、主の魔力が急に膨れ上がってきました。
そしてごそごそと袖をまさぐってます。
アレですか。噂に聞くスペルカードってヤツですか。
「火符『アグニシャイン』」
宣言と同時に、主の前方に巨大な火球が出現しました。
「ひゃわぁっ!」
次の瞬間、火球は恐ろしい速度で飛んできましたっ。
反射的に真横に飛んで、というか倒れこむようにして避けました。うぅ、背中の羽が掠って熱かったよぅ……グレイズは痛いんですね……。
「ちっ、大人しく当たりなさいっ!」
「ひ、ちょ、待って、くだ、さ、いぃいいぃいぃ!!」
主は次々に火球を飛ばしてきます。
私はそれをごろごろと転がって避け続けますが、いずれは壁に当たって詰むのがオチです。
あんな火の球なんて食らったら契約さえしていない身じゃ持ちません。結界にまわす魔力がとても足りません。
まったく、主がもったい付けてるから……っと、愚痴なんて零してる場合じゃありません。
打開策を考えないといけません。
とかそんな事をしている間に結局壁っていうか巨大な本棚にぶち当たりました。
「クククククク……ついに年貢の納め時のようね……」
そんな三流の悪役のようなセリフを吐きながら、主はじりじりと近づいてきます。
ヤバイ。
ヤバイです。
冷や汗が垂れてきました。ついでにおしっこも垂れそうです。でもそれはさすがにどうかと思うので我慢します。
ちょっと漏れた。いやん、恥ずかしいぃんっ☆
ってそんな馬鹿な事やってる場合でもありません。
主が違うスペルカード取り出してます。
「ひ、ひぃぃ……あ痛っ!?」
焦ってつい本棚に背中を押し付けてしまった拍子に、私の頭にゴツンッ、と鈍い衝撃と痛みが走りました。
くらくらしつつ思わず本を手に取ると、表題には「どきどきぱちゅ神判☆~500歳の幼女吸血鬼の弱点はここよっ!~」なんて思わず目を覆いたくなるような恥ずかしいタイトルが飛び込んできました。ご丁寧にも下には作者名が書いてあります。
『書いた魔女っ娘_ぱちゅりぃ☆のぅれっじ』
作者は多分目の前で怖い笑顔浮かべてるうちの主です。なんかそんな気がします。
うちの主は変な趣味持ってるみたいです。
それより、これは使えます。
「これが何だか分かりますかっ」
私はそれを持って立ち上がり、おもむろに前に突き出しました。
「そ、それはっ!?」
「ふっふっふ……これはおそらく貴女の書いた本! 大事な物と見ました!! さぁ、この本が大事なら今すぐ詠唱を止めて頂きます!」
決まりました。
悪魔らしく人質ならぬ物質。いや、本質?
まぁいいです。ともかく、悪魔らしく脅しをかけてますよ、私。助かるのなら何だってしちゃいますっ。
「ふふ、ふふふふふふふふふふ……」
おや?
主の様子が変です。
詠唱は止めたものの、顔を伏せて笑ってます。
ちょっと怖いです。壊れたのかもしれません。後でチョップで直しましょう。
「礼を言わせて貰うわ。その本はね……」
「ついその場の勢いで書いてたらノっちゃって徹夜で完成させてしまったシロモノよ! そしてそのまま本棚に納めたけどやっぱさすがにこれは無いと思って抹消しようとしたら何処に入れたか分からなくなった所謂黒歴史ノートなのよっ!!」
「な、なんだってーっ!!」
恐ろしく説明的なもんだから、ついお約束で反応してしまいました。
でもそれは取り敢えず私のおっぱいの上にでも置いておきましょう。
私は胸の内に秘めるなんて内向的ではありませんからね。オープンなのです。
なんて脱線した思考してる場合でもないです。
ヤバイです。
助かったと思ったらまたピンチです。
「さぁ覚悟しなさい。火符『アグニぃウェフゲホゴホガヘヘヘヘヘッ」
って今度は普通に助かったっ!?
そういや主はどうも喘息持ちのようでしたね。
「だ、大丈夫ですかっ!?」
私は蹲って咳きと痙攣に喘ぐ主を見て、反射的に駆け寄ってしまいました。
ついさっきまで消滅の危機を迎えていたというのに、私ってばお人好しです。ノーベル賞ものです。そういう賞じゃありませんけど、それぐらいの表彰は受けてもいいぐらいに素晴らしい主想いの心だと思うんです。
「げほっごほっ」
「えぇとこんな時はっと……そうだっ」
こんな時こそアレです。
秘伝の斜め四十五度のチョップです。
「今治してあげますからねっ。たぁっ!」
「ダンボッ!」
「よし、止まりました――――ってまたなんか私透けてるんですけど?」
止めすぎたみたいです。
仕方ありません。
もう一度です。
「とうっ!」
「あにょっ!!」
よし、復活しました。
「また無駄に乳でかい死神と会っちゃったじゃないこんダラズ分かってんのかよダボがァッ!!」
「んもう、そんな細かい事どうでもいいじゃないですかぁ」
「死にかけたのを細かい事と抜かすかこのお花畑悪魔は……」
「何言ってんですか、お花畑って言ってたのは主ですよ?」
「ああ言えばこう言う……話が進まないでしょうが」
それは主がいちいち発作起こしたり怒ったりしてるからだと思うんです。
「とにかく、あんたみたいな不良悪魔は想定してなかったのよ、こっちは。悪いけど、さっき言ったけど召喚元の世界に戻って貰うわ。いいわね?」
と、仰られますが、召喚されて即送り返されたなんて笑い話もいいとこです。
ただでさえ天然だとかある意味では悪魔らしいとか馬鹿にされてきたのです。何故か主の中で私の株は最悪のようですが、そこはこれから取り戻せばいいのです。
「そんな事言う悪い子はぁ~……」
「ひっ!」
チョップの構えを取ると、主は反射的に怯みました。頭を両手で防御しています。私より背が低いのでちょっと可愛いです。
どうやら私のチョップがトラウマになったようです。
私の愛がトラウマだなんて酷いとは思いますけど、この際仕方ありません。背に腹は変えられないというヤツです。
「お、脅したって駄目よっ。今から準備するかヒィッ!」
構えっ。
「待ってなさやんっ!!」
構えっ。
「う、うぅ~~~……」
どうやら諦めてくれそうです。
ジト目の涙目で睨んじゃって、可愛いんだから主ったらぁっ。
「このまま契約してくださればチョップだってしませんよ?」
「ほ、ほんとに契約すれば危害は加えないのね……?」
「えぇ勿論です。これからご主人様になるお方にそんな真似はしませんから」
「わ、分かったわよ……不本意だけど、契約してあげるわよ……」
渋々とですが、主は漸く契約を認めて下さいました。
ちなみに契約の方法はお互いの血を体内に取り入れる事でお互いの魔力を認識、その時に同時にお互いの立場をしっかりと認識すればそれで契約完了となります。
私は自分の指を犬歯で傷付け、一筋、血が指を流れています。
「さ、どうぞ。主の血は先ほど飲みましたので、後は私の血を受け入れてくださるだけですよ」
主は無言のまま私の手を取り、指先を口に含みました。
「んん……吸われて、るぅ……!」
傷口から血液を吸い取られる感覚が妙に気持ち良く、背筋を寒気に似た感覚が駆け上りました。
思わず両目をギュッと閉じてしまいます。
ちゅぱちゅぱと音が立ち、頬が熱く火照っていくのが分かります。
ちゅぱちゅぱちゅぱちゅぱちゅぱちゅぱちゅぱちゅぱちゅぱちゅぱちゅぱーちゅりーぱーちゅりー
ちゅぱちゅぱちゅぱちゅぱちゅぱちゅぱちゅぱちゅぱちゅぱちゅぱちゅぱーちゅりーぱーちゅりー
「何か変な音混じってますよっ!?」
「ん……うっさいわねぇ。ちょっと強く吸いすぎただけじゃない」
いや、明らかに貴女の名前だったと思うんですが。
ともあれ、これで私は目の前の方を主として認識しました。
主もどうやら私を使い魔として認めたようで、全身に魔力が満ちてきました。
「契約は完了したみたいですね。これからよろしくお願いしますね~」
「よろしく……と言いたいとこだけど、あんた本当にチョップしないんでしょうね……?」
「えぇ勿論。今度やって契約破棄なんてされたら目も当てられませんもの」
「ほんとでしょうね……」
「んもう、疑い深いお方にはこうですよっ」
構えっ。
「ひゃんっ!!」
「あはは、可愛いですねぇ主ったら」
「あ、あんたチョップしないんじゃなかったのっ!?」
「あら、構えただけで実際にやってないから無問題ですよ? うっかりさんですねぇ☆」
「はぁ……」
いやそんな大げさに溜息吐かれると私がちょっと馬鹿やってたみたいなんですけど。
「それはともかく、いつまでも主って呼ばれるのも変な感じだわ。これからは”パチュリー様”と呼びなさい。いいわね?」
「様付けですかぁ。私としては可愛い主はちゃんとかで呼びたいんですけど……」
「可愛いとかはどうでもいいのよ。主従関係なんだから呼び方もちゃんとするべきでしょう」
「でもぉ~……」
主より低い位置に屈んで上目遣い攻撃ですっ。
瞳だってキラキラと星を瞬かせてます。
こんな純粋な瞳に見つめられては誰だって断れる筈はありませんっ。
「ダメ、却下、拒否、断る、無駄無駄無駄無駄無駄ァッ!! これ以上反論したらその頭の羽千切って触媒とかに使うわよっ!」
うわ、目が割とマジですよこの魔女っ娘。
「はぁい……パチュリー様と呼ばせて頂きますぅ……」
小悪魔がっくりです。
「……いや、何もそこまで落ち込む事無いでしょ……」
「だってぇ……」
「ま、まぁ可愛いって言ったのは悪く無かったわよ。そこだけは褒めてあげる」
「へっ?」
顔を上げて見ると、パチュリー様は後ろを向いてました。
ボリュームたっぷりの髪から僅かに見える顔が紅く染まってます。
なんだか照れてるみたいですね。
どうやら可愛いと言われるのは満更じゃないみたいです。
ふむぅ……なるほどなるほど。
この小悪魔にそんな弱点を晒すだなんて、悪戯しろと言ってるようなものですっ。
後ろ向いてて気付いてないパチュリー様の背中にそっと身体を寄せて、顔を耳元に寄せて――――
「可愛いですよ、パチュリー様」
「ひぅっ!?」
「とても可愛いです。たまらなく可愛いです。激可愛いです。我慢出来ないぐらい可愛いです」
「ちょ、ちょっと、こら、あんた何を……」
「照れてるお顔も可愛いです。真っ赤で可愛いです。少し怒った声も可愛いですよ、パチュリー様……」
「や、やめなさいっ……! 嬉しいけど、恥ずかしいのよ……!!」
「恥ずかしがる姿も可愛いですよ……」
「これ以上はやめなさいっ……!!」
「ダ・メ・で・すぷぎゃっ!?」
あ痛っ!!
突然パチュリー様が振り向いたかと思うと、頭に衝撃と痛みが同時に来ました。
どうやら何かで殴られたようです。
何かと言うか、多分本です。重さがあるような気がしたので、多分分厚いです。むしろ「どきどき魔女神判 ~以下省略~」です絶対。
「このっ!」
「やぅっ!」
「ご主人様でっ!」
「うにゃぁっ!!」
「遊んでんじゃっ!」
「ご、ごめんぶっ!」
「ないわよっ!!」
「なさぁんっ!!」
「こんの……………迷惑悪魔ぁっ!!」
「っ――――!!」
それが多分最後の一撃だったらしく、一際大きな衝撃と痛みで呻き声さえ上げる間もなく、私の意識は落ちていきます。
うぅ、ちょっとやりすぎたかなぁ……。
というか、これからこの可愛い主を弄らずにやっていけるか不安ですぅ……。
-FIN-
ただ、もっとぶっ飛んでいた方が個人的には好みでしたね。
ちゅぱ衛門ならぬパチュ衛門…いや、何でもないです。