Coolier - 新生・東方創想話

博麗戦隊ハクレイジャー Extra           戦慄!逆襲のバカレンジャー!

2007/07/12 04:15:26
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・このSSは拙作「博麗戦隊ハクレイジャーFINAL」の続きですが、
 内容的には「博麗戦隊ハクレイジャーVol.2」の続きです。



 _/ _/ _/ Prologue _/ _/ _/



 夜雀の妖怪、ミスティア=ローレライが、夜毎に開く屋台。
そこで酒宴を開くのは、妖怪だったり、妖精だったり、あるいは人間だったりもする。
さて、今宵の客は――――。



 _/ _/ _/ みすてぃ屋 AM1:45 _/ _/ _/



 じりじりと音を立てて、魚や野菜の焼ける匂いが立ち昇る。
普段着の上に割烹着を羽織ったミスティアは、馴れた手つきで串焼きをひっくり返していた。
 そして、ミスティアの目の前には、コップを片手にテーブルに突っ伏し、ぶちぶちとクダをまく氷精、チルノの姿。
思い出したように顔を上げてはコップを煽り、抱えた一升瓶を傾けては突っ伏して、再びブチブチと呟きだす。
その様は、まごうことなきダメ人間、というかダメ妖精である。
延々と同じことを繰り返すチルノを見かねて、ミスティアは嘆息しながら声をかけた。

 「チルノ、そのくらいにしときなさいよ」
「うるひゃい。ろんらけのもーと、あらいのかってれひょーがー!」
「あぁもう、呂律も回ってないじゃない。飲み過ぎだってば」
「にゃー!あらいのひゃけがろめらいってーのー!?」
 チルノはだんっ、と音を立ててテーブルに足を乗せ、唾を飛ばしながら啖呵を切る。
そしてその一瞬後に、足を乗せていたのがテーブルではなく焼き網だったことに気付き、ひっくり返って悶絶した。
 駄目だ。ダメダメだ。
普段からお馬鹿なチルノだが、今夜はそれに輪をかけてお馬鹿すぎる。
ヤケドした足を抱えて転がりまわるチルノを見て、ミスティアはおでこに手を当てて溜め息をついた。
 ――それにしても、よく溶けなかったなぁ。
という、微妙に見当違いな感心をしながら。

 そんな、ある意味微笑ましい光景を繰り広げる屋台に、一人の妖怪が姿を現した。
柔らかなショートに整えられた金髪と、そこに映える赤いリボンが特徴的な宵闇の妖怪少女――――ルーミアである。
 「こんばんわー。みすちー」
「こんばんわ。ルーミア」
「今日のおすすめは……って、チルノどうしたの」
「あー、ちょっとね」
 ルーミアは、にこやかにミスティアに話しかけ――――ようとして、転がりまわって悶絶するチルノに気付く。
ミスティアは苦笑いを浮かべ、言葉を濁して再び焼き物をひっくり返しにかかるが、不意に気配を感じて顔を上げた。
テーブル越しにルーミアと目が合うが、さらにその背後。
いつの間にか復活したチルノは、両手をYの字に広げると、そのままルーミアに背後からがばっと抱きついた。

 「る~~みぁ~~~~!あんひゃもつきあいらさーい!」
「あうー、チルノお酒くさいー」
ルーミアは顔をしかめて、抱きついてきたチルノを押し剥がす。
チルノは押し剥がされた勢いそのままに、よたよたと数歩後退るが、道の小石にかかとを取られて転んでしまった。
一瞬、地面に座り込んでぽかんと呆け、しかしすぐにしゃっくりあげて泣き出してしまう。
 「うあぁぁぁぁんっ! みんなしてあらいをいじめるんらーーーー!」
「わ、わわ……ごめんねチルノ」
「チールーノ、落ち着きなさいって」
 「らっへ、くやひいのよ!
あらいたちなんにも、なーんにもしてらいのに、いきなりヘンタイにおそわれひゃんらからっ!」
「……ヘンタイ?」
「ええ、実はね……」
 チルノの愚痴を聞きつけ、ルーミアはおうむ返しに問いかける。
まともに喋ることもままならないチルノに代わり、ミスティアはルーミアに事情を話し出した。
のはいいのだが、泣きじゃくるチルノを放置するあたり、酷いといえば酷かった。

 今から4日ほど前、川でウナギを拾っていたら、ハクレイジャーと名乗る二人組の変態に襲われたこと。
黒い奴はそれなりにまともだったけど、赤い奴は全然まともじゃなかったこと。
二人ともボコボコにされた挙句、ウナギまで奪われたこと。
非情なるギターだったこと。

 「――でね、里の青年団の人たちがウナギを取り返してきてくれたんだけど……って、どうしたの?」
ミスティアが一通りの話を終える頃には、ルーミアは眉をひそめて俯いていた。
そんな彼女の態度を不思議に思い、思わず問いかける。
 「えっとね、実はあたしも……」
問いかけに応じて、ルーミアは顔を上げた。
困ったような苦笑いを浮かべて、ミスティアに事情を打ち明けはじめる。
 
 今から4日ほど前、お供えの野菜を食べようとしたら、ハクレイジャーと名乗る二人組に襲われたこと。
赤い奴にバールを投げつけられて、そのうえ一方的に襲い掛かられたこと。
恐怖の赤バットだったこと。

 「そう、ルーミアも……。お互い災難だったわね」
「んぃー」
お互いの災難話を聞いて、二人は揃って溜め息をついた。
同病相哀れむ――というわけでもないが、お互いにどれだけの災難に見舞われたのかはよくわかる。
 「そういうことなら、今日はわたしの奢りでいいわ」
ミスティアはそう言って、ルーミアにコップを差し出した。
「嫌なことは、飲んで忘れるのが一番よ」
続けながら、一升瓶を軽く持ち上げてウィンクしてみせる。
 「そうだねー」
コップを受け取ったルーミアは、ふにゃっと顔をほころばせて頷いた。

 しかし、そんな人情屋台さながらの光景は、一人の酔っ払いによって打ち砕かれた。

 「にゃーーーー!あんたたち、しょれでもよーかいなろかーーーーっ!!」
ほのぼの人情屋台劇場を繰り広げる二人の間に、チルノが割って入る。
 その目は完全に据わりきっており、瞳もいい感じに濁っている。
あまつさえ、吐く息は熟柿のような臭いがした。
まるっきり酔っ払いオヤジと化したチルノは、驚いて身をすくませる二人を交互に見やり、続けて口を開く。

 「ミスティアもルーミアも、なってない!じぇんっじぇんなってないわ!!
あんなヘンタイにやられっぱらひで、くやしくないろっ?くやひいでしょっ!?
そーよ、しかえしよ、ふくしゅーよ、おへんじなのよ!」
リベンジと言いたいらしい。
 「みんなで力をあわしぇて、あの赤いやつをやっつけるのよ!
みっちゅの心がひとつになれば、ひとつのせーぎはひゃくまんパワーなんだから!」
つまり、三人集まればウォーズマンとケンカできるということらしい。

 酔った勢いもあってか、チルノは大袈裟な身振り手振りで二人をまくしたてる。
それはいいのだが、呂律が回らないほど泥酔していたため、普段よりも言動がぶっ壊れていた。
 いつしか、チルノの声のトーンは上がり、吐き出される言葉は徐々に演説じみてくる。
はじめのうちは気圧されているだけだったミスティアとルーミアも、段々と『演説』に聞き入りだす。

 「あんなっ、ヘンタイにやられて、泣き寝入りするなんてごんごんどーだんよ!
よーかいの意地と底力を、あのヘンタイたちにみしぇつけてやるのよっ!」
 こんこんと、独自の妖怪道を説き始める酔っ払い妖精。
ミスティアもルーミアも、ここにきて真顔である。
酔っ払いの戯言と聞き流せばそれでいいはずなのだが、幸か不幸か、二人はそれほど世間擦れしていなかった。
 「やられっぱなしであきらめる意気地なしなんて、よーかいのかざかみにも置けないわっ!
あえて言おうカスであるとーっ!」
 「おー」
ぱちぱちぱち。
腕を振り上げて叫ぶチルノに、思わず拍手。
その後もチルノの演説は延々と続き、夜はとっぷりと更けていった。



 _/ _/ _/ みすてぃ屋 AM11:08 _/ _/ _/



 翌朝。というか翌昼。
酒瓶やら小皿やらが散乱した屋台のテーブルに、チルノは突っ伏していた。
目が覚めたのか、気だるそうにゆっくりと起き上がりだす。
 「えうぅ……。頭痛い……気持ち悪い……」
チルノは頭を押さえながら、やつれたようなうめき声を上げた。
さもありなん。夜半にあれだけ深酒すれば、そりゃ二日酔いにもなろうというもんである。
 ふと視線を感じて振り向くと、その先には、ヒーローを前にした子供のように瞳を輝かせる二人の妖怪。
ミスティアもルーミアも、まったく同じわくわくポーズでチルノを見つめていた。
 「えーと……何?」
「チルノ、あなたのおかげで目が覚めたわ。」
「……はぇ?」
突拍子もないミスティアの言葉に、チルノは目を丸くする。
だが、当のミスティアは、そんなチルノの態度など気にも留めずに、拳を握って話しだす。
 「あなたの言葉、私の心にズンっと響いたわ。
そうよね。妖怪たるもの、やられっぱなしで泣き寝入りなんてかっこ悪い真似はできないわよね!」
「そーなのだー」
ミスティアに続いて、ルーミアもこくこく頷いた。
 
 「そっ、そーよね! やっぱりあたいの言ったとおりでしょう!?
このあたいにどーんと任せなさいってのよ! あは、あはははは……」
チルノは二人の勢いに押されて、乾いた笑い声を上げる。
 ……昨日、なんて言ったかぜんぜん覚えてないなんて言えっこないじゃない。
などと、心の中で呟きながら。

 だがしかし、昨夜の演説に心打たれた二人は、そんなチルノの心情など知る由もない。
チルノの言葉を額面どおりに受け取って、すっかりやる気になってしまった。
 「やりましょう、チルノ!
私たちの底力を、あの変態どもに見せ付けてやるわっ!」
「やられたらやり返すー!」
 ミスティアもルーミアも、声とともに腕を振り上げ、やる気満々のアピールをしてみせる。
当のチルノはというと、今さら引っ込みなどつくはずもなく、場の勢いに流されっぱなしだった。

 「でっ、でも、あたいたち、あの二人の顔とか知らないじゃない?」
「あ……、そうだねー、あの二人は顔を隠してたし……」
なんとか話を引っ込められないものかと、チルノは必死になって勢いを止めようと悪足掻く。
案の定というかなんというか、ルーミアはそれにあっさり引っかかり、困ったように首をかしげだした。
そんなルーミアを見て、チルノは内心でほっと胸を撫で下ろす。
 このまま行ければ、復讐話だってなんとか誤魔化せる。かもしれない。
一縷の望みにすがるチルノに、しかしミスティアは無慈悲な提案を持ち出した。
 「なら、赤い服のやつと黒い服のやつを片っ端からやっつけていけばいいのよ!
そうすれば、いずれはあの二人をやっつけられるでしょ?」

 ざんねん! チルノのていこうは ここで おわってしまった!

 「……そっ、その手があったわね!ミスティアってば冴えてるじゃない!」
「ミスティアあたまいいー」
表立って反対するわけにもいかず、チルノは微妙に顔を引きつらせてミスティアを誉めそやす。
 もうこうなっては、腹をくくるのみ。
チルノは意を決して、もとい、抵抗を諦めて、小さく咳払いをした。

 「そ、それじゃあ、みんなで一緒に、あのヘンタイどもをやっつけるわよ!
えい、えい、おーっ!」
「おーっ!」
「おぉー!」
 チルノの音頭にあわせて、三人は揃って腕を振り上げる。
その輪の中でただ一人、チルノは乾いた笑顔を浮かべるのでした。まる。



 赤信号、みんなで渡ればこわくない。でもよい子は真似しないでね。と昔から言われてるのだ。
ビバ数の暴力。
そんなこんなで三人は、互いに互いの手を取り合い、リベンジを誓い合ったのである。
……まあ、なんつーか、見切り発進もいいところだったってことは、気にしないでやって下さい。



 _/ _/ _/ 魔法の森 上空 PM14:37 _/ _/ _/



 愛用の箒に腰掛けて、滑るように空を駆け行く白黒の魔法使い――霧雨 魔理沙。
買い出しにでも行った帰りなのか、箒の先に括り付けられた風呂敷包みが微笑ましい。
 「……ふっふっふ。店を半ドンにしてまで昼から並ぶこと2時間半。
ついに、ついに手に入れたぜ!」
興奮を抑えきれずに、魔理沙は箒に腰掛けたままガッツポーズをしてみせる。
彼女の視線はうっとりと緩み、箒の先の風呂敷包みに注がれていた。
 「普通に買いにいっても、まず売り切れなんだもんな。
今まで一度しか食べたことがないのに、この味が忘れられないったら……」
そうして、感無量に頷きながら、しみじみと呟きだす。
 風呂敷包みの中身は、大福だった。
といっても、そんじょそこらの店で売られているような普通の大福とは格が違う。

 厳選された最上級の材料に、惜しみなく振るわれる匠の腕。
至上の美味、という表現すら、この大福の前には陳腐な言葉と成り果てる。
当然人気も凄まじく、人間、妖精、果ては妖怪や幽霊までもが、この大福を求めて店に立ち並ぶほどだという。
 「今日のおやつは大福だ~♪」
期待に、自然と声が弾む。
はやる気持ちを抑えながらも、流れていく風の速さは一層増していた。



 「そこな白黒っ、止まりなさーい!!」
「っ!?」
突如響いた声に、思わず魔理沙は速度を落とす。
足を止めた魔理沙の前に立ちはだかったのは、三つの影だった。
 「誰だ……って、なんだ、お前らか。
私は今急いでるんだよ。帰れ帰れ」
「そんなことを言ってられるのも今のうちよ!
あたいたちを、昨日までのあたいたちと思ったら大まちがいなんだから!」
鬱陶しげに手を払う魔理沙に向かって、チルノはびしっと指を突きつけた。
 「……何?」
普段とは違うチルノの態度に、魔理沙は思わず眉をひそめる。
常日頃いっぱいいっぱいなのがチルノのお約束だったんじゃないのか。
少なくとも、挑発を挑発で返せる程度の余裕なんてなかったはずなのに。

 訝しがる魔理沙に気をよくしたのか、チルノはミスティアとルーミアに目配せして、三人一緒に頷きあう。
「そう、あたいたちは、ヘンタイたちにおへんじするせーぎのししゃ!」
胸を張って大声を上げるチルノを中心に、ミスティアは右、ルーミアは左に居並び、ポーズをとった。

 「てきがどんなに強くても!」
「三人そろえば百万パワー!」
「よってたかってやっつける!」

 「チルノブルー!」
「ミスティアレッド!」
「ルーミアイエロー!」
まるっきりそのまんまだった。

「「「私たち、三人あわせて……」」」

 「チルノとゆかいな仲間たち!」
「妖怪戦隊TMR!」
「妖怪レンジャー!」
せめて統一してほしかった。

 「……バカブルーにバカレッドにバカイエロー……。
さしずめ、⑨戦隊バカレンジャーってとこか」
「誰がバカよっ!」
「バカって言った方がおばかさんなんだよ?」
「ちょっと待って、それだとあたしたちもバカって言ったらバカになるってことよ?」
ミスティアの言葉に、チルノとルーミアは凍りついた。
 「……そ、そーなのかー……。バカって奥が深いね」
「あ、ルーミアまたバカって言った!」
「そう言うチルノだって……」
「だからバカってゆうなーーー!!」
グダグダ極まりないコントを繰り広げる3バカトリオを前にして、魔理沙は顔を伏せ、深い、深ーい溜め息をついた。

 「……で、一体なんなんだよお前ら」
「さっきも言ったでしょっ!ヘンタイにおへんじするために、魔理沙をやっつけるのよ!」
「なるほどさっぱりわけがわからねぇ。帰りやがれ」
 「いいから、あたいと勝負しなさい! ぎったんぎったんに叩きのめしてやるんだから!」
「……ったく、口で言ってどうにかなる相手じゃないか。
仕方ない、ちゃっちゃと素早く手際よく片付けてやるぜ」
 そう言って、魔理沙は魔力を掌に収束させる。
チルノはそれを見てなお、不敵な笑みを浮かべていた。
そして、魔理沙が今まさに、魔弾を放とうとしたその瞬間!

 「オッケー、じゃあ、しりとりで勝負よっ!」
コケた。
ものの見事に、チルノ以外の全員が、一糸乱れぬ動きで完膚なきまでにコケた。
 「言ったでしょ。あたいを昨日までのあたいと思ったら大まちがいだって。
あたいは、ちせいはだいひょーとして、くーるなずのうプレーで勝負させてもらうからねっ!」
チルノはあまり知性派っぽくない仕草でそう一方的に言い放つ。
どうにも頭脳プレーの意味を取り違えているようだが、こんなのはいつものことなので誰も突っ込まなかった。
 「それじゃあ、あたいから行くよ!」
そして、これまた自分勝手に、かなりどうでもいい戦いの火蓋を切って落としたのである。



 チルノはすぅー、と、大きく息を吸い込んで、第一声。
「プリン!」
ン、の口をしたまま、ぴくりとも動かなくなった。
 「……………………」
「……………………」
「……………………」
 あまりにも見事なチルノの自爆っぷりに、言葉を失うミスティアとルーミア。
そして、そんなチルノを気の毒そうな目で見つめる魔理沙。
重苦しい、嫌な沈黙が周囲を包み込んでいく。

 寒かった。寒すぎた。これが氷精の底力というものなのだろうか。
さすがチルノ、しりとりにおけるお約束を的確にぶっこくなんて、人にはできないことを平然とやってのける。
別に痺れもしないし、ましてや憧れもしないが、そのド天然っぷりは本物だ。他の追随を許さないほど本物だ。
「えーっと…、今のは…。
そう、ルール!ルールをたしかめたのよ!最後に、『ん』がついたら負けね!?
ンジャメナとか、ンドゥグ・チャンスラーとか、ンゴロゴロ保全地区とかはナシでね!オッケー!?」
 いまさらしりとりのルールなんて、確認するまでもないことのようにも思えるが、
本人がそう言い張っていることだし、そういうことにしてあげた方がいいのだろう。多分。
 「それじゃあ気を取り直して、と。次もあたいから行くからね!」
いいからさっさと進めて欲しい。

 「ざるうどん!」
「……………………………」
「……………………………」
「……………………………」
 ひゅるりら~、と音を立てて、周囲に冷たい木枯らしが吹きすさぶ。
魔理沙ははぁ、と、深く重い溜め息をつき、居辛そうにそっぽを向いてポリポリと頭を掻きはじめた。
 もしかしてこれって、新手のスペル攻撃なのだろうか。
発動したら回避不可能。相手の精神にダメージを与えて、気力を減退させる新スペル。みたいな。
そうだとしたら感服だ。お馬鹿でもお馬鹿なりに努力をしているということなのだろう。
……ンなこたぁない。

 それにしても、律儀というか何というか。
ざる、と言いかけた途中で、「ざるそば」って無理やりにでも変えてしまえばよかったのに。
その潔さと旺盛なサービス精神には、敬服の念を禁じえない。
 「いや、あのね、そう、これは練習よ、練習!
次が本番だから、目をそろえてかくごしなさいよ!」
 それを言うなら、「耳を揃えて」ではないだろうか。しかも使い方を間違えていやしないか。
いっぱいいっぱいなのにも程がある。

 「きりん!」
「……………………………………」 
「もうトサカに来たぁぁっ!コンチクショオォォォッ!!」
3度目の自爆をした直後、チルノが逆切れして、絶叫を張り上げる。
 一人で勝手に決めて勝手に自爆して、その挙句に逆切れとは、流石チルノである。
みんなの期待と予想を裏切らない、まさに⑨クォリティだ。
 「もう許さないからねっ!
あんたなんか、英吉利牛と一緒に「マスタースパーク」

 人が話してる最中に攻撃するのは悪い子だよって、けーねが言ってた。

 「……ったく。手間取らせやがって」
魔理沙はかざしていたミニ八卦炉を懐にしまい込み、短い呟きを残して、その場を後にした。
死して屍拾うものなし。



 「チルノー、生きてるー?」
うつ伏せに倒れて、プスプスと煙を上げる黒焦げのチルノを、指でつんつんつっつくルーミア。
かける声こそチルノを気遣うものだったが、どうにも行動が伴っていなかった。
 「ちょっと、ルーミア。やめなさいよ。
つっつく時は枝を使うって決まってるんだから」
「そーなのかー」
真顔で棒切れを手にするミスティアに倣って、ルーミアも手頃な枝をひとつ手に取った。

 つんつん
つんつん

 「チルノー?」
「チールーノー?」
細長い枝でチルノをつんつんつっつきながら、二人は呼びかけを続ける。
たまに枝の先っぽがアフロになった頭に絡まったりもして、救助は難航を極めた。

 つんつんつんつん
つんつんつんつん

 「チルノー、起きてー」
「チルノー、生きてるー?」

 つんつんつんつんつんつん
つんつんつんつんつんつん

 「っだあぁぁぁぁぁっ! ひとがだまってればさっきからつんつんつんつんっ!
いいかげんにやめなさいよっ!!」
そして、感動の復活。
チルノは往年のロッキーを髣髴とさせるポーズで立ち上がり、雄叫びを轟かせた。

 「起きた起きたー」
「生きてた生きてたー」

 ぱちぱちぱちぱち

 「あんたたち、ひとをおもちゃにするのがそんっなに楽しいわけ!?」
呑気に拍手するあたまおてんきな二人に、チルノはわなわなと震えながら声を上げる。
二人はきょとんとした様子でまばたきすると、お互いの顔を見合わせて、揃って首をかしげた。
 「だって、怪我人とか病人はいたぶるものでしょ?」
「そうそう」
いたわる、と間違えているのか、文字通りいたぶっていたのか。
天然なのか悪意なのか微妙なところだった。

 「それにしても、最初の結果がこれじゃあね。先が思いやられるわ」
「前途多難ー」
「あんたたち、なにを見てたのよ! 今のはどうみたってあたいの勝ちじゃない!」
 口々に言いたい放題言って、肩をすくめて嘆息したり、肩を落として溜め息をついたりするミスティアとルーミア。
そんな二人に、アフロスピリット溢れる頭をぽふぽふ揺らしつつ、チルノは抗議の声を上げた。
しかし、さきほどの小競り合いは、誰がどこからどう見てもチルノの惨敗、というかボロ負けにしか見えないのだが。

 「チルノは手も足も出なかったでしょ? なのになんで勝ちになるの?」
「何言ってるのよ。魔理沙は勝負する前にいきなりスペルをうってきたのよ?
それですぐに逃げたんだから、あいつのはんそく負けに決まってるでしょ!」
小首をかしげるルーミアに、聞いて呆れるたわ言を垂れ流す。
なんつーか、道理どころか無理まで引っ込んでしまいそうな、無茶苦茶きわまりない屁理屈だ。
 「なるほど、確かに一理あるわね」
ねぇよ。



 「やっぱり、勝てない相手には勝てないのかなぁ」
「だからさっきのはあたいの勝ちだってば!」
「まあ、そのことは後でゆっくり話しましょ。
それよりも、せっかく三人でまとまってるんだから、三人の力をあわせて戦うべきだと思うの。
三人寄れば……ええっと、まんじゅ? の知恵って言うでしょ?」
 「まんじゅのちえ?
……もしかして、まんじゅうのちえのことなのかー!?」
「知っているのルーミア!?」
「んぃ、この間読んだ本に書いてあったのだ」


  饅頭の千恵
  昔々、あるところに、千恵というとても元気な女の子がおったそうな。
 彼女は饅頭が大の好物で、饅頭を一口食べると元気ムキムキ一千万パワー、
 力強さと勇猛さと不屈の闘志と鋼の魂がレッツコンバインしたような、ルール無用の残虐ファイターに変貌したそうな。
  ひとたび暴走した彼女の威力はすさまじく、数人の屈強な男をもって、ようやく静められるほどだったという。
 このことから、バッファローマン並みのド迫力パワーのことを、饅頭の千恵と呼ぶようになったことは言うまでもない。
 ~参考文献・美鈴書房刊 超電磁最強列伝~


 「三人寄れば饅頭の千恵っていうのは、
どんな人でも三人集まると、一千万パワーが出せるんだ、っていうことなのだー!」
「「な、なんだってー!?」」
バックに稲光など迸らせつつ、驚愕の表情を浮かべるミスティアとチルノ。
誰か止めろと思ったところで、ツッコミ不在の現状ではどうしようもなかった。

 「いっせん万パワーが出せるなら、あの赤いやつだってひとひねりよね!」
「そうね、なんだかやれそうな気がしてきたわ!」
「きっと、誰にもまけないよー!」

 「それじゃあ、もういっかい気合をいれるわよ!
えい、えい、おーっ!」
「「おぉーっ!」」
 心機一転、腕を振り上げ声を合わせて、気合を入れなおす三人。
なんだか根本からして間違っている気がしないでもないが、本人たちがいいのなら、それでいいのだろう。



 _/ _/ _/ 野原 上空 PM17:20 _/ _/ _/



 「遅くなっちゃった……藍さま、心配してるかなぁ」
化猫であり式であり八雲家のマスコットでもある橙は、茜色に染まり、菫色に沈みつつある空を一人飛んでいた。
 今日もいっぱい遊んで、いっぱい新しいことを知って。
遊び疲れて遅めの昼寝をしていたら、気付けば夕方になっていた――。
心配性な主を思い、飛び起きてきたためにずれた帽子を被りなおして、橙はマヨヒガへと空路を急ぐ。



 「そこな赤いのっ!止まりなさーーーいっ!!」
「にゃっ?」
突如響いた声に、思わず橙は足を止める。
戸惑いながら周囲を見回す橙の目の前に現れたのは、我らが3バカトリオだった。
 「みんな揃ってどうしたの?」
「悲しいけど、あんたも赤いのよねっ!
あんたにうらみはないけど、正義のためのとうといぎせいになってもらうわ!」
 「と、尊い犠牲?」
話がまったく飲み込めず、橙は呆気にとられて目を白黒させる。
そんな橙に向かって、チルノはびしっと指を突きつけた。

 「そう、あたいたちは、ヘンタイにおへんじするせーぎのししゃなのよ!」
「え? え?」
あまりにも唐突なチルノの言動に、橙は戸惑い立ちすくむ。
それを見たチルノは、絶好のチャンスとばかりにルーミアへと向き直った。

 「やっちゃって、ルーミア!」
「んぃー」
 チルノの号令に従って、ルーミアはあたりに闇を撒き散らした。
夕暮れに沈む空は、たちどころに深夜よりも暗い闇に塗り込められる。
だが、化猫である橙は夜目が利く。
突然暗くなった空の中でも、平然とその場に佇んでいた。

 「なになに? これ、新しい遊びなの?」
「そんな事言ってられるのも今のうちなんだから!
出番よミスティア!」
「はいはい。
る~らら~~~♪」
 チルノの催促に応えて、ミスティアは周囲に歌声を響き渡らせる。
妖力を持った歌声は、聞く者を夜盲へと変えていく。
人でなくとも、どんなに夜目が利こうとも。
すっかり視界を奪われて、橙は身動きがとれなくなってしまった。

 「あれ? 目が……、見えない?」
目をぱちくりさせても、瞼をこすっても、変わりはしない。
目の前に広がるのは、一面の黒。
 「上出来ね。さぁ、かくごしなさいっ!」
どこからともなく聞こえてくるチルノの声に、橙は身体を強張らせた。



 「必殺っチルノパーンチ!」
先に仕掛けたのはチルノだった。
無防備な橙に先制攻撃を食らわせるべく、勢いよく腕を突き出す――が、しかし。
渾身のパンチは虚しく空を切り、勢い余って一回転。
 「ばっ、馬鹿にしてんじゃないわよっ!」
自信満々に仕掛けた攻撃が不発に終わって、チルノは逆上する。
なんとなく気配のする方に向かって、しゃにむに腕を振り回しはじめた。
 「とうっ! ていっ! ふんっ!
……あぁもう、こんなに暗いのになんでよけられるのよーっ!!」
 振れども振れども当たらない。
真っ暗な闇の中、ただ時間だけがむなしく過ぎていった。

 「ねぇ、みすちー。
チルノって、ちゃんと耳塞いでたのかなぁ」
「……さぁ?」
ルーミアの問いに、ミスティアもまた首をかしげた。
 そう。
チルノもまた、ミスティアの歌によって鳥目になっていたわけで。

 「あーもー、全っ然見えないじゃない!!」
「うにゃっ!?」
「あだっ!?」
お尻をぶつけあって、思わず声を上げる二人。
その様はまるで、マヌケ忍者の闇夜の戦いだった。
しむらうしろうしろ。

 「もう、怒ったんだからっ!」
さすがにこれだけ好き勝手やられれば、どんなに温厚な人も怒らざるを得ない。
橙もその例外に漏れず、ネコパンチで応戦しだす。
 とはいえ、夜盲になってしまった目では、手を伸ばした先さえ見えない。
なので、相手に抱きつくほど近づいて、当たるを幸いに手をぶんぶん振るしかないのである。
見た目小学生の喧嘩そのものでも、仕方ないのだ。

 ぽかぽか
ぽかぽか

 「あだだだだっ!? こんのぉ、よくもやったわねっ!」
「いたたたたっ! ……うにゃーっ!!」

 ぽかぽかぽか
ぽかぽかぽか

 あいもかわらず、子供パンチの応酬をやめないチルノと橙。
音だけ聞いてると、縁側でのんべんだらりと日向ぼっこでもしているようにしか思えない。
しかし、本人たちは真面目に熾烈な戦いを繰り広げているつもりなので、黙って見守ってあげるのが人情というものだろう。

 ぽかぽかぽかぽか
ぽかぽかぽかぽか

 ……えーと、黙って見守ってあげるのが……。

 ぽかぽかぽかぽかぽか
ぽかぽかぽかぽかぽか

 …………。

 ぽかぽかぽかぽかぽかぽか
ぽかぽかぽかぽかぽかぽか

 「あぁもうっ! いい加減にしなさいっ!!」
「ベゴッフ!?」
「ふぎゃっ!?」
 ミスティアが絶叫とともに放った鳥弾をモロに頭にぶつけて、二人は揃って悲鳴をあげた。
脳天を強打したチルノはその場にうずくまり、小さくうなり声を上げている。
そして、橙は――当たり所が悪かったのか、気絶して墜落していった。

 「や……やったわ!
あたいたちってば最強じゃない!」 
どたまにでっけぇタンコブをこさえながら、チルノは身を起こして勝ち鬨をあげた。
そら、3対1なら普通勝つわな。正味な話。



 「これでよーぎしゃをひとりやっつけたのね!
この調子でガンガンやっつけるわよ!」
「「おーっ!」」
 「待てぇいっ!!」
揃って現場を後にしようとする三人を一喝するかのように、辺りに声が響き渡った。
あまりの大音量に、思わず三人は足を止める。
 「なに、今のっ」
「一体どこから?」
「声でっかいよー」
声の主を探し、きょろきょろと辺りを見回す三人に向かって、さらに声は続ける。

 「おのが醜い欲望を満たさんがために、何の罪もない橙を数に頼っていじめる者たちよ、その行いを恥と知れ。
人、それを悪と言うっ!」
「だっ、誰なのよっ!」
「お前たちに名乗る名前はないっ!」
 声とともに姿を現したのは、某ケンリュウの中の人――ではなく、橙の主にして八雲家主婦、八雲 藍その人である。
藍は気絶した橙をお姫様抱っこで抱きかかえ、三人の前に立ちはだかった。

 「ふ……。こんなこともあろうかと思って、橙のピアスに発信機と盗聴器を仕込んでおいて正解だった」
「うわ、変態さんだー」
「ヘンタイね」
「紛れもなく変態ね」
 藍の度を越した溺愛っぷりに、異口同音に呟く三人。
しかし藍はそんな呟きなど気にも留めず、笑顔を浮かべて問いかけた。
 「そんなことはどうでもいい。それより私の質問に答えるんだ。
橙をいじめたのはお前らか?」

 藍の投げかけたそれは、質問ではなかった。
最初に有罪という結論が用意された、かたちだけの質問。
それは、どんな答えを返したとしても、『そうか、よし殺す!』と言い渡すための前振りでしかない。

 「い、いきなりなんなのよっ!」
「お前たちに質問する権利はない。黙って私の質問に答えろ。
ちぇ・ん・を・い・じ・め・た・の・は・お・ま・え・ら・か?」
 押しつぶされそうなほどの威圧感に負けないようにと、チルノは思わず声を荒げる。
しかし藍はそれを歯牙にもかけることなく受け流すと、再び三人に詰め寄った。

 「あのー、その、違うんですよ。いじめたんじゃないんです。ちょっと、弾幕ごっこをですね……」
「そうよ、あたいたちがみんなでやっつけたのよ!」
「ちょ、ちょっとチルノ!?」
 なんとかはぐらかそうとするミスティアを遮って、チルノは清々しいまでの開き直りを見せ付ける。
あまりにもあんまりな即死フラグの立てっぷりに、ルーミアとミスティアは顔を引きつらせた。
 そして、その直後、凄まじいまでの殺気が周囲に充満する。
二人はおそるおそる、殺気の元へと首だけをぎぎいっ、と動かした。
その先には――。

 ずごごごごご

 藍の背後に、暗黒がひしめいていた。
夕陽をバックにしているにもかかわらず、藍のまとう暗く重苦しい空気は、それを容易く塗りつぶしていた。
 顔に張り付かせた表情は、あくまで笑顔。
それが、もはや話し合いの余地などないことを雄弁に物語っている。
どう見てもバッドエンド一直線です。本当にありがとうございました。

 「……そうか。よし、殺す!」
藍はそれだけ言うと、服に手を掛け、
「……おっと、橙を抱えたままでは危ないな。
紫様出てきてください。紫様ー?」 

 「何かしら~?」
呑気な返事をしながら、紫が空間に開いたスキマから顔を出す。
しかし、その頭には、何故か黄色い工事用の安全メットが被せられていたりする。
服装も、ランニングに腹巻きにニッカボッカといういでたちで、あまつさえツルハシを肩に担いでさえいた。
一体、このスキマはどこで何をやっていたのだろうか。
 「紫様、橙をお願いいたします」
「いいわよー。部屋にでも寝かせておけばいいかしら?」
「そうですね、そうしてください」
 そして藍は藍で、そんな紫にツッコミ一つ入れることなく、至って普通に会話を続ける。
もう慣れてしまったのか、あるいはもう諦めてしまったのか。
おそらくは、その両方だろう。

 紫に橙を預け、紫がスキマの中に引っ込んだのを見届けた藍は、おもむろに服に手を掛け、そのまま引き脱いで宙に放り投げた。
いきなり下着姿になった藍に驚いて、三人は思わず後退る。
 「……うわ、やっぱりヘンタイだ」
「やかましい。
流派・全裸不敗の奥義、その身でもって受けてみるがいい!
橙をいじめたその罪は、地獄の閻魔とて裁けぬほど重い罪であることを、その身体に思い知らせてやる!」
 「言い回しが何かエッチなんだけど!?」
「バカ言ってんじゃないわよ!」
「早く逃げないとまずいよーー!」
 一刻も早くこの場から逃げようと、一人呑気なチルノを必死に引っ張る二人。
だが、何もかもが遅すぎた。
退路など、とっくに断たれていた。
右往左往する三人をよそに、藍はすでにハイパーモードに突入していたのだから。

 「さあ、お仕置きの時間だ」
藍は笑顔で指をボキボキと鳴らし、さも愉快そうに言い放つ。
だが、その目は笑っていなかった。
 視線だけで人が殺せそうな獰猛さを湛えた、暗く冷たく鋭い眼光を宿した、据わった目。
誰がどう見ても、殺るときの目だった。

 「ふんだ、やれるもんならやってみなさいってのよ!」
「火に油を注いでどうするのよバカチルノーーーっ!!」
「なんでそんなに強気なのーーー!?」
 絶体絶命――と言うかむしろ絶対絶命――の危機を前にして、ルーミアとミスティアはパニックに陥っていた。
相変わらず空気を読まないチルノが突き立てまくる死亡フラグをなぎ倒すこともできず、ただおろおろとうろたえる。

 そして、藍は。
橙をいじめた相手の都合を考えてやるほど、優しくはなかった。

 「流派、全裸不敗が最終奥義っ!
スゥッパァ!テェェンコォォけぇぇぇぇんっっ!!」
 空気を震わせて、藍は絶叫を張り上げ、右の拳を振りかぶる。
三人に向かって撃ち出されたのは、真っ赤に燃える闘気の塊。
周囲の空気を焼きながら、あたかも意思を持っているかのように一直線に三人へと迫り――。

 ちゅどーーーん

 夕暮れの空を震わせて、大輪の花火が瞬く。
仲良く吹っ飛ばされた三人は、そのまま菫色の空へと吸い込まれ――――、遠い夜空の星になった。



 _/ _/ _/ みすてぃ屋 AM1:22 _/ _/ _/



 反省会、と銘打って、ミスティアの屋台に集まる我らがバカレンジャー。
しかし、チルノは反省ひとつすることなく、テーブルに突っ伏してブチブチ文句を垂れながら飲んだくれていた。
 顔を伏せたまま、手にしたコップになみなみと酒を注ぎ、顔を上げて――、
手にしたコップはそのままに、何故か抱えた一升瓶を直にラッパ飲みして、熟柿臭のきっつい息を吐く。
今のチルノは、氷精というよりも、酔いどれ妖精と呼んだほうがいいくらいの呑んべえっぷりだった。

 「チルノ、あんたも大概ねぇ……」
「飲みすぎだよー?」
「うるひゃーい……あんなのきーてないってんのよぉ……はんしょくじゃにゃいのよぉ……」
 チルノは二人の注意にも耳を貸さず、再び一升瓶を傾けた。
息をつくかわりに酒を飲み込んでいるようにも思える、文字通りの一気飲み。
一升瓶から口を離して、溜め息かげっぷかよくわからない息を吐くと、そのままテーブルに突っ伏して再びクダを巻きはじめる。
あっという間に一人で一升瓶をあけてしまったチルノに、二人は呆れ、揃って溜め息をついた。

 「こんばんわー。ミスティアさん、いいお酒ないですかー?」
「あ、文さんいらっしゃい」
暖簾を割って元気な声を響かせたのは、ゴシップ大好きパパラッチ娘、射命丸 文。
泥酔したチルノが撒き散らす湿っぽい空気を換気してしまおうと、ミスティアは文に話を振ることにした。

 「なんだか嬉しそうだけど、いいことでもあったの?」
「ええまあ。文々。新聞の原稿が書き終わったから、自分へのご褒美ってやつですねー」
「そうなんだ。お疲れさまー」
 ミスティアの差し出したコップを受け取りながら、朗らかな笑顔で応える文。
それだけで、席に立ち込めていた湿っぽい空気が薄らいだような気分になる。
突然の来客を交えての酒席を囲むうちに、湿っぽい空気は完全に消え、和やかムードが場に満ちる。
いつしか、突っ伏してクダを巻いていたチルノも、歓談に加わっていた。

 「あ、そうだ。
さっき試し刷りしたものを持ってきてあるので、よかったらどうぞー」
歓談のなか、文は思い出したように手を叩く。
テーブルの隅に置いておいた肩掛け鞄から新聞を取り出して、三人に手渡した。
 「ええと、なになに……、
『レミリア嬢お手柄 二人組の通り魔退治さる!』……って、これっ」
「ふっ、ふたりぐみのぉ、とおりまぁー!?」
「それってやっぱり、あの二人のことなのかな?」
 新聞に目を通した三人は驚き、揃って目を丸くする。
三人にとって、その記事はあまりにも衝撃的なものだった。
酔いを一気に醒まして、なお余りあるほどに。

 「文っ、この新聞に書いてあること、うそじゃないでしょうね!?」
チルノは唐突に文の肩を掴むと、がっくんがっくんと前後に揺さぶりだした。
いい感じに据わり、濁った眼で迫るそのさまは、なんとも言いようのない迫力があった。
 「この記事はっ、全部本当のことですよっ。
嘘だと思うならっ、紅魔館にでも行ってっ、確かめてくればっ、いいじゃないですかっ!」
 揺さぶられながらも、文は真っ直ぐにチルノを見据えて反論する。
少なくとも、嘘をついている者のとる態度ではない。
文の言葉に嘘はないと悟ったのか、それとも単に揺さぶり疲れたのか、チルノは動きを止めて手を離した。

 「……本当、なんだ」
そうして、安堵と落胆がない交ぜになったような声で、短い呟きを漏らす。
 みんなでリベンジを誓い合った、あの憎っくき二人組。
それが、よもやとっくにやられていようとは。
俯くチルノに、ルーミアも、ミスティアも、声を掛けかねて戸惑うばかり。
 だが、いつまでもしょげているチルノではなかった。
おもむろに顔を上げて一息つくと、ガッツポーズをかましつつ声を上げた。

 「ぜんぜんだいじょーぶよ! ここでぎゃくてんホームランなんだからっ!
こうなったら、こうま館に行って、あのヘンタイどもの正体をおしえてもらうわよ!」
「……はい?」
「……ほえ?」
チルノの突飛な発言に、二人は目を点にした。

 古来から、天才とバカは紙一重、とよく言われている。
また、全然関係ない話だが、能ある鷹の……、えーと、鷹の爪はすごく辛いから気をつけろとも言われている。
失敗を恐れることなく、過去を振り返らずに突き進むことのできる思考回路は、時として尊敬に値するものだ。
 やってみなけりゃすべてはわからない。
結果おそれて泣いてもしょうがない。
と、どこぞの地球防衛企業も言っているではないか。
……とまあ、ひととおり美辞麗句を並べて誤魔化してみたものの、単に反省しないおバカさんってだけなのだろうが。

 「あたいたちがあいつらをやっつけたわけじゃないんだから、まだおへんじは終わってないってことよ!
そうと決まれば、明日さっそくこうま館に乗り込むわよ!」
何がどう、そう決まったのだろうか。
 「チルノ、あんたねぇ……。乗り込むって言ったって、そんなに簡単に行くわけないじゃない」
「無茶はやめようよー」
「あんたたち、なにびびってんのよ!
あのヘンタイたちをやっつけるためには、どんなことでもしなくちゃいけないんだから!」
 いまいち乗り気にならない二人を叱咤して、チルノは一人でトントン拍子に話を進めていく。
今朝、必死になって復讐話をなかったことにしようとしていたことなど、とっくに忘れてしまったのだろう。
思い込んだら一直線。走り出したら止まらない。
何か事件が起こったら即座にゴルゴムの仕業と断定する、どこぞの黒いバッタ人間並みの猪突猛進っぷりである。

 「いやはや……厄いですねぇ」
ひとり蚊帳の外に追いやられた文は、短く呟いて、コップを傾けたのであった。



 _/ _/ _/ 紅魔館 門前 PM13:22 _/ _/ _/



 ぽかぽかと暖かな午後の陽気が立ち込める、悪魔の館の門の前。
そこで、紅魔館の門番、紅 美鈴は、出かかったあくびをかみ殺していた。

 すごく眠い。でもがんばる。寝ませんよ。寝てたまるもんですか。
そう言わんばかりに頬を両手で数回叩き、睡魔と戦う自分に気合を入れる。
 それというのも、昨日はうっかり睡魔に負けてうたた寝してしまい、しかもそのことが恐怖のメイド長にばれて、
向こう一週間、食事の大盛りとおかわりを禁止されたためである。
 今度うたた寝でもしようものなら、きっとあのメイド長のことだ。デザートのプリンを笑顔で没収するだろう。
それだけは、なんとしてでも避けなければならない。
背水の陣で合戦に臨む武将のように、美鈴は門の前に仁王立ち、神経を尖らせていた。
――――だが、どんなに気を張っていようとも、どうにもならないものもある。

 きゅるるるる

 本日何度目かの、お腹の音。
いつも大盛りで、時にはおかわりもする美鈴にとって、大盛りとおかわりの禁止は極刑だった。
 「うぅ、これがあと一週間も続くなんて……。耐えられるかなぁ……はぁ」
美鈴は誰に言うでもなく呟いて、うなだれながら溜め息をついた。

 「美鈴」
「はっひゃいっ!?寝てません寝てませんよ!?」
不意に背後から声を掛けられて、飛び上がりながら情けない声を上げる。
そんな美鈴を目の当たりにして、声の主――メイド長の十六夜 咲夜は、苦笑いを浮かべて口を開いた。
 「そんなに驚かなくたっていいでしょう?」
「あ、いえそれはすみませんけど咲夜さんなんでここに」
「用があるからに決まっているでしょう?
差し入れを持ってきたのよ。 ……ほら、これ」
「えっと、あの、差し入れって、差し入れですか?」 
 ランチボックスを寄越してきた咲夜の言葉が信じられないのか、目をぱちくりさせて、トンチンカンな質問を向けてくる。
あまりにも間抜けな様相を見せる美鈴に、咲夜は呆れて溜め息をついた。

 「何を言ってるのよ貴女は……。」
「いえあのその……。
そうだ、私、確か居眠りの罰を受けてる最中ですよね? なのになんで差し入れなんて……」
 美鈴の言葉に、咲夜はばつが悪そうに視線をそらす。
そうして、唐突に腕を組むと、そっぽを向いたまま、少しぶっきらぼうな口調で話しだした。
 「ま、まぁ、さすがに、ちょっとやりすぎたと思ってね。
居眠りの罰も今日一日だけでいいから、これに懲りたら、もう居眠りなんかしないこと。わかった?」

 咲夜は喋りながら、ちらりと盗み見るようにして、美鈴に視線を移す。
その先に立つ美鈴は――――ぽろぽろと、涙をこぼしていた。
 「ちょっ、ちょっと、なにも泣くことないじゃない」
「おかしいですよ、こんなの。
嬉しいのに、すごく嬉しいのに……、涙が、止まりませんよ……?」
 ぐすぐすと鼻を鳴らしながら、美鈴は涙を拭いつづける。
けれど、何度拭っても拭っても、溢れる涙は止まらなかった。

 泣きじゃくる美鈴と、なだめる咲夜。
そんな二人が、門扉に滑り込んでいった三つのダンボール箱に気付くことは、ついになかった。

 「それじゃあ、さぼったりなんかしないで、真面目に仕事しなさいね」
「はいっ、咲夜さんもお仕事がんばってくださいっ」
 美鈴が泣き止むのを待って、咲夜は門前を後にする。
だらしない美鈴を叱咤して――――けれど、その口調は穏やかで。
柔らかな微笑みを浮かべて軽く手を振るその様は、恐怖のメイド長のそれではなく、親しい間柄ならではのものだった。



 「差し入れって何だろう、サンドイッチかな、それともおにぎりかな」
咲夜を見送ってから、ほどなくして。
美鈴は期待に胸を躍らせて、緩む口許を正そうともせずに、咲夜から預かったランチボックスの蓋に手を掛けた。

 はこにみっちりまーがりん。

 「わーいわーいマーガリンだうれしいなー。
……あはは、涙が止まらないやー……」
 美鈴はしばらくランチボックスを抱えて突っ立っていたものの、やがて座り込み、スカートを涙で濡らしはじめた。
咲夜、マジ外道。



 _/ _/ _/ 紅魔館 廊下 PM13:30 _/ _/ _/



 「ぶじにぜんにゅーせいこうね!」
「なんでこんなにうまくいくのかしら……」
「だれも気にしなかったしねー」
 人気のない廊下の一角で、チルノたちはダンボール箱から顔を出した。
ルーミアの言葉のとおり、三つのダンボール箱が這い回る光景を目の当たりにしても、道行くメイドたちは気にも留めなかった。
何故ならここは紅魔館。変態とアホのすくつ、とご近所に評判の妖怪屋敷なのである。
誰かがダンボール箱を被って這いずり回っていたとしても、何の不思議があるだろう。

 「あとはレミリアをみつけて、あのヘンタイたちの正体をおしえてもらうだけね!」
「そっちの方が難しいんじゃないの?」
「……あ、誰か来たよ」
ルーミアの声に、三人は慌ててダンボール箱を引っ被る。
それからほどなくして、一人のメイドが歩いてきた。
 そのメイドは、一見してこの館のどこにでもいるような妖怪メイドだった。
荷物が山積みになった台車を押し歩き、やはり三人の被るダンボールには目もくれずに歩いていく。
だが、彼女はどこか他のメイドとは異なり、どこか神妙な、思いつめたような表情を浮かべていた。
ただならない雰囲気を察してか、三人は彼女のあとについて進みだした。

 そして、たどり着いた先。
そこにあるものは、厳重に鍵のなされた、赤銅色の扉だった。
 メイドが扉の中に消えてからしばらくののち、三人も続いて中へと踊りこむ。
扉をくぐった先にあるものは、遥か地下へと続く螺旋階段だった。

 「……ねえ、なんだかここってすごくあやしくない?」
「怪しいって言うか、そのものズバリって感じよね」
「いかにも、って感じだよー」
 ここまでくれば、もうダンボールも必要ない。
三人はダンボールをその場に投げ捨てると、螺旋階段の中心部に身を躍らせた。



 点在するランプの灯りに灯された、ほの暗い空間の中を、三人は下へ、下へと降りていく。
見下ろす先はあまりにも遠く、わだかまる闇が、まるで地の底へと誘っているかのようにも思える。
 下りはじめてから数分か、それとも数十分か。
変わり映えすることのない景観が無限に流れていく中で、どれくらいの時間が経ったのかさえわからなくなる。
それからさらに、不安が心を押し潰して、押し潰された心にわずかな狂気が芽生えだすほどの時間をかけて。
三人はようやく、最下層の床に足をつくことができた。

 「とうちゃーくっ! ……あー、長かったー」
チルノは到着一番、空元気に大声を張り上げ、その直後に肩をコキコキと鳴らして座り込む。
口をついて出たぼやきといい、妙に年季を感じる動きといい、おばはんむささを感じずにはいられない。
残る二人も、どこかぐったりした顔で、力なく前かがみになっていた。
 三人とも、別に身体を動かしたわけではないので、体力は有り余っているのだが――、
精神的な疲れというものは、時として身体的なそれを大きく上回り、さらに身体まで疲れたような錯覚を覚えさせる。
結局、三人がまともに動けるようになったのは、それからしばらくしてのことだった。

 螺旋階段の最下層。
周囲にあるものは、螺旋階段と、もうひとつ。
三人の眼前には、堅く閉ざされた鉄の扉がそびえ立っている。 
 しかし、さきほど下りていったメイドが開けたのか、鍵は外されていた。
ここまで来たからには、先に進むしかない。
三人は揃って頷きあい、意を決して扉に手を掛け、部屋へと足を踏み入れた。

 「あれ? あなたたち、誰?」
三人を迎え入れたのは、鈴を転がすような声だった。
まず目に飛び込んできたのは、さきほど後を付け回したメイドの背中。――その、さらに奥で。
枯れ枝のような翼をもった少女が、金糸の髪を揺らし、首をかしげて佇んでいる。
 「新入りのメイド……じゃないよね?
……あ、わかった。あなたたち、私と遊んでくれるのね! そうでしょ?」
「ち、違うわよっ! あたいたちはレミリアにっ」
「あなたたち、丈夫そうだから、いっぱい遊べるね!」
「ひとの話を聞きなさいよっ! あたいたちはレミリアに」
「それじゃあさっそく遊びましょっ!」
 チルノの言葉をことごとく聞き流して、部屋の主――フランドールは、いそいそと準備に取り掛かる。
それを目にしたメイドは、血相を変えてたちどころに部屋から立ち去っていってしまった。

 「だから、遊んでる暇なんてないってば――」
「わ・た・し・と・あ・そ・ぶ・の。
返事ははいかイエスのどっちかね。それ以外は認めないから」
 なおも食い下がろうとするチルノの言葉は、フランにあっけなく遮られた。
焦点の合っていない目でチルノを睨みつけ、乾いた声で詰め寄りかかる。
顔を強張らせてかくかく首を縦に振るチルノに満足したのか、フランはにこやかな笑顔に戻り、ぽん、と軽く手を叩く。

 「それじゃあ、今から朝までぶっ通しのフルマラソンで始めるからね!」
「「「ゑ?」」」
「フルマラソンなんか基本中の基本でしょ?
あ、もちろん寝たりなんかしちゃ駄目だからね!
それじゃスタートっ。そーれ、ポチッとなー」
 「――――――ひ」



 ひぎゃあぁぁぁぁぁぁ……



 かくして。
その日から数日間に渡り、紅魔館の地下に、断末魔の悲鳴が断続的にこだまする事と相成ったのである。
3人は辛うじて生きて帰ってこれたものの、ボロ雑巾のごとくズタボロになっていたそうな。
くわばらくわばら。

 がんばれバカレンジャー、負けるなバカレンジャー!
君たちの戦いは、まだ始まったばかりなのだ!



 ……終わっちゃえ。
 はじめましての人ははじめまして。お久しぶりの人はお久しぶりです。ふみつきです。
ハクレイジャーは3部作、とか言っておきながら、実は全4話でした。
嘘つきは政治家の始まりだから気をつけないとすぐ総理大臣だよ。
……っててゐが言ってたので、みなさんも気をつけましょう。

 今回は、以前のものに比べるとギャグと暴走度合いが控えめでした。
理性とか羞恥心とか捨て去って、破滅的なギャグをかますために修行してくることにします。
それではまた、機会があったらどうぞよろしく。
ふみつき
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コメント



0.180簡易評価
2.70椒良徳削除
馬鹿な娘は可愛いな。

いっぱいいっぱいなチルノを書ききった貴方に感謝を。