「夢・想・封・印ッ!」
一抱えほどもある光の塊が人形を次々と吹き飛ばし、
最後の一発が本体であるアリスを包み込んだ。
「きゃあっ・・・あああぁぁぁぁぁ!!」
全ての人形と符を失ったアリスは力尽きたか、陸とも海とも取れぬ眼下へ堕ちていった。
「はぁ、二度ある事が三度あってよかったわ・・・」
呟く霊夢の表情は重い。自分の中で納得できない所があったのだ。
アリスは確かに強い。いくつもの符を持ち、無数の人形を同時に操る術を使う。
本気で戦えば間違いなく彼女の勝ちだったはずなのに、そうならなかったのは何故か。
手を抜いていた。
こう考えるのがもっとも自然だ。
戦っている時、アリスの表情には余裕すら感じられた。
殺し合いではなく弾幕ごっこだから、にしてもあまりにも楽しそうな笑顔。
それを思い出すと、霊夢はまっ逆さまに堕ちていったアリスが気になってしょうがなかった。
「まったく・・・墜落死なんかしてたら一生許さないわよ!」
お互い弾幕を張り合った関係だが、憎み合っていない以上見捨てる道理はない。
そもそも霊夢とアリスは旧知の仲でもある。
桜の花びらと雪の結晶をかき分け、霊夢はアリスを追った。
陸とも海とも取れぬ空間は、一応陸地のようだった。
海だったら探すのに一苦労だが、これならアリスを見つけられるはず。
・・・・・・もっとも、墜落すれば目も当てられない状態になっている可能性もあるのだが。
「さて、ちょっと手荒だけどサクサク探すわよ」
霊の呪符を2,3枚。たったこれだけあれば生きている相手なら確実に見つけることができる。
呪符を投げ上げると、それはまるで意志を持ったかのようにある方向へ一直線に飛んでいく。
間違いない、アリスは生きている。霊夢は確信した。
霊夢は呪符が飛んでいった方へ向かった。
霊夢がアリスを見つけた時、彼女は思ったより綺麗な姿をしていた。
服の端々が焦げ付いていたり破れているのは自分の攻撃のせいだとしても、
身体の方は少し掠り傷がある以外は全くおかしな所がない。
気は失っているものの、呼吸もあれば脈もしっかりしている。
よく見れば、アリスの周りには白い綿のような物が散乱している。
大量の人形を召喚してクッション代わりにした・・・・・霊夢はそう考えた。
とにかく、アリスが無事だという現実が霊夢の不安を掃ってくれた。
「アリスは無事・・・と。ん?これって・・・」
人形の残骸の中に、興味深いものを見つけた。
「いつまでも寝てない!寝たら死ぬわよー!」
霊夢は声の限り叫び続けていた。
最初は体を揺すったりする程度だったがアリスは起きず、そのうちアリスに呼びかけるようになり、
ついには微妙に現実味を帯びている脅し文句になっていった。
それでもアリスは目覚めない。霊夢は半ばヤケクソで一言ポツリと漏らした。
「この、紅白の人形・・・」
「∑(゚д゚;)ハッ!!?」
それまで死んだように眠っていたアリスが一瞬で復活する。
周りを見回し、霊夢が持っているものを見つけるとひったくる様に奪い取った。
「こっ、これは私のよ!」
「なんだ起きたじゃない・・・一生目を覚まさないかと思ったわよ、アリス」
「私は人形使いだけど人形じゃないわよ」
「そりゃそうだ」
「ところで、なんで私なんかを助けに来たの?通りすがりで戦っただけ、でしょ」
「・・・あんたら魔界人の常識ってのがどんなのかは知らないけど、少なくとも私の中じゃ
知り合いを見殺しにするのは非常識なのよ」
「やった事と言ってる事が噛みあわないのはなぜ?」
「 う る さ い な ! 」
「ところで、今あんたがひったくった奴、一体何なのよ」
霊夢が見つけ、アリスが奪い取ったもの・・・それは霊夢の姿をした人形だった。
紅白の服、大きなリボン、陰陽玉、御祓い棒・・・霊夢をそのまま小さくしたようなデフォルメ人形だ。
落下のショックか何かで、人形は所々ほつれていたり綿が飛び出ていたりしていた。
「これはっ・・・!」
「これは?」
「これは、その・・・・・・呪いの人形なのよ!」
「・・・は?」
「呪う相手そっくりに作る事で相手の心身を操ったりそういう人形なの!」
「ふ~ん・・・じゃあ聞くけど、人を呪うための人形だったら何でこんなに可愛いの?
ワラ人形でも人は十分に呪えると思うわ。私でも出来るし」
「精巧に作った方が効果があるのよ!『首吊り蓬莱人形』を見たでしょ!?」
「だけどこれ、微笑んでるし。さっきの蓬莱人形とやらで呪われた自覚もないし」
「うっ」
アリスがなぜ手を抜いて戦い、しかも楽しそうな顔をしていたのか。
自分をモチーフにした人形をなぜ持ち歩いていたのか。
霊夢にはおおよその答えが分かっていた。
だがそれでは駄目だ。アリス本人がその答えを言わなければ。
「・・・大事な物なんでしょ。弾幕ごっことは言え、戦いの場に持って来ちゃ駄目じゃない」
「だっ!だからこれは呪いの・・・」
「アリス!」
霊夢の声が一際強く響く。アリスはその声にビクリと身を震わせる。
「・・・私がそんな嘘に騙されるとでも思ってる?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「いつまでも無理してると、だんだん辛くなって来るんだよ・・・分かってるくせに」
「だっ・・だってぇ・・・」
霊夢がアリスを抱き寄せ、頭を優しく撫でるとアリスの目から大粒の涙が零れ落ちた。
「私、ずっと前から霊夢の事を見てた・・・・ずっと前からだよ?
でも、霊夢はいつも色んな所を飛び回ってて忙しそうで、でも楽しそうで、
色んな友達がいて、楽しそうだった・・・羨ましかった・・・・・
でも私は駄目・・・話すのが苦手で、いつも目立たない。だから友達もいない。
人形をたくさん作って友達を増やしたつもりでいた。
だから霊夢の事もただ見てるだけだった・・・人形を作って友達になったつもりでいたの・・・」
アリスは涙を拭き、顎をしゃくりながらゆっくりと言葉を続けた。
霊夢に向けたその言葉は、まるで何かをしたくても何もできない自分自身への戒めのようにすら聞こえた。
「・・・でもね。いや、だからね。ここで霊夢と戦えてよかった。
本気で私の相手をしてくれて、とても・・・嬉しかった・・・」
「ちゃんと言えるじゃない。自分の想い・・・」
アリスを強く抱きしめる。
想いを吐き出したアリスはただ泣きじゃくっていたが、心なしか表情が明るく軽くなっていた。
「じゃあ、私がアリスの最初の友達になってあげる・・・・ね?」
「うん・・・霊夢、ありがとう・・・」
霊夢の胸の中で、アリスはずっと泣き続けていた。
「もう行くの?」
「うん、いつまでもこうしてる暇は無いしね」
霊夢はアリスの手当て(掠り傷程度だが)を済ませ、自らが負った傷も処置をしておいた。
カタルシスの涙を流したアリスはもう落ち着いている。
少し前まで大泣きしていた事すら忘れているかのように。
「まっすぐ上空(うえ)を目指せばいいみたいだし、一週間・・・いや六日もあれば帰ってこれるかな」
「一週間・・・か・・・長いね・・・」
「心配なんかしてくれなくても、ちゃんと生きて帰って来るわよ」
「当たり前よ。帰って来なかったら地の果てまで探し回ってやるんだから」
「それを言うなら空の果て、じゃなくて?」
「とにかく!どこまでも行ってやるわ」
「だけど、その前にね・・・」
霊夢にそっと近づき、アリスは唇を重ね合わせた。
「んっ・・・」
霊夢は抗わなかった。
全ての気持ちをさらけ出してくれたアリスの、全てが今や愛しかった。
だから、アリスの唇も舌もあるがままに受け入れた。
愛撫も一段落し、二人の口からは妖しく輝く糸を引いていた。
なのに二人とも表情は切なげだ。
「もしも・・・なんて言葉、使っちゃいけないんだけど・・・生きて帰って来たら続きをやってくれる・・・?」
「・・・いいわ。この事件が解決したら、私の神社にある桜の木の下で会いましょ」
「待ってるから・・・約束よ!」
「そんなに念を押されなくても分かってるわ。じゃ、行ってくる」
笑顔を一つ残し、霊夢はあっという間に空へ舞い上がっていった。
霊夢が去った後には桜の花びらが一枚二枚、アリスの手のひらに舞い落ちる。
彼女はその淡い色を見て、霊夢の柔らかい唇を思い出していた。
「絶対・・・絶対帰ってきてよ・・・」
疲れ果てた体から何とか力を搾り出し、アリスも飛び立った。
博霊神社の前にまず行くべき所は、我が家。
「人形もいいけど、たまにはお茶とお菓子くらい嗜んでみるか・・・だけど人形も直さないと」
大切な霊夢人形と彼女への想いを胸に抱え、色々考えながらアリスはますます深くなる闇の空を飛び越えていった。
ねえ、霊夢。
この前、霊夢人形が壊れちゃったよね。あれ、ちゃんと直したんだ。
大好きな霊夢の人形だもん、夜も寝ないで頑張ったんだよ。
ほら、破れた服も綿が出ちゃった所も元通り。どこに傷があったかも分からないでしょ?
でもね、ただ直しただけじゃないんだ。
ほら・・・・・・見て!私のアリス人形もくっつけたんだ。
仲良く座ってるの、かわいいでしょ?
その日は唐突に訪れた。
融け始めていた雪があっという間に降り積もり、
木々の膨らみ始めていたつぼみは徐々にその姿を消し、次第に枯れ木へと変化していった。
それはまるで、今まで進んでいた時計が急に止まってしまったように。
ある古びた洋館に住む一人の少女は今日、この不可解な現象の真相を知る事になる。
「まったく変ね・・・何があったのかしら。・・・今日で六日目・・・行ってみるか」
金髪の少女は人形と大きなランチボックスを抱え、館を飛び出した。
幻想郷の外れにある博麗神社。ここにも例外なく冬景色であった。
桜は来るべき時に備え葉を落とし、土にはうっすらと雪が積もっている。今まで何度も見てきた冬の光景だ。
その神社の縁側で、紅白の巫女がのんびりとお茶を啜っている。
「ふぅ・・・こんな事になるなんてね」
雪景色とはいえ、穏やかな陽気だ。
霊夢はその陽気を存分に味わっている、ただ一人の訪問者を待ちながら。
そう思っていた霊夢の所に、ジャストのタイミングで訪問客。
「れっ・・・霊夢ーーーーー!!」
さらに都合のいい事に、息を切らせながら来る訪問客は霊夢が待っている。
「アリス!」
「お・・お帰り霊夢!」
「そんなに慌てて、どうしたのよ」
「あの日から今日で六日目、私ずっと待ってたのよ!」
「そ、そう。嬉しいわ、そんなに私の事を想ってくれてて」
前に会った時・・・自分と戦った時よりも傷が増えている。
霊夢が何をしてきたかは推して知るべし、アリスは事情を察したつもりで何も言わなかった。
「そうそう、これ持ってきたんだ。本当は今日のお昼のために作ってたんだけど、
ちょっと作りすぎちゃってね。一人じゃ食べきれないの・・・一緒に食べよっ!」
アリスが持ってきたのは紅茶(吸血鬼用に非ず)とサンドイッチ。
ハム・卵・レタス等のスタンダードなものに加えローストビーフ等もあり豪華絢爛、
一個人の昼食用とはとても思えない。
絶対最初から二人で食べるために作ってきたな・・・・・・霊夢は思った。
「うわ美味しそう・・・じゃあ早速食べよっか」
「う、うん!」
縁側に並んで座り、サンドイッチに手を伸ばす二人。
不意に手と手が触れ合う。
「きゃっ・・・・・・ごめん」
「何で謝るのよ」
「え、あはは、ごめん」
「あ、また謝ってる」
「えへへ。それより霊夢の手・・・冷たいね。いつから外にいたの?
ほらほら、紅茶も飲んで温まって」
「・・・・・・・・・ありがとう」
巫女と神社に金髪とサンドイッチというのはミスマッチだがそれ故の妙がある。
「雪・・・って、きれいだね」
「ん、そうだね。本当は桜を見ながらこうしていたかったけど」
「また頑張ればいいよ。こんなにきれいな雪景色が見られたんだもの」
「気を使ってくれてるの?好きなだけ見て行って、お代はこのサンドイッチ」
「・・・色気より食い気。花より団子、いや雪よりサンドイッチ・・・・・・(ボソッ)」
「違うわよ。うちの庭だから好きな時にいくらでも見られるけど、
これは毎日食べられるもんじゃないし、それに実際美味しいし」
「・・・そんなに食べたいならぁ~・・・私が食べさせてやる!えいっえいっ!」
霊夢の口にサンドイッチを詰め込もうとはしゃぎまくるアリス。
もう、彼女の友達は物言わぬ人形だけではなかったのだ。
「こっ、こら!そんな事しなくてもちゃんと食べるっ・・・て、うわたっ!?」
「わきゃっ!?」
何の事はない。縁側で座りながらはしゃいでいたため、無理な体勢になって
アリスが霊夢を押し倒すような格好になっただけだ。
そのお陰で二人の体が密着するが、上になったアリスは離れない。
「離れて。重い」
「嫌、って言ったら?」
「どうしようか・・・殴るわけにもいかないし」
「・・・・・・ねぇ。あの約束、覚えてる?」
「もちろん」
「今・・・・・・・・・いい?」
「そのつもりで来たくせに」
「一応確認は取った方がいいかな、って」
「そうね。婦女暴行をしたくないのなら」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「霊夢、好き・・・・・・」
最後の『き』を言い終わらないうちに、アリスは霊夢と通算2度目のキスをした。
「霊夢・・・好きだよ、霊夢!霊夢霊夢霊夢ぅ!!!」
「私もよ・・・・・・アリス・・・す・・・」
「・・・・・・ちょっと、霊夢?これからって時に寝ないでよ!!むー・・・・・・」
煮え切らない気持ちを抑えながら、霊夢の身体を布団へと運ぶアリス。
ふと気付く。
冬の空気で冷えていただけだと思っていた身体は、尋常な冷たさではない。
「・・・・・・霊夢?まさか、あなた」
アリスは何が起きたのか理解できないまま立ちすくんでいる。
二人の様子を遠くから見守る影が一つ。
影の主は息を潜めながらため息を一つ。
「桜を一年ぐらい拝まなかった程度じゃあ死にはしなかったでしょうに・・・哀れな子ね」
──ねえ、しっかりして!
誰かが、私の体を揺さぶる。
──目を開けて、霊夢!
そして、私の名前を呼ぶ。
──起きて!起きてよ!
起きたくても、体に力が入らない。
何だか、とても眠い・・・
──霊夢、死んじゃ嫌!
悲痛な叫びが聞こえる。
・・・死ぬ?
私、もしかして死ぬの?
一体、何があったんだっけ・・・
確か・・・春を取り戻しに、冥界へ行って・・・
それで、大きな桜の木の前で蝶に囲まれて・・・
ああ、そうか・・・それで、私は・・・
──霊夢、霊・・・
私を呼ぶ、アリスの声が、だんだん聞こえなくなる。
もう、これで、終わり・・・?
ごめんね、アリス・・・
もっと、あなたに優しくしてあげたかった・・・
私の意識は、そこで途絶えた。
ねえ、霊夢・・・
この前、霊夢人形が壊れちゃったよね。あれ、ちゃんと治したんだ。
大好きな霊夢人形だもん、夜も寝ないで頑張ったんだよ。
ほら、破れた服も綿が出ちゃった所も元通り。どこに傷があったかも分からないでしょ?
でもね、ただ治しただけじゃないんだ。
ほら・・・・・・見て・・・・・・私のアリス人形もくっつけたんだ。
仲良く並んでるの、かわいいでしょ?
これで私達いつまでも一緒・・・だよ
一抱えほどもある光の塊が人形を次々と吹き飛ばし、
最後の一発が本体であるアリスを包み込んだ。
「きゃあっ・・・あああぁぁぁぁぁ!!」
全ての人形と符を失ったアリスは力尽きたか、陸とも海とも取れぬ眼下へ堕ちていった。
「はぁ、二度ある事が三度あってよかったわ・・・」
呟く霊夢の表情は重い。自分の中で納得できない所があったのだ。
アリスは確かに強い。いくつもの符を持ち、無数の人形を同時に操る術を使う。
本気で戦えば間違いなく彼女の勝ちだったはずなのに、そうならなかったのは何故か。
手を抜いていた。
こう考えるのがもっとも自然だ。
戦っている時、アリスの表情には余裕すら感じられた。
殺し合いではなく弾幕ごっこだから、にしてもあまりにも楽しそうな笑顔。
それを思い出すと、霊夢はまっ逆さまに堕ちていったアリスが気になってしょうがなかった。
「まったく・・・墜落死なんかしてたら一生許さないわよ!」
お互い弾幕を張り合った関係だが、憎み合っていない以上見捨てる道理はない。
そもそも霊夢とアリスは旧知の仲でもある。
桜の花びらと雪の結晶をかき分け、霊夢はアリスを追った。
陸とも海とも取れぬ空間は、一応陸地のようだった。
海だったら探すのに一苦労だが、これならアリスを見つけられるはず。
・・・・・・もっとも、墜落すれば目も当てられない状態になっている可能性もあるのだが。
「さて、ちょっと手荒だけどサクサク探すわよ」
霊の呪符を2,3枚。たったこれだけあれば生きている相手なら確実に見つけることができる。
呪符を投げ上げると、それはまるで意志を持ったかのようにある方向へ一直線に飛んでいく。
間違いない、アリスは生きている。霊夢は確信した。
霊夢は呪符が飛んでいった方へ向かった。
霊夢がアリスを見つけた時、彼女は思ったより綺麗な姿をしていた。
服の端々が焦げ付いていたり破れているのは自分の攻撃のせいだとしても、
身体の方は少し掠り傷がある以外は全くおかしな所がない。
気は失っているものの、呼吸もあれば脈もしっかりしている。
よく見れば、アリスの周りには白い綿のような物が散乱している。
大量の人形を召喚してクッション代わりにした・・・・・霊夢はそう考えた。
とにかく、アリスが無事だという現実が霊夢の不安を掃ってくれた。
「アリスは無事・・・と。ん?これって・・・」
人形の残骸の中に、興味深いものを見つけた。
「いつまでも寝てない!寝たら死ぬわよー!」
霊夢は声の限り叫び続けていた。
最初は体を揺すったりする程度だったがアリスは起きず、そのうちアリスに呼びかけるようになり、
ついには微妙に現実味を帯びている脅し文句になっていった。
それでもアリスは目覚めない。霊夢は半ばヤケクソで一言ポツリと漏らした。
「この、紅白の人形・・・」
「∑(゚д゚;)ハッ!!?」
それまで死んだように眠っていたアリスが一瞬で復活する。
周りを見回し、霊夢が持っているものを見つけるとひったくる様に奪い取った。
「こっ、これは私のよ!」
「なんだ起きたじゃない・・・一生目を覚まさないかと思ったわよ、アリス」
「私は人形使いだけど人形じゃないわよ」
「そりゃそうだ」
「ところで、なんで私なんかを助けに来たの?通りすがりで戦っただけ、でしょ」
「・・・あんたら魔界人の常識ってのがどんなのかは知らないけど、少なくとも私の中じゃ
知り合いを見殺しにするのは非常識なのよ」
「やった事と言ってる事が噛みあわないのはなぜ?」
「 う る さ い な ! 」
「ところで、今あんたがひったくった奴、一体何なのよ」
霊夢が見つけ、アリスが奪い取ったもの・・・それは霊夢の姿をした人形だった。
紅白の服、大きなリボン、陰陽玉、御祓い棒・・・霊夢をそのまま小さくしたようなデフォルメ人形だ。
落下のショックか何かで、人形は所々ほつれていたり綿が飛び出ていたりしていた。
「これはっ・・・!」
「これは?」
「これは、その・・・・・・呪いの人形なのよ!」
「・・・は?」
「呪う相手そっくりに作る事で相手の心身を操ったりそういう人形なの!」
「ふ~ん・・・じゃあ聞くけど、人を呪うための人形だったら何でこんなに可愛いの?
ワラ人形でも人は十分に呪えると思うわ。私でも出来るし」
「精巧に作った方が効果があるのよ!『首吊り蓬莱人形』を見たでしょ!?」
「だけどこれ、微笑んでるし。さっきの蓬莱人形とやらで呪われた自覚もないし」
「うっ」
アリスがなぜ手を抜いて戦い、しかも楽しそうな顔をしていたのか。
自分をモチーフにした人形をなぜ持ち歩いていたのか。
霊夢にはおおよその答えが分かっていた。
だがそれでは駄目だ。アリス本人がその答えを言わなければ。
「・・・大事な物なんでしょ。弾幕ごっことは言え、戦いの場に持って来ちゃ駄目じゃない」
「だっ!だからこれは呪いの・・・」
「アリス!」
霊夢の声が一際強く響く。アリスはその声にビクリと身を震わせる。
「・・・私がそんな嘘に騙されるとでも思ってる?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「いつまでも無理してると、だんだん辛くなって来るんだよ・・・分かってるくせに」
「だっ・・だってぇ・・・」
霊夢がアリスを抱き寄せ、頭を優しく撫でるとアリスの目から大粒の涙が零れ落ちた。
「私、ずっと前から霊夢の事を見てた・・・・ずっと前からだよ?
でも、霊夢はいつも色んな所を飛び回ってて忙しそうで、でも楽しそうで、
色んな友達がいて、楽しそうだった・・・羨ましかった・・・・・
でも私は駄目・・・話すのが苦手で、いつも目立たない。だから友達もいない。
人形をたくさん作って友達を増やしたつもりでいた。
だから霊夢の事もただ見てるだけだった・・・人形を作って友達になったつもりでいたの・・・」
アリスは涙を拭き、顎をしゃくりながらゆっくりと言葉を続けた。
霊夢に向けたその言葉は、まるで何かをしたくても何もできない自分自身への戒めのようにすら聞こえた。
「・・・でもね。いや、だからね。ここで霊夢と戦えてよかった。
本気で私の相手をしてくれて、とても・・・嬉しかった・・・」
「ちゃんと言えるじゃない。自分の想い・・・」
アリスを強く抱きしめる。
想いを吐き出したアリスはただ泣きじゃくっていたが、心なしか表情が明るく軽くなっていた。
「じゃあ、私がアリスの最初の友達になってあげる・・・・ね?」
「うん・・・霊夢、ありがとう・・・」
霊夢の胸の中で、アリスはずっと泣き続けていた。
「もう行くの?」
「うん、いつまでもこうしてる暇は無いしね」
霊夢はアリスの手当て(掠り傷程度だが)を済ませ、自らが負った傷も処置をしておいた。
カタルシスの涙を流したアリスはもう落ち着いている。
少し前まで大泣きしていた事すら忘れているかのように。
「まっすぐ上空(うえ)を目指せばいいみたいだし、一週間・・・いや六日もあれば帰ってこれるかな」
「一週間・・・か・・・長いね・・・」
「心配なんかしてくれなくても、ちゃんと生きて帰って来るわよ」
「当たり前よ。帰って来なかったら地の果てまで探し回ってやるんだから」
「それを言うなら空の果て、じゃなくて?」
「とにかく!どこまでも行ってやるわ」
「だけど、その前にね・・・」
霊夢にそっと近づき、アリスは唇を重ね合わせた。
「んっ・・・」
霊夢は抗わなかった。
全ての気持ちをさらけ出してくれたアリスの、全てが今や愛しかった。
だから、アリスの唇も舌もあるがままに受け入れた。
愛撫も一段落し、二人の口からは妖しく輝く糸を引いていた。
なのに二人とも表情は切なげだ。
「もしも・・・なんて言葉、使っちゃいけないんだけど・・・生きて帰って来たら続きをやってくれる・・・?」
「・・・いいわ。この事件が解決したら、私の神社にある桜の木の下で会いましょ」
「待ってるから・・・約束よ!」
「そんなに念を押されなくても分かってるわ。じゃ、行ってくる」
笑顔を一つ残し、霊夢はあっという間に空へ舞い上がっていった。
霊夢が去った後には桜の花びらが一枚二枚、アリスの手のひらに舞い落ちる。
彼女はその淡い色を見て、霊夢の柔らかい唇を思い出していた。
「絶対・・・絶対帰ってきてよ・・・」
疲れ果てた体から何とか力を搾り出し、アリスも飛び立った。
博霊神社の前にまず行くべき所は、我が家。
「人形もいいけど、たまにはお茶とお菓子くらい嗜んでみるか・・・だけど人形も直さないと」
大切な霊夢人形と彼女への想いを胸に抱え、色々考えながらアリスはますます深くなる闇の空を飛び越えていった。
ねえ、霊夢。
この前、霊夢人形が壊れちゃったよね。あれ、ちゃんと直したんだ。
大好きな霊夢の人形だもん、夜も寝ないで頑張ったんだよ。
ほら、破れた服も綿が出ちゃった所も元通り。どこに傷があったかも分からないでしょ?
でもね、ただ直しただけじゃないんだ。
ほら・・・・・・見て!私のアリス人形もくっつけたんだ。
仲良く座ってるの、かわいいでしょ?
その日は唐突に訪れた。
融け始めていた雪があっという間に降り積もり、
木々の膨らみ始めていたつぼみは徐々にその姿を消し、次第に枯れ木へと変化していった。
それはまるで、今まで進んでいた時計が急に止まってしまったように。
ある古びた洋館に住む一人の少女は今日、この不可解な現象の真相を知る事になる。
「まったく変ね・・・何があったのかしら。・・・今日で六日目・・・行ってみるか」
金髪の少女は人形と大きなランチボックスを抱え、館を飛び出した。
幻想郷の外れにある博麗神社。ここにも例外なく冬景色であった。
桜は来るべき時に備え葉を落とし、土にはうっすらと雪が積もっている。今まで何度も見てきた冬の光景だ。
その神社の縁側で、紅白の巫女がのんびりとお茶を啜っている。
「ふぅ・・・こんな事になるなんてね」
雪景色とはいえ、穏やかな陽気だ。
霊夢はその陽気を存分に味わっている、ただ一人の訪問者を待ちながら。
そう思っていた霊夢の所に、ジャストのタイミングで訪問客。
「れっ・・・霊夢ーーーーー!!」
さらに都合のいい事に、息を切らせながら来る訪問客は霊夢が待っている。
「アリス!」
「お・・お帰り霊夢!」
「そんなに慌てて、どうしたのよ」
「あの日から今日で六日目、私ずっと待ってたのよ!」
「そ、そう。嬉しいわ、そんなに私の事を想ってくれてて」
前に会った時・・・自分と戦った時よりも傷が増えている。
霊夢が何をしてきたかは推して知るべし、アリスは事情を察したつもりで何も言わなかった。
「そうそう、これ持ってきたんだ。本当は今日のお昼のために作ってたんだけど、
ちょっと作りすぎちゃってね。一人じゃ食べきれないの・・・一緒に食べよっ!」
アリスが持ってきたのは紅茶(吸血鬼用に非ず)とサンドイッチ。
ハム・卵・レタス等のスタンダードなものに加えローストビーフ等もあり豪華絢爛、
一個人の昼食用とはとても思えない。
絶対最初から二人で食べるために作ってきたな・・・・・・霊夢は思った。
「うわ美味しそう・・・じゃあ早速食べよっか」
「う、うん!」
縁側に並んで座り、サンドイッチに手を伸ばす二人。
不意に手と手が触れ合う。
「きゃっ・・・・・・ごめん」
「何で謝るのよ」
「え、あはは、ごめん」
「あ、また謝ってる」
「えへへ。それより霊夢の手・・・冷たいね。いつから外にいたの?
ほらほら、紅茶も飲んで温まって」
「・・・・・・・・・ありがとう」
巫女と神社に金髪とサンドイッチというのはミスマッチだがそれ故の妙がある。
「雪・・・って、きれいだね」
「ん、そうだね。本当は桜を見ながらこうしていたかったけど」
「また頑張ればいいよ。こんなにきれいな雪景色が見られたんだもの」
「気を使ってくれてるの?好きなだけ見て行って、お代はこのサンドイッチ」
「・・・色気より食い気。花より団子、いや雪よりサンドイッチ・・・・・・(ボソッ)」
「違うわよ。うちの庭だから好きな時にいくらでも見られるけど、
これは毎日食べられるもんじゃないし、それに実際美味しいし」
「・・・そんなに食べたいならぁ~・・・私が食べさせてやる!えいっえいっ!」
霊夢の口にサンドイッチを詰め込もうとはしゃぎまくるアリス。
もう、彼女の友達は物言わぬ人形だけではなかったのだ。
「こっ、こら!そんな事しなくてもちゃんと食べるっ・・・て、うわたっ!?」
「わきゃっ!?」
何の事はない。縁側で座りながらはしゃいでいたため、無理な体勢になって
アリスが霊夢を押し倒すような格好になっただけだ。
そのお陰で二人の体が密着するが、上になったアリスは離れない。
「離れて。重い」
「嫌、って言ったら?」
「どうしようか・・・殴るわけにもいかないし」
「・・・・・・ねぇ。あの約束、覚えてる?」
「もちろん」
「今・・・・・・・・・いい?」
「そのつもりで来たくせに」
「一応確認は取った方がいいかな、って」
「そうね。婦女暴行をしたくないのなら」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「霊夢、好き・・・・・・」
最後の『き』を言い終わらないうちに、アリスは霊夢と通算2度目のキスをした。
「霊夢・・・好きだよ、霊夢!霊夢霊夢霊夢ぅ!!!」
「私もよ・・・・・・アリス・・・す・・・」
「・・・・・・ちょっと、霊夢?これからって時に寝ないでよ!!むー・・・・・・」
煮え切らない気持ちを抑えながら、霊夢の身体を布団へと運ぶアリス。
ふと気付く。
冬の空気で冷えていただけだと思っていた身体は、尋常な冷たさではない。
「・・・・・・霊夢?まさか、あなた」
アリスは何が起きたのか理解できないまま立ちすくんでいる。
二人の様子を遠くから見守る影が一つ。
影の主は息を潜めながらため息を一つ。
「桜を一年ぐらい拝まなかった程度じゃあ死にはしなかったでしょうに・・・哀れな子ね」
──ねえ、しっかりして!
誰かが、私の体を揺さぶる。
──目を開けて、霊夢!
そして、私の名前を呼ぶ。
──起きて!起きてよ!
起きたくても、体に力が入らない。
何だか、とても眠い・・・
──霊夢、死んじゃ嫌!
悲痛な叫びが聞こえる。
・・・死ぬ?
私、もしかして死ぬの?
一体、何があったんだっけ・・・
確か・・・春を取り戻しに、冥界へ行って・・・
それで、大きな桜の木の前で蝶に囲まれて・・・
ああ、そうか・・・それで、私は・・・
──霊夢、霊・・・
私を呼ぶ、アリスの声が、だんだん聞こえなくなる。
もう、これで、終わり・・・?
ごめんね、アリス・・・
もっと、あなたに優しくしてあげたかった・・・
私の意識は、そこで途絶えた。
ねえ、霊夢・・・
この前、霊夢人形が壊れちゃったよね。あれ、ちゃんと治したんだ。
大好きな霊夢人形だもん、夜も寝ないで頑張ったんだよ。
ほら、破れた服も綿が出ちゃった所も元通り。どこに傷があったかも分からないでしょ?
でもね、ただ治しただけじゃないんだ。
ほら・・・・・・見て・・・・・・私のアリス人形もくっつけたんだ。
仲良く並んでるの、かわいいでしょ?
これで私達いつまでも一緒・・・だよ
もしや、貴方様のサイトだったのかな?
すこし内容が変わってましたがw
って、バットエンドですよぉー(泣)
次も楽しみにしてますw
文中に顔文字を使うのは避けましょう。
それはともかく、良いですな、バッドエンド。
人がおっちぬ姿はとても素晴らしい。
バッドになってるけど、これはこれで好きです。
読んでみたいですけどサイトが分からない・・・(シクシク
バッドエンドも綺麗ですね。