「あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
幻想郷のどこぞにあるとも知れない、とある烏の新聞記者の一室に、とてつもない絶叫が響き渡ったのはついぞのこと。
まるでこの世の終わりと人生の終わりとお金がなくなった時と蓄えていた食料が空っぽになっていたことに気づかずに朝ご飯を作ってしまった時と、まぁ、とにかく色んなものが一緒になったような響きに、何事か、と主の異常を察した烏がその部屋へと飛び込んできた。
『文さま、何かあったんですか!?』
「ネタがないっ!」
『ボク、さようなら』
「待ったぁ!」
ぐえっ、と悲鳴のような、それでいて普通の烏の鳴き声のような声を上げて、哀れ、かーくん、文ちゃんに捕まりました。
「どうしましょう!? 新聞の発行は明後日! なのに、これ、この通り!」
突き出された新聞の紙面は真っ白だった。どれくらい真っ白かというと、生まれて間もない子供のように真っ白だ。ああ、これからきっと、人生の荒波にもまれてこの子(烏一号と命名)は黒くなっていくんだろうな、とよくわからない考えを浮かべる烏に顔を近づけ、叫ぶ。
「このままでは、我が人生……ああ、いや、私は人間じゃないから妖怪生……? まぁ、何でもいいや。
とにかく、このままでは、私の一生の中で最初の汚点となってしまうことが起きてしまうかもしれないのですよ!」
『そもそも、あんなゴシップばっかり作っていること自体が汚点なんじゃ……』
「何か言いました?」
『いいえ、言ってませんっ! 文さまの新聞は、幻想郷の明日を切り開くマーベラスでコンプリートな一冊ですっ!』
「そうですよね」
何やらその視線が台所の方を向いたのを見て、顔を真っ青――でも、烏なので顔色は見た目にはよくわからない――にして、必死に弁解する烏に、早速、機嫌をよくしたのか。彼女は、ぽいっ、と捕まえていた烏を放り投げて、「困ったなぁ……」とつぶやきながら、室内をうろうろし始めた。
『困ったなぁ、って。取材とか行かないんですか?』
「行ってもネタがないんですよ。こう……何というか……私の記者魂を刺激するような異変とか。
いっそのこと、レミリアさん辺りをたきつけて、また幻想郷に霧を出してもらいましょうか」
『あんた、それ、自分で『元ネタがはっきりしてませんけど』って言ってませんでした……?』
「とりあえず、このままではやばいのですよ!」
人(烏)の話、全く聞いてねぇな、こいつ、な視線を向ける烏の方など全く気にすることなく、彼女は窓を開けて外に向かって叫んだ。もちろん、その行為に全く意味はない。
「よし! こうなったら、これしかない!」
『はい?』
「ネタを探しに行きましょう」
『あ、現実逃避……』
「さあ、行きますよ! れっつごー、ねたー!」
『……文さま』
その時、烏は、自分の目から滝のように溢れ出す心の汗を抑えられなかったとか何とか。
「ネタと言えば」
『ネタと言えば?』
「巫女ですよ」
まぁ、そうだろうな、と内心でつぶやく。
文の向かう先は、この幻想郷の中で、一も二もなくトラブルの終結するとある神社である。ついでに言うと、そのトラブルのせいで、そこの神社には人も寄りつかず、そこに住み着いている巫女は、日々、困窮に喘いでいるという話を聞いたことがあるのだが、まぁ、関係ないな、と烏はそれをスルーしている。何せ烏だからだ。
ともあれ、二人(一人と一匹?)は、お目当ての神社へと到達する。空の上から眺める限り、相変わらず、神社は平和であるようだった。
「れーいっむさーん。文ちゃんの突撃取材ですよー。いませんかー?」
つくづく、ここに暮らしている人物にとってはうざいことこの上ない来訪者の出現に、しかし、返ってくる答えはなかった。
おや? と首をかしげて、文は神社の境内へと足を下ろし、周囲をきょろきょろと見回す。人の気配、なし。
「これはっ! さては、霊夢さん、私に内緒でこっそりと異変の解決に出かけましたね!? と言うことはっ! この私の新聞が、ようやく、まともに発行できると言うことを示していますね!?」
『……ようやくまともに、か……。一応、自覚、あったんですね……』
「さあ、霊夢さん! あなたがどこに隠れようとも、文ちゃんアイは千里眼! 文ちゃんイヤーは天狗耳! 必ずや、あなたの居場所を探し出して……!」
「人んちで、変な烏が騒いでいる場合、とりあえずしめて焼き鳥にしても情状酌量の余地はあるのかしら」
「あははははははははははははははははは。……お賽銭入れてきます」
「よろしい」
いきなり、何の前触れもなく、唐突にその場所に姿を現した神社の主に、背後から、まるで刃物を首筋に突きつけるかのように祓え串突きつけられて、文は硬直した。笑顔の主に、文は完膚無きまでに敗北し、ポケットから取り出したお財布の中から、賽銭箱へと硬貨を放り投げる。じゃらじゃらと。
「……今、どこから?」
「あんたの言葉を借りるなら、巫女は常に神出鬼没ってこと」
彼女は、片手の祓え串をふりふりやりながら、にやり。
何やら、その笑みに激烈にいやなものを感じたのか、文の頬に流れる汗一つ。
「で、あの……文ちゃんの突撃取材コーナーなのですが……」
「悪いんだけど、何にもネタはないわよ」
「でも、さっきまでいなかった……」
「ああ。ついさっきまで、麓の村で赤ん坊が生まれたって聞いたから。そこで、今後の健康とかを祈ってね。ま、色々と」
「ええっ!?」
「……何よ、その『ええっ!?』は」
「霊夢さんって、ちゃんとした、真っ当な巫女だったんですか!?」
「……をい」
色々失礼な発言ではあったが、しかし、文がこのような発言をしてしまうのもむべなるかなと言ったところだ。
ここの神社の主、博麗霊夢の一日は、朝起きて神社の境内を掃除して、ご飯食べて、その後、お茶を飲みながら縁側でだらだらすごして、適当にやってくる友人をあしらって、そのままだらだらしつつ晩ご飯へと移行して、ぐだぐだしながらお風呂に入って、ごろごろしながら寝る、というものなのである(文談)。
その彼女が、真っ当に巫女の仕事をしているというファクトは、文の頭の中にはない。いや、むしろ、この幻想郷に住まう、ありとあらゆるもの達の頭の中にないことだろう。
そう。これはすなわち――、
「……異変……」
「何でそうなる!?」
「だって!? 霊夢さんが、普通に巫女さんだったなんて、今さら誰も信じませんよ!?」
「……死ぬほど失礼な」
「これは……! これは、まさに特集記事っ! 一面から三面までのぶち抜きカラーでやるだけの価値はあるっ!」
「ないわ!」
「いやー、さすがは霊夢さん! ネタの宝庫!」
「人の人生をネタ扱いすんな!」
「めもめもかきかき……と。あ、そだ。ついでだから、記事の信憑性を増すためにも、霊夢さんのインタビューを……」
「キルゼムオール」
その日、博麗神社の境内の、およそ七割ほどが跡形なく消滅した。
「さあ、次の取材源に向かってれっつらごーですよ!」
『……何で生きてるんですか?』
「新聞記者は体が資本ですからね」
霊夢の、苛烈かつ鮮やかかつ素晴らしきヒィッツ……ではなく、弾幕を食らっても、なぜか無傷の文に、烏はこの時、真なる畏怖を覚えたという。
ともあれ、早速(?)、記事になりそうな事件に遭遇できたのが嬉しいのか、文の顔は終始、笑顔だった。
彼女と共に向かうのは、今度は紅の館である。ここはいつでも、トラブルを抱え込んでいる、第二の博麗神社だ。
「こんにちはー」
「ああ、どうも。こんにちは」
「早速ですが、取材に来ました」
「お帰りください」
「早っ!?」
そこの館の門前で、いつも通りに門番をしている門番に、笑顔であっさり『くんな』宣言をされて、なぜか文は驚愕した。
「ど、どうしたんですか!? 普段の美鈴さんなら、むしろ笑顔でさあどうぞなのに!」
「……私は一応、ここの門番なんですがね。
まぁ、ともあれ、そういうのはさておいて。今日は……と言うより、今現在、お嬢様とフランドール様がお昼寝中なんです。そう言う時に、騒がしい輩を入れるわけには参りません」
「おう、それは……。
……お昼寝中の幼女。このフレーズだけでご飯が三杯食べられる人たちに対して、かなりの需要が見込めますね」
「言うと思った。でも、ダメですからね」
人は言う。寝ている時は、誰もが天使だと。
なるほど。どこからどう見ても悪魔にしか見えない吸血鬼で、しかも徹底的なわがままじこちゅーであろうとも――この館の主であろうとも、寝ている時は天使なのだ。その天使を、無理矢理叩き起こすような、そして、その天使にちょっかいを出そうとする不作法ものを館の中に通すなど、ここの門を預かる門番としてはあってはならないことのようだった。
すかさず、戦闘態勢に入る美鈴を見て、ふっ、と文は笑った。
「私に勝てるとでも?」
「さて、どうでしょうね」
「……ふぅ、愚かですね。美鈴さんは賢い方ですから、まさか、天狗である私に刃向かうなど考えてもいませんでしたが」
「ならば、試してみますか?」
「……面白い」
彼女の顔が変化し、その表情にすごみが表れる。そして、天狗の武器である風扇を取り出し、「十秒でけりをつけて差し上げましょう」と宣言した。
文が、そして、美鈴が、互いに行動に出る。
一旦、美鈴から離れ、距離を取ろうとする文。対する美鈴は、文の想像を超える爆発力でもって彼女へと接近し、一撃を繰り出そうとしてくる。美鈴の得意とする近接格闘戦においては、さすがに自分も一歩、彼女に劣ると判断しているのか、文は上空へと逃れようとする。
そこへ、すかさず。
「食らいなさいっ!」
ぶわっ、と頭上に広がる何か。それは、まるで、雨が地面を叩くような音と共に文の上へとのしかかってきた。
「こっ、これは……投網!?」
そう。それは、簡単に言ってしまえば魚などを捕まえる時に使用される網にも近いものだった。当然、もがけばもがくほど、全身に絡みついてくる厄介な代物だ。
しかし、
「この程度で、この私の動きを封じたとでも……!」
文は天狗である。
この程度の網など、軽い風を巻き起こし、断ち切る、あるいは天空高く吹き飛ばすなど軽いもの。彼女の叫びを前に、しかし、美鈴は「それで?」と言葉を続けるまでだった。
「ならば、見せて……! ……って、これは!?」
その途端、彼女の全身を、あり得ない感覚が襲った。
全身に鳥肌が立ち、一瞬の間に、意識がもうろうとしてくる。それだけならまだいいのだが、体中を貫く怖気と恐怖。
まさか、これは……!」
「害獣駆除用ネットの効果は抜群のようですね」
「ち、ちょっと! 私は天狗であって烏じゃな……いやぁぁぁぁぁ! イオンが、イオンがぁぁぁぁぁ!」
「文さん。あなたは烏天狗である以上、烏の本能からは逃れられないのです」
「いやーっ! 取って取って取ってぇぇぇぇぇっ!」
「さて、それじゃ、しばらくそこで反省していてくださいね」
「ああっ、助けてください美鈴さん! 助けてくださったら、今なら、文ちゃんの新聞を一年間無料で差し上げますからぁぁぁぁぁぁ!」
「いりません」
「いにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
『……恐るべし、紅美鈴……!』
烏撃退用ネットの前に、さすがにご主人様を助けに行くことも出来ず、ぱたぱたと、文がもがくさまを上空で見ているしかない烏の頬に汗一つ。
じたばた暴れる文を鑑賞しに、大勢のメイドやら門番隊の面々が寄ってくる中、見事、不埒な侵入者を撃退した美鈴は、「次はきらきら光るものを用意してもらいましょうか」とつぶやくのだった。
「……し、死ぬかと思った……」
『……まぁ、そうですね』
「と言うか、何で助けに来てくれなかったんですか!?」
『いや、ボク、烏ですし』
「くっ……! 確かに……!」
なぜか、その一言で、文は納得してくれたようだった。
ともあれ、美鈴によって、ようやくネットから解放された瞬間、文はまさしく害獣のノリで一目散に紅魔館から飛び去っていた。つくづく烏っぽい天狗であるが、まぁ、烏天狗なのでしょうがない。
さて、そんなこんなで取材源の一つを潰されてしまった文が次に向かうのは、竹林の奥の屋敷だった。ここもまた、ネタの宝庫である、と彼女が取材源としている場所だ。竹林には、つい最近まで迷いの術がかけられていたのだが、昨今はそれが解除され、その屋敷の表の主が開業した病院は、実に繁盛しているのだとか。
せっかくだから、その辺りの話でも掴んでおきましょうか、と文。要するに、よくある、新聞の投書欄のようなものを作るつもりらしい。
「こーんにちはー」
「いらっしゃいませ。本日は、どのような?」
「ああ、いえ。私は患者ではなくて」
その屋敷の名前は永遠亭。紅魔館が純洋風の邸宅なら、こちらは純和風の家屋である。平屋建ての、実に広大な敷地を持った屋敷の入り口には受付が設置され、この屋敷の住人であるうさぎ達が座っている。
「は?」
「えっとですね。永琳さんか、鈴仙さんに取り次いで頂けるとありがたいのですけど。名前は、射命丸文、で」
「はあ」
かしこまりました、と立ち上がった彼女が屋敷の奥に消えて、待つことしばし。
「文さんですか」
「ごきげんよう、鈴仙さん」
やってきたのは、その屋敷の中で、一際高い地位についている(らしい)うさぎの、鈴仙・優曇華院・イナバだった。片手に、恐らくは患者のリストだと思われるファイルを持って登場した白衣の天使さんを、ぱしゃっ、と一枚。
「すいません。取材でしたら、今日はお断りしてるんです」
「はあ。それはまた?」
「いえ。今日は午後から、ちょっと難しい手術が入ってまして……。それで、師匠とかも、みんなぴりぴりしてるんです」
「あや……。それじゃ、さすがに突撃取材というわけにはいきませんね」
その患者は人間なのか、それとも妖なのかはわからないが、一個の命の危機にあって『取材させろ』とは、さすがに道徳が許さない。さしもの文も、それくらいの倫理観念は持っているのか、仕方ないですね、と肩をすくめるだけだ。
「それに、そちらにスタッフを割いているのもあって、今日は人手不足で」
「そう言えば、ここは、主治医の永琳さん以外にはお医者さんはいないんですか?」
「一応、私が」
「ああ、なるほど」
「……ふむ」
「え?」
なぜか、鈴仙が、腕組みをして文を見つめてきた。その視線に、何やら感じるものがあったのか、ずざっ、と音を立てて身を引く文の腕を、がっしと彼女が掴む。
「文さん。二時間ほど、バイトしていきませんか?」
「あ、い、いや、私はこれから別のところに取材を……」
「まあ、そう言わずに。ちゃんとお給金出しますから。
ねぇ、誰か。この人に似合う衣装持ってきてー」
「はーい」
「あ、あれ? 何か勝手に話が進んでますよ? 私、首を縦に振った覚えないんですよ? あ、あれー?」
「さあ、行きましょうか、文さん」
「あれー!?」
『……まぁ、これ、文さまがいつもやってることと同じですよね』
つぶやくかーくんのセリフは、実に的を射ていたのだった。
「……あー、ちくしょ。まーた風邪を引くとは……私も、最近、体がなまったかな?」
「お腹出して寝てたら当たり前じゃない」
「最近、暑いからさー」
永遠亭のドアをくぐって現れたのは、二人の魔法使いだった。一人は人間、一人は妖。その、妖の方に付き添われて、顔を赤くして現れた人間の魔法使いは、受付に座っている相手を見て、目を丸くした。
「……いらっしゃいませ。本日はどのような?」
「……あー……えっと……」
「……文さん……何やってんの……?」
「ううっ……人手不足とかで……」
そこに座っているのは、まぁ、言うまでもなく、文だった。白衣のナースさんへと変貌した彼女を見て、二人は顔を見合わせる。
「あー……まぁ……うん」
「えっと……似合ってるわよ?」
「フォローは結構ですっ!」
がたんっ、と立ち上がり、机の上に片足載せて、文は叫ぶ。
「新聞記者なのにー!」
「見えてるぞ、お前」
「あと……」
「病院の中ではお静かに」
と言う、どこからともなく響いた医者の声と共に、すこーん、という音が響いた。見れば、文の頭にメスが突き刺さっている。
「……だ、大丈夫か?」
「あははははははは」
どくどくと血をあふれさせながら、文はぐいぐいとそれを引っ張って抜き取り、はぁ、とため息一つ。
「……意外とタフなのね」
「まぁ……それで、とりあえず、お仕事のお手伝いをさせられているんです。体験談として、新聞のネタにもなるかな、って……」
「まぁ……割り切りは大切だよな」
頭からあふれている血には触れないようにして、魔法使いの一人、魔理沙は「えっと、今日は風邪で……」と、文に自分の症状を説明する。文は、だくだくあふれる血で白衣が赤衣になるのを気にすることもなく、かりかりと、彼女の症状をまとめて「奥でお待ちください」と一言。
「……ねぇ、文さん。何か顔色が蒼くなってるけど大丈夫?」
「ああ、大丈夫です。多分」
「いや、多分って……」
『ほっとけば止まりますから』
「……いや、何言ってるかわかんないし」
文の頭の上に留まっている烏が、かー、と鳴いた。とりあえず、こいつらの言うことを信用してもいいのかな、と判断した、魔法使いのもう一人、アリスが、あんまり関わり合いにならない方がいいのだろうと考えて、魔理沙を引っ張って奥の待合室へと歩いていく。
「けど……何で私がこんな事しなくちゃならないんでしょうね」
『……さあ』
「はぁ……。にしても、白衣って窮屈ですね。スカートの裾にスリットが欲しいですよ」
超絶ミニスカ状態なのにそんなことをやれば、色んな意味で患者にとどめを刺すことになってしまいそうであった。
まぁ、ともあれ。
「あと一時間……」
『あ、止まってる』
いつの間にか、文の血は止まっていたのだった。
ナースさんのお仕事から解放された文が次に向かったのは、幽冥の境を超えた白玉楼だった。ここも、また、文の頭の中では神社マーク4である。
今度こそ、まともな取材源となってくれるだろうか。
彼女は、そう思いながら、しかし、自分の勘に間違いはないと、無根拠の断言をして、結界を超える。その瞬間だった。
「不法侵入者を発見!」
横手から鋭く響く声と同時に閃く銀閃。
これはまた、いつものあれかな、と思って振り向いた視線の先に。
「……え?」
いつものあれ、の姿がなかった。
代わりに佇むのは――、
「これより、侵入者を撃退する!」
半透明の、何かふよふよした物体。言うまでもなく、この白玉楼の住人である幽霊達である。
……のだが、そいつは、なぜか、喋っていた。あれ? 魂魄状態の魂って喋ることは出来ないはずじゃなかったっけ? そう言う当たり前が頭の中によぎった刹那。
「のぉっ!?」
「ちぃっ! かわされた!」
「奴め、意外に素早いぞ!」
「うろたえるな! 白玉楼防衛隊はうろたえないっ!」
何か知らんけど、次々にふよふよの数が増えだした。
一つ、二つ、三つ、四つ……一つたりなぁ~い、って私はおKさんか!
と、よくわからないツッコミを自分にしてから、彼ら(?)が、なぜか、一様に剣を携えているのを見る。器用なことに、魂魄のしっぽの部分で、見事にそれを掴み、振り回しているのだ。
「ぬぅっ! 当たらんっ!」
「奴の動きが速すぎる! 何とかして、あの足を止めるのだ!」
「任せろ! 俺が奴の動きを封じてみせるっ!」
「ま、待て! 魂魄四号! 早まるなっ!」
「早まる? へっ、何言ってるんだよ。俺は必ず、お前達のところに帰ってくるつもりだぜっ!」
「こ、魂魄四号ぅぅぅぅぅっ!」
「奴の犠牲を無駄にするなっ! 全軍、突撃ぃぃぃぃぃっ!」
「……えーっと」
何か勝手に盛り上がりつつ、やたら致命的な攻撃を繰り出してくる、白玉楼防衛隊なるものを前に、文は事態の理解と把握に努めていた。
と言うか、何これ? どういう状況?
襲い来る白刃をひょいひょいかわしながら、うーむ、と悩む。
しかし、その直後だ。
「わっ!?」
唐突に、真横から、予想だにしなかった一撃が飛んできた。それは、わずかに文の腕をかすめ、彼女に赤い血を流させる。
「ひゃーはははははは! 血、血、血だぁぁぁぁっ! 斬る、斬るぞ、人を斬るぞぉぉぉぉっ!」
「うわぁぁぁぁ、魂魄七十三号が暴走したぁぁぁぁぁっ!」
「またかこいつはぁぁぁぁぁっ!」
「誰だよこいつ入れたのっ!?」
「幽々子さま」
「うわ逆らえねぇっ!」
「うおぉぉぉぉぉっ! 斬らせろぉぉぉぉぁぁぁぁぁっ!」
「誰か魂魄七十三号を止めろぉぉぉぉぉっ!」
「ぐはぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「ああっ、魂魄三百二十二号ぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「貴様……よくも……よくも三百二十号をぉぉぉぉぉぉっ!」
「いや二十二号だから」
「あれ、そうだっけ? ま、いいや。
覚悟しろ七十三号ぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「仲間割れすんなやてめえらぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「……えっと。
てい。」
手にした風扇一発。殴りつけるような強烈な烈風が、何か仲間割れ起こした連中をまとめて白玉楼の彼方に向かって吹っ飛ばした。
「……何だったんでしょ、あれ」
ぐわぁぁぁぁぁ、だの、こ、このようなことがぁぁぁぁぁ、だのと叫びながら飛んでいった連中を眺めていた文は、しかし、考えたところで答えが出ないのを察したのか、ため息をついてから、改めて、この世界の主の元へと向かおうとする。
……のだが。
「……こんにちは、文さん」
「ああ、妖夢さん」
「えっと……まず最初に謝っておきます。ごめんなさい」
「……いや、えっと」
その彼女の前に、銀髪おかっぱの少女が現れていた。彼女は、文に向かって深々と頭を下げた後、はぁぁぁぁぁぁ、と特大のため息をつく。
「えっと……何があったんですか?」
「ああ……さっきのあれですか。
いやですね、あんまりにも、幽々子さまが刀の修行をしてくれないものだから、暇つぶしに、辺りの魂魄に教えたりしてたんです、私。そしたら、彼ら、何か知らないけど修得しちゃって……。いつの間にか口もきけるようになって、そしたら幽々子さまが面白がって、彼らを白玉楼防衛隊とかいうのに任命しちゃって……。
……今のところ、彼らの襲撃を退けたのは、文さんだけです」
「うわそんなに強いんですかあれ」
「多分、ルナティック圧殺弾幕レベルです」
それはすごい、と素直に賞賛しながら、『ルナティックって何?』という疑問は心の中に封じておく。
「それでまぁ……何か、白玉楼に来た人を無差別に襲ってるみたいで。こっちとしては、迎撃の手間が省けるから楽っちゃ楽なんですけどね……。知人に対してもあれですから」
「それは困りますね……」
「文さんならまだいいですよ。霊夢さんに襲いかかろうものなら……その後どうなるか……」
恐らく、その後のシナリオはこうだろう。
襲われたことに対して霊夢怒る→白玉楼にケンカ売る→妖夢じゃ止められない→幽々子との一騎打ち→幽々子、マジギレする→白玉楼壊滅
「……早いうちに、あれ何とかしないと……」
「言って聞くような連中じゃなさそうですしね……」
「無駄に責任感だけ強いんですよ……」
しかも、無駄に実力もあるものだから手に負えないのだ、と妖夢。
そして実際、白玉楼に対する侵入者がいた場合、彼らが迎撃しているという功労もある以上、一概に、彼らの行動全てを否定するわけにもいかないのだという。「紫さまに言っても、結界、全然直してくれないし。私はどうしたら……」と、相変わらず苦労人の妖夢の肩を、ぽんぽん、と文は叩いた。
「……これから飲みに行きましょうか。私がおごりますから」
「ううっ……ぐすっ……。ありがとうございます、文さん……」
『……哀れな』
その、妖夢のあまりにもな苦労人っぷりに、さしもの文も同情を禁じ得ず、その光景を眺めていた烏のつぶやきも、妙に切ないものが混じっていたのだった。
「とりあえず、ネタはそれなりに集まりましたね」
妖夢にお酒をおごって、家に帰る途中。文は、手にしたメモ帳に、それなりにしたためられたネタの数々にご満悦のようだった。
彼女は、のんびりと、だが、なるべく足早に自宅へと向かって一直線。何せ、彼女は烏天狗。夜は鳥目で周りが見えないのだ。
「やはり、自分の足で探し回るのが一番ですね」
『……単に運じゃ?』
「さってと……を?」
烏のツッコミはスルーして、文の視線は、唐突にとあるところへと向いた。
それは、そろそろ薄暗くなる頃合いであっても、未だ、色鮮やかな花畑。そう言えば、ここにもトラブルの巣窟みたいな妖怪が一人いたな、ということを思い出して、軽く、その上空を旋回してみる。
……と、その中に、ある違和感を見つけた。何だろうか、と思い、近寄ってみれば、それはどうやら建物であるようだった。大きさは、一言で言えば、こぢんまりとした、しかし、どこか暖かみを感じるもの。簡単に言えば、『新婚夫婦が住むのなら、これくらいがいいのかな』という感じである。
「何でしょ」
とんとん、とドアをノック。中から返事はなし。
軽く、ドアノブをひねってみると、不用心なことに、鍵はかかっていなかった。そっと、ドアを押し開いて中に入ってみれば、まず、目に飛び込んでくるのは見事なショーケースだった。中にはジャムやら蜂蜜やら、ジュースやら。とにかく色々なものが並んでおり、どれもが美味しそうだ。
加えて、室内をぐるっと見渡せばわかることだが、ここはどうやら、軽い喫茶店のような施設でもあるらしい。部屋の片隅には、小さな、それでいて品のいい作りの椅子とテーブルが、セットで二つ、置かれている。
「誰が経営してるお店なんでしょうね」
『暖かい感じがして、ボク、こう言うところ好きです』
「帰る前に、お茶でも飲んでいきたいところですが……」
すいませーん、と声を上げて、待つことしばし。返事は……、
「はーい」
「あ、誰かいるみたいですね」
どうやら、留守ではなかったみたいである。見れば、カウンターを兼ねたショーケースの向こうに、小さなドアがある。誰が、この店の主人なのだろう。それを考えると、妙に気になった。それは、一言で言えば、この店を気に入ったと言うことにつながるのだろう。
「い、いらっしゃいませ。あ、あの、ようこそいらっしゃってくださいました。えっと、あなたが、初めてのお客様……」
「………………………………」
「……………………あ。」
今週の文々。新聞より抜粋。
『太陽の丘に、素敵な喫茶店オープン』
先日、筆者が立ち寄ったお店のことを、読者諸兄にお伝えしようと思う。
その日は、色々とあって疲れていた筆者がふらりと立ち寄ったその店は、太陽の丘として知られている向日葵畑に、ひっそりと佇む、白亜の外壁が美しい店であった。ドアをくぐった先には、ほんわかとあったかい、カントリー調の店内が、筆者を待っていたのだ。一目で、そこを気に入り、筆者はひとときの休息を過ごそうと思い立ち、お店のお勧めメニューを頂いた。
それがこちらの、花の蜜入りケーキと紅茶のセットである。お値段は、ただいまオープン記念のために格安、また、セール後も、庶民の皆様にはお求めやすいお値段で提供されるとのことだった。
その味は、まさに、癒し。ほんのりと甘く、そして一口するだけで口中一杯に広がる花の香りは、究極の一言。店主も、料理の腕には覚えがあり、味の方も絶品であった。
気がつけば、二時間もの長い時間を過ごしてしまい、すっかりと夜のとばりが落ちてしまったため、筆者も家にたどり着くのに苦労してしまったのだが、逆に言えば、時間が過ぎるのを忘れさせてくれるくらい、落ち着いた、暖かいお店だと言うことが出来よう。
お店の営業時間は午前の十時から午後の八時まで。ランチタイムは午後の十一時から午後二時までとなっている。お勧めの逸品を以下に掲載しておいたが、これ以外のメニューも、一度、味わってみることをお勧めする。その味わいは、どれも素晴らしいの一言に尽きるからだ。
また、このお店は、喫茶店であると共に、店主が用意した様々な品物を購入することも出来る。食品全般は当然として、中には、店主が丹精込めて作った花のブローチなどもあり、恋人、あるいは家族へのおみやげとしても最適だろう。お値段も、どれもお手ごろ価格。このお店を訪れた際には、忘れず、おみやげを購入していくことをお勧めする。
加えて、筆者は店主からのインタビューを頂くことが出来たので、以下に掲載する。
「べっ、別に、このお店をやってることに意味なんてないわよ。た、ただ、暇つぶしなんだから! それ以外に、何にもないんだからね!
だ、だから、その……ち、近くに来たら、寄っていけばいいじゃない。こ、こっちだって暇なんだから、相手くらいしてあげるわよ」
お店の名前は、『かざみ』。店主の名前を一部拝借したこのお店は、筆者の、新たなお気に入りとなりそうである。
「最近、やたら人が来てるらしいわよ。ここ」
「え? マジ?」
「マジ」
新聞を読んでいた巫女の隣に座る妖怪の一言に、巫女は、「……人間、変われば変わるもんね」とつぶやき、お茶を、ずずー、とすすったのだった。
幻想郷のどこぞにあるとも知れない、とある烏の新聞記者の一室に、とてつもない絶叫が響き渡ったのはついぞのこと。
まるでこの世の終わりと人生の終わりとお金がなくなった時と蓄えていた食料が空っぽになっていたことに気づかずに朝ご飯を作ってしまった時と、まぁ、とにかく色んなものが一緒になったような響きに、何事か、と主の異常を察した烏がその部屋へと飛び込んできた。
『文さま、何かあったんですか!?』
「ネタがないっ!」
『ボク、さようなら』
「待ったぁ!」
ぐえっ、と悲鳴のような、それでいて普通の烏の鳴き声のような声を上げて、哀れ、かーくん、文ちゃんに捕まりました。
「どうしましょう!? 新聞の発行は明後日! なのに、これ、この通り!」
突き出された新聞の紙面は真っ白だった。どれくらい真っ白かというと、生まれて間もない子供のように真っ白だ。ああ、これからきっと、人生の荒波にもまれてこの子(烏一号と命名)は黒くなっていくんだろうな、とよくわからない考えを浮かべる烏に顔を近づけ、叫ぶ。
「このままでは、我が人生……ああ、いや、私は人間じゃないから妖怪生……? まぁ、何でもいいや。
とにかく、このままでは、私の一生の中で最初の汚点となってしまうことが起きてしまうかもしれないのですよ!」
『そもそも、あんなゴシップばっかり作っていること自体が汚点なんじゃ……』
「何か言いました?」
『いいえ、言ってませんっ! 文さまの新聞は、幻想郷の明日を切り開くマーベラスでコンプリートな一冊ですっ!』
「そうですよね」
何やらその視線が台所の方を向いたのを見て、顔を真っ青――でも、烏なので顔色は見た目にはよくわからない――にして、必死に弁解する烏に、早速、機嫌をよくしたのか。彼女は、ぽいっ、と捕まえていた烏を放り投げて、「困ったなぁ……」とつぶやきながら、室内をうろうろし始めた。
『困ったなぁ、って。取材とか行かないんですか?』
「行ってもネタがないんですよ。こう……何というか……私の記者魂を刺激するような異変とか。
いっそのこと、レミリアさん辺りをたきつけて、また幻想郷に霧を出してもらいましょうか」
『あんた、それ、自分で『元ネタがはっきりしてませんけど』って言ってませんでした……?』
「とりあえず、このままではやばいのですよ!」
人(烏)の話、全く聞いてねぇな、こいつ、な視線を向ける烏の方など全く気にすることなく、彼女は窓を開けて外に向かって叫んだ。もちろん、その行為に全く意味はない。
「よし! こうなったら、これしかない!」
『はい?』
「ネタを探しに行きましょう」
『あ、現実逃避……』
「さあ、行きますよ! れっつごー、ねたー!」
『……文さま』
その時、烏は、自分の目から滝のように溢れ出す心の汗を抑えられなかったとか何とか。
「ネタと言えば」
『ネタと言えば?』
「巫女ですよ」
まぁ、そうだろうな、と内心でつぶやく。
文の向かう先は、この幻想郷の中で、一も二もなくトラブルの終結するとある神社である。ついでに言うと、そのトラブルのせいで、そこの神社には人も寄りつかず、そこに住み着いている巫女は、日々、困窮に喘いでいるという話を聞いたことがあるのだが、まぁ、関係ないな、と烏はそれをスルーしている。何せ烏だからだ。
ともあれ、二人(一人と一匹?)は、お目当ての神社へと到達する。空の上から眺める限り、相変わらず、神社は平和であるようだった。
「れーいっむさーん。文ちゃんの突撃取材ですよー。いませんかー?」
つくづく、ここに暮らしている人物にとってはうざいことこの上ない来訪者の出現に、しかし、返ってくる答えはなかった。
おや? と首をかしげて、文は神社の境内へと足を下ろし、周囲をきょろきょろと見回す。人の気配、なし。
「これはっ! さては、霊夢さん、私に内緒でこっそりと異変の解決に出かけましたね!? と言うことはっ! この私の新聞が、ようやく、まともに発行できると言うことを示していますね!?」
『……ようやくまともに、か……。一応、自覚、あったんですね……』
「さあ、霊夢さん! あなたがどこに隠れようとも、文ちゃんアイは千里眼! 文ちゃんイヤーは天狗耳! 必ずや、あなたの居場所を探し出して……!」
「人んちで、変な烏が騒いでいる場合、とりあえずしめて焼き鳥にしても情状酌量の余地はあるのかしら」
「あははははははははははははははははは。……お賽銭入れてきます」
「よろしい」
いきなり、何の前触れもなく、唐突にその場所に姿を現した神社の主に、背後から、まるで刃物を首筋に突きつけるかのように祓え串突きつけられて、文は硬直した。笑顔の主に、文は完膚無きまでに敗北し、ポケットから取り出したお財布の中から、賽銭箱へと硬貨を放り投げる。じゃらじゃらと。
「……今、どこから?」
「あんたの言葉を借りるなら、巫女は常に神出鬼没ってこと」
彼女は、片手の祓え串をふりふりやりながら、にやり。
何やら、その笑みに激烈にいやなものを感じたのか、文の頬に流れる汗一つ。
「で、あの……文ちゃんの突撃取材コーナーなのですが……」
「悪いんだけど、何にもネタはないわよ」
「でも、さっきまでいなかった……」
「ああ。ついさっきまで、麓の村で赤ん坊が生まれたって聞いたから。そこで、今後の健康とかを祈ってね。ま、色々と」
「ええっ!?」
「……何よ、その『ええっ!?』は」
「霊夢さんって、ちゃんとした、真っ当な巫女だったんですか!?」
「……をい」
色々失礼な発言ではあったが、しかし、文がこのような発言をしてしまうのもむべなるかなと言ったところだ。
ここの神社の主、博麗霊夢の一日は、朝起きて神社の境内を掃除して、ご飯食べて、その後、お茶を飲みながら縁側でだらだらすごして、適当にやってくる友人をあしらって、そのままだらだらしつつ晩ご飯へと移行して、ぐだぐだしながらお風呂に入って、ごろごろしながら寝る、というものなのである(文談)。
その彼女が、真っ当に巫女の仕事をしているというファクトは、文の頭の中にはない。いや、むしろ、この幻想郷に住まう、ありとあらゆるもの達の頭の中にないことだろう。
そう。これはすなわち――、
「……異変……」
「何でそうなる!?」
「だって!? 霊夢さんが、普通に巫女さんだったなんて、今さら誰も信じませんよ!?」
「……死ぬほど失礼な」
「これは……! これは、まさに特集記事っ! 一面から三面までのぶち抜きカラーでやるだけの価値はあるっ!」
「ないわ!」
「いやー、さすがは霊夢さん! ネタの宝庫!」
「人の人生をネタ扱いすんな!」
「めもめもかきかき……と。あ、そだ。ついでだから、記事の信憑性を増すためにも、霊夢さんのインタビューを……」
「キルゼムオール」
その日、博麗神社の境内の、およそ七割ほどが跡形なく消滅した。
「さあ、次の取材源に向かってれっつらごーですよ!」
『……何で生きてるんですか?』
「新聞記者は体が資本ですからね」
霊夢の、苛烈かつ鮮やかかつ素晴らしきヒィッツ……ではなく、弾幕を食らっても、なぜか無傷の文に、烏はこの時、真なる畏怖を覚えたという。
ともあれ、早速(?)、記事になりそうな事件に遭遇できたのが嬉しいのか、文の顔は終始、笑顔だった。
彼女と共に向かうのは、今度は紅の館である。ここはいつでも、トラブルを抱え込んでいる、第二の博麗神社だ。
「こんにちはー」
「ああ、どうも。こんにちは」
「早速ですが、取材に来ました」
「お帰りください」
「早っ!?」
そこの館の門前で、いつも通りに門番をしている門番に、笑顔であっさり『くんな』宣言をされて、なぜか文は驚愕した。
「ど、どうしたんですか!? 普段の美鈴さんなら、むしろ笑顔でさあどうぞなのに!」
「……私は一応、ここの門番なんですがね。
まぁ、ともあれ、そういうのはさておいて。今日は……と言うより、今現在、お嬢様とフランドール様がお昼寝中なんです。そう言う時に、騒がしい輩を入れるわけには参りません」
「おう、それは……。
……お昼寝中の幼女。このフレーズだけでご飯が三杯食べられる人たちに対して、かなりの需要が見込めますね」
「言うと思った。でも、ダメですからね」
人は言う。寝ている時は、誰もが天使だと。
なるほど。どこからどう見ても悪魔にしか見えない吸血鬼で、しかも徹底的なわがままじこちゅーであろうとも――この館の主であろうとも、寝ている時は天使なのだ。その天使を、無理矢理叩き起こすような、そして、その天使にちょっかいを出そうとする不作法ものを館の中に通すなど、ここの門を預かる門番としてはあってはならないことのようだった。
すかさず、戦闘態勢に入る美鈴を見て、ふっ、と文は笑った。
「私に勝てるとでも?」
「さて、どうでしょうね」
「……ふぅ、愚かですね。美鈴さんは賢い方ですから、まさか、天狗である私に刃向かうなど考えてもいませんでしたが」
「ならば、試してみますか?」
「……面白い」
彼女の顔が変化し、その表情にすごみが表れる。そして、天狗の武器である風扇を取り出し、「十秒でけりをつけて差し上げましょう」と宣言した。
文が、そして、美鈴が、互いに行動に出る。
一旦、美鈴から離れ、距離を取ろうとする文。対する美鈴は、文の想像を超える爆発力でもって彼女へと接近し、一撃を繰り出そうとしてくる。美鈴の得意とする近接格闘戦においては、さすがに自分も一歩、彼女に劣ると判断しているのか、文は上空へと逃れようとする。
そこへ、すかさず。
「食らいなさいっ!」
ぶわっ、と頭上に広がる何か。それは、まるで、雨が地面を叩くような音と共に文の上へとのしかかってきた。
「こっ、これは……投網!?」
そう。それは、簡単に言ってしまえば魚などを捕まえる時に使用される網にも近いものだった。当然、もがけばもがくほど、全身に絡みついてくる厄介な代物だ。
しかし、
「この程度で、この私の動きを封じたとでも……!」
文は天狗である。
この程度の網など、軽い風を巻き起こし、断ち切る、あるいは天空高く吹き飛ばすなど軽いもの。彼女の叫びを前に、しかし、美鈴は「それで?」と言葉を続けるまでだった。
「ならば、見せて……! ……って、これは!?」
その途端、彼女の全身を、あり得ない感覚が襲った。
全身に鳥肌が立ち、一瞬の間に、意識がもうろうとしてくる。それだけならまだいいのだが、体中を貫く怖気と恐怖。
まさか、これは……!」
「害獣駆除用ネットの効果は抜群のようですね」
「ち、ちょっと! 私は天狗であって烏じゃな……いやぁぁぁぁぁ! イオンが、イオンがぁぁぁぁぁ!」
「文さん。あなたは烏天狗である以上、烏の本能からは逃れられないのです」
「いやーっ! 取って取って取ってぇぇぇぇぇっ!」
「さて、それじゃ、しばらくそこで反省していてくださいね」
「ああっ、助けてください美鈴さん! 助けてくださったら、今なら、文ちゃんの新聞を一年間無料で差し上げますからぁぁぁぁぁぁ!」
「いりません」
「いにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
『……恐るべし、紅美鈴……!』
烏撃退用ネットの前に、さすがにご主人様を助けに行くことも出来ず、ぱたぱたと、文がもがくさまを上空で見ているしかない烏の頬に汗一つ。
じたばた暴れる文を鑑賞しに、大勢のメイドやら門番隊の面々が寄ってくる中、見事、不埒な侵入者を撃退した美鈴は、「次はきらきら光るものを用意してもらいましょうか」とつぶやくのだった。
「……し、死ぬかと思った……」
『……まぁ、そうですね』
「と言うか、何で助けに来てくれなかったんですか!?」
『いや、ボク、烏ですし』
「くっ……! 確かに……!」
なぜか、その一言で、文は納得してくれたようだった。
ともあれ、美鈴によって、ようやくネットから解放された瞬間、文はまさしく害獣のノリで一目散に紅魔館から飛び去っていた。つくづく烏っぽい天狗であるが、まぁ、烏天狗なのでしょうがない。
さて、そんなこんなで取材源の一つを潰されてしまった文が次に向かうのは、竹林の奥の屋敷だった。ここもまた、ネタの宝庫である、と彼女が取材源としている場所だ。竹林には、つい最近まで迷いの術がかけられていたのだが、昨今はそれが解除され、その屋敷の表の主が開業した病院は、実に繁盛しているのだとか。
せっかくだから、その辺りの話でも掴んでおきましょうか、と文。要するに、よくある、新聞の投書欄のようなものを作るつもりらしい。
「こーんにちはー」
「いらっしゃいませ。本日は、どのような?」
「ああ、いえ。私は患者ではなくて」
その屋敷の名前は永遠亭。紅魔館が純洋風の邸宅なら、こちらは純和風の家屋である。平屋建ての、実に広大な敷地を持った屋敷の入り口には受付が設置され、この屋敷の住人であるうさぎ達が座っている。
「は?」
「えっとですね。永琳さんか、鈴仙さんに取り次いで頂けるとありがたいのですけど。名前は、射命丸文、で」
「はあ」
かしこまりました、と立ち上がった彼女が屋敷の奥に消えて、待つことしばし。
「文さんですか」
「ごきげんよう、鈴仙さん」
やってきたのは、その屋敷の中で、一際高い地位についている(らしい)うさぎの、鈴仙・優曇華院・イナバだった。片手に、恐らくは患者のリストだと思われるファイルを持って登場した白衣の天使さんを、ぱしゃっ、と一枚。
「すいません。取材でしたら、今日はお断りしてるんです」
「はあ。それはまた?」
「いえ。今日は午後から、ちょっと難しい手術が入ってまして……。それで、師匠とかも、みんなぴりぴりしてるんです」
「あや……。それじゃ、さすがに突撃取材というわけにはいきませんね」
その患者は人間なのか、それとも妖なのかはわからないが、一個の命の危機にあって『取材させろ』とは、さすがに道徳が許さない。さしもの文も、それくらいの倫理観念は持っているのか、仕方ないですね、と肩をすくめるだけだ。
「それに、そちらにスタッフを割いているのもあって、今日は人手不足で」
「そう言えば、ここは、主治医の永琳さん以外にはお医者さんはいないんですか?」
「一応、私が」
「ああ、なるほど」
「……ふむ」
「え?」
なぜか、鈴仙が、腕組みをして文を見つめてきた。その視線に、何やら感じるものがあったのか、ずざっ、と音を立てて身を引く文の腕を、がっしと彼女が掴む。
「文さん。二時間ほど、バイトしていきませんか?」
「あ、い、いや、私はこれから別のところに取材を……」
「まあ、そう言わずに。ちゃんとお給金出しますから。
ねぇ、誰か。この人に似合う衣装持ってきてー」
「はーい」
「あ、あれ? 何か勝手に話が進んでますよ? 私、首を縦に振った覚えないんですよ? あ、あれー?」
「さあ、行きましょうか、文さん」
「あれー!?」
『……まぁ、これ、文さまがいつもやってることと同じですよね』
つぶやくかーくんのセリフは、実に的を射ていたのだった。
「……あー、ちくしょ。まーた風邪を引くとは……私も、最近、体がなまったかな?」
「お腹出して寝てたら当たり前じゃない」
「最近、暑いからさー」
永遠亭のドアをくぐって現れたのは、二人の魔法使いだった。一人は人間、一人は妖。その、妖の方に付き添われて、顔を赤くして現れた人間の魔法使いは、受付に座っている相手を見て、目を丸くした。
「……いらっしゃいませ。本日はどのような?」
「……あー……えっと……」
「……文さん……何やってんの……?」
「ううっ……人手不足とかで……」
そこに座っているのは、まぁ、言うまでもなく、文だった。白衣のナースさんへと変貌した彼女を見て、二人は顔を見合わせる。
「あー……まぁ……うん」
「えっと……似合ってるわよ?」
「フォローは結構ですっ!」
がたんっ、と立ち上がり、机の上に片足載せて、文は叫ぶ。
「新聞記者なのにー!」
「見えてるぞ、お前」
「あと……」
「病院の中ではお静かに」
と言う、どこからともなく響いた医者の声と共に、すこーん、という音が響いた。見れば、文の頭にメスが突き刺さっている。
「……だ、大丈夫か?」
「あははははははは」
どくどくと血をあふれさせながら、文はぐいぐいとそれを引っ張って抜き取り、はぁ、とため息一つ。
「……意外とタフなのね」
「まぁ……それで、とりあえず、お仕事のお手伝いをさせられているんです。体験談として、新聞のネタにもなるかな、って……」
「まぁ……割り切りは大切だよな」
頭からあふれている血には触れないようにして、魔法使いの一人、魔理沙は「えっと、今日は風邪で……」と、文に自分の症状を説明する。文は、だくだくあふれる血で白衣が赤衣になるのを気にすることもなく、かりかりと、彼女の症状をまとめて「奥でお待ちください」と一言。
「……ねぇ、文さん。何か顔色が蒼くなってるけど大丈夫?」
「ああ、大丈夫です。多分」
「いや、多分って……」
『ほっとけば止まりますから』
「……いや、何言ってるかわかんないし」
文の頭の上に留まっている烏が、かー、と鳴いた。とりあえず、こいつらの言うことを信用してもいいのかな、と判断した、魔法使いのもう一人、アリスが、あんまり関わり合いにならない方がいいのだろうと考えて、魔理沙を引っ張って奥の待合室へと歩いていく。
「けど……何で私がこんな事しなくちゃならないんでしょうね」
『……さあ』
「はぁ……。にしても、白衣って窮屈ですね。スカートの裾にスリットが欲しいですよ」
超絶ミニスカ状態なのにそんなことをやれば、色んな意味で患者にとどめを刺すことになってしまいそうであった。
まぁ、ともあれ。
「あと一時間……」
『あ、止まってる』
いつの間にか、文の血は止まっていたのだった。
ナースさんのお仕事から解放された文が次に向かったのは、幽冥の境を超えた白玉楼だった。ここも、また、文の頭の中では神社マーク4である。
今度こそ、まともな取材源となってくれるだろうか。
彼女は、そう思いながら、しかし、自分の勘に間違いはないと、無根拠の断言をして、結界を超える。その瞬間だった。
「不法侵入者を発見!」
横手から鋭く響く声と同時に閃く銀閃。
これはまた、いつものあれかな、と思って振り向いた視線の先に。
「……え?」
いつものあれ、の姿がなかった。
代わりに佇むのは――、
「これより、侵入者を撃退する!」
半透明の、何かふよふよした物体。言うまでもなく、この白玉楼の住人である幽霊達である。
……のだが、そいつは、なぜか、喋っていた。あれ? 魂魄状態の魂って喋ることは出来ないはずじゃなかったっけ? そう言う当たり前が頭の中によぎった刹那。
「のぉっ!?」
「ちぃっ! かわされた!」
「奴め、意外に素早いぞ!」
「うろたえるな! 白玉楼防衛隊はうろたえないっ!」
何か知らんけど、次々にふよふよの数が増えだした。
一つ、二つ、三つ、四つ……一つたりなぁ~い、って私はおKさんか!
と、よくわからないツッコミを自分にしてから、彼ら(?)が、なぜか、一様に剣を携えているのを見る。器用なことに、魂魄のしっぽの部分で、見事にそれを掴み、振り回しているのだ。
「ぬぅっ! 当たらんっ!」
「奴の動きが速すぎる! 何とかして、あの足を止めるのだ!」
「任せろ! 俺が奴の動きを封じてみせるっ!」
「ま、待て! 魂魄四号! 早まるなっ!」
「早まる? へっ、何言ってるんだよ。俺は必ず、お前達のところに帰ってくるつもりだぜっ!」
「こ、魂魄四号ぅぅぅぅぅっ!」
「奴の犠牲を無駄にするなっ! 全軍、突撃ぃぃぃぃぃっ!」
「……えーっと」
何か勝手に盛り上がりつつ、やたら致命的な攻撃を繰り出してくる、白玉楼防衛隊なるものを前に、文は事態の理解と把握に努めていた。
と言うか、何これ? どういう状況?
襲い来る白刃をひょいひょいかわしながら、うーむ、と悩む。
しかし、その直後だ。
「わっ!?」
唐突に、真横から、予想だにしなかった一撃が飛んできた。それは、わずかに文の腕をかすめ、彼女に赤い血を流させる。
「ひゃーはははははは! 血、血、血だぁぁぁぁっ! 斬る、斬るぞ、人を斬るぞぉぉぉぉっ!」
「うわぁぁぁぁ、魂魄七十三号が暴走したぁぁぁぁぁっ!」
「またかこいつはぁぁぁぁぁっ!」
「誰だよこいつ入れたのっ!?」
「幽々子さま」
「うわ逆らえねぇっ!」
「うおぉぉぉぉぉっ! 斬らせろぉぉぉぉぁぁぁぁぁっ!」
「誰か魂魄七十三号を止めろぉぉぉぉぉっ!」
「ぐはぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「ああっ、魂魄三百二十二号ぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「貴様……よくも……よくも三百二十号をぉぉぉぉぉぉっ!」
「いや二十二号だから」
「あれ、そうだっけ? ま、いいや。
覚悟しろ七十三号ぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「仲間割れすんなやてめえらぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「……えっと。
てい。」
手にした風扇一発。殴りつけるような強烈な烈風が、何か仲間割れ起こした連中をまとめて白玉楼の彼方に向かって吹っ飛ばした。
「……何だったんでしょ、あれ」
ぐわぁぁぁぁぁ、だの、こ、このようなことがぁぁぁぁぁ、だのと叫びながら飛んでいった連中を眺めていた文は、しかし、考えたところで答えが出ないのを察したのか、ため息をついてから、改めて、この世界の主の元へと向かおうとする。
……のだが。
「……こんにちは、文さん」
「ああ、妖夢さん」
「えっと……まず最初に謝っておきます。ごめんなさい」
「……いや、えっと」
その彼女の前に、銀髪おかっぱの少女が現れていた。彼女は、文に向かって深々と頭を下げた後、はぁぁぁぁぁぁ、と特大のため息をつく。
「えっと……何があったんですか?」
「ああ……さっきのあれですか。
いやですね、あんまりにも、幽々子さまが刀の修行をしてくれないものだから、暇つぶしに、辺りの魂魄に教えたりしてたんです、私。そしたら、彼ら、何か知らないけど修得しちゃって……。いつの間にか口もきけるようになって、そしたら幽々子さまが面白がって、彼らを白玉楼防衛隊とかいうのに任命しちゃって……。
……今のところ、彼らの襲撃を退けたのは、文さんだけです」
「うわそんなに強いんですかあれ」
「多分、ルナティック圧殺弾幕レベルです」
それはすごい、と素直に賞賛しながら、『ルナティックって何?』という疑問は心の中に封じておく。
「それでまぁ……何か、白玉楼に来た人を無差別に襲ってるみたいで。こっちとしては、迎撃の手間が省けるから楽っちゃ楽なんですけどね……。知人に対してもあれですから」
「それは困りますね……」
「文さんならまだいいですよ。霊夢さんに襲いかかろうものなら……その後どうなるか……」
恐らく、その後のシナリオはこうだろう。
襲われたことに対して霊夢怒る→白玉楼にケンカ売る→妖夢じゃ止められない→幽々子との一騎打ち→幽々子、マジギレする→白玉楼壊滅
「……早いうちに、あれ何とかしないと……」
「言って聞くような連中じゃなさそうですしね……」
「無駄に責任感だけ強いんですよ……」
しかも、無駄に実力もあるものだから手に負えないのだ、と妖夢。
そして実際、白玉楼に対する侵入者がいた場合、彼らが迎撃しているという功労もある以上、一概に、彼らの行動全てを否定するわけにもいかないのだという。「紫さまに言っても、結界、全然直してくれないし。私はどうしたら……」と、相変わらず苦労人の妖夢の肩を、ぽんぽん、と文は叩いた。
「……これから飲みに行きましょうか。私がおごりますから」
「ううっ……ぐすっ……。ありがとうございます、文さん……」
『……哀れな』
その、妖夢のあまりにもな苦労人っぷりに、さしもの文も同情を禁じ得ず、その光景を眺めていた烏のつぶやきも、妙に切ないものが混じっていたのだった。
「とりあえず、ネタはそれなりに集まりましたね」
妖夢にお酒をおごって、家に帰る途中。文は、手にしたメモ帳に、それなりにしたためられたネタの数々にご満悦のようだった。
彼女は、のんびりと、だが、なるべく足早に自宅へと向かって一直線。何せ、彼女は烏天狗。夜は鳥目で周りが見えないのだ。
「やはり、自分の足で探し回るのが一番ですね」
『……単に運じゃ?』
「さってと……を?」
烏のツッコミはスルーして、文の視線は、唐突にとあるところへと向いた。
それは、そろそろ薄暗くなる頃合いであっても、未だ、色鮮やかな花畑。そう言えば、ここにもトラブルの巣窟みたいな妖怪が一人いたな、ということを思い出して、軽く、その上空を旋回してみる。
……と、その中に、ある違和感を見つけた。何だろうか、と思い、近寄ってみれば、それはどうやら建物であるようだった。大きさは、一言で言えば、こぢんまりとした、しかし、どこか暖かみを感じるもの。簡単に言えば、『新婚夫婦が住むのなら、これくらいがいいのかな』という感じである。
「何でしょ」
とんとん、とドアをノック。中から返事はなし。
軽く、ドアノブをひねってみると、不用心なことに、鍵はかかっていなかった。そっと、ドアを押し開いて中に入ってみれば、まず、目に飛び込んでくるのは見事なショーケースだった。中にはジャムやら蜂蜜やら、ジュースやら。とにかく色々なものが並んでおり、どれもが美味しそうだ。
加えて、室内をぐるっと見渡せばわかることだが、ここはどうやら、軽い喫茶店のような施設でもあるらしい。部屋の片隅には、小さな、それでいて品のいい作りの椅子とテーブルが、セットで二つ、置かれている。
「誰が経営してるお店なんでしょうね」
『暖かい感じがして、ボク、こう言うところ好きです』
「帰る前に、お茶でも飲んでいきたいところですが……」
すいませーん、と声を上げて、待つことしばし。返事は……、
「はーい」
「あ、誰かいるみたいですね」
どうやら、留守ではなかったみたいである。見れば、カウンターを兼ねたショーケースの向こうに、小さなドアがある。誰が、この店の主人なのだろう。それを考えると、妙に気になった。それは、一言で言えば、この店を気に入ったと言うことにつながるのだろう。
「い、いらっしゃいませ。あ、あの、ようこそいらっしゃってくださいました。えっと、あなたが、初めてのお客様……」
「………………………………」
「……………………あ。」
今週の文々。新聞より抜粋。
『太陽の丘に、素敵な喫茶店オープン』
先日、筆者が立ち寄ったお店のことを、読者諸兄にお伝えしようと思う。
その日は、色々とあって疲れていた筆者がふらりと立ち寄ったその店は、太陽の丘として知られている向日葵畑に、ひっそりと佇む、白亜の外壁が美しい店であった。ドアをくぐった先には、ほんわかとあったかい、カントリー調の店内が、筆者を待っていたのだ。一目で、そこを気に入り、筆者はひとときの休息を過ごそうと思い立ち、お店のお勧めメニューを頂いた。
それがこちらの、花の蜜入りケーキと紅茶のセットである。お値段は、ただいまオープン記念のために格安、また、セール後も、庶民の皆様にはお求めやすいお値段で提供されるとのことだった。
その味は、まさに、癒し。ほんのりと甘く、そして一口するだけで口中一杯に広がる花の香りは、究極の一言。店主も、料理の腕には覚えがあり、味の方も絶品であった。
気がつけば、二時間もの長い時間を過ごしてしまい、すっかりと夜のとばりが落ちてしまったため、筆者も家にたどり着くのに苦労してしまったのだが、逆に言えば、時間が過ぎるのを忘れさせてくれるくらい、落ち着いた、暖かいお店だと言うことが出来よう。
お店の営業時間は午前の十時から午後の八時まで。ランチタイムは午後の十一時から午後二時までとなっている。お勧めの逸品を以下に掲載しておいたが、これ以外のメニューも、一度、味わってみることをお勧めする。その味わいは、どれも素晴らしいの一言に尽きるからだ。
また、このお店は、喫茶店であると共に、店主が用意した様々な品物を購入することも出来る。食品全般は当然として、中には、店主が丹精込めて作った花のブローチなどもあり、恋人、あるいは家族へのおみやげとしても最適だろう。お値段も、どれもお手ごろ価格。このお店を訪れた際には、忘れず、おみやげを購入していくことをお勧めする。
加えて、筆者は店主からのインタビューを頂くことが出来たので、以下に掲載する。
「べっ、別に、このお店をやってることに意味なんてないわよ。た、ただ、暇つぶしなんだから! それ以外に、何にもないんだからね!
だ、だから、その……ち、近くに来たら、寄っていけばいいじゃない。こ、こっちだって暇なんだから、相手くらいしてあげるわよ」
お店の名前は、『かざみ』。店主の名前を一部拝借したこのお店は、筆者の、新たなお気に入りとなりそうである。
「最近、やたら人が来てるらしいわよ。ここ」
「え? マジ?」
「マジ」
新聞を読んでいた巫女の隣に座る妖怪の一言に、巫女は、「……人間、変われば変わるもんね」とつぶやき、お茶を、ずずー、とすすったのだった。
なんという店、行きてぇ。
ゆうかりんは
ツンデレだ
な
アリスに招待状くらい送ってやれよ……。
あと、トラブルの終結→トラブルの集結だと思います。
いやはや、読みやすい文章であちこちに小ネタを仕込むというスタイルは見習いたくなります。お見事。
嘘だッ!
最後の最後でどう見ても主役がゆうかりんに入れ替わってます!w
いいゆうかりんでした。……って、あれ?(゚∀。)
というかharukaさんのは全部シリーズなのかー
これは行かざるをえない!