魔法の森の霧雨亭。久方ぶりに雪が上がったので窓が全開である。秋も終盤の夜風は少々どころではなく冷たいが、長いこと閉め切られ、澱んでいた室内の空気を浄化するには丁度良い。
雲も晴れたのか、小さな庭には月の光が降り注いでいた。明日は良い天気になるだろう。
「これで良し、と」
魔理沙の手には、三段の重箱程度の大きさの白い箱。箱とはいうものの表面には模様も何も無く、蓋と底の区別さえ見た目には存在しない。ちょこんと飛び出た突起とそれに付けられた白い南京錠が存在していなければ、ただのブロックにしか見えないだろう。
箱全体を目で見て、手で触り、魔力を探る。出来得る限りの手段を用いて、どこにも異常が無いことを確かめる。箱の状態は魔理沙の思惑通り。ほんの少しの異常も存在しない。
「よし。うまくいってる」
あらゆる事態を想定し、厳しさを保っていた魔理沙の表情が緩む。それは作戦終了ではなく作戦完了の証。不慣れな錬金術の真似事が無事成功したためか、安堵の溜息は普段の三割ほど深い。
「明日が楽しみだな」
窓枠に手を置き、体を乗り出す。冷たい夜風が、緊張で火照っていた体を優しく撫でた。
『そう、貴方は少し嘘を吐き過ぎる』
『そんなこたぁ無い。生まれて此の方、嘘一つ吐いたことが無い』
彼女は負けず嫌いである。
『これからもそのままだと……貴方は舌を抜かれる事になる』
『アレか? 最初から予備の舌を用意しておけばいいのか?』
それ故か軽口は天下一品であり、人前で自分の非を認めることは決して無い。だがそれはあくまで人前でのこと。一人になれば反省もするし、納得出来ればそれなりに受け入れもする。
尤も、例え正論であったとしても。
決して言われっ放しで終わらせないのが、霧雨魔理沙という人間であるのだが。
幻想郷の果ての果て、死んだばかりの霊魂が集う無縁塚。薄く積もった雪から飛び出すように真っ直ぐに、季節の外れた彼岸花が元気に乱れ咲いている。太陽の光に照らされた赤と白のコントラストは眩しいほどに美しく、しかし季節の情緒など欠片も存在しない。
「綺麗なんだか、異様なんだか」
そんな無縁塚の上空に、軽口を叩く白と黒の姿が一つ。言うまでもなく魔理沙その人であり、背には件の真っ白い箱を背負っている。
「綺麗で異様、だな。こんな所で働いてるくせに真っ当な神経をしてるあいつらはどういう神経してるんだ?」
真っ当じゃないから真っ当なんだろう、とどっちなんだかひたすらに分かり辛い結論を導き出したところで、魔理沙はゆっくりと降下し始めた。
魔理沙の言うあいつらの一人。自称三途の川の一級案内人である小町が、彼岸花に紛れるような赤い髪を振り乱しながら多数の霊魂を先導しているのが見える。
「ようサボリ魔。仕事に精を出すなんてらしくないじゃないか」
明日は吹雪かね、勘弁してくれよ寒いのは苦手なんだ。そんな冗談を続けつつ、魔理沙は小町の側へと着地する。
「んー、悪いけど今日はお前さんとじゃれてる暇は無いんだ。そこに居ても良いことなんて無いよ、さあ帰った帰った」
言葉は返すものの、小町の視線が魔理沙の方を向くことは無い。
「つれないねぇ、わざわざ会いに来たってのに」
「これでもこの仕事にプライドを持ってるもんでね。今日はサボる訳にはいかないのさ」
自他共に認めるサボリ魔である小町ではあるが、仕事の成果は他の死神と比べても劣っているということは無い。他の死神が敬遠しがちな徳の高くない霊魂も好んで運んでいるにも関わらず、数で比べれば十分な水準を満たしている。あらゆる死者と話すことが出来るこの仕事を何より好み、また未知の存在である閻魔との邂逅を前に不安やら何やらで縮こまっている死者を励ますことが出来ることを誇りに思っていた。
そんな彼女がサボリ魔である由縁は大きすぎるムラ。それは常に映姫の悩みの種であったが、直せないことは重々承知しているために権力を行使して無理に働かせることは無い。長期的なスパンで見れば一人前以上の仕事をするという信頼と大量の霊を送っても手を抜いた裁判をしないという信頼がうまく噛み合い、結果として上々の成果を常に示し続けている。
「プライドか。そいつは困ったな、そんな言い方をされると説得のしようがない」
「まあ二、三日で片付くと思うから出直して――」
「マジックミサイル」
舟の方へと足を向けた小町の目と鼻の先を、緑色の魔力弾が高速で通り抜ける。
「危なっ……!? いきなり何を――」
放たれた方向。
既に箒に跨った魔理沙が、帽子を深くかぶり直しながら不敵に笑っていた。
「どんなトラブルがあろうと、やると決めたことは必ずやる。延長なんて許されない。……私のプライドにかけてな」
「ああ、すっかり忘れてたな。そういうやつだ、お前さんは」
現在における、幻想郷の少女たちの揉めごと解決の主流。
「今日は本当に時間が無いんだ。悪いけど手荒に行かせてもらうよ」
「おーおー怖いねぇ。お手柔らかにお願いします、だぜ」
取引などという面倒なことではなく、ましてや話し合いなど有り得なく。
「始めよう。仕事の邪魔をした罪は軽くない」
無造作に担いでいた鎌を袈裟懸けに構え、重力など意にも介さずふわりと宙に浮く。普段の飄々とした表情は影を潜め、見据える瞳は一点の曇りも無い。
放出され始めた霊気は小町を中心に渦を巻く。生まれた風が彼岸花の花弁を飛ばし取り込んでゆく様は、あたかも花が小町を守らんと陣を形成しているよう。
「…………」
幻想が当たり前に闊歩する幻想郷において、一級の死神が見せる本気の姿はなお幻想だった。幻想郷の端から端をその目に収めてきた魔理沙が言葉を無くして魅入ってしまう程に、小町の姿は気高く美しい。
「セット、スペルカード」
「――――っ」
発せられた声が遠い。
決して小さくない筈の始まりの合図が不自然に小さく聞こえ、魔理沙はようやく小町に見惚れていたことに気付く。
「普段からそうやってりゃ、説教されることなんてないだろうにな」
見惚れていたことを隠すために、自らを取り戻すために、魔理沙はいつものように軽口を叩いた。僅かな言葉を紡ぎ、乖離していた意識と体とを繋ぎ直す。呆けた口元は引き締まり、見開いていた瞳には強い意志が宿る。
準備と作戦で戦う魔法使いにとって、感情の制御は生命線と言って良い。人の身の魔理沙ではあるが、その点では一人前どころか既に一流であった。
「――――アタック!」
弾幕ごっこと呼ばれるそれは、早い話が制限付きの決闘である。勝てば官軍。古今東西の常識。
「…………?」
多方向から迫り来る金平糖のようなカラフルな星型弾を避けつつ、小町は訝しげに目を細めた。どうにもおかしい。魔理沙にこちらを落とそうという気迫が感じられない。攻撃密度も不自然に低い。
「『投銭』宵越しの銭」
自らの象徴たる銭型の弾を大量に撃ち出す。短期間でケリをつけるべく出し惜しみ無し、制限時間を犠牲にして密度を上げた弾の嵐。弾を挟んで向かい合う魔理沙の姿が完全に見えなくなる程の猛烈な弾幕を、だが魔理沙は余裕さえ感じられる表情ですいすいと抜けていく。
攻撃をおざなりにしている代わりに回避に気を割いている魔理沙には、時が遅延したような錯覚を覚える程に弾が見えていた。さすがに止まって見えることはないが、当たる気もまたしない。
「回避に重点を置いてあたいのミス待ち? ……有り得ない、魔理沙に限ってそんなこと」
なおも弾をばら撒きながら、小町は頭を振った。多少勝率を下げようとも、決して引かないのが魔理沙のスタイルである。弾幕はパワーと断言する魔理沙流の美学。命を賭した決戦ならともかく、ルールの存在する弾幕ごっこでこんな消極的な戦法を是とするなどとても考えられない。
「どうしたー? 手荒に行くんじゃなかったのかー?」
弾幕を挟んだ向こうから、魔理沙の声が響いてくる。その声に焦りは感じられない。ある弾を避け、ある弾をビットで叩き落す。少々の掠り傷は負っているもののダメージは無いと言っていい。だがそれは小町も同じこと。絶対量が少ない魔理沙の弾は、ほとんどが小町の弾にかき消されている。小町まで到達する弾は数少なく、小町には服のほつれ一つ無い。
「やる気が無いなら帰ってくれないか? あたいは暇じゃないんだよ!」
「誰もそんなことは言ってないぜ」
現在は拮抗しているが、結果は火を見るより明らかである。攻め続ける小町と避け続ける魔理沙では、疲労の差が違いすぎるのだ。そう遠くないうちに、疲労が蓄積した魔理沙が対処しきれなくなるのは目に見えていた。
魔理沙にあまりに似合わないばかりか、勝利とも程遠い。魔理沙がそんな戦法を取る理由が、小町にはどうしても分からない。
「やる気はある……でもあたいに勝つ気が無い? それなら、どうして仕事の邪魔をしてまで弾幕ごっこなんて」
魔理沙が仕事中の小町に追い払われたのはもう一度や二度ではない。多少ごねることはあったものの、弾幕ごっこをふっかけてまで我を通そうとしたのは初めてだ。今回は何か特別な理由があるのだろう、と小町は思う。背負ったままの白い箱と関係があるのだと予測するのは難しいことではないが、中身も用途も分からない以上思考はそこで止まってしまう。
ほんの一瞬、眼下を見やる。彼岸へと渡しやすくするために並ばせておいた霊たちは、既に散り散りになっていた。
「ああもう、仕事が遅れちまうよ……早く渡してやらないと四季様が――四季様?」
徐々に追い詰められ始めた魔理沙が、ビットで弾を防ぎつつ申し訳程度に金平糖を撒いている。ちらと捉えたその顔は、間違い無く勝ちを確信した笑みに満ちていた。
「まさか、目的は弾幕ごっこじゃなくて――」
小町が弾幕ごっこを行っている限り、彼岸へと霊が渡ることはない。そうなれば、次に起きることは一つしかないのだ。彼女の上司であるところの、口煩い説教魔である閻魔が――
「何をしているの、小町!」
「きゃん!」
反射的に身を縮こまらせた小町の側頭部を、本物より綺麗な金平糖が直撃した。
「あー痛たたた……。うわぁ、凄いこぶになってる」
左の手で頭をさする。他人事なら拍手喝采する程にぷっくりと腫れ上がっていた。髪が多いため傍目では全く分からないのが救いといえば救いかもしれない。
「今日は頑張ると自信満々に宣言したのは、何処の誰だったのでしょうか」
体を折った小町の正面に、彼岸花を踏みしめる音と共に声が近付いてくる。頭の痛みも何処へやら、しゃきっと立ち上がった体は何か呪いにでもかかったかのようにそのままの体勢で固まってしまう。
「えーと、あー、その……」
腹の底から漏れてくるような低すぎるトーンで喋りながら近づいて来る映姫を見やる。顔は笑顔の癖に、笏を握る手は力の入れ過ぎで白く変色している。怒っている。近年稀に見る大噴火の匂いがする。
自分に責任は無いのになぁとか思ってみるものの、様子を一目見て弁解は無駄だと理解した。既に全てが決してしまっている。何を言おうと一つとして覆ることはない。映姫の悪い癖だと思う。
「貴方の口から」
ずい。
「私の目を見て」
ずいずい。
「もう一度仰ってみてはいただけませんか」
ずいずいずい。
「あたいはやる気だったんですけどちょっと急用が――」
口付けでもしたいのかと問うてみたくなる程に近付いてくる映姫を手で押し留めつつ、一応弁明を試る。
言葉を発する度に手にかかる力が強くなるのは気のせいだと必死に思い込んだ。自分が火山に投げ込んでいるのは燃料ではなく消化剤なのだと、そう思わなければ空しすぎてやってられない。
文字通り手の届く範囲にある映姫の口が、多めに空気を取り込んでいるのが見える。大噴火一秒前。
「こま――」
「悪いがストップだ。お客様だぜ」
「え……?」
始まりかけた大噴火は、不意に現れた横槍によって見事に沈静化された。何事かと映姫は目を白黒させる。狐に摘まれた様な表情からは、つい数秒前までの怒気も常に身に纏う覇気も感じられない。
「そこの死神が仕事をしてないのは私が邪魔したせいだ。そこは間違ってもらっちゃ困る」
「ほう」
「は?」
魔理沙の発言は映姫を感心させ、小町を驚かせた。魔理沙が他人を庇うことなど滅多に無い。それが自分の非へと直結する場合には尚更。非難の矛先が向いた際には、はぐらかすかいなくなるかが相場と決まっていた。
「初めて会った時、お前は私に言ったな。嘘を吐いてはいけないと」
「ええ」
「あれから色々考えてな。嘘は止めることにしたんだ。出来る限りの範囲で、だが」
「……驚きましたね。貴方の口からそんな言葉を聞くことがあろうとは」
「お前は自分の行動を何だと思ってるんだ?」
魔理沙のツッコミを聞き流し頻りに感心する映姫の隣で、小町はぽかんと開けた口を塞ぐことが出来ない。姿形だけ同じ別人なのではないかと注意深く観察してみたり、あるいは自分の耳がおかしくなってしまったのではないかと耳をいじってみたり。目にも耳にも異常が無いことを確かめると、夢でも見ているのではないかと頬を引っ張ってみる。鮮明な痛みに涙が滲んだ。
そんな小町を見ているのかいないのか。少なくとも気にはしていない魔理沙は、ずっと背負っていた白い箱を映姫に向けて差し出した。
「そんな訳で感謝の品だ。大した物だが、軽い気持ちで受け取ってくれ」
「は、はぁぁぁぁ!?」
「うるさいわよ小町」
「だって四季様ぁ~」
魔理沙と映姫を交互に見やっては情けない声を出す小町を嗜め、映姫は受け取った箱をまじまじと眺める。装飾もへったくれもない白一色の外観からは、何が入っているのかは全く窺えない。
「絶対何か企んでますってー」
「うるさい、と言っているのが聞こえないかしら? ……ありがたく頂戴しましょう。気持ちが伝わったようで嬉しいです」
「素直なのが自慢でねぇ」
ピントのずれた言葉を返す魔理沙は、楽しそうにくつくつと笑っている。視線は映姫の右手の中――箱と同じく真っ白いダイヤル式の南京錠。音こそ立てないものの、細い指に弄られるままに踊っているのが見て取れた。忙しなく錠を手の中で転がす様はどこか子供じみている。例えるなら、お年玉袋を開けたくてうずうずしている幼子のような。
「番号が気になるか?」
「…………ま、まぁ」
からかいを色濃く含んだ魔理沙の言葉。
咄嗟に否定しようと口を開きかけた映姫であったが、出て来た言葉は肯定の意。ついでとばかりに頬がほんのり朱に染まっている。強がりであることが明らかとはいえ嘘は嘘。嘘を吐くなと説く映姫が嘘吐きでは話にならないのだ。
「四季様は立場上敬われることはあっても好かれることなんてないからねぇ。上納品じゃないプレゼントなんて予想だにしてなかったろうさ」
「小町!」
笑う小町の言葉に朱を濃くしながらも、言葉自体を否定はしない。事実なのだからする訳にはいかないし、顔に出ている以上したところで無駄である。
「それで……番号は?」
「上から一、二、三だ。簡単だろう? ちなみに意味は無い」
「やけに簡単だね。そんなので防犯になるとでも?」
ただでさえ回数をこなせば開いてしまうダイヤル式の鍵は、想像しにくい数字を設定して少しでも開けにくくするのが普通の使用法。
だが。
「何を言ってるんだ。プレゼントに防犯の細工なんている訳が無いだろう」
「そりゃあそうだけど……」
誰かに預けて渡すならともかく、直接渡すのだから紛失の可能性などほとんど無い。運ぶ途中で落とす可能性も考慮する必要は無かった。魔理沙が渡すと決めたプレゼントが渡されないことはないのだ。魔理沙のプライド故に。
「じゃあ、どうして鍵なんか」
「それが今回のプレゼントのミソでねぇ」
に、と口を吊り上げて魔理沙は笑う。
「私の気持ちは確かだ。けど、ただ渡すのは全面降伏みたいで悔しい」
芝居がかった仕草で映姫を指差す。人を指差すのは失礼だ、という言葉は映姫の口から終ぞ出てこなかった。魔理沙の雰囲気に完全に呑まれてしまっている。
「映姫、お前に一つだけ制約を課そう」
「制約?」
箱を抱きしめるように抱えて魔理沙の指から逃げるように身を反らす映姫の姿は、見るからに弱々しい。完全に蚊帳の外にいる小町は、上司が見せる珍しい仕草にただただ驚くしかない。
「南京錠の番号を、上から一、二、三に合わせることを禁ずる。もちろん、小町なら合わせて良いなんて浅はかな屁理屈もアウトだ」
「…………」
「聞こえなかったか? もう一度大きな声で言ってやろうか?」
反応を示さないという反応を示す二人の前で、魔理沙の顔に満開の笑顔の花が咲く。予想通りの反応が嬉しくてたまらないのだと、憎たらしい程の笑顔が雄弁に語っている。
「いや、聞こえた、よ? 聞こえましたよね、四季様?」
「え、ええ。確かに」
視線を交わらせ、頷く。お互いの反応から、自分の空耳などではないこと、相手も自分と同じように魔理沙の言葉が信じられないことを確認する。
「あー、もしかしなくても頭固い方か? こっちとしても開けてもらわなきゃ困るんだが」
魔理沙の笑みが段々と苦笑交じりになっていく。魔理沙が渡したいのは決して箱ではない。中身を受け取ってもらわねば、プレゼントがプレゼントでなくなってしまう。
「いいか? 禁止事項があるってことは、それ以外は何をやっても良いってことの裏返しなんだ。ここまで言えば分か――分かってくれ」
首を捻り続ける二人に苦笑を深めつつ、魔理沙は愛用の箒に魔力を通す。既に目的は達したのだから、これ以上ここにいる必要はない。他愛ない話に突入しようにも、箱に関心を奪われているわサボリを許さない上司はいるわで無理がありすぎる。
「一つ付け加えておくか。中身は結界魔法で厳重に保護してあるから、箱に何をしようと何の問題も無い。普通の魔法使いのお墨付きだ」
箱を睨み続ける二人に言葉を投げかけ、魔理沙は力を込めて地を蹴った。箒に跨り最大加速、あっという間にインザスカイ。
「うぅ、そろそろ冬用の服を出さないと辛いか。よし決まりだ、神社に茶でもたかりに行くか!」
星屑を引き連れて空高く消えていく魔理沙の下で、映姫と小町はなおも首を捻り続けていた。
「行ってしまったわね」
「はい。あっさりと」
永遠のような広さを見せる空へと帰っていった魔理沙をぼんやりと見送りつつ、二人は気の抜けた声を出した。何から何まで突然の魔理沙の言動に処理が追いつかず、未だ頭がほとんど回っていない。
「そういえば、貴方の仕事を邪魔したことをたしなめるのを忘れてたわ」
「思い出される前に逃げたんでしょうねぇ」
寂しさばかりが色濃い普段とは違い、妙に間延びした雰囲気が辺りを覆っている。気だるさばかりが先立ち、動くことさえ面倒になるような今の無縁塚。感じられる程度に吹く風は冷たいものの、太陽の光は少し暖かい。このまま散歩と洒落込めばどれだけ気持ちが良いことか。
「って、違ぁぁう!」
「うるさいですよ四季様。折角良い天気なんだから、今日はこのままのんびりと――ぉぉぉ!?」
今にも溶け出さんばかりにだれまくる小町の頭に、脳天直下型の拳骨が突き刺さる。思わず耳を覆いたくなるような音が辺りに響き渡り、そこらを徘徊していた霊たちが五センチ程飛び上がった。
「――くぁぁ、全っ然手加減してくれないですね四季様……。魔理沙の弾の三倍痛い」
「私の手だって痛いの。なるべくしたくないのだからさせないで欲しいものね」
「別に頼んでな」
「私の気持ちは伝わらなかったのかしら」
「ごめんなさいごめんなさい勘弁してくださいー」
両手で頭を庇いながら涙目を見せる小町に、不謹慎と思いつつも目尻を下げる。
閻魔とて人の子、映姫とて少女。可愛いものを前に能面を保つなんてそれはもう無理というものである。仕事中なら許されることではないが、今は二人してサボっている身。少しだけ地が出てしまったとしても、咎める者はどこにも居るまい。サボっていることは間違いなく咎められるべきことなのだが、生憎と周りには口無ししかいなかった。
「それでは仕事に戻りましょう。私は先に行っているわ、貴方も出来るだけ早く霊を連れて来るように」
「ふぇ? 四季様、箱はどうするんですか?」
「後に決まっているでしょう。どれだけ遅れているか分かっていないとでも?」
大事そうに抱えた箱に目もくれず、映姫はきっぱりと言い放つ。何の迷いも無いのだと宣言するようなその表情が、小町は密かにお気に入りだった。少女のような可愛らしさも悪くはないが、やはり凛々しい姿が様になる。
「あーあ、それでこそ映姫様だ。ならばやりましょう、送るペースが早過ぎて泣き言を漏らしても聞きませんよ?」
「減らず口は間に合っているわ。言葉でなく行動で示してみせなさい」
挑発的な言葉をぶつけ合い、拳を合わせる。数ヶ月に一度、全力全開を宣言する際の小町の儀式。小町は重度の気分屋だけに、一度火がついてしまえば燃やす物がなくなるまで消えることはない。映姫は表情を崩すことなく、心の中でそっとため息を付いた。
これから三日三晩。戦争が始まる。
「おはようございます四季様。いやあ、よく働きましたね~」
数か月分を詰め込んだ三日が過ぎ、一夜明けた次の日。早々に朝食を済ませた小町は上機嫌を隠そうともせずに映姫の下を訪れていた。達成感の大きさはハードルの高さに比例する。加えてまとまった量の死者を送った次の日は休みになるのが暗黙の了解だった。小町が浮つくのも無理はない。
「ええ本当に。一度も意識を失わなかったのが不思議なくらいよ」
映姫の表情は対照的に固い。兜の緒を締めるどころか鎧も脱がないのが映姫流である。開口一番発した言葉は、貴方がもう少し普段から働いていればあんなに疲れることは無かったのに。そんなことを意味する、映姫にしては珍しい嫌味の言葉。
「そんな、殺生な~」
「でも」
ふっ、と映姫の口元が緩む。
辛そうな顔一つ見せることなく、映姫をねぎらう言葉さえかけて川を往復し続けた小町を思い出す。自業自得とはいえ、凄まじい量の霊を次々と運んでくる様は圧巻だった。何度部下を変えようと思ったとも知れない。だがそれと同じくらい、良い部下に巡り会えたものだと感慨にふけることも多かった。
数人の死神を従えるのが常である閻魔の中にあって、映姫が小町一人を部下としているのはそんな気持ちの表れなのだ。
「よく頑張りましたね。お疲れ様、小町」
「……四季様も。ご苦労様でした」
痛い程に手を握り合う。これだからこのコンビは止められないと、改めて思い直す二人であった。
「じゃ、今日はオフよ。酒を飲むも自由、遊びに出かけるも自由。相手が欲しいなら付き合いましょう」
「酒も魅力的ですし紅葉狩りも悪くないですけど、今日はちょっと別の用がありまして」
「へえ。何なのかしら」
映姫の顔が楽しげに歪む。普段は絶対に見ることのない、映姫という少女の顔。
「単刀直入に言いましょう。四季様が貰った魔理沙の箱を開けたいです」
「む」
「どうせ分かってたんでしょう? 人をからかって遊ぼうったってそうはいきません」
「つまらない子ね」
苦笑し背を向ける。同じ方向を向いた二人の視線の先、机の上には魔理沙から受け取った白い箱。映姫が箱を手に取り振り向こうとした瞬間に、小町はさも楽しそうに声を投げた。
「あたいは四季様のおもちゃじゃありませんのでー」
「……それはどうかしらね?」
小町からは見えないが、映姫は確かに笑っている。それも可愛い女の子の笑みではなく、悪の秘密結社のボスのそれだ。
「凶悪だねぇ、ホントに」
「聞こえてるわよ」
「聞かせてるんですよ」
映姫が振り向く。向かい合う二人。
くすり。
くすり。
ニヤついたままで見詰め合う。時が止まったかのような数秒。
ぷっ。
決壊。
「あっはははははははははははははは……!」
屈託のない二人分の笑い声が、広くない部屋を埋め尽くした。
「さて、これが魔理沙から受け取った箱よ。多分」
「箱ですね。多分」
見た目は真っ白な鍵付きのブロック。どこから開けるのかも皆目検討が付かない厄介な代物であるが、どこからか開くようになっているのは間違いない。
振っても音はしない。物が動く気配もない。ぴったりと収まる物が入っているという訳ではなく、魔理沙の言う結界魔法の効果なのだろうと予測を立てる。割れ物でもばっちり安心。
「先に言っておくけど、これは魔理沙から私への感謝の品。例え貴方が開けたとしても、中身は全部私の物よ」
「分かってますって。ただ謎かけの類が好きなだけですよ」
「なら良いけど」
「あ、でも」
「うん?」
首を傾げる映姫に、小町は言った。
「あたいが開けたら、四季様はあたいにご褒美をくれますよね?」
「……ちゃっかりしすぎ」
これは頼りになりそうだ。映姫は深々とため息をついた。
「箱を開けるには鍵を開けなきゃいけないけれど、正解に合わせることは出来ない」
「はい四季様」
ぴっ、と手を上げる小町。
「はい小町」
ノリはクイズ。
「実は魔理沙の言う番号以外でも開く、とかどうでしょう?」
魔理沙は一、二、三に合わせるな、としか言わなかった。鍵が開く番号がその一通りしかないとは言っていない。
「手当たり次第に試せと?」
「四季様には何か考えが?」
「……」
無言で鍵に手を伸ばす。何もアイディアが無い以上、反論の資格など皆無である。
かちゃかちゃと、静かな部屋に鍵を弄る音ばかりが響く。一から九までの三列、七百と二十九通り。魔理沙の言った組み合わせを除く七百二十八パターンを、違うだろうなぁと思いつつ試していく。
三百通り試したところで小さく溜息をついた。
六百通り試したところで眉間に皺が寄った。
全て試し終わったところで、小町の頭に拳骨が降った。
「全然駄目じゃないの!」
「暴力なんてひどい」
「この鍵は開かないようね。別の方法を考えないと」
一つの犠牲を払ったものの、可能性が一つ潰えた。
「この鍵は開けられない。それなのに付いているのだから、何か意味がある筈よ」
「何か重要なものを隠すためのカモフラージュということも考えられますけど」
「つまり?」
「本当はこの南京錠には何の意味も無くて、別の所から取り出せるようになってるとか」
小町は箱を持ち上げると、孔を開けるかのごとく様々な方向から凝視する。僅かな違いも見逃さぬよう隅々まで眺め、僅かな凹凸も逃さぬよう丁寧に手を這わす。箱を睨みながら撫で回す様はかなり異様な光景であるが、行う小町も、見守る映姫も真剣そのもの。一度何かにのめりこんでしまうと、得てして客観的な意識を保てないものだ。百戦錬磨の死神と閻魔も、それは例外ではないらしい。
「んー、良い線いってると思ったけど違うかー。細工してる所なんてどこにも――」
「ちょっと貸して」
「え? ……あっ」
小町の同意を得る間も無く箱をひったくった映姫は、靴を履くのもそこそこに外へと出て行く。
「四季様? 外に出て何をしようって――ああ、なるほど」
慌てて映姫を追って外に出た小町は、映姫が川の側で屈んでいるのを見つけた。三途の川とは別の、生活の要になっている川だ。
「水に浸ければ、どんなに小さな穴でも見つけられると」
「ご名答。手で触ったりするより簡単で確実」
屈んだまま小町の方を振り返り、どうだ名案だろうと言わんばかりの得意げな笑み。
「行くわよ。よく見てなさい」
隣に小町がしゃがみ込んだのを確認してから、映姫は箱を川の中へと沈めていった。
「泡~泡~」
期待に満ちた二対の目の先で、箱から次々と泡が――出て来ない。向きが悪いのかと、ゆっくりと箱を回転させる。泡は出ない。少しも。全く。
「全然出ないじゃないですかーっ!」
小町が叫ぶ。映姫の背中に衝撃。足が浮く。目よりも前にあった筈の箱が、段々と後ろに流れていく。
「……?」
映姫は自分が置かれた状況が理解出来ていない。見えないマットに向けて飛び込み前転を敢行しているような何ともシュールな光景が、何故か小町にはコマ送りのフィルムのようにゆっくりと見えた。
大きな音と共に水柱が立ち上がる。近くで羽休めをしていた鳥たちが、闖入者に怯えて一斉に飛び立った。
「あれ?」
後日、小町は語る。
気が付いたらやってしまっていた。反省はしていない。
「とにかく、また一つ可能性が潰えたのよ」
「あたいのたんこぶは増えましたが」
「何か言った?」
「いいえ」
ずぶ濡れになってしまった映姫は、とにかく服を着替えた。とはいえ、仕事があろうと無かろうと着ているものは同じである。天秤を刻み込んだ帽子をかぶらないのが彼女なりの公私の区別。
「簡単に開く箱ではなさそうね」
「妖怪かそれに準ずる者――魔理沙が作ったんでしょうね、多分」
「うーん」
箱を睨んで、困ったと言わんばかりに二人して呻き声を漏らす。一般的な物でないということは、一般の常識が通じないということなのだ。そうなると、出来る筈の無いことが出来てしまう。可能性がどこまでも広がってしまう。彼女たちの想像を遥かに超えた解法を要求している可能性だって否定出来ない。
「困ったわね。私も貴方も、魔法に関する知識なんて無い」
「魔理沙だって四季様に開けさせるつもりが無い訳じゃないんだし、そこまで変なことをしなきゃいけないことは無いと思いますけど……」
「うーん」
唸ってみても腕を組んでみても、何の考えも浮かんでこない。その内に思考は一周し、スタート地点へと戻っていく。
「魔理沙は何と言っていたかしら」
「えーと、番号を一、二、三に合わせちゃいけない。それ以外は何をやっても良い。それと――」
飛び立つ直前、魔理沙は言った。中身は保護してあるから、箱には何をしても良いのだと。お墨付きだと付け加えて、その言葉を残していったのだ。
「――あ」
同時に思い至り、互いを指差しあう。本来指すべきは箱なのだが、実行に移す前にアイディアを披露したくなるのは生き物のサガである。
「箱を壊してしまえば!」
普通の箱を破壊して開けないのは、箱を壊す段階で中身にまで致命傷を与えかねないからだ。だがこの箱は違う。中身は絶対に大丈夫だという魔理沙のお墨付き。断言する以上、実験だって必ずしているに違いない。
「そうと分かれば!」
「早速いきましょう!」
嬉々としてスペルカードを取り出す小町。机の上に置いたままの箱に目標を定め、その力を解放――
「待ちなさい小町。貴方は私の家を粉々にする気ですか」
「では改めて」
「今度こそ」
外に出て箱を地面に置く。中身が彼方に吹っ飛んでしまわないよう、箱の真上へと飛び上がる。
「手加減は抜きよ」
「言われずとも」
めいいっぱいの霊気を込められたスペルカードは準備万端、発動を今か今かと待っていた。弾幕ごっこのために作り出されたスペルカードではあるが、簡易術式が書き込まれているためにそれ以外の場面でも多用されている。
「死神」
「審判――」
正解を確信した二人は満面の笑顔、されど力は限りない。空気全体が悲鳴を上げるかのごとくビリビリと震え慄く。翼を持った鳥達は一斉に羽ばたいた。足しか持たない虫達は、砕けよ折れよと言わんばかりに酷使して逃げ出した。
「ヒガンルトゥール!」
「――ラストジャッジメント」
弾幕を形成する筈のそれは、密度が高すぎてレーザーにしか見えなかった。
空高く上っていた二人を完全に覆ってしまう程だった煙は、時間と共に空へと還っていった。掛け値無しの全力の一撃は、地面に大きなクレーターを作り上げている。硬い岩盤に箱を置いたことが幸いして地形が変わるような大惨事にはなっていないが、雨が降れば池になるであろうと予想出来る程には大きい。
「すーごいことになっちゃってますねぇ。ホントに大丈夫なんでしょうか」
「もしもの時は魔理沙にクレームをつけるだけよ。大丈夫と言うのだから大丈夫でしょう」
クレーターの中心に、周囲の砂利とは違う色の何かが見える。きっと中身なのだろうと二人はそれに向けて降下し、
「ぅ、あ……?」
「どこまで斜め上を行けば気が済むんだ……」
相変わらずの白さを保った傷一つ無い箱を目の当たりにし、言葉を失った。
「……おかしい」
台所で箱を焙る映姫を眺めながら、誰に言うでもなく小町は呟いた。映姫が背を向けているため、蟹股で頬杖を付いていても咎められることはない。
「今の今まで考えなかったけど、そもそも前提が間違ってる」
魔理沙が映姫に感謝の品を送る。映姫には悪いが、小町にはそれがどうしても信じられない。嘘を吐かない、という魔理沙の言葉は本当なのだろう。感謝しているのも間違いないのだろう。職業柄か才能故か、看破するのではなく嗅ぎ分ける映姫に嘘は通用しない。
だがそれが本当だとしても、それとプレゼントは必ずしも結び付かない。自分の非は密かに修正するのが魔理沙である。軽口ではなく神妙に宣言するなど、ましてや贈り物をするなど、どう考えても魔理沙らしくない。
「そういえばあたいに弾幕ごっこをふっかけたのも、本当は四季様にあの箱を渡すためだった」
あの日、魔理沙が小町に弾幕ごっこを仕掛けたのは小町と遊びたかったからではない。小町の仕事を滞らせて映姫を無縁塚に引っ張り出すことが本当の目的であり、弾幕ごっこはそのための手段。だから勝つ必要は無く、けれどやる必要はあった。
「じゃあ、まさか、まさか――」
映姫にプレゼントを渡すことは目的ではなく、何か別の目的のための手段なのだとしたら。それでも魔理沙がプレゼントを渡す気持ちに嘘は無い。当然映姫のセンサーにも引っかからない。
「四季様にプレゼントを渡すこと。それに連なる、魔理沙の本当の目的」
魔理沙の目的は見当がつく。映姫には分からない。魔理沙を映姫以上に知る小町だから分かる。
そして、それは絶対の優位だ。足元も見えないような深い霧の中を手探りで探す映姫とは違い、小町の目には一方向に伸びる糸がはっきりと見えている。ゴールがどこにあるか分かれば、スタートと道程もある程度予測が付く。
「あたいには絶対に分かる。考えろ、魔理沙は何と言っていた?」
魔理沙が訪れ、弾幕ごっこをしている最中に映姫が訪れ、魔理沙は映姫に箱を渡し、そして映姫に制約を告げた。南京錠の番号を、上から一、二、三に合わせることを禁ずる、と。
「…………!」
本当の目的、制約の意味、そして開き方。全てが一つに繋がる。瞬く間に霧が晴れ、見えた全貌はいかにも魔理沙が考えそうなことだった。
「分かったーっ!」
意識せずして、大声をあげながら立ち上がる。弾みで倒れた椅子が全身で抗議の声をあげたが、小町の、そして映姫の耳には届かない。
「分かったの!?」
映姫が駆けて来る。火はしっかりと消されていた。
「はい、完璧です!」
「それで、それで、早く――」
箱を胸の前で抱え、映姫はゆっくりと空を前に進んでいた。思考の九割以上が先程の小町との会話のリピートに費やされているためか、速度はでこぼこ道を歩くより遅い。
『この南京錠を魔理沙の言った通りに合わせて開けるんですよ』
『でも、それは駄目だって』
『駄目なのは四季様と私でしょう? だから他の人は構わない』
『それ以外は何をやっても良いとは確かに言っていたけど……何て屁理屈』
『あ、疑ってますね? 大丈夫ですよ、間違いないです』
『その心は?』
『箱を他の人に開けさせること、ですよ。分からないなら行くついでに考えてください』
「どうしてこんな面倒なことを」
意識のほとんどが思考の海に潜っているため、ほとんど何も見ていない。しかしその足取り――否、飛行取りはしっかりしていたし、映姫以外の生き物がいないのでぶつかるような心配も無い。
映姫の進路は一路冥界。入り組んだ事情はあるものの、間違いなく友人と呼べる人物が住む白玉楼。
「ここは紅葉も綺麗ね……たまには足を伸ばすのも悪くないかしら」
「何者ッ!」
映姫の前で急ブレーキ、薄く積もっていた紅葉が舞い上がる。彼岸の側から冥界へと足を踏み入れた映姫は、爆音と強風と紅葉の壁に出迎えられた。
「元気なのは分かったから少しは落ち着きなさい。そんな敵意だらけで迎えていては、敵でない者も敵になるわよ」
「…………閻魔様?」
既に楼観剣を抜刀していた妖夢は、映姫の姿を認めて心底意外そうな顔をした。大きな目をいっぱいに見開き、しきりにぱちくりしている。
「四季映姫、よ。今日は休日、私はお客」
「はぁ」
腑抜けた声を出しながら、楼観剣を鞘へと戻す。いつか会った時より、その姿は堂に入っているように感じられた。
「それで閻魔様、今日はどういったご用件で?」
妖夢の目は、ちらちらと胸の前の箱へと向けられている。咎めようかとも思ったが止めておいた。好奇心はそう簡単に抑えられるものではないし、説教魔の印象を植え付けるために訪れたのではないし、
「あらあら妖夢、胸には乳首しか付いてないわよ? そんな所を見つめるなんてえっちね~」
「ッ……!」
何より、部下の教育はやはり上司がするべきなのだ。
「相変わらずふざけた言い回しが好きなのね」
この上司の下で真っ直ぐに育っているというのは何度考えても驚きであるが、生真面目な部下の上司は掴み所が無いくらいで丁度良いと映姫は思う。両極端も意外と悪くない。心労は尽きないが。
「映姫は相変わらず固そうね」
「幽々子がふにゃけすぎてるからそう見えるだけよ」
「え、えーと」
突如幽々子が現れたことに驚き、その幽々子が映姫と旧知の仲であるらしいことに驚き、何より幽々子の言葉に驚き、妖夢は突っ立ったまま硬直してしまった。周囲を漂う半幽霊は逆に忙しなく、口があれば意味のないことを早口で並べ立てていることだろう。
「妖夢、お客様にお越し頂いているというのに何しているのかしら? 早く準備をなさい」
「はいっ、ただいまっ!」
幽々子の言葉にびくりと全身を震わせてから、再び紅葉を巻き上げながら消えていく。瞬間に巻き起こった風はやはり紅葉を吹き飛ばし、傍にいた映姫と幽々子へと降り注いだ。木から散ったものではなく、地面に落ちてしまっていた物だ。気分の良いものではない。
「……この展開は読めなかったわ」
「下らないこと言うからよ」
珍しく本気で済まなさそうな顔をする幽々子に対し、映姫は苦笑を返した。
「――と、まあこんな所かしら」
淹れ立ての茶もそこそこに、映姫は箱に関する一切を幽々子と妖夢に話した。
足を崩し身を乗り出し、顔まで突き出した妖夢は映姫と同じく食べ物も手に付かない様子だった。今も納得のいかない顔をして首を捻っている。
「なるほど」
幽々子は頷くと、紅葉饅頭の残りを口に放り込んだ。餡子の仄かな甘みに頬が緩む。二つ目完食。
「素敵ね」
「何が?」
「餡子……紅葉饅頭。この餡子もこの皮があればこそよね」
「久しぶりに拳骨あげましょうか?」
「ごめんなさい」
楽しげな二人のやり取りを眺めながら、妖夢は自分の記憶を懸命に検索していた。いつかの花の異変、その時に出会った映姫の姿を。それが、今の映姫とどうしても一致しない。あの時に感じた有無を言わさない威厳が、今の映姫からは感じられない。
紫とよく似ている、と妖夢は思う。本気になった時には目線すら合わせられないというのに、じゃれている時はそんなことを欠片も感じさせない。
「楽しそうですね」
自然と口を突いて出た言葉。それがどちらにあてたものなのか、妖夢自身にもよく分からない。以前会った時と別人のような映姫は言わずもがなであるが、幽々子も普段よりはしゃいでいるように感じられた。
「今日は休みだし、幽々子にも久しく会ってなかったしね。少しくらい気を抜いても文句は無いでしょう?」
「そうよ~、映姫と会うのは本当に久しぶりなんだから。前に会ったのは妖夢が来る前だったから――ああ、だから妖夢は映姫のこと知らなかったのね」
自分の年齢程の年月を経た再会にしてはあっさりしすぎている気がしないでもないが、自分より遙かに長く生きている者達にとってはその年月もあって無いものなのだろうか。ボケとツッコミを楽しそうに繰り返す二人を見ながら、妖夢はそんなことを思う。
「どういうつもりかは知らないけど、きっかけを作ってくれた魔理沙には感謝しなきゃいけないな……」
理由の読めないこの機会が無ければ、二人が会うことはもうしばらく無かっただろう。今まで無かったのだ、これから先もあるとは思えない。こんなにも楽しそうにしている二人を引き合わせてくれたことを考えれば、菓子折りの一つでも持って礼に向かっても罰は当たらないかもしれない。
「はい妖夢、もう一度」
「え?」
「幽々子?」
映姫に羽交い絞めにされていた幽々子の視線が、いつの間にか妖夢の方をピタリと捉えていた。映姫も気付いていなかったらしく、何事かと目を瞬かせている。
「……魔理沙には感謝しなきゃいけないな、ですか?」
「そう、私も魔理沙に感謝しなきゃ。そして映姫は反省しないとね」
幽々子に密着していた映姫の体が跳ねる。幽々子に体重を預けたまま、苦々しい顔で頭を抑えた。
対面に位置する妖夢には見えた。きっと幽々子には視えているのだろうと、妖夢は何となく理解した。
「手強いわね彼女。小町の言うことは間違ってなかったか」
吐き出すように呟いて、映姫は妖夢の隣へと座った。正座で、背筋も伸ばして。視線の先には、閉じた扇を胸の前に構えた幽々子。一瞬前までの楽しげな空気は外へと追い出され、張り詰めた空気が耳鳴りを生む。
何がなんだか分かっていない妖夢も、自然と姿勢を正していた。いつに無く引き締められた幽々子の表情が、直立不動の姿が、いつかの映姫と重なる。
「四季映姫・ヤマザナドゥ、貴方は仕事に励みすぎる。もっと友人を大事にすること、これが今の貴方に出来る善行よ」
それは魔理沙の意向返し。言われっ放しで終わらせないのが、霧雨魔理沙という人間なのだ。しつこい人間は得てして嫌われやすいものだが、必ず真っ向、愚直なまでに正攻法を用いるのが彼女が嫌われない由縁だろう。
「さて、すっきりしたところで開けましょうか」
「そうね」
白塗りの南京錠を、上から順に一、二、三。数秒後にかちりと音が鳴り、淡い光を発しながら箱ごと浮かび上がった。ただの南京錠ではなく、キーになるマジックアイテムだったのだ。
「さすがは魔法使いの贈り物、といったところかしら?」
日焼けしすぎた肌が剥けるように、箱の表面が剥がれ始める。剥がれた白い皮は順次煙と化し、開いてもいないのに箱から外れた南京錠へと吸い込まれていく。
白い皮が剥がれた後は、それまでとは真逆の黒の表面が露になってきていた。黒塗りの漆器のような艶はなく、どちらかといえばくすんだ黒。模様は無いものの何の変哲も無い普通の箱だ。
「あの白いものは塗料なのでしょうか?」
「機会があったら本人に直接聞いてみるといいわ。今気にしなくてはいけないのは魔法のタネじゃなく、種に守られた中身」
箱を覆う光は表面の白が南京錠に吸い込まれる度に弱くなり、それに伴い浮力も弱まっているようだった。光が消えてしまうのと、箱がすっかり黒い姿へと変貌するのと、ちゃぶ台の上へと戻るのは全て同時だった。
「じゃ、映姫」
「ん?」
「開けないの?」
「だって私は――ああ、出来ないのは南京錠だけだったわね」
どうやら私は頭が固いらしい。幽々子のことをふにゃけていると評したくなるのは、もしかしたら私が固すぎるだけなのではないだろうか――。
「無い無い」
「何が?」
「さあね」
それも今は瑣末だ。自らについて考えを巡らすことは一人でも出来る。むしろ一人でするべきこと。数十年振りの再会をお膳立てしてくれた箱の中身は、その後の時間を楽しく過ごすための何かの筈だ。それを利用したりしなかったりしつつ、限りある時間を最大限に楽しむこと。それが今の私がするべきことで、それ以上にやりたいことだ。
「開けるわよ。そうね、折角だから」
いち、に、さん――
「美味しい……料理上手なのね」
「あ、ありがとうございます!」
妙に反応の良い妖夢に、褒められ慣れていないことを悟る。苦笑が顔に出たのではないかと心配もしたが、上機嫌かつかなり酔いが回っている妖夢の前では杞憂にすぎない。
「幽々子、尽くしてくれる相手にはちゃんと礼を言わなきゃ駄目よ」
「そうなんですよ、幽々子様ったら私がどんなに頑張ってもちーっとも褒めてくれないんですから!」
妖夢は映姫相手に本格的に愚痴を叫び始める。良いも悪いも溜め込んでしまう性格のため、一度堰を破壊してしまうと止まらない。愚痴の対象が目の前に居ようと、愚痴の相手がヤマザナドゥであろうと、全て流されて彼方へと消えてしまう。
魂魄妖夢は絡み酒。いつもは自分が標的になるものだが、自分以上に迂闊なお馬鹿さんがいるおかげで今夜は心配無さそうだ。すっかり困窮した映姫の目が助けてくれと訴えていたので、にっこり笑って見なかったことにした。三十六計逃げるに如かず。
『萃香から拝借した酒だ。本人曰く良い品らしい。私は飲んでないから知らんが』
そんな手紙が添えられた箱の中身は、幽々子の味わってきた酒の中でも指折りの逸品。映姫が誰を訪れても良いように、と魔理沙が選んだものだろう。
「本当に美味しいわね」
ぐねぐねと絡み合う二人を肴にしつつ、杯を傾ける。鮮烈な喉越しが喉を焼き、強い苦味が頭の芯まで浸透していく。それらに僅かに顔を顰め、直後に広がる爽やかな甘みに酔い痴れる。飲兵衛の萃香が推薦するだけあり相当に強いが、それでも飲みやすいと感じられる柔らかさと同居する深さが良い品と呼ばれる由縁だろう。
どのようにして魔理沙がこの酒を手に入れたのかは幽々子には分からない。分からないが、一筋縄ではいかなかったであろうことは容易に想像出来る。そんな貴重な品を、あの箱に詰めてきたことがどうも腑に落ちない。
映姫は箱のことを種だと称したが、実際の意味合いはチケットに近い。箱は映姫を誰かの所へと連れて行くために存在していたもので、中身は何でも良かったのだ。からかいの手紙一つでも、空でさえ構わなかった。
プレゼントと称した箱が実はチケットでもあったように、あの酒にもプレゼント以外の意味合いもあるのかもしれない、と幽々子は思う。人を騙すのに必ずしも嘘は必要ない。ミスリードも立派な詐欺である。
「……幽々子」
囁くような小声に、幽々子は下げていた視線を水平に戻す。少し困ったような顔をした映姫と、額を映姫の肩に押し付けた妖夢の姿が視界に入る。
「隣に御布団引いてくるから、上着を脱がせて首元を緩めておいて」
「了解」
散々愚痴をループさせた挙句、妖夢は映姫にもたれかかって眠ってしまっていた。映姫という絶好の聞き手が居たためか、あるいは二人のはしゃいだ空気にあてられたのか、妖夢のペースはいつに無く早かった。飲みやすさの割に強いこともあり、ダウンも仕方ないことだろう。
「今日は泊まっていくわよね?」
「……そうね、甘えてしまおうかしら。もう夜だし、折角の上等な酒を一人で飲むのも勿体無い」
昼日中から飲み始めたというのに、既に夜の帳が降りている。外に出るには夜風が辛い。聞きに徹していた映姫は、傍観者だった幽々子は、まだまだ飲み足りない。このタイミングで帰るという選択はとても考えられない。
「さ、今日は飲み明かすわよ。どうせ明日も小町は仕事しないだろうし」
「いくらでも付き合うわよ、数十年ぶりのお客様」
ほんの少しの皮肉を言葉に込める。からかいだけを含んだ声色が妙におかしくて、映姫はくすりと笑みを零した。
「布団の方は大丈夫?」
「冥界の陰気臭いお日様の光をいっぱいに吸い込んでふかふかよ」
「大丈夫……なのかしら」
妖夢を寝かせ、冬仕様の布団をかける。額に浮いていた汗の玉を指先で拭い取り、映姫はそっと襖を閉めた。
「悪いわね、うちの妖夢が迷惑をかけて。あれじゃどっちが客だか分からないわ」
「本当に迷惑なら止めてる。酔った人の相手なんてしばらく振りだったからね、あれも悪くない」
「映姫は優しいわね~」
「幽々子に言われても嬉しくないわ」
「む、どういう意味かしら」
「自分の胸に手を当てて聞いてみなさい」
暗がりではあったが、枕元に水差しが置いてあったのが確かに見えた。それと白い長方形の何か――恐らくは手紙だろう。目の前の幽々子を見るに、片付けはしなくていいからゆっくりと休みなさい、といった内容の。
幽々子は手際良く皿を重ねている。その姿はどう見ても片付けのそれ。
「肴はもう品切れ?」
「欲しいなら作るわよ」
「いらない」
「あ、もしかして私の腕を疑ってる?」
「貴方は私の頭を疑っているのかしら?」
「ああん、懐かしいわその冷たさ。ここに居ると映姫みたいなタイプとはあまり縁が無くてね」
「その変な声も懐かしいわ。まだやってるとは思わなかったけど」
声を上げて笑い、どちらからともなく杯を合わせる。弾みで酒が零れ、図らず中身が交じり合う。それを一気に飲み干した二人は、次を注いでやろうと同時に徳利に手を伸ばした。
僅かな取り合いの後、映姫が幽々子の杯へと酒を注ぐ。なみなみと酒を注がれた杯を躊躇なく傾け、艶の含まれた吐息を吐き出した。部屋の温度が少しだけ上がる。
「長い夜になりそうね」
「素敵な夜になりそうね」
秋の夜長は、互いを肴に極上の酒を。
こぢんまりとした二人だけの世界の中で、夜がゆっくりと更けてゆく。
蚊帳の外に追いやられてしまった鮮やかな晦の月が、残念そうにぷかぷかと浮いていた。
魂という魂が、悉くいなくなった無縁塚。うんざりするほどに咲き誇っていた彼岸花は綺麗さっぱり無くなっており、季節相応の寂しい風景が広がっている。
「どこを見ても枯草枯草。もう冬か」
映姫を見送った小町は、一人無縁塚を訪れていた。アイデンティティの一つであるところの大鎌を無造作に肩に担ぎ、きょろきょろと辺りを見回す。
「……居た居た。あたいがいつ来るかなんて分かりゃしないだろうに……律儀な子だよ、全く」
とん、と地を蹴り低空飛行。どれだけ慣れても、高下駄は速く走るには適さないものだ。いっそのこと履くのを止めてしまおうかと思うことも度々あったが、最近ではそう思うことも無くなっている。
視界の先には金の花一輪。何故か垂直にそびえる箒に体を預けた、霧雨魔理沙が待っていた。
「待ったかい?」
「うんにゃ」
横目で言葉を返してきた魔理沙に、小町は片手を上げる。散った彼岸花の花びらが靴を覆い隠すように積もっていたのは見なかったことにした。
「意外と遅かったな」
「迷走してたもんで」
「ふぅん」
話せば長い。そう、笑い話だ。
「ところで昼食は?」
「いや、朝食べてそれきりだけど――もうそんな時間?」
「正午なんてもんじゃないぜ」
どこからか取り出した竹の皮製の包みを、小町に向かって放る。滑るように小町の胸元へと収まった包みは、大きさの割に軽い。断りを入れてから開いてみると、真っ白い、やや小振りな三角のお結びが二つ。やはり内容積はお結びの数に比べ不自然に大きく、お結びが明らかに接していないところまで水分で変色している。
「お前さん、自分の分を食べたね?」
「我慢は体に悪いと言ったのはお前だろう」
「確認だよ。お腹空かせてる前であたいだけ食べる訳にもいかないからね……それじゃ、いただくよ」
「いただいてくれ」
魔理沙の言葉に目線で答え、大口でお結びに齧り付く。やや品に欠ける仕草ではあるが、それを気にしなければならないような間柄でもない。
「どうだ……?」
どことなく心配そうな魔理沙の声を聞き流し、目を閉じて口の中に神経を集中させる。一粒一粒を噛み締めるように、じっくりと間違いなく味わう。
ゆっくり咀嚼、そして嚥下。一つ溜息をついて、ゆっくりと目を開いた。恐らく無意識に両手を胸の前で組んだ魔理沙の姿が目に入る。何と言うのが一番良いだろうかと考えを巡らし、結局思ったことをそのまま口に出した。
「美味しい」
「……そりゃどうも」
素っ気無いのは言葉と声色だけ。
不安げに強張っていた眉は安堵から力を抜いた。意地の悪さを強調するように吊り上げられているのが常の唇は、主の統制を離れたかのように可愛い笑みを形作っている。
普段からは想像出来ない女の子らしい表情で見上げられて悪い気はしない。もう少し魔理沙が大人びてくればまた印象も変わるのだろうが、今の顔では上目遣いが一番様になる。
「御馳走様でした」
「お粗末様」
すぐに二個を食べ終わり、丁寧に皮を畳んで手を合わせる。食べている姿をじっと見られるのは初めのうちは抵抗があったが、繰り返すうちに何とも思わなくなっていた。
「じゃ、早速」
「食休みも無しかい?」
「何を言ってるんだ、食後は腹ごなしと相場が決まってるだろう」
くるくると箒を回し、一連の動作の中で箒に跨る。こういう芝居染みた仕草も、魔理沙がやれば実に絵になる。自分が同じように鎌を振り回している様を思い浮かべ、吹きそうになるのを危うく抑えた。
「この前は何も出来なかったからな。今日は存分に」
手首を捻ると、重なっていたスペルカードが意思を持ったかのように放射状に広がる。その数、実に六枚。
「このお転婆」
「褒め言葉として受け取っておくぜ」
出会いは六十年振りの花の異変。それから度々会うようになり、気付いてみればすっかり懐かれていた。憧れを逸脱しかけた感情を抱かれていることも理解しているが、魔理沙が何も言わない限りは何も言うつもりは無い。
自分の気持ちをしっかりと固めて、それでも尚慕ってくれるのであればその時の正直な気持ちを告げるだけ。他に大切な人が出来れば応援しよう。どちらでも良い。
「ところで、あの箱には何が入ってるんだ?」
「何だ、分からないのか?」
意外だと言いたげな声色を上げながら、最初のスペルカードを展開する。ミルキーウェイ――六枚の御札の一枚目は、お手製の星の川。
「手段はいくらでもあるからねぇ。その気にさせても良し、物理的にやっても良し」
対する小町が示したカードはたった一枚。川だの星だのを出して逃げようとする小娘を追いかけるのに小細工は不要だ。己が身一つに矜持を乗せて、真正面から叩き潰すのが一番良い。
「酒だよ。映姫が誰の所に行くか私には分からないからな、普遍的な物にさせてもらった」
「ふぅん、きっと正解だろうね。四季様は結構酒好きだから――」
酒なんて開けた日にゃ、お泊り飲み明かしコースが確定さ。
「じゃ、お前は明日の心配をする必要も無い訳だな」
ニヤリと笑うその姿は、良くも悪くも魔理沙を象徴するもの。嘘を吐こうが吐くまいが、彼女はあくまでも、どこまでも彼女である。
「仕組んどいてよく言うよ」
「賢者ってのは一流の詐欺師のことだぜ」
常日頃から嘘ばかり吐くようでは三流もいいところ。実を効果的に操れるからこそ虚が活きる。
嘘を吐かない人間などいない。それなのに嘘を吐かないと言ったのは、嘘の使い方をよく考えるということなのだ。
「はいはい、魔理沙にゃ敵わないよ――じゃ、始めようか」
小町のスペルカードはヒガンルトゥール。唯一死神の名を冠する、小野塚小町の真骨頂。
「セット」
「スペルカード」
互いに弾かれるように距離を取る。先の不毛な消耗戦とは違う、何の気兼ねも無い遊び。それ故に後腐れが無く、だからこそ真剣だ。
「アタック!」
季節外れの花が消え去った無縁塚に、今度は弾幕の花が咲く。
「おはようございます閻魔様」「おはよう。その様子だと二日酔いは無さそうね」
「すみません、昨日のことをよく覚えていなくて……。失礼なことを申し上げてはいないでしょうか」
「見境は無かったと思うわ」
「つまり失礼の塊だったと。……申し訳ありませんでした!」
「気にしなくていいわよ。そんな風に頭を下げられては私の方が困ってしまうわ」
「だけど!」
「かたい芯を持つのは大切なことだけれど、柔軟な発想も大切だと知りなさい。じゃあ一つ問題。魔理沙か
らもらった箱が、漆とは似ても似つかないくすんだ黒色をしていたのはどうしてだと思う?」
魔→小もなかなかに乙ですね
しかし、上から123とあわせていけないなら、下からあわせればいいのでは?
っと思ってしまった私は、なんて浅はかで汚れているのだろうか…。
他に中々見ない人物の組み合わせで新鮮味があり良かったです。