このお話は些細な亀裂の最終輪になります。最後まで広い心でお願いします・・・。
些細な亀裂-終焉-
響き渡る警告音--
お世辞にも立派とは言えない朽ちかけた家の中に、誰にでもそれと分かる音が響く。
あの日二人で決意をし、紅魔館を出てから幾日が過ぎた。決して安全とはいえない生活の中でも二人はいろいろな生活方法を
模索し、中々に満足のいく生活を送っていた。二人ともまるで申し合わせたかのように紅魔館の話は出さず、いつ頃からか
暗黙の了解になっていた。だが、ただ逃げたのではなく、フォルは紅魔館の様子を偵察したり、各種情報を集めたり、
いつ何が起きてもいいように対策を練っていた。それでも日にちが経てば警戒心は薄れ、記憶は奥へとしまわれていく。
寝ぼけた記憶を呼び覚まし、消えゆく心を引き戻す。忘れるな。私たちはそこにいた。決して忘れるな。
そう告げる警報は、ただひたすらに鳴り響く---
「で?見つかったの?」
午後の昼下がり、日の当たらないよう工夫されたテラスに座り紅茶を飲む、おおよそ少女とは呼べぬ少女が言う。
「はい。結界があるため詳しくは確認していませんが、それらしきものを見つけました。」
傍らにはメイド服に身を包む1人の少女。新しく紅茶を入れなおし詳細を話す
「結界自体の大きさはかなり小さく、人が3人も生活すれば窮屈に感じられるでしょう。普通に生活をするのならば
2人がベスト。また、結界自体はたいした強さはなく、どちらかといえば侵入者を知らせる警報機的な役割でしょう。」
「ふ~ん。いかにもね。まぁ、咲夜の感がそう言っているなら行ってみなさい。さっさと連れて来て今回の騒動の
理由を説明させなさい。」
「畏まりました。お嬢様。」
そういうと咲夜は一礼し、テラスを出る。
「・・・。いいのかしら?咲夜に行かせて」
反対側に座る少女が本を読みながら言う。
「あら?何のことかしら?」
「これなら元通りにはなるでしょう。でも・・・何も変わらないわ。」
ほんの少し本から視線を覗かせて言う
「大丈夫よ。裏で手を引いてるヤツがいるから。私はそれに便乗しただけよ」
「そう視えた、と?」
「どうかしらね」
そう言うと再び紅茶を啜る。
「まったく・・・」
呆れたようにため息をつき、また視線を本へと戻す
日の当たらぬテラスに再びの沈黙が訪れる---
ガチャ
フォルが扉を開ける。その表情に笑みはなく、彼の中では最大限に険しさを表す表情だった。
「どうだった?」
「・・・侵入者です。まずは自分が見てきますので、師匠はここに居てください。何かあったら知らせます。
それまではここを動かないで下さい。誰が来たのか分かりませんが、ここに師匠が居る限り、敵はここまで
来ざるをえません。その間に仕掛けたトラップで大分削れるでしょう。」
「うん、わかった。でも、無理はしないように。いいね?」
「大丈夫、危なくなったらすぐに逃げて来ますよ。」
そう言って微笑む。今開けた扉を再び開ける。扉を閉める彼の顔に笑みはない。彼は二度目の嘘をついた。
敵が誰か分かっていること。師匠を動かさないために話をでっち上げたこと。
恐らくは、もうここには戻ってこれないであろうこと---
「・・・。妖気を感じるのに何もない。あるのは何の変哲もない森だけ・・・。いや、何もないから違和感があるのか・・・。」
メイド服に身を包む少女があごに手を当てて呟く。妖気を感じる怪しげな場所はいくつも調べたが、ここだけが何も見つから
なかった。地面に降り、森を改めて見つめる。
「・・・。」
僅かではあるが、草木の生え方が違っていた。普段、館の庭にある花壇を手入れしていなければ気が付かなかっただろう。
草木を掴み、引っ張ってみる。予想より力を使わずにその草は動いた。奥には細いがしっかりとした獣道が続く。
明らかに誰かが手を入れたであろうその道を歩み始める。
(そういえば、こういうのが得意な奴が居たわね・・・)
半ば確信に似た感情がわきうっすらと笑みを浮かべる。それと共に今回の傍若無人な事件に再び怒りを感じていた。
(勝手に出て行ったばかりでなく、部下にまで迷惑をかけて。何を考えているのかしら、まったく・・・。)
数十分ほど歩いたところに少し開けた場所にでる。パッと見た感じではまた行き止まり。でも咲夜は気付く。
道はまだ奥にあることに。その道から感じたことのある気配がすることに。
ガササ
草を分け、彼が姿を現す。まるで今まで何も無かったかのような笑みを浮かべて。
「これはこれは、咲夜さん。どうしました?こんな辺鄙なとこまで。何かありましたか?」
「・・・。」
「・・・。」
「どうしてるかと思えば・・・。随分ふざけてくれるのね、フォル」
「おや、そうですか?では・・・」
ふっとフォルの顔から笑みが消える。戦闘時に見せる、冷たく無表情な顔になる。
「では、真剣にお話しましょう。」
「まったく・・・。貴方たち、何をしでかしたかわかってるの?怒鳴って済む様な問題ではなくなってるのよ?」
「そんなもの、出て行く前から百も承知です。だが、誰かがやらなきゃいけない。そして、皆それに同意した。
だからこそ、ここにいます。」
「何を言ってるの。残った者がどれだけの非難を浴びたことか。貴方たちは知らないでしょう」
「貴女がそれを言うか!残った者、出て行く者、その気持ちは重々承知。だからこそ!もし、そうであるならば
ここで退くわけにはいかない!」
「・・・何のこと?何を言っているの?」
一瞬だけ、ほんの一瞬だけ落胆した表情が顔に浮かぶ。少なくとも咲夜にはそう見えた。
「語る言葉はもはやない。己等の過ちを理解せよ!」
言い終える刹那、右足をすっとあげ、力強く踏みおろす。『黄震脚』 その衝撃は地面を駆け抜け辺りに一面へと
広がってゆく。だが、咲夜までの距離は離れており、衝撃波自体は届いてもたいした威力を持たない。
(・・・。何を、したの?)
相手から眼をそらさずに思考する。衝撃波が終わりを向かえる頃、後方から気配。
(ッ!)
間一髪で避ける。先程まで咲夜が居た場所には銃剣が刺さっていた。ナイフでは投げるのに向いているが、今ひとつ
威力に乏しい。かといって剣や刀では長すぎて取り回しが不便である。それ故フォルが考え出した案が銃剣である。
近年のタイプではなく、中世ヨーロッパで主流をしめた『ベイオネット』と言われていたタイプである。
ナイフ並みに小回りが利き、刃がある程度長いので振り下ろした際にかなりの威力を発揮する。またナイフのように
投擲することも可能な長さだ。
彼や彼の師匠のように接近戦タイプは幻想郷ではどうしても不利となりやすい。相手と均衡を保ちつつ、隙をつき近づくには
拳以外の何かが必要だった。そして選ばれたのがベイオネットである。
突き刺さるベイオネットから視線を戻す。そこには彼の姿は無く、ただひたすらに獣道が続いていた。
(・・・。)
その場から立ち上がると再び歩み始める。もう一キロもないところに彼等の拠点がある。フォルにとって最初の
背水の陣である。
獣道で待ち受けていたものは数え切れないほどのトラップであった。石を踏めば竹やりが飛び出し、張られた糸を
切れば再びバイオネットが突き刺さる。”撒き餌”に釣られて低級妖怪も現れた。倒すことに問題はない。ただ、
仕掛けられていた呪符により体が溶け、時には爆発しダメージを与えようとすることが問題であった。
道を外れた脇には先程の妖怪が”飼われて”いたであろう檻がいくつもあった。全ては対立するであろう今日の日のため
にフォル自らが仕掛けた罠である。そこに慈悲はなく、ただただ無機質な殺意がこめられていた。
シュゥ・・・
(・・・ッ!)
これで何匹目になるだろうか。またいくつかのナイフが溶けてしまった。咲夜は内心苛立ち始めていた。いや、
焦っていたのかもしれない。思いのほか時間と労力を取られてしまっている。まさかここまでてこずるとは思ってもいなかった。
ふと気が付くと先程までのトラップがやんだ。今までのに比べれば何のひねりも無い簡単な物のみ。妖怪も出なくなっていた。
そうなると逆に不安になり、より慎重に進む。獣道を塞き止める偽装された草をどける。そこは先程よりは広い空間があった。
辺りは木々が空高くまで生い茂り、太陽を遮っていた。木漏れ日と共に爽やかな風が駆け抜ける。そんな気持ち安らぐ
風景とは相容れない男が1人立っている。
「まったく・・・。やっと捕まえたわよ」
「捕まえる?自分はずっとここにいましたよ。貴女が来るのをずっと待ていた。」
「あらそう・・・。ではさっそく」
そう言うが早いか無数のナイフがフォルを囲んでいた。抜け道が無いよう無駄なく張り巡らされている。
「こちらも時間があまりないの。これで終わりにさせてもらうわ」
パチンと手を鳴らすと同時にナイフがフォルめがけて突き進む。フォルは眼をつむり小さく息を吸うと
「喝!!!」
そう叫ぶと同時に黄震脚を繰り出す。先程とは比べ物にならない威力である。
ズシーン!!
地面が陥没するほどの威力。その衝撃波は彼の周りに広がり、先程のナイフ全てを叩き落す。
「ッ!」
再び息を吸い、ゆっくりと静かに相手を睨む。
「これでまた数十本・・・。残りのナイフに余裕はありますか?」
(・・・!そのためのトラップか)
軽く息を吐き、大地を蹴って前進する。時にトラップに乗じて、時に相手の虚を衝いて徐々に間合いを詰める。
咲夜も近づかれまいと間合いを保つ。一進一退の攻防が続く。一瞬でも隙を見せれば即、死につながる気の抜けぬ戦いである。
ズ・・ズン・・・!
「!」
遠くのほうで地響きがする。フォルが戦っている何よりの証拠である。
(あれは・・・。黄震脚。あれほどの威力を出さなければいけない相手・・・。やっぱり、紅魔館が・・・。)
フォルにはここにいろと言われたが、正直どうしたらいいか悩む。あれから幾度と無く地響きは続く。
あのフォルが全力を出さなければならない相手。もし、咲夜さんが来ていたら私だって勝てないのに、
フォルでは敵うはずがない。そう思うと居ても立ってもいられなくなった。身支度をし、地響きのする方向へと駆ける。
「はぁ、はぁ、はぁ」
これで何度目だろうか。自分を奮い起こし、地についた片膝を持ち上げる。
「もう諦めなさい。貴方では私に勝てないわ。」
わき腹に刺さるナイフを掴む。覚悟を決め抜き取る。全身に走る激痛。力を込め、筋肉と’気’で止血をする。
咲夜とて完全に無傷ではない。幾度かの攻撃を喰らいダメージは負っている。だが、相対的にフォルのほうが
分が悪かった。
「勝つか負けるかが問題ではないですよ・・・」
ガササ
その時、草を掻き分ける音。そこから顔を出したのは紅 美鈴であった。隠れ家を抜け出してここまで駆けて来たのだ。
「師匠・・・」
「フォル!その傷・・・!!」
「たいした傷ではありません・・・。それより・・・、来てしまいましたか。」
「あら、お揃いのようね」
「咲夜さん・・・。どうして・・・。」
「どうして?まったく貴女たちは・・・。自分勝手に問題を起こしておいてまだ反省の一つも出ないのかしら?
大体ね・・・」
「それが傲慢だというのだ!!!」
相手の会話を遮り、フォルが叫ぶ。フォルが初めてみせる表情だった。
「どうして貴女たちは自分の事ばかりを考える!上に立つ者が自分の事を優先すればたちまち組織は崩壊する。
貴女方がそれではダメなのだ。何故それに気付かない!向き合おうとしない!そんなに面子が大事か?プライドが重要か?
それでもなお気付かぬと言うのなら、紅魔館にもはや未来は無い!」
二人とも黙り込む。心の奥底で気付いていたのかもしれない。ストレートに突かれ動揺した。
「咲夜さん、貴女は少し傲慢すぎた。確かに貴女は偉い。だが、それだけでは人はついてこない。今回の事件、仕事を優先し、
人間関係を蔑ろにした貴女の落ち度だ。」
満身創痍の体にムチ打ってゆっくりと振り返る
「そして、師匠。貴女の落ち度でもある。」
「・・・え?」
この発言には咲夜も驚いた。絶対の忠誠を誓っていたフォルからそんな言葉が出るとは思ってもいなかった。
「防衛率の低下が問題ではない。貴女が本当に部下を思うのなら、1人で抜け出したりはしないはずだ。
残された門番隊は辛く、厳しい生活を強いられたでしょう。その苦痛は我々よりも強いはずだ。
だからこそ咲夜さんは来た。あなたがただの雑兵なら来はしなかった。そして、咲夜さん同様、相手を考えず
自分たちの不運だけを考えた結果がこの状況を生んだ。」
「!!」
「貴女方はその原因に気付きながらも見て見ぬふりをし、先延ばしにしてしまった。そのツケが部下に降り注ぎ
それが取り返しのつかなくなる寸前まで来てしまった。互いがその罪を認めぬ限り、何も変わりはしない。
同じところを廻り、そして破滅する。」
美鈴は膝をつき崩れ落ちる。自分の事ばかり考え、門番隊の皆を全然考えてなかった。迷惑をかけたくないからと、
逆に迷惑をかけてしまった。なんて自分勝手なのだろう。フォルの言うとおりどこかで気付いていたはずだ。
やりもしないで無理だからと諦め、先延ばしにした自分がいる。自分の不甲斐なさに深く落胆した。
咲夜も同じであった。面と向かって言われてようやく認める。仕事を盾にして先延ばしにしていたことに。
ただ一つ番う点は、それでも戦意は失われていなかった。
「貴方の言う通りかもしれない。けれど、だからと言ってはいそうですかと引き下がる訳にはいかないわ」
「ふぅ・・・。やはり貴女は、一筋縄では認めてくださらないようだ。未だ面子を優先するのであれば、
その面子。打ち砕かせていただく・・・!」
深く息を吐き、再び吸う。神経を集中し全身に気を巡らす。他に回していた気を右拳に集める。
「・・・。これが最後のようね」
「我は紅 美鈴が一番弟子。アルバート・フォルトナー!最高の一撃を以ってお相手する!!」
二人は間合いを詰めスペルカードを発動させる。そのタイミングはほぼ同時だった。
傷魂「ソウルスカルプチュア!!」
三華「崩山彩極砲!!」
---かすれゆく記憶に残るのは、見下ろす咲夜さんと見上げる自分。傍らには師匠の姿。これは夢だろうか・・・。
何か声が聞こえる・・・・
聞こえるのは師匠の謝る声。咲夜さんに何かを必死に謝っていた。何を謝っているのだろうか・・・
そんなに謝らなくてもいいのに・・・そっと手をかざそうとしたが右手が思うように動かなかった。
無理もないだろう、主を失った右腕は、数メートル先に突っ伏していた。だが、不思議と痛みはない。以前に聞いたことがある
{人は致命傷を受けると痛みを感じなくなる}と。
これが恐らくはそうなのだろう。諦めとも達成感ともいえる感情が体を包む。それとともに意識が遠のく・・・。
この天井を見上げるのは何回目だろうか。いい加減いやになってきた。ほのかな薬品の匂いと共に風が駆け抜ける。
死を覚悟していたため生きていることに実感がわかなかった。ふと右腕をみる。主を失ったはずの腕はそこにいた。
多少の違和感はあるものの右腕のしての機能はしっかりと果たしていた。何もかもが夢のように感じた。
しばらく思いを巡らした後、体を起こす。以外にも右腕と頭以外に傷は無く、すぐにでも歩けるほどだった。
シャー
ベットを囲っていたカーテンが開け放たれる。そこには紅い髪をした少女。
「あ」
「あ」
同時に声を出す。とても間の抜けた時間が過ぎる。
「よかった・・・!やっと目、覚ましたね。3日も眠ってたんだよ?」
「え!?そんなに寝てたんですか?」
「そうだよ。大変だったんだから。あの場所から2人を運んで、永琳先生にも来てもらって。」
「あ、だから右腕がくっついてるのか・・・」
「あ、覚えてたの?」
「いや、意識が途切れる寸前だったんで、夢かなと思ってました。痛みもなかったし。」
「・・・。それって結構危なかったんじゃないの?」
「まま、結果オーライですよ。それより二人運んだってのは?」
「え?そのここの意味だけど?」
「は?とゆうことは咲夜さんも抱えて帰ってきたってことですか?」
「そうゆうことよ」
美鈴の後ろから声がする。先程まで誰も居なかった空間に彼女は現れた。
「あ、ど、どうも・・・」
「貴方の一撃を喰らって無傷で済む訳ないでしょう。」
「あの後ね。フォルが倒れた後に咲夜さんも倒れちゃって、私1人で混乱してたんだよ。」
美鈴は楽しそうに笑っている。咲夜は少し恥ずかしそうだった。
「・・・。そのご様子ですと、仲直りしたんですかね?」
「え!?」
「え!?」
お互いをチラっと見合ってうつむく。気まずい雰囲気が辺りを包む
「はぁ~・・・これだよ。いいですか?こういうのは先延ばしにするから話が悪くなっていくんですよ?
あの森で何やってきたんですか。 面子なんてくそ喰らえですよ。折角お互いに認め合えるチャンスなんだから、
無駄にしないで下さい。
・・・・こっちは右腕ふっ飛ばしてまで作ったんだから・・・。」
そう言うと、ベットから降りてサンダルを履く。
「ちょっと、散歩行ってきます。主治医が来たら元気になったと伝えといて下さい。では」
「ちょ、ちょっとフォル・・・」
何か言いたげな美鈴の言葉を遮る。
「師匠。」
無言で見つめる。美鈴もその真剣な眼をみて覚悟を決める。
「んじゃ、ごゆるりと」
そういうと彼は医務室から出て行った。扉が閉められ再び気まずい雰囲気が辺りを包む。
美鈴は覚悟を決めた。ありのままを話そう。へんに飾らなくていい。素直になろう。
そう思うと自然と緊張感は解けていった。
「咲夜さん・・・」
「ん・・・」
咲夜も分かっているのだろう。恥ずかしそうに目線をそらしていたが、彼女に向きなおす。
「本当に、すいませんでした。自分勝手に飛び出して。いや、もっと前から・・・。メイド隊の事を考えないで
自分たちの事ばかりだった。門番隊の皆だって話し合えばよかったのに、何もしないで勝手に・・・
本当に、ごめんなさい・・・」
いつしか美鈴は泣いていた。話せば話すほど自分の罪が次々と溢れてくる。それが辛くてひたすらに謝り続けた。
そっとかざされた手に美鈴の頭は抱かれた。優しく包んでくれている。
「美鈴。貴女だけが悪いんじゃない・・・。フォルの言っていた通り。貴女たち門番隊との関係を蔑ろにした私にも罪がある。
貴女たちと分かり合うことも出来たはず。なのにしなかった。仕事を盾にして。貴女たちに恨まれるのも当然だわ。」
「そんな・・・そんなことないです・・・」
「美鈴。本当にごめんなさいね。こんな私を、許してくれるかしら?」
「そんな!許すも何も悪いのは私で・・・」
その言葉を遮り咲夜は言葉を続ける。
「もし、貴女が私を許してくれるのなら、私も貴女を許します。それでおあいこよ」
顔をあげ、咲夜の顔をみる。まだ、皆が仲良く仕事をしていたときに見た、あの優しい笑顔だった。
「はい・・・。おあいこです・・・」
そう言って美鈴も微笑む。お互いの罪をぶつけ合い、認め合った。そこに曇りは無く、清々しい空気に満ちていた。
医務室を後にして門番隊の詰め所へと向かう。まだ仕事は残っている。彼女たちに謝らなくては。そして出て行った
者たちを連れ戻さなければ。今回の自分勝手な決断のせいでとてつもない迷惑をかけてしまったのだから。
ガチャン
扉を開ける。そこは騒々しくて、とても賑やかだった。
「あ、隊長!おかえりなさい。遅いじゃないですか~」
「おかえりなさいませ、隊長。御戻りになられてなによりです。」
次々に浴びる「おかえりなさい」の声。そこには副長をはじめ、誰ひとり欠けることなく門番隊全員が揃っていた。
「みんな・・・どうして・・・?」
みな、顔を見合わせにこりと笑う
「フォルですよ。」
「え?」
「アイツが考えたんです。門番隊とメイド隊のみぞが取り返しのつかなくなる前に何とかしようって。
隊長がここを出たのも、私たちが出たのも、残ったのも、全てはアイツが仕組んだ作戦です。」
「・・・うそ・・・」
副長が一歩前に出て、優しく説明する。決して焦らず、一つ一つ大切に話すように
「隊長がここを出られる前夜。フォルからその旨を告げられました。最初は誰ひとり信じませんでしたが、
あいつの細部まで入念に練られた作戦と、なによりアイツの熱意の強さに我々も生半可な覚悟ではないと悟りました。
あいつは言っていましたよ。師匠のためになるのなら面子やプライド、命ですら大した価値はないと。それを聞いて我々も
覚悟を決めました。我々とて貴女に忠誠を誓った身。貴女のためになるのならと作戦を実行に移したんです。」
「・・・。そんなことがあったんだ・・・」
「騙すような真似をしてしまい、申し訳ありません。それは我々の罪です。どんな処罰も甘んじてお受けします。」
いつの頃からか、皆真剣な表情になっていた。隊長のために、皆罪をものともせず事を成した。その顔に後悔の色はない。
「貴女たちを罰する資格は、私にはありません。さっき、自分勝手な私にこう言ってくれた人がいました。
『貴女が許してくれるなら私も貴女を許します。それでおあいこ』と。もし、貴女たちがもし、私を許してくれるのなら、
私も貴女たちを許します。それでおあいこにしましょう」
そう言ってにっこりと微笑む。皆も互いをみあった後満面の笑みを浮かべた。
「はい!おあいこです!!」
一しきりの挨拶を終えて一つの疑問が浮かんだ。首謀者の姿が見えなかった。
「ねぇ。フォルはここには来なかった?」
場の雰囲気が凍りつく。その一言を恐れていたかのような振る舞いになる。
「さぁ。来てませんね。今日はまだ会ってませんし。どっかほっつき歩いてるんじゃないですか?」
一同に知らないという。だが、美鈴は認めなかった。フォルが彼女たちに事の終りを知らせなければ彼女たちは
ここに戻れるはずはないのだ。みな、嘘をついている。副長を呼び、改めて問いただす。
「副長。本当の事を話しなさい。それとも・・・、また私に嘘をつきますか?」
「!!」
副長にとってそれは反逆にも等しき行為だった。フォルの頼みだ、嘘は貫き通したいが、隊長に嘘はつけない。
彼女の心は大きく揺れ動いていた。そんな中、美鈴は優しく微笑む
「副長。貴女は本当に真っ直ぐな人だ。フォルのために嘘をついているのでしょう。でも、もしその嘘を貫いて生まれた結果が
本当に皆が幸せになれる結果ですか?もしそうなら、私はもう何も言いません。よく考えてください。」
その言葉は彼女の心を貫いた。確かにこのまま嘘を貫き通しても皆が幸せになれるだろう。フォルを除いて。
時に、面子を潰してでも引き込み、温かく包み込む事が大事だと知る。彼も言っていた。大切なのは面子ではないと。
美鈴の言葉に彼女は折れた。
「先程・・・隊長と入れ替わるように出て行きました。今頃はお嬢様の所にいると思います。」
「お嬢様の?」
「はい。我々は止めたのですが、あいつは『たとえどんな結果であれ、罪は罪。その首謀者は裁かれるのが世の理。
それを違える事は誰にも出来ません』そう言ってその扉から出て行きました。今回の事件の責任をとるために。」
「そんな・・・」
「我々も一緒に行くと言ったのですけど、隊長を向かえる者がいないのはおかしいと。皆で責任を取れるように
話してくると言ってました。でも、たぶん1人で責任をとるつもりだと思います。あの瞳は覚悟を決めた者の眼でした。
何人も寄せ付けぬ眼をしていました。」
最後に副長が言う
「お嬢様のことです、恐らくは彼の提案を受け入れるでしょう。そして彼は必ずここを出て行きます。扉を出る際、
彼は私に言いました。師匠を頼みますと。隊長、お願いです。アイツを止めてください。責任なら我々全員で取ります。
どうか、お願いします。」
声に出さなくとも皆同じ気持ちだった。目で訴えかける。
「当然だよ。フォルを含め皆で一つの門番隊だよ。誰一人欠けることはこの私が許しません。」
その顔に笑顔が戻る。
「お嬢様のところに言ってきます。何かあった場合の対処は副長に一任します。」
「畏まりました。後のことはお任せください。フォルのこと、お願い致します。」
こくりと頷くと踵を返し駆け出す。どうか間に合って欲しい。その気持ちでいっぱいだった。
この扉を見るのは以外にも2度目だった。そこまで長く勤務していた訳ではないが、二度しか見たことのない建造物は
この扉だけだろう。最初の時とは違い、不思議と緊張感はなかった。
コンコン
「フォルトナー、入ります」
しばらくの間があり、声が聞こえる
「どうぞ、お入りなさい」
ガチャン
扉を開き中に入る。初めて会った時と変わらず、数段高くなったところにあるイスに少女は腰掛けていた。
すぐ後ろには従者も従えている。最初と何もかも一緒だった。近くまで歩み寄り、数歩の間隔をあけて止まる。
「何の用かしら?」
意味ありげな微笑みを浮かべながらレミリアは言う
「今回の事件の首謀者、出頭致しました。」
そう言って深く一礼する。顔を上げてなお彼女の顔は変わらなかった。
「そう、貴方が犯人だったのね。何をしたのか、詳しく話しなさい」
恐らくレミリアは大体の事は知っているだろう。だが、そうさせるのが面白いからそう発言したのだろう
少しの間をおき、静かに話し始める。
「師匠をたきつけて館から出させました。その際、メイド隊とも調整し、捜索にはメイド長である
咲夜さんが行くようにさせました。また、門番隊がいない場合、館がどうなるのかを知って頂く為に門番隊にも
話をし、無断で館を出て頂きました。そのためにわざと見つかりにくい森に逃げ込みました。
森でも、師匠と咲夜さんを直接戦わせないために自分が戦いました。二人が戦っては話し合いは出来ないだろうと
考えたからです。その後は出たとこ勝負程度にしか考えていませんでしたが、自分が死ぬにしろ助かるにしろ
それで二人が話し合うきっかけになればと、それだけを考えていました。それが事の全てです。」
レミリアは終始微笑んでいた。頬に片手をつき、楽しそうに見ていた。
「なるほど。じゃぁ、どうしてそんな事件を起こそうとしたのかしら?」
「このままでは取り返しがつかなくなると思ったからです。事を成す前の両者の関係は非常にみぞの深いものでした。
その関係は部下にまでおよび、このままでは紅魔館が維持できなくなると思い、ことに至りました。
それに・・・」
「それに?」
「咲夜さんと師匠はとても長い付き合いです。その信頼関係は並みではないはずです。その二人がいがみ合う姿を
見るのはとても忍びなかった。この二人には仲良くしていて欲しい。その関係を取り戻すことが、命を救って頂いた
師匠に出来る恩返しだと思い、今回の事件を考えました。」
その言葉が聞けてレミリアは心底嬉しそうだった。チラっと後ろの従者を見る。目と目が合い、咲夜は赤面してうつむく。
「いい部下を持ったわねぇ・・・」
にやつきながら視線をフォルに戻す。
「それで?貴方は何しにここまで来たのかしら」
「責任を取りに」
「責任、ねぇ?」
「どんな結果であれ、誰かがその責任を取らねば示しがつきません。今回の事件は自分が考え、自分が皆を扇動しました。
責任の全ては自分にあります。その責任をとり、この館を・・・」
バターーン!!
爆音と共に扉が開け放たれる。いや、正確には飛んだ。もう3歩後ろで止まっていたら激突していたであろう位置に
吹き飛んだ扉が着地する。
「いてて・・・と、止まれなかった・・・」
おでこをさすりながら現れたのは紅 美鈴であった。
「師匠!?」
流石のフォルも驚いたようだ。声が上ずっている。
「ま、間に合った・・・!」
呼吸を整えレミリアへと向き直る。覚悟を決め発する。
「お嬢様!どうかフォルを辞めさせないで下さい。お願いします!!元はと言えば私が招いた事件です。
フォルが責任を取るというのなら私もとります。彼が出てゆくのなら私も」
レミリアがため息をつきながら言葉を遮る。
「それを3日前に怒られたんじゃないの?」
「あ・・・でも・・・」
「まったく、あなたはいつも視界が狭まる癖があるわねぇ。」
「でも、フォルが揃って初めて門番隊が全員揃います。彼抜きでは門番隊は機能しません。ひとりでも欠けたらダメなんです」
その言葉に嘘はなく、レミリアもそれは分かっていた。もとより最初から彼女は怒ってはいなかった。むしろフォル同様紅魔館の
組織関係に問題を感じていたひとりだった。たしかに、門番隊がいなくなって、妖怪に館内部まで入ってこられた時は
いらつきもしたが、門番隊の必要性を感じさせるには必要だと感じていたらこそ何も手を出さなかった。
もともと門番隊はメイド隊同様、絶大な信頼を置かれている部署である。だからこそ、今までどんな問題が起きても
誰一人クビにならなかったのだ。そして、それはこれからも変わらないだろう。
「ふぅ~・・・。貴女たち、何だか話がどんどん飛躍しているようだけれど・・・」
「・・・?」
フォルも美鈴も頭に?が浮かんでいた。言っている意味が分からなかった。ただひとり、従者のみが微笑んでいた。
「私がいつ彼をクビにすると言ったの?それを承諾した覚えもないわ。責任とって辞めるなんて、この世界ではたいした
意味をもたないわ。迷惑をかけたと思うのなら、それが晴れるまでここで償いなさい。」
「お、お嬢様・・・!」
美鈴は満面の笑みだった。フォルも安心はしていたが、多少腑に落ちなかった。
「そーねぇ・・・。門番隊にかけた分の迷惑は美鈴に任せるとして、メイド隊の分は何がいいかしら、咲夜?」
「そうですね。先の防衛でメイド隊にも怪我人が出てまして。その者の代わりにトイレ掃除でもやらせては如何でしょうか?」
「じゃ、決まりね。フォル。」
改めて呼ぶ。場の空気が少しだけ変わり、話のまとめが出るのだと察する。
「貴方には引き続き門番隊での勤務を命じる。迷惑かけた分までしっかりと働きなさい。それと同時に1ヶ月のトイレ掃除。
館全部のトイレをピカピカにしなさい。あとは・・・そうね。誰かさんが壊したその扉も直しておいてちょうだい。
いいわね?アルバート・フォルトナー」
「・・・」
「ほら・・・フォル」
「畏まりました。今まで以上に職務に邁進いたします。」
「うん。よろしい」
フルネームでの呼名。それによって今回の事件は幕を閉じた。被った被害は少ないとはとても言えないが、
皆が、昔のようになったと喜び、誰一人今回の事件を恨む者はいなかった。咲夜と美鈴の仲も昔のようにすっかり良くなり
それに合わせるようにメイド隊と門番隊の仲も、徐々にではあるが良くなっていった。今の紅魔館に前のような重く、息苦しい
雰囲気は微塵も無く、この春空同様、雲ひとつない晴天のような爽やかさに満たされている。
この後、地獄の様な便所掃除が始まるが、それはまた別のお話である。
些細な亀裂-終焉-
響き渡る警告音--
お世辞にも立派とは言えない朽ちかけた家の中に、誰にでもそれと分かる音が響く。
あの日二人で決意をし、紅魔館を出てから幾日が過ぎた。決して安全とはいえない生活の中でも二人はいろいろな生活方法を
模索し、中々に満足のいく生活を送っていた。二人ともまるで申し合わせたかのように紅魔館の話は出さず、いつ頃からか
暗黙の了解になっていた。だが、ただ逃げたのではなく、フォルは紅魔館の様子を偵察したり、各種情報を集めたり、
いつ何が起きてもいいように対策を練っていた。それでも日にちが経てば警戒心は薄れ、記憶は奥へとしまわれていく。
寝ぼけた記憶を呼び覚まし、消えゆく心を引き戻す。忘れるな。私たちはそこにいた。決して忘れるな。
そう告げる警報は、ただひたすらに鳴り響く---
「で?見つかったの?」
午後の昼下がり、日の当たらないよう工夫されたテラスに座り紅茶を飲む、おおよそ少女とは呼べぬ少女が言う。
「はい。結界があるため詳しくは確認していませんが、それらしきものを見つけました。」
傍らにはメイド服に身を包む1人の少女。新しく紅茶を入れなおし詳細を話す
「結界自体の大きさはかなり小さく、人が3人も生活すれば窮屈に感じられるでしょう。普通に生活をするのならば
2人がベスト。また、結界自体はたいした強さはなく、どちらかといえば侵入者を知らせる警報機的な役割でしょう。」
「ふ~ん。いかにもね。まぁ、咲夜の感がそう言っているなら行ってみなさい。さっさと連れて来て今回の騒動の
理由を説明させなさい。」
「畏まりました。お嬢様。」
そういうと咲夜は一礼し、テラスを出る。
「・・・。いいのかしら?咲夜に行かせて」
反対側に座る少女が本を読みながら言う。
「あら?何のことかしら?」
「これなら元通りにはなるでしょう。でも・・・何も変わらないわ。」
ほんの少し本から視線を覗かせて言う
「大丈夫よ。裏で手を引いてるヤツがいるから。私はそれに便乗しただけよ」
「そう視えた、と?」
「どうかしらね」
そう言うと再び紅茶を啜る。
「まったく・・・」
呆れたようにため息をつき、また視線を本へと戻す
日の当たらぬテラスに再びの沈黙が訪れる---
ガチャ
フォルが扉を開ける。その表情に笑みはなく、彼の中では最大限に険しさを表す表情だった。
「どうだった?」
「・・・侵入者です。まずは自分が見てきますので、師匠はここに居てください。何かあったら知らせます。
それまではここを動かないで下さい。誰が来たのか分かりませんが、ここに師匠が居る限り、敵はここまで
来ざるをえません。その間に仕掛けたトラップで大分削れるでしょう。」
「うん、わかった。でも、無理はしないように。いいね?」
「大丈夫、危なくなったらすぐに逃げて来ますよ。」
そう言って微笑む。今開けた扉を再び開ける。扉を閉める彼の顔に笑みはない。彼は二度目の嘘をついた。
敵が誰か分かっていること。師匠を動かさないために話をでっち上げたこと。
恐らくは、もうここには戻ってこれないであろうこと---
「・・・。妖気を感じるのに何もない。あるのは何の変哲もない森だけ・・・。いや、何もないから違和感があるのか・・・。」
メイド服に身を包む少女があごに手を当てて呟く。妖気を感じる怪しげな場所はいくつも調べたが、ここだけが何も見つから
なかった。地面に降り、森を改めて見つめる。
「・・・。」
僅かではあるが、草木の生え方が違っていた。普段、館の庭にある花壇を手入れしていなければ気が付かなかっただろう。
草木を掴み、引っ張ってみる。予想より力を使わずにその草は動いた。奥には細いがしっかりとした獣道が続く。
明らかに誰かが手を入れたであろうその道を歩み始める。
(そういえば、こういうのが得意な奴が居たわね・・・)
半ば確信に似た感情がわきうっすらと笑みを浮かべる。それと共に今回の傍若無人な事件に再び怒りを感じていた。
(勝手に出て行ったばかりでなく、部下にまで迷惑をかけて。何を考えているのかしら、まったく・・・。)
数十分ほど歩いたところに少し開けた場所にでる。パッと見た感じではまた行き止まり。でも咲夜は気付く。
道はまだ奥にあることに。その道から感じたことのある気配がすることに。
ガササ
草を分け、彼が姿を現す。まるで今まで何も無かったかのような笑みを浮かべて。
「これはこれは、咲夜さん。どうしました?こんな辺鄙なとこまで。何かありましたか?」
「・・・。」
「・・・。」
「どうしてるかと思えば・・・。随分ふざけてくれるのね、フォル」
「おや、そうですか?では・・・」
ふっとフォルの顔から笑みが消える。戦闘時に見せる、冷たく無表情な顔になる。
「では、真剣にお話しましょう。」
「まったく・・・。貴方たち、何をしでかしたかわかってるの?怒鳴って済む様な問題ではなくなってるのよ?」
「そんなもの、出て行く前から百も承知です。だが、誰かがやらなきゃいけない。そして、皆それに同意した。
だからこそ、ここにいます。」
「何を言ってるの。残った者がどれだけの非難を浴びたことか。貴方たちは知らないでしょう」
「貴女がそれを言うか!残った者、出て行く者、その気持ちは重々承知。だからこそ!もし、そうであるならば
ここで退くわけにはいかない!」
「・・・何のこと?何を言っているの?」
一瞬だけ、ほんの一瞬だけ落胆した表情が顔に浮かぶ。少なくとも咲夜にはそう見えた。
「語る言葉はもはやない。己等の過ちを理解せよ!」
言い終える刹那、右足をすっとあげ、力強く踏みおろす。『黄震脚』 その衝撃は地面を駆け抜け辺りに一面へと
広がってゆく。だが、咲夜までの距離は離れており、衝撃波自体は届いてもたいした威力を持たない。
(・・・。何を、したの?)
相手から眼をそらさずに思考する。衝撃波が終わりを向かえる頃、後方から気配。
(ッ!)
間一髪で避ける。先程まで咲夜が居た場所には銃剣が刺さっていた。ナイフでは投げるのに向いているが、今ひとつ
威力に乏しい。かといって剣や刀では長すぎて取り回しが不便である。それ故フォルが考え出した案が銃剣である。
近年のタイプではなく、中世ヨーロッパで主流をしめた『ベイオネット』と言われていたタイプである。
ナイフ並みに小回りが利き、刃がある程度長いので振り下ろした際にかなりの威力を発揮する。またナイフのように
投擲することも可能な長さだ。
彼や彼の師匠のように接近戦タイプは幻想郷ではどうしても不利となりやすい。相手と均衡を保ちつつ、隙をつき近づくには
拳以外の何かが必要だった。そして選ばれたのがベイオネットである。
突き刺さるベイオネットから視線を戻す。そこには彼の姿は無く、ただひたすらに獣道が続いていた。
(・・・。)
その場から立ち上がると再び歩み始める。もう一キロもないところに彼等の拠点がある。フォルにとって最初の
背水の陣である。
獣道で待ち受けていたものは数え切れないほどのトラップであった。石を踏めば竹やりが飛び出し、張られた糸を
切れば再びバイオネットが突き刺さる。”撒き餌”に釣られて低級妖怪も現れた。倒すことに問題はない。ただ、
仕掛けられていた呪符により体が溶け、時には爆発しダメージを与えようとすることが問題であった。
道を外れた脇には先程の妖怪が”飼われて”いたであろう檻がいくつもあった。全ては対立するであろう今日の日のため
にフォル自らが仕掛けた罠である。そこに慈悲はなく、ただただ無機質な殺意がこめられていた。
シュゥ・・・
(・・・ッ!)
これで何匹目になるだろうか。またいくつかのナイフが溶けてしまった。咲夜は内心苛立ち始めていた。いや、
焦っていたのかもしれない。思いのほか時間と労力を取られてしまっている。まさかここまでてこずるとは思ってもいなかった。
ふと気が付くと先程までのトラップがやんだ。今までのに比べれば何のひねりも無い簡単な物のみ。妖怪も出なくなっていた。
そうなると逆に不安になり、より慎重に進む。獣道を塞き止める偽装された草をどける。そこは先程よりは広い空間があった。
辺りは木々が空高くまで生い茂り、太陽を遮っていた。木漏れ日と共に爽やかな風が駆け抜ける。そんな気持ち安らぐ
風景とは相容れない男が1人立っている。
「まったく・・・。やっと捕まえたわよ」
「捕まえる?自分はずっとここにいましたよ。貴女が来るのをずっと待ていた。」
「あらそう・・・。ではさっそく」
そう言うが早いか無数のナイフがフォルを囲んでいた。抜け道が無いよう無駄なく張り巡らされている。
「こちらも時間があまりないの。これで終わりにさせてもらうわ」
パチンと手を鳴らすと同時にナイフがフォルめがけて突き進む。フォルは眼をつむり小さく息を吸うと
「喝!!!」
そう叫ぶと同時に黄震脚を繰り出す。先程とは比べ物にならない威力である。
ズシーン!!
地面が陥没するほどの威力。その衝撃波は彼の周りに広がり、先程のナイフ全てを叩き落す。
「ッ!」
再び息を吸い、ゆっくりと静かに相手を睨む。
「これでまた数十本・・・。残りのナイフに余裕はありますか?」
(・・・!そのためのトラップか)
軽く息を吐き、大地を蹴って前進する。時にトラップに乗じて、時に相手の虚を衝いて徐々に間合いを詰める。
咲夜も近づかれまいと間合いを保つ。一進一退の攻防が続く。一瞬でも隙を見せれば即、死につながる気の抜けぬ戦いである。
ズ・・ズン・・・!
「!」
遠くのほうで地響きがする。フォルが戦っている何よりの証拠である。
(あれは・・・。黄震脚。あれほどの威力を出さなければいけない相手・・・。やっぱり、紅魔館が・・・。)
フォルにはここにいろと言われたが、正直どうしたらいいか悩む。あれから幾度と無く地響きは続く。
あのフォルが全力を出さなければならない相手。もし、咲夜さんが来ていたら私だって勝てないのに、
フォルでは敵うはずがない。そう思うと居ても立ってもいられなくなった。身支度をし、地響きのする方向へと駆ける。
「はぁ、はぁ、はぁ」
これで何度目だろうか。自分を奮い起こし、地についた片膝を持ち上げる。
「もう諦めなさい。貴方では私に勝てないわ。」
わき腹に刺さるナイフを掴む。覚悟を決め抜き取る。全身に走る激痛。力を込め、筋肉と’気’で止血をする。
咲夜とて完全に無傷ではない。幾度かの攻撃を喰らいダメージは負っている。だが、相対的にフォルのほうが
分が悪かった。
「勝つか負けるかが問題ではないですよ・・・」
ガササ
その時、草を掻き分ける音。そこから顔を出したのは紅 美鈴であった。隠れ家を抜け出してここまで駆けて来たのだ。
「師匠・・・」
「フォル!その傷・・・!!」
「たいした傷ではありません・・・。それより・・・、来てしまいましたか。」
「あら、お揃いのようね」
「咲夜さん・・・。どうして・・・。」
「どうして?まったく貴女たちは・・・。自分勝手に問題を起こしておいてまだ反省の一つも出ないのかしら?
大体ね・・・」
「それが傲慢だというのだ!!!」
相手の会話を遮り、フォルが叫ぶ。フォルが初めてみせる表情だった。
「どうして貴女たちは自分の事ばかりを考える!上に立つ者が自分の事を優先すればたちまち組織は崩壊する。
貴女方がそれではダメなのだ。何故それに気付かない!向き合おうとしない!そんなに面子が大事か?プライドが重要か?
それでもなお気付かぬと言うのなら、紅魔館にもはや未来は無い!」
二人とも黙り込む。心の奥底で気付いていたのかもしれない。ストレートに突かれ動揺した。
「咲夜さん、貴女は少し傲慢すぎた。確かに貴女は偉い。だが、それだけでは人はついてこない。今回の事件、仕事を優先し、
人間関係を蔑ろにした貴女の落ち度だ。」
満身創痍の体にムチ打ってゆっくりと振り返る
「そして、師匠。貴女の落ち度でもある。」
「・・・え?」
この発言には咲夜も驚いた。絶対の忠誠を誓っていたフォルからそんな言葉が出るとは思ってもいなかった。
「防衛率の低下が問題ではない。貴女が本当に部下を思うのなら、1人で抜け出したりはしないはずだ。
残された門番隊は辛く、厳しい生活を強いられたでしょう。その苦痛は我々よりも強いはずだ。
だからこそ咲夜さんは来た。あなたがただの雑兵なら来はしなかった。そして、咲夜さん同様、相手を考えず
自分たちの不運だけを考えた結果がこの状況を生んだ。」
「!!」
「貴女方はその原因に気付きながらも見て見ぬふりをし、先延ばしにしてしまった。そのツケが部下に降り注ぎ
それが取り返しのつかなくなる寸前まで来てしまった。互いがその罪を認めぬ限り、何も変わりはしない。
同じところを廻り、そして破滅する。」
美鈴は膝をつき崩れ落ちる。自分の事ばかり考え、門番隊の皆を全然考えてなかった。迷惑をかけたくないからと、
逆に迷惑をかけてしまった。なんて自分勝手なのだろう。フォルの言うとおりどこかで気付いていたはずだ。
やりもしないで無理だからと諦め、先延ばしにした自分がいる。自分の不甲斐なさに深く落胆した。
咲夜も同じであった。面と向かって言われてようやく認める。仕事を盾にして先延ばしにしていたことに。
ただ一つ番う点は、それでも戦意は失われていなかった。
「貴方の言う通りかもしれない。けれど、だからと言ってはいそうですかと引き下がる訳にはいかないわ」
「ふぅ・・・。やはり貴女は、一筋縄では認めてくださらないようだ。未だ面子を優先するのであれば、
その面子。打ち砕かせていただく・・・!」
深く息を吐き、再び吸う。神経を集中し全身に気を巡らす。他に回していた気を右拳に集める。
「・・・。これが最後のようね」
「我は紅 美鈴が一番弟子。アルバート・フォルトナー!最高の一撃を以ってお相手する!!」
二人は間合いを詰めスペルカードを発動させる。そのタイミングはほぼ同時だった。
傷魂「ソウルスカルプチュア!!」
三華「崩山彩極砲!!」
---かすれゆく記憶に残るのは、見下ろす咲夜さんと見上げる自分。傍らには師匠の姿。これは夢だろうか・・・。
何か声が聞こえる・・・・
聞こえるのは師匠の謝る声。咲夜さんに何かを必死に謝っていた。何を謝っているのだろうか・・・
そんなに謝らなくてもいいのに・・・そっと手をかざそうとしたが右手が思うように動かなかった。
無理もないだろう、主を失った右腕は、数メートル先に突っ伏していた。だが、不思議と痛みはない。以前に聞いたことがある
{人は致命傷を受けると痛みを感じなくなる}と。
これが恐らくはそうなのだろう。諦めとも達成感ともいえる感情が体を包む。それとともに意識が遠のく・・・。
この天井を見上げるのは何回目だろうか。いい加減いやになってきた。ほのかな薬品の匂いと共に風が駆け抜ける。
死を覚悟していたため生きていることに実感がわかなかった。ふと右腕をみる。主を失ったはずの腕はそこにいた。
多少の違和感はあるものの右腕のしての機能はしっかりと果たしていた。何もかもが夢のように感じた。
しばらく思いを巡らした後、体を起こす。以外にも右腕と頭以外に傷は無く、すぐにでも歩けるほどだった。
シャー
ベットを囲っていたカーテンが開け放たれる。そこには紅い髪をした少女。
「あ」
「あ」
同時に声を出す。とても間の抜けた時間が過ぎる。
「よかった・・・!やっと目、覚ましたね。3日も眠ってたんだよ?」
「え!?そんなに寝てたんですか?」
「そうだよ。大変だったんだから。あの場所から2人を運んで、永琳先生にも来てもらって。」
「あ、だから右腕がくっついてるのか・・・」
「あ、覚えてたの?」
「いや、意識が途切れる寸前だったんで、夢かなと思ってました。痛みもなかったし。」
「・・・。それって結構危なかったんじゃないの?」
「まま、結果オーライですよ。それより二人運んだってのは?」
「え?そのここの意味だけど?」
「は?とゆうことは咲夜さんも抱えて帰ってきたってことですか?」
「そうゆうことよ」
美鈴の後ろから声がする。先程まで誰も居なかった空間に彼女は現れた。
「あ、ど、どうも・・・」
「貴方の一撃を喰らって無傷で済む訳ないでしょう。」
「あの後ね。フォルが倒れた後に咲夜さんも倒れちゃって、私1人で混乱してたんだよ。」
美鈴は楽しそうに笑っている。咲夜は少し恥ずかしそうだった。
「・・・。そのご様子ですと、仲直りしたんですかね?」
「え!?」
「え!?」
お互いをチラっと見合ってうつむく。気まずい雰囲気が辺りを包む
「はぁ~・・・これだよ。いいですか?こういうのは先延ばしにするから話が悪くなっていくんですよ?
あの森で何やってきたんですか。 面子なんてくそ喰らえですよ。折角お互いに認め合えるチャンスなんだから、
無駄にしないで下さい。
・・・・こっちは右腕ふっ飛ばしてまで作ったんだから・・・。」
そう言うと、ベットから降りてサンダルを履く。
「ちょっと、散歩行ってきます。主治医が来たら元気になったと伝えといて下さい。では」
「ちょ、ちょっとフォル・・・」
何か言いたげな美鈴の言葉を遮る。
「師匠。」
無言で見つめる。美鈴もその真剣な眼をみて覚悟を決める。
「んじゃ、ごゆるりと」
そういうと彼は医務室から出て行った。扉が閉められ再び気まずい雰囲気が辺りを包む。
美鈴は覚悟を決めた。ありのままを話そう。へんに飾らなくていい。素直になろう。
そう思うと自然と緊張感は解けていった。
「咲夜さん・・・」
「ん・・・」
咲夜も分かっているのだろう。恥ずかしそうに目線をそらしていたが、彼女に向きなおす。
「本当に、すいませんでした。自分勝手に飛び出して。いや、もっと前から・・・。メイド隊の事を考えないで
自分たちの事ばかりだった。門番隊の皆だって話し合えばよかったのに、何もしないで勝手に・・・
本当に、ごめんなさい・・・」
いつしか美鈴は泣いていた。話せば話すほど自分の罪が次々と溢れてくる。それが辛くてひたすらに謝り続けた。
そっとかざされた手に美鈴の頭は抱かれた。優しく包んでくれている。
「美鈴。貴女だけが悪いんじゃない・・・。フォルの言っていた通り。貴女たち門番隊との関係を蔑ろにした私にも罪がある。
貴女たちと分かり合うことも出来たはず。なのにしなかった。仕事を盾にして。貴女たちに恨まれるのも当然だわ。」
「そんな・・・そんなことないです・・・」
「美鈴。本当にごめんなさいね。こんな私を、許してくれるかしら?」
「そんな!許すも何も悪いのは私で・・・」
その言葉を遮り咲夜は言葉を続ける。
「もし、貴女が私を許してくれるのなら、私も貴女を許します。それでおあいこよ」
顔をあげ、咲夜の顔をみる。まだ、皆が仲良く仕事をしていたときに見た、あの優しい笑顔だった。
「はい・・・。おあいこです・・・」
そう言って美鈴も微笑む。お互いの罪をぶつけ合い、認め合った。そこに曇りは無く、清々しい空気に満ちていた。
医務室を後にして門番隊の詰め所へと向かう。まだ仕事は残っている。彼女たちに謝らなくては。そして出て行った
者たちを連れ戻さなければ。今回の自分勝手な決断のせいでとてつもない迷惑をかけてしまったのだから。
ガチャン
扉を開ける。そこは騒々しくて、とても賑やかだった。
「あ、隊長!おかえりなさい。遅いじゃないですか~」
「おかえりなさいませ、隊長。御戻りになられてなによりです。」
次々に浴びる「おかえりなさい」の声。そこには副長をはじめ、誰ひとり欠けることなく門番隊全員が揃っていた。
「みんな・・・どうして・・・?」
みな、顔を見合わせにこりと笑う
「フォルですよ。」
「え?」
「アイツが考えたんです。門番隊とメイド隊のみぞが取り返しのつかなくなる前に何とかしようって。
隊長がここを出たのも、私たちが出たのも、残ったのも、全てはアイツが仕組んだ作戦です。」
「・・・うそ・・・」
副長が一歩前に出て、優しく説明する。決して焦らず、一つ一つ大切に話すように
「隊長がここを出られる前夜。フォルからその旨を告げられました。最初は誰ひとり信じませんでしたが、
あいつの細部まで入念に練られた作戦と、なによりアイツの熱意の強さに我々も生半可な覚悟ではないと悟りました。
あいつは言っていましたよ。師匠のためになるのなら面子やプライド、命ですら大した価値はないと。それを聞いて我々も
覚悟を決めました。我々とて貴女に忠誠を誓った身。貴女のためになるのならと作戦を実行に移したんです。」
「・・・。そんなことがあったんだ・・・」
「騙すような真似をしてしまい、申し訳ありません。それは我々の罪です。どんな処罰も甘んじてお受けします。」
いつの頃からか、皆真剣な表情になっていた。隊長のために、皆罪をものともせず事を成した。その顔に後悔の色はない。
「貴女たちを罰する資格は、私にはありません。さっき、自分勝手な私にこう言ってくれた人がいました。
『貴女が許してくれるなら私も貴女を許します。それでおあいこ』と。もし、貴女たちがもし、私を許してくれるのなら、
私も貴女たちを許します。それでおあいこにしましょう」
そう言ってにっこりと微笑む。皆も互いをみあった後満面の笑みを浮かべた。
「はい!おあいこです!!」
一しきりの挨拶を終えて一つの疑問が浮かんだ。首謀者の姿が見えなかった。
「ねぇ。フォルはここには来なかった?」
場の雰囲気が凍りつく。その一言を恐れていたかのような振る舞いになる。
「さぁ。来てませんね。今日はまだ会ってませんし。どっかほっつき歩いてるんじゃないですか?」
一同に知らないという。だが、美鈴は認めなかった。フォルが彼女たちに事の終りを知らせなければ彼女たちは
ここに戻れるはずはないのだ。みな、嘘をついている。副長を呼び、改めて問いただす。
「副長。本当の事を話しなさい。それとも・・・、また私に嘘をつきますか?」
「!!」
副長にとってそれは反逆にも等しき行為だった。フォルの頼みだ、嘘は貫き通したいが、隊長に嘘はつけない。
彼女の心は大きく揺れ動いていた。そんな中、美鈴は優しく微笑む
「副長。貴女は本当に真っ直ぐな人だ。フォルのために嘘をついているのでしょう。でも、もしその嘘を貫いて生まれた結果が
本当に皆が幸せになれる結果ですか?もしそうなら、私はもう何も言いません。よく考えてください。」
その言葉は彼女の心を貫いた。確かにこのまま嘘を貫き通しても皆が幸せになれるだろう。フォルを除いて。
時に、面子を潰してでも引き込み、温かく包み込む事が大事だと知る。彼も言っていた。大切なのは面子ではないと。
美鈴の言葉に彼女は折れた。
「先程・・・隊長と入れ替わるように出て行きました。今頃はお嬢様の所にいると思います。」
「お嬢様の?」
「はい。我々は止めたのですが、あいつは『たとえどんな結果であれ、罪は罪。その首謀者は裁かれるのが世の理。
それを違える事は誰にも出来ません』そう言ってその扉から出て行きました。今回の事件の責任をとるために。」
「そんな・・・」
「我々も一緒に行くと言ったのですけど、隊長を向かえる者がいないのはおかしいと。皆で責任を取れるように
話してくると言ってました。でも、たぶん1人で責任をとるつもりだと思います。あの瞳は覚悟を決めた者の眼でした。
何人も寄せ付けぬ眼をしていました。」
最後に副長が言う
「お嬢様のことです、恐らくは彼の提案を受け入れるでしょう。そして彼は必ずここを出て行きます。扉を出る際、
彼は私に言いました。師匠を頼みますと。隊長、お願いです。アイツを止めてください。責任なら我々全員で取ります。
どうか、お願いします。」
声に出さなくとも皆同じ気持ちだった。目で訴えかける。
「当然だよ。フォルを含め皆で一つの門番隊だよ。誰一人欠けることはこの私が許しません。」
その顔に笑顔が戻る。
「お嬢様のところに言ってきます。何かあった場合の対処は副長に一任します。」
「畏まりました。後のことはお任せください。フォルのこと、お願い致します。」
こくりと頷くと踵を返し駆け出す。どうか間に合って欲しい。その気持ちでいっぱいだった。
この扉を見るのは以外にも2度目だった。そこまで長く勤務していた訳ではないが、二度しか見たことのない建造物は
この扉だけだろう。最初の時とは違い、不思議と緊張感はなかった。
コンコン
「フォルトナー、入ります」
しばらくの間があり、声が聞こえる
「どうぞ、お入りなさい」
ガチャン
扉を開き中に入る。初めて会った時と変わらず、数段高くなったところにあるイスに少女は腰掛けていた。
すぐ後ろには従者も従えている。最初と何もかも一緒だった。近くまで歩み寄り、数歩の間隔をあけて止まる。
「何の用かしら?」
意味ありげな微笑みを浮かべながらレミリアは言う
「今回の事件の首謀者、出頭致しました。」
そう言って深く一礼する。顔を上げてなお彼女の顔は変わらなかった。
「そう、貴方が犯人だったのね。何をしたのか、詳しく話しなさい」
恐らくレミリアは大体の事は知っているだろう。だが、そうさせるのが面白いからそう発言したのだろう
少しの間をおき、静かに話し始める。
「師匠をたきつけて館から出させました。その際、メイド隊とも調整し、捜索にはメイド長である
咲夜さんが行くようにさせました。また、門番隊がいない場合、館がどうなるのかを知って頂く為に門番隊にも
話をし、無断で館を出て頂きました。そのためにわざと見つかりにくい森に逃げ込みました。
森でも、師匠と咲夜さんを直接戦わせないために自分が戦いました。二人が戦っては話し合いは出来ないだろうと
考えたからです。その後は出たとこ勝負程度にしか考えていませんでしたが、自分が死ぬにしろ助かるにしろ
それで二人が話し合うきっかけになればと、それだけを考えていました。それが事の全てです。」
レミリアは終始微笑んでいた。頬に片手をつき、楽しそうに見ていた。
「なるほど。じゃぁ、どうしてそんな事件を起こそうとしたのかしら?」
「このままでは取り返しがつかなくなると思ったからです。事を成す前の両者の関係は非常にみぞの深いものでした。
その関係は部下にまでおよび、このままでは紅魔館が維持できなくなると思い、ことに至りました。
それに・・・」
「それに?」
「咲夜さんと師匠はとても長い付き合いです。その信頼関係は並みではないはずです。その二人がいがみ合う姿を
見るのはとても忍びなかった。この二人には仲良くしていて欲しい。その関係を取り戻すことが、命を救って頂いた
師匠に出来る恩返しだと思い、今回の事件を考えました。」
その言葉が聞けてレミリアは心底嬉しそうだった。チラっと後ろの従者を見る。目と目が合い、咲夜は赤面してうつむく。
「いい部下を持ったわねぇ・・・」
にやつきながら視線をフォルに戻す。
「それで?貴方は何しにここまで来たのかしら」
「責任を取りに」
「責任、ねぇ?」
「どんな結果であれ、誰かがその責任を取らねば示しがつきません。今回の事件は自分が考え、自分が皆を扇動しました。
責任の全ては自分にあります。その責任をとり、この館を・・・」
バターーン!!
爆音と共に扉が開け放たれる。いや、正確には飛んだ。もう3歩後ろで止まっていたら激突していたであろう位置に
吹き飛んだ扉が着地する。
「いてて・・・と、止まれなかった・・・」
おでこをさすりながら現れたのは紅 美鈴であった。
「師匠!?」
流石のフォルも驚いたようだ。声が上ずっている。
「ま、間に合った・・・!」
呼吸を整えレミリアへと向き直る。覚悟を決め発する。
「お嬢様!どうかフォルを辞めさせないで下さい。お願いします!!元はと言えば私が招いた事件です。
フォルが責任を取るというのなら私もとります。彼が出てゆくのなら私も」
レミリアがため息をつきながら言葉を遮る。
「それを3日前に怒られたんじゃないの?」
「あ・・・でも・・・」
「まったく、あなたはいつも視界が狭まる癖があるわねぇ。」
「でも、フォルが揃って初めて門番隊が全員揃います。彼抜きでは門番隊は機能しません。ひとりでも欠けたらダメなんです」
その言葉に嘘はなく、レミリアもそれは分かっていた。もとより最初から彼女は怒ってはいなかった。むしろフォル同様紅魔館の
組織関係に問題を感じていたひとりだった。たしかに、門番隊がいなくなって、妖怪に館内部まで入ってこられた時は
いらつきもしたが、門番隊の必要性を感じさせるには必要だと感じていたらこそ何も手を出さなかった。
もともと門番隊はメイド隊同様、絶大な信頼を置かれている部署である。だからこそ、今までどんな問題が起きても
誰一人クビにならなかったのだ。そして、それはこれからも変わらないだろう。
「ふぅ~・・・。貴女たち、何だか話がどんどん飛躍しているようだけれど・・・」
「・・・?」
フォルも美鈴も頭に?が浮かんでいた。言っている意味が分からなかった。ただひとり、従者のみが微笑んでいた。
「私がいつ彼をクビにすると言ったの?それを承諾した覚えもないわ。責任とって辞めるなんて、この世界ではたいした
意味をもたないわ。迷惑をかけたと思うのなら、それが晴れるまでここで償いなさい。」
「お、お嬢様・・・!」
美鈴は満面の笑みだった。フォルも安心はしていたが、多少腑に落ちなかった。
「そーねぇ・・・。門番隊にかけた分の迷惑は美鈴に任せるとして、メイド隊の分は何がいいかしら、咲夜?」
「そうですね。先の防衛でメイド隊にも怪我人が出てまして。その者の代わりにトイレ掃除でもやらせては如何でしょうか?」
「じゃ、決まりね。フォル。」
改めて呼ぶ。場の空気が少しだけ変わり、話のまとめが出るのだと察する。
「貴方には引き続き門番隊での勤務を命じる。迷惑かけた分までしっかりと働きなさい。それと同時に1ヶ月のトイレ掃除。
館全部のトイレをピカピカにしなさい。あとは・・・そうね。誰かさんが壊したその扉も直しておいてちょうだい。
いいわね?アルバート・フォルトナー」
「・・・」
「ほら・・・フォル」
「畏まりました。今まで以上に職務に邁進いたします。」
「うん。よろしい」
フルネームでの呼名。それによって今回の事件は幕を閉じた。被った被害は少ないとはとても言えないが、
皆が、昔のようになったと喜び、誰一人今回の事件を恨む者はいなかった。咲夜と美鈴の仲も昔のようにすっかり良くなり
それに合わせるようにメイド隊と門番隊の仲も、徐々にではあるが良くなっていった。今の紅魔館に前のような重く、息苦しい
雰囲気は微塵も無く、この春空同様、雲ひとつない晴天のような爽やかさに満たされている。
この後、地獄の様な便所掃除が始まるが、それはまた別のお話である。