『ハナイチモンメ~永遠の遊戯~』
勝ってうれしい 花いちもんめ
負けてくやしい 花いちもんめ
あの子が欲しい
あの子じゃ分からん
相談しましょ
そうしましょ
●
月から落とされこの星で転生してから、もうそれなりの月日が流れていた。
私の名はカグヤ。今は「輝夜」と名付けられている。
月で禁薬とされていた蓬莱の薬を飲み、永遠の命を手に入れた罪の姫。
そんなのはどうだって良いことなんだけど。
家庭教師に勉強しろと言われないし、うるさく小言を言う侍従もいない。
私を育ててくれたジジとババは私を可愛がるばかり。
むしろ今の生活の方が居心地が良い。
ただ一つ問題があるとすれば、それは退屈。
こればかりは月でもここでも変わらない。
月にはエイリンという風変わりな知り合いがいたからマシだったけど。
退屈は永遠の最大の敵と言ってもいい。
永遠の命を手に入れても人がそれを手に余すのは、退屈と上手くつきあえないから。
退屈は次第に脳を蝕み腐食させる。
そうなると永遠の命も何もあったものじゃない。
壊れた命に永遠は相応しくない。とても醜くて見苦しいただの物。
そこに在るだけでなんの役にも立ちやしない。
だからそろそろ、この退屈を払拭できる玩具が私は欲しかった。
○
私は一歩も外には出してもらえない。元々出られない体なんだけど。
屋敷の奥でひっそりと、大事にされるわけでもなく、その存在が外にばれないように。
それでも器量の良い女であることは、他家と縁を結ぶのには有効な武器だから。
私はただその為だけに生かされている。
こんな髪のせいで。
こんな眼のせいで。
あんな母親のせいで。
どうして神は人を不公平にするんだろう。
この日に弱い白い体と髪、そして赤い眼。
望まれずして生まれ、私のことは隠されたまま。
外には出られないし出してももらえない。
こんなことで私は生きていると言えるのか。
●
退屈で退屈でしょうがなかった私は、ある満月の夜に屋敷を抜け出した。
ジジもババももう床に就いている時間だから、抜け出すくらい朝飯前。
夜明けよりも前だから、本当に朝飯前の時間なんだけど。
月明かりに照らされた道はとても明るい。
普段は文字通り土気色をしている地面が、今は煌々とした白さに変わっている。
周囲を竹藪に囲まれたこの場所は、人気も少なくて夜はとても心地が良い。
夜は私だけの物。そう思えるくらい静寂が全てを支配している。
私は意味もなく昂揚していた。
くるくると踊るようにしてその白くて静かな道を練り歩く。
誰も見ていない、誰にも見せるはずもない私の舞。
だけどそれは見られていた。
くるくると回る世界の中、私はある一点に目が釘付けになって足を止める。
立ち止まった場所は、貴族のものらしいそこそこ大きな屋敷の側だった。
少なくとも今の私よりは身分が上だろう。
その屋敷の中、月明かりを受けた縁側に“彼女”はいた。
月光の白さを受けてより白く輝く長い髪。
肌の白さは遠目から見ても、まるで白雪のように艶々としている。
儚くて、触れればすぐに壊れてしまいそうな危うい美しさ。
私は一目で彼女が好きになった。
○
夜は私が唯一外に出ても良い時間。
ただし誰にも内緒だけれど。
父上も従者たちも眠りについて、起きているのは月と星と私だけ。
日の光に弱いこの体も、月の光は大丈夫。
外に出ても私の存在は知られない。
だから私は時折こうして縁側に出る。
夜の世界はとても静かだけれど、とても優しく私を迎えてくれる。
今日は満月。白くて大きなまん丸お月様が私に「こんばんは」と言ってくれている気がした。
自分でもよく分からないけど、今日はなんだか良いことがありそう。
そんな風に月夜を眺めていた目を、ふと下ろして私は驚いた。
その月光の下、一人優雅に舞を舞う少女の姿。
長く艶やかな黒髪が舞の軌跡に合わせて弧を描く。
目、鼻、唇の全てが、まるで作られたかのように整ったとても綺麗な顔。
その顔がふいにこちらを向いた。
あの子もこっちの視線に気がついたらしい。
だけど今の私には、人に知られてはいけないという父上の戒めはまったく思い浮かんでこなかった。
本当なら早く屋敷の奥へ隠れなければならないのに、私はそうしなかった。
満月だけが見下ろす中、草木も眠る丑三つ時に私と黒髪の少女はしばらく、ただ無言のまま見つめ合っていた。
口を開けばもう二度と会えなくなりそうな、何故かそんな気がしていたのだ。
●
あの夜から、私は出会った少女のことが気になって気になってしょうがないでいた。
退屈なんてあの一瞬で何処かへ行ってしまった。
あんなにも綺麗なものが、こんな汚い星にあったなんて。
嬉しい。むしょうに嬉しい。
私は綺麗な物が大好きだから。
ゴミ山の中でとても稀少な宝石を見つけたときのような、そんな興奮と喜び。
だから――たまらなくあの子が欲しいのだ。
○
次の満月の夜。
もしかしてまたあの子が来るかも知れないと、私は縁側に出て月を見ていた。
いけないことだとはわかってる。
でも話はしないし、ほんの僅かな間ただお互いに見つめ合うだけ。
この前の時は、風が吹いて竹の葉がざわめいた瞬間に、あの子の姿は見えなくなっていた。
名前も知らない。素性も知らない。
とても不思議な雰囲気をもったあの子。
ふと見るといつの間にかあの子がこっちを見て微笑んでいた。
私もすぐに微笑みを返す。
なんだか傍から見たらすごく滑稽なんじゃないかしら。
だけどこの滑稽な逢瀬が、本当ならいてはいけないはずの私にはお似合いだと思った。
●
何度も逢瀬を重ねている内、私の我慢は限界を迎えていた。
どうにかしてあの子を手に入れる術はないものか。
人間である以上、きっといつかはあの美しさは失われてしまう。
そうなる前に私の物にしたい。
だけどどうやって?
月にいた頃のように、私には仕えてくれる兵士はいない。
無理矢理に連れ去るのは無理な話。
ジジとババに言っても、多分無理に連れてくるのは否定されるだろう。
金で買うという手段も、あの二人のことだから絶対に頷いたりしないはず。
だから私も安心してここにいられるわけだけど、その誠実さが今は少し疎ましい。
それでも欲しい。
その為にはまずあの家と近づくことが先決だ。
聞くところによると、あの家は藤原家の血筋らしい。やはりあの子は貴族の娘なのだ。
貴族の家ということは、今の私の身分では屋敷に立ち入ることすら許されないだろう。
どこかしらで縁の切れ端を掴むことができなければ、これ以上の話は進められない。
誰もいない満月の夜に会ってしまえば一番早いのだけれど、何故か近づこうとすると向こうが逃げていく。
だからいつもただ黙ったままで見つめるだけ。
そのもどかしさも素敵なんだけど、やっぱり私は私の物にしたい。
そんな中、私の元に数名の貴族から、求婚の話が舞い込んでくる。
その中の一人を見て、私はあることを思いついた。
○
明日、父上は自分より身分の低い相手に求婚しに行くという。
私のことをあれだけ世間体を気にして隠すほどの父親が、身分の差を置いてまで惚れた相手。
気にならないと言えば嘘になる。
だけど反面、その娘に私は負けたということだ。
父上の愛を受けようと、言い付けを守り、多くの稽古もこなしてきたというのに。
その美貌だけで私は知らぬ娘に負けてしまった。
悔しい。
私の心の中は、その見知らぬ娘への嫉妬でいっぱいだった。
●
その日、私の元には五人の貴族がやって来た。
どいつもこいつも身分だけはそこそこあるようだけど、まったくもって薄汚い。
しょせん身分なんて人の作った薄汚い制度でしかないもの。
それを権威として振りかざしたところで、その者の美しさにはなんら影響がない。
真に美しいとはあの子のようなことを指すのだ。
「輝夜殿。私を呼ばれたということは良い返事がいただけるということですな」
「なにを言っておる。輝夜殿は私にこそ良い返事を下さるのだ」
「えぇい、輝夜殿の面前で騒ぐな。どうせお前達には良い返事は来んがな」
吐き気がする。
よくまあそんな風に自分勝手なことが言えたものだ。
五人呼んだのに、それぞれがもう自分こそが選ばれたのだと自惚れている。
私は王族として鍛えられた取り繕いの仮面を付け、徐に話し出した。
「皆様、よく来てくださいました。さて早速本題に入らせてもらいますが、
卑しき身分である私を妻に迎えてくださることは、たいへん光栄なことでございます。
ですが一度に何人もの方から求められても我が身は一つ。
どなたか一人を選ぼうにも、私には荷が重すぎます。
故に私はある方法を用いて、その選を行おうと考え、皆様をお呼びしたのです」
「――なるほど。してその方法とは?」
「“宝探し”でございます」
私はそれぞれの貴族に難題を与えた。
ある者には“仏の御石の鉢”
ある者には“竜の頸の玉”
ある者には“火鼠の皮衣”
ある者には“燕の子安貝”
ある者には“蓬莱の玉の枝”
どれもあると伝説に詠われる代物ばかり、要するに見つけられようはずもないものだ。
それでも己に不可能はないと、世迷い言を確信している貴族達は、必ずやと胸を張っていた。
しかし私が真に欲しい物は、そんなあるかどうかも分からない宝じゃない。
○
求婚の返事を聞きに行った父上は肩を落として帰ってきた。
なんでも他に四人も求婚してきた貴族を招いて、難題をふっかけてきたらしい。
その難題が見事解けたものに嫁ぐという話みたいだけど、要するに遠回しに拒んでいるんじゃないか。
それならそうとはっきり断ればいいものを。
父上に出された難題は“蓬莱の玉の枝”をもってこいというもの。
その宝に関しては私も書物で幾つか知るところがあった。
“はるか東の海に蓬莱山という名の山がある。
そこに銀を根とし、金を茎として、宝珠を実とする木があるという”
父上が持ってこなくてはならないのはその木の枝だ。
だけどそんな書物の伝承にしかない物をどうやってもってこいというのか。
そもそも銀の根に金の茎、そして宝珠の実が生る木なんて存在するもんか。
だけど父上の真剣な表情を見ていると、そんなものはないんだから、
さっさと婚姻のことは忘れてしまった方が良いなどと、言えるはずもなかった。
●
元より結婚なんかする気のない私は、解答不可能な難題を出して婚礼の話を断った。
だけどそれは手段でしかない。
もうしばらくすればどうにかこうにか手を駆使して、解答をもってくる連中も現れるだろう。
その前に私にはやるべき事があった。
翌る日、私は彼女の住んでいる屋敷を一人で訪ねた。
もちろん家主の車持皇子は驚いていたが、すぐに中へと通してくれた。
この時点でこいつは解答を諦めたのだと私は悟る。
はるか東の海にあるとわざわざ言ってあげたのに、ここにいるということは探しに行っていない何よりの証拠。
だけどそんなことはどうだって良い。
難題について途中の経過を聞きに来たという建前の元、私は彼女を手に入れる計画の第二段階を開始した。
○
今日は屋敷の中がやけに慌ただしい。
従者の一人を捕まえて聞くと、なんと例の父上の求婚相手が向こうからやって来たのだという。
まったくの寝耳に水の訪問に、父上も屋敷の人間も慌てふためいているというわけだ。
どこまで迷惑をかければ気が済むのか。
だけどもし、これがはっきりとした求婚の拒否なら、これ以上の迷惑は起こらないはず。
そうであることを祈りながら、私は屋敷の奥へと引っ込んだ。
●
屋敷の中に通された私は、当然の如く車持皇子の面前へと案内された。
車持皇子はどんな用件で私が来たのかと、複雑な表情が隠しきれないでいる様子だった。
「ま、まさか輝夜殿が自らおいでになるとは」
「えぇ。皆様の様子が気になって尋ねて回っているんですの」
「そうでしたか。それで他の四人の様子は……」
そりゃあ気になることだろう。
だけど実際来たのはここが初めてだ。
私は適当に「皆様だいぶ苦労されているようです」と言っておいた。
そもそもこんな話をしに来たんじゃない。私は早速本題を切り出した。
「そういえば、この屋敷にはとても美しい姫がいると聞いたのですが」
「えぇ、大勢おりますとも。我が姫の中に知り合いでも居られるのですかな?」
「白い髪の姫なのですけ――」
「そんな者はこの屋敷にはおりませんっ」
言葉を言い終える前に否定したら、いるって肯定している証拠じゃないの。
どこまでも愚かな男に、私は心の中で何度目か分からない溜息を吐いた。
だけどあそこまで頑なに否定しているということは、知られると不味い存在というわけか。
どうせ望んで生ませた子じゃないとか、その辺りのくだらない理由で隠しているんだろうけど。
この男に対する私の印象は下がる一方だ。
「私に隠し事ですか? ここに白い髪、赤い瞳の姫がいるのはわかっているのですよ」
「どうしてそれを……」
「貴方様が隠したいならそれでも構いません。どのみち私は知っているのですから」
「……妹紅になんの用ですか」
妹紅というのか、あの子の名前は。
さすがにここまで言われると、隠し立てもできないと悟ったのか、車持皇子は妹紅の存在を認めた。
ここまで来れば私の計画は大詰め。叶ったも同然だ。
「妹紅を私にくださいませんか」
「なっ」
「冗談ではありません。一目見たときから私は彼女を気に入ったのです。貴方様が私を一目見て気に入ったのと同様に」
「それは……できません」
「そうでしょうね。では妹紅を頂けたら、私が貴方様の元に嫁ぐと言ったら?」
「そ、それはっ」
これほど相手にとって魅力的な提案はないだろう。
蓬莱の玉の枝という、元より見つけられもしない宝を探すより確実なのだから。
別に嫁いだところで男の相手はしなければいい。
私は妹紅が手に入ればそれでいいのだ。
機会を計ってジジとババの元に帰ればいい。もちろん妹紅を連れて。
妹紅は私の物になっているのだから何も問題はない。
しかしこの男、私が思っているほど愚かな人間ではなかったらしい。
「申し訳ないが、やはりできませぬ」
「そうですか。それでは当初の約束通り、貴方様が蓬莱の玉の枝を持ってきてくれたら、
私は何も求めず貴方様の妻となりましょう。ただ……」
「どうかされましたか」
「宜しければ妹紅と会わせてはいただけませんか。一度で構いません」
○
例の娘がどんな者なのか気になるけれど、外に出たら父上に迷惑が掛かる。
だから私は自分の部屋で、娘が帰るのをじっと辛抱して待っていた。
そこへ従者の一人がやってきて、ふすま越しに話しかけてきた。
ようやく帰ったのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
「実は……妹紅様にお会いしたいと」
「何ですって?」
なんでも自ら父上に進言したらしい。
私の存在が外にばれている?
だとしたらそれは大変なことだ。
今までなんの為にこの身を隠してきたのかわからなくなる。
いやそれよりも、私のことが知られれば父上に迷惑が掛かってしまうのではないか。
妹紅という娘は存在してはならない。
その存在を知っているという父上の求婚相手。
私は意を決して彼女と会うことにした。
●
「こんにちは。こうして昼間に会うのも、面と向かって話すのも初めてね」
「そんな……まさかあなただったなんて」
私の姿を見た妹紅はとても驚いていた。
その顔がまた可愛らしくて、思わず私も微笑んでしまう。
「私は輝夜というの。改めて初めまして、藤原妹紅」
「輝夜……。父上の求婚相手」
「そう言われるのはあまり好きじゃないわね」
「一つ聞かせて。どうしてあなたは父上に難題を出したの」
なるほど、妹紅は美しいだけじゃなくて頭も良いらしい。
私が単に断ればいいものを難題という回りくどい形で断ったことに何か意味があると考えたようだ。
何より断りだと気付いている時点で、あの五人よりも聡明だとわかる。
私は妹紅のことがますます気に入った。
「婚礼が嫌ならはっきりと断ればいいじゃない」
「そうね。でも私は欲しい物があったから」
「だから探させると?」
「いいえ。私が欲しいものは目の前にあるわ」
「えっ」
「私が欲しいのは貴方よ――妹紅」
○
今こいつはなんと言った。
刹那、輝夜は私のすぐ近くまで顔を寄せてくる。
お互いの吐息が肌で感じられるほどの距離。
私はあの月光の下で舞っていた少女を、初めて怖いと思った。
いや畏怖なら最初から感じていたのかも知れない。
だけどこんなにもはっきりした恐怖に変わるなんて思いもしなかった。
「私は愚かな人間達には興味がないの。どこまでも狡賢くて見るのも嫌だわ」
「それは……父上のこと?」
「だけど貴方は違う。この汚れた星にあって、とても高貴で純粋な美を持っているわ」
「やめて」
「え?」
「はなしてっ」
私は思いきり彼女を突き飛ばした。
突然のことに、よろめいて尻餅をつく輝夜。
満月の夜に会っていた彼女は、とても神秘的で優しそうだった。
他人と交わってはいけない私が唯一逢瀬を楽しめた相手。
その正体がまさかこんな奴だったなんて。
彼女は私を綺麗だと褒めてくれた。それだけなら嬉しさも感じていただろう。
だけどその前に言った言葉が、私を怒りに駆り立てていた。
「父上を悪く言うなら、私は容赦しないわ」
「その顔も素敵だわ。……だけど、そう、わかったわ」
輝夜はしつこく残ったりはせず、私が怒りを見せると大人しく帰って行った。
一人残された私は、しばらくの間ただ立ち尽くしているしかない。
彼女が父上の求婚相手だったこと、そして彼女の本性、その真の目的。
一度に私を襲った衝撃は多すぎたのだ。
●
私は帰ってくるとすぐに自室に引き籠もった。
ジジとババが何か言っているが、今の私の耳には何も入らない。
だって私の頭は妹紅のことしか考えられないでいるのだから。
声も素敵だった。
怒った顔も可愛かった。
性格も真っ直ぐで幻滅させられることはなかった。
むしろもっと好きになれた。
だけどそれ故に――
今の彼女は私のものにならないとわかった。
◎
勝ってうれしい ハナイチモンメ
マケテクヤシイ 花いちもんめ
あの子がホシイ
あの子じゃ分からん
ソウダンしましょ
そうしましょ
○
あの日から父上は、さらに必死になって蓬莱の玉の枝を探すようになった。
だけど元々伝説としか伝わっていないもの。
探しようにも充てはなく、日増しに父上はやせ細っていった。
そんなある日、父上は名案を思いついたと都に幾人かの使いを出した。
私は、もうこれ以上はあんな奴の為に父上が苦しむことはないと言ったのだが、
心を奪われてしまった父上は聞き入れてはくれなかった。
そして私にも父上に対して強く言えない理由があった。
輝夜は父上にも私をくれと言ったらしいが、父上は首を縦に振らなかったという。
父上が必死になっているのは、私を輝夜には渡したくないからだ。
その理由がたとえ、権威を保持するために私が別の家に嫁ぐためだったとしても。
父上の役に立てるなら、私はそれで良い。
だけどせめて嫁ぐ前に、父上と輝夜の関係はどうにかしなければならないと、私は考え続けていた。
●
妹紅と最後に会った日。
あれからは満月の夜にいつもの場所にやってきても妹紅は姿を現さなくなった。
私は貴方だけを見つめていたのに。
満月の夜はとても幸せだったのに。
夜の世界には誰もいなくて、綺麗な空と綺麗な空気、そして綺麗な貴方だけがいた。
そんな世界で、私は貴方だけを見ていたいのに。
もう本当に貴方の心は私のものにはならないの?
私は貴方が、コロシタイホドダイスキナノニ……
あれからしばらくの後、まず御石の鉢を持って、一人の貴族がやって来た。
だけどすぐに偽物だと気付いて退場してもらったのはいうまでもない。
私はずっと妹紅のことしか考えていないのだ。
つまらない相手などしている暇はない。
だけど、それから数日後。
蓬莱の玉の枝を難題として出していた車持皇子が、自信満々にやってきた。
まさか本当に見つけたとでもいうのか。
私は一抹の不安を感じながらも、彼を屋敷内へと上げるよう言った。
「どうですか。これぞご所望の“蓬莱の玉の枝”でございます」
「金の枝に宝珠の実……確かに言ったとおりの代物ですわね」
「そうでしょうそうでしょう。これで妹紅のことは関係なく、私の所に嫁いでもらえますな」
「……そうですわね」
毛頭そんな気はない。
これが偽物であることは、以前彼の屋敷を訪ねたときに確信ができている。
この男にそんな苦労ができるとは到底思えない。
しかしこれが偽物だとどう証明してみせようか。
その時腰を低くして一人の男性が入ってきた。
身なりから見るに、そこそこの身分の者ではあるらしい。
「あの、すみません。車持皇子様がこちらに来ていると聞いたもので」
「あなたは?」
話を聞くとその者は都の職人たちから言づてを受けた公文司の役人だという。
なんでも車持皇子は蓬莱の玉の枝を都屈指の職人達に作らせたが、その報酬を払っていないままだという。
これはとんだ解決策が飛び込んできてくれたものだ。
こうなれば私が何をしなくても、この男は恥を晒して破滅することだろう。
しかし偽物を作らせてまで私を手に入れたいとは、どこまでも腐っている。
私はこの侮蔑をこの世界の流れに乗って、歌で返すことにした。
『まことかと聞きて見つれば言の葉を飾れる玉の枝にぞありける』
それがとどめとなって、車持皇子はすごすごと帰って行った。
まったくいい気味だ。
最初から妹紅を私にくれていたら、全部丸く収まっていたというのに。
○
父上の企みは失敗した。
帰って来るなり泣き崩れ、もう二度と世に顔は出せまいと酷く落ち込んで。
あの得体の知れない恐怖を知っている私は、輝夜にはどんな企みも通用しないとはなんとなくわかっていたけど。
だからといって父上にこんな仕打ちをするのは許せない。
私の中で輝夜への復讐心が燃え上がったのは、この時だった。
そんなことがあった次の満月の夜、私は初めて屋敷を抜け出した。
誰の目も日の光も気にせずに私は走る。
輝夜の屋敷は事前に従者に聞いて大体の位置は把握していた。
だけど外に出るどころか、走るのも私には殆ど初めての体験になる。
疲れが生じ始めたのは屋敷を抜き出してからすぐのことだった。
足が重い。息が切れる。
どれだけ歩けば目的の屋敷にたどり着くのか。
たしか竹藪に周囲を囲まれた辺鄙な場所に建っているって聞いたのに。
額に浮いた球の汗が、こめかみを伝って顎まで届いて滴り落ちる。
ずっと屋敷の中で動かずにいたからか、限界はすぐに訪れた。
このまま進んだら、今度は帰れなくなってしまう。
そうなってしまうと輝夜への復讐どころの話じゃない。
私は諦め、この日は帰路に就いた。
◎
カッテウレシイ ハナイチモンメ
マケテクヤシイ ハナイチモンメ
アノコガホシイ
アノコジャワカラン
ソウダンシマショ
…………
●
五つの難題は全員が失敗で終わった。
結局偽物の蓬莱の玉の枝を持ってきた車持皇子の後には、誰も訪れてはいない。
だけど最初から妹紅に近づくのが目的の計画だったのだ。
失敗してもらって当然だし、もはや私の興味の対象からは完全に外れてる。
だけど私は妹紅を諦める気はまったくなかった。
むしろあの事を通して私の妹紅への想いは募る一方。
貴方の全てが見たい。笑顔も、怒った顔も、泣き顔も……。
それなのに、もうすぐ別れの時が来てしまうなんて。
○
輝夜の難題のせいで、完全に父上は世間からの信用を失った。
父上は完全に俗世を疎い、誰も信用せず山に籠もってしまった。
もう私の家はお終いだ。
姉上たちは次々と嫁いでいき、兄上や弟たちは屋敷の金を分配して親戚の元へ奉公という形で去っていく。
こうなってしまえば、もう存在がどうと気にする必要はない。
そしておかげと言ってはなんだけど、私の決心も付いた。
必ず輝夜を殺す。
私の家をメチャクチャにした、私から父上を奪っていったあの憎き輝夜を。
だけどその準備を進めていく中で、私は輝夜についてある噂を聞いた。
なんでもあ輝夜の屋敷に月からの使者が来て、次の満月の夜に輝夜を月へと連れ戻すという話らしい。
それでは困る。
月からの使者というのは俄には信じがたい話だけど、輝夜が連れて行かれてしまえば復讐もできない。
私の憎しみはどこへ向かわせればいい。
メチャクチャにされた私の家はどうなる。
早く輝夜を殺さなければ。
与えられた時間は少ないのだから。
●
使者の中に永琳の姿を見た。
その時点で私は月には帰らないと心に決めた。
あんな所に帰るくらいなら、この地上で暮らす方が良い。
永琳が私の知る彼女のままなら、きっと私に着いてきてくれるだろう。
妹紅のことは、残念だけど少しほとぼりが冷めてから迎えに来よう。
だけどただ待っているだけじゃ、彼女は老いてしまう。
せっかくの美しさも時が経てば、いずれは滅びに向かって廃れてしまう。
あの天に輝く星々もそうであるように、時が流れるものはすべからく死すべくして存在しているのだから。
そうなってしまっては意味がない。
……そうだ。イイコト考えた。
○
約束の満月の夜がやってきた。
輝夜が月の使者に連れ戻されることがわかってから、何度も輝夜を殺しに屋敷を訪れたのだが、
どうにも見張りの者が多すぎて近寄れない。
せっかく屋敷までたどり着いても平気な体力を手に入れたというのに。
だけどきっと使者が連れて行く時には隙ができるに違いない。
その一瞬の隙を突いて私はこの手で……。
もうすぐ輝夜の屋敷が見えてくる。
満月に照らされた獣道を一歩一歩踏みしめながら、口の中で手順を繰り返し呟く。
懐には父上が置いていった短刀を忍ばせている。
私の力じゃ、これくらいしか武器として使えない。
だけど私と同じくらいの体つきの輝夜を殺すには充分なはずだ。
月の光を浴びていると、まるで父上から激励を受けているような錯覚さえ覚える。
きっと恨みは晴らします。
兄弟たちの思いも一緒に、父上の短刀に込めて。
そしてしばらく歩いていると輝夜の屋敷が見えてきた。
しかし何か様子がおかしい。
何人もの人間が集まって、まるで戦のような怒号が飛び交っている。
私は風のように竹林を駆け抜けた。
●
私は月に帰りたくない。
そう漏らすと、ジジとババはそれに賛同してありったけの金を使って兵を雇った。
でも月の使者相手に、この星の今の武力では到底叶うまい。
ただ私と永琳が逃げる隙を作ってくれればそれで良い。
「おじいさん、おばあさん、使者が来る前に渡しておきたいものがあります」
「なんだい?」
「これを」
言って私は小さな壺を渡す。
それは使者が宣告にやってきた折、永琳から受け取っておいたものだ。
思えばあの時既に永琳には、私の思いはすでに見透かされていたのだろう。
「これは永遠の命が手に入る『蓬莱の薬』です。ここまで育ててくれた感謝の気持ちを込めて二人にこれを差し上げます」
「え、永遠の命とな……」
「たまげたもんじゃ。じゃが本当に良いのかえ?」
差し上げると言っているのに。
この人たちはどこまで誠実なのか。
貴方たちは妹紅と同じくらい大好き。
だけどもう随分老いてしまっているからいらないけど。
「……来たわね」
私の古い感覚が告げている。
もうすぐこの人たちとはお別れなのだと。
そして私はさらに罪を重ねた。
○
私が駆けつけたときには沢山の兵士が倒れているだけで、月の使者とやらも輝夜もいなくなっていた。
どうやら間に合わなかったらしい。
その場に崩れ落ち、私は短刀を地面に突き刺した。
輝夜の白肌に突き刺すように、固い地面に向かって何度も何度も。
だけど私の憎しみは消えることはない。
あと少し早く辿り着ければ、隙もあったかもしれないのに。
そんな私の背中に、突然声が掛けられた。
「お主、何者じゃ」
「誰……」
私は虚ろな瞳でそっちを向いた。
そこにはガクガクと膝を震えさせながら立つ老夫婦がいた。
きっと輝夜を育てていたという二人だろう。
家の中に隠れていたおかげで、この惨事から免れたようだ。
「輝夜は」
「連れて行かれたらしい……ここまで兵を雇ったというのに」
「……それは?」
私は老人の持つ小さな瓶に目がいった。
こんな状況でも大切に持っているということは、余程大切な物には違いない。
「輝夜からもらった薬の壺だ」
「へぇ」
「じゃがわしらの手には余るもの。輝夜もいなくなってしまった今、もう必要もない」
「どうするつもり?」
「今から山へ捨てにいこうと思っておる」
「そう……」
輝夜がいない今、輝夜に繋がるのはあの薬壺だけ。
そんなことをしても無駄だということはわかっている。
だけど私の憎しみが少しでも軽くできるのなら、壺を壊すくらいはやってやる。
私は老夫婦が捨てる瞬間を狙うため、こっそりとその後を追うことにした。
○
二人は山の中を歩いている最中、ずっと輝夜との思い出に花を咲かせていた。
拾ってきたときから成長するまで、事細かに幸せそうに。
だけどその幸せに育てられた反面で、あいつには裏の顔があった。
話を聞く限り、二人はそのことに気がついてはいないらしい。
それを知ると私は二人にも怒りが湧いてきた。
お前達が輝夜の本性に気がつかなかったから、あいつは好き放題に他人の人生を引っかき回したんじゃないのか。
お前達が輝夜を育てなければ、私や父上の生活はあのまま続いていたんじゃないだろうか。
けして幸せとは言えなかったかもしれない。
でも私はあの生活で満足できていたのだ。
それが、あの夜輝夜と出会ってしまったことで、全て失った。
家も、兄弟も、父上も。
そう思ったときには足が勝手に動いていた。
素早くもひっそりと月光でできた影の中を駆け抜け、そして懐から短刀を取り出す。
私には――もう何の躊躇いもなかった。
○
手から生々しい感触が伝わってきたとき、私はようやく我に返った。
足下には血溜まりに横たわる老夫婦の亡骸。
あぁ、私がやったのか。
人を殺めたというのに私はそれをどこか他人事のように感じていた。
その側に落ちている薬壺を拾い、中を覗く。
中には二粒の紅い丸薬が入っているだけ。
私はそれを取り出した後、硬い土にその壺を思い切り叩き付ける。
壺は特別な物ではなかったらしく、いとも簡単に砕け散った。
「終わった……」
結局輝夜は殺せなかった。
代わりに輝夜を育てた二人と、輝夜が残した壺を壊した。
それは輝夜のいた過去と未来を消したということだ。
私の体は、それだけでもう満足できたのか、これ以上は動けないと悲鳴を上げる。
血の上にも関わらず、私は仰向けに寝ころがった。
生臭い臭いが夜風に乗って鼻孔を刺激するけどそんなものも気にならない。
疲れた。ただ疲れた。
頭の中が疲れでいっぱいになったなぁと、思った瞬間に私の意識は途切れた。
●
勝ってうれしい 花いちもんめ♪
負けてくやしい 花いちもんめ♪
あの子が欲しい♪
あの子じゃ分からん♪
相談しましょ♪
そうしましょ♪
「何の歌なの?」
「この星の童謡の一つよ。二手に分かれて、先に相手の人間をすべて手に入れた方が勝ちっていう童遊び」
「へぇ。珍しいわね。輝夜が大勢で遊ぶ遊びのことを知っているなんて」
私と永琳は永遠の命を持っているが故に、同じ場所では暮らすことができず、居場所を点々としながら暮らしていた。
今は次の住処を探す道中、小川の側で休憩中。
そんな時に、私はふと頭に浮かんだその歌を口ずさんだんだ。
そして同時に思い浮かぶのは妹紅のこと。
あれから随分永い永い時が経ったから、妹紅はもうこの世にいないはず。
ただ私が残した賭けを彼女が見つけ、私が勝っていたなら……。
その夜、焚き火を囲んで私と永琳は夕餉を摂っていた。
永遠の命を持っていても、お腹が空くというのは不便で仕方がない。
「永琳。この魚、生焼けよ?」
「別にお腹壊したって死なないんだから、それくらい我慢しなさいな」
「む~っ」
むくれる私を見て苦笑を漏らす永琳。
だけど一瞬で私たちの顔から表情が消える。
女二人で旅をしていると、何かと物騒なのはいつの時代も変わらない。
だからいつも私と永琳は周囲の気配を気にしながら旅をしている。
その研ぎ澄まされた感覚が告げているのだ。近くに誰かいると。
そしてしばらくすると茂みの向こうが揺れて、私たちはいっそう緊張を引き締めた。
相手に聞こえないように、そっと姿を木陰に隠す。
「すまない、旅の人だよね。良かったら何か食べ物を分けて欲しいんだけど」
そして彼女が現れた。
忘れるはずもない。
この何百年という間、決して忘れずにいたその輝き。
「永琳、絶対に手を出さないでね。彼女は私にとって大切な友人なの」
「わかったわ。……どのみちあなたは何があっても死なないけどね」
私は永琳の下を離れると、やって来た少女の前に姿を現した。
「久しぶりね、藤原妹紅」
「……まさか」
私はすぐに確信したけど、妹紅はすぐには信じられないでいるらしい。
だがその瞳がはっきりと私の姿を捉えると、妹紅は私の胸ぐらを掴んで叫んだ。
「かぐやぁぁぁぁぁっ」
その怒号はあの時聞いたものよりも、ずっと甘美な響きを湛えて私に届いた。
刹那、私の中でかつて抱いていた、妹紅への殺したいほどの愛情が目を覚ます。
それはまるで血のように体中を駆けめぐり、私にこの上ないほどの愉悦をくれる。
「あはっ、アハハハハハハハッ」
「何が可笑しいっ」
「私が勝った! 妹紅、やっぱりあなたは私のものよ」
妹紅が私に恨みを抱いているのは、わかっていた。
車持皇子を失墜させたのだから当然だ。詫びるつもりもはないけれど。
ただその恨みが本当なら、ジジとババにあげた蓬莱の薬を奪うくらいはするだろう。
恨みが弱ければ、もうこの世にはいないはずだ。
「あんた、ここにいるって事は蓬莱の薬を飲んだのよね?」
「っ!?」
「その薬、“ドウヤッテ”手に入れた?」
妹紅の顔がさらに戦慄めく。
あぁその顔よ。その顔も見たかった。
それにその言葉でそういう表情を浮かべるということは――
「素敵よ、妹紅。あんた、ジジとババを殺して薬を奪ったのね」
「うるさぁぁぁぁいっ!!」
「アハハハハハハハッ、今日は満月。まるで初めて出会ったあの日のよう。
来なさい妹紅。殺し合いましょう? あの時できなかった私たちの遊戯を」
「うるさい! 焼き尽くしてやるわ!」
妹紅の体から炎が溢れる。
どうやら永い時を生きる内に身につけた力らしい。
そうだ、そうでなくちゃ面白くない。
せっかく貴方も私を殺そうとしてくれているのに、簡単に終わったらつまらないもの。
私は袖から一本の木の枝を取り出して、高々と掲げて見せた。
「ねぇ見て、妹紅。私は長い旅を続ける間に、本物の蓬莱の玉の枝を手に入れたの。
あんたの父親が作らせた、ちゃっちぃ偽物なんかよりも、ずっと素敵な力を持った真の宝よ。
難題の力、あんたには特別たーっぷりと味あわせてあげる!」
妹紅、これから私たちは永遠に殺し合うの。
美しい貴方は滅びないし、私も共に滅びない。
ねぇ、それってとても素晴らしいことだと思わないかしら!
○
その日私は輝夜に負けた。
体に大穴を開けられて、もの凄い痛みを感じながら私は死んだ。
だけどすぐに私は生き返った。
あいつの言うとおり、私は蓬莱の薬とやらを飲んで死ねなくなったのだ。
目覚めた後、私は無性にお腹が空いて、近くに食べられそうな物はその薬しかなくて。
そして飲んだらこの体だ。
死ねないし、歳も取れない。
そんな人間はいつまでも同じ場所にいられるはずもない。
私は次々と居場所を変え、点々と放浪の旅を続けていた。
それがまさか輝夜と再会することになるとは思っていもいなかったけど。
でも、一度死んだ頭で考えると驚く事じゃなかった。
蓬莱の薬は元々輝夜が持っていた物だ。
輝夜自身それを飲んでいたって不思議じゃない。
そしてもう一つ、輝夜がまだここにいる理由。
月からの使者とか噂は言っていたけど、ここと月とを自由に行き来できるはずはないんだ。
輝夜が姿を消したのは、輝夜も自分と同じ体だから。
不老不死の体じゃ同じ場所では生きられなくて、住む場所を変える必要がある。
神は人を不公平にするけれど、たまには公平にもするらしい。
「あはっ、あははははっ、アハハハハハハハッ」
なんだか凄く可笑しくて、私は大声を上げて笑っていた。
何が可笑しいのかも分からずに、ただただ笑い続けた。
そしてひとしきり笑い終えると、私は決心した。
今度こそ輝夜を殺す。
でもそれは父上がどうとかそういうことじゃない。
もう何年前なのかすら忘れるほど過去の話なんて、本当に今更だ。
じゃあどうして殺すのか。
それは私が殺したいから殺す、たったそれだけの、とても簡単な理由。
私はこの時、限りなく“生”というものを感じていた。
◎
勝ってうれしい ハナイチモンメ
負けてくやしい ハナイチモンメ
あなたが欲しい
私が欲しい?
殺し合い(そうだんし)ましょ
ソウシマショ……
~終幕~
勝ってうれしい 花いちもんめ
負けてくやしい 花いちもんめ
あの子が欲しい
あの子じゃ分からん
相談しましょ
そうしましょ
●
月から落とされこの星で転生してから、もうそれなりの月日が流れていた。
私の名はカグヤ。今は「輝夜」と名付けられている。
月で禁薬とされていた蓬莱の薬を飲み、永遠の命を手に入れた罪の姫。
そんなのはどうだって良いことなんだけど。
家庭教師に勉強しろと言われないし、うるさく小言を言う侍従もいない。
私を育ててくれたジジとババは私を可愛がるばかり。
むしろ今の生活の方が居心地が良い。
ただ一つ問題があるとすれば、それは退屈。
こればかりは月でもここでも変わらない。
月にはエイリンという風変わりな知り合いがいたからマシだったけど。
退屈は永遠の最大の敵と言ってもいい。
永遠の命を手に入れても人がそれを手に余すのは、退屈と上手くつきあえないから。
退屈は次第に脳を蝕み腐食させる。
そうなると永遠の命も何もあったものじゃない。
壊れた命に永遠は相応しくない。とても醜くて見苦しいただの物。
そこに在るだけでなんの役にも立ちやしない。
だからそろそろ、この退屈を払拭できる玩具が私は欲しかった。
○
私は一歩も外には出してもらえない。元々出られない体なんだけど。
屋敷の奥でひっそりと、大事にされるわけでもなく、その存在が外にばれないように。
それでも器量の良い女であることは、他家と縁を結ぶのには有効な武器だから。
私はただその為だけに生かされている。
こんな髪のせいで。
こんな眼のせいで。
あんな母親のせいで。
どうして神は人を不公平にするんだろう。
この日に弱い白い体と髪、そして赤い眼。
望まれずして生まれ、私のことは隠されたまま。
外には出られないし出してももらえない。
こんなことで私は生きていると言えるのか。
●
退屈で退屈でしょうがなかった私は、ある満月の夜に屋敷を抜け出した。
ジジもババももう床に就いている時間だから、抜け出すくらい朝飯前。
夜明けよりも前だから、本当に朝飯前の時間なんだけど。
月明かりに照らされた道はとても明るい。
普段は文字通り土気色をしている地面が、今は煌々とした白さに変わっている。
周囲を竹藪に囲まれたこの場所は、人気も少なくて夜はとても心地が良い。
夜は私だけの物。そう思えるくらい静寂が全てを支配している。
私は意味もなく昂揚していた。
くるくると踊るようにしてその白くて静かな道を練り歩く。
誰も見ていない、誰にも見せるはずもない私の舞。
だけどそれは見られていた。
くるくると回る世界の中、私はある一点に目が釘付けになって足を止める。
立ち止まった場所は、貴族のものらしいそこそこ大きな屋敷の側だった。
少なくとも今の私よりは身分が上だろう。
その屋敷の中、月明かりを受けた縁側に“彼女”はいた。
月光の白さを受けてより白く輝く長い髪。
肌の白さは遠目から見ても、まるで白雪のように艶々としている。
儚くて、触れればすぐに壊れてしまいそうな危うい美しさ。
私は一目で彼女が好きになった。
○
夜は私が唯一外に出ても良い時間。
ただし誰にも内緒だけれど。
父上も従者たちも眠りについて、起きているのは月と星と私だけ。
日の光に弱いこの体も、月の光は大丈夫。
外に出ても私の存在は知られない。
だから私は時折こうして縁側に出る。
夜の世界はとても静かだけれど、とても優しく私を迎えてくれる。
今日は満月。白くて大きなまん丸お月様が私に「こんばんは」と言ってくれている気がした。
自分でもよく分からないけど、今日はなんだか良いことがありそう。
そんな風に月夜を眺めていた目を、ふと下ろして私は驚いた。
その月光の下、一人優雅に舞を舞う少女の姿。
長く艶やかな黒髪が舞の軌跡に合わせて弧を描く。
目、鼻、唇の全てが、まるで作られたかのように整ったとても綺麗な顔。
その顔がふいにこちらを向いた。
あの子もこっちの視線に気がついたらしい。
だけど今の私には、人に知られてはいけないという父上の戒めはまったく思い浮かんでこなかった。
本当なら早く屋敷の奥へ隠れなければならないのに、私はそうしなかった。
満月だけが見下ろす中、草木も眠る丑三つ時に私と黒髪の少女はしばらく、ただ無言のまま見つめ合っていた。
口を開けばもう二度と会えなくなりそうな、何故かそんな気がしていたのだ。
●
あの夜から、私は出会った少女のことが気になって気になってしょうがないでいた。
退屈なんてあの一瞬で何処かへ行ってしまった。
あんなにも綺麗なものが、こんな汚い星にあったなんて。
嬉しい。むしょうに嬉しい。
私は綺麗な物が大好きだから。
ゴミ山の中でとても稀少な宝石を見つけたときのような、そんな興奮と喜び。
だから――たまらなくあの子が欲しいのだ。
○
次の満月の夜。
もしかしてまたあの子が来るかも知れないと、私は縁側に出て月を見ていた。
いけないことだとはわかってる。
でも話はしないし、ほんの僅かな間ただお互いに見つめ合うだけ。
この前の時は、風が吹いて竹の葉がざわめいた瞬間に、あの子の姿は見えなくなっていた。
名前も知らない。素性も知らない。
とても不思議な雰囲気をもったあの子。
ふと見るといつの間にかあの子がこっちを見て微笑んでいた。
私もすぐに微笑みを返す。
なんだか傍から見たらすごく滑稽なんじゃないかしら。
だけどこの滑稽な逢瀬が、本当ならいてはいけないはずの私にはお似合いだと思った。
●
何度も逢瀬を重ねている内、私の我慢は限界を迎えていた。
どうにかしてあの子を手に入れる術はないものか。
人間である以上、きっといつかはあの美しさは失われてしまう。
そうなる前に私の物にしたい。
だけどどうやって?
月にいた頃のように、私には仕えてくれる兵士はいない。
無理矢理に連れ去るのは無理な話。
ジジとババに言っても、多分無理に連れてくるのは否定されるだろう。
金で買うという手段も、あの二人のことだから絶対に頷いたりしないはず。
だから私も安心してここにいられるわけだけど、その誠実さが今は少し疎ましい。
それでも欲しい。
その為にはまずあの家と近づくことが先決だ。
聞くところによると、あの家は藤原家の血筋らしい。やはりあの子は貴族の娘なのだ。
貴族の家ということは、今の私の身分では屋敷に立ち入ることすら許されないだろう。
どこかしらで縁の切れ端を掴むことができなければ、これ以上の話は進められない。
誰もいない満月の夜に会ってしまえば一番早いのだけれど、何故か近づこうとすると向こうが逃げていく。
だからいつもただ黙ったままで見つめるだけ。
そのもどかしさも素敵なんだけど、やっぱり私は私の物にしたい。
そんな中、私の元に数名の貴族から、求婚の話が舞い込んでくる。
その中の一人を見て、私はあることを思いついた。
○
明日、父上は自分より身分の低い相手に求婚しに行くという。
私のことをあれだけ世間体を気にして隠すほどの父親が、身分の差を置いてまで惚れた相手。
気にならないと言えば嘘になる。
だけど反面、その娘に私は負けたということだ。
父上の愛を受けようと、言い付けを守り、多くの稽古もこなしてきたというのに。
その美貌だけで私は知らぬ娘に負けてしまった。
悔しい。
私の心の中は、その見知らぬ娘への嫉妬でいっぱいだった。
●
その日、私の元には五人の貴族がやって来た。
どいつもこいつも身分だけはそこそこあるようだけど、まったくもって薄汚い。
しょせん身分なんて人の作った薄汚い制度でしかないもの。
それを権威として振りかざしたところで、その者の美しさにはなんら影響がない。
真に美しいとはあの子のようなことを指すのだ。
「輝夜殿。私を呼ばれたということは良い返事がいただけるということですな」
「なにを言っておる。輝夜殿は私にこそ良い返事を下さるのだ」
「えぇい、輝夜殿の面前で騒ぐな。どうせお前達には良い返事は来んがな」
吐き気がする。
よくまあそんな風に自分勝手なことが言えたものだ。
五人呼んだのに、それぞれがもう自分こそが選ばれたのだと自惚れている。
私は王族として鍛えられた取り繕いの仮面を付け、徐に話し出した。
「皆様、よく来てくださいました。さて早速本題に入らせてもらいますが、
卑しき身分である私を妻に迎えてくださることは、たいへん光栄なことでございます。
ですが一度に何人もの方から求められても我が身は一つ。
どなたか一人を選ぼうにも、私には荷が重すぎます。
故に私はある方法を用いて、その選を行おうと考え、皆様をお呼びしたのです」
「――なるほど。してその方法とは?」
「“宝探し”でございます」
私はそれぞれの貴族に難題を与えた。
ある者には“仏の御石の鉢”
ある者には“竜の頸の玉”
ある者には“火鼠の皮衣”
ある者には“燕の子安貝”
ある者には“蓬莱の玉の枝”
どれもあると伝説に詠われる代物ばかり、要するに見つけられようはずもないものだ。
それでも己に不可能はないと、世迷い言を確信している貴族達は、必ずやと胸を張っていた。
しかし私が真に欲しい物は、そんなあるかどうかも分からない宝じゃない。
○
求婚の返事を聞きに行った父上は肩を落として帰ってきた。
なんでも他に四人も求婚してきた貴族を招いて、難題をふっかけてきたらしい。
その難題が見事解けたものに嫁ぐという話みたいだけど、要するに遠回しに拒んでいるんじゃないか。
それならそうとはっきり断ればいいものを。
父上に出された難題は“蓬莱の玉の枝”をもってこいというもの。
その宝に関しては私も書物で幾つか知るところがあった。
“はるか東の海に蓬莱山という名の山がある。
そこに銀を根とし、金を茎として、宝珠を実とする木があるという”
父上が持ってこなくてはならないのはその木の枝だ。
だけどそんな書物の伝承にしかない物をどうやってもってこいというのか。
そもそも銀の根に金の茎、そして宝珠の実が生る木なんて存在するもんか。
だけど父上の真剣な表情を見ていると、そんなものはないんだから、
さっさと婚姻のことは忘れてしまった方が良いなどと、言えるはずもなかった。
●
元より結婚なんかする気のない私は、解答不可能な難題を出して婚礼の話を断った。
だけどそれは手段でしかない。
もうしばらくすればどうにかこうにか手を駆使して、解答をもってくる連中も現れるだろう。
その前に私にはやるべき事があった。
翌る日、私は彼女の住んでいる屋敷を一人で訪ねた。
もちろん家主の車持皇子は驚いていたが、すぐに中へと通してくれた。
この時点でこいつは解答を諦めたのだと私は悟る。
はるか東の海にあるとわざわざ言ってあげたのに、ここにいるということは探しに行っていない何よりの証拠。
だけどそんなことはどうだって良い。
難題について途中の経過を聞きに来たという建前の元、私は彼女を手に入れる計画の第二段階を開始した。
○
今日は屋敷の中がやけに慌ただしい。
従者の一人を捕まえて聞くと、なんと例の父上の求婚相手が向こうからやって来たのだという。
まったくの寝耳に水の訪問に、父上も屋敷の人間も慌てふためいているというわけだ。
どこまで迷惑をかければ気が済むのか。
だけどもし、これがはっきりとした求婚の拒否なら、これ以上の迷惑は起こらないはず。
そうであることを祈りながら、私は屋敷の奥へと引っ込んだ。
●
屋敷の中に通された私は、当然の如く車持皇子の面前へと案内された。
車持皇子はどんな用件で私が来たのかと、複雑な表情が隠しきれないでいる様子だった。
「ま、まさか輝夜殿が自らおいでになるとは」
「えぇ。皆様の様子が気になって尋ねて回っているんですの」
「そうでしたか。それで他の四人の様子は……」
そりゃあ気になることだろう。
だけど実際来たのはここが初めてだ。
私は適当に「皆様だいぶ苦労されているようです」と言っておいた。
そもそもこんな話をしに来たんじゃない。私は早速本題を切り出した。
「そういえば、この屋敷にはとても美しい姫がいると聞いたのですが」
「えぇ、大勢おりますとも。我が姫の中に知り合いでも居られるのですかな?」
「白い髪の姫なのですけ――」
「そんな者はこの屋敷にはおりませんっ」
言葉を言い終える前に否定したら、いるって肯定している証拠じゃないの。
どこまでも愚かな男に、私は心の中で何度目か分からない溜息を吐いた。
だけどあそこまで頑なに否定しているということは、知られると不味い存在というわけか。
どうせ望んで生ませた子じゃないとか、その辺りのくだらない理由で隠しているんだろうけど。
この男に対する私の印象は下がる一方だ。
「私に隠し事ですか? ここに白い髪、赤い瞳の姫がいるのはわかっているのですよ」
「どうしてそれを……」
「貴方様が隠したいならそれでも構いません。どのみち私は知っているのですから」
「……妹紅になんの用ですか」
妹紅というのか、あの子の名前は。
さすがにここまで言われると、隠し立てもできないと悟ったのか、車持皇子は妹紅の存在を認めた。
ここまで来れば私の計画は大詰め。叶ったも同然だ。
「妹紅を私にくださいませんか」
「なっ」
「冗談ではありません。一目見たときから私は彼女を気に入ったのです。貴方様が私を一目見て気に入ったのと同様に」
「それは……できません」
「そうでしょうね。では妹紅を頂けたら、私が貴方様の元に嫁ぐと言ったら?」
「そ、それはっ」
これほど相手にとって魅力的な提案はないだろう。
蓬莱の玉の枝という、元より見つけられもしない宝を探すより確実なのだから。
別に嫁いだところで男の相手はしなければいい。
私は妹紅が手に入ればそれでいいのだ。
機会を計ってジジとババの元に帰ればいい。もちろん妹紅を連れて。
妹紅は私の物になっているのだから何も問題はない。
しかしこの男、私が思っているほど愚かな人間ではなかったらしい。
「申し訳ないが、やはりできませぬ」
「そうですか。それでは当初の約束通り、貴方様が蓬莱の玉の枝を持ってきてくれたら、
私は何も求めず貴方様の妻となりましょう。ただ……」
「どうかされましたか」
「宜しければ妹紅と会わせてはいただけませんか。一度で構いません」
○
例の娘がどんな者なのか気になるけれど、外に出たら父上に迷惑が掛かる。
だから私は自分の部屋で、娘が帰るのをじっと辛抱して待っていた。
そこへ従者の一人がやってきて、ふすま越しに話しかけてきた。
ようやく帰ったのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
「実は……妹紅様にお会いしたいと」
「何ですって?」
なんでも自ら父上に進言したらしい。
私の存在が外にばれている?
だとしたらそれは大変なことだ。
今までなんの為にこの身を隠してきたのかわからなくなる。
いやそれよりも、私のことが知られれば父上に迷惑が掛かってしまうのではないか。
妹紅という娘は存在してはならない。
その存在を知っているという父上の求婚相手。
私は意を決して彼女と会うことにした。
●
「こんにちは。こうして昼間に会うのも、面と向かって話すのも初めてね」
「そんな……まさかあなただったなんて」
私の姿を見た妹紅はとても驚いていた。
その顔がまた可愛らしくて、思わず私も微笑んでしまう。
「私は輝夜というの。改めて初めまして、藤原妹紅」
「輝夜……。父上の求婚相手」
「そう言われるのはあまり好きじゃないわね」
「一つ聞かせて。どうしてあなたは父上に難題を出したの」
なるほど、妹紅は美しいだけじゃなくて頭も良いらしい。
私が単に断ればいいものを難題という回りくどい形で断ったことに何か意味があると考えたようだ。
何より断りだと気付いている時点で、あの五人よりも聡明だとわかる。
私は妹紅のことがますます気に入った。
「婚礼が嫌ならはっきりと断ればいいじゃない」
「そうね。でも私は欲しい物があったから」
「だから探させると?」
「いいえ。私が欲しいものは目の前にあるわ」
「えっ」
「私が欲しいのは貴方よ――妹紅」
○
今こいつはなんと言った。
刹那、輝夜は私のすぐ近くまで顔を寄せてくる。
お互いの吐息が肌で感じられるほどの距離。
私はあの月光の下で舞っていた少女を、初めて怖いと思った。
いや畏怖なら最初から感じていたのかも知れない。
だけどこんなにもはっきりした恐怖に変わるなんて思いもしなかった。
「私は愚かな人間達には興味がないの。どこまでも狡賢くて見るのも嫌だわ」
「それは……父上のこと?」
「だけど貴方は違う。この汚れた星にあって、とても高貴で純粋な美を持っているわ」
「やめて」
「え?」
「はなしてっ」
私は思いきり彼女を突き飛ばした。
突然のことに、よろめいて尻餅をつく輝夜。
満月の夜に会っていた彼女は、とても神秘的で優しそうだった。
他人と交わってはいけない私が唯一逢瀬を楽しめた相手。
その正体がまさかこんな奴だったなんて。
彼女は私を綺麗だと褒めてくれた。それだけなら嬉しさも感じていただろう。
だけどその前に言った言葉が、私を怒りに駆り立てていた。
「父上を悪く言うなら、私は容赦しないわ」
「その顔も素敵だわ。……だけど、そう、わかったわ」
輝夜はしつこく残ったりはせず、私が怒りを見せると大人しく帰って行った。
一人残された私は、しばらくの間ただ立ち尽くしているしかない。
彼女が父上の求婚相手だったこと、そして彼女の本性、その真の目的。
一度に私を襲った衝撃は多すぎたのだ。
●
私は帰ってくるとすぐに自室に引き籠もった。
ジジとババが何か言っているが、今の私の耳には何も入らない。
だって私の頭は妹紅のことしか考えられないでいるのだから。
声も素敵だった。
怒った顔も可愛かった。
性格も真っ直ぐで幻滅させられることはなかった。
むしろもっと好きになれた。
だけどそれ故に――
今の彼女は私のものにならないとわかった。
◎
勝ってうれしい ハナイチモンメ
マケテクヤシイ 花いちもんめ
あの子がホシイ
あの子じゃ分からん
ソウダンしましょ
そうしましょ
○
あの日から父上は、さらに必死になって蓬莱の玉の枝を探すようになった。
だけど元々伝説としか伝わっていないもの。
探しようにも充てはなく、日増しに父上はやせ細っていった。
そんなある日、父上は名案を思いついたと都に幾人かの使いを出した。
私は、もうこれ以上はあんな奴の為に父上が苦しむことはないと言ったのだが、
心を奪われてしまった父上は聞き入れてはくれなかった。
そして私にも父上に対して強く言えない理由があった。
輝夜は父上にも私をくれと言ったらしいが、父上は首を縦に振らなかったという。
父上が必死になっているのは、私を輝夜には渡したくないからだ。
その理由がたとえ、権威を保持するために私が別の家に嫁ぐためだったとしても。
父上の役に立てるなら、私はそれで良い。
だけどせめて嫁ぐ前に、父上と輝夜の関係はどうにかしなければならないと、私は考え続けていた。
●
妹紅と最後に会った日。
あれからは満月の夜にいつもの場所にやってきても妹紅は姿を現さなくなった。
私は貴方だけを見つめていたのに。
満月の夜はとても幸せだったのに。
夜の世界には誰もいなくて、綺麗な空と綺麗な空気、そして綺麗な貴方だけがいた。
そんな世界で、私は貴方だけを見ていたいのに。
もう本当に貴方の心は私のものにはならないの?
私は貴方が、コロシタイホドダイスキナノニ……
あれからしばらくの後、まず御石の鉢を持って、一人の貴族がやって来た。
だけどすぐに偽物だと気付いて退場してもらったのはいうまでもない。
私はずっと妹紅のことしか考えていないのだ。
つまらない相手などしている暇はない。
だけど、それから数日後。
蓬莱の玉の枝を難題として出していた車持皇子が、自信満々にやってきた。
まさか本当に見つけたとでもいうのか。
私は一抹の不安を感じながらも、彼を屋敷内へと上げるよう言った。
「どうですか。これぞご所望の“蓬莱の玉の枝”でございます」
「金の枝に宝珠の実……確かに言ったとおりの代物ですわね」
「そうでしょうそうでしょう。これで妹紅のことは関係なく、私の所に嫁いでもらえますな」
「……そうですわね」
毛頭そんな気はない。
これが偽物であることは、以前彼の屋敷を訪ねたときに確信ができている。
この男にそんな苦労ができるとは到底思えない。
しかしこれが偽物だとどう証明してみせようか。
その時腰を低くして一人の男性が入ってきた。
身なりから見るに、そこそこの身分の者ではあるらしい。
「あの、すみません。車持皇子様がこちらに来ていると聞いたもので」
「あなたは?」
話を聞くとその者は都の職人たちから言づてを受けた公文司の役人だという。
なんでも車持皇子は蓬莱の玉の枝を都屈指の職人達に作らせたが、その報酬を払っていないままだという。
これはとんだ解決策が飛び込んできてくれたものだ。
こうなれば私が何をしなくても、この男は恥を晒して破滅することだろう。
しかし偽物を作らせてまで私を手に入れたいとは、どこまでも腐っている。
私はこの侮蔑をこの世界の流れに乗って、歌で返すことにした。
『まことかと聞きて見つれば言の葉を飾れる玉の枝にぞありける』
それがとどめとなって、車持皇子はすごすごと帰って行った。
まったくいい気味だ。
最初から妹紅を私にくれていたら、全部丸く収まっていたというのに。
○
父上の企みは失敗した。
帰って来るなり泣き崩れ、もう二度と世に顔は出せまいと酷く落ち込んで。
あの得体の知れない恐怖を知っている私は、輝夜にはどんな企みも通用しないとはなんとなくわかっていたけど。
だからといって父上にこんな仕打ちをするのは許せない。
私の中で輝夜への復讐心が燃え上がったのは、この時だった。
そんなことがあった次の満月の夜、私は初めて屋敷を抜け出した。
誰の目も日の光も気にせずに私は走る。
輝夜の屋敷は事前に従者に聞いて大体の位置は把握していた。
だけど外に出るどころか、走るのも私には殆ど初めての体験になる。
疲れが生じ始めたのは屋敷を抜き出してからすぐのことだった。
足が重い。息が切れる。
どれだけ歩けば目的の屋敷にたどり着くのか。
たしか竹藪に周囲を囲まれた辺鄙な場所に建っているって聞いたのに。
額に浮いた球の汗が、こめかみを伝って顎まで届いて滴り落ちる。
ずっと屋敷の中で動かずにいたからか、限界はすぐに訪れた。
このまま進んだら、今度は帰れなくなってしまう。
そうなってしまうと輝夜への復讐どころの話じゃない。
私は諦め、この日は帰路に就いた。
◎
カッテウレシイ ハナイチモンメ
マケテクヤシイ ハナイチモンメ
アノコガホシイ
アノコジャワカラン
ソウダンシマショ
…………
●
五つの難題は全員が失敗で終わった。
結局偽物の蓬莱の玉の枝を持ってきた車持皇子の後には、誰も訪れてはいない。
だけど最初から妹紅に近づくのが目的の計画だったのだ。
失敗してもらって当然だし、もはや私の興味の対象からは完全に外れてる。
だけど私は妹紅を諦める気はまったくなかった。
むしろあの事を通して私の妹紅への想いは募る一方。
貴方の全てが見たい。笑顔も、怒った顔も、泣き顔も……。
それなのに、もうすぐ別れの時が来てしまうなんて。
○
輝夜の難題のせいで、完全に父上は世間からの信用を失った。
父上は完全に俗世を疎い、誰も信用せず山に籠もってしまった。
もう私の家はお終いだ。
姉上たちは次々と嫁いでいき、兄上や弟たちは屋敷の金を分配して親戚の元へ奉公という形で去っていく。
こうなってしまえば、もう存在がどうと気にする必要はない。
そしておかげと言ってはなんだけど、私の決心も付いた。
必ず輝夜を殺す。
私の家をメチャクチャにした、私から父上を奪っていったあの憎き輝夜を。
だけどその準備を進めていく中で、私は輝夜についてある噂を聞いた。
なんでもあ輝夜の屋敷に月からの使者が来て、次の満月の夜に輝夜を月へと連れ戻すという話らしい。
それでは困る。
月からの使者というのは俄には信じがたい話だけど、輝夜が連れて行かれてしまえば復讐もできない。
私の憎しみはどこへ向かわせればいい。
メチャクチャにされた私の家はどうなる。
早く輝夜を殺さなければ。
与えられた時間は少ないのだから。
●
使者の中に永琳の姿を見た。
その時点で私は月には帰らないと心に決めた。
あんな所に帰るくらいなら、この地上で暮らす方が良い。
永琳が私の知る彼女のままなら、きっと私に着いてきてくれるだろう。
妹紅のことは、残念だけど少しほとぼりが冷めてから迎えに来よう。
だけどただ待っているだけじゃ、彼女は老いてしまう。
せっかくの美しさも時が経てば、いずれは滅びに向かって廃れてしまう。
あの天に輝く星々もそうであるように、時が流れるものはすべからく死すべくして存在しているのだから。
そうなってしまっては意味がない。
……そうだ。イイコト考えた。
○
約束の満月の夜がやってきた。
輝夜が月の使者に連れ戻されることがわかってから、何度も輝夜を殺しに屋敷を訪れたのだが、
どうにも見張りの者が多すぎて近寄れない。
せっかく屋敷までたどり着いても平気な体力を手に入れたというのに。
だけどきっと使者が連れて行く時には隙ができるに違いない。
その一瞬の隙を突いて私はこの手で……。
もうすぐ輝夜の屋敷が見えてくる。
満月に照らされた獣道を一歩一歩踏みしめながら、口の中で手順を繰り返し呟く。
懐には父上が置いていった短刀を忍ばせている。
私の力じゃ、これくらいしか武器として使えない。
だけど私と同じくらいの体つきの輝夜を殺すには充分なはずだ。
月の光を浴びていると、まるで父上から激励を受けているような錯覚さえ覚える。
きっと恨みは晴らします。
兄弟たちの思いも一緒に、父上の短刀に込めて。
そしてしばらく歩いていると輝夜の屋敷が見えてきた。
しかし何か様子がおかしい。
何人もの人間が集まって、まるで戦のような怒号が飛び交っている。
私は風のように竹林を駆け抜けた。
●
私は月に帰りたくない。
そう漏らすと、ジジとババはそれに賛同してありったけの金を使って兵を雇った。
でも月の使者相手に、この星の今の武力では到底叶うまい。
ただ私と永琳が逃げる隙を作ってくれればそれで良い。
「おじいさん、おばあさん、使者が来る前に渡しておきたいものがあります」
「なんだい?」
「これを」
言って私は小さな壺を渡す。
それは使者が宣告にやってきた折、永琳から受け取っておいたものだ。
思えばあの時既に永琳には、私の思いはすでに見透かされていたのだろう。
「これは永遠の命が手に入る『蓬莱の薬』です。ここまで育ててくれた感謝の気持ちを込めて二人にこれを差し上げます」
「え、永遠の命とな……」
「たまげたもんじゃ。じゃが本当に良いのかえ?」
差し上げると言っているのに。
この人たちはどこまで誠実なのか。
貴方たちは妹紅と同じくらい大好き。
だけどもう随分老いてしまっているからいらないけど。
「……来たわね」
私の古い感覚が告げている。
もうすぐこの人たちとはお別れなのだと。
そして私はさらに罪を重ねた。
○
私が駆けつけたときには沢山の兵士が倒れているだけで、月の使者とやらも輝夜もいなくなっていた。
どうやら間に合わなかったらしい。
その場に崩れ落ち、私は短刀を地面に突き刺した。
輝夜の白肌に突き刺すように、固い地面に向かって何度も何度も。
だけど私の憎しみは消えることはない。
あと少し早く辿り着ければ、隙もあったかもしれないのに。
そんな私の背中に、突然声が掛けられた。
「お主、何者じゃ」
「誰……」
私は虚ろな瞳でそっちを向いた。
そこにはガクガクと膝を震えさせながら立つ老夫婦がいた。
きっと輝夜を育てていたという二人だろう。
家の中に隠れていたおかげで、この惨事から免れたようだ。
「輝夜は」
「連れて行かれたらしい……ここまで兵を雇ったというのに」
「……それは?」
私は老人の持つ小さな瓶に目がいった。
こんな状況でも大切に持っているということは、余程大切な物には違いない。
「輝夜からもらった薬の壺だ」
「へぇ」
「じゃがわしらの手には余るもの。輝夜もいなくなってしまった今、もう必要もない」
「どうするつもり?」
「今から山へ捨てにいこうと思っておる」
「そう……」
輝夜がいない今、輝夜に繋がるのはあの薬壺だけ。
そんなことをしても無駄だということはわかっている。
だけど私の憎しみが少しでも軽くできるのなら、壺を壊すくらいはやってやる。
私は老夫婦が捨てる瞬間を狙うため、こっそりとその後を追うことにした。
○
二人は山の中を歩いている最中、ずっと輝夜との思い出に花を咲かせていた。
拾ってきたときから成長するまで、事細かに幸せそうに。
だけどその幸せに育てられた反面で、あいつには裏の顔があった。
話を聞く限り、二人はそのことに気がついてはいないらしい。
それを知ると私は二人にも怒りが湧いてきた。
お前達が輝夜の本性に気がつかなかったから、あいつは好き放題に他人の人生を引っかき回したんじゃないのか。
お前達が輝夜を育てなければ、私や父上の生活はあのまま続いていたんじゃないだろうか。
けして幸せとは言えなかったかもしれない。
でも私はあの生活で満足できていたのだ。
それが、あの夜輝夜と出会ってしまったことで、全て失った。
家も、兄弟も、父上も。
そう思ったときには足が勝手に動いていた。
素早くもひっそりと月光でできた影の中を駆け抜け、そして懐から短刀を取り出す。
私には――もう何の躊躇いもなかった。
○
手から生々しい感触が伝わってきたとき、私はようやく我に返った。
足下には血溜まりに横たわる老夫婦の亡骸。
あぁ、私がやったのか。
人を殺めたというのに私はそれをどこか他人事のように感じていた。
その側に落ちている薬壺を拾い、中を覗く。
中には二粒の紅い丸薬が入っているだけ。
私はそれを取り出した後、硬い土にその壺を思い切り叩き付ける。
壺は特別な物ではなかったらしく、いとも簡単に砕け散った。
「終わった……」
結局輝夜は殺せなかった。
代わりに輝夜を育てた二人と、輝夜が残した壺を壊した。
それは輝夜のいた過去と未来を消したということだ。
私の体は、それだけでもう満足できたのか、これ以上は動けないと悲鳴を上げる。
血の上にも関わらず、私は仰向けに寝ころがった。
生臭い臭いが夜風に乗って鼻孔を刺激するけどそんなものも気にならない。
疲れた。ただ疲れた。
頭の中が疲れでいっぱいになったなぁと、思った瞬間に私の意識は途切れた。
●
勝ってうれしい 花いちもんめ♪
負けてくやしい 花いちもんめ♪
あの子が欲しい♪
あの子じゃ分からん♪
相談しましょ♪
そうしましょ♪
「何の歌なの?」
「この星の童謡の一つよ。二手に分かれて、先に相手の人間をすべて手に入れた方が勝ちっていう童遊び」
「へぇ。珍しいわね。輝夜が大勢で遊ぶ遊びのことを知っているなんて」
私と永琳は永遠の命を持っているが故に、同じ場所では暮らすことができず、居場所を点々としながら暮らしていた。
今は次の住処を探す道中、小川の側で休憩中。
そんな時に、私はふと頭に浮かんだその歌を口ずさんだんだ。
そして同時に思い浮かぶのは妹紅のこと。
あれから随分永い永い時が経ったから、妹紅はもうこの世にいないはず。
ただ私が残した賭けを彼女が見つけ、私が勝っていたなら……。
その夜、焚き火を囲んで私と永琳は夕餉を摂っていた。
永遠の命を持っていても、お腹が空くというのは不便で仕方がない。
「永琳。この魚、生焼けよ?」
「別にお腹壊したって死なないんだから、それくらい我慢しなさいな」
「む~っ」
むくれる私を見て苦笑を漏らす永琳。
だけど一瞬で私たちの顔から表情が消える。
女二人で旅をしていると、何かと物騒なのはいつの時代も変わらない。
だからいつも私と永琳は周囲の気配を気にしながら旅をしている。
その研ぎ澄まされた感覚が告げているのだ。近くに誰かいると。
そしてしばらくすると茂みの向こうが揺れて、私たちはいっそう緊張を引き締めた。
相手に聞こえないように、そっと姿を木陰に隠す。
「すまない、旅の人だよね。良かったら何か食べ物を分けて欲しいんだけど」
そして彼女が現れた。
忘れるはずもない。
この何百年という間、決して忘れずにいたその輝き。
「永琳、絶対に手を出さないでね。彼女は私にとって大切な友人なの」
「わかったわ。……どのみちあなたは何があっても死なないけどね」
私は永琳の下を離れると、やって来た少女の前に姿を現した。
「久しぶりね、藤原妹紅」
「……まさか」
私はすぐに確信したけど、妹紅はすぐには信じられないでいるらしい。
だがその瞳がはっきりと私の姿を捉えると、妹紅は私の胸ぐらを掴んで叫んだ。
「かぐやぁぁぁぁぁっ」
その怒号はあの時聞いたものよりも、ずっと甘美な響きを湛えて私に届いた。
刹那、私の中でかつて抱いていた、妹紅への殺したいほどの愛情が目を覚ます。
それはまるで血のように体中を駆けめぐり、私にこの上ないほどの愉悦をくれる。
「あはっ、アハハハハハハハッ」
「何が可笑しいっ」
「私が勝った! 妹紅、やっぱりあなたは私のものよ」
妹紅が私に恨みを抱いているのは、わかっていた。
車持皇子を失墜させたのだから当然だ。詫びるつもりもはないけれど。
ただその恨みが本当なら、ジジとババにあげた蓬莱の薬を奪うくらいはするだろう。
恨みが弱ければ、もうこの世にはいないはずだ。
「あんた、ここにいるって事は蓬莱の薬を飲んだのよね?」
「っ!?」
「その薬、“ドウヤッテ”手に入れた?」
妹紅の顔がさらに戦慄めく。
あぁその顔よ。その顔も見たかった。
それにその言葉でそういう表情を浮かべるということは――
「素敵よ、妹紅。あんた、ジジとババを殺して薬を奪ったのね」
「うるさぁぁぁぁいっ!!」
「アハハハハハハハッ、今日は満月。まるで初めて出会ったあの日のよう。
来なさい妹紅。殺し合いましょう? あの時できなかった私たちの遊戯を」
「うるさい! 焼き尽くしてやるわ!」
妹紅の体から炎が溢れる。
どうやら永い時を生きる内に身につけた力らしい。
そうだ、そうでなくちゃ面白くない。
せっかく貴方も私を殺そうとしてくれているのに、簡単に終わったらつまらないもの。
私は袖から一本の木の枝を取り出して、高々と掲げて見せた。
「ねぇ見て、妹紅。私は長い旅を続ける間に、本物の蓬莱の玉の枝を手に入れたの。
あんたの父親が作らせた、ちゃっちぃ偽物なんかよりも、ずっと素敵な力を持った真の宝よ。
難題の力、あんたには特別たーっぷりと味あわせてあげる!」
妹紅、これから私たちは永遠に殺し合うの。
美しい貴方は滅びないし、私も共に滅びない。
ねぇ、それってとても素晴らしいことだと思わないかしら!
○
その日私は輝夜に負けた。
体に大穴を開けられて、もの凄い痛みを感じながら私は死んだ。
だけどすぐに私は生き返った。
あいつの言うとおり、私は蓬莱の薬とやらを飲んで死ねなくなったのだ。
目覚めた後、私は無性にお腹が空いて、近くに食べられそうな物はその薬しかなくて。
そして飲んだらこの体だ。
死ねないし、歳も取れない。
そんな人間はいつまでも同じ場所にいられるはずもない。
私は次々と居場所を変え、点々と放浪の旅を続けていた。
それがまさか輝夜と再会することになるとは思っていもいなかったけど。
でも、一度死んだ頭で考えると驚く事じゃなかった。
蓬莱の薬は元々輝夜が持っていた物だ。
輝夜自身それを飲んでいたって不思議じゃない。
そしてもう一つ、輝夜がまだここにいる理由。
月からの使者とか噂は言っていたけど、ここと月とを自由に行き来できるはずはないんだ。
輝夜が姿を消したのは、輝夜も自分と同じ体だから。
不老不死の体じゃ同じ場所では生きられなくて、住む場所を変える必要がある。
神は人を不公平にするけれど、たまには公平にもするらしい。
「あはっ、あははははっ、アハハハハハハハッ」
なんだか凄く可笑しくて、私は大声を上げて笑っていた。
何が可笑しいのかも分からずに、ただただ笑い続けた。
そしてひとしきり笑い終えると、私は決心した。
今度こそ輝夜を殺す。
でもそれは父上がどうとかそういうことじゃない。
もう何年前なのかすら忘れるほど過去の話なんて、本当に今更だ。
じゃあどうして殺すのか。
それは私が殺したいから殺す、たったそれだけの、とても簡単な理由。
私はこの時、限りなく“生”というものを感じていた。
◎
勝ってうれしい ハナイチモンメ
負けてくやしい ハナイチモンメ
あなたが欲しい
私が欲しい?
殺し合い(そうだんし)ましょ
ソウシマショ……
~終幕~
妹紅と輝夜の出会いがお互いの視点で見えるのがすごくいいですね。
狂気じみた輝夜と真っ直ぐな妹紅の対比も面白いです。
ついでに誤字報告
>私は担当を地面に突き刺した。
担当→短刀
読み応えありました。面白かったです
旅の間に
じゃないかなーと
後 実際の竹取物語での不死の薬を渡した相手とかその処分とかで
いろいろ竹取物語と食い違うとこはあるのですけど(「いはかさ」等で検索すると良いかも)
とりあえずそういう野暮なのはぬきにして この病んだ輝夜だいすきですw
パロスペシャルを決めるぐらいの覚悟で次の作品もがんばってください~
夢が膨らむ話でした。
間に入ってる「ハナイチモンメ」も読んでいてニヤリとしてしまいました。
●が輝夜で○が妹紅の視点というのも面白い。
>名前がない程度の能力さん 一人目
気に入っていただけて何よりです。
誤字は早々と訂正しました。ご指摘ありがとうございます。
>名前がない程度の能力さん 二人目
視点変更はちょっとした挑戦でした。
もう少し気にならない程度で書けるようになりたいですね。
>SETHさん
中途半端に竹取物語をモチーフにしたのが徒になってしまったようですね。
もちろん帝のことや不死の山に関しても知っているのですが
今回は話の展開上、独自の物語で描かせてもらいました。
ご指摘部分は訂正いたしました。ありがとうございます。
>akiさん
花一匁に関しては見ての通り、全て書き方を変えています。
そこでニヤリとしていただけたというのは、こちらもニヤリですね。
>名前がない程度の能力さん 三人目
百合を意識して書いたつもりではないんですけどね(苦笑)
気に入っていただけたなら良かったです。
皆さんありがとうございました。
気になることがある方は、この後もご意見よろしくです。
策士な腹黒ガクヤと、純粋でそれ故に付かれた妹紅の感情描写の動きが良かったです。
>ぐい井戸・御簾田さん
狂気も有り様によっては、魅惑的なんですよね。
ある意味では純粋とも取れるわけですから。
満点の評価、ありがとうございます。
>れふぃ軍曹さん
ハッピーエンドとして伝わったのは嬉しいですね。
私の言おうとしていることが伝わったわけですから。
お褒めの言葉ありがとうございます。
感想、コメントありがとうございました。
なぜか輝夜と妹紅が再開して、最高よ! のところで涙ぐんでしまった。
永琳がタメ口なのも新鮮だし、実際それっぽくていい。
いやあ、良い話でした。ごちそうさまです。
ここには書きたくなかったのですけど、妹紅が輝夜に憎悪を抱き始めるところの描写が多少急きすぎに感じまして、それがなかったら100点いれてました。
だけどそれがあってもやはり素晴らしいです。ハッピーエンド、同意です。無限の住人たちに幸あれ
>輝夜と妹紅が再開して、最高よ → 輝夜と妹紅が再会して、素敵よ でした。
申し訳ない
ツボなお話と言っていただけて、書いた者として嬉しいですね。
指摘されたことは次作への教訓として頂戴します。
嬉しいコメントありがとうございました。