「は~」
ベッドに横になったまま、私はぼへーっと天井を見上げる。
しみの数でも数えようかと思ったけど、生憎と我が家は木だからそんなもん一個も見つけようも無かった。まあ分かっちゃいたけれど。
「むー」
ごろん、と寝返り一つ。
眠気なんかとっくに無いけれど、ボフンと顔を枕に埋めてバタバタと足を動かす。けどやる気0になってすぐに辞めた。
「うー、うーうー」
窓の外を見ると今日もやっぱり雨まっしぐら。
どうせ降るなら降るで、もうちょっとザバーッて纏めて景気良く降って欲しい。
そうすれば多少は気も晴れるのに、こーんな小出しにされたら『年寄りのしょんべんじゃないっての!』って言いたくもなる。いや、言わないけどー。
そんなバカな事を考えていると、ひょこっとルナとスターが顔を出した。
「あのさぁサニー。寝るか唸るか泳ぐか起きるか、どれかにしたら? っていうかもう昼なんだけど」
「畳の上の水練も、やり方を間違えなきゃ意味はあると思うわ。頑張ってねサニー」
肩をすくめるルナと、訳の分からない応援をするスターの顔を見ながら私は叫んだ。
「もぅ! 何で雨ばっかりなのよー!!」
昨日も雨、一昨日も雨。今も雨だし、多分どーせ明日だって雨だ。
「しょうがないじゃない梅雨なんだもの。晴耕雨読っていうし、本でも読めば?」
ルナが指差す先には、本……っぽいものがあるにはあるけど。黄色い表紙で数字ばっか書いてるのとか、青い表紙でやっぱし数字ばっか書いてるのとか、後は辞書とかだし。
たま~に漫画とかも外から流れ着いてはくるけれど、前後の話が分かんないからてんで面白くない。一昔前の漫画は、そんな事無かったと思うんだけどなぁ。あんまし覚えて無いけれど。
「読めと言われたら、アレでも読めない事は無いけどさぁ。でもルナは読んだ本の内容を明日になったら覚えてるわけ?」
「見損なわないで欲しいわね、サニー。覚えてるわけが無いじゃない!」
思いっきり胸張って堂々と言われた。
まあ無いけど。ルナに胸。
私も無いけどさ。
「というか本なんてどーでも良いの。ここ3日位、ろくな悪戯も、ろくでもない悪戯もしてないわ!」
いい加減横になるのも嫌になって、私はガバッと跳ね起きる。
「可愛そうに、今年の梅雨は去年以上にテンション低めよね、サニー。去年は黒いのに雨を当てたりして遊んでたじゃない」
にこにこと楽しそうに笑うスターを、ジト目でルナが見る。あー、そういえばあの時は派手に雷様に起こられたんだっけ。おへそは取られなかったけど。
その時、私の頭の中で何かがピンと来た。
「そうよ黒いのよ! あの黒いのにやられたお返しを、考えたらまだしてなかったわ!」
「声が大きいわよサニー」
髪の毛の先を弄っていたルナが、ちゃっちゃと着替え中の私の方を見る。
「でもサニーの言う通り、まだお返しはしてないわね。じゃあ今日は黒いのへの悪戯として……何をしようかしら?」
「今日はちょっと大掛かりに。玄関前に落とし穴つくって、黒いのを嵌めましょ!」
そして嵌った黒いのの前に堂々と姿を出しておちょくってやろう。
「なるほど。雨で、サニーの頭だけじゃなく土もゆるくなってて掘りやすいだろうし……丁度良いかもね」
「私の頭はゆるくないわよ! ……ん? ルナ、急に黙りこくってどうしたの?」
しばらく黙ってたルナが、私の声に口を開く。
「んー。落とし穴の下に置くのは、槍が良いか剣が良いか、って思って」
中々に洒落にならない事を言ってくれた。
ルナはたま~に、私やスターでもドキッとする事を平然と言ってのける。
「はい却下。それはもう悪戯じゃなくて罠じゃない。そもそもうちには槍も剣も無いでしょ、あるのはこないだ拾った万年筆くらいのもんで」
外の世界ではそれが最強らしいわよ、とスターが笑っている。もし本当なら、外の世界は相当に胡散臭いんだろうなぁ。
「はい着替え終わり! じゃあルナもスターもスコップ持ってしゅっぱーつ!」
いつもの服に着替えて、私はベッドから飛び上がる。
その時、スターが私のスカートの裾を引っ張った。
「ちょっと待ってサニー。はしゃぐのは良いけど、その前に私からとっても大事な話があるの」
ズイッと顔を近づけて言うスターの表情とても真剣で。
言っちゃ悪いけど、スターにこんな真剣な顔なんてできたんだ……とか何とか思うくらいに真剣で。
あれ。私なんか変なこと言った?
「え、ちょ……どうしたの、スター?」
見慣れないスターの態度についうろたえる私に構わず、スターの口から出てきた言葉は。
「サニー、パンツ穿き忘れてるわ!!」
私は盛大にこけて、ベッドの柱に顔をぶつけた。
……っ~!! 真顔でなに言うかと思ったら……スターのアホー!
「そんなどうでも良い事、真剣な顔して言わないでよ!」
「あら、じゃあこのまま出かける?」
ってルナまでそういうネタに絡んで来ないでよ、もう。
「別に良いわよ、減るもんじゃないし」
つい勢いでそう言って、ドアの前まで私は飛んでいく。
けれど、私の足が勝手にそこで回れ右。
「出ないの、サニー?」
さっきの真剣さはどこへやら、くすくすと含み笑いをするスターを見ていて、本当はスターって妖精じゃなくて小悪魔じゃないかしらとか思った。
もし尻尾があったら引っ張ってやりたい、力一杯。
「……嘘ですごめんなさい全然どうでも良く無いからもうちょっと待ってて……」
結局、私達が出かけたのはそれから5分後だった。
******
見かけも性根も黒い人間の家は分かってるんで、私達は迷わず一直線に小雨の中を飛んでいく。
そして小雨が霧雨に変わって来た頃、ルナが私に声をかけてきた。
「あのさサニー。穴を掘るのは良いとしても、幾らなんでも黒いのが家にいる時に掘ってたら、すぐにバレるような気がするんだけど」
……あ。考えてみたらあの黒いのはしょっちゅうどこかに出かけてるから忘れてたけどこんな梅雨時は流石に家の中にいる事の方が多いかもしんない。
流石に家の前で穴掘りなんかやってたら、そりゃすぐにばれる……よね。
二人して困った顔を見合わせる中で、スターが空に手をやる。
「大丈夫よ、雨雲の位置は段々離れて行ってるからそろそろ止むわ。ここの所降り続きだから、雨が止んだら多分どこか行くんじゃない、あの黒いのも」
「確かに。一箇所に留まってじっとしてるの苦手そうだもんね」
「サニーもねー」
ほっといて。
「だけど最近確かに夜月も出てないけど、ひょっとしてルナまで半ボケ気味?」
「ん……全然そりゃ本調子じゃないけど……」
スターに聞かれて、ルナは軽く頭を振っている。
だから私の頭は弱ってないっての!
でも反論したところで、どうせどんぶらこって流されるに決まってるんだ。ん……桃がちょっと食べたいかもしんない。
「って……本当に上がったね、雨。この調子で一気に晴れてくれればいいのにな」
「気持ちは分かるけど、順序を飛び越えて結論には行けないわよサニー」
「梅雨明けはまだ先なのは分かってるってば! 晴れ間を想像したら気分だけでも晴れないかと思って……と。出てきた出てきた!」
下を見下ろすと、遠目からでもはっきり分かる黒いのが箒を片手に出てきた。
『ふー、やっと雨が上がったぜ。さてと、また降ってくる前にとっとと出かけるか』
黒いのが箒にまたがって、神社の方へとすっ飛んでいく。その先を見ながら、私とルナがスターのほうを見た。
「大丈夫、確かに行ったわよ」
「よーし! じゃあ掘って掘って掘りまくるわよー!」
………………で、一時間後。
「穴を掘るって……こんなにめんどくさいんだ」
「掘ってみる前に気がつくべきだったなぁ……」
「少なくとも妖精の穴掘りは、ファンタジーやメルヘンの挿絵にはならないわね」
三人で悪戦苦闘しつつ頑張って穴を掘る事、少し……というかかなり。
雨で柔らかくなってるにも関わらず、掘るのはすっっっごく、しんどかった。しかも汗でベタベタ……うー、気持ち悪いー。
……って。
「は! へたりこんでる場合じゃないわ、スターもルナも立って立って! 幾ら光を弄くって穴を見えないようにしたって、とりあえず掘った土をどっかに捨てないとバレバレよ!」
「まあそうね……ここまで苦労して失敗じゃ目も弾幕も当てられないもの」
パンパンと服の裾を払ってルナが立ち上がる。
どうやらルナは弾も当てるつもりらしい。……私も当てよっと。
「はー……でも、こうやってみんなで掘った穴を見ると、何かちょっと頑張った気がしない?」
そんな中、座り込んだままでスターは一人笑っていた。
何だかんだで、やる事はどんな事でも全部楽しんでしまうスターは凄いと思う。
「達成感を感じる前に、この土運ぶのスターも……手伝いなさいよー! 重い~」
うー、雨たっぷり吸い込んでるからだろうけど本気で重いってば、これ!
「ごめーん、もうちょっとだけ休ませて」
どうやらよっぽどしんどかったのか小さく舌を出して、スターが手を合わせた。まあスターは私達の中でも一番体力無いから、しょうがないけどさ……。
「じゃあ、誰か寄ってこないかちゃんと見張っててー! それと、一人で勝手に逃げたりしないでよ!」
「しないしない。今日は必ず声をかけるわよー」
ただ、たまーにスターはほっといて自分だけで逃げる事があるから、釘を刺しておく。
今日は、ってのがちょっと気になったけどとりあえずほっとこう。土が重いし。
そしてどうにか掘った土も森の中にほっぽり出して、ついに落とし穴完成!
「出来た……! さてと。後は私の能力でちょちょいのちょいね」
光の屈折を弄れば、落とし穴を見えなくするのは簡単だ。あっという間に普通の地面と同じようになる。
「後は戻ってくるのを待つだけだわ、わくわく」
近場の木の上に腰掛けて、私達は黒い人間の帰りを待つことにした。
「問題は何時ごろ戻ってくるかだけど……あれ? サニー、あれ見てあれ」
あー、それにしても疲れた……ちょっとだけ寝ようかな。
私がそう思ったとき、ルナに肩をちょいちょいと突つかれた。言われた方を見てみると、その先には黒い羽と尻尾の生えたのがふよふよ飛んで来ている。
「ねえスター、あれってどう見ても悪魔よね」
「外見だけで人を判断しちゃいけないわ、サニー。でもアレは人じゃないから見たままで良いと思うけどね」
でも悪魔が何でこんな森の奥まで来てるんだろ。
疑問には思ったけど、面白そうなんでとりあえず隠れたままでいると、悪魔は黒い人間の家の前に降り立った。
「はぁあ……。パチュリー様も『留守中に魔理沙の所から本を取り戻してきなさい』って簡単に仰ったけど、魔理沙さんの部屋で本を探すなんて無茶だと思うんだけどなぁ……」
外見に似合わないピンク色の傘をクルクルと回しながら、溜息をつく悪魔が一匹。
「サニー、落とし穴隠したままだけど解かなくて良いの?」
「……んー。黒いの以外を嵌めてもしょうがないんだけど、でもちょっとねー」
人間じゃないのは残念だけど、これっだけ頑張ったんだから、折角の機会だし効果を見てみたい。どうやらルナもスターも同じ気持ちらしく、殊更に反対はしなかった。
ごめんね悪魔ー、と心の中でだけ手を合わせておく。
……わくわくわく。
「まあ、一冊でも見つけられたらマシかな……きゃあ!?」
まさか罠があるとは夢にも思わなかったんだろう、完璧に無警戒でドアの前へ一歩踏み出す。
と同時にバランスを崩して、悪魔は綺麗に落ちていった。
『な……なんですか、これ~!? い、いたたた……』
「やったやった、成功よ~!」
三人でパチンと手を合わせて喜ぶ。へっへーん、予行練習は終わり、後は本番を待つだけよ!
けれどその時。私の足場の木が、雨でずるっと滑った。
……え、あれ? ちょっ……!
反射的に手で木を掴もうとしたのが大きな間違い。後はもうただ自由落下の法則。
ビターン!
地面と派手にキスしてから、遅まきながらに飛べば良かったのに気がついた。うぅ、ニュートンなんか大っ嫌……ガシッ。
がし?
何かに足を捕まれた感覚に、私が恐る恐る後ろを振り向くと、穴から這い出た悪魔が頬をパンパンに膨らませて怒った顔で私の方を睨んでた。
「この落とし穴作った犯人はあなたでしょ、こらー!」
うわ、何だかばれてるし!
地面に落ちたショックで能力も一時的に解けちゃったせいか、私の姿も完璧に丸見え。
「痛い痛い痛い、足を引っ張らないで! ちぎれる~!」
「だったら私をここから早く引き上げてー!」
…………。
結局、ルナとスターにも手伝って貰って悪魔を穴から引っ張り上げる。
「うぅ……酷い目に合いました……」
『えーと、ごめんなさいー』
ここまでしっかりバレちゃうとどうしようも無いんで、三人揃って頭を下げる私達。
「ま、悪魔も妖精も悪戯が仕事みたいなもんですから、別にとやかく言うつもりはないですけどね! 悪戯なんて引っかかった方が半分以上は悪いんですし……」
この辺りの事を分かってくれるのは、流石に悪魔だなーと思った。ただ、当然っちゃ当然だけど、まだしっかり怒ってるけれど。
「でも目的くらいは話してくれても良いんじゃないかと思うんですけど」
そりゃ確かにごもっともだと思う。私がこいつでも、同じ事を絶対聞いてるし。
しょうがないかぁ。
「えーと。実は黒いのに以前やられた仕返しをしようと思って……」
かくかくしかじか。
「黒いのって、魔理沙さん?」
「名前は覚えて無いけどー。ほら、箒持ってて黒いので、だぜだぜ言ってる奴」
私が大まかなイメージを伝えると、ああ間違いなく魔理沙さんですねと頷いた。
さっきまでの不機嫌な表情が嘘のように、そう言って悪魔は楽しそうに笑う。何ていうか悪戯好き同士通じ合う何かを感じて私もつられて笑ったら、緊張感が足りないわ、とルナに軽く頭を叩かれた。
「ただ、玄関からちょっと穴が離れすぎですね。これだとほんの気まぐれで、回り込んでドアに入られたら避けられちゃいますよ、もっと扉に近づけないと……ね。理想は、左右にも一つづつ穴を作る事かな?」
くすくすと笑うその様子は、外見に似合って確かに悪魔っぽく……というよりは、色々な意味で小悪魔っぽく見えた。
「普段から本を借りるだけ借りてって返さない人なので、私とパチュリー様の分もこめて、いい落とし穴作ってくださいね。でも……あーあ服ドロドロ、帰ろうっと」
そう言って、羽をはばたかせながら湖のほうへ飛び去っていく。
何だかちょっと良い人だったなぁ、悪魔だけど。
「全くサニーったらドジねぇ」
「まあサニーの不注意は今に始まったわけじゃないし」
悪魔の後姿を眺めながら、ちょっと良い余韻に浸っていた私の気持ちを、ルナとスターが見事にぶち壊した。
お願いだからほっといて。
「ドジって言う方がドジなのよ、全くっ。でも悪魔はみーんな悪戯好きって聞くからね。なんだか仲良くなれそうな気がするわ!」
「そう? 悪魔はやっぱり悪魔だと思うけど。で、サニーはまだ掘るの?」
「当然じゃない! ルナもスターも手伝ってね」
「……まあそれは良いけどさ……でも、んー。大丈夫かな……」
頭を捻るルナをとりあえず連れて行く。けれど、スターは肩をすくめて苦笑しながら首を横に振った。
「ごめん、私はパスするわー。誰かが見張って無いと、戻ってきた時にまずいでしょ?」
「体よくサボりたいだけじゃないの? ……でもまあ、スターの言う事も一理あるか」
どう見たってスターには体力仕事は向きそうにないし。でもルナと二人で、あと2つも追加で掘れるかなぁ。
「それにね、掘る落とし穴は全部で3つじゃなくて、2つで良いんじゃない? 扉の側にもっとくっつければ、左右2つはいらないわよ。残り1つで十分」
そんな私の疑問を見越したかのように、そうスターが提案してきた。
……ま、確かにそりゃそっか。それなら何とかなるかな。
もう一度だけ、必ず黒いのが来たらすぐ教えるようスターに念を押してから、私はルナの方に戻る。
と、ルナがまだ難しい顔をしていた。
「あのさぁサニー、私は何か嫌な予感がするんだけど……」
「何、蟲の知らせ? だとしたらそれは時期外れよ。さあ、穴掘り再開再開!」
「……うーん……」
首を傾げるルナを構わず引っ張って、また私はひたすら穴を掘り始めた。
――そしてさらに時間が進んで。
「はぁ、はぁ、はぁ……ねえサニー」
「……ん……ルナ、呼んだ……?」
穴の中で顔を見合わせる。ルナの顔がすっかり土の汚れで黒くなっていた。私も似たようなもんだろう、きっと。
「悪戯で黒いの罠に嵌める以上に、私達の方が辛い目にあってる気がするのは気のせいかしら……って何だかしみじみ思うんだけど」
あぅ。
実は私もそれは、さっきから思ってた。
「私もそろそろ、そんな感じがしてる……。今更だけど、最初から計画に穴が開いてた気もするなあ……」
「誰が上手いこと言えっていったのよ、サニー! あー、もうダメ、足も腰もガクガク……」
ルナがペタンと座り込み、私もスコップを放り投げる。
そして穴から空を見上げた時に。
致命的な事に気がついた。
「あのさぁ、ルナ」
「んー? なーにー、サニー」
「穴掘りに夢中になってて気がつかなかったけど……もう日が沈んでるみたい」
「あー。そうみたいね……」
疲れきってるのか、とろんとした眠そうな表情で私の言葉を軽くルナが流す。
それから3秒後。ルナがガバッと跳ね起きた。
「って、日が沈んでるって!? ちょっとサニー、じゃあこれ全部意味無いじゃない! ……っていうか、今頃気がつく私も私だけど……黒いのが日が沈む前に帰ってこなかったら、この計画って最初からダメじゃないの!?」
あ、言われてみたら。
その時だった。
「黒いのが戻ってくるわよ、サニー、ルナ~!」
体力的にも精神的にもへろへろ状態の私達に追い討ちをかけるかの如く、スターから声がかかる。
ちょっと嘘でしょ!?
「いた、腰痛い立てない! ルナ、ごめんちょっと立たせてー!」
「私も無理! スター、助けてー!!」
その時、頭上に影が降りた。
私達の叫びも空しく、現れたのはスターじゃなくて。
「ほー。いつぞやの妖精じゃないか、なんだ妖精を廃業してモグラにでもなったのか?」
『げ……!』
穴の中で私とルナの声が重なった。
これが本当の墓穴、なんちゃって……て、ボケてる場合じゃないー!
「あ、えーと……ね。これはほら、あれなのよあれ」
ルナ、なんか適当に言ってごまかしてっ。
そんな私のアイコンタクトに、ルナも気がつく。
「……じ、実はその。黒いのの家にはゴミが沢山あるって話を聞いた事があったから、ゴミを捨てる穴でも掘ってあげようかなって思って……」
「そんな親切心で穴を掘ってくれたとは痛みいるぜ。てっきり、落とし穴でも作ってるのかと思ったんだがな」
はぅあ、思いっきし図星だ。
「や、やだなぁそんな訳が無いじゃない!」
ブンブンと力いっぱい首を振る私とルナ。
そんな私の頬を、つーっと汗がつたって流れていく。
「生憎と私の部屋にはゴミは無いが、丁度良いから使わせて貰うぜ」
そう言って、ひょこっと私とルナは穴から持ち上げられた。
あれ、もしかしてこのまま帰してくれる……?
一瞬浮かんだそんな私の甘い考えは、ガツンと私の頭を思いっきりルナとぶつけられて、意識と一緒に吹っ飛んだ。
******
あー、ずっと穴ばっかり掘ってたからなぁ……水でも飲みたい。
ぼんやりと定まらない、ふわふわとした意識の中でそんな事を思うと、不意に私の目の前に、テーブルの上に水の入ったコップが置かれていた。
やった、丁度渡りに船だわ頂きまーす!
そう思ってコップに近づこうとしたけれど。何故か足が全然動かない。……え? 何でどうしてよ!?
このっ。動け私の足――
そう思った次の瞬間、テーブルもコップも私の目の前から消え失せて、目の前の風景がはっきりと戻ってきた。
そして今、自分がどこにいるかも。つまり……。
―――― 穴の中にいる ――――
「って、ちょっと何で埋められてるのよー! うわ、身動き出来ない……ルナ、起きてとんでもない事になってるわよ!」
首だけ残してすっぽり埋まってる状態で、手も足も全く動かせない中、首だけどうにか動かして周囲を見渡してみると、ルナも同じように首だけ出して埋まっていた。
散々呼びかけて、ようやくルナも目を覚ます。
「ん……え、あれ? ……な、何これ……!」
ルナも同じようにジタバタするけれど、びくともしてない。その時、いきなり黒い影が私達の目の前に出てきた。
「おっと、ようやくお目覚めか?」
「お目覚めか、じゃないわよ! さっさとここから出しなさいよー!」
「言われた通りゴミ捨てに使わせてもらっただけだ。悪戯ばっかりしてるからそういう目に合うんだよ、今夜一晩そこで反省してろ」
うしし、と笑って手を振りながら黒いのが家の中に引っ込もうとする。
うわ! ごめんなさい嘘です許して、出してー!
そんな私の叫び声に、黒いのが一度くるっと振り返って。
「ああそうだ。夜は寒いぜ?」
そんだけ言い捨てて、家の中に引っ込んでいった。うわーん、一瞬でも期待した私がバカだった……。
「何で疑問系なのよ! どう考えたって寒いわよ!!」
「サニー、そんなどうでも良い事つっこんでる場合じゃないわよ、どうするのこれ……」
泣きそうな顔でルナが私に問いかけてくる。そんなルナの表情がちょっと可愛い……ってんな事考えてる場合じゃない!
しばらく顔を見合わせていた私とルナは、どちらともなく夜空に向かって叫んだ。
『スタ~~~~!! たーすーけーてー!!』
■■■
さてさて、サニーとルナが悲鳴をあげている頃、スターサファイアは何をしてたかというと。一人苦笑しながら夜空を飛んでいたりする。
「性格の良い悪魔なんかいないのにねー。三つって所ですぐにピンと来ないと」
自分の墓穴を掘ってたサニーとルナに少し同情しつつ、埋められてる様子を想像するとちょっと笑えるスターだった。
「でも、サニーが半ボケなのは良いとしても、今日はルナも随分と勘が悪かったわねぇ、何でかしら?」
首を傾げつつ、空を見上げると雲間が晴れ、梅雨時では久しぶりの星の瞬く夜空が天空に広がっていた。
それを見てスターは合点がいったとばかりに、ポンと手を叩く。
「なるほどー。だから、今日は私の一人勝ちなのねっ」
二人を助けに行くのはもうしばらく後にしようと意地悪な事を考えながら、スターは星だけが光輝く新月の夜空を、一人悪戯っぽい笑顔で楽しそうに眺めていた。
ベッドに横になったまま、私はぼへーっと天井を見上げる。
しみの数でも数えようかと思ったけど、生憎と我が家は木だからそんなもん一個も見つけようも無かった。まあ分かっちゃいたけれど。
「むー」
ごろん、と寝返り一つ。
眠気なんかとっくに無いけれど、ボフンと顔を枕に埋めてバタバタと足を動かす。けどやる気0になってすぐに辞めた。
「うー、うーうー」
窓の外を見ると今日もやっぱり雨まっしぐら。
どうせ降るなら降るで、もうちょっとザバーッて纏めて景気良く降って欲しい。
そうすれば多少は気も晴れるのに、こーんな小出しにされたら『年寄りのしょんべんじゃないっての!』って言いたくもなる。いや、言わないけどー。
そんなバカな事を考えていると、ひょこっとルナとスターが顔を出した。
「あのさぁサニー。寝るか唸るか泳ぐか起きるか、どれかにしたら? っていうかもう昼なんだけど」
「畳の上の水練も、やり方を間違えなきゃ意味はあると思うわ。頑張ってねサニー」
肩をすくめるルナと、訳の分からない応援をするスターの顔を見ながら私は叫んだ。
「もぅ! 何で雨ばっかりなのよー!!」
昨日も雨、一昨日も雨。今も雨だし、多分どーせ明日だって雨だ。
「しょうがないじゃない梅雨なんだもの。晴耕雨読っていうし、本でも読めば?」
ルナが指差す先には、本……っぽいものがあるにはあるけど。黄色い表紙で数字ばっか書いてるのとか、青い表紙でやっぱし数字ばっか書いてるのとか、後は辞書とかだし。
たま~に漫画とかも外から流れ着いてはくるけれど、前後の話が分かんないからてんで面白くない。一昔前の漫画は、そんな事無かったと思うんだけどなぁ。あんまし覚えて無いけれど。
「読めと言われたら、アレでも読めない事は無いけどさぁ。でもルナは読んだ本の内容を明日になったら覚えてるわけ?」
「見損なわないで欲しいわね、サニー。覚えてるわけが無いじゃない!」
思いっきり胸張って堂々と言われた。
まあ無いけど。ルナに胸。
私も無いけどさ。
「というか本なんてどーでも良いの。ここ3日位、ろくな悪戯も、ろくでもない悪戯もしてないわ!」
いい加減横になるのも嫌になって、私はガバッと跳ね起きる。
「可愛そうに、今年の梅雨は去年以上にテンション低めよね、サニー。去年は黒いのに雨を当てたりして遊んでたじゃない」
にこにこと楽しそうに笑うスターを、ジト目でルナが見る。あー、そういえばあの時は派手に雷様に起こられたんだっけ。おへそは取られなかったけど。
その時、私の頭の中で何かがピンと来た。
「そうよ黒いのよ! あの黒いのにやられたお返しを、考えたらまだしてなかったわ!」
「声が大きいわよサニー」
髪の毛の先を弄っていたルナが、ちゃっちゃと着替え中の私の方を見る。
「でもサニーの言う通り、まだお返しはしてないわね。じゃあ今日は黒いのへの悪戯として……何をしようかしら?」
「今日はちょっと大掛かりに。玄関前に落とし穴つくって、黒いのを嵌めましょ!」
そして嵌った黒いのの前に堂々と姿を出しておちょくってやろう。
「なるほど。雨で、サニーの頭だけじゃなく土もゆるくなってて掘りやすいだろうし……丁度良いかもね」
「私の頭はゆるくないわよ! ……ん? ルナ、急に黙りこくってどうしたの?」
しばらく黙ってたルナが、私の声に口を開く。
「んー。落とし穴の下に置くのは、槍が良いか剣が良いか、って思って」
中々に洒落にならない事を言ってくれた。
ルナはたま~に、私やスターでもドキッとする事を平然と言ってのける。
「はい却下。それはもう悪戯じゃなくて罠じゃない。そもそもうちには槍も剣も無いでしょ、あるのはこないだ拾った万年筆くらいのもんで」
外の世界ではそれが最強らしいわよ、とスターが笑っている。もし本当なら、外の世界は相当に胡散臭いんだろうなぁ。
「はい着替え終わり! じゃあルナもスターもスコップ持ってしゅっぱーつ!」
いつもの服に着替えて、私はベッドから飛び上がる。
その時、スターが私のスカートの裾を引っ張った。
「ちょっと待ってサニー。はしゃぐのは良いけど、その前に私からとっても大事な話があるの」
ズイッと顔を近づけて言うスターの表情とても真剣で。
言っちゃ悪いけど、スターにこんな真剣な顔なんてできたんだ……とか何とか思うくらいに真剣で。
あれ。私なんか変なこと言った?
「え、ちょ……どうしたの、スター?」
見慣れないスターの態度についうろたえる私に構わず、スターの口から出てきた言葉は。
「サニー、パンツ穿き忘れてるわ!!」
私は盛大にこけて、ベッドの柱に顔をぶつけた。
……っ~!! 真顔でなに言うかと思ったら……スターのアホー!
「そんなどうでも良い事、真剣な顔して言わないでよ!」
「あら、じゃあこのまま出かける?」
ってルナまでそういうネタに絡んで来ないでよ、もう。
「別に良いわよ、減るもんじゃないし」
つい勢いでそう言って、ドアの前まで私は飛んでいく。
けれど、私の足が勝手にそこで回れ右。
「出ないの、サニー?」
さっきの真剣さはどこへやら、くすくすと含み笑いをするスターを見ていて、本当はスターって妖精じゃなくて小悪魔じゃないかしらとか思った。
もし尻尾があったら引っ張ってやりたい、力一杯。
「……嘘ですごめんなさい全然どうでも良く無いからもうちょっと待ってて……」
結局、私達が出かけたのはそれから5分後だった。
******
見かけも性根も黒い人間の家は分かってるんで、私達は迷わず一直線に小雨の中を飛んでいく。
そして小雨が霧雨に変わって来た頃、ルナが私に声をかけてきた。
「あのさサニー。穴を掘るのは良いとしても、幾らなんでも黒いのが家にいる時に掘ってたら、すぐにバレるような気がするんだけど」
……あ。考えてみたらあの黒いのはしょっちゅうどこかに出かけてるから忘れてたけどこんな梅雨時は流石に家の中にいる事の方が多いかもしんない。
流石に家の前で穴掘りなんかやってたら、そりゃすぐにばれる……よね。
二人して困った顔を見合わせる中で、スターが空に手をやる。
「大丈夫よ、雨雲の位置は段々離れて行ってるからそろそろ止むわ。ここの所降り続きだから、雨が止んだら多分どこか行くんじゃない、あの黒いのも」
「確かに。一箇所に留まってじっとしてるの苦手そうだもんね」
「サニーもねー」
ほっといて。
「だけど最近確かに夜月も出てないけど、ひょっとしてルナまで半ボケ気味?」
「ん……全然そりゃ本調子じゃないけど……」
スターに聞かれて、ルナは軽く頭を振っている。
だから私の頭は弱ってないっての!
でも反論したところで、どうせどんぶらこって流されるに決まってるんだ。ん……桃がちょっと食べたいかもしんない。
「って……本当に上がったね、雨。この調子で一気に晴れてくれればいいのにな」
「気持ちは分かるけど、順序を飛び越えて結論には行けないわよサニー」
「梅雨明けはまだ先なのは分かってるってば! 晴れ間を想像したら気分だけでも晴れないかと思って……と。出てきた出てきた!」
下を見下ろすと、遠目からでもはっきり分かる黒いのが箒を片手に出てきた。
『ふー、やっと雨が上がったぜ。さてと、また降ってくる前にとっとと出かけるか』
黒いのが箒にまたがって、神社の方へとすっ飛んでいく。その先を見ながら、私とルナがスターのほうを見た。
「大丈夫、確かに行ったわよ」
「よーし! じゃあ掘って掘って掘りまくるわよー!」
………………で、一時間後。
「穴を掘るって……こんなにめんどくさいんだ」
「掘ってみる前に気がつくべきだったなぁ……」
「少なくとも妖精の穴掘りは、ファンタジーやメルヘンの挿絵にはならないわね」
三人で悪戦苦闘しつつ頑張って穴を掘る事、少し……というかかなり。
雨で柔らかくなってるにも関わらず、掘るのはすっっっごく、しんどかった。しかも汗でベタベタ……うー、気持ち悪いー。
……って。
「は! へたりこんでる場合じゃないわ、スターもルナも立って立って! 幾ら光を弄くって穴を見えないようにしたって、とりあえず掘った土をどっかに捨てないとバレバレよ!」
「まあそうね……ここまで苦労して失敗じゃ目も弾幕も当てられないもの」
パンパンと服の裾を払ってルナが立ち上がる。
どうやらルナは弾も当てるつもりらしい。……私も当てよっと。
「はー……でも、こうやってみんなで掘った穴を見ると、何かちょっと頑張った気がしない?」
そんな中、座り込んだままでスターは一人笑っていた。
何だかんだで、やる事はどんな事でも全部楽しんでしまうスターは凄いと思う。
「達成感を感じる前に、この土運ぶのスターも……手伝いなさいよー! 重い~」
うー、雨たっぷり吸い込んでるからだろうけど本気で重いってば、これ!
「ごめーん、もうちょっとだけ休ませて」
どうやらよっぽどしんどかったのか小さく舌を出して、スターが手を合わせた。まあスターは私達の中でも一番体力無いから、しょうがないけどさ……。
「じゃあ、誰か寄ってこないかちゃんと見張っててー! それと、一人で勝手に逃げたりしないでよ!」
「しないしない。今日は必ず声をかけるわよー」
ただ、たまーにスターはほっといて自分だけで逃げる事があるから、釘を刺しておく。
今日は、ってのがちょっと気になったけどとりあえずほっとこう。土が重いし。
そしてどうにか掘った土も森の中にほっぽり出して、ついに落とし穴完成!
「出来た……! さてと。後は私の能力でちょちょいのちょいね」
光の屈折を弄れば、落とし穴を見えなくするのは簡単だ。あっという間に普通の地面と同じようになる。
「後は戻ってくるのを待つだけだわ、わくわく」
近場の木の上に腰掛けて、私達は黒い人間の帰りを待つことにした。
「問題は何時ごろ戻ってくるかだけど……あれ? サニー、あれ見てあれ」
あー、それにしても疲れた……ちょっとだけ寝ようかな。
私がそう思ったとき、ルナに肩をちょいちょいと突つかれた。言われた方を見てみると、その先には黒い羽と尻尾の生えたのがふよふよ飛んで来ている。
「ねえスター、あれってどう見ても悪魔よね」
「外見だけで人を判断しちゃいけないわ、サニー。でもアレは人じゃないから見たままで良いと思うけどね」
でも悪魔が何でこんな森の奥まで来てるんだろ。
疑問には思ったけど、面白そうなんでとりあえず隠れたままでいると、悪魔は黒い人間の家の前に降り立った。
「はぁあ……。パチュリー様も『留守中に魔理沙の所から本を取り戻してきなさい』って簡単に仰ったけど、魔理沙さんの部屋で本を探すなんて無茶だと思うんだけどなぁ……」
外見に似合わないピンク色の傘をクルクルと回しながら、溜息をつく悪魔が一匹。
「サニー、落とし穴隠したままだけど解かなくて良いの?」
「……んー。黒いの以外を嵌めてもしょうがないんだけど、でもちょっとねー」
人間じゃないのは残念だけど、これっだけ頑張ったんだから、折角の機会だし効果を見てみたい。どうやらルナもスターも同じ気持ちらしく、殊更に反対はしなかった。
ごめんね悪魔ー、と心の中でだけ手を合わせておく。
……わくわくわく。
「まあ、一冊でも見つけられたらマシかな……きゃあ!?」
まさか罠があるとは夢にも思わなかったんだろう、完璧に無警戒でドアの前へ一歩踏み出す。
と同時にバランスを崩して、悪魔は綺麗に落ちていった。
『な……なんですか、これ~!? い、いたたた……』
「やったやった、成功よ~!」
三人でパチンと手を合わせて喜ぶ。へっへーん、予行練習は終わり、後は本番を待つだけよ!
けれどその時。私の足場の木が、雨でずるっと滑った。
……え、あれ? ちょっ……!
反射的に手で木を掴もうとしたのが大きな間違い。後はもうただ自由落下の法則。
ビターン!
地面と派手にキスしてから、遅まきながらに飛べば良かったのに気がついた。うぅ、ニュートンなんか大っ嫌……ガシッ。
がし?
何かに足を捕まれた感覚に、私が恐る恐る後ろを振り向くと、穴から這い出た悪魔が頬をパンパンに膨らませて怒った顔で私の方を睨んでた。
「この落とし穴作った犯人はあなたでしょ、こらー!」
うわ、何だかばれてるし!
地面に落ちたショックで能力も一時的に解けちゃったせいか、私の姿も完璧に丸見え。
「痛い痛い痛い、足を引っ張らないで! ちぎれる~!」
「だったら私をここから早く引き上げてー!」
…………。
結局、ルナとスターにも手伝って貰って悪魔を穴から引っ張り上げる。
「うぅ……酷い目に合いました……」
『えーと、ごめんなさいー』
ここまでしっかりバレちゃうとどうしようも無いんで、三人揃って頭を下げる私達。
「ま、悪魔も妖精も悪戯が仕事みたいなもんですから、別にとやかく言うつもりはないですけどね! 悪戯なんて引っかかった方が半分以上は悪いんですし……」
この辺りの事を分かってくれるのは、流石に悪魔だなーと思った。ただ、当然っちゃ当然だけど、まだしっかり怒ってるけれど。
「でも目的くらいは話してくれても良いんじゃないかと思うんですけど」
そりゃ確かにごもっともだと思う。私がこいつでも、同じ事を絶対聞いてるし。
しょうがないかぁ。
「えーと。実は黒いのに以前やられた仕返しをしようと思って……」
かくかくしかじか。
「黒いのって、魔理沙さん?」
「名前は覚えて無いけどー。ほら、箒持ってて黒いので、だぜだぜ言ってる奴」
私が大まかなイメージを伝えると、ああ間違いなく魔理沙さんですねと頷いた。
さっきまでの不機嫌な表情が嘘のように、そう言って悪魔は楽しそうに笑う。何ていうか悪戯好き同士通じ合う何かを感じて私もつられて笑ったら、緊張感が足りないわ、とルナに軽く頭を叩かれた。
「ただ、玄関からちょっと穴が離れすぎですね。これだとほんの気まぐれで、回り込んでドアに入られたら避けられちゃいますよ、もっと扉に近づけないと……ね。理想は、左右にも一つづつ穴を作る事かな?」
くすくすと笑うその様子は、外見に似合って確かに悪魔っぽく……というよりは、色々な意味で小悪魔っぽく見えた。
「普段から本を借りるだけ借りてって返さない人なので、私とパチュリー様の分もこめて、いい落とし穴作ってくださいね。でも……あーあ服ドロドロ、帰ろうっと」
そう言って、羽をはばたかせながら湖のほうへ飛び去っていく。
何だかちょっと良い人だったなぁ、悪魔だけど。
「全くサニーったらドジねぇ」
「まあサニーの不注意は今に始まったわけじゃないし」
悪魔の後姿を眺めながら、ちょっと良い余韻に浸っていた私の気持ちを、ルナとスターが見事にぶち壊した。
お願いだからほっといて。
「ドジって言う方がドジなのよ、全くっ。でも悪魔はみーんな悪戯好きって聞くからね。なんだか仲良くなれそうな気がするわ!」
「そう? 悪魔はやっぱり悪魔だと思うけど。で、サニーはまだ掘るの?」
「当然じゃない! ルナもスターも手伝ってね」
「……まあそれは良いけどさ……でも、んー。大丈夫かな……」
頭を捻るルナをとりあえず連れて行く。けれど、スターは肩をすくめて苦笑しながら首を横に振った。
「ごめん、私はパスするわー。誰かが見張って無いと、戻ってきた時にまずいでしょ?」
「体よくサボりたいだけじゃないの? ……でもまあ、スターの言う事も一理あるか」
どう見たってスターには体力仕事は向きそうにないし。でもルナと二人で、あと2つも追加で掘れるかなぁ。
「それにね、掘る落とし穴は全部で3つじゃなくて、2つで良いんじゃない? 扉の側にもっとくっつければ、左右2つはいらないわよ。残り1つで十分」
そんな私の疑問を見越したかのように、そうスターが提案してきた。
……ま、確かにそりゃそっか。それなら何とかなるかな。
もう一度だけ、必ず黒いのが来たらすぐ教えるようスターに念を押してから、私はルナの方に戻る。
と、ルナがまだ難しい顔をしていた。
「あのさぁサニー、私は何か嫌な予感がするんだけど……」
「何、蟲の知らせ? だとしたらそれは時期外れよ。さあ、穴掘り再開再開!」
「……うーん……」
首を傾げるルナを構わず引っ張って、また私はひたすら穴を掘り始めた。
――そしてさらに時間が進んで。
「はぁ、はぁ、はぁ……ねえサニー」
「……ん……ルナ、呼んだ……?」
穴の中で顔を見合わせる。ルナの顔がすっかり土の汚れで黒くなっていた。私も似たようなもんだろう、きっと。
「悪戯で黒いの罠に嵌める以上に、私達の方が辛い目にあってる気がするのは気のせいかしら……って何だかしみじみ思うんだけど」
あぅ。
実は私もそれは、さっきから思ってた。
「私もそろそろ、そんな感じがしてる……。今更だけど、最初から計画に穴が開いてた気もするなあ……」
「誰が上手いこと言えっていったのよ、サニー! あー、もうダメ、足も腰もガクガク……」
ルナがペタンと座り込み、私もスコップを放り投げる。
そして穴から空を見上げた時に。
致命的な事に気がついた。
「あのさぁ、ルナ」
「んー? なーにー、サニー」
「穴掘りに夢中になってて気がつかなかったけど……もう日が沈んでるみたい」
「あー。そうみたいね……」
疲れきってるのか、とろんとした眠そうな表情で私の言葉を軽くルナが流す。
それから3秒後。ルナがガバッと跳ね起きた。
「って、日が沈んでるって!? ちょっとサニー、じゃあこれ全部意味無いじゃない! ……っていうか、今頃気がつく私も私だけど……黒いのが日が沈む前に帰ってこなかったら、この計画って最初からダメじゃないの!?」
あ、言われてみたら。
その時だった。
「黒いのが戻ってくるわよ、サニー、ルナ~!」
体力的にも精神的にもへろへろ状態の私達に追い討ちをかけるかの如く、スターから声がかかる。
ちょっと嘘でしょ!?
「いた、腰痛い立てない! ルナ、ごめんちょっと立たせてー!」
「私も無理! スター、助けてー!!」
その時、頭上に影が降りた。
私達の叫びも空しく、現れたのはスターじゃなくて。
「ほー。いつぞやの妖精じゃないか、なんだ妖精を廃業してモグラにでもなったのか?」
『げ……!』
穴の中で私とルナの声が重なった。
これが本当の墓穴、なんちゃって……て、ボケてる場合じゃないー!
「あ、えーと……ね。これはほら、あれなのよあれ」
ルナ、なんか適当に言ってごまかしてっ。
そんな私のアイコンタクトに、ルナも気がつく。
「……じ、実はその。黒いのの家にはゴミが沢山あるって話を聞いた事があったから、ゴミを捨てる穴でも掘ってあげようかなって思って……」
「そんな親切心で穴を掘ってくれたとは痛みいるぜ。てっきり、落とし穴でも作ってるのかと思ったんだがな」
はぅあ、思いっきし図星だ。
「や、やだなぁそんな訳が無いじゃない!」
ブンブンと力いっぱい首を振る私とルナ。
そんな私の頬を、つーっと汗がつたって流れていく。
「生憎と私の部屋にはゴミは無いが、丁度良いから使わせて貰うぜ」
そう言って、ひょこっと私とルナは穴から持ち上げられた。
あれ、もしかしてこのまま帰してくれる……?
一瞬浮かんだそんな私の甘い考えは、ガツンと私の頭を思いっきりルナとぶつけられて、意識と一緒に吹っ飛んだ。
******
あー、ずっと穴ばっかり掘ってたからなぁ……水でも飲みたい。
ぼんやりと定まらない、ふわふわとした意識の中でそんな事を思うと、不意に私の目の前に、テーブルの上に水の入ったコップが置かれていた。
やった、丁度渡りに船だわ頂きまーす!
そう思ってコップに近づこうとしたけれど。何故か足が全然動かない。……え? 何でどうしてよ!?
このっ。動け私の足――
そう思った次の瞬間、テーブルもコップも私の目の前から消え失せて、目の前の風景がはっきりと戻ってきた。
そして今、自分がどこにいるかも。つまり……。
―――― 穴の中にいる ――――
「って、ちょっと何で埋められてるのよー! うわ、身動き出来ない……ルナ、起きてとんでもない事になってるわよ!」
首だけ残してすっぽり埋まってる状態で、手も足も全く動かせない中、首だけどうにか動かして周囲を見渡してみると、ルナも同じように首だけ出して埋まっていた。
散々呼びかけて、ようやくルナも目を覚ます。
「ん……え、あれ? ……な、何これ……!」
ルナも同じようにジタバタするけれど、びくともしてない。その時、いきなり黒い影が私達の目の前に出てきた。
「おっと、ようやくお目覚めか?」
「お目覚めか、じゃないわよ! さっさとここから出しなさいよー!」
「言われた通りゴミ捨てに使わせてもらっただけだ。悪戯ばっかりしてるからそういう目に合うんだよ、今夜一晩そこで反省してろ」
うしし、と笑って手を振りながら黒いのが家の中に引っ込もうとする。
うわ! ごめんなさい嘘です許して、出してー!
そんな私の叫び声に、黒いのが一度くるっと振り返って。
「ああそうだ。夜は寒いぜ?」
そんだけ言い捨てて、家の中に引っ込んでいった。うわーん、一瞬でも期待した私がバカだった……。
「何で疑問系なのよ! どう考えたって寒いわよ!!」
「サニー、そんなどうでも良い事つっこんでる場合じゃないわよ、どうするのこれ……」
泣きそうな顔でルナが私に問いかけてくる。そんなルナの表情がちょっと可愛い……ってんな事考えてる場合じゃない!
しばらく顔を見合わせていた私とルナは、どちらともなく夜空に向かって叫んだ。
『スタ~~~~!! たーすーけーてー!!』
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さてさて、サニーとルナが悲鳴をあげている頃、スターサファイアは何をしてたかというと。一人苦笑しながら夜空を飛んでいたりする。
「性格の良い悪魔なんかいないのにねー。三つって所ですぐにピンと来ないと」
自分の墓穴を掘ってたサニーとルナに少し同情しつつ、埋められてる様子を想像するとちょっと笑えるスターだった。
「でも、サニーが半ボケなのは良いとしても、今日はルナも随分と勘が悪かったわねぇ、何でかしら?」
首を傾げつつ、空を見上げると雲間が晴れ、梅雨時では久しぶりの星の瞬く夜空が天空に広がっていた。
それを見てスターは合点がいったとばかりに、ポンと手を叩く。
「なるほどー。だから、今日は私の一人勝ちなのねっ」
二人を助けに行くのはもうしばらく後にしようと意地悪な事を考えながら、スターは星だけが光輝く新月の夜空を、一人悪戯っぽい笑顔で楽しそうに眺めていた。
こぁいいよ。
こぁ侮れないな。