永遠 ← 輝夜 の別視点Ver。
輝夜を先に読まないと意味がよくわからないことになるかもしれません。要注意。
――初めてあの方を見たとき。私は心臓を捕まれるかのような感覚を覚えた。
出会いは…きっとあの方は覚えていないだろうけれど、王族や貴族のために開かれた舞踏会の場だった。
私は貴族の出ではあるけれど、本来ならこの場には相応しくない地位の人間。
だから私はたまたま天才だったという理由だけで招待された、ただの貴族達の娯楽のための道具。
そう割り切って参加したのだけれど…
――蓬莱山 輝夜に出会って、私の全てが変わった。
その漆黒が流れるような黒髪。硝子のように澄んだ瞳。汚れを知らない真雪の肌。そのどれもが人形のようで、現代のものよりも見た目を重視した少し古い衣装がそのイメージを一層濃くさせる。
そんな姿をまざまざと見せ付けられて、だからその日の舞踏会のことを、私はあまり覚えていない。
それほどまでに、姫との出会いは強烈だった。
何故あれほどまでに強い衝撃を受けたのかわからない。
私の全てがどう変わったのかもわからない。
だけど私は確かに強い衝撃を受けたし、私の全てが変わったことだけはわかった。
だから私はそれを調べるためにまた研究に没頭した。
そうするうちに私の天才という肩書きは益々希少価値を高め、それだけ舞踏会へと招待される回数も増えていった。
私はただ姫を一目見たいが為に、その場へと参加した。
姫は相変わらず微動たりともしなかったけれど、それでも私は満足だった。
けれど…ある日。
そんな私にも、転機が訪れた。
私の才――というよりも、研究結果を邪険視していた左大臣がついに行動を起こしたのだ。
私はその日、左大臣から姫――蓬莱山 輝夜への宮仕えを、言い渡された。
それは今の私の立場から見れば事実上の左遷のようなものだったし、邪魔な私と姫という存在を一緒くたに纏めて監視しようという魂胆が丸見えではあったけれど、粛々とその言い渡しを受け入れる内心、私は感動に打ち震えていた。
その日の夜は興奮のあまり眠れなかったほどに。
それから一週間ほどの準備期間を貰ってから、私は姫の前で膝を着いた。
――我が愛しき変わり者の姫。その退屈、私と共に潰しませんか?
この一週間で考え抜いたとっておきの売り言葉を、とっておきの表情、態度、仕草でもって言い放つ。
数瞬の沈黙は言葉の意味を噛み砕くための時間か。
それからようやくして、姫の瞳が爛々と輝き始める。
それは私は出会う前の。噂に違わぬ餓えた獣のような瞳。
ひたすら貪欲に。ただ楽しいことだけを求める瞳。
――その話、乗りましょう。
そう言って笑った姫の顔は、今も忘れることができない。
それからの毎日は、本当に充実していたと思う。
姫を見るためだけに研究を続けていた日々よりも。それよりもさらに昔の日々よりも。
私がどれだけ空虚な日々を過ごしていたのかを再認識させられる毎日。
だから私は本当に姫には感謝しているのだ。
恩義を。忠誠を誓っていると言ってもいい。
愛しているのか?と聞かれればおこがましいながらも、一瞬の迷いもなく頷いてみせられるほどに。
――ねぇ、永琳。ちょっとお願いがあるんだけど…
だから姫にそう言われたとき、私はショックを受けた。
――蓬莱の薬、作ってみてくれない?
姫が私の忠誠を試していると、わかったから。
…いや、正直に言おう。
私は姫のこの言葉を、チャンスだと思ったのだ。
――かしこまりました。挑戦してみましょう。
私はすぐさに答え、研究を開始した。
とはいえ理論はとうの昔に完成しており、後は実験を行うのみだったけれど。
しかし後一つ。理論上には存在していて、今の手持ちには存在しないものの為に、実験は難航していた。
それは即ち、常識を覆すほどの急激な変化。
永遠の中に須臾を閉じ込め、その永遠をさらに須臾へと閉じ込める、そのいくつもの繰り返しが足りなかった。
そればかりはいくら私でも作り出すことが出来ず、私は姫の能力を利用することを思いついた。
…いや。今にして思えば、あの当時であってもそのような変化を生み出すことは不可能じゃなかったように思う。
だからあれは、結局のところ私のエゴだったのだろう。
最後は姫の手で、この薬を完成させて欲しい…と。
そんな心の葛藤やいくつかの予防線を張る意味もあって、私は姫を騙すような形で薬を完成させることにした。
騙す方法はいくつか考えたけれど、結局私はシンプルな方法でいくことにした。
単純明快に、賭けを提案したのだ。
中身が分からないように、後は変化を待つのみの薬を壷の中へと入れて、賭けをする。私が勝てば壷の中に須臾を。姫が勝てば壷の中に永遠を掛けてもらい、最終的に壷の中がどうなるかを賭けたのだ。
案の定、中の物がどんなものかも分からないというのに、姫は快く賭けに乗ってきてくれた。
もしかしたらここしばらく根を詰めていた私のことを気遣ってくれたのかもしれない…なんて考えてしまうのは、少し自惚れすぎだろうか。
ともあれ賭けは成立し、私と姫はしばし時を忘れ二人だけの駆け引きを楽しんだ。
姫と過ごす日々は常に駆け引きの連続だけれど、こういう場面では顕著にそういった部分を垣間見ることができる。
仮にも天才と謳われる私を楽しませる…いや、互角以上に渡り合える姫は、やはり異端の才の持ち主なのだろう。
その思考や言動が宮廷で危険視されているのにも、頷ける。
――もし、これで本当に薬が完成してしまったら?
嫌な思考が脳裏を駆ける。
――大丈夫。これは作ったのは私で、姫にまで影響はないはず。
不安を打ち消すように頭を振る。
大丈夫。姫はあくまでも私の研究に利用されただけなのだ。
だから大丈夫。もし姫に害が及ぶようならば、この私が全力で阻止しよう。
天才という名の通り、何でもやってみせよう。
――さてと、姫。ここでちょっとしたサプライズです。
さぁ、禁断の箱を開けよう。
――えぇ、きっと驚かれるはずですよ。
姫のそんな表情を見ることが出来るのなら、それもまた一興――。