…うん。
そうだね。
やっぱりね。
正直に言っちゃうとね。
うれしかったわ。
飛び跳ねちゃうほどにね。
うん。
上白沢慧音が自宅に饅頭を持ってやって来た。
「ひとつ頼みがあってやってきた」
饅頭を食べ、紅茶を飲み、慧音が言った。統一感がまるでないため重みがない。威厳もない。どうにも上の空で聞かざる
を得ない。そしたら、目の前にいる人物が本当に上白沢慧音であるのかと、感じるようになってしまった。聞いてみようか
しら。「あなたは上白沢慧音ですか?」と。全く持って馬鹿みたいと考えながら、饅頭を食べ、紅茶を飲み、私は思った。
もしかしたら、上白沢慧音も同じなのではないのだろうかと。
「大丈夫か? だいぶ目が虚ろだが…」
上白沢慧音? に心配されてしまった私は力なく(でも心の中では精一杯に)笑った。
「実はね、10日ほど前から作っていた人形があったんだけど、キリのいいところで終わろうって思っていた矢先、だんだん
モチベーションがあがってきちゃって、手だけはまるで自分のものでないかのように勝手に動いちゃって、そしたらいつのまにか3日ほど経っちゃってて…。でも今回のはすごいのよ。久々の力作。もう完成したときなんか思わず舞い上がっちゃったくらいなんだから」
「あーもういい。十分だ。結構だ。だからそんな血走った目で凝視するのはやめてくれ」
上白沢慧音が後ずさりながら懇願しているのを尻目に、私は隣の部屋に行き、切り抜き残った布や、糸くず、木屑、など
がほこりのようにかぶさった机から、一体の人形を取り出した。いすに座るのも億劫に感じ、立ったままその人形をテーブ
ルに置いた。
「ね、ね、どう。これ。久しぶりの力作なんだから。まずこの手のギミックについて説明するとね…」
上白沢慧音がほとほと困った顔をしている。でもごめんなさい。いけないと思っていても、引かれると分かっていても、
やっぱり説明しないわけにはいかないんです。頭は安らかな眠りを欲しているのに、体は人形の完成に震え上がるほど歓喜
して、興奮して。別に何者かの為の人形作りではないのだけれど、このときばかりはさすがに、誰かに見せたくて、説明した
くて、自慢したくてたまらないのです。
そうだよね。
誰だってそうだよね。
運が悪かったのだ。私が久々の力作の完成に酔いしれているところにノコノコとやって来た上白沢慧音は。そんなことし
たらつい見せたくなっちゃうでしょ。説明したくなっちゃうでしょ。自慢したくなっちゃうでしょ。とどのつまり、私のや
っていることは普遍なことで、物を創るすべての人にとっては当然の行いなのだ。止められないのだ。このときばかりは。
「…ほう。しかし、本当に良くできているな。もっとよく見せてもらっていいか?」
観念したのか感嘆したのか分からないが、上白沢慧音は興味深そうに人形を眺めていた。それを見て誇らしい気にさえな
った。
私は人形を渡そうとした。
その時、ふと思った。
上白沢慧音の表情がどうも苦々しかったのだ。あれ、おっかしいな。どうしてそんな顔で眺めているのだろう。胸の奥か
ら不安が広がっていくのを感じる。気のせいよ。きっと、そうさっき私が詰め寄ったからなんだわ。そうに違いない。
私は必死に押さえ込んだ。でもだめだった。力作に対して疑問を感じずにはいられなかった。
そしてつい思ってしまった。
――あれ、でもあの人形、よく見たらそれほど良い出来じゃないような…
体の体温が急激に下がるのを感じた。心臓がぎゅっと引き締まった気がした。遅れて脳が血の気が引いていくのを理解し
た。手足がぶるぶる震え、振動がテーブルに伝わり、茶器がカチカチ鳴っている。「しまった」という単語が頭の中をびっ
しり埋め尽くされた。
なんて恥ずかしいことをしてしまったのだろう。これ見よがしに見せ付けて、得意げに説明して、熱が冷めたら実はたい
した出来ではなかったなんて。
「あの…」
「ん、どうしたんだ」
急にしおらしくなってしまったからなのだろうか、上白沢慧音は怪訝そうに応答した。
「いままでの件を…その……なかったことに………」
「それ、私の台詞…」
「ねえ。それなんで飛んでるのー?」
と聞かれたのはつい10日程前。切らしてしまった人形作りの材料や、森では手に入らない食材などを買い求めるために、
月に一度はやってくる人間の里。用事を済ますため、行きつけの店に足を運ぼうとしたところ、4,5人程の子ども達が、
目を輝かせて、私にそう質問してきたのであった。
「それって上海のこと?」
私は驚いてしまった。動揺してしまった。「上海のこと?」なんて聞き返すくらいに。なんておマヌケなことだろう。今
目の前に飛んでいる不思議物体なんて、上海以外、何にもないというのに。
「それって人形なんだよね」
別の子どもがそう聞いてきた。
「そうよ。……あなた達、上海に興味あるの?」
「うん」
子ども達は大袈裟なくらい大きく首を振った。あーだめだ、まいった。ここまで素直な反応をされると、つい頬が緩んで
しまう。私はそれを悟られないように気を使い、なおかつ子ども達の期待に応えてあげようと指に力を入れた。
糸を張る。私は上海になる。そう思い込むことが人形をうまく扱うためのコツだった。そして視界は上海の向いている方
へと切り替わり、体は水の中にいるように浮遊感を感じるようになる。私が手を上げようと思うと、代わりに上海が手を上
げ、私が子ども達の顔をもっとよく見たいと思うなら、上海は子ども達に近づいた。
上海が子ども達に向かって丁寧にお辞儀をすると、子ども達はそれを大いに喜んでくれた。
「わあ! すごい!」
「かわいい」
「ねえねえ、ほかになにができるの?」
私はとうとう大きな笑顔をつくってしまって「それじゃあね」なんて言いながら、上海を巧みに操ってみせた。買い物を
するという目的は、どこかとおくへと行ってしまっていた。
後日また、上白沢慧音が訪問してきた。とはいっても、前回の私の情緒不安定ぶりに見兼ねて、「用件はまた日を改めて
話すことにするから今日はもう寝ておけ」と帰ってもらったことが原因なのだけれど。
私はというと完全に意気消沈していた。津波が過ぎ去ったような気持ちから立ち直れず、つい上白沢慧音が家に来なけれ
ばいいのにと思ってしまうことさえあった。
「では、先日言いそびれてしまった用件についてなのだが…」
初めから本題にはいってきてくれたことがうれしかった。紅茶を淹れながら聞く。象牙色のカップの内側には暗い紅色が
こびりついていた。
「私はよく寺子屋で子ども達の話題を耳にするのだがな、最近、人形遣いの話題で持ちきりらしい。金髪で分厚い本を大事
そうに持っていたということだ」
ああ、そういえばずいぶん前に見せたような。上白沢慧音の寺子屋の生徒だったのか。
「人形がまるで人間のようだったと評判だったぞ」
はあ、評判ですか…
評判!?
「そこで提案なのだが、今度の里で祭りが行われるのだが…アリス・マーガトロイド、ひとつ出し物を出展してみないか」
今なんていった!?
私が? 出し物を? 何を? 決まっている。人形以外に、何があるというのだろうか。
「もちろん強制しているわけではない。あくまで提案であり、且つ善意のものであると理解していただきたい。期限はおよ
そ1ヶ月後。必要ならばある程度の人材は派遣するし、邪魔でないのなら私も手伝いたいと思っている」
つらつらと、楽しそうに慧音は言った。
「どうだろう、アリス・マーガトロイド。今は時期が悪かったかもしれないが、早く言っておかないと期限が短くなってし
まうからね。一応とりあえずの意見が聞きたいのだが…」
「やるわ」
自然と、そう発してしまった。「考えるまでもない」とでも言い出すかのように、素直に、正直に。簡単に返答してしま
った自分に、思わず驚いてしまった。
上白沢慧音も、よもや私が即答で「イエス」と応えるとは思ってなかったようだ。たじろぎながらも、背をピンと伸ばし、
「そうか。では当日についての簡単な説明をしておこう」と説明を始めた。
静かになった部屋の中、私は考える。どうしてあの時、簡単に上白沢慧音の提案に応じてしまったのかと。
いや、考える必要などなかった。分かっていた。ただ恥ずかしくて、認めてしまうのが恥ずかしくて、考える振りをして
いるだけなのだ。
私は、嬉しかった。子ども達が上海に興味を持ってくれたことが。上白沢慧音がわざわざ魔法の森まで来て、私に祭りの
出展を促してくれたことが。
私が人形を創り続ける理由。それは単純に、人形を創ることが楽しいから、それが生きがいだからだ。だからこそ今も創り
続けている。誰かのためでなく自分のために。人に左右されることもなく、ただひたすら思うままに。だからこそ私は
魔法使いになり、だからこそ私は独りで人形を創り続けることができた。
それで満足だった。偽りなく満足だった。
はずだった。
思い出す。あの子ども達の笑顔を。
タネはどこにあるかと真剣に探している男の子。上海の、人形を超えた滑らかな動きにときめく女の子。
あの眩しい目の輝きを、もう一度見てみたい。ただただ私は、そう深く思ってしまっていた。
不思議と意欲が沸きあがってきた。ただこうして座ったままでいることが、煩わしく感じた。
見せてあげよう。1ヵ月後の里の祭りで。私の作品を。私たちの演技を。
勢いよく席を立ち、作業場に向かう。
その時ふと、思い至った。
「ところで私は、祭りでいったい、人形の何を披露したらよいのだろう」
「さて」
オーブンの中にスライスしたパンを入れる。
1から創作活動を始める場合、まず何からすべきであろうか。私の場合、まずパンを焼くことにしている。次にかき混ぜ
た卵をベーコンと一緒に炒める。程よいサイズにきざんだレタスとたまねぎ、水菜、パプリカをヴィネグリットでトスをし
て、油で炒めたパンくずをのせる。そよ風と戯れる葉っぱを眺めながらそれらを食べる。
アイデアを考えているときに焦りは禁物であると、昔読んだ本に書いてあったことを覚えているし、私自身もそうだと考
えている。物を創るという態度から少し離れ、余裕を持ち、普段通りに生活していると、やがて空から降ってきたかのよう
にアイデアの種が芽を吹く。
アイデアの種はすくすくと成長していく。私は、創作活動の醍醐味はこの時にあるよなと思っている。うまくいえないが
この間では、何もかもがうまくいき、完璧で、満足なのだ。すくすくと伸びていくアイデアは最高の出来で、すべての人が
それを賞賛してもらえる気がしてしまう。そしてそれがまだ完成していないにもかかわらずに、そのアイデアのすばらしい
部分などの説明文をつい考えてしまう。
しかし、それをいざ形にしようとすると、イメージとのギャップに打ち砕かれてしまう。
とどのつまり創作は、減点法なのだ。初めは誰しも100点で、それを才能や努力でカバーしなければならない。さらに、
この100点は自分の創作に対する意欲が基準となっていて、求める人ほど100点は取れないようになっている。なんて
いじらしいのだろう。けれども、それでも私は創作が、人形作りが大好きで今も100点を追い求めている。
黄金色に焼けたパンは手で千切ってもさくっとした音が鳴る。それをゆっくりと咀嚼しながらお茶を飲もうとしたときに
頭の中で何かが浮かび上がった。突然の出来事に、思わずカップを落としてしまいそうになってしまった。
種が降ってきたのである。
私は食べかけままテーブルから立ち上がり、急いで紙とペンを用意した。熱が冷めないうちに今頭の中に浮かび上がった
ものを出来るだけ書き記したかった。
紙はみるみるうちに黒に染まっていった。
最高にいい気分だった。紙にペンで書き込むたびに満ち足りた気分になった。出来上がったアイデアとまとまっていく
プロットはなんと完璧な出来なのだろう。あまりにうまくいき過ぎて怖いほどだった。
そしてその日はアイデアをまとめることに1日を費やした。満足した状態でベッドの中へ潜った。
翌日、さっそく製作に移ろうと、昨日書き上げたプロットを読み直してみた。
「あー、これは…」
顔が見る見るうちに青く染まっていった気がした。
「………30点だ」
脳内で昨日の舞い上がっていた自分がリフレインされる。誰かに見られていたわけではなかったが、恥ずかしかった。羞恥
で火照った身体が煩わしくて、外へ出た。抑え切れなくて、叫び声を上げた。
あーあ。痛いなあ。
恥ずかしいなあ。
そしてまた一週間のサイクルが過ぎた。太陽が朝の始まりを告げている。
調子は依然としてよくなかった。というよりも、何も進んでいないといったほうが正しい。自分の人形を操る「程度」の
能力を使って見せ物にする場合、どうすればおもしろいものが出来上がるのだろうかと試行錯誤を繰り返しているうちに、
いつの間にか空が黒くなったかと思えば青くなり、青くなったかと思えば黒くなっていた。
茶色く変色してしまったカップを見て、思わず嘆息してしまった。刻々と過ぎていく時間を眺めていると、陰鬱な気分に
なっていく。
人形を創っているときはこうじゃなかったのにな、とふとそんなことを思ってしまった。もしも、いつも通りに事が進ん
でいたら、私は多分、外界や時間といった概念から解き放たれ、迷うことも悩むこともなく、一心になってこれから人形と
なるものと対峙していただろう。
おかしいな。同じ人形を使った創作なのに。
日の光が窓を通して、自分の体に浴びせられた。突然の光のため、目が破裂してしまうかと思うほど痛んだ。
だからといって何もしなかったわけではない。人形を使った出し物についてこれといった明確なイメージが浮かび上がら
なかったため、私は上白沢慧音に相談をしに出向いた。
「それほど深く考えなくてもいいと思うのだがな」
上白沢慧音は、しかし、真剣に悩んでいるのはいいことだと感心した。
「そもそもアリスの「人形を操る程度の能力」は人形から操ることにいたるまで、すべてが精密で芸術的に出来ているから
な。初めて弾幕をした時は驚いたよ。まさか人形を弾幕に取り入れているとは思ってもみなかったからな。いっそ出し物は
弾幕にしてみてはどうだろうか。対戦相手は私がやるということで」
「いや、それはさすがにやめたほうがいいと思うわ。おもに観客のためにも。」
少々情熱的になってきた上白沢慧音の提案を拒否しながらも、私は別のことを考えてしまっていた。
本当にそうなのだろうか。私の人形は芸術なのだろうか……と。
考えたこともなかった。そもそも自分は、好きで人形を創り、非力な自分にとって使えると思ったから人形を弾幕に取り
入れたのだ。まさかそれを、出し物として出展してみてはどうだろうかなんて言われるなんて思ってもみなかった。
だから結局は……不安なんだ。私は…。この一週間の間に、何度も視てしまったまだ見ぬ観客の、失望と落胆の念が、今
も私を追い立てて、攻め入っていることに。
「ねえ」
「ん、どうかしたか?」
「もし…さ……もしこのまま時間だけが過ぎ去って、祭りに間に合わなくて、結局突発的に思いついた下らないネタやただ
人形を操るだけのつまらない出し物になったりとかさ…もしくは私がもう何もかもが嫌になって「もうやめるわ」なんて言
い出したりしたら………どうする」
上白沢慧音はこちらを見ながら少し考え事をするかのように黙り、そして微笑んだ。なんだか馬鹿にされた気がして、腹
が立った。少し辛辣に抗議の声を掛けると、彼女はなおも笑顔を絶やさないまま、こう答えた。
「すまんな。そこまで真剣に取り組んでいるさまを見るとだな、里の人々の喜ぶ顔が目に浮かんできて…つい、な。」
目尻に涙が溜まっているのが見えた。
まだ何をやるかさえも決まっていないのに、と思いながらもなんとなく理解できてしまった。ああ、そうか。だから私は
悩んでいるんだなって。
上白沢慧音はただ呑気にそのように答えたわけじゃない。彼女は真剣に里の人たちのことを考えていた。だから真剣に取
り組んでいる私に嬉しく思ったのだ。
「不安に思っているなら、明日生徒たちにどんな出し物がいいか聞いてみることにしよう。まあ言うだけなら簡単だからな、
どんな無理難題を要求してくるか分からんが、参考にはなるだろう」
私は、勘違いしていた。人形を創ることと、人形を魅せることは全く違うことなんだ。
そうだよなあ。簡単にいくわけないもんなあ。特に私だし。
しみじみにそう思った。だけど、それでもがんばりたいとも思った。私も上白沢慧音と同じだった。
その後一晩に渡る話し合いと、上白沢慧音が開いている寺子屋の子ども達のアンケートなどを参考にして、出し物は人形劇に
することに決まった。
心強い気持ちだった。私は今までどんなものが里の人々に喜んでもらえるか分からなかった。だから自分の考えた
アイデアに不安を覚え、それ以前にアイデアすら浮かばない日々が続いた。でも、それは意外と簡単なことだった。分からなければ尋ねれば、不安だったら確かめてもらえばよかったのだ。続々と組みあがっていくプロットを眺めていると、そんな風に思えた。
半分ほど出来上がったプロットを見せに再度、上白沢慧音宅に訪問した。大まかなあらすじを読んで評価してもらい、問題
のない内容であったならすぐにでも舞台の製作に取り掛かるそうだ。あまり考えないように努めているが、祭りまで日はわず
かだった。プロットが予想より早く組みあがって、よかったと思った。
「迷いは晴れたようだな」
「その台詞をまさか現実で聞くことになるとは思ってもみなかったわ」
「しかし、よく出来ていると思うぞ」
「うまくいくかな…みんな喜んでくれるかな…」
「きっとうまくいく。私が保証してやろう」
一体何の確証を持ってそんなに自信満々にいえるのだろうか。でもありがたかった。上白沢慧音の保証は私の体を軽くし
てくれた。
舞台は瞬く間に出来上がっていった。裏方監督は「気に食わないところがあったらじゃんじゃん言ってくれ」と気さくに
話しかけてくれたが、正直、文句の言葉が浮かばない。こんなところまでと思ってしまう程細かいところまで入れ込まれ
た出来だった。裏方の人たちは誰もが活き活きとしていた。
「そりゃ年に一度のお祭りですからね。俺はいつもは大工の見習いやってるんですけど、家建てるよりこっちのほうが気合入るっすよ」
「いや、しっかり建てなさいよ。家。」
大工見習いは笑った。釣られて私も笑ってしまった。みんな笑っていた。疲れているはずなのに、テキパキと体を動かし
ながら。その情景を見ていると、なぜだかいてもたってもいられなくなって、家に帰るとすぐにプロットを読み直し、それ
を元に台本を書いていった。
今までになかったことだった。私は今まで私のために人形を創った。そこに大工見習いはいなかったし上白沢慧音もいな
かったし子どもたちもいなかった。初めから誰かに見てもらうために人形を創り、操ろうなどと思いもしなかった。
息に抜きにと席を立ち、紅茶を入れる。火にかけた薬缶から吹き出た湯気が遮るものもなく高く昇っていった。
お茶を淹れようとカップを探しているときに気付いた。象牙色だったカップが茶渋で見るも無残に汚れてしまっていた。
よく見ると口をつける部分の一箇所だけ茶色に染まっているところがある。どこに口を付けて飲んでいるのかが、ばればれだった。
今日はもうカップを洗おう。部屋の掃除もしよう。
もしかしたらまた何かいいアイデアが浮かび上がってくるかもしれないから。
私は今まで自分のために人形を作ってきた。
そして今回、初めてたくさんの人々に見てもらう前提で、様々な人たちと力を合わせて、人形劇を計画している。
そのどちらが良いとか正しいとかは考える気もおきないけれど。
どちらも楽しくて素敵だなって思ったんだ。
そうだね。
やっぱりね。
正直に言っちゃうとね。
うれしかったわ。
飛び跳ねちゃうほどにね。
うん。
上白沢慧音が自宅に饅頭を持ってやって来た。
「ひとつ頼みがあってやってきた」
饅頭を食べ、紅茶を飲み、慧音が言った。統一感がまるでないため重みがない。威厳もない。どうにも上の空で聞かざる
を得ない。そしたら、目の前にいる人物が本当に上白沢慧音であるのかと、感じるようになってしまった。聞いてみようか
しら。「あなたは上白沢慧音ですか?」と。全く持って馬鹿みたいと考えながら、饅頭を食べ、紅茶を飲み、私は思った。
もしかしたら、上白沢慧音も同じなのではないのだろうかと。
「大丈夫か? だいぶ目が虚ろだが…」
上白沢慧音? に心配されてしまった私は力なく(でも心の中では精一杯に)笑った。
「実はね、10日ほど前から作っていた人形があったんだけど、キリのいいところで終わろうって思っていた矢先、だんだん
モチベーションがあがってきちゃって、手だけはまるで自分のものでないかのように勝手に動いちゃって、そしたらいつのまにか3日ほど経っちゃってて…。でも今回のはすごいのよ。久々の力作。もう完成したときなんか思わず舞い上がっちゃったくらいなんだから」
「あーもういい。十分だ。結構だ。だからそんな血走った目で凝視するのはやめてくれ」
上白沢慧音が後ずさりながら懇願しているのを尻目に、私は隣の部屋に行き、切り抜き残った布や、糸くず、木屑、など
がほこりのようにかぶさった机から、一体の人形を取り出した。いすに座るのも億劫に感じ、立ったままその人形をテーブ
ルに置いた。
「ね、ね、どう。これ。久しぶりの力作なんだから。まずこの手のギミックについて説明するとね…」
上白沢慧音がほとほと困った顔をしている。でもごめんなさい。いけないと思っていても、引かれると分かっていても、
やっぱり説明しないわけにはいかないんです。頭は安らかな眠りを欲しているのに、体は人形の完成に震え上がるほど歓喜
して、興奮して。別に何者かの為の人形作りではないのだけれど、このときばかりはさすがに、誰かに見せたくて、説明した
くて、自慢したくてたまらないのです。
そうだよね。
誰だってそうだよね。
運が悪かったのだ。私が久々の力作の完成に酔いしれているところにノコノコとやって来た上白沢慧音は。そんなことし
たらつい見せたくなっちゃうでしょ。説明したくなっちゃうでしょ。自慢したくなっちゃうでしょ。とどのつまり、私のや
っていることは普遍なことで、物を創るすべての人にとっては当然の行いなのだ。止められないのだ。このときばかりは。
「…ほう。しかし、本当に良くできているな。もっとよく見せてもらっていいか?」
観念したのか感嘆したのか分からないが、上白沢慧音は興味深そうに人形を眺めていた。それを見て誇らしい気にさえな
った。
私は人形を渡そうとした。
その時、ふと思った。
上白沢慧音の表情がどうも苦々しかったのだ。あれ、おっかしいな。どうしてそんな顔で眺めているのだろう。胸の奥か
ら不安が広がっていくのを感じる。気のせいよ。きっと、そうさっき私が詰め寄ったからなんだわ。そうに違いない。
私は必死に押さえ込んだ。でもだめだった。力作に対して疑問を感じずにはいられなかった。
そしてつい思ってしまった。
――あれ、でもあの人形、よく見たらそれほど良い出来じゃないような…
体の体温が急激に下がるのを感じた。心臓がぎゅっと引き締まった気がした。遅れて脳が血の気が引いていくのを理解し
た。手足がぶるぶる震え、振動がテーブルに伝わり、茶器がカチカチ鳴っている。「しまった」という単語が頭の中をびっ
しり埋め尽くされた。
なんて恥ずかしいことをしてしまったのだろう。これ見よがしに見せ付けて、得意げに説明して、熱が冷めたら実はたい
した出来ではなかったなんて。
「あの…」
「ん、どうしたんだ」
急にしおらしくなってしまったからなのだろうか、上白沢慧音は怪訝そうに応答した。
「いままでの件を…その……なかったことに………」
「それ、私の台詞…」
「ねえ。それなんで飛んでるのー?」
と聞かれたのはつい10日程前。切らしてしまった人形作りの材料や、森では手に入らない食材などを買い求めるために、
月に一度はやってくる人間の里。用事を済ますため、行きつけの店に足を運ぼうとしたところ、4,5人程の子ども達が、
目を輝かせて、私にそう質問してきたのであった。
「それって上海のこと?」
私は驚いてしまった。動揺してしまった。「上海のこと?」なんて聞き返すくらいに。なんておマヌケなことだろう。今
目の前に飛んでいる不思議物体なんて、上海以外、何にもないというのに。
「それって人形なんだよね」
別の子どもがそう聞いてきた。
「そうよ。……あなた達、上海に興味あるの?」
「うん」
子ども達は大袈裟なくらい大きく首を振った。あーだめだ、まいった。ここまで素直な反応をされると、つい頬が緩んで
しまう。私はそれを悟られないように気を使い、なおかつ子ども達の期待に応えてあげようと指に力を入れた。
糸を張る。私は上海になる。そう思い込むことが人形をうまく扱うためのコツだった。そして視界は上海の向いている方
へと切り替わり、体は水の中にいるように浮遊感を感じるようになる。私が手を上げようと思うと、代わりに上海が手を上
げ、私が子ども達の顔をもっとよく見たいと思うなら、上海は子ども達に近づいた。
上海が子ども達に向かって丁寧にお辞儀をすると、子ども達はそれを大いに喜んでくれた。
「わあ! すごい!」
「かわいい」
「ねえねえ、ほかになにができるの?」
私はとうとう大きな笑顔をつくってしまって「それじゃあね」なんて言いながら、上海を巧みに操ってみせた。買い物を
するという目的は、どこかとおくへと行ってしまっていた。
後日また、上白沢慧音が訪問してきた。とはいっても、前回の私の情緒不安定ぶりに見兼ねて、「用件はまた日を改めて
話すことにするから今日はもう寝ておけ」と帰ってもらったことが原因なのだけれど。
私はというと完全に意気消沈していた。津波が過ぎ去ったような気持ちから立ち直れず、つい上白沢慧音が家に来なけれ
ばいいのにと思ってしまうことさえあった。
「では、先日言いそびれてしまった用件についてなのだが…」
初めから本題にはいってきてくれたことがうれしかった。紅茶を淹れながら聞く。象牙色のカップの内側には暗い紅色が
こびりついていた。
「私はよく寺子屋で子ども達の話題を耳にするのだがな、最近、人形遣いの話題で持ちきりらしい。金髪で分厚い本を大事
そうに持っていたということだ」
ああ、そういえばずいぶん前に見せたような。上白沢慧音の寺子屋の生徒だったのか。
「人形がまるで人間のようだったと評判だったぞ」
はあ、評判ですか…
評判!?
「そこで提案なのだが、今度の里で祭りが行われるのだが…アリス・マーガトロイド、ひとつ出し物を出展してみないか」
今なんていった!?
私が? 出し物を? 何を? 決まっている。人形以外に、何があるというのだろうか。
「もちろん強制しているわけではない。あくまで提案であり、且つ善意のものであると理解していただきたい。期限はおよ
そ1ヶ月後。必要ならばある程度の人材は派遣するし、邪魔でないのなら私も手伝いたいと思っている」
つらつらと、楽しそうに慧音は言った。
「どうだろう、アリス・マーガトロイド。今は時期が悪かったかもしれないが、早く言っておかないと期限が短くなってし
まうからね。一応とりあえずの意見が聞きたいのだが…」
「やるわ」
自然と、そう発してしまった。「考えるまでもない」とでも言い出すかのように、素直に、正直に。簡単に返答してしま
った自分に、思わず驚いてしまった。
上白沢慧音も、よもや私が即答で「イエス」と応えるとは思ってなかったようだ。たじろぎながらも、背をピンと伸ばし、
「そうか。では当日についての簡単な説明をしておこう」と説明を始めた。
静かになった部屋の中、私は考える。どうしてあの時、簡単に上白沢慧音の提案に応じてしまったのかと。
いや、考える必要などなかった。分かっていた。ただ恥ずかしくて、認めてしまうのが恥ずかしくて、考える振りをして
いるだけなのだ。
私は、嬉しかった。子ども達が上海に興味を持ってくれたことが。上白沢慧音がわざわざ魔法の森まで来て、私に祭りの
出展を促してくれたことが。
私が人形を創り続ける理由。それは単純に、人形を創ることが楽しいから、それが生きがいだからだ。だからこそ今も創り
続けている。誰かのためでなく自分のために。人に左右されることもなく、ただひたすら思うままに。だからこそ私は
魔法使いになり、だからこそ私は独りで人形を創り続けることができた。
それで満足だった。偽りなく満足だった。
はずだった。
思い出す。あの子ども達の笑顔を。
タネはどこにあるかと真剣に探している男の子。上海の、人形を超えた滑らかな動きにときめく女の子。
あの眩しい目の輝きを、もう一度見てみたい。ただただ私は、そう深く思ってしまっていた。
不思議と意欲が沸きあがってきた。ただこうして座ったままでいることが、煩わしく感じた。
見せてあげよう。1ヵ月後の里の祭りで。私の作品を。私たちの演技を。
勢いよく席を立ち、作業場に向かう。
その時ふと、思い至った。
「ところで私は、祭りでいったい、人形の何を披露したらよいのだろう」
「さて」
オーブンの中にスライスしたパンを入れる。
1から創作活動を始める場合、まず何からすべきであろうか。私の場合、まずパンを焼くことにしている。次にかき混ぜ
た卵をベーコンと一緒に炒める。程よいサイズにきざんだレタスとたまねぎ、水菜、パプリカをヴィネグリットでトスをし
て、油で炒めたパンくずをのせる。そよ風と戯れる葉っぱを眺めながらそれらを食べる。
アイデアを考えているときに焦りは禁物であると、昔読んだ本に書いてあったことを覚えているし、私自身もそうだと考
えている。物を創るという態度から少し離れ、余裕を持ち、普段通りに生活していると、やがて空から降ってきたかのよう
にアイデアの種が芽を吹く。
アイデアの種はすくすくと成長していく。私は、創作活動の醍醐味はこの時にあるよなと思っている。うまくいえないが
この間では、何もかもがうまくいき、完璧で、満足なのだ。すくすくと伸びていくアイデアは最高の出来で、すべての人が
それを賞賛してもらえる気がしてしまう。そしてそれがまだ完成していないにもかかわらずに、そのアイデアのすばらしい
部分などの説明文をつい考えてしまう。
しかし、それをいざ形にしようとすると、イメージとのギャップに打ち砕かれてしまう。
とどのつまり創作は、減点法なのだ。初めは誰しも100点で、それを才能や努力でカバーしなければならない。さらに、
この100点は自分の創作に対する意欲が基準となっていて、求める人ほど100点は取れないようになっている。なんて
いじらしいのだろう。けれども、それでも私は創作が、人形作りが大好きで今も100点を追い求めている。
黄金色に焼けたパンは手で千切ってもさくっとした音が鳴る。それをゆっくりと咀嚼しながらお茶を飲もうとしたときに
頭の中で何かが浮かび上がった。突然の出来事に、思わずカップを落としてしまいそうになってしまった。
種が降ってきたのである。
私は食べかけままテーブルから立ち上がり、急いで紙とペンを用意した。熱が冷めないうちに今頭の中に浮かび上がった
ものを出来るだけ書き記したかった。
紙はみるみるうちに黒に染まっていった。
最高にいい気分だった。紙にペンで書き込むたびに満ち足りた気分になった。出来上がったアイデアとまとまっていく
プロットはなんと完璧な出来なのだろう。あまりにうまくいき過ぎて怖いほどだった。
そしてその日はアイデアをまとめることに1日を費やした。満足した状態でベッドの中へ潜った。
翌日、さっそく製作に移ろうと、昨日書き上げたプロットを読み直してみた。
「あー、これは…」
顔が見る見るうちに青く染まっていった気がした。
「………30点だ」
脳内で昨日の舞い上がっていた自分がリフレインされる。誰かに見られていたわけではなかったが、恥ずかしかった。羞恥
で火照った身体が煩わしくて、外へ出た。抑え切れなくて、叫び声を上げた。
あーあ。痛いなあ。
恥ずかしいなあ。
そしてまた一週間のサイクルが過ぎた。太陽が朝の始まりを告げている。
調子は依然としてよくなかった。というよりも、何も進んでいないといったほうが正しい。自分の人形を操る「程度」の
能力を使って見せ物にする場合、どうすればおもしろいものが出来上がるのだろうかと試行錯誤を繰り返しているうちに、
いつの間にか空が黒くなったかと思えば青くなり、青くなったかと思えば黒くなっていた。
茶色く変色してしまったカップを見て、思わず嘆息してしまった。刻々と過ぎていく時間を眺めていると、陰鬱な気分に
なっていく。
人形を創っているときはこうじゃなかったのにな、とふとそんなことを思ってしまった。もしも、いつも通りに事が進ん
でいたら、私は多分、外界や時間といった概念から解き放たれ、迷うことも悩むこともなく、一心になってこれから人形と
なるものと対峙していただろう。
おかしいな。同じ人形を使った創作なのに。
日の光が窓を通して、自分の体に浴びせられた。突然の光のため、目が破裂してしまうかと思うほど痛んだ。
だからといって何もしなかったわけではない。人形を使った出し物についてこれといった明確なイメージが浮かび上がら
なかったため、私は上白沢慧音に相談をしに出向いた。
「それほど深く考えなくてもいいと思うのだがな」
上白沢慧音は、しかし、真剣に悩んでいるのはいいことだと感心した。
「そもそもアリスの「人形を操る程度の能力」は人形から操ることにいたるまで、すべてが精密で芸術的に出来ているから
な。初めて弾幕をした時は驚いたよ。まさか人形を弾幕に取り入れているとは思ってもみなかったからな。いっそ出し物は
弾幕にしてみてはどうだろうか。対戦相手は私がやるということで」
「いや、それはさすがにやめたほうがいいと思うわ。おもに観客のためにも。」
少々情熱的になってきた上白沢慧音の提案を拒否しながらも、私は別のことを考えてしまっていた。
本当にそうなのだろうか。私の人形は芸術なのだろうか……と。
考えたこともなかった。そもそも自分は、好きで人形を創り、非力な自分にとって使えると思ったから人形を弾幕に取り
入れたのだ。まさかそれを、出し物として出展してみてはどうだろうかなんて言われるなんて思ってもみなかった。
だから結局は……不安なんだ。私は…。この一週間の間に、何度も視てしまったまだ見ぬ観客の、失望と落胆の念が、今
も私を追い立てて、攻め入っていることに。
「ねえ」
「ん、どうかしたか?」
「もし…さ……もしこのまま時間だけが過ぎ去って、祭りに間に合わなくて、結局突発的に思いついた下らないネタやただ
人形を操るだけのつまらない出し物になったりとかさ…もしくは私がもう何もかもが嫌になって「もうやめるわ」なんて言
い出したりしたら………どうする」
上白沢慧音はこちらを見ながら少し考え事をするかのように黙り、そして微笑んだ。なんだか馬鹿にされた気がして、腹
が立った。少し辛辣に抗議の声を掛けると、彼女はなおも笑顔を絶やさないまま、こう答えた。
「すまんな。そこまで真剣に取り組んでいるさまを見るとだな、里の人々の喜ぶ顔が目に浮かんできて…つい、な。」
目尻に涙が溜まっているのが見えた。
まだ何をやるかさえも決まっていないのに、と思いながらもなんとなく理解できてしまった。ああ、そうか。だから私は
悩んでいるんだなって。
上白沢慧音はただ呑気にそのように答えたわけじゃない。彼女は真剣に里の人たちのことを考えていた。だから真剣に取
り組んでいる私に嬉しく思ったのだ。
「不安に思っているなら、明日生徒たちにどんな出し物がいいか聞いてみることにしよう。まあ言うだけなら簡単だからな、
どんな無理難題を要求してくるか分からんが、参考にはなるだろう」
私は、勘違いしていた。人形を創ることと、人形を魅せることは全く違うことなんだ。
そうだよなあ。簡単にいくわけないもんなあ。特に私だし。
しみじみにそう思った。だけど、それでもがんばりたいとも思った。私も上白沢慧音と同じだった。
その後一晩に渡る話し合いと、上白沢慧音が開いている寺子屋の子ども達のアンケートなどを参考にして、出し物は人形劇に
することに決まった。
心強い気持ちだった。私は今までどんなものが里の人々に喜んでもらえるか分からなかった。だから自分の考えた
アイデアに不安を覚え、それ以前にアイデアすら浮かばない日々が続いた。でも、それは意外と簡単なことだった。分からなければ尋ねれば、不安だったら確かめてもらえばよかったのだ。続々と組みあがっていくプロットを眺めていると、そんな風に思えた。
半分ほど出来上がったプロットを見せに再度、上白沢慧音宅に訪問した。大まかなあらすじを読んで評価してもらい、問題
のない内容であったならすぐにでも舞台の製作に取り掛かるそうだ。あまり考えないように努めているが、祭りまで日はわず
かだった。プロットが予想より早く組みあがって、よかったと思った。
「迷いは晴れたようだな」
「その台詞をまさか現実で聞くことになるとは思ってもみなかったわ」
「しかし、よく出来ていると思うぞ」
「うまくいくかな…みんな喜んでくれるかな…」
「きっとうまくいく。私が保証してやろう」
一体何の確証を持ってそんなに自信満々にいえるのだろうか。でもありがたかった。上白沢慧音の保証は私の体を軽くし
てくれた。
舞台は瞬く間に出来上がっていった。裏方監督は「気に食わないところがあったらじゃんじゃん言ってくれ」と気さくに
話しかけてくれたが、正直、文句の言葉が浮かばない。こんなところまでと思ってしまう程細かいところまで入れ込まれ
た出来だった。裏方の人たちは誰もが活き活きとしていた。
「そりゃ年に一度のお祭りですからね。俺はいつもは大工の見習いやってるんですけど、家建てるよりこっちのほうが気合入るっすよ」
「いや、しっかり建てなさいよ。家。」
大工見習いは笑った。釣られて私も笑ってしまった。みんな笑っていた。疲れているはずなのに、テキパキと体を動かし
ながら。その情景を見ていると、なぜだかいてもたってもいられなくなって、家に帰るとすぐにプロットを読み直し、それ
を元に台本を書いていった。
今までになかったことだった。私は今まで私のために人形を創った。そこに大工見習いはいなかったし上白沢慧音もいな
かったし子どもたちもいなかった。初めから誰かに見てもらうために人形を創り、操ろうなどと思いもしなかった。
息に抜きにと席を立ち、紅茶を入れる。火にかけた薬缶から吹き出た湯気が遮るものもなく高く昇っていった。
お茶を淹れようとカップを探しているときに気付いた。象牙色だったカップが茶渋で見るも無残に汚れてしまっていた。
よく見ると口をつける部分の一箇所だけ茶色に染まっているところがある。どこに口を付けて飲んでいるのかが、ばればれだった。
今日はもうカップを洗おう。部屋の掃除もしよう。
もしかしたらまた何かいいアイデアが浮かび上がってくるかもしれないから。
私は今まで自分のために人形を作ってきた。
そして今回、初めてたくさんの人々に見てもらう前提で、様々な人たちと力を合わせて、人形劇を計画している。
そのどちらが良いとか正しいとかは考える気もおきないけれど。
どちらも楽しくて素敵だなって思ったんだ。
できれば劇の成功まで描いて欲しかったですね~。続き熱望します。寸止めされてしまったのも含めてこの点数で。
以下は誤字など。
>操ることにいたってまで
わざわざ過去形にせずそのまま「いたるまで」でいいのでは?
>劇
>にすることに決まった。
変なところで改行が…
>ア
>に不安を覚え、
同じく改行が…
>にこんなところまで
「に」が余計かと。
ただ、場面の変遷がいささかわかりにくい箇所があり、読んでいて少々気になりました。
あと、ようやく物語が祭りに向けて本格的に動き出したところで終わってしまったのは残念。どうせなら祭り本番の場面まで読んでみたかったです。
まさかこんなにも早く感想がもらえるとは思わなかったのでこの嫌な、ただいまビックリしている最中でございます。
劇の本番についてですがプロットには一応盛り込んではいたのですが、この話の主題である「創作活動にたいしての苦悩」という部分を前面に出したかったためカットさせていただきました。
しかし、確かに読み返してみると、打ち切られたかのような終わり方をしていて、「うわ、しまったw」と思っている次第です。
次回はしっかりと、広げた風呂敷を締めくくったSSを意識しようと思います。
続きは?
あとこの締め方は殺生だよ ほんとまじでw
ありがとうございました。