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帰還の道は程遠く?-第二章-

2007/06/22 08:36:00
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※この作品は連作となっております。
 始めから読まれる場合は“帰還の道は程遠く?-序章-”よりお読みください。





―ここまでのあらすじ―

現代日本より幻想郷へ迷い込んだ、一人の自衛官。
見知らぬ竹林の中で彼は、銀髪の少女、藤原妹紅と出会う。
彼女の案内で竹林を抜けて、里の守護者、上白沢慧音の元へ辿り着くも、
疑心と不安に駆られた彼は、その場から逃げてしまうのだった。
そして、夜道にて遭遇した、宵闇の妖怪、ルーミアに襲われる。
あわや喰い殺されるかという所で、彼女を退けることに成功。
しかし、体力、気力共に使い果たした彼は、そこで意識を失ってしまう。
次に目を覚ました時には、慧音によって救出された後であった。
医者の手当てを受け、外傷による危機は去る。
だが、ルーミアに噛み付かれた影響により、妖の力が精神を犯し始めてしまう。
鈴仙=優曇華院=イナバが処置もを施すも、
外の人間である彼に、幻想郷の力は容赦なく襲い掛かる。
鈴仙の処置の効果が先か、ルーミアの影響による精神崩壊が先かの瀬戸際で、
最後まで自我を支えたのは、慧音の励ましの言葉であった・・・





帰還の道は程遠く?-第二章-



あの悪夢のような出来事から、五日が経っていた。
意識を取り戻したのは三日前。
目を覚まして最初に見た物は、OD色の天幕裏ではなく、営内の無機質な天井でもない。
古めかしい茅葺の天井裏だった。
何度夢であってほしいと思ったことか。
だが、そんな気持ちも段々と落ち着きを覚えたようだ。
納得したような気分で視線を横に向ける。
その先には予想した通り、あの女性の影があったのだった。
もう前の様に取り乱す事は、無かった。

その自分は今、一冊の本に栞を挟み、それを閉じたところだ。
現代の本と比べて未熟な装丁の、その本の表紙には“幻想郷縁起”と記されている。
それは慧音が、体力が回復したら読めと、起きた日に置いた物だった。

最初は数ページ開いた所で、胡散臭さに読むのをやめてしまった。
怪我の回復は順調なのだが、立ち上がろうとすると、肩に響いて立てない。
そうして暇を弄んでいると、いつの間にか続きを読んでしまっていた。
途中まで読み、感想を述べよと聞かれても、一概に答えるのは難しい。
強いて答えるならば“興味深いが、とても真面目に書かれた本とは思えない”といった所か。
読みやすく、著者の執筆に対する熱意も大いに伝わるのだが、
事実関係が絡んでくると、一気に胡散臭く思えてしまう。
それはそうだろう、妖精だの幽霊だの、まともに信じるほど幼くは無いつもりだ。
仮に現代の人間にこれを見せたとしても、一体どこの誰が信じるだろうか?

だが、ある項に差し掛かった瞬間、そんな疑問は吹っ飛んでいた。
“宵闇の妖怪 ルーミア”
あの黒い服の少女が、其処に載っていた。
思わず挿絵に釘づけになる。
忘れもしない。あの金髪、あの赤い目、あの容姿。
そうして確信に至った。
この自分は、ここに載っている、このルーミアに襲われたのだと。

そうして自分は、幻想郷を認めざるを得なくなった。

それは、ここ数日の生活にも影響されている。
とうに廃れた日本式の古めかしい家屋と、そこでの生活ぶり。
驚いた事に、電気という物を全く使用していない。
文化財に指定された伝統的な日本家屋でさえ、今日び電灯の一つはあるだろうに。
そして、照明も、暖をとるも、炊事をするも、生活の中心は“火”であり、
現代日本のように、人が闇を支配するようなことは無かった。

そして、床に伏せたまま感じる事もあった。
交通事情の発達した日本において、車の音が聞こえない場所は稀である。
ましてやここは集落。どんなに寂れた農村だって、軽トラの一台位はある筈だ。
だが、この三日の間にエンジン音が聞こえる事は無かった。
陸がそうなら、空も似たような物だった。
本来、富士地区では航空機やヘリコプターの往来がひっきりなしに飛んでいる。
訓練飛行等は連日行われているし、夜間飛行も盛んである。
対して、徒歩でしか移動していない自分が幾ら遠くで迷おうとも、
その範囲でジェットやジャイロの音が聞こえなくなるとは考えにくい。
しかし、この空からイロコイやチヌークのやかましい騒音が響く事は無く、
代わりに聴こえるのは、小鳥の呑気なさえずりか、烏の哀愁漂う鳴き声だけだった。

そして、ある出来事が起こる。
それは、今から数時間前の、昼飯の時の事だった。

自分が目を覚ましてから、慧音は留守を妹紅に任せて、寺子屋に行くようになった。
なので、日中は妹紅と過ごすのが日常となりつつあった。
まあ、一緒に居ても、特になにかある訳ではないのだが。
彼女は普段、家事をしていてあまり傍にはいないし、
それらが終わっても、今度は部屋の隅で竹細工に没頭し始めてしまう。
そう距離を置かれると、こちらも声を掛けにくい。
こうして、互いに干渉することなく、ただ時間だけが流れていく。
そして慧音が帰って来ると、妹紅は翌日まで姿を消すのだった。

今日も慧音は寺子屋に行き、暫くすると妹紅がやってきた。
彼女はさっそく家事へと取り掛かり、
自分はそれを尻目に、残り僅かになった幻想郷縁起に没頭する。

そして、ある出来事があった。

幻想郷縁起は“魔法使い”の項まで読み終えていた。
目が疲れたので本から目を離して一息つく。
ふと視線を巡らせると、台所に妹紅が居た。
昼飯の準備のようで、米が入った鉄釜をかまどに乗せている所だ。

実際、彼女は距離を置きつつも、面倒はよく見てくれていた。
こちらの容態には気を使っているみたいだし、
飯もしっかりと作ってくれるし、これまた美味い。
互いに避けてしまう節があるが、彼女には素直に感謝していた。
大の大人が床に伏せ、少女に面倒を見てもらうなど、我ながら情けなさが溢れてくる。

などと思った瞬間、我が目を疑った。

妹紅は、かまどに火をくべるのに、手の平から炎を出したのだ。
最初は見間違いか何かだろうと思った。
だが、こちらの視線に気づいた彼女は、今度は手の平で弄ぶかのように、
もう一度、ポンと火の玉を出して見せたのであった。

こちらに来てから、あまり顔に表情を出せなくなっていたが、
こんな光景を前にしては、流石に開いた口が塞がらなかった。
ぽかんとした顔が可笑しかったのか、
彼女はこれ見よがしにもう一度、手の平に火の玉をつくりだした。
声がしわがれているのは、久しぶりに声を出したからであろう。
そのガラガラ声で、一体どうやったのかと聞くと、
彼女はニヤリと、

 「そういう能力なんだよ」

と言って笑った。
その仕草は、妙に大人びていた。
そういえば、竹林で初めて出会った時もこんなふうに笑っていたかもしれない。
月夜に照らされた妹紅は、見た目は年端の行かぬ少女であるが、
その姿からは想像出来ない、並々ならぬ貫禄を感じさせた。

その昼に出されたのは、梅干の乗ったおかゆと筍の煮転がしに、白湯だった。
先ほども述べたが、妹紅の料理は美味い。
たかが粥と侮ること無かれ。
少し前に体調を崩した時にコンビニでレトルトの粥を買ったが、
同じ料理とは思えない程の、それ位の違いがある。
そして筍の煮物。一口齧ってみると、本来の繊維質な硬さを全く感じさせない。
しかも、味付けも絶妙に薄からず、濃からず。味も良く染みていた。
妹紅の話によると、朝に慧音が作っていったのだと言う。
そういえば、最初に貰った筍はどうしたっけと思い返すと、どうも夜道で落としたらしい。
せっかく掘ってくれた妹紅に、少し申し訳ない気がした。

こうして世話を受けていると、いつしか警戒心も薄れていた。
五日経った今では、彼女等には感謝の念しかない。

そういえば、慧音とも妹紅とも、今まで会話らしい会話が無かった。
気の滅入った自分に配慮して、あえて話をしてこない慧音。
自分にあまり興味の無い妹紅。
そして、一人でいっぱいいっぱいになり、壁を作っていた自分。
自分がその壁を取り払えば、彼女等は普通に話をしてくれるだろうか?
そんな思いが、自分の中に芽生えつつあるようだ。


いつも通り日が暮れると、慧音が帰ってきた。
それを合図に、妹紅が食事の準備に取り掛かる。
そして静かな食事が始まった。
相変わらず気を使ってか、慧音は静かに食べている。
妹紅は相変わらずといった感じである。
こんなにも美味しい夕食は、重い空気によって数段味を落としているように思えた。
自分が変われば、この雰囲気を壊すことができるのだろうか?

そして川魚を摘まみ、思い切って一言。
「うん、おいしい。何時も美味しい食事をありがとう」
と、ぎこちなく喋った。

二人は箸を止め、こちらを向いた。
その表情は固まっている。おそらく、自分も。
だが、次の瞬間。
慧音は表情を和らげ、

 「ああ、妹紅の料理だからな。」

と、嬉しそうに喋った。
肝心の妹紅は、顔を隠すように茶碗をかきこんでいる。

 「ふふ、いつもの反応だ」

慧音は、嬉しそうに笑った。

 「そういえば、ろくな自己紹介もしていなかったな」

ポツリと漏らした慧音は。

 「お客人、今更だが紹介させてもらう。
  私は、上白沢慧音
  この里の歴史家。兼、教師を務めている。
  幻想郷に来たのも何かの縁、困った時は迷わず頼ってくれ。
  そして、こっちが・・・」

 「私は藤原妹紅。里の自警団をやっている」

 「うん、口数は少ないが良い奴だから、積極的に話してやってくれ」

 「・・・・・・」

 「で、外の世界のお客人、貴方は?」

ここまで来て今更だが、答える事に戸惑いはあった。
何しろ、自分の今までの全てが元の世界に置いて来たままなのだ。
別の世界に迷い込み、そこの住人に認められたとすれば、
自らその世界の存在を認めた事と等しい。
それでも、

「・・・自分は、」

それは元の世界との、一時の離別の瞬間でもあった。
不安が無いわけではない。むしろ、不安な事だらけだった。
だが、それを認め、あえて己の素性を話したのは、
この目の前の二人が何よりも力強く、そして頼もしく感じられたからに他ならない。

それから慧音とはよく話した。
そもそも幻想郷とは何か
この世界での注意事項
ルーミアを始めとした妖怪全般のこと
里や、幻想郷の著名な地域について

どの話も興味の引かれる内容だったが、
中でも一番惹かれたのは、元の世界に戻る手段の話だった。
なんでも、神社の“博麗の巫女”に頼むのが一番手っ取り早いそうな。
慧音の話では怪我が治り次第、彼女に会わせるという話だった。

対して、自分は身の上を簡単に説明したり、日本の現状等を話した。
まあ、彼女等が現代日本に迷い込んだ訳ではないので、
話しても意味の無い事だと思ったが、
歴史家の彼女にとっては、興味のそそられる話だったようだ。
面白いことは、幾つかの日本の地名が通じた事だった。
富士、東京、京都、奈良。
その他の、もっと細かい地域すら出てきた時には、
一瞬、元の世界に戻ったのでは無いかと錯覚した程である。
慧音によると、特に富士は昔から幻想郷に迷い込みやすいのだとか。
それから少し気になったのは富士の地名が出た時、
妹紅の表情が固くなったような気がした事か。
元々顔には表さないタイプのようだし、気のせいと言われればそれまでだが。

 「・・・さて、もういい時間だ。
  そろそろ切り上げるとしよう。
  今日は楽しかったよ。また話を聞かせてくれ」

一通り話し終え沈黙を経てから、慧音はそう切り出した。

「じゃあ、また明日」と、さっさと切り上げて竹林へと消えた妹紅は、
終始会話に加わること無く、一言も喋ることは無かったが。
それでも今まで残っていたという事は、それなりにでも楽しめたのだろうか?

慧音は囲炉裏の火を弱めると、
何かあったら呼ぶようにと告げ、奥の書斎へ姿を消した。
後は、久しぶりの充足感に満たされた思いで、まどろみへと落ちてゆく。

そうして、幻想郷での五日目が終わったのだった。




                         ― 第二章・終わり ―
という訳で、第二章でした。
今更ですが、文章て本当に難しい物ですね。
自分で読んでも違和感を感じないようになりたいです・・・。
それでは、お目汚し失礼しました。
白河
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コメント



0.460簡易評価
1.60名前が無い程度の能力削除
なんというか特殊なんだよね。オリキャラ主人公にすると大概アレな感じになって
しまうのだけれど、淡々と進められるこの話は、違和感がないというか。
特筆すべき点は無いにしても、続きが気になる。気になるのだ白河氏。
本業は忙しくて休日たまに筆を進める程度になってしまうのだろうけれど、頑張って下さいな。
読んでるからねー。
7.60名前が無い程度の能力削除
主人公の心情描写が丁寧で、読みやすいです。
これからどうなるのか、続きを楽しみにしております。
10.80名前が無い程度の能力削除
キャラの心情や状況の流れがかなり自然で、違和感なく読めます。
外の世界のオリキャラが幻想郷に迷い込むタイプのSSは、不自然な流れやオリキャラの突出がないと面白く感じます。
幻想郷に自分が迷い込んだ場合の想像と比較できるからかもしれませんね。