本日の天気、晴れ。それはもう、忌々しいくらいに雲一つ無い。
こんなに天気の悪い日は久しぶりだ。久しぶりなのでテラスで紅茶を飲むことにした。
「咲夜、今日は天気が悪いからテラスでお茶にするわ」
「はい、準備が整いました。お嬢様」
最近、私のやる事に口を出したりと少しばかり反抗期だが基本的にはパーフェクトなミスメイド長。
「ご苦労様、先に行ってるからパチェを誘ってきて」
はい、と言葉だけ残して姿を消す咲夜、今頃は図書館だろう。私もテラスに向かうとしよう。
テラスに設置されたパラソル付きのテーブルといくつかの椅子。その内の一つに腰を下ろす。
このパラソル付きテーブルは以前、咲夜がどこからか購入してきた非常に便利な品物だ。なんせこんな天気の悪い日でも外でお茶会が出来るのだから。
ところでこのパラソル付きテーブルには専用の名称は無いのだろうか? 名称としてはちょっと長い気がする。後でパチェに聞いてみよう。
一通り考え事が終えたところで外の景色を見つめる。この為に今日は外でのお茶会にしたのだから。
中庭に咲くバラの花、風格のある門、その奥に見える広大な湖。このテラスはそれら全てを見渡せる特等席。
「お嬢様、パチュリー様をお連れしました」
絵画の様な景色を楽しんでいると咲夜がパチェを連れて来た。
「そう、じゃお茶入れてちょうだい」
「はい、すぐに」
返事と同時にテーブルの上に置かれるティーセット。
「珍しいわね、こんな天気の日に外でお茶会なんて」
手にしていた本をテーブルに置き椅子に腰掛けるパチェ。
「珍しいからこんな天気の日に外でお茶会なのよ」
他愛も無い話をしている横で咲夜が私とパチェのカップに紅茶を注ぐ。最後の一滴、ゴールデンドロップを私のカップに垂らして私とパチェの前に置く。
「お待たせしました」
「ありがと、仕事に戻っていいわよ。咲夜」
「でわ、失礼します。何かあったらお呼び下さい」
また言葉だけ残して消える咲夜。
紅茶を口にしながらまた景色を眺める私。同じく紅茶を口にしながら本を読むパチェ。
しばらく静かな時を過ごしていると、ふとさっきの疑問を思い出す。思い出したので聞いてみる。
「ねぇパチェ、聞きたいことがあるんだけど」
本から視線を上げ、なに? と聞き返えされる。
「これの名前って何?」
トントン、とテーブルを指で小突きながら聞く。
「……テーブル?」
……まあ、普通そう返ってくるだろう。
「そうじゃなくてこれよ」
と、言いながら上を指差す。
「……パラソル?」
……説明が足りなかったかしら。
「そうじゃなくて、その二つを一緒にして」
「……テーブルとパラソル?」
「……もういいわ、読書の邪魔してごめんなさい」
疲れた。パチェはそう、と呟いて本に目を戻す。
またしばらく静かに景色を眺めていると視界の隅に何かが映った。
よく見ると門番とその部下達。中庭の隅の方に集まってなにやら会話しているようだ。声はここまで聞こえないが。
しばらくすると門番が踵でガリガリと地面に線を引き始める。本当に何をしているのだろうか?
その線は直線では無く円、でも無かった。正確には渦、螺旋だ。それもかなり大きい、ここからではよくわからないが直径十メートルくらいはあるだろうか。
螺旋の中心まで線を引いた門番は再び部下と会話している。手を大きく振り回したり、さっき書いた螺旋を指差したりと忙しい。何かを伝えようと、いや説明しているのだろうか? 少なくともここからはそう見える。
何が始まるのかわからないが何となく観察してみよう。そろそろ同じ景色を見続けるのも飽きたし。
しばらく中庭を見続けていると紅茶が切れたので咲夜を呼んでおかわりを入れてもらう。
「ねぇ、あれ何やってるのかわかる?」
さぁ、と中庭を目にしながら首を傾げる咲夜。
「サボってる……というわけでも無さそうですが」
あれから門番とその部下達は組み手を始めた。それだけ聞くとサボってるどころか真面目に訓練しているように聞こえるのだが、どう見ても妙だ。なんせ先ほどの螺旋の線をなぞりながら組み手している。
言葉で説明するのは難しいがとにかく、線の外側から組み手を始め、クルクルと螺旋をなぞりながら中心へと向かう。あくまで組み手をしながら。
「もうすぐ夏ですから、蚊取り線香の替わりじゃないでしょうか? 去年、美鈴が詰め所にも蚊取り線香が欲しいと言ってましたし」
「そう。今度、人里に降りた時にでも買って置いてあげなさい」
「かしこまりました」
「紅茶ありがと、仕事に戻っていいわよ」
また、返事だけ残して消える咲夜。
紅茶を口にしながら中庭に視線を向ける。相変わらず組み手をしながら螺旋をなぞってた。本当に何がしたいのかわからない。
ちなみにパチェはずっと本に目をやっていた。
また、しばらくクルクル回り続ける門番達を眺めていると不意にパタン、と本の閉じる音がした。
「そろそろ戻るわ」
そう、と軽く返事をするとパチェは立ち上がる。
「レミィ、あなたもそろそろ戻った方がいいわ」
それだけ言い残し、図書館に戻るパチェ。
「? そうね、そうするわ」
雨でも降るのだろうか? 空は相変わらずだが。
でも、螺旋をなぞる門番達もそろそろ見飽きたのでこのカップに残った紅茶を飲み終えたら戻ろう、と思った矢先のことだった。
門番達の動きが変わった。また門番と部下が何かを話してる。
そして門番と部下の一人が螺旋の上で組み手を始める、が今度のはさっきまでのとはまるで違う。
もはや組み手のレベルではない。二人とも、いや少なくとも部下の方は全力で門番と手合わせしている。門番も部下の拳を真剣に捌いている。
その直後だった。二人が全力に近い組み手をしながら螺旋の中心にたどり着いた瞬間、それは起きた。
私の能力は『運命を操る程度の能力』である。この能力によって私は運命を見ることは出来る。
しかし、決して未来予知、『未来を予知する程度の能力』では無いのだ。似ているようでまるで違うのだ。
あくまで、私は誰かの運命がどのような運命なのかを見極めそれを操るのだ。
けして、自分に危機が迫ると頭の中でピキーンなどという音と共に自分の危機がわかるわけではない。ましてや相手の動きを先読みしたり、死角にいる相手の動きを見たり、相手のプレッシャーを感じたり、無線式誘導型の使い魔を操ったりは決して出来ないのだ。
だから、これは仕方が無いのだ。晴れた日に、テラスで美しい景色を眺めながら、気の知れた友人と優雅に紅茶を飲んでいたら、いきなり目の前に直径十メートル以上、高さ五十メートル以上の竜巻が突然現れるなんて、誰が予想できただろうか。否、誰であろうと無理だったろう。
だから、これは仕方が無いのだ。たとえ突如現れた竜巻の暴風によってカップの紅茶を頭から被ろうと、パラソルが一瞬で吹き飛び直射日光をモロに浴びようと、先ほどまで中庭にいた門番の部下がもの凄い速度で吹っ飛ばされてきて猛烈なダイビングヘッドバッドを食らおうとも、これは仕方が無いのだ。
というか、知ってたのならもっと早くにちゃんと教えて欲しかったわ、パチェ。
「申し訳ございません!!」
「見て、美鈴。私の髪、濡れてるでしょ? 吸血鬼はね水に弱いの、もし雨や川みたいに流水だったらもう取り返しの付かない事になるくらい」
「本当に申し訳ございません!!」
「見て、美鈴。私の肌、焦げてるでしょ? 吸血鬼はね日光に弱いの、もの凄く熱かったわ。この肌、全部直るのに丸一日かかるわね」
「本当に!! 本当に申し訳ございません!!」
「見て、美鈴。私の頭、こぶが出来てるでしょ? 吸血鬼といえどね、あんな速度でヘッドバッドされたらもの凄く痛いの。涙が出るくらいに」
「本当に!! 本当に!! 本当に申し訳ございません!!」
「ねぇ、美鈴。あなた、外の湖の底にコンクリート抱えて沈んでみる? 三時間くらい」
「本当に!! 本当に!! 本当に!! 本当に申し訳ございません!!」
「ねぇ、美鈴。あなた、煮えたぎった油を頭から浴びてみる? 五十リットルくらい」
「本当に!! 本当に!! 本当に!! 本当に!! 本当に申し訳ございません!!」
「ねえ、美鈴。あなた、時計塔からひも無しバンジーで地面にヘッドバッドしてみる? 私が加速つけてあげるわよ。グングニル見たいに」
「本当に!! 本当に!! 本当に!! 本当に!! 本当に!! 真に申し訳ございません!!」
「咲夜、コンクリートと油を用意して頂戴。それと時計塔の真下に岩を置いといて、なるべく固いやつ」
「お嬢様!! お慈悲を!!」
「咲夜、墓石も一つ用意して頂戴。刻む名前は……言わなくてもわかってるわね」
「お慈悲を!! お嬢様、この愚か者に是非ともお慈悲を!!」
美鈴が私の部屋に呼び出されてすでに三時間あまり。ひたすら同じようなやり取りが繰り返されている。
「お嬢様、そろそろご夕食のお時間ですのでそこら辺にしといてはいかがでしょう?」
「……もうそんな時間?」
美鈴が通算、七百二十四回目の謝罪をした所で横に控えていた咲夜が止めに入ってきた。美鈴、あなたはそんな天使を見るような目で咲夜を見つめてないで額を床に擦り付けてなさい。
「はい、美鈴には私から厳重に注意した後、厳しく罰を与えますので」
「はぁ、わかった。その代わり厳しくよ。き、び、し、く」
「心得ております」
「不安ね、あなたはどうも美鈴には甘いから……」
普通なら即フランの遊び相手の刑だというのに。
「美鈴、咲夜に感謝しなさい」
「は、はい!! 本当に申し訳ございませんでした!! まさか、お嬢様があんな晴れた日に外でお茶をしてるとは思いもせず……」
「わかったから、二人とも行っていいわ」
「はい、失礼します」
「はい!! 失礼します!!」
頭を下げ部屋を後にする二人。廊下から『咲夜さーん!! ありがとうございますー!!』『ちょ、美鈴!! こんな時間のこんな所で抱きつかないで』等と声が駄々漏れである。一体どの時間のどんな場所なら抱きついてもいいのだろうか? まったく、本当に甘い。
翌日、またテラスでお茶会をすることにした。そこから見る景色は昨日と変わらず綺麗だった。竜巻に襲われたとはとても思えないほど。
なんでも昨日、咲夜が美鈴に与えた罰は徹夜で中庭の片付けと修復だそうだ。甘い、甘すぎるわ咲夜。
「浮かない顔ね、レミィ」
「どうも、咲夜は美鈴に甘すぎる。侵入者を許しても、昨日みたいな失敗をしてもこの程度だし」
「まぁ、怒ってばかりでも仕方ないわ。紅茶でも飲んで心を落ち着かせなさい」
「はぁ、そうね。昨日の事は咲夜に任したんだし、私がどうこう言うことじゃないわね」
せっかく咲夜が淹れてくれた紅茶だし、今はゆっくりと味わうとしよう。
「でも、咲夜が美鈴に甘いのはしかたないわ。惚れた弱みだもの」
ぶるぅはぁぁ!!
「ゴホッ……ケホッ……」
ゆっくり味わうどころか、一瞬で吹き出してしまった。
「レミィ、少し下品よ」
誰のせいだ。
「そ、それより惚れた弱みって、それって咲夜が美鈴に……」
まさか、昨日の抱きついてもいい時間と場所とは……。
「冗談よ」
……魔法使いは湖の底、沸騰油、時計塔ダイビングヘッドバッドのうちどれを一番嫌がるだろうか。
「でも、本当に冗談かどうかはわからないわ」
「どういう意味? パチェ」
「小悪魔の話だと夜中に美鈴の部屋を訪ねる咲夜と朝方、美鈴の部屋から出てくる咲夜を見たって言うメイドが結構いるらしいわ」
決定的証言ね。この証言の中から私はムジュン、もとい矛盾を探さなければいけないのだろうか。少し、揺さぶってみようかしら?
「でもまぁ、所詮は噂だから、真偽のほどはわからないわ」
「そんな噂が流れてる時点で問題だわ」
「それもそうね。火の無いところに煙は立たないと言うし」
「あれこれ考えるよりも実際に聞いたほうが早いわね」
紅茶のお替わりと証して咲夜を呼ぶ。
「ねえ咲夜、あなた最近夜中に美鈴の部屋に行ってるそうね」
横で紅茶を淹れている咲夜の手が一瞬止まる。
「ええ、週にニ、三度ほど」
噂は本当だったらしい。
「それで、あなたいったい何の用で……」
「レミィ、まどろっこしいからハッキリと聞きなさい」
「……そうね。ねぇ咲夜、あなたと美鈴ってどんな関係なの?」
今度は一瞬ではなく完全に止まった。
「……お答えしなければいけませんか?」
少し間を置き、また手を動かしながら答える咲夜。いや答えてはいないか。
「私と美鈴の関係をお嬢様に答える必要がありますでしょうか」
最初に言った通り、咲夜はほんの少しだけ反抗期なのだ。
「失礼ながら、たとえお嬢様だとしても部下のプライベートな部分を根掘り葉掘り聞くのはどうかと思われます」
だからこんな口を利くときだってあるのだ。だが、これに一々目くじら立てていては主としての底が知れるというもの。
「ましてや人間関係などはその最たる部分。さらに先ほどの聞き方は私が何かやましい事をしているような……」
「じゃかしぃ!! いいからさっさと答えろ!!」
というのは分かっているのだが、やはりむかつく物はむかつくのだ。
「冗談が過ぎました」
とてもウェットでユニークでユーモアに包まれたジョークだった。ちょっぴり殺意が沸くほど。
「私と美鈴の関係でしたね。と言っても普通の上司と部下、仕事が終われば良き友人です」
「良き友人ねぇ」
互いに仕事が終わるのが遅いから訪ねるのが夜中になるのは仕方ないが……。
「それでも朝まで一緒っていうのは、いささかやましいわよ」
「それはですね、夜二人でよくお酒を嗜むのですが美鈴は酔うと性格が変わりまして、積極的になるんです。具体的に言うと、半ば無理やり布団の上に寝かされて……」
「今すぐあいつを連れて来い!! 時計塔からコンクリ抱えて沸騰した油の中にダイビングヘッドバッドさせてやる!!」
例え少しばかり反抗期とは言え、手塩をかけて育てた咲夜を傷物にした罪を償わせてやる。
「レミィ、少し……いえ、かなり落ち着いて、言ってることが意味分からないわ」
「落ち着いていられるわけ無いでしょ!!」
「そう。なら咲夜、レミィはほっといていいから続きを」
「はぁ、えっとですねマッサージをしてもらってるです。美鈴に」
「今すぐあいつに沸騰した時計塔抱えて油の中からコンクリにダイビング……へ?」
まっさーじ? と、間抜けな声をよそに説明を続ける咲夜。
「ついそのまま気分良く眠ってしまって朝帰りになることが多いのです」
……なんか疲れた。
「まぁ、真相なんてこんな物よ。レミィ」
「……そうね。咲夜、仕事に戻っていいわよ」
「はい、失礼します。……それとお嬢様」
「なに咲夜?」
「私と美鈴ですが……」
私が攻めです、と言葉を残し姿を消す咲夜。
「へ? ねぇパチェ、今のどう……」
「さて、真相が分かったところで、私は戻るわ」
「え、あ、そう? 分かったわ」
「レミィ、あなたもそろそろ戻った方がいいわ」
それだけ言い残し、図書館に戻るパチェ。
「? そうね、そうするわ」
なんかデジャヴを感じるけど気のせいかしら?
その時、中庭から何かが聞こえたので目を向ける。門番とその部下達だ。今度はなにをしているのかと思えば、部下達が門番に向かって何かを叫んでいる。なんだろうと思い耳を澄ます。
『ちゅーごく!! ちゅーごく!! ちゅーごく!!』どうやら門番にちゅーごくコールを送っているようだ。わけがわからない。
コールを受け門番の肩がどんどんうなだれていき、表情が徐々に暗くなる。そして門番の顔が絶望真っ只中という感じになった時、それは起きた。
私の能力は『運命を操る程度の能力』である。この能力によって私は運命を見ることは出来る。
しかし、決して未来予知、『未来を予知する程度の能力』では無いのだ。だから、これは仕方が無いのだ。
テラスで優雅に紅茶を楽しんでいる時に突然、視界一面を光で覆うほど馬鹿でかい気柱に吹き飛ばされるなんて分かるはずが無い。
だから、これは仕方が無いのだ。
こんなに天気の悪い日は久しぶりだ。久しぶりなのでテラスで紅茶を飲むことにした。
「咲夜、今日は天気が悪いからテラスでお茶にするわ」
「はい、準備が整いました。お嬢様」
最近、私のやる事に口を出したりと少しばかり反抗期だが基本的にはパーフェクトなミスメイド長。
「ご苦労様、先に行ってるからパチェを誘ってきて」
はい、と言葉だけ残して姿を消す咲夜、今頃は図書館だろう。私もテラスに向かうとしよう。
テラスに設置されたパラソル付きのテーブルといくつかの椅子。その内の一つに腰を下ろす。
このパラソル付きテーブルは以前、咲夜がどこからか購入してきた非常に便利な品物だ。なんせこんな天気の悪い日でも外でお茶会が出来るのだから。
ところでこのパラソル付きテーブルには専用の名称は無いのだろうか? 名称としてはちょっと長い気がする。後でパチェに聞いてみよう。
一通り考え事が終えたところで外の景色を見つめる。この為に今日は外でのお茶会にしたのだから。
中庭に咲くバラの花、風格のある門、その奥に見える広大な湖。このテラスはそれら全てを見渡せる特等席。
「お嬢様、パチュリー様をお連れしました」
絵画の様な景色を楽しんでいると咲夜がパチェを連れて来た。
「そう、じゃお茶入れてちょうだい」
「はい、すぐに」
返事と同時にテーブルの上に置かれるティーセット。
「珍しいわね、こんな天気の日に外でお茶会なんて」
手にしていた本をテーブルに置き椅子に腰掛けるパチェ。
「珍しいからこんな天気の日に外でお茶会なのよ」
他愛も無い話をしている横で咲夜が私とパチェのカップに紅茶を注ぐ。最後の一滴、ゴールデンドロップを私のカップに垂らして私とパチェの前に置く。
「お待たせしました」
「ありがと、仕事に戻っていいわよ。咲夜」
「でわ、失礼します。何かあったらお呼び下さい」
また言葉だけ残して消える咲夜。
紅茶を口にしながらまた景色を眺める私。同じく紅茶を口にしながら本を読むパチェ。
しばらく静かな時を過ごしていると、ふとさっきの疑問を思い出す。思い出したので聞いてみる。
「ねぇパチェ、聞きたいことがあるんだけど」
本から視線を上げ、なに? と聞き返えされる。
「これの名前って何?」
トントン、とテーブルを指で小突きながら聞く。
「……テーブル?」
……まあ、普通そう返ってくるだろう。
「そうじゃなくてこれよ」
と、言いながら上を指差す。
「……パラソル?」
……説明が足りなかったかしら。
「そうじゃなくて、その二つを一緒にして」
「……テーブルとパラソル?」
「……もういいわ、読書の邪魔してごめんなさい」
疲れた。パチェはそう、と呟いて本に目を戻す。
またしばらく静かに景色を眺めていると視界の隅に何かが映った。
よく見ると門番とその部下達。中庭の隅の方に集まってなにやら会話しているようだ。声はここまで聞こえないが。
しばらくすると門番が踵でガリガリと地面に線を引き始める。本当に何をしているのだろうか?
その線は直線では無く円、でも無かった。正確には渦、螺旋だ。それもかなり大きい、ここからではよくわからないが直径十メートルくらいはあるだろうか。
螺旋の中心まで線を引いた門番は再び部下と会話している。手を大きく振り回したり、さっき書いた螺旋を指差したりと忙しい。何かを伝えようと、いや説明しているのだろうか? 少なくともここからはそう見える。
何が始まるのかわからないが何となく観察してみよう。そろそろ同じ景色を見続けるのも飽きたし。
しばらく中庭を見続けていると紅茶が切れたので咲夜を呼んでおかわりを入れてもらう。
「ねぇ、あれ何やってるのかわかる?」
さぁ、と中庭を目にしながら首を傾げる咲夜。
「サボってる……というわけでも無さそうですが」
あれから門番とその部下達は組み手を始めた。それだけ聞くとサボってるどころか真面目に訓練しているように聞こえるのだが、どう見ても妙だ。なんせ先ほどの螺旋の線をなぞりながら組み手している。
言葉で説明するのは難しいがとにかく、線の外側から組み手を始め、クルクルと螺旋をなぞりながら中心へと向かう。あくまで組み手をしながら。
「もうすぐ夏ですから、蚊取り線香の替わりじゃないでしょうか? 去年、美鈴が詰め所にも蚊取り線香が欲しいと言ってましたし」
「そう。今度、人里に降りた時にでも買って置いてあげなさい」
「かしこまりました」
「紅茶ありがと、仕事に戻っていいわよ」
また、返事だけ残して消える咲夜。
紅茶を口にしながら中庭に視線を向ける。相変わらず組み手をしながら螺旋をなぞってた。本当に何がしたいのかわからない。
ちなみにパチェはずっと本に目をやっていた。
また、しばらくクルクル回り続ける門番達を眺めていると不意にパタン、と本の閉じる音がした。
「そろそろ戻るわ」
そう、と軽く返事をするとパチェは立ち上がる。
「レミィ、あなたもそろそろ戻った方がいいわ」
それだけ言い残し、図書館に戻るパチェ。
「? そうね、そうするわ」
雨でも降るのだろうか? 空は相変わらずだが。
でも、螺旋をなぞる門番達もそろそろ見飽きたのでこのカップに残った紅茶を飲み終えたら戻ろう、と思った矢先のことだった。
門番達の動きが変わった。また門番と部下が何かを話してる。
そして門番と部下の一人が螺旋の上で組み手を始める、が今度のはさっきまでのとはまるで違う。
もはや組み手のレベルではない。二人とも、いや少なくとも部下の方は全力で門番と手合わせしている。門番も部下の拳を真剣に捌いている。
その直後だった。二人が全力に近い組み手をしながら螺旋の中心にたどり着いた瞬間、それは起きた。
私の能力は『運命を操る程度の能力』である。この能力によって私は運命を見ることは出来る。
しかし、決して未来予知、『未来を予知する程度の能力』では無いのだ。似ているようでまるで違うのだ。
あくまで、私は誰かの運命がどのような運命なのかを見極めそれを操るのだ。
けして、自分に危機が迫ると頭の中でピキーンなどという音と共に自分の危機がわかるわけではない。ましてや相手の動きを先読みしたり、死角にいる相手の動きを見たり、相手のプレッシャーを感じたり、無線式誘導型の使い魔を操ったりは決して出来ないのだ。
だから、これは仕方が無いのだ。晴れた日に、テラスで美しい景色を眺めながら、気の知れた友人と優雅に紅茶を飲んでいたら、いきなり目の前に直径十メートル以上、高さ五十メートル以上の竜巻が突然現れるなんて、誰が予想できただろうか。否、誰であろうと無理だったろう。
だから、これは仕方が無いのだ。たとえ突如現れた竜巻の暴風によってカップの紅茶を頭から被ろうと、パラソルが一瞬で吹き飛び直射日光をモロに浴びようと、先ほどまで中庭にいた門番の部下がもの凄い速度で吹っ飛ばされてきて猛烈なダイビングヘッドバッドを食らおうとも、これは仕方が無いのだ。
というか、知ってたのならもっと早くにちゃんと教えて欲しかったわ、パチェ。
「申し訳ございません!!」
「見て、美鈴。私の髪、濡れてるでしょ? 吸血鬼はね水に弱いの、もし雨や川みたいに流水だったらもう取り返しの付かない事になるくらい」
「本当に申し訳ございません!!」
「見て、美鈴。私の肌、焦げてるでしょ? 吸血鬼はね日光に弱いの、もの凄く熱かったわ。この肌、全部直るのに丸一日かかるわね」
「本当に!! 本当に申し訳ございません!!」
「見て、美鈴。私の頭、こぶが出来てるでしょ? 吸血鬼といえどね、あんな速度でヘッドバッドされたらもの凄く痛いの。涙が出るくらいに」
「本当に!! 本当に!! 本当に申し訳ございません!!」
「ねぇ、美鈴。あなた、外の湖の底にコンクリート抱えて沈んでみる? 三時間くらい」
「本当に!! 本当に!! 本当に!! 本当に申し訳ございません!!」
「ねぇ、美鈴。あなた、煮えたぎった油を頭から浴びてみる? 五十リットルくらい」
「本当に!! 本当に!! 本当に!! 本当に!! 本当に申し訳ございません!!」
「ねえ、美鈴。あなた、時計塔からひも無しバンジーで地面にヘッドバッドしてみる? 私が加速つけてあげるわよ。グングニル見たいに」
「本当に!! 本当に!! 本当に!! 本当に!! 本当に!! 真に申し訳ございません!!」
「咲夜、コンクリートと油を用意して頂戴。それと時計塔の真下に岩を置いといて、なるべく固いやつ」
「お嬢様!! お慈悲を!!」
「咲夜、墓石も一つ用意して頂戴。刻む名前は……言わなくてもわかってるわね」
「お慈悲を!! お嬢様、この愚か者に是非ともお慈悲を!!」
美鈴が私の部屋に呼び出されてすでに三時間あまり。ひたすら同じようなやり取りが繰り返されている。
「お嬢様、そろそろご夕食のお時間ですのでそこら辺にしといてはいかがでしょう?」
「……もうそんな時間?」
美鈴が通算、七百二十四回目の謝罪をした所で横に控えていた咲夜が止めに入ってきた。美鈴、あなたはそんな天使を見るような目で咲夜を見つめてないで額を床に擦り付けてなさい。
「はい、美鈴には私から厳重に注意した後、厳しく罰を与えますので」
「はぁ、わかった。その代わり厳しくよ。き、び、し、く」
「心得ております」
「不安ね、あなたはどうも美鈴には甘いから……」
普通なら即フランの遊び相手の刑だというのに。
「美鈴、咲夜に感謝しなさい」
「は、はい!! 本当に申し訳ございませんでした!! まさか、お嬢様があんな晴れた日に外でお茶をしてるとは思いもせず……」
「わかったから、二人とも行っていいわ」
「はい、失礼します」
「はい!! 失礼します!!」
頭を下げ部屋を後にする二人。廊下から『咲夜さーん!! ありがとうございますー!!』『ちょ、美鈴!! こんな時間のこんな所で抱きつかないで』等と声が駄々漏れである。一体どの時間のどんな場所なら抱きついてもいいのだろうか? まったく、本当に甘い。
翌日、またテラスでお茶会をすることにした。そこから見る景色は昨日と変わらず綺麗だった。竜巻に襲われたとはとても思えないほど。
なんでも昨日、咲夜が美鈴に与えた罰は徹夜で中庭の片付けと修復だそうだ。甘い、甘すぎるわ咲夜。
「浮かない顔ね、レミィ」
「どうも、咲夜は美鈴に甘すぎる。侵入者を許しても、昨日みたいな失敗をしてもこの程度だし」
「まぁ、怒ってばかりでも仕方ないわ。紅茶でも飲んで心を落ち着かせなさい」
「はぁ、そうね。昨日の事は咲夜に任したんだし、私がどうこう言うことじゃないわね」
せっかく咲夜が淹れてくれた紅茶だし、今はゆっくりと味わうとしよう。
「でも、咲夜が美鈴に甘いのはしかたないわ。惚れた弱みだもの」
ぶるぅはぁぁ!!
「ゴホッ……ケホッ……」
ゆっくり味わうどころか、一瞬で吹き出してしまった。
「レミィ、少し下品よ」
誰のせいだ。
「そ、それより惚れた弱みって、それって咲夜が美鈴に……」
まさか、昨日の抱きついてもいい時間と場所とは……。
「冗談よ」
……魔法使いは湖の底、沸騰油、時計塔ダイビングヘッドバッドのうちどれを一番嫌がるだろうか。
「でも、本当に冗談かどうかはわからないわ」
「どういう意味? パチェ」
「小悪魔の話だと夜中に美鈴の部屋を訪ねる咲夜と朝方、美鈴の部屋から出てくる咲夜を見たって言うメイドが結構いるらしいわ」
決定的証言ね。この証言の中から私はムジュン、もとい矛盾を探さなければいけないのだろうか。少し、揺さぶってみようかしら?
「でもまぁ、所詮は噂だから、真偽のほどはわからないわ」
「そんな噂が流れてる時点で問題だわ」
「それもそうね。火の無いところに煙は立たないと言うし」
「あれこれ考えるよりも実際に聞いたほうが早いわね」
紅茶のお替わりと証して咲夜を呼ぶ。
「ねえ咲夜、あなた最近夜中に美鈴の部屋に行ってるそうね」
横で紅茶を淹れている咲夜の手が一瞬止まる。
「ええ、週にニ、三度ほど」
噂は本当だったらしい。
「それで、あなたいったい何の用で……」
「レミィ、まどろっこしいからハッキリと聞きなさい」
「……そうね。ねぇ咲夜、あなたと美鈴ってどんな関係なの?」
今度は一瞬ではなく完全に止まった。
「……お答えしなければいけませんか?」
少し間を置き、また手を動かしながら答える咲夜。いや答えてはいないか。
「私と美鈴の関係をお嬢様に答える必要がありますでしょうか」
最初に言った通り、咲夜はほんの少しだけ反抗期なのだ。
「失礼ながら、たとえお嬢様だとしても部下のプライベートな部分を根掘り葉掘り聞くのはどうかと思われます」
だからこんな口を利くときだってあるのだ。だが、これに一々目くじら立てていては主としての底が知れるというもの。
「ましてや人間関係などはその最たる部分。さらに先ほどの聞き方は私が何かやましい事をしているような……」
「じゃかしぃ!! いいからさっさと答えろ!!」
というのは分かっているのだが、やはりむかつく物はむかつくのだ。
「冗談が過ぎました」
とてもウェットでユニークでユーモアに包まれたジョークだった。ちょっぴり殺意が沸くほど。
「私と美鈴の関係でしたね。と言っても普通の上司と部下、仕事が終われば良き友人です」
「良き友人ねぇ」
互いに仕事が終わるのが遅いから訪ねるのが夜中になるのは仕方ないが……。
「それでも朝まで一緒っていうのは、いささかやましいわよ」
「それはですね、夜二人でよくお酒を嗜むのですが美鈴は酔うと性格が変わりまして、積極的になるんです。具体的に言うと、半ば無理やり布団の上に寝かされて……」
「今すぐあいつを連れて来い!! 時計塔からコンクリ抱えて沸騰した油の中にダイビングヘッドバッドさせてやる!!」
例え少しばかり反抗期とは言え、手塩をかけて育てた咲夜を傷物にした罪を償わせてやる。
「レミィ、少し……いえ、かなり落ち着いて、言ってることが意味分からないわ」
「落ち着いていられるわけ無いでしょ!!」
「そう。なら咲夜、レミィはほっといていいから続きを」
「はぁ、えっとですねマッサージをしてもらってるです。美鈴に」
「今すぐあいつに沸騰した時計塔抱えて油の中からコンクリにダイビング……へ?」
まっさーじ? と、間抜けな声をよそに説明を続ける咲夜。
「ついそのまま気分良く眠ってしまって朝帰りになることが多いのです」
……なんか疲れた。
「まぁ、真相なんてこんな物よ。レミィ」
「……そうね。咲夜、仕事に戻っていいわよ」
「はい、失礼します。……それとお嬢様」
「なに咲夜?」
「私と美鈴ですが……」
私が攻めです、と言葉を残し姿を消す咲夜。
「へ? ねぇパチェ、今のどう……」
「さて、真相が分かったところで、私は戻るわ」
「え、あ、そう? 分かったわ」
「レミィ、あなたもそろそろ戻った方がいいわ」
それだけ言い残し、図書館に戻るパチェ。
「? そうね、そうするわ」
なんかデジャヴを感じるけど気のせいかしら?
その時、中庭から何かが聞こえたので目を向ける。門番とその部下達だ。今度はなにをしているのかと思えば、部下達が門番に向かって何かを叫んでいる。なんだろうと思い耳を澄ます。
『ちゅーごく!! ちゅーごく!! ちゅーごく!!』どうやら門番にちゅーごくコールを送っているようだ。わけがわからない。
コールを受け門番の肩がどんどんうなだれていき、表情が徐々に暗くなる。そして門番の顔が絶望真っ只中という感じになった時、それは起きた。
私の能力は『運命を操る程度の能力』である。この能力によって私は運命を見ることは出来る。
しかし、決して未来予知、『未来を予知する程度の能力』では無いのだ。だから、これは仕方が無いのだ。
テラスで優雅に紅茶を楽しんでいる時に突然、視界一面を光で覆うほど馬鹿でかい気柱に吹き飛ばされるなんて分かるはずが無い。
だから、これは仕方が無いのだ。
ナツカシスグルw
紅茶の最後の一滴ではゴールデンドロップでは? ちなみにゴールデンシロップという蜜糖もあります。
美鈴は女傑族だったのかw
とすると、謝っている技はもしや猛虎落地勢?
苦労して手に入れた焼酎伊佐美かえして~かえして~
螺旋の組み手で即座に解る我が身が厭過ぎる
しかしへたれみりあ萌ゑGJ!
久々に読みたくなったのでちょっと本屋行ってきますね
テラナツカシスww
ひどい打撃を受けてるわりに、妙に思考に余裕のあるレミリアがいいなぁ。
ちょwww
ところで、この部分、間違ってますよ?
笑いながら読ませて頂きました。