人間の里から向かって魔法の森の入口にある奇妙なお店、香霖堂。
店主である森近霖之助は、ちょうど開店準備の真最中であった。
開店準備と言っても、ただ店の鍵を開けるだけなのでいうほど大したことではない。
しかし、閑古鳥が鳴いているこの店にとっては、鍵をあける行為だけでも十分開店準備といえるのかもしれない。
もっとも客と言っても、鍵を魔法で解除して借りるという名の強奪をする黒白の魔法使いや、鍵の隠し場所を勘で見つけて入ってきてはツケと言いながら持っていく紅白の巫女などばかりであるため、開店準備の意味すらないのかもしれない。いや、彼女たちは客ではない。むしろ泥棒である。
そんな泥棒がよく来る店の鍵を、欠伸を噛み殺しながら開ける霖之助。
カチャリ
なにかが起こることもなく無事に開店準備が完了した。
何も起こらなかったため、早々に入口の扉を後にしてカウンターを目指す。
「あら、鍵を開けて外も見ずにさっさと引きこもるのかしら?」
視線をカウンターから入口の方へ移す。
扉にできた隙間に下半身を埋め込ませた妖怪が、ニッコリ笑って「こんにちわ」と答えてきた。
「はいこんにちわ。で、何か物入りかい?」
霖之助は驚きはしない。なぜなら彼女、隙間妖怪の八雲 紫は客であるからだ。
そのまま客に対して無愛想な接客を始める。
「今日は買い物に来たわけじゃないわ」
紫は隙間から下半身を出し、もう片方の手を隙間の中に差し入れて酒瓶を取り出した。
その酒瓶を霖之助に向け。
「静かなところで陽見酒でもと思いまして」
ね、と最後にくすりと微笑んで見せた。
陽の光もまだ浅く、心地よい風が香霖堂の入口にいる二人を優しくなでる。
今は室内ではなく室外である。
「それなら霊夢のところへ行けばいいじゃないかな?」
無理やり連れ出された霖之助は、ツケを払っていかない紅白の巫女を思い浮かべながらそう呟く。
「あそこは鬼と黒白の魔法使いが来るから騒がしくて駄目なのよ」
私は静かに飲みたいのよ。と言って扇子で口元を覆う。
霖之助は「なるほど」と騒がしい黒白の魔法使いを思い浮かべながら納得する。
「それならどうして一人で飲まないんだい?」
「一人で飲んだら寂しいじゃない。あと摘まみがほしいし」
「君の式に頼めばいいんじゃないかい?あとつまみも用意してくれるだろ?」
「藍は面白いこと言ってくれないからつまらないわ。あと珍しい摘まみが食べたいし」
「矛盾してるね、面白く飲みたいならむしろ霊夢の所へ行けばいいじゃないか。摘まみについては矛盾していないけど」
「矛盾なんてしてないわ、静かで楽しく飲みたいの。ところで珍しい摘まみはどこかしら?」
「贅沢だね」
「贅沢ですわ」
一通り会話が終わってから紫は酒を開けて盃に注ぎ、霖之助は店からお菓子を持ってきた。
ふと、何かに気づいたように霖之助が聞く。
「朝から酒を飲むのはどうかと思うよ」
「それは最初に言うものよ」
「そうかい?」
「そうよ」
一瞬、言いそうになったそーなのかーという言葉を飲み下し、店から持ってきたお菓子『名前は柿ピー用途は酒の摘まみ』を皿に盛った。
ちなみに賞味期限はぎりぎりである。外の誰かが買ってからしまい忘れてそのまま幻想となって流れてきたのだろう。
「そんなことを言うあなたはどうして摘まみを用意するのかしら?」
「どうせ何を言ってもここで飲む気なんだろう?」
「あら、わかっているじゃない。わかっているのにそれを聞く、矛盾してるわね」
「矛盾してるね」
「矛盾してるわ」
会話が終わると同時に、二人はそのまま酒をあおった。
静かな陽見酒が始まる。
「で、どうして陽見酒なんだい?」
霖之助が酒をあおりながら聞く。
「あら、陽見酒が何かおかしいのかしら?」
紫は酒をあおりながら聞き返す。
「普通は月見酒なんじゃないかい?」
今度は柿ピーを啄ばみながら聞く。
「月見酒がおかしくなくて、陽見酒がおかしいなんて変じゃない?」
紫も柿ピーを啄ばみながら聞き返す。
「むぅ、言われてみればあまりおかしいこともないような」
霖之助は飲むのをやめ考える。
月見酒とは幻想的な月の情景を見ながら飲む酒のこと。ならば陽見酒とは何なのだろうか?陽見酒は日が昇っている時に生命の溢れる活発的な情景を楽しみながら飲むものではないか?別におかしいことなどないではないか。
結論に至ってから再び酒をあおる。
「よく考えてみればおかしいことはなかったよ」
「あなたの考えてることは間違っているわよ」
「え?」
紫はニヤニヤと笑いながら酒を飲み下した。
そして扇子で口元を覆う。
「月の光は妖に力を与える。人は妖を恐れ、憧れる。そして妖に力を与える月の光に憧れる」
「だから人は月見をするとでも言いたいのかい?で、陽見についてはどうなんだい?」
「もう!人の言葉を取ってせかさないでほしいわ!」
「すまない。で、陽見については?」
「まったく、陽の光は月の力を浄化する。妖の者たちは力を失い、陽の光に恐怖を抱く」
「だから妖は陽見をするっていうのかい?いろいろとおかしいと思うんだけれど」
やれやれと霖之助は肩を落とす。
紫はそれを見て少し怒ったような表情をする。
「まだ途中よ。陽の光は奪うだけではなく、人に恵みと力を分け与える。人は陽の力に憧れ、陽見を行う」
「用は日向ぼっこのことかい?どっちも人のことじゃないか」
「あら、いつ妖怪の話だと言ったかしら?」
「まぁ、どっちにしろ僕が最初に聞いた話とは関係の無い話だけれどね」
「最初に聞いた話ってなんだったかしら?」
「わかって言っているんだろう?どうして陽見酒なんてするんだって話さ」
「ああ、そうだったわね」
思い出したとでも言うように、ぽんっと握った手を手のひらに打ち付けた。
それを見て霖之助は口を尖らせる。
「理由としたら……」
「理由としたら?」
「たまにはお日様でも見て飲みたかった。ってところかしら?」
「そんなもんかい?」
「そんなもんですわ」
二人の陽見酒は続く。
「そういえば」
「なにかしら?」
少なくなってきた柿ピーを啄ばみながら霖之助は紫に聞く。
「さっき、人は妖に憧れると言ったけれども……」
「言ったかしら?」
紫が態とらしく首を傾げる。
それに構わずそのまま続けた。
「妖怪も何か憧れというものはあるのかい?」
「あなたは何かあるかしら?」
「僕には……無いね」
「それなら私もないわ」
「僕があると言ったら?」
「私もあると答えるわ」
「そういうことか」
「そういうことよ」
陽の光は優しく二人を包み込み、二人は酒を飲み続ける。
「あら、お酒がなくなったようね」
紫は空になった瓶を近くに置いてからおおきな欠伸を一つする。
「人前で欠伸をするのをはしたないとは思わないのかい?」
「あら、ごめんなさい。丁度、寝るのにいい時間になったものですから」
「寝酒は体に毒だと聞くよ」
「心配してくれるのかしら?」
一応ね、と言って霖之助は最後の酒を一気に飲み干した。
酒がなくなった盃を持ち、紫から空の盃を受け取って店内へと入っていった。
扉をくぐるとカウンターの上にさっきまで飲んでいた銘柄の酒が置いてあった。
「心配してくれたお礼よ」
振り向いた先に紫の姿はすでになかった。
「ありがとうと言っておくべきかな?」
そう呟いてその酒を戸棚の奥にしまい込む。
そのまま彼はカウンターに身を埋め、赤い顔のまま本を読み始めるのであった
夕暮れ時の香霖堂、空は茜色へと姿を変える。
一陣の風が香霖堂の入り口を駆けた。
しかし誰もそれを感じることなく、ただ虚空を駆けるだけである。
陽見酒の後、誰も訪れることのなかった香霖堂はそのまま閉店準備を始めるだろう。
閉店準備という名の鍵閉めを……
「ふぅ……」
夜も深くなり空に月が昇る頃、霖之助は読んでいた本を置き壁に掛けてある時計に目をやり、閉店準備を開始する。
カウンターから立ち上がり、鍵を持って立ち上がる。
ふと、朝一番に紫に言われたことを思い出し、たまにはいいかと考えて戸棚に入っている貰った酒を取り出した。
そして酒を持ったまま月の浮かぶ外へと飛び出した。
「いい月だ……こんな時は月見に限る」
空には綺麗な三日月が輝いていた。
きゅぽん
酒の蓋を開ける。
「おや?季節外れの月見酒ですか?」
一陣の風、鴉天狗の流す暴風だ。
「月見酒がおかしいかい?」
「いえ、私はなぜ季節外れの月見をしているのかと聞いたんですが」
「それナらそうと最初に言ってくれ」
「言ってましたよ最初っから」
「そうだったかい?」
「今日はどうかしたんですか?」
「朝一番に隙間妖怪に出会ったよ」
「ああ、なるほど」
ブン屋の射命丸 文は隙間妖怪という単語で納得したようで、首を小さく上下させた。
霖之助は二つの杯を取り出して、片方を文の方へ向けた。
「で、こんな時間に珍しいじゃないか」
「なんとなくですよ。たまたま」
「なるほどね」
文が杯を受け取ったのを確認するとその盃にお酒を注ぐ。
「気前がいいですね」
「何か裏があるとでも思ったかい?」
「はい、天狗は用心深いですから」
「それもそうだね。ちなみに気前がいい理由は気分がいいからだよ」
「なるほど」
霖之助も自分で自分の杯に酒を入れる。
「で、最初に質問に戻りますが」
「君もいろいろしつこいね」
「それが天狗というものですよ」
「なるほどね」
二人は同時に酒を飲み始める。
霖之助はちびちびと。文の方はグイッと一気に。
「で、なぜ僕が季節外れの月見をしているかだったね」
「はい、普通は月見の季節の秋にやるものですよ」
「別に大した意味なんてないよ」
「大した意味はないんですか」
「紫にすぐに引きこもるのはどうかと思うと言われたからだよ」
「なるほど、確かにすぐに引きこもるのはどうかと思いますね」
二人はそのまま飲み続けた。
「そういえば」
「そういえば、なんだい?」
急に何かを思い出したかのように霖之助に問いかける文。
酒の瓶が床に転がるのとほぼ同時の時である。
「最初っから素面ではなかったようですが……もうすでに何本か開けてましたか?」
「ああ、それなら朝に飲んだ酒が抜けきってなかったんだろうね」
「朝からお酒ですか?」
「陽見酒らしいよ」
「太陽を見ながら飲む酒さ。紫が酒を持って来たんだよ」
「なるほど納得しました」
「ちなみに質は落ちるけど酒はまだある。飲むかい?」
「いただきます」
紫から貰った酒はなくなり、新たな酒が追加された。
「ふぅ……」
「おや?もうギブアップですか?」
頭をゆらゆら揺らす霖之助の杯に酒を注ぎながら文は聞いた
「まだまだ……平気さ……」
そう言って、一気に酒を飲み干した。
そして飲み干した体勢のまま、体がゆっくり後ろにひっくり返る
「おやおや、限界ですか」
文は酒瓶を引っ掴み、そのままぐびぐび飲み干した。
その後、霖之助の体をひょいっと持ち上げて、香霖堂に入って行きカウンターに座らせてから、近くに置いてあった布をかけてやった。
「今晩はごちそうさまでした」
そう、霖之助の耳元で囁いてから烏天狗は香霖堂から姿を消した。
そこには酔っぱらって眠る店主の姿だけが残った。
「うう……」
「大丈夫かしら?霖之助さん」
「大丈夫なように見えるかい?」
「あまり見えないわね」
紅白の巫女はお茶を啜りながらそう答えた。
霖之助はというと、二日酔いで机に突っ伏したまま動かない。
「どうしてそんなになるまで飲んだのかしら?霖之助さんらしくない」
「きっと紫が境界を……イタッ……」
ああなるほどと呟きながら霊夢はお茶を飲み続ける。
「で、昨日の話の空見酒の感想はどうかしら?」
霖之助は机に突っ伏したままくぐもった声を上げる。
「たまにはいいと思ったけど……」
「けど?」
「次の日が苦しいよ」
「あらそう」
空を見ながらの酒はいいかもしれないが何事にもほどほどということだ。霊夢はそんなことを思いながらお茶を啜るのであった。
店主である森近霖之助は、ちょうど開店準備の真最中であった。
開店準備と言っても、ただ店の鍵を開けるだけなのでいうほど大したことではない。
しかし、閑古鳥が鳴いているこの店にとっては、鍵をあける行為だけでも十分開店準備といえるのかもしれない。
もっとも客と言っても、鍵を魔法で解除して借りるという名の強奪をする黒白の魔法使いや、鍵の隠し場所を勘で見つけて入ってきてはツケと言いながら持っていく紅白の巫女などばかりであるため、開店準備の意味すらないのかもしれない。いや、彼女たちは客ではない。むしろ泥棒である。
そんな泥棒がよく来る店の鍵を、欠伸を噛み殺しながら開ける霖之助。
カチャリ
なにかが起こることもなく無事に開店準備が完了した。
何も起こらなかったため、早々に入口の扉を後にしてカウンターを目指す。
「あら、鍵を開けて外も見ずにさっさと引きこもるのかしら?」
視線をカウンターから入口の方へ移す。
扉にできた隙間に下半身を埋め込ませた妖怪が、ニッコリ笑って「こんにちわ」と答えてきた。
「はいこんにちわ。で、何か物入りかい?」
霖之助は驚きはしない。なぜなら彼女、隙間妖怪の八雲 紫は客であるからだ。
そのまま客に対して無愛想な接客を始める。
「今日は買い物に来たわけじゃないわ」
紫は隙間から下半身を出し、もう片方の手を隙間の中に差し入れて酒瓶を取り出した。
その酒瓶を霖之助に向け。
「静かなところで陽見酒でもと思いまして」
ね、と最後にくすりと微笑んで見せた。
陽の光もまだ浅く、心地よい風が香霖堂の入口にいる二人を優しくなでる。
今は室内ではなく室外である。
「それなら霊夢のところへ行けばいいじゃないかな?」
無理やり連れ出された霖之助は、ツケを払っていかない紅白の巫女を思い浮かべながらそう呟く。
「あそこは鬼と黒白の魔法使いが来るから騒がしくて駄目なのよ」
私は静かに飲みたいのよ。と言って扇子で口元を覆う。
霖之助は「なるほど」と騒がしい黒白の魔法使いを思い浮かべながら納得する。
「それならどうして一人で飲まないんだい?」
「一人で飲んだら寂しいじゃない。あと摘まみがほしいし」
「君の式に頼めばいいんじゃないかい?あとつまみも用意してくれるだろ?」
「藍は面白いこと言ってくれないからつまらないわ。あと珍しい摘まみが食べたいし」
「矛盾してるね、面白く飲みたいならむしろ霊夢の所へ行けばいいじゃないか。摘まみについては矛盾していないけど」
「矛盾なんてしてないわ、静かで楽しく飲みたいの。ところで珍しい摘まみはどこかしら?」
「贅沢だね」
「贅沢ですわ」
一通り会話が終わってから紫は酒を開けて盃に注ぎ、霖之助は店からお菓子を持ってきた。
ふと、何かに気づいたように霖之助が聞く。
「朝から酒を飲むのはどうかと思うよ」
「それは最初に言うものよ」
「そうかい?」
「そうよ」
一瞬、言いそうになったそーなのかーという言葉を飲み下し、店から持ってきたお菓子『名前は柿ピー用途は酒の摘まみ』を皿に盛った。
ちなみに賞味期限はぎりぎりである。外の誰かが買ってからしまい忘れてそのまま幻想となって流れてきたのだろう。
「そんなことを言うあなたはどうして摘まみを用意するのかしら?」
「どうせ何を言ってもここで飲む気なんだろう?」
「あら、わかっているじゃない。わかっているのにそれを聞く、矛盾してるわね」
「矛盾してるね」
「矛盾してるわ」
会話が終わると同時に、二人はそのまま酒をあおった。
静かな陽見酒が始まる。
「で、どうして陽見酒なんだい?」
霖之助が酒をあおりながら聞く。
「あら、陽見酒が何かおかしいのかしら?」
紫は酒をあおりながら聞き返す。
「普通は月見酒なんじゃないかい?」
今度は柿ピーを啄ばみながら聞く。
「月見酒がおかしくなくて、陽見酒がおかしいなんて変じゃない?」
紫も柿ピーを啄ばみながら聞き返す。
「むぅ、言われてみればあまりおかしいこともないような」
霖之助は飲むのをやめ考える。
月見酒とは幻想的な月の情景を見ながら飲む酒のこと。ならば陽見酒とは何なのだろうか?陽見酒は日が昇っている時に生命の溢れる活発的な情景を楽しみながら飲むものではないか?別におかしいことなどないではないか。
結論に至ってから再び酒をあおる。
「よく考えてみればおかしいことはなかったよ」
「あなたの考えてることは間違っているわよ」
「え?」
紫はニヤニヤと笑いながら酒を飲み下した。
そして扇子で口元を覆う。
「月の光は妖に力を与える。人は妖を恐れ、憧れる。そして妖に力を与える月の光に憧れる」
「だから人は月見をするとでも言いたいのかい?で、陽見についてはどうなんだい?」
「もう!人の言葉を取ってせかさないでほしいわ!」
「すまない。で、陽見については?」
「まったく、陽の光は月の力を浄化する。妖の者たちは力を失い、陽の光に恐怖を抱く」
「だから妖は陽見をするっていうのかい?いろいろとおかしいと思うんだけれど」
やれやれと霖之助は肩を落とす。
紫はそれを見て少し怒ったような表情をする。
「まだ途中よ。陽の光は奪うだけではなく、人に恵みと力を分け与える。人は陽の力に憧れ、陽見を行う」
「用は日向ぼっこのことかい?どっちも人のことじゃないか」
「あら、いつ妖怪の話だと言ったかしら?」
「まぁ、どっちにしろ僕が最初に聞いた話とは関係の無い話だけれどね」
「最初に聞いた話ってなんだったかしら?」
「わかって言っているんだろう?どうして陽見酒なんてするんだって話さ」
「ああ、そうだったわね」
思い出したとでも言うように、ぽんっと握った手を手のひらに打ち付けた。
それを見て霖之助は口を尖らせる。
「理由としたら……」
「理由としたら?」
「たまにはお日様でも見て飲みたかった。ってところかしら?」
「そんなもんかい?」
「そんなもんですわ」
二人の陽見酒は続く。
「そういえば」
「なにかしら?」
少なくなってきた柿ピーを啄ばみながら霖之助は紫に聞く。
「さっき、人は妖に憧れると言ったけれども……」
「言ったかしら?」
紫が態とらしく首を傾げる。
それに構わずそのまま続けた。
「妖怪も何か憧れというものはあるのかい?」
「あなたは何かあるかしら?」
「僕には……無いね」
「それなら私もないわ」
「僕があると言ったら?」
「私もあると答えるわ」
「そういうことか」
「そういうことよ」
陽の光は優しく二人を包み込み、二人は酒を飲み続ける。
「あら、お酒がなくなったようね」
紫は空になった瓶を近くに置いてからおおきな欠伸を一つする。
「人前で欠伸をするのをはしたないとは思わないのかい?」
「あら、ごめんなさい。丁度、寝るのにいい時間になったものですから」
「寝酒は体に毒だと聞くよ」
「心配してくれるのかしら?」
一応ね、と言って霖之助は最後の酒を一気に飲み干した。
酒がなくなった盃を持ち、紫から空の盃を受け取って店内へと入っていった。
扉をくぐるとカウンターの上にさっきまで飲んでいた銘柄の酒が置いてあった。
「心配してくれたお礼よ」
振り向いた先に紫の姿はすでになかった。
「ありがとうと言っておくべきかな?」
そう呟いてその酒を戸棚の奥にしまい込む。
そのまま彼はカウンターに身を埋め、赤い顔のまま本を読み始めるのであった
夕暮れ時の香霖堂、空は茜色へと姿を変える。
一陣の風が香霖堂の入り口を駆けた。
しかし誰もそれを感じることなく、ただ虚空を駆けるだけである。
陽見酒の後、誰も訪れることのなかった香霖堂はそのまま閉店準備を始めるだろう。
閉店準備という名の鍵閉めを……
「ふぅ……」
夜も深くなり空に月が昇る頃、霖之助は読んでいた本を置き壁に掛けてある時計に目をやり、閉店準備を開始する。
カウンターから立ち上がり、鍵を持って立ち上がる。
ふと、朝一番に紫に言われたことを思い出し、たまにはいいかと考えて戸棚に入っている貰った酒を取り出した。
そして酒を持ったまま月の浮かぶ外へと飛び出した。
「いい月だ……こんな時は月見に限る」
空には綺麗な三日月が輝いていた。
きゅぽん
酒の蓋を開ける。
「おや?季節外れの月見酒ですか?」
一陣の風、鴉天狗の流す暴風だ。
「月見酒がおかしいかい?」
「いえ、私はなぜ季節外れの月見をしているのかと聞いたんですが」
「それナらそうと最初に言ってくれ」
「言ってましたよ最初っから」
「そうだったかい?」
「今日はどうかしたんですか?」
「朝一番に隙間妖怪に出会ったよ」
「ああ、なるほど」
ブン屋の射命丸 文は隙間妖怪という単語で納得したようで、首を小さく上下させた。
霖之助は二つの杯を取り出して、片方を文の方へ向けた。
「で、こんな時間に珍しいじゃないか」
「なんとなくですよ。たまたま」
「なるほどね」
文が杯を受け取ったのを確認するとその盃にお酒を注ぐ。
「気前がいいですね」
「何か裏があるとでも思ったかい?」
「はい、天狗は用心深いですから」
「それもそうだね。ちなみに気前がいい理由は気分がいいからだよ」
「なるほど」
霖之助も自分で自分の杯に酒を入れる。
「で、最初に質問に戻りますが」
「君もいろいろしつこいね」
「それが天狗というものですよ」
「なるほどね」
二人は同時に酒を飲み始める。
霖之助はちびちびと。文の方はグイッと一気に。
「で、なぜ僕が季節外れの月見をしているかだったね」
「はい、普通は月見の季節の秋にやるものですよ」
「別に大した意味なんてないよ」
「大した意味はないんですか」
「紫にすぐに引きこもるのはどうかと思うと言われたからだよ」
「なるほど、確かにすぐに引きこもるのはどうかと思いますね」
二人はそのまま飲み続けた。
「そういえば」
「そういえば、なんだい?」
急に何かを思い出したかのように霖之助に問いかける文。
酒の瓶が床に転がるのとほぼ同時の時である。
「最初っから素面ではなかったようですが……もうすでに何本か開けてましたか?」
「ああ、それなら朝に飲んだ酒が抜けきってなかったんだろうね」
「朝からお酒ですか?」
「陽見酒らしいよ」
「太陽を見ながら飲む酒さ。紫が酒を持って来たんだよ」
「なるほど納得しました」
「ちなみに質は落ちるけど酒はまだある。飲むかい?」
「いただきます」
紫から貰った酒はなくなり、新たな酒が追加された。
「ふぅ……」
「おや?もうギブアップですか?」
頭をゆらゆら揺らす霖之助の杯に酒を注ぎながら文は聞いた
「まだまだ……平気さ……」
そう言って、一気に酒を飲み干した。
そして飲み干した体勢のまま、体がゆっくり後ろにひっくり返る
「おやおや、限界ですか」
文は酒瓶を引っ掴み、そのままぐびぐび飲み干した。
その後、霖之助の体をひょいっと持ち上げて、香霖堂に入って行きカウンターに座らせてから、近くに置いてあった布をかけてやった。
「今晩はごちそうさまでした」
そう、霖之助の耳元で囁いてから烏天狗は香霖堂から姿を消した。
そこには酔っぱらって眠る店主の姿だけが残った。
「うう……」
「大丈夫かしら?霖之助さん」
「大丈夫なように見えるかい?」
「あまり見えないわね」
紅白の巫女はお茶を啜りながらそう答えた。
霖之助はというと、二日酔いで机に突っ伏したまま動かない。
「どうしてそんなになるまで飲んだのかしら?霖之助さんらしくない」
「きっと紫が境界を……イタッ……」
ああなるほどと呟きながら霊夢はお茶を飲み続ける。
「で、昨日の話の空見酒の感想はどうかしら?」
霖之助は机に突っ伏したままくぐもった声を上げる。
「たまにはいいと思ったけど……」
「けど?」
「次の日が苦しいよ」
「あらそう」
空を見ながらの酒はいいかもしれないが何事にもほどほどということだ。霊夢はそんなことを思いながらお茶を啜るのであった。
日の高いうちから酒を飲むのは気持ちいい。
今度やってみますwww
ここは紅白の巫女を思い浮かべながらそう呟く でしょう。
>紫が技とらしく首を傾げる。
ダウト。態とらしく、です
そんなことはさておき、内容に関してですが、良い雰囲気の作品であると思います。ただ、雰囲気だけなので、なんというかコメントに困る。