序章 あまり気にしてはいけない
私は揉むのだ。
揉む程度もあるのかよ、などと妄言を吐くような輩には即刻死んでもらう。これよりの失言は全て私の殺人衝動を燃やす
だけのマッチでしかないと知れ。
兎に角揉む。微々たる胸を揉む程度の能力。我ながら悲しい。悲しいが揉む。たったこれだけの苦労で大きくなるならば
それに越した事はない。でも傍から見るとこれってアレそのものよね。いや、よこしまな心があるからそう見えるだけで、
本当は涙無しには語れない愛と悲劇の物語なのだけれど。
「あ、咲夜さんじゃないですか。ご一緒して宜しいですか?」
「ぶっ……め、美鈴。えぇぇ、良いわ」
咄嗟に胸から手を外す。誰もこないと思っていたら油断していた。
この紅魔館第五ブロックの温泉棟は幹部専用の中型浴場。大体限られた人間(やら妖精やらたまに押しかける人間やら)
しかこないけれど、タイムテーブルの関係でたまに美鈴と鉢合わせたりする。まったく、うかうか胸も揉んでられないの
か。勘弁して頂戴よオバケおっぱい。
「はぁぁぁぁ……とけるぅぅぅ……」
疲れているのか、私の隣りに座り込んで鏡面を前にした美鈴が、汲んだお湯を被りながら何か嬌声を上げている。そうい
えば今日は魔理沙+霊夢まで侵入して来た。美鈴は例に漏れずあの鬼畜弾幕と大火力に押され敗退。私も苦杯を飲まされ
た。とはいえ、まぁ入られても中の住人は意外と歓迎してる訳だし、一々止める必要性を感じないのよね。
でも最近はパチュリー様が「対魔理沙用兵器よ」などと様々な発明に力を入れているらしく、実験も兼ねて止める。パチ
ュリー様は魔理沙が来る事を前提にしているし。こないで欲しいとは思ってないのよねあれ。
「とけてしまえ」
「あ、ひどいです……」
「特に胸部。特にその胸部がとけてしまえ。むしろもげてしまえ」
「とけませんしもげませんよ。いいじゃないですか、咲夜さんのだって小ぶりだけど綺麗で」
「はっ、慰めなんていらないわ」
「そんな卑屈にならなくても。大体、大きいからってそんなにメリットありませんよ?」
「言うわね。いいかしら、胸とはつまり性別を判断する上でもっとも重視される部位なの。そしてそれは崇高で温かく、
母性を象徴する神聖なるもの。大きさ形色艶、様々な観点から殿方はその価値を定めるわ。大きいという事はまず真っ先
に判断の対象となるの。小さいという事は判断の対象から除外される事が多々あるわ。哺乳類としての本能で、殿方は胸
に執着する故大きい事を良いとする風潮が少なくない。そんな逆境の中を、私のような『小ぶりで美しい』人間は生きて
行くの。解る? 結局生で見せなきゃ判断すらされないのよ。でも貴女行き成り人に胸を見せる? 見せないでしょ?
だから殿方は胸より格好に目が行き、顔に行き、やっと私を女と判断するの。解る? そこまでやっておいて『お前女だ
よなぁ?』なんていわれる気持ち。貴女に解るのかしらこの女郎」
「おおお、落ち着いて……」
「ぐすっ……美鈴……助けて美鈴……最近で一番ショックだったわ畜生め……あの豆腐屋切り刻んでやる……」
「それで揉んでたんだ……」
「見たの?」
「いえ、見てません。さて、身体あらおーっと」
私からの追求を逃げるように美鈴はあわ立てたスポンジで身体を洗い始める。人類とは言わないが、人の形をした存在を
さらに小分けにするのならば、女性を貧乳種と巨乳種に分けるべきだ。何か根本的に在り方そのものが違う気がする。
嬉しそうに洗うなおい。そうかそうか、持ち上げないとアンダーも洗えないのか。
「さ、咲夜さん? 流石にあんまり凝視されると、女性同士でも恥ずかしいというか」
「アナタ、妖怪の癖に妙に人間臭いわよね。本当に妖怪なの?」
まぁまぁ、胸はよくないけれどよいとして、この妖怪の人間臭さと来たら、先に述べた二人よりも全然人間だ。
人のこといえないけれど。
「はぁ……生憎なのか幸いなのか解りませんけれどヒトガタですし、能力だってご存知の通り氣を操る程度ですし、人間
を死に難くした感じ、ですよね私」
「出生が気になって仕方ないわ。元は人間?」
「あまり昔の事は覚えてないですねぇー」
「そう、喋る気はないのね」
「ふふ。いいじゃないですか別に。咲夜さんだって歳」
美鈴は突きつけられたナイフを目の前にし、停止する。それ以上は禁則事項だ。他人に設ける辺り傲慢であるとは自覚し
てみる。でもダメなものはダメだ。
「さ、咲夜さんストップ。ストップ」
「おーけぇい美鈴。おーけぇい?」
「おーけぇいです、おーけぇい」
「聞き分けがいい子は好きよ」
「やだ、好きだなんて」
「キャッキャウフフは今度にして」
深い溜息を吐き、湯船に浸かる。なんだかんだと謎が多い子だ。子と表するにはちょっと歳があれかもしれないけれど、
まぁまぁなんだかあまり年上といった感じがしないからそれでいい。美鈴は喋りたがらないようだけど、どうみても元は
人間よね。支那服とアオザイ混ぜたような服を着る姿は確かにチャイニーズっぽいけれど、今一国籍不明って感じ。亜細
亜チャンポンよね。日本人にしては腰が高いし、性格的には大陸の下あたりっぽいし、でもホアチョーだし。
まぁチャンポンだとしても人間よねぇ。
「おじゃましまぁーす」
「はいはい」
身体を洗い終えた美鈴も早速湯船に浸かる。
「あ゛あ゛あ゛あ゛~~、染みますぅぅ」
「染みてしまえ、水分吸って太ってしまえ」
「つ、つっかかりますねぇ……」
「いいじゃない」
「はぁ……」
美鈴は妖怪か人間か。
そもそも、この紅美鈴を妖怪と定義付けする事に疑問を感じる。幻想郷の人間種は空は飛ぶし幸運だし、魔法まで使うし。
時止めてみたりしちゃうのがいたりするし。まぁ私の事だけれど。
美鈴はその人間種より、いわば弱い。でも妖怪と名乗っている。姿形が人間で、しかも人間(特殊だけれども)より弱い
……?
「やっぱり妖怪というには疑問を感じるのよ、貴女」
「とは言われましてもねぇー。傷だって結構早く直りますし、お腹はすきますけれど、食べなくても早々簡単には死にま
せんし、普通に氣とか飛ばしちゃいますし」
「妖怪……人間……胸……………………………そ、そっか!」
ザバッと浴槽で立ち上がる。美鈴はびっくりした顔で此方を見ているけれど気にしない。
すごい事に気がついてしまったのよ。
「良く聞きなさい美鈴。幻想郷の所謂強い人間は胸が小さいわ。力が強い人間ほど小さい。打って変って妖怪。これは八
雲紫然り風見幽香然り、胸が大きいほど強いわ……」
「はぁ……」
「貴女は妖怪なのに胸が大きいという。けれど貴女はハッキリ言えば、私や霊夢、魔理沙にも及んでいない!! 貴女は
妖怪で胸が大きいのに弱い!! つまり、貴女は人間だったのよ!!」
「な、なんですってぇぇ!? じゃあお嬢様とか、たまに来る永遠亭のお医者様なんかはどうなんです?」
「お嬢様は種族吸血鬼だから違うわ。あれは人間というには憚られるし。人間と定義付けるには、ちょっとアレすぎる」
「私は人間……人間……」
「そう、貴女はどちらかといえば人間だったの。だから胸が大きいけど弱いのよ」
「って、納得できる訳ないじゃないですか。取敢えず落ち着いて、湯船に浸かってください。そんな大股開きで目の前に
立たれても、その」
「あ、あぁ。そうね。ちょっとはしたなかったわ」
ちょっとお下品だったけれど、そんな伏せ目がちにならなくても。大体女同士で何を恥ずかしがっているんだか。
「それで……ありえませんけど私が人間だった場合、どうなんでしょうか?」
「どうもないわ。それはそれこれはこれ」
「つまり、胸の大きさを肯定する為に作った超理論であると……?」
「くっ……否定出来ないところが痛いわ。やるわね美鈴」
「何もやりませんよ……」
このように答えを出しても、別段と変化はない。美鈴は美鈴。門番は門番。それ以上か以下かは胸の問題だけ。
「はぁ……人間といえば……そろそろ買出しに行かないと……」
詰まらない事に全力になって、ちょっと疲れたわ。でもそんな疲れた中にあっても思いつく事って仕事の事なのよね。
「人里にですか」
「あ、ああそうだ美鈴。貴女、最近人里で見かけられてるわね」
「え、えぇ!? だ、誰がそんな事を」
「その動揺の仕方だと、本当らしいわね」
「……うっ」
「鵜? 鵜飼に転職する準備は済んでるって?」
「はは、あははははははは……」
「……まぁ、いいわ。仕事に支障さえでなければ。貴女みたいな人でも、居ないと結構困るし。妖精は門番にするには弱
すぎるし、貴女以上に頼りないし。お願いね?」
「す、すみません……」
「……はぁぁぁぁ……お腹すきましたねぇ……咲夜さん、このまえ食べたチキンサンド、あれまた食べたいです」
「あらそう……今度にして頂戴……あれ作るの、労力いるのよ……はぁ……ちかれた……」
熱めのお湯が実に疲れに効く。使用人たちの一日はこうして更けて行くのである。
1 毛沢東のいぬっぽさは異常(毛が)
「紅魔館ラブリー☆お掃除隊第一ブロック室内清掃分隊槐班は室外窓拭き分隊桔梗班と合流の後、双方共に第四ブロック
徹底お掃除小隊と合流、指揮下に入られたし」
『了解』
「あー、第二ブロック徹底お掃除小隊ー」
『はい、此方小隊長のマリエルです』
「第一ブロックの大図書館近辺が荒らされてるわ、迎撃して」
『此方第一ブロック徹底お掃除小隊! 霧雨魔理沙、きますっ!!』
「落ち着いて頂戴。今援軍が行くわ。確か永遠亭から購入したパワードスーツがあるでしょう、使用許可するわ。対魔法
使い用対空高射砲、トラップ設置も早急にね。今日こそ一泡吹かす」
『此方第五ブロックお風呂でキャッキャウフフ小隊、シャロル小隊長が頭部を強かに打ちました、衛生兵を』
「シャロルはしょうがないわねぇ……まぁ妖精だし大丈夫でしょう」
『し、しかし……『あたいったら最強』なんて言い出したので……』
「危険ね、重度の⑨性妖精病だわ。今すぐ向かわせる。あーあー痛いの痛いの飛んでいけ天使の輪っか分隊ー、今の通り
よ。カエルと凍らした花びらを持っていってね」
『了解でありまーす』
パチュリー様特製科学抜きの魔法無線機で指示を飛ばす。形は色々怪しい(キノコの形)が高性能だ。
今日も紅魔館は慌しさに包まれていた。いつもどーり、なにごともなーくただ日々をやり過ごしたいのはやまやまだけれ
ど、何か演出をしないと妖精は直ぐ飽きてしまう。掃除一つとっても、面白可笑しくやらないと不満ばかり言い始めるの
だ。実に面倒だけれど、これも仕方が無い。
今日は皆のお気に入りの紅魔館お掃除大戦ごっこで掃除をしている。こう言うときに限ってはなかなかに働いてくれるの
でありがたくは在るけれど、何度も連続でやるとこれも飽きるので程々にしている。
『メイド大司令官殿! 此方第ニブロックお掃除小隊マリエル!! 第一ブロックお掃除小隊全滅です!』
「私が出るわ」
やっぱり歯が立たないらしい。というか美鈴はもうとっくにやられてるのよね。風雲紅魔館死守小隊は先ほど壊滅したば
かりだし。一機も減らせなかったのかしら。というかボムすら減ってないかも。
ほんと、どこが妖怪なのかしら全く。
私はブツブツとそんな事をボヤキながら司令室(自室)を出ると、時間を止めて魔理沙の元へ向かう。
第一ブロック……紅魔館を入って右に進むとある一区画の事だ。その先にはパチュリー様が控える大図書館がある。パチ
ュリー様自体魔理沙を好ましく思っていない訳ではないが、此方は此方のメンツがある。
客として来るならば丁寧に扱おうが、外敵と来るならば仕方が無い。
侵入者としての姿勢を頑なに崩さない霧雨魔理沙には感服する。トレジャーハンターとは良く言ったモノだ。
メンツもそうだけれど、トレジャーハンターならば障害は付き物。障害は障害であるべきである。
「はい、いらっしゃい魔理沙」
「うわっ! いきなり目の前に現れるな! びっくりしたぜ」
魔理沙が箒に乗ったままオーバーリアクションで驚く。そんなに意外だっただろうか。
あ、ああそうか。
「今は朝だぜ? 何時も夜に出るじゃないかお前」
「出るって、幽霊か何か見たいにいわないでよ。今日はお掃除徹底の日。私が指揮を執らないとメイド達は遊んでばかり
で進まないのよ」
「曜日ごとでずらしてあるのか、そいつぁ良い事知ったぜ。だから月曜は夜に来る」
「良い事聞いたわ。じゃあ月曜は無理やり起きてでも貴女の前に現れる」
「面倒だぜ」
「面倒ねぇ」
口先の小競り合いを早々に切り上げ、早速戦闘開始。
「マァアアアアアアアアスタアアアアスプゥァァアアアアアアアクゥゥゥゥッッ!!!!!」
って、開始直後速攻でマスタースパークですか。
「あぶなっうるさっ……焦げるでしょうが」
「あ、外した。室内で使えば命中率もあがりそうなものなんだけど」
「室内で使うって発想がどうかしてるの。狭いから当たる? 冗談じゃない。掃除なんて幾らでもするけどわざわざそん
な凶悪威力の技食らうわけないじゃない。どこまで吹っ飛ぶか解ったものじゃないわ」
「切ないぜ」
「五月蝿いわ」
私の投げるナイフをひょいひょい交しながら星弾を容赦なく飛ばしてくる。隙間が少なくて避けずらいけれども、慣れて
しまえばどうって事もない。
「おっ、交わすなぁメイドー」
「ほんと人間離れしてるわよね貴女」
「絶対お前には言われたくないぜ」
「それもそうね……ホウライヤマノボレ」
「あ?」
「何でもないわ。いくわよっ」
「おうっ」
わざとナイフをずらした方向に投げて魔理沙を誘導する。魔理沙は知ってか知らずか、私の思った通りの方向へ移動して
くれた。ふふ、霧雨魔理沙敗れたり。紅魔館内は治外法権。通常の弾幕ごっこだと思って舐めていたのが貴女の敗因だわ。
「おっと……ありゃ!?」
「はっ、かかったわねっ」
魔理沙は気配に気がついたのか、真上を見上げて驚く。しかし時既に遅し、対魔法使い用とりもち付き捕獲ネットは、決
して彼女を逃さない。
「さ、さくやぁぁぁ! ひっきょうだぞおおぉぉぉぉぉ……」
『トラ!トラ!トラ! 我奇襲ニ成功セリ』
「グッドジョブ」
魔理沙が悔しそうな鳴き声をあげて落下して行く。
私が上部で控えていた妖精達にジェスチャーを送ると向うも親指を立てて喜び合っていた。まったく、妖精にイタズラを
任せたら、これほどまでの適材適所はそうそうない。
私はルーザー(負け犬)の顔をうかがう為、床に降り立つ。
「反霧雨魔理沙的レミリアスカーレット主義者同盟紅魔館秩序維持軍†イタズラ☆妖精部隊†の威力、思い知ったかしら」
「革命起こしそうな名前だぜ。うあ、くそ、とりもちなんぞつけて……とれないいぃ」
「あら、騒がしいと思ったら、魔理沙が大変な事に。網に絡まる魔理沙もなかなか趣があるわ」
「あぁ、パチュリー様。お騒がせしましたわ」
丁度落下したのは大図書館前。パチュリー様はいつも通りの怠惰そうな顔で色々と絡まっている魔理沙を見下ろしている。
滑稽で面白い。というかパチュリー様すんげぇ嬉しそうね。顔は変わらないのにこう、気配が色々。
「魔理沙、正面から来るならお客としてくれば良いのに」
「それじゃあ霧雨魔理沙の名が泣くぜ」
「泣かないでしょう普通。というかやっぱり無理やり侵入するのがポリシーなのね」
「咲夜、魔理沙を」
「少々お待ちを」
時間を止めて魔理沙を捕らえた網をサクサクやっつける。何この強力なとりもち。配合間違えたわねあの妖精。えーと、
これはこっちからはずしてー、こっちを切ってー、あ、魔理沙の服の変なところ切っちゃったわ。まぁいいか。
取れた魔理沙を立たせて、整えて、切った部分隠して、はい出来上がり。
「あら、魔理沙が何時の間にか普通に」
「おお! メイドは便利だな」
「はいはい。さ、歩いてお帰り」
「いいのよ咲夜、ほら魔理沙、もって行かないなら図書館に入ってもいいわ」
「やだぜ」
「もってかないでー」
いいコンビだ。つくづく思う。
私はお尻丸出しになった魔理沙を見送り、さっさと次の仕事にかかる。魔理沙の壊した調度品やらの掃除だ。
つくづく思う。迷惑だ。
「被害総額が幻想郷全体の一年の収支を越えたわ」
「はい……」
「これで何度目?」
「咲夜さんは今まで食べたコッペパンの数を覚えているんですかっ」
「キレんな。キレるぞ」
「す、すみません……」
「すまないわよ。今日は晩飯抜き」
「えぇぇぇぇッ! 咲夜さんの鬼畜! 鬼畜咲夜! パット長!」
美鈴は顔を膨らせて怒る。何よ、可愛子ぶっても許さないわよ?
「反抗的ねぇ。体罰もいる?」
「うぅぅぅ……ぐすん」
「泣いたってだぁめよ。解雇しないだけ有り難く思いなさいな。鵜飼にはなりたくないでしょう?」
「はひ……ぐす」
別に鵜飼を馬鹿にしている訳じゃないけれど。技術職だし、門番から漁師は厳しいわよね色々と。
取敢えず大げさな被害を報告して脅してみる。うーん、人間っぽい。妖怪なのに、なんでこう人間っぽいのかしら。やっ
ぱり私の超おっぱい理論は間違ってないんじゃないかと思ってしまう。
さて、責めてばかりでも上司(なんだろうか)としてはダメだし、一応労う。
「まぁ……頑張りなさい。お嬢様も私も、貴女がいらないならとっくに解雇してるわ」
「はい……」
「大体、貴女から門番の肩書き取ったらおっぱいしか残らないわ。ね?」
「ねって……は、はぁ……」
「だから頑張って頂戴。貴女は孤高にして高貴なる超絶ハイパーミラクル美少女レミリアスカーレット様と発狂した恋心
がちょっとお茶目でキュートなフランドールスカーレット様が住まう紅魔館の門番、紅美鈴よ」
「は、はい、頑張りますっ」
美鈴はそう頷いてから何度も何度も頭を下げる。おお、なんという事でしょう。
この「ああ今日も首の皮一枚で繋がった、よかったよかった」と嘆く姿。まさに人間。なんだかあんまりすぎてこっちま
で悲しくなってきたわ。私が悪いのだけれど。
「じゃあ私は仕事に戻るから……って、あら?」
美鈴から視線を外して紅魔館に向けると、正面玄関から一つの影が。日傘を差した吸血鬼、我等がご主人様のレミリアス
カーレット氏その人だ。あー、寝起きに私が居なかったのは不味かったかしら……。
「おはよう御座いますお嬢様。して、こんな陽射しの強い日にどちらへ?」
「おはよう咲夜。今日は博麗神社へ行くから、この後貴女はフリーで構わないわ」
「嗚呼、御起床に時間を合わせられず申し訳ありませんわ」
「いいのよ、勝手に起きたのだもの。えーっと、紅いの?」
「あ、はい。紅美鈴、ホンメイリンで御座います」
「メイリン、貴女うちの門番よね?」
「え、えぇそうで御座いますけれど……」
「貴女にも休暇を与えるわ。どうせ私が居なくなれば守るものもないし、適当で構わないわ。侵入者がいたら早速妹の
部屋にでもぶちこんであげて」
「え? 私もですか?」
「えぇ。咲夜、時間割書き換えて頂戴」
「はい、今終わりましたわ」
「結構。では行ってくるわね」
「行ってらっしゃいませお嬢様」
「いってらっしゃいませ」
お嬢様はお気に入りの服をふりふり、そりゃあもう余計にふりふりさせながら空へと飛び立った。
さて、突如暇になってしまった。門番は適当な妖精に任せて、私が残している仕事も妖精だけで片付くものだ。
「さて……突然時間が出来ちゃったし、私の部屋でお茶でもどう? 今後の貴女の待遇やら方針やらを……」
「あ、その、いえ。私は休養を取らせていただきます。はい」
あらやだ、美鈴に断られたわ。幾ら相手が美鈴でもちょっと傷つくわね……。
「な、何よつれないわね。それにしても妖怪に休養って要るのかしら……人間の私は色々不都合あるけれど」
「そんな事ありませんよ、他の妖怪は知りませんけれど、私だって疲れます」
それは昨日のお風呂を思い出しても一目瞭然。そう、こいつは妖怪だけど疲れるという。
「最近なんだか肩こりが酷くて」
「なればその乳もいでくれる……はもう良いわね。そう、じゃ私も寝て時間調節でもしようかしら」
「ごめんなさい……お休みなさい咲夜さん」
私は門を後にして、自室に戻る。
お風呂にも入ろうと思ったけれど、それは起きた後にしよう。寝汗をかいたまま前には出れないし。それにしてもちょっ
ぴりショックだわ。私ったらそんな露骨に嫌われるほど……。
「メイド長……これを」
部下(?)に嫌われるという微妙な状態に頭を悩ませていると、ノックと共に妖精メイドの声。ドアの隙間から一枚の用
紙が差し込まれた。
「ああ、報告書か……」
ちょっとばかり重たい気持ちを引き摺るも、完璧メイドっぽく瀟洒に紅茶を啜りながら、ある一枚のレポートに目を通す。
メイド長直轄の館内務調査機関「紅魔館メイド諜☆報☆隊」からの、報告資料である。一々名前に☆やら十字を入れるな
と何度いったら解るのか。どうせダメといっても入れるだろうし、その内よくわからない記号やらを間に入れそうなので、
もう注意はしない。決めた。
美鈴は自身を語らない為ブラックボックスが多数。悪い人間、というか良すぎる妖怪故に何も身辺調査せずとも良いのだ
けれど……まぁ、興味本位だ。
妖怪と言うよりはあまりに人間すぎる。そんな不思議な同僚(?)をちょっと調べるくらい良いでしょう。
(紅美鈴……年齢不詳、出生国不詳。拳法を駆使出来、氣を操りる。氣は攻撃、防御からヘルニア、四十肩、リュウマチ
等にも効果有り。生きる温泉か。部下には優しく、人徳もある。えーと、一部の噂では日本年号で明治時代、清歴で同冶
辺り(グレゴリオ暦1868年~、皇紀2528年~)に気功を極めた故に死に難い体となり、各地を転々。紅魔館に辿
り付いたとか。成る程、ありえる話ね。するとやはり元は人間……。魔法使いと分類すべきなのかしら。鍛錬と知識で成
った人外は須らく魔法使いよね。すると……あの見た目は十代後半。ああ、所謂天才だったのかしら……それとも気功や
らで若作りしてるとか)
この報告書をどこまで信じて良いものかは疑わしいが、実に真実味がある。
と、は、い、え。
根本的な部分を忘れている。幾ら人間っぽいと言ってもあれは人食いである。
確か種族魔法使いになったアリスマーガトロイドは人を食べないと聞いた。食人衝動がないだけかも知れないが、美鈴の
場合……食べる。
もう嬉しそうに食べる。すんごく食べる。私があれやそれで加工しているのは言わずもがなだけれど、ほんと何の肉か言
わずとも解っているかのように、食べる食べる。おかわりまでする。
そうなると、元人間、といえどもやはり妖怪扱いなのだろう。
美鈴人間説は半分当たりの半分はずれ、が暫定的な答えね。
「あーあー、おはなちゃんたち、どうぞ」
『ガビー、ガー……こちらお花ちゃんクラブ長メイオール。良好です』
「クーニャンの様子はどうかしら」
『はい。現在鏡の前で色々やっていますどうぞ』
「詳しく、どうぞ」
『えー、今音声も拾います』
【摘み食いしすぎちゃったかな……ちょっとウェストが……もう後二センチ……はぁ……食事減らそうかなぁ……いいな
ぁ咲夜さん……胸はあれだけれど、もう少しウェスト細く……】
「独り言が多いわね、どうぞ」
『はい、ウェスト部分をキュッとしながら胸をぐっとしてポージングしていますどうぞ』
「人間臭っ! まぁ恐らく半分人間なのだろうけれど……ホント妖怪らしからぬね……まぁいいわ、続けていて。私はこ
れから休憩を取るから、経過は報告書に纏めるように」
『御意にーっと、あー、名誉クラブ長、どうぞ』
「ん、あ? 何かしら」
『クーニャン、外出の準備を始めましたどうぞ』
「む……あの子が外出? どうやら動き出したみたいね、最近怪しいと思ってたら」
『いかがしましょう、どうぞ』
「うーん……人里ねぇ」
あの紅美鈴が人里へ一体どんな用事があるのか? 休みが殆どない紅魔館をちょくちょく抜け出していたのは知っている。
……こう言うのもなんだかあれだけれど、美鈴は一応真面目だ。ただ侵入阻止出来ないだけであって、庭の花壇の手入れ
も門周辺の掃除も大概徹底してやっているし。
ああ、そっか? 仕事を早く終わらせて暇を作ってでも、逢いたい人間がいる、とか?
ぷぷ、何よ美鈴、ずいぶん面白い事してるじゃあなぁい?
「お花ちゃんたち、引き上げて。ここから先は私がやるわ」
『はーい』
2 みすずちゃん
基本的に、メイド服は外せない。どんな事があろうとも、お風呂と就寝時以外はこの服装だ。数十着同じものがある。ど
こかの人造人間のようだけれど気にしない。給仕出来れば万事OKだ。故に人里に来てもメイド服。でも瀟洒なのであま
り違和感がない。恐るべし幻想郷、メイド服すら瀟洒にてしまう程の空気。
今は丁度お昼頃。朝方暴れてしこたま疲れたメイド達は昼食を取りながら一花咲かせているのだろうけれど、私はそうは
問屋も卸してくれない。当然個人的な判断でこうしているので誰にも文句はないけれど。
人里は、そこそこ賑わっていた。ここ数十年前までお昼を食べる習慣が無かったようだけれど、最近はシエスタを取るの
がナウげっほげっほ。もとい粋らしい。
ターゲットたる華人小娘紅美鈴といえば……現在、人里の人達が着用するような普段着を着ている。すれ違う人に挨拶を
しながら、なんともまぁこなれたものだ。
私の憶測でいけば……恐らく男だ。ふふ、妖怪も恋するのかしら。美味しそうなネタよね。こういう時に時間を止めれる
って素晴らしいなと改めて思ってしまう。超便利ね。
「ん?」
と、そんな事考えている最中、どうやら美鈴に近づく男を発見。私は時間を止めて近づき、声が聞こえる程度まで寄って
隠れると、時間を動かす。
「美鈴さん、こんにちは」
「あぁ、どうもぉ。お変わりありませんか?」
(あの豆腐屋の主人じゃない。やだ、おじさん好みなのかしら? あ、美鈴が年上でしょうけど。というかこの前の恨み
ここで晴らしてやろうか……)
「えぇ。また宜しくと女中の人に。ああ、新しい納豆が出来たんでそれも」
「はいはい。お嬢様納豆食べるんですもんね……咲夜さんに伝えておきます」
「ではまた、ご贔屓に」
「はい、それではまた」
なぁんだ、売り込みか。ま、そうよね、うちはお得意様だもの。門番が豆腐屋と知り合いなのは当たり前だものね。
それにしても偉く馴染んでるわよね。目を離した先が人ごみだったら、見失いそうだわ。
「えーっとたしかぁ……」
美鈴は民家が並ぶ場所から、ちょっとばかり離れた場所まで辿り付くと、長屋風の建物辺りで立ち往生。お目当ての家を
探しているのかしら。長屋は皆似た作りだし、何度来ても結構解らなくなっちゃうわよね。
……おっと、あれは?
「あ、紅魔館の門番」
「あれ、ああ、稗田の……」
「阿求です。美鈴」
「そうでしたそうでした、こんにちは」
「はい、こんにちは。今日もですか」
……。紅魔館の門番がっ紅魔館の門番がまったく恐れられていないっ! 今更だけれど。なんて「あらまた会いましたね」
的な接し方なのかしら。人里代表からこの扱いなら、きっと人里全体的にもこんな感じなのよね。
妖怪の威厳はどこへ。
「あ、はい……あ、それより阿求さん、最近やっと幻想郷縁起読みましたよ。ひどいじゃないですかあの扱い」
「はぁ? 私は真実を、一応多少誇張して書いたつもりですが」
「誇張してあれ……私って、本当に恐れられてませんよね」
「うーん。八雲紫ならばまだしも、貴女は人間臭すぎるというか……いえ、強いのは知っているんですよ」
十歳程度の少女に小馬鹿にされる妖怪、なんて哀れ。
「ひ、ひどいです……」
「いやいや、いいじゃないですか。これからの時代、人と妖怪が共生出来るなれば嬉しい事でしょうし、その、ある程度
提供はされているでしょう? こちらも妖怪のルールには従いますし、妖怪も人間のルールに強い干渉さえしなければ、
今後も安泰です」
「提供? はい?」
「えっ? いやですから、人」
「あ、あーあー。お嬢様がー」
「……? あれ? 美鈴は……妖怪ですよね?」
「はぁ……最近は咲夜さんにも疑問視されていますけれど、一応は」
「人は……た、食べませんか?」
「え、とんでもない。私はコッペパンがあればそれで……」
「ますます人ですね……」
………………………………。
美鈴選手、気がついてなかったーっ! 私が色々あれそれ加工してるものに気がついてなかった! アンタが一ヶ月前に
食べたチキンサンド、あれチキンじゃなくて人よ!? 三つも食べたじゃない!! 良い食べっぷりだったからしっかり
覚えてるわよっ。
大した頻度では出さないけれど(こっちも毎度屠殺はしたくないわ)、それでも貴女は食べてるわよ。何? 知りもしな
いで美味しそうに食べてた?
し、真性ねこの子……。
あっれぇ? だけどたしか巫女を食べようとしたような気もしたけれど……。
「で、でも。博麗の巫女は貴女が食べようとしたとかしないとか」
「あはは、大分前の話ですねそれ。えぇまぁ、単なる脅しですよー」
脅しだったんだ。
「ま、まぁいいです」
「あ、そうですそうです。源五郎さんのお宅、この長屋でしたよね、似てる場所が多くて。何処でしたっけ?」
「ああ、呉服屋の隠居の源五郎ですね。それなら右手の並びの、北から三件目です。覚え難いんですよね。私は一度見た
ら忘れませんけれど」
「便利ですねその能力……ではでは、どうもありがとう御座いました」
「いえ、失礼しますね」
それは……良しとしよう。しなきゃ前に進めない気がしてきたわ。
呉服屋の隠居? 隠居? うそ、ご老体が好みなの? 美鈴ったらまたマニアックねぇ……。
私はその家に先回りして、障子の隙間から部屋の中を覗いてみる。相当滑稽な覗きだろうけれど、時間は止まっているの
で目撃される心配はない。
中には……老夫婦? 源五郎氏と思しき七十過ぎになろうかというお爺さんと、同じくらいのお婆さんが居る。部屋の中
はこじんまりとしていて、呉服屋の隠居というには些か貧相だ。
なんだ、男じゃないのか。ちょっと残念だけれど、何でここに用事があるかは、気になるわね。
物陰に隠れて、またまた時間を動かし始める。美鈴は間も無く源五郎氏の家の前まで現れた。
「こんにちはー、いらっしゃいますかー?」
「へぇ、どちら様で?」
源五郎氏の奥方が戸を開く。美鈴は慣れた風にして佇んでいて、初めてでない事はすぐにわかった。
「あれ、みすずちゃんでねの。爺さま、みすずちゃんだど~」
「め、めいりんです……いいですけれど」
「あぁ、みすずちゃん、へぇれへぇれ(入って入って)」
お婆さんに迎え入れられ、室内へと消えて行く。あまり覗きも宜しくないけれど、ここまで来て引き下がるのも癪だし。
失礼ながら薄い壁にナイフでちょちょいと穴を空けて中の様子を伺う。
「よぉ来たよぉ来た。今日はずいぶんはえっちゃなや(はやいですね)」
「あはは、えぇ。今日は一日お休みを頂いたんです。珍しい事ですけれど」
「ほが。んならゆっくりしてげ」
「お邪魔でなければ、はい」
「じゃーまなわげねっちゃ。倅は仕事仕事、孫も顔ださね。源五郎はとじぇこだっちゃなや(寂しがりやですね)」
「からせずねっ(うるさいです)」
「やんだやんだ。(いやだいやだ)ほれみすずちゃん、お茶」
「あ、頂きますー」
「みすずちゃんはめんこいなやぁ。(かわいいですね)孫ももうこんくれ(このくらいの歳)だべなぁ」
……。ほほぉ。
通い妻でもしてるのかと思いきや、そう。成るほど。通い娘なのね。何時から人里にそんな関係作ったのかしら。適度に
サボっているのは知っていたけれど、なかなか抜け目ないのね、美鈴。
それにしても……本当に妖怪としての威厳がないわねぇ。ホントに、ホントにないわね。
「そういえば、お孫さんがいらっしゃるんですよね」
「んだ。もー何年も顔ださね」
「此方からお会いするのは?」
「息子夫婦とながわっりっちゃね(仲が良くないんです)。孫さ『じっちゃばっちゃにゃ顔みせんな』だど。あのいんぴ
んたがりの馬鹿嫁ぇ(あの屁理屈ばかりいう馬鹿嫁は)」
「位牌持ち(長男、うちの息子)が尻さ敷かれてるっちゃ、気ばっか強いふりして」
「あははは……」
「婆ちゃん、浅漬けあったべ、出してけらい(だしてください)」
「けーさ食ったべぇ? 爺さまボケ回ってきたんだべか、ねーみすずちゃん」
「んだら(それなら)すべた漬け(野菜の葉っぱの部分を漬けたもの)あったべ?」
「はいはい。ほれみすずちゃん、けぇけぇ(食べて食べて)」
「ん、塩加減ばっちりですね」
「ほが、えがった(そうですか、よかったです)」
なんだかきっつい方言が入った会話が飛びかう。美鈴は半分も理解しているのかどうか解らないけれど、この空気には馴
染んでいるみたいね。なんだか本当に久しぶりに孫が顔を出したような喜び方ね、この夫妻。息子夫婦は……たぶんあの
大きな呉服屋なのに……両親をこんな扱いなのかしら。人間って恐いわ。
「今お孫さんは、何してらっしゃるんでしょう?」
「人里から少しはじれたとこさあるお屋敷さ行っで奉公してっちゃ……んだっけか、婆ちゃん」
「んだ(そうです)」
「へぇ。それはまた何故です?」
「花嫁修業だど。あの馬鹿嫁。嫁の実家なんだ」
「寂しく、ありません?」
「……そりゃとじぇっけども(それは寂しいですけれど)」
……これ以上見ていてもしかたない、か。
それにしても……と一人考察する。
一体どんな経緯があったのかしらね。人里で人間と仲良くするなんて。
人間を食べる立場の妖怪が、人間と親しく接するって不思議でならないわよね。私も人間だけれど、少なくとも彼女より
強いってのはあるけれど。
彼女なりの捕食の倫理観とか、あるのかしら。当然、人里で捕食などしたら直ぐにでも霊夢やら魔理沙が飛んでくるから、
そんな真似しないでしょうけれど。人里は統治機構は微弱とはいえ、妖怪に対する防衛機能はあるのだし。
その手の専門家とか、霊夢魔理沙とか、上白沢慧音とか。
食人衝動ね……。
幻想郷縁起をあてにしてみれば、基本的に妖怪は人を食わずとも生きていける。ただ、妖怪からすると一番好ましいのが
「人間」という話なんだと思う。嗜好品の類か。
うちのお嬢様は種族吸血鬼故に、吸血衝動が強いからある程度妖怪より人を食したくなる思いが強い。けれどそれは契約
により解消されて、お嬢様は血を、美鈴はその肉を食す事となる。
……。
吸血鬼は血を与えなきゃ暴れるだろう……けれど、妖怪はどうだろう? 嗜好品なら別に抜いても生きて行けるのだし。
幻想郷をうろついている妖怪、例えばルーミアやミスティアは、馬鹿だけれど一応人里は襲っておらず、人里から離れて
迷った人間、幻想郷に入り込んでしまった人間を捕食している。
ただこれもたまに食せるだけで、人間の肉だけで生きている訳ではない。美鈴の場合は定期的に、無自覚に食べている。
本人が好きか嫌いかは、食べっぷりを見れば解るとおりだ。やはり好きなのだ。
ちょっと気になるわね。
もし、人間を食事から抜いたら、欲しがるかしら?
美鈴は自我がしっかりしているようだし、抜いても大した問題にはならそうだし……。それになんか不憫だし。
食人衝動を催す美鈴って、少しは妖怪っぽくなるんじゃないかしら? でも本当に問題起したらやぁね。
―――ちょっと調べてみようかしら。
ほら魔理沙……ここがこんなに……。
ぱ、パチュリー……お、お前がいけないんだぜ……。
びしょびしょ……こんな所誰かに見られたら……。
ああ、パチュリー……もう……どうしてくれるんだよ……。
「しつれいしまーす。メイドの宅急便でーす」
「咲夜、タオルある? あんなものやこんなものを混合した溶液を、魔理沙の微妙な部分にこぼしちゃって」
「そのつもりで来ましたわ。はいどうぞ」
「咲夜、お前私の服間違って切っただろ? お陰でパチュリーが『ちょっとお尻を出しなさい、この新開発した衣類修復
薬の実験を云々』なんていって、危なくアレになる所だったぜ」
「存じ上げませんわ」
「ちょっと魔理沙、アレって何よ」
「えっ……」
「えっ……」
「……パチュリー様、そろそろお夕食ですけれど、いつも通りお持ちしますか」
「あ、魔理沙の分もお願いね」
「おー、ここの飯は豪勢だから楽しみだぜー」
「悪いわね」
「いえ、直ぐお持ちしますから」
私の場合、休暇といっても半日が限界だ。というか染み付いた就労への衝動が、仕事へと斯き立てる。あんまり暇をする
と狂ってしまいそうだ。今日はレミリアお嬢様も大分遅くになりそうだし、この館で面倒を見るのはパチュリー様と妹様
くらいなもの。妹様は手がかからないし、パチュリー様も最近は大問題を起す事なく大人しい。
問題はこの霧雨魔理沙だ。
早々に退散していただくと非常に被害が小さくなって嬉しいのだけれど……。
「魔理沙、貴女ここで油売ってていいのかしら?」
「何でだ?」
「今日はお嬢様、博麗神社にいるのよ」
「……何? いいんじゃないか?」
「あらそう、ならいいけれど」
ふ、今はパチュリー様(の魔道書)にご執心なのね。そう簡単には帰ってくれないか。まぁ、いいわ。
「はい、お食事お持ちいたしましたわ」
「はやっ! メイドは便利だな」
「午前も聞いたわ」
「ありがとう咲夜」
「いえ、それでは失礼……あ、そうでした。パチュリー様」
そうそう、休憩を早めに切り上げたのには、もうひとつ理由があるのよね。
「何?」
「ちょっとばかり調べ物、良いでしょうか」
「えぇ、何について?」
「妖怪の食人衝動について、なんですけれど」
「えーと、それならば図書館内一階層奥、D列の18段目の、中央あたりにその種類の本が並んでいるわ。解らなかった
ら、適当な小悪魔を捕まえて聞いて頂戴」
「有難う御座います。それではごゆっくり」
「いただくぜー」
「ま、魔理沙。行き成りそんなもやしサラダばっかり……ぽっ」
大人しくしている分ならば、別にいいわ。
それより、妖怪についてもう少し知識がほしい。美鈴の妖怪としての威厳復古(元はあったんだろうか)の為にも、なん
だかおせっかいながらに協力してあげねばと思ってしまう。人里で人と戯れるのは構わないけれど、あまりにも妖怪じゃ
なさすぎる。
胸の大きさに比例した威厳をね、備え付けさせてあげたい訳よ。そうしないと私の理論が成り立たないし。
趣味の一環よ。所謂幻想郷住人がよくやる気まぐれ。
「あーっと……ほんと膨大な量よねぇ……良く管理出来るわ」
右見ても左見ても本本本。全部本。空間広げちゃったのは私だけれど。これだけあればネクロノミコン原本やらルルイエ
異本やらもありそうよね。なにかの手違いで擬人化してまた幻想郷に歳相応じゃない少女が増えたり、巨大ロボが出たり、
伝説の大陸が浮上したりするんでしょうね、きっと。
「なにをお探しです?」
と、そこへ現れたのは大図書館の司書。呼称は人それぞれだけれど、私はこぁと呼んでいる。そもそも、この子一人って
事はきっと無いんでしょうね。同じような子が沢山いたり……。総じて、こぁね。
「この辺りにあるらしいのだけれど、妖怪の食人衝動に関する本」
「けんさくちゅー、けんさくちゅー」
あやしい。
「キーワード該当件数六千五百。そこから専門書を絞り込みますと……百件該当」
「じゃあ、キーワード追加で、人妖、気功」
「該当二件です。ご案内しますね」
こぁに案内されて辿り付いた場所は、なんとも薄暗い。理由を聞けば、あまりここは立ち入らないのだそうだ。更に聞け
ば、パチュリー様もさしたる用事が無くてこぁも整理にはこないという。ちょっと埃被ってるわね。
「これ掃除したほうがいいわ」
「ですねー。えーと、これと、これです。ハイどうぞ」
「ありがと……ん。これ何?」
渡された本の一冊。なんだか紫色の瘴気を撒き散らしている。
「あ、ばれました?」
「すんごい妖気放ってるわ。これ違うでしょう」
「うーん、やっぱり咲夜様クラスになると引っかかりませんよね、残念」
ちょっとちょっと、金枝篇って書いてあるわよ。勘弁して頂戴よ。
「はいはい。戻して」
「えーっと、はいこれです」
「そうそうこれこれ尸条書……って、中国版ネクロノミコンじゃないッ」
「やん♪」
そんなこぁのいたずらを乗り越え、やっと二冊手に入れる。神仙法延命略書日本語、人妖異典日本語。一応読めるらしい
ので安心した。大概の本がまったくもって読解不能のあやしげな本ばかりであるのに、これは珍しい。
「ねぇこぁ。貴女、食人衝動ってあるのかしら?」
本をぺらぺらと捲りながら、隣りで控えているこぁに話し掛ける。
「ありません。直接食したりはしないんです」
「そうよね、貴女に人肉与えたことないものね」
「ただ、ふふ……」
「な、なにその淫靡な目線は」
「性的に食べたりはします」
「……残念、私はノーマルよ」
「私ノンケだって構わず食べちゃうオンナですよ」
「どこまで本気なのやら……」
「冗談ですよ、突っ込んでください」
「突っ込まないわ……えーと、それで、完全にない訳ね?」
「はい。衝動自体はありません。エナジー等はパチュリー様が提供してくださっていますし、何せ使い魔なので」
「主人が提供するのは当然、か。成るほど、召還された小悪魔ならそうよね」
「ただ……」
「ただ?」
「美味しくない、とは思いませんよ、人間」
そうよね、人外ですものね。まして完全に人外。人間の味を知らない訳はないか。パチュリー様は魔女歴が長い見たいだ
けれど、食人衝動を催す事はないらしい。精霊に近い存在とはそういうものか。でも味くらいなら知ってそうね。
つくづく、私ったら危ないのに囲まれて暮らしてるわねぇ。
「これは後で戻しておくから、貴女はもういいわよ」
「えー、折角パチュリー様は魔理沙さんと一緒で、ここには私と咲夜様しかいないのにですか? 真っ直ぐでも曲がって
いても、私ったら背徳の化身たる悪魔ですし」
「餓えてるわねぇ」
「ここに缶詰だとどうしても」
参ったわねこりゃ。仕方ない。脅してみましょうか。
「貴様、見ているな?」
ドンッという効果音とともに、私はこぁの背後に現れる。本を構える仕草が実に決まっていて自分で惚れ惚れ。
「わひっ」
「おっと、動くと刺さるわ。私でなく、魔理沙辺りを食べてなさい。たまに来るアリスとかね」
「ハードルが高いですね、咲夜様は」
「十メートルはあるわ。棒無し高飛びだけれど」
「ルール無用なら飛べますけど、縛られると無理ですね」
「えぇ、だから貴女は大人しく退散なさい?」
「はぁい」
どこまで本当なのかしらね。イタズラ好きの小悪魔の腹の底は、意外と天狗並に探り難いわ。
本一つ読むにも時間がかかるったらありゃしない。だから図書館は苦手なのよ。お嬢様が不在でよかったよかった。
さて、それはおいておいて、本を読み進める。
先ほどパラパラと捲って気になった項目を開きなおし、もう一度目を通す。
(あらすごい……これ、読むって意識しただけで現代語訳になるのね。えーっと、気功とは三つの要素で成り立つ。それ
は宗教、医学、武術である。己のあり方を問う信仰心、身体を理解する医学、身体を鍛える武術。この要素が三位一体と
なりて初めて気功はなる。極める事至難であるが、神仙への道はこれをなくしては進むことは出来ない……信仰心はどう
か知らないけれど、身体に関する事と武術に関する事は、間違いなく美鈴に適応されるわね。でも、仙人って感じじゃあ
ないし……ねぇ)
私はもう一方の書籍、人妖異典を手にしてページを捲る。
(人から人外へとなった存在を、本書では人妖と記述している。人と妖怪の相の子ではないと、断っておく。(中略)
一番馴染み深い例としてあげるものは、捨食の魔法を会得した、所謂種族魔法使い。
また、神や悪魔と呼称される概念的な超越存在と契約を交す事によってなった人妖もいる。
人から人外となり、死を忘れた種族となるものとしてあげれば、亡霊も相当するだろう。
そして稀だが、神仙や修験にて人から仙人へ、人から天狗へとなった例も僅かながら報告されている。
知識で会得される人外の力の代表たる捨食、捨虫の魔法は、知識で長けていても身体的にはほぼ人間と変わらないために、
傷の治りは早いとはいえ、肉体的な力は弱い。
一方超越存在と契約したものは、一時的に神をも凌ぐ力を手に入れる場合が多いが、寿命を縮める結果となる。人間のキ
ャパシティを超える行ないについていけない結果だろう。
亡霊は定義は難しいが、これは人にあらず霊にも似つかず、物質として永遠を暮らす。ある意味で完璧な不死不生だが、
生前の妄執以外の殆どを忘却し、目的なく存在するものが多数である。
そして神仙、修験の場合はまた異なり、人外の力を持ち、知恵を持ち、非常に死に難い。しかし、長い時間を用いて成る
為、年老いてから手に入れる者が多い)
つまり、色々な種類の人妖がいて、その中でも代表が三つあり、その中でも更に高等なのが修行してなった妖怪である、
という事だろう。だとすると、美鈴って実は物凄い妖怪なのかもしれないわね。今まで簡単な気持ちでナイフ投げてたけ
ど、なかなかに侮れないわ。
……だとしたら、もしかして私、あの子に手加減されてるのかしら……。
あれ、でもこの記述を総合的に見る限り、何か深い矛盾があるような……これを美鈴に当てはめるのも、なんか違う。
(魔法使い、英雄、暴君、亡霊、超人、そしてまたこのほかにもうひとつ代表的な、人妖になりえるものがある。それが
各魔術、呪術、宗教などでみうけらる外法だ。
これを用いた人妖は後天的でありながらも生まれつきの妖怪と同じく食人衝動を催す。所謂血を欲しがるヴァンパイアフ
ィリア等と同じで、嗜好として欲しがるモノである為、食わずとも身体の維持は可能だが、何かしらの拍子に人間を殺害
し、捕食してしまう危険性を孕むもので、元が人間で、倫理観が人間と似通っている外法の人妖は人里を離れる傾向が見
られる。自制出来る程の自我が無い故に外法に走った報いであると、著者は分析している)
―――なるほど、ね。
美鈴の場合、私が定期的に与えているから抑止が効いている……のかしら。妖怪は人を食べるものである、というお達し
からそのように従って一ヶ月に一度程度食事に出しているけれど、結構な意味合いがあったのね。これは……食事にちゃ
んと人肉混ぜた方が良さそうねぇ。人里で暴れられたら、紅魔館の責任問題よ。
どーでもいい他人を掻っ捌くのは慣れちゃってるけれど、随分な重労働なのよねあれ。今度美鈴に食事のありがたみを教
える意味合いも含めて屠殺手伝わせようかしら。
なんにせよ、一応は妖怪なのね。与えている間は、まず大丈夫でしょう。たぶん。
一ヶ月に一度でいいかは知らないけれど。
「美鈴ねぇ……。その外法を用いらなくちゃならない理由があって、妖怪になったのかしら。あー、宗教儀式の生贄の副
産物とかならありがち。想像すると意外にも壮絶な過去ね」
自分からそんな危なげな術を使う奴には見えないし。きっと過去には涙涙のサクセスストーリーがあるに違いないわ。外
法を与えられたが故に人肉を欲し、否定する心との葛藤……村を追われ国を追われ……ああなんて可哀想な美鈴。
ちょっといじめすぎたわ……。これからはもう少し優しくしてあげましょうか……。
「んー。あーれー?」
……それにしても、美鈴ったらいつ帰ってくるのかしら? もう日が沈んで大分経つのに。
本人が居なきゃ優しくしたげられないじゃない?
つづく
メイド部隊の名前に一々笑ったw
くっはああ
山形県民
長いみたいでは?見たいと変換するのはちと違うかと。
誤字報告だけですのでフリーレスで。
対空砲=高射砲なので電柱柱とか鉄橋橋と同じような気がします。
妖怪は人間食べるんだというのをいまさらながらに思い出しましたw
DIOwwwwww
PADIOww