このお話は「些細な亀裂」の第3部目になります。駄文ではありますが広い心をもってお読みください。
些細な亀裂-後編-
それからというもの生活は一変した。とは言うものの今までの業務が少し減り、新しく修行の時間が追加されただけだったが。
最初は「気」とはどういうものか、格闘とは。初心者まるだしのフォルにも分かるよう丁寧にかつ密度濃く教えていった。
体内で気を練り、各部位から一気に放出させる。符の発動まで、毎日休むことなく修行は続けられた。
月日は流れ、一通りの事を教わり修行の内容も模擬戦とオリジナルの符を作る段階まで進んだ。
その間にも以前と変わらず、門番隊としての仕事は続けられている。
ただ違う点は防衛率の低下であった。
門番隊はある程度独立しているため、紅魔館の経済状況が芳しくなくなると食料等の配給が減らされることが多々ある。
そうなると業務に支障が出るため、一時的な打開策として自分たちで食料と水を確保することになっていた。
そのため一時的に防衛率が下がってしまう。今まではたいして影響はなかったものの、
紅霧事件での紅魔館の存在発覚により妖怪たちの襲撃が頻繁に行われていた。特に最近では怪我人が復帰する前に
新たな怪我人が出てしまい、狩り出し部隊と相まってかなりの人手不足となっていた。ここ最近の戦果では
4~5回に1回は門を抜かれ館敷地内でやっと食い止めるなど不祥事が連続しており、メイド隊から、特にメイド長である
十六夜 咲夜からの苦情が頻繁に起きていた。
外からも内からも非難され、門番隊はみな憔悴していた。それでも職務を果たそうと懸命になって戦っている。
いつの頃からか、メイド隊との間に大きな溝が出来ていた。門番隊隊長である紅 美鈴も口には出さなかったが
メイド隊たちの待遇の悪さに、合わせてメイド長の容赦なさに内心では憤りを感じていた。
私たちは命を懸けて館を守っている、みな怪我をしてもめげることなく職務を果たそうとしている。なのに
どうしてここまで非難されなければならないのか。誰一人口に出す者はいなかったが、心の中では
みな叫んでいた。門番隊には、だれも振り払えない暗く重い空気が包み込んでいた。
警報ー!!
普段は紅魔館周辺に設置した魔方陣により、妖怪の接近が事前に分かるのだが、時折それを解除してくる
妖怪も存在する。そうなると急に襲われる門番隊は大慌てである。
急ぎで集結するも敵はすぐ目の前。当直についていた門番隊は戦闘を開始している。
駆けつけた者から戦闘に参加する。既に何匹かの妖怪は敷地の中に入っている。隊長も自ら指揮をとり戦闘に参加する。
内部に侵入した敵に夢中になっていた時、門の方で大きな物音がした。
ドカーーン!!
振り返るととてつもなく大きな妖怪が門を腹で押しつぶしていた。みな、唖然とする。次の瞬間。
カッ!!!
大きく口を開けたかと思うと巨大なレーザーの様な光線を吐き出した。光線は前庭を通り過ぎ紅魔館本館目掛けて
伸びていく。刹那、何処からともなく呪文の詠唱が聞こえ、本館にぶつかる直前で光線はかき消される。
対魔理沙用に作っておいた防御壁である。すんでのところで直撃を免れる。皆安堵のため息をつく。
ズズーーン・・・!!
後方で物音。戦闘中に何かに見とれるなど愚の骨頂である。皆慌てて振り返る。そこには先程の光線を放った
妖怪の姿。自分で押しつぶした門に、倒れこんでいる。
体中にナイフを刺して。
門があったであろう瓦礫の上にはメイド服に身を包んだ1人の少女の姿。
冷たく、冷め切っている表情でこちらを見る。そばに居た隊長は息を呑む。
「あ、あの・・・」
「・・・。ふぅ」
小さくため息を漏らし、美鈴を見る。その表情はまるで人形のように虚ろな、それでいて人を見下すような表情であった。
「あの・・・えっと・・・」
「困ったわね・・・」
「いなくても一緒だわ」
その日フォルは夜の巡察当番であった。巡察とは紅魔館の館内・各庭・および外柵沿いを歩いて周り、異常の有無や
消灯状況・火の始末確認などを確認する勤務である。紅魔館は中々に広く、見回りには2時間ほどかかってしまう。
本来は門番隊の中で最も嫌われる仕事だが、以外にもフォルは進んで引き受けるため皆ありがたく仕事を譲っていた。
ガチャン・・・
「本日も異常なしっと・・・」
見回りの最終部署である食堂の火の元確認を済ませる。後は裏門から外周を見回って終わりである。
(今日も夜風が気持ちいいなぁ・・・)
フォルがこの仕事が好きな理由。それは忙しい門番隊の中にあって、ある意味での自分の時間が持てるからだった。
考え事も出来るし誰かに呼ばれることもない、静まり返った館内は普段とは全く別のものにさえ感じるし、
外を歩けば夜風が心地よかった。それに、巡察につくと朝少し遅くまで寝てられるのも魅力の一つである。
(外周も異常なし。あとは寝るだけか・・・)
角を曲がり、視界に崩れた門が入る。昼間の戦闘で壊されたものだった。妖怪の死体を片付けるのに手間取り、
門を修理する余裕がなかった。ある程度補修されて入るが、まだ瓦礫がちらほら散乱している。
いつもと変わらぬ景色、森が広がり奥には大きな湖も覗く。崩れてしまってはいるが門もそこにある。
唯一足らないもの。
門番である。見回りとは別に門番隊がいるはずである。今日は皆片付けに追われ大変だったろうと隊長自ら夜勤を
買って出たのだ。その隊長の姿が見当たらない。不思議に思いつつも、あらかた予想はついていたのでまっすぐ
詰め所の裏に向かう。煌々と輝いていた月明かりもそこには届かず、薄暗くそれでいて建物に反射した月明かりが
完全な暗闇を防ぎ、木陰に佇むその人を照らしていた。
はっきりとは表情を見て取れないが、弟子である彼にはわかる。何かに悩み苦しんでいると。
側に歩み寄る。声はかけず、ただその背中越しに見つめる。
「・・・」
「・・・」
再びあたりを沈黙が包む。声に出さずとも大体の考えは分かる。師弟関係とはそういうものだ。ましてや
今日の美鈴は常に表情が曇っていた。恐らくは彼にしか気付かない程度の変化。それでも彼にとってはとても重大な
変化。確かに彼もあることに憤りを感じていた。だが、それを吹き飛ばし余りあるほどの衝撃。
彼は一日中そのことを考えていた。
「・・・。」
「・・・。お隣、宜しいですか」
無言でうなずく。美鈴の隣に腰を下ろし空を見上げる。風に流され少し散ってしまった木の葉の隙間から、
月がときおり顔を覗かせる。綺麗な満月であった。つい見とれてしまうほどの美しさを放ちその光に
美鈴の顔が浮かびだされた。
その表情は曇り、どこか虚ろであった。声をかけるのすら非常にためらわせる、他人には踏み込めぬオーラに満ちていた。
それでも意を決した。師匠の苦しみを少しでも和らげたかった。
「何か・・・ありましたか?」
そっと語りかける。
「・・・。」
ゆっくりと振り向く美鈴。フォルはいつも通りの優しい笑みで迎えた。質問はする、が相手が答えてくれるまでは
待つつもりだった。美鈴もそのことを理解したのか、ゆっくりと口を開く。
「・・・。ちょっと、自信なくしちゃった・・・」
「今日の・・・一件ですか・・・。」
静かに頷き、そのまま視線を下げる
「私はずっと紅魔館の門番として門に立ち続けてきた。紅霧事件以降確かに防衛率は低くなったけど、あの二人以外は
殆ど守ってきた。それは皆も同じ。どんなに辛くても、厳しくても皆で力を合わせて頑張ってきた。でも、メイド隊には
それが分からない。どんどん首を絞められて、呼吸もままならないのにまだ戦えという。人手が足りないのに進入され
れば使えないの一言。これじゃぁみんなが可哀想だよ・・・」
今にも泣き出しそうだった。フォルは決して口を挟まず、静かに聴いていた。
「このままじゃきっと皆ダメになる。何とかしなきゃいけないのに、その手立てがない・・・。」
「・・・何をしても結果は変わらないと?」
「うん・・・。私たち門番風情が何を出来るって言うの?」
誰かに助けを求めるような、何かにすがるような声だった。声を荒げたことを反省するように再びうつむく。
「師匠の言うとおり、恐らく結果的には何も変わらないでしょう」
「・・・。」
「お嬢様に怒られ、咲夜さんにいびられ、メイド隊からは再び後ろ指を指されるでしょうな」
「・・・。」
美鈴の表情が一段と曇る。その結果は、美鈴も考えついたものだった
「けど」
「・・・?」
そこで会話が終わると思っていたため、思わぬ言葉につい振り向く
「何かの課程を経てこそ結果が生まれます。行動の結果がとうなるのか、結果だけを論じて行うは愚の骨頂です。
課程を経ずして結果なし。結果が怖いのならば過程を変えればいい。」
「・・・。」
まったく予想外の言葉に驚きの表情を隠せない。彼はいつになく真剣な表情で続ける
「お嬢様や咲夜さんに怒られ、門番隊にも迷惑がかかる。これが最悪の結果ですか?自分はそうは思いません。
最悪なのは何もせず結果に甘んじる事。このまま何もしなければ師匠の言うとおり皆ダメになってしまうでしょう。
そうならないためにも、行動すべきです。その一歩は酷く小さくても決して0ではない。0でなければ必ず意味が
伴います。」
「フォル・・・」
「最近のメイド隊の態度はいささか大きすぎます。我々が甘んじていればどんどん大きくなる一方です。
それに・・・」
「・・・?」
「いえ・・・ともかく、何かの行動を起こすべきかと自分は思います。恐らくは門番隊一同同じ気持ちのハズです。」
「そっか・・・」
深く考え込む。確かに何かをしなければ取り返しのつかない事になりかねない。だが、どうすればいいのか結局はそこに
行き着いてしまう。
ふと、フォルの顔を見る。先ほどまでの真剣な表情より少し和らいだ顔でこちらを見ている。
だが、美鈴は気付いていた。師弟にしか分からぬ僅かな変化。彼がそうであったように、彼女もまた見抜いた。
美鈴には悲しく、何かを訴えたいような顔に見えた。
「門番隊皆の気持ちはよく分かったよ。皆に迷惑がかからない打開策を考えよう」
「はい」
「それと・・・。」
「?」
「私は、フォルの本心が聴きたい」
「本心ですか・・・?先ほどお話したとおりですが・・・」
「’門番隊’のフォルの気持ちは聞かせてもらったよ。今は、門番でもなく、弟子でもない、フォル自身の気持ちを
知りたい。」
「・・・!」
心から驚く。その気持ちが顔に表れぬよう勤めるのに必死だった。平静を保とうとすればするほど、呼吸は乱れ、首筋に
汗が流れてきた。
「・・・。」
「・・・。」
沈黙を試みる。美鈴は静かに彼を見つめている。目をそらせなかった。これ以上は隠せないと意を決する。
「これは・・・自分の勝手な憤りです。聞き流してもらって構いません・・・」
「うん・・・」
「自分は何よりも師匠が不憫でなりません。皆のために身を粉にして頑張っているのに決して報われない。
師匠の弟子となった時から、師匠を誰よりも見てきました。だれよりも苦労しているのに、皆はそれが
分かっていない。さも当たり前のように思っています。自分にはそれが許せない・・・!」
「フォル・・・」
「そして何より、今日の一件。咲夜さんの言葉に自分は一番の怒りを感じました。師匠にそんな言葉を投げかけるなんて
自分には理解できません。師匠はこんなにも紅魔館のために身を尽くしていると理解させられるなら
自分は命を投げ出しても悔いはありません!」
荒げてしまった気持ちを抑え、深呼吸をする。
「咲夜さんを許すことができない。これが今の気持ちです。」
「・・・!!」
本当に驚いた。確かに、メイド隊や咲夜さんとのいざこざにあまり良い顔はしていなかった。そて、昼間の件。彼も
聞いていたのだ。あの一言を。その心無い一言で彼女がどれだけ傷ついたのか、彼が一番理解していた。
暫くの沈黙が続いた。普段、自分を出すことがない彼が本音を吐いた。その怒りは彼女の怒りでもあったのだ。
「・・・。フォルは本当に私のことを考えてくれてるね・・・。」
「弟子とてして、仕える者として当然です」
「私もね・・・今日の一言は一番傷ついたんだ・・・。あの一言を聞いた瞬間、世界がぐにゃって歪んだ気がしたの。
全てを否定されたようなそんな気持ちだった。その場から逃げ出したかった。皆が居たから踏みとどまれたけど
本当にショックだったんだ・・・」
「・・・。」
「ほんとに・・・逃げ出しちゃおうかな・・・」
はははと力なく笑う。その顔に気力はなかった。
「冷たい・・・言い方になってしまいますが。」
「うん」
「どんな行動にせよ、師匠自身が考え師匠自身が行動に移すべきです。自分が横から意見を言い、指示を出すのは簡単です。
人もまた、そうされると簡単に行動に移せます。ですが、それでは意味がない。ただの他力本願です。
どんな行動にしても自分で考えてこそ悔いなく行え、自分で考えたからこそ結果を受け入れられます。
自分で考えてこそ、その行動に価値が生まれます。どうか、ご自分でお決めになってください。」
「・・・。」
重い言葉だった。どんな言葉よりも心に染み込んで来る。自分で考えることの重要性、その結果の重大性。
その全てを人の指示通りにやっては相手も巻き込むだけ。それは嫌だった。1人では行動できない、されど
1人で考えなくてはならない。その難しさを改めて実感した。
「ただ。」
「?」
「師匠がどんな行動をとるにしろ、自分は最後までついて行きます。どんな結果になろうとも決して後悔はしません。」
「でも・・・」
「自分の主はレミリアお嬢様でも十六夜 咲夜さんでもありません。自分が仕えるは紅 美鈴がただ1人。
師匠と共に行動できるのならば、この身、よろこんで差し出しましょう」
「フォル・・・」
頼もしいと思った。いつも昼行灯と言われ、どこか垢抜けていた彼はいなかった。この門番隊で誰よりも頼りになる、
そう思える雰囲気がそこにあった。彼の眼を見てその決意を悟り、彼女もまた決意する。心を決めると
まるで霧が晴れたかのように清々しい気持ちになる。先程まで悩んでいた自分が馬鹿馬鹿しいと思えるほどだった。
「フォル」
「はい」
「結果は変わらないかもしれない。でも、0と0.1なら、私は後者を取りたい。大事なのは変わって欲しいと
願う気持ちだって、気付かされた。だから私は行動するよ」
「・・・。」
「フォル。紅魔館を出よう。ついて来てくれるね?」
「どこまでも。この命果てるまでお供いたします」
---早朝
門番隊詰め所には一枚の紙が置いてあった。昨夜の話し合いの結果・二人の取った行動・門番隊のこれからの行動が
書かれていた。皆その紙が置かれたテーブルを囲み、紙をにらみ合う。重い重い沈黙が続いた。
「各人の行動にまかせる、か・・・」
「結構難しいよね・・・」
「隊長、そこまで思い詰めてたんだなぁ・・・」
「力に慣れなくてホントに悔しいよ・・・」
各々がそれぞれの気持ちを漏らし、隊長の苦しさに気付けなかった自分を悔やんでいた。
「悔やんでもしょうがない。これからの行動を決める。副長という身でありながら勝手で申し訳ないが、私も紅魔館を出る」
『!!!』
一同唖然とする。あの副長がまさか紅魔館をでるとは誰も思わなかった。
「副長!」
「許せ。隊長なき今、ここに居る意味はないんだ。フォルと同様、私も隊長に忠誠を誓った身。隊長が出て行ったのなら
私も後を追おうと思う。それに、門番隊が居なくなったらどうなるのか。メイド隊に思い知らせてやろうと思ってな」
「あ・・・。それもありだな」
副長の脇から”先輩”と慕われる古参の門番が言う
「最近のメイド隊の態度のデカさといったら頭くるからな。ここらで思い知らせてやるかな。」
「うん。皆よく聞け。これは隊長の、そして副長からの命令でもある。自分の行動は自分で考えろ。人に流されるな。
また無理やり人を誘ったりするな。考えた結果、人と同じならば大いに歓迎してやること。いいね?」
『はい!』
そうして紅魔館が起きる頃には詰め所から人影がなくなっていた。だれも守る者の居なくなった門は寂しげに崩れている。
門番隊の失踪に気がついたのは夕方、妖怪の襲撃があった時であった。
紅魔館から数キロ離れた森の中。恐らくは昔人間が使っていたであろうコテージのようなものがあった。ところどころ
朽ち果て、中もだいぶ荒れていたが、住めないことはなく、門を修理するよりは簡単に直す事が出来そうだった。
「へぇ~。こんなところに家があるんだね~」
「むかし、まだ旅人をやってた頃、よくここで野宿したんですよ。適度に雨風を防げて、探索の拠点にもってこいでしたよ」
「あぁなるほどね~」
フォルが部屋を片付けている間、建物の中と外をぐるぐると物珍しそうに回っていた。彼女は門番に就いて長く、
外は滅多に出歩かなかったので、見るもの全てが新鮮だった。うっそうと茂った森の木々でさえ、彼女を
楽しませるには十分だった。
「ちょっと、師匠。手伝って下さいよ。」
「あ、ごめんごめん」
昨夜に紅魔館を出て約半日。この後どうするのか考えずに出た二人は、何かが起きるまで平凡に生活するのも
ありなんじゃないかという結論に達した。この森なら外部からは見えないし、何より入ってくる道は一本だが
分かれ道は無数にあり、侵入者対策には完璧な場所だった。さらに、森の入り口を魔法防壁で偽装して入り口が
ないようにも見せかけた。近くには小川もあり、自給自足するには十分すぎる場所だった。
この場所でいつまで生活できるかは変わらない。もとより、一寸先は闇だ。何が起きてもおかしくはない。
何かが変わるよう祈りつつ、二人の師弟は新しい生活をスタートさせる。
些細な亀裂-後編-
それからというもの生活は一変した。とは言うものの今までの業務が少し減り、新しく修行の時間が追加されただけだったが。
最初は「気」とはどういうものか、格闘とは。初心者まるだしのフォルにも分かるよう丁寧にかつ密度濃く教えていった。
体内で気を練り、各部位から一気に放出させる。符の発動まで、毎日休むことなく修行は続けられた。
月日は流れ、一通りの事を教わり修行の内容も模擬戦とオリジナルの符を作る段階まで進んだ。
その間にも以前と変わらず、門番隊としての仕事は続けられている。
ただ違う点は防衛率の低下であった。
門番隊はある程度独立しているため、紅魔館の経済状況が芳しくなくなると食料等の配給が減らされることが多々ある。
そうなると業務に支障が出るため、一時的な打開策として自分たちで食料と水を確保することになっていた。
そのため一時的に防衛率が下がってしまう。今まではたいして影響はなかったものの、
紅霧事件での紅魔館の存在発覚により妖怪たちの襲撃が頻繁に行われていた。特に最近では怪我人が復帰する前に
新たな怪我人が出てしまい、狩り出し部隊と相まってかなりの人手不足となっていた。ここ最近の戦果では
4~5回に1回は門を抜かれ館敷地内でやっと食い止めるなど不祥事が連続しており、メイド隊から、特にメイド長である
十六夜 咲夜からの苦情が頻繁に起きていた。
外からも内からも非難され、門番隊はみな憔悴していた。それでも職務を果たそうと懸命になって戦っている。
いつの頃からか、メイド隊との間に大きな溝が出来ていた。門番隊隊長である紅 美鈴も口には出さなかったが
メイド隊たちの待遇の悪さに、合わせてメイド長の容赦なさに内心では憤りを感じていた。
私たちは命を懸けて館を守っている、みな怪我をしてもめげることなく職務を果たそうとしている。なのに
どうしてここまで非難されなければならないのか。誰一人口に出す者はいなかったが、心の中では
みな叫んでいた。門番隊には、だれも振り払えない暗く重い空気が包み込んでいた。
警報ー!!
普段は紅魔館周辺に設置した魔方陣により、妖怪の接近が事前に分かるのだが、時折それを解除してくる
妖怪も存在する。そうなると急に襲われる門番隊は大慌てである。
急ぎで集結するも敵はすぐ目の前。当直についていた門番隊は戦闘を開始している。
駆けつけた者から戦闘に参加する。既に何匹かの妖怪は敷地の中に入っている。隊長も自ら指揮をとり戦闘に参加する。
内部に侵入した敵に夢中になっていた時、門の方で大きな物音がした。
ドカーーン!!
振り返るととてつもなく大きな妖怪が門を腹で押しつぶしていた。みな、唖然とする。次の瞬間。
カッ!!!
大きく口を開けたかと思うと巨大なレーザーの様な光線を吐き出した。光線は前庭を通り過ぎ紅魔館本館目掛けて
伸びていく。刹那、何処からともなく呪文の詠唱が聞こえ、本館にぶつかる直前で光線はかき消される。
対魔理沙用に作っておいた防御壁である。すんでのところで直撃を免れる。皆安堵のため息をつく。
ズズーーン・・・!!
後方で物音。戦闘中に何かに見とれるなど愚の骨頂である。皆慌てて振り返る。そこには先程の光線を放った
妖怪の姿。自分で押しつぶした門に、倒れこんでいる。
体中にナイフを刺して。
門があったであろう瓦礫の上にはメイド服に身を包んだ1人の少女の姿。
冷たく、冷め切っている表情でこちらを見る。そばに居た隊長は息を呑む。
「あ、あの・・・」
「・・・。ふぅ」
小さくため息を漏らし、美鈴を見る。その表情はまるで人形のように虚ろな、それでいて人を見下すような表情であった。
「あの・・・えっと・・・」
「困ったわね・・・」
「いなくても一緒だわ」
その日フォルは夜の巡察当番であった。巡察とは紅魔館の館内・各庭・および外柵沿いを歩いて周り、異常の有無や
消灯状況・火の始末確認などを確認する勤務である。紅魔館は中々に広く、見回りには2時間ほどかかってしまう。
本来は門番隊の中で最も嫌われる仕事だが、以外にもフォルは進んで引き受けるため皆ありがたく仕事を譲っていた。
ガチャン・・・
「本日も異常なしっと・・・」
見回りの最終部署である食堂の火の元確認を済ませる。後は裏門から外周を見回って終わりである。
(今日も夜風が気持ちいいなぁ・・・)
フォルがこの仕事が好きな理由。それは忙しい門番隊の中にあって、ある意味での自分の時間が持てるからだった。
考え事も出来るし誰かに呼ばれることもない、静まり返った館内は普段とは全く別のものにさえ感じるし、
外を歩けば夜風が心地よかった。それに、巡察につくと朝少し遅くまで寝てられるのも魅力の一つである。
(外周も異常なし。あとは寝るだけか・・・)
角を曲がり、視界に崩れた門が入る。昼間の戦闘で壊されたものだった。妖怪の死体を片付けるのに手間取り、
門を修理する余裕がなかった。ある程度補修されて入るが、まだ瓦礫がちらほら散乱している。
いつもと変わらぬ景色、森が広がり奥には大きな湖も覗く。崩れてしまってはいるが門もそこにある。
唯一足らないもの。
門番である。見回りとは別に門番隊がいるはずである。今日は皆片付けに追われ大変だったろうと隊長自ら夜勤を
買って出たのだ。その隊長の姿が見当たらない。不思議に思いつつも、あらかた予想はついていたのでまっすぐ
詰め所の裏に向かう。煌々と輝いていた月明かりもそこには届かず、薄暗くそれでいて建物に反射した月明かりが
完全な暗闇を防ぎ、木陰に佇むその人を照らしていた。
はっきりとは表情を見て取れないが、弟子である彼にはわかる。何かに悩み苦しんでいると。
側に歩み寄る。声はかけず、ただその背中越しに見つめる。
「・・・」
「・・・」
再びあたりを沈黙が包む。声に出さずとも大体の考えは分かる。師弟関係とはそういうものだ。ましてや
今日の美鈴は常に表情が曇っていた。恐らくは彼にしか気付かない程度の変化。それでも彼にとってはとても重大な
変化。確かに彼もあることに憤りを感じていた。だが、それを吹き飛ばし余りあるほどの衝撃。
彼は一日中そのことを考えていた。
「・・・。」
「・・・。お隣、宜しいですか」
無言でうなずく。美鈴の隣に腰を下ろし空を見上げる。風に流され少し散ってしまった木の葉の隙間から、
月がときおり顔を覗かせる。綺麗な満月であった。つい見とれてしまうほどの美しさを放ちその光に
美鈴の顔が浮かびだされた。
その表情は曇り、どこか虚ろであった。声をかけるのすら非常にためらわせる、他人には踏み込めぬオーラに満ちていた。
それでも意を決した。師匠の苦しみを少しでも和らげたかった。
「何か・・・ありましたか?」
そっと語りかける。
「・・・。」
ゆっくりと振り向く美鈴。フォルはいつも通りの優しい笑みで迎えた。質問はする、が相手が答えてくれるまでは
待つつもりだった。美鈴もそのことを理解したのか、ゆっくりと口を開く。
「・・・。ちょっと、自信なくしちゃった・・・」
「今日の・・・一件ですか・・・。」
静かに頷き、そのまま視線を下げる
「私はずっと紅魔館の門番として門に立ち続けてきた。紅霧事件以降確かに防衛率は低くなったけど、あの二人以外は
殆ど守ってきた。それは皆も同じ。どんなに辛くても、厳しくても皆で力を合わせて頑張ってきた。でも、メイド隊には
それが分からない。どんどん首を絞められて、呼吸もままならないのにまだ戦えという。人手が足りないのに進入され
れば使えないの一言。これじゃぁみんなが可哀想だよ・・・」
今にも泣き出しそうだった。フォルは決して口を挟まず、静かに聴いていた。
「このままじゃきっと皆ダメになる。何とかしなきゃいけないのに、その手立てがない・・・。」
「・・・何をしても結果は変わらないと?」
「うん・・・。私たち門番風情が何を出来るって言うの?」
誰かに助けを求めるような、何かにすがるような声だった。声を荒げたことを反省するように再びうつむく。
「師匠の言うとおり、恐らく結果的には何も変わらないでしょう」
「・・・。」
「お嬢様に怒られ、咲夜さんにいびられ、メイド隊からは再び後ろ指を指されるでしょうな」
「・・・。」
美鈴の表情が一段と曇る。その結果は、美鈴も考えついたものだった
「けど」
「・・・?」
そこで会話が終わると思っていたため、思わぬ言葉につい振り向く
「何かの課程を経てこそ結果が生まれます。行動の結果がとうなるのか、結果だけを論じて行うは愚の骨頂です。
課程を経ずして結果なし。結果が怖いのならば過程を変えればいい。」
「・・・。」
まったく予想外の言葉に驚きの表情を隠せない。彼はいつになく真剣な表情で続ける
「お嬢様や咲夜さんに怒られ、門番隊にも迷惑がかかる。これが最悪の結果ですか?自分はそうは思いません。
最悪なのは何もせず結果に甘んじる事。このまま何もしなければ師匠の言うとおり皆ダメになってしまうでしょう。
そうならないためにも、行動すべきです。その一歩は酷く小さくても決して0ではない。0でなければ必ず意味が
伴います。」
「フォル・・・」
「最近のメイド隊の態度はいささか大きすぎます。我々が甘んじていればどんどん大きくなる一方です。
それに・・・」
「・・・?」
「いえ・・・ともかく、何かの行動を起こすべきかと自分は思います。恐らくは門番隊一同同じ気持ちのハズです。」
「そっか・・・」
深く考え込む。確かに何かをしなければ取り返しのつかない事になりかねない。だが、どうすればいいのか結局はそこに
行き着いてしまう。
ふと、フォルの顔を見る。先ほどまでの真剣な表情より少し和らいだ顔でこちらを見ている。
だが、美鈴は気付いていた。師弟にしか分からぬ僅かな変化。彼がそうであったように、彼女もまた見抜いた。
美鈴には悲しく、何かを訴えたいような顔に見えた。
「門番隊皆の気持ちはよく分かったよ。皆に迷惑がかからない打開策を考えよう」
「はい」
「それと・・・。」
「?」
「私は、フォルの本心が聴きたい」
「本心ですか・・・?先ほどお話したとおりですが・・・」
「’門番隊’のフォルの気持ちは聞かせてもらったよ。今は、門番でもなく、弟子でもない、フォル自身の気持ちを
知りたい。」
「・・・!」
心から驚く。その気持ちが顔に表れぬよう勤めるのに必死だった。平静を保とうとすればするほど、呼吸は乱れ、首筋に
汗が流れてきた。
「・・・。」
「・・・。」
沈黙を試みる。美鈴は静かに彼を見つめている。目をそらせなかった。これ以上は隠せないと意を決する。
「これは・・・自分の勝手な憤りです。聞き流してもらって構いません・・・」
「うん・・・」
「自分は何よりも師匠が不憫でなりません。皆のために身を粉にして頑張っているのに決して報われない。
師匠の弟子となった時から、師匠を誰よりも見てきました。だれよりも苦労しているのに、皆はそれが
分かっていない。さも当たり前のように思っています。自分にはそれが許せない・・・!」
「フォル・・・」
「そして何より、今日の一件。咲夜さんの言葉に自分は一番の怒りを感じました。師匠にそんな言葉を投げかけるなんて
自分には理解できません。師匠はこんなにも紅魔館のために身を尽くしていると理解させられるなら
自分は命を投げ出しても悔いはありません!」
荒げてしまった気持ちを抑え、深呼吸をする。
「咲夜さんを許すことができない。これが今の気持ちです。」
「・・・!!」
本当に驚いた。確かに、メイド隊や咲夜さんとのいざこざにあまり良い顔はしていなかった。そて、昼間の件。彼も
聞いていたのだ。あの一言を。その心無い一言で彼女がどれだけ傷ついたのか、彼が一番理解していた。
暫くの沈黙が続いた。普段、自分を出すことがない彼が本音を吐いた。その怒りは彼女の怒りでもあったのだ。
「・・・。フォルは本当に私のことを考えてくれてるね・・・。」
「弟子とてして、仕える者として当然です」
「私もね・・・今日の一言は一番傷ついたんだ・・・。あの一言を聞いた瞬間、世界がぐにゃって歪んだ気がしたの。
全てを否定されたようなそんな気持ちだった。その場から逃げ出したかった。皆が居たから踏みとどまれたけど
本当にショックだったんだ・・・」
「・・・。」
「ほんとに・・・逃げ出しちゃおうかな・・・」
はははと力なく笑う。その顔に気力はなかった。
「冷たい・・・言い方になってしまいますが。」
「うん」
「どんな行動にせよ、師匠自身が考え師匠自身が行動に移すべきです。自分が横から意見を言い、指示を出すのは簡単です。
人もまた、そうされると簡単に行動に移せます。ですが、それでは意味がない。ただの他力本願です。
どんな行動にしても自分で考えてこそ悔いなく行え、自分で考えたからこそ結果を受け入れられます。
自分で考えてこそ、その行動に価値が生まれます。どうか、ご自分でお決めになってください。」
「・・・。」
重い言葉だった。どんな言葉よりも心に染み込んで来る。自分で考えることの重要性、その結果の重大性。
その全てを人の指示通りにやっては相手も巻き込むだけ。それは嫌だった。1人では行動できない、されど
1人で考えなくてはならない。その難しさを改めて実感した。
「ただ。」
「?」
「師匠がどんな行動をとるにしろ、自分は最後までついて行きます。どんな結果になろうとも決して後悔はしません。」
「でも・・・」
「自分の主はレミリアお嬢様でも十六夜 咲夜さんでもありません。自分が仕えるは紅 美鈴がただ1人。
師匠と共に行動できるのならば、この身、よろこんで差し出しましょう」
「フォル・・・」
頼もしいと思った。いつも昼行灯と言われ、どこか垢抜けていた彼はいなかった。この門番隊で誰よりも頼りになる、
そう思える雰囲気がそこにあった。彼の眼を見てその決意を悟り、彼女もまた決意する。心を決めると
まるで霧が晴れたかのように清々しい気持ちになる。先程まで悩んでいた自分が馬鹿馬鹿しいと思えるほどだった。
「フォル」
「はい」
「結果は変わらないかもしれない。でも、0と0.1なら、私は後者を取りたい。大事なのは変わって欲しいと
願う気持ちだって、気付かされた。だから私は行動するよ」
「・・・。」
「フォル。紅魔館を出よう。ついて来てくれるね?」
「どこまでも。この命果てるまでお供いたします」
---早朝
門番隊詰め所には一枚の紙が置いてあった。昨夜の話し合いの結果・二人の取った行動・門番隊のこれからの行動が
書かれていた。皆その紙が置かれたテーブルを囲み、紙をにらみ合う。重い重い沈黙が続いた。
「各人の行動にまかせる、か・・・」
「結構難しいよね・・・」
「隊長、そこまで思い詰めてたんだなぁ・・・」
「力に慣れなくてホントに悔しいよ・・・」
各々がそれぞれの気持ちを漏らし、隊長の苦しさに気付けなかった自分を悔やんでいた。
「悔やんでもしょうがない。これからの行動を決める。副長という身でありながら勝手で申し訳ないが、私も紅魔館を出る」
『!!!』
一同唖然とする。あの副長がまさか紅魔館をでるとは誰も思わなかった。
「副長!」
「許せ。隊長なき今、ここに居る意味はないんだ。フォルと同様、私も隊長に忠誠を誓った身。隊長が出て行ったのなら
私も後を追おうと思う。それに、門番隊が居なくなったらどうなるのか。メイド隊に思い知らせてやろうと思ってな」
「あ・・・。それもありだな」
副長の脇から”先輩”と慕われる古参の門番が言う
「最近のメイド隊の態度のデカさといったら頭くるからな。ここらで思い知らせてやるかな。」
「うん。皆よく聞け。これは隊長の、そして副長からの命令でもある。自分の行動は自分で考えろ。人に流されるな。
また無理やり人を誘ったりするな。考えた結果、人と同じならば大いに歓迎してやること。いいね?」
『はい!』
そうして紅魔館が起きる頃には詰め所から人影がなくなっていた。だれも守る者の居なくなった門は寂しげに崩れている。
門番隊の失踪に気がついたのは夕方、妖怪の襲撃があった時であった。
紅魔館から数キロ離れた森の中。恐らくは昔人間が使っていたであろうコテージのようなものがあった。ところどころ
朽ち果て、中もだいぶ荒れていたが、住めないことはなく、門を修理するよりは簡単に直す事が出来そうだった。
「へぇ~。こんなところに家があるんだね~」
「むかし、まだ旅人をやってた頃、よくここで野宿したんですよ。適度に雨風を防げて、探索の拠点にもってこいでしたよ」
「あぁなるほどね~」
フォルが部屋を片付けている間、建物の中と外をぐるぐると物珍しそうに回っていた。彼女は門番に就いて長く、
外は滅多に出歩かなかったので、見るもの全てが新鮮だった。うっそうと茂った森の木々でさえ、彼女を
楽しませるには十分だった。
「ちょっと、師匠。手伝って下さいよ。」
「あ、ごめんごめん」
昨夜に紅魔館を出て約半日。この後どうするのか考えずに出た二人は、何かが起きるまで平凡に生活するのも
ありなんじゃないかという結論に達した。この森なら外部からは見えないし、何より入ってくる道は一本だが
分かれ道は無数にあり、侵入者対策には完璧な場所だった。さらに、森の入り口を魔法防壁で偽装して入り口が
ないようにも見せかけた。近くには小川もあり、自給自足するには十分すぎる場所だった。
この場所でいつまで生活できるかは変わらない。もとより、一寸先は闇だ。何が起きてもおかしくはない。
何かが変わるよう祈りつつ、二人の師弟は新しい生活をスタートさせる。
ここは力になれなくてでしょう。
評価は最終話でまとめてさせていただきます。
ただ、一つ思うのは、あまりに美鈴をはじめ、門番隊の面々が大人気ないなということです。
残された副長が全責任被ることになる上、紅魔館に居残る奴が居たらそいつは余計風当たりを受けることになるだろうに。
責任感なしにもほどがある。