Coolier - 新生・東方創想話

民族の奇劇果てしなく

2007/06/16 07:40:24
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 2002年に勃発した紅霧の異変。
 この異変を境に、東方界隈で知られるようになった一人のネタキャラがいます。
 名前を覚えてもらえないその妖怪の名は中国。紅魔館SSは、絶えず中国をオチとして使用してきた虐待の歴史でした。
 東方紅魔郷が発売されてから五年、作品集には当ても無く逃げ惑う中国風妖怪の姿が、どのファイルにも映し出されています。
 門番としての過酷な労働条件、コッペパン、名前問題、メイド長や紫魔道士からの心無いイジメ、そして巨貧対立。
 東方の世紀10回目の今日は、膨大な虐待SSや二次設定を生み出しながらも今なお果てしなく続く、中国の悲劇を描きます。たぶん。







 ◇ ◇ ◇


「…と、言うわけなんですよ。うちもお客さんに家電製品を買ってもらっても、電源が無いので困っているんです。
 何とかなりませんかね?」
「うーん。ちょっとタイム。相談するから」
 そう言って永遠亭の主人は奥の部屋に行き、周りにいた従者達と話しはじめた。
 すこし遠いが話している内容は聞き取れた。
「永琳、悪い話じゃないと思うんだけど。香霖堂さんにはお世話になっているし。地下の反物質炉から配電してあげたら?」
「気がすすみませんわ」
「何で? 短艇から取り出した反物質燃料はたくさん残ってるでしょ?」
「反物質は百万年分ぐらいありますけど。命の綱の反物質炉をいじくるのには賛成できません。
 それに配電するためのケーブルをあの店まで引くと、干渉を受けて迷いの竹林の効果が薄れてしまいます」
「じゃあ、独立していれば問題ないでしょう。
 たしか核融合弾頭がいくつか残っていたじゃない。あれで小型反応炉を作ってあげたら?
 反物質じゃなくても反応炉にぶちこめば、小型発電機として使えるでしょ?」
「素人には扱いがむずかしいですよ?」
「少量だったら問題ないんじゃない?
 なんだったら、思考結晶を使って私が図面を引くわよ。急げば、三日ぐらいで仕上がるわよ」
「また姫様は自分が面白そうだと思うことには首をつっこみたがるんだから。
 そんな急造品したてて、本当に大丈夫なんですか? 私は幻想郷が帝都の二の舞になるのはごめんですよ」
 ところどころ、意味の分からない単語が出てくる。
 これが噂の月の言語というやつだろうか?
「帝都が衰退したのは私のせいじゃないわよ」
「帝都の物質変換装置が動かなくなったのは、
 もとはといえば姫様が燃料槽にペプ○ブルーを注いだのが発端じゃないんですか?
 反物質燃料と色が似ているから代わりになるとか言って。どばどばどば、だーばだ、だばだばだ、だばだばだ。
 どんだけ注ぐんですか、何かうらみでもあるんですかって、思わず従者なのに突っ込んじゃいましたよ、ええ。
 たぶん、あのころから調子が悪くなってたんだと思いますよ」
「ええーー!? そうだったんですか!?」
 隣にいた兎がすっとんきょうな声で叫んだ。確か、鈴仙だったか。
「いや、だって神宝がその程度で破損するとは思わないじゃない」
「きっと炭酸が良くなかったんですよ。あと青色二号」
「月文明の至宝に傷を!? なんばしよっとーーー!!
 あれさえあれば、戦争に負けることなんてなかったのに……物資不足も…
 こんなニート…じゃない、わがまま姫の暇つぶしのいたずらのために」
「ニート言い換えても、悪口言ってる時点でおしまいだわよ零点イナバ!」
 よくニートニート言ってるけど、姫って職業とは違うのだろうか。
 まあ別にどうでもいいんだけど。
「やめて! やめて! 耳で雑巾絞りはやめて!
 これ以上形が悪くなったら私のいわゆるひとつの萌え要素がなくなってしまう!」
「自分で萌えとか言うな! なんならアンタの縮退炉をえぐりだして使ったっていいのよ?」
「そんな不思議内燃機関は私にはありません、ふぎゅー」

 永遠亭のお姫様は兎をいじめるのに夢中になっているようだ。
 僕は奥の部屋を覗き、眉間に皺をよせながら兎の耳を固結びにしようとしているご主人に声を掛けた。
「あのー、お話はまとまりました?」
「あっ、これはお恥ずかしいところを。
 とりあえず、こちらで小型の発電機を提供させていただくということで話はまとまりました」
「それはそれは。願ったりかなったりです」
「配送の手続きはこちらでいたしますわ。それで、まずは手付金をいただいてもよろしいでしょうか?」
「わかりました。お値段の方は?」
「ただいま計算いたしますので、少々お待ちください。イナバ! 森近様にお茶をお出しして!」
 商談がうまくいってよかった。
 これで新しいサービスが提供できて、顧客にも満足してもらえるだろう。



 ◇ ◇ ◇


※季節は冬です。

 私の名前は紅・美・鈴。瀟洒で完璧な紅魔館の門番。
 今日は職場から休日をもらっている。
 今は友達のけーねの家に遊びに行く途中だ。
 私と上白沢慧音、小野塚小町の三人は、幻想郷に新しく結成された男性アイドルボーカルグループ、三月センチュリー・略してサンセンの追っかけ仲間だ。

 けっして行き遅れ負け組み中年女・三人組が、お互いを慰めあう会なんかではない。


 あってたまるか。

 私達三人はサンセンのライブ会場で偶然知り合った。
 お互い妖怪仲間で定職を持っている同士ということもあり、休憩時間の雑談を通して仲良くなった。
 ライブ終了後、茶屋で10時間ぶっとおしで語り合い意気投合した今では、気のおけない仲、いわゆるマブダチだ。
 三月センチュリーとは男性三人のグループで、メンバーはヒハク、ツキジ、ホシテルの三人。
 漢字で書くと日白、月児、星輝。
 中でも私のお気に入りはツキジ様(はあと)。ドリル型のもみあげがまるでオスカル様みたいでステキなの。
 こまちもツキジ様のファンらしい。
 ちなみにけーねはホシテルのファン。知識人は趣味もマニアックよね。
 ヒハクは……まあ、いてもいいかな。刺身のツマみたいなもんね。
「よう美鈴、遅かったな…うわ! なんだそのカッコ(括弧)!」
 玄関の前に立ち、青草の蔓まみれな私を見てけーねが言った。
「それがさー、途中で幽香に襲われて」
「あのヒマワリに? 何で?」
「わっかんないわよ。何か、寒いから寄生させろー! とかわけわかんないことほざいてたけど。
 ちょうど枯葉剤をもってたから、それぶっかけたら逃げて行ったわ」
「そりゃ災難…ってなんでそんな特殊兵器持ち歩いてんの?」
「ちょうど、花壇の雑草駆除をしていたのよ」
「だからって私の家まで持ってこなくてもよいだろうに。
 庭に『生物化学兵器預かります』なんて看板、立ってなかっただろ?
 それに、そんなもの花壇にかけて大丈夫なのか?」
「どーでもいいから、早く入ろうよ」
 けーねの家の居間に入る。
 けーねの家には最近買ったテレビがあるので、
ここで皆で集まって三月センチュリーのライブ中継を鑑賞しようとしていたのだ。
 部屋に入ると炬燵にこまちが座っていた。
 ふと、こまちの隣に置いてあった人形大の怪しい物体に目がとまる。
「ああ! ツキジ様の等身大抱き枕! しかも二つ!?」
「あー、一昨日届いたんだ。私はホシテル様のが良かったんだけどなあ。二つあるから、おまえらにやるよ」
 確か十回目のライブを記念したサンセン等身大枕は、20体のみ限定生産だったはずだ。
 当然、数すくないレアものを狙って、幻想郷全体のファンから応募が殺到したはず。
 サンセンはプリズムリバー姉妹を押さえて、現在幻想郷で最も人気のあるグループだ。
 プロダクション宛てに送られる応募ハガキの数は数万を超えるんじゃないだろうか。
 そんな人気アイテムを二つも当てるとは。この子、一体どんだけハガキ送ったんだ?

 それにしても自分の目当ての枕でないとはいえ、貴重なファングッズをポンとくれるなんて。
 けーねは気前がいいなあ。
 やっぱり持つべきものは友達だ。
「ツキジ様! 抱いてー!」
 とりあえず私は枕に抱きついて畳の上でじたばたした。
 まあ、お約束だし。やっとかないとね。
「ちょっと何言ってんの、ツキジ様は私の嫁でしょ!」
 同じくツキジ様のファンであるこまちが突っ込みを入れてきた。
「はあ? ツキジ様は警部なんてマニアックなプレイは好まないわよ」
「いや、それやるのは私じゃなくてあそこのアルデバランだろ!」
 こまちは親指で後ろのけーねをくいっくいっと指さす。
 その先には目が光った猛獣がいた。
「射抜かれたいんだね?」
「うっ」
 けーねが後ろからこまちの肩に手をかける。
 目が座っている。EXモード発動だ。
「こまち、これがふんばり棒だ。まずはこの木を噛んで手を添えてしっかりつかむ。
 ちゃんと噛んでないと、初回の衝撃に耐えられないからね?」
「冗談じゃない! こんなことで処○を奪われてたまるか!」
「こらまて! 本当に処○かどうか確かめてやる!」
 こまちは黄金聖闘士の魔の手から逃れてトイレへ駆け込んだ。
 すんでのところでドアに鍵をかけ、大切な何かを失わずにすんだみたいだ。
「くそう、逃がしたか」
 こまちを見送ったけーねが居間に戻ってくる。
 けーねは炬燵にどっこいしょと座って大吟醸のふたを開ける。
 とくとくとく。
 お酒がなみなみとコップに注がれた。
「美鈴、一杯いくか?」
 コップを掲げるけーねの顔には満面の笑みが浮かんでいる。
 この教師は昼間っから飲んだくれて、本当にどうしようもないな。

 まるで落伍者だ。

 ま、せっかくなんで。私はお酒の入ったコップを貰って一気に飲み干す。
 ぐびぐびぐび。
「ぷはあーー。滅すべし、パッド長!」
「またあ?」
「あんな奴に、お嬢様から貰った名前は勿体ないわ! 咲夜ですって!?
 どの面下げて花の咲く夜と書いて咲夜よ!?ご大層な、人間の小娘の分際で。
 ビッチが、ジャップが。あんなやつ、くさやで十分よ。あいつの名前は十六夜くさや!
 くさいあいつにはぴったりね!」
「相当たまってるな」
 酒をくらうとつい愚痴が出てしまう。
 昨日もメイド長にいびられた。最近あいつはとみに調子にのっている。
 いつか痛い目見せてやりたいのだが、残念なことにあいつはお嬢様のお気に入りだ。
 下手に逆らうと後でよけいひどい目にあわされるしなあ。
 権力をかさにきた陰湿なイジメをされる恐れがある。

 みんなでこうやって集まって仕事の愚痴を言い合うのも、私たちの共通の楽しみだ。
 小町もあの幼稚園児みたいな上司の悪口をよく言っている。
 まあ、聞いていると大半は小町のほうが悪いことばかりだけど。
 けーねは時々生徒とかPTAのことを……ちょっとここで言うと放送コードに触れることを結構言っていた。
「くさいって言えば、けーね足どけてくれよ」
 いつの間にか、こまちがトイレから戻ってきていた。
 けーねと対面に座ってそう不満を述べる。
「何言ってんだ、これは私の炬燵だ!」
「足がくさいんだよ、何これ! スキマ妖怪並の臭さだよ。カレー臭だ! カレー粉の臭いだ」
「加齢臭だろ、謝罪しろ、賠償しろ! 少女の私が匂うはずがない!」
 昼間から大吟醸を傾けている人間が少女と言えるかどうかははなはだ疑わしい。
「ファブリーズ、ファブリーズ! ダブル除菌しないと!」
 そういってこまちは炬燵から出ると、人の家の戸棚を勝手に開けて、除臭剤を取り出しあたりに散布する。
 せっかくだから私は自分のボンベを取り出し、こまちに勧めてみる。
「枯葉剤使う?」
「「死ぬわ!」」
 うお。
 二人から同時に突っ込みが入った。
 便利なんだけどなあ。
 殺菌力も高いし。

 ふと、炬燵机の前に置かれているお菓子の袋の中からのり塩をみつけた。
 私はその袋をパーティー開きにして、両手でむさぼり食う。
「ぽてち、ぽてち! むぐむぐ」
「ああ! ふとんに食いカスちらかすなよ!」
 けーねは先生だけあって細かい。

 つまみを食って胃もなじんできたので、いい感じで酒が回ってきた。
「あーあー、どうやったらメイド長にいびられなくなるのかなー」
「居眠りとかしてさぼってないで、まじめに働けばいいだけだろ」
「けーねも同じ中国妖怪として協力してよ!」
「私、中国妖怪かぁ?」
「ハクタクは立派な中国妖怪でしょ! 同じ中華民族の同志として…」
「中国、中国言うけど、おまえさん本当は一体何の妖怪なんだ?」
「!」
「そう言えば、何なんだ?」
 炬燵に戻ったこまちも、興味を持ってしまったらしく顔を乗り出す。
「ゲンソウキョウエンギにも書いてないし」
「えっと、だからぁ、ちゅーごくふーようかい?」
「何で語尾あがるんだよ、なんで平仮名だよ」
「きもいわよ、きも中国」
「人にきもけーねを押し付けようったって、そうはいかないわよ」
「私のどこがきもいっていうんだ!」
「だから、立ち絵が」
「EX立ち絵」
 私とこまちは続けざまにそう言う。
「うわーん、メイリンとこまちがいじめるよう! もこえもーん、たっけてー!」
「それにあんた、今何書いてんのよ」
「え?」
「アナタは今、炬燵の上に何の用紙を展開しているのデスカ?」
 こまちが変な外人口調でけーねにつめよる。
 そう、けーねの炬燵机の上には、今けーねが執筆中の同人漫画の原稿が広げられていたのだ。
 その輝かしいジャンルの名はY A O I。
 UFOの空?
 矢追じゃないよ、ヤオイ。つまりはホモ同人だ。
 こんなもの書いてて、どの面下げてキモくないと主張できるのか。
「家でホモ同人書いてるなんて知ったら、あんたの可愛い生徒はどう思うかしらねえ?」
 知識人は実はヤオイ好きでした。
 そんなネタは天狗のタブロイド誌の社会面を賑わせるだろう。
 最近ちまたも平和で大きな事件もない。
 ファンキーな靴を履いている現役中学生新聞記者も、喉から喉が出るほどネタを欲しがっているはずだ。
 あいつは誰それと誰それがネチョっていたとかいう程度の事件だって、平気で記事にする低俗な記者だ。
 普通朝刊はそんなことしないと思うんだが。芸能週刊誌かっつーの。
 まあ、あんな三文ミニコミ誌に書いてある内容なんて実際どうでもいいけど。

 私は用紙を持ってけーねに詰め寄ることにした。
 せっかくだからこの事実でけーねを脅迫して、メイド長撃退に協力させられないだろうか。
「ほーら、ほーら」
 けーねに用紙を見せつける。
「くっ! 卑怯だぞ!」
「知識人が腐女子だって里に知れたらどーなるかしら。あんたの信頼はがたオチねー。公職選挙法違反でクビかしら」
「いつか突き刺すクレイドるファックユア明日!」
 まったく、こいつは何かって言えばケイブだの突き刺すだのと。
 もういい加減尻穴ネタはあきたっつーの。馬鹿の一つ覚えの芸人か。ふかわりょうか、お前は。
 まあ、私は優しいから友達に直でそんなこと言わないけどさ。
「言ってる、言ってる。ものごっつ声に出してる」
「それにアンタさ……」
 そう言いながら、私はまた一枚けーねの原稿を手に取る。
「このコマ。ほら14ページ目の3コマ目。
 このさ、美形キャラが顔を赤らめて、口を開けてなにか握っているような構図ですけど……
 あなたはこの空白に一体何を書き込むつもりなんですか? 教えてくれませんかっ!」

 とんとん。私はケント紙の問題の個所を叩く。
「うぐ……」
「アスカ、オマエは俺の……」
 こまちが原稿を読みだす。これは私も乗らなければ。
「あのときからずっと……縛られていたんだ。ブゥ(笑)この弾幕、破壊力ありすぎw らめて、らめてっ!」
「台詞朗読ぐぎぎぎぎ!」
 アスカって、だれだろう?
「黒歴史になるってわかってるなら書かなきゃいいのに……」
「それでも書かずにはいられない。これが腐女子のサガか。ならばその目に焼き付けるがいい、男の○○を」
「「ぎゃー!! 美鈴のアホー! 直で言った、直で言った!!」」
 から騒ぎしてみた。
「ちょっと美鈴、始まったよ!」
「そうそう、今日集まった目的はサンセンのライブ鑑賞会だろ! こんなことしてる場合じゃないんだ!」
「はああー。なんでこんなしょっぽい14インチで鑑賞しなきゃいけないのかしら。しかもいまどきブラウン管だし」
「私の家のテレビにけちつけるんかい。元はといえば、おまえが先月集合時間に遅れなかったら、
 ライブのチケットを手に入れられてたんだ!」
「しょうがないじゃない、くさやが残業押し付けて、解放してくれなかったんだから!」
「そういえばこのテレビ、どこで買ったの?」
「ああ、絶倫堂。中古だけど、結構高かかったんだよ。電気もあの店から引いてもらってるんだ」
「へー、あの変な店、そんなこともはじめたのか」
「ふーん。……あれ? なんか今、店の名前間違えなかった?」
「え? 香霖堂でしょ?」
「あれ? そーだよね??」
「変な美鈴」
 おかしいな、今確かに……

 妙な気分になりながらも、目に入ったテレビには歌うサンセンメンバーの姿。
 ああー。
 今日もやっぱりかっこいいワー。
 見惚れちゃうナー。
「もうサイコー!」
「炬燵から降りろ!」
 おっと、しまった。
 うっかり、ヒートアップして炬燵の上でサンセンファンクラブ音頭を二番まで踊ってしまった。
 ちなみに応援用パラパラもある。
「もう、ホシテルさましか見えねえ!」
 けーねもヒートアップしてきた。
「画面に張り付くな!」
 こまちが突っ込む。
「……あんなネクラっぽい長髪のどこがいいのかしら。そういえばニート姫に似てるわね」
「おまえは私を怒らせた!」
 うっかり本音を言ってしまったら、けーねが泣きながらつかみかかってきた。
 うおっ、こいつ結構力つええ? 闘牛?
「喧嘩するな! サンセンファンは喧嘩しない! ブレイク、ブレイク。まだ、あわてる時間じゃない」
 こまちがどこぞの天才ポイントガードのように冷静に仲裁してくれた。


 けーねにつかみかかられて、またメイド長に怒られた記憶を呼び覚ましてしまった。
 あれだ。鬱病か五月病かもしれない。
 PTSDってやつかも。

 うーん。もっと前向きな想像をしようかな。
 このままネガティブな想像ばかりしていては、精神衛生上良くない。
 そうだ。
 パッド長をやっつけた後の妄想でもしてみようかな。
 そういう良い未来像を考えていた方が健全だよね、うん。
 うーんと。
 例えば、首尾よく行ってパッド長を屈服させた暁には……

 もやもやもや。

 ~少女妄想中~

 ぐうう。
 私の前に仕えていた咲夜の腹からへたれた音が聞こえる。
 私は咲夜の首に鎖をつけて、ペットとして飼っていた。
『おや、お腹が鳴るなんて、瀟洒とは言えないわね』
『す、すいません。一昨日から何も食べてなくて…』
『咲夜、お前は一週間一切れのコッペパンだけで過ごした門番の話を知っているかしらあ?』
『うっ…』
『あの時はつらかったわ』
『す、すいません…ごめんなさい……』
『でも、私はちゃんとペットにはえさをあげるのよ。ホラ』
『こ、これは?』
『アンチョビ入りの猫まんまよ。あなたはペットなんだから、おいしそうでしょう?』
『……は、はい』
 咲夜は飢えていて、どんなものでもお腹に入れたい様子。
『ホラ、お食べなさい』
 私は猫まんまの入ったエサ用容器を床に置く。
『はい……いただきます』
 咲夜はその容器を手に取って持ち上げようとする。
『こらあ、食べ方が違うじゃない』
『え?』
『ちゃんと狗らしくしなさい』
『あ、あの…いったい』
『そんなことも分からないの? しつけのなっていない狗ねえ。飼い主の顔が見たいわ。
 ……あ、私だったか。とにかく、はいつくばって犬食いするのよ。ペットらしく』
『そ、そんな!?』
『あらあ、逆らうのかしら。またレミィに会える日が遠のくわよ』
 吸血鬼のレミリアも既に私の下僕だ。
 こいつは相当レミリアに会いたいらしい。
 既に禁断症状が出ているようで、レミリアに会わせてやると言えば何でも言うことを聞くようになっている。
『ううう…わかりました』
『そうそう、ちゃんと言うことをきくのよ』
 咲夜が私の足元にひざまづき、容器の中身に口をつける。
『ぴちゃぴちゃ』
『おや』
 咲夜がなれない犬食いで粗相をし、猫まんまの汁が私の靴にかかる。
『汚れちゃったわ』
『ああ、す、すみません』
『……おなめなさい』
『え?』
『あなたは狗なんだから。狗らしく、なめてみればいいじゃないの』
『ううっ……』
『何をしてるの? はやくしなさい』
 私は咲夜の首についた鎖を引っ張る。
 咲夜の顔が苦しそうにゆがむ。
『……はい…』
 咲夜は涙目になりながら、私の靴に舌をつける。
『ぺちゃぺちゃ』
『もっと愛情をこめてなめとりなさい』
『うっうっ』
『のみこむのよ』
『うっ、ごきゅ、こくん』
『…はは…ははっ、あははははは! 無様ねえ、咲夜! さあ、今夜はどんなエロいことしてやろうかしら!』


「最低だな」
「ああ、最低だ。あなたの妄想は-30点。次に期待しています」
「脳内読んだ!? なんでよ、私の作ったストーリーなんだから傑作に決まっているじゃない!
 はっ! さては私の才能に嫉妬…」
「何いってんだ」
「自意識過剰なんだよ、えーきたんに裁かれてしまえ」
「おまえらみたいに物を見る目がないやつらとはやってられない! ここにいたら私の才能が腐る!」
「まあまあ、チャイナさんよ」
 なだめるみたいにけーねが言った。
「だれがチャイナよ。そんな十年に一回ぐらいしか単行本が出なさそうな名前で呼ばないでよ。
 いや、めちゃファンだけどさ」
「おまえさん、要するにメイド長を失脚させたいんだろ?」
「まあ、そういうことね」
「そういうことなら、いい方法がある」
 そう言って、慧音は棚からスペルカードを取り出し、机の上に並べた。

 荀符「二虎競食」
 呂符「駆虎呑狼」
 諸葛符「偽書疑心」

「なんじゃこりゃこりゃ」
 なんか物騒な名前であることはわかるけど。漢字ばっかりで私にはいまいち効果が分からない。
「おまえは、中国妖怪なのに三国志も知らないのか。
 これはな、みんな策略のスペルカードだ。相手を陥れるために使うもの」
「まあ、良くわからないけど。とりあえずもらっとくわ」
「んー、ありがたく使いな。館を陰謀のるつぼに落とし込んでやればいいよ」

 ジャーン! ジャーン! ジャーン!
 玄関の呼び鈴が鳴ったみたいだ。
「ごめんくさーい」
「げぇっ、この声は!?」
 けーねが叫んだ。
「あ、この声いつかの妖怪兎じゃないの?」
「たしか、てゐだっけ?」
「お、大家さん!」
「「ハア?」」

「いやー、センセんとこもしばらくぶりやな。おおきに、おおきに。
 ちょっとついでがあったんで寄らせてもろたわ。どっこいしょ、と」
 けーねの家の玄関に現れた妖怪兎の姿を見たのち、私とこまちは顔を見合す。

(なにコレ? 何弁?)
(てゐってこんなキャラだっけ?)

 顔も耳もいつかみたあの妖怪兎なのだが、印象はまるで違う。
 まず、服装がおかしかった。
 はでなピンク色のけばけばしいドレスを着て、首には真珠の成金趣味なネックレスをかけ、爪にはラメ入りのマニキュアを塗っている。
 色の入ったサングラスはギラギラの金縁で、腕にはご大層な金時計を巻きつけ、でかでかした宝石の付いた指輪をいくつも両手の指にはめている。
 それにこの関西弁だか広島弁だか、よくわからない微妙な折衷したイントネーションはいったいなんなのか。
 たしか前はもっと普通で、標準語を話していたはずだ。うさうさ言ってたときもあったかもしれないが。
 いつのまにこんな風になってしまったのか。
 おまけにその後ろにはどこから連れてきたのか、黒スーツ柄ネクタイで強面の筋肉増量中な妖怪兎が三羽。
 ご丁寧に服装とあわせた真っ黒なサングラスを着用している。
 良く見ると頬に傷が入っているヤツもいる。鬚を生やした奴もいた。
 どっからどう見てもヤの字にうさみみをくっつけただけにしか見えない。
 えーと……。永遠亭にはこんな兎もいるの?
「それでな、今月の家賃のことやけど」
 私達二人は柱から顔を出して玄関の方をのぞいた。
 てゐがそれに気付いたみたいで、首をのばしてこっちを見る。
 どこがどうとは言えないのだが、なんとなく仕種がいやらしい。
「ここやと、ちょいと人目につきますな。センセもお友達の目があったら話にくいやろ?」
「え、ええ。そうですね。でしたら、家の裏庭ででも」
「よっし、センセ。じゃそこいって話そか」
「は、はい」

 ……行ってしまった。


 ◇ ◇ ◇


 嘘吐き兎として名高い因幡てゐは、持ち前の詐欺まがいの財テクを駆使して、高利貸しを皮切りに不動産業界でも名を馳せていた。
 今では”ミナミのてゐ王”として幻想郷界隈で恐れられている。
 けーねの家は借家で、大家はこのてゐであった。
「センセ、今月の家賃も払ってくれてませんやないか。もう6ヶ月目やで。
 本来なら、契約解除の立派な理由になりまっせ?」
「あの、もうちょっと待ってくれませんか? 今月はなにかと物入りで…」
「センセ、いい加減にしておくんなまし。もう、言い訳は聞き飽きましたわ」
「……」
「教師ゆうたら聖職者やで? いけませんな、聖職者が約束破るゆうんは。下々のもんに示しがつきませんやろ」
「あ、あとちょっと待っていただけたら、寺子屋の月謝が入りますから!」
「先月も似たよーなこと言うとったやないですか。
 聞くところによると、センセの塾、経営に行きづまっとるらしいやないですか。
 あて、株やっとるさかい、そういう情報には目ざといんやで。ほんまに月謝入るんでっか?」
「う……それは…その」
「あんたんとこ、一回不渡りだしとるらしいやないか。
 そんな状態でも、なんや慈善事業みたいなことやっとるらしいて聞いたで。ちょっとのんきなんとちがいまっか?」
「しかし……私が教えなければ、導かなければあの子達は…」
「……。まーそーゆーても、あても鬼や無い。センセは偉い方や。それは知っとる。
 月謝もってこんビンボな子供にも分け隔てなく教育を施してはる。
 なかなかできることやない。いうたら、人格者やな。
 あてもたくさんの養わなならん、うさぎ達をぎょーさんかかえとる身やから、センセの気持ちはよーわかる」
「は、はあ」
「あてかてな、そんな立派なセンセを助けたい気持ちがないわけでもないんや。むしろ応援したりたいおもてる。
 そうはいうてもな、あても商売でやっとるわけやしな。遊びやないんや。
 泣いて馬謖を切らなならんような時かてあるんやで。
 センセもそんなあてのつらい気持ち、わかってくれるやろ?」
「は、はい…そうですね…」
 なんか、うざいんだよなあ、この人。さっさと話終わらせたいなあ。慧音はそう思った。
 実はこうやって鬱陶しいくらいの口上を並べたてて相手の抵抗力を萎えさせるのも、
ミナミのてゐ王のトーク術のひとつなのだ。
「まー、ムリゆーても、ゼニもってないやつからゼニ取り立てることはできまへん。
 だからな、そーゆう人にはゼニ以外の物ではろてもろてるんや。センセもそっちのほうがええやろ?
 つまり、今日のところはゼニのかわりになるものをあてがセンセからもろてくことにする。
 そいで家賃のかわりにしたるわ。そいでええか?」
「そ、そうしていただけると、助かります」
「おし! ほならきまった。で、そのゼニの代わりにするものやけどな……」
「えっとその…ちょっと質問が」
「なんですの?」
「まさかその…副業…とかじゃないですよね……」
「……あっはっは。心配せんかてえーで。
 あてもたかが6ヶ月分の家賃程度で、センセに苦界に沈んでもらおなんて、そんな大層なこと考えてまへん。
 まー、どーしよーもなくのーたらそーしてもろてることも中にはありますがな。
 センセはまだそこまで落ちぶれてへんで、安心しい。
 あてがゼニの代わりにもろてこおもてるモノは、センセの身柄やない。もっと簡単なモノや」

 慧音はほっと胸をなでおろした。
「実はな、あてな、ちょいと小耳にはさんだんやけど」
 それでもやはり緊張する。
 ゴクリ。思わず慧音は生唾を飲み込む。
「ハクタクはんの角は万病に効くゆーて、高値で取引されてるらしいやないか」
「え? いや、そんな話はじめて聞きましたけど」
 てゐはこめかみのそばに小指を一本立てる。
 憎々しげな笑みを浮かべた顔とあいまって、かなりいやらしい仕草だ。
「角、一本いったって」
「えええ!? …………冗談ですよね?」
「あんな、なめんといてや。あてには一銭にもならん冗談いう趣味も暇もないんや!」
「そんな……でも、ホラ、アレじゃないですか。今日は満月じゃないし」
「そーゆう思てな、用意してきたで」
 そう言って、てゐは手をあげ、後ろに控えていた黒服に指図する。
 黒服は後ろ手にもっていた、棒の先に板がついたようなものをてゐに手渡す。
「ホレ。満月のプラカード。これで変身できるやろ?」
「う……」
「そしてホラ、永遠亭特製のノコギリや」
 そうしててゐは黒服からノコギリを受け取る。
 コンコン。てゐはノコギリの刃の部分をたたいた。
「このとおり丈夫やし、ガンダリウム合金製で錆にも強いんやで。ほな、こいつでばっさりいってみよか」
「お願いします! それだけはカンベンしてください!」
「アンタもいつまで甘いことゆーとんのや! 返すもん返さへんくせに!
 ゼニがないんやったら、体でかせがにゃしゃーないやろ!」
「でも、これだけは、これだけは!」
「覚悟きめーや、ハクタクはん。見苦しいで。半妖の名折れやで?
 よーし、アンタラ、ハクタクはんの両肩抑えたって。
 そっちのアンタはプラカード掲げて、ハクタクはんに見せるんや」
「サー! イエス、サー!」
「本当に幻想郷は地獄だぜ!」
「ひ、や、やめてっ!!」
「あっ!! このアマ、なに目つぶってけつかんのや!
 おまえら、このヒダギュウの目ン玉こじ開けんかい!!」
「やめて! らめて! ひいい!! いやあああああ!!」


  ~少女変身中~

「おおー、でよったで、でよったで! こいつはそそるやないの!」
「いや……たすけて……あああ……」



  ~少女切断中~ しばらくお待ちください。




「おー、おー、きれいに取れたやないの」

「ふう。なかなかの上物やないか。これで一ヶ月分の家賃にしといたるわ。
 残りのゼニはあと一週間待ったるで~。気ぃ入れて稼ぎいや。ほな、さいなら~」




 ◇ ◇ ◇



 けーねが部屋に戻ってきた。
「あ、けーね。随分かかったね。一体何のはな……」
「もうライブ終わりだ……」
 私たちは部屋に入ってきたけーねの頭のあたりを認識して、絶句した。
 ツノが片一方しかない。
 おまけに半ベソかいている。

(え……)
(な……)
(ちょ、ちょっと)

 小声とテレパシーを使って隣のこまちと相談する。
 けーねは無言で炬燵の自分の席に座る。

(あれ、どういうこと? 何でツノが片一方しかないん? どこのてりーまんにあげたん?)
(わかんないわよ。幻想郷に超人なんていないし。……てゐと何かあったのかしら?)
(そういえば、何かお金の話っぽかったし。……もしかして借金のカタに取られたとか?)
(ソレダ! おまえあたまいいな!)
(……)
(……)
(……ごくり)
(ちょっと、どうしよう。慰めてあげたほうがいいかな?)
(いや! 触れないほうがいいって! 余計傷に触れるだけだって! そっとしておこう)
(う、うん。わかった)

 けーねだって女の子なのだ。
 オシャレしてたんだろう。
 きれいになりたくて、毎日磨いたツノだったんだろう。
 少しでも可愛くみせようと、リボンだって飾ってみたんだろう。
 効果のほどは疑わしかったけど。
 コンプレックス(?)を解消するために、涙ぐましい努力と、時間を注いでいたんだ。
 てゐうか、金に困ってるくせにテレビとか買ってんなよ。

 そのテレビの方では三月センチュリーのライブが滞りなく進んでいる。
 まもなく最後の曲、「乙が女☆ハートフルボーイズ」が終わる。
「あーもうアンコールだ……ってうおい!」
 気がつくとけーねが炬燵机に臥せっていた。
 ああ、やめてよね。そうすると、丁度ツノの切断面が見えるんだ。
 生々しいその傷跡を見せ付けられると、いたたまれなくなるんだ。
 もう、なんて言ったらいいかわからない。
 こっちまでなみだ目になってくる。

(うを……)
(ちょうキマズイ…)
「けーね! ほら、みなよ! けーねの好きなホシテルが写ってるよ!」
「……ぐす…ホ、シテル、さま?」
「そう、そう、うわー。サンセンかっこいいな~」
 私たちは必至でけーねを奮い立たせようとする。
 ライブはもう最後の挨拶に入っている。結局、けーねは楽しみにいていたライブもほとんど見れなかった。
 三月センチュリーのメンバーがそれぞれマイクを持って、舞台の中心に集まってくる。
 大勢のファンの黄色い声援が、テレビを通して聞こえてきた。
『みんな! ありがとう!』
『今日は皆に聞いて欲しいことがあるんだ!』
『僕達は、いや、私達は』

『『『実は女です!』』』

 衣装みたいなものが投げ捨てられる。
 そのあと、ステージには三月センチュリーの顔をした、ちんまい女の子が三人立っていた。
 …………。








「「「ハア?」」」


「……これ、光の三妖精じゃん!」
 こまちがそう叫んだ。

『私達は本当は三月精と言って本当は、光の妖精なんです』
『事情があって、男の振りをしていたんですけど』
『もうこれ以上、皆さんを騙しておけなくなったんです』
『『『本当に申し訳ありませんでした』』』
『芸能界を引退しようかと、何度も思ったんですけど』
『それだと罪滅ぼしができないと思うんです。ですから』
『これからは、女性アイドルグループ”三月精”として芸能活動を続けていきます!』

「そんな…」
「三月センチュリーが……おんな?」
「いま、身長ちぢんだ??」
 私たちは口ぐちに驚きを声に出す。
「ホシテルさまが…」
 けーねが口をわなわなさせてそう言う。

 なんだコレ。
 ここに来てのまさかのカミングアウト。
 私たち三人は開いた口が塞がらない。
 そりゃそうだろう。
 いきなり女でしたって、そんな……

 会場は静まりかえっている。

 そうだ。
 騙されていたことを知った現地のファンはどうするんだろう?
 コレ、下手したら暴動が起こりかねない展開じゃないの?

 カメラが代わって、観客席の様子が画面に映し出された。

『………』


『……』
『……』
『……』
『がんばって!』
『……』
『応援する!』
『むしろ女だからこそイイ!』

 ……!?

 えええ? そんなノリなのおー!?
 会場には割れんばかりの歓声が巻き起こっているようだ。
『ありがとう! みんな、ありがとう!』
 満員御礼。
 満場一致の拍手に迎えられて、三人の妖精少女が観客に手を振る。
 カメラが遠くなり、会場の遠景が映し出される。

 私たち三人はテレビ画面にくぎ付けになって動けない。
 けーねは立ちつくしている。
 私とこまちの二人はその背中を見つめている。
 拳がわなわなと震えている。

 そりゃ、震えるわ。

 私もショックだけど、きっとけーねが一番ショックだろう。
 私たち二人はせいぜいライブに行くぐらいだったけど、けーねは違う。
 けーねは私たちの中で一番三月センチュリーにお金を使っていた。
 たぶん、年間二百万はつぎこんでいたんじゃないだろうか。
 それくらい入れ込んでいた。

 けーねの背中には哀愁が漂っている。
 踏んだり蹴ったりとか、泣きっつらに蜂とか……何か表現するのも空しくなってくるな……。







 しばらくして、そんなけーねが口を開いた。
「美鈴……こまち……」
「「はい……」」
「今日は朝まで飲ぞ!」
 ドン!
 けーねが新しい一升瓶を取り出して炬燵の上に置いた。
 けーねの秘蔵の銘酒「鷹蔵剣」だ。

 その夜、私たちは三人で宴会を開いた。
 ヤケ酒を大いに飲んだ。
 テンコー節を踊ったり、野球拳をした。
 宴会芸を披露しあった。
 わかめと角について話し合った。
 上司の悪口を瀟洒なスラングで言いあった。
 見えない自由が欲しくて、見えない銃を撃ちまくった。
 私もけーねもこもちも、じゃなかったこまちも、ぐでんぐでんに酔っぱらった。
「うう、サンセンのばかやろー、お前らなんか三銭の値打ちもねーよ!」
「まあまあ、そう落ち込むなよ。そのうちいいことあるって」
「お前らはいいよな。サンセンを失っても乳があるんだから!」
「なぜそこで急に乳? 気にしてたの?」
「お前ら巨乳枢軸国は、私たち持たざる者のことを迫害している!」
「なにその三国同盟? いつできたの」
「心の中で馬鹿にしてるんだろ! 嘲笑ってんだろ!
 乳が貧しいやつは心も貧しいよな、とか思ってんだろ!」
「被害妄想だよー」
「くそう、この乳が憎い!」
「うおぃ、いてえ! デンプシーロールは反則!」
「じゃあ、おじさんが大きくしてあげようかな?」
 そう言ってこまちは背後からけーねの乳を鷲掴みにする。
「なにをする! シータを放せ……うっ、くぅ」
「よいではないか、よいではないか」
「う…や、やめろ…」
「ほーれ、よせてあげてー、よせてあげてー。おっぱい体操第一、胸を後ろから掴んで乳首の運動ー!」
「ひっ、…あっ! ふっ! はっ!」
「この胸を解き放て、この胸は人間だぞ!」
 アホか。

 けーねの顔が赤らんでいる。
 アルコールで赤いのか、その他の理由で赤いのか。
 知ったことか。
「ああん……こんな…こんな……いやなのに…くぅ」
「ほほう、体の方は正直だなあ」
「お代官さま、かんにん、かんにんやー」
 ああ。
 こいつら本物のアホだわ。
 けーねもなんだか元気がでてきたみたい。

 やっぱ友達っていいもんだなあ。


 女三人そろえばかしましい。
 深夜まで私たち三人はドンチャン騒ぎをしてすごしました。



 ◇ ◇ ◇



 翌朝。
 泥酔とまどろみの中、私は目覚めた。
 うええ、げろす。超二日酔い。
 枕元に置いてあった時計を手に取って見る。

 ってもう昼過ぎじゃん! 超遅刻!
「なに? もう仕事いくの?」
 隣に寝ていたけーねも起きてきた。
 こまちもごろごろしている。
「今日は日曜だぜ?」
「うち、定休無しの二交替シフト制だから」
「やめとけ、やめとけ。仕事なんかいくな、いくな」
「こまちはサボりすぎだろ。死神っていったいどんな職場なんだ?」
 私だって、めっちゃだるいからまだ寝ていたい。昨日寝たの四時半だったからなあ。
「しょうがないじゃない。行かないとくさやがうるさいのよ、くさやが」
「誰かしら、その魚肉っぽい名前の人」
「ああ? くさやはパッド長に決まってるじゃない…ってパッド長! なぜここに!?
 はっ、そうか。きっさまー! 幽香だなーーー! パッド長の体をのっとったなー!!!」
「昼になっても門がカラだから、行き先を知っているメイドに聞いてきたのよ。
 たまに休日をあげてみればこの体たらく。あんた、覚悟はできているんでしょうね」
 ごっくん。
 私はメイド長の余りの迫力に、生唾を飲んだ。
 そこに立っているのはパーフェクトメイドなんかではなかった。
 その漂うオーラはまさに阿羅漢。フリルで飾られた一匹の鬼。
 自分の二日酔いで青い顔からさらに血の気が引いていくのがわかる。
 私は叫んだ。
「いやー、痛みを知らない子供が嫌い! 心を失くした大人が嫌い! 優しいSSが好き! 」
「心配しなくても、主に祈りを捧げる時間ぐらいはあげるわよ。
 あんたを磔刑にするのに、3秒もかからないから。ドミノ・クヴォヴァディス!」
 膨大な数、数えるのも馬鹿らしいぐらいの数のナイフが空間に配置されていく。
 ああ、あれが刺さったら痛いんだろうなあ。あと私ブッディストなんだけどなあ。
「ひぃいいいいい!! うちきりはいやーーーーー!!」 

 その時、歴史が動いた。

「マイマイト、まかせて! ロケットでつきぬけろ、アァーーーポロ13!!」
「なにっ!? ここは巨乳の巣だったのか!? て、それアンタのスペルじゃな」
 それは完全なる奇襲だった。
 あの瀟洒なパッド長が、時を止めるいとますら与えられなかったのだ。
 いや、別の意味で時は止まっていたのかもしれない。
 きっと映画化されたら、このシーンは暗転してカメラアングルをぐりぐり回すはずだ。
 ほら、マトリックスの静止シーンみたいにさ。

 パッド長は歴史を司る魔物・ハクタクの、見敵必殺の魔剣の前にその無防備な臀部を曝していた。
 アポロ13という名の堂々たるパクリ技、その実ツノを利用した単なる頭突き。
 単純じゃないのは、まるで摩擦係数の公式に真っ向から喧嘩を売るかのような、物凄い回転がかかっていることだった。
 けーねのロングホーンは一本だけになったために、余計その貫通力と回転力に磨きがかかっていた。
 片翼を失い、重心がずれ、バランスが崩れたことによってかかったモーメントを回転のトルクに変えたのだ。
 さすが知識人。転んでもただではおきない。
 それからけーねは別に巨乳というほどではない。

 研ぎ澄まされた先端は、一点だけを集中して突き、抉り、そして蹂躙した――

 私は知っていた。咲夜さんの秘密を。
 紅魔館に極秘裏に導入された、巨匠アリス・マーガトロイドが丹精こめて作り上げたウォッシュレットのことを。
 パッド長が、痩せ型で妙齢の、人間の女性に特有の持病に悩まされていることを。
 永遠亭特製の塗り薬を定期的に購入していることも、その薬が身体のどの場所に塗るための薬なのかも。
 そして、その弱った部位なんかでは、とてもけーねのローリングクレイドルの暴力的な衝撃に耐えられないってことも。
 ブレイク工業も真っ青の削岩。
 哀れ、粘膜、合掌。

 ~少女悶絶中~

 目の前には無残な生命の残滓が転がっていた。
 くの字に折れ曲がり畳の上に突っ伏しぴくぴくと痙攣を繰り返すそれは、
かつては瀟洒と呼ばれていたモノの今は物言わぬなきがらだった。
 憎たらしいと思いつづけていたものの、こうなってみると多少気の毒でもあり、悲しくもある。
 墓標に花の一輪でもそなえてあげたい気持ちにもなった。
 つーか、目をそむけたかった。なんつーか、絵が汚い。さっきから色々と。

「……死んだかな?」
 けーねの口調は多少後悔を含んでいた。
 傍目から見てもちょっとやりすぎた感はいなめない。
 なんていうか、こいつは戦闘と呼べる物ではない。一方的な虐殺だ。
 それに、あれだけ深く突き刺したんだったら今けーねのツノの先端には……
 深く考えないことにしよう。

「コレ、どうするの?」
 騒ぎで起きてきた小町がメイドの残骸を見て言った。
「あ! 唐突に都合よく思い出したんだけど。そういえばコレ、永琳が賞金かけてたな」
「こいつ、賞金首?」
「なんでも、DNA鑑定したいから捕らえたら永遠亭に連れてこいとかなんとか」
「でーえぬえーかんてって何?」
「さあ? シラネ。宇宙語じゃないの?」
 けーねと小町の話している内容を聞き、私は全てを解決する名案を思いついた。
 私の未来も友達の未来も保証する、たった一つの冴えたやり方。これしかない!
「ちょうどいいじゃない! けーねコレ永遠亭に引き渡してきなよ。賞金もらって家賃はらっちゃえば?」
「そうか! そうだな……」



 ◇ ◇ ◇



 けーねはリヤカーを引っ張りながら、永遠亭へと向かった。
 安っぽい台車の上にはズタ袋が一つ無造作に置かれている。
 その中にはあのかつては完璧で瀟洒だったメイドが入っている。
 口にはさるぐつわをかまされ、両手両足を縛られ、魔法だか法力だかよくわからん妙な術が使えないように、体中に御札をべたばりにされている。
 テーマソングは疑いようの余地もなく、ドナドナだった。
 ドナドナドーナドーナ~♪
 しかし、通常台車に乗せられるのは牛のほうではないのだろうか。
 そんなことは些細な問題かもしれないが。
 ……どことなく、侘しい風景であった。

 油の注されていない車輪ががらがらと音を立てる。
 けーねは永遠亭のある迷いの竹林へと先を急ぐ。
 その途上で彼女は考えた。
 先ほどの戦闘を思い返す。出してしまった犠牲を悔やむ。

 なぜ人と人は争い合わなければならないのだろう。
 全ての人々が、幸福になりたいと願っているのに。
 なぜ自分は借金まみれになってしまったのか。
 あのときてゐに誘われて、先物取引に手を出してしまったのは、どこかの誰かの狡猾な罠だったのか。
 もしかしたら、世界には全ての人々を不幸に陥れようと願う、悪魔のような存在がいるのかもしれない。
 それはもしかしたらあの紅魔館に住む、運命を司るという幼女かもしれない。
 では、ヤツさえ倒せば世界は平和になるのか?
 つまるところ、きゃつがゾーマか。
 そう言えば、こいつゾーマの手先だし。やっつけて正解だったのか?


 ……いや。
 きっとそれは違うのだ。

 思うに、世の中には絶対的な正義や悪などは存在しない。
 すべての悪いことの原因を引き受けてくれる、最終的な黒幕などは存在しないのだ。
 そんな存在がいてくれたらどんなに楽なことか。
 けーねはちらりと咲夜を見る。というか、汚い袋を見る。
 
 こいつも自分なりの正義を行っていたにすぎない。
 ただ美鈴に真面目になってほしかっただけ。
 だからきつく当たっていたのだ。

 袋がもぞもぞと動く。

 どかっ。

 タメを大いに作ったけーねの美しい踵落としが、袋のみぞおちあたりに叩き込まれる。
 声にならない悲鳴をあげて、袋が沈黙する。


 諸行無常か…。
 空しいな…。


 そんな風に考えたが、別段慈悲心にほだされて咲夜を解放しようという気にはならなかった。

 なぜ解放しなかったか?
 それはたった一つのシンプルな理由だった。



 「だって、賞金ほしいんだもん」

 口では理想をとなえていても、実際の行動は利己主義に走ってしまう。
 それもまた悲しい大人の事情の一つ……なんじゃねえの?

 帰ったら、録画しておいたサンセンのビデオを見よう。
 けーねはそう考えた。



 ◇ ◇ ◇


  
 文々。新聞朝刊
「香霖堂でメルトダウン発生、行方不明者一名」

 六日正午ごろ、魔法の森のはずれに位置する道具屋・香霖堂で爆発事故が起こり、森の入り口を含む周囲0.5里が焼け野原となる大惨事となった。この原因は店主・森近霖之助氏(推定120歳以上)が永遠亭から購入した、小型核融合炉の炉心融解(メルトダウン現象)であると見られている。また、この事故に伴い、香霖堂から電力供給を受けていた家屋で停電が起こっており、現在のところ復旧の目処はたっていない。
 この小型核融合炉という聞きなれない単語だが、本誌記者調べによれば、外の世界の最新科学技術によって作り出されたエネルギー発生機関だとのこと。この機関の問題点は、炉心融解を起こすとエネルギー生成の過程で発生する有害で目に見えない物質・放射能を撒き散らすことにある。
 現在現場では放射能に影響を受けない幽霊達によって検証が行われている。
 死者は今のところ確認されておらず、ただ一人の行方不明者の店主の安否が気遣われている。
 放射能は風に乗って流される物質だということだが、この店の立っていた場所は元々無人の地帯であり風力学的にも閉鎖された地形であるために、外部への汚染拡大の危険性は比較的低いと専門家(核熱魔法に理解のある紅魔館に住む魔女、パチュリー・ノーレッジ氏、年齢不詳)は語る。対策班では今後この専門家の協力を仰ぎ、残留している放射能の除去作業を行う予定。
 問題のあった核融合炉だが、製造元である永遠亭側は使用後検査でも問題なかったため「安全上の問題はない」とし、設計上のミスはなかったため、運用状態に問題があったと思われる」とコメントし、事件への責任性を全面的に否定している。



 ◇ ◇ ◇



 そうしてけーねは、咲夜さんを永遠亭に送り届けた。
 もらった賞金で家賃を払い、ツノを買い戻しアロンアルファでくっつけ、接着面はリボンでカバーした。
 もちろん咲夜さんは料理される寸前で時を止めて脱出した。
 当然、中国はけーねのぶんも含めていつもより多めにおしおきされました。

 めでたし。
 以上。
 チンカラホイ、終わってしまえ~






 ~Fin~





 こころやぶれた ひとびとが だきょうのくにに すまうとき
 せいぼマリアが やってきて えいちにみちたことばを こうささやく
  


         「おっぱお」




 小町は京都弁でも違和感ない気がします。ああ、そういえば小町も何の妖怪かわかんないですよね。


 BGM ”LET IT BE” by THE BEATLES
乳脂固形分
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コメント



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3.70浜村ゆのつ削除
もうネタからなにから突っ込み所が多すぎてorz
しかし笑ってしまった私の負けですな。
5.90時空や空間を翔る程度の能力削除
ツッコミ満載よ~。
笑わせて貰ったわ。
6.90名前が無い程度の能力削除
行き遅れ3人組のノリが素晴らし過ぎるw
けーねかわいいよけーね
7.90名前が無い程度の能力削除
え、けーねの借金って先物取引でこさえたものなの?サンセンに入れ込んでたんじゃないの?それと核融合炉は普通メルトダウンしないよ?核分裂炉じゃないの?

って思いましたがそれは兎も角、もうカオス過ぎて何が何やら解らないにも関わらずとても面白かったです。
9.80SETH削除
あとがきに神をみたw
11.100名前が無い程度の能力削除
いきなりブルーハーツかよw
懐かしくてCD引っ張りだしてしまったじゃないかw
13.90思想の狼削除
伏せ字されてないふかわりょうが哀れ過ぎるw
15.60翔菜削除
ドリル型の時点でまず彼女たちを連想するよね……。
いや、これはよいものだ。
16.70名前が無い程度の能力削除
パッド長、よく動けますね
17.80名前が無い程度の能力削除
中国よりメイド長が…
22.70名前が無い程度の能力削除
これはひどい ひどすぎるw
24.無評価名前が無い程度の能力削除
こ れ は ひ ど い w w w

そしてこまっちは死神なんだZE☆
27.80名前が無い程度の能力削除
もう訳が分からんww(褒め言葉

ひとまず、初めのナレーションに映像の世紀吹いたw

ちゃらら~ ちゃらら~ららら~~ららら~♪
30.80椒良徳削除
>なんだったら、思考結晶を使って私が図面を引くわよ。
ちょwwアーヴww テラナツカシス

>けっして行き遅れ負け組み中年女・三人組が、お互いを慰めあう会なんかではない。
慧音が中年女だと? 怒ってませんよピキ。ええ、怒ってませんよピキ。今の私は神すらも殺せてしまうかもしれませんが、怒っていませんよギリ。じゃあ、ちょっと和歌山まで来てくださいピキ。話がありますピキギリ。

>けーねの家には最近買ったテレビがあるので、
おいおい、近代的だな。

> 荀符「二虎競食」
> 呂符「駆虎呑狼」
> 諸葛符「偽書疑心」
おいおい凄い面子だな。

>”ミナミのてゐ王”
似合いすぎだ。うぇww

>『私達は本当は三月精と言って本当は、光の妖精なんです』
くそう、気が付かなかった。おれともあろうものが、気が付かなかった。くそう。

>見えない自由が欲しくて、見えない銃を撃ちまくった。
トレイン~トレイン走っていく~♪

>「この胸を解き放て、この胸は人間だぞ!」
> アホか。
アホだ。

>「いやー、痛みを知らない子供が嫌い! 心を失くした大人が嫌い! 優しいSSが好き! 」
バイバイ

なんだ、このツッコミ所満載の作品は。文章力を無駄遣いしやがって。
だが、そこが良い。
38.無評価乳脂固形分削除
コメントありがとうございました!
感動で目から牛乳があふれてきて、アイスクリームみたいに溶けていきました。

>それと核融合炉は普通メルトダウンしないよ
なんでしょうかねえ。オーバーテクノロジーで高出力過ぎたから暴走でもしたんですかねえ。それか新聞の誤報かもしれませんね。いつだって新聞記者というものは科学知識にうといのに無責任なことを言いがちですからねえ。
ところで、私はとても男らしくない人間ですよ。

>行き遅れ3人組
こういうバカルテットみたいな組み合わせ、大好きです。スリー・オブ・ア・パーフェクト・ペア。オセロにマチャミとか。

>突っ込み所
もういくらでも突っ込んでください。その都度喜びます。Mっ気あるんで。

>ブルーハーツ
キーが高くておっつきませんが、十八番です。

>映像の世紀
オープニングの「パリは萌えているか」を聞くたびにサブイボが立ちます。NHKはときに素晴らしい仕事をする。

>ドリル型
ちくしょう、書いていた俺も気付かなかったぜ。何て巧妙なんだ、やってくれたぜ、三月精。

>ふかわりょう
シュール芸、好きなんですけどねw

>あとがき
おっぱいは人類の至宝です。

>メイド長
たまには立場が逆転するのも新鮮でいいんじゃないでしょうか。
作者が特別に咲夜が嫌いというわけではありません。
ええ、避けにくい通常弾を撃つからって別に。

>ちょっと和歌山まで来てください
困りましたねえ。和歌山で決闘するのであれば、自然みかんを用いた弾幕戦ということになってしまいます。柑橘類ファンの僕としては、みかんがそんな理由で浪費されるのを見るのは忍びない。それより東京で熟女の魅力について語りませんか?
50.無評価名前が無い程度の能力削除
またか