Coolier - 新生・東方創想話

宝物 5(終)

2007/06/14 06:18:10
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「おう、遅いぞアリス」

「…うるさいわね、わざわざあんたに手がかりを見つける時間をあ
げたんじゃないの。…で見つけられた?」

「見つけたら今私がここにいると思うか?」

「…見つけられてなくてよかったわ…」

 アリスが周りを見渡すと、魔理沙の言うとおり、何もない部屋だ
った。四方の壁と天井は白い岩で占められ、床は黒い岩が敷き詰め
られた部屋。あるのは入り口の対面にある壁についている深い青色
の球体のみだった。

 球体に近づいてみると、その球体を境目に、扉の形の筋が壁に走
っているのがわかった。球体を調べてみるが、こちら側からの魔力
は通さないもののようで、とりあえず調べてみたレベルでは、ただ
のきれいな石である以上の意味は見出せなかった。

「……どうだ?」

「だめね。魔理沙もこれは調べたんでしょ?」

「そりゃな。…しかしこの部屋で目立つものとしてはこれしかないぜ」

「小屋の場所を示した巻物だってカモフラージュされてたじゃない
の。壁の一部に隠しがあるとか、魔力で隠してあるとかかもしれな
いでしょ?ほら、あんたはそっちの方からやってよ。私はこっちか
ら調べてみるから」

「せっかく気分が盛り上がってたのに、肩透かしだぜ…」

 魔理沙はだるそうに反対側の壁に向かって調べ始めた。

 …それから1時間ほどかけ、部屋の壁を2人してくまなく調べて
みたが、特に仕掛けなどは見つけることができなかった。

「あ~どうなってんだこりゃ」

 入ってきた扉によりかかり、対面の壁にある最初に調べた青い球
体をみつめながら魔理沙はため息をついた。

「…ま、最後の部屋なんだろうし、これくらい歯ごたえがあっても
不思議じゃないでしょ」

「おいおい、まだ調べてるのかよ」

「そりゃ何か見つけるまで調べるしかないじゃないの。とりあえず
もう一周してみたら休憩するけど」

「…なんか見つからないことが前提って感じの話し方だな…まったく…」

 魔理沙は扉によりかかったまま目をつぶり、しばらく頭を休める
ことにした。正攻法はアリスがやってくれているのだから、自分は
とりあえず一旦頭をからっぽにしてからやり直した方が別の見方が
できてよいだろう。

「………」

「………」

「………」

 ……と頭を休めていたら、別のことが気になってきてしまった。

 それは、ここ1ヶ月程周りを見ずにただ突っ走ってきてしまった
が、果たしてこれでよかったのかという問いだ。

「……(あー、しまった)…」

 そして事ここに至って、やっと自分が手段と目的を取り違えてい
たことに気が付いた。思い立ったらすぐ周りが見えなくなる自分の
悪い癖だ。

 ここまできて今更それはないだろうと我ながら思う。今まで幾度
となく味わってきた、戻れないところまできてしまってからの、あ
の時なんで立ち止まってしっかり考えなかったんだという後悔を、
魔理沙はまたも味わってしまっていた。

「…………」

「……あっ、もしかして……いや、やっぱり違うか…むー……」

「…………」

 …今ここで聞いたところでもう遅い。遅いのだが…それでも気に
なっていることが気にならなくなるわけではなかった。

 仕方ないので、こつこつとつま先で床を叩きながら、魔理沙はア
リスに聞いてみることにする。

「……………なあ、アリス…」

「んー?」

「……アリ、い、いや……パ、パチェがもらって嬉しいものってな
んだろな」

 こつこつこつこつ。
 つま先が床を叩く速度が速くなる。

 …なんでいつも通りに思ったことをぽんぽん言えないのか。汗ば
んだ手が、扉にくっついたようにぴくりとも動かすことが出来ない。

「パチュリー?なによいきなり」

「あ、いや、パチェには本を借りっぱなしにしたりいろいろ迷惑か
けたから、なんかやってご機嫌を取ろうかな、という感じでどうだ?」

「どうだ…ってなによそれ。その前に早くその本とやらを返しなさ
いよ。この前彼女に会った時いつまで経っても返してくれないって
ぼやいてたわよ?」

「あ、ああ…確かそこら辺に放ってまだ読んでなかったから読んで
から返す…。…で、パチェが好きそうなものなんだが…」

「んー…喘息の薬、なんてあげたら嫌味?とか言われそうだし、そ
もそも私達が即興で作ったものなんて彼女が長年研究したものから
するとそれこそ子供の遊びに等しいでしょうしねぇ…。特に最近あ
れが欲しいとか話に出たことはなかったし…。ま、本人に直接聞い
てみたら?」

「い、いや…そ、それじゃ驚きってやつがないだろう?やっぱりい
きなり渡して驚かせたいしな。それに欲しいものは何だと聞いて到
底手に入りそうもないものを答えられても困るし…」

「驚かせたい、ね。全く魔理沙らしいわ…。ただ、そう言われても
私には心当たりはないわねぇ。パチュリーのことだったら私より魔
理沙の方が親しいんだから私に聞いても無駄だと思うけど」

「そこは、そう、魔法使い同士ということで」

「あなたも魔法使いじゃないの」

「うー、あー、そ、そうだな、うん…」

「?まあいいけど…私にばっか探させてないで自分もちゃっちゃと
探してよね。ここで夜を明かしたくはないんでしょ?」

「へえへえ、わかりましたよ~…」

 結局聞きだせず終いとなった。がっかりしたというか、ほっとし
たというか、なんとも微妙な思いを抱きながら、仕方なく自分も調
べ直してみようかと思う。…と。

「……ん……?」

 魔理沙は床を見下ろした。何か違和感を感じる。いや、色が黒い
というのも十分変といえば変なのだが、何か普通とは違う感覚を床
から感じたのだ。今まで壁にばかり注意がいっていたので気づかな
かったのかもしれない。魔理沙は床を靴でこすりながら精神を集中
させ、違和感の源を探ってみた。

「……」

 …足から魔力を床に流すと、曲がりくねった道をすーっと流れて
いく感覚が得られる。最初の方にあったのと同じ仕掛けが床にあっ
たというわけだ。恐らく正しく魔力を流せばゴールに辿りつけるこ
とだろう。

「…………ふ……ふっふっふ………」

「…?…なに魔理沙。考え過ぎで頭が煮えちゃったの?」

「……アリス。下手な考え休むに似たりとはよく言ったもんだな…ふっ…」

「はぁ?なにをいきなり…って、もしかしてわかったの!?」

「ふっふっふ。これをよく見…うわっ」

 床を指差そうとした魔理沙は壁から手を浮かせられず、驚いてバ
ランスを崩して足をばたばたさせた。しかし、足を浮かせても壁に
寄りかかった体はずり落ちることはない。

「…?……壁に体がくっついてる……はっ!?…」

 魔力の流れを感じて魔理沙が前を見ると、ちょうど自分の正面に
位置する水晶玉が光を帯び、かなりのスピードで魔力を蓄積し始め
ているところだった。…と、戦慄する魔理沙の前に、アリスが飛び
込むようにだんっとこちらに背を向けて立ちふさがる。

「バカ!逃げろアリ…」

 言いかけて魔理沙は口をつぐんだ。アリスの前に1つ、2つと光
球が現れていく。アリスの背中で隠されていて全貌は見えないが、
恐らくこれは朝失敗したあの魔法だろう。成功確率が高くないもの
のようだった魔法を使おうとしている最中にしゃべりかけて、集中
力を削ぐことだけは避けなければならない。魔理沙は唇を噛んでア
リスを怒鳴りつけたい思いを必死に抑えた。

「………」

 赤、橙、黄……アリスはぱっ、ぱっと次々に光球を出現させる。
それぞれを安定させることは半ばあきらめていた。時間がない。前
方から感じる力の奔流が、自分に残されている時間があとわずかで
あることを雄弁に物語っている。

「う、うぐっ……」

 緑の光球を出現させる途中に、崩壊しつつあった橙の光球の立て
直し動作を強引に組み込んだため、アリスの背中を強烈な悪寒が襲
った。しかし立ち止まってはいられない。始めてしまったが最後、
止めることはできないのだ。

「く……はぁ、はぁっ……!」

 緑、青、藍…まで来た。残るは後1色。アリスはなんとか息を整
え、最後の1色、紫の光球を出現させようとした。その間にも正面
の力は臨界を迎えて、はじけそうなところまできている感じがす
る。いや、はじけていないのが不思議なほどだった。

「さ……さっさと、出なさいよっ……!!」

 ぱ、ぱぱっと弱々しく明滅する紫の光。アリスがその弱々しい光の
力をくみ上げようとした瞬間、その光の力は儚くも崩れ去っていっ
た。

「く…あああぁっ!!」

 ここでこの光をつかむことができなかったら間違いなく終わる。
そう直感したアリスは、腰につけられていた小さな魔法の水晶玉を
左手でむしり取ると握り割った。

「この……マーガトロイドをなめるなぁっ!」

 水晶玉の力でブーストされた魔力を使って強引に6つの光球を安定
させ、アリスは崩れかけていた紫の力を力づくでまとめ上げた。

「はぁ、はぁ………くっ!」

 これで発動の準備は整った。アリスは半身になってばっと開いた
右手を突き出すと、光球が円状に並びアリスの手の元に集まる。

 これからは1回も成功したことのない、未知の領域。ぶっつけ本
番でなんの準備も対策もなされないままでの強行。自殺行為以外の
何物でもない。…でも、やるしかなかった。

「………」

 半拍精神統一に使って。そっと右回りに力を。力がゆっくりと伝
わるのを感じながら、最後の手続きへ──

「七色の光よ

 我の前にその力を示し、何物をも跳ね返す絶対の盾となれ

 …シールド・イミュニティ」

 力を発現する、最後のコマンド・ワード。全霊を懸けて、アリスは
言葉を紡ぎだした。




「───────っ!?」

 魔理沙を最初に襲ったのは白。目を眩まさんばかりの白い光だった。
アリスの正面、かざした手を中心に、ものすごい光の帯が平面をな
すように四方にほとばしっている。

 ほとんど同時だったのだろう、いつの間にか放たれていた水晶玉か
らの光は、その光の帯によって完全に遮断されていた。

「…こんな時にぶっつけ本番でなんとかしちまうんだから、毎度の
ことながら悪運が強いな、アリ…」

 そこまで軽口を叩きかけたところで魔理沙はアリスの異変に気がつ
いた。体はゆらゆらと揺れ、足はがくがくと震えている。今にも倒
れそうなのを必死で堪えているような───

「おい、アリス、大丈夫か!?大丈夫なら返事しろ!おい!アリス───!!」




 …アリスを最初に襲ったのは、体中の魔力があらかたごっそり吸
い出され、貧血の時のような目の前が紫がかる酷く嫌な感覚と、
「あ、これはやってしまった」という絶望感、そして恐怖感だった。

 まるで、自分の体くらいある風船を必死に息で膨らませようとし
ているかのよう。手ごたえも何もなく、ただただ力が急速に体から
抜け出ていく感じがアリスを襲った。

「う……くぅ…っ」

 あっという間に飛びそうになる意識を必死でつなぎとめる。あき
らめてそのまま意識を失ってしまえば楽になれるという誘惑に耐え
るのは拷問のようだった。

 …しかし、この拷問に耐えたところで早晩魔力は尽きる。結局、
どう転んでも死は免れないのだ。ならば、ここであきらめる方が合
理的でいいではないか…という考えが、すでにかけらほどになって
しまっていたアリスの気力を削り取っていく。

「あ……うあ…」

 かくんと折れかかる膝に必死に力を入れてこらえる。目も気力を
振り絞らないとすぐ閉じてしまう。どうしようとか、どうすればこ
のピンチを切り抜けられるかとか、もうそんなことを考えられる次
元ではなかった。命運が尽きる時というのは、こういう状態になる
ものなのだろう。あまりにあっけなく、その時は訪れてしまった。
もう少し勿体つけてくれてもいいのに。

「アリス!しっかりしろ!………くそっ…」

 アリスが消耗するのを見ていることしかできないことに魔理沙は歯
噛みした。


 なんでなんだ。なんでいつも、私はこうなんだ。


 この巻物が暗号化された宝の地図だと気づき、これであいつの驚
いた顔を見られるぜとほくそえんだこと。

 時間ぎりぎりでなんとか解読できて子供のようにはしゃいだこと。

 十分な下調べができなかったがもう時間がないため無理をしてしまったこと。


 なんですっぱりあきらめられなかったのか。なんで冷静に判断で
きなかったのか。なんでいつものように、「ありゃ、無理だったか」
で済ませられなかったのか。

 こんなの、釣り合わない。……なによりも大切なものとなんて。

「ぐっ…動…け…っ」

 全身の力を振り絞っても、壁から体を引き離すことはできなかった。

「動け、動けったら…う…ううっ」

 知らず知らずのうちに、ぽろぽろと涙がこぼれていた。それがさ
らに自分のみじめさを痛感させて、つぎからつぎへと涙をあふれさ
せる。

 涙で歪む視界のなかで、アリスの体が大きく揺らいだ。ふと頭に
浮かぶ少し先の未来の情景。魔理沙は必死にそれを頭から追い出そ
うとした。そんな運命、レミリアが許しても私が許すもんかっ……!

「いい加減動けよぉっ!動いてくれよぉ…っ!!」

 見栄とか、対面とか、そんなものはもうなんの意味もなかった。
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら魔理沙は壁から体をひきはがそう
と全身全霊を傾け──

「──はっ!?」

 ようとしたその時、足元の床を通じてアリスの体と自分の体がし
っかり繋がっていることが感じられた。床の中の魔力を流す道が、
アリスへの魔力の伝送路を作ってくれていたのだ。

「は…ははっ…神様にはまだ見放されていないようだな…。
神様、愛してるぜっ!!」

 魔理沙は壁と格闘するのをやめ、心をつなぐことに全霊をそそい
ぐ。深く、深く。ただアリスへ自分の全てを届かせることを想って──




「…………!……」

 遠くで、誰かの叫ぶ声が聞こえるような気がする。魔力の放出の
余波で生じた周りに吹きあれる風も、結界に遮られたかのようにぼ
んやりとしか感じない。アリスは、なんか疲れたな、と思った。急
激な魔力の枯渇による強烈な疲労でもうそれ位しか頭がまわらなく
なってしまっていたのだった。

 …霊夢は今何をしているだろうか。今頃のんびりお茶を飲みなが
ら饅頭でも食べているのだろうか。それとも涼しい風がそよぐ中、
ゆっくり昼寝でもしているだろうか。

「………………」

 ああ、霊夢の家の、あの畳の上でゆっくり横になって休みたい。
あたたかな空気に包まれて、うとうととした時間を過ごすのだ。そ
して気づいたら霊夢がそばで団扇を扇いでくれていて、やわらかな
風が自分をなででくれて…その気持ちよさに浸っていると、魔理沙
がなにかちょっかいをかけてきて、それでまた一騒動起きて…

「……」

 ──なんて幸せなんだろう。

 …傾いてる気がする。

 ──なんて楽しいんだろう。

 …足を踏ん張らないといけないんじゃない?

 ──こんな幸せな時間がこれからもずっとずっと続いて

 …あれ?体が横に流れていっちゃうんだけど…

「……あ…」

 うっすらと目を開けて初めて、自分が目を閉じていたことに気がつ
いた。ななめになった視界の中、力が入らない膝が折れ…

「アリスーーっ!」

 ものすごい勢いで体に流れ込んでくる魔力。その助けで、なんとか
ぎりぎりのところでアリスは体勢を立て直すことができた。

 感じる。瞬時にわかる。これは魔理沙の魔力だと。

「ま、魔理沙…なに馬鹿なことを…やってるのよ…。
こっちに魔力を流すなんてこと…やってる暇があったら…
さっさと…逃げる算段考えなさいよ……」

「…へへ…化けて出られると…迷惑だからな…」

「…この体力バカ…。…これじゃ…2人揃って化けて出ることになるだけじゃないの…」

「うぐ…それを言われると…苦しい…」

 魔理沙のおかげでしばらくはしのぐことができるだろうが、状況
が変わっていない以上、遅かれ早かれ最悪の結果になることは避け
られない。現に、

「く、くうぅっ…」

 魔理沙がうめき始めた。アリス自身も、倒れることを避けられた
だけで、なんとか立っていられる状態でしかない。激しい疲労感の
中、明るくなったり暗くなったりする視界の中で、アリスは必死に
打開策を考える。

 …このまま耐えながら、魔理沙の縛めを解く方策を探すか…?い
や、そんな余裕はない。第一魔理沙の所まで移動できないのにどう
やって縛めについて調べるというのだ。

 なんとかこの状態からこの魔法をコントロールする…なんてこと
はできたらすでにやっている。それどころか、これが正常に発動し
ている状態なのだという可能性だってある。もしそうだったら存在
しない正解を探すことになってしまう。

 …では、なんとかしてこのレーザーを発している大元を壊すか。
…それこそどうやって?

 魔理沙の魔力のおかげで、かろうじて考えることはできるが、そ
れだけだった。何も思いつかない。こんな時、霊夢だったらなんで
もないような顔で瞬時に打開策を導き出してしまうのだろうか。レ
ミリアだったら強引に運命をねじまげてしまうのだろうか。自分の
無力さ、無能さにアリスは歯噛みする。結局、覚悟を決めて運命を
受け入れる時間をもらっただけだった。

「…………………………ごめん魔理沙。ありがと」

 でも、それで十分ではないか。見苦しくない最期を迎えることは
なによりもありがたい。せっかくの魔理沙の苦労に応えることがで
きなかったから、それはあやまるしかないけど…

 アリスはそのまま目を閉じる。運命を受け入れることは負けじゃ
ない。それも一生では必要なことなのだ。そう言い聞かせて。

 …そのまま納得できた、はずなのに。

「ごめん…」

「………え…?」

「ごめん、ごめんアリスっ…。私が、私がお前を誘いさえしなけれ
ばこんなことにはならなかったのに…う、うぅっ…」

「……………………」

「私が…うぐっ…っ…考えなしにつっぱしらないで一歩立ち止まれたらっ…」

 …やめだ。

「…ふざけないでよ…」

「え……」

 ころころ考えを変える考えなしのようだが、運命を受け入れよう
とするのはやめだ。

「……ふざけんじゃないわよ!霧雨魔理沙ぁっ!!」

「アリス…」

 …こんな魔理沙、魔理沙じゃない。こんな魔理沙にさせるアリス
は、アリスじゃない…!

「あんたはね、いつもいつもふざけた顔して私をいらいらさせんの
が仕事なのよ!なんでもないって顔して私が逆立ちしても敵わない
くらいの集中力と忍耐力でとんでもない魔法を披露して、私を妬ま
せんのがあんたの役割でしょうが!そんなあんたを、指先でひねる
ように叩き潰して『アリス様、参りました』って言わせる日を楽し
みにしているのに、なによあんたのその姿は!勝手に潰れるなんて、
私は死んでも許さないんだから!」

「…っ……」

 また背中から嗚咽が聞こえる。こんな冗談、死ぬよりも性質が悪い。

 アリスは魔法を繰りながら必死に考える。なんとかしてこの馬鹿
だけでも生き延びさせる方法を──





 魔法を操るために、一番大切なことはなんだろう?

 …魔法を学び始めた時に、まず最初に教えられたのは、心を落ち
着け、平静を保つということだった。精神集中こそ、操術の基礎で
あり、なおかつ高度な魔法になっていっても常に欠くべからざる最
も重要な要素であるのだ、と。

「…………」

 今、アリスの心は千々に乱れ、打ち寄せる光の奔流と、手からほ
とばしる大量の魔法の力はアリスの集中を乱し、頼みの綱の魔理沙
からの魔力もがくっと落ちてきていた。この状態で、未修得の魔法
のコントロールを得るなどということは所詮無理な相談だ。レミリ
アの言を待つまでもなく、運命はすでに決まっていたのだ。

「…………」

 …の、はず、なのだが。

「…………掴んだ……」

 アリスがぽつりとつぶやいた。と─

「く……アリスっ…私は…わた……ってあ……れ…」

 魔力が尽きかけ、最期に叫びかけようとした魔理沙は、ものすご
い勢いで奪われていた魔力の流れが急にぱったりと止まったことに
気がつき、目を開けた。

「─────」

 光が、手に向け戻っている。

 魔理沙が目にしたのは、アリスの手からほとばしっていた光の帯
が折り返し、アリスの手に戻っている光景だった。光の帯は段々境
界を失っていき、それぞれの光の帯は一体化して1つの大きな円形
の盾のような形になっていった。

 アリスは、ただ、す…とその場に立ち、手を前にかざしていた。
ただ、ただそれだけで、あの恐ろしい程の圧力をもつ光が今やエメ
ラルド色に変化したその盾によってあっさりと受け止め、吹き散ら
されている。

「…………」

 魔理沙はまたたきも忘れてその光景に見入った。…魅入られてし
まった。アリスのその姿の美しさに。脅かされるものなど何もない
と思わせるほどのその力強さに。

「………魔理沙」

「は……あ、え?」

「上」

「上って…あ」

 アリスに言われて上を見ると、レーザーを発している扉の上の端
あたりに、Shoot me!などという文字と、その上に白い線で丸く
囲まれた的が見える。最初扉を調べたときにはなかったので、恐ら
くレーザーが発射された後に現れたものだろう。

「そうか……私達、やったのか…」

 つぶやき、魔理沙は手に魔法の力を込める。尽きかけた魔力はゆ
っくりと戻りつつあった。魔理沙は想いを込め、レーザーを的目が
けて撃ち出す。

 びーっと小さな音を出して、的の線が赤く変わる。と同時に、荒
れ狂う光の渦が、まるで今までも何もなかったように、ぱったりと
止んだ。次いで、ごごご…というお決まりの音と共に、扉が向こう
側に開いていく。開いたよということを示すためだったのだろうか、
次の部屋の光が差し込み始める位まで開いたところで扉は止まった。

「…………」

「…………」

「ふはぁ~~~……」

 アリスは魔法を解き、しりもちをつくようにして床に座り込んだ。
魔理沙も前に倒れこむようにして手を床につく。やっと戒めから開
放されたようだ。

「アリス……大丈夫か~」

「……あんたとは違うんだから……全然なんともないに決まってんでしょ……
私は七色の魔法使いなのよ……」

「ははっ……それだけ口が達者なら大丈夫か……」

 魔理沙はそのままずるずるとうつぶせの形で床にのびた。アリス
もぱたんと体を倒して仰向けになる。2人とも、さすがにもう限界
だった。もしかしたら次の部屋に貴重な魔法の物品があるかもしれ
ないのだが、そんなことに頭を向ける余裕などない。2人は「はは
は…」「ふふふ…」と力の抜けた不気味な笑いを時折漏らしながら
床に転がっていた。


          - * - * -


 …それからどれくらい経っただろうか。アリスはやっとのろのろ
と体を起こすことができた。

「……………」

 自分の手のひらを見つめる。土壇場の土壇場で、ものにすること
ができた。雲のような、もやもやとしたものを、がっちりと、この
手で掴み取ることができた。心に満ちる、この充足感。これこそ魔
法使いである幸せなのだと、この度にいつも思う。

「……………」

 …それにしても。

「…おばあちゃん…、この魔法、使い勝手悪すぎだわ…」

 顔を天井に向けて苦笑し、アリスはつぶやいた。実際にこの魔法
をものにしてやっとわかったのは、この魔法の発動のトリガーが、
心を一つにした他人の魔力を自分の体に通すことだったというこ
と。1人で発動できるタイプのものではなかった。それに加えて、
感触からして生半可なシンクロでは話にならないようだった。あれ
は極限状態だったからこその、1回限りのまさに奇跡の代物という
ことだろう。

 あいつの切り札をこの魔法で完全に打ち砕き、呆然としたあいつ
の顔を見ながら「あら、もう終わりなのかしら?」と言って勝ち誇
るという、とても魅力的な計画は、残念ながらこれでおじゃんに
なってしまった。

「…でも、ほんとにありがと、おばあちゃん」

 …ただ、我ながら意外だったのだが、あれだけ習得まで苦労し
たにもかかわらず、そんなに残念には感じていない。

「たゆまず鍛錬し続けていれば、場面場面で必要になってくる魔法
にはそれ以前に自然と出会い、自然と身につけられているもので
す。ですから、余計なことは考えず、ただ一心に魔法の探求に勤し
みなさい」

 魔法の先生がよく言っていたこの言葉が思い起こされる。必要と
される時に、必要とされる魔法が与えられる──今回のこの魔法は、
この時この瞬間のために、おばあちゃんからもらった宝物。アリス
には、そんな風に思えたから。

 そうして顔を天井に向けたままぼんやりとしていると、よっこら
せという魔理沙の声が聞こえた。どうやら動けるくらいまでは回復
したようだ。

「……行く?」

「もちろん。お宝がおまちかねだぜ♪」

 近づいてきた魔理沙に手を引っ張ってもらい立ち上がると、アリ
スは開きかけた扉を見つめた。今だと通常の3割位は魔力が回復し
ただろうか。この扉の先にまた何かある可能性もあるが、自分達が
寝転がっている時に何もなかったし、何かあるような感じは扉から
はとりあえず受けなかった。まぁ仮に何かあってもこれ位回復して
いればなんとでもなるだろう。それに、

「ほらほら行くぜ~」

 この魔理沙を止めることはできそうにない。スキップでもしそうな
雰囲気の魔理沙に続いて、アリスは扉に向かった。





「………」

「……アリス、抜け駆けするなよ」

「隣にいるのにどうやってやるってのよ…」

 ぎぎぃっ…と特に抵抗なく、扉は開いた。魔理沙の喉がごくりと
鳴るのを聞くと、こっちまで緊張してきてしまう。

 中に入ってみると、そこはだだっ広い部屋。その中央に、石の柱
がぽつんと立っており、その上に、よく王冠の下に敷かれているよ
うな赤いクッションが置かれていた。

「……………」

「……………」

 …クッションの上には、なにもない。

「……………」

「……………」

 いや~な予感を抱きながら、2人は小走りに柱に近寄る。近寄っ
てみても、クッションの上には何もない。

「………く、クッションが凄いマジックアイテムなんだよ…な?」

「………?」

 魔理沙はクッションを取り上げ、またたきをするのも忘れて調べ
始めた。一方アリスはしゃがみこんでしまう。

「…う、嘘だろ…?ここまでやってきて、これがオチなんてこと…」

 必死に魔法のクッションでないかどうかを探ったが、何度調べて
もクッションはクッションだった。呆然として、クッションを持っ
たまま魔理沙もぺたんとしりもちをついてしまう。…いったい何の
ためにここまでやってきたのか?色々無理をして、自分だけでなく
アリスの命まで危険に晒して…

「魔理沙」

「…………」

「魔理沙ってば」

「……え、あ…え?」

 呆けていた魔理沙がアリスの方を見ると、アリスは指先に何か小
さなものをつまんでじっと見つめていた。

「……目的のものはこれ…ね。赤いクッションの上にこんな小さい
ものを置いてるから、気づかずにクッションを取り上げて床に落と
したんだわ」

「ピンクトパーズ……しかしそんな小さいかけらか…」

 めずらしくネガティブな方に考えが向く魔理沙に、アリスはトパ
ーズのかけらを突きつける。

「?」

「触ってみなさいよ。すぐにわかるから」

「……お、おおぉぉ…?」

 いぶかしげな顔をしたままアリスからかけらを受け取った魔理沙
は、かけらから感じる感触に思わず声を漏らした。

「…魔力貯蔵器ね。しかも増幅効果つき。これはなかなか凄いわよ…」

「……………」

「どう?これでもがっかりしたままかしら?」

 しばらく口をつぐんでいた魔理沙だったが、

「…………………は…はははは…」

「?」

「あははははっ!」

「ち、ちょ、わわ、魔理沙っ…」

 突然アリスの手を取り魔理沙が回る。わけがわからないままアリスも回る。

「ははははははは…」

「…ったくもう、なんだってのよ…」

 目が回ってきたと思ったら抱きついて背中をばんばん叩き出した
魔理沙を見ながら、ま、同じ変なら落ち込んでるよりこっちの方が
いいかしらね、とアリスは思った。

「ははは………あ」

「?どうかした?」

「トパーズどっかにやっちゃった」

「………………」

「………………」

「こぉの、大馬鹿~~~~!!」

 それからかなりの間、2人は床にはいつくばって魔理沙が吹っ飛
ばした宝石を探し回る羽目になった。


          - * - * -


「ふぅ…もうこんな時間か…」

 異様に広かった小さな家からやっとのことで外に出ると、西の空
は夕焼けの綺麗なオレンジ色に染まっていた。

「んー、やっぱり外は気持ちいいな…」

 うーんと伸びをする魔理沙。オレンジ色に染まったその背中に向
けて、アリスは言葉をかけた。

「……それじゃ、メインイベントのお宝山分けの時間ね。といって
もこれ1つしかないから、これはどちらのものかというわけだけど
…。例のごとく弾幕勝負でってことで、でも今は私もあなたも疲れ
てるから、そうねぇ…」

「…あー……うん。えーと…、あ、今私の家、ものがごちゃごちゃでさあ…」

「……は?」

「だから、私の家が片付くまでそれはアリスが預かっておいてくれ。
いいな、それはまだ私のものでもあるんだから、大事に預かってく
れよ?」

「え、ちょっと、何言ってるのよ魔理沙。今まで私の家から細かな
魔法の物品散々強奪してるじゃないの。まさかまた何か変なこと…」

「それじゃ、頼んだぜーーっ!!」

 いつの間に取り出したのか、魔理沙は箒にまたがると、アリスに
背を向けたまま手をひと振りし、ばひゅんとものすごい勢いで夕焼
けの空へと飛び出していった。

「おーい、人の言うこと聞きなさいよー」

 後にはぽつんと1人アリスが残された。これ以上ここにたたずん
でいても仕方ないので、魔理沙の行動に不審を抱きながらもアリス
も空を飛び家路につく。家につくまで何か策略があるのではないか
と色々考えてみたのだが、納得のいく結論を得ることはできなかっ
た。

 そして空がオレンジ色から藍色へと変わりつつある頃、ようやく
アリスは我が家へとたどり着くことができた。

「んぅー、さすがに今日は疲れたわね…。夕飯は適当に済ませちゃ
おうかな…」

 独り言をつぶやきながら家の前に着くと…

「……………………遅い」

 扉の横には、腕を組み、壁に寄りかかっていた霊夢がつぶってい
た目を片方だけ開けてアリスの到着に応えた。霊夢の足元にはいく
つかの袋が置いてあり、そこからねぎやら大根やらが飛び出してい
た。

「へ、霊夢?……なんで?」

「なにって…今日はあなたの誕生日じゃない。まったく待ってるだ
けで疲れちゃったわよ。さ、はやく入りましょ」

「あ…そっか……」

 アリスが扉を開けると、足元の袋をよっこらせと持ち上げて霊夢
が入っていった。

「それじゃ、作りまくるわよ~。アリスも着替えたらはやく手伝っ
てよね。…っとと…」

 袋いっぱいの材料を運びながら、霊夢はもう上機嫌のようだった。

「自分のお祝いの品を自分で作るっていうのもなんだかなぁ…」

 苦笑し、家の扉を閉めようとするところで、西の空にわずかに残
った夕日のオレンジが目に入る。

「…………まったく、こんなのもらったらあんたの誕生日の時のお
返しが大変なことになるじゃないの…」

「…アリス、まだ~?はやく来て頂戴~」

「あ、はいはい~……この、覚えてなさいよ霧雨魔理沙っ!」

 西の空に不器用な魔理沙の姿を一瞬重ね、言い慣れた憎まれ口を
叩き、アリスは扉をぱたんと閉じた。




 …それから、魔理沙の家はついぞ片付くことはなかったという。

 その宝石は、今でもアリスの宝石箱の、一番大切なものをしまう
場所に入れられている。友情という、かけがえのない宝物とともに。

<おわり>
数年前、すし~さんのあぷらじのお題で、「コラボレーション」が出されました。
その時に思いついたのがこの話です。書き始めてみたらものすごく難産になってしまって、
今までかかってしまいました。でも、なんとか終わりまで書ききることができたので、
こちらの方にあげさせていただいた次第です。

最後に霊夢が出てきますが、それは自分がアリ霊(霊アリ)派だからだったりします。
初めて東方に触れた妖々夢でインプリンティングされてそれっきり。なのでアリマリ話を見ると
アリ霊話への渇きを覚えてしまう今日この頃。と言いつつ自分もアリマリ話になってしまっているのですが…。


最後に…。自分の話をここまで読んでくださった方、本当に感謝です。ありがとうございました。
ぽい
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コメント



0.200簡易評価
1.無評価名前が無い程度の能力削除
某神様ではなく、「おばあちゃん」を出した意味が見出せませなんだ
2.無評価ぽい削除
指摘ありがとうございます。

アリスっておばあちゃんっ子っぽいなぁ…と思ったのと、
(自分が考えた)直接の親を出すのはちょっと生々しい(アリスが「おかあさん」と言う姿が自分としてはイメージできなかった)ということからおばあちゃんにしたのですが…神綺様のことをすぽーんと失念していました…('A`)
6.100名前が無い程度の能力削除
とても面白かったです。魔理沙とアリスの友情もですが,個人的に最後に現れた霊夢(の密かな友情)がとても良かったです。
7.無評価ぽい削除
ありがとうございます~(感涙)

「コラボレーション」というお題を知った時には「これはアリ霊を書けという神のお告げだ!」と思って一人鼻息荒くしていたのですが、いざアリ霊を書こうとすると縁側で二人してのんびりお茶をすすっている情景しか浮かばなくて物語に全然なりませんでした…。お弁当の時の話や最後のアリスが気絶しそうになる時の話とかでも霊夢が出てくるのはアリ霊派としての意地だったりします(^^;
10.100名前が無い程度の能力削除
あぁわかる、わかるぜその気持ち・・・!
アリ霊に乾杯
11.503削除
これシナリオ作るのに結構時間かかったんだろうなーと途中から思って読んでいました。

主人公系アリスと不器用な魔理沙の話ありがとうございました。