最初に言っておこう。私は確かにメイドがやりそうなことはそつなく出来る。
裁縫は人形造りに欠かせないし、掃除は快適な製作環境を作る為に必要だし、洗濯は生地を使用するにあたりまずやらなければいけないのだ。料理はまあ人並みに。
しかしそれらはすべて、私が私自身の為に必要最低限の術として身に付けているに過ぎない。進んでやろうとしているわけではない事を理解して貰いたい。
「労働時間は朝から夕方までね。とは言っても、お嬢様が起きて来られるまではやってもらうことになるけど」
って聞いてないし。
「出来ないならともかく出来る奴がやらないでどうするのよ。あなたは八雲紫からこれを引き受けたんでしょう? ならぐちぐち言ってないで開き直りなさいな」
うぐ。聞いてたのね。
言い方には棘があるが、十六夜咲夜が言うことは正論だ。引き受けたからには責任が発生し、私はこの任務を遂行しなければならない。
しかし、と思うアリス・マーガトロイドもいるが、だから、と気持ちを切り替えるアリス・マーガトロイドとなろう。
ふう。
「……それじゃあ、宜しくお願いしますわ。メイド長」
「ええ、容赦はしなくてよ」
外観からも分かってはいたが紅魔館の広さはそれはもう只事ではない。実際に駆け回ってみて実感出来る。
私一人ではなく、上海と蓬莱を隊長に、それぞれ十数体で掃除をさせているが、やり始めて二時間、一体も戻ってこない事から考えると、まだ十分の一も終わっていないのかもしれない。かくいう私も、主人が怠けるわけにもいかないのでそれなりに集中して掃除をしていた。
「まったく、私は肉体派じゃないのに……」
早くも零れる愚痴。それに、このメイド服というものはスカートの丈がいつも来ている私服よりも短いので、スースーして落ち着かない。
「あら、まだ終わってなかったの?」
狙ったかのようなタイミングで現れる十六夜咲夜。彼女がやって来た方を見ると、床から天井までお美事と絶賛したくなる程、綺麗になっている。
「あいにくと、私は時間を操れないからね。速さを期待されても困るわ」
皮肉を返すが、咲夜は気にも留めていないのか、辺りを見回す。
「あなたの人形たちはまだ掃除の途中なのかしら?」
「そうね。まだ戻ってきてないところを見ると終わっていないと思うわ。無駄に広いもの、ここ」
もしくは、掃除は終わったものの、戻るのに手間がかかっているのか。
……まあ、人形だし、人がやるよりかは時間がかかってしまうのは仕方がないことだろう。
「もっと多くの人形は使役できないの? そうすればもっと早く片付くと思うんだけど」
「いい質問ね。出来ないこともないけど、それをやっちゃうと私の魔力がごっそり持っていかれちゃうのよ、動けないくらいにね。精々今の二倍が限界。もっとも、他の作業もあるんだから余力は残しておかなきゃいけないわけで、それを考慮すると今の数が妥当になるの」
「そう。魔法使いも便利に見えて変なところで不便なのね」
「分かってもらえて嬉しいわ」
どこぞの白黒よりも理解が早い。流石、メイド長という立場で、他のメイドを束ねているだけの事はある。
これで相手が魔理沙だったら更に食いついて来てまた言い合いになり、お約束どおり弾幕ごっこと相成るだろう。
労働条件はきついが、ここはここで気が楽なのかもしれない。
「……あら」
新鮮な気分に浸ろうとした矢先、蓬莱達が戻ってくるのが見えた。長い廊下を、こっちに向かって一生懸命飛んで来ている。
「蓬莱、そっちは終わったの?」
何回も頷く蓬莱の様子からして、掃除は随分と楽しかったに違いない。普段はお茶を淹れるぐらいしかやらせてないので、新鮮だったのだろう。生みの親としてなんとも微笑ましい。
「予想よりも早かったわね。偉いわ蓬莱、みんなも」
頭を撫でてやると、蓬莱達は忙しなく私の周りを飛び回り始める。こんな嬉しそうな様子を見る事こそ、親冥利に尽きるものだ。
「あ、上海」
そうこうしていると、上海達も掃除が終わったらしく、私に向かって急いで飛んで来ている。
「そっちも終わったのかしら?」
こくこく。
「そう、頑張ったわね」
瞬く間に、私の周りは人形で埋め尽くされる。私の掃除はそう言えば終わっていなかった様な気もするが、そんな顛末な事はどうでもよかったのであった。
「大人気ね、あなた」
「……」
にやにや。にやにや。
咲夜がいやらしく笑っている。
「いいじゃないの。好かれることはいいことよ」
「まあ、そうなんだけどね……」
ならばこっちを見て、にやけるのをやめてくれ。そう言いたい。
「さて、と……、ここはもういいわ。あとは私がやっておくから」
「あら、いいの?」
「ええ。あなたには別の用事を頼みたいの」
そう言って咲夜は一枚の紙切れをどこからか取り出して、渡してきた。
……はて、どこかで体験したような?
「食料、日常品、その他の買出しよ」
ああ、そうだ。そういえばそんな事もあった。
おつかい先でまたおつかいとは、なんとも滑稽な光景だ。
「買うべき物は全部書いてあるから、頼んだわね」
「……あの、一つ質問が」
私の視線はメモの一部分にすべて注がれている。そこには三つの文字があり、目を逸らすことが出来ない。
「何かしら。どこか不明瞭な箇所なんてある?」
不明瞭どころか、何が起こるかがわかりやすすぎて。
「……香霖堂ってあるんだけど、どうしても行かなきゃ駄目?」
「当たり前でしょ」
ひぎぃ。
「……」
「……」
「…………」
「…………ごめん」
「……いえ、あなたたちの仲なら、これが起こる可能性があった事を失念していた私も悪いわ」
そう言ってもらえれば多少は救いがある。かもしれない。
「相変わらず無駄に広いなー。毎回迷いそうになる私の身にもなれって」
「別に「来てください」、なんて頼んでないでしょう」
「いいや、頼まれてるぜ。あの辛気臭い図書館の本たちにな。たまには外の空気を吸いたいって泣いてるんだ」
よくもまあ口が回る。私は蚊帳の外を装い、視線を中空に向ける。
魔理沙の基調は白黒で固められているが、今日の服装は私と同じだ。更に髪の色まで同じなんて、真似をしないで貰いたい。
閑話休題、なぜ魔理沙までもがここに出向したのか、私は思い返すことにした。回想始め。
『お前がメイドなんて、ヤキが回ったな』
『お願いそれについては触れないでいや本当にマジでお願いします』
『な、なんだよ、気持ち悪いな。いつもみたいに言い返せよ』
『それが出来るなら苦労はしないわ……』
『……お前も色々と大変なんだな』
『分かってもらえて嬉しいわ』
『しかしなんだ、あそこ広いから大変だろ』
『そうね、人形を使役しても何時間かかるやら。流石に館全体ってわけじゃないけど、それでも足が棒になるわ』
『ふーん』
『何せ肉体労働だもの。魔法使いには適職じゃあないでしょう?』
『まあ、お前ならそうだろうなあ。根暗で貧弱だし』
『……なんですって?』
『その点私なら応用力も機動力も体力も問題ないぜ』
『いいえ、メイドってのは、能力だけじゃなくて細やかな気配りが大切なのよ。あんたみたいなガサツ一辺倒には不可能ね』
『……なんだと?』
『掃除したら何か壊しそうだし、買い物だって余計な物ばっかり買いそうだし』
『そりゃお前のことじゃあないのか、けっ』
『文句があるなら実際やってみてから言うことね。もっとも、あんたには無理でしょうけど』
回想終わり。はい、応戦してしまった私がほぼ悪いんです、はい。
「おりゃーっ、塵芥共よ私に平伏せーっ!」
アンニュイモードに陥った私を差し置いて、魔理沙は早速職務に取り掛かっている。その前向きさだけは見習うべきなのかもしれない。
もっとも魔理沙は箒を大量に操って床を掃いているだけなのだが。一箇所に集めろと言いたい。
「ちょっと魔理沙、せめて一箇所に集めるようになさい。掃くだけだと余計に散らかるじゃない」
瞬間、心、重なった。
図書館から地鳴りが聞こえることから推測するに、双方とも元気に魔法をぶっ放しているようだ。……片方は元気なんてとても言えないが。
「本が私を呼んでいるぜ」と突然呟き、一本の箒に跨った魔理沙はそのまま遠くへと消えていった。就業時間にして、わずか十五分の出来事だった。
要するに飽きたのだろう。呆れた奴だ。気まぐれと表せば聞こえは多少いいが、如何せんそれが強すぎる。困るのはこっちだと言うのに。
……まあ、魔理沙にそういう誠実さを求めるのも間違ってるかな。
でも置いていった他の箒たちがまだ動いていることを考慮に入れると、あながちそうとは言い切れない、かもしれない。
操作系の魔法はあまり得意ではない、と前に言っていたが、そこそこ形にはなっていて、陰の努力を窺わせる。
「呆れるし、困った奴ね。分かりきっていたことだけど」
メイド長が長い溜息を吐くと同時に、聞き慣れた魔力の弾ける音が小さい音だが聞こえてきた。マスタースパークだ。
「……さてと、掃除も酣。次の仕事にかかりましょうか」
「そうね。それが賢明だわ」
とりあえず動きっぱなしのままでもアレなので、いまだ動き続ける箒たちを縛り上げてから、下されている命令を半ば強制的に解除した。
途端、忙しなかった彼らは物言わぬただの箒に戻る。箒、職務を放棄。なんちゃって。
「……」
「あら、どうしたの? 気分でも優れないの?」
「いや、ちょっと軽い自己嫌悪に」
今のは正直柄じゃなかった。反省。
「おやアリス。一週間ぶりぐらいかな?」
久し振りに(気分的に)訪れた香霖堂では、変わらぬ佇まいを見せる店主が私を歓迎してくれた。しかし私は気分的にも身体的にも疲労の色が濃く、しかしだからと言って、茶葉の配達をそんな理由でやめるわけにはいかないのだ。少なくとも、それを遂行すれば精神的には勝った気分になれる。主に自分に。
「ええ、そうね。やっと解放されたわ」
「解放か、的確な言葉だね。魔理沙がいたんじゃ疲れも倍増だろう?」
お見通しのようで。まあ、ある程度魔理沙と付き合った人物なら、一緒にいればどうなるかは凡その見当がつくだろう。
「まったく、こっちは正当な報酬と引き換えに労働に赴いたってのに。あいつったら気まぐれで気分屋で」
五分間ほどあーだこーだと言っているうち、気が楽になってくる。我ながらよくもまあ次々と不満が出てくるものだ。
「それで、仕事はうまくいったのかい?」
「滞りなく、無難にね。波風が立つのは好ましくないから、我を殺して頑張ったわ。はい今月分」
どうも。
霖之助さんが営業スマイルを返してくる。それに過ぎないとは分かっていながらも、笑顔を向けられて嫌な気分になる奴はそうそういないだろう。流石は店主だが、ここは幻想郷だ。ひねくれ者の集合地域みたいなものだし、魔理沙辺りなら「うげぇ」と言いそうだ。
「それじゃあ私はお暇するわ。次があるから」
「次?」
「……本当はもんのすごく気が向かないんだけどね、引き受けた以上は遂行しなくちゃ靄が残るもの」
「そうか。君の事情故、僕には何も出来ないが、無理をしないようになアリス」
「……うっ」
「ど、どうした? なんで涙ぐむんだ?」
「ごめんなさい、最近優しくされてなかったから、そういう言葉にひどく弱いの……」
「……愚痴りたくなったら、いつでも来るといい」
二度目の店主の気遣いが心にちくちくと刺さる。私ってば弱い。
「それで、貴女が仰るその彼女、いつ来るのかしら?」
様々な色の液体が入ったビーカーが陳列されている少し薄暗い室内で、八雲紫と八意永琳は対峙していた。
同じ八がつくもの同士通じるところがあるのかは定かではないが、彼女らの表情には『謀略』の二文字を連想させる不敵な笑みが張り付いている。紫と永琳が寵愛する式や弟子がこの光景を見てしまったとしたら最後、哀れだが無事には帰れまい。
「そろそろ来ると思いますわ。あれでいて結構意地が張っていて負けず嫌いですもの。一週間ぶりに解放されて、休んで次、とはいかないでしょうね」
でもそういうところが可愛いのだけれど。
まるで娘を見守る母親の如きセリフである。
「もう一度訊くけど、貴女の言うとおりにすればいいのね?」
「そう。あの子には私の掌の上で踊れるほどになってもらわないと」
「今は違うと?」
「ええ。精々、掌の上で準備体操をするのが精一杯ね。だからこそ、『知らなくては』いけないの」
「……性格悪いって言われないかしら、八雲紫さん?」
「私にとっては上級の褒め言葉よ、それ」
続く
裁縫は人形造りに欠かせないし、掃除は快適な製作環境を作る為に必要だし、洗濯は生地を使用するにあたりまずやらなければいけないのだ。料理はまあ人並みに。
しかしそれらはすべて、私が私自身の為に必要最低限の術として身に付けているに過ぎない。進んでやろうとしているわけではない事を理解して貰いたい。
「労働時間は朝から夕方までね。とは言っても、お嬢様が起きて来られるまではやってもらうことになるけど」
って聞いてないし。
「出来ないならともかく出来る奴がやらないでどうするのよ。あなたは八雲紫からこれを引き受けたんでしょう? ならぐちぐち言ってないで開き直りなさいな」
うぐ。聞いてたのね。
言い方には棘があるが、十六夜咲夜が言うことは正論だ。引き受けたからには責任が発生し、私はこの任務を遂行しなければならない。
しかし、と思うアリス・マーガトロイドもいるが、だから、と気持ちを切り替えるアリス・マーガトロイドとなろう。
ふう。
「……それじゃあ、宜しくお願いしますわ。メイド長」
「ええ、容赦はしなくてよ」
外観からも分かってはいたが紅魔館の広さはそれはもう只事ではない。実際に駆け回ってみて実感出来る。
私一人ではなく、上海と蓬莱を隊長に、それぞれ十数体で掃除をさせているが、やり始めて二時間、一体も戻ってこない事から考えると、まだ十分の一も終わっていないのかもしれない。かくいう私も、主人が怠けるわけにもいかないのでそれなりに集中して掃除をしていた。
「まったく、私は肉体派じゃないのに……」
早くも零れる愚痴。それに、このメイド服というものはスカートの丈がいつも来ている私服よりも短いので、スースーして落ち着かない。
「あら、まだ終わってなかったの?」
狙ったかのようなタイミングで現れる十六夜咲夜。彼女がやって来た方を見ると、床から天井までお美事と絶賛したくなる程、綺麗になっている。
「あいにくと、私は時間を操れないからね。速さを期待されても困るわ」
皮肉を返すが、咲夜は気にも留めていないのか、辺りを見回す。
「あなたの人形たちはまだ掃除の途中なのかしら?」
「そうね。まだ戻ってきてないところを見ると終わっていないと思うわ。無駄に広いもの、ここ」
もしくは、掃除は終わったものの、戻るのに手間がかかっているのか。
……まあ、人形だし、人がやるよりかは時間がかかってしまうのは仕方がないことだろう。
「もっと多くの人形は使役できないの? そうすればもっと早く片付くと思うんだけど」
「いい質問ね。出来ないこともないけど、それをやっちゃうと私の魔力がごっそり持っていかれちゃうのよ、動けないくらいにね。精々今の二倍が限界。もっとも、他の作業もあるんだから余力は残しておかなきゃいけないわけで、それを考慮すると今の数が妥当になるの」
「そう。魔法使いも便利に見えて変なところで不便なのね」
「分かってもらえて嬉しいわ」
どこぞの白黒よりも理解が早い。流石、メイド長という立場で、他のメイドを束ねているだけの事はある。
これで相手が魔理沙だったら更に食いついて来てまた言い合いになり、お約束どおり弾幕ごっこと相成るだろう。
労働条件はきついが、ここはここで気が楽なのかもしれない。
「……あら」
新鮮な気分に浸ろうとした矢先、蓬莱達が戻ってくるのが見えた。長い廊下を、こっちに向かって一生懸命飛んで来ている。
「蓬莱、そっちは終わったの?」
何回も頷く蓬莱の様子からして、掃除は随分と楽しかったに違いない。普段はお茶を淹れるぐらいしかやらせてないので、新鮮だったのだろう。生みの親としてなんとも微笑ましい。
「予想よりも早かったわね。偉いわ蓬莱、みんなも」
頭を撫でてやると、蓬莱達は忙しなく私の周りを飛び回り始める。こんな嬉しそうな様子を見る事こそ、親冥利に尽きるものだ。
「あ、上海」
そうこうしていると、上海達も掃除が終わったらしく、私に向かって急いで飛んで来ている。
「そっちも終わったのかしら?」
こくこく。
「そう、頑張ったわね」
瞬く間に、私の周りは人形で埋め尽くされる。私の掃除はそう言えば終わっていなかった様な気もするが、そんな顛末な事はどうでもよかったのであった。
「大人気ね、あなた」
「……」
にやにや。にやにや。
咲夜がいやらしく笑っている。
「いいじゃないの。好かれることはいいことよ」
「まあ、そうなんだけどね……」
ならばこっちを見て、にやけるのをやめてくれ。そう言いたい。
「さて、と……、ここはもういいわ。あとは私がやっておくから」
「あら、いいの?」
「ええ。あなたには別の用事を頼みたいの」
そう言って咲夜は一枚の紙切れをどこからか取り出して、渡してきた。
……はて、どこかで体験したような?
「食料、日常品、その他の買出しよ」
ああ、そうだ。そういえばそんな事もあった。
おつかい先でまたおつかいとは、なんとも滑稽な光景だ。
「買うべき物は全部書いてあるから、頼んだわね」
「……あの、一つ質問が」
私の視線はメモの一部分にすべて注がれている。そこには三つの文字があり、目を逸らすことが出来ない。
「何かしら。どこか不明瞭な箇所なんてある?」
不明瞭どころか、何が起こるかがわかりやすすぎて。
「……香霖堂ってあるんだけど、どうしても行かなきゃ駄目?」
「当たり前でしょ」
ひぎぃ。
「……」
「……」
「…………」
「…………ごめん」
「……いえ、あなたたちの仲なら、これが起こる可能性があった事を失念していた私も悪いわ」
そう言ってもらえれば多少は救いがある。かもしれない。
「相変わらず無駄に広いなー。毎回迷いそうになる私の身にもなれって」
「別に「来てください」、なんて頼んでないでしょう」
「いいや、頼まれてるぜ。あの辛気臭い図書館の本たちにな。たまには外の空気を吸いたいって泣いてるんだ」
よくもまあ口が回る。私は蚊帳の外を装い、視線を中空に向ける。
魔理沙の基調は白黒で固められているが、今日の服装は私と同じだ。更に髪の色まで同じなんて、真似をしないで貰いたい。
閑話休題、なぜ魔理沙までもがここに出向したのか、私は思い返すことにした。回想始め。
『お前がメイドなんて、ヤキが回ったな』
『お願いそれについては触れないでいや本当にマジでお願いします』
『な、なんだよ、気持ち悪いな。いつもみたいに言い返せよ』
『それが出来るなら苦労はしないわ……』
『……お前も色々と大変なんだな』
『分かってもらえて嬉しいわ』
『しかしなんだ、あそこ広いから大変だろ』
『そうね、人形を使役しても何時間かかるやら。流石に館全体ってわけじゃないけど、それでも足が棒になるわ』
『ふーん』
『何せ肉体労働だもの。魔法使いには適職じゃあないでしょう?』
『まあ、お前ならそうだろうなあ。根暗で貧弱だし』
『……なんですって?』
『その点私なら応用力も機動力も体力も問題ないぜ』
『いいえ、メイドってのは、能力だけじゃなくて細やかな気配りが大切なのよ。あんたみたいなガサツ一辺倒には不可能ね』
『……なんだと?』
『掃除したら何か壊しそうだし、買い物だって余計な物ばっかり買いそうだし』
『そりゃお前のことじゃあないのか、けっ』
『文句があるなら実際やってみてから言うことね。もっとも、あんたには無理でしょうけど』
回想終わり。はい、応戦してしまった私がほぼ悪いんです、はい。
「おりゃーっ、塵芥共よ私に平伏せーっ!」
アンニュイモードに陥った私を差し置いて、魔理沙は早速職務に取り掛かっている。その前向きさだけは見習うべきなのかもしれない。
もっとも魔理沙は箒を大量に操って床を掃いているだけなのだが。一箇所に集めろと言いたい。
「ちょっと魔理沙、せめて一箇所に集めるようになさい。掃くだけだと余計に散らかるじゃない」
瞬間、心、重なった。
図書館から地鳴りが聞こえることから推測するに、双方とも元気に魔法をぶっ放しているようだ。……片方は元気なんてとても言えないが。
「本が私を呼んでいるぜ」と突然呟き、一本の箒に跨った魔理沙はそのまま遠くへと消えていった。就業時間にして、わずか十五分の出来事だった。
要するに飽きたのだろう。呆れた奴だ。気まぐれと表せば聞こえは多少いいが、如何せんそれが強すぎる。困るのはこっちだと言うのに。
……まあ、魔理沙にそういう誠実さを求めるのも間違ってるかな。
でも置いていった他の箒たちがまだ動いていることを考慮に入れると、あながちそうとは言い切れない、かもしれない。
操作系の魔法はあまり得意ではない、と前に言っていたが、そこそこ形にはなっていて、陰の努力を窺わせる。
「呆れるし、困った奴ね。分かりきっていたことだけど」
メイド長が長い溜息を吐くと同時に、聞き慣れた魔力の弾ける音が小さい音だが聞こえてきた。マスタースパークだ。
「……さてと、掃除も酣。次の仕事にかかりましょうか」
「そうね。それが賢明だわ」
とりあえず動きっぱなしのままでもアレなので、いまだ動き続ける箒たちを縛り上げてから、下されている命令を半ば強制的に解除した。
途端、忙しなかった彼らは物言わぬただの箒に戻る。箒、職務を放棄。なんちゃって。
「……」
「あら、どうしたの? 気分でも優れないの?」
「いや、ちょっと軽い自己嫌悪に」
今のは正直柄じゃなかった。反省。
「おやアリス。一週間ぶりぐらいかな?」
久し振りに(気分的に)訪れた香霖堂では、変わらぬ佇まいを見せる店主が私を歓迎してくれた。しかし私は気分的にも身体的にも疲労の色が濃く、しかしだからと言って、茶葉の配達をそんな理由でやめるわけにはいかないのだ。少なくとも、それを遂行すれば精神的には勝った気分になれる。主に自分に。
「ええ、そうね。やっと解放されたわ」
「解放か、的確な言葉だね。魔理沙がいたんじゃ疲れも倍増だろう?」
お見通しのようで。まあ、ある程度魔理沙と付き合った人物なら、一緒にいればどうなるかは凡その見当がつくだろう。
「まったく、こっちは正当な報酬と引き換えに労働に赴いたってのに。あいつったら気まぐれで気分屋で」
五分間ほどあーだこーだと言っているうち、気が楽になってくる。我ながらよくもまあ次々と不満が出てくるものだ。
「それで、仕事はうまくいったのかい?」
「滞りなく、無難にね。波風が立つのは好ましくないから、我を殺して頑張ったわ。はい今月分」
どうも。
霖之助さんが営業スマイルを返してくる。それに過ぎないとは分かっていながらも、笑顔を向けられて嫌な気分になる奴はそうそういないだろう。流石は店主だが、ここは幻想郷だ。ひねくれ者の集合地域みたいなものだし、魔理沙辺りなら「うげぇ」と言いそうだ。
「それじゃあ私はお暇するわ。次があるから」
「次?」
「……本当はもんのすごく気が向かないんだけどね、引き受けた以上は遂行しなくちゃ靄が残るもの」
「そうか。君の事情故、僕には何も出来ないが、無理をしないようになアリス」
「……うっ」
「ど、どうした? なんで涙ぐむんだ?」
「ごめんなさい、最近優しくされてなかったから、そういう言葉にひどく弱いの……」
「……愚痴りたくなったら、いつでも来るといい」
二度目の店主の気遣いが心にちくちくと刺さる。私ってば弱い。
「それで、貴女が仰るその彼女、いつ来るのかしら?」
様々な色の液体が入ったビーカーが陳列されている少し薄暗い室内で、八雲紫と八意永琳は対峙していた。
同じ八がつくもの同士通じるところがあるのかは定かではないが、彼女らの表情には『謀略』の二文字を連想させる不敵な笑みが張り付いている。紫と永琳が寵愛する式や弟子がこの光景を見てしまったとしたら最後、哀れだが無事には帰れまい。
「そろそろ来ると思いますわ。あれでいて結構意地が張っていて負けず嫌いですもの。一週間ぶりに解放されて、休んで次、とはいかないでしょうね」
でもそういうところが可愛いのだけれど。
まるで娘を見守る母親の如きセリフである。
「もう一度訊くけど、貴女の言うとおりにすればいいのね?」
「そう。あの子には私の掌の上で踊れるほどになってもらわないと」
「今は違うと?」
「ええ。精々、掌の上で準備体操をするのが精一杯ね。だからこそ、『知らなくては』いけないの」
「……性格悪いって言われないかしら、八雲紫さん?」
「私にとっては上級の褒め言葉よ、それ」
続く
次もまったりお待ちしてます。
続き楽しみにしてます。