Coolier - 新生・東方創想話

儚月の下の宴会

2007/06/12 09:45:15
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夜雀が歌う。
喧騒と弾幕が上空を賑やかに染めている。
博霊神社の境内で、人妖入り混じった宴会が開かれていた。
誰もが口元に杯を傾け、春の象徴を肴に今日も騒々しい。
紫は闇夜に薄く発光した夜桜の舞い散る花弁に息を呑む。
ふと、とある気配に紫は人知れずに消えた。

「はっは!マスタースパーク」
ぎゃー。
「畜趣剣ーーっ!」
ひぃー。

完全に酔っ払った魔理沙と妖夢が弾幕対決をしている。
いや、対決とは呼ばない。競争だ。

「アイツら馬鹿ね」

チルノでさえ冷静な(冷めた)眼で呆れてしまうような光景があった。

「はっ!これで十人は吹っ飛ばしたぜ!」

「なっ、ぐぬぅぅ~!!」
刀の柄を強く握り締め、妖夢は魔理沙を上目遣いで睨み付ける。
異様に赤い頬は酒と怒気によるもので無性に子供ぽかった。
ぽいだけである。
実際には刀を酒乱で振り回す辻斬りだ。
魔理沙も笑いながら魔砲をぶっ放す厄介な魔女に過ぎない。

そんな光景を見て微笑んでいるのは一部の者だけ。
主に、レミリアや幽々子に永琳、輝夜など。

あとはこの”辻斬り勝負”の得点として逃げ惑うもの達は酒に飲まれつつも、必死で逃げたり、立ち向かったり。
中には狼のように怒鳴る慧音や、胸の中で抱いた橙のやられように怒る藍。
存在を消して桜木の下で霊夢とケラケラ肩を揺らして徳利を開ける萃香。
焼き鳥に成ったところを斬り捨てられた妹紅に、私もあれに混ぜてヨォー、と近くの門番を強請るフランドール。

そんないつも以上に弾けた雰囲気を上空から見つめる視線が一つ。
春とはいえ、寒い風が吹く中で笑顔を浮かべるリリー・ホワイト。

前回の宴会に比べて、さらに盛り上がっているのを確認する。
春の陽気に当てられて、皆が楽しそうに笑みを浮かべてるのを視認してから踵を返した。

「あら、もう行くのかしら?もう少し、この暖気を堪能していっても春は逃げないわよ」

くるり、とリリーは回って振り返る。
闇夜に上半身だけしか浮かんでいない紫が穏やかに口元を綻ばせていた。

「今年もありがとう。これから短い間だけど、今年も宜しくお願いするわ」

誰もが思っている。
地上の宴会で馬鹿して、愉快に笑っている全員が。
だけど、言葉にされると思ってる以上に、嬉しいことを紫は知っていた。
紫の言葉にリリーが大きく首を頷かせる。
春の妖精に言葉は無い。だけど、雄弁に語るのにそのニッコリした笑顔で十二分に足りていた。
「よっ、と」
ごそごそ。胸下の隙間じゃなく、夜空に右手を伸ばした先の隙間。
そこから紫が古びた徳利と小さな杯を二つを取り出す。
隙間の向こうから「紫ぃの馬鹿ぁ!私のお酒返ーしてよ~」。鬼の泣き声が木霊して消える。
杯を一つ。リリーは手渡される。
毎年の事なので分かっている。
杯を持った手を伸ばし、紫が注ぐ。
くい。
リリーは小さな下唇にざらついた陶器を押し当てる。
両手でこくこく、とゆっくり酒を舌を通し嚥下していく。
飲み干し、ほぉ。っと、酒による熱さを吐息にした。
若干、頬が仄かな林檎色に染まっていく。

「ふふ、良い呑みっぷりね」

ニコニコと可愛らしい春の妖精を見つめ、紫は「藍もこのぐらい可愛かったらねぇ」と洩らした。
小さな手を伸ばして、紫から徳利を取り上げる。
リリーには少しばかり大きい。
それでも熱心に紫の持つ杯へ徳利を傾けて、注ぎ込む。

とぷん、と揺れる波紋に桜の花が落ちた。
桜樹は遥か下である。
ならば、これはなんの桜だろうか。
紫は瞬時考えて、リリーは更に上空を指でしめす。
太陽が傾く方角。
それは結界が解けた冥界のことであった。
儚くお札で囲まれた西行妖の桜は咲かないけれど、他の桜は満開である。
それでも、ここまで飛んではこない。
リリーが恥ずかしそうに笑って、姿を闇夜から掻き消す。
『冥界にも春を届けてきました』
そんな言葉が紫には聞こえた気がした。
「…ふふふ」
一人、笑う。
口元に杯を傾け、一息。
ピンクの花は未だ揺れる。小さな杯には少し、花弁を水面に動かす程度に残っている。
是非、親友に見せようと紫は姿を隙間に落とす。

「あら、これは嬉しいわね」
扇子で口元を隠し、無邪気に含んだ笑い声。
幽々子は隣に紫が出現した瞬間にそう告げる。
「なんのことかしら?」
「いえいえ、なんことでもないわ。ところで紫、貴女は萌る春か鎮む秋。どっちが好きかしら?」
紫は春と言われ、浮かぶのは宴会。秋と言えば食べ物で宴会。
宴会と宴会。
なら答えは簡単だ。
「ええ、やっぱり宴会は大事ね」
「正解。農作を願う切実な祈りが此処にあるわ。…あの子はちゃんと見てくれたかしら?」
春の始まりを知らせ、そして消えていく。
冬も同じ。レティ・ホワイトロックの姿は宴会には無い。
季節の儚さに紫は心底、愛しいと思う。
幻想郷は今日も綺麗だ。
「楽しそうに微笑んでいたわ。それに、ほら」
杯に浮かぶ花弁。
幽々子はソレを見つめ、眼を細めて熱っぽい息を吐く。
「ああ、今年は冥界が開けっ放しだから。これは感謝ね」
そういって、亡霊は春に礼を尽くす。
幽々子ほど、優雅で季節を重んじる亡霊は居ない。
「ちょっと席を外すわ。これは呑んでおきなさい」
ことん。
静かに杯を置く。
「紫。貴女もハメを外してみたら?きっと楽しいわよ」
「そうね、考えておくわ」
幽々子があはは嘘付きが、と笑い、紫はうふふ暇人め、と笑う。
次に隙間を通じてひょっこりと霊夢の眼前に首を出す。
霊夢の吐息が鼻先を掠めて、「うっ」。つい隙間へと緊急退避。
今度は普通に霊夢の隣へ腰掛ける。
「今のうっ、って何よ。いい加減にしないと真面目に殺すわよ」
煌々とした眼光は夜桜を映しつつ、紫に対しての殺意も忘れない。
「いえいえ、予想以上に霊夢もお酒臭くて吃驚しただけよ」
じろり。
異様な迫力を伴った視線だが不意に和らいだ。
「ま、良いわ。あんたが驚くわけ無いけどそういう事にしといてあげる」
霊夢がふっと笑う。
今回の宴会に何か感じ取るものがあったのだろう。
さて、何の話をしようかしら。
紫がそう思考したとき、「くぷっ!?」衝撃は突然だった。
「こぉの、馬鹿っ!お酒っ、私のお酒っ!かっえっせ!私のお酒!おっ酒!」
腹部に鈍痛。
グリグリとめり込みつづける萃香の頭部に紫はヒクヒクと頬を引きつらせる。
霊夢が隣でぶふぅっ!っと口に含んだ酒を霧状に噴き出す。
「ごほっごほ、ぶ、ふはああっはははごほごほはははごほっ、ヤバごほっ息でき」
気道に入った酒にツボに嵌った笑激で霊夢は呼吸困難に陥った。
萃香は更に頭部を押し付ける。
紫のこめかみに血管が浮き出て、ピクピクと蠢いていた。
「あっはははは!っっはぁーーすぅーー!っ、紫凄っい、一瞬やばかったあの顔やばかったーー!!」
げらげらげらげらげら…………。
地面をごろごろ。
巫女服から覗くヘソを両手で抱え、霊夢は頬が千切れるほどに大きく口を開いて爆笑。
萃香はもっと頭部を押し付ける。鬼の角がいい角度で紫の脇腹を攻撃する。
ぎゃははははははははははは………。
ごろごろごろごろ。
ぐりぐりぐり。
アレだ。アレに似ている。霊夢を見て思う。
紫は外界で使われていた器具を思い浮かべる。
コロコロと床の絨毯を掃除する粘着質のアレ。
そして萃香はもっともっと頭部を――――……。

ぷっつん。
小綺麗な断線音が響いた。



「紫奥義 弾幕結界」










「アレ、紫さま。どうしましたか?」
藍が尋ねる。
「……なによ?」
紫の目は険しい。近くに居た美鈴がひぃと怯える。
しかし、藍は慣れた様子でため息をついた。
「血糊が頬にべったり付いてますよ。ほら、動かないで。私が拭きますから」
フリルのレースが付いた洋風の白い絹布でぐいぐい顔を拭う。
「うふふふふ、この血が奴らの罪の証…ふ」
俯いて、表情に陰りを作る。
しかし、爛々と眼光は煌いていた。
心底の怒りを宿した瞳に藍は、桜の根から生えている二つの”芽”を見る。
「素面は~、素面はだめー、私にはお酒が~」
「………」
えぐっ、ずずっ。泣きながら鼻を啜る鬼娘に、ぽかん。と半分口を開けて放心した霊夢。
口からは妖夢の半身の白い幽霊と似たような何かが抜けかけていた。
恐怖の隙間地獄にさすがの鬼も巫女も太刀打ちが出来なかった。
その様子に腹八分目。
若干だけ、満足そうに生首生き埋めを見つめ紫は気を取り直して顔を持ち上げる。
ぺちょり。
真っ赤な舌が頬を這いずる。
「うっ!こ、これは…コトコトじっくり熟成ミルクチョコレートみたいに甘いよっ美鈴!?」
名を呼ばれた美鈴がオタオタと、紫にしがみ付いたフランドールへ手を伸ばす。
先ほどの紫を見て、危険だと判断したのだろう。ひどい脅えようだ。
しかし、紫は気にしない。
「熟成したチョコって駄目じゃないかしら?」
むしろ、一つ。良いことを教えてあげる気になる。
「ふっふ。これはあそこで埋まってる巫女と鬼。どちらかの血よ、いえ。二人の血が混じったのかもしれないわ。だから――――」
「行ってくるーー!」
「ちょっと、フランさまー?」
最後まで言葉を聞かずにフランドールは地面を擦れ擦れに低空を駆ける。
霊夢の口から零れてる白い魂が「やめてっ!」必死に叫んだ。
まさに魂の叫びだ。
魂は急速に霊夢の口内へ潜り、霊夢の眼が一瞬で焦点をあわせた。眼前のフランドールに。
「あっなたは何味?ミルク?イチゴ?私はね、甘酸っぱいクランベリーが好きよ!」
ちょっ!霊夢の口が叫ぶが言葉は出ない。
助けてと隣の萃香に視線を向けた霊夢。
しかし、そこからは白い霧がもわもわと上空へ。
信じられないと霊夢が呟く。あまりの滑稽さで紫の背筋がゾクゾクと心地よい痺れに侵されていく。
「あら、薄情な鬼ね。でも、うふふふふふ」
紫はあまりの楽しさを酷薄な笑みを持って表現する
「ぅわ、紫さまが」
隣の藍が若干、地面を擦らせ一歩づつ後退してく。
あとで藍はお仕置き決定だ。
「~~っ!!」
フランドールが膝を地面に着け、霊夢の頭を両手で鷲掴み。
涙目で声にならない叫びを木霊させていた。
「いただきまー、っぐ!?」
フランドールの後頭部に強い衝撃。
そこには妖夢が立っていた。
短刀の柄でフランドールを気絶させたのだ。
霊夢にとって妖夢がとても神々しく見えたに違いない。
歓喜と感謝を告げるが、妖夢の様子がおかしいことに気づく。
「真夏の一人西瓜割り大会~、いえーふ」
ローテンションでハイな台詞。
「お~、メロンだ」と妖夢が胡乱な視線で霊夢の生首を見下ろす。
むき出しの刀を鞘に収めた。そして、鞘を収めたのを確認するかのように鞘をなんども撫でる。
猫を撫でる手つきだ。
愛しそうにうっとりと妖夢は刀を見つめて
「って、ふざけるなっ!幽々子ぉ!」
キレた。
愛撫していた刀を地面に叩きつけた。
鞘の後端がごつん。霊夢の頭蓋骨に皹をいれる。
霊夢はあまりの痛さにぴくぴくと額に血管を浮き上がらせた。
「だいたい、貴女はいつもいつもいつもそんなクダラナイことばかりして!誰がその穴を埋めたと思ってるのですか!?いつも人の気も知らずにすき放題に食っちゃ寝ばかりしくさがりやがって、こちとら代々西行寺家当主をお守りする偉大な役目に心を痛めつつも頑張らせて貰ってるのに「「マスタースパーク」!」
妖夢が吹き飛ぶ。箒にまたがってスイスイと人の波を避ける魔女の姿。
魔理沙がカラカラ笑いながら霊夢の首に話しかけた。
「よっ!生きてるか?助けてやったぜ?」
ぷすぷすと霊夢の顔が黒に近い茶色に焦げて、煙を上げる。
あまりの光景に紫は「ざまぁみなさい」と声に出して笑い出す。
ふと、霊夢の姿が時空から浮かんで消えた。
魔理沙がアレ?と呟くと同時に、魔理沙の後頭部に足が着地。
「博霊流退魔術口伝、さまーそるときっぃっく!!」
さっきまで霊夢が居た穴に魔理沙が顔から突っ込む。
地面から下半身を生やした奇妙なオブジェ。
その出来に霊夢はニヤリと会心の笑みを浮かべて、しかし一瞬で表情を書き換える。
「紫ーーっ!!」
ぎらん。
鬼の形相で満月の光を跳ね返したような眼光。
辺りを探るように見渡して、あっ、見つかった。紫は鬼と眼が合う。
紫は隙間に身を落とし、別の場所に隠れる。
「なんだ、珍しく余裕がなさそうな顔して」
出た場所は吸血鬼とメイド達のグループ。
しかし、
「レミリアさま!」
咲夜が叫ぶ。レミリアが、え?と戸惑い、霊夢の蹴りがレミリアを上空に昇らせる。
「紫!」
恐怖だ。
あはは。苦笑いが口元に浮かぶ。
本気で危険だと思えてきた。
霊夢は陰陽玉をいくつも虚空から取り出し、宣言する。
「夢想封印・集っ!!」
急いで紫は隙間に逃げ込む。
隙間の向こうから絶叫と爆発音が轟いた。
久しく覚えが無い危機感。
「というか霊夢。…あの勘は厄介ね」
隙間で現れる先に無条件で浮かんで現れるのだ。
新しい場所に出ても危険、しばらく此処で思考しよう……?
新しい?
それも面白そうね。
一つのアイデアに古い手だと思いつつも愉快な未来を思い浮かべて微笑む。
色々な場所に出て、霊夢がその先々で暴れる。
上手くいけば、宇宙人に亡霊。閻魔に死神。
あと、吸血鬼はもう回ったか……。とりあえず、霊夢が怒られるように仕向けよう。
ぽん。
肩に軽い衝撃。
首だけで後ろを振り返る。
「………なんで?ここ隙間よ」
嫌な汗がだらだら。紫の額に珠玉の汗。ただし冷や汗。
にっこりと霊夢が笑っていた。
お払い棒三本を持って。
「出力三倍ね、紫」
「あら、そんなに怖い顔してどうしたのかしら?」
満面の笑顔だ。
その下にどんなどす黒い感情があるのか、紫は怖すぎて知るつもりにもなれない。
「この前、私に稽古つけてくれたじゃない?」
稽古…嗚呼。
月への勢力増強のために霊夢は要なのだ。
だから是非とも強くなってもらいたい。
「その成果、今見せてあげるわ」
あと、その場の状況に合わせて色々な術を覚えてもらいたい。
つまるところ、稽古。まだ、つけなければよかったなぁー、と紫は泣きたい気分になった。








「アレ、紫さま。どうしましたか?」
藍が尋ねる。
「……なによ?」
紫の目は赤く腫れている。
久々に泣いた。驚きだ。霊夢、強すぎ。
「い、いえ。なんでも……ところで、紫さま。向こうの林で紫さまを呼ぶ人間が来ました」
こんな妖怪の宴会に顔を出すほどの人間。
そして紫に用事がある者。
酷く限定的な条件に該当者は一人。
来客の素性を思い出し、「わかったわ。藍はここで楽しんでおきなさい」一人。暗く闇が落ちる林に向かう。
がさがさがさ。
来客者は乾いた竹の笹に包まったオニギリをつまらなそうに頬張っている。
「あら、こんな所に貴女みたいな人間が。危ないわよ?貴女の書いた幻想郷縁起は色々な妖怪に恨みを持たれるものね」
紫色の短髪に蝶の形を模した髪飾り。
阿求は蝶の髪飾りをに手を伸ばし、そして紫に手渡す。
「…あら?貴女、幽々子と知り合ってたの」
右手で置くように持つ。
人間の少女は首を横に振る。
「いえ、これは先代の者が受け継いだお守りです」
お守り。
そう言えば、聞こえは良い。
しかし、そのお守りは弱い妖怪なら近づきもしない。
触れれば死に喰われる。
人間・西行寺 幽々子が人間に飽きて妖怪を殺戮していた時に使用した”防具”である。
死を与えるため、死を纏い、死を撒き散らして、死を増やす。
幽々子は命に興味があった。
ただ、生を知らず、死だけを求めて。
魂魄 妖夢は人間だった。
だけど
「紫さん?どうかしました?」
手のひらで髪飾りがパタパタと羽をはためかせていた。
「いえいえ、確かにこれならば闇夜も怖くは無いわね」
「ええ。これなら色々な場所に足を運べるんですよ」
義務じゃなく、娯楽でもない。
日常的な行為としての書き物。
その為に命を賭けている少女。
「でも、覚えておいて。なぜ怖くないのか?それはこの髪飾りが闇夜より深い黒だからよ。そしてソレに導かれるのは強大な妖怪ばかり。気をつけなさい」
妖怪は強いほどにまったりとしていく。
衰えるわけではない。
ただ自然に還る準備をしていくのだ。
自然の中には色々ある。死も含まれる。
だから死を好み、求める妖怪と会った時、この少女の最期だろう。
「三回ほどですね」

紫は阿求の呟きに首を傾げる。
聞こえなかったのではなく、理解が及ばないのだ。
「妖怪に殺されたのが」
淡々とした口調には、感情が無い。
事実を洩らしてるだけに過ぎない。それでも、この少女に紫は憐憫の情を感じずにはいられない。
なぜなら、記憶と共に苦痛も恐怖も引き継がれ、蓄積されていくのだから。
人間というより、妖怪に近い。
なら、周囲の人間はどんな対応を?
阿求が普段、人里でどんな顔をしているのか。
紫は知っていた。昔から、今まで。
「で、四回は人間に殺されました」
「それで、どうするの?」
九回目の質問。
歴代の者達に必ず同じ質問を繰り返している。
半ば、儀式的な答え。
「書き続けます」
これが少女の運命なら仕方ない。
「ところで、私に用事って何かしら?」
紫はそう問うが、阿求はやっぱりと溜息を吐く。
「だから言ったじゃないですか。はい、頼まれていた資料です」
今更、そんな大昔の記事に意味なんて?
阿求はそう尋ねる。
意味?意味ならある。
阿求もソレを知っている。だから知りたいのは、その先だろう。
手渡された資料、月面戦争を碑田の歴史から書いた読み物。
「確かに頂戴したわ」
颯爽と踵を返す阿求。
「別にどうでもいいですけど、一つだけ」
背を向けながらかけられる言葉に紫は耳を傾ける。
「我が一族は幻想郷と共にある。故に、幻想郷を無くすようなことがあれば貴女でさえ殺してやる」
阿求の言葉ではない。懐かしい、阿礼だ。
「ふふ、それは私もよ」
紫は言う。
不意に阿求の足が止まり、紫の元まで戻ってくる。
「なら、なんでまたあんな事を繰り返す?私たちは認めない、月なんて放って置けば良いのよ」
小さな少女の手が紫の首を締め付ける。
火のように熱い視線に紫は無言で、阿求の髪に蝶を飾る。
「忘れ物よ」
「……ふん」
肩を怒らせ、今度こそ林の奥へ。
阿求の姿が闇に消えたのを確認してから、紫は呟く
「必要だからよ」

「まったくだわ。そうね、それが貴女の持つ理由の中から一番真っ当で間違った答え」

闇から更に深い闇。
「あんなもの、所詮は古の模造で災厄の塊に過ぎないわ」
深い黒が人の形になり、月光の下で着色されていく。
銀髪に赤と青の二色の衣服。
月の頭脳、八意 永琳は満月を見つめている。
「月に縁があるものとしては意外と動くのに時間がかかったのね」
視線を紫に向け、また満月に戻す。
「…姫が気づかないから、私も対応は出来ない。それに、時間はまだあるわ」
「いえ、時間がもうないの。外の世界が潰してしまわぬうちに、月も潰されないように、幻想郷が傷つかぬ前に」

「……」
紫も満月を見上げる。
時と共に遠く、離れていく月。
もとは二つだった。
しかし、時代は移ろう。移ろうとは虚ろいでいくこと。
時が奪っていくのだ。月も唯一の同胞を奪われた。
だけど、それなら仕方ない。
「時じゃない、ただ奪われるのに耐えられない」
人の意思、妖怪の理、自然の摂理。
幻想郷はバランスが良い。だから、外からの圧力に脆い。
「私もね、姫には苦しい思いをさせたわ」

満月に何を見るのか?
紫は一人の少女を思い浮かべる。
今、思えば彼女もまた月に縁ある者だった。

「人であることは幸せで、人を捨てることは辛いことだったわ」
月人から蓬莱人へ。
その気持ちは紫にも共感できる、だからこそ言える言葉が浮かんできた。

「そんなことは知らん」
厳かな老男性の声音が当たりに響く。
永琳の眼が丸く、あの満月のように弧を描いて紫を視る。
「……今のは貴女が?」
「そんなことは知らん」
再度、紫はくすくす笑いながら喉を鳴らした。
からかわれたことに気づき、永琳は視線を逸らす。
「人を馬鹿にして。まったく、いい身分ね」
「いえいえ。今のはふざけてはないわ。私が知る中で一番強い者の言葉よ」
死を撒き散らし、苦しみ悶える姿を楽しむ幽々子の頭に平然と拳骨を落とす人で、紫自身も二度ほど殴られた。
「へぇ?あの向日葵よりも、霊夢よりも、貴女よりも?」
「ええ、その通りよ。永琳、貴女は幽々子の生前を知っているわね?」
「……ええ、知ってるわ。あの悪鬼所業の如くの暴虐姫ね」
酷い言われように、しかしまだまだ言葉が足りないと考える。
幽々子のした行為は到底許されない。
「幽々子はね。一回、閻魔さまの手にかかっているのよ」
永琳は視線を宴会へと向け、一人の少女を見つける。
紫も同じく。
四季映姫・ヤマザナドゥ。
「彼女じゃないのだけれどね。前任の閻魔さまを退けたものが居るわ」
ぽかん、と月の天才が呆ける。
彼女程の者がそんな顔をしてしまうほどに非常識な話である。
「ただ……」
正確に言うと、退けたのではなく逆に正座をさせ怒鳴りつけたのだ。
あまりの非常識に非常識を乗倍する光景は今でも忘れない。
『そんな頭ごなしに人を見下すものに公平な審判が勤まるか!!己を痴れ、小童が!』
ごつん。
あの拳骨は激しく痛いのだ。閻魔の泣き顔は今でも覚えている。
「そういえば、あの時に小野塚 小町は居たわね。あとで話を聞くと良いわ」
永琳は眼を細めて、口を開く。
「私も見たかったわ。だって、あの八雲 紫がそんなに楽しそうに話をするのだから、きっと愉快に違いないわね」
「ええ、あれほどに痛快なのは初めてね」
「そう、じゃあ――――」
二人は満月を見上げる。
黄色く光を跳ね返す月面には誰が何をしているのだろうか。
もしかしたら、こうやって向こうから幻想郷を見ているのかもしれない。
「余裕に守らないとね、思い出を」

敵は月だけではない。

守りたいのは幻想郷だけではない。

「ねぇ、宇佐美という苗字に聞き覚えは無いかしら?」
彼女はまだ生まれていない。
これから、秘封倶楽部が出来るのはまだ先である。
「さぁ、知らないわ」
「そう」
どちらにしてもすることは一つ。

「おーーい!なにしてんだ、怪しいぜ二人とも」

宴会場から手を振る人妖の群れ。
夜にさえ陰ることの無い者達。

「嗚呼、『生きてるって素晴らしい』…か」
紫は笑いながら尋ねる。
「何その素敵文句?」
「姫のご友人の言葉よ。でも、その通りだと思うわ」
「なら宴会を楽しみましょ」
それも生きてる証明なのだから。






宴会場は死屍累々だ。
各々が好き勝手に暴れて楽しんだ跡である。
酒に呑まれ、そのまま夜を過ごす者もいた。
そんな中、上空から見つめる姿があった。
「……」
八雲 紫と藍だ。
「紫さま?」
さきほどからずっと黙っている主に尋ねた。
「ねぇ、生きてるって素晴らしいわね」
「紫さま…、お言葉ですがそんなことは誰もが知っています」
確かにお言葉でしたね。
ぎゅぅ~、っと頬を抓られる藍の絶叫が空に響く。
「痛いたー、っっつあ~」
痛みを緩和するために藍は抓られた頬を擦る。
しかし、痛みは消えない。
ふと、紫の横顔に柔らかい笑みが浮かんでいた。
「ね、藍。覚えていなさい、今日という日を。全て、楽しかったことも悲しかったことも」
「痛かったこともですか?」
まだ、ひりひりする。
「当然」
黙り込んで何か考えているらしい。
「さぁ、行きましょう。するべき事は山のように沢山よ」
そう言って、紫さまは隙間に姿を消す。
さすがというか、
「徹夜の宴会もモノともしないとは」
自分も隙間で連れてってほしかったな。
帰路への方角へ体を向けるが、なんとなく藍は振り返る。
「……」
魔理沙が赤い館の魔女と人形遣いに挟まれ、川の字で寝ている。
チルノが顔に落書きをされて、文がぱしゃぱしゃと寝顔を撮っていた。
吸血鬼とメイドは居ない。
代わりに、フランドールは門番の美鈴の膝を枕にして寝ている。
プルプルと膝の痺れに美鈴が苦しげな顔をしていたが、不意にフランドールの頭を優しく撫でた。
輝夜が妹紅に右足を十字に組まれ、ギブギブと地面を叩いていた。
ふと、視界の端に小さな光筋が見えた。
霊夢は陰陽玉を幾つも操り、萃香が殴り返す。
早朝稽古だろうか、熱心なものだ。
うんうん、と藍は感心して首を何度も縦に振った。
そして八雲家に帰る。
紫さまが何を言いたいのか漠然とだけど分かった気がした。

空を見上げる。
そこには

「誰もが気づいていながら、何もできない。か」

沈まない月が浮かんでいる。
月は動き出した。
最初に言うべきですが、これ物語じゃないです。
絵で言う風景画みたいな、ただその場の光景を文字で表したみたいなものです。
こうなったら面白そうとかそんな想像を形に(伏線だけど)投稿させてもらいました。
まぁ、宴会の一風景で、時系列は儚月抄の少し前。
紫が上手く書けないなぁと、実感。
とりあえず、作者としてはそれだけです。
設楽秋
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コメント



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3.無評価名前が無い程度の能力削除
博麗
4.無評価設楽秋削除
あ、ホントだ
どうもです
Kさんの気がする。人違いならごめんなさい
5.60名前が無い程度の能力削除
爺様、すご
それに比べて跡継ぎは
10.100名前が無い程度の能力削除
皆はしゃぎすぎだなあw
11.703削除
面白いです。情景を感じるSSだと感じました。
点数が伸びていないのは書き方とかで損してるのでしょうか……?