魔法の森の奥深く。そこに、魔理沙という魔法使いが住んでいます。
魔理沙は一人で暮らしています。家族も友達も近くにはいません。というかほとんどの人間はこの森には近寄れません。ですが、魔理沙は寂しくありません。神社には親友の霊夢がいますし、魔法の森の入口には兄代わりの存在の霖之助がいたからです。
だから、魔理沙は寂しくありません。
今までも、そして多分これからも。
あるとき、魔理沙はアリスの家に行こうと思いました。とはいっても、場所がわかっているわけではありません。ただ、本人から魔法の森にあるとだけは聞いていたので、まあ適当に探せば見つかるだろうと思ったのです。
そして、それらしい家を見つけました。その玄関の前まで降りていき、こんこん、とドアをノックしました。ほどなくして、アリスがでてきました。
「よう、遊びに来たぜ」
そう挨拶をしてみます。
アリスは突然やってきた魔理沙に驚いていたようですが、こころよく魔理沙を迎え入れてくれました。
魔理沙はアリスと友達になろうと考えていました。とくに理由はありません。そもそもそういうことに関しては、理由や目的など後付けでしかありません。ただ何となく、仲良くなりたい。その程度のことでした。
なので魔理沙はまず、アリスのことを知ろうと考えました。ついでに自分のことも知ってもらおうとしました。そのために、しばらくはアリスの家に通ってみよう、と考えました。
次の日、また魔理沙はアリスの家に行きました。
「ちょっと魔法の実験に付き合ってくれ」
その次の日、またまた魔理沙はアリスの家に行きました
「ずっと家に閉じこもってるのもアレだろ? たまには外に出ようぜ」
その次の日も魔理沙は行きました。その次は行かなくて、その次の日に行きました。さらにその次の日も。その次の次の日も。
ほとんど毎日のように魔利沙はアリスの家を訪ねました。
魔利沙は、だんだんとアリスと仲良くなっていくように感じて、とても上機嫌でした。
後もう少し訪ねたら、もう少しアリスのことを知ったら、ちゃんと友達になってくれって言おう、そんなことを暢気に考えていました。
そしてまた、アリスの家に行きました。魔理沙は上機嫌でした。
「なあアリス、今日は……」
「帰って」
魔理沙は、背を向けたままのアリスに、突然刺のある言葉をぶつけられました。
「私は忙しいの。あなたに構ってる暇なんてないわ」
魔理沙は少し顔を曇らせて、その後困ったような笑顔を作りました。
「……そっか、じゃあ、また明日」
「来ないで」
また、言葉をぶつけられました。
「……もう来ないで。迷惑なの、あなた」
とてもとても、冷たい言葉でした。
「……っ! ああそうかよ!! はっ、二度とこんなとこ来るもんか!」
魔理沙はカチンと来て、ドアを勢いよくバタンと閉め、怒って出て行きました。
魔理沙はとにかく怒りました。聞いてる人がいないからと、箒に乗ったままアリスの悪口やら暴言やらをひたすら吐き続けました。
あんなやつなんかもういい。もうどうでもいい。
そう思って、魔理沙は自分の家へと戻りました。
次の日、魔理沙はアリスの家に行きませんでした。
その代わり、図書館や神社に行きました。
その次の日、魔理沙はアリスの家に行きませんでした。
その代わり、香霖堂に行きましたが、何だか心がもやもやします。
さらにその次の日、魔理沙はまだアリスの家に入ってません。
今日はまだどこにも行ってません。ずっと心がもやもやして、そんな気分になれないからです。
一体どうしてだろうと考えると、何故か途中でアリスのことが浮かんできます。
「ちがう、ちがう。あいつなんか、あんなやつなんか、関係ない」
頭を振ってその考えを振り払おうとしましたが、一向に離れてくれません。それどころか、どんどんアリスは魔理沙の思考を覆っていきます。
それと同時に、一つの想いが、じわじわと魔理沙の心を蝕みます。
――アイタイ。
やがて、ぽとり、と何かが落ちました。
魔理沙の瞳から、涙が落ちました。
「え、うそ、なんだよ、なんでだよ」
ぽたり、ぽたり、涙は続けて落ちていきます。止まってくれません。
魔理沙はわけもわからず、しばらく泣き続けました。
そして、泣き疲れたのか、そのまま眠ってしまいました。
夢を見ました。
夢の中の魔理沙は、幼い姿をしていました。
同じくらいの子どもたちと一緒に遊んでいると、少し離れたところに人形を持った女の子が一人でいます。
女の子は、ずっとこっちを見ています。
魔理沙はその女の子の方に駆け寄りました。
「ね、いっしょに遊ぼう」
そう言って、魔理沙は手を差し出しました。
ですが、女の子はなかなか手を取りません。突然のことでとまどっているようにも見えました。
やがて、自分を呼ぶ声が聞こえて、仕方なく魔理沙はそっちの方に向かいました。
それきり、魔理沙はその女の子の方に向かいませんでした。
女の子を、ひとりぼっちにさせました。
魔理沙は目を覚ましました。
だいぶ眠っていたのか、すでにだいぶ陽が傾いています。
ぼおっとした頭で、魔理沙はさっきの夢について少し考え、そして、アリスの家に向かいました。
アリスに会いたいから。
アリスと仲良くなりたいから。
アリスと友達になりたいから。
結局、心の底ではアリスと友達になりたいと思い続けていたのです。
謝ろう、と思いました。
よくよく考えれば、ああも毎日訪ねられたら、そりゃ迷惑に思うだろうと、今更ながら気付きました。
アリスの家の前についた魔理沙は、玄関のドアをノックしようとしました。が、少し手前でその手は止まってしまいます。どんな顔をしたらいいか、どうやって謝ったらいいか、そんなことが頭をよぎってしまったからです。魔理沙はドアの前を離れて家の前をうろうろし、しばらくして考えはまとまらないものの、とりあえず意だけは決してドアを叩きました。
少しして、アリスが出てきました。なんだか、泣いていたかのように少し目が赤くなっています。
アリスは少しだけ顔をそらして、「入って」とだけ言いました。
そのまま二人は、テーブルにお互い向かい合うように座りました。
二人ともしばらく黙っていましたが、やがて、示し合わせたわけでもないのに、同時に「ごめん」と言いました。
「…………」
「…………」
何だか気まずい空気が流れました。
「……魔理沙から先に言って」
アリスがそう言ったので、魔理沙はその通りにしました。
「……えと……、あんなに毎日来たら、そりゃ、迷惑だったよな。私、自分のことばっかりで、アリスのこと、全然考えてなかった。ごめん」
魔理沙はぺこりと頭を下げました。
「ううん、私も……あなたに、ひどいこと言っちゃった。私こそ、ごめん」
アリスも同じように頭を下げました。
しかし、その後アリスが何を思ったのかこんなことを言いました。
「でも、何であんなに毎日来たの?」
その言葉に魔理沙はうっ、と口をつまらせます。
魔理沙は顔を赤くして、どうしようか、どう言おうか、と考え、
「…………ちになりたかったから……」
やがて、正直に、しかし蚊の鳴くような声で呟きました。
「え、何?」
よく聞こえなかったのか、アリスが聞き返してきました。
魔理沙はますます顔を赤くし、
「と、友達になりたかったんだよ! 悪いか!」
怒鳴るような声で言ってしまいました。魔理沙は大声を出してしまったことに慌てて、
「ほ、ほら、家だって近いし、魔法の実験とかも協力できるし、マジッックアイテムの貸し借りとか、それにほら、気が合いそうだったし!」
とっさに言い訳のような理由付けを始めてしまいました。
それを見ていたアリスは始め呆気にとられていたようですが、慌てる様子を見てか、くすくす笑い出しました。
「わ、笑うなあっ! ーーっ! とにかく!」
魔理沙はばっ、とアリスの前に手を差し出しました。
「……わ、私と、友達になってくれないか?」
夢の中と同じように。
かける言葉を変えて、今度は手をとってくれるように。
アリスはにこりと優しく微笑んで、
「こちらこそ、よろしく」
ぎゅっと、その手を握ってくれました。
美しき事かな。