魔法の森の奥深く、そこに、アリスという魔法使いが住んでいます。
アリスは一人で暮らしています。家族も友達も近くにはいません。友達の方は、そもそも最初からいなかったような気もします。けれど、アリスは寂しくありません。そんなものは自分には必要ないと思っていたし、その代わりになる、たくさんの人形達がいたからです。
だから、アリスは寂しくありませんでした。
少なくとも今までは。そして多分これからも。
あるとき、アリスの家のドアが、こんこん、と音を立てました。誰かがノックしているようです。
誰だろう、とアリスは思いました。
訪ねてくる人は自分にはいないし、そもそもここに家があること自体、知っている人はいないはずだからです。
アリスはいぶかしみながら、ドアを開けました。
「よう、遊びに来たぜ」
魔理沙でした。何故こいつが、と一瞬考えましたが、そういえば、この間の事件で自分の家は魔法の森にある、と口を滑らせてしまったのを思い出しました。
そうです。この魔法の森に住んでいるのはアリスとこの変わり者の魔法使い、霧雨魔理沙くらいしかいないのです。自分の家以外の家があれば、それがきっとアリスの家なのだろう位はわかりそうなものです。
しかし、何故ここに来たのでしょうか。
魔理沙とはあのとき一回会っただけ。友達どころか知り合いの域にすら達していません。現にアリスは顔を見るまで魔理沙のことを忘れていました。それに、魔理沙のことを思い出したついでに、自分とは気が合わなさそうだな、とそのとき思ったことも思い出しました。
アリスはどうしようかと思いましたが、まあ追い返すのもアレなので、いちおうはお客様、とりあえずそれなりにおもてなしをすることにしました。
次の日、また魔理沙が来ました。
「ちょっと魔法の実験に付き合ってくれ」
その次の日、またまた魔理沙が来ました。
「ずっと家に閉じこもってるのもアレだろ? たまには外に出ようぜ」
その次の日も魔理沙が来ました。その次は来なくて、その次の日に来ました。さらにその次の日も。その次の次の日も。
ほとんど毎日のように魔理沙は来ました。
最初こそアリスは、たまにはこういうのもいいかなと思ってましたが、さすがにうんざりしてきました。
こうも毎日来られたら、新しい人形作りや、自分の魔法の実験や、その他にもやりたいことがおちおちできないからです。
そしてまた、魔理沙が来ました。アリスはもう限界でした。
「なあアリス、今日は……」
「帰って」
アリスは魔理沙に背を向けたまま、すぐさま刺のような言葉を言い放ちました。
「私は忙しいの。あなたに構ってる暇なんてないわ」
魔理沙の顔は一切見ません。
「……そっか、じゃあ、また明日」
「来ないで」
また、言い放ちました。
「……もう来ないで。迷惑なの、あなた」
とてもとても、冷たい言葉でした。
「……っ! ああそうかよ!! はっ、二度とこんなとこ来るもんか!」
魔理沙はどうやら怒ったようで、ドアをバタンと勢いよく閉め、出て行きました。
アリスは一人、残されました。いえ、残されたというのはおかしいでしょう。ここはアリスの家なのですから。
何だか少し悪いことをしたような気もしますが、アリスは気を取り直して、前々から考えていた新しい人形作りに取りかかりました。
次の日、魔理沙は来ませんでした。
アリスは気にせず、せっせと人形を作ります。
その次の日、魔理沙は来ませんでした。
アリスは人形作りを続けましたが、なんだか思うようにいきません。
さらにその次の日、魔理沙はまだ来ていません。
アリスは人形作りを続けていましたが、どうにもこうにもうまくいきません。
どうしてだろうと考えてみると、何故か途中で魔理沙のことが浮かんできます。
「ちがう、ちがう、あいつなんか、あんなやつなんか関係ない」
頭を振ってその考えを振り払おうとしましたが、一向に離れてくれません。それどころか、どんどん魔理沙はアリスの思考を覆っていきます。
それと同時に、今まで感じたことのない感情が、じわじわとアリスの心を蝕みます。
――サミシイ。
やがて、ぽとり、と何かが落ちました。
アリスの瞳から、涙が落ちました。
「え、うそ、なんで、どうして」
ぽたり、ぽたり、涙は続けて落ちていきます。止まってくれません。
アリスはわけもわからず、しばらく泣き続けました。
そして、泣き疲れたのか、そのまま眠ってしまいました。
夢を見ました。
夢の中のアリスは、幼い姿をしていました。
アリスから少し離れたところで、同じくらいの姿の子どもたちが遊んでいます。
アリスはその手に人形を持って、その光景を眺めていました。
しばらくすると、そのうちの一人がアリスの方に駆け寄ってきました。
「ね、いっしょにあそぼう?」
そう言って目の前の女の子は手を差し出しました。
アリスはその手を取るかどうか、迷ってしまいました。どうしたらいいのか、わからなかったからです。
そうこうしているうちに、女の子は別の子に呼ばれました。
女の子はそっちの方に走っていって、それきりアリスの方には来ませんでした。
アリスは、ひとりぼっちになりました。
アリスは目を覚ましました。
だいぶ眠っていたのか、窓から夕陽が差し込んできています。
ぼおっとした頭で、アリスはさっき見た夢を思い出してみました。
あの夢で、自分は一体何を感じたのだろうか。そんなことを考えて、考えて考えて、何度も考えて結局出た答えは、寂しい、の一つに尽きました。
ひとりぼっちになって、寂しかったから。
ひとりぼっちに戻って、寂しかったから。
魔理沙が来なくなって、寂しかったから。
結局、心の底ではアリスは寂しいと思っていたのです。
謝ろう、と思いました。
そうだ、イライラしてたからってあんなひどいことを言ってしまったんだ、と今更ながら反省しました。
と、ドアがノックされる音が聞こえました。
ひょっとしたら、と期待を込めてアリスはドアに手をかけます。
案の定、そこには魔理沙がいました。なんだか、泣いていたかのように少し目が赤くなっています。
しかし、今更どんな表情をしたらいいのか、どう謝ればいいかと考えてしまい、結局顔をそらして、「入って」とだけしか言えませんでした。
そのまま二人は、テーブルにお互い向かい合うように座りました。
二人ともしばらく黙っていましたが、やがて、示し合わせたわけでもないのに、同時に「ごめん」と言いました。
「…………」
「…………」
何だか気まずい空気が流れました。
「……魔理沙から先に言って」
このままじゃあ何も始まらない、と思って、アリスはうながしてみました。
魔理沙はそれに答えます。
「……えと……、あんなに毎日来たら、そりゃ、迷惑だったよな。私、自分のことばっかりで、アリスのこと、全然考えてなかった。ごめん」
魔理沙はぺこりと頭を下げました。
「ううん、私も……あなたに、ひどいこと言っちゃった。私こそ、ごめん」
アリスも同じように頭を下げました。
そして、一番聞きたかったことを聞いてみました。
「でも、何であんなに毎日来たの?」
その言葉に魔理沙はうっ、とうめきました。
魔理沙は顔を赤くして、しばらく口をもごもごと言いにくそうにして、
「…………ちになりたかったから……」
やがて、蚊の鳴くような声で呟きました。
「え、何?」
よく聞こえなかったので、アリスは聞き返しました。
魔理沙はますます顔を赤くし、
「と、友達になりたかったんだよ! 悪いか!」
怒鳴るような声で言われました。そのあと魔理沙は大声を出してしまったことに慌ててか、
「ほ、ほら、家だって近いし、魔法の実験とかも協力できるし、マジッックアイテムの貸し借りとか、それにほら、気が合いそうだったし!」
言い訳のような理由付けを始めました。
それを見ていたアリスは始めあっけにとられていましたが、慌てる様子を見て、何故だか笑いがこみ上げてきました。なんだか、かわいく見えたのです。
「わ、笑うなあっ! ーーっ! とにかく!」
アリスの前に、魔理沙はばっ、と手を差し出しました。
「……わ、私と、友達になってくれないか?」
あの夢と同じように。
言葉は違うけど、今度はとまどわないで、しっかりと。
アリスはにこりと優しく微笑んで、
「こちらこそ、よろしく」
ぎゅっと、その手を握りました。
>とまどらないで
とまわどわないで、では?
×とまわどわない
○とまどわない
何時かは親友になって行きますよね
お二人さん。
仲良き事は・・・・