Coolier - 新生・東方創想話

無視できない話

2007/06/11 10:33:10
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「これは由々しき事態だわ!」
 朝食の席で、突然スターが立ち上がって言った。
 朝っぱらから何をと、隣でコーヒーを飲むルナは眉をひそめる。
 もう一人の同居人であるサニーはまだ布団の中、もとい夢の中だ。
「で、ほっぺたにご飯粒を付けたままで言うことの何が由々しい事態なの」
 珍しく激昂するスターに、ルナは冷静なツッコミを返す。
 スターは指摘された頬を触ってご飯粒を取ると、仕切り直すように咳払いをした。
「こほんっ。良い質問ね、と言いたいところだけど一緒に住んでて気付いてないわけないでしょう」
「あら、私にとっては由々しき事態じゃないもの」
「やっぱり気付いていたんじゃないっ」
「何よぅ。朝っぱらから騒いで……今日はスターが原因?」
 いつもは意図せずして自ら騒ぐ原因となっているサニーが、その騒ぎで目を覚ました。
 寝床から下の様子を覗いて、寝惚け眼と共に辟易した表情を見せる。
「ちょうど良かったわ。起きたのならサニーも私の話を聞いてちょうだい」
 スターの言葉にサニーは「えー」と呟くが、その尋常ならざる様子についには降参した。
 お気に入りの赤いドレスに身を包むと、二人の待つリビングへと降り立つ。
 そして自身の席に座ると、三人揃っての会議が始まった。
「それでスターは何を喚いているの」
「多分あの事だと思うけど」
 ひそひそと小声で話すサニーとルナ。
 スターだけが不機嫌で、一人勝手に騒いでいるのは珍しい。
 それはそれだけ今回の件が面倒なことなのだと二人は勘づいていた。
「話というのは他でもないわ。あなた達は気にならないの?」
「別に、ねぇ?」
「そうね。私たちは自分の能力でなんとか対処できてるし」
 顔を見合わせて同意を確認する二人。
 それに対してスターの苛立ちはさらに上がったらしく、
青筋すら浮かんで見えそうなほどにその顔は怒りに満ち満ちていた。
「じゃあ今すぐあなた達の能力を解除してっ、現状に目を向けてみなさい!」
 言われて仕方なく二人はそれぞれの能力を解除した。
 サニーの“光の屈折を操る程度の能力”と、ルナの“周りの音を消す程度の能力”。
 その二つの能力が解除されたとき、彼女たちの家の中に無数の虫がその姿を現した。
 そのあまりにものおぞましさに、二人は慌てて能力を発動させる。
 屈折によって姿を見えなくさせ、消音によって羽音や足音、鳴き声も消す。
「そ、想像していた以上だわ」
「まさかこれ程とはね」
 はぁはぁと息を荒げる二人に、スターはようやく理解したかと言った。
「いつまでも誤魔化しが効くほど甘い問題じゃないのよ」
 スターは他の二人よりも早くこの忌まわしい現状に気がついていた。
 彼女の能力は“生き物の動きを捕捉する程度の能力”だ。
 それ故に他の二人よりも敏感に虫の数を把握できていたため、その苛立ちは日毎に募っていったのである。
 そして今朝、それがついに爆発した。
「いい? いつまでも見えなくしたり聞こえなくしたりで気にしないように隠していても
 あいつ等はずっとそこにいるの。このままじゃあいつ等に家が乗っ取られちゃうわ!」
「うーん……スターの言葉にも一理あるわね」
 流石にあの現状を見せつけられては、スターをバカにはできない。
 無視の存在が鬱陶しいからと能力で消していたのだが、そのツケがこれ程とは。
「それでどうするの。あれだけの数を退治するのは苦労するわよ」
「そのことだけど私に良い考えがあるの」
 にっこりと微笑んで片目を閉じるスター。
 伊達に誰より早く由々しき事態に気付いてた訳じゃないわと胸を張る。
「まあ仕方ないわね。考える手間が省けるならスターの案でいきましょ」
「……大丈夫かしら」
 ルナの心配する呟きも、ノリノリのスターには届いていない。
 こうして三妖精の無視できない虫の撃退作戦が始まったのである。


 ☆


・スター考案、虫撃退作戦
 『弱点をつけば絶対勝てる作戦』


 虫に占拠されかけている我が家を後にして、三妖精は作戦を実行するため或る場所へと向かっていた。
 その場所が近づくにつれて、少し肌寒さを感じる三人。
 それはつまり目的の場所、もっと言えば目的の人物が近いということだ。
 今日は湖を離れて遊びに出掛けたりはしていないらしい。
「近くには邪魔者もいないようだし、上手くやればあんな子すぐに言うこと聞くわ」
「でも力だけは私たちより強いんだから気をつけないと」
 それは三人共が身を以て知っている。
 だがこの作戦には彼女の力がどうしても必要不可欠なのだ。
「それじゃあ、いくわよ」
 こくりと互いの顔を見合わせて頷きあう三人。
 作戦開始の鐘は鳴らされた。


「こんにちは」
「ん? 何の用よ。弾幕ごっこなら受けて立つわよ」
 話しかけた途端にこれだ。
 サニー達は表面上は笑みを浮かべながらも、相手の知能の低さに溜息を吐きたい気分だった。
 この作戦の鍵となるのは目の前で威嚇を露わにしている氷精チルノだ。
 だがここでチルノの機嫌を損ねては、単に痛い目を見るだけの結果となってしまう。
 そうなっては作戦も何もあったものじゃない。
「実は、折り入ってお願いしたいことがあって。最強のあなたの力を借りたいの」
 最強と言う言葉を出しただけでチルノはあっという間に大人しくなった。
 勿論三人は本心ではそんなことなど露とも思っちゃいない。
 確かにチルノの力は妖精の中では最強クラスだが、妖怪と比べるとその差は歴然だ。
 今は嘘も方便と言うことで、最強の前に“妖精の中では”という言葉を付けずに話を進めている。
「ま、まぁ、話くらいなら聞いてあげないこともないわ」
「それは良かった。実は私たちの家が妖蟲どもに乗っ取られて困っているの」
 スターは持ち前の演技力で、どれだけ自分たちが困っているのか誇張脚色を交えて話す。
 別に家にいるのは妖蟲ではなくただの虫たちだ。
 だがそう言っておいた方が何かと大きな事件なのだとすり込ませやすい。
「蟲の弱点は寒さ。だから何とかするにはあなたの力がどうしても必要なの」
「そうね。あんた達の目の付け所は良いと思うわ」
「そう言ってもらえると本当大助かりだわ」
 その様子を少し離れたところで見ているサニーとルナ。
 スターの、早くあの虫たちをどうにかしたいという気持ちはよく分かる。
 だがだからと言ってあの氷精相手によくもあそこまでペラペラと
 おべんちゃらが並べ立てられるものだと半ば呆れも生じている。
「よっぽど気持ち悪かったみたいね」
「スターは周りにいる生き物の気配を察知できるから」
 二人が誤魔化しのおかげで平気だった間も、スターは延々と増え続ける虫の気配を察知していたのだ。
 それは考えただけで確かに気が滅入る。
「うんうん、あんたの苦労はよく分かったわ」
 どうやら向こうの話も決着が着いたらしい。
 チルノには見えないように、こちらに向かってウインクをするスター。
「同じ妖精として特別に助けてあげる」
「そう。それじゃあ早速私たちの家に行きましょう」
 なんだかトントン拍子に話が進みすぎている。
 こういうときは大抵何処かに落とし穴かあるのを見落としていることが多い。
 だが三妖精もやはり妖精である。
 上手くいっていると思えば疑うことなどしないのだ。


 ☆


 チルノを引き連れて、今や虫の巣窟と化している我が家へと戻ってきた三妖精。
 扉を開けるのも、朝の様子を見ると憚られる。
 だがこのまま虫の良いように家を乗っ取られるわけにもいかない。
「それじゃあ早速だけど手順を言うからしっかり覚えてね」
「あたいにどんと任せておきなさい」
 自信満々に答えるチルノに、スターは予め考えておいた手順を話した。
「手順って言ってもそんなに大変な事じゃないわ。まずはあなた一人で家に入って、
 中で軽く冷気を撒き散らしてくれれば良いの。あくまでも軽~くね」
「ふんふん」
「後は動きの遅くなった虫たちを外に出すだけで良いわ。そこは私たちも手伝うから
 冷気を撒き散らし終わったら外に出てきて。それで仕事はお終いよ」
 作戦というには些か簡単すぎる気もするが、単調で効果が出るのならそれに越したことはない。
 一番のネックだったチルノの協力も、お世辞の一つで容易く解決している。
 チルノも冷気を撒き散らすだけならいつもやっていることだろう。
 ここまでくれば失敗はない。スターはそう確信していた。
「そいじゃあ、ちょちょぃと片付けてくるね」
 そう言ってチルノは手筈通り一人で家の中に入っていく。
 後はにこにこしながらチルノが虫たちを撃退してくれるのを待つばかり。
「ねぇ、さっきスターは軽~くって言ってたけどさ」
「うん」
「あいつの頭に手加減なんて言葉があるのかな」
 ルナの言葉にサニーも少し怪訝な表情を浮かべて、スターの作戦の顛末を見守る。
 と、その時だった。
 突然窓という窓が開き、そこからもの凄い勢いで冷気が吹き出してきたではないか。
 その威力やまるで吹雪同然。
「ちょっ、あいつ!」
 スターが慌てて扉を開けて入ろうとするが、中から凍り付いてしまっているらしく入ることができない。
「スター、上上っ」
「そうか窓っ」
 三人は飛び上がると開け放たれた窓から室内へと侵入した。
 そこには景気よく冷気を撒き散らすチルノの姿が。
 その様子には手加減をしている様子はまったくもって見られない。
 チルノは三人の姿を見つけると悪びれる様子も無く話しかけてきた。
「あ、丁度良かった。なんでかドアが開かないのよ」
 にははと笑いを浮かべるチルノの顔に、スターのドロップキックが炸裂する。
「あんたって奴は……まさかここまでバカだったとは流石の私も予想できなかったわ」
「でもドロップキックはやりすぎでしょうに」
「それだけ私の怒りが大きいってことよ」
 予想だにしなかったスターの攻撃に、チルノは壁に激突してそのまま気を失っている。
 上手くすれば今のことは起きたときには忘れていることだろう。
 今の内に運び出して適当な場所に放っておけば問題ない。
「問題なのは……」
 室内を見渡してがっくりと肩を落とすサニー。
 チルノの冷気でありとあらゆるものが凍り付き、巻き起こった風でメチャクチャだ。
 確かに虫たちは一掃されたが、これでは元通りにするまでが大変である。
「スター、今回ばかりはあんたの計画ミスね」
「……そうね。私もそれは認めるわ」
「よりにもよって氷精を作戦の一部に盛り込むなんて」
 今回ばかりは仕方がない。
 言われたい放題にされても仕方がないほどの失態だ。
「何にしてもまずは家をどうにかしないとね。氷の方は私が日の光を集めて溶かすから、
 二人は散らかった中の物を外に出して溶かしてから片付けて」
「わかったわ」
「溶かすのはお願いね」
 なんだかんだで三人は協力的だ。
 それに思わぬ副作用で家が凍り付いたとはいえ、虫を撃退するという当初の目的は果たせたわけだし。


 だがこれは三妖精対虫の戦いの始まりに過ぎないことを、まだこの時の三人は知る由もなかった。


 ☆


 それから数日後。
 室内を覆っていた氷も全て溶け、片付けも終わって家の中は元通りとなった。
 すっかり元の生活を取り戻したかに見えた三妖精達だったが。
 事態はそう簡単には収拾していなかったのである。


「やっぱりこれは由々しき事態なのよ」
 数日前と殆ど変わらぬ台詞を吐くのは、やはり同じ人物。
 今朝もスターは腰に手を当て朝も早くから声を荒げていた。
「また? イライラするのは勝手だけど私たちにまで迷惑掛けないでほしいわね」
「ルナの言うとおりだわ。それに今日はなんでイライラしてるのよ」
「またまたって言うけどね。だったらまた能力を解除してみなさいよ」
 言われて二人は周囲に及ぼしていた能力を解除する。
 そこには以前と大差ないほどの虫たちが戻ってきていたではないか。
「なんで……元に戻るにしても早すぎない?」
「だから由々しき事態だって言ったでしょうに」
 湿気の多い森の中に住居を構えているのだから、虫が多いのは仕方がないこと。
 数日前のようにあれだけ集まられると困りものだが、そうでなければ気にすることではない。
 だがたったの数日の間に、駆逐したはずの虫たちが元の数に戻るなど確かにおかしい。
「うーん……冷気で追い払った程度じゃ虫たちは懲りないのかな」
「もっと根本的なところでどうにかする必要があるのかしら」
 とりあえず姿と音だけでもない方がマシと、虫たちを隠した中で会議が始まる。
 最もスターだけは気配を察知できるのであまり効果はないようだが。
「虫をきちんと追い払う方法か……」
「力ずくじゃ、どうせまた違う虫たちが集まってくるわよ」
「そうね。何か良い方法はないかしら」
 チルノという諸刃の手段は一度試して玉砕。
 あれからチルノの記憶は綺麗すっぽり抜けてくれていたおかげで後から何か言われることはなかった。
 だがまた同じ事を頼めば流石にチルノでも思い出して、返り討ちにされる可能性が高すぎる。
 そういうこともあって今回はまた別の作戦を考えなくてはならないのだ。
「そういえばチルノの知り合いに虫の妖怪がいなかった?」
「サニー、それ本当?」
「ちょっと前だけどね、大妖精とチルノが話しているのを聞いたことがあるのよ」
 それが本当ならチルノよりも適材適所だ。
 上手くお願いできればこの家に虫を近づけさせないでくれるかもしれない。
「よし、それじゃあ作戦その2はサニーに任せるわ」
「そうね。サニーが言い出しっぺだし」
 勝手なことを言うスタートルナに、サニーは溜息を吐く。
 だがこのまま虫を放っておくわけにもいかず渋々その役目を請け負うことにした。


 ☆


・サニー考案、虫撃退作戦
 『虫のことは虫に任せよう作戦』


 しかし相手の妖怪の正体がわからないのでは話にならない。
 チルノのように顔見知りの相手なら居場所や扱い方もわかるのだが。
 今回の作戦はそういった情報を集めることから始めなければならない。
「で、また霧の湖なわけ?」
「しょうがないでしょ。チルノと大妖精くらいしか知ってそうなのと知り合いじゃないんだから」
 茂みに隠れてひそひそと言葉を交わすルナとサニー。
 ちなみにスターは周囲の気配に気を配っているため話には入ろうとはしていない。
 三人が待ち伏せているのは大妖精だ。
 チルノよりも話を聞いてくれるし、何よりそのお人好しな性格はチルノの次に扱いやすい。
 だが一つ問題なのは、彼女がよくチルノと一緒にいることだ。
 しばらくはチルノとは顔を合わせない方が良いだろうと思っていたのだが、
 こう高確率で会う相手との接触を謀るとなると、細心の注意を払う必要がある。
「あ、来たわよ」
「チルノも一緒?」
「残念ながら、ね」
 これは不味いと、サニー達は歯がみする。
 今のこのこ出て行って、もし数日前の記憶がチルノに戻ったら事だ。
 ここはどうしても大妖精からチルノを引き離さなくてはならない。
「そうだわ。サニー、ルナ。今こそあなた達の力の本領発揮よ」
 スターは名案が思いついたと二人の耳元に、その案を聞かせた。
「成る程ね。それは良い案だわ」
「スターはチルノが遠くへ行くのを確認しててよね」
「勿論。それじゃお願いね。来るわよ」
 スターが合図すると同時に、サニーとルナの力で三妖精から姿と音が消える。
 これはほんの準備段階だ。
「それでさ、ルーミアったら遠くの方まで吹っ飛んでさ」
「もう、程々にしないと」
 たわいもない会話を続けながら近づいてくる二人。
 そして充分な距離まで近づいてきたところで、サニーとルナは再び能力を発動させた。
 すると、
「あれ? 大妖精?」
「チルノちゃん、どこ行ったの?」
 互いに側にいるのに、互いの姿を見つけられなくなる二人。
 これは勿論サニーとルナの能力が原因だ。
 チルノには大妖精の姿と音が、大妖精にはチルノの姿と音が、それぞれ届かないようになっている。
 スターのように気配を確実に察知できる能力を持ち合わせていない二人は互いに消えたように見えているだろう。
 それぞれに慌てているところ、大妖精にだけ自分たちの姿と声が聞こえるようにサニー達は能力を解除した。
「ねぇねぇ、ちょっと」
「ひゃっ! って何だサニーちゃん達か」
 大妖精もこの事態が三妖精達の仕業だと分かると、途端ホッとした表情を見せる。
 そしてすぐに眉を尖らせて軽く怒りを露わにした。
 だがその様子は少し年上のお姉さんが年下の子を窘めるような怒り方である。
「もぅ、なんでこんな事をするの?」
「いやぁ。色々事情があって……話はすぐに終わらせるから、お願い!」
 始めは怪訝な表情を浮かべていた大妖精も、サニー達の切羽詰まった表情に何かあったのだと悟った。
「実は私たちの家が……」
 大妖精には嘘を吐くより本当のことを話した方が理解されやすいし協力も得やすい。
 サニーは今の自分たちの家がどうなったか、チルノの一件を少し省いた形で交えながら話て聞かせた。
 省いた部分は言わずもがな、スターのアレである。
「それで大妖精が知ってるっていう虫の妖怪を紹介してほしくて」
「そっか。それはリグルちゃんにお願いするのが一番だね」
 どうやら虫の妖怪の名前はリグルというらしい。
 大妖精は特に隠すことなく、リグルの情報を教えてくれる。
「リグルちゃんなら小川の方でよく仲間と遊んでいるのを見かけるよ」
「そっか、ありがとう」
「私の紹介だって言えばきっとお願い聞いてくれるはずだよ」
「それは助かるわね。ちなみに虫の妖怪って、何の虫なの?」
「確か……黒くて、大きな二枚の羽があって、あと触覚が二本あったなぁ」
 その特徴に三人がぎょっと顔を見合わせる。
 まさか、いや確かにあの虫なら妖怪化してもおかしくはないとは思うが。
 みるみるうちに青ざめていく三人の顔色。
「うーん、ちょっとど忘れしちゃった。でも良い子だからきっと大丈夫だよ」
「そ、そう。とりあえず小川の方に行ってみるね。行くわよ、ルナ、スター」
 大妖精の話を聞いて、三人はリグルとは少し会いたくなくなった。
 だが他に手だてがないなら行くしかあるまい。
 例えリグルが“あの虫”の妖怪だったとしてもだ。


 ☆


 大妖精に教わったとおり小川までやってきた三人。
 どうやらリグルという妖怪はまだ現れてはいないらしい。
 夜に活発に動く妖怪だそうだから、日が沈めばきっと現れるだろう。
 すでに時刻は黄昏時。
 もう半刻もしないうちに西の山裾に日が沈んで、夜が訪れるはずだ。
 そうなるとサニーの能力は使えなくなるが、多分使うことはないだろう。
「あ、気配が近づいてくるわよ。結構な大群ね」
 スターの声に一同に緊張が走る。
 すると目の前にふわりふわりと小さな緑黄光が飛んできた。
 その優しげな光の登場に、驚きこそしないものの三人は思わず呆けてしまっていた。
「おや、そんなところで何をしてるの?」
 三人に話しかけたのはマントを羽織った短髪の少女だった。
「あ、あー、えっと。私たちは、その……」
 見とれていたところに突然話しかけられて、サニーは思わずどもってしまう。
 そこへスターが助け船を出した。
「私たち、光の三妖精です。実はリグルさんに折り入ってお話があって、大妖精に紹介してもらってここまで来ました」
「大妖精の紹介? なら安心かな。チルノみたいにいきなり弾幕ごっこをけしかけられたんじゃたまったものじゃないしね」
「そ、そうですね」
 初対面にしてはなかなか良い反応だ。
 大妖精というのは意外と信頼されている存在らしい。
 三妖精は改めてあのほんわかした笑顔を見直した。
「それで、私に一体なんの用?」
「あぁ、そのことなんですけど。実は私たちの家が――」

 少女説明中

「成る程ね。虫たちが集まってどうにも過ごせないと」
「はい。それで虫の妖怪のリグルさんならどうにかできると思って……」
 というかどうにかしてもらえなければ、どうしようもない。
 リグルはしばらく周りの虫たちと話していたが、やがて結論が出たのか再びこちらに顔を向けた。
「うーん。できないこともないんだけどね」
「なんだか微妙な言い回しですね。結局の所できるんですか、できないんですか?」
「できるよ」
 でもねぇと言葉尻を濁すリグルに、サニー達も少し声を荒げる。
 できるかできないか、そのどちらなのかをハッキリして欲しいのだ。
 だがここで関係を悪化させてしまうと後々厄介になりかねない。
「私たちの家は今にも虫たちに乗っ取られそうなんです。お願いです」
「少しくらいの問題なら目を瞑りますから」
 三妖精の必死の訴えに、リグルもどうしたものかと頭を悩ませる。
 うるうると目を潤ませて泣き落としに掛かってきた三人。
「しょうがないな。やるだけのことはやるけど、後で文句は言わないでよ?」
「あ、ありがとうっ」
 とりあえず承諾さえもらえれば後はどうにでもなるだろう。
 少なくともこの時の三人はそう思っていた。
 相手はチルノのように短絡的ではなさそうだし、多少の常識なら通じるはずだ。
 数日前の悪夢が再び呼び起こされるのだけは勘弁だ。
「そこまで言うなら、それじゃあ……」
「やったぁ!」
 互いに手を合わせて喜びを露わにする三妖精。
 その時サニーはふとあることを思いだして、おそるおそるその疑問を口にした。
「あの、つかぬ事をお聞きしますけど……」
「ん?」
「リグルさんって、どんな虫の妖怪なんですか?」
 その質問に他の二人もハッとする。
 見た感じ虫っぽいのは頭の触覚くらいだ。
「私? 私はね」
 ごくりと三人が同時に息を呑む。
 とてもそうは見えないが、虫の見目なんて結構大差ないものだ。
「私は蛍の妖怪よ」
「そ、そうですか。どうりで気品があると思いました」
 まさかあんな想像をしていたなんて知られるわけにはいかない。
 するとそんな三人の考えを読んだかのようにリグルはこう続けた。
「たまにね、失礼な勘違いをする輩がいるんだけど、もしあんた達もそんなことを言ったら、
 そう言った奴等と同じ目に遭ってもらうから、そのつもりでいてね?」
 表情はいたって穏やかだが、その裏にはとてつもなく黒いオーラが見え隠れしている。
 三妖精でなくとも決してそれだけは口にしまいと誓うことだろう。


 今度はリグルを引き連れて我が家へと戻ってきた三人。
「確かにこれは凄いね。あんた達の家じゃなかったら、このままにしておきたいくらいだわ」
「でももう私たちの家なんですよぅ」
 泣きつくサニーにわかったわかったと苦笑を浮かべるリグル。
 そして単身家の中に入っていくと、数分もしないうちに出てきた。
 チルノの時とは大違いである。
「もしかしてもう終わりですか?」
「うん。虫たちは私の言うことならちゃんと聞いてくれるからね。ただ……」
「ただ、どうしたんです?」
「居心地が良くて離れたくないって言う子が多くて」
 そんなことを言われても困る。
 居心地がよいのは自分たちだって同じだし、そんな理由で同居虫に増えられては生活など到底できない。
 その旨を伝えるとリグルも、それはわかっていると言ってくれた。
「まぁこの子達の気持ちも分からなくもないんだけどね」
 リグルは三妖精を見つめながら、何やら意味深な発言をする。
 だが何にしてもこれで全てが一件落着したわけだ。
 リグルに引き連れられて彼方へと去っていく虫の大群を見送りながら、
 あんなにいたのかと三人はとても深い溜息を吐きながら我が家へと入っていったのだった。


 ☆


 で、その翌日――

「どうなってるのよ、これは」
 スターが目を覚ますと、そこにはまったく昨日と変わらぬ数の気配が屋内に入り込んでいた。
 昨日リグルに頼んで出ていってもらったばかりだというのに。
 何があっても文句を言うなとはこれのことか。
 だがこれは文句を言わざるを得ない。
「サニー! いつまで寝てるのっ。起きてもう一度リグルの所に行くわよ」
「えー、今日は一日中お日様浴びて寝るって決めたのにぃ」
「つべこべ言わないっ、ルナもよくこんな中でコーヒーなんて飲めるわねっ」
「別に気にしなければ良いだけじゃない」
「私は気になるの。気になって朝起きたときにベッドから転げ落ちたんだから」
 言ってまだ痛そうに後頭部をさするスター。
 ここまで喚かれてはサニーも昼寝どころではない。
 さっさと出掛けて用事を済ませて、元の予定に戻るのが賢明だろう。
「わかったわかった。すぐに着替えるからちょっと待って」
 そんな暇も惜しいという顔をするスターを尻目に、サニーはやれやれと肩をすくめるのだった。


 ☆


 着替え終わったサニーを先頭に、三人はリグルと初めてあった小川までやって来た。
 だが流石に朝早くからは活動していないのか、どこにもその姿は見あたらない。
「気配もないし、ここにいないのは確かね」
「夜まで待ちましょ。どうら夜にならなきゃ出てこないってば」
 欠伸をかみ殺し、まだ抜けきらない睡魔と戦いながらサニーはぼやく。
 このまま横になればすぐに眠れそうだ。
 ただ小川の近辺は小石がゴロゴロしているので、寝たら体が痛くなりそうだが。
「サニーの言う通りよ。スターが怒るのも無理はないけれど、いない相手に怒ったってしょうがないじゃない」
「それは、そうだけど……」
 ルナにも窘められてスターは少し冷静さを取り戻す。
 まだ一日は始まったばかりなのだ。リグルがいなくなったわけでもなし。
 夜まで適当に昼寝でもして時間を潰せば、きっとまた会えるはずだ。
「そうね、相手を怒らせたらそれこそ大変だし」
「そうそう。私たちは妖精で、相手は妖怪なんだから」
 そこは何よりも自覚すべき所だ。
 妖精は妖精の本分を守り、その範囲内でできる限りのことをする。
 そこを超えれば、待ち受けるのは破滅だけだ。
「わかったわ、それじゃあ――」
「それじゃあ今からはお昼寝タイムねっ」
 ついさっきまで寝ていたじゃないというルナのツッコミも聞き捨てて、サニー達はひとまず近くで休める場所がないか探すことにした。



 ちょうど近くに日の当たる原っぱを見つけ、そこで夜まで休むことにした三人。
 スターとルナは木陰に座ってサニーの豪快な寝相を眺めていた。
 早朝に起こされたのがそんなに眠いのか、サニーは横になった途端に寝息を立て始め、今や熟睡を通り越して爆睡状態だ。
「それにしてもあの虫たちはどうして私たちの家に来るのかしら」
「そうね。蟲の妖怪に頼んで連れ出してもらったのに、また戻ってくるなんて」
 ルナとスターは互いに理由が分からないと首を傾げる。
 リグルは居心地がよいと言っていたが、それが何か関係しているのだろうか。
「でも私たちは虫が好むようなものなんて持ってないわよ?」
「知らないうちに持っているとか?」
 考えても埒があかない。
 ここはやはりリグルに詳しい話を聞くのが一番だ。
 文句を言うのではなく、今の状況がどうして起こっているのか、その原因を聞けばどうにかできるかもしれない。

「あら、そんなことも分からないの?」

 その時、突然上空から穏やかな女性の声が降ってきた。
 スターは慌てて気配を察知すると、いつの間に現れたのかとても強い気配を持った妖怪が頭上にやってきていた。
「に、逃げるわよっ」
「サニーはっ?」
「あんなねぼすけ知らないわよっ」
 慌ててその場を立ち去ろうとするが、時既に遅し。
 日傘を差した女性が二人の前に降り立った。
「そんなに怖がらなくても良いのに」
「えぇと、あなたは……?」
 見た感じは人間のようだが、その内に秘められた妖気はただものではない。
 大妖怪と称して当然のような相手を前にしては、妖精如きの存在は動くことすら許されないのだ。
 怖がるなと言ってはいるが、その言い方は最初から動けないのを承知で言っているようにしか聞こえない。
「私は風見幽香。四季のフラワーマスターと巷じゃ呼ばれているわ」
「そ、その幽香さんが私たちにどんな御用で?」
 幽香と名乗った妖怪は、にっこりと微笑んだまま二人に近づいてくる。
 そして目線を合わせるようにしゃがみ込むと、徐にこう告げた。
「あなた達、自分たちの家がどうして虫に好かれるのか分からないの?」
「どうしてそれを……」
「さっきから様子を見させてもらっていたのよ。朝っぱらから妖精が騒いでいたから何事かと思ってね」
「はぁ……それで幽香さんは私たちの家の秘密をご存じなんですか?」
 すると幽香は何が面白いのかくすくすと笑い声を上げた。
 それはさもその反応が返ってくるのが分かっていて、可笑しくてしょうがないといった風に。
「あなた達、自分たちが何の妖精かも忘れちゃったわけ?」
「光の妖精ですけど……」
「そこまで分かっていながら、答えが分からないのはやっぱり妖精だからかしら」
 くすくすと可笑しそうに笑うのをやめない幽香。
 だがそこまで言われればスター達も気がつくというもの。
「そうか……なんでこんな簡単なことに気がつかなかったのかしら」
「成る程ね。どうりで」
 二人は互いに納得して頷く。

 虫の習性の代表的なものとして、光に集まるというものがあげられる。
 今回の原因はまさにそれだったのだ。
 光を操る妖精が三人も集まる場所なら、光の要素は他よりも多い。
 光源でなくとも、光の力が強いところでは虫も無意識のうちに心地よいと感じるのだろう。

「つまり私たちそのものが原因って訳?」
「それじゃあどうしようもないじゃない!」
 原因が分かってしまえば、どうにかなると思っていたがまさか自分たちがそうだとは。
 それでは引っ越しても、いつかは同じ目に遭うということだ。
「お困りのようね」
 いつの間にかクスクス笑いを止め、幽香は微笑みながら二人の顔を見ていた。
 なんだか薄気味悪ささえ感じる笑みだが、やはり体は動かせず二人はいやが上にも幽香と対面し続ける。
「それなら良い物をあなた達にあげるわ」
「え?」
「花と虫は切っても切れない関係。だけど時に虫は花を蹂躙する悪魔にも成り代わる」
 幽香は優雅な微笑みを浮かべながら、スターの手にクルミ大の何かを手渡した。
 手の平を開いて見てみるとそこにあったのは
「種……ですか?」
「そう。家の中で植木鉢に植えると良いわ。水はあげなくて結構。
 一晩であなた達の役に立つから、きっと気に入ると思うわよ」
「はあ……」
 言うだけ言って渡すだけ渡すと、幽香は再び空へと舞い上がっていった。
 一体なにをしにきたのかさっぱりわからない。
 残されたのは、判明した原因とそれを解決してくれるという種が一つ。
「どうする?」
「どうするもなにも。もうリグルと会う必要はなくなったわけだし……」
 帰ろうかと、二人はそう結論づけた。
 当然一人安眠を貪るサニーはほったらかしで。


 ☆


 家に帰ってきた三人はさてどうしたものかとテーブルを囲んでいた。
 ちなみにサニーは起きてすぐに二人がいないことを悟ると、激昂して家まで戻ってきた。
「で、この種だけど一体なんの種かしら」
「種にしては大きいわね。どれだけ大きくなるのかしら」
「胡散臭い妖怪から渡された胡散臭い種なんでしょ? なんか嫌な予感がするけど」
 サニーは寝ていたからあの妖怪の恐ろしさを知らないのだとルナは呟く。
 確かにあれだけの気配が近づいた中でも、起きずにいたのは流石と言うべきかなんと言うべきか。
「ただもうどうしようもないのが現状なのよね」
 能力で隠してはいるものの、虫たちの気配は一向に消えていない。
 その原因が自分たちにある以上、最早手段を選んではいられないのだ。
「仕方ないわね。この種、使いましょ」
 サニーの鶴の一声で、他の二人も頷き了承した。

 植木鉢を持ってきて、そこに土を入れて種を植える。
 幽香は水はいらないと言っていたから、多分これで良いのだろう。
「さて何が起こるのかしら」
「すぐには何も起きないようね」
「一晩寝たら効果が出るわよ、きっと。それじゃあ私はもう寝るわ」
 スターは久しぶりに安眠できると良いわとぼやきながら自分の寝床へと向かった。
 ルナとサニーもいつまでも植木鉢を眺めているのもなんなので寝ることにする。


 だがこれが悪夢の最終章になろうとは――


 ☆


 翌朝。

「ちょ、なんなのよこれはーっ」
「あの妖怪、分かっててあの種を渡したわね」
「そんなことよりどうするのよ。このままじゃ私たちまで食べられちゃうわよーっ」
 翌日、見事に育った食虫花によって、虫たちは全滅。
 しかしそれはサニー達とて例外ではなかった。
 彼女たちの羽も見た目昆虫と酷似したものばかり。
 つまりサニー達も餌として認識され、蔦に絡まれあわや食べられかけているのである。
 確かにこれで虫たちは近寄りはしなくなるだろう。
 だがこれでは本末転倒だ。
「うくく……どうにかしてまずはこの蔦から離れないと」
「そうね。締め付けはそこまで強くないみたいだし」
 妖精は虫とは違って比較的大きな体と比較的強い力を兼ね備えている。
 虫を食べる花でも、そう易々とは妖精を捕らえることはできないらしい。
 サニー達は一気に蔦を引きちぎると、すぐさま食虫花から距離を取った。
 しかし食虫花はテーブルのど真ん中の植木鉢から生えていて、それはつまり家の中心を牛耳っていることになる。
 蔦の長さから考えて、どこに逃げてもいずれは絡め取られてしまうだろう。
 ひとまず姿と音を消して様子を見ながら、急遽虫ではなく花をどうにかするための作戦会議が開かれた。
「捕まる前にどうにかしないとね……」
「植物を効率的にやっつける方法って何かないの?」
「こうり、つ……そうよ、こういうときこそあの氷精の出番だわっ」
 スターの提案に今回ばかりは二人も同意せざるを得ない。
 虫と同じく植物も冷気に弱い。
 しかも今回はできるだけ一瞬で凍らせてもらう必要があるほどの相手だ。
 それならばチルノ以外に適材適所な者がいるだろうか。
「よし、それじゃあ隙を見計らって外に出るわよ」
「……ごめん、それ無理みたいよ」
 ルナの言葉にサニーはその指が示している方向を見る。
 そこにはがっちりと蔦が絡んでどうにも開きそうにない扉があった。
「なら窓から出れば……」
「窓も全部同じよ」
「ならどうやって出ればいいのよっ」
 これは迂闊だった。出られなければチルノを呼ぶことなどできやしない。
 植物をどうにかする前に、外に脱出する術を考えるのが先決だったのだ。
「どうにか出る方法か……って、きゃああああっ」
 突如室内に響き渡るルナの悲鳴。
 見ると三人の気配を嗅ぎつけて蔦が忍び寄っていたのだ。
 しかも今度は引きちぎりづらい足首をがっちりと捕らえられている。
 哀れルナはそのまま宙づりにされてしまった。
「どどどどうしよ、どうしよ、どうすればいいのよ」
「サニー、慌てないで。見たところあの花には食べる口みたいなものはないわ」
 スターの言うとおり、この食虫花にはウツボカズラなどのように獲物を消化する部位が見あたらない。
 さらに観察を続けながらスターは話す。
「食事は捕らえたものの精気を吸って行っているようね」
「それってつまり……」
「ルナの救出は後に回しても良いってことよ」
 酷い言い様だがサニーも頷いた。
 ルナはそれどころではないので聞こえていないが、聞こえていたら間違いなく怒っているだろう。
「見て、あそこの窓。あそこの一番高い窓にはまだ蔦が絡まってないわ」
「本当。よく見つけたわねスター」
「あそこから出てチルノを連れてくる。後は前と同じように部屋ごと凍らせてもらえば万事解決よ」
 選択肢を選んでいる暇はない。
 早くしなければ、あの窓もいつ閉じられないとも限らないのだ。
「サニーの能力で姿を消して、私が蔦の気配を探るから一気に飛び抜けるわよ」
「わかったわ。それじゃ、いっせーのせで飛び出すわよ」
 お互いに視線を交わしてタイミングを計る。
「いっ、」
「せーの、」
「「せっ」」
 同時にかけ声を叫び、同時に床を蹴る。
 目指すは一番上の天窓。
 だが花も獲物を逃すまいとその蔦を鞭のように震ってきた。
「サニー、右っ。次は左後ろから来てるっ」
「え、ちょっ、そんな急にっ」
 スターは自身で把握できているから直感的に避けられるだろう。
 だがサニーはその指示を聞いてから反応しなければならず、明らかにスターより危なっかしい。
「って、まっ、ひゃあああんっ」
 そして天窓に辿り着く前にサニーも捕まってしまった。
 だが振り返ってはいけない。
 捕まった二人のためにも自分が外に出て助けを呼ばなくてはならないのだ。
 そう、決して一人で逃げようなんて、これっぽっちも……。
 閑話休題。スターは見事に蔦の包囲網をかいくぐり、目的の天窓へ。
「や、やったわ」
 スターは慌てながらも、なんとか鍵を開き外に出た。
 後はチルノを連れて、くれば――
「うっそ……」
 スターを待っていたのは自由の空ではなく、そこからまんまと出てくる獲物を捕らえんとする花の蔦だった。
「そんなのないわよぉぉぉっ」
 魔法の森に三妖精最後の一人の断末魔が木霊した。


 ちなみにこの一件は、花が一日で枯れてくれたおかげで事なきを得て収束する。
 虫たちもこの日を境に、あの家は虫を食う家だと認識したのかあまり近寄らなくなったという。
 だがその代わりに、三人が心に負った傷は深かった。
 何があったのか天狗が尋ねても、これだけは三人とも断じて口を割らなかったという。


~終幕~   
えっと、お久しぶりです。あと初めましての方も増えたでしょうか。
最近めっきり投稿音速が遅くなってしまい、申し訳なく感じている雨虎です。
コンペが終わって落ち着いたので、ようやく創想話にも一話投稿できました。

三月精メインの話はこれが初めてですね。
求聞史記の彼女たちの項目にあった、それぞれの羽の形に関する文章でネタが浮かびました。
楽しんでいただけたなら幸いです。

誤字脱字、文章表現への指摘、ご感想などあればよろしくお願いします。
※6/11リクエストがあったので加筆修正しました。
 6/16誤字修正しました。ご指摘ありがとうございます。
雨虎
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コメント



0.1010簡易評価
5.80削除
食虫花から一日間妖精たちが死に物狂いで生き延びる話を一部分なりとも書いて欲しかったです。その騒動の部分だけが他のものに比べてすっぱり切れているせいで、ちょっと違和感が……。
しかし、久々に虫姫らしいリグルんを見られて満足です。
6.70浜村ゆのつ削除
もう何から何まで妖精らしい愉快なお話ですね、楽しめました。
幽香も親切なのか意地悪なのか…両方?
そして、私も食虫花に追われるシーンが読みたかったなぁ…と思ったりorz
8.無評価雨虎削除
コメントありがとうございます。
>翼さん
言われてから書き足すのは卑怯かなと思ってしまいましたが
無性に書きたくなってしまったので書き足しましたw
今回はリグルに限らず、それぞれの能力が上手く描けたかなと思ってます。

>浜村ゆのつさん
幽香はただ妖精が困るのを楽しんでいただけです。つまり意地悪。
無償の親切は少し疑った方が良いという教訓ですね(違う)

お二方にリクエスト?されては書かないわけにはいかないと
急遽蛇足にならない程度で書き足しました。
ただあくまで私は“健全”を貫きますので、その後のことは
それぞれの想像力で補っていただきたいと思いますw
15.100名前が無い程度の能力削除
指摘希望ということなので、見つけた分だけ報告を。
>そのもりでいてね?
>頷き会う三人
>こちから痛い目を

能力が生かせたと仰っていますが、そんなことないです。能力だけじゃなく性格や性質などが悉く生かせていてしかも面白かったのですから。
16.9074削除
ちょい役の方々がいろいろ素敵でたまりません
17.無評価雨虎削除
さらにコメントレスです。
>名前が無い程度の能力さん
そこまで絶賛されると書いた甲斐がありました。
「らしく」動いていると言われるのが私にとって何よりの賛美ですね。
※誤字指摘ありがとうございました。訂正いたしました。

>74さん
主役を活かすのは素敵な脇役です。
ただ私の場合、主役よりも脇役の方が魅力的になってしまうときが……。
もっと主役をたたせろと文章の中から文句を言われそうですw

コメントありがとうございました。
28.80名前が無い程度の能力削除
三妖精が慌ただしく動き回るさまが目に浮かぶよう。面白かったです。
ゆうかりんは、きっと遠巻きに慌てふためく三匹をにやにやしながら見てるんだろうなあ。
29.803削除
>無視の存在 → 虫の存在?
5年も前のSSに誤字報告するのもあれですが……

てんやわんやな感じが面白いです。
ああ、いかにも三月精という感じ。