「…このまま道なり…でいいの?」
「いいぜー」
森の中、アリスと魔理沙は獣道を進んでいた。外はじりじりと暑
かったが、森の中へと入ってみると、木々が日光を遮ってくれて、
なかなかに快適だった。
最初はしぶしぶ歩いていたアリスだが、緑に囲まれ、木漏れ日の
差す中をゆったりと歩いていると、だんだん心が澄んでいくような、
そんな心地よい気分になって、足取りも軽くなっていった。
アリスの家のある魔法の森も森なのだが、どうも陰鬱とした感じ
がしてしまうところがある。自分の家のまわりだけでも明るい感じ
にしようといろいろ手を入れているのだが、逆に言うと、それだけ
手をいれなくてはならないということだ。ここはそれが何もしなく
とも最初から手に入る。魔法の森はその名の通り、土地や空気がは
らむ魔力が質、量ともにかなり満足のいくレベルなのだが、それを
差し引いてもこちらに居を移した方がいいんじゃないかなどとまで
考えてしまう気持ちのよさだった。
「……こういうのも、たまにはいいか…」
ときおり行く手を遮る木の枝を払いながら、アリスはつぶやいた。
最近マジックアイテムの鑑定をしてくれとか、魔法がかけられた建
造物の魔力補充と修復とか色々仕事がたてこんでいて、なかなかの
んびりする時間が取れなかったのだ。こういう時は家で心ゆくまで
だらだらするのもよいのだが、こうやって外に出て自然に触れるの
もいい。無理矢理連れ出されてきたが、これは図らずも魔理沙のお
かげということになってしまうのかもしれない。もちろん癪なので
そんなことは口が裂けても言わないが。
「~♪~~♪」
後ろからはいかにも能天気ですという感じの鼻歌が聞こえてくる。
よく考えたら自分が前というのはおかしいのではないかと思うが、
どうせ魔理沙も初めて歩く道だろうからいまさら交代しても意味は
ないだろう。危険な雰囲気も感じないし、魔理沙の能天気さを味わ
うのもごくごくたまにならよいかと思い、アリスは歩を進めるのだ
った。
- * - * -
「……ここ?」
そして。さらにかなりの時間が経つと、アリス達は広大な森の中、
直径10メートルほどの小さな空き地にたどり着いた。
「どうやら、そうらしいな。そこの木に腰掛けろ、だそうだぜ」
空き地の中央に横倒しになっていた木に、アリスと魔理沙は並ん
で腰掛け、一息つく。
「ふぅ…。……で?」
「何が?」
ブラウスの襟元をぱたぱたとやりながら、魔理沙は答えた。
「何がって…これからどうすればいいのかって聞いてるの」
「待てって」
「は?」
「だから、座ってしばらく待て、だと」
「あ、そう…」
「………」
「………」
何かごそごそやりだした魔理沙の隣で、アリスは空を見上げた。
どうやら、日が中空に達するまでにはまだまだ時間があるらしく、
このあたりに直射日光が降り注ぐということはなかった。
「早いうちに出かけて正解だった、ってわけか…」
思い出したように吹くさわやかな風に目を細めながら、水色の空
を眺めていると、
「ほれ」
「?」
魔理沙の声に顔を向けると、アリスの目の前に弁当箱が突き出さ
れていた。
「…お弁当?用意周到ねぇ…」
「お茶もあるぜ~」
魔理沙はリュックからコップを2つ取り出し、魔法瓶から暖かな
緑茶を注いでアリスに渡した。
「意地でも私を連れ出すつもりだったのね…」
アリスはため息をつきながら弁当箱を開け、箸を取る。
「じゃあ、いただきます」
「おう、いただいてくれ」
とりあえずメインの焼き鮭を箸でほぐし、口に入れる。
「…ん、おいしい」
鮭の塩気が少し疲れた体に心地よい。やや固めに炊かれたご飯と
一緒に飲み込むと、喉を通るしっかりとした満足感が感じられた。
「…………」
ただただ無言で黙々と箸を動かし、ひじきやきんぴらごぼうや卵
焼きを胃におさめていく。火の通し具合といい、味付けといい、料
理からは細やかな魔理沙の気遣いというものが感じられた。
「……」
…こういうのを見ると、やっぱり、魔理沙は根本的な部分は繊細
なのだと思う。ここはこうすればこうなる、こうするためにはここ
をこうしなければならない…などと微に入り細に入り計算をし気を
配って、その結果、とてつもない高みに辿り着く、そういう奴なのだ。
対照的に、霊夢はみりんも醤油もみな瓶から直接流し入れ、アリ
スとは、
「それどばーっと入れちゃって」
「どばーってどれくらいなのよ」
「だから、どばー」
「……」
なんて会話を交わしたりする。それなのに非の付け所のない、完
璧な味付けになってしまうところが恐ろしい。
「………」
魔理沙はいつも傍若無人の振る舞いをしているが、根っこのとこ
ろは霊夢よりも自分に近いのではないかと思う。…文句のつけよう
もないすばらしい出来のお弁当を食べながら、アリスは、それは疲
れるんじゃないのかなぁ、と思うのだ。
「……」
…いや。
…それを貫くからこそ魔理沙であり、それを貫けるというのが魔
理沙の強さってことなのかもしれない。お茶の風味と混ざり合うお
かずの味を楽しみながら、アリスはそう思い直した。
- * - * -
「………ご馳走様」
すっかりきれいに食べ終え、アリスは手を合わせてご馳走様を言
った。魔理沙のことだから、すっかり食べ終えていて「まったく毎
度のことながら食べるのが遅いな」と言われるかと思ったのだが。
見ると、魔理沙は口をもぐもぐさせながらこっちを見ていた。弁当
はまだ半分も食べ終えていない。
「……なによ」
「いや、霊夢が『いつもとってもにおいしそうに食べるから、アリ
スにはほんとにご飯の作り甲斐があるわよ』とよく言ってるんだが、
あ、本当だなと」
「なっ……お、おいしいものを食べてそれを楽しめないなんて奴は
人生損してるのよっ」
「くくくっ…いや全く、その通りだな」
「ああもううるさいうるさい!時間ないんだからちゃっちゃと食べ
なさいよ!あとお茶もらうからね!」
顔を赤らめながらまくし立てると、アリスは魔法瓶を引ったくっ
てお茶をコップに注ぎ、そっぽを向いて飲み始めた。
魔理沙はにやけながら弁当の残りに手をつけ始めたが、
「……それにしても何も起こらないなぁ」
とつぶやいた。
「……暗号解き間違ったんじゃないの?」
「んあ?……いや、そんなはずは…」
「ああそれは後にしてさっさと残り食べちゃってよ」
ごそごそやって巻物を取り出そうとする魔理沙を制して、アリス
は食事を続けさせた。てっきり「私に間違いなんてないぜ」とか、
「そのときはそのときだろ」などと言うと思っていたのでアリスは
ちょっと意外だった。
しばらくして魔理沙も弁当を食べ終え、弁当箱やコップを片付け
る。…それからさらにしばらく待ったが、何も起こることはなかっ
た。
アリスは再び空を見上げた。どうやら昼が近づいているようで、
空き地も日が差す部分が段々増えてきてしまっている。
「まさか日にあぶられるのに耐えないとだめとか言うんじゃないん
でしょうね…」
「それはないだろ。場所は書いてあったが時間は書いてなかったし」
アリスは水色の空を見つめたまま、横からの魔理沙の声を聞いた。
「だったら夜出かければよかったかしら」
「まぁ暗号が解けたのが今日の夜明け頃だったし、仕方ないだろ」
「…もしかして徹夜?…元気ねぇ…」
「まぁどこかの誰かさんとは違って体力あるからな」
「喧嘩売ってるの?…しっかしそれならなおさら今日の夜か明日以
降でいいじゃないのよ」
「……お宝を早く拝みたかったんだ。暗号解くのに苦労したしな」
「ふうん…ま、いいけど。今のところはここにいるのは気持ちがい
いし。最近少し根を詰めすぎで疲れてたしね…」
言いながらアリスはこきこきと首を鳴らした。
…そしてしばらく会話が途切れた。手の上に小さなつむじ風を起
こして暇をつぶしていたアリスがふと横を見ると、魔理沙が巻物を
取り出して、木ぎれで地面に文字を書きながら巻物の文字を追って
いた。暗号解読に間違いがないか確認をしているようだ。「別に暗
号を解き間違っててもいいじゃない、いいハイキングになったこと
だし」とアリスは言おうとしたが、魔理沙がしたいのならいいかと
思い直して口をつぐんだ。
「………」
魔理沙は真剣な視線を巻物と自分が地面に書いた文字とに向けて
いる。どうやら完全に自分の世界に入ってしまったようだ。今アリ
スが何を言おうとも、魔理沙の耳には届かないに違いない。
「………」
相変わらずこの魔理沙の集中力とその持続力には舌を巻く。あの
時も、こんな顔をして、人並外れたことをやられたんだっけ…魔理
沙の横顔を横目で見ながら、アリスはそんなことをぼんやりと考え
る。そのうちに、適度な暖かさと風の爽やかさに誘われ、知らず知
らずアリスはうたたねをしてしまっていた。
<続く>
「いいぜー」
森の中、アリスと魔理沙は獣道を進んでいた。外はじりじりと暑
かったが、森の中へと入ってみると、木々が日光を遮ってくれて、
なかなかに快適だった。
最初はしぶしぶ歩いていたアリスだが、緑に囲まれ、木漏れ日の
差す中をゆったりと歩いていると、だんだん心が澄んでいくような、
そんな心地よい気分になって、足取りも軽くなっていった。
アリスの家のある魔法の森も森なのだが、どうも陰鬱とした感じ
がしてしまうところがある。自分の家のまわりだけでも明るい感じ
にしようといろいろ手を入れているのだが、逆に言うと、それだけ
手をいれなくてはならないということだ。ここはそれが何もしなく
とも最初から手に入る。魔法の森はその名の通り、土地や空気がは
らむ魔力が質、量ともにかなり満足のいくレベルなのだが、それを
差し引いてもこちらに居を移した方がいいんじゃないかなどとまで
考えてしまう気持ちのよさだった。
「……こういうのも、たまにはいいか…」
ときおり行く手を遮る木の枝を払いながら、アリスはつぶやいた。
最近マジックアイテムの鑑定をしてくれとか、魔法がかけられた建
造物の魔力補充と修復とか色々仕事がたてこんでいて、なかなかの
んびりする時間が取れなかったのだ。こういう時は家で心ゆくまで
だらだらするのもよいのだが、こうやって外に出て自然に触れるの
もいい。無理矢理連れ出されてきたが、これは図らずも魔理沙のお
かげということになってしまうのかもしれない。もちろん癪なので
そんなことは口が裂けても言わないが。
「~♪~~♪」
後ろからはいかにも能天気ですという感じの鼻歌が聞こえてくる。
よく考えたら自分が前というのはおかしいのではないかと思うが、
どうせ魔理沙も初めて歩く道だろうからいまさら交代しても意味は
ないだろう。危険な雰囲気も感じないし、魔理沙の能天気さを味わ
うのもごくごくたまにならよいかと思い、アリスは歩を進めるのだ
った。
- * - * -
「……ここ?」
そして。さらにかなりの時間が経つと、アリス達は広大な森の中、
直径10メートルほどの小さな空き地にたどり着いた。
「どうやら、そうらしいな。そこの木に腰掛けろ、だそうだぜ」
空き地の中央に横倒しになっていた木に、アリスと魔理沙は並ん
で腰掛け、一息つく。
「ふぅ…。……で?」
「何が?」
ブラウスの襟元をぱたぱたとやりながら、魔理沙は答えた。
「何がって…これからどうすればいいのかって聞いてるの」
「待てって」
「は?」
「だから、座ってしばらく待て、だと」
「あ、そう…」
「………」
「………」
何かごそごそやりだした魔理沙の隣で、アリスは空を見上げた。
どうやら、日が中空に達するまでにはまだまだ時間があるらしく、
このあたりに直射日光が降り注ぐということはなかった。
「早いうちに出かけて正解だった、ってわけか…」
思い出したように吹くさわやかな風に目を細めながら、水色の空
を眺めていると、
「ほれ」
「?」
魔理沙の声に顔を向けると、アリスの目の前に弁当箱が突き出さ
れていた。
「…お弁当?用意周到ねぇ…」
「お茶もあるぜ~」
魔理沙はリュックからコップを2つ取り出し、魔法瓶から暖かな
緑茶を注いでアリスに渡した。
「意地でも私を連れ出すつもりだったのね…」
アリスはため息をつきながら弁当箱を開け、箸を取る。
「じゃあ、いただきます」
「おう、いただいてくれ」
とりあえずメインの焼き鮭を箸でほぐし、口に入れる。
「…ん、おいしい」
鮭の塩気が少し疲れた体に心地よい。やや固めに炊かれたご飯と
一緒に飲み込むと、喉を通るしっかりとした満足感が感じられた。
「…………」
ただただ無言で黙々と箸を動かし、ひじきやきんぴらごぼうや卵
焼きを胃におさめていく。火の通し具合といい、味付けといい、料
理からは細やかな魔理沙の気遣いというものが感じられた。
「……」
…こういうのを見ると、やっぱり、魔理沙は根本的な部分は繊細
なのだと思う。ここはこうすればこうなる、こうするためにはここ
をこうしなければならない…などと微に入り細に入り計算をし気を
配って、その結果、とてつもない高みに辿り着く、そういう奴なのだ。
対照的に、霊夢はみりんも醤油もみな瓶から直接流し入れ、アリ
スとは、
「それどばーっと入れちゃって」
「どばーってどれくらいなのよ」
「だから、どばー」
「……」
なんて会話を交わしたりする。それなのに非の付け所のない、完
璧な味付けになってしまうところが恐ろしい。
「………」
魔理沙はいつも傍若無人の振る舞いをしているが、根っこのとこ
ろは霊夢よりも自分に近いのではないかと思う。…文句のつけよう
もないすばらしい出来のお弁当を食べながら、アリスは、それは疲
れるんじゃないのかなぁ、と思うのだ。
「……」
…いや。
…それを貫くからこそ魔理沙であり、それを貫けるというのが魔
理沙の強さってことなのかもしれない。お茶の風味と混ざり合うお
かずの味を楽しみながら、アリスはそう思い直した。
- * - * -
「………ご馳走様」
すっかりきれいに食べ終え、アリスは手を合わせてご馳走様を言
った。魔理沙のことだから、すっかり食べ終えていて「まったく毎
度のことながら食べるのが遅いな」と言われるかと思ったのだが。
見ると、魔理沙は口をもぐもぐさせながらこっちを見ていた。弁当
はまだ半分も食べ終えていない。
「……なによ」
「いや、霊夢が『いつもとってもにおいしそうに食べるから、アリ
スにはほんとにご飯の作り甲斐があるわよ』とよく言ってるんだが、
あ、本当だなと」
「なっ……お、おいしいものを食べてそれを楽しめないなんて奴は
人生損してるのよっ」
「くくくっ…いや全く、その通りだな」
「ああもううるさいうるさい!時間ないんだからちゃっちゃと食べ
なさいよ!あとお茶もらうからね!」
顔を赤らめながらまくし立てると、アリスは魔法瓶を引ったくっ
てお茶をコップに注ぎ、そっぽを向いて飲み始めた。
魔理沙はにやけながら弁当の残りに手をつけ始めたが、
「……それにしても何も起こらないなぁ」
とつぶやいた。
「……暗号解き間違ったんじゃないの?」
「んあ?……いや、そんなはずは…」
「ああそれは後にしてさっさと残り食べちゃってよ」
ごそごそやって巻物を取り出そうとする魔理沙を制して、アリス
は食事を続けさせた。てっきり「私に間違いなんてないぜ」とか、
「そのときはそのときだろ」などと言うと思っていたのでアリスは
ちょっと意外だった。
しばらくして魔理沙も弁当を食べ終え、弁当箱やコップを片付け
る。…それからさらにしばらく待ったが、何も起こることはなかっ
た。
アリスは再び空を見上げた。どうやら昼が近づいているようで、
空き地も日が差す部分が段々増えてきてしまっている。
「まさか日にあぶられるのに耐えないとだめとか言うんじゃないん
でしょうね…」
「それはないだろ。場所は書いてあったが時間は書いてなかったし」
アリスは水色の空を見つめたまま、横からの魔理沙の声を聞いた。
「だったら夜出かければよかったかしら」
「まぁ暗号が解けたのが今日の夜明け頃だったし、仕方ないだろ」
「…もしかして徹夜?…元気ねぇ…」
「まぁどこかの誰かさんとは違って体力あるからな」
「喧嘩売ってるの?…しっかしそれならなおさら今日の夜か明日以
降でいいじゃないのよ」
「……お宝を早く拝みたかったんだ。暗号解くのに苦労したしな」
「ふうん…ま、いいけど。今のところはここにいるのは気持ちがい
いし。最近少し根を詰めすぎで疲れてたしね…」
言いながらアリスはこきこきと首を鳴らした。
…そしてしばらく会話が途切れた。手の上に小さなつむじ風を起
こして暇をつぶしていたアリスがふと横を見ると、魔理沙が巻物を
取り出して、木ぎれで地面に文字を書きながら巻物の文字を追って
いた。暗号解読に間違いがないか確認をしているようだ。「別に暗
号を解き間違っててもいいじゃない、いいハイキングになったこと
だし」とアリスは言おうとしたが、魔理沙がしたいのならいいかと
思い直して口をつぐんだ。
「………」
魔理沙は真剣な視線を巻物と自分が地面に書いた文字とに向けて
いる。どうやら完全に自分の世界に入ってしまったようだ。今アリ
スが何を言おうとも、魔理沙の耳には届かないに違いない。
「………」
相変わらずこの魔理沙の集中力とその持続力には舌を巻く。あの
時も、こんな顔をして、人並外れたことをやられたんだっけ…魔理
沙の横顔を横目で見ながら、アリスはそんなことをぼんやりと考え
る。そのうちに、適度な暖かさと風の爽やかさに誘われ、知らず知
らずアリスはうたたねをしてしまっていた。
<続く>