ぐぅ
上白沢慧音は思わず周囲を見渡した。
目に入るのは鬱蒼とした木々の緑。耳に入るのは風に揺られる梢のささやき。
慧音が危惧したように人間はもちろんのこと、妖怪もいないようだった。
ほっと息をつく。何せここは妖怪獣道。どんな妖怪がいて、どんな笑いのタネにされるかわかったもんじゃない。
満月の夜には角の一本や二本も生える身だが、慧音も年頃の娘。腹の虫の鳴き声などそうそう誰にも聞かれたくない。
もし聞いた奴がいたならば無かったことにすることも可能なのだが、それは余計に腹が減る。選びたくない歴史である。
ともあれ、腹が減ってはなんとやら。
予定より早めだが、昼食とすることにした。
地面から浮き上がり、適当な木の枝に腰掛けて手にしていた包みから弁当を引っ張り出す。
「やぁ、美味そうじゃないか」
黒くて白い魔法使いが箒にまたがってニヤニヤしていた。
騒々しい輩と夏の煮物は足が早い。全く、どこぞの天狗といい白黒い奴は、いったいいつの間に来たのかと思う。
「なんだ魔法使い。お前なんかに恵んでやる米はないぞ」
「構わないぜ。私は洋食派だ」
箒をこっちに寄せてくる。やってることと言っていることが素敵なくらいに矛盾している。
膝の上に広げた弁当――おむすびを魔理沙は凝視した。
「…………」
凝視した。
「な、なんだ! そんなに食いたいなら、少しくらいは……」
「いや」
例えるなら、抱え落ちせずには済んだがファイナルスパークを暴発させてしまった時のような表情。
無言で魔理沙はおむすびを一つ、慧音の膝の上からかっぱらっていく。
しかし口に運ぶこともなく、問いかけてきた。
「これ、お前が握ったのか?」
「それが……どうした」
「いやさ」
《丸い》おむすびを太陽の下に晒して、魔理沙は心底不思議そうに言う。
「おむすびって、三角に握らないか?」
「た、俵型握りというのもある! そっちの方が見た目的には地味だが難しいんだぞ!」
「知ってるぜ。それはともかくとして、これ、お前が握ったんだな」
「……」
YESと言ったも同然だ。
魔理沙は慧音から略奪したおむすびを両手の中で転がす。器用にも両手を離していながら箒から落ちない。落ちろ。
「何事にも道理や型ってもんがある。
太陽は東から昇るし巫女は妖怪退治をしておむすびは三角形だ。
型や道理から外れることは私の好物だが無闇に外れるのは違うと思う」
魔理沙から渡されたおむすびは、ピラミッドパゥワーみなぎる見事な三角形だった。
「うるさい! 私は! 三角に! 握れないんだ!」
「そいつぁ道理だぜ! ところでこんな所でなんでメシ食べてるんだ?」
「それを最初に聞け! むしろそれしか聞くな! 今さっきのやり取りを無かったことにしてやろうか!?」
「じゃあ、そのおむすび一つ賭けて弾幕るか」
「望むところだ!」
少女弾幕中...
「クソッ、腹が減ってなければ!」
「やっぱり人里の梅干は美味いな」
慧音の手に残っているのはおむすび一つきりだった。
『おむすび一つ賭けて』とはこういう意味だったらしい。詐欺である。
とりあえず怒りに任せて、たった一つきりになってしまったおむすびを胃袋の中に叩き込む。
立ち上がり、とっとと再出発しようとすると、残りのおむすびを抱えた魔理沙が慧音の袖を引っ張った。
「待てよ。まだなんでこんなとこでメシ食おうとしていたのか聞いてない」
「おむすび一つで教えてやる」
「わかったぜ」
高菜握りを取り返す。
全く嬉しくもないが、二人一緒に並んで談話しながらの昼食となってしまった。
「寺子屋の子供たちに、人里の外について教えてやろうと思ってな。郊外学習というやつだ。
そのために、徒歩で人里周辺を歩き回って予定を組み立てて行こうと思っていたんだ。
それにしても徒歩はわかっていたがつらいな。外出する時の距離感覚が一気に何十倍にもなる」
「空を飛ぶ方法を教えてやったらどうだ」
「人間は地に足の付いた生活をすべきだ」
「その説教は私が今から行く巫女にしてやってくれ」
「お前も全く地に足付いてない生活しているだろ! なんだお前は! 少しは誰かの役に立つことをしているのか!?」
「少しもないぜ」
少女頭突中...
「なんなんだ一体……」
額にコブをこさえた魔理沙は、おむすび最後の一口を飲み下した。
知識のいっぱい詰まった頭脳による、直接的且つ物理的説教も終えたので慧音は立ち上がる。
こんなバカにいつまでも付き合っている暇はないのだ。
浮き上がったとたん、スカートの裾が引っ張られる。
「やめろ! 脱げる!」
「待てよ。そう急ぎでもないんだろ。
どうもお前は料理の腕は悪くないが、道理を通さない。やっぱりそれは良くないぜ。
そういうわけで、アレだ。お前に料理を教える。今から」
「はぁ!?」
「郊外授業で『けーねせんせーのおむすび鞠みたいに丸っこーい』とか言われたいのか?」
「……よろしくお願いします」
そうしてなぜだか博麗神社にいる。
来たからには仕方ないので、とりあえず賽銭は入れておいた。
「あら、ありがとう」
「……お前の懐に入ると思うとまるで有り難くないな」
「有り難がってよー」
霊夢は頬を膨らませる。ますますこんな巫女は有り難くない。さっぱり有り難くない。
大体、この面子はなんだ。
「日頃の行いよ」
「妖怪退治するどころか妖怪とマブだものね」
「うるさーい。アンタらみたいなのがいるからまともな客が来ないんだー」
巫女の怒りの矛先は、銀髪二人組に向かう。
片方はメイド。片方は半人半霊。
全く、まともじゃない連中ばかりだ。かく言う慧音も人間ではないので口にはしないが。
「よし、顔が揃ったな。
それじゃあ一人――いや、半人半獣か? ――のゲストも加えて、第119季博麗料理会の始まりー」
白黒魔法使いのうさんくさい口上を、銀髪二人組は拍手で讃える。思いっきり顔がお愛想だ。
しかし、話が飲み込めない。
「なんだ? 料理対決でもするのか?」
「いや、そっちのメイド長が講師のお料理勉強会だ」
「なんでこの面子」
「……お嬢様がですね」
妖夢が明後日の方向の空を見る。いや、あの世かもしれない。
「ケーキとアイスクリームとプディングとムースと漬物を食べたいそうで」
「なんじゃそりゃ」
「私が聞きたいよ。そういうのを作れる幽霊はウチにはいないから、私が作ることになったの」
「と、こっちの半死体が私に言ってきたから」
咲夜は妖夢から自分を指差して
「伝授するかわりに色々便宜を図ってもらおうと」
「……なにをするつもりだ」
「妖夢からは冷房用幽霊を借りて、魔理沙からはパチュリー様がご所望の茸。霊夢からは場所の提供」
「つまり、私にも何かよこせと」
「そうしたいのならお願いしますわ」
タダより高いものなどないとはこのことか。
ともあれ、目的は判明した。別に怪しくもなんともない。
慧音自身含めて、年頃の娘が集まって年上のお姉さんに料理を教えてもらうだけである。普通の光景だ。
が、ただ一人逸脱者がいた。
紅白の巫女は賽銭箱の上で茶を啜っていた。
「……おい、アレ」
「アレはいいんです」
「この中でたぶん一番料理美味いから。上手いじゃなくて美味い」
「なぜだ」
「素材の霊気を読み取ってもっとも優れた調理法を思いついて実行できる。霊気を操る程度の能力」
「そんな深いことを考えているようには見えん」
「考えてないんじゃないですか?」
慧音は改めて博麗の巫女を見る。
毎日が飲茶な人生である。
なるほど。なんかもうどうでも良くなってきた。
「これくらいか?」
「もっとね。色が白っぽくなるまで泡立てないと」
「じゃあこれくらい?」
「貴方はやりすぎ。それだと焼いた時に生地がヘコんじゃう」
どうして同じタイミングで泡立て始めたのに、これだけ差が出るのか。
慧音は泡立て器を握る右腕を軽く振った。かなり痛い。
一方、ダメ押しを喰らった妖夢は再びボウルに砂糖と卵を開けた。
泡立て器を突き刺したかと思うと、餓鬼十王の勢いで掻き混ぜる。
魔理沙はというと、意外にもリズム良くまともに攪拌している。こいつ、習う必要ないくらいに上手いんじゃないか。
もう少し根気を入れて攪拌し続けると、OKを貰えた。バニラビーンズを混ぜる。
「さて、ここまで行くと小麦粉を入れるわけですが」
咲夜はふるい器を手に解説する。
「スポンジケーキを作る際にもっとも注意すべきはここ。
ここの失敗だけは全く取り返しがつかない。
ダマを作ってもいけないし練ってもダメ。小麦粉をふるい入れたら切るように生地と合わせるの」
「斬るように……」
「ああ、あんたの場合は加減した方がいいかも」
ゴムベラを握る妖夢の目が一瞬だけマジになった。
咲夜の素早い訂正がなければ、大惨事になっていた気がする。
「気泡を潰さないように合わせないとダメよ。
スポンジケーキが膨らむのはさっき泡立てた卵の泡が生きてるから。だからこれ潰すと全部台無しってわけ」
納得のいく説明ではあるが、理詰めの解説で全て上手く行くならパターン弾幕の多い慧音は泣く。
つまるところわかっていても上手く出来ないのが初心者というものだ。
なんだかずいぶんとせっかく泡立てた気泡が潰れてしまった気がする。大丈夫か?
しかしここまで来てしまった以上、戻れない。
最後にバターを混ぜてから生地を型に流し込み、オーブンにGO。案ずるより焼くが易しである。
「そういえば幽々子様が気にしていられたのだけど」
「なんだ」
焼いている間は休憩時間である。
オーブンの世話はメイド長に任せ、慧音たちも霊夢と一緒にお茶とすることにした。
そこで妖夢が慧音にたずねてきた。
「歴史とはどのような味がするのかと」
「……舌で味わうものではないのだと思うのだが」
「黴臭そうな味だよな」
「ヤギか? 古文書を喰うわけじゃない」
「ああ、牛だな」
「牛でもない」
「反芻もできるからな」
まあできると言えばできるが、歴史と飼い葉を一緒にするのはどうかと慧音は思う。それとも海馬?
「そういえばお前らは出来上がったケーキはどうするんだ」
「当然、幽々子様に」
「私は別に一人で食べてもいいが。霊夢、喰うか?」
「貰うわ」
「決定だな。じゃ、そういう慧音はどうするんだ」
考えていなかったので参考にしようかと思っていたのだ。
一人で食べきるにはさすがに量が多い。夕食を抜けば可能だが、太る。嫌だ。
そういえばこの間、この連中が肝試しなどというふざけたことをしでかした竹林には、得体の知れない人間が住んでいる。
相当強いので慧音がわざわざ守る必要はなかったりしたわけが、気になることはなる。
ケーキを口実に話を持って行くには悪くない考えだろう。
「竹林に供えに行こうかと」
「ウサギって草食だよなぁ。喰えるのか?」
なんか勘違いされているが、気にしないでおこう。
いざ出来上がってみると、感動するものである。
店で出てくるイメージしかないものを自分で作ったのだ。創るという作業は案外面白い。
だが、他の連中と自作のものを比べてみると慧音は少し複雑な気分になった。
まず、妖夢作製のケーキ。
デカい。これ以上言うことはない。
十人分くらいあるんじゃないかと思うのだが、妖夢は「足りるかなぁ」と不安そうだ。何事だ。
続いて、魔理沙作。
素晴らしい出来である。どう考えても手馴れている。
スポンジのカットからクリームの泡立て、デコレーションの一つ一つまで隙がない。どういうことだ。
最後に、慧音自身作。
「雑だな」
魔理沙が呟いた。
「バランス悪いね」
妖夢が続ける。
反論はしない。なんというか、魔理沙作と比べるとごてごてしている。
クリームの塗り方が悪いのか泡立て方が悪いのか、フルーツのカットがいけないのか並べ方がダメなのか、どうにも据わりが悪い。
ちなみに妖夢のも相当アレなのだが、デカさが全てを凌駕しているのでどうでも良くなってくる。大きいことはいいことだ。
こういう技術は少しずつ学んでモノにしてゆくしかないのだろう。
知識と技術は別物だ。困ったものである。
「それじゃあ、お世話になりました。今度もまたお願いします」
「はいはい。それじゃあ、私の仕事も終わりかしら」
妖夢を見送った咲夜がこちらに視線をやる。
慧音は何か違和感を覚えた。
思い出した。
「そういえば魔理沙! お前、なんで私はおむすびの握り方を教えにもらいに来たのにケーキ作ってるんだ!」
「不思議だぜ」
「ああ! くそ! 時間を無駄にした!」
「無かったことにしろよ」
しても意味が無い。慧音の能力は別に時間をいじくるわけではない。過ぎ去って取り返しがつかないからこそ歴史なのである。
そう、全く、取り返しがつかない。どうしよう。丸っこいおむすびを持っていくのか? 笑われるのか? 全員頭突きか?
そこに、一言。
「型を使えばいいんじゃないかしら」
咲夜が両手の人差し指と親指で、三角形を作っていた。
「こう、三角にした型にご飯を詰めて、抜く。ケーキと同じ」
「そ、その手があったのか!?」
「ご飯が硬くなるから私はおすすめしないぜ」
「うるさい」
考えてみればあまりにも簡単なことだ。おむすびは握るものだという固定観念に捉われていた。
しかしそもそも来た目的がこんな一分ほどのやり取りで済むとは。
つくづく時間を無駄にしたものだと思うが、完全に無駄にするよりかはマシかもしれない。
「まあいい。それでは、世話になった。礼は考えておく」
「楽しみにしてますわ」
咲夜と手を振り合って、博麗神社から出る。
さて、とりあえずは竹林だ。
上白沢慧音は思わず周囲を見渡した。
目に入るのは鬱蒼とした木々の緑。耳に入るのは風に揺られる梢のささやき。
慧音が危惧したように人間はもちろんのこと、妖怪もいないようだった。
ほっと息をつく。何せここは妖怪獣道。どんな妖怪がいて、どんな笑いのタネにされるかわかったもんじゃない。
満月の夜には角の一本や二本も生える身だが、慧音も年頃の娘。腹の虫の鳴き声などそうそう誰にも聞かれたくない。
もし聞いた奴がいたならば無かったことにすることも可能なのだが、それは余計に腹が減る。選びたくない歴史である。
ともあれ、腹が減ってはなんとやら。
予定より早めだが、昼食とすることにした。
地面から浮き上がり、適当な木の枝に腰掛けて手にしていた包みから弁当を引っ張り出す。
「やぁ、美味そうじゃないか」
黒くて白い魔法使いが箒にまたがってニヤニヤしていた。
騒々しい輩と夏の煮物は足が早い。全く、どこぞの天狗といい白黒い奴は、いったいいつの間に来たのかと思う。
「なんだ魔法使い。お前なんかに恵んでやる米はないぞ」
「構わないぜ。私は洋食派だ」
箒をこっちに寄せてくる。やってることと言っていることが素敵なくらいに矛盾している。
膝の上に広げた弁当――おむすびを魔理沙は凝視した。
「…………」
凝視した。
「な、なんだ! そんなに食いたいなら、少しくらいは……」
「いや」
例えるなら、抱え落ちせずには済んだがファイナルスパークを暴発させてしまった時のような表情。
無言で魔理沙はおむすびを一つ、慧音の膝の上からかっぱらっていく。
しかし口に運ぶこともなく、問いかけてきた。
「これ、お前が握ったのか?」
「それが……どうした」
「いやさ」
《丸い》おむすびを太陽の下に晒して、魔理沙は心底不思議そうに言う。
「おむすびって、三角に握らないか?」
「た、俵型握りというのもある! そっちの方が見た目的には地味だが難しいんだぞ!」
「知ってるぜ。それはともかくとして、これ、お前が握ったんだな」
「……」
YESと言ったも同然だ。
魔理沙は慧音から略奪したおむすびを両手の中で転がす。器用にも両手を離していながら箒から落ちない。落ちろ。
「何事にも道理や型ってもんがある。
太陽は東から昇るし巫女は妖怪退治をしておむすびは三角形だ。
型や道理から外れることは私の好物だが無闇に外れるのは違うと思う」
魔理沙から渡されたおむすびは、ピラミッドパゥワーみなぎる見事な三角形だった。
「うるさい! 私は! 三角に! 握れないんだ!」
「そいつぁ道理だぜ! ところでこんな所でなんでメシ食べてるんだ?」
「それを最初に聞け! むしろそれしか聞くな! 今さっきのやり取りを無かったことにしてやろうか!?」
「じゃあ、そのおむすび一つ賭けて弾幕るか」
「望むところだ!」
少女弾幕中...
「クソッ、腹が減ってなければ!」
「やっぱり人里の梅干は美味いな」
慧音の手に残っているのはおむすび一つきりだった。
『おむすび一つ賭けて』とはこういう意味だったらしい。詐欺である。
とりあえず怒りに任せて、たった一つきりになってしまったおむすびを胃袋の中に叩き込む。
立ち上がり、とっとと再出発しようとすると、残りのおむすびを抱えた魔理沙が慧音の袖を引っ張った。
「待てよ。まだなんでこんなとこでメシ食おうとしていたのか聞いてない」
「おむすび一つで教えてやる」
「わかったぜ」
高菜握りを取り返す。
全く嬉しくもないが、二人一緒に並んで談話しながらの昼食となってしまった。
「寺子屋の子供たちに、人里の外について教えてやろうと思ってな。郊外学習というやつだ。
そのために、徒歩で人里周辺を歩き回って予定を組み立てて行こうと思っていたんだ。
それにしても徒歩はわかっていたがつらいな。外出する時の距離感覚が一気に何十倍にもなる」
「空を飛ぶ方法を教えてやったらどうだ」
「人間は地に足の付いた生活をすべきだ」
「その説教は私が今から行く巫女にしてやってくれ」
「お前も全く地に足付いてない生活しているだろ! なんだお前は! 少しは誰かの役に立つことをしているのか!?」
「少しもないぜ」
少女頭突中...
「なんなんだ一体……」
額にコブをこさえた魔理沙は、おむすび最後の一口を飲み下した。
知識のいっぱい詰まった頭脳による、直接的且つ物理的説教も終えたので慧音は立ち上がる。
こんなバカにいつまでも付き合っている暇はないのだ。
浮き上がったとたん、スカートの裾が引っ張られる。
「やめろ! 脱げる!」
「待てよ。そう急ぎでもないんだろ。
どうもお前は料理の腕は悪くないが、道理を通さない。やっぱりそれは良くないぜ。
そういうわけで、アレだ。お前に料理を教える。今から」
「はぁ!?」
「郊外授業で『けーねせんせーのおむすび鞠みたいに丸っこーい』とか言われたいのか?」
「……よろしくお願いします」
そうしてなぜだか博麗神社にいる。
来たからには仕方ないので、とりあえず賽銭は入れておいた。
「あら、ありがとう」
「……お前の懐に入ると思うとまるで有り難くないな」
「有り難がってよー」
霊夢は頬を膨らませる。ますますこんな巫女は有り難くない。さっぱり有り難くない。
大体、この面子はなんだ。
「日頃の行いよ」
「妖怪退治するどころか妖怪とマブだものね」
「うるさーい。アンタらみたいなのがいるからまともな客が来ないんだー」
巫女の怒りの矛先は、銀髪二人組に向かう。
片方はメイド。片方は半人半霊。
全く、まともじゃない連中ばかりだ。かく言う慧音も人間ではないので口にはしないが。
「よし、顔が揃ったな。
それじゃあ一人――いや、半人半獣か? ――のゲストも加えて、第119季博麗料理会の始まりー」
白黒魔法使いのうさんくさい口上を、銀髪二人組は拍手で讃える。思いっきり顔がお愛想だ。
しかし、話が飲み込めない。
「なんだ? 料理対決でもするのか?」
「いや、そっちのメイド長が講師のお料理勉強会だ」
「なんでこの面子」
「……お嬢様がですね」
妖夢が明後日の方向の空を見る。いや、あの世かもしれない。
「ケーキとアイスクリームとプディングとムースと漬物を食べたいそうで」
「なんじゃそりゃ」
「私が聞きたいよ。そういうのを作れる幽霊はウチにはいないから、私が作ることになったの」
「と、こっちの半死体が私に言ってきたから」
咲夜は妖夢から自分を指差して
「伝授するかわりに色々便宜を図ってもらおうと」
「……なにをするつもりだ」
「妖夢からは冷房用幽霊を借りて、魔理沙からはパチュリー様がご所望の茸。霊夢からは場所の提供」
「つまり、私にも何かよこせと」
「そうしたいのならお願いしますわ」
タダより高いものなどないとはこのことか。
ともあれ、目的は判明した。別に怪しくもなんともない。
慧音自身含めて、年頃の娘が集まって年上のお姉さんに料理を教えてもらうだけである。普通の光景だ。
が、ただ一人逸脱者がいた。
紅白の巫女は賽銭箱の上で茶を啜っていた。
「……おい、アレ」
「アレはいいんです」
「この中でたぶん一番料理美味いから。上手いじゃなくて美味い」
「なぜだ」
「素材の霊気を読み取ってもっとも優れた調理法を思いついて実行できる。霊気を操る程度の能力」
「そんな深いことを考えているようには見えん」
「考えてないんじゃないですか?」
慧音は改めて博麗の巫女を見る。
毎日が飲茶な人生である。
なるほど。なんかもうどうでも良くなってきた。
「これくらいか?」
「もっとね。色が白っぽくなるまで泡立てないと」
「じゃあこれくらい?」
「貴方はやりすぎ。それだと焼いた時に生地がヘコんじゃう」
どうして同じタイミングで泡立て始めたのに、これだけ差が出るのか。
慧音は泡立て器を握る右腕を軽く振った。かなり痛い。
一方、ダメ押しを喰らった妖夢は再びボウルに砂糖と卵を開けた。
泡立て器を突き刺したかと思うと、餓鬼十王の勢いで掻き混ぜる。
魔理沙はというと、意外にもリズム良くまともに攪拌している。こいつ、習う必要ないくらいに上手いんじゃないか。
もう少し根気を入れて攪拌し続けると、OKを貰えた。バニラビーンズを混ぜる。
「さて、ここまで行くと小麦粉を入れるわけですが」
咲夜はふるい器を手に解説する。
「スポンジケーキを作る際にもっとも注意すべきはここ。
ここの失敗だけは全く取り返しがつかない。
ダマを作ってもいけないし練ってもダメ。小麦粉をふるい入れたら切るように生地と合わせるの」
「斬るように……」
「ああ、あんたの場合は加減した方がいいかも」
ゴムベラを握る妖夢の目が一瞬だけマジになった。
咲夜の素早い訂正がなければ、大惨事になっていた気がする。
「気泡を潰さないように合わせないとダメよ。
スポンジケーキが膨らむのはさっき泡立てた卵の泡が生きてるから。だからこれ潰すと全部台無しってわけ」
納得のいく説明ではあるが、理詰めの解説で全て上手く行くならパターン弾幕の多い慧音は泣く。
つまるところわかっていても上手く出来ないのが初心者というものだ。
なんだかずいぶんとせっかく泡立てた気泡が潰れてしまった気がする。大丈夫か?
しかしここまで来てしまった以上、戻れない。
最後にバターを混ぜてから生地を型に流し込み、オーブンにGO。案ずるより焼くが易しである。
「そういえば幽々子様が気にしていられたのだけど」
「なんだ」
焼いている間は休憩時間である。
オーブンの世話はメイド長に任せ、慧音たちも霊夢と一緒にお茶とすることにした。
そこで妖夢が慧音にたずねてきた。
「歴史とはどのような味がするのかと」
「……舌で味わうものではないのだと思うのだが」
「黴臭そうな味だよな」
「ヤギか? 古文書を喰うわけじゃない」
「ああ、牛だな」
「牛でもない」
「反芻もできるからな」
まあできると言えばできるが、歴史と飼い葉を一緒にするのはどうかと慧音は思う。それとも海馬?
「そういえばお前らは出来上がったケーキはどうするんだ」
「当然、幽々子様に」
「私は別に一人で食べてもいいが。霊夢、喰うか?」
「貰うわ」
「決定だな。じゃ、そういう慧音はどうするんだ」
考えていなかったので参考にしようかと思っていたのだ。
一人で食べきるにはさすがに量が多い。夕食を抜けば可能だが、太る。嫌だ。
そういえばこの間、この連中が肝試しなどというふざけたことをしでかした竹林には、得体の知れない人間が住んでいる。
相当強いので慧音がわざわざ守る必要はなかったりしたわけが、気になることはなる。
ケーキを口実に話を持って行くには悪くない考えだろう。
「竹林に供えに行こうかと」
「ウサギって草食だよなぁ。喰えるのか?」
なんか勘違いされているが、気にしないでおこう。
いざ出来上がってみると、感動するものである。
店で出てくるイメージしかないものを自分で作ったのだ。創るという作業は案外面白い。
だが、他の連中と自作のものを比べてみると慧音は少し複雑な気分になった。
まず、妖夢作製のケーキ。
デカい。これ以上言うことはない。
十人分くらいあるんじゃないかと思うのだが、妖夢は「足りるかなぁ」と不安そうだ。何事だ。
続いて、魔理沙作。
素晴らしい出来である。どう考えても手馴れている。
スポンジのカットからクリームの泡立て、デコレーションの一つ一つまで隙がない。どういうことだ。
最後に、慧音自身作。
「雑だな」
魔理沙が呟いた。
「バランス悪いね」
妖夢が続ける。
反論はしない。なんというか、魔理沙作と比べるとごてごてしている。
クリームの塗り方が悪いのか泡立て方が悪いのか、フルーツのカットがいけないのか並べ方がダメなのか、どうにも据わりが悪い。
ちなみに妖夢のも相当アレなのだが、デカさが全てを凌駕しているのでどうでも良くなってくる。大きいことはいいことだ。
こういう技術は少しずつ学んでモノにしてゆくしかないのだろう。
知識と技術は別物だ。困ったものである。
「それじゃあ、お世話になりました。今度もまたお願いします」
「はいはい。それじゃあ、私の仕事も終わりかしら」
妖夢を見送った咲夜がこちらに視線をやる。
慧音は何か違和感を覚えた。
思い出した。
「そういえば魔理沙! お前、なんで私はおむすびの握り方を教えにもらいに来たのにケーキ作ってるんだ!」
「不思議だぜ」
「ああ! くそ! 時間を無駄にした!」
「無かったことにしろよ」
しても意味が無い。慧音の能力は別に時間をいじくるわけではない。過ぎ去って取り返しがつかないからこそ歴史なのである。
そう、全く、取り返しがつかない。どうしよう。丸っこいおむすびを持っていくのか? 笑われるのか? 全員頭突きか?
そこに、一言。
「型を使えばいいんじゃないかしら」
咲夜が両手の人差し指と親指で、三角形を作っていた。
「こう、三角にした型にご飯を詰めて、抜く。ケーキと同じ」
「そ、その手があったのか!?」
「ご飯が硬くなるから私はおすすめしないぜ」
「うるさい」
考えてみればあまりにも簡単なことだ。おむすびは握るものだという固定観念に捉われていた。
しかしそもそも来た目的がこんな一分ほどのやり取りで済むとは。
つくづく時間を無駄にしたものだと思うが、完全に無駄にするよりかはマシかもしれない。
「まあいい。それでは、世話になった。礼は考えておく」
「楽しみにしてますわ」
咲夜と手を振り合って、博麗神社から出る。
さて、とりあえずは竹林だ。
僕達は鞠みたいに丸っこいおむすびも大好物だよ!
そして後書きで吹きつつも同意・納得・連帯感ー!を禁じえません
ご馳走様でした
あと後書きには身に覚えが有り過ぎて覇王翔吼拳を使わざるを得ません。
でも魔理沙って和食派じゃなかったけ?何かの複線なのかな?
「おむすび」なのです。
硬すぎてもダメ、軟らかすぎるのもダメ!!
おむすびは簡単そうで難しいのです。
名前と形がごっちゃになる
まぁそれは置いといて、慧音が可愛すぎる件について
に作るようにします。因みにケーキ作りは結構出来ますので、朔夜さん程じゃありませんがけーね先生には教えられますよ。
少女頭突中 吹いた
「やめろ! 脱げる!」 脱げろ!!
けーね先生、初対面の人にいきなり手作りケーキって・・・
ほとんど力を加えず、しかし形は維持できる程度に米粒を形に「整える」程度がおいしいヤツを作る秘訣です。ガッテン!
お察しの通りw
私の書く魔理沙は霊夢一筋なんで色んな意味でご注意ください。