「おやおや、アリス、どうしたんだい」
「ぐすっ…ひっく…だって、だって…わたしにはあんなことできないもん…むりだもん…」
「そんなことないよ…アリスならできる」
「むりだよっ…なんどやってもぜんぜんできないんだもん…」
「いいや…できる。お前ならできるよ」
「どうしてよっ…どうしておばあちゃんにそんなことがわかるのっ…?」
「ああ、わかるさ。なぜなら、お前は七色の魔法使いなんだから」
「…なないろのまほうつかい…?」
「そう。…この世の中にはたくさんの魔法使いがいるけれど、一人
一人得意とする分野が違う」
「ぶんや?」
「文屋じゃない。分野。例えばお前の友達のレイシアは炎の魔法が他の魔法よりも得意だろう?」
「うん」
「だから、レイシアの得意とする分野は炎ということになる。それ
ゆえ、彼女が大きくなった時には炎の魔法使いとも言われることに
なるだろうね」
「ほのおのまほうつかい…」
「そう。そしてさっきも言ったが、その得意分野というものは人に
よって違う。私の場合は光。それも黄色の光だね」
「きいろのひかり?だったらおばあちゃんはきいろのまほうつかいなの?」
「そうだね。…もっとも、私の場合、黄色に似ているから、金色の
魔法使いだ、なんて見栄を張ったりしているけれどね」
そう言うと、おばあちゃんは笑った。
「…で…だ。私が見たところ、アリス、お前の得意分野も光だ」
「ひかり…?」
「それも、赤色でも、黄色でも、青色でもない。七色の光。お前は
光のすべてを操る魔法使い、七色の魔法使いなんだよ」
「なないろのまほうつかい…」
「そう。アリス、お前は七色の光を自在に操ることができる、すご
い魔法使いなんだ。だから、今できていないことでも、お前だった
らすぐできるようになるよ。もう少し練習してごらん?」
「…うん!おばあちゃん、ありがとう!」
「いやいや。これからも、頑張るんだよ。なんていったって、お前
は七色の魔法使いなんだから」
「うんっ!」
その時おばあちゃんが言った言葉、これは自分を励ますために作
った作り話ということは今はもうわかっている。得手不得手はでき
るにせよ、それは生まれつき備わっている特質ということではない。
でも。あの時の言葉は今になっても自分の支えになっていて、つ
まづいたとき、迷った時に自分を奮い立たせてくれる魔法のことば
になっているのだ。
…だから。あの時「それじゃあ七色の魔法使いが得意とする七色
の魔法を教えてあげるよ」と教えられた魔法の数々を、今もひとつ
ひとつ身につけようと頑張っている。おばあちゃんに「全部身につ
けたよ」と笑顔いっぱいで報告する、その日のために。
──そんな七色の魔法のひとつ。「これを身につけることができ
たらお前も1人前の魔法使いさね」と言って教えてもらった魔法。
アリスは今、必要に迫られてということもあって、その習得に勤し
んでいた。
──汗が滴り落ちる。
残るは紫、あと一色。
「…っ、くっ…」
アリスの周りには光球が6つ。赤、橙、黄、緑、青、藍の色。
それぞれの光球のイメージを保ちながら、最後の色を思い浮かべる。
「く…」
ふわっ…と、紫の色の光球が浮かんだ…と思ったら、それは光量
を落としながら瞬いて、あっけなく散った。
「ああっ…くそっ…ふざけないでよっ…」
まるで両手にに針をもって風船を捕まえるような感覚だ。少しで
もイメージが崩れたり、力が入り過ぎたりすると途端に儚く消えて
しまう。すでにある6つの光球を維持するだけでも限界に近いとい
うのに、最後がこれでは。アリスは気が狂いそうになった。
なんの変哲もない光球なら、それこそ百だろうと、千だろうと、
どんな色のものだろうと、なんの苦労もなく作り出すことができる。
それはもともと光の魔法が得意だったということもあるし、それだ
けでなく、七色の魔法使いの矜持のために、たゆまぬ研鑽を積んで
きたからに他ならない。しかし──だ。今試している魔法の前段階
として出現させる光球は、通常の光球の出し方とは扱いに必要な技
術、魔力の消費量ともに全く別次元のもの。目に見える現象は同じ
なのに、意識の合わせ具合が桁違いに難しかった。
「………、……」
──七色目。紫の光球を、明るくなったり暗くなったり、非常に
心許ないながらも、ある程度の確かさをもって出現させることがで
きたアリスは、必死にそれぞれの光球の持続に気を配りながら、次
のアクションを思い起こす。ここまでもってくるのでいっぱいいっ
ぱいで、思わず次の動作を頭からすっ飛ばしてしまっていた。
「………」
なんとか意識の底から次の動作を引っ張り出し、ぶつぶつと呪文
を唱えながらす…と右手を前に出すと、7つの光球はアリスの手を
中心に、円を描くように並んだ。
「…」
ここからだ。
ふっ…と右回りにそっと力を加える。静止していた光球は、その
一押しをきっかけに、ゆっくりと、しかし加速度的に速度を上げな
がら
「!」
体の何かが何かに引っ張られるような悪寒がし、アリスは急いで
術式中断動作に入る。魔法は失敗。しかし、今はそんなことを考え
ていられる余裕はない。
「くっ…この…あれだけ発動させにくかったんだからさっさと止ま
りなさいよっ…」
そう。今度は暴走させずに魔法を中断させなければならない。
「あ、う……」
ひっぱられる。
おばあちゃんに、この魔法は必ず誰かに見てもらった状態で行う
ようにと言われていたことを思い出す。慎重に慎重を重ねてここま
で問題なくやってこれていたので大丈夫だろうと考えていたが、甘
かったかもしれない。
「…くうぅ…」
やばい。引っ張られるのに耐えるだけで、中断に割く余裕がない。
このままだとまずい。
「おーい、アリスー、いるかー?」
…と、聞きたかったが聞きたくなかった声。藁より役に立たなく
とも今のアリスにとってはすがるしかない。暴走が元となった暴風
が吹き荒れる中、アリスは必死に聞こえるように声を張り上げた。
「ま、魔理沙っ!…」
「こっちか…お、おお!?何やって…って暴走か!?」
「そうっ…。そこの…テーブルの…ワンド…」
アリスはかたわらにあるテーブルの上に置いた棒を指差した。あ
りえないとは思ったが万が一のために用意しておいた最後の手段。
そこに込められた魔力のストック分の値段を考えると死んでも使い
たくはなかったが、事ここに至っては仕方がない。もっとも、さす
がのアリスもこのワンドに手を伸ばすことさえ困難な状況になると
は思いもしなかったが。その意味では魔理沙様々だった。…もちろ
んそんな台詞死んでも言う気はない。
「テーブルの…って、この棒か?」
「そ…それで私を叩いて…そうすれば発動のコマンドを解呪できるから…」
「わ…わかった。いくぜ。せ~のぉ~」
「…ってそんな思いっきり振りかぶらなくたってこつんとするだけで…っ」
「覚悟おぉぉ~!」
ばきんとものすごい音がした後、手には2つに見事に折れたワン
ド、足元には頭を抱えてうずくまるアリス。
暴風はピタリと止んでいた。
「うむ。われながら完璧だな」
「なわけないでっ…あたた…」
立ち上がりかけたアリスはまた頭を抱えてうずくまってしまった。
- * - * -
「…で、また七色の魔法とやらの練習か?」
「…そうよ。また失敗」
憮然とした表情でまだ頭をさすりながら魔理沙にアリスは答え
た。ストック1回どころか、ワンド自体を折られたことによる出費
が頭の痛さを倍加させている気がする。
「…赤、橙、黄、緑、青、藍、紫、だっけ?お前もう全部の光球操
れてるじゃないか」
「…はぁ…何度も言ってるでしょ?全ての色を同時に扱って、なお
かつそれを1つにまとめなければならないの」
光球の召還術式自体違うことは当然伏せておく。…まあ魔理沙も
アリスがそれ位楽にできることはわかっているだろうから、伏せて
おくことにどれだけの意味があるかはわからないが。それでも手の
内を伏せるのが魔法使いの嗜みというものだろう。
「へぇへぇ、そういやそんなこと言ってたな。…で?そうなるとど
うなるんだ?」
「…それ以上はひみつ」
「ケチ」
「うるさいわね…。自ら自分の手の内をさらす魔法使いなんていな
…どっかの変人を除いていないわよ」
「なんだよ、新しい魔法を編み出せたらすごいだろと見せ付けるの
が普通だろ?」
「だからそれはあんただけだって。…で、それなのにこっちは避け
られないのよね…全く嫌になるわよ…」
叩かれた痛みはようやく治まってきたが、今度は別の要因で頭を
かかえアリスはうめいた。魔法はブレイン、が信条のアリスには、
考えなしにパワーで押しまくる(ように見える)魔理沙のスタイル
は受け入れられるものではない。そしてそれに幾度となく押し込ま
れて煮え湯を飲まされている自分の姿にはどうにも我慢ができない
のだった。
「ま、そんなことはどうでもいい。とりあえず来客をもてなしてくれ」
「…押し入り、の間違いじゃないの…?」
マイペースな魔理沙にはぁとため息をつくと、アリスはよっこら
せと立ち上がる。
「別にここじゃなくていいんでしょ?リビングの方で待ってて」
「おー」
魔理沙は勝手知ったる他人の家といった感じでリビングへ向かっ
た。アリスは台所に行き紅茶を入れるためのお湯を沸かす。
「……」
しゅーしゅーと音をたて始めるやかんを見つめながら、ついさっ
き命を落としかけた時のことを思い返す。新しい魔法の習得は常に
死と隣り合わせとはいえ、さすがにぶるっと体が震えた。
「……うーん…」
かなりよたよたした、無様な進め方ではあった。でも、暴走する
きっかけになるほどのへまをやらかした感じはしなかった。
…原因がわからない。ということは、次にやった時も同じ結果を
招く可能性があるということだ。失敗の要因がわからないままでは、
当分は挑戦を再開する気になれなかった。
それに。
ぴーとやかんが沸いたよと音をたてた。思索にふけっていたアリ
スは我に返り、お茶の準備を続ける。
──それに、考えたくはないが、あれが暴走ではなく、正常な発
動の結果だったとしたら。あの魔力の消費量。コントロールできる
ような感じが全くしないあの時の感覚。自分に習得するのは不可能
なのではないかと思うほど次元の違う魔法ということになる。こち
らはあまり考えたくはなかった。
…だって。「あの時言ったことを覚えててくれたのかい」と驚か
せたいじゃない。喜ばせたいじゃない。
「……待たせるとうるさいし、とっとと持って行きますか」
頭を振ってネガティブな方向に向かおうとする思いを振り切り、
アリスは魔理沙の待つリビングへと向かった。
リビングに入った魔理沙は窓際の椅子を引き腰をかけた。ふぅと
息を吐くと疲れがどっと襲ってくる。
「うーん、やっぱりちょっと無茶だったか…?」
嬉しさで気が張っていて今まではあまり感じていなかったが、少
し気を抜くと今までの無理が一気に身を包む感じがした。さすがの
魔理沙も今回はちょっと無謀だと意識している。とりあえず体を休
めてから進めるべきだというのはわかっている。
「んーっ、でもあと少し。がんばんなきゃ、な!」
そうであっても、今を逃すわけにはいかない。そうしてしまえば
意味がなくなるのだから。魔理沙は伸びをした後、頬をぱんぱんと
叩いて気合を入れ直した。
「お待たせ」
そんなことをしていると、アリスが暖かい紅茶とクッキーの乗っ
た盆を持って入ってきた。
「おー、めちゃくちゃ待ったぜー」
「ったく、少しは感謝の言葉くらい吐きなさいっての」
アリスはそんなことを言いながら紅茶とクッキーをテーブルに置
くが、魔理沙はそんな言葉は全く意に介さず、待ってましたとばか
りに砂糖をひとさじ入れてかきまぜた後口をつけた。
「んー…やっぱりアリスの紅茶を飲むと気が休まるなー…」
「おだてたって何も出ないわよ」
口ではそんなことを言いながらもアリスは満更でもない感じだ。
なんだかんだ言いながら、アリス自身表向きの言葉よりも、紅茶の
味を楽しんでくれた方が嬉しかったりするのだ。だからこそいつも
カップを暖めるだの茶葉の種類や量に気を使うだのしておいしいお
茶を出すように手間を惜しまないでいるのだろう。
一方の魔理沙はほぅっと息を吐き、背もたれに身を預ける。相変
わらずアリスの入れる紅茶はおいしいな、と魔理沙は素直に感心し
てしまう。
アリスにごちそうになる度に魔理沙はコツを盗みたいなと考える
のだが、ちょっと考えただけでは結局よくわからないんだが何故か
おいしいという結論に達し、ま、そんなことに頭を使うより飲みた
いときにアリスにせがめばいいじゃないかという思いに至り、考え
るのをやめるパターンを繰り返しているのだった。
とにかくおいしいことは確かなのだから何の問題もない。いつも
の結論に達した魔理沙はクッキーをかじり、ちびちびと紅茶に口を
つけながら思わずのんびりとくつろいでしまっていた。
- * - * -
「…で、何の用なの?わざわざ私のところまできてただ雑談しに来
た、って訳じゃないんでしょ?」
アリスはしばらくの間、紅茶を飲みつつ窓の外の景色を楽しんで
いる魔理沙の話を待ったが、いつになっても本題に入らないのに我
慢できなくなってそう問いかけた。
「あ、そうだったそうだった。すっかり忘れてたぜ」
「忘れないでよ…」
「んじゃ、と…」
…呆れ顔のアリスに動じることなく、魔理沙はスカートの中をご
そごそやりはじる。何が出てくるのかとアリスはその手に見入った。
「…これだ」
「?」
と、魔理沙が取り出したのは1枚の巻物だった。
アリスはそれを手に取ろうとして…
「私に開かせて呪いがかかっていないか確かめようってんじゃないでしょうね?」
「おいおい、いくら私だって今はそんなことをする気はないぜ」
「……今後気をつけることにするわ…」
魔理沙の微妙な言い回しに渋面を作りながら、アリスは渡された
巻物を広げた。
-----
7月13日 晴
今日は暑い日だった。風も全くなく、湿度は高く、非常に過ごし
にくい1日であった。
少しでも涼を取るために庭に頻繁に打ち水をしてみたものの、焼
け石に水だった。明日以降もこの暑さが続いてしまうとさすがに参
ってしまう。しばらく涼しい高地に避難した方がよいのかもしれ──
-----
「なにこれ、誰の日記よ?これを私にどうしろって言──」
そう言いながら魔理沙に巻物を返しかけたアリスは、何かにはっ
とすると魔理沙の手からばっと巻物を奪い返し、目を閉じて手をか
ざしはじめた。
「………魔理沙、これ……」
目を閉じたまま、アリスはつぶやく。…かすかに、ほんのかすか
にだが、魔力のとっかかりが感じられる。それを慎重に引っ張り出
せば、隠された情報を引き出せる…はずだ。
「………」
…でも。このとっかかり、異常なくらい脆い。ちょっと力を入れ
ただけで切れてしまう。情報を引き出すだけでも気の遠くなるよう
な集中の持続が必要だろう。
そして、これだけの仕掛けがなされているのだ、引き出された情
報には間違いなく2重3重のロックがなされているのだろう。…こ
れは、挑戦なのだ。作成者からこの巻物を手にした者への。
「……へぇ。この巻物、生意気じゃない」
アリスは舌なめずりをしながら巻物を見つめる。七色の魔法使い
の矜持にかけて、この挑戦は受けないわけにはいくまい。魔理沙が
手を焼いているというのも好都合。あっさり解読すれば、都合3.
5倍の実力差を見せ付けることが出来るだろう─
「で、ここ1月くらいこの巻物にかかりっきりで、やっと今日の朝
解読できたんだが、そうしたら…」
「……ってすでに解読したわけっ!?」
「ああ、もちろん。私をなめてもらっちゃ困るぜ」
「…。……じゃあ何しにきたのよ。自慢?」
てっきり解読できないから自分を巻き込みにきたのだと思ってい
たアリスは拍子抜けした。
「話は最後まで聞くのが吉だぜ。…で、これがその解読結果というわけだ」
…と、またスカートに手をいれごそごそやって、魔理沙は羊皮紙
を取り出した。
-----
おめでとう。よくこの巻物を解読できたものだ。
この巻物が私の挑戦であることに気づくことができ、なおかつこ
のメッセージを引き出すことのできた君は、私の更なる挑戦を受け
る権利がある。
私はこの勝負に貴重なマジックアイテムを賭ける。君が勝負に勝
てば、そのマジックアイテムは君のものだ。
そして君が賭けるのは、君と、君と共に私に挑戦を挑む者自身の命だ。
もし挑戦を受けるというのならば、以下に示す場所を魔法使い2
人で訪れたまえ。
ミリシス・グレイ
-----
「ミリシスって…あの?」
ミリシスについては、記録に残っている信憑性の高いものからそ
れこそ御伽噺の類まで、様々な話が残っている。アリスも小さい頃、
おばあちゃんからその冒険譚を聞かせてもらったのを覚えている。
「ま、名前はそうみたいだな。冒険したというより荒らしまわった
というほうが正確な気もするが…」
「あなたや霊夢のことを考えたら荒らしまわったなんて言える人は
幻想郷中探しても1人もいないわよ。……それにしても…胡散臭い
わねぇ…」
腕を組み、背もたれにぎしっと身を預けるとアリスはうなった。
流石にミリシスの名前が出てきたのは今回が初めてだが、この手の
話にはマジックアイテム収集などということをしているとそれなり
の頻度で出会う。そしてそれが本当だったことは0とは言わないが、
滅多にない。しかも出てくる人物が有名人になるほど、話のスケー
ルが大きくなるほどその確率は下がるのだった。その意味で、今回
の話は特上の胡散臭さと言って差し支えなかった。
「ま、本当にあのミリシスのものなのかどうかはわからないけどな。
でも、この巻物にかかっていたギミックはそう簡単に作り上げられ
るもんじゃないぜ?」
「まあ、確かにね…。……ってまさかあなたがこれをつくって私を
担ごうとしているんじゃないでしょうね?」
とりあえずジト目で魔理沙を睨んで様子をみる。
「………酷いぜ…」
「そんなうるうるした目をしたってだめよ。あなたのそんな目に今
まで何度騙されてきたことか…」
「それはともかく、じゃあ出発だ」
「変わり身はやすぎというか、私の反応関係ないじゃない…って今
日行くの!?」
「ああ、善は急げだ」
立ち上がり、残っていた紅茶をぐいっとあおると、かちんとカッ
プを置いて魔理沙はそう言った。…間違いない。やる気満々の、周
りの言うことになんて耳を貸さない猪モードだ。こういう時の魔理
沙に巻き込まれると碌なことがない。今までの統計もそう証明して
いる。アリスはため息をつきながらとりあえずは抵抗してみた。
「…別に急いで行かなくてもいいじゃない。宝が逃げていくわけじ
ゃなし。その巻物にだって時間制限なんて書いてなかったんでしょ?」
「そりゃそうだが、私は今日行きたい気分なんだ」
「…なんてわがままな…」
「あ、いや、行きたくないなら別の奴にあたるからいいんだ。…あ
あ、でももったいないなぁ。あのミリシスをして貴重なマジックア
イテムと言わせるんだから、とてつもなくすごい代物なんだろうなぁ~」
「………」
「ああ、もったいないもったいない」
「………」
「………」
「……………ああ!わかったわよ!行くわよ!行きゃいいんでしょ!」
「さすがアリスだ、話がわかるぜ。んじゃ、玄関で待ってるから
ちゃっちゃと支度してくれ」
「はいはい……」
まず 99% ハズレだろう。だろうが、万が一残り 1% だったとし
て、それを魔理沙が手に入れたら。毎日のように自分の家におしか
けて自慢されたら。徒労に終わりそうで嫌なのだが、そのリスクを
考えると付き合うしかない。しかたなく、アリスはのろのろと支度
を始めるのだった。
<続く>
「ぐすっ…ひっく…だって、だって…わたしにはあんなことできないもん…むりだもん…」
「そんなことないよ…アリスならできる」
「むりだよっ…なんどやってもぜんぜんできないんだもん…」
「いいや…できる。お前ならできるよ」
「どうしてよっ…どうしておばあちゃんにそんなことがわかるのっ…?」
「ああ、わかるさ。なぜなら、お前は七色の魔法使いなんだから」
「…なないろのまほうつかい…?」
「そう。…この世の中にはたくさんの魔法使いがいるけれど、一人
一人得意とする分野が違う」
「ぶんや?」
「文屋じゃない。分野。例えばお前の友達のレイシアは炎の魔法が他の魔法よりも得意だろう?」
「うん」
「だから、レイシアの得意とする分野は炎ということになる。それ
ゆえ、彼女が大きくなった時には炎の魔法使いとも言われることに
なるだろうね」
「ほのおのまほうつかい…」
「そう。そしてさっきも言ったが、その得意分野というものは人に
よって違う。私の場合は光。それも黄色の光だね」
「きいろのひかり?だったらおばあちゃんはきいろのまほうつかいなの?」
「そうだね。…もっとも、私の場合、黄色に似ているから、金色の
魔法使いだ、なんて見栄を張ったりしているけれどね」
そう言うと、おばあちゃんは笑った。
「…で…だ。私が見たところ、アリス、お前の得意分野も光だ」
「ひかり…?」
「それも、赤色でも、黄色でも、青色でもない。七色の光。お前は
光のすべてを操る魔法使い、七色の魔法使いなんだよ」
「なないろのまほうつかい…」
「そう。アリス、お前は七色の光を自在に操ることができる、すご
い魔法使いなんだ。だから、今できていないことでも、お前だった
らすぐできるようになるよ。もう少し練習してごらん?」
「…うん!おばあちゃん、ありがとう!」
「いやいや。これからも、頑張るんだよ。なんていったって、お前
は七色の魔法使いなんだから」
「うんっ!」
その時おばあちゃんが言った言葉、これは自分を励ますために作
った作り話ということは今はもうわかっている。得手不得手はでき
るにせよ、それは生まれつき備わっている特質ということではない。
でも。あの時の言葉は今になっても自分の支えになっていて、つ
まづいたとき、迷った時に自分を奮い立たせてくれる魔法のことば
になっているのだ。
…だから。あの時「それじゃあ七色の魔法使いが得意とする七色
の魔法を教えてあげるよ」と教えられた魔法の数々を、今もひとつ
ひとつ身につけようと頑張っている。おばあちゃんに「全部身につ
けたよ」と笑顔いっぱいで報告する、その日のために。
──そんな七色の魔法のひとつ。「これを身につけることができ
たらお前も1人前の魔法使いさね」と言って教えてもらった魔法。
アリスは今、必要に迫られてということもあって、その習得に勤し
んでいた。
──汗が滴り落ちる。
残るは紫、あと一色。
「…っ、くっ…」
アリスの周りには光球が6つ。赤、橙、黄、緑、青、藍の色。
それぞれの光球のイメージを保ちながら、最後の色を思い浮かべる。
「く…」
ふわっ…と、紫の色の光球が浮かんだ…と思ったら、それは光量
を落としながら瞬いて、あっけなく散った。
「ああっ…くそっ…ふざけないでよっ…」
まるで両手にに針をもって風船を捕まえるような感覚だ。少しで
もイメージが崩れたり、力が入り過ぎたりすると途端に儚く消えて
しまう。すでにある6つの光球を維持するだけでも限界に近いとい
うのに、最後がこれでは。アリスは気が狂いそうになった。
なんの変哲もない光球なら、それこそ百だろうと、千だろうと、
どんな色のものだろうと、なんの苦労もなく作り出すことができる。
それはもともと光の魔法が得意だったということもあるし、それだ
けでなく、七色の魔法使いの矜持のために、たゆまぬ研鑽を積んで
きたからに他ならない。しかし──だ。今試している魔法の前段階
として出現させる光球は、通常の光球の出し方とは扱いに必要な技
術、魔力の消費量ともに全く別次元のもの。目に見える現象は同じ
なのに、意識の合わせ具合が桁違いに難しかった。
「………、……」
──七色目。紫の光球を、明るくなったり暗くなったり、非常に
心許ないながらも、ある程度の確かさをもって出現させることがで
きたアリスは、必死にそれぞれの光球の持続に気を配りながら、次
のアクションを思い起こす。ここまでもってくるのでいっぱいいっ
ぱいで、思わず次の動作を頭からすっ飛ばしてしまっていた。
「………」
なんとか意識の底から次の動作を引っ張り出し、ぶつぶつと呪文
を唱えながらす…と右手を前に出すと、7つの光球はアリスの手を
中心に、円を描くように並んだ。
「…」
ここからだ。
ふっ…と右回りにそっと力を加える。静止していた光球は、その
一押しをきっかけに、ゆっくりと、しかし加速度的に速度を上げな
がら
「!」
体の何かが何かに引っ張られるような悪寒がし、アリスは急いで
術式中断動作に入る。魔法は失敗。しかし、今はそんなことを考え
ていられる余裕はない。
「くっ…この…あれだけ発動させにくかったんだからさっさと止ま
りなさいよっ…」
そう。今度は暴走させずに魔法を中断させなければならない。
「あ、う……」
ひっぱられる。
おばあちゃんに、この魔法は必ず誰かに見てもらった状態で行う
ようにと言われていたことを思い出す。慎重に慎重を重ねてここま
で問題なくやってこれていたので大丈夫だろうと考えていたが、甘
かったかもしれない。
「…くうぅ…」
やばい。引っ張られるのに耐えるだけで、中断に割く余裕がない。
このままだとまずい。
「おーい、アリスー、いるかー?」
…と、聞きたかったが聞きたくなかった声。藁より役に立たなく
とも今のアリスにとってはすがるしかない。暴走が元となった暴風
が吹き荒れる中、アリスは必死に聞こえるように声を張り上げた。
「ま、魔理沙っ!…」
「こっちか…お、おお!?何やって…って暴走か!?」
「そうっ…。そこの…テーブルの…ワンド…」
アリスはかたわらにあるテーブルの上に置いた棒を指差した。あ
りえないとは思ったが万が一のために用意しておいた最後の手段。
そこに込められた魔力のストック分の値段を考えると死んでも使い
たくはなかったが、事ここに至っては仕方がない。もっとも、さす
がのアリスもこのワンドに手を伸ばすことさえ困難な状況になると
は思いもしなかったが。その意味では魔理沙様々だった。…もちろ
んそんな台詞死んでも言う気はない。
「テーブルの…って、この棒か?」
「そ…それで私を叩いて…そうすれば発動のコマンドを解呪できるから…」
「わ…わかった。いくぜ。せ~のぉ~」
「…ってそんな思いっきり振りかぶらなくたってこつんとするだけで…っ」
「覚悟おぉぉ~!」
ばきんとものすごい音がした後、手には2つに見事に折れたワン
ド、足元には頭を抱えてうずくまるアリス。
暴風はピタリと止んでいた。
「うむ。われながら完璧だな」
「なわけないでっ…あたた…」
立ち上がりかけたアリスはまた頭を抱えてうずくまってしまった。
- * - * -
「…で、また七色の魔法とやらの練習か?」
「…そうよ。また失敗」
憮然とした表情でまだ頭をさすりながら魔理沙にアリスは答え
た。ストック1回どころか、ワンド自体を折られたことによる出費
が頭の痛さを倍加させている気がする。
「…赤、橙、黄、緑、青、藍、紫、だっけ?お前もう全部の光球操
れてるじゃないか」
「…はぁ…何度も言ってるでしょ?全ての色を同時に扱って、なお
かつそれを1つにまとめなければならないの」
光球の召還術式自体違うことは当然伏せておく。…まあ魔理沙も
アリスがそれ位楽にできることはわかっているだろうから、伏せて
おくことにどれだけの意味があるかはわからないが。それでも手の
内を伏せるのが魔法使いの嗜みというものだろう。
「へぇへぇ、そういやそんなこと言ってたな。…で?そうなるとど
うなるんだ?」
「…それ以上はひみつ」
「ケチ」
「うるさいわね…。自ら自分の手の内をさらす魔法使いなんていな
…どっかの変人を除いていないわよ」
「なんだよ、新しい魔法を編み出せたらすごいだろと見せ付けるの
が普通だろ?」
「だからそれはあんただけだって。…で、それなのにこっちは避け
られないのよね…全く嫌になるわよ…」
叩かれた痛みはようやく治まってきたが、今度は別の要因で頭を
かかえアリスはうめいた。魔法はブレイン、が信条のアリスには、
考えなしにパワーで押しまくる(ように見える)魔理沙のスタイル
は受け入れられるものではない。そしてそれに幾度となく押し込ま
れて煮え湯を飲まされている自分の姿にはどうにも我慢ができない
のだった。
「ま、そんなことはどうでもいい。とりあえず来客をもてなしてくれ」
「…押し入り、の間違いじゃないの…?」
マイペースな魔理沙にはぁとため息をつくと、アリスはよっこら
せと立ち上がる。
「別にここじゃなくていいんでしょ?リビングの方で待ってて」
「おー」
魔理沙は勝手知ったる他人の家といった感じでリビングへ向かっ
た。アリスは台所に行き紅茶を入れるためのお湯を沸かす。
「……」
しゅーしゅーと音をたて始めるやかんを見つめながら、ついさっ
き命を落としかけた時のことを思い返す。新しい魔法の習得は常に
死と隣り合わせとはいえ、さすがにぶるっと体が震えた。
「……うーん…」
かなりよたよたした、無様な進め方ではあった。でも、暴走する
きっかけになるほどのへまをやらかした感じはしなかった。
…原因がわからない。ということは、次にやった時も同じ結果を
招く可能性があるということだ。失敗の要因がわからないままでは、
当分は挑戦を再開する気になれなかった。
それに。
ぴーとやかんが沸いたよと音をたてた。思索にふけっていたアリ
スは我に返り、お茶の準備を続ける。
──それに、考えたくはないが、あれが暴走ではなく、正常な発
動の結果だったとしたら。あの魔力の消費量。コントロールできる
ような感じが全くしないあの時の感覚。自分に習得するのは不可能
なのではないかと思うほど次元の違う魔法ということになる。こち
らはあまり考えたくはなかった。
…だって。「あの時言ったことを覚えててくれたのかい」と驚か
せたいじゃない。喜ばせたいじゃない。
「……待たせるとうるさいし、とっとと持って行きますか」
頭を振ってネガティブな方向に向かおうとする思いを振り切り、
アリスは魔理沙の待つリビングへと向かった。
リビングに入った魔理沙は窓際の椅子を引き腰をかけた。ふぅと
息を吐くと疲れがどっと襲ってくる。
「うーん、やっぱりちょっと無茶だったか…?」
嬉しさで気が張っていて今まではあまり感じていなかったが、少
し気を抜くと今までの無理が一気に身を包む感じがした。さすがの
魔理沙も今回はちょっと無謀だと意識している。とりあえず体を休
めてから進めるべきだというのはわかっている。
「んーっ、でもあと少し。がんばんなきゃ、な!」
そうであっても、今を逃すわけにはいかない。そうしてしまえば
意味がなくなるのだから。魔理沙は伸びをした後、頬をぱんぱんと
叩いて気合を入れ直した。
「お待たせ」
そんなことをしていると、アリスが暖かい紅茶とクッキーの乗っ
た盆を持って入ってきた。
「おー、めちゃくちゃ待ったぜー」
「ったく、少しは感謝の言葉くらい吐きなさいっての」
アリスはそんなことを言いながら紅茶とクッキーをテーブルに置
くが、魔理沙はそんな言葉は全く意に介さず、待ってましたとばか
りに砂糖をひとさじ入れてかきまぜた後口をつけた。
「んー…やっぱりアリスの紅茶を飲むと気が休まるなー…」
「おだてたって何も出ないわよ」
口ではそんなことを言いながらもアリスは満更でもない感じだ。
なんだかんだ言いながら、アリス自身表向きの言葉よりも、紅茶の
味を楽しんでくれた方が嬉しかったりするのだ。だからこそいつも
カップを暖めるだの茶葉の種類や量に気を使うだのしておいしいお
茶を出すように手間を惜しまないでいるのだろう。
一方の魔理沙はほぅっと息を吐き、背もたれに身を預ける。相変
わらずアリスの入れる紅茶はおいしいな、と魔理沙は素直に感心し
てしまう。
アリスにごちそうになる度に魔理沙はコツを盗みたいなと考える
のだが、ちょっと考えただけでは結局よくわからないんだが何故か
おいしいという結論に達し、ま、そんなことに頭を使うより飲みた
いときにアリスにせがめばいいじゃないかという思いに至り、考え
るのをやめるパターンを繰り返しているのだった。
とにかくおいしいことは確かなのだから何の問題もない。いつも
の結論に達した魔理沙はクッキーをかじり、ちびちびと紅茶に口を
つけながら思わずのんびりとくつろいでしまっていた。
- * - * -
「…で、何の用なの?わざわざ私のところまできてただ雑談しに来
た、って訳じゃないんでしょ?」
アリスはしばらくの間、紅茶を飲みつつ窓の外の景色を楽しんで
いる魔理沙の話を待ったが、いつになっても本題に入らないのに我
慢できなくなってそう問いかけた。
「あ、そうだったそうだった。すっかり忘れてたぜ」
「忘れないでよ…」
「んじゃ、と…」
…呆れ顔のアリスに動じることなく、魔理沙はスカートの中をご
そごそやりはじる。何が出てくるのかとアリスはその手に見入った。
「…これだ」
「?」
と、魔理沙が取り出したのは1枚の巻物だった。
アリスはそれを手に取ろうとして…
「私に開かせて呪いがかかっていないか確かめようってんじゃないでしょうね?」
「おいおい、いくら私だって今はそんなことをする気はないぜ」
「……今後気をつけることにするわ…」
魔理沙の微妙な言い回しに渋面を作りながら、アリスは渡された
巻物を広げた。
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7月13日 晴
今日は暑い日だった。風も全くなく、湿度は高く、非常に過ごし
にくい1日であった。
少しでも涼を取るために庭に頻繁に打ち水をしてみたものの、焼
け石に水だった。明日以降もこの暑さが続いてしまうとさすがに参
ってしまう。しばらく涼しい高地に避難した方がよいのかもしれ──
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「なにこれ、誰の日記よ?これを私にどうしろって言──」
そう言いながら魔理沙に巻物を返しかけたアリスは、何かにはっ
とすると魔理沙の手からばっと巻物を奪い返し、目を閉じて手をか
ざしはじめた。
「………魔理沙、これ……」
目を閉じたまま、アリスはつぶやく。…かすかに、ほんのかすか
にだが、魔力のとっかかりが感じられる。それを慎重に引っ張り出
せば、隠された情報を引き出せる…はずだ。
「………」
…でも。このとっかかり、異常なくらい脆い。ちょっと力を入れ
ただけで切れてしまう。情報を引き出すだけでも気の遠くなるよう
な集中の持続が必要だろう。
そして、これだけの仕掛けがなされているのだ、引き出された情
報には間違いなく2重3重のロックがなされているのだろう。…こ
れは、挑戦なのだ。作成者からこの巻物を手にした者への。
「……へぇ。この巻物、生意気じゃない」
アリスは舌なめずりをしながら巻物を見つめる。七色の魔法使い
の矜持にかけて、この挑戦は受けないわけにはいくまい。魔理沙が
手を焼いているというのも好都合。あっさり解読すれば、都合3.
5倍の実力差を見せ付けることが出来るだろう─
「で、ここ1月くらいこの巻物にかかりっきりで、やっと今日の朝
解読できたんだが、そうしたら…」
「……ってすでに解読したわけっ!?」
「ああ、もちろん。私をなめてもらっちゃ困るぜ」
「…。……じゃあ何しにきたのよ。自慢?」
てっきり解読できないから自分を巻き込みにきたのだと思ってい
たアリスは拍子抜けした。
「話は最後まで聞くのが吉だぜ。…で、これがその解読結果というわけだ」
…と、またスカートに手をいれごそごそやって、魔理沙は羊皮紙
を取り出した。
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おめでとう。よくこの巻物を解読できたものだ。
この巻物が私の挑戦であることに気づくことができ、なおかつこ
のメッセージを引き出すことのできた君は、私の更なる挑戦を受け
る権利がある。
私はこの勝負に貴重なマジックアイテムを賭ける。君が勝負に勝
てば、そのマジックアイテムは君のものだ。
そして君が賭けるのは、君と、君と共に私に挑戦を挑む者自身の命だ。
もし挑戦を受けるというのならば、以下に示す場所を魔法使い2
人で訪れたまえ。
ミリシス・グレイ
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「ミリシスって…あの?」
ミリシスについては、記録に残っている信憑性の高いものからそ
れこそ御伽噺の類まで、様々な話が残っている。アリスも小さい頃、
おばあちゃんからその冒険譚を聞かせてもらったのを覚えている。
「ま、名前はそうみたいだな。冒険したというより荒らしまわった
というほうが正確な気もするが…」
「あなたや霊夢のことを考えたら荒らしまわったなんて言える人は
幻想郷中探しても1人もいないわよ。……それにしても…胡散臭い
わねぇ…」
腕を組み、背もたれにぎしっと身を預けるとアリスはうなった。
流石にミリシスの名前が出てきたのは今回が初めてだが、この手の
話にはマジックアイテム収集などということをしているとそれなり
の頻度で出会う。そしてそれが本当だったことは0とは言わないが、
滅多にない。しかも出てくる人物が有名人になるほど、話のスケー
ルが大きくなるほどその確率は下がるのだった。その意味で、今回
の話は特上の胡散臭さと言って差し支えなかった。
「ま、本当にあのミリシスのものなのかどうかはわからないけどな。
でも、この巻物にかかっていたギミックはそう簡単に作り上げられ
るもんじゃないぜ?」
「まあ、確かにね…。……ってまさかあなたがこれをつくって私を
担ごうとしているんじゃないでしょうね?」
とりあえずジト目で魔理沙を睨んで様子をみる。
「………酷いぜ…」
「そんなうるうるした目をしたってだめよ。あなたのそんな目に今
まで何度騙されてきたことか…」
「それはともかく、じゃあ出発だ」
「変わり身はやすぎというか、私の反応関係ないじゃない…って今
日行くの!?」
「ああ、善は急げだ」
立ち上がり、残っていた紅茶をぐいっとあおると、かちんとカッ
プを置いて魔理沙はそう言った。…間違いない。やる気満々の、周
りの言うことになんて耳を貸さない猪モードだ。こういう時の魔理
沙に巻き込まれると碌なことがない。今までの統計もそう証明して
いる。アリスはため息をつきながらとりあえずは抵抗してみた。
「…別に急いで行かなくてもいいじゃない。宝が逃げていくわけじ
ゃなし。その巻物にだって時間制限なんて書いてなかったんでしょ?」
「そりゃそうだが、私は今日行きたい気分なんだ」
「…なんてわがままな…」
「あ、いや、行きたくないなら別の奴にあたるからいいんだ。…あ
あ、でももったいないなぁ。あのミリシスをして貴重なマジックア
イテムと言わせるんだから、とてつもなくすごい代物なんだろうなぁ~」
「………」
「ああ、もったいないもったいない」
「………」
「………」
「……………ああ!わかったわよ!行くわよ!行きゃいいんでしょ!」
「さすがアリスだ、話がわかるぜ。んじゃ、玄関で待ってるから
ちゃっちゃと支度してくれ」
「はいはい……」
まず 99% ハズレだろう。だろうが、万が一残り 1% だったとし
て、それを魔理沙が手に入れたら。毎日のように自分の家におしか
けて自慢されたら。徒労に終わりそうで嫌なのだが、そのリスクを
考えると付き合うしかない。しかたなく、アリスはのろのろと支度
を始めるのだった。
<続く>
アリスの魔法が物語にどう絡んでくるのか、楽しみです。