前書き
妹紅と慧音が好きで好きで堪らない作者ですが、公式では彼女たちに繋がりはないことになっているそうです。
永夜抄EXでの意味深な台詞も、その時点で出会ってすらいない可能性もあるそうで。
と言う訳で、↑二行の設定を前提に、彼女たちの出会いを想像して書いてみました。
確定設定では無いですが、慧音はそれなりに長生きしていると言う前提で書いています。
楽しんでいただけたら幸いです。
1.慧音
その人間の事は知っていた。
以前から人里の間で「迷いの竹林には妖怪退治を生業にする人間が居る」との噂があり、
また実際にその人間に助けられたと言う村人から話を聞く機会があったからだ。
その村人が言うには、用事を済ませるために少しの間だけのつもりで入った竹林で
(勿論私は村人を咎めた。いつもあれだけ行かないように、と言っていたのだから)当然のように迷い、
途方にくれるうちに日も暮れ、妖怪たちの活動時間に入ってしまったらしい。
村人は必死の思いで人里へ戻ろうと試みたけれども人生は無情、
どこからともなく人のものとは思えない歌が聞こえ始めたと思ったら視界を奪われてしまったという。
夜の竹林とは言え、月明かり、星明りはあるはずだ。
なのに全く視界には光が捉えられない。
あぁ、これはもう駄目だ、と諦めかけてきた時、聞こえている歌の声とは違う少女(!)らしき声が
「そのまま真っ直ぐ走れ」
と言ってきたと言う。
村人は勿論、その声も妖怪のものでは無いかと恐れたというが、現状で既にどうしようも無い状態であり
これ以上悪くなる事は無いだろうと、諦めの気持ちからその声に従った。
当然視界は無いのだから、始めは手探り足探り、恐る恐る進んでいたのだが、背後から火の爆ぜる音・灼熱の気配を感じると
足を取られ、体のあちこちを竹にぶつける事も厭わずにがむしゃらになって駆け出すようになった。
その声の指示通りに真っ直ぐ走れたのかどうか知らないけれど、十分くらい走った所で視界が戻り、同時に人里の明かりが見えたという。
私、上白沢慧音にとって、村人の命を救ってくれたその女性(少女と言っても良い声の若さだったらしい)には返すべき恩義が出来たといえる。
しかし満月時ならいざ知らず、欠けている月の時に迷いの竹林に入るのは危険だ。
けれど満月の時にはやらなければいけない・創らなければいけない歴史に追われ、なかなか足を運ぶ機会が無かった。
不義理を感じて心苦しい最中、後に永夜の異変と呼ばれる終わらない夜が来た。
今になって考えると、この異変が全ての始まりだったのだろう。
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人里の歴史を喰い、この場所から人里を「無かった事に」した私の前に現れたのは、一人の巫女と、一匹の妖怪だった。
巫女の方には見覚えがある。確か博麗の神社に居る巫女だ。
妖怪の方には見覚えは無い。しかし凄まじい力だけは感じる。
感じたとおり、「無かった事に」したはずの人里は見破られ、ついでの様に私のスペルカードのことごとくを打ち破っていった。
本来、妖怪を退治するべき巫女もその妖怪に加担し、人里を脅威にさらした事については既にどうでも良かった。
傍から見れば私だって妖怪・半獣だ。
何故か今代の巫女とはこれまで接触が無かったから、私の素性や私が人を守るべくしてやったなどという事を知るはずが無い。
結局彼女たちは言いたい放題、やりたい放題やった後、永夜の異変を解決すべく迷いの竹林を更に奥へと入っていった。
スペルカード対決は死ぬ事は無いといえ、半獣のうち人間としての状態が強い現状では疲労困憊・全身傷だらけと言う有様だ。
彼女たちの目的は人里の人間ではなく永夜の原因だったのだから、とんだ茶番だったわけだ。
「茶番、か……」
ぼろぼろのまま地面に横たわり、自嘲するように一人呟く。
すると何故か顔を水滴が伝うのを感じた。私は……泣いているのだろうか?
茶番、無駄足、御苦労様。それは確かにそうだったのだが、人里を守れなかったという事実に変わりは無い。
スペルカードルール制定後、無闇に人里が襲われる事は少なくなったとは言えども無くなったわけではない。
今夜の彼女たちが真に人里を襲うために来たのであれば、私は村人を守れなかったという事だ。
どう言い訳をしたとしても、その事実が一つ。
その事に考えが巡りついたとき、悔しかった。本当に悔しかった。
寺子屋で教える子どもたち、その親、周りの人々。
彼らを直接的に助ける事が出来るのは私だけのはずだ。
私がしっかりしなければいけない。
なのに何故負けた。
強くなりたい。
もっと強く。
強く……
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「慧音先生ー、おはようございまーす」
「せんせー、おやよー」
「おはようございまーす」
「あぁ、おはよう。今日もいい天気だな」
私は玄関の表に立ち、寺子屋へと集まる子どもたちを一人一人挨拶をして迎え入れる。
子どもと言うのは元気に満ち溢れている。日常の一コマであったとしてもはちきれそうな笑顔だ。
寺子屋を始めるにあたって最初の頃は、子どもとは言え貴重な労働力を学問に割くなんて、と思われ大変だった。
実際問題として、農耕作をなんとかこなしている現状では文化に広がりを持たせる学問はまだ必要の無い時期である。
牛馬を使い、水道を整え、より多くの収穫を安定して得られるようになって初めて、人は学問に取りかかれる。
しかし、そのためにはより多くの労働力……簡潔に言うなら人口が必要だ。
私の知る「歴史」には外の世界のものも幾らか含まれる。
それに照らし合わせる限りでは、今はまだ地道に農地を広げていく時期だと言える。
しかしだからこそ、子どもたちに平等かつ平均的な知識を与え、より多くの困難を乗り越えられるようにしたい。
最終的に私の熱意が通じたのか、村人たちも子どもを預ける事に同意してくれるようになった。
こうして村人の役に立つ、コミュニティーの一員になるまでには本当に紆余曲折があった。
私は半分は人だ。しかし半分しか人ではない。
そのどちらとも取れる曖昧さ。どちらでも無い曖昧さ。古来よりハーフはどちらにも受け入れられないのが通例だ。
蝙蝠の様にはなりたくなかった。
私にとってより好ましく思えるのはどちらか、私にとってより共に暮らしたいと思うのはどちらか。
結論として人間の側に立つことになった私は、語りきれないくらい・食べきれないくらいの歴史と共に、彼らと歩んできた。
諍いがあった。すぐに仲直りする事が出来た事もあれば、三代近く仲直りできなかった事もあった。
けれども最終的には分かり合えることが出来た。
そう、人と半獣は分かり合えるのだ。
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2.妹紅
その半獣のことは知っていた。
どうしても人恋しさに耐えられなくなった時、遠巻きに人里を眺めることがあった。
決して見つからないように、決して話しかけられないように、決して関わらないように。
確実な距離を保ちながらも、そこに見える人の営みは私に少しの平穏を与えた。
そんな中に一人、純粋な人間では無い存在を見かけた時は心底驚いたものだ。
長年生きていると色々知る事がある。そんな知識の中に、彼女が半獣だろうと推測できる知識もあった。
何とのハーフかまでは分からないまでも、人では決して手に入らない力があることはわかった。
そして、人では決してありえない長い寿命があることも分かった。
その事実は、私に何とも言えない感情を抱え込ませた。
人は裏切る。人は一人では生きていけない。人は愛し合える。人は騙しあう。人は違うものを迫害する。人は群れる存在である……
絶える事の無い寿命の中、長い永い生の中、数え切れないくらいの経験のうちに私は結局一人で生きることを選ぶ。
単体として見た人間は「人それぞれ」である。そしてどちらかと言うならば善良な人間の方が多い。
しかし、群体として見た人間は、総じて閉鎖的かつ排他的になりやすい。
それは、その内側に居る人間にとってはより強い絆を与える。定期的に弾き出される人間を作り出すシステムとは言え、それはごく一部だ。
全体としての繁栄のため、人は長い間そうやって生きてきた。
私が人との間に距離を置き、けれども彼女は人の間で生きている。
その事実を前にして生まれた感情はなんだろう。
侮蔑? 彼女は何もわかっていない。
羨望? 彼女は受け入れられている。
結局、単語としてその感情を言い表せる言葉は見つからなかった。
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私は人を避ける。
それが最善である、と言う結論を出したのはいつ頃だっただろうか。
そんな事も思い出せないくらい長い間を生きてきた。
人間の本能としての群れる性質、それをどうしても抑えきれなくなった時には時々人里を見に行く。
話しかける事も話しかけられることも無いけれど、それだけで僅かながらも人恋しさを慰撫できた。
そんな自分の女々しさに嫌気が差すこともあった。
そういう時は、あの、憎い憎い輝夜への殺意を巡らせ、また実際に殺しあう事で気を紛らわしてきた。
気を紛らわす必要がある、と言う事はすなわち人恋しさを打ち消す事は出来ていないと言う事だ。
その事実を打ち消すために、より黒い殺意で心を塗り固め、狂気へと落ちていく道を選んだこともあった。
けれども、「不死」は精神的な意味でも「不死」だったようで、私は狂う事が出来なかった。
そんな最中私が最終的に選んだのは、人里の周りで妖怪を退治するという道だった。
最初はより強くなるための方策だった。今までにも力を求めるために相当無茶をしてきたので、それ自体は別に普通の事だった。
無茶の甲斐もあって、人としては最上級の力を手に入れることが出来たと思える。
その力をさらに磐石のものとするために、妖怪相手に力比べをしていた時期があった。
そんな時に、たまたま人が妖怪に襲われる場面に出会ったのだ。
幸か不幸か、その人間は夜雀の餌食になる寸前だったために光を失っていた。
見られることが無いとわかった私はけれども慎重に、その人間と妖怪の間に立ち、反対に逃げるように指示を出した。
きっちりとその人間が安全圏まで逃げた事を確認するまでは夜雀をいなし続け、そして言った。
「おい、夜雀。大概にしとけよ。焼鳥にして食うぞ」
それまでの攻防で、夜雀は力の差をはっきりと感じ取っていたのだろう。
人を襲うのを人に邪魔されたことに憤ってはいたけれども、本能が退くことを命じたのだろう。
こちらが攻撃の手を休めたのを契機に、逃げていった。
それを確認した私は、同時に背後の方向へと逃げた人間が戻ってきていないか、無事に逃げられたかを慌てて確認する。
どうやら人里の近くまで辿り着く事ができたことを確認し、安堵のため息をつく。
そして気づいたのだ。自分が笑っている事に。
殺意に塗り潰された凶笑でも無く、自嘲の笑いでもない。
自分が、誰か他の人の役に立つ事が出来た。自分の力が誰かのためになった。
そこに会話は無く、当然感謝の言葉なんて無い。
けれども確かに、私は誰かの役に立ち、誰かと関わる事が出来た。
幾ばくかの寂しさはあるけれども、傷つけられることなく人と関わる事が出来る。
その事実が私の今後の方針を決定付けた。
可能な限り、人を襲う妖魔を狩ろう。それが私の平穏となってくれる。
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満月の夜だった。
ねぐらにしている竹林の廃墟でごろごろとして居たら、凄まじい妖気と力を感じた。
慌てて起き出し、力の方へと向かう。
満月の光に照らされて荒れ狂う妖精たちをものともせず、真っ直ぐにこちらへ向かってくる少女が二人。
紅と白のビビットな衣装に身を包んだ人間・派手な衣装に日傘が目立つ妖怪。
そのどちらか片方をとっても今までに感じた事の無い力をもっていた。
初めは、妖怪が人間を追っているのかとも思ったが、どうやら行動を共にしているようで(!)私を視認すると攻撃の手を緩め話しかけてきた。
話を聞く限りでは、肝試しにきた様だ。
あんまりにもあんまりな理屈に、更に問いただしてみると、何と輝夜の差し金だという。
それを聞いた瞬間、退く気も話し合う気も無くなった。
望みどおり肝を試してやろうではないか!
勝負は一方的だった。不死の力による復活を何度も繰り返しながら解き放つスペルカードのことごとくが打ち破られる。
人としてはあり得ない不死鳥の力の行使に、耐え切れない肉の体が滅びる。
それを解さず力を行使し続ければ死ぬ。死ぬが、不死鳥のように蘇る。
それを何度も何度も、何度も繰り返す。
そのうちの何回かは彼女たち被弾の際まで追いやるが、最後の一手を指しきれない。
結局、自らの全てを出し切っても彼女たちに負けを認めさせることは叶わなかった。
それどころか、何百年かぶりに、こちらが負けを認めさせられた。
彼女たちは掴み切れない言動を撒き散らし、去っていった。
私は、何百年かぶりの敗北に身をゆだね、空を仰ぎ見る。
見上げた空に、今更のように今夜が満月であった事を思い出させられる。
憎いあの女の使いであると言う事は癪だが、それを除けばある意味気持ちがいい二人だった。
圧倒的な力、それを鼻にかけず、自らのしたいように行使し、気が赴くままに喋る。
あの二人がどんな関係かは知らないけれど、人間と妖怪でもあの様な無茶苦茶な関係を築けるものだと、苦笑する。
その苦笑が引き金になったのか、明確な殺意に彩られないスペルカード対決が日ごろの憂さを吹き飛ばしたのか、次第に笑いが止まらなくなってきた。
どうせここには私一人だと、力の限り笑ってやろう、と笑い続けていたら突然夜空との間に顔が飛び出てきた。
「大丈夫……か?」
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3.慧音2
笑いかけ話しかけてくる巫女に力が抜けていくのを感じる。遅かったか……
失意から再び殺気を帯びた私に妖怪の方がなだめすかすように声をかける。
「あなたが気にしていた人間ならあっちの方に転がってるわよ。勿論生きて。何なら案内させますけど?」
言葉と共に、控えていた妖怪の式と思われる妖獣が無言で前に出る。
色々と言ってやりたいこともあったけれど、今はこの眼で彼女の安全を確認したいと言う思いが優先されたので、頷いて案内を頼む。
それを見て妖怪が微笑み、式へと眼で合図を送る。
式はそれに中国式の拝礼を返し、こちらについて来るようにと促す。
「若いって良いわねぇ」
「じゃあ私は『良い』のね」
「あなたのは幼いと言うのよ」
二人組みは変わらない軽口を叩きながらさっさと帰っていく。
式と二人残された私は、微妙な気まずさを感じながらも促されるまま式……彼女についていく。
彼女は相当高位の妖怪だったのだろう、変わらず満月の夜に気を昂ぶらせている精霊を、しかし近寄らせない様に気を使い先導する。
彼女ほど強い妖獣なら向かってくる妖精を叩いた方が早いのだろうけれど、案内をかった以上は滞りなく進む事を優先しているのだろう。
律儀なものだ、と半ば関心しながらついていく。
「この奥です」
彼女は最後にそう一言告げ、私がそちらに注意を払っている間に消えてしまった。
本来なら礼くらい言うべきだったのだろうが、聞こえてくる笑い声に驚いてうやむやなまま駆け出す。
竹林は本来、隙間無く密集しているもので、だからこそ迷うものなのだが、その一帯だけ焼け焦げたり吹き飛ばされたり消し飛んだりで空間ができていた。
その中央で彼女……幻想郷の外の世界での一、二世紀ほど昔の服装に身を包んだ、まだ若い少女が仰向けになって笑っていた。
その笑い方が、今までに聞いたどんな笑い方とも違う、聞き様によっては狂ったのかとも思える笑い方だったので、恐る恐る近づく。
しかし何と言う笑い方だろう。生きるもの全てが持つしがらみに全く縛られないような、開放的で力強い笑い。
興味をそそられながら彼女を観察するに、ぱっと見の外観上は目立った傷を負っていないようで、安心しながらも注意して近づく。
こちらに全く気が付く様子がないので、どうしたものかとも思ったのだけれども彼女の視線内に入るようにして声をかける。
「大丈夫……か?」
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4.妹紅2
突然視界に飛び込んできた人間は、不揃いの二本の角を持つ女性だった。
長いほうの角には何故かリボンが巻いてあり、彼女なりのお洒落なんだろうか、と益体も無い事が頭をよぎる。
「あぁ……突然ですまない。私は慧音、上白沢慧音と言う。里に住んでいる者なんだが……」
そのまま自己紹介を始めた彼女は、私が上体を起こすのを合図に言葉を切る。
不思議な気分で笑っていた私は、その気分が持続していたのか、久しぶりに自己紹介と返答をした。
「妹紅、だ」
「妹紅、か。いい名前だな」
こちらの目線に合わせる為か、彼女は地面に座る。
その座り方が何故か正座で、私は幾分身構えさせられる。
「その……体は大丈夫か? 先ほど二人組みの通り魔じみたのが来たはずだけれども」
「あぁ、それなら気にしなくて良い。人一倍体は丈夫なんでな」
「そうか、なら良いんだが……」
少しの間、言葉が途切れる。
何か違和感を覚えた瞬間、彼女の姿がぼやけるようにして輪郭を失う。
「あぁ、夜が明けたか」
失われた輪郭が戻る中、彼女……慧音の声の質がより落ち着いたものに変わっているのに驚く。
そして彼女の姿が普通の人間のそれに変わり果てた、いや戻ったのだろう、戻ったのにも驚く。
「見ての通り、私は半獣だ。あぁ、驚かないでくれ、人に害を為す気は全く無い」
私の驚きを、半人半獣を見たそれだと勘違いしたのか慧音は慌てて弁解する。
私としてはそんなことよりも、慧音があの人里で暮らしている半獣だという事に驚いたのだけれども、それは口に出さないでおく。
大体、怯えるのなら半獣のうち獣の姿の存在が現れた時に怯えているだろうに、彼女はそんな事にも気づいていない。
そのことで、彼女は彼女で緊張しているのだと気づき、少し気が楽になる。
「その……違ったら言ってくれ。失礼かもしれないが、以前村人を妖怪の手から助けてくれた事は無いか?」
一瞬彼女が何を聞きたいのか真意が掴めなかったけれども、とりあえずは頷いておく。
「あぁ、やはり。……その節は、本当にありがとう。その村人に代わって感謝する」
居住まいを正し、きっちりと礼をする彼女を拍子抜けした気持ちで見る。
「あなたのおかげで助けられた村人は今も元気に暮らしている。その家族も変わらない日常を送れている。ありがとう」
慧音が繰り返す感謝の言葉は真摯で、そして心に響いた。
しかし同時に、そこまでの感謝の意を示せるほどに人と密接な関係を築けている事に驚きと、そして悲しい事に嫉妬を覚えた。
「別にそこまで感謝される事をした覚えは無い。その妖怪が気に入らなかっただけだ。気にするな。……用はそれだけか?」
「あぁ、いや。……その、妹紅は……妹紅と呼んでいいか?」
話を進めて欲しかったので鷹揚に頷く。
「妹紅は、なんでこんなところで暮らしているんだ? あぁすまない。こんな所といっては失礼だった。謝る。
その……助けられた村人も礼がしたいだろうし、私もきちんともてなしたい。出来れば一度村に来てみてくれないか?」
「断る」
あっさりと返ってきた答えは、しかし拒絶の言葉で、慧音は少し虚をつかれた様だ。
私は彼女のその顔に胸が痛むのを感じるが、これだけは譲れないと立ち上がる。
「すまないが、用がそれだけなら帰ってくれないか? あぁ、手間が増えるから礼を言わせに連れてきたりする必要は無い」
慧音もこちらにつられる様に立ち上がり、慌てるようにして質問する。
「どうしてだ? 私だって助けられた村人だって、本当に嬉しく思った。そして妹紅に感謝したいと思ったんだ」
「それが迷惑だと言ってるんだよ」
「何故?」
「何故? 何故だって?」
いい加減にしつこく食い下がる慧音に気分が害される。折角何かが吹っ切れた気になれたというのに。
私が人里に行きたくない理由? そんなものは決まっている。
「じゃあお前はコレを見てまだ私を村へと誘うか?」
言葉と共に、炎を纏う。それだけでは足りないと、左手を一気に燃やす。
下手に燃焼させると痛みが酷くなるので、最大過熱で一気に炭化させる。
それを見た慧音は突然の事に驚き、固まっている。
「良く見てみろ。私は人間だが、人間ではない。生きているが、生きていない。輪廻の輪から外れて彷徨う肉を持った亡霊だ。
……こんな存在は、決して人とは交えない。交じる気も無い」
喋っているうちに炭化した部分が崩れ落ちていく。そして崩れ落ちたのを逆再生するように復元されていく。
その様子を見た慧音は、更なる驚きに身を固まらせ、思考も固まらせている。
次にどんな態度を取るか。それは千差万別だろう。
確率的には驚き惑い、逃げ出すのが一番高い。次に引きつった笑顔で友好を示す者。珍しそうに、興味本位で事情を聞く者。
何度も受け入れてくれる人は居ないか試してきた私には分かる。逃げ出されるのが最終的には一番傷が浅い。
最終的に取られる態度が同じなら、変な期待をしない方がいい事は見に染みてわかっていた。
諦めを通り越した無感情で、慧音を観察する。
「……そうか。軽率な事を言ってすまなかった。妹紅がそう言うなら、村へは誘わない。勿論村人を連れてくることもしない。
……悪かった。痛くなかったか?」
左腕を燃やす瞬間、こちらが顔をしかめているのは見えていたのだろう。
既に治っている手を、それでも心配そうに取ってさすり始める。
私はその手を弾き、距離を取る。
「……それで良い。私のことは忘れるんだな」
今までの誰とも違う、言葉をそのまま受け入れる言動と真っ直ぐな瞳に気おされる。
しかしそれを悟られないように背を向け歩き出す。
「……妹紅!」
かけられた声を、無視してそのまま歩いていく。背中に当たる視線は痛くは無い。
視線が痛く無いのは当然だ。けれども、敵意の無い視線、痛みを覚えない視線はいつぶりだろうか。
彼女は、何を思っているのだろうか……
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5.妹紅3
満月の夜から一週間かばかり経った頃だろうか。
その日まで私は、何をするまでもなく竹林の住居でごろ寝ばかりをしていた。
別に水を飲まなくても、ものを食べなくても死なない。
死なない以上、空腹感を覚えても危機感は覚えない。
ごろごろとしながら、ずっと考えるもなしに慧音との会話を反芻していた。
慧音にさすられた左腕を、じっと見つめる。
彼女にされたように、自分で左腕をさすってみる。
……別にいつもどおりだ。
けれど、慧音にさすられた、と言う事実を思い出すだけで左手が温かくなっていく。
久しぶり、本当に久しぶりに誰かの手が私に触れた。
いや、そう言えば輝夜と殴り合い取っ組み合い首の絞め合いなんかで触ったり触られたりした事はあったが、アレは違う。
人が、人を触るという意味が何か特別な事であるかのように感じさせられる。
「はぁ……」
既に万を通り越した回数目のため息をつきながら、ごろごろとする。
本当はごろごろするのも面倒なのだが、寝返りをうたずに居ると色々と体に悪いことを経験上知っている。
一度試してみたら血管の壊死やら皮膚の剥がれやらで大変な目に遭ったからだが。
「ごめんください」
突然扉の方から声をかけられて跳ね起きる。
しかし不摂生以上の不摂生が祟ったか、跳ね起きた勢いでそのまま倒れてしまう。
わざわざここを訪ねてくるのは輝夜かその家来かそのペットと相場が決まっている。
急いで臨戦態勢を取らなければ有無を言わさずぼこぼこにされてしまう。
しかし今は空腹と立ちくらみと倒れた衝撃で半ば死に掛けの状態だ。
一度死んでしまえばある程度動ける状態まで復活できるのだが、逆に死にきれていない今の状態が辛い。
「ごめんください」
再び声をかけられる。
この家は廃墟と呼ぶのに相応しいボロ家なので、実際には中は丸見えに等しい。
等しいのだが、中を覗いてこないのは訪問者の倫理観が優れているからか。
ここでようやく、訪ねてきたのは輝夜の関係者ではない事に気づく。
あの女の関係者ならそんな倫理観はないだろうし、そもそも声をかけてくるかどうかすら怪しい。
「もしもし、いらっしゃいませんか?」
再三声をかけても誰も出てこない(倒れているのだから当たり前だが)のに業を煮やしたのか、
それとも中に誰か居る気配は感じているのか、隙間から中を覗き込んでいる存在を確認した。
「すいませ……うわぁ」
訪問者が驚きの声をあげ、扉を開けて入ってくる。
うつ伏せに倒れているので顔は見えないし、意識は朦朧としているしで、誰が入ってきたのか確認できない。
と言うかそもそも、本当に誰か来たのだろうか。
ここに住み始めて随分と経つけれど、誰かが(輝夜の関係者以外で)訪ねてきた事なんてない。
もしかしたらこれは全て自分の妄想なんじゃないだろうか。
そんな風に考えると全てが疑わしく思えてきた。
そう言えばなんだかんだ言ってずっと慧音のことばかり考えていた気がする。
慧音の言葉、慧音の体、慧音の体温。
つまりはコレはそんなことばかり考えていた自分が今わの際にみる幻なんだろう。
そう納得すると、入ってきた人影が慧音の顔をしているのにも納得できる。
その幻は慌てた、本当に慌てた表情で私を仰向けに寝かせ、
室内を見回して近くの川から引張ってきている水源に駆け寄り自分の手ぬぐいを浸すと、私の口元に運んでくれた。
「洗濯したばかりでまだ使ってない綺麗な布だ。ゆっくりでいいから水を取れるか?」
私の頭を抱え、膝枕をしながら優しく声をかけてくる。
あぁ、なんて女々しい。いつから私はこんなに弱くなったのだろうか。
そう思いながらも言われるままにたっぷりと水を含んだ布を吸う。
この部屋に湯飲みやコップに類するものが無いとは言え、膝枕をされながら布にしみた水をちゅーちゅーと吸っている自分を考えると悲しくなってくる。
慧音の幻が三回ほど水場と私とを往復した辺りで、ようやく意識がはっきりとしてきた。
そして、これが幻なんかではない事に気づいた。
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気まずかった。
何が気まずいと言えば、強気にクールに別れたはずの人間相手に、一週間も経たないうちに膝枕をされたことだ。
怠惰が過ぎてボロボロだった体も、水分と幾ばくかの食料(慧音が昼食用に持ってきていた)である程度まで回復した。
正直、あのまま一度死んでおいて方が消費の問題として効率的だったのだが、流石にそれを言うのは憚られた。
そして今、私は慧音と向かい合って夕食を食べている最中だ。
夕食の食材は罠にかかっていた小動物を丸焼きにしたものを二つ。
全てが面倒なのでいつもこれで済ませていたのだが、これを慧音に出すのは本当にどうかとは思った。
思ったのだが、他に手段が無いので仕方なかった。
小動物の丸焼きを差し出された慧音は少し戸惑っていたけれど、私が食べ始めるときちんと挨拶をして食べ始めた。
介抱され夕食の調理をし、その間はずっと会話と呼べる会話は無かった。
介抱された手前、無下に追い払うわけにもいかず、今は黙々と夕餉を食べるしかない。
二人とも食べ終わり、最初に口を開いたのは慧音だった。
「ご馳走様でした」
「どこが……」
「いえ、妹紅が私のために作ってくれた食べ物だ。内容の是非よりその気持ちが嬉しいよ」
「……お粗末さまでした」
私の返答にニコニコとした顔で頷く。
「……さっきは介抱してくれてありがとう。けど、別に必要はなかったんだよ」
「何故だ?」
「知っての通り不死だから、放っておけば元通りになるんだよ、私は」
「でも、お腹はすくだろう?」
「すくけれど、死にはしない。いや、死ぬけど生き返る。……効率を考えれば何も食べない方が良いんだよ」
「でも、美味しいものを食べれば幸せにならないか?」
「それはそうだけど……」
「食器もあれば彩りが目を楽しませてくれるし、野菜もそうだ。塩などの調味料があればより美味しく食べれるぞ」
「そこまでする必要が感じられない」
「駄目だ」
意外に強く言い切られて、思わず慧音を見つめる。
「朝起きて、朝ごはんを食べて、働いて、昼ごはんを食べて、働いて、夕ごはんを食べて、夜に寝る。
きちんとした生活を送らないと、体に悪いし、何より……」
「何より?」
「私が会いに来たときに困る」
突然の発言に思わず口を半開きにしてしまう。
そして顔が真っ赤になるのが自分で感じる。
慌ててそれを取り繕うように
「あ、あ、会いに来るってなんだよ。この前私のことは忘れろって言っただろ」
「そうだな、でもそれは出来ない」
「出来ないって……」
きっぱりとした口調と、真剣な顔にこちらも真剣に話を聞く。
「妹紅が、人里に行きたくない理由は想像できる。いや、想像と言うかわかると言っても良い」
「私の……」
「私の気持が分かるか、か? 私も同じ、だからな。わかるよ」
「お前は不死じゃない」
「だが半獣だ」
「半人でもあるだろう。人から気味悪がられた事があるのか? 人から裏切られた事は?
見世物にされそうになったり、解剖されそうになったことは?」
「前二つはあると言えばあるかな。後ろ二つは無い。でも、そうだな。
民草の命を人質に嫌な歴史を作らされたことはある。当然のように約束は破られたがな」
慧音は思い出したように顔をしかめ、深いため息をつく。
「誰にだってあるさ。特に長く生きる私たちは」
「私は……」
「人に絶望するのは仕方ない。生きる尺度が違うと言う事は、それだけで考え方も変わってきてしまう。
それでも、変わらない部分だってたくさんあるぞ」
「それは……わかってる」
「うん。……人里に来るのが嫌ならそれで良い。特に妹紅ならいつか来る気になれる日もあるかもしれないしな。
でも、私がここに来るのを拒まないで欲しい。それは心を鈍化させてしまう」
「……なんで私に会いに来たんだ?」
「心配だから、だ。昔の私を見ているようで。いや、妹紅は私じゃないからこの言い方は失礼か」
「いや、そんなことはない……ありがとう」
お互いに微笑みを交わし、一息をつく。
そこで私は、はたと彼女がどうやってこの場所に来る事が出来たのか疑問に思ったので聞いてみた。
「あぁ、大変だったぞ。白沢としての力をフルに使っても満月じゃないとあまり意味が無い。
結局総当りと言うか場当たり的に捜し歩いたから、一週間近くかかってしまった」
「あの日からずっと探していたのか?」
「あぁ。最初はそんな気は無かったんだが、あの時に触れた手が忘れられなくて」
慧音はとんでもないことを口にしている気がしたが、彼女は気にしていないようなので私も気にしないことにした。
「もう道は覚えたし、ここに来た、と言う歴史がある。次に来る時は迷わずに来れるさ」
「そうか」
慧音が当然のように「次」の話をしているのに、不思議と嫌悪感はない。
あぁ、私は何時の間にか慧音が居る事に全く嫌悪感を抱いていない。
何故だろう。
境遇が似ているから? 違う部分の方が多いくらいだ。
波長が合いそうだから? まだ会って少ししか経っていないのに?
多分、そのどちらも正解ではあるのだろう。
そして、本当の答えなんてずっとわからないものなんだろう。
もしかしたら今後彼女と付き合っていけば、今までの様に絶望に満ちた別れが待っているかもしれない。
それは想像するだけで恐ろしい。
けれど、それは慧音だっておなじことだろう。
同じ苦しみの中で、同じものを求める。
慧音の方が少しだけ大人で、傷つく事を恐れなかった。その程度の違いのはずだ。
こうして私と慧音の出会いと呼べる一幕は幕を閉じる事になる。
慧音から怠惰を治すように言われ、健康に気を使うようになった。
慧音から間接的でも一方的でも良いから、人と関わりを持つように言われ、竹林の案内人じみた事もするようになった。
私は今日も慧音と一緒に居る。これからも居るだろう。
いつかは別れる時がくるとしても、その時はそれまでの事を笑い合いながら別れられるように。
ここに目をつけてくれる二次創作を長いこと待っていました。
ありがとうと言わせて下さい。
まずは誤字の指摘から。
「正直、あのまま一度死んでおいて方が」→「正直、あのまま一度死んでおいた方が」
次に、読みやすさという観点から批評させていただきます。
まず、文章の体裁に関してですが、ところどころ妙な所で改行されているのが気になります。改行は文の終わりでするのが基本だと思います。改行の数が統一されていないのもやはり気になります。
地の文
(一行あける)
「会話文」
(一行あける)
地の文
という体裁で書こうとしているように見受けられますので、改行の数など統一してみてはいかがでしょうか。わざと大量の改行を挟む事で含みや間をもたせることもできますが、そうでないのなら無駄な改行はしないほうが無難です。
体裁のことは置いておいて、文章自体の読みやすさについてですが、正直読みやすくも無く読みにくくも無くといったところです。無駄に難解な語彙をひけらかしていない所は好感が持てますが、するすると読める文章とは言えません。もうすこし精進しましょう。個人的な意見を言わせて頂くならば、一文一文が長すぎる。
さて、それでは内容に関してですが、慧音の一人称で書かれているにも関わらず、どこか淡々としたところがあるのがもったいない。一人称のいい所は主人公の感情を濃密に描く事が出来る事だと思います。それなのに貴方はそれをしていない。例えばこの文。
ぼろぼろのまま地面に横たわり、自嘲するように一人呟く。
すると何故か顔を水滴が伝うのを感じた。私は……泣いているのだろうか?
茶番、無駄足、御苦労様。それは確かにそうだったのだが、人里を守れなかったという事実に変わりは無い。
スペルカードルール制定後、無闇に人里が襲われる事は少なくなったとは言えども無くなったわけではない。
今夜の彼女たちが真に人里を襲うために来たのであれば、私は村人を守れなかったという事だ。
どう言い訳をしたとしても、その事実が一つ。
その事に考えが巡りついたとき、悔しかった。本当に悔しかった。
寺子屋で教える子どもたち、その親、周りの人々。
彼らを直接的に助ける事が出来るのは私だけのはずだ。
私がしっかりしなければいけない。
なのに何故負けた。
強くなりたい。
もっと強く。
強く……
これだけ文章が続いているのに、一人称である必然性があるのは最後の三行だけです。残りの文はそのまま三人称にかえてしまっても成り立ってしまいます。もったいない。もっと丁寧に慧音の感情を描きましょう。一人称であるにもかかわらず、慧音に感情移入できません。慧音の感じている悔しさを少なくとも私は、感じる事ができませんでした。淡々と悔しかったと言われてもふーんとしか思いません。悔しそうに「悔しい」といってこそ悔しさが読者に伝わるのです。その辺り、もっと工夫しましょう。工夫できないのなら、書く上でいろいろな制約を受ける一人称で書くのは止めましょう。感情がきっちり書けていないから、この作品を読んでいると、なんだかよく分からないけど妹紅は慧音のことばかり考えていて、なんだかよく分からないけど慧音が妹紅の家までやってくる。なんだかよく分からないけど二人は仲良しに。なんでだろ? とそう思います。もっと丁寧に感情の流れを書きましょう。
あと、文章中で( )を多用しているのが気になります。文章を練れていない証拠です。理系の書く論文じゃないのだから( )を多用するのは止めましょう。接続詞などを生かしてちゃんとした文章に仕上げましょう。
一人称であるにもかかわらずくどくどと状況説明がなされているのにも違和感を覚えます。私が基本三人称で文章を書くからそう思うのかもしれませんが、一人称で書くのならそうくどくどと説明するのは良くないと思います。たとえばこの文章。
再び声をかけられる。
この家は廃墟と呼ぶのに相応しいボロ家なので、実際には中は丸見えに等しい。
等しいのだが、中を覗いてこないのは訪問者の倫理観が優れているからか。
ここでようやく、訪ねてきたのは輝夜の関係者ではない事に気づく。
あの女の関係者ならそんな倫理観はないだろうし、そもそも声をかけてくるかどうかすら怪しい。
あなたが妹紅になったと考えてみてください。いちいち「この家は廃墟と呼ぶのに相応しいボロ家なので、実際には中は丸見えに等しい」だなんて思います? 違うでしょう。もっと別の書き方があるはずです。工夫しましょう。
さて、本当に無いようについてですが、いわゆる公式準拠。もこ×けーね(リバ可)が当たり前のようにはびこる二次創作界隈に組しなかったところは新鮮に感じました。発想は良いと思います。だから後は、もっと読者が読みたいなと思える文章を書くことですね。
以上、長文ですがこれにて失礼致します。
個人的な意見ですが、前書きは不要です。
言い訳がましいことを書かれると、読む気が萎えます。
その点、ご注意ください。
それぞれの思考が、いかにもありそうで、当事者ではないのに共感出来てしまいます。
どうでもいいですが、寝返りをうたなかったせいで蘇生せざるを得なかった妹紅が妙にツボでした。