*オリキャラ注意、後半微グロかも。
太陽の畑に人間の男が倒れていた。
それを見て思った事と言えば、やっぱりか、と言う冷めた感想でしかない。人間が妖怪か妖精に襲われて死ぬなんて珍しい事じゃない。…最近では珍しいかもしれないけれど。
決して私は可哀想とか哀れんだりはしない。太陽の畑は人里から離れている、勿論危険だってこともこの男は知っていたはずだ。じゃあ当然でしょう?こうなるなんて。
しかしこの男尋常じゃないぐらい不味いのだろうか。見られる損傷箇所は右肩を喰いちぎられた程度である。
私も妖怪の一匹として言わせて貰えば、私たち妖怪は無意味な殺生はしない。食べるのを目的に殺す事はあれど、ただ気に入らないからなんて事は断じてない。
だからこれは酷い食べ残しだ。殺したほうも殺し損と言う訳である。
どうせ私には関係無いか。一度そう思うと、それへの興味は一瞬で無くなった。夜にも関わらず日傘をさしたまま男に背を向ける。
向ける瞬間、視界の端で一瞬男が動くのが見えた。息がある。肩を喰いちぎられただけで死ぬほうが大変か。
けれど私には関係…
………
……
私は気がつくと日傘を閉じていた。ひょいと、片手で男を抱え上げる。重い。妖怪の筋力が人間を上回るとしても、成人の男を抱え上げるのは割りと苦労した。
それでも運べない重さでは無かった。だから、私は、
そのままそれを持って帰った。
*
「おかえりなさい幽香さん」
「ただいまエリー」
「…?珍しいですね、晩御飯持参だなんて」
「食べないわよ」
「え?えっ!?幽香さんが人間を助け…」
「助ける、それも違うわね」
「……あっ!じゃあ次はその人間で…?」
「ふふ。空いてるお部屋あったかしら」
「すぐ準備しまーす!」
「お願いね。あと、お水を」
「はいはーい」
*
そのまま妖怪の餌にしてやってもよかった。
ならば何故?
あの男がここ一週間ほど飽くこと無く太陽の畑に出入りしていたから?
向日葵を心から愛してくれる人間だったから?
何だっていい。どうせ私だって助けやしないんだ。せいぜい、死期を少し遅らせてやるだけ。
そうさ、もう少し生きてもらう。精々あと数日だけど、生きてもらう。
じゃないと私が困るもの。
その日男は目を覚まさなかった。
血は足りているのだろうか。止血はしたものの、いつ妖怪に襲われ、いつから倒れていたかを知らない私にとってそれは知る術が無い。間に合わなくなってもう死んでいるかもしれない。
けれど。
それで死んでいるようなのなら、昨日私の前であの男が動く事は無かったはずだ。たまたま動いたから助けた。そのたまたま、が私にとってとても大きい。あの男は死なない。確信じみていた。
幻想郷は今日も素晴らしい天気だ。向日葵も太陽に向かいすくすくと育っていく。
私はそれを見るのがたまらなく好きであり、気持ちがいい。
きっとあの男もそうだったのだろう。だから何日もここへ足を運んだ。あの男は気づいていただろうか、私が空からそれを観察していたのを。
少し。ほんの少しだけれど、嬉しかった。
同じ感性を持ってくれた人間がいることが。
私の存在を知ったらあの男はここへ来なくなっていただろうか。それとも私を恐れずに、変わらず足を運んでいただろうか。
どっちでもいいか。
私は太陽の畑をぐるりと一周すると家へと足を運んだ。ある程度のことはエリーに任せているが、あれは門番だ。門番とは門の前に立っているべきだ。
主人の帰りを待っているべきだ。
*
「おかえりなさい幽香さん」
「ただいまエリー」
「あの人間、意識が戻りましたよ」
「…そう。何か話した?」
「助けてくれてありがとう。あとここは何処?程度です」
「いやいや。貴女が人間に、よ」
「ええと、助けたのは幽香さんで、ここは幽香さんのお家です、と」
「アレの事は?」
「いいえ全然」
「ならいいわ」
「晩御飯どうしますか?」
「三食分。人間のは食べやすくて栄養のあるもの」
「すぐ準備しまーす!」
「お願いね、あとお水を」
「はいはーい」
*
コンコン。
「ああ、ええと…起きてます」
ガチャリ。
失礼、食事を。
「ありがとうございます。…貴女が幽香さんですか?」
ええ。
「助けて頂きありがとうございます。私は稗田家に仕える――」
ああ、いいわ。私人間の名前覚えるの苦手なのよ。
けれど私でも覚えてる人間の名前が出たわね。稗田と言ったらあの御阿礼の?
「はい」
……なら、ここ…いやいや、太陽の畑が危険な場所なことぐらい知っていたんじゃないかしら。
確か最近転生した稗田の…あ…あー…
ええと九代目だから…
「阿求様」
それ様が書いてるのがあったんじゃない?
確か幻想郷縁起って言ったかしら。
「ええ、はい…私も読ませていただいたことがあります。ですが、」
ですが?
「そこに書いてあったんです。太陽の、畑」
そうね、書いてあるでしょうね。危険区域として。
自殺志願者だったかしら?
「い、いいえ。実は私、幼いころより向日葵が大好きでして」
……
「いつか村に向日葵畑をつくるのが夢だったんです。視界いっぱいに広がる向日葵畑を」
…へぇ。
「ただすでに幻想郷にあるとは知らず、縁起を見ていてもたってもいられず」
そう。大体わかったわ。何日も通いつめていた意味もね。
「やっぱり見られてましたか」
やっぱり?
「幻想郷縁起に書いてありました。風見幽香。危険度高、友好度悪。正直貴女に助けられたと聞いた時、殺されると思いました」
思いました?今もそうかもしれないわよ。貴方を太らせて食べようとしてるかも。
「その気があれば太陽の畑で殺しているでしょう?縁起にはこうとも書いてありました。貴女の邪魔をしない限りは紳士的である、と」
ふぅん。貴方が向日葵を引っこ抜くとかしたらその場で殺してたけれど…。
まぁ大体わかったわ。ゆっくり休むといい。
最初にも言ったけど、私は食事を持ってきたの。
「ありがとうございます」
作ったのはエリーよ。
じゃあ私はこれで……。
バタン。
*
夜。
大きな月が出ていた。人間も妖怪も狂わせるほどの紅い月。
こんなに月が紅くなるのも久しい。その月の下の向日葵は、美しい。
幽香はある場所に足を進める。ある場所と言っても太陽の畑内なのでさほど遠いわけではない。ただ一番端なのでそれなりには歩く。
そこに広がるのは辺り一面の向日葵。ただし、紅い。
ルビーエクリプスやプラドレッドなんて比では無い。月にも負けぬ紅である。
「フフ…フフフ……」
「楽しそうだな花の妖怪」
振り向く。見上げる。
そこには紅い月を背中に夜の紅い悪魔。翼を大きく広げ、いつの間にかそこにいた。
瞳がやけに好戦的なのは月の影響だろうか、ギラギラと煌いている。
「こんばんは、レミリア・スカーレット嬢」
「こんばんは、風見幽香」
バサリ、と一度大きく翼を広げてから地面に降り立つ。するとさも優雅に礼をしてみせた。
なるほどさすがは悪魔言えど貴族。しかし礼儀を持ってしては礼儀で返すが道理、幽香もまた華麗な仕草で礼をしてみせる。
レミリアはそれに満足したのか極めて友好的な反応を見せた。いくら吸血鬼とは言え手当たり次第で人妖襲っているわけではない。
そして彼女は幽香の後ろにあるものに興味があるようだった。
「いい色ね」
「いい色でしょう。私の自慢よ」
「? ならこんな奥に置かなければいいじゃない」
「フフ…一人で楽しむのもいいものよ」
レミリアは一瞬背筋を寒気に震わせた。愛しい者を抱くように紅い向日葵へ手を伸ばした幽香の笑みが、恐ろしいほどの狂気に満ちていたからだ。
察されたか、レミリアは心中焦るが幽香はそういった仕草は見せなかった。花に酔っていると言えばいいだろうか。言ってしまえば今の彼女の瞳にレミリアは映っていない。
フンッとレミリアは向日葵から興味を無くした。それに気づいた幽香が首を傾げる。
「咲夜が面白い向日葵を見つけたって言うから来て見れば、なるほどお前の管理していたものとはね」
「私が管理だと問題があったかしら」
「持ってけない」
「持ってかれると困るわね。貴女も花を愛でるなら、何か好みな花はあるかしら?咲かせるわよ」
「好みねぇ…」
ふいにレミリアの口が三日月に裂ける。覗く牙が月に反射して煌いた。
ぐいと幽香に顔を近づけ、真紅の瞳で幽香の瞳を覗き込む。
幽香は怯むことなくそれを見返した。殺気は無いので警戒する必要もないだろう。
「私がこの向日葵にこだわっているわけじゃないのはわかるだろう?向日葵が紅いから気に入ってるわけじゃないのはわかるだろう?」
「……」
「何故私がこの向日葵に興味を持ったのか、わかるだろう、わからないはずが無いだろう?」
「……フフフ」
「ククク」
悪魔と妖怪は互いに笑った。
互いに狂気に満ちていた。
それは人間の介入できない世界、介入してはいけない世界。
二匹の狂気が夜を満たした。
そこで幽香の瞳に色が戻る。
「そうね、本当はこんな月の日に作業がしたかったわ」
「うん?」
「月が紅ければいいなって」
「何の作業かは知らないけれど、月は明日も紅くなるはずよ」
「本当?」
「私は月のことで嘘はつかない」
「そう…明日…なら、よかった。作業も間に合うわ」
「面白い事?」
「…そうね、とても面白い事よ。よければ貴女、明日の夜もここへ来るといいわ」
「へぇ、楽しみにしてるよ」
バサリ、とレミリアの翼が広がる。幽香が再度一礼するとレミリアもそれを返し、瞬きの刹那に夜の闇へと消えていった。
幽香は向日葵を優しく抱きながらポツリと呟く。
「とてもとても面白い事よ、貴女なら理解してくれるわ……」
*
「おかえりなさい幽香さん」
「ただいまエリー」
「夜の見回りお疲れ様です」
「ただの散歩よ」
「それと頼まれていたもの、倉庫から出しておきましたよ」
「あらありがとう」
「明日ですか?」
「明日よ」
「晴れるといいですね」
「それは大丈夫。保証して貰ったわ」
「?」
「私はもう寝るわ。貴女ももう寝なさい」
「はいはーい」
「おやすみなさい」
*
次の日はあの吸血鬼が言ったとおり、素晴らしいほどに紅い月が顔を出した。
私は大分回復した男を太陽の畑に連れ出した。夜言えど私がいるので妖怪に襲われる心配が無いと言うと、すぐについて来た。本当に向日葵が好きなんだなぁと思う。
太陽の畑を歩いている中、男はずっと何かを話していた。私は相槌をうつ、それだけでいい。
そして、
あの紅い向日葵畑に出た。
男は目を見開いて動きを止めた。当然だ、本来ならこの向日葵に持つ感想は恐怖。
しかし次の瞬間、男は足を進めた。そして感動の言葉を続けた。
男が向日葵に夢中な背後、幽香の口が三日月に裂ける。
男は気づかない。紅い向日葵の秘密を。
男は気づかない。背後の溢れんばかりの狂気を。
男は気づかない。向日葵畑に不似合いな穴が一つあるのを。
―綺麗でしょ?
―はい、こんな美しい花は初めて見ました…!
気に入ってくれたようだ。何よりなことである。
私は予め用意していた台詞を吐く。今まで何回もそうしてきた様に、一字一句違わぬそれを。
ここの向日葵は不思議な向日葵です。
向日葵としながらも、夜に顔を出すのです。
真っ赤なお月様の光を浴びて、
真っ赤なお花を咲かせるのです。
さぁ今夜も一輪 咲かせましょうか。
男は異変に気がついたようだ。
私から一歩後ずさる。首をキョロキョロと世話しなく動かす。
―どうしましたの?貴方の大好きな向日葵に囲まれて幸せでしょう?
―な…こ、これは…?
―向日葵よ。何度も何度も何度も何度も見てるじゃない。
―い、いや…な、なんで…なんで、向日葵全てが私の方に向いているんですかっ…!?
―あら、フフフ……何故、何故って?
―新しい仲間を歓迎してるのよ。
男がうずくまる。腹を抱えて苦しそうにうめく。
私は能力を使った。自然と胸が高鳴る。体が高揚する。
早く会いたい。貴方に。貴方の花に。
―かッ!…アぐッ……ハッ!げッ!
男は自分で自分の喉を締め上げた。自殺しようとしているわけでは無い。
自分の腹の中から溢れるそれを、止めようとしているのだろう。
無駄なのに。
―毎晩毎晩、きちんと用意したお水を飲んでくれたのね。
―ガッは、カッ…!
―栄養たっぷりのお水。元気な元気なお花が咲くわ。
やがて男の喉が異常に膨らんだ。
来た!ぶるりと全身に鳥肌が立つ。待ち望んだソレが来た。
ゴプッ
―アハッ!
男の口から多量の血が溢れる。そしてすぐ、どす黒い何かが男の顎を外し、顔を出す。
向日葵だ。
もっと育て。もっと育て。
ズルズルと男の口から伸びるソレは、すぐに2mほどまで高くなった。
―凄いわ、素晴らしいわ…!なんて綺麗…!
私はそれに指を這わせる。ねっとりと、まだ体温を感じる血の暖かさも心地よい。
少し視線を落とすと、もはや男はただの肉塊になっていた。全身から根が生え、それは一つの植物の苗床でしか無くなった。
―よいしょ、
予め掘っておいた穴にそれを入れる。エリーに引っ張り出しておいて貰ったスコップで土をかける。
太陽の畑に、また一つ紅い向日葵が増えた。
それは立派な向日葵だった。紅い月に照らされ紅く煌く、怪しく美しい幽香の向日葵。
―ねぇ、嬉しい?貴方の大好きな向日葵になれたのよ。私は嬉しいわ。
座り込み、その太い向日葵の幹を抱きしめた。
そしてそのまま瞳を閉じた。
*
「咲夜平気?」
「…………はい」
平気じゃないな。レミリアは溜息混じりに視線を戻す。太陽の畑上空、少し離れた所に二人はいた。
やはりあの紅い向日葵に感じたのは血の匂いで間違いなかった。
そして咲夜を連れてきたのは失敗だったなぁと後悔する。
それは決して咲夜の身を案じた意味ではない。
今のこの場で、高笑いをあげることが出来ないからだ。
こんなにも胸が狂気に高揚したのは実に久しい、幻想郷に流れ着いてからは初めてではないだろうか?
それと同時に驚きを隠せずにいる。今の幻想郷で、あそこまで堂々と殺戮を行う妖怪がいるだなんて。
「凄かったわね。実に面白かったわ。…咲夜には悪いけど、これが妖怪や悪魔の本質よ」
「ええ、わかっていますわ」
本当かねぇ。視線を合わせようとしない咲夜にレミリアはポリポリと頬を掻く。
人間には理解できないか。人間はもっと恐ろしいと思うけどねぇ。そのことは口にしなかった。
「それにしても、ただものじゃないわね。あの妖怪」
「そうですね…あんなに紅い向日葵が咲いていると言う事は…」
「うん?咲夜見なかったの?」
「え、はい?」
「いやだから、向日葵」
「普通の方ですか?」
「…まぁ普通はあっちに目が行っちゃうか」
首を傾げたままの咲夜に「なんでも無いわ」と言い、レミリアは翼を広げる。
もう一度だけ視線を幽香に向ける。彼女はただただそこに座り込んでいた。
その光景を見てレミリアは少し寂しい顔をする。
彼女の狂気は、フランドールのそれと似ていた。
強さ故の孤独による狂気。その孤独を癒す事が出来るのがここだとするのなら…
「…衝動的に向日葵を引っこ抜かなくて本当によかったわ」
吸血鬼言えどあの妖怪の前では向日葵にされていたかもしれない。
胸の高鳴りを押し殺し、レミリアは狂気の向日葵に背を向けた。
*
「幽香ー!いるかー!?」
太陽が昇りきる少し前に、太陽の畑にそんな声が投げつけられる。
声の主は箒に跨った白黒魔法使い。その後ろに乗せているのは、珍しい人物だった。
「お前に客人だぞー!」
やがて背の高い向日葵の奥からゆらりと幽香が姿を現す。
いつもの雰囲気と違うなと思いながらも、魔理沙は箒を降ろした。
「なぁに…?魔理沙…。私ちょっと寝不足なのよ…」
「それは客人に言ってくれ」
「急に申し訳ございません風見幽香さん」
魔理沙の後ろに乗っていたのはおかっぱ頭の人間の少女。稗田阿求。
幽香は表情を変えずそれを見ていた。
阿求は探るような、疑うような目で幽香を見ている。それを見て用件は大体検討がついた。
「単刀直入に言います。3日ほど前、ここに男性が訪れませんでしたか」
「……さぁ」
虚ろな瞳のまま幽香は返す。魔理沙は話には興味が無いのか、暑さにうんざりしているようだった。
ふと幽香は面白い事を思いついた。そっと右手を前に出す。阿求は警戒しているのか、差し出された手と幽香とを交互に見る。
「な、なんですか?」
「ついてらっしゃい、面白いの見せてあげる。魔理沙はここで待っててね」
「暑いから早くしてくれよー?あとお前に限って無いとは思うが喰うなよ?」
「食べないわよ、人間なんて」
阿求は護衛を頼む相手を間違えた事を知った。博麗にすればよかった、と後悔しても時すで遅し。
おずおずと出した手を捕まれ、畑の奥へ奥へと連れられて行く。
胸に忍ばせたいつでも遺書セットを出そうかとも考えたが、中々にそんな空気ではない。
それに幽香の様子が気になっていた。寝不足と言っていたが、何か嘘をついているような気がする。そして恐らく行方不明になった男もここへ来ているはず。
そんなことを考えていると、向日葵の群れから抜けた。
そこにあったのは、
「…っ!?」
「綺麗でしょ?私の自慢の向日葵」
真紅の向日葵。阿求はそれを見て、腰が抜けかけた。なんとか根性で踏ん張ったものの、誰が見てもわかるほど全身をガタガタと震わせていた。
幽香は愛しそうに向日葵を抱く。
それは本当に綺麗だった。美しかった。それ以上に妖しく、怖かった。
阿求は出来ればすぐに目を背けたかった。それも不可能だった。全ての向日葵が阿求を見ていたから。
「あ……ぁ…」
「あとさっきも言ったけど、ここに人間は来てないわ。力になれなくてごめんね」
急に幽香の瞳に生気が戻る。その優しげな微笑が、しかし逆に阿求を怖がらせた。
何が起きているのかさっぱりわからない。ただ、怖い。
とにかく。とにかく逃げなくてはいけない。阿求の頭の中はそれだけだった。
「そ、それ…じゃ…わ、わ私は…」
「ええ、わざわざ遠くまでご苦労様。見つかるといいわね」
阿求は足の震えが動けなくも無い程度までに納まったのを確認し、紅い向日葵に背を向けた。
急いでここから離れたかった。
紅い向日葵を見ていたくなかった。
振り向き、視線を上げた――
「ヒッ――!?」
*
「本当に大丈夫か?」
「は、はい」
上空、箒の後ろに乗っている阿求はどう考えても大丈夫じゃないほど震えていた。
阿求が帰ってきたのはさほど時間が掛からなかった。ただ顔面蒼白全力疾走で抜け出してきたので、きっと幽香にいじめられたのでは無いかと思う。
何が起きたかを聞いても満足のいく答えはもらえなかった。
「全く、幽香のやつめ」
「魔、魔理沙さん…」
「ん?」
「ひ、向日葵…何か、変化ありましたよね…」
「んー、ああ。向きが変わったな。あれは幽香が得意な意地悪だ、向日葵に見られるってのは確かに恐怖だな。…そうか、それでそんなに震えて」
「ち、違います。それもですけど…」
「…?他には何も無かったぜ。何があったんだ?」
阿求はポツリと答えた。
「太陽の畑全部の向日葵が、紅かったんです……」
太陽の畑に人間の男が倒れていた。
それを見て思った事と言えば、やっぱりか、と言う冷めた感想でしかない。人間が妖怪か妖精に襲われて死ぬなんて珍しい事じゃない。…最近では珍しいかもしれないけれど。
決して私は可哀想とか哀れんだりはしない。太陽の畑は人里から離れている、勿論危険だってこともこの男は知っていたはずだ。じゃあ当然でしょう?こうなるなんて。
しかしこの男尋常じゃないぐらい不味いのだろうか。見られる損傷箇所は右肩を喰いちぎられた程度である。
私も妖怪の一匹として言わせて貰えば、私たち妖怪は無意味な殺生はしない。食べるのを目的に殺す事はあれど、ただ気に入らないからなんて事は断じてない。
だからこれは酷い食べ残しだ。殺したほうも殺し損と言う訳である。
どうせ私には関係無いか。一度そう思うと、それへの興味は一瞬で無くなった。夜にも関わらず日傘をさしたまま男に背を向ける。
向ける瞬間、視界の端で一瞬男が動くのが見えた。息がある。肩を喰いちぎられただけで死ぬほうが大変か。
けれど私には関係…
………
……
私は気がつくと日傘を閉じていた。ひょいと、片手で男を抱え上げる。重い。妖怪の筋力が人間を上回るとしても、成人の男を抱え上げるのは割りと苦労した。
それでも運べない重さでは無かった。だから、私は、
そのままそれを持って帰った。
*
「おかえりなさい幽香さん」
「ただいまエリー」
「…?珍しいですね、晩御飯持参だなんて」
「食べないわよ」
「え?えっ!?幽香さんが人間を助け…」
「助ける、それも違うわね」
「……あっ!じゃあ次はその人間で…?」
「ふふ。空いてるお部屋あったかしら」
「すぐ準備しまーす!」
「お願いね。あと、お水を」
「はいはーい」
*
そのまま妖怪の餌にしてやってもよかった。
ならば何故?
あの男がここ一週間ほど飽くこと無く太陽の畑に出入りしていたから?
向日葵を心から愛してくれる人間だったから?
何だっていい。どうせ私だって助けやしないんだ。せいぜい、死期を少し遅らせてやるだけ。
そうさ、もう少し生きてもらう。精々あと数日だけど、生きてもらう。
じゃないと私が困るもの。
その日男は目を覚まさなかった。
血は足りているのだろうか。止血はしたものの、いつ妖怪に襲われ、いつから倒れていたかを知らない私にとってそれは知る術が無い。間に合わなくなってもう死んでいるかもしれない。
けれど。
それで死んでいるようなのなら、昨日私の前であの男が動く事は無かったはずだ。たまたま動いたから助けた。そのたまたま、が私にとってとても大きい。あの男は死なない。確信じみていた。
幻想郷は今日も素晴らしい天気だ。向日葵も太陽に向かいすくすくと育っていく。
私はそれを見るのがたまらなく好きであり、気持ちがいい。
きっとあの男もそうだったのだろう。だから何日もここへ足を運んだ。あの男は気づいていただろうか、私が空からそれを観察していたのを。
少し。ほんの少しだけれど、嬉しかった。
同じ感性を持ってくれた人間がいることが。
私の存在を知ったらあの男はここへ来なくなっていただろうか。それとも私を恐れずに、変わらず足を運んでいただろうか。
どっちでもいいか。
私は太陽の畑をぐるりと一周すると家へと足を運んだ。ある程度のことはエリーに任せているが、あれは門番だ。門番とは門の前に立っているべきだ。
主人の帰りを待っているべきだ。
*
「おかえりなさい幽香さん」
「ただいまエリー」
「あの人間、意識が戻りましたよ」
「…そう。何か話した?」
「助けてくれてありがとう。あとここは何処?程度です」
「いやいや。貴女が人間に、よ」
「ええと、助けたのは幽香さんで、ここは幽香さんのお家です、と」
「アレの事は?」
「いいえ全然」
「ならいいわ」
「晩御飯どうしますか?」
「三食分。人間のは食べやすくて栄養のあるもの」
「すぐ準備しまーす!」
「お願いね、あとお水を」
「はいはーい」
*
コンコン。
「ああ、ええと…起きてます」
ガチャリ。
失礼、食事を。
「ありがとうございます。…貴女が幽香さんですか?」
ええ。
「助けて頂きありがとうございます。私は稗田家に仕える――」
ああ、いいわ。私人間の名前覚えるの苦手なのよ。
けれど私でも覚えてる人間の名前が出たわね。稗田と言ったらあの御阿礼の?
「はい」
……なら、ここ…いやいや、太陽の畑が危険な場所なことぐらい知っていたんじゃないかしら。
確か最近転生した稗田の…あ…あー…
ええと九代目だから…
「阿求様」
それ様が書いてるのがあったんじゃない?
確か幻想郷縁起って言ったかしら。
「ええ、はい…私も読ませていただいたことがあります。ですが、」
ですが?
「そこに書いてあったんです。太陽の、畑」
そうね、書いてあるでしょうね。危険区域として。
自殺志願者だったかしら?
「い、いいえ。実は私、幼いころより向日葵が大好きでして」
……
「いつか村に向日葵畑をつくるのが夢だったんです。視界いっぱいに広がる向日葵畑を」
…へぇ。
「ただすでに幻想郷にあるとは知らず、縁起を見ていてもたってもいられず」
そう。大体わかったわ。何日も通いつめていた意味もね。
「やっぱり見られてましたか」
やっぱり?
「幻想郷縁起に書いてありました。風見幽香。危険度高、友好度悪。正直貴女に助けられたと聞いた時、殺されると思いました」
思いました?今もそうかもしれないわよ。貴方を太らせて食べようとしてるかも。
「その気があれば太陽の畑で殺しているでしょう?縁起にはこうとも書いてありました。貴女の邪魔をしない限りは紳士的である、と」
ふぅん。貴方が向日葵を引っこ抜くとかしたらその場で殺してたけれど…。
まぁ大体わかったわ。ゆっくり休むといい。
最初にも言ったけど、私は食事を持ってきたの。
「ありがとうございます」
作ったのはエリーよ。
じゃあ私はこれで……。
バタン。
*
夜。
大きな月が出ていた。人間も妖怪も狂わせるほどの紅い月。
こんなに月が紅くなるのも久しい。その月の下の向日葵は、美しい。
幽香はある場所に足を進める。ある場所と言っても太陽の畑内なのでさほど遠いわけではない。ただ一番端なのでそれなりには歩く。
そこに広がるのは辺り一面の向日葵。ただし、紅い。
ルビーエクリプスやプラドレッドなんて比では無い。月にも負けぬ紅である。
「フフ…フフフ……」
「楽しそうだな花の妖怪」
振り向く。見上げる。
そこには紅い月を背中に夜の紅い悪魔。翼を大きく広げ、いつの間にかそこにいた。
瞳がやけに好戦的なのは月の影響だろうか、ギラギラと煌いている。
「こんばんは、レミリア・スカーレット嬢」
「こんばんは、風見幽香」
バサリ、と一度大きく翼を広げてから地面に降り立つ。するとさも優雅に礼をしてみせた。
なるほどさすがは悪魔言えど貴族。しかし礼儀を持ってしては礼儀で返すが道理、幽香もまた華麗な仕草で礼をしてみせる。
レミリアはそれに満足したのか極めて友好的な反応を見せた。いくら吸血鬼とは言え手当たり次第で人妖襲っているわけではない。
そして彼女は幽香の後ろにあるものに興味があるようだった。
「いい色ね」
「いい色でしょう。私の自慢よ」
「? ならこんな奥に置かなければいいじゃない」
「フフ…一人で楽しむのもいいものよ」
レミリアは一瞬背筋を寒気に震わせた。愛しい者を抱くように紅い向日葵へ手を伸ばした幽香の笑みが、恐ろしいほどの狂気に満ちていたからだ。
察されたか、レミリアは心中焦るが幽香はそういった仕草は見せなかった。花に酔っていると言えばいいだろうか。言ってしまえば今の彼女の瞳にレミリアは映っていない。
フンッとレミリアは向日葵から興味を無くした。それに気づいた幽香が首を傾げる。
「咲夜が面白い向日葵を見つけたって言うから来て見れば、なるほどお前の管理していたものとはね」
「私が管理だと問題があったかしら」
「持ってけない」
「持ってかれると困るわね。貴女も花を愛でるなら、何か好みな花はあるかしら?咲かせるわよ」
「好みねぇ…」
ふいにレミリアの口が三日月に裂ける。覗く牙が月に反射して煌いた。
ぐいと幽香に顔を近づけ、真紅の瞳で幽香の瞳を覗き込む。
幽香は怯むことなくそれを見返した。殺気は無いので警戒する必要もないだろう。
「私がこの向日葵にこだわっているわけじゃないのはわかるだろう?向日葵が紅いから気に入ってるわけじゃないのはわかるだろう?」
「……」
「何故私がこの向日葵に興味を持ったのか、わかるだろう、わからないはずが無いだろう?」
「……フフフ」
「ククク」
悪魔と妖怪は互いに笑った。
互いに狂気に満ちていた。
それは人間の介入できない世界、介入してはいけない世界。
二匹の狂気が夜を満たした。
そこで幽香の瞳に色が戻る。
「そうね、本当はこんな月の日に作業がしたかったわ」
「うん?」
「月が紅ければいいなって」
「何の作業かは知らないけれど、月は明日も紅くなるはずよ」
「本当?」
「私は月のことで嘘はつかない」
「そう…明日…なら、よかった。作業も間に合うわ」
「面白い事?」
「…そうね、とても面白い事よ。よければ貴女、明日の夜もここへ来るといいわ」
「へぇ、楽しみにしてるよ」
バサリ、とレミリアの翼が広がる。幽香が再度一礼するとレミリアもそれを返し、瞬きの刹那に夜の闇へと消えていった。
幽香は向日葵を優しく抱きながらポツリと呟く。
「とてもとても面白い事よ、貴女なら理解してくれるわ……」
*
「おかえりなさい幽香さん」
「ただいまエリー」
「夜の見回りお疲れ様です」
「ただの散歩よ」
「それと頼まれていたもの、倉庫から出しておきましたよ」
「あらありがとう」
「明日ですか?」
「明日よ」
「晴れるといいですね」
「それは大丈夫。保証して貰ったわ」
「?」
「私はもう寝るわ。貴女ももう寝なさい」
「はいはーい」
「おやすみなさい」
*
次の日はあの吸血鬼が言ったとおり、素晴らしいほどに紅い月が顔を出した。
私は大分回復した男を太陽の畑に連れ出した。夜言えど私がいるので妖怪に襲われる心配が無いと言うと、すぐについて来た。本当に向日葵が好きなんだなぁと思う。
太陽の畑を歩いている中、男はずっと何かを話していた。私は相槌をうつ、それだけでいい。
そして、
あの紅い向日葵畑に出た。
男は目を見開いて動きを止めた。当然だ、本来ならこの向日葵に持つ感想は恐怖。
しかし次の瞬間、男は足を進めた。そして感動の言葉を続けた。
男が向日葵に夢中な背後、幽香の口が三日月に裂ける。
男は気づかない。紅い向日葵の秘密を。
男は気づかない。背後の溢れんばかりの狂気を。
男は気づかない。向日葵畑に不似合いな穴が一つあるのを。
―綺麗でしょ?
―はい、こんな美しい花は初めて見ました…!
気に入ってくれたようだ。何よりなことである。
私は予め用意していた台詞を吐く。今まで何回もそうしてきた様に、一字一句違わぬそれを。
ここの向日葵は不思議な向日葵です。
向日葵としながらも、夜に顔を出すのです。
真っ赤なお月様の光を浴びて、
真っ赤なお花を咲かせるのです。
さぁ今夜も一輪 咲かせましょうか。
男は異変に気がついたようだ。
私から一歩後ずさる。首をキョロキョロと世話しなく動かす。
―どうしましたの?貴方の大好きな向日葵に囲まれて幸せでしょう?
―な…こ、これは…?
―向日葵よ。何度も何度も何度も何度も見てるじゃない。
―い、いや…な、なんで…なんで、向日葵全てが私の方に向いているんですかっ…!?
―あら、フフフ……何故、何故って?
―新しい仲間を歓迎してるのよ。
男がうずくまる。腹を抱えて苦しそうにうめく。
私は能力を使った。自然と胸が高鳴る。体が高揚する。
早く会いたい。貴方に。貴方の花に。
―かッ!…アぐッ……ハッ!げッ!
男は自分で自分の喉を締め上げた。自殺しようとしているわけでは無い。
自分の腹の中から溢れるそれを、止めようとしているのだろう。
無駄なのに。
―毎晩毎晩、きちんと用意したお水を飲んでくれたのね。
―ガッは、カッ…!
―栄養たっぷりのお水。元気な元気なお花が咲くわ。
やがて男の喉が異常に膨らんだ。
来た!ぶるりと全身に鳥肌が立つ。待ち望んだソレが来た。
ゴプッ
―アハッ!
男の口から多量の血が溢れる。そしてすぐ、どす黒い何かが男の顎を外し、顔を出す。
向日葵だ。
もっと育て。もっと育て。
ズルズルと男の口から伸びるソレは、すぐに2mほどまで高くなった。
―凄いわ、素晴らしいわ…!なんて綺麗…!
私はそれに指を這わせる。ねっとりと、まだ体温を感じる血の暖かさも心地よい。
少し視線を落とすと、もはや男はただの肉塊になっていた。全身から根が生え、それは一つの植物の苗床でしか無くなった。
―よいしょ、
予め掘っておいた穴にそれを入れる。エリーに引っ張り出しておいて貰ったスコップで土をかける。
太陽の畑に、また一つ紅い向日葵が増えた。
それは立派な向日葵だった。紅い月に照らされ紅く煌く、怪しく美しい幽香の向日葵。
―ねぇ、嬉しい?貴方の大好きな向日葵になれたのよ。私は嬉しいわ。
座り込み、その太い向日葵の幹を抱きしめた。
そしてそのまま瞳を閉じた。
*
「咲夜平気?」
「…………はい」
平気じゃないな。レミリアは溜息混じりに視線を戻す。太陽の畑上空、少し離れた所に二人はいた。
やはりあの紅い向日葵に感じたのは血の匂いで間違いなかった。
そして咲夜を連れてきたのは失敗だったなぁと後悔する。
それは決して咲夜の身を案じた意味ではない。
今のこの場で、高笑いをあげることが出来ないからだ。
こんなにも胸が狂気に高揚したのは実に久しい、幻想郷に流れ着いてからは初めてではないだろうか?
それと同時に驚きを隠せずにいる。今の幻想郷で、あそこまで堂々と殺戮を行う妖怪がいるだなんて。
「凄かったわね。実に面白かったわ。…咲夜には悪いけど、これが妖怪や悪魔の本質よ」
「ええ、わかっていますわ」
本当かねぇ。視線を合わせようとしない咲夜にレミリアはポリポリと頬を掻く。
人間には理解できないか。人間はもっと恐ろしいと思うけどねぇ。そのことは口にしなかった。
「それにしても、ただものじゃないわね。あの妖怪」
「そうですね…あんなに紅い向日葵が咲いていると言う事は…」
「うん?咲夜見なかったの?」
「え、はい?」
「いやだから、向日葵」
「普通の方ですか?」
「…まぁ普通はあっちに目が行っちゃうか」
首を傾げたままの咲夜に「なんでも無いわ」と言い、レミリアは翼を広げる。
もう一度だけ視線を幽香に向ける。彼女はただただそこに座り込んでいた。
その光景を見てレミリアは少し寂しい顔をする。
彼女の狂気は、フランドールのそれと似ていた。
強さ故の孤独による狂気。その孤独を癒す事が出来るのがここだとするのなら…
「…衝動的に向日葵を引っこ抜かなくて本当によかったわ」
吸血鬼言えどあの妖怪の前では向日葵にされていたかもしれない。
胸の高鳴りを押し殺し、レミリアは狂気の向日葵に背を向けた。
*
「幽香ー!いるかー!?」
太陽が昇りきる少し前に、太陽の畑にそんな声が投げつけられる。
声の主は箒に跨った白黒魔法使い。その後ろに乗せているのは、珍しい人物だった。
「お前に客人だぞー!」
やがて背の高い向日葵の奥からゆらりと幽香が姿を現す。
いつもの雰囲気と違うなと思いながらも、魔理沙は箒を降ろした。
「なぁに…?魔理沙…。私ちょっと寝不足なのよ…」
「それは客人に言ってくれ」
「急に申し訳ございません風見幽香さん」
魔理沙の後ろに乗っていたのはおかっぱ頭の人間の少女。稗田阿求。
幽香は表情を変えずそれを見ていた。
阿求は探るような、疑うような目で幽香を見ている。それを見て用件は大体検討がついた。
「単刀直入に言います。3日ほど前、ここに男性が訪れませんでしたか」
「……さぁ」
虚ろな瞳のまま幽香は返す。魔理沙は話には興味が無いのか、暑さにうんざりしているようだった。
ふと幽香は面白い事を思いついた。そっと右手を前に出す。阿求は警戒しているのか、差し出された手と幽香とを交互に見る。
「な、なんですか?」
「ついてらっしゃい、面白いの見せてあげる。魔理沙はここで待っててね」
「暑いから早くしてくれよー?あとお前に限って無いとは思うが喰うなよ?」
「食べないわよ、人間なんて」
阿求は護衛を頼む相手を間違えた事を知った。博麗にすればよかった、と後悔しても時すで遅し。
おずおずと出した手を捕まれ、畑の奥へ奥へと連れられて行く。
胸に忍ばせたいつでも遺書セットを出そうかとも考えたが、中々にそんな空気ではない。
それに幽香の様子が気になっていた。寝不足と言っていたが、何か嘘をついているような気がする。そして恐らく行方不明になった男もここへ来ているはず。
そんなことを考えていると、向日葵の群れから抜けた。
そこにあったのは、
「…っ!?」
「綺麗でしょ?私の自慢の向日葵」
真紅の向日葵。阿求はそれを見て、腰が抜けかけた。なんとか根性で踏ん張ったものの、誰が見てもわかるほど全身をガタガタと震わせていた。
幽香は愛しそうに向日葵を抱く。
それは本当に綺麗だった。美しかった。それ以上に妖しく、怖かった。
阿求は出来ればすぐに目を背けたかった。それも不可能だった。全ての向日葵が阿求を見ていたから。
「あ……ぁ…」
「あとさっきも言ったけど、ここに人間は来てないわ。力になれなくてごめんね」
急に幽香の瞳に生気が戻る。その優しげな微笑が、しかし逆に阿求を怖がらせた。
何が起きているのかさっぱりわからない。ただ、怖い。
とにかく。とにかく逃げなくてはいけない。阿求の頭の中はそれだけだった。
「そ、それ…じゃ…わ、わ私は…」
「ええ、わざわざ遠くまでご苦労様。見つかるといいわね」
阿求は足の震えが動けなくも無い程度までに納まったのを確認し、紅い向日葵に背を向けた。
急いでここから離れたかった。
紅い向日葵を見ていたくなかった。
振り向き、視線を上げた――
「ヒッ――!?」
*
「本当に大丈夫か?」
「は、はい」
上空、箒の後ろに乗っている阿求はどう考えても大丈夫じゃないほど震えていた。
阿求が帰ってきたのはさほど時間が掛からなかった。ただ顔面蒼白全力疾走で抜け出してきたので、きっと幽香にいじめられたのでは無いかと思う。
何が起きたかを聞いても満足のいく答えはもらえなかった。
「全く、幽香のやつめ」
「魔、魔理沙さん…」
「ん?」
「ひ、向日葵…何か、変化ありましたよね…」
「んー、ああ。向きが変わったな。あれは幽香が得意な意地悪だ、向日葵に見られるってのは確かに恐怖だな。…そうか、それでそんなに震えて」
「ち、違います。それもですけど…」
「…?他には何も無かったぜ。何があったんだ?」
阿求はポツリと答えた。
「太陽の畑全部の向日葵が、紅かったんです……」
読んだ後花言葉を思い出したらゾクっとしましたw
そういえばそろそろ開花の季節ですか
くわばらくわばら
最高でした~。
けどこんな幽香も良いかもしれないですねぇ
これは妖怪の在り方みたいな象徴に思えて、怖いと思った自分はきっと殺される側でしょうね
すんごく面白かったです
まあいいやもう一度書こう。
某スレを見てやってきました。
この作品を読んで私が思うことは、とても惜しい作品だなということです。
オリキャラが出てくることに関しては私は何とも思いません。
この作品は面白かった。それは確かです。
しかし、オリキャラをだすのなら、キャラの造型をもっと膨らましたほうが良いと思うのですよ。
地球の裏側で人が死んでも、だれもなんとも思いませんよね。
ところが、知り合いが死んだら話は変わります。
大きく心を揺さぶられます。
ホラーは読者の心を大きく揺さぶってこそ良い作品になると思います。
オリキャラの男にも家族があり、好きな人間があり、想いがあり、夢があったはずです。
そのあたりの描写を膨らませば、読者に感情移入させることができ、この男が死んだときに我々読者の感情を大きく揺さぶる事が出来ます。
この作品はそこのところが十分ではありません。
だから、惜しい作品だなと思います。
次回作ではそのあたりのことを考えてみられてはいかがでしょうか。
などと考えている私は病気だね。
なんとも恐ろしい話ですが、
しかし、この話を知ったら喜んで向日葵にされに行きかねない方々が最近は多いような……。