※注意・このSSは会話文が無く、地の文のみで書かれています。
おろしたての浴衣に袖を通す。
汗ばんだ両腕にわずかな布通りの悪さを感じ、巫女は夏の暑さを確認する。
七月初旬のちょうど陽が傾きかけた時刻。
建物の外を見渡せば、暮れなずむ境内にはカラスの鳴き声が響いている。
外ではすでに魔理沙が準備をすませて待ちかねていた。
霊夢はしばらく時間をかけて支度と戸締りを終え、彼女に近づいていく。
近くの里で催されている縁日に行こうと言い出したのは、魔理沙の方からだった。
霊夢は着替えに戸惑って遅れたので、準備までのんびりとしていると皮肉を言われた。
魔理沙の浴衣は目に映える青い生地で、白い鶴の模様がその地色にいろどりを付け加えていた。
白黒じゃないところが一見意外だった。今日はトレードマークのとんがり帽子も遠慮しているようだ。
髪も三つ編みに結んである。足元も足袋に雪駄を履いている。縁日の風情に合わせてきた格好だ。
そうしていると彼女は特徴がなくなって、一人の可憐な少女となるが、見慣れない新鮮な味も出ていた。
霊夢も同様の身なりで揃えた。霊夢の方は少し桃色に近い朱色に、椿の模様が描かれた浴衣だ。
頭にはやっぱり大きなリボンを乗せていたが。
どちらもそれなりに趣が出ている。
それでは行くかと示し合わせて、浴衣姿の少女が二人空へと飛び立つ。
上空では早く飛びすぎると風がつらかった。服がはだけそうになる。
里は近いので、低空をゆっくりと飛んでいくことにした。
◇
神社からほど近い里の中心には寺があり、縁日の出し物は皆その寺の周りに集められている。
霊夢と魔理沙は里の外れの田畑が続くあぜ道に降り立つ。
田には水が張られ、青い稲穂が生い茂っている。大路へと続く里の門をくぐる。
しばらく瓦葺の建物が奇麗に並ぶ街路を歩く。寺社町造の整理された町並みが続く。
笛の音と太鼓の音の合唱が遠くから聞こえてくる。
だんだんと耳に入る音が強くなる。まばらだった人どおりが、密度を増してくる。
まっすぐに続く道の向こうに、物凄い数の人のうねりが見えてきた。
天狗の新聞に書いてあった人口統計の情報は、きっと間違っているのだ。そう思わせるぐらい、大勢の人間が集まっていた。
良く観察してみると、道行く人々の中には頭に獣の耳をつけた者が何割か混じっている。
人間の形をした妖怪も縁日を楽しみに里に下りて来ているようだ。
二人は人ごみの中にかき入り、目的の場所まで歩く。
歩きにくい。すぐに近くを通る人間と体が接触してしまう。
飾り付けられた山車が何台か里の大路を通って行く。引き手が掛声をあげる。
山車を引くためにつけられた縄には、大きな鈴がたくさん結ばれている。その鈴の音がじゃらじゃらと響く。
大勢の男衆が担ぎあげる神輿の上には、天狗の面と衣装を身にまとった男と、禰宜らしき神職の衣装を着た男が二人で立っている。
二人はそれぞれ妖怪の代表と、人間の代表を表現しているようだ。
禰宜が立っている側には樽が一つ添えつけられている。
彼はそこに入っている神水に柄杓を少しひたすと、通りにむかって巻くように柄杓を振う。
水滴が通行人にかかるが、不満を述べる者はいない。厄を払ってくれると言われる、祝福の神水だからだ。
霊夢はそれを見て、目を見開いて憤慨した。
本来なら、ああいう役は自分にこそふさわしいはずではないか。
いったい、里の人間は幻想郷の守護者たる博麗の巫女を何だと思っているのか。
霊夢はお呼びがかからなかったことにむくれる。眉毛が逆さのハの字になる。
河豚のように膨れた親友のほっぺが面白くて、魔理沙がからからと小気味の良い笑い声をあげる。
その様子を見て霊夢の眉毛はますますつりあがり、ほおが上気して赤くなる。
霊夢は実際、他の縁日にはお呼ばれするときもあるのだ。
全ての縁日に出演したがるのは、少しよくばりすぎだ。人間何事も、控え目が一番。
それに五穀豊穣を祝う弁財天ゆかりのお祭りに、博麗神社の巫女を招くのも微妙な話だろう。
魔理沙はそんな風に霊夢を諭すような言葉を残した後、いそいそと道を進んだ。
まさか自分が魔理沙に諭されるとは思わなかったので、余計にへそを曲げた霊夢も、肩をいからせながら魔理沙のあとについていく。
弁財天と寺といったい何が関係あるのか。そもそもなぜ自分の神社で縁日を開いてくれないのか。
そうすれば、お賽銭も集まるだろうに。
長きにわたって郷を守ってきた博麗の存在をないがしろにしている。恩義を知らない。
いっそ結界なんかぶっ壊してやろうか。感謝を忘れた、不信心な連中に天罰を下す丁度良い機会かもしれない。
道行きながら、彼女は誰も聞いていないそんな物騒な独り言をぶつぶつと呟いていた。
大通り沿いの店は夕方でも結構開いていた。暖簾がかかったままの店が結構あった。
お祭りの日ということもあり、喫茶店や茶屋などは営業時間を延長している所もある。
石畳で舗装されている大路がずっと続き、その途中途中には講談師や辻占いが営業していた。
野菜や傘を軒先に並べている店もあった。こんな時間帯に買っていく人間がいるのかは疑問である。
怪しげな水晶球を商売机の上に置き、占星術に使うタロットカードを並べている魔術師などもいた。
その脇にはマジックアイテムらしきいかがわしい品が何点か置かれている。
何かまがまがしいものを形どった彫像や、イコンの平板。杓杖らしき棒や飾りのついた短剣。
値札が貼られているので売り物のようだ。占いだけではなく物販も行っているらしい。
もしくは運勢を見てやった客に、占いの内容にかこつけて自分の店の品を売りつけるつもりなのかもしれない。
あなたの運勢は良くないが、このアイテムを買えば運気が開ける。だいたいそんな口上だろう。
魔理沙は同業者に興味を示したらしく、横目でその様子を観察するが、
立ち止まるほどの価値は見出せなかったらしくそのまま通り過ぎる。
大路はやがて里の中心に建てられている寺の境内へとつながる。
境内に収まりきらない出店が、大路の周辺にいくつかはみ出してきていた。
寺の白塀の周りにも茣蓙を敷いて品物を並べている物売りが何人かいた。
風車や、骨とう品や、髪どめや櫛みたいな工芸品。浮世絵と共に並べられたビードロやランプやガラス細工。
箱に九十九茄子と楷書で書かれている茶入や、のっぺりとした不格好な印象の鉄釜。
中には刀や槍や火縄銃なんかも売られていた。
正宗作とか書いてあるが、どうせ贋作だろう。見れば、銃の方には村正と銘が彫られていた。
寺の門にはかがり火が煌々とたかれ、周囲の全ての街路灯があかあかとともされている。
貴重な油を一時に、大量に消費してでも、夜の暗さをできる限り取り払いたい。そう主張しているかのようだった。
今日は特別な日だ。
いつもなら粛々と受け入れられる夜の帳にも、今日だけは遠慮してもらいたかった。
門をくぐって寺の境内に入ると、これまたたくさんの出店が、参拝の経路沿いに延々と続いていた。
色とりどりの灯りが立ち並び、少し坂になっている本殿の方角に向かって、光の蛇を描き出している。
金魚すくい、水風船やお面を売るお店や、懐かしい型抜きの遊びを提供しているお店。
炭火をたいたときの何とも言えない香り。焼いたトウモロコシの香ばしい匂い。綿菓子やりんごあめの甘い香りが漂ってくる。
この日のために新調してきたと思われる立派なつくりの屋台もあれば、年期が入っていて今にも朽ち折れそうな屋台もあった。
不思議なことに、境内の外の屋台は比較的古く、境内の中のものは新しかった。
どうやらいくらかの住み分けがなされているようだ。
敷石が連ねられた参道の両手には、大きな樹木が立ち並び、木の葉の群れが沈みかけた夕日の目線を受けて大地に薄い影を落としている。
少し薄暗くなってきたが、まだ灯りがなくても十分に前が見える。
魔理沙が通りの奥を指さしながら、もっと奥へ行ってみようと先を急ぐ。
人ごみと共に黄や橙の提灯が流れていく。子供たちの笑い声やさざめきが聞こえてくる。
ひょっとこのお面が魔理沙のあごのすぐ下を走って行った。
少し懐かしい匂いがした。昔の自分を見るようだ。
その後すぐに、小さな男の子が同い年ぐらいの女の子と手を取って境内を駆けていく。
それをしばらく眺めたあと、魔理沙は振り返って自分の連れを見る。
見られていることに気づいた霊夢は、何か不満があるのかと抗議するようにじとっと魔理沙をにらむ。
まあ、お互い様だろうと手を広げ、諦めたような仕草をして魔理沙は踵を返す。
ふと、目に入った甘酒のお店を眺めながら、霊夢が今にもよだれの垂れそうな顔を向ける。
懐から小銭入れを出して中身を確かめる。
とたんに渋い顔になる。
友達の分まで買っていってやって少しいい格好をしてみたかったが、それをすると今後の購買計画に支障が出そうだった。
彼女が財布を前にそうして悩んでいると、後ろから肩を叩かれる。
魔理沙が紙の器に盛られた焼きそばを買ってきてくれた。
霊夢はそれを受け取る。熱くて、できたてほやほやだ。
お代はいくらなのかと霊夢が尋ねると、魔理沙はあぶく銭が入ったから気にするなと軽く答える。
友人の見せた気前の良さに何とも言えない気分になる。
出し惜しみをした自分が少し恥ずかしくなったかもしれない。
二人は境内の建物に添えつけられた石段に並んで座り、箸を割って焼きそばをすする。
青のりと紅ショウガの薬味が絶妙な具合で、とても美味だった。
夏に縁日で食べる焼き物はどうしてこんなにおいしいのだろう。
魔理沙は持参した水筒をあけて、ぐびぐびと中の水を飲む。
霊夢にも手渡す。ありがたくいただく。
若干生ぬるかったが、甘辛いソースで乾いた喉に心地が良い。
甘酒なら本殿の近くで無料で配っているらしい。そんな噂を魔理沙が聞きつけてきた。
まずはそれで一杯ひっかけてから、次に全体を見回って、本命の出店を決め、後ほどゆっくり回ろう。
二人はそう簡単に計画して、まずはただ酒をもらいに本殿へ行ってみることにした。
◇
本殿の区画に入ると、社殿の前の広場に天幕が張られ、その下では甘酒が大鍋でぐつぐつと煮立てられていた。
香りが漂ってくる。人が群がっている。
少しの間列に並んだのち、紙コップに一杯の甘酒をもらう。
二人ともすぐに飲みほして、おかわりをもらう。また飲みほす。またもらう。
どうやらいくらでもくれるみたいだ。とりあえず三杯で止めておいた。
参拝客の世話をしていた中年の男性が、二人の飲みっぷりが気に入ったと声をかけてくる。
どうだいこっちの方は。その男性が指し示した先には、一升瓶が何本か置かれていた。
土地の酒だと言う。二人とも喜んでうなずく。
紙コップに今度は本物のアルコールがとくとくと注がれる。
霊夢はちびちびとすする。魔理沙は一気に飲み干したあと、ぷはっと気炎を吐く。結構強いお酒だ。
すぐに体が温まってきて、ほろ酔い気分になる。
若いのにいい飲みっぷりだと男性が褒めてくれた。
ふと、奥の方を眺めると、人だかりができているのが分かった。
本殿の一角に形作られた白砂で催しものが開かれているらしい。
今はちょうど人形劇をやっているところだと男性が教えてくれた。
覗いてみると、コの字型の観客席に囲まれた舞台の中に、無数の人形が居た。
その中心にいる金髪の少女には二人とも見覚えがある。
アリスだ。どうやら彼女の人形劇らしい。
塀で囲まれた白砂はそれほど広くはなかったが、観客席に入りきらない満員の客が門の外まであふれていた。
老若男女、年齢問わず。どうやらアリスの人形劇は相当盛況のようだ。時々喝采があがる。
観客席の一角には貴賓席と思われる場所があった。
そこには主催者とその関係者と思われる者たちや、みなりの良い名家の出身者が固まっていた。
その中に見知った人間を何人か見つける。慧音と妹紅、それに阿求もいる。
ちょっと一般の立ち見の場所からは遠いので、挨拶はできそうになかった。
演目は途中だったので内容は半端にしかわからなかった。
義経や弁慶や、その他大勢の武家装束を着た人形たちが出てきていたので、たぶん源平時代の合戦絵巻みたいなものだろう。
義経を見守る烏天狗役の人形が、どうみてもあの天狗の新聞記者だった。
魔法で操られた人形はとても生き生きと演義をしている。造りも精巧で、動きが生き物にしか見えなかった。
どうやらもうラストに近いらしい。
義経が兄の頼朝に追われる。旧知の藤原氏一族を頼り、一時安息を得るが、やがて政争でそこも追われる。
その後、烏天狗に導かれて幻想郷へとたどり着く。そこで終幕。
オリジナルなのか、何かの伝承を元にしているのか。途中から見たので良くはわからなかったが結構楽しめた。
観客席からの拍手喝采に、アリスはおじぎをして応える。
アリスがこちらの方を向く。
見えるかどうかわからないが二人は手を振ってみた。
一瞬びっくりしたように目を大きく見開く。どうやら気づいてくれたみたいだ。
魔理沙が両手を大きく振って合図する。アリスはちょっと照れたようにうつむく。
二人は一言挨拶をしたかったが、どうも次の出し物があるらしく、アリスは今度は観客の一人として貴賓席に引っ込む。
一度だけこちらをちらっと見た。
魔理沙が親指を立てるしぐさをして返すと、心なしかアリスの表情が和らいだ気がする。
少し頬が赤らんだようにも見える。
人が多すぎてちょっとアリスの場所までは行けなさそうなので、しばらくしてから二人はその広場を去ることにした。
出店をひととおり見て回ったので、今度は本格的に遊ぶことにした。
射的をやってみる。
店主に代金を払って、おもちゃのライフルとコルクの弾を二十発ほどもらう。
魔理沙は小器用にコルクでできた弾を標的に当てていく。八割方命中した。
目当ての商品は倒れなかったが、いくつか小物をもらった。
霊夢もやってみる。
当たらない。
弾が空しく宙を切る。
射撃の才能がないのかなと魔理沙がつぶやく。
むっとした顔をした霊夢は銃を台に置く。
その後、その場で軽く一回転し、両腕を広げる。
動作の途中に、何かが彼女の体から一斉に飛び出したように見えた。
次の瞬間には、全ての標的にお札が貼りついていた。
見物人からうめき声と、のちに歓声があがる。
拍手と口笛が続く。
営業妨害だと店主が抗議してくる。
軽く謝って、二人で景品からお札をはがした。
気まずくなったので、そそくさとその場を立ち去ることにする。
霊夢はつい調子に乗ってしまったのを、友達からやんわりと注意される。
どうも今日は彼女らしくない。いつもは冷静で騒ぎなど起こさないのに。
お酒が回ってきたせいかもしれない。久し振りの縁日に、心の底で浮かれていたのかもしれない。
あてどもなくさまよっていると、参拝の経路から少し外れた庭園になっている場所にたどり着く。
少し近くから子供たちの笑い声が聞こえてきた。
少年少女の一団が、寺の境内の片隅に輪になって固まっている。
見ると、その輪の中にはふよふよと漂っている黒い球形のかたまりがあった。
宵闇の妖怪だ。楽しげな笛や太鼓の音につられて、人里に下りてきたのだろうか。
子供たちは面白がってそのかたまりに食べ物を近づける。
焼きイカの串を闇に浸す。
ぐいっと引っ張られる感覚がしたら、串から手を放す。
わずかに闇の中から咀嚼音が聞こえてくる気がする。
しばらくして、丸い闇の中からすいっと串だけが出てくる。
子供はそれを受け取る。
いかにもいたずら好きの笑みをたたえた男の子が、今度はどこからか持ってきた粘土を串の周りにまきつけてみる。
傍目にはつくねのような形だ。
もう一度、闇の中に串を浸す。
同じように串は闇の中へ取り込まれ、しばらくして闇はもぞもぞと蠢くような様子を示す。
ぷいっと串とよだれにまみれた粘土が吐き出される。
その様子を見て、周りの子供たちはいっせいに笑い声をあげる。
あんなことをして、危険だ。腕でもかじられたらどうするんだ。
注意してくると言って、霊夢が子供たちの方へ向かっていく。
魔理沙は霊夢が歩いていく様子をしばらく遠巻きに見る。
ふと、誰かから呼びかけられた気がして通りの方を向く。
本道の方から近づいてくる二人の人影。
知り合いだ。
紅魔館の連中だ。レミリアと咲夜。
二人とも浴衣を着て、つっかけを履いている。
ちゃんと和風の格好をしてくるあたり、そこそこ風情を重んじる連中のようだ。
聞けば、縁日に来るのはこれが初めてのことらしい。
五百年も生きてて縁日に来たこともないのか。
幻想郷に住んで何年になるかは知らないが、吸血鬼も難儀なもんだと魔理沙は思った。
フランドールやパチュリー、美鈴も一緒に来ていて、今は別の場所で休んでいるところだという。
子供たちに注意に行った霊夢が、逆に子供たちをつれて戻ってきた。
霊夢に言われてルーミアを解放したわけではなく、おもちゃにする相手を霊夢に変えたみたいだ。
子供たちは霊夢に抱きついたり、手をひっぱったりしている。
ずいぶんと懐かれている。霊夢は声なんかかけなきゃよかったと、大分後悔している様子。
魔理沙が聞いてみると、どうも知り合いの子供たちらしい。
上白沢慧音の塾の生徒たち。それを聞いて魔理沙はなるほどと思う。
レミリアが霊夢に近づいてきて、挨拶をする。
最近も頻繁に神社にやってきていたので、久し振りというほどでもない。
霊夢の友達なのかと、子供の一人が聞いてくる。
そこでまずは霊夢が魔理沙を紹介する。
次にレミリアたちのことをどう説明しようか迷っていると、
こちらは紅魔館に住む吸血鬼のお嬢様だと咲夜が名乗りに似た紹介を行う。
子供たちの目に次々と驚きが浮かぶ。
もしかしたら、恐れをなして一斉に逃げ出すかもしれない。
だが子供たちの反応は、レミリアや咲夜の予想と違っていた。
お姉ちゃんは吸血鬼なのか。吸血鬼なんて初めて見た。阿求ちゃんが吸血鬼の女の子は意外と親切だって言っていた。
子供たちは口ぐちにわめいてレミリアの周りを取り囲んだ。
レミリアの方が驚いた。口が半開きになった。
ちっとも恐れられていない。それどころか、余計に物珍しがられた。慧音の塾の子供だからか、妖怪に嫌悪感を持っていないようだ。
レミリアの背中側では快活そうな男の子が一人、背後から彼女に近づき彼女と自分の背を比べようとしている。
手のひらを自分の頭と彼女の後頭部のそばに交互に動かす。
レミリアは気配でそれに気づき、後ろに立つ男の子の首根っこあたりに、逆水平チョップをびしっと打ち込む。
いたい、という小さなつぶやきがあがって、たしなめられた男の子が彼女から少し離れる。
小さな少女がレミリアの背中についた羽に興味を示したらしく、指でなぞったりつついてみたりしている。
どうもくすぐったいらしく、羽根がびくつく。
小さな子供は本当に怖いもの知らずだ。
吸血鬼という言葉の意味を理解しているのだろうか。たぶんしていないのだろう。
子供たちの輪の中に入ってみると、吸血鬼嬢もそれほど違和感がない。
白い肌や、見る者を突き射す紅い視線は依然として威容をたたえていたが、
縁日という空間に対するミスマッチが西洋妖怪の毒気を抜いてしまっていた。
浴衣を着てしまっているのも、威厳にとってかなりマイナスだった。
子供たちに囃し立てられて、さすがにお嬢様の機嫌が斜めになってきそうだったので、咲夜がその場を去ろうと提案する。
レミリアと咲夜は霊夢と挨拶を交わし、境内の出口の方角へ去っていく。
子供たちはまだじゃれつき足りない様子だったが、レミリアは手を返してしっしっと指図する。
また遊ぼうねと合唱のような声が響く。レミリアの羽根がぴくっと動いた。
妙な別れの挨拶でもある。レミリアはただつっ立っていただけなのに。
霊夢は去っていくまんざらでもなさそうな後ろ姿を確認する。
なるほど、吸血鬼の岩戸も笑いさざめく人々の声には弱いのかもしれない。
それでも、いつも血をほんのちょっとしか吸わない宵闇の眷属は、人の和を離れ、灯りの無い方角へと溶け込んでゆく。
妖怪は人間に恐れられる存在でなくてはならない。ずっと仲良くはできないのかもしれない。
その後姿はあやかしの者としての矜持を保とうとしているというよりは、己の役割を心得ているものとしての姿勢のように見えた。
寂しさを含んではいたが、去っていく者の確かな足取りだった。
今度はこっちから屋敷を訪問してやるか。霊夢はそう思った。
◇
家々の窓から漏れくる灯りが、それぞれの人生模様を映し始めたころに、少女二人は里を見渡せる小高い丘へと登る。
すっかり夜も暮れたというのに、縁日の興奮はまだ去っていないようだ。
笛や太鼓の音色が騒がしく、丘の上にも聞こえてくる。
丘の頂上へ赴く道中には公共の灯りとしてところどころに提灯が添えられていたが、それでもかなり暗く足元が見えない。
魔法を使えない者は自分でも手持ちの照明を持参していくが、魔理沙は魔法炉という便利な灯りを持っている。
それを掲げながら、二人は坂を登っていく。
道の傍らに割れた陶器の皿が横たわっていた。
だれかが屋台へ返さずに、そのまま投げ捨てて行ったのだろう。
割れてしまった水風船や、火を消した提灯の包みも隣に添えられている。
夏の残骸。過ぎ去りゆく季節。
お酒が良い具合に回ってきたらしく、普通の魔法使いの足取りが多少ホップする。
それを上目づかいで眺めながら、巫女の顔がぼんやりとほころぶ。
二人は先ほど買いためたリンゴあめを袋から取り出してかじる。
なかなか良いリンゴを使ってあった。リンゴあめで一番大事なのは、やはりリンゴの鮮度だ。
せつなさと、躍動が同居する季節の味がした。思春期の始まりはリンゴの味がする。
ほどなく、丘の頂上へと着く。
丘の上は広場となっていて、そこにはいくらかの蛍が茂みから迷い出てきて踊っていた。
先客が何人かいた。カップルが多かったが、家族づれも何組かいた。
夜風が涼しく、もう闇の一部に溶け込んでいる木々のざわめきが聞こえた。
丘の突端からは里の全景が一望できるようになっている。
その場所から見渡すと、区画整理された門前町の綺麗な方形が確認できた。
里の灯は大路を中心に明るく、そこを離れると途端にまばらになる。
二人は丘の上に添えられたベンチに腰かける。
星空はいつもと変わらず澄んで美しかった。
しばらくそうしている。
会話はない。
そろそろだ。
魔理沙が懐から懐中時計を取り出す。
霊夢は雪駄を脱いで体育座りに頬杖をついてその様子を見る。
随分綺麗な銀色の懐中時計だ。
時計の盤面を眺めて時間を確認する。
鎖を巻き取る。
ひとつひとつのしぐさを丁寧にやる。
時間がいとおしくなる。
そのとき夜空に花が咲いた。
ちょっと尋常ではない大きさと光量だ。
ほとんど全天を覆い尽くさんばかりの輝きだった。
低空に咲いた恒星の火花は、夜空の星たちの光を一瞬でかき消してしまった。
魔道師協会の連中が何人か花火の威力強化に参加しているのだ。
そう魔理沙が霊夢に教える。
大きいだけの花火なんて、若干無粋に思えたが度肝は抜かれた。
その後はちゃんとした普通の落ち着いた花火が続く。
紫だの水色だの、多少不思議な色も混じっていたが形は普通だ。
と思っていたら、中盤から全然普通の花火じゃなくなる。
動物の形をしたものとか、星形とか、うねっている龍。
オーロラみたいなもの、五月雨みたいに夜空の一面に降り注ぐもの。
幻想郷らしい、八芒星の形をした花火結界なんてのもあった。
結界師の連中も参加しているようだ。
原色のほとんどを表現するきらめきがはかなく散り咲いていく。
妖怪変化や諸々の神話の存在が光の群れとなって夜空のキャンバスに描きだされる。
いってみれば幻想郷の歴史の再現を見ているのかもしれない。
人の作りだした星を見ていれば想いを馳せることが何か出てくるだろうか。
縁日というのは神様と縁のある日だ。
神様を祭っていない博麗神社の巫女には、神様との縁はないのだろうか。
そんなこともないのかもしれない。幻想郷とは八百万の神様が宿る土地だ。
少なくとも自然との縁は誰にも彼にも存在している。
そしてまあ、ありきたりな言葉ではあるが、人と人との切っても切れない縁がそこに存在している。
彼女たちは、そういう縁を結構大事にして生きている。
思えば縁日なんてさして特別ではないかもしれない。
郷の連中はお祭り好きだから、年がら年中やっている。
夏だけでも四五回は開かれている。お祭りじゃなくても、春には花見をするし、秋には月見をする。
だから、こうやって友達といっしょにわくわくする夜空を眺める時間も、作ろうと思えばいくらでも作れる。
普通の、ありきたりな夜。
千の中の一夜にしか過ぎない日の出来事。
さして特別なことは何も起きないけれど、人によっては特別な夜の出来事。
少なくとも夜空を彩る一時の輝きがそこにはあったわけだ。
人工の灯に照らしだされた人の住む郷の夜景があるわけだ。
気のおけない仲間とともに眺める故郷の景色がずっと広がっている。
そういうのを毎年堪能している。
来年も、きっと同じことをするんだろう、できるんだろう。
アルコールでぼんやりとした気分にひたりながら、二人で並んで花火を見ていたらそんな風に思えてきた。
再来年もそのまた来年も。
何年も何年も。
ずっと同じことが繰り返されるという幻想。
そんな幻想を誰もが容易に信じることができる場所。
それが幻想郷という所。
そう思わせてくれる一夜だった。
また一つ、輝きが空へと登っていく。
どーん
たまやー かぎやー
頭の中にイメージをぱっと出せるような作品は素晴らしいです。
ただ、これはプロットであって残念ながら物語にはなり得ていません。
書かれている文章が終始無機質な説明に徹しているのが一因でしょうか。
会話が無いのであれば、尚更文章に抑揚を付けて表現しなければならず、
その辺りで躓いている印象を受けました。
あと、どうにも文章がワンパターンです。
同じような締め方が続くと、それだけで単調な文章になってしまいやすいので、
その辺りを意識してみるといいかもしれません。
ごちそうさまでした。
ただ辛めに批評するならば、
会話分を使わないというコンセプトに意義はあったのかなーと。
あくまで私感ですが、この作品に限って言えば、会話文があった方がより良い雰囲気を表現できそうに思えました。
あえてこのコンセプトにこだわるならば、
会話文を用いない事によって、会話文の存在以上の表現的効果を生み出さなければ意味が無いと思うのです。
その視点で言えば、今回は成功しているとは感じられませんでした。
しかし、あくまでこういう表現力というのは瑣末なことだと思います。
有るに越したことはないですが、それだけで良い作品たりえるものではありませんし。
ですので、あまり気にせず書く事を楽しむのが一番ではないでしょうか。
次回作にも期待していますー。
>七氏様
過分なお言葉をいただき、恐縮です。
縁日の心が躍る印象を少しでも想像していただけたらば、私としても嬉しい限りです。
>SETH様
つい、吸血鬼のジレンマをかかえて悩んでいるれみりゃ様を妄想してしまいます。
レミリア様は本当は性格もかわいいんですよw でも威厳にあふれたレミリア様も大好きです。
>紫様
多数のご指摘を頂いて、本当にためになります。
おそらく、私は紫様のおっしゃっていることを100%理解できていないと思いますので、検討違いな返答になってしまっているかもしれません。ご容赦ください。
自分はあまり凝った文章が好きではなく、上善水の如しと言いますか、さっぱりとした咽ごし爽やかな文章を目指しています。
ただそれでもやはり、ご指摘頂いた点を頭に入れてもう一度読み返してみると、確かにおっしゃっている通りワンパターンな表現がかなり目立っていました。
おそらくこれは自分の癖です。
会話文が入れば地の文の癖も多少カモフラージュされるのかもしれませんが、今回は地の文だけで書いたせいで余計に癖が目立ってしまっているように思います。
あとは三人称でも情景の説明ばかりでなく、登場人物の心理をもっと描いておかないと読者が感情移入しづらいのではないかと感じました。
>>文章に抑揚を付けて表現
これもご指摘の通りで、SSこんぺでも同様の指摘を受けました。
抑揚が付けられなかったり箇条書きのように一辺倒に感じられてしまうのは、自分の物書きとしての経験の浅さと道具箱の少なさから来ているのだと思います。
今後はもうちょっと、市販されている作家の文を研究してみるなど、文脈中で使える道具を増やしていこうと思います。
やはりどれも自分では気づきにくいところ、ご指摘いただき本当にありがとうございました。
>一人目の名前が無い程度の能力様
>>心地よい空気
そう言っていただけると本当にうれしいです。
>>会話分を使わないというコンセプト
おっしゃる通りで、書いている途中にも書いた後にも自分でも疑問でした。ただ書き手として考えると少しは利点があるように思えました。
まず会話文がないことによって、幼いころに見た白黒の無声映画のような印象を与えることができないかと思ったのですが、これはどうも上手くできなかったようです。
効果として狙うとしたら、静と動の境界、日本古来の侘び寂びのダイナミズムみたいなものでしょうか。
そう考えると、ずっと淡々とした描写で書いたのはまずかったですね。どこかで変化をもたせないと。
後は生のままの地の文だけで書くことによって、地の文の癖や難点が浮き彫りにできたように思えます。
また、実は描写のみを書き連ねることは、書き手としては結構楽しかったりしますw
まるで自分が幻想郷を旅行していて、その記録を皆様にお伝えしているような気分を味わうことができました。
それから、物語にはやはり会話が無粋に感じられる瞬間がどこかにあるような気がします。
それを探る意味でも、地の文のみで書いてみるのは多少意義があるのではないかと思いました。
で、それを見つけられたのか、と言われると……どうもまだまだ先は長いようです。ちょっと小難しいことにチャレンジしすぎな気もしましたorz
小難しいことに挑戦するのは、実は好きなのですが。
>>次回作にも期待しています
そう言っていただけると、本当にうれしいです。生きる希望が湧いてきましたw
自分に皆様に楽しんでいただける要素が一分でもあることを信じて、次回作も頑張りたいと思います。最近ネタが枯渇ぎみですがorz
>翼様
>>お祭りの中にいるようで、心ときめきました
すこしでも縁日の素晴らしくも懐かしい雰囲気を思い起こしていただけたら嬉しい限りです。
>>主観視点と客観視点
三人称で書く場合これはかなり難しいことではないかと思いますが、何事も不徹底はよくないと思います。
徹底できるよう頑張っていきます。
>名前が無い程度の能力様
そう言っていただけると、本当に書いてよかったと思えます。
色々な題材にチャレンジしてみると、自分の世界が広がったような気がして結構楽しいです。
こういうのも新鮮でいい。
日本人にとって、祭りは特別なもの……と思ったけれど、
幻想郷には日本人じゃない人も多いですね。まあいいか。