※注意1 作品集40『咲夜の生き様 『信頼』の世界 』および、
それ以前の美鈴物語の設定および流れを引き継いでいます。
※注意2 読まなくても分かるように書いているつもりですが、
詳しい内容を知りたい方は、そちらを先にお読みください。
なお、美鈴物語の第一話は作品集39『門番誕生秘話』となっております。
(前回までのあらすじ)
紅魔館で働いていた美鈴はある日、紅魔館のみならず、白玉楼、永遠亭を巻き込む大事件を起こした。
俗に言う『紅魔館門番異変』だ。事件は無事収束したが、その代償として美鈴は自身の地位、立場を失う。
また、事件にかかわったものたち全ての心に多大な傷を負わせた。
この物語はそんな彼女の各地に向けての『謝罪』の旅、そして己自身の罪を『清算』するというもの。
美鈴を主人公に置き、彼女を取り巻く人たちと、彼女自身の精神の成長を綴る物語。
◆ ◆
向こう岸まで連れてってほしい? ああ、いいさ。
代金は……うん、大丈夫。ほら、乗りなよ。今日最後のお客さんだ。
お前さんの代金だと向こう岸まで一時間弱かかるね。なに、大丈夫、きちんと届けられる金額だよ。
渡るまでの注意事項はもう知ってるだろ? きちんと守ってくれよ。でないとあたいも大変なことになるからさ。
キィコ キィコ
……ん? なんだい旦那。あたいかい? 名前は小野塚小町っていうんだ。小町でいいよ。
ああ、職業は死神をやってるんだ。驚いたかい? ああ…なんだ、うすうす気づいてたのね。
ま、あれだけ大きな鎌をしょってればわかるか。死神といえば鎌が定説だからね。
え? …アハハハハ! お前さん面白いこと聞くね。ああ、お前さん学者か何かかい?
ああ、気を悪くしないでおくれよ。こういう事を聞いてくるのはそういった好奇心旺盛な人たちに限るのさ。
普通の霊はまぁまず喋らないからね。死んだことを受け入れられないとか、あたいが怖いからという理由でさ。
そうそう質問だったね。もちろんあたいにも『休暇』ってのは存在するよ。
お前さんたちの世界で言う休暇のカタチとは違うかもしれないけどね。
死神にも色々と役職があるのさ。例えば、下界の霊を三途の川まで誘う死神もいれば、
あたいのように今から向かう対岸に舟を出す死神もいる。他にもたくさんあるのさ。
対岸にも結構な数の死神が勤めていてね…ああ、ちなみにそいつらはあたいの上司だ。
地位が低いものほど、対岸から離れた場所に配置させられるのさ。
あたいが今やってる番頭死神は中間くらいだね。ああ、番頭ってのはさ…ここ、あの世への入り口みたいなところだろ?
いわゆる銭湯の番台と同じでね、あたいらがココに来た霊たちを管理して、向こう岸に連れて行くのさ。
ちなみにあたいはちょっと特殊な地位にいる。さて、質問に戻るけどさ…あたいらの職業は基本、歩合給制なのさ。
つまり、働けば働くほど給料が入ってくるんだよ。
逆を言ってしまえば働かなければ給料は入ってこないんだ。つまり、好きなだけ休めるんだよ。
ただし、休んじまうと給料もないんだけどね。ちなみにあたしは給料にそこまで執着してないよ。
この仕事が好きだからね、今も、そして出来ればこれからもやっていくのさ。
キィコ キィコ
あ! そうだ。丁度良い機会だし、どうだい旦那。あたいの話を聞いていかないかい?
なに、たぶん学者のお前さんなら食いついてくる話さ。ちなみに、あたいの休暇日の話でもある。
あ…いや、正確には少し違うかな…上からの命令もあったからね。
あたいはね、仕事中はお前さんみたいな霊と話をすること、
下界…つまりお前さんが他が生きている世界に出てきたときは、観察することが趣味なんだよ。
どうする? ……そうかい! アハハ、良いねぇ旦那。よしきた。あっちに着くまで聞かせてやるよ。
キィコ キィコ
……さて、まず話をする前に旦那に聞くけどな。この世で最も忌み嫌われる概念ってなんだか分かるかい?
……そう、そう聞かれればまず答えるのが『死』だろうね。
けどさ、それは一般の生物が考えるほんの一部分にしか過ぎないのさ。
答えを言ってしまうとね、最も忌み嫌われている概念ってのを限定することは出来ないんだよ。
何せ、人それぞれだからね。引っ掛けだって? あはは、悪い悪い。けど旦那の答えだって当たりなんだよ。
『死』が旦那が忌み嫌う概念なんだからね。
何? そろそろ本題に? まぁ待ちなよ。まだまだ時間はあるからさ。
とにかくさ、忌み嫌う概念はたくさんあるんだ。あたいにだってあるよ…教えないけどね。
これから話すのはさ、それぞれ忌み嫌う概念をもつ者たちの話だよ。
そうだね…主要登場人物は3人。1人は過去の過ちから来る『逃亡』を、
また1人は自身の性格とそこから生まれた『孤独』と『群れ』という正反対の概念両方を、
そして最後の1人は『信頼』を最も忌み嫌うんだ。ほら、なかなか多種多様だろう?
じゃあ、そこを踏まえて聞いてもらおうか。
それはある日始まった。ココは三途の川流域。
「はい?」
今週一週間は休暇にして羽を伸ばそうと(普段も十分サボっているような気がするが)決めていた小町は
突然現れた自分の上司、四季映姫・ヤマザナドゥの放った発言にキョトンとした声を発する。
事の発端はこうだ。休暇をとろうと計画していた彼女は昨日までに倍以上の仕事をして、今日という朝を迎えた。
休暇をとる分も仕事をしたのだから、上司の映姫も文句は言えないと思ったのだ。
歩合給制で休暇をとるのは個人の自由なのだが…小町は普段からサボっているため、
立場的になかなかきちんとした休暇をとることが出来なかったのだ。
だが仕事さえこなせば上は何も言ってこない。事実、今日まで映姫は何の文句も言ってこなかった。
そして朝…嬉々とした表情を浮かべ軽く散歩をしていた彼女の元になんと、その映姫が現れたのだ。
閻魔である彼女が三途の川のこちら側に来るのははっきり言って珍しい。
「聞こえなかったのですか? あなたは一週間休暇を申請していましたが、却下です」
なんとまぁ、映姫は現れるなり、小町に対してそんなことを言ったのだ。
歩合給制という以上、休暇をとることに対して映姫が文句を言う筋合いは無い。
まぁ普段小町がサボりすぎているため注意し説教をするという程度で、彼女にはそこまでの強制力はもっていないのだ。
「ちょ、ちょっと待ってください。な、何でですか!?」
考えてみれば、休暇を一言でぶった切られたのは本当に久しぶりのことだ。
普段の映姫はなんだかんだ言いながらも、小町がそれなりにノルマをクリアしているため下手には言ってこない。
だというのに今回は命令形で言ってきたのだ。しかも映姫の表情が厳しいところを見ると
どうやらマジなようだ。が、先ほども言ったように小町はサボってはいても結局のところノルマはクリアしているため
クビの対象になるようなことはしていない。サボりまくっていて怒られるという可能性は否定できないが。
「わ、あたいはきちんと仕事をしてましたよ!? も、もちろんサボってもいましたけど。
今月だってきちんと決められたノルマだって……」
慌てて小町は反論する。何しろ昨日は真面目に霊を運んでいったのだから。
休暇をとるに足る仕事をしたのだ。これで休暇取り消し命令など出されたらそれこそ小町にとっては泣ける事態だ。
……言っておくが、あくまでもそれは小町のみのことである。
他の死神たちとは違い、小町はサボり癖があるので、必ず月の終わりには運び終えなければならないノルマが
残っており、いわゆるの○太君症候群とも呼べる状態に陥ることが多々あるのだ。
まさか、そのサボり癖が原因でクビになるのでは……と小町は本気で慌てた。
「話は最後まで聞きなさい」
と、慌てふためく小町の額を映姫は小突く。
「あなたにある仕事を頼みたいのです」
「仕事…ですか?」
「そうです、それさえこなしてくれれば後は何をしても構いません。
なお、これは私だけではなく他の閻魔たちからの命令でもあります」
「げ」
な、何なのだその命令は…と恐怖する。映姫だけでなく他の閻魔たちからも来ているという事は、
とてつもなく重要で、なおかつ恐ろしい命令なのだろう。
「は…はあ……、でも何であたいなんです?」
そう、そんな命令ならば上位の死神にさせれば良い。何故に中級の自分がせねばならないのだろうか。
「本来ならば、私がやるはずでした。が…生憎先の花の異変などの問題で上も未だにごたごたしてましてね。
死神にやらせよう…という話になり、その中でも最も暇そうなあなたに決まったのです」
「あ、あう……」
……つまり、サボりまくっていたツケが回ってきたということだ。
「無論、それだけではありません。あなたは死神の中でも最長齢クラスの存在です。
そして番頭死神という任についておきながら、死神の中でトップクラスの戦闘能力と臨機応変さを持っています。
そこを踏まえ、あなたを指名することになったのです」
そう、小町は死神の中でも特殊な例として存在している。
実際彼女は相当な年数生きている。最低でも1000歳は超えている存在だ。
それゆえ、本来ならば死神のランクでも最も高い位置にいれる存在なのだが……。
彼女のサボり癖と、彼女たっての希望でこんな場所にいるのである。
ちなみに映姫は彼女よりも遥かに年上である。もちろんそんな歳の話をしたらシバかれるだろうが。
「はあ……そんなに厳しいんですか?」
「いえ、仕事の内容ははっきり言って簡単です。下位の死神でも出来る『調査』です。
が、その相手がかなり特殊な存在でして。正直彼等に任せるには荷が重いんです。
で、あなたに頼むことにしました」
映姫がいう特殊な存在…彼女が厳しい表情を浮かべるほどの者なのだから相当変わった存在なのだろう。
小町もかなり厳しい顔つきになり、彼女に聞く。
「……内容を聞かせてください」
「この任の期間中、あなたは番頭死神としての任は無くなり、下界に下りてもらいます。
そして調査対象を付きっ切りで調査してください。思ったことなら何でも結構、詳細な報告を。
報告は定時報告…就寝前とします。後自分で載せるべきだと思ったならばバシバシ報告しなさい」
「…それだけなんですか?」
「ええ。なお報酬はその期間中、その報告以外は休暇とします」
「へ?」
「期間はこちらから任終了の命令が下るまで。
まぁ…長期休暇のうちの簡単な日記……みたいなものですね、勿論きちんとしたものを提出してもらいますが」
「はあ……」
まぁ…悪くない命令かもしれない。その面倒そうな報告を抜けば後は楽しい休暇なのだ。
ならば……引き受けるのも悪くない…というか、拒否権など持っていないのだが。
「分かりましたよ……それで、誰を調査、監視すれば良いんですか?」
「この人です」
そう言って資料が挟まれたクリップボードを映姫は小町に渡す。
小町は資料を眺めながら…だんだんと表情が硬くなっている。
そこに書かれている内容は、確かに閻魔たちが騒ぐに足ることが書いてあった。
「彼女ですか」
「ええ。あなたの上司、四季映姫・ヤマザナドゥとして命令します。
即刻その人物の調査および報告をしなさい」
「わかりました」
ヤレヤレ、どうやら本当に面倒な仕事になった…と思いながら鎌を背負う。
その資料……名前の欄にはこうかかれてあった。
『紅美鈴』
と。
◆ ◆
さてそんな2人のやり取りから昨日のこと。
「さっさと帰れ!!」
バシャッ! と桶に入った水を美鈴は頭から浴びる。
浴びせたのは……てゐ。彼女は更に桶を美鈴に投げつけて、扉を閉めた。
「…………」
水が滴り、顔面に当たった桶が痛いが、彼女は何も言わない。
ただただじっと……永遠亭を見つめていた。
「どうですか?」
「駄目よ…もう3日もああして門前で立ってるんだもの。こっちが参っちゃうわ」
玄関口でイナバの1人がてゐに聞くと、彼女は疲れた表情で答えた。
……ことの始まりは3日前。レミリアの自室での命令から始まる。
レミリアの命で美鈴は強制的に3週間の休暇を取らされてしまった。理由はもちろんある。
『紅魔館門番異変』の件で美鈴が多大な迷惑をかけた場所に謝罪せよという事で紅魔館から追い出された。
3週間というのはあくまでも目安らしく、結局のところ周りが許してくれるまで帰ってくるなという命令だ。
美鈴はそれに黙って従った。『後悔』はしていないが、犯した『罪』は決して消えない。
『罰』は必ず受けなければならない。だから、彼女はその『罰』を受けるために謝罪をする。
そして一番最初に訪れたのがここ、永遠亭。美鈴が起こした被害の中でも最も大きかった場所である。
それ故に、一番憎まれている場所でもある。
事実、その後すぐに訪れると、応対に出たてゐは自身を見るなり鬼の形相で殺そうとしてきたほどだ。
また、他のイナバも一緒になって襲ってきた。…余程、永琳、輝夜、そして鈴仙を傷つけられたのが
許せないらしい。……まぁわから無くもないが。その時の美鈴は一切反撃をしなかった。
とにかく避けたりしただけで、結局てゐたちは一撃も彼女に攻撃を入れることができなかった。
下手に攻撃しても無駄だと判断したてゐたちは今度は美鈴の無視を決め込み、決して中に入れないことにした。
こうすれば美鈴が帰ると思ったからだ。が、美鈴はなぜか帰らず、ずっと門前にいた。
これが3日も続いたのだから、逆にてゐたちの精神が参ってきてしまった。
「でも……いいんですか? このこと、永琳様たちは知られてないんですよね?」
「ええ、教えちゃ駄目よ。特に鈴仙にはね」
「はい」
「私は鈴仙のところに行ってくるから、あとよろしくね」
「わかりました」
一匹のイナバに別れを告げ、てゐは鈴仙の自室に向かった。
「はっ…はっ…はっ…」
鈴仙の自室にて。鈴仙はスカートはそのまま、上半身は普段の服装ではなく
白のランニングシャツを着て、髪の毛は邪魔にならないようポニーテールに結わえていた。
そして、右手になにやらゴムを持ち、引っ張ったり戻したりを繰り返していた。
ギュッ、ギュッ…とゴムが引っ張られる音と彼女の息遣いが部屋の中に響いている。
そのゴムは彼女の背中、3メートルほどのところにある柱にくくりつけられていた。
今でも行われているトレーニングのひとつだ。ただし、彼女のはトレーニングではなく、リハビリだが。
相当な回数をやっているのだろう。汗で体は既にびっしょりだ。
「ふうっ……」
回数をこなし終わったのか一度引っ張るのをやめ、ゴムから手を離し、傍においておいたタオルで顔の汗を拭く。
ランニングシャツも汗でだいぶぬれてしまい、肌に張り付いている。そこからは胸を含む
彼女のバランスの良い体格がよく見えていた。
「鈴仙」
襖を開け、入ってきたのはてゐ。手にはお盆を持ち、その上にはキャロットジュースの注がれた2つのグラスと
大判焼きが2つ乗っかっていた。
「差し入れだよ」
「ありがとう」
キャロットジュースを左手に、大判焼きを右手に持つ。
「だいぶ良くなったね」
「まぁね、だいぶ感覚は戻ったよ」
今鈴仙の右手は一時的にであるが感覚が鈍くなっている。わかりやすくいえば麻痺した状態なのだ。
とはいえ既に永琳の薬で大分治ったため、あとはリハビリで感覚を戻せばいい。
なお、これが正しいリハビリ方法なのか疑問だが、本人曰く丁度いいといっているあたり、
別段文句をつける必要性はないだろう。妖怪には妖怪なりのリハビリがあるのだろうから。
「これなら明日にでも仕事には復帰できると思う」
「無理しちゃだめ。お師匠様からの許可も降りてないんだから」
万が一仕事中に危険な薬物を手に持っていて、麻痺で落として薬物を流出させたら大変だ。
そのため普段は永琳の助手として働いている彼女だが、今は仕事を取り上げられてしまっている。
「ちっ…全部、あいつのせいだ」
その原因……それは今も門前に立っている美鈴にある。永遠亭の被害の中で最も大きかったのが
鈴仙なのだ。あの事件、鈴仙は既に負傷していたのにもかかわらず
美鈴に玉砕覚悟で立ち向かい、文字通り玉砕したのだ。この麻痺はそのときの後遺症だった。
暫く放っておけば治るとはいえ、ここまで痛めつけた事にてゐは心を痛めており、そのため美鈴を相当恨んでいた。
「いいの、てゐ」
だが被害者である鈴仙は美鈴に対し怒るどころか、爽やかな気持ちでいた。
それが、てゐを逆に更に激昂させる。
「ただでさえひどい目にあったのに、何でそんなに爽やかなのよ」
「……さあね」
その理由を聞くと、いつもこうだ。含み笑いをするだけで決して教えてくれない。
………自分が知らない間に美鈴といったい何があったのだろうか。
「ところでてゐ。ここ最近イナバたちがうるさいけど、誰か来てるの?」
「え? ううん、誰も来てないよ」
鈴仙には門前に美鈴が来ている事を知らない。いや、そればかりか永琳も輝夜も知らない。
すべてイナバたちが隠してしまっている。知られてしまうと厄介極まりない。
(ふん、この湿気具合から言って今日は雨が降る。そうすればいくら何でも帰るだろう)
キョトンとした表情を浮かべている鈴仙を眺めながら、てゐはそう考えた。
が彼女は後悔する。美鈴の『覚悟』の大きさを知らなかったがために。
ザアアアアア
それから数時間後、昼過ぎになってから雨が振り出した。
豪雨でもなければ霧雨でもない、普通の雨が美鈴の体に降り注ぐ。
そう……美鈴は帰っていなかった。雨が降る中、ろくに傘も差さずに竹を背もたれにして座り、
ジッと永遠亭を見つめていた。手には、あの事件でも使った戟。ここ最近彼女はよくその戟を手に持っていた。
「…………」
既に服はビショビショになり肌に張り付いている。髪も濡れてしまっている。
このままでは確実に風邪を引くだろう。…だが彼女は何の対策も打たず、ただ永遠亭を見つめていた。
入り口の門が開くのを待っているのだろうか……一体何時になったら開くのかわからないその門を見つめ、
ただただジッと……彼女はそこにいた。
「…………」
ふと、唐突に彼女はゆっくりと空を見た。顔面に雨が降り注ぐ。目にも雨が入る。
だが彼女はそれを気にするような素振りは見せない。まるで…遠い、遠い昔を思い出しているかのようだ。
◆ ◆
そして夜。辺りが暗くなった頃の永遠亭、永琳の自室。
外からは雨の降る音のみ聞こえ、闇に閉ざされている。彼女は1人、薬を作っていた。
永遠亭も資金が無限にあるというわけではない。それなりの商売をしなければならない。
近くの農園で栽培した野菜や、竹で作った竹細工を様々な場所に売ったり
そして永琳や鈴仙の医術によって生計を立てているのである。
紅魔館もそうだ。あそこも農作物を売ったり、ここ最近は西洋風ということで人里にレストランを開いたり、
様々な方法で生計を立てている。それに、外の世界にいるレミリアの父からの仕送りも少なからずある。
永琳は生計を立てるため、診療用の薬を作っていたのだ。そのためここ暫く診療を行っていない。
それよりも、ここ永遠亭のイナバたちの治療や急患などが来てしまい診療どころの事態ではなかったのだ。
だがいい加減明日から診療を再開しないといけない。が、今までの治療でついに薬のストックが切れてしまったのだ。
そこで診療を休んでいる日を効率良く利用するため薬作りに没頭していた。
幸いなことに材料はあらかじめイナバたちが集めていてくれたため、困ることはない。
そのためかここ1週間は『食う、薬を作る、風呂はいる、寝る』と、ある意味引きこもりの生活を送っていた。
無論、ここまで時間がかかったのには理由がある。最大の助手鈴仙がいないからだ。
本人はやりたそうにしていたが、あの麻痺している手でもし劇薬など作られたら大変だ。
薬は調合が命…だから永琳は手伝わせず、彼女の手が完全に治るまで仕事はさせていなかった。
そんなこんなで永琳は外に出ていない。だから来訪者のことにも気づいていなかった。
輝夜は……言わずもがなである。さらに幸か不幸か、妹紅の襲撃もなかった。
「ふうっ……ううう」
ゴキゴキゴキと体を伸ばすと、体中の骨がきしんだ。どうやら相当こっているようだ。
軽く館の中を歩いて気晴らしでもしようと思い、廊下に出る。
「師匠」
「あら…」
すると偶々ばったり鈴仙とであった。彼女は永琳に対してぺこりと頭を下げる。
「どうかしたんですか?」
「なに…外の空気を吸おうと思ってね。……鈴仙。あなた、大分汗臭いわね。
また筋トレしてたんでしょう? だめよ、あまり無理しちゃあ」
「すみません、ですが早く感覚を戻したいんです」
「安静も必要だって事を覚えておきなさい。……まぁ説教はともかくとして、早くお風呂に入ったほうがいいんじゃない?」
「はい。そうさせてもらいます」
「ところで、どう? 手は」
「大分感覚は戻りました。できれば、すぐにでも戻りたいくらいです」
「そう…でももう少し待ちなさい。念のためよ」
もう夜も遅い。リハビリが終わり時間が経ったためか鈴仙の服も乾いてきた。
が少し汗臭い。寝る前に風呂に入ったほうが良いだろう。
「じゃ」
「はい。ごゆるりと」
ぺこりと頭を下げると永琳は去っていった。治療のためとはいえ、
師匠である彼女の手伝いをできないことに罪悪感を覚える。
「……?」
とりあえず軽く散歩をしようと思い、歩いていくと彼女はふと違和感を感じた。
「誰かに見られている?」
やはり眼に関する能力を持っているためか一際そういった視線を感じ取りやすいようだ。
「外? でも…こんな雨なのに」
そう、土砂降りではないにせよそれなりの量が降っている。だが視線は門の外から感じる。
門の外で雨宿りできるような場所はないため相手はびしょ濡れだろう。だが動く気配はない。
「もしかして……」
最近のてゐの不審な行動の原因はこれなのだろうか? 自分に何か隠すような素振りをよく見せている。
隠しているのは、自分と永琳、そして輝夜に対してだ。
正直な話、いい気はしない。一応上司である自分を差し置いて何かしら画策しているのは気に食わない。
そこで彼女は試しに外の様子を見に行ってみることにした。
他のイナバたちが自分に対して何か隠し事をしているのは間違いないようだ。
玄関口で靴を履き、傘を手に取り外に出ようとすると、突然イナバにとめられた。
どうやら玄関口に張っていたらしい。
「どこに行かれるのですか?」
片方のイナバが聞いてくる。
「外にね……誰か、いるんでしょう?」
「……!」
図星だ。微妙な表情の変化だったが、それを見逃すほど馬鹿ではない。
「隊長命令よ。どいて」
ドスの効いた声で言う。忘れられていることが多いが、鈴仙はイナバの中ではトップだ。
本来、口答えできるのはてゐ位のはずなのだが……普段弄られているところを見るととてもそうは見えない。
なので、こういうときの命令口調はイナバたちを震え上がらせるには十分だった。
もちろん普段も隊長として鈴仙は様々な指示や命令を下している。が、それもここまでドスの効いた声ではない。
一種の脅しだ。『従いなさい、さもなくば……』という意味を含んでいる。
そんな鈴仙の言葉に一介のイナバが逆らえるはずもなく、彼らは道を明けた。
彼らとて、死にたくはない。例え通すなというてゐからの命令があったとしても、こちらが優先される。
靴を履いた鈴仙は傘を差し、外に出る。峠は越したようだが、雨は相変わらず降っている。
広い中庭を歩き、大きな正門に向かう。どうやら視線の主はこの先にいるらしい。
もしかしたら侵入者かもしれない。十分用心しながら、ゆっくりと門を開ける。
「…………あっ」
明かりは今手に持っている蝋燭の光だけなので、そんなに遠い距離は見えない。
が、その明かりでボオッと人らしい姿が確認できた。独特な緑の装束に、紅い髪。
該当する人物は一人しかいない。美鈴だ。
彼女は門から丁度正面に生えている竹にもたれて座っていた。
泥水が跳ねたのだろう、服にはところどころ泥がついていた。
また、まるで長いこといたのか、体中が薄汚れている。
そして美鈴はジッと門を見ていたが、どうやら鈴仙の姿に気づいたのかゆっくりと顔を向けて…
「こんばんわ」
とのたまった。鈴仙は呆気にとられてポカンとしていたが、ため息をつくと美鈴の下に歩いていく。
美鈴を見つけたとき、一瞬緊張感で身を固めたのが馬鹿みたいだ。
「何やってるのよ、こんなところで。雨が降ってるのに傘も差さずに」
「……挨拶」
「は?」
「挨拶がありませんよ」
「……こんばんわ」
「はい、よく出来ました」
ニコリと笑う美鈴にさらに鈴仙は大きなため息をつく。
以前永琳や幽々子等をたった一人でブッ倒した人には到底思えない。
いや…そのギャップが彼女の真の強さを隠す原因となっているのかもしれない。
「で、どうしたの? どうしてここにずっといるのよ」
「……あなた方がそれを言いますか」
美鈴は自分がここにずっと居座っている顛末を話していく。
美鈴は鈴仙と永琳に用があったのだが、どうやらその前にてゐ等イナバたちに尽くつぶされてきていたのだ。
当然そんなことは鈴仙も、他2名も知らない。話を聞いている内に気分が暗くなる。
まぁ…確かに自分たちは彼女の手によってかなりの損害をこうむった。
それを恨むのは分かるのだが……少しやりすぎだ。
美鈴も今回見る限り、戦闘をしにきたというわけではなく客としてきたのだ。
それを禄に応対せずに追い返すのは流石にまずいと思った。
「ええとですね」
とりあえず話を進めるため、美鈴は懐に手を突っ込み、一枚の手紙を取り出した。
「これ」
ちょっと待て、今それ胸の谷間から出さなかったか? と、某メイド長は突っ込むだろうが、
それはそれ、鈴仙もかなりの物の持ち主のため、まったく気にしないで受け取る。
手紙にはこう書いてあった。
『拝啓 永琳様
先日の1件で多大な迷惑と損害を与えたことに深く御詫びの念を持ち、
よってその『罪』を償い、謝罪させるため、当人を出向かせました。
気の済むまでお好きにお使いください。差し出がましいようですが、当人は貴重な人材のため、
我が紅魔館が主、レミリア・スカーレットがそちらに一定の条件をつけさせていただきます。
1.紅美鈴を殺害しないこと
2.紅美鈴に何らかの措置をし、『破壊』しないこと
3.紅美鈴を必ず生きて帰すこと(再生可能な程度までの殺害ならば許可いたします)
4.命令権はあくまでも輝夜様、永琳様、鈴仙様、てゐ様のみとさせていただきます
以上さえ守っていただければ後は煮て食うなり焼いて食うなり構いません。
当人に拒否権はございませんし、彼女もそれを望んでいます。遠慮なさらずにお使いください。
from レミリア・スカーレット』
非常にきれいな字で書かれている。…大方レミリアの言葉を咲夜が書いたのだろう、
こういったことをあのお嬢様が自分でやるとは考えにくい。
「これは…また」
なんともまぁ…かなりすごい内容だ。紅魔館の事情はよく聞いている。
以前の事件から色々と話は聞いており、美鈴がいかに紅魔館の中で地位を確立していたかは知っていた。
今は雑用同然の扱いを受けているらしいが……まさか謝罪のためにここまでするとは。
気の済むまで、というのはつまり無期限と言っても過言ではない。
ほぼ無期限といえる時間彼女を使役することが出来るのだ。
「あなたがこれをもってるということは、てゐたちは読まなかったの?」
「渡す前に締め出されましたから」
と美鈴は苦笑する。
「そうね……とりあえず、中に入って。タオルとか用意しないと」
「ああ…いえ、私のことはお気になさらずに」
「馬鹿。ここで私があなたを見捨てたら、居心地悪いわよ。
それに、謝罪しに来た人を追い返すほど狭い心は持ってないの」
「……驚きました、てっきりてゐさん方よりもあなたのほうが私を憎んでいると思ったのですが」
すると鈴仙はしゃがむと美鈴が濡れない様に挿していた傘で雨をさえぎった。その顔は苦笑。
「憎むという感情は…そりゃあ師匠たちをやられた時は持っていたわ。でも、よくよく考えるとね、
憎むよりもむしろ感謝をしなきゃいけないのよ、美鈴さん」
「感謝…ですか?」
「私は初めて『逃げず』に真正面から戦えたの。負けましたけど…私の心はスッキリしてたわ。
あなたならよく知ってるでしょう? 『覚悟』を持って行動した後に得られる成果を」
「……そうですか、あなたはあなたなりに悩み事があったんですね」
「そういうこと。だから、私はあなたに感謝している。少なくとも、恨んではないわ」
負けたとはいえ、かつて月から『逃げて』来たときとは違い今回は永遠亭のみならず、
結果的に紅魔館一同を守る形で彼女は戦ったのだ。その成果は非常に大きい。
「……そう、ですか」
「とにかく、中に入ろう。謝罪に来たんでしょう? なら私が師匠に掛け合ってあげるから」
「…分かりました」
鈴仙が差し伸べた手を掴み、美鈴は立ち上がる。
そして雨に濡れないようにという鈴仙の気遣いで2人並んで歩き出した。
「とはいえ…やはり言わせてください」
「何が?」
「どういった理由にせよ、あなたを傷つけたことには変わりありません。本当に申し訳ありませんでした」
まじめな顔をして美鈴が言ったのは謝罪だった。
鈴仙は一応自分に謝罪する必要はないと先ほどの言葉にこめて伝えていた。
無論それは美鈴も分かっている。分かっていてもやはり白黒つけるために彼女は謝罪する。
その心意気が鈴仙のまじめな顔を崩させた。
「あはは」
「な、何ですか」
「やっぱり、あなたはすごい人よ。うん、周りが気にかけるのも分かる気がする」
門に手をかける。
「その心遣いは素直に受け取っておくわ。でも私は既にあなたを許している。それは忘れないで」
「…はい」
美鈴は心の中で鈴仙に向かって言う。『あなたのほうが凄く強い心の持ち主ですよ…』と。
……そのときだった。
――グルルルル
ガサリ、と後方の茂みから唸り声と共に何かが出てきた。
「……人狼?」
そう、人の形はしているが、顔は狼の顔、尻尾もついている。
――グルルルル
どうやら美鈴たちを狙っているらしい。唸る口からは涎が垂れているのを見る辺り、腹が減っているのだろうか。
「また出たのね」
「また?」
「最近よく出るの。一度うちのイナバが一匹やられてね。追い払ったんだけど」
「まぁ…巣が近くにあるんでしょうね。戻ってきたんでしょう」
つまるところ、この人狼が狙っているのは正確には鈴仙だろう。何せ彼女ウサギだし。
ふむ…と美鈴は少し考え込んだ後、ズイと一歩前に出る。
「そういえば…以前紅魔館においてあった医学書で見ましたが、人狼の牙って医療に使えるんでしたよね?」
「え、ええ…結構貴重なものなんだけど」
「なら、手土産ということにしましょうか」
手に持っていた戟の刃に被せていた袋(無用な相手を傷つけないよう刃に袋をかぶせていた)
を外し、片手で軽く回すと人狼に向ける。人狼も美鈴が危険な存在だと分かったのか、腰を低くした。
「まぁ…私の前に出てきたことを後悔してください。それにイナバさんを一匹殺したんですからお相子ということで」
その言葉と同時に人狼は恐るべき瞬発力とスピードで襲い掛かる。人間ならば、一瞬で首が掻き切られるほどのもの。
だが…その程度の早さ、美鈴にとってはどうという程のものでもない。
彼女は最小限の動きでそれをよけると、手首をひねり、その力で人狼の首を吹き飛ばした。
まさに一瞬の攻防である。流れるような動きに鈴仙は恥ずかしいことに反応できなかった。
美鈴はそんな彼女には眼もくれず、人狼の首を持つと、何処からか取り出した袋に包んで鈴仙に差し出す。
「はい」
「え…ええ」
ようやく再起動した鈴仙は黙ってその袋を受け取る。まだ人狼の温もりが袋を通して伝わってくる。
袋からは血が滴っていた。幻覚ではない、生きていた証拠である。
美鈴はもう人狼に興味がうせたのか門を開け中に入っていく。それを慌てて鈴仙は追った。
その道中、彼女は悟る。こと肉弾戦において自分は100%美鈴には勝てないということを。
あの夜の戦いも、生きていたのはまさに奇跡だったのだということを。
門を閉め、中庭を暫く歩き門の中に入る。傘たてに傘を差し、鈴仙は先に床に上がる。見渡すとイナバはいない。
「とりあえず、お風呂に。師匠たちに会うのはその後でもいいわ」
「良いんですか?」
「私が取り次いでおくから大丈夫。それよりも早く入らないと風邪を……あなたって風邪引くの?」
「一応は。無論、人間がかかるものよりも幾分か楽なものですが」
「そう。とにかく先に風呂に入ってちょうだい。服とかはこっちで用意するから」
「……お心遣い、感謝します」
鈴仙はびしょ濡れの美鈴を浴場まで案内する。この時間帯ならば誰もはいっては来ないだろう。
「荷物を預かるわ。見たところその戟くらいね」
「はい」
「じゃあ…」
渡して、と鈴仙は手を差し出す。別段断る理由はないので黙ってその戟を差し出す。
もちろん誤って刃で傷つけないよう、袋で刃の部分を隠してからだ。
脱衣所で服を脱ぎ籠に入れる。後で選択しておくと鈴仙が言っていた。
浴場は紅魔館に引けをとらないほどの広さだった、紅魔館のを西洋風というならばこちらはまさに和風。
ヒノキ作りの浴場。露天風呂もあるらしいが、今日は雨のためそちらは使われていないらしい。
そもそも美鈴はあまり他人と共に風呂に入ることはしない。普段は自室に自分で作った風呂に入るか、
誰も使っていない時間帯を見計らって浴場を使っていたのだ。
永遠亭の浴場も今はラッシュの時間帯を抜けているのか誰もいない。
静かなものだったが、美鈴にとっては十分といえるほどの静けさだ。
体を洗い、浴槽に浸かる。3日間風呂に入っておらず、また雨で体温が奪われていたためお湯が体に沁みた。
凄く気持ちよく、彼女は思わず眼を細める。するとガララッと扉が開き…タオルで胸元を隠した鈴仙が入ってきた。
「どう? 湯加減は」
「丁度いいですね。どうしたんですか?」
「師匠は話に乗ってくれるといってたわ。その前にお風呂に入ってきなさいって命令されてね」
「ああ…なるほど」
確かに先ほど鈴仙の体から汗臭い臭いがした。美鈴を応対するのであれば最も関係している鈴仙の存在は
必要不可欠。となるとその立会人が汗臭い臭いを出していたら無礼だ。
ならば美鈴と共に風呂に入ってから、汗を落としてその後に話をしよう…ということになったのだろう。
鈴仙はてきぱきと体を洗うと浴槽に入り、美鈴の隣に腰を下ろす。
お湯に浸かり、安堵のため息をつく彼女を美鈴はジーっと眺めている。
「……なに?」
さすがに恥ずかしくなった。もしかしてどこかおかしい点でもあるのだろうか。
「いえ、さすがは永琳さんだと。傷跡、もうないですね」
「そりゃあ師匠だからね。対する美鈴さんは……あるわね、大きなのが二つ」
「これはあえてです。気にしないでください」
鈴仙が眼を向けた腹にある2つの傷跡を苦笑いしながら美鈴は隠す。
「じゃあ……あがりましょうか。永琳さんを待たせると悪いですし」
「そうね」
風呂から出て水気を切った美鈴に鈴仙が渡したのは紅いジャージ。
「これは……」
「前に香霖堂で貰ったのよ。確か…外の世界に漫才師が使っていたものだとか。
ちなみに師匠は青いやつをいつも着てるの」
「え? ってことは、これって永琳さんのですか?」
「そうよ。何せ……」
ジーっと美鈴の肢体を見る。……無理もない、美鈴ほどの巨乳の持ち主は少ない。
更に身長も高いため、ここ永遠亭で考えれば永琳が一番彼女の体形に近いのだ。
「はぁ…」
美鈴もそれが理解できたのか、黙って着る事にした。
で、案内されたのは永琳の書斎。どうやら彼女も仕事が終わったのか、先ほど言っていた青いジャージを着ている。
……これにギターなんかもたせたら……ゲフン、ゲフン…忘れよう。
「手紙を読ませて貰ったわ。それと人狼の首、ありがとうね」
永琳と美鈴は座布団に座って向かい合い会合をしている。鈴仙は永琳の後ろに座って控えていた。
「で、結論はね。謝罪をしにきたというのなら、私は別に構わない。ねえ、鈴仙」
「はい。私も異論はありません」
「姫も構わないと言っていたわ。ただし…問題は他のイナバよ」
どうやら永琳も大体の事情を自分なりに把握しているらしい。
別に美鈴を憎んでいるといった感情を持っていないようだ。
だが、他のイナバたちは違う。上司であり、家族である鈴仙が殺されかけたのだ。
その張本人である美鈴を恨むのは間違いではない。いかなる理由であろうとも。
「特にてゐは物凄いものよ。ここ3日間のこと、あなたが来てたという情報はもちろん私のところには来なかったわ。
それに鈴仙に、姫にもね。どうやらてゐが率先して情報操作をしていたみたい」
「らしいですね、状況から判断して」
「ここで暫く働くとなった以上、あなたはかなりの嫌がらせを受けるわ。それは理解してる?」
「ええ、もちろん」
「……やれやれ、それもわかってやってるのかしらね…レミリア・スカーレットは。
あなたの行使権をてゐにももたせるなんて」
「さあ……まぁ別に私は構いませんよ。全ての『罰』はこの私が受けるべきです」
「……分かったわ、なら私は何も言わない」
交渉は成立した。続けて、美鈴の今後の行動について話し合いが行われる。
「生憎永遠亭は十分機能してるの。正直なところあなたの配属場所はないわ。ただ一つを除いては」
「一つ?」
「鈴仙よ。生憎この子はまだ完全ではないの。手足の一部にまだ麻痺症状が残ってるわ。
だからあなたは鈴仙の側近…助手としてここで働いてもらいます。文字通り、手となり足となって」
美鈴が鈴仙を見ると、どうやら彼女も初めて聞いたのか、驚いた顔をしている。
「私は構いません。鈴仙さんがよろしければ」
「…と、彼女は言ってるけど、どうする?」
「……正直なところ、私は大丈夫なんですけど…まぁ、美鈴さんの安否を考えると受けておいたほうがいいですよね?」
「そうね、てゐの下につけたらそれこそ大変なことになるだろうし」
結局美鈴は鈴仙の用心棒という役どころに収まった。
本来ならばここである程度永遠亭の機能を教えるということになっていたのだが、既に夜も遅い。
永琳も、鈴仙も、そして美鈴も疲労はかなり蓄積されていた。
ということで今日のところはここで就寝とし、明日改めて仕事内容の確認をしようということになった。
で、ここで問題になるのが美鈴の寝室である。彼女は物置小屋でも何処でも…何なら野宿でも構わないと言ったのだが
そこはそれ、これでも館の実質的主である永琳である。
出張勤務とはいえ、他人に対しそんな失礼なことをさせるわけにはいかない。
そこで空き部屋を与えようという話になったのだが、これを美鈴は拒否。
なかなか頑固なようで、何でも『謝罪に来て働いているのにこんないい部屋を頂くわけにはいかない』
という理由だった。で…暫く考えた結果、決まったのが鈴仙の部屋。
鈴仙の用心棒という役どころ、常に彼女のみを守る役目がある…ということで同室に。
無論、美鈴はそれも却下した。確かに理にかなってはいるが、側近警護という任につくということは
鈴仙は自分の主人に等しい。そんな彼女の部屋に泊まる訳にはいかないという理由だった。
その回答についに永琳がキレた。これでもかなり譲歩していたのである。ついには『命令』という形になってしまった。
ということで美鈴は鈴仙の部屋に厄介になることになった。
美鈴の持ち物は本当に少ないもので、部屋の隅におけるくらいだ。
「じゃあ、寝ようか」
「はい、あ…ちょっと待ってください」
布団を敷こうとする鈴仙に美鈴は声をかける。
「何?」
「私に布団はいりませんよ」
「はい? でないと寝れないじゃない」
「いえ、私はここでいいですから」
そういうなり彼女は部屋の隅に立てかけてあった戟を手に取ると、それを抱えるように壁にもたれながら座る。
「まさか…そこで寝る気?」
「はい。ああ、毛布くらいは頂きます」
「体に悪いわよ?」
「お気になさらずに。慣れてますから」
「あのねえ……」
反論しようかと考えたが…先ほどの頑固ぶりを思い出すとココで言い合っても仕方ないと感じた為やめる。
ここで堂々巡りをするのはよろしくない……疲れるし。
「分かった。その代わり何かあったらすぐに言って頂戴」
「はい」
鈴仙は布団に入り電気を消す。疲労がたまっていたためかあっさり眠れた。
ただし、部屋の隅から感じる視線が少し気になったが。
◆ ◆
次の日の早朝、小町は自宅から出た後、美鈴の下に向かうべく空を飛んでいた。
「やれやれ…せっかくの休暇だってのに、はた迷惑な仕事を押し付けてくれたもんだよまったく……」
美鈴の資料は全て目を通しておき自分なりの解釈はしておいた。
『危険人物:第3322190番 紅美鈴』
それが上の出した結論だった。小町はそれに納得する。うん、確かに美鈴は危険だと。
この場合の危険…というのは美鈴の底の知れない経歴、素性、強さにある。
あくまでもこれは小町なりの結論であり、美鈴に関する資料には小町の階級では知ることの出来ない内容は
黒いマーカーで塗りつぶされてあった。しかも読める内容よりもそちらのほうが多かったのだ。
そこから解読するのは大変だったが、分かったのは、自分に知られたく内容がたぶんに盛り込まれているということは
つまり危険だから…ということ。
はじめ、自分は美鈴のことを疑った。『果たしてそこまで危険な人物なのか…?』と
彼女とは花の異変以降何度かあったことがある。勿論休暇中のときにだ。
最も、その時は咲夜に用があっただけで、美鈴とは二言三言会話をした程度にである。
が、そのときにはただ単に人当たりの良い門番程度にしか思わなかった。
だからそんな存在が危険人物だとは思わなかったのである。
が、その考えも色々と思いを巡らせることにより修正されていった。
特にその考えが180度変わったのは以前の事件。『紅魔館門番異変』と呼ばれるその事件は、
今では自分たちのいる三途の川にまでやってくるくらい噂になっていた。無論、広めた元は文である。
元が文のため、小町はそこまで信用していなかったが、以前白玉楼に訪れた際幽々子からそれが事実だと聞き、
更に事件の当事者たちが軒並み肯定したため、美鈴の人柄の認識を変えざるを得なくなったのだ。
つまるところ、美鈴はかなり奥が深いということ。……特に、彼女の素性に関しては。
事実、彼女の素性が大々的に明かされたのは『紅魔館門番異変』でのこと。
それまでは誰も彼女のことを知らず、ただの門番だと思っていたのだ。
以上のことから小町は映姫たちが下した判断が間違いではないということに気づいた。
そして、確かにその任は自分が適任だということも即座に理解した。
長齢とはいえ、伊達に長生きしていたわけではない。
小町は彼女なりに超一流といえるほどの武術を身に着けているし、
その性格から諜報活動が得意な部分があるのだ。だから彼女は納得する。
そしてこの任務の最中は絶対に気が抜けないということも理解した。
「ったく……何が休暇の合間を縫って報告してくれ…だよ。心の休まる暇が無いって」
はぁ…と大きなため息をつく。美鈴は『策士』だ。気を抜けばいつの間にか自分は欺かれ罠にはまるという
事態になるのは眼に見えている。第3者として彼女を関し、調査するには美鈴の『本当』の部分を見なければならない。
「で……もうすぐのはずなんだけどなぁ」
今彼女は永遠亭がある竹林の上空を飛んでいる。
当初紅魔館にいると思い、そこに向かったのだが、生憎美鈴はおらず
咲夜にココに向かったと聞いたため、場所は分かっていた。
「お、あったあった」
小町は眼がいい。だから永遠亭にともっている極僅かな蝋燭の光も逃さなかった。
そこに向かって彼女は飛び始める。
さて、小町が到着する丁度30分くらい前だろうか?
朝日も大分昇った頃、小鳥の鳴き声で鈴仙は眼を覚ます。
時間は……どうやら少し定刻を過ぎてしまっていた。朝飯の時間も近い。
「あれ? 美鈴さんは……」
普段は定刻よりも大分前に起きている彼女が寝坊をするのは久しぶりなことだった。
寝巻きを脱ぎ、普段着に着替えると襖あけて廊下に出る。
「……おはよう」
まるで自分が出るのを待っていたのか、てゐが目の前に立っていた。
声は怒り心頭…と言ったもの。ああ、そういえばてゐにはまだ話してなかったなぁ…と鈴仙は思う。
「ええ、おはよう」
「私が言いたいこと…分かってるよね」
それは勿論美鈴のことだろう。まさか今の今までココに入れまいとがんばっていたというのに
次の日の朝、その怨敵がのうのうと永遠亭内にいて、働いているのだから。
しかも彼女を入れたのは鈴仙だ。てゐは彼女のことを思って行動をしてきたのだから
裏切られたと思っていた。
「どうして? どうして鈴仙はあんなにひどいことをした奴を許せるの?」
本来最も怒るべきなのは鈴仙のはずだ。そんな彼女が、スッキリとした表情で美鈴と会っている。
どうして? 何故? ……てゐにはそれが分からない。
「教えてよ。…私には分からない、私には理解できない。鈴仙も、お師匠様も、姫様も」
「…………」
そう、彼女には分からず、理解できない。何故憎まない、何故怒らない?
何故笑っていられる? 殺されかけたのに、何故だ…何故?
「てゐ……私よりも年上なんだから、きっとすぐに分かるよ」
「……あくまでも、教えてくれないのね?」
「教える必要が無いから……それに、てゐならもう気づいてるかもしれないし」
うすうすながら……てゐには一つだけ答えが見えていた。だが、それを認めるわけにはいかない。
それは最もバカバカしく、常人から見れば阿呆のする事。
そして、鈴仙の言葉はその唯一残っていた考えを肯定するものだった。
「…認めない、そんな答え……」
「認めるも何も、それはあくまでも私の生き方だから。ひどい言い方だけど、てゐが干渉できる範囲じゃない」
「…………」
己の信念を成就するために生まれた『覚悟』ある行動には『後悔』は宿らず、例え死ぬ結果を迎えたとしても
その者は決して悔いずに死ぬ。てゐはこう見えてかなりの年長者だ。
そういった行動をしてきた存在は何度も見てきた。
……そしてそれを自分は嘲笑っていた。何を馬鹿な、命を粗末にするなんて馬鹿のすることだ…と。
かつてそのような質問を何人にしたことか……そして決まってこう返ってきた。『別に構わない』……と。
てゐには理解できない、そんな馬鹿の考えることが。そして…理解したくも無い。
その原理が分かっているからこそ、てゐには分かるのだ。あのときの鈴仙の眼の意味が。
あれはかつて決意をし、それをまさに実行しようとした者の眼だ。『覚悟』ある眼だ。
「私には……『覚悟』して行動したのなら、後悔は生まれない…その理屈はわかるよ。
でも、その結果、死んでも構わない…って言う考え方だけは認めない、認められない」
「…………」
「鈴仙だって、その『覚悟』をして死んでいったものたちだって、大切に思う人たちがいるんだ。
それを遺して…自分の信念を貫き通して死ぬという行為は許せない。
たとえその信念が命を賭して掛けなければならないほど重いものだったとしても……」
てゐは知っている。遺された者たちの心の痛みを、苦痛を、寂しさを、悲しさを。
鈴仙たち『覚悟』のあるものたちはたとえ死んだとしても、それは納得した死なのだから後悔をしないし、
それを悲しく思うことは無い。だが……遺された者たちは違うのだ。
鈴仙とてゐ……このイナバたちはまさに両極端の立場にいる。
いなくなる者の立場にいる鈴仙と、遺される立場のてゐ。両者の考え方に摩擦が生じるのは当たり前なのだ。
てゐは知っている。彼女だけではない、他のイナバたち、そして…師匠である永琳や輝夜の
鈴仙を心配そうに見つめるその表情を。あれを見るたびに、彼女は心を締め付けられる。
もし…あの時あそこで、自分が強引にでも留まり、共に戦っていたら……と。
だが過去は変えられない。だからてゐは苦悩し続けた……鈴仙の意識が覚めるまで。
「何時か……本当に何時かでいい。理解して、てゐ。
あなたも、もしかしたら私と同じ立場に立つことになるのかも知れないんだから」
「…………」
てゐは首を縦には振らない……いや、振れない。鈴仙も、言い聞かせるのは不可能だと感じ取ったのだろう。
話を先に進めることにした。
「ねえ、美鈴さんは何処に?」
「……あっち、薪を割ってる」
てゐはあっさりと答えた。彼女もこれ以上は無駄だと分かっていた。そして……鈴仙はとめられないということも。
だから場所を教えた。
「ありがとう」
「……忘れないで鈴仙。私は、まだ許したわけではない」
「……ええ」
俯きながら言ったてゐの頭をポン、と撫で鈴仙は離れていった。
てゐのいう『許していない』…それが美鈴に向けられたものなのか、自分に向けられたものなのかは分からない。
この問題はあくまでもてゐの問題だ。自分が干渉すべきではない……と鈴仙は理解した。
そして、鈴仙がてゐの視界から消えたところで、彼女は近くにあった柱をこぶしで殴る。
「くそう……」
一体誰に対する言葉なのか……それは、誰にも分からない。
苛立ちをありったけこめての…言葉だった。
美鈴は意外と簡単に見つかった。いや……見つけられない方がおかしいというべきか。
ドン! と地面の揺れる音と、バカン! と何かが割れる音が交互に聞こえてくるのだから、
その音の元をたどったのだ。そして、案の定その音の発生源の裏庭に彼女はいた。
そして、彼女を中心として、丁度正六角形のカタチに丸太が立てられている。
美鈴は目を閉じ、何の構えも無く、ただ気を練っていた。戟も持っていない。
『薪を割っているのではないのか?』 …と鈴仙は思う。実際、美鈴の背後には多量の薪が積み上げられていた。
「ふぅ~~~~」
突然、両手をパシン、と胸の前でたたき、美鈴は大きく深呼吸をする。
鈴仙には分かった。美鈴独特のポーズなのだ、あれは。あそこから彼女は気を練る。
事実、徐々に彼女の体の輪郭に沿って緑色のオーラが表れる。そして次第にそれは収縮していき、
右足のみに集められた。そのためか、右足は暖かい光で輝いている。
「…!」
次の瞬間、美鈴は右足を上に上げると、一気に地面を踏みつけた。
ドォン
爆弾が爆発するような音がし、大地が大きく揺れる。大気が震える。木々が大きくざわめき木の葉が舞う。
丁度周りにある6本の丸太が描く円の中にある落ち葉は破裂した。
そして、丸太は……バカン、と景気のいい音を放ち、全てが縦真っ二つに折れた。
切れ目は丁度美鈴から対角線上にある。
「…………」
鈴仙は言葉を失った。今の光景に、そして美鈴の技に。
「おはようございます。鈴仙さん」
そんな彼女にようやく気づいたのか(もしくは既に気づいていてあえて今声を掛けたのか)
美鈴は散らばった先ほどまで丸太であった薪を集めていく。
「今…のは?」
「震脚ですよ」
3本目の薪を拾い『む…切れ目が荒いですね』などと独り言を言いながら彼女は答える。
「震脚? 今のが?」
「ふふふ、自分が知っているのとは違う…といいたい顔ですね?」
次々と薪を拾いながら美鈴は説明する。
「武術というのは、基本の型は同じものが多いですが、後はココが習得し昇華します。
ですから一つの業にも様々なバリエーションがあるんですよ。今のはその一つ」
「今のが……」
「もっとも、失敗でしたが」
「え?」
薪を薪置き場に置き、彼女はゆっくりと先ほど自分がいた場所を指差す。
そこには脚を下ろしたときにひび割れた地面と、散り散りになっている木の葉があった。
「今の震脚は脚を振り下ろした際、配置してあった目標――今回は丸太――のみを破壊する広域攻撃です。
ですが、見ての通り周囲には破裂した木の葉があります。……これでは失敗です」
「…でも、丸太は破壊できたじゃない」
「結果は。ですが、切り口は雑ですし…何より威力が低いです」
「はあ……でも、バリエーションがあるということは、勿論威力に特化したものがあるんでしょう?」
「ええ、勿論。この技は…訓練ついでです。人生は常に訓練である…という言葉がありますから」
はあ…と鈴仙は軽くため息をつく。相変わらず、というかなんと言うか…掴められない部分がある。
「はぁ…ところで、朝ご飯は食べたの?」
「はい」
そう言って彼女が取り出したのは……干し肉とコッペパン。
「……それ?」
美鈴は頷くと、美味しそうにそれらをほおばる。
「ちょ、ちょっと待って。それって…てゐたちが出したの?」
「はい」
「何で文句とか言わなかったのよ」
「言う必要がありませんから」
そう言ってまたほおばる。鈴仙はすぐさま何か言い返そうとしたが……止めた。
なんとなくだが、美鈴には何を言っても無駄な部分があるということにうすうす気づいてきた。
今回もそう、彼女は謝罪するという名目でココに来ている。つまり、こちらから出された命令には
100%服従という態度をとっている。だから、彼女は与えられた食料を喜んで摂取するのだ。
「鈴仙さんのご飯は既に用意してあると言っていました」
「……そう、分かったわ」
とりあえず、今は朝飯だ。美鈴の扱いはその後考えれば良い。
鈴仙はそう考え、美鈴に別れを告げて館の中に入っていった。
残された美鈴は苦笑いしながら縁側に座り、コッペパンを一口かじる。
うん、味は殆ど無いが…そこらにある無駄な味付けをした菓子パンよりも数倍美味い。
簡素なものほど美味しいとはまさにこのことだな……と思う。
「なんというか……かわいそうな食事だねぇ」
そんなときだ。突然美鈴の真上……屋根の部分から声が掛けられる。
「食事なんて単なる娯楽の一種ですよ……。私は二週間飲まず食わずでも生きれますから。それよりも」
自分の隣に置いてあった戟を手に取り、瞬歩で一気に縁側から離脱。
地面に着地した後、美味く体を入れ替えて、自分が先ほどまでいた縁側の、上を見上げる。
「何者です?」
屋根の上には一人の女性がいた。和風の服に、手には大きな鎌。自分と同じ紅い髪の持ち主のその人は、
笑いながら自分を見下ろしていた。美鈴は戟をそのものに構え、聞いた。
その女性は笑いながら鎌を背中に背負い、ヒョイ、と地面に降りてきた。
「あたいは小野塚小町。小町って呼ばれてる。ただのしがない番頭死神さ」
「……死神?」
「そうさ」
「……死神が一体私に何のようです? 魂を貰いに来た…というわけではないようですね」
小町からは殺気といったものは放たれていない。敵意はないと悟ったのか、戟を下ろす。
「死神にも決まりってのがあってね。好き勝手に魂をもてあそぶのはご法度なんだよ。
基本は自然の摂理に従うこと。あたいらが手を下すとしたら、それこそ自然の摂理から外れた存在に対してさ」
「…………」
「例えば……お前さんがた、人外の存在とかね」
にたり、と小町は笑ってみせる。そのいやな笑みに一瞬美鈴は身構える。
途端、小町は高らかに笑い、言った。
「なに、別に命はとりゃあしないよ。今日はちょっとした仕事でね」
「……仕事?」
「そうさ」
小町は頷くと映姫から告げられた仕事の内容を話し出す。
さすがにストレートに言ってしまうとまずいため、様々な脚色をしてだ。
美鈴に話した内容はこうだ。『幻想郷にいる人外の暮らしをリポートせよ』。
三途の川の向こう側では幻想郷で一体どのような暮らしが行われているかは察せない。
そこで死神を派遣し、幻想郷に住まう人外(吸血鬼、妖怪など)の様子を探ることになった。
つまり誰か一人に暫くの間張り付き、生活を徹底リポートする、というものなのである。
で、今回その輝かしい(?)人外として選ばれたのが美鈴なのだ……。
と、まぁこのように。
「はぁ…」
が、美鈴はそれを信じたようだ。…いや、心のどこかでは疑っているのだろうが、否定する材料が無いため
頷いていることにしているだけなのかもしれない。
「ちなみにそのレポートはこれから先も様々な人たちに対して行う予定なんだ。
つまり、お前さんはその輝かしい第一号ってことだね」
無論、嘘である。調査をするのは美鈴に対してのみなのだから。
「……それは何時から開始するんです?」
「無論、今からさ。ああ……お前さんの状況は知ってるよ…よくね」
「分かっているなら、他をあたったほうがいいと思いますが……あまり良い結果は得られないと思います」
「ま、普通はそう考えるだろうけどさ。上からの命令でね。あたいが逆らうことは出来ないんだよ」
「はぁ……それにもう一つ。私は今謝罪ということでココに滞在しています。
いわば居候のみ。私を取材するというのならば、それこそここの家主の許可が要りますよ」
「それも分かってる。とりあえずはさ、許可を貰いにいくよ」
「はぁ……」
なんとも行き当たりばったりの人だなぁ……と美鈴は思う。
まぁそれがこの小野塚小町の良くも悪くも特徴なのだが。
小町はニカッと笑いながら、美鈴の手を掴むと歩き出す。
「さぁ、行くよ!」
「は? ちょっ、な、何で私も一緒なんですか!?」
「当たり前だろう? この話の中心人物はお前さんなんだから。それにお前さんからも言ってくれないと」
「はぁ」
どうやら何を言っても無駄なようだ。美鈴ははぁっ…とため息をつくと彼女の後についていった。
「了承」
なんというか、気前がいいというか、永琳は一発で受け入れてしまった。
その光景に美鈴はアングリと口をあける。
流石に4000年以上の彼女の歴史の中でもこういった光景は無かったのだろう。放心するのも無理は無かった。
そしてこれは小町も同じだったらしく、同じように驚いた顔をしていた。
「どうしたの?」
「ああ…いや、まさか何の異論もせずに受け入れるとは思わなかったんで」
「閻魔様たちのご命令を受けているのでしょう? あっちも大変なんでしょうね。
私たちが協力しない理由は無いわ。それとも、もしかしてココに世話になることも了承したのを驚いているのかしら?
あらあら、たかが客人の一人や二人、養えないほど私たちの財政は悪くは無くてよ」
どうやらきちんと考えての返答だったらしい、はぁ…と2人は感心する。
「ただし、条件があります」
「何です?」
「知ってのとおり、財政は大丈夫でも、ちょっと人手が足りないの。前に色々とあってね」
そう言って眼だけを動かして美鈴を見る。彼女は居心地悪いのか顔をそらした。
「今彼女にもしてもらってるんだけど、あなたにもココで働いてもらいたいのよ。暫くの間」
「ああ…なんだ、そんなことですか。いいですよ、別に」
「よし、交渉成立ね。とはいえ、あなたは紅さんの監視をしなければならないわけだし……。
そうね、あなたも鈴仙につけます」
「承りました」
「良いんですか? それでは明らかに戦力過多になると思うんですけど」
「ああ見えて、鈴仙はイナバたちのトップよ。彼女のそばに仕えていたほうが色々と命令をこなせるわ」
「そうですか…なら異論はありません」
もともと美鈴にはあれこれ言う権利など存在しない。
だから彼女は下手な反論はせず、頷いた。自分はただの用心棒なのだから。
「では、早速仕事に入ってもらいましょう」
「「はい」」
「あ、紅さんだけは残って頂戴。姫が話をしたいといってたわ」
「……輝夜さんが? わかりました」
一体何のようなのだろうかさっぱり分からないが、とりあえず従っておく。
小町は立ち上がり、一礼すると部屋から出て行った。
◆ ◆
部屋から出た小町は不意に腹の虫がなってしまった。彼女も朝飯は食べていなかったのである。
それを近くにいたイナバに聞かれてしまったため、恥ずかしながら朝飯をご馳走になることになった。
イナバに案内され、連れて行かれたのは鈴仙の部屋。
どうやら自分が美鈴と同じく鈴仙のボディガードの任についたことを聞いていたらしい。
部屋に案内され、中に入る前にイナバから
『鈴仙様をくれぐれもよろしくお願いします』
などといわれてしまった。……どうやら美鈴を警戒してのことのようだ。
あの美鈴を見る限り、鈴仙に対して何もしないと思うのだが……信用されていないようだ。
まぁ、無理も無いが。
「入るよ」
「どうぞ」
イナバと別れた後、中にいる人物に許可を取ってから入る。言うまでもない、鈴仙だ。
「食事はあの子達が持ってきてくれますから、待っていてください」
「わかったよ」
どうやら鈴仙は既に食べ終わったらしく、お盆に乗せられた食器は空になっていた。
食器はかなり多い。どうやらかなり豪華な朝飯のようだ。
「小町さん? また面白いお客様ね」
「まぁね、きちんと理由があるのさ」
食後のお茶を飲んでいた鈴仙は立ち上がり、座布団を用意する。
小町はその上に座った。彼女は鈴仙の脇に置かれている食器を眼にする。
「変かしら?」
「ああ…いや、まさか朝飯からこんなに食べるとは思わなくてね」
「あなたは違うの?」
「そりゃあね、基本おむすびだし、無いときもある。お前さん何時もこんなに食ってるのかい?」
「普段はもっと質素よ。どうもあの子達…なんか張り切ってるみたいで」
「早く良くなってもらいたいんだろうね、その手」
「大分動くんだけどね。まぁ……仕方ないわ」
事情を知っている小町が心配そうに言うと、鈴仙は右手のひらを軽く握り、そして開いてみせる。
とりあえず小町はココに来た経緯、理由を話しておくことにした。
話を聞き終わった鈴仙は苦笑いをする。
「ははは……まさか、そこまで心配されてるとね」
「それだけお前さんが愛されてるって事だよ。いい人たちじゃないか」
「………そうね」
程なくしてイナバが食事を持ってきた。鈴仙と同じでかなり豪華なもの。
食器の装飾を見る限り、どうやら客用のものらしい。
「あー……いいのかい? 食べても」
「食事は食べるためにあるのよ。ほら、どうぞ」
「……すまないね」
すきっ腹にこの豪華な食事はあまりにも刺激が強すぎた。最初は申し訳なさそうに静かに食べていたが
次第に食べる速度が増していく。
「もぐもぐ……うん、美味い。いやはや、凄いな」
「まぁね、紅魔館にも負けないわよ」
「そうだな…もぐもぐ、ところで、美鈴はさっき、コッペパンと干し肉食ってたけど。
あれって彼女の私物かい?」
すると途端に鈴仙の顔が曇った。
「どおったの?」
ご飯をほおばった端を口にくわえながら聞く。
「いいえ、あれが彼女の朝ごはんよ」
「………は?」
思わず箸が手から零れ落ちた。
「干し肉は先日捕まえた動物の。コッペパンは…ほら、美鈴さんが働いている紅魔館って洋風でしょ?
そこを意識してのものらしいけど」
……なんとまぁ…まさに雲泥の差。何処の傭兵の食事だそれは。
「…文句は言わなかったのかい?」
「らしいわね。平然と受け取って、平然と食べてたらしいわ。私が見たときも変な素振りは見せなかったし」
「……一体どんな生活をしてたんだよあいつは」
「さあ……」
そんな話を聞くと小町も罪悪感にとらわれてしまい、手が止まってしまう。
「ああ…食べて食べて。残したらそれこそあの子達が傷つくから」
それを見て慌てて慰める。小町は罰が悪そうに……それでもきちんと全ての飯を平らげたのだった。
それから。食後のお茶を飲み、一息ついた頃……小町は突然話を切り出した。
「さっきあたいはお前さんに、『お前さんは愛されている』って言ったのを覚えてるかい?」
「勿論」
「例え命に代えてもなさなければならない使命は果たした。
でも、その代わり鈴仙という人物を慕っている者たちに対して多大な迷惑を掛けた。
このことについて…どう思った?」
「言いたいことが分からないんだけど」
「やれやれ……『覚悟』を決めて事は成した。しかし、その裏で犯した『罪』について気づいているのかってことだよ」
この『罪』とは遺された者たちに与えてしまった悲しみのことだ。
たとえ自分の信念を果たすために行ったとはいえ、総合的に見ればやはりそれはいいことではない。
表があればうらがあるように、得るものがあれば失うものがあるように
今回彼女は自分の信念を果たせた代わりに、多大な心配を掛けたのだ。特に、てゐを筆頭として。
「…………」
「その顔を見ると、分かってるようだね」
「……ええ。正直、遺された人たちのことを考えると今でもいたたまれなくなるわ。
でも……『覚悟』を決めてことを成す、ということはそれすらも予知しておかなければならないわ。
てゐや師匠たちが心配した…それは事実。それは仕方の無いこと。でも、それを後悔することはしない」
「何故?」
「『覚悟』から生まれた行動には決して後悔は生まれないから」
「でも、失うよ。信頼を」
「それは分かってる。だから願うしかない…遺された者たちが立ち直ることを、成長することを」
「…………」
そう、こればかりはいくら『覚悟』を決めようがどうしようもない。
願うしかないのだ。遺された者たちが最悪の事態を迎えないように、自分を許してくれるように。
「勿論心配かけ、失った信頼は必ず取り戻すわ。今まで以上にがんばって、何時か、きっと」
「…………」
小町はジッと鈴仙を見つめている。まるで心の底を、魂を見透かすかのように。
「……ならいい。得たものの裏で失ったものもある…それに気づいているだけでも十分。
それに、これからの身の振り方もきちんと分かっているようだし、あたいが心配しなくても大丈夫でしょ」
「はぁ…別にあなたに心配されるような筋合いは」
「無い…って言いたいんだろう? ところがどっこい、うちの上司はこういったことに対して凄くうるさい人でねぇ」
「……あ~分かるような気がする」
「わかった?」
「ええ」
映姫の恐ろしさは2人ともよく知っている。こういったゴタゴタには映姫は絶対に口を突っ込むはずだ。
そうなったら最後、何時まで続くか分からない説教が始まるのだ。……それだけは勘弁してもらいたい。
「さて……飯も食ったし、仕事しようか」
「そうね。まずはココの機能について説明するから、それから仕事を始めましょう」
「りょ~かい」
こうして、ひょんなことからココで働くことになった小町の一日が始まる。
そして、暫く続く美鈴の監視および調査の開始となったのだった。
◆ ◆
一方その頃の美鈴。客室で美鈴は相対している輝夜から一身に受ける眼差しにうんざりしていた。
永琳はそんな輝夜のそばに座り、我関せずといった顔つきで事の成り行きを見守っている。
なんというかその……睨みつけるような眼は止めて欲しい。せめて何か言葉を発して欲しかった。
自分から口を開こうにも…この部屋を包んでいる雰囲気に圧倒され言葉をつむげない。
「……あなた」
小町がこの部屋から離れてから実に30分後、ようやく輝夜が口を開く。
「……あなたという人物は一体何者なのかしらね」
と、いきなり意味不明なことを言い出した。
思わず美鈴は脱力する。まるで自分の存在を否定されたかのような言い方だ。
「最初の言葉がそれですか……」
呆れながら美鈴もようやく口を開いた。
「あら、事実じゃない。あなたという本来の存在は何処にあるのやら。
普段表に出ているのはあくまでも偽りの紅美鈴で、あなた本来の自己表現はまずしない」
「それが仕事ですので。門番である以前は『策士』として生きていましたから。
知ってます? 『策士』は常に敵味方を欺ける存在でなければならないんですよ」
「勿論知ってるわ。私も伊達に長年生きているわけではないもの」
「それゆえに常時私は偽ってます」
「そう……それじゃあ問おうかしら本当のあなたは何処にあるの? 一体何処であなたは
『策士』としてではなく、自己を表現するのかしら?」
「……さあ。わかりませんね」
事実だ。長いこと自分を偽り続けてきた美鈴は何時しか、その偽ってきた生き方が本来の自分に上書きされてしまった。
普段出しているポジティブな紅美鈴は『策士』としてのくれない美鈴…つまり虚像。
では、本当の紅美鈴とは……? もはや美鈴にも分からなくなってしまった。
「自己を偽り続けると、いずれ自分自身を見失う……『策士』がよくかかる罠よ。
そして、それにあなたはかかっているようね」
輝夜とてただの引きこもりなわけではない。彼女は彼女なりに物事を達観している。
長年培ってきた経験で観察も出来るのだ。
「そうかもしれませんね……ところで聞きますが、その話を何故今ココで?」
「まだ気づかない?」
輝夜は眉をひそめる。
「あなたは今回ココに謝罪をしに来たと言った。でもそれは果たしてあなたの本心なのかしら?
もしかしたら『策士』…虚像としてのあなたの考えで、上っ面な物なんじゃあないの?」
「何が言いたいんですか?」
「上っ面なものならば、私たちは謝罪してもらわなくてもいい、邪魔なだけよ。
実質永遠亭を仕切っているのはそこにいる永琳。でも忘れないで、ココの本当の主はこの私…。
薄っぺらな自我で判断した謝罪ならば、必要ない。即刻帰ってもらうわ。
昨日の今日でこんなことをいうのは何だけどね」
こう見えて輝夜はきちんとした頭首だ。だから確認せねばならない。
今ここにいる紅美鈴が果たして『本心』から謝罪をしに来ているのかどうか……。
「正直にいいましょう」
暫く時間がたち、まるで室内の時間が止まったのではないか……という頃、美鈴は答える。
「『策士』紅美鈴としての判断ではありません…それは確かです。
先の事件、あれは色々と要因がありましたが、この私が本心から願って起こした事件でもあります。
ですから謝罪をするならば、それは間違いなく本心から願ってのこと。私はそう思ってます」
「…………」
「あなた方がどう思うかは自由です。ですが、私は謝罪すると決めたならばそれを確実に実行します。
もしそれが気に食わないのであれば…遠慮なく煮て食うなり、焼いて食うなりしてください」
心からの断言だった。この謝罪……それは間違いなく美鈴の本心から出るものだ。
本人にはそれが本当なのか虚像なのかは分からないが……もしこれを紫が見ていたら、彼女は間違いなく
そう答えただろう。
そんな美鈴の眼を見ていた輝夜はおもむろに懐から藁でできたツボと
2つの牛の角で出来た正六面体のサイコロを取り出す。
サイコロをつぼの中に入れカラカラと振りながら彼女は続ける。
「……『策士』って言うのはね。大抵が自分の自我を殺して存在しているの。
虚像のあなたがいるのが良い例ね。ただ、その理由は多種多様よ。
策を練るのに邪魔だとか、色々とあるけど…元を辿れば一つにたどり着くの。それは、自分という存在を排除していること。
自分という存在をただの駒(ポーン)の一つとして考えていること。これがどういうことか、分かる?」
「自分自身を策の道具として使わなければ策は成功しない……当たり前です」
「まさにその通り。でも、常人には自分で自分自身を切り離すことなど出来はしない。それはどうしてか分かる?」
「自己保身ですね、仕方ありません」
「そう、仕方ない。…でもそれでは『策士』という存在は矛盾してしまう。では、どうして存在しているのか?
答えは簡単。……『策士』は皆すべからく自分自身を嫌悪している」
これはあくまでも輝夜の推測に過ぎない。だが、彼女はそう確信していた。
「あなたはどうかしら? 紅美鈴、あなたはあなた自身を嫌ってる? それとも好んでいる?」
不意に持っていたツボを頭上高く上げ、逆さにすると、サイコロがツボから零れぬ内に畳の上にたたきつけた。
だが眼はツボを見ていない。一心に美鈴を見ている。
「…………」
「答えなさい」
美鈴は暫く黙っていると……静かに答えた。
「分かりません」
「…………」
「生憎ですが、私は幼少の頃から育ってきた環境が原因である意味『策士』になるべくして育ってきたようなものです。
故にもしかしたら『本来の自分』というものに気づかなかったのかもしれない。
そして、例えそれを知っていたとしても、今の私が私自身に対して好きかどうかという答えは出せません」
「……それがあなたの答え?」
「今は。……唯一つ、ある事柄に対してだけは、自分自身を大いに憎んでいますが」
そのある事柄…という物の詳細は美鈴にしか分からない。…が、輝夜は薄々分かっていた。
以前歴史を読む能力を有する慧音から話は聞いていた。実の妹を失い、自分が人外となった過去の出来事。
おそらく……彼女が未だに自分を憎んでいる過去はそれだろう。
「そう……」
「……聞きたいことはそれだけですか?」
時計をふと見ると、既に大分時間が経っている。勿論、お互いに言葉を発しなかった時間が一番長い。
「そうね……もういいわよ」
輝夜は興味がうせたのか、投げやりに手を振った。美鈴は静かに立ち上がり永琳に一つ会釈をすると
障子を開けて外に出る…が、そこを輝夜が呼び止めた。
「最後に一つ。あなた、丁半って賭博知ってるかしら?」
2つのさいころの目の合計が偶数ならば丁、奇数なら半。
どちらかを当てるだけのゲーム。確立は5割となかなか高い賭博だ。
「少しかじった程度ですが。それよりも、……お姫様が賭博ですか?」
「あら…姫とか関係ないわ。私だって遊戯には興味あるもの。……で、あなたはどっち?」
「……では、そうですね……丁で」
「そう」
もう話す気は無いのか、そこで輝夜は一方的に話をきってしまった。
「あの……答えはどちらで?」
「あら、教えるとは言ってないわ。さっさと仕事に向かいなさい」
「……分かりました」
釈然としなかったが、命令されては仕方ない。美鈴は軽くため息をつくと、部屋から出て行った。
そして、残された2人はというと。
「………なるほど」
輝夜はツボを開け、出た数字を見てニヤリと笑っていた。
「……ピンゾロの丁…ですか。彼女の勝ちですね」
輝夜のそばまで静かに移動してきた永琳が出てきた目を言う。
確かに畳の上には2つのサイコロが1を上に向けていた。
「どうやら…運も良い様ね、紅美鈴は」
「恐れながら、姫…この賭博は確率が5割です。当たる確率は高いかと……」
「何も分かってないのね、永琳。だめじゃない、何年私の従者やってるのかしら」
そう言ってデコピンを食らわせる輝夜。
「も…申し訳ありません、いえ、しかし……」
どうやら永琳には本当に分からないようだ。
「なに、簡単なことよ。丁か半……それは生と死。あの子はそのどちらか一つを選んだ。
この丁……それが生なのか、死なのかは分からないけどね。
少なくともピンゾロなんていう低い確率の目が出たんだもの。運が強いわ、あの子」
「はぁ……」
「まだまだ修行不足ね、永琳。もっと精進なさい」
「わ…分かりました」
……これを霊夢たちが見たらどういうだろうか。
明らかに立場が逆転してしまっている。普段は輝夜は部屋にこもっている。
だから永琳が永遠亭を動かしている。つまり永琳は立派な存在で、しっかりしているというイメージが着いている。
が、これはどうだ? まるで某館のメイド長のような立場の逆転ではないか……。
「それよりも永琳。これからのことだけど」
「あ…はい」
二人きりの時は、よくこのような状態になるのだと…後に永琳は語る。
正直これを見たらフリーズ物だが……面白いといえば面白い。
こうして二人はこれからの永遠亭運営についての話し合いを始めたのだった。
◆ ◆
さあ、これで今回の舞台のお膳立てはほぼ全て整った。後は最後の出演者を出すのみ。
かつてはフランドールが上ったその出演者の座……一体誰が掴むのだろうか。
ココで場面はこの時間帯から更に4日後へと飛ぶ。
花が咲いている。大小様々な、華麗な花が咲いている。そして、それぞれが独特な匂いを放っている。
そんな花が咲いている大きな花畑の中央に……その人、最後の出演者にして今回の主演の一人は眠っていた。
「スースー」
傍らに日傘を置いて静かに眠るその女性……名は風見幽香という。
花を操る能力を有し、一年中花の咲いている場所にいる住所不定の妖怪だ。
巷では彼女もまた『幻想郷最強』の名を持っているのだとか。
「スースー……ん?」
花の匂いに混じって別の臭いがしてきた。……人間の臭いだ。
「クンクン……なんだ、あの子か」
ヤレヤレ……とダルそうに起き上がり、その臭いがある地点を見る。
そこには誰もいない。……いや、空を見上げると、そこからは何やら物体が一つ、飛んでくるのが見えた。
「まぁ……いいか。久しぶりの客だしね」
ウーン…と背伸びをする。背骨がボキボキとなったが気にしない。
その黒い物体……どうやら人間、少女だったようで、その少女は幽香に気づいたのか彼女の元に降り立った。
「あら、いたの」
「酷い言い様ね」
などと、ひどく失礼な物言いをしてきたのは、博麗神社の主、博麗霊夢その人であった。
幽香も彼女のこの言い方には慣れているのか、普通に受け答える。
「で、巫女様が一体何の用かしら?」
「お供えするお花が切れたのよ。だから貰いに来たわけ」
「対価は?」
「……あなた、無一文の巫女から物を取るわけ?」
「…相変わらずの貧乏生活ね……仕方ないわね、ツケにしてあげるわ」
「それはどうも」
「あまり多く抜かないでね。花たちも生きてるんだから」
「分かってるわよ」
もとよりそのつもりだったのか、霊夢はそそくさと花を集めていく。
そんな彼女の背中にふと、あることを思い出した幽香は問う。
「ねえ、あなた。紅美鈴って知ってる?」
「あの門番? 知ってるけど、どうかしたの?」
「あの噂……本当なのかしら」
「噂? ……ああ、本当よ。私、当事者だし」
噂というのは言うまでもない、『紅魔館門番異変』のことだ。
「そういえば、あなた住所不定だからあまりそういった情報って入ってこないのよね」
「そうなのよ。まぁ…仕方ないけど。それにしても……あの門番がねぇ」
「知ってるの?」
「まぁね。昔一度だけ殺りあった事があるわ。強いとは思ってたけど……ふふふ」
不気味な笑みを浮かべる幽香。
「あなた……またなんか悪巧みしてるわけ?」
「またとは失礼ね。……何、ちょっと確かめたいことがあってね」
「確かめたいこと?」
霊夢が聞くと、幽香は地面においていた日傘を持つとこういった。
「ねえ、霊夢。あなた、紫陽花って知ってる?」
紫陽花……該当するものは一つしかない。
「知ってるけど、それがどうかしたの?」
幽香はまたいやな笑みを浮かべていった。
「紫陽花はね、周りの環境によって色が変わるのよ」
「はぁ?」
彼女が何を言っているのかまったく分からない。霊夢は怪訝な顔をする。
「まぁ……それはいいとして。今度、うちで宴会をする事になったんだけど」
が、幽香は性質が悪い妖怪だ。聞いてもあまりいい答えは返ってこない。
霊夢は幽香に背を向け、花を摘む作業を再開し……ふと思い出したように口を開いた。
「どう? 幽香も…」
そこで後ろを向く。
ブワァ
と、一陣の風が吹いた。思わず髪の毛を押さえる。
風で花びらが待ったかと思うと…既にそこには幽香の姿は無かった。
「…………逃げられたか」
何時もそうだった。霊夢は度々幽香を宴会に誘おうとしていた。理由は……幽香が何時も一人だから。
まるで孤独を好み、誰かと群れることを嫌っているかのように。
友人である魔理沙は放っておけといっていた。…が、霊夢はそれが出来ない。
何故だか分からないが、幽香には妙な親近感を覚えるのだ。だから……なんとしても宴会に出席させたかった。
「まったく……頑固な奴」
今回もまた失敗した。霊夢は悪態をつく。何時もそうだ。良い所でうまく逃げられるのである。
悪く言えば、間が悪い。そのため何時も逃げられていた。
だからある意味霊夢はヤケになっている。彼女はあまり神社で宴会を行うのは好まなかったが、
幽香を出席させるということだけは何故か達成しようと努力していた。
果たしてその努力が報われる日が来るのかどうか……それは分からない。
ともあれ、今回述べるのはそんな博麗の巫女の話ではない。あくまでも幽香だ。
もしこの後の話を知っていたならば、ココで霊夢は幽香を追っておくべきだった。
が……このとき、彼女は花を摘むことに専念していたためすっかり忘れてしまっていた。
無論、巫女に未来予知などの能力はない。第一彼女は今回の話には無関係なのだから。
◆ ◆
ふう……悪いね旦那、ちと休ませて貰うわ。久しぶりに長い話をしたもんだから、少し疲れたよ。
続きが気になる? そう急くなって。人生損するよ……って、お前さんはもう死んでるんだっけ。
ん? どうしてあたいが居ない場所の話まであたいが知っているのかって?
そりゃあお前……ココはあの世だよ。閻魔様は全てお見通しなんだよ。
あたいの上司が掴んだ話も込みで話しているからね、間違いは無いよ。
ん? ああ……気づいたかい? 最初に言っていたこと。
そう、旦那の言うとおりさ。この物語はね。
『逃亡』をもっとも忌み嫌う…鈴仙、
自身の性格とそこから生まれた『孤独』と『群れ』という正反対の概念両方を忌み嫌う…幽香、
そして、『信頼』を最も忌み嫌う…美鈴。
この3人がメインのお話さ。あたい? あたいはただの傍観者だよ。
あたいはあくまでも中立さ。中立として見守るだけさ。
気になるかい? この続きが……。
そうだねぇ、この後は色々と面倒なことになるのさ。あたいまで巻き込んでね。
えっと、何処まで話したっけかい? ふむふむ、ああ、そこまでか。よし、じゃあ続きを話そうか。
続く
と、不幸な永遠亭を脳内で見つつ、続き待ってます。
走り出してないみたいなんでこのへんの点数ですいませんが。
始まりがあって終わりが訪れる・・・・
残念な気持ちもありますが
最後まで読まさせて頂きます。
外伝・・・・・
其方の作品も期待して待っています。
いよいよ登場ですね幽香さん、これからどんな展開になるのかかすごく楽しみです。
な に こ の 巨 乳 度
>>「まさにその通り。でも、常人には自分で自分自身を切り離すことなどで気はしない。それはどうしてか分かる?」
で気はしない→出来はしない
かな?
しっかし今回も読む気にさせてくれる文章でなによりです
本当に素晴らしいですね。早く続きが読みたいです。
強いて言うと永遠亭には電気が在るのか少し疑問です。
楽しみにしてます。