「えぇい!いい加減往生しろこの馬鹿殿がぁ!!」
「誰が殿よ!姫よ!ついでに馬鹿じゃないわよ!」
「うっさいしゃべんな!てるよ菌が移る!」
「子供か!いつまでたっても子供か!!ははぁいいですわね!いつまでも精神がおこちゃまで
!!!!」
「やっかましぃ!!くぅぅぅるぁぁぁぁえぇぇぇぇ!!!!!」
「ぬぅぅぁぁぁぁめぇぇぇるぅぅぅぅぬぁぁぁあぁぁ!!!!」
夜空に弾幕が散る。一つ一つが星となり美しく天を覆うのかと思いきやところがどっこい何も
美しくない。弾の配列は乱れ、ただただ殺意のみが先行された、一撃一撃に最悪の殺傷力があ
る弾が乱れ散るのだ。
幻想郷狭しされど多種多様の変人が跋扈する中、この二人ほどえげつなく弾幕を展開させる存
在もいない。
何故かといえば言わずもがな、二人は美しさで競う必要性など微塵もないのだ。微塵といえば、
相手を粉微塵にする事であり、スポーツ感覚の弾幕ごっこはこの二人の戦闘において必要とさ
れていない。
「ぶぇあっ」
「クリティカルヒットー♪妹紅に63453のダメージっ」
「ダメージがインフレ起してるぞ……んぐぐぐ、んごっ」
「うわ、妹紅きもいわ。腕がへしゃげてるじゃない」
「だぁれがやったんだよ。あちちち……」
妹紅は間違った方向に曲がった腕を、聞きたくもない生々しい音を立てて元に戻す。幾ら不死
とはいえ、痛覚は人間並みである故にこれは痛い。
だがしかし、妹紅といえば、笑顔である。
「まだ今日は一回もリザレクションしてないもんねーだ」
「強がりね、もこたん……あれ?」
妹紅も笑顔の筈である。完全に油断していた輝夜の背後からは、妹紅が放った弾が迫っていた。
輝夜は後ろを振り返り、思わず半笑いになって被弾した。
「んごっ」
「んはははははははっ!んごってなんだ、んごって!!くくくくっ!!」
妹紅の弾は輝夜の後頭部を直撃。そのまま羽をもがれた鳥のように落下して行く。
妹紅もここぞとばかりに追い討ちをかけるべく急落下。
―――が、今日はここまでであるらしい。
「こんばんは妹紅」
「永琳。なんだ、今日もお終いか」
頭から地面に突き刺さった輝夜を引き抜いていたのは、永遠亭の月の頭脳八意永琳。何処で始め
て何処で終らせるかなど決めた事のない二人であったが、関係者が介入した場合そこで一端止め
るという風習がついていた。
「んっ、筍より掘り出し難いわ。妹紅手伝って頂戴」
「だはははは!!!はぁ……はいはい、よっと」
妹紅は輝夜の頭の近くで思いっきり足を地面に叩きつける。
ずんっ!と大きな音と共に……旬の輝夜が収穫された。
「今日は私の勝ちだな、輝夜」
「ぺっぺっ……うぅぅ……いいわよ……はいはい負けました……」
「おーし、そろそろ帰るか」
「妹紅、お夕飯はどうするのかしら?」
背を向けた妹紅に永琳が声をかける。
「今日は慧音が鍋だって言ってたから、帰るよ」
「なんだ、食べて行けばいいのに。本当にあのハクタクがお気に入りなのね、妹紅ったら」
「うわ、輝夜にやきもちやかれちゃったよ」
「だだだだ誰誰誰誰がやきもちなんかやくのよ。早く死んでおしまいこの阿呆鳥」
「はいはい、またねー」
よくわからない反応を示す輝夜を放り出し、妹紅は空へと舞う。
「……」
竹林の隙間から覗く夜空へ舞い上がる不死鳥は……心持ち艶やかであったと、輝夜は思った。
「姫様?」
「え、何えーりん?」
「お夕飯にしましょう。今日は唐揚げですわ」
「え?何の?」
「ひ・み・つ♪」
1 ハクタク
「ただいまぁ」
「遅いぞ妹紅。豆腐が硬くなってしまった」
上白沢慧音は眉を寄せて、帰りの遅い妹紅を批難する。いつもの事であるが、これも生真面目
な慧音の性分だ。
「ごめんごめん。ちょっと長引いちゃって。でも今日は勝ったの」
「そうかそうか。よかったよかった。ほら、器を」
妹紅が帰ってくるのを見計らって温めていた為か、タイミングがずれて些か硬めになった豆腐
を妹紅の器に余計に盛る。肉は少なめだ。
「ハリハリ鍋好きなのに……肉……」
「まずはその硬くなった豆腐を処理するように」
「はぁい……」
全面的に妹紅が悪い為反論はしない。そもそも反論するそれ自体が憚られる。流石は先生。
妹紅も完全にその辺りは弁えているらしく、もさもさとスの入った豆腐を頬張る。
「それで、勝ったんだって?」
「ひょうにゃのほ、ひゃったの。ふひひひ」
「口にモノをいれて喋らない」
「んがぐぐ、みじゅ」
「ほら」
「……んふ、そう、そうなの今日は勝った。あいつ馬鹿だからさー、私が仕掛けておいた反射
弾に引っかかって頭ごつーんとやって、んで追い討ちかけようとしたらそこに永琳がきて。ま
ったくタイミングが悪いよ」
「いつも誰かが来ると止めにする習慣があるからか」
「そうなの。でも傑作だったのがさー、輝夜ったら頭から地面に突っ込んで、竹林の一部に…
…ぶぶふふふふ!!」
「妹紅米を撒き散らすな。お百姓さんに申し訳ないだろう」
「ごーめんごめん。そして輝夜ったら……」
いつもの会話。妹紅が幻想郷に現れるようになってから変わらぬ日常だ。
妹紅が今日は勝った今日は負けたと喜怒哀楽交える話を、慧音が受け止め意見する。
妹紅が来てから、慧音の生活は充実していた。昼は寺子屋で子供達に勉学を教え、夜は妹紅と
過ごす。他愛もない日常であるが、慧音には掛け替えのない暮らしだ。
―――しかし何時頃からだろうか。
「ごちそうさま」
「あれ、慧音、あんまり食べてないなぁ」
「作っているときに摘んだんだ。妹紅はお腹が空いているだろうから、残りはどうぞ。もし余
ったなら明日の朝は雑炊にでもしよう」
鍋にいつ摘む隙があるのか。こんな見え透いた嘘を吐くのも、慧音自身不思議である。
「具合でも、悪い?」
「生憎半分人間ではないからな、体は丈夫だよ」
「そっか。じゃあお百姓さんに申し訳ないから、食べるよ。慧音はもうお風呂入って、ゆっく
りするといい。本当に大丈夫?」
「大丈夫だ。妹紅は何も心配する必要はない」
そんな見え透いた嘘でも突っ込まず心配してくれる妹紅に、慧音の心は仄かに温かくなる。
けれど、本当に。本当に何時の頃からだったか。
妹紅から発せられる言葉に含まれる単語が、嫌で仕方がなかった。
「輝夜輝夜、蓬莱山輝夜」
湯船に浸かりながら、その憎憎しい単語を呟く。
正直にいえば、どうして憎憎しいかなど解らない。先ほどの嘘同様、不思議なのである。
嫉妬と言ってしまえば簡単だが、慧音はその感情を多く感じた事もないし、しかもそれ以上の
何かが心の中で蟠っているようにも想えていた。
「妹紅は毎日……輝夜輝夜ばかり……」
どこの誰様でどんな人間なのかは知っているし、面識もある。
ただ恐いのは、あの蓬莱山輝夜と言う「人間」は、どうも表情を表に出さない節があるように
感じていた。あれは、本当の顔などあるのか。あれは、何処までが本気で何処からが冗談なの
か。
蓬莱人。永遠を得た咎人。人間の身にして輪廻転生を真っ向から否定した、生きる罪である。
彼女等は一体、何を思い日々生きているのか。蓬莱山輝夜然り、藤原妹紅然り。
二人人とも全く異なる人間ながら、その深い部分で、人には言い知れぬ、同じようなものを抱
えて生きているのではないだろうか。
「慧音、背中流そっか」
「ん、ごぼごぼごぼ」
「潜水艦ごっこ?」
「誰がイ型だ。誰がUボートだ」
「???」
「おほん。突然入ってきたら驚くだろう。いいから、妹紅は洗い物でもしていてくれ」
「大丈夫、えっちなことしないからぁ」
「えっ……」
「えっ……」
「あいや、うん。いいから、いいから。早く、洗い物」
「はいはい。慧音ってたまになんか変だよねー」
「はやくっ」
「ひーっ」
次の満月時には容赦しない。慧音はそう決めて、再びイ型潜水艦となって沈んでいった。
2 輪廻拒否物理法則拒否倫理拒否
勿論、話を聞くならば気心の知れた妹紅が良い。
とはいえ、本人からしてもナイーブな問題であり、あまり当人には聞きたくない。
何を聞きたいかといえば、ここ暫く抱えている、蓬莱人についてだ。
そして個人的興味と本来の質問を兼ね備えた人間がいる。
蓬莱山輝夜その人に、慧音は聞く事とした。最初は躊躇ったが、躊躇っても解決する問題だと
は、論理的な思考を持つ慧音からすると思えない。
困ったら人に聞くのである。
「あら珍しい、上白沢さん」
「鈴仙。私の事は慧音でいい。それにしても丁度よかった。恥ずかしながら、迷ってしまって」
思い立ったら直ぐ行動。行動するまでは良かったが、いざ竹林に迷い込むと右も左も同じよう
に見えて、結局帰り道すら解らなくなってしまった。妹紅に案内ぐらいさせれば良かったと後
悔したが、変に勘ぐられるのも嫌だったのだ。
「迷ってって……ほら、そこ永遠亭ですよ」
「ほ、本当だ……あぁぁ、このまま竹林で枯れ果てて……」
「び、ビーフジャーキーに……?」
「そうビーフ……じゃあない。違う。親戚だけれど、違う」
「ご、ごめんなさい。それで、永遠亭に何の御用時で?」
「実は、永遠亭の姫君にお目通りさせて頂きたい」
「慧音さんが?はぁ、まぁ大丈夫でしょう。暇でしょうし」
「随分とラフな扱いなのだな……」
「イエ、トンデモナイ。ヒメサマハ、トテモ、エライカタデス」
カクカクして喋り始める鈴仙に連れられ、慧音は永遠亭へと上げられる。
長い長い廊下には、所々に兎がおり、噂通りの兎亭であった。
雅な襖で区切られた場所までつれてこられると、鈴仙はこの中です、と言って消えてしまう。
慧音は些か緊張しながら襖に手を掛け、一言だけ断ってから開け放つ。
「蓬莱山輝夜、いるか?」
「はい、私の勝ちー、永琳10銭よ」
「はいはい……とほほ……絶対妹紅だと思いましたのに……」
二人は優雅とはかけ離れた賭け事をしていた。
「あら珍しい、人里の半獣じゃない」
「上白沢慧音だ。慧音でいい」
「今日はどんな御用かしら?」
「蓬莱山輝夜、貴女に用事がある。少しばかり時間を割いてはもらえないだろうか」
「永琳、下がって」
「はぁ……良いのですか?」
「何を言っているの永琳。予想を外れて悪くなった事なんてないわ。予想外こそ必要なのよ」
「はい、では失礼しますわ」
永琳は静々と頭を下げて退散する。広間に二人だけとなった空間には微妙な空気が流れていた。
慧音といえば、いかめしい顔で緊張しているが、輝夜といえば物凄い笑顔だった。
心情としては、勿論予想外だったからである。
何も変わらない日々が、少し変化する。
それより何より、あの妹紅のお気に入りが単身永遠亭に来たのだ。これほど面白い事も輝夜に
とってそうそう無い出来事だ。
「それで、どんな事?」
「妹紅でも良かったのだが、私自身の興味もあって伺わせてもらった。貴女と妹紅の関係につ
いて、だ」
「やだ、面白すぎる。いいわ、なんでも答えちゃう」
「コホン。大方の関係は勿論此方も理解している。竹取物語は面白い話だ」
「まさに捏造ね。まぁ昔話になっているから歴史はあまり関係ないのだけれど」
「……妹紅自身がどのような経緯でこの幻想郷に現れたのかも、解っている。でも解らない事
もある」
「つまり?」
「蓬莱人。貴女達二人が、何故そこまでムキになって殺しあうのか、だ」
慧音がそこまで話すと、輝夜はなぁんだ、といって興味を失ってしまった。
「そんなつまらない事を聞きに来たの?」
「私も長くは生きているし、これからも長く生きるだろうが……もっと長く生きて、更にこれ
からももっと長く生きるであろう蓬莱人の精神構造が、理解出来ない」
「先生ねぇ。真面目ねぇ。でもまぁ、いいわ。折角来たのだし、教授してあげるわ」
「それは有り難い」
「今、『それは有り難い』と言っている間に、永琳にイタズラしてきたわ」
「???」
「須臾の力。一瞬の時間だけを用いて、別の歴史を作る。それはそれは神にも恐れられるであ
ろう時間を弄繰り回す力だけれど……正直にいえば、あまり面白くはないの。何に使えってい
うのかしらね?常識を超えた、常人では理解出来ない力を持っていても、するのは永琳にイタ
ズラする程度。だからこれは暇つぶしに使うわ」
「??」
「そして私は死なない。死んでも直ぐに元に戻る。私は永遠であるから」
「的を得ない。つまりどういう事なんだ?」
「藤原妹紅は、己が力を何に使っている?」
「死なないのだから、死なない事に」
「誰と戦って?」
「貴女と」
「そう、つまりそういう事なのよ。暇なのよ。永遠に暇なの。長く生きると暇になるの。死と
いう目的がないから、ずっと生きる内に目的を作って達成して、そしてまた暇になり、また目
的を作ってこなし、また暇になる。永遠に暇。ずぅっと暇。勿論それは藤原妹紅も変わらない
わ。ずっと暇だから、暇つぶしを探しているの。そして一番手っ取り早い方法はなんだか解る
かしら?」
「……それが貴女と妹紅が戦う理由であると?」
「そうよ。死なないから死を目的にして戦って、それを達成するの。大それた力なんかもこん
なつまらない事に使いながら、死に向かって戦いを挑んで、失って、挑んで、それを繰り返す
わ。理解の範疇を超えるかしら?」
慧音は……漠然としては理解出来る。
あぁなるほど。これが蓬莱人。
暇で暇で仕方が無いと。暇ならば―――命すら遊び道具にする、そんな種族か、と。
「いや。解った。ではもうひとつだけ聞こう」
「何かしら?」
「命が究極的に軽い貴女達蓬莱人は、他の限りある生命をどのように思うのか」
「あぁ、そういうこと……それはね―――」
3 蓬莱人の夢
「じゃあ今日も輝夜にちょっかい出してくるね」
「あぁ、遅くならないようにな」
「あんまり夜が遅いと……ね?」
「はいはい、ほら、行くといい」
「けーねセンセつめたぁい……ほいじゃっ」
一晩考えた。自分が悩んだところで、誰も何も解決しないが、悩んで誰かに迷惑は掛からない
環境にいる為、一応悩んでみた。
勿論そんな途方も無い、常識も人間の概念も通じない話を完全理解など出来はしないが、ある
程度妥協する形で、理解した。
「行くか」
満月には程遠い弓なりの月を見上げて溜息を吐いたあと、慧音は空へと飛び立つ。
初めて見るものでもない。美しくも無く、ただ当り散らすような弾幕にウンザリして、それ以
来妹紅を迎えに行く時他に、戦地へは赴かないようにしていた。
けれど今日は違う。
あの愚直で頭の悪い弾幕も。
あの卑劣で吐き気を催すような弾幕も。
あの憎悪と嫌悪と様々な感情が入り混じった弾幕も。
―――もしかしたら、今日は違ってみえるかもしれない。
あの時確かに、蓬莱山輝夜は上白沢慧音に言った。
何の曇りもない、あの人を魅了する瞳で。
まるでその瞬間だけ童女になったような素直さで言った。
自分とは異なる、限りある命をどう考えているのか、あの美しい蓬莱人は言ったのだ。
『完全なる死ほど美しいものはないわ。無に帰れるなんて、どれだけ夢に観たか解らない。な
にも感じる事無く、暇を持て余す事無く、輪廻に物理に倫理に沿って、誰にも咎められる事な
く死ぬ。慧音。死は尊いわ。死とは価値観なのよ。半分でも人として生まれた貴女にならわか
るはず。理解しえるはず。死とは生物にとって、最高のご褒美なの。蓬莱人とはね、全てに逆
らった、生物界最低最悪のイキモノなのよ―――』
「輝夜!!!」
「妹紅!!!」
一つの光が夜空を発光させた。それはじゃれ合うように落ちて行き、やがて二手に分かれる。
続くのは満天の星空だ。気が狂いそうなほどの数、脳が蒸発しそうなまでの高速弾。
その合間を縫い、再び二人は逢瀬を重ねる。
まるで天の川だ。
激突、衝突、ありとあらゆる手段を用いて、相手を殺害しようとしている二人は、吐き気がす
る高速度で何度も同じ事を繰り返す。
「とったぁぁぁ!!!!」
うら若き乙女の声を模した、蓬莱の姫の雄たけび。
澄んで通る声は、竹林に佇む慧音にまで届いた。
その声が空間に掻き消えると同時に、慧音の元まで何かが飛んで来る。
「脚か……ズボンを縫い直してやらんと……」
妹紅の脚を拾い上げ、溜息を吐き、また空を見上げる。
「お前は!お前は本当に愛しい奴だよ!!蓬莱山輝夜!!!」
「く、くはは。えぇそうね。命を賭けても意味が無いのに、最大の掛け金は命だけ。何度も何
度も繰り返し繰り返し。自分がド阿呆だと痛感するわ!!」
「やぁっと認めたかっ」
「それにね妹紅!!気が触れてしまうほどの痛みも、今は快感なのよ!そしてそんな狂おしい
痛みを与えてくれるのは、藤原妹紅、貴女だけよ!!」
スペルカードルールに則らない殺し合い。
瞬く星の光の下、不死と永遠が飛び交う。
「これは……」
弾幕の美しさは非ずとも、生命を燃やすその火花は息を飲む美しさであり、それでいて陳腐で
あり、滑稽。
前衛芸術的価値観の下で、二人は殺し逢う。
「そうか……そうだな、妹紅」
二人とも、きっと気がとっくに触れているのだ。
でなければ、こんな禍々しく気の違った争いなどする筈も無い。
しかしなおその二人が放つ光を美しいと思う慧音は、きっと自分も蓬莱に魅入られているのだ
と、実感する。
「んぬぅぅうりゃああぁぁ!!!!」
「てぇぇぇぇぇぇぇい!!!!」
もう何度目なのだろう。慧音は数えてなどいなかった。数合目で数えるのを止めた。
けれど今日は、これでお終いらしい。
「え、ちょ、うわっ!」
「かぐやんぱーーーんち☆ミ」
「あべし」
名前を幾ら偽ろうとも、人なら頭が吹っ飛ぶ勢いの拳が妹紅に直撃する。
今日は妹紅の負けである。
「二人とも、それまで!!!」
慧音が声を張り上げた。取って置きの一撃をぶちかまそうと満面の笑みを称えていた輝夜がピ
タリと停止し、妹紅はひん曲がった首を元に戻している最中であった為、そのままだ。
二人は案外素直であるらしく、その声に応じて、慧音の元へ降りてくる。
「慧音……?」
「あら、今日はえーりんじゃないのね」
「たまたまだ、たまたま。今日はもうそれで終わりだぞ」
「えー。これから妹紅がハラワタぶちまけるところだったのに……」
「輝夜、お前私が一番嫌がるやつしようとしてたのか」
妹紅は首の骨を整えて、慧音から脚を受け取る。
なんとも滑稽なもので、それは直ぐに元に戻った。
「半泣きで痛がるもこたんって可愛いのよ?知ってたかしら、慧音?」
「し、知りたくも無い」
「生命活動停止して人形みたくなった輝夜も面白いよ」
「ぜ、絶対みたくない……」
「まぁいいわ。また今度。お腹空いちゃったわ。そうだ、二人とも食べて行く?」
「慧音、ご飯は?」
「今日は此方に来ていたから、用意はない」
「じゃあ決まりね。二名様ごあいなぁい♪」
先ほどまでの殺意は何処へいったのか。蓬莱山輝夜は美しい黒髪を揺らして、女給のような仕
草で二人を導いて行く。
永遠の姫。命を尊いと語った蓬莱人。
慧音は漠然と思った。関係ないが、意外とそういうお店なら働けるんじゃないだろうかと。
4 新たな暇つぶし
「二人とも、はい、ワラビ餅」
「なんだ輝夜、気が利くじゃない」
「今日は気分がいいのよ、私」
夕食も済み、今日は永遠亭にご厄介になろうと決めた後。永遠亭の縁側で夜空を眺めていた二
人に、輝夜が介入した。
「もきゅもきゅもきゅ」
「妹紅、キナコが口についている」
「ひゃってこれおいひいんらもん」
「逃げたりはしないから。ゆっくり食べなさい」
「ふぁい」
「慧音はまるで妹紅のお母さんね」
自覚があるのかないのか、慧音は顔を真っ赤にして俯く。
輝夜が慧音を見る目は……些かばかり、熱い。
「な、なんだ。蓬莱山輝夜」
「姫様も堅苦しいし、フルネームも嫌ね。かぐやちゃん☆ミって呼んで頂戴」
「断る」
「そう。いいけれど」
「あー、輝夜きもちわりーなぁ。慧音に何仕込む気だ?」
「慧音って、面白いわね」
「そりゃあもう。慧音は頭が良いしいい子だし可愛いし意外と大胆だし」
「そうなの?」
「いや、あの……だから……な、なんだというんだ。二人して」
輝夜は慧音の隣りに座り込み、顔を覗き込むようにする。訝りながらも、なまじ綺麗な顔立ち
に、慧音は目をあわせられずに背けた。
「ひょ、ひょぅっと?ひゃぐや?」
妹紅が焦りだす……が、しかし。食い意地が張ったばかりに……。
「んがぐぐ、みじゅぅぅ……」
行動は出来なかった。
「慧音。貴女は私に蓬莱人とは何者か、と問うたわね?」
「そうだが……輝夜、顔が近い……その、恥ずかしい」
「蓬莱人はね、最低最悪の存在であり、世界最強の暇人なのよ」
「それは、知っている。貴女に教えられた通りの事だろう?」
「そして暇人は目的を見つけ、それをこなし、また目的を見つけるのよ」
「だからなんだ―――」
いい加減にしろ、と。
―――言いかけた口は完全に塞がれた。
あまりの衝撃に、慧音は目を見開いたまま停止してしまう。隣りで咽ながら見ていた妹紅も、
完全なまでに時間が停止して灰色と成り果てていた。
慧音の頭が混乱する。
「んっ……ぷはっ!ほほほほ、蓬莱山輝夜、貴様……!!」
「くく、あはははははは!!!貴女興奮するとおたふくみたいに真っ赤になるのね!あははは
ははははっ!!!」
輝夜は逃げるように夜空へと舞い上がる。あまりに馬鹿げた事に、慧音は尻込みしてしまって
いた。
これもまた、暇つぶしの一環であるとでも言うのだろうか?
「慧音、貴女を見る妹紅の目って気にした事がある?」
「くぅ……何が言いたい!?」
「貴女と一緒だとね、妹紅も面白いのよ。そして貴女も面白いの。どう?私の暇つぶしに付き
合う気はない?」
「誰が!」
「勝敗は一つ、貴女を手に入れたほうが勝ち。妹紅?それでいいかしら?」
「………」
妹紅は止まっている。本当に衝撃だったのだろう。
「ま。許可取らずとも勝手にしてしまうからいいわっ」
狂女が空へと舞い上がる。
妹紅にしか許した事がないようなものを奪った女は、月の光を受けながら笑う。
「へんなのに目をつけられてしまったものだ……妹紅、妹紅起きろ」
「…………こ、粉微塵にしてやる……私のけーねを……よくも……」
「いや、別に妹紅のものという訳でもない気がしないでもないのだが」
「くそう……慧音ぇ……見捨てないでぇ……」
「お、おおよしよし……」
「ふぇぇぇん……帰る!永遠亭もうこない!」
「帰るのか?そうだな、このままだと貞操が危なそうだし、帰るか」
「慧音がとられちゃうぅぅぅ……」
慧音は、本日何度目かも忘れてしまった、深い深い溜息を吐いた。
何故こんな事になってしまったのか。
問うまでもない。
自分から、蓬莱山輝夜の元へ赴いてしまったのが、全ての原因だ。
己の行動を恥じる。蓬莱人を真っ当な人間として受け止めていた事自体全部間違いだった。
あれは紛う事無く狂女である。永遠など得た時点から、全部人間としての真っ当な考えが抜け
落ちているのだ。
普段、何もかも詰まらなそうにしているくせに。
自分から、新たな目的を与えてしまった。
「はぁ……」
慧音は、深い深い深い、溜息を吐いた。
「ねぇ慧音……す、捨てないで……」
「解ってる、解ってるから……大丈夫だ妹紅。私は、お前が好きだから」
「本当?どどど、どのくらい?」
「そうだな―――」
死ぬまで愛している。
その言葉は、フラッシュバックする蓬莱山輝夜の笑顔と共に、流れて、消えた。
そもそもの話―――。
蓬莱山輝夜が狂女ならば。
藤原妹紅は―――どうなのだろうか?
日々を暮らす、愛しき同居人は、どこまで正常なのか?
どこまで狂っているのか。
慧音がずっと考えずに仕舞い込んでいたもの。
普通に考えればそうなのだ。
人間如きの精神が、数百年数千年と、経年劣化に耐えうる筈など、ないのだから。
慧音が初めて抱いた―――藤原妹紅への疑念である。
「妹紅」
「うん?」
「私は―――」
(そう、違う。これは違う)
蓬莱山輝夜の笑顔を振り払う。きっと須臾の力でも使って、深層意識化に刷り込んでいるに違い
ない。
これは嘘。たった一度のキス程度で、妹紅への愛が変わるはずなどない。
(あの狂女め……)
当然だ。
慧音は馬鹿らしい、と吐き捨てる。
疑念など今更だ。可笑しいと思うなら、幻想郷が始まった頃から可笑しいのだ。
愛した人が狂っていようと、何の問題もない。疑念ならば疑念で、愛のうちにでもしてしまえば
よい。
それでいい。
「私は、例えお前が狂っていても、愛しているから、妹紅」
「うん、うん。慧音、慧音」
「なんだ?」
妹紅が慧音の口を拭いさり、まるで上書きするようにして、唇を合わせた。
「慧音」
「も、妹紅?」
「今晩は、うんとがんばっちゃう」
「は、はぁ……」
長い人生、狂った愛もまた、暇つぶしになるかもしれない。
―――自分は、そんな狂った人間の狂った愛の中、狂った永遠の糧になろう。
end
「誰が殿よ!姫よ!ついでに馬鹿じゃないわよ!」
「うっさいしゃべんな!てるよ菌が移る!」
「子供か!いつまでたっても子供か!!ははぁいいですわね!いつまでも精神がおこちゃまで
!!!!」
「やっかましぃ!!くぅぅぅるぁぁぁぁえぇぇぇぇ!!!!!」
「ぬぅぅぁぁぁぁめぇぇぇるぅぅぅぅぬぁぁぁあぁぁ!!!!」
夜空に弾幕が散る。一つ一つが星となり美しく天を覆うのかと思いきやところがどっこい何も
美しくない。弾の配列は乱れ、ただただ殺意のみが先行された、一撃一撃に最悪の殺傷力があ
る弾が乱れ散るのだ。
幻想郷狭しされど多種多様の変人が跋扈する中、この二人ほどえげつなく弾幕を展開させる存
在もいない。
何故かといえば言わずもがな、二人は美しさで競う必要性など微塵もないのだ。微塵といえば、
相手を粉微塵にする事であり、スポーツ感覚の弾幕ごっこはこの二人の戦闘において必要とさ
れていない。
「ぶぇあっ」
「クリティカルヒットー♪妹紅に63453のダメージっ」
「ダメージがインフレ起してるぞ……んぐぐぐ、んごっ」
「うわ、妹紅きもいわ。腕がへしゃげてるじゃない」
「だぁれがやったんだよ。あちちち……」
妹紅は間違った方向に曲がった腕を、聞きたくもない生々しい音を立てて元に戻す。幾ら不死
とはいえ、痛覚は人間並みである故にこれは痛い。
だがしかし、妹紅といえば、笑顔である。
「まだ今日は一回もリザレクションしてないもんねーだ」
「強がりね、もこたん……あれ?」
妹紅も笑顔の筈である。完全に油断していた輝夜の背後からは、妹紅が放った弾が迫っていた。
輝夜は後ろを振り返り、思わず半笑いになって被弾した。
「んごっ」
「んはははははははっ!んごってなんだ、んごって!!くくくくっ!!」
妹紅の弾は輝夜の後頭部を直撃。そのまま羽をもがれた鳥のように落下して行く。
妹紅もここぞとばかりに追い討ちをかけるべく急落下。
―――が、今日はここまでであるらしい。
「こんばんは妹紅」
「永琳。なんだ、今日もお終いか」
頭から地面に突き刺さった輝夜を引き抜いていたのは、永遠亭の月の頭脳八意永琳。何処で始め
て何処で終らせるかなど決めた事のない二人であったが、関係者が介入した場合そこで一端止め
るという風習がついていた。
「んっ、筍より掘り出し難いわ。妹紅手伝って頂戴」
「だはははは!!!はぁ……はいはい、よっと」
妹紅は輝夜の頭の近くで思いっきり足を地面に叩きつける。
ずんっ!と大きな音と共に……旬の輝夜が収穫された。
「今日は私の勝ちだな、輝夜」
「ぺっぺっ……うぅぅ……いいわよ……はいはい負けました……」
「おーし、そろそろ帰るか」
「妹紅、お夕飯はどうするのかしら?」
背を向けた妹紅に永琳が声をかける。
「今日は慧音が鍋だって言ってたから、帰るよ」
「なんだ、食べて行けばいいのに。本当にあのハクタクがお気に入りなのね、妹紅ったら」
「うわ、輝夜にやきもちやかれちゃったよ」
「だだだだ誰誰誰誰がやきもちなんかやくのよ。早く死んでおしまいこの阿呆鳥」
「はいはい、またねー」
よくわからない反応を示す輝夜を放り出し、妹紅は空へと舞う。
「……」
竹林の隙間から覗く夜空へ舞い上がる不死鳥は……心持ち艶やかであったと、輝夜は思った。
「姫様?」
「え、何えーりん?」
「お夕飯にしましょう。今日は唐揚げですわ」
「え?何の?」
「ひ・み・つ♪」
1 ハクタク
「ただいまぁ」
「遅いぞ妹紅。豆腐が硬くなってしまった」
上白沢慧音は眉を寄せて、帰りの遅い妹紅を批難する。いつもの事であるが、これも生真面目
な慧音の性分だ。
「ごめんごめん。ちょっと長引いちゃって。でも今日は勝ったの」
「そうかそうか。よかったよかった。ほら、器を」
妹紅が帰ってくるのを見計らって温めていた為か、タイミングがずれて些か硬めになった豆腐
を妹紅の器に余計に盛る。肉は少なめだ。
「ハリハリ鍋好きなのに……肉……」
「まずはその硬くなった豆腐を処理するように」
「はぁい……」
全面的に妹紅が悪い為反論はしない。そもそも反論するそれ自体が憚られる。流石は先生。
妹紅も完全にその辺りは弁えているらしく、もさもさとスの入った豆腐を頬張る。
「それで、勝ったんだって?」
「ひょうにゃのほ、ひゃったの。ふひひひ」
「口にモノをいれて喋らない」
「んがぐぐ、みじゅ」
「ほら」
「……んふ、そう、そうなの今日は勝った。あいつ馬鹿だからさー、私が仕掛けておいた反射
弾に引っかかって頭ごつーんとやって、んで追い討ちかけようとしたらそこに永琳がきて。ま
ったくタイミングが悪いよ」
「いつも誰かが来ると止めにする習慣があるからか」
「そうなの。でも傑作だったのがさー、輝夜ったら頭から地面に突っ込んで、竹林の一部に…
…ぶぶふふふふ!!」
「妹紅米を撒き散らすな。お百姓さんに申し訳ないだろう」
「ごーめんごめん。そして輝夜ったら……」
いつもの会話。妹紅が幻想郷に現れるようになってから変わらぬ日常だ。
妹紅が今日は勝った今日は負けたと喜怒哀楽交える話を、慧音が受け止め意見する。
妹紅が来てから、慧音の生活は充実していた。昼は寺子屋で子供達に勉学を教え、夜は妹紅と
過ごす。他愛もない日常であるが、慧音には掛け替えのない暮らしだ。
―――しかし何時頃からだろうか。
「ごちそうさま」
「あれ、慧音、あんまり食べてないなぁ」
「作っているときに摘んだんだ。妹紅はお腹が空いているだろうから、残りはどうぞ。もし余
ったなら明日の朝は雑炊にでもしよう」
鍋にいつ摘む隙があるのか。こんな見え透いた嘘を吐くのも、慧音自身不思議である。
「具合でも、悪い?」
「生憎半分人間ではないからな、体は丈夫だよ」
「そっか。じゃあお百姓さんに申し訳ないから、食べるよ。慧音はもうお風呂入って、ゆっく
りするといい。本当に大丈夫?」
「大丈夫だ。妹紅は何も心配する必要はない」
そんな見え透いた嘘でも突っ込まず心配してくれる妹紅に、慧音の心は仄かに温かくなる。
けれど、本当に。本当に何時の頃からだったか。
妹紅から発せられる言葉に含まれる単語が、嫌で仕方がなかった。
「輝夜輝夜、蓬莱山輝夜」
湯船に浸かりながら、その憎憎しい単語を呟く。
正直にいえば、どうして憎憎しいかなど解らない。先ほどの嘘同様、不思議なのである。
嫉妬と言ってしまえば簡単だが、慧音はその感情を多く感じた事もないし、しかもそれ以上の
何かが心の中で蟠っているようにも想えていた。
「妹紅は毎日……輝夜輝夜ばかり……」
どこの誰様でどんな人間なのかは知っているし、面識もある。
ただ恐いのは、あの蓬莱山輝夜と言う「人間」は、どうも表情を表に出さない節があるように
感じていた。あれは、本当の顔などあるのか。あれは、何処までが本気で何処からが冗談なの
か。
蓬莱人。永遠を得た咎人。人間の身にして輪廻転生を真っ向から否定した、生きる罪である。
彼女等は一体、何を思い日々生きているのか。蓬莱山輝夜然り、藤原妹紅然り。
二人人とも全く異なる人間ながら、その深い部分で、人には言い知れぬ、同じようなものを抱
えて生きているのではないだろうか。
「慧音、背中流そっか」
「ん、ごぼごぼごぼ」
「潜水艦ごっこ?」
「誰がイ型だ。誰がUボートだ」
「???」
「おほん。突然入ってきたら驚くだろう。いいから、妹紅は洗い物でもしていてくれ」
「大丈夫、えっちなことしないからぁ」
「えっ……」
「えっ……」
「あいや、うん。いいから、いいから。早く、洗い物」
「はいはい。慧音ってたまになんか変だよねー」
「はやくっ」
「ひーっ」
次の満月時には容赦しない。慧音はそう決めて、再びイ型潜水艦となって沈んでいった。
2 輪廻拒否物理法則拒否倫理拒否
勿論、話を聞くならば気心の知れた妹紅が良い。
とはいえ、本人からしてもナイーブな問題であり、あまり当人には聞きたくない。
何を聞きたいかといえば、ここ暫く抱えている、蓬莱人についてだ。
そして個人的興味と本来の質問を兼ね備えた人間がいる。
蓬莱山輝夜その人に、慧音は聞く事とした。最初は躊躇ったが、躊躇っても解決する問題だと
は、論理的な思考を持つ慧音からすると思えない。
困ったら人に聞くのである。
「あら珍しい、上白沢さん」
「鈴仙。私の事は慧音でいい。それにしても丁度よかった。恥ずかしながら、迷ってしまって」
思い立ったら直ぐ行動。行動するまでは良かったが、いざ竹林に迷い込むと右も左も同じよう
に見えて、結局帰り道すら解らなくなってしまった。妹紅に案内ぐらいさせれば良かったと後
悔したが、変に勘ぐられるのも嫌だったのだ。
「迷ってって……ほら、そこ永遠亭ですよ」
「ほ、本当だ……あぁぁ、このまま竹林で枯れ果てて……」
「び、ビーフジャーキーに……?」
「そうビーフ……じゃあない。違う。親戚だけれど、違う」
「ご、ごめんなさい。それで、永遠亭に何の御用時で?」
「実は、永遠亭の姫君にお目通りさせて頂きたい」
「慧音さんが?はぁ、まぁ大丈夫でしょう。暇でしょうし」
「随分とラフな扱いなのだな……」
「イエ、トンデモナイ。ヒメサマハ、トテモ、エライカタデス」
カクカクして喋り始める鈴仙に連れられ、慧音は永遠亭へと上げられる。
長い長い廊下には、所々に兎がおり、噂通りの兎亭であった。
雅な襖で区切られた場所までつれてこられると、鈴仙はこの中です、と言って消えてしまう。
慧音は些か緊張しながら襖に手を掛け、一言だけ断ってから開け放つ。
「蓬莱山輝夜、いるか?」
「はい、私の勝ちー、永琳10銭よ」
「はいはい……とほほ……絶対妹紅だと思いましたのに……」
二人は優雅とはかけ離れた賭け事をしていた。
「あら珍しい、人里の半獣じゃない」
「上白沢慧音だ。慧音でいい」
「今日はどんな御用かしら?」
「蓬莱山輝夜、貴女に用事がある。少しばかり時間を割いてはもらえないだろうか」
「永琳、下がって」
「はぁ……良いのですか?」
「何を言っているの永琳。予想を外れて悪くなった事なんてないわ。予想外こそ必要なのよ」
「はい、では失礼しますわ」
永琳は静々と頭を下げて退散する。広間に二人だけとなった空間には微妙な空気が流れていた。
慧音といえば、いかめしい顔で緊張しているが、輝夜といえば物凄い笑顔だった。
心情としては、勿論予想外だったからである。
何も変わらない日々が、少し変化する。
それより何より、あの妹紅のお気に入りが単身永遠亭に来たのだ。これほど面白い事も輝夜に
とってそうそう無い出来事だ。
「それで、どんな事?」
「妹紅でも良かったのだが、私自身の興味もあって伺わせてもらった。貴女と妹紅の関係につ
いて、だ」
「やだ、面白すぎる。いいわ、なんでも答えちゃう」
「コホン。大方の関係は勿論此方も理解している。竹取物語は面白い話だ」
「まさに捏造ね。まぁ昔話になっているから歴史はあまり関係ないのだけれど」
「……妹紅自身がどのような経緯でこの幻想郷に現れたのかも、解っている。でも解らない事
もある」
「つまり?」
「蓬莱人。貴女達二人が、何故そこまでムキになって殺しあうのか、だ」
慧音がそこまで話すと、輝夜はなぁんだ、といって興味を失ってしまった。
「そんなつまらない事を聞きに来たの?」
「私も長くは生きているし、これからも長く生きるだろうが……もっと長く生きて、更にこれ
からももっと長く生きるであろう蓬莱人の精神構造が、理解出来ない」
「先生ねぇ。真面目ねぇ。でもまぁ、いいわ。折角来たのだし、教授してあげるわ」
「それは有り難い」
「今、『それは有り難い』と言っている間に、永琳にイタズラしてきたわ」
「???」
「須臾の力。一瞬の時間だけを用いて、別の歴史を作る。それはそれは神にも恐れられるであ
ろう時間を弄繰り回す力だけれど……正直にいえば、あまり面白くはないの。何に使えってい
うのかしらね?常識を超えた、常人では理解出来ない力を持っていても、するのは永琳にイタ
ズラする程度。だからこれは暇つぶしに使うわ」
「??」
「そして私は死なない。死んでも直ぐに元に戻る。私は永遠であるから」
「的を得ない。つまりどういう事なんだ?」
「藤原妹紅は、己が力を何に使っている?」
「死なないのだから、死なない事に」
「誰と戦って?」
「貴女と」
「そう、つまりそういう事なのよ。暇なのよ。永遠に暇なの。長く生きると暇になるの。死と
いう目的がないから、ずっと生きる内に目的を作って達成して、そしてまた暇になり、また目
的を作ってこなし、また暇になる。永遠に暇。ずぅっと暇。勿論それは藤原妹紅も変わらない
わ。ずっと暇だから、暇つぶしを探しているの。そして一番手っ取り早い方法はなんだか解る
かしら?」
「……それが貴女と妹紅が戦う理由であると?」
「そうよ。死なないから死を目的にして戦って、それを達成するの。大それた力なんかもこん
なつまらない事に使いながら、死に向かって戦いを挑んで、失って、挑んで、それを繰り返す
わ。理解の範疇を超えるかしら?」
慧音は……漠然としては理解出来る。
あぁなるほど。これが蓬莱人。
暇で暇で仕方が無いと。暇ならば―――命すら遊び道具にする、そんな種族か、と。
「いや。解った。ではもうひとつだけ聞こう」
「何かしら?」
「命が究極的に軽い貴女達蓬莱人は、他の限りある生命をどのように思うのか」
「あぁ、そういうこと……それはね―――」
3 蓬莱人の夢
「じゃあ今日も輝夜にちょっかい出してくるね」
「あぁ、遅くならないようにな」
「あんまり夜が遅いと……ね?」
「はいはい、ほら、行くといい」
「けーねセンセつめたぁい……ほいじゃっ」
一晩考えた。自分が悩んだところで、誰も何も解決しないが、悩んで誰かに迷惑は掛からない
環境にいる為、一応悩んでみた。
勿論そんな途方も無い、常識も人間の概念も通じない話を完全理解など出来はしないが、ある
程度妥協する形で、理解した。
「行くか」
満月には程遠い弓なりの月を見上げて溜息を吐いたあと、慧音は空へと飛び立つ。
初めて見るものでもない。美しくも無く、ただ当り散らすような弾幕にウンザリして、それ以
来妹紅を迎えに行く時他に、戦地へは赴かないようにしていた。
けれど今日は違う。
あの愚直で頭の悪い弾幕も。
あの卑劣で吐き気を催すような弾幕も。
あの憎悪と嫌悪と様々な感情が入り混じった弾幕も。
―――もしかしたら、今日は違ってみえるかもしれない。
あの時確かに、蓬莱山輝夜は上白沢慧音に言った。
何の曇りもない、あの人を魅了する瞳で。
まるでその瞬間だけ童女になったような素直さで言った。
自分とは異なる、限りある命をどう考えているのか、あの美しい蓬莱人は言ったのだ。
『完全なる死ほど美しいものはないわ。無に帰れるなんて、どれだけ夢に観たか解らない。な
にも感じる事無く、暇を持て余す事無く、輪廻に物理に倫理に沿って、誰にも咎められる事な
く死ぬ。慧音。死は尊いわ。死とは価値観なのよ。半分でも人として生まれた貴女にならわか
るはず。理解しえるはず。死とは生物にとって、最高のご褒美なの。蓬莱人とはね、全てに逆
らった、生物界最低最悪のイキモノなのよ―――』
「輝夜!!!」
「妹紅!!!」
一つの光が夜空を発光させた。それはじゃれ合うように落ちて行き、やがて二手に分かれる。
続くのは満天の星空だ。気が狂いそうなほどの数、脳が蒸発しそうなまでの高速弾。
その合間を縫い、再び二人は逢瀬を重ねる。
まるで天の川だ。
激突、衝突、ありとあらゆる手段を用いて、相手を殺害しようとしている二人は、吐き気がす
る高速度で何度も同じ事を繰り返す。
「とったぁぁぁ!!!!」
うら若き乙女の声を模した、蓬莱の姫の雄たけび。
澄んで通る声は、竹林に佇む慧音にまで届いた。
その声が空間に掻き消えると同時に、慧音の元まで何かが飛んで来る。
「脚か……ズボンを縫い直してやらんと……」
妹紅の脚を拾い上げ、溜息を吐き、また空を見上げる。
「お前は!お前は本当に愛しい奴だよ!!蓬莱山輝夜!!!」
「く、くはは。えぇそうね。命を賭けても意味が無いのに、最大の掛け金は命だけ。何度も何
度も繰り返し繰り返し。自分がド阿呆だと痛感するわ!!」
「やぁっと認めたかっ」
「それにね妹紅!!気が触れてしまうほどの痛みも、今は快感なのよ!そしてそんな狂おしい
痛みを与えてくれるのは、藤原妹紅、貴女だけよ!!」
スペルカードルールに則らない殺し合い。
瞬く星の光の下、不死と永遠が飛び交う。
「これは……」
弾幕の美しさは非ずとも、生命を燃やすその火花は息を飲む美しさであり、それでいて陳腐で
あり、滑稽。
前衛芸術的価値観の下で、二人は殺し逢う。
「そうか……そうだな、妹紅」
二人とも、きっと気がとっくに触れているのだ。
でなければ、こんな禍々しく気の違った争いなどする筈も無い。
しかしなおその二人が放つ光を美しいと思う慧音は、きっと自分も蓬莱に魅入られているのだ
と、実感する。
「んぬぅぅうりゃああぁぁ!!!!」
「てぇぇぇぇぇぇぇい!!!!」
もう何度目なのだろう。慧音は数えてなどいなかった。数合目で数えるのを止めた。
けれど今日は、これでお終いらしい。
「え、ちょ、うわっ!」
「かぐやんぱーーーんち☆ミ」
「あべし」
名前を幾ら偽ろうとも、人なら頭が吹っ飛ぶ勢いの拳が妹紅に直撃する。
今日は妹紅の負けである。
「二人とも、それまで!!!」
慧音が声を張り上げた。取って置きの一撃をぶちかまそうと満面の笑みを称えていた輝夜がピ
タリと停止し、妹紅はひん曲がった首を元に戻している最中であった為、そのままだ。
二人は案外素直であるらしく、その声に応じて、慧音の元へ降りてくる。
「慧音……?」
「あら、今日はえーりんじゃないのね」
「たまたまだ、たまたま。今日はもうそれで終わりだぞ」
「えー。これから妹紅がハラワタぶちまけるところだったのに……」
「輝夜、お前私が一番嫌がるやつしようとしてたのか」
妹紅は首の骨を整えて、慧音から脚を受け取る。
なんとも滑稽なもので、それは直ぐに元に戻った。
「半泣きで痛がるもこたんって可愛いのよ?知ってたかしら、慧音?」
「し、知りたくも無い」
「生命活動停止して人形みたくなった輝夜も面白いよ」
「ぜ、絶対みたくない……」
「まぁいいわ。また今度。お腹空いちゃったわ。そうだ、二人とも食べて行く?」
「慧音、ご飯は?」
「今日は此方に来ていたから、用意はない」
「じゃあ決まりね。二名様ごあいなぁい♪」
先ほどまでの殺意は何処へいったのか。蓬莱山輝夜は美しい黒髪を揺らして、女給のような仕
草で二人を導いて行く。
永遠の姫。命を尊いと語った蓬莱人。
慧音は漠然と思った。関係ないが、意外とそういうお店なら働けるんじゃないだろうかと。
4 新たな暇つぶし
「二人とも、はい、ワラビ餅」
「なんだ輝夜、気が利くじゃない」
「今日は気分がいいのよ、私」
夕食も済み、今日は永遠亭にご厄介になろうと決めた後。永遠亭の縁側で夜空を眺めていた二
人に、輝夜が介入した。
「もきゅもきゅもきゅ」
「妹紅、キナコが口についている」
「ひゃってこれおいひいんらもん」
「逃げたりはしないから。ゆっくり食べなさい」
「ふぁい」
「慧音はまるで妹紅のお母さんね」
自覚があるのかないのか、慧音は顔を真っ赤にして俯く。
輝夜が慧音を見る目は……些かばかり、熱い。
「な、なんだ。蓬莱山輝夜」
「姫様も堅苦しいし、フルネームも嫌ね。かぐやちゃん☆ミって呼んで頂戴」
「断る」
「そう。いいけれど」
「あー、輝夜きもちわりーなぁ。慧音に何仕込む気だ?」
「慧音って、面白いわね」
「そりゃあもう。慧音は頭が良いしいい子だし可愛いし意外と大胆だし」
「そうなの?」
「いや、あの……だから……な、なんだというんだ。二人して」
輝夜は慧音の隣りに座り込み、顔を覗き込むようにする。訝りながらも、なまじ綺麗な顔立ち
に、慧音は目をあわせられずに背けた。
「ひょ、ひょぅっと?ひゃぐや?」
妹紅が焦りだす……が、しかし。食い意地が張ったばかりに……。
「んがぐぐ、みじゅぅぅ……」
行動は出来なかった。
「慧音。貴女は私に蓬莱人とは何者か、と問うたわね?」
「そうだが……輝夜、顔が近い……その、恥ずかしい」
「蓬莱人はね、最低最悪の存在であり、世界最強の暇人なのよ」
「それは、知っている。貴女に教えられた通りの事だろう?」
「そして暇人は目的を見つけ、それをこなし、また目的を見つけるのよ」
「だからなんだ―――」
いい加減にしろ、と。
―――言いかけた口は完全に塞がれた。
あまりの衝撃に、慧音は目を見開いたまま停止してしまう。隣りで咽ながら見ていた妹紅も、
完全なまでに時間が停止して灰色と成り果てていた。
慧音の頭が混乱する。
「んっ……ぷはっ!ほほほほ、蓬莱山輝夜、貴様……!!」
「くく、あはははははは!!!貴女興奮するとおたふくみたいに真っ赤になるのね!あははは
ははははっ!!!」
輝夜は逃げるように夜空へと舞い上がる。あまりに馬鹿げた事に、慧音は尻込みしてしまって
いた。
これもまた、暇つぶしの一環であるとでも言うのだろうか?
「慧音、貴女を見る妹紅の目って気にした事がある?」
「くぅ……何が言いたい!?」
「貴女と一緒だとね、妹紅も面白いのよ。そして貴女も面白いの。どう?私の暇つぶしに付き
合う気はない?」
「誰が!」
「勝敗は一つ、貴女を手に入れたほうが勝ち。妹紅?それでいいかしら?」
「………」
妹紅は止まっている。本当に衝撃だったのだろう。
「ま。許可取らずとも勝手にしてしまうからいいわっ」
狂女が空へと舞い上がる。
妹紅にしか許した事がないようなものを奪った女は、月の光を受けながら笑う。
「へんなのに目をつけられてしまったものだ……妹紅、妹紅起きろ」
「…………こ、粉微塵にしてやる……私のけーねを……よくも……」
「いや、別に妹紅のものという訳でもない気がしないでもないのだが」
「くそう……慧音ぇ……見捨てないでぇ……」
「お、おおよしよし……」
「ふぇぇぇん……帰る!永遠亭もうこない!」
「帰るのか?そうだな、このままだと貞操が危なそうだし、帰るか」
「慧音がとられちゃうぅぅぅ……」
慧音は、本日何度目かも忘れてしまった、深い深い溜息を吐いた。
何故こんな事になってしまったのか。
問うまでもない。
自分から、蓬莱山輝夜の元へ赴いてしまったのが、全ての原因だ。
己の行動を恥じる。蓬莱人を真っ当な人間として受け止めていた事自体全部間違いだった。
あれは紛う事無く狂女である。永遠など得た時点から、全部人間としての真っ当な考えが抜け
落ちているのだ。
普段、何もかも詰まらなそうにしているくせに。
自分から、新たな目的を与えてしまった。
「はぁ……」
慧音は、深い深い深い、溜息を吐いた。
「ねぇ慧音……す、捨てないで……」
「解ってる、解ってるから……大丈夫だ妹紅。私は、お前が好きだから」
「本当?どどど、どのくらい?」
「そうだな―――」
死ぬまで愛している。
その言葉は、フラッシュバックする蓬莱山輝夜の笑顔と共に、流れて、消えた。
そもそもの話―――。
蓬莱山輝夜が狂女ならば。
藤原妹紅は―――どうなのだろうか?
日々を暮らす、愛しき同居人は、どこまで正常なのか?
どこまで狂っているのか。
慧音がずっと考えずに仕舞い込んでいたもの。
普通に考えればそうなのだ。
人間如きの精神が、数百年数千年と、経年劣化に耐えうる筈など、ないのだから。
慧音が初めて抱いた―――藤原妹紅への疑念である。
「妹紅」
「うん?」
「私は―――」
(そう、違う。これは違う)
蓬莱山輝夜の笑顔を振り払う。きっと須臾の力でも使って、深層意識化に刷り込んでいるに違い
ない。
これは嘘。たった一度のキス程度で、妹紅への愛が変わるはずなどない。
(あの狂女め……)
当然だ。
慧音は馬鹿らしい、と吐き捨てる。
疑念など今更だ。可笑しいと思うなら、幻想郷が始まった頃から可笑しいのだ。
愛した人が狂っていようと、何の問題もない。疑念ならば疑念で、愛のうちにでもしてしまえば
よい。
それでいい。
「私は、例えお前が狂っていても、愛しているから、妹紅」
「うん、うん。慧音、慧音」
「なんだ?」
妹紅が慧音の口を拭いさり、まるで上書きするようにして、唇を合わせた。
「慧音」
「も、妹紅?」
「今晩は、うんとがんばっちゃう」
「は、はぁ……」
長い人生、狂った愛もまた、暇つぶしになるかもしれない。
―――自分は、そんな狂った人間の狂った愛の中、狂った永遠の糧になろう。
end
ちょっとけーねに萌えたぞ。
続編が激しく気になります
面白かったですw
結構、見慣れない組み合わせ使うの恐いです……。
>続編が
あります!あります!わたくし如きの文章で暇を潰していただける
なら、どうぞどうぞそちらもご一読ください。
>けーねかわいいよ
けーね先生可愛いですよね。幻想天皇に毎度ボコボコにされますが。
>ブラッ○さんを
私「……ブ……ラッ……○さん?」
>どうかそのまま
もう彷徨ってます。出れません。あんあん。
ご評価有難う御座います。
一人でも多くに読んでいただけるようガンバリマス。
うん、面白い。
こむずかしい事は抜きにして
けーね、もこう、かぐや、の3人がしっかりと立ってるのが関心。
ただし!・・・えーりんさみしいよえーりん。
良い物をありがとうございました。
次も期待してます。
もこたんに萌え殺されそうになりますた。