Coolier - 新生・東方創想話

笑顔でいたいから (1)

2007/05/25 10:55:29
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 *この作品は作品集その38「十六夜月の下で」を読んでおくと物語をより理解できるかもしれません*








 紅魔館の門前で今日も門番として警備にあたる。
 今日も今日とで侵入者の影も気配も感じない、吹き抜ける風と揺れる木の枝の音だけが木霊する。
 空は晴天。立夏が近づき、空から降り注ぐ日差しは随大分暖かくなってきて当たり続けたら少し暑いくらいだろうか。
 でもすぐ近くには湖があるからここは比較的涼しく結構快適に過ごせていられる。
 ……流石に真夏になると直射日光がきついんだけどね。
「平和ねぇ、こんな感じで毎日侵入者が来なかった楽なんだけど」
 自分のささやかな願いをなんとなく口に出してみてそこでふと思う。侵入者も来ないのに門番なんて居る必要ないんじゃないか、そのまま解雇なんてオチが待ってるのではないかと。
 だがそれは当分無いだろうと考え直す。
 何故ならここ数年間週に2~3回は白黒ネズミが侵入してはパチュリー様の本を「借りる」と言う名の強奪を繰り返してるからだ。
 たまに正面から攻めてくる事もあるのだがどちらかと言うと裏口を使って侵入することもしばしばでその際はどうしても対応が遅れてしまうがそれでも迎撃に行って被害を抑えた事も何度かある。
 だから門番の存在は無意味では無い筈だ、うん。大丈夫さきっと。それに門番辞められたら庭師とかになって住ませてもらおう。
「ふぁぁ……」
 そこまで考えてるいるとそよ風が頬を撫で、それが暖かな日差しと相まって実に心地良い。その心地良さについ軽い欠伸を一つしてしまう。
 これだけ天気も良いのだからそんな先の事なんてどうでも良くなってくる、今はこの心地良さを楽しむ方が優先だ。その事はその時に考えれば良い。
「少し休憩しようかなぁ」
 誰も来ないから昼寝しようとかそんなのでは無い、門番は常に侵入者に備えて気を研ぎ澄ませている為精神的疲労が激しい。
 休める時に休んでおかないといざ侵入者が来た時に万全の状態で迎える事が出来ない、だからこれは絶対必要なものでサボりでも何でもないのだ。
「30分くらい良いよね」
 そうと決まればすぐに行動。私は芝に座り込み、後ろにある門に背をもたれてゆっくり目を閉じる。
 目を閉じて視界が暗くなった事で日差しとそよ風がもっと肌で感じられ、私の意識は深い闇の中へと引き込まれていく。
 次第に肌に感じる芝の感触も遠くなっていく。
 考える事も出来なくなってきた。
 こんな感覚が味わえるなんて私は幸せ者だ……


「マジックミサーイル!」


 遠のく意識の中で私の耳にそんな叫び声が聞こえたかと思ったら爆音が頭に響き渡り、同時に体が地面から勢いよく飛び上がるのを感じた。
 暫く宙を浮いて無重力を感じたかと思ったら次には風を切る感覚を体全身に受ける。
「むぎゅ!?」
 そして顔面に金槌で殴られたかの様な衝撃が走った。
 どうやら爆発に巻き込まれて吹き飛ばされたらしい。
 ……さっき幸せ者だって感想は訂正、私は不幸者だ。こんな痛い感覚を味あわなければいけないのだから。
「よう門番、目覚めの気分はどうだ?」
 打ち付けた鼻を右手で押さえつけながら閉じていた目を開く。
 痛さのあまり涙が滲み出て視界が霞んでしまうが私は語り掛けてきた侵入者をしっかりと確認して睨みつける。
 霞んでいるとはいえ、その白黒の整えられた衣装は何度も見てきたのだから見間違えるはずは無い。
「中々素敵よ、あんたがこんな起こし方しなかったらもっと素敵なんだけど」
「これぐらいやらないと目が覚めないだろ、わざわざ起こしてやってんだから感謝しろよ」
 目覚めの気分を皮肉で答えてやったが侵入者である白黒ネズミこと霧雨魔理沙は屈託の無い笑顔を浮かべながら皮肉で返す。
 まったく、どんな教育をさせられてきたのだか。
「あんたのモーニングコールなんていらないわよ、ったく」
 つい言葉遣いが荒くなってしまうが別に良いか、どうせ強盗だろうから侵入者に敬語を使う必要は無い。
 いつまでも地面に這いつくばっている訳にはいかないので腕を使って勢いよく跳ね上がり、服に付いた土埃を両手で払う。
 そして吹き飛ばされたせいで門から離れてしまった事に気付き、地面を蹴って門と魔理沙の間に割り込み臨戦態勢に入る。
「また本を盗みに来たんでしょ、いい加減に止めてくれない? パチュリー様もご立腹なんだからね」
「盗むなんて人聞きの悪い、死ぬまで借りていくだけだって何度も言ってるだろ」
「屁理屈言うな」
「それに今日はレミリアにお呼ばれしたからやって来ただけだからな、今の私はお客様だぜ?」
「屁理屈の次は嘘ってわけ、でもそんな手には引っ掛からないわよ」
 そういうイベントとかがあるなら私にも伝達されるはずだ。しかし私はそれを受け取っていない、つまり魔理沙の言っている事は嘘偽り、みえみえのハッタリだ。
 そこまでして館内に入りたいのかこの捻くれ者は。
「参ったなぁ、本当の事なんだけどな」
「どうしたのよ魔理沙、思いっきり飛んで行ったからもう紅魔館の中に入ってるのかと思ってたわ」
 そう言いながら頬を掻き苦笑いを浮かべる魔理沙の頭上からの第三者の声に私と魔理沙が声のした方向へと顔を上げる。
 そこには神社のおめでたい巫女、博麗霊夢が面倒臭そうな顔をしてその場を見下ろしていた。
「いやな、私はレミリアに呼ばれたと言ってるんだが門番がそんなはず無いって言って通してくれないんだ」
「なによそれ」
 霊夢は軽い溜息を一つつくとゆっくりと魔理沙の隣に降り立ち、私をこれまた面倒臭そうに見つめる。
「レミリアに呼ばれたってのは本当よ、メイド長辺りに確認してみなさいよ」
「うぅ……霊夢に言われると妙に説得力が……」
「おいおい、私の言葉は信用できなくて霊夢の言葉は信用できるなんて酷いんじゃないか」
「魔理沙はいつもの行動が駄目だから肝心な所で信用されないのよ」
 霊夢の言ってる事は正しいけどまだ確認できてないんだから「はいそうですか」と言って通す訳にはいかない。やっぱりここは門番として立ちはだかるのが正しいか。
 帽子から隠し持っていたスペルカードを取り出して本格的な迎撃体制に入る。
「お、弾幕るつもりか。やっぱり紅魔館の正面から入る時は門番を吹き飛ばしてからじゃないとな」
「仕方ないわね、やるしかないかしら」
 私が構えたのを見た魔理沙はまるで玩具を得た子供の様に目を輝かせながら私と同じ様に帽子からスペルカードを取り出し準備に入り、霊夢も面倒臭そうに札を取り出した。
 2対1じゃ分が悪いけど、やるしかないか。勝てるとは思えないけどこのまま通すよりマシだ。
「いくよ! 『華符――」
「それまでにしときなさい美鈴」
 頭上にカードをかざしてスペルカードを発動させようとした瞬間、背後から聞きなれた声で制止の言葉が聞こえた為咄嗟に詠唱を止める。
 なんでそうやって唐突に背後から現れるかなぁ。
 かざしていたカードを下ろし背後を振り向くとそこには案の定、メイド長こと咲夜さんがお気に入りなのかいつもの腕を組んで仁王立ちで立っていた。
「何で貴方が二人と弾幕り合おうとしてるのよ」
「だって二人が入り込もうとしてるんですよ、門番として立ちはだかるのは当然じゃないですか」
「――貴方、何も聞いてないの?」
 咲夜さんは私の答えに訝しげな顔をして聞いてくる。だって本当に聞いていないのだ、間違った事は言ってないはずだ。
「お嬢様が今度紅魔館でパーティーするのよ、今回は霊夢と魔理沙にも色々やってもらうから今日は打ち合わせの為に招待されてるのよ。メイドに伝えるように言っておいた筈だけど、聞いてない?」
「いえ聞いてません」
 咲夜さんは額に指を当てて渋い顔をして深い溜息すると申し訳なさそうな顔をしながら私と顔を合わせる。
「どうやらそのメイドが伝え忘れたみたいね。私のミスだわ、こうなるなら私が直接言えば良かったわ」
「えっと、それはつまり……今日の二人はお客さん?」
「そういう事、だから今日は通して良いのよ」
 なんだ、これじゃぁ門番として格好良く侵入者に立ち向かった意味がなかったって訳か。骨折り損のくたびれ儲けだったのね。
「ま、そんな訳だから通してもらうぜ。お客様としてな」
「どうやら面倒臭い事しなくても済んだみたいね、お邪魔するわよ」
 私達の会話を聞いていた魔理沙と霊夢は問題解決と踏んだらしく堂々と私達の横を通り過ぎていく。
 先程まで熱くなっていた頭も急速に冷めていき、今は冷静さを取り戻していた。
 考えてみれば魔理沙は確かに強盗をするがその時は堂々と宣言する、嘘をついてまで進入しようとした事は一度も無い。
 吹き飛ばされたからといって熱くなっていた自分が恥ずかしい。
「さっきは失礼したわね魔理沙、霊夢。良いパーティーにしてね」
「おう、私に任せとけば人間も妖怪もそれ以外も大満足間違い無しのものになるさ。期待しとけよ」
 魔理沙は振り向かずに左手を上げながら気にしないといった様子で答えると霊夢と一緒に門を飛び越えて館へと入っていった。
「はぁ、魔理沙は侵入者なのかお客なのか判断しづらいから困ります。今回も出会い頭にマジックミサイル放たれましたからねぇ、酷いもんです」
「毎度モーニングコールされて目が覚めてるんだからそれで良いんじゃなくって?」
「いやそれはまぁ、あははは……」
「少しは懲りてしゃんとしなさい」
「はい……」
 休憩してたのがバレてたらしく咲夜さんに流し目をしながら皮肉の言葉であしらわれてしまい、誤魔化そうと笑って見るがイマイチ効果は無かった様だ。
 まぁいつの間に背後に現れたりと神出鬼没の上、何で知ってるのか不思議に思う程人の会話や動作を言い当てるのだからこの程度の誤魔化しは通用しないと思ってたけど。もしかして時間を止める他に千里眼の能力でも持ってるのだろうかと疑ってしまう。
 けどこれだけ周りに気が配れるのだからこそ完全で瀟洒の異名を持ってる所以なんだけど。
「それじゃ私もお嬢様達と付き添う事になってるから行くわね」
「そうですか、では安心して館内に入ってください、外の警備は私が居る限り万全ですから」
 これでも魔理沙や霊夢が来るまでは稀の侵入者を一度も館に入れた事無いんだからそれなりに自信はある。その自身を表す為に右手に握り拳を作って胸を軽く叩く。
 だが咲夜さんはその様子を見て呆れた様に薄く口元を歪めてきた。
「万全だって言うならシエスタを止めたら認めてあげるわよ、でないと貴方は能無し」
「うぅ、酷い」
 それは確かに寝たりしたりする事あるけど、流石に能無しと言う事無いじゃない。
 ついガッカリしてうな垂れて落ち込んでしまう。
 すると咲夜さんは今度は耐えられない様子で口元に手を添えて含み笑いを始めた。
「冗談よ。やっぱり貴方はからかい甲斐があるわね」
 どうやらまたやられたらしい。
 本気でないと気付いたら安心した。私は胸を撫で下ろしながら笑顔を作る、でも今出来てる笑顔は引き攣った苦笑いになってるだろう。
「うぁ、またからかったんですか。止めてくださいよぉ」
「仕方ないわね今回でもう止めてあげる……と言いたい所だけど、コロコロ表情を変える貴方を見てる楽しいから当分は止めないわよ」
「そんな感じの答えがくるだろうとは思ってましたがやっぱりですか」
 予測どおりの答えに再びうな垂れてしまい、やはりそれを咲夜さんは面白そうに笑っている。
「兎に角私は行くわよ、それじゃあね美鈴」
 言い終えた瞬間、咲夜さんはその場から忽然と姿を消した。どうやら時間を止めて移動した様だ。
 まだ色々言いたい事があったけど本人が居ないなら仕方が無い、素直に門番としての勤めに戻る事にした。
 それにしても咲夜さんも相当勝気になったものだと思う、昔は私がからかう側だったのにいつの間にかからかわれる側になってしまった。でもそれぐらいの気持ちがないとメイド長は務まらないのかもしれない。
 少し寂しいが成長したと思って喜ぶべきなのだろう。
 そう言えば先程の咲夜さんの顔はどことなく疲れの色が出てた様な気がする。
 ここ最近忙しかったからいつもの休憩だけでは疲れが取れてないのかもしれない、今度疲労に効くハーブティーでも淹れてあげようか。
「今日も来てやったわよ中国! 今度こそあたいがさいきょうーだって事を思い知らせてあげるんだから!」
 なんて考えてたら魔理沙に続くお騒がせっ子が早速やって来たらしい。
 本当に懲りないのだから、そんなに私の事根に持ってるのだろうかあの氷精は。
「まぁ門番らしく相手してやるとしますか」
 私は軽く背伸びしてから地面を蹴って宙へ浮き、お騒がせ氷精ことチルノへ向けて飛んでいく。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「どうも空の機嫌が悪いわねぇ」
 今日は朝からどうも天気が悪い、灰色の雲が空を覆って太陽を隠してしまっている。私はあまりこういう日は好きではない。
 理由のしては日差しが浴びれない事が挙げられる。日差しを浴びると体の芯から温まる感覚が私は好きなのだ。
 それに体が温まると不思議と心も温まったかの様に感じられて気分が穏やかになれる、それがまた心地良い。
 だが曇って日差しが遮断されるとその心地良さも半分以下になってしまう。しかも灰色の空を見ていると心まで灰色に、つまり気分が沈んでくる。
 何故かは分からない、何かその日は不幸な事が起きるのではないかと思ってしまい不安になってくるのだ。
 もちろん曇ったからといってその日に悪い出来事があったなんて殆ど無いのだがやはり気分が悪くなる。
 だから私は曇り空が嫌い。太陽が出てない日が嫌い。
「今夜辺り一雨来るかもしれないしれないわね」
 空気が少し湿っぽい、これは湖の近くにいるからだけではない。空からも水気を感じる、世界全体が湿っぽいから雨が降ると私は予測した。
 運が悪い。ここ数日晴天が続いたというのに今日に限って雨が降りそうだなんて。
 今夜は前々から計画されていたパーティーの開催日だと言うのによりによってその日に天気が崩れるのだから。
「これじゃ月が見えないってお嬢様が不機嫌になるかもしれないわねぇ」
「そんな心配をする必要はなくってよ」
 また突然背後から声がする。
 私は特に驚く事もなく背後に振り返る。今回は別に如何わしい事はしてないのだから慌てる必要は無いしこんなパターンは今まで何度も経験してきたのだから。
「それはどういう事ですか、咲夜さん?」
「館の真上を見て御覧なさいな」
 まるでそこに居て当然といった様子で立っている咲夜さんに質問すると指を空に指されたので紅魔館の上を見上げてみる。
 上空には奇妙な風景が広がっていた。
 先程まで館の頭上を覆っていた雲が一つも存在しなかったのだ。
 雲がまるでコルク栓を空けたビンの口の様に丸い形で紅魔館だけを避け、一点の曇りも無い日差しが燦々と降り注いでいる。
 突然の天気の変化に私は唖然としてしまい言葉が出ない。
「ね、心配無いのよ」
「え、えええ!? 一体どうやったんですか!?」
「館内の空間を広げたのと同じ原理よ。紅魔館周辺の雲の無い空間だけを広げてあげて紅魔館周辺だけ雲を取り払ったのよ」
 ようやく出た私の台詞と表情が面白いのか、咲夜さんは口元に笑顔を湛えながら種明かししてくれたが種明かしされて私はまたも唖然としてしまう。
 空間を広げる事も出来るのは知っていたがここまで出来るなんて今日始めて知った。やはりこの娘の能力は計り知れないものがあると改めて思い知らされる。
「そういう事で月夜に関してはこれでも問題無いのだけれどもね、今夜のパーティーは自由参加性になってるから普段より多めに料理を作らなくちゃいけないのよ。だから今から人里に買出しに行こうと思ってるのだけど、数が多いから貴方も手伝いなさい」
「あ、え、でも私は門番の仕事がありますし……」
「貴方の外出許可ならお嬢様から承認済みよ、だから早く付いて来なさい」
 唖然としている最中に無視して突然話を切り出されてしまいしどろもどろになってしまい答えが遅れてしまうが、咲夜さんは答えを聞かずにそのまま空を飛び人里の在る方角へ飛んでいってしまう。
 どうやらこれは拒否権無しのものだったらしい。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ咲夜さーん」
 遅れたら何言われるか分からないので慌てて咲夜さんの後を追う為に地面を勢い良く蹴って空を駆け出す。
 先を飛んでいた咲夜さんは私が追いつく様に遅く飛んでいたのか、1分と経たずに追い付き横に並ぶ事が出来た。
「突然話を切り出してから答えも聞かずに先に飛んでいっちゃうなんて酷いじゃないですかぁ」
「聞かなくても貴方は実行しなきゃいけないのよ。メイド長の言葉はお嬢様の言葉だと思いなさい」
「……傲慢」
「何か文句でもあったかしら?」
 つい口が滑って本音を小言で吐いてしまいそれが耳に入ったようだ、咲夜さんは営業スマイルよろしく満面の作り笑顔で振り向き聞いてきた。
 顔は笑っているが手元にはナイフを一本チラつかせており、怒りの表現をしているのは明らかだった。
「いいえ滅相も御座いません喜んでお供させて頂きますですハイ」
「よろしい」
 私は即座に謝罪の言葉を並べて頭を下げると、それを見た咲夜さんは貼り付けていた作り笑いとは違う満足そうな自然の微笑みを浮かべながらナイフをしまった。
 お嬢様は咲夜さんや霊夢と関わって少し丸くなった様だけど一緒にいた咲夜さんは少しお嬢様色に染まったのかもしれない。
 嗚呼、あの頃の純白な心の持ち主は一体何処へ行ってしまったのだろう、少し悲しくなる。
「――それに私と一緒の外出を拒否するなんて許さないわよ」
「え、今何か言いました?」
「何でも無いわよ。それより急ぎましょ、帰りは荷物があるんだから歩きよ」
 そう言うと咲夜さんは速度を上げて始めたから私も遅れない様に速度を上げて人里へと急いだ。


     ○ ○ ○


「来たか、待っていたぞ」
「今日はお世話になるわ」
「沢山荷物が出ると聞いていたから荷車を用意しておいた、それを使ってくれ。それからこっちに――」
 人里に降り立って最初に迎えてきたのは四角い帽子を被り強気な顔付きをした女性だった。
 どうも咲夜さんとは面識があるらしく二人は軽く挨拶を交わしてから色々と説明を始めている。
 本来は私もその話を聞かないといけないのだろうが久しぶりの人里の為だ、懐かしさについ辺りを見回してしまう。
 最後に人里に下りたのはお嬢様に仕える様になって以来だろうか、変わってない部分もあるがそれ以上に見たこと無い建物が多い。流石に十数年も経つと人里の姿も変わるものだ。
 そんな事を考えながら目を横に流していると樹木の陰からこっちを覗く複数の視線が目に入った。どうやら里の子供達の様だ、あまり人里に下りてこない私が珍しいのかジッと見つめてきている。
 私は子供達に笑顔を向けながら手を振ってみせたがそれを見た子供達は一斉に頭を引っ込めて隠れてしまった。
 驚かせるつもりは無かったのだが……ちょっぴりショックだ。
「――美鈴聞いてるの」
「へ? な、何でしょう」
「『へ?』じゃないわよ、さては聞いてなかったんでしょう」
「いえそんな事は決して無いですよ? ……それで何でしたっけ」
「……まったく、美鈴は荷車を引いて私の後に付いて来てくれないかって言ったのよ。貴方は目的の店の場所は知らないでしょう」
 どうやら気を逸らしている内に話が終わっていたようだ。結局会話は殆ど聞いていなかったが、どうやら私は荷物運びに抜擢されたらしい。
 呆れ顔で腕を組んだ咲夜さんが顎で合図を送る先には木製の荷車が置いてる。それを引いて里を回れと言う事か。
 確かに昔下りてきた事があるとはいえ随分変わった人里を一人で目的の場所へ行くには遠回りをしてしまったりしてしまうかもしれない。なら最近の人里に何度も来ている咲夜さんに先導してもらった方が効率的か。
 ん、待てよ。
「なんか私、パシリっぽくないですか」
「あら今頃気付いたの?」
 やっぱりか。
「どうせ暇なんだし良いじゃない、グダグダ言わずにやりなさいな」
「はーいわかりましたぁー」
 反論したい所だけど言われてる事はもっともなので言い返す事もできない。
 このまま愚痴を言っても良かったがそれでは先に進まないのでヤル気の無い返事で返す事にした。
 それにしても本当に口が達者になった、悔しい程に。
 だけどいつまでもこのままではいけない、いずれはお返ししてやらないと。
 そんな些細な野望を抱きつつ置かれている荷車に近づいて取っ手に手を掛ける。


 買い物は順調に進み、空っぽで広かった荷台も今では手を入れる隙間が無いのではと思うくらいに敷き詰められていた。
 これだけあればよっぽどの大食いの集いでも無ければ料理が切れるという事態は無いだろう。
 しかもどの素材をとっても新鮮なものばかり、咲夜さんの見切りっぷりはかなりのものだ。通りでいつも食べてる料理が美味しい訳だ。
 特にこのイチゴなんてとても美味しそうだ。
 今年は豊作だったのだろう、その実はやや小粒ながら豊かな丸みを帯びて中身が詰まっている事を表し赤より紅いと言っても良い程に染まった色彩が更に食欲をそそる。
 ああ、なんて美味しそう。
 その小さな実を噛み締めたら中から溢れ出す甘酸っぱさを湛えた果汁が口の中に広がるのだろう、柔らかい果肉とプチプチした種がかもし出すあの絶妙な食感もたまらない。
「おいしそう」
 想像したらつい生唾を呑んで口に出てしまう。するとイチゴを食べたいという欲望が益々膨れ上がってきた。
 目の前のイチゴがなんだか宝石の様に光り輝いている様に見えてきた。普段はなんて事無いイチゴが無双の宝に思えてくる。
 食べたい。
 これだけあるのだから一個か二個減った位じゃ誰も気付かないだろう。たかだか数個位大丈夫、大丈夫よ。
 咲夜の方に視線を逸らす。今は食材の見極めに没頭してるようだ、私に背を向けている。
 更に背後には荷車、中には紅い宝が置いてある。
 向こうからは見えるはずが無い死角、今ならいける!
 咲夜さんに気付かれない様に素早く静かに背後へと左手を回し正確に宝石を摘み上げる。
 1個、最低限確保
 2個、ボーナス確定!
 3個、4個確保、もう最高!
 やった!
 私の掌一杯には紅い宝石が4個もある、これで今日の勤めは夜まで元気一杯でいけるわ。
 掌に伝わる宝石の感覚がたまらない、嬉しくて口元がが緩んでしまいそうだ。
 確認する為に掌で隠しながら目だけを動かして中を見る。うん、間違いなく手の中にはイチゴが4個だ。
 目で見たら紅魔館に帰るまで我慢出来そうにない、今すぐ食べちゃいたい。
 咲夜さんは今も背を向けている、1個位この場で食べても大丈夫かな。10秒位で済ませられる筈だ。
 そうと決まればすぐ決行、左手から一粒摘み出してそのまま口へ
「あー……あ?」
 運ぼうとした時スカートの裾を引っ張られる感覚がした為手を止めて足元を見てみると、そこには人間の女の子が私の事をジッと見上げていた。
 いや私を見てるんじゃない、私が持っているイチゴを見ているようだ。
 この女の子はイチゴが欲しいのか。
 どうしよう、折角苦労して手に入れたイチゴなのにここまで来て手放そうなんて出来ない。悪いけどこのまま食べさせてもらおう。
 でも再び手を動かそうとしたら女の子は更に裾を力を入れて引っ張ってくる、しかも泣きそうな顔で。
 そんなにイチゴが食べたいのか。
 なんとなく視線を上げてみると今度は建物の陰から子供達が顔を出しているのが目に入った、子供達は慌てた顔で手招きしている。どうやらこの女の子の友達で引き戻そうとしてるのか。
 あーもうなんでそんな顔するのよ、そんなに見られたら食べ辛いじゃないの。

 ――仕方ないわねもう

「はいこれ、皆で分けなさい。4個で丁度友達と同じ数でしょ」
 あんなに見られてたら美味しいものも美味しく頂けないじゃない、名残惜しいけどイチゴは手放すしかないか。
 差し出されたイチゴを両手で受け取った女の子は一瞬きょとんとした顔をして後すぐに笑みが零れ再び私を見上げる。
「ありがとう、緑のお姉ちゃん」
 なんとも嬉しそうな顔をしながらお礼を言って女の子は駆け足で子供達の下に戻っていった。
「緑のお姉ちゃん、か」
 あんな笑顔でお礼言われたらなんだか私まで嬉しくなってくる。
 イチゴを手放したガッカリ感と混ざり合わさってなんだか複雑だけど、悪くは無い気分だ。
「これで買出しは終わりね、さぁ変えるわよ」
「あ、分かりましたそれでは行きましょうか」
 女の子が戻っていった時丁度買い物を済ませた咲夜さんが入れ替わる様に戻ってきた。
 ギリギリだった。もし見られてたらナイフの一本か二本は飛んできてただろう。
 良かった、子供を巻き込む事にならなくて。
 さて買い物も済んだしいつまでもここに居る訳にはいかないわね、紅魔館まで結構あるし急がないと。
 そう思い取っ手に手を掛けて荷車を引こうとしたらこれが予想以上に重い。
 流石に荷台一杯の量となると私でもつらい。
「うー……重い、少しは荷物持ってくださいよ咲夜さ~ん」
「私だって両手に籠を持ってこれで手一杯なのよ。それに貴方は力あるんだからひ弱な私を庇いなさいよ」
「びゅんびゅんナイフ飛ばす人のどこら辺がひ弱ですか……」
「ナイフ飛ばすには力はそこまで要らないの。ほら文句言ってないで運ばないと日が暮れるわよ」
 ごもっとも。確かに引けない重さでもないし、頑張るとしますか。
 腰に力を入れてえっちらおっちらと荷車を引き始める。
 力を入れて引き、勢いがつき始めると重かった荷車も少しは軽く感じる様になってきた。
 私達はそのまま人里の入り口を抜け、紅魔館へと向かう道程を進む。
「はぁ、重いぃ」
 少しは軽く感じるとはいってもやっぱり重いものは重い、このまま紅魔館まで引いていたらくたびれてしまいそうだ。
 そうだ何か別の事を考えてれば紛らわす事が出来るかも、これだ。何が良いだろう……
 そういえばイチゴを渡したあの女の子、ちゃんと戻れただろうか。妖怪の私と触れ合ったから友達に爪弾きされてないだろうか。
 気は紛れてきたみたいだけど今度は不安になってきた、ちょっとだけ咲夜さんに待ってもらって子供達を見てこようかな。
「緑のお姉ちゃーん」
 そんな事を考えていたら背後から聞き覚えのある声が私を呼んだ。
 振り返ってみると人里の入り口に噂の女の子とその友達が立っていた。一体何だろうと私は眉を僅かに顰めてしまう。
「また来てねー」
 すると女の子達は笑顔で私達に向けて笑顔で手を振ってきたのだ。
 どうやら別れの挨拶をする為にわざわざ迎えに来てくれたらしい。
 更に女の子に合わせて他の子供達も笑顔で手を振ってくれている。
 良かった、どうやら女の子は爪弾きされてないみたいで安心した。
 私は迎えてくれた子供達に応答する為に負けじと手を目一杯伸ばして手を振り答えてあげた。
「貴方って子供に好かれるのね」
「そうみたいですね、私も良く分からないんですけどねぇ」
「私には何となく分かるわよ」
「本当ですか? 一体何でしょう」
「折角くすねたイチゴを自分で食べないで譲っちゃう所とか」
「げっ、バレてたんですかぁ!?」
「私を甘く見てもらっちゃ困るわね、貴方の考えそうな事位お見通しよ。だからイチゴを盗んだ罰としてお仕置き――」
 うわ目が赤い、これは完全に怒ってるよ。
 この前はこれで無数のナイフが飛んできて危うくハリネズミにされ掛けたんだっけ。
 あれは恐かった、できれば二度と味わいたくない。急いで謝らないと。
「ご、ごめんなさい! それだけは止めてください!」
「と言いたい所だけど、子供達に渡したして紅魔館の好感度が上がったという事で今回は許してあげるわ」
「た、助かったぁ……」
 悪戯っぽい笑顔をしながら咲夜さんは目蓋を閉じて溜息を一つ吐くと再び目蓋を開き私を見つめてくる、その瞳には先程までの赤い色は存在しなかった。
 今回はなんとかナイフ弾幕の刑は免れたと分かり安心して胸を撫で下ろした。
 ハリセンボンにされようと妖怪だからそれ位じゃ死なないが痛いものは痛い、痛い思いはなるべく避けたいのだ。
 そして色々と安心したらなんだか心が軽くなった気がする。自然と口元に笑みが零れ心が弾み力が沸いてくる、そんな感じだ。
 どうやら私には太陽の日差し以外に人の笑顔でも元気になれるらしい。
 力が有り余ってしょうがない、どうせならこの力を荷車を押す力に使ってやろう。今なら紅魔館まででも楽勝に思えてきた。
「それじゃお仕置きも無い事ですし、張り切って紅魔館を目指しましょー!」
「まったく調子いいんだか――」
 苦笑いを浮かべながら咲夜さんがそこまで言った所で突然私の視界の端から姿を消した。
 そして少し間が開いてから背後から何か柔らかいものが倒れた様な音が耳に届く。
「咲夜さん?」
 何事かと思って背後を振り向く。
 そこに膝を付いて両手で地面から体を支える咲夜さんの姿があった。
「ちょっと咲夜さんどうしたんですか!?」
 いきなりなんだと言うのだろう、慌てて荷車を置いて咲夜さんに駆け寄る。
 咲夜さんは支えた姿勢で俯いたままで反応しない。答える暇も無いのだろうか。
 足を挫いた?
 それとも毒蛇に噛まれた?
 とにかく何かがおかしい。
「咲夜さん! 大丈夫ですか」
「――ええ、大丈夫よ。気にしないで」
 ようやく顔を上げた咲夜さんにはしれっとした顔が張り付いていた。
 手を差し出して立つのを手伝ってあげるが私の手を借りずに立ち上がり、脚やスカートに付いた埃を軽く。
「ちょっとつまずいて転んじゃっただけよ」
「な、なんだそうだったんですかぁ。いきなり倒れたからビックリしちゃったじゃないですか」
「そうね、驚かせてごめんなさい」
 そう言った咲夜さんに私は倒れた拍子に落としてしまった籠を拾い上げて差し出す。
「――かない」
「え?」
 咲夜さんが籠を受け取る際に小さく独り言を呟いた。多分今のは私に対して言った訳では無いみたいだけど……
「何モタモタしてるの、張り切って紅魔館に帰るんじゃなかったのかしら?」
「あれ」
 考え込んでいたら咲夜さんは時間を止めて移動したのだろう、既に私に背を向けて紅魔館に向けて歩いていた。
 その足取りはいつものメイド長らしい足取りで、先程まで転んでいたとは思わせない軽やかさがあった。
「私の気にしすぎかな」
 何ともなさそうだし本人が大丈夫って言うならそのとおりなのだろう。あの娘は常に万全である為に無茶はしない娘なのだから。
 私は急いで荷車に戻ると再び取っ手を握り、荷車を引いて咲夜さんを追う。

 空を覆う灰色の雲は人里に来た時より厚みを増している、この様子だと本当に夜辺り一雨来そうだ。


     ○ ○ ○


 無事買い物を済ませた後、私は元の門番として今は門前に立っている。
 もっとも、今日は侵入者よりお客としての人の方が殆どだろうから門番と言うより受付に近いのだろうけど。
 門は迎え入れる為に全開にされていて、それが理由か紅魔館には既に宴に待ちきれず来館した人間や妖怪が数人いた。
 一足早く来たのは人間では今回何やら色々と仕掛けを容易してるらしい魔理沙や宴会好きな人里の住人が数人。
 妖怪なら紅魔館から離れている為早めにやってきたと言う冥界や永遠亭の主要人物達が挙げられる。
 その中で一番目を引いたのが夜雀が屋台引いてやってきた事だろう、どうやら焼き鳥撲滅運動出張版と称して中でヤツメを焼いて売り捌くつもりらしい。
 屋内パーティーだったら有無を言わさず門前払いなのだが、今回は屋外パーティーだった事とお嬢様が前々からヤツメを食べてみたかったとの事で特別に館内での販売が許可された。
 許可が下りて意気揚々と屋台を引いて入って行ったけど、これ位じゃ焼き鳥撲滅は程遠い気がする。私も焼き鳥好きだし。
 それと今夜の料理の一つにローストチキンがあった気がするけど……ご愁傷様としか言い様がない。こればかりは私にはどうする事もできないのだから。
「ふぁぁ……」
 呑気な事を考えてたら眠くなってきてしまった、これから沢山人が来るだろうから寝てしまう訳にはいかない。とりあえず背伸びをして眠気を覚ます事を試みよう。
 目を瞑り両手を上げながら体を反らして体を振るわせる。体の振るえと共に頭の中が霧が晴れる様に意識がハッキリしてきた。
 身近にできて簡単な動作だがこれは結構効果がある、これならパーティー開催時間までは持ちそうだ。

「隙ありぃ!」

 突然のかん高い叫び声がすると額に鈍い音と衝撃が走り、目蓋の裏が真っ白に塗り潰された。
 そして体勢が悪かった事もあり、そのまま何もできずに仰向けで地面に倒れこむ。
 痛い。相当硬い物をぶつけられたらしく今も額がジンジンして頭がクラクラする。
「ざまぁみなさいバカ中国! あたいに隙を見せたのが運の尽きね」
 痛みで硬く閉ざして涙で滲んだ目蓋をなんとか半分開くと視界にはオレンジ色の空が一杯に広がっていて、その空にチルノちゃんが一つの黒い影になって勝ち誇った顔をしながら見下ろしていた。
 手には拳大程の氷の塊が輝いている所を見るとあれと同じ物をおもいっきり投げつけられたらしい。痛いはずだ。
「ふふふ~ん、あたいの勝ちね! これで文句無しに中に入れるわね」
「イタタタ……文句も何も、今日は入館自由で私を倒さなくても入っても良かったのよ」
「そうなの? まぁ良いわ、中国倒さないと入る気になれないもの」
「何よそれ」
 良く分からない理屈を言う。何で私を倒さないと館に入る気がしないのだろうか?
 魔理沙も似たような事言ってくるし、二人は結構似た者どうしなのかもしれない。恋娘どうしだし。
「二人で何してるのよ、貴方は門番しないでそこでお昼寝?」
 第三者の声がしたから声の方向に顔を向けると、そこには霊夢が呆れた様子で私達を覘いていた。
「あ、いやちょっとチルノちゃんにやられてね」
「どうせまたサボってたんじゃないの?」
「そんなんじゃないわよ、それじゃまるで毎度サボってるみたいな言い方じゃないのぉ。私はちゃんと仕事してたわよ、仕事をしてないのはいつも暇そうなそっちの方じゃないの?」
「巫女が仕事をしないのは幻想郷が平和だって証拠よ。ほら立てる?」
 冗談のやりとりをしつつ霊夢が手を差し伸べてきてくれたのでその手を掴み立ち上がる。まだ額がジンジンするが動けないという程でもない程度には痛みも引いていた。
「まぁとにかくお二人様追加ね。ようこそ紅魔館へ、今夜のパーティーを存分に楽しんでいってくださいね」
「いきなり敬語使われても気味悪いわよ」
「お客に対する最低限の社交辞令よ」
「よぉーし行くわよ! 今夜は中国にアッと言わせる凄い事しちゃうんだから腕を洗って待ってなさいよ!」
「パーティーの時くらい大人しくしてなさいよ、それと腕じゃなくて首よ」
 チルノちゃんは言うが先か、颯爽と私の横を走り抜け敷地内へと姿を消していってしまった。
 まったくもって元気な子だと感心してしまう。
 でもさっきなんて言った。
 凄い事?
 また何か仕出かすつもりなのだろうか。
 この前は背後から服の中に氷を詰められて驚かされたし、酷い時には氷だるまにされた事もあったか。
 今度どうするつもりなのだろう、そう考えるとつい溜息が出てしまう。
「はぁー……チルノちゃんは私の事嫌いなのかなぁ、いつもあんな調子で悪戯してくるし」
「ま、紅魔館に入ろうとすると毎度立ち塞がる訳だから敵対意識も沸くでしょうね」
「門番だから仕方ないんだけどねぇ、嫌いだと思われてるとちょっと悲しいわ」
「でも案外あんたが思ってる程あいつは嫌ってる訳でもないんじゃないの」
「嫌ってない? あんなに噛み付いてくるのにどういう事?」
「その内に分かるんじゃないの。じゃそろそろ私も中に入らせてもらうわよ、あまり遅れると魔理沙達がうるさそうだし」
 私の疑問を霊夢は素っ気無い返事で返してからゆっくりとした足取りで門を潜っていった。
 チルノちゃんは私が持ってる程嫌いじゃない?
 あれだけ痛い事とかやってくるのにどこが嫌いじゃないと言うのだろうか。霊夢も良く分からない事を言うわね。
 そういえば、チルノちゃんが頻繁にやってくる様になったのは私が門番になってからだったっけ。その前は7日か8日間位の出没だったみたいなのに。
 やっぱり私が蹴散らしちゃった事を根に持ってるのかな。でも侵入者を追い払うのが門番の仕事だから仕方のない事だしなぁ。
 嫌われないで尚且つ弾幕ごっこにならずに帰ってもらう手段は無いだろうか。
 話し合い?
 やった事あるけど通じなかったしなぁ。
 となるとお菓子でなだめる?
 お菓子の経費がおりるとは思えないし――
「ちょっと美鈴!」
「ひゃい!?」
 耳元で大声を出されて構想に耽っていた意識が呼び戻される。
 驚いて振り向くと咲夜さんがいつもの腕を組んだ姿勢で私に疑惑の眼差しを向けていた。
「何度も呼んでるんだから反応しなさいよ。それとも耳が遠くなったのかしら?」
「いやぁ、ちょっと考え事をしてたら気付けなかったものですから、あはは……」
「はぁ……しっかりしてよ、いつもそんなのだと呆けた様に見えるわよ。まぁそれは置いといて、そろそろ日が暮れてパーティーが始まるから今日はもう切り上げて貴方内部の警備をしなさい」
「え、良いんですか? でも侵入者が来たら……」
「そんなの気にしなくて良いわよ、パーティーの時に邪魔する程無礼な人は多分いないでしょう。もっとも、今の紅魔館には実力者が沢山集ってるんだから攻めてきたって返り討ちが関の山だろうしね」
 確かにそうだ。今の館内にはここ最近の異変の首謀者や側近、それにお嬢様達まで居るのだから侵入者が来ても負ける筈が無いだろう。
 それに美味しい料理が食べられると言うのならそれを逃す手は無い、是非とも参加しないと。
「分かりました、それじゃぁお言葉に甘えて参加しちゃいます」
「どうせつまみ食いするだろうか先に言っとくわ。料理を食べるのは別に良いけど警備を兼ねてるんだから、紅魔館に仕える者として恥じない態度をとりなさいよ」
「はーい」
 参加できると分かったらなんだかウキウキしてきてしまった。なんだか子供みたいだけど本当に嬉しいのだからここは素直に喜びを表すべきだろう。
 今夜は美味しい料理を楽しもう。
 色んな人が居るから誰か面白い芸みたいなのをしてくれるだろうか。気の合う人に出会えるだろうか。
 次から次へと浮かび上がる想像に胸を膨らんで仕方がない。
 早く日が沈んでくれると良いのに。そんな願いをしながら空に空いた穴から覗く茜色の空を見上げていた。


     ○ ○ ○


 日も沈み、辺りは闇夜が包み込む。
 そんな暗闇の中、館の中庭は規則正しくテーブルクロスが掛けられたテーブルが並べられ、パチュリー様が作ったのだろう空の星の様に光り輝くスイカ大の水晶が空中に浮いて月明かりと共に辺りを照らす。
 その中で普段のパーティーよりも沢山の人間や妖怪が賑わいを見せ、開式前なのに既に祭りの様に騒いでいる様子を私と咲夜さんは会場の端から見回していた。
「うわー沢山集まりましたねぇ」
「ほんと、騒がしい事が好きなのが多いわね」
「でもパーティーの雰囲気って見てるとこっちまで楽しくなってきますよね。何と言うか元気をもらってるって感じがします」
「貴方は『気を使う』だけにその場の空気を取り込める事かしらね」
「そんなの無くても見てれば分かりますよ。ほら、あそこの里の人達の楽しそうな顔とか見てるとそんな感じになってきません?」
 丁度見回して目に入った人達を指差して示す。
 感じからして仕事仲間だろうか、互いに歯をむき出して笑いながら話に花を咲かせている様だ。
 うん、元気を感じる。
「まぁ雰囲気は分かるけど……貴方を見てるとつくづく妖怪なのかどうか疑わしくなってくるわね。らしいと言えばらしいけど」
「人間らしい妖怪が居たって良いじゃないですか」
 咲夜さんは困った様な笑顔をしながら流し目で見つめてくるからそれを微笑で返してあげる。
 確かに私は妙に人間臭い所があるとは自覚している。だけどそれが別に悪い事だとは思っていない。
 他人と居てその人から元気が分けてもらい笑っていられるなら私は人間臭いと言われても構わない。
 皆と笑っていられるならそれが一番の幸せだから。
 何気なく横を見てみると咲夜さんは空を見上げていたのでつられて同じ様に空を見上げてみると、雲をくり貫かれ霞みの無い空には月と星達が輝いていた。
 暫く空を眺めた咲夜さんは次にポケットから懐中時計を取り出して時間を確認する。
「――そろそろね。私は行くわよ」
 どうやら開式を始めるらしく、それを告げる為に咲夜さんは私に向けて話しかけてきた。
「分かりました、頑張ってくださいね咲夜さん」
「ええ」
 笑顔で迎えの言葉を返すと咲夜さんは小さな微笑みを浮かべ、時間を止めたのだろう、一瞬でその場から居なくなった。
 間もなくすると中庭を照らしていた水晶が輝きを失って月明かりと星明りだけが包み込むと今まで騒いでいた人達も合わせるかの様に静まり返る。
 すると紅魔館のテラスが水晶によって照らし出され、そこには紅赤いワインが注がれたグラスを片手にレミリアお嬢様が佇んでいた。
 畏怖のせいかはたまた場の空気を読んでいるのか、お嬢様が現れても周りにはひそひそ声一つ聞こえない。ただ静かにお嬢様を見上げている。
「諸君、今宵は私レミリア・スカーレットのパーティーに良くぞ集まってくれた。こちらも相応の食事と酒を用意してある、好きなだけ楽しんでいくと良い!」
 お嬢様の開式の挨拶が終わり、グラスを掲げると光を失っていた水晶が輝きを取り戻し再び中庭を照らし始めると黙っていた皆が堰を切った様に掛け声を上げた。
 掛け声は轟音となって庭内に響き渡り、それがパーティー開始の合図となった。


 パーティーが始まってから大体1時間位経とうとしているが会場内は依然熱気は衰える所か益々高まっていた。
 最初は人間は人間同士、妖怪は妖怪同士での会話が中心だったけど今では色んな種族入り混じっての会話が盛り上がっているのを幾つか見かけることが出来る。
 皆楽しそうだ。私もできるなら今すぐ会話に入りたい所だけど、これでもまだ仕事中だからそうする訳にもいかないか。
 仕方ないからテーブルの上に置いてあった皿からイチゴを食べて気を紛らわす。うん、思ってた通りこのイチゴは最高だ。
「やっつめーやっつめーおーいしーヤツメー」
 甘酸っぱいイチゴをほお張っているとどこからともなく奇妙な歌が流れてきた、一体何事だろう。
 耳を澄ましてざわめく人込みの中から歌の聞こえてくる方向を探り出しそこへ歩いていく。すると人込みの向こうから一つの屋台が目に入ってきた。
 どうやらこの奇妙な歌はあの洋風の館とはお世辞にも似つかない和風の屋台から発せられている様だ。
「とっても美味しいヤツメだよー焼き鳥なんか目じゃないぞー鳥よりヤツメ食べようよウワーン……あー! うっく、あの時の緑、よくも私をハメてくれたわね!」
 屋台の中を覘いて見るとそこには涙目で歌いながら串を焼く夜雀の姿があって、私を見つけるやいなや涙を拭ってから食って掛かってきた。
「ハメるも何も、何の話よ」
「惚けないでよ! なんでローストチキンなんて出てくるのよ、これじゃ拷問じゃない! ここに入れたのも私を罠にハメる為だったのね!」
「そんなつもりは無いんだけどなぁ。それに出入り自由だからイヤなら外に出ても良いんだよ?」
「そ、そんな事できる訳ないじゃない、皆が焼き鳥食べてる所を見過ごす事なんてできないわ。ここで焼き鳥よりヤツメの方が美味しいって気付かせて焼き鳥撲滅させるんだから! そんな訳であんたも食べなさい!」
 話している内に辛くなってきたのか、また涙目になり泣きそうになるのを必死に堪えながらヤツメ串を一本差し出してきた。
 別に断る理由もなかった為、そのヤツメ串を手に取りそのまま一口齧る。
「あ、美味しい」
「でしょでしょ、私のヤツメはどこの料理より美味しいんだからね!」
 お世辞でもなんでもない自然に口に出てきてしまった、間違い無くこのヤツメは絶品ものだ。
 そんな私の正直な感想と顔を見た夜雀はさっきまで泣きそうだった顔は嘘の様に晴れ、満面の笑みを浮かべる。それがなんだか元気な子供を見てるみたいで微笑ましくなってきてしまう。
「美味しいと思ったならあんたも鳥食べるの止めるのよ」
「なんかそれとこれとは話は別な気もするけど、まぁ考えておくわ。でも貴方が焼いてるのってヤツメ以外のが沢山あるみたいだけど?」
 体を乗り出して屋台の中を見てみると網の上で焼かれているヤツメ、それ以外に野菜や魚まで串に刺されて焼かれている。
 これじゃ本当に串焼き屋じゃない。
「だってもうヤツメの旬は過ぎちゃったから収穫量が少ないのよ。だからこうやって別の奴で補ってるの」
「別にヤツメに凝ってるって訳でもないんだ」
「皆が焼き鳥から離れれば何でも良いのよ、兎に角これで焼き鳥を止めた人が一人増えたから問題無し」
 親指立てて勝手に決め付けられても、私はまだ焼き鳥止めるとは一言も言ってないって。
「因みに今まで焼き鳥止めた人達の顔覚えてる?」
「そんなの一々覚えてないわよ、とりあえず一度私のヤツメ食べた人は焼き鳥止めた人よ! ずっとやってればその内焼き鳥は撲滅するって寸法よ」
「……あーそうなんだ……まぁ頑張ってね私は仕事に戻るから」
「もう戻るの? 緑も頑張ってねー」
「私の名前は緑じゃなくて紅美鈴だよ、夜雀さん」
「そうなんだ、覚えてられたら覚えておくわー。それと私はミスティア・ローレライよ」
「できれば覚えておいてほしいなぁ。それじゃぁね、ミスティアちゃん」
 手に持っていたヤツメを一気にほお張ってから軽く手を振って別れの挨拶を交わしてから屋台を後にすると背後からまたミスティアちゃんが客引きの為に歌を歌が聞こえ始めていた。
 聞こえてくる歌声には屋台に寄る前と比べて悲しさは消えて綺麗な歌声が響いてくる。もしかして私の感想に元気を取り戻したのだろうか、それならちょっと嬉しいかも。
 でもローストチキンの話とか色々言っているのになんか解決せずに過ぎ去ってた気もするけど、ミスティアちゃんはそれで良かったのだろうか。
 それとも既にそんな事忘れているとか?
 まぁ良いか、本人が元気になったみたいだし。
 そんな事を考えていると後ろから腰を軽く叩かれた。後ろを振り向くとそこには魔理沙がニカっと歯をむき出した笑顔をしながら立っていた。
 いつもの垢抜けた笑顔の様だけど、良く見ると頬がほんのり赤く染まり目が僅かに据わっているのが窺える。
「よう門番、元気に仕事してるか」
「疲れない程度にやってるわよ、魔理沙も随分呑んでるみたいじゃない」
「あー? 私は全然酔ってなんかないぜー」
「頭がフラフラ揺れながら言われても説得力無いわよ」
「私の頭はいつでもパワーでぺんぺん草一つ残らないんだぞ?」
「言ってる意味が分からないわよ」
「わー足がもつれたー」
 ワザとらしく両手を上げながら棒読みで声を上げながら私に倒れながら抱きついてきた。
 そしてそのまま両手を腰に回して胸に頬擦りを始めてしまう。
「ちょっ、ちょっと魔理沙!?」
「いやー良い体してるねぇー羨ましいぞー門番ー私にもその美貌を貸してくれよー死ぬまで借りるだけだからさー」
「止めなさいって、そんな物欲しそうな子供の目をしたって体は貸せないわよ、ってお尻サワサワと撫で回さないでよ!」
「よいではないかーよいではないかー」
 このままでは色々と危ないので魔理沙の頭を押し出して無理矢理体から引き剥がす。
 引き剥がされた魔理沙はそのまま力無く倒れこみ、悲しそうな顔をしながら上目遣いで見上げてくる。あーもう一体何なのよ。
「酷い、私の事は全て遊びだったんだな!? 毎日の様に私と激しくヤりあってたのに……!」
「誤解招きそうな事言わないの! ヤりあってるのは弾幕ごっこであって遊びとかってのも訳分からないわよ!」
 人差し指を突き出して指摘すると今度は急にしおらしくなって目を背け始めると初々しい女の子みたいにモジモジし始めた。
 だからなんだって言うのよ。
「実は今まで隠してんだが……」
「何よ」
「門番には本人も気付いてない第二の人格があってな」
「は?」
「夜な夜なその人格が目覚めては私の所に来ては激しく……」
「嘘!?」
「嘘だぜ」
 さっきまでの初々しさはどこへやら、けろっとした顔で即答すると何事も無かったの様に立ち上がり手で服を払い始める。
 なんだ全部芝居だったのか、あの魔理沙があんな顔と動きをするから少し本気にしちゃったじゃない。
「はぁ、脅かさないでよねぇ。あんたが言うとなんか妙に現実味があるから困るのよ、できれば止めて欲しいんだけど」
「それは無理なお願いだ。門番は反応が面白いからな、弄らない訳にはいかない」
「私をなんだと思ってるのさ」
「紅魔館の門番兼遊び道具」
「殴るわよ?」
「冗談だよまぁそう怒るな、怒りすぎると血圧上がるぜ?」
 握り拳を前に出して威嚇するが、魔理沙は気に留め様とせずカラカラと笑ってみせた。
 本当に垢抜けている、ここまで楽しそうな顔をされると怒ってる自分が馬鹿に思えてきてしまう。
 しかもその笑顔を見ているとこっちもなんだか楽しくなってくる。
 一緒に居て楽しくいられる、それが魔理沙の魅力なのかもしれない。
「そんな事よりあんたも一応パーティーの企画者でしょ、何かやるんだろうにこんな所で呑んでて良いの?」
 私のその質問を待ってましたと言わんばかりに魔理沙は口を吊り上げて帽子の鍔を摘んで深く被り直す。
「あーそれか、そう急かすな本命は遅れてやってくるもんだからな」
「ならせめて内容教えてよ、私はまで全然企画した事聞いてないんだけど」
「門番は何も気にしなくても良い、仕事に集中してれば良いのさ。それじゃがんばれよ」
「ちょっと待ちなさいよ!」
 私の制止も聞かずに魔理沙は踵を返して人込みの中へと消えていってしまった。
 結局何も聞けなかったがなんだか嫌な予感がする。魔理沙があの仕草をする時はとんでもない事考えてない時だ、だからどうしても悪い事考えてると思ってしまう。
 いや、流石にこんなパーティーの中で騒動はしないだろう。しないと思いたい。
 確かめようにも当の本人は既に居ないし、例え追いたとしても口を割ってくれないだろうし、諦めるしかないか。
「あんだとぉ! お前さっきから好き勝手言わせておけば調子にのるからにぃ!」
 賑やかなざわめきの中に突然二人分の怒鳴り声に会場が一瞬静まり返る。怒鳴り声のする方向に顔を向けるとそこには2人の人間が対峙していがみ合っていた。
「プリバで最高なのはやっぱりルナサだろ! あの淑やかさが可憐なんだよ!」
「何言ってやがる、プリバの顔はメルランに決まってんだろ! あの可愛い笑顔あってこそライブが盛り上がるんだ!」
 どうもプリズムリバーの中で誰が一番なのかでもめているらしく、互いに一歩も譲らずに自分が持つ理論でねじ伏せようとしている。
 つまりお酒が入る場では必ずと言って良い程のお約束、酔っ払い同士の口喧嘩というやつだ。
 これがその場の口喧嘩だけで済むなら良いけど、この場合誰かが喧嘩を制しようと第三者が現れて――
「まぁお前ら落ち着け。誰が最高かなんて決められるものじゃないんだ、そんな事しても無意味だ」
「いやまぁ」
「そりゃぁなぁ」
「ここは間を取って小さくてプリティーなリリカが一番という事で手を打とうではないか」
「「小さくて陰の薄い奴なんて要らねえよ!」」
「リリカは要らない子って言うなクルァァ!」
 その人まで巻き込んで事態は悪化するって事が良くある訳で、予想したとおり2人から3人になって殴り合いまで始める始末。
 とりあえずこのままにしてたら周りの人にも迷惑だし見ててなんとも情けない。やっぱり警備にしてその場に居合わせた私がこの喧嘩を止めるしかないかな。
 最初は言葉で止めに入るけどそれでも分からないなら実力行使、3人まとめて外の湖で頭を冷やしてもらう事になるだろう。
 トラブルは穏便にすませたいけどまず無理か。
「できればそんな事にならないと良いんだけどねぇ、まぁやりますか……こらそこ、会場内での喧嘩は禁止よ!」


     ○ ○ ○


 今が今日と明日の境界線だろうか、空に浮んでいた月は丁度頭の上にまで昇っていた。
 あれ程騒がしかったパーティーも閉会を向かえ、参加者たちは満足そうに帰っていき会場だった中庭は深夜らしい静けさの中でメイド達がせっせと後片付けにおわれている。
「はぁ」
 片付けられていく風景を見ていたら溜息が出てしまった。
 パーティーの時は騒がしくて警備もあったりと色々大変だったけど、こう静まり返って道具が片付けられていく様を見てるとどことなく物寂しさを感じてしまう。
 忙しかったけどそれはそれで楽しかったのだろうと今更ながら実感してしまう。
「何しょげた顔してるのよ美鈴」
 そんなに酷い顔をしていたのだろうか、レミリアお嬢様が私の側に歩み寄り話し掛けてきた。
「お嬢様。いえ、さっきまで賑やかだった会場が今ではこうまで静かになったと思うとなんだか寂しくなっちゃいまして」
「パーティーなんてそんなものよ、その時は騒がしいけど終われば静かになる。当然の事に一々感傷を受けてたらキリが無いわ」
 事情を聞いたお嬢様は呆れた様子で手を腰に当てて私を覗いてくる。
「そうなんですけどねぇ、なんだかイマイチ割り切れなくって」
「まったく、貴方は人間臭いわね、そんな所で落ち込むなんて。もっと妖怪らしく堂々としなさいよ」
「頑張ってはいるんですけどねぇ」
「――まぁ、貴方のそんな所が私は気に入ってるんだけど」
 そこでお嬢様の呆れた顔が崩れ、幼い外見に似合う笑顔を浮かべて無意識なのか背中の蝙蝠状の羽をパタパタと羽ばたかせる。
 いつも威厳を保とうと人前では厳しく振舞うけどたまに見せる可愛い笑顔、その笑顔こそ今のお嬢様は幸せを感じている証拠なのだろう。
 このパーティーでお嬢様や色んな人が楽しんだ、幸せを感じた。なら確かに私が寂しがるのは間違っているかもしれない。
 笑顔ができたならそれで良いじゃないか。
「ちょっと美鈴、どうしたのよ? しょげた顔から急に笑い始めたりして」
「え、あいや、お嬢様が笑顔を見たら私もつい嬉しくなっちゃって」
「人の笑顔見て元気になれるの? 本当に人間臭いんだから」
「あははは……」
 またお嬢様に呆れられてしまい、むすっとした顔をされてしまう。
 少し怒った顔も可愛らしい、まるでヌイグルミみたいだ。もう可愛さのあまりに主従関係を無視してそのまま抱いてやりたくなる。
 でもここはぐっと堪える。やろうものなら不夜城レッドで打ち上げられた後バッドレディスクランブルの追い討ちを食らう羽目になるだろう。
 アレは痛かったからもう受けたくないなぁ。
「とにかくもう大丈夫です。心配かけてすみませんでした」
「そう、なら一緒に着いてきなさい。貴方には出なきゃいけない事があるのよ」
「え? でもこれから私も片付けに向かおうかと思ってたんですが」
「これは命令よ、貴方には拒否権は無い。だから着いてくるしかないの」
「いやでも」
「あーもうつべこべ言わず来なさいっての!」
 痺れを切らしたのか言葉を遮る様にお嬢様が割って入り、私の手を引っ張ってくる。引っ張られた際バランスを崩して倒れそうになるがお嬢様お構い無しに私の手を引っ張って歩き始める。
 私を引っ張るお嬢様の様子を見たメイド達が振り向いてこっちを何事かといった様子で見つめてくるがお嬢様は気にせずに早足で突き進んでいく。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよお嬢様。そんなに急がなくても、と言うよりどうしたんですがいきなり」
「どうしたも何も、あんたが主役なんだからね。主役が居なくちゃ意味無いでしょ!」
 お嬢様が突然何か我侭を言ってくる事は少なくないけどこうやって無理矢理連れ出すなんて随分珍しい。
 それに、私が主役?
「おーやっと来た。遅いじゃないか」
 前の方から声がしたので顔を上げる。
 そこは中庭の中央だろうか、テーブル等は殆ど片付けられてすっきりとした庭の中で輝く水晶が数個浮び上がってパーティーの時よりも淡くなった光が周囲を照らしている。
 そしてそんな庭には咲夜さんにフランドール様、パチュリー様と小悪魔、何故か魔理沙とチルノちゃんに霊夢まで居る。
「美鈴がまごまごして遅れちゃったのよ。それより魔理沙はちゃんと用意出来てるんだろうね」
「おう、こっちはいつでも準備万全さ」
「ミスしないでよね、力が強すぎて騒動起こしたら承知しないわよ」
「心配するなってバッチリ決めてやるからさ」
 イマイチ状況が掴めない。
 突然お嬢様にここまで連れてこられてそこには皆が居るし、私が主役だって言うし、なのに何も知らないし、勝手に話が進んでいく、こぞって何をするつもりなのだろう。
「あのお嬢様、これは一体何事なんですか?」
「貴方、今日が何の日か忘れたの?」
 今日って何か特別な日だっただろうか。
 お嬢様の誕生日?
 フランドール様の誕生日?
 パチュリー様が紅魔館に来た日?
 霊夢達が来たのは夏だったしまず違う。
 腕を組んで頭を捻りながら考えるがやっぱり思い出せない。
 そんな唸りながら考え込む私を見たお嬢様は片手で頭を抱えて深い溜息を一つ。
「この日を忘れてるなんて、貴方は肝心な所は覚えてないのねまったく……」
「よーし、そろそろ始めるぞー。おいチルノ、フラン、準備は良いな!」
「「おー!」」
 タイミングを計ったかの様に魔理沙が大声を上げる。その手には一枚の紙切れが挟まれているのが目に入った。
 間違いない、あれはスペルカードだ。こんな所でいきなり弾幕ごっこをやらかそうと言うのだろうか。
 止めに入ろうと私は一歩前に出る、しかしそこでお嬢様が無言で手を伸ばし私の進路を塞ぐ。
 黙って見ていろって事なのだろう、つまりこれが魔理沙の言ってた本命なのだろうか。
「『光符 アースライトレイ』!」
 予想通り魔理沙はスペルカードを発動、複数の使い魔達が地面を滑って私達の周りに散らばり空に向かって無数の光線が放たれる。
「なら思い出させてあげる」
 アースライトレイに囲まれてもお嬢様は焦らずに余裕のある口調で続きを語り始めた中、今度はチルノちゃんが動き始めた。
 頭上に大の男が丸々入りそうな程巨大な氷の塊を作り出すとそのまま空へと打ち上げる。
 次にフランドール様が飛んでいく氷に向けて掌をかざし、その氷を掴むかの様に掌を握り締めると巨大な氷はまるで投げ出された砂の様に粉々に弾けとんだ。
 そして細かく散った氷の粒はアースライトレイの光を受けて七色に輝いて空を多い尽くす。
 凄く綺麗。そうとしか言えない風景に私は息を呑んでしまう。
「今日は貴方が紅魔館にやってきた日じゃない」
「あ――」
 そうだった、今日はお嬢様に誘われてこの紅魔館で働く様になった日じゃない、パーティーやら何やらですっかり忘れていた。
「覚えてたんですかお嬢様」
「貴方みたいなのは頭の中にこびりついて忘れようにも忘れられないわよ。丁度魔理沙がここでパーティーやろうとか言ってきたからパーティーを余興として開催したのよ」
「それじゃぁ今夜の出来事は……」
「半分は貴方の為でもあるって事よ」
 そこでやっと状況を理解できた。
 今この場に居るみんなは私の為にわざわざ集まってくれたのだ。当の本人が覚えていなかったと言うのにこうやって私の為に集まってくれるなんて……胸が痛むのと同時にほのかに暖かくなるのを感じてしまう。
「どうだ門番。私とチルノとフラン、恋の三人集が作り上げた季節外れのダイヤモンドダストの感想は」
 アースライトレイが途切れて輝く空から元の夜空に戻った頃になって魔理沙が期待した目しながら話しかけてきた。
 まったく本当にとんでもない事を考えてたものだ、呆れる所か関心してしまう。
「魔理沙が言ってた本命ってこの事だったのね。えぇ物凄い綺麗だったわ、つい見惚れちゃった」
「だろだろ? この魔理沙様自信の合作だからな」
 感想に納得したらしい魔理沙は帽子の鍔を摘んで気持ち良さそうに笑う。
 まさかいつも強盗としてやってくる魔理沙からこんなプレゼントを受け取るとは意外だった。人の事は考えてない人間かと思ってたけど本当はそうじゃなかったんだ。
「ところでさ、折り入って頼みがあるんだがな」
「ん、私に頼み事なんて珍しいじゃない。どうしたの?」
「今度からさ、図書館から出る時とかに無視してくれないか? 流石にお前とメイド長が重なるとしんどくって仕方が無いんだ」
 とんでもない頼み事を魔理沙は耳打ちで伝えてきた。
 前言撤回。やっぱりこいつは人の事は考えてない。
「そんな事できる訳無いじゃないの。これじゃワイロみたいだし駄目よ」
「そりゃ残念だ、楽になると思ったんだがなぁ……まいっか、私からのプレゼントを喜んでくれたみたいだからな」
 魔理沙は少し残念そうな顔をするがすぐに再びいつものニカリとした笑顔を見せる。
 たまに人並み外れた事を考えて周りを困らせるが、他人が楽しむ事は考えているらしい。本当に恨むに恨めない人間だ。
「どうよ中国! あたいのさいきょーな芸術は!」
 魔理沙の横から自慢げに胸を張ってチルノちゃんが乗り出してきた。
 意外だったと言えばチルノちゃんがこの場に居合わせたことだ。私と顔を合わせればつんけんして悪戯してくるのに私を祝う場に居るのだろうか。
「確かに凄かったけど……良いの? 私を嫌ってるのにこんな事して」
「そりゃあ中国はあたいをいっつも邪魔してくるけどさ、その……えーっと」
 チルノちゃんはそこまで話すと急に落ち着きを無くして目を逸らして声を出そうにも出ないといった仕草を見せる。
 『けど』、何だというのだろう。
「――中国はあたいのライバルだからよ」
「……ライバル?」
「そうよ、ライバルよ! あたいをケチョンケチョンにしてくれちゃったのは中国が始めてだったんだからね! だからあんたはあたいのライバルなのよ、ライバルはいつも元気でいなきゃいけないからわざわざあたいがこうやって祝ってあげたのよ! 感謝しなさい!」
 やっと出た言葉をオウム返されると顔を赤くして感情が爆発した様に喋り始める。
 そうか、今までの悪戯とかは構ってもらいたいという気持ちの表れだったんだ。それを私は嫌っていると勘違いしてただけでどうって事ではなかったのか。
「つまり私が友達だから祝ってくれたのね、ありがとうチルノちゃん」
「ば、バカじゃないの!? ライバルよライバル、友達なんかじゃ無いわよバーカバーカ! 中国のバーカ、ふんだ!」
 感謝の言葉を投げ掛けてあげると益々顔を赤くして講義するとついにそっぽを向いてしまうが、これがチルノちゃんなりの照れ隠しなのだろう。
 嬉しいなら嬉しいと言ってくれれば良いのに。でもそこが素直に表せないのがチルノちゃんなのだろう。
 少し困りものだけどなんだか微笑ましく感じてしまう。
「めーいりん」
 言葉と共に背中に何かが抱き着いてそのまま首に撒きついていきた。そして肩から金の髪を湛えた頭を覗かせる。
「フ、フランドール様」
「フランで良いよー、それよりここに来て何年目だったっけ? まぁそんな事どうでも良いや、また弾幕ごっこで遊んでね」
「あ、あはは……その時はお手柔らかにお願いしますね、フラン様」
「わーい」
 フランドール様は無邪気な笑顔を浮かべながらクリスタルが付いた様な羽を目一杯羽ばたかせて喜びを表す。
 私がまだ内勤として働いてる時に何度か弾幕ごっこをした事があるけど、その際死ぬ気で避けて粘った事が気に入られたのか出合うとこうやって抱き着かれる事が多い。
 門番になってから出会う機会は少なくなったけど、その分出会うと思いっきり甘えてきてたまに弾幕ごっこも要請してくる。
 正直言うとフランドール様の弾幕は私にとっては凶悪過ぎて避けるのが手一杯、凄く疲れる。できればあまりやりたくない。
 でもこうも嬉しそうな顔をされるとついつい引き受けてしまう。大変だけどあれだけの笑顔を出してもらえるなら付き合う甲斐がある。
 今度お嬢様に休暇を貰ってフランドール様の相手をするのも悪くないかもしれない。
「どう、私が言ってた意味は分かった?」
 抱きついていたフランドール様を降ろしていると、どこかヤル気の欠けた声を出しながら霊夢が話しかけてくる。この場においても空気に流されない普段どおりの接し方だ。
「ようやく分かったわ、別に大して気にする事じゃなかったのね」
「そう言う事ね。ま、とりあえず勤務何周年か分かんないけどおめでとう、今度レミリアが異変起こそうとしたらその前にあんたが止めてね。一々動くのめんどくさいから」
「いやまぁ……できたらそうするね」
 いつも通りにそっけない言葉を投げ掛けてくる霊夢。だけどその口元は微かに微笑んでいて、それなりに祝ってくれているらしい。
 霊夢らしいと言えば霊夢らしい接し方だ。
「そこの猫イラズ2号」
 相変わらず不機嫌そうな顔をしたパチュリー様が音も立てずに近づいてきて薄目で私を見つめてくる。
 何をするのかと思っていたら手に持っていた本を開く。
「今日は特別に貴方の猫度調べてあげたわ」
「はぁ、猫度……ですか?」
 パチュリー様は持っていた本を顔の位置にまで上げて、私からは顔が窺えない状態になる。
 猫度と言うのは多分私がどれだけ門番として機能しているかを数値にしたものなのだろう。
 私は一体パチュリー様にどんな風に見えているのかちょっと気になる、できれば100点とか欲しいけど……
「貴方の猫度は10点」
「低っ!?」
 やっぱり駄目でした。
「当然よ。いつも黒ネズミを私の書房に侵入させるし弾幕も強くないそれどころか昼寝までして警備はザル門番として殆ど機能してない更にその周りに振り回される人間性はどうも威厳に欠けるそして何よりその恵まれた体が気に食わない故に10点本当なら0点にしてやりたい程よ、だからそんな猫度の低い貴方にはこれで十分」
 後半は明らかに私怨交じりのマシンガントークを言い終えたパチュリー様は手に持っていた本を軽い音を立てながら閉じ、その本をグイグイと私に押し付けてきた。
 受け取れという事なのだろうか。そのままにする訳にもいかないので訳が分からずにその本を受け取る。
「その本には猫度の上げる基礎知識から応用編まで描いてあるから、それでも見て猫度を上げなさい。猫度の低い猫イラズは要らないもの」
「え、あ、はい……」
「これでも用は済んだし私は帰るわ」
 訳が分からずしどろもどろになってしまうがパチュリー様はそんな私の返事も聞かずに背を向けて再び音も立てずに離れていく。
 確かに私は少し侵入者を増やしているのは事実だし、本を盗まれているパチュリー様にとってはあまり喜ばしく無いのは当然か。
 猫度を上げる本か、これを見てもっと頑張らないといけないかな。
「美鈴さん」
 持っていた本から目を離して顔を上げると小悪魔さんがおかしくて笑いを堪えきれないといった様子で覗き込んでいた。
「あまりパチュリー様の事を悪く思わないでくださいね、あれでも結構美鈴さんの事思ってるんですから」
「んーでも猫度低いとか言われちゃったしなぁ、それに良く魔理沙を通しちゃうし」
「それとこれはまた別問題ですよ。だってその本、美鈴さんの為にパチュリー様が書き下ろし――」
「余計な口出しは無用よ、小悪魔」
 小悪魔さんが全てを言い終える前にいつの間にかパチュリー様が私達の近くまで引き返していて小悪魔の肩をがっしりと掴んでいた。
 パチュリー様ってこんなに早く動く事ができたんだ。
「えー、でもー」
「とにかく、貴方には書房の整理があるんだから貴方ももう帰るのよ」
「これ位良いじゃないですかもう……では私達は帰りますね、美鈴さん、これからも頑張ってくださいね」
 首根っこを掴まれてパチュリー様に引きずられながら小悪魔さんは笑顔で手を振りながらその場を後にした。
「この本はパチュリー様の手製、か」
 なんだかんだでパチュリー様も私の事を思ってくれているらしい、なんだか安心した。私の為に本を作ってもらえるなんて思いもしなかったから尚更そう感じてしまう。
 普段はあまり外に出ないけどそれでも私に期待してくれてるんだ。ならその期待に応える為にこれからもがんばらなといけないなぁ。
「いつまで呆然としてるつもりよ、美鈴」
「お嬢様」
「とりあえずはおめでとうと言っておこうかしら」
「はい、ありがとうございます!」
 お祝いの言葉に私は頭を深く下げて感謝の気持ちを表す。私なんかの為にこんなに盛大に祝ってくれたお嬢様、感謝してもしきれない。
 暫く頭を下げた姿勢をしてから顔を上げると、腰を曲げたおかげでお嬢様の頭の高さと丁度同じ位置になっていて目が合う。
 目が合ったお嬢様は紅い眼を細めて口元をくすりと笑う。
「ところで、皆がプレゼントなんか用意してるもんだから私も何かプレゼントでもしようかと思ってたんだけど……」
「お、お嬢様からも!? いえそんな滅相もないです!」
「でも当主である私が使えない門番に対して労う『物』は持ってないわ」
「あぅ」
 相変わらず手厳しい。妖霧を出した夏の時も霊夢達に負けた咲夜さんを人間は使えないなんて言ったらしいからなぁ。
 できればそれがお嬢様流の冗談だと思いたい。
「だから貴方には『物』じゃなくて『権限』をあげる事にしたの」
「……権限、ですか?」
 するとお嬢様は人差し指を私の眉間目掛けて突き出してきた。突然の事に驚いてしまい前に曲げていた腰を今度は一気に後ろに反らし一歩後退りしてしまう。
 一歩退いた後もお嬢様はその場から動かずに指を指し続ける、脅かそうとそういう類ではなかったようだ。
 だけどその顔にはさっきまでの笑顔はなく、スカーレット当主としての威厳を示すような真剣な顔付きだった。
「貴方に特別な権限として、一度だけ私に対しての反逆を許してあげるわ」
「えーと……どゆ意味ですか?」
「言葉通りよ、この先貴方が私に反逆を起こしたとしても私はそれを一度だけ許してあげるって言ってるのよ」
「はぁ」
 良く分からない権限だというのが正直な感想だ。
 そんな事言われても結構困る、もし反逆したとしてもそれこそお嬢様達にボコボコにされるのが関の山だろうし何より私自身お嬢様に逆らうつもりは無い。
「お嬢様からのプレゼント、ありがたく頂きます。でもそれを使う機会は無いでしょう、私はお嬢様についていくと誓ってるんですから」
「そう、そうだと良いわね……ま、これからも頑張りなさいよ。ここは私の居場所で貴方の居場所でもあるんだからね」
「はい!」
 真剣だったお嬢様の顔付きもあっと言う間に消え去って再びくすりと笑いながら軽く手を振ってやれやれといった感情を表すがそれを真剣な言葉で返す。
 そうだとも、ここはお嬢様達が住まう場所であって私が住んでいる場所でもあるんだ。お嬢様の言葉で改めて実感する。
 私の居場所、その一言が胸を熱くする。ここに居ても良いと感じるのがここまで感動するものだとうは思わなかった。 
 目頭が熱い、奥から涙が出てきそうだ。でもここで泣いたら情けない、歯を食い縛ってなんとか溢れそうな涙を堪える。
 やっと涙を抑えきり目を開く、するとそこには咲夜さんがいつもの余裕の表情とお気に入りなのだろう腕を組んだ姿勢で立っていた。
「最後は私ね」
 咲夜さんが組んでいた腕を解いて右腕を頭上まで伸ばし高らかに指を鳴らすとさっきまで何もなかった右手には一つの包みが持たれていた。
 また時間を止めて持ち出したのだろうけど、当然といった様子でこなす辺りはいつ見ても流石と思わせる。
 掲げられていた包みはそのままゆっくりと私の目の前に差し出されたのでその包みを両手で受け取る。
 大きさは片手でも十分持てる程度で手に持てば柔らかくて簡単に形を変えるし軽い。中身は布か何かの様だ。
「中身が気になるって顔してるわね。良いわよ、広げてみなさいな」
 言われた通りに片手で包みを解く。
 中から出てきたのは一つの服だった。深い青が一際目立つ白いフリルが付いたエプロンと緑色のネクタイがあって……
「これってもしかしてあの時私が咲夜さんに贈った……」
「そうよ、霊夢達とやりあった時に破けちゃったから縫い直した後そのまましまっておいたの」
「ほほぉ、あの時着てたメイド服は門番のプレゼントだったのか。だが最近まったくそれを見なかったから捨てたのかと思ってたぜ」
「最近じゃ毎度の様にどこぞの黒いネズミが侵入してはかじりついて服を傷付けるから、代えの効く別のメイド服にしたのよ」
「衣類を傷つけるなんて酷いネズミも居たもんだな、早く退治した方が良いんじゃないか?」
「それもそうね、丁度今ならそのネズミも近くに居るしお嬢様達も居るから今度こそ退治できそうよ?」
「今夜はパーティーだ、パーティーは楽しむもので無駄な殺生をするもんじゃないから今夜は止めておけ。ネズミも一生懸命生きてるんだ」
「一生懸命でも度が過ぎれば退治の対象よ――話が逸れたわね」
 横目で皮肉の台詞を吐く咲夜さんに対して魔理沙は皮肉めいた笑顔をしながらやはり皮肉で返し更にそれを皮肉で返す、良くやってるとりとめの無い会話をした後咲夜さんは再び私に視線を戻す。
「だから貴方にはそれを返しておこうと思うのよ、プレゼントかどうかは微妙な所だけどね」
「で、でも私、メイド服は着ませんし、どうせなら咲夜さんが持ってた方が……」
「いいえ、貴方にこそ渡しておきたいの」
 受け取れないとメイド服を突き出したが咲夜さんはそれを押し返してくる。
 確かに元は私の私物ではあったけど、あの夜から咲夜さんの物になったのに何で今になって私に返してくるのだろう。
 ……もしかして新しい服があるからもう古いのは要らないという事なのだろうか。
 考えてみれば当然かもしれない。代えは沢山あるみたいだし、それに今のメイド服の方がフリルも沢山あって可愛らしいし、女の子なら綺麗で新しい方を選ぶのは当然か。
 これはお古だし、一度ボロボロになっちゃたし、今のメイド服より劣るのは仕方ない。
 でも、だからって返してくるなんて酷いじゃない。
 頭が熱くなってクラクラする。さっきやっと退いてくれた涙がまた出てきそうだ。
 駄目、ここじゃ泣かないって決めたじゃない。だから退きなさいよ、目頭を熱くして押し出てこようとないでよ。
「ちょっと美鈴、どうしたのよ」
「あ、いえ別になんともないですよ、はい。そうですよね当然ですよね、咲夜さんにはそっちの方が似合いますし古いのなんて要らないですよね、分かりましたこれは私が責任持って処分しますから気にしないでくださいね」
「処分? 貴方何か勘違いしてるわね」
「え?」
 上擦りながらなんとか答える事ができたが咲夜さんの一言と疑問を抱いた顔をする。それを見て私のフル回転してた思考が一旦停止する。
 勘違い?
 一体何を勘違いしたのだろう、まったく分からない。
 そんな考えが顔に出ていたのだろう、咲夜さんは呆れた顔をしてまたいつもの腕を組んだポーズをして見据えてくる。
「いやだって、これを私に返すって事はもうこれは必要なくって処分しろって事なのかなぁって……」
「はぁぁ……そんな事考えてたの、呆れた。そんな訳無いじゃない、早とちりしないでよねまったく」
「じゃっ、じゃぁどうしてこれを返してきたんですか?」
「……言わなきゃ分からないの? 仕方ないわね」
 そんな事も分からないのかと言いたげな表情をすると咲夜さんは深い溜息を吐き、考え込むかの様に暫く俯いてから上げた顔を上げた。
「貴方ならその服を大事に守ってくれると思ったからよ」
「え?」
「何度も言わせないでよ、貴方なら安心してその服を預けられるって言ったのよ」
「えぇとつまり、この服を捨てるつもりなんて」
「大事な服なんだから捨てる訳無いじゃない、皆の前で何度も言わせないでよ」
 少し恥ずかしそうに視線を逸らしながら出てきた言葉に熱くなっていた頭が一気に冷めていくのが感じられた。
 そう、私の早とちりで捨てるなんて一度も言ってない。だと言うのに何慌てて一人勝手に沈んでいたのだろう。
 これは私と咲夜さんとの関係を示す大事な代物の一つなんだから捨てるはずない。私と咲夜さんの絆が切れる訳がない。
「あぁ、良かった」
 一言呟いたら急に視界がぶれて地面が近くなる。安心したら足の力が抜けてそのままへたり込んじゃったみたいだ。
 そして次に襲ってきたのは顔が水で濡れる感覚、目が締め付けられる様な刺激と共に奥から何かが溢れ出す感覚に襲われる。
「大丈夫美鈴!? 突然泣き出したりして」
 へたり込んだ私に驚いた様で、咲夜さんが手を貸して立ち上がらせてくれた。
 なんとも情けない、泣かないと決心して数分で終わってしまった上にこうやって足腰が立たなくなってしまうんだから。
 でもそうなってしまう程に嬉しかった。自分でもなんでそうなってしまったのかも分からない、只胸が熱くて仕方なくってそんな感情しか出てこなかった。
「あはは……いえ、そこまでこれを大切に思ってんだなと思ったら嬉しくってつい……」
「それでへたり込むなんて大袈裟ね。ほら、主役が泣いてちゃ格好がつかないじゃない」
 咲夜さんはやれやれといった笑いを浮かべつつ差し出してくれたハンカチを受け取って涙を拭く。まだ目頭が熱を持っているが溢れ出ていた涙を止める事は出来た。
 涙を拭きとった事で滲んでいた視界が鮮明になると、皆の笑顔が飛び込んできた。その笑顔が今夜、私を祝福してくれているのだと改めて実感できた。
「ほら、主役が何も言わないでどうするのよ。ここの皆に何か言ってあげたらどう」
「そ、そうですね、ええっと何言えば良いんだろ、そのえっと……」
「別にそんなに深く考える事でもないわよ、只自分が思った事を言いなさい」
「自分が、思った事」
 咲夜さんの言葉に今一度冷静になる為に胸に手を当てて深呼吸、一人一人の顔を見る。
 いつも強行突破でお騒がせ者だけど憎めない魔理沙の人懐っこい笑顔。
 あまり友好的な顔は見せないけど見ていると落ち着いてくる霊夢のしとやかな笑顔。
 反感的な態度だけど本当は好いててくれたチルノちゃんの無理して押さえ込もうとしている笑顔。
 今はここに居ないけど、悪魔とは思えない程の子悪魔さんのにこやかな笑顔。表情があまり顔に出ないけど祝ってくれたパチュリー様の顔。
 相手をするのが時たまに命懸けだけどフランドール様の太陽の様な笑顔。
 我侭だけど仕える事が誇りに思えるレミリアお嬢様の気品ある笑顔。
 そして、私を信用してくれている咲夜さんの小さい頃から見てきた控え目な笑顔。
 全員の顔を見て今の自分の気持ちを言葉として表すなら――もうこれしか考えられない。

「皆さんありがとうどざいます。私、とても嬉しいです」

 もっと気の利いた言葉があったかもしれない、でも今の頭にはそれ位の言葉しか思い浮かばなかった。後は笑顔でいてくれている皆に笑顔で返してあげるのが一番の答えになる、そう思った結果だった。
「おし、門番の言葉も聴けたし二次会といくか! 咲夜、酒もってこい!」
「まだ呑むつもりなの? まぁ用意はしてあるけど」
 次の瞬間には咲夜さんの目の前にワインボトルと人数分のグラスが置かれた白いテーブルとが現れた。
 こうなる事を予測していたのだろう、ワインボトルには水滴がびっしり付いていていかにも冷えて準備万端と主張している。
「そんな訳だからこれから二次会になるんだけど、勿論貴方も参加するわよね? 美鈴」
「はい、よろこんで!」
 私の答えに咲夜さんは満足そうに微笑むとワインボトルを手に取り、テーブルに並べられているグラスに均一に赤いワインを注いでいく。そして注ぎ終わったグラスを丁重に一人一人に渡される。
「それではお嬢様、指揮をお願いします」
「わかったら。では我が紅魔館の門番、紅美鈴の祝って……」

「「「「「「かんぱーい!」」」」」」

 乾杯の合図と共にグラスを満たしていたワインを飲み干すと赤ワイン特有の渋みの効いた刺激と微かに喉を焼く感覚が襲い、次に頬が熱くなるのを感じる。
 ワインにはそこまで知識がある訳ではないけど、これは素人目でも分かる位に美味しい。そのまま何杯でもいけそうだ。
「美味しいでしょ。私がお嬢様に頼み込んで少しだけ上質なものを出してもらったのよ」
「咲夜さん……」
「お嬢様がここまでしてくれるのは稀よ? それだけ貴方に期待してるって事なんでしょうね」
「私に期待を……」
「だから貴方はこれからも何があってもこの紅魔館を守っていきなさいよ」
「っ! はい!」
 ふと外の音が耳の中の流れ込んでくる、いくつもの水の粒が地面に叩きつけられる音だ。きっと外は雨が降り始めたのだろう。
 でも今の紅魔館は咲夜さんの力で雨雲の無い月夜が広がっている、濡れる心配は何一つ無い。
 それにそんな事は私にとってどうでも良い事だ。
 だって、今はこの幸せをひたすら噛み締めていたいから。

     ○ ○ ○


  ――門番も楽な仕事じゃないけど、周りが笑顔で溢れてるこの紅魔館が私は大好きです――


     ○ ○ ○


美鈴は愛されてるよ、愛されてるよ!

どうも、会社も始まって書き上げる速度が激減、初めての長めな一人称物語で四苦八苦の更待酉です。

そんな訳でお姉さんな美鈴の物語第2章を送らせていただきました。
前回が過去を綴る物語でしたが今回は未来へと進んでいく話になっています。
もうちょっとだけ話は続きますが、幸せな美鈴だけ見たいって人はここで区切っても問題ないかと…

妙に長くなりましたが最後まで読んでいただきありがとうございました。
更待酉
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