太陽が湖面に顔を映す前、つまり夜明け前に紅魔館の門番は起床する。
まだ月と星が夜と一緒に踊っている時間ではあるが、門番はのそのそと起き上がる。
「ふわぁぁぁ」
まだ寝足りないといった表情で、大きなあくびを一つする。
門番は体に掛けていた穴だらけの毛布を三つ折にして、部屋の隅に整える。
部屋は板張りで所々にささくれがあるため、毛布の穴を引っ掛けないように細心の注意を払っておく。
何しろ、館の主から支給された寝具はこの毛布一枚だからだ。毛布がなければ、凍えて死んでしまうに違いない。何て優しい方だろう、主様は。
そして門番には服が二着しかない。しかも全く同じ服が二着。これをひたすらに着まわすのだ。
だから、今日もまた同じ服を着ている。しかしそのことで特別困ったことはなかった。
門番は新しい方の服に着替えると、部屋の扉に手をかける。
開ける途中で扉が止まったが、力技でそのまま開け放つ。扉の立て付けが悪いのはいつものことだった。
門番はそんなことも苦にせずに、後ろ手で倉庫の扉を閉めた。
そう、門番の部屋とは館の外に打ち立てられた倉庫のことだった。
倉庫は正門からは少し離れた所、敷地の内側からも外側からも見えにくい場所に建てられている。
風光明媚な湖と、それに同調する様に建っている館の景観を損なわぬための配慮らしい。
倉庫には掃除道具や、対妖怪用罠、対人間用罠、対妖精罠などの各種罠が備蓄されており、門番の仕事を完遂するために役立っている。
また、門番の私物もわずかながらしまってあり、ある意味で倉庫の役割をまっとうしていた。
倉庫とはいっても、煙突や窓がない点を除けば立派な家屋に見えるくらいには外見が良い。
石壁と西洋煉瓦によって限りなく洋風建築が演出されているので、一見して倉庫とは分からない。
「くわぁぁぁ」
門番は大口を開けて、またもあくびをする。
倉庫から仕事場、つまり正門までは徒歩十秒。
通勤時間としては申し分ない近場である。
門番がふと館の方を見ると、二階の廊下に窓拭きをしているように見えるメイドがいた。
そのメイドは窓の前で立ち止まり、いちいち懐中時計を出してはまたしまう。
そして、次の窓の前に移動して、また時計を出し入れする。
傍から見るとただの奇行だが、不自然なことに時計をしまうと目の前の窓が綺麗になるのだ。
「咲夜さん、早いなぁ。遅寝早起きは老化の…」
ボソっと門番が漏らすと同時に、門番の眼前にリンゴが現れた。
突如、現れたリンゴはそのまま門番の口に特攻、そしてジャストフィットする。
「ふがっ!」
門番は目を白黒させながら、口にはまった特大のリンゴを外す。
するとリンゴには小さな果物ナイフが刺さっていた。
果物ナイフは銀製で、柄には質素ながらも装飾が施されている。
門番が注意してリンゴを見ると、表面に何やら文字が刻んである。
「ん?」
刻まれたリンゴの皮からは果汁が垂れていたので、それを舌で舐めとると文字を解読する。
「えーと、なになに………つ、ぎ、は、り、ん、ご、な、し」
最後まで読んだ時点で、門番は驚愕した。そして芸の細かさに尊敬を抱きつつ、自分の失言をかつてないほどに省みた。
あわわわわ、と声にならない悲鳴をあげて門番は正門へと走り去った。リンゴをかじりながら。
***
紅魔館の主は吸血鬼である。
これは幻想郷の人間、妖怪の多くが知っていることであった。
紅霧異変で一躍有名となった吸血鬼姉妹は基本的には日中寝ている。
気まぐれで起きていることもあるが、日光がそこまで好きになれない種族であるため起きていても外出をすることは滅多にない。
紅魔館主、名をレミリア・スカーレットと言う。
紅魔館の影の実力者はメイド長である。
これは幻想郷の妖怪の中でもごく一部しか知らない。
時を操る能力を館内の家事全般に遺憾なく発揮させ、この人がいなければ紅魔館は一日で廃墟になると言わしめる程の人間である。
紅魔館メイド長、名を十六夜咲夜と言う。
他にも館には妖怪が住んでいる。そして、この館の門番もまた妖怪だった。
門番の仕事は、館の正門を侵入者から守ることである。
ある時は盾となり、またある時は矛となり館を侵す者を邀撃する。
土地柄か、侵入者は時に強大な力を持ってやってくる。
しかし、例え敵わぬ敵であろうとも、絶対に退いてはならない。
それが門番の仕事。
その仕事に抜擢される程度の力を、この門番は持っている。
そこらの田舎妖怪ならば一撃で追い払うくらいに、この門番は強いのである。
紅魔館門番付、名を紅美鈴と言う。
美鈴のよくある一日はこのように静かに、そしてあるいは騒々しく始まるのだった。
そして、今朝も美鈴の一日がスタートする。
「美鈴!美鈴いる!?」
遠くで咲夜さんが、呼んでいる。
あれ?体が動かない?なんで?どうして?
手も足も凍ったみたいに動かない。あれ?首も動かないや。
そもそも私、眼を開けているの?開けているならどうして真っ暗なんだろう?
「美鈴!!貴方、何やってるの!」
ごめんなさい、咲夜さん…私、私…
「んー、咲夜さん、あと五分だけ…」
…起きられませんでした……ぐぅ。
「あらそう、五分ね、わかったわ」
そう言うと、咲夜は懐中時計を取り出し、目を閉じる。
時間軸に干渉し、流れる時間を緩慢に、平たく、延ばして、延ばして。
同時にどこからか取り出したナイフを数本、美鈴に向かって投げる。
投げられたナイフは加速、さらには失速し、美鈴の寝顔の数センチ手前で停止する。
「それじゃ美鈴、私は仕事に戻るわ」
「………んー」
咲夜がナイフを投げてからおよそ四分と三十秒後に美鈴は奇跡的に目覚めた。
そう、あらゆる意味で目が醒めた。
寝ぼけ眼が捉えたのは数十秒後の死だった。
「ほあちゃーーーーー??!!」
自分でもよく分からない叫びをあげながら、全力で寝床から後退する。
ドドドド!!!
直後、美鈴の頭部があった場所にナイフが連続して突き刺さる。
恐る恐る布団をめくると、薄い敷き布団を貫通して、床板まで突き刺さっていた。
もはや人間業ではなかった。美鈴はガクガクと震えた。
美鈴は妖怪だが、人間の咲夜に頭が上がらなかった。
しかし、そこは妖怪。頭の回転は遅いが、切り替えは割と早かった。
布団からナイフを引き抜くと、刃についた糸くずを指でつまみ取る。
ナイフを一度棚の上に置くと、布団を折りたたみ部屋の隅に寄せる。
そしてナイフを手に取り、外に出る。
太陽はまだ顔を覗かせたばかりだったが、完全に仕事に遅刻している。
ここまで遅刻したなら、少しくらい寄り道をしても構わないだろう。
そう判断した美鈴は正門とは逆の、館に向かって歩き出した。
「さて、ナイフを返しにいこう」
と思ったが、掃除中の咲夜に声をかけてロクな目にあった試しがない。
瞬時に自分の保身を考え、立ち止まる。
ナイフは後で会った時に返そう。そうだ咲夜さんの仕事の邪魔をしてはいけない。
ひとしきり自問自答を繰り返した後、館の方向に向けた足を百八十度ターンさせ、美鈴は正門に向かった。
正門前で日課の太極拳をこなすと、途端に暇になった。
暇になるのは平和である証拠だから、それはそれで結構なのだが。
門番としては、仕事のやりがいがないというものだった。
ちなみに門番の仕事の中には門周りの掃除も含まれているが、美鈴は掃除が余り好きではなかった。
好きではないというより、得意ではなかった。美鈴は何かが集まっていることより、散っていることの方が好きである。
それもただ単に散っているのではなく、盛大に絢爛豪華に飛散しているのが好きである。
このことを掃除中の咲夜に嬉々として語った美鈴は一度殺されかけたことがあった。
以来、美鈴は掃除をある程度マメにするようになった。
門周りの掃除をすること、数時間。
美鈴の元に、館のメイド妖精が昼食を運んできた。
待ちに待った昼食、持っていた箒を投げ捨て妖精メイドに走り寄る。
「今日の昼ご飯は何かなぁ~?」
特段、力を使ったわけではないが無性に腹が減ってしまっていた。
そして何より、朝食を抜いていることに加え、今日の昼食は咲夜の手作り。
その相乗効果たるや、いかなる中国の秘術を用いても辿り着けない食の境地に一足飛びで到達可能だった。
涎をたらさんばかりに、妖精メイドから昼食を受け取ると布包みを開く。
すると、一枚の紙が入っていた。
「ん?なんだこれ?」
美鈴は紙の裏面に何やら文字が書かれているのに気付き、紙を裏返す。
“寝坊遅刻につき、昼食抜き”
そこには達筆な文字で、極刑宣告がなされていた。
大地に崩れ落ちる美鈴。その姿を不思議そうな目で見る妖精メイド。
しばらくの間沈黙がその場を支配し、妖精メイドがそっとその場を離れた直後。
「ひゃっほーーーー!」
遅い朝食を済ませた自然派魔法使いが湖の向こうから最高速度で突っ込んできた。
それはもう、曲がることを考えない疾風怒濤の勢いで湖面すれすれに飛行する弾丸だった。
風圧で水しぶきが巻き上がり、霧の湖に虹がかかる。
水面下でくつろいでいた魚達は驚いて逃げ出し、蓮の上で日光浴をしていた妖精までもが腰を抜かした。
「またアイツか……」
大地に伏していた美鈴はよっこらせと体を起こす。
遠くを見れば、よくもまぁ堂々と侵入者がこちらに向かってきているではないか。
これから貴方のお家に突撃致します、と張り紙がされてるくらいに分かりやすい。
分かりやすい、が相手はあの霧雨魔理沙だ。
この自然派魔法使いに美鈴は幾度と無く敗れている。
門番が敗れれば、当然のように館への侵入を許すこととなる。
侵入を許せば、咲夜に烈火のごとくお怒りを頂くことになる。
それだけは絶対に避けたい。あの人が怒ると寿命が縮んでしまう。
「今日という今日は、絶対にこの門を通らせないっ!」
美鈴はそう叫ぶと、地面を両足で踏みしめ、腰を落とす。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ギンッと前方を睨むと、左拳を向かい来る敵に向け、右拳を胸元で溜める。
そして、目を閉じ、一呼吸をゆっくりと済ませる。
その様子を遠方から見ていた自然派魔法使いはニカッと笑うとさらに加速した。
「その勝負、受けて立つぜ!」
美鈴はその言葉に呼応するように目を開けると、全身に込められた気力を爆発させた。
「せぇいやぁぁぁぁぁっっ!!!」
刹那、踏みしめた地面がへこみ、砂塵が舞う。
美鈴は全身全霊の力を込めた右拳を、目にも止まらぬ速度で打ち出す。
その拳は唸りをあげ、迫り来る自然派魔法使いを捉えた。
最初は静かだった湖面が、美鈴が拳を打ち出した瞬間から波打ち始める。
そしてその波は意志を持ったかのように、荒れ狂い、一つのうねりとなって自然派魔法使いに襲い掛かった。
「おっ!今日は一段と気合が入ってるなぁ!こっちも負けていられないぜ!よっ!」
目の前に迫る津波に物怖じせずに、魔理沙は箒の上に立ち上がる。
風に飛ばされないように帽子を口でくわえ、津波に向かって両手を突き出す。
右手を銃の形に、そして左手を銃把に添える様に形作る。
途端、魔理沙の体に火が灯る。
魔理沙の全身を駆け巡る魔力の奔流。
その流れは突き出した右手のさらに人差し指に集束する。
人差し指からはバチバチッと火花があがり、まるで小さな太陽があるかのような明るさを保ち始めた。
魔理沙はその球体にそっと指を挿すと、狙いをすまし、魔力の引き金を引いた。
「なっ?!」
館の前に居た美鈴が見たのは、波に飲まれるはずだった、魔理沙だった。
全力に近い、気の遠当てを湖の水を媒介に相手にぶつけた。
美鈴も腐っても妖怪だ、いくら相手が魔法使いであろうと直撃すればまともでは済まない。
そう、直撃すれば。
もし、直撃しなかったら…。
美鈴が起こした津波に異変が起きていた。
丁度、魔理沙が飲み込まれた辺りに、ぽっかりと穴が開いている。
雷鳴のような、炸裂音と共にその弾丸は穴から飛び出してくる。
「甘いっ!甘いぜ、門番!本日は晴天なり、明後日もきっと晴天なり、の霧雨魔理沙様だぜ!」
水飛沫をあげながら、クルクルクルと螺旋を描き飛来する箒の少女。
螺旋が幾重にも重なり、飛行機雲のごとく魔力の光帯を映し出す。
織り重なる絨毯のような光帯はやがて、真昼の空に星を浮かび上がらせる。
「畜生、またアレかっ!」
握りこぶしをきつく固める美鈴。
魔理沙が放つ星屑の幻想は、速度を上げつつ、無数の散弾となって美鈴に降り注ぎ始める。
いつもアレにやられる。
あの星屑は私だけを狙っていない。
私の背後には守るべき門と、館。
塵芥一つさえ、私の後ろに通らせはしない!
私はこの紅魔館の正門を任された者!
「さぁっ来なさいっ!アンタの弾幕、今日こそ全て纏めて、受け切るっ!」
***
昼間の弾幕勝負より数刻経った夕方、紅魔館の正門前。
「おーい、生きてるかー」
美鈴は妙に間延びした声に起こされる。
「ん、んん…」
「おお、生きてるな、よしよし」
美鈴の前には山ほどの本を懐に抱えた魔法使い兼泥棒がいた。
「畜生―っ!まただー!またやられた…咲夜さんに怒られる…パチュリー様にも…レミリア様にも…」
がっくりと膝をつき、地面に土下座する美鈴。
「そう落ち込むなよ、な?」
「………うるさい」
石を湖に投げる。ポチャン。
「中でメシでも食おうぜ?」
「お、お前が言うなーーっ!」
夕焼け空に美鈴の絶叫がこだました。
家路を辿るカラスがそれをあざ笑うかのように、ひとつ鳴いた。
まだ月と星が夜と一緒に踊っている時間ではあるが、門番はのそのそと起き上がる。
「ふわぁぁぁ」
まだ寝足りないといった表情で、大きなあくびを一つする。
門番は体に掛けていた穴だらけの毛布を三つ折にして、部屋の隅に整える。
部屋は板張りで所々にささくれがあるため、毛布の穴を引っ掛けないように細心の注意を払っておく。
何しろ、館の主から支給された寝具はこの毛布一枚だからだ。毛布がなければ、凍えて死んでしまうに違いない。何て優しい方だろう、主様は。
そして門番には服が二着しかない。しかも全く同じ服が二着。これをひたすらに着まわすのだ。
だから、今日もまた同じ服を着ている。しかしそのことで特別困ったことはなかった。
門番は新しい方の服に着替えると、部屋の扉に手をかける。
開ける途中で扉が止まったが、力技でそのまま開け放つ。扉の立て付けが悪いのはいつものことだった。
門番はそんなことも苦にせずに、後ろ手で倉庫の扉を閉めた。
そう、門番の部屋とは館の外に打ち立てられた倉庫のことだった。
倉庫は正門からは少し離れた所、敷地の内側からも外側からも見えにくい場所に建てられている。
風光明媚な湖と、それに同調する様に建っている館の景観を損なわぬための配慮らしい。
倉庫には掃除道具や、対妖怪用罠、対人間用罠、対妖精罠などの各種罠が備蓄されており、門番の仕事を完遂するために役立っている。
また、門番の私物もわずかながらしまってあり、ある意味で倉庫の役割をまっとうしていた。
倉庫とはいっても、煙突や窓がない点を除けば立派な家屋に見えるくらいには外見が良い。
石壁と西洋煉瓦によって限りなく洋風建築が演出されているので、一見して倉庫とは分からない。
「くわぁぁぁ」
門番は大口を開けて、またもあくびをする。
倉庫から仕事場、つまり正門までは徒歩十秒。
通勤時間としては申し分ない近場である。
門番がふと館の方を見ると、二階の廊下に窓拭きをしているように見えるメイドがいた。
そのメイドは窓の前で立ち止まり、いちいち懐中時計を出してはまたしまう。
そして、次の窓の前に移動して、また時計を出し入れする。
傍から見るとただの奇行だが、不自然なことに時計をしまうと目の前の窓が綺麗になるのだ。
「咲夜さん、早いなぁ。遅寝早起きは老化の…」
ボソっと門番が漏らすと同時に、門番の眼前にリンゴが現れた。
突如、現れたリンゴはそのまま門番の口に特攻、そしてジャストフィットする。
「ふがっ!」
門番は目を白黒させながら、口にはまった特大のリンゴを外す。
するとリンゴには小さな果物ナイフが刺さっていた。
果物ナイフは銀製で、柄には質素ながらも装飾が施されている。
門番が注意してリンゴを見ると、表面に何やら文字が刻んである。
「ん?」
刻まれたリンゴの皮からは果汁が垂れていたので、それを舌で舐めとると文字を解読する。
「えーと、なになに………つ、ぎ、は、り、ん、ご、な、し」
最後まで読んだ時点で、門番は驚愕した。そして芸の細かさに尊敬を抱きつつ、自分の失言をかつてないほどに省みた。
あわわわわ、と声にならない悲鳴をあげて門番は正門へと走り去った。リンゴをかじりながら。
***
紅魔館の主は吸血鬼である。
これは幻想郷の人間、妖怪の多くが知っていることであった。
紅霧異変で一躍有名となった吸血鬼姉妹は基本的には日中寝ている。
気まぐれで起きていることもあるが、日光がそこまで好きになれない種族であるため起きていても外出をすることは滅多にない。
紅魔館主、名をレミリア・スカーレットと言う。
紅魔館の影の実力者はメイド長である。
これは幻想郷の妖怪の中でもごく一部しか知らない。
時を操る能力を館内の家事全般に遺憾なく発揮させ、この人がいなければ紅魔館は一日で廃墟になると言わしめる程の人間である。
紅魔館メイド長、名を十六夜咲夜と言う。
他にも館には妖怪が住んでいる。そして、この館の門番もまた妖怪だった。
門番の仕事は、館の正門を侵入者から守ることである。
ある時は盾となり、またある時は矛となり館を侵す者を邀撃する。
土地柄か、侵入者は時に強大な力を持ってやってくる。
しかし、例え敵わぬ敵であろうとも、絶対に退いてはならない。
それが門番の仕事。
その仕事に抜擢される程度の力を、この門番は持っている。
そこらの田舎妖怪ならば一撃で追い払うくらいに、この門番は強いのである。
紅魔館門番付、名を紅美鈴と言う。
美鈴のよくある一日はこのように静かに、そしてあるいは騒々しく始まるのだった。
そして、今朝も美鈴の一日がスタートする。
「美鈴!美鈴いる!?」
遠くで咲夜さんが、呼んでいる。
あれ?体が動かない?なんで?どうして?
手も足も凍ったみたいに動かない。あれ?首も動かないや。
そもそも私、眼を開けているの?開けているならどうして真っ暗なんだろう?
「美鈴!!貴方、何やってるの!」
ごめんなさい、咲夜さん…私、私…
「んー、咲夜さん、あと五分だけ…」
…起きられませんでした……ぐぅ。
「あらそう、五分ね、わかったわ」
そう言うと、咲夜は懐中時計を取り出し、目を閉じる。
時間軸に干渉し、流れる時間を緩慢に、平たく、延ばして、延ばして。
同時にどこからか取り出したナイフを数本、美鈴に向かって投げる。
投げられたナイフは加速、さらには失速し、美鈴の寝顔の数センチ手前で停止する。
「それじゃ美鈴、私は仕事に戻るわ」
「………んー」
咲夜がナイフを投げてからおよそ四分と三十秒後に美鈴は奇跡的に目覚めた。
そう、あらゆる意味で目が醒めた。
寝ぼけ眼が捉えたのは数十秒後の死だった。
「ほあちゃーーーーー??!!」
自分でもよく分からない叫びをあげながら、全力で寝床から後退する。
ドドドド!!!
直後、美鈴の頭部があった場所にナイフが連続して突き刺さる。
恐る恐る布団をめくると、薄い敷き布団を貫通して、床板まで突き刺さっていた。
もはや人間業ではなかった。美鈴はガクガクと震えた。
美鈴は妖怪だが、人間の咲夜に頭が上がらなかった。
しかし、そこは妖怪。頭の回転は遅いが、切り替えは割と早かった。
布団からナイフを引き抜くと、刃についた糸くずを指でつまみ取る。
ナイフを一度棚の上に置くと、布団を折りたたみ部屋の隅に寄せる。
そしてナイフを手に取り、外に出る。
太陽はまだ顔を覗かせたばかりだったが、完全に仕事に遅刻している。
ここまで遅刻したなら、少しくらい寄り道をしても構わないだろう。
そう判断した美鈴は正門とは逆の、館に向かって歩き出した。
「さて、ナイフを返しにいこう」
と思ったが、掃除中の咲夜に声をかけてロクな目にあった試しがない。
瞬時に自分の保身を考え、立ち止まる。
ナイフは後で会った時に返そう。そうだ咲夜さんの仕事の邪魔をしてはいけない。
ひとしきり自問自答を繰り返した後、館の方向に向けた足を百八十度ターンさせ、美鈴は正門に向かった。
正門前で日課の太極拳をこなすと、途端に暇になった。
暇になるのは平和である証拠だから、それはそれで結構なのだが。
門番としては、仕事のやりがいがないというものだった。
ちなみに門番の仕事の中には門周りの掃除も含まれているが、美鈴は掃除が余り好きではなかった。
好きではないというより、得意ではなかった。美鈴は何かが集まっていることより、散っていることの方が好きである。
それもただ単に散っているのではなく、盛大に絢爛豪華に飛散しているのが好きである。
このことを掃除中の咲夜に嬉々として語った美鈴は一度殺されかけたことがあった。
以来、美鈴は掃除をある程度マメにするようになった。
門周りの掃除をすること、数時間。
美鈴の元に、館のメイド妖精が昼食を運んできた。
待ちに待った昼食、持っていた箒を投げ捨て妖精メイドに走り寄る。
「今日の昼ご飯は何かなぁ~?」
特段、力を使ったわけではないが無性に腹が減ってしまっていた。
そして何より、朝食を抜いていることに加え、今日の昼食は咲夜の手作り。
その相乗効果たるや、いかなる中国の秘術を用いても辿り着けない食の境地に一足飛びで到達可能だった。
涎をたらさんばかりに、妖精メイドから昼食を受け取ると布包みを開く。
すると、一枚の紙が入っていた。
「ん?なんだこれ?」
美鈴は紙の裏面に何やら文字が書かれているのに気付き、紙を裏返す。
“寝坊遅刻につき、昼食抜き”
そこには達筆な文字で、極刑宣告がなされていた。
大地に崩れ落ちる美鈴。その姿を不思議そうな目で見る妖精メイド。
しばらくの間沈黙がその場を支配し、妖精メイドがそっとその場を離れた直後。
「ひゃっほーーーー!」
遅い朝食を済ませた自然派魔法使いが湖の向こうから最高速度で突っ込んできた。
それはもう、曲がることを考えない疾風怒濤の勢いで湖面すれすれに飛行する弾丸だった。
風圧で水しぶきが巻き上がり、霧の湖に虹がかかる。
水面下でくつろいでいた魚達は驚いて逃げ出し、蓮の上で日光浴をしていた妖精までもが腰を抜かした。
「またアイツか……」
大地に伏していた美鈴はよっこらせと体を起こす。
遠くを見れば、よくもまぁ堂々と侵入者がこちらに向かってきているではないか。
これから貴方のお家に突撃致します、と張り紙がされてるくらいに分かりやすい。
分かりやすい、が相手はあの霧雨魔理沙だ。
この自然派魔法使いに美鈴は幾度と無く敗れている。
門番が敗れれば、当然のように館への侵入を許すこととなる。
侵入を許せば、咲夜に烈火のごとくお怒りを頂くことになる。
それだけは絶対に避けたい。あの人が怒ると寿命が縮んでしまう。
「今日という今日は、絶対にこの門を通らせないっ!」
美鈴はそう叫ぶと、地面を両足で踏みしめ、腰を落とす。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ギンッと前方を睨むと、左拳を向かい来る敵に向け、右拳を胸元で溜める。
そして、目を閉じ、一呼吸をゆっくりと済ませる。
その様子を遠方から見ていた自然派魔法使いはニカッと笑うとさらに加速した。
「その勝負、受けて立つぜ!」
美鈴はその言葉に呼応するように目を開けると、全身に込められた気力を爆発させた。
「せぇいやぁぁぁぁぁっっ!!!」
刹那、踏みしめた地面がへこみ、砂塵が舞う。
美鈴は全身全霊の力を込めた右拳を、目にも止まらぬ速度で打ち出す。
その拳は唸りをあげ、迫り来る自然派魔法使いを捉えた。
最初は静かだった湖面が、美鈴が拳を打ち出した瞬間から波打ち始める。
そしてその波は意志を持ったかのように、荒れ狂い、一つのうねりとなって自然派魔法使いに襲い掛かった。
「おっ!今日は一段と気合が入ってるなぁ!こっちも負けていられないぜ!よっ!」
目の前に迫る津波に物怖じせずに、魔理沙は箒の上に立ち上がる。
風に飛ばされないように帽子を口でくわえ、津波に向かって両手を突き出す。
右手を銃の形に、そして左手を銃把に添える様に形作る。
途端、魔理沙の体に火が灯る。
魔理沙の全身を駆け巡る魔力の奔流。
その流れは突き出した右手のさらに人差し指に集束する。
人差し指からはバチバチッと火花があがり、まるで小さな太陽があるかのような明るさを保ち始めた。
魔理沙はその球体にそっと指を挿すと、狙いをすまし、魔力の引き金を引いた。
「なっ?!」
館の前に居た美鈴が見たのは、波に飲まれるはずだった、魔理沙だった。
全力に近い、気の遠当てを湖の水を媒介に相手にぶつけた。
美鈴も腐っても妖怪だ、いくら相手が魔法使いであろうと直撃すればまともでは済まない。
そう、直撃すれば。
もし、直撃しなかったら…。
美鈴が起こした津波に異変が起きていた。
丁度、魔理沙が飲み込まれた辺りに、ぽっかりと穴が開いている。
雷鳴のような、炸裂音と共にその弾丸は穴から飛び出してくる。
「甘いっ!甘いぜ、門番!本日は晴天なり、明後日もきっと晴天なり、の霧雨魔理沙様だぜ!」
水飛沫をあげながら、クルクルクルと螺旋を描き飛来する箒の少女。
螺旋が幾重にも重なり、飛行機雲のごとく魔力の光帯を映し出す。
織り重なる絨毯のような光帯はやがて、真昼の空に星を浮かび上がらせる。
「畜生、またアレかっ!」
握りこぶしをきつく固める美鈴。
魔理沙が放つ星屑の幻想は、速度を上げつつ、無数の散弾となって美鈴に降り注ぎ始める。
いつもアレにやられる。
あの星屑は私だけを狙っていない。
私の背後には守るべき門と、館。
塵芥一つさえ、私の後ろに通らせはしない!
私はこの紅魔館の正門を任された者!
「さぁっ来なさいっ!アンタの弾幕、今日こそ全て纏めて、受け切るっ!」
***
昼間の弾幕勝負より数刻経った夕方、紅魔館の正門前。
「おーい、生きてるかー」
美鈴は妙に間延びした声に起こされる。
「ん、んん…」
「おお、生きてるな、よしよし」
美鈴の前には山ほどの本を懐に抱えた魔法使い兼泥棒がいた。
「畜生―っ!まただー!またやられた…咲夜さんに怒られる…パチュリー様にも…レミリア様にも…」
がっくりと膝をつき、地面に土下座する美鈴。
「そう落ち込むなよ、な?」
「………うるさい」
石を湖に投げる。ポチャン。
「中でメシでも食おうぜ?」
「お、お前が言うなーーっ!」
夕焼け空に美鈴の絶叫がこだました。
家路を辿るカラスがそれをあざ笑うかのように、ひとつ鳴いた。
ぬるい話は大好物。もっとやってくれ。
咲夜さんwwまじ瀟洒wwうぇwwww
>美鈴は何かが集まっていることより、散っていることの方が好きである。それもただ単に散っているのではなく、盛大に絢爛豪華に飛散しているのが好きである。
美鈴wwまじww男前www
>魔理沙は箒の上に立ち上がる。
曲芸士ですか? 器用だな。そんな魔理沙は嫌いじゃない。
>がっくりと膝をつき、地面に土下座する美鈴。
ここで土下座という表現を使うのはどうかと思います。くずおれるだの崩れ落ちるだののほうが自然な気がします。
さて、全文改行の上、一行改行という体裁は、私は嫌いじゃないのですが、読みづらいと感じる人もいます。普通のと言ったら語弊がありますが、改行は控えめに使いましょう。あまり守られていませんが、! と? の後ろに文章が続くときには後ろにスペースを入れ、……は二個並べて使うのが、一般的です。気をつけましょう。
内容に関してですが、本当に面白くも何とも無い小話ですね。小話は嫌いじゃありませんが、こうもぬるいとちょっと。ぬるぬるです。ぬるすぎます。だが、そこが良……くない。第一、紅美鈴のよくある一日といいながら、一日もたってないやん。思わず突っこんでしまいます。ぬるいならぬるいなりにもっとぬるさをたっぷりと書きましょう。ぬるい作品といいながら、ぬるさが足りない。
地獄耳なんですね~~。
本当に人間なんでしょ・・・・・・・(ギャーーーーーーーーー!!!!!