本作品は作品集その40の
稗田さんちの阿求さん
博麗さんちの霊夢さん
桃色幻想郷縁起
人形師と少女
作品集その41(になるのでしょうか)
霊夢主義
各作品の流れを組んだ最終章となっております。
特に博麗霊夢の性格が大分原作とは異なるものとなっておりますので、
なにとぞご理解頂きたく思います。
それでもこの馬鹿めがしたためました文章が気になる方は、是非是非一読ください。
この先カメの足で地球二周分
↓
幻想郷の秩序を保つ為には、皆に見えぬような努力を必要とされる。
もとより怠け者の烙印を押されている存在が、よもや水鳥の如き労力を費やしているとは何処の誰も
思いはしないだろう。
もう幻想郷に博麗大結界が張られてどれだけの時間が経ったのか。妖怪からすれば瞬きの間であろう
が、人間周期からすればなかなかに長い月日である。
大結界の維持、幻想郷秩序の平定。これ等は、ただ放っておけばいつか崩れるものだ。永遠はありは
しない。四季映姫ヤマザナドゥの言葉が、実に重く感じられる。例え幻想で編まれたこの幻想郷とて
全て一定ではないし、時間経過には逆らえない。
結界の維持だけならば、この大妖怪八雲紫さえいれば、持ちこたえさせる事は出来る。それに博麗の
巫女が居る限り、この秩序は崩れない。
では、永遠ではなく、心配であるもの。ちょっとした変化によって全てが瓦解してしまう可能性を秘
めるものとはなんだろうか。
それは勿論、幻想郷の住人という存在だ。
八雲紫はいつも通り、ダレていた。しかし今日に限ってはただダレている訳ではない。ゆかりんなり
の悩みがあるのだ。永久を生きる存在である妖怪とて、悩みはある。稗田阿求、八意永琳等が提唱し
ている通り、肉体的心配はなくとも、妖怪は精神的な影響を非常に受けやすい。
人間とはかけ離れた思考を持ち、常識が通じず、桁外れの力を持つ妖怪。その幻想郷最大の存在たる
八雲紫が何を悩むのか。
問題は一重に、結界の相方とでも言うべき人間、博麗霊夢についてだ。
以前、伊吹萃香が心を開かぬ博麗霊夢に対して施した出来事がある。正に偶然の産物であったあの事
件は、紫が想像していた以上の効果を博麗霊夢に齎していた。
一度皆の前で泣いて……吹っ切れたのかもしれない。
元来楽天的な性格も手伝ったのかもしれないが……どうも、節操がなくなった。紫自身、博麗霊夢の
思惑を理解しつつ付き合ってはいるが、まさか今度はあの鴉天狗にまで手をかけるとは。
「霊夢……恐ろしい子……」
紫は豊満な体を一人抱いて身震いする。公平が変な方向に公平になってしまった霊夢は、その攻撃力
を遺憾なく発揮し、自分を含め、六、七人の心の一部を掌握している。まさに来るもの拒まず。
紫の最優先事項。結界と幻想郷秩序の維持であるが、霊夢の暴走も、元はこの思惑の元にあったもの
である。御阿礼の子への促しも、人形師の事件も、計算の下にあったはずだ。
なのに、伊吹萃香が施した「手術」により、強制的に変える必要などなかった博麗霊夢が変わってし
まった。勿論、それに協力してしまったのは、自分の失態である。
伊吹萃香の行動を自分でコントロールしようとした結果の誤算だ。
博麗霊夢の覚醒である。
今や幻想郷主要人物であるレミリアスカーレット、紫に並ぶ力を持つ伊吹萃香、人間にしては強い力
を持つ霧雨魔理沙、そして当人たる八雲紫ですら、博麗霊夢を無しにしては、少なくとも今現在はあ
りえない。
戦力が偏りすぎる。
我等が八雲家、博麗神社、紅魔館、白玉楼、永遠亭、彼岸、妖怪山、人里の有力者である稗田。
紫も恥ずかしながら、この八大勢力のうち三つが博麗霊夢の勢力下に収まってしまっている。人里は
コントロールが利くとしても、更には白玉楼、永遠亭まで落とされた場合、権力が一点集中してしま
うではないか。まして今度は妖怪山の天狗にまで手を出した。
紫の目算でも、鴉天狗射命丸文は、弱くはない。いや、強い。そして間接的とはいえ、霊夢配下たる
霧雨魔理沙は、御阿礼の子と親しい関係を築いている。
それはあまりにも紫の思想には合致しない。
「紫様、ちょっと……」
「なぁに?藍」
何処からともなく現れた八雲藍が、紫に耳打ちする。
「白玉楼の魂魄妖夢が、博麗神社に向かいました」
「……おつかい、にしてはどうかしらね」
「手土産は、何故か紅白餅でした」
「……魂魄妖夢の様子は」
「はい。『非常に嬉しそう』でした」
「ま、参ったわね……」
「何故でしょう。掌握されて困るのは西行寺幽々子様ではないんですか?」
「白玉楼の庭から家計まで全て抑えているのが、実質的にあの魂魄妖夢よ。食事を抜かれたりしたら
幽々子がぶちぎれて大異変になるわ。このように、問題は幽々子でなく妖夢なの」
「……うぅん……博麗霊夢さえ変な気を起さないのならば、それはそれで秩序は保てると思うんです
が……」
「それは何故?」
「はい。幻想郷には統治機構がありません。しかし各勢力の代表が一度に博麗神社に会せるのであれ
ば、それはそれでバランスが保てます」
「甘いわ、藍」
「はぁ?」
「幻想郷っていうのはね、エゴイズムの塊なの。皆が皆自分の為に動いているの。それによって長年
調和が保たれてきたのよ。その調和をわざわざ崩し、誰かの元に治める必要なんてないわ」
「無政府主義であると」
「ここは『幻想郷』よ。外の秩序と同じで成功はしないわ。まして博麗霊夢に集まっている人間皆自
分の為なのよ?争いになったらダレが止めるのよ」
「それは勿論紫様……」
「やぁよ」
「何故!?」
「だって霊夢は誰にも渡したくないもの。むしろ争いに参加するわ」
……。
そもそもの話だが、この八雲紫自身もまた、個人の為に動いているのである。幻想郷秩序は、八雲紫
の私利私欲の延長線上に、あるのである。
「それにしても霊夢……一体何を考えているのかしら……」
嗚呼儚き幻想郷。明日はどっちだ。
1 魂魄妖夢
魂魄妖夢は機嫌が良かった。何故機嫌が良いかといえば、あの博麗霊夢が謝罪してくれるというのだ。
本来ならば自分から来い阿呆と斬り捨てる所だが、あの大馬鹿者が頭を下げると聞かされて、自分か
ら行くと申し出た。
何についての謝罪かといえば、春雪異変の時のものである。これは幽々子に非があったと言っても、
結界をぶち破った挙句乗り込み魂魄妖夢と西行寺幽々子を問答無用で叩きのめしたのだから、自分に
も非がある、という事だ。
まさかこんな話の解る人間であるとは知らなかった。
物事キッチリ区切をつけたい主義の妖夢からすると、もっと別の形での出会いはなかっただろうかと
考えていた矢先の朗報である。何も好きで斬りあいたくなどないのだ。
関係の浄化を試みてくれるというのならば、それは自分から赴くのも苦ではない。非は此方にもある
のだから。
と、いう事で目出度く思い紅白餅などを持参した訳だ。
緑萌える鎮守の森に囲まれた長い階段を上り、博麗神社を目指す。何時もは飛んでばかりなのでこの
感覚も新鮮だなと感じながら足を進める。何がそこまで魂魄妖夢の心を軽くするのか。半人半霊の妖
夢の心は深遠である。
と説明するは易いが、もっと分かりやすいものがあった。
自分は半分幽霊であるが、半分は人間である。今思えば、人外ばかりとの付き合いが多かった。亡霊
に幽霊に妖怪に、人里へ降りても大した知り合いはいない。
ではどこに自分の人間の部分があるのか、と自問自答すれば、実質あまりないのである。
それ故に、今回の霊夢の意向は望ましかった。
そもそもあまり人間と接点のない博麗霊夢だ。その人間に接点の無い者同士であれば、本来ならもっ
と親しい関係になれるのではないだろうか?
この部分は所詮人間。常に幽々子という至上の存在がありながらも、やはり寂しいのである。
「あら、妖夢じゃない」
「こんにちは、霊夢」
階段を上りきった場所。大鳥居の下に紅白は居た。竹箒を携えて掃除をしている風に見えるが、あま
り捗っている節はない。
「悪いわね、わざわざ足を運ばせて」
「いや。好きで『足』を運んだのだから。何も霊夢が謝る必要はないよ」
「そう。じゃあ母屋に行きましょ。あら?それはお土産?」
「えぇ、和解の印に二人で摘もうと思ったんだけど」
「楽しみ」
霊夢は、今一ぱっとせず、どのような態度をとって良いものか迷う妖夢に対して笑顔を向ける。
妖夢はハテと……思う。博麗霊夢とはこんなにも感じの良い子であっただろうか。いや、気を使って
くれているのかもしれない。
今のところは……そう考えて納得する。
しかし、妖夢は知らないのだ。この笑顔こそが悪魔の微笑みである事を。
母屋に上がると、妖夢はそわそわし始める。別に初めて来た場所ではないし、今まで何度も霊夢とは
会話もしている。宴会であれば博麗神社を利用するし、今更にドキドキする必要はないのだが……シ
チュエーションが悪いのだろう。
何せ人様に頭を下げてもらう為に来ているのだ。
「はい、お茶」
「か、忝い」
「サムライか……って、魔理沙にも突っ込んだような。それに貴女だと違和感ないわね」
「いえまぁ、うん。あ、あ、そうだ、これ」
妖夢は風呂敷から箱を取り出し、ちゃぶ台に乗せて差し出す。霊夢はそれをあけると、それはもう大
層喜んだ。
「甘いものね、甘いもの。ふふ、頂いていいの?」
「えぇ、えぇもちろん。それでその……」
「あ、うん。そうね、当初の目的があるものね」
霊夢は対面する位置から外れ、妖夢もそれに習う。実際目の前にしているのだが、妖夢はあまりにも
信じられない光景である。
「ごめんなさい。あの時は随分乱暴してしまって」
「いいえ此方こそ。ある意味では助かったんです。幽々子様も無茶しましたし」
霊夢が土下座するのを、なんだか自分も見ていられず、頭を下げてもらう立場ながら自分も低姿勢に
なる。律儀で真面目なのだ。何せ問題自体は自分達で引き起こしたのであるし……という後ろめたさ
がある。
「も、もう表を上げて。これで全部水に流して綺麗サッパリ。大分前の事でも、きっちり頭を下げて
もらえば、此方としても気持ちが良いし」
「そう、よかった」
「えぇ」
「―――これで、親しいお友達になれるかしら?」
少女の顔がもたがり、妖夢を見据える。人間の笑顔である。幽々子はいつも笑顔で自分を弄繰り回す
が、霊夢の笑顔にはもっと別の温かみがあるように感じられた。
単純に血が通った人間であるからなのかもしれないし、違うのかもしれない。妖夢には判断などつけ
られる筈もない。
「はい。じ、実は……」
「うん?」
「わ、私は―――」
「おい霊夢ー、昼めしーめしーだぜー」
―――人間の友達が欲しかったんです。
その言葉は無粋な魔理沙の大声でかき消された。
「ちょっと魔理沙、今取り込み中よ?」
「しかし、腹が減っては弾幕出来ぬ。これから妖夢とやりあうんだろ?」
「違うわよ。それで、どうしたの妖夢?」
「い、いや。何でもない、何でも」
「そう……ところで魔理沙、何?」
「昼飯とは言ったが実はいちゃつきにきたんだぜ」
「あ、ちょっと、人前でアンタねぇ……」
魔理沙が霊夢に引っ付く。なんとも節操がない、と妖夢は盛大な溜息をついた。
「邪魔ならばお暇するが」
「ま、まさか。魔理沙離れなさいよアンタ、この、この」
「れ、霊夢、みぞおち圧迫しちゃ、いけないんだぜ……」
「なんだかなぁ」
「霊夢……ほら、口開けて……」
「ま、魔理沙……」
「頼む、頼むから、お願いだから紅白餅でそんな事しないでほしい」
魔理沙は空気が読めないのか、妖夢にもお構いなしで霊夢にじゃれ付く。じゃれ付くにしてももっと
違ったやり方があるでしょうに。しかも餅、餅ってなにさ。更に言えばそれ私が持ってきた餅よ、と
妖夢は二人を諌める。大方魔理沙が悪いのだろうが、霊夢も今一断りきれていない空気がある。
複雑な気分である。本来ならさっさと出て行くところだが、こんな機会は滅多にない。別に二人がじ
ゃれ付く機会が滅多にない訳ではなく、お呼ばれして、しかもこれから友人になれるのではと期待を
もっている今が、滅多にないのだ。
ここで帰ってしまうと後がない、そんな不安ともとれる感覚が妖夢にある。
「ほら、魔理沙。妖夢が困ってるわ」
「なんだよ。他の奴の前なら……」
「ちょ、ちょっと……よ、妖夢?なんでもないから、なんでも」
「えぇ。魔女が妄言を吐いているのでしょう。でも霊夢ももう少しなんとかならないものかと」
「う、うん。魔理沙、離れて頂戴。もうご飯食べさせないわよ」
「そいつぁ困るぜ」
そうきつく言うと、魔理沙は素直に離れる。きつくとはいうが、その程度で離れるものなのか、と疑
問にも思ったが、大体二人の関係が何処までなのかなど妖夢は知る由もないので納得する。
「じゃあちょっくら出かけてくるぜ。また今夜、な」
「あぁもぅ……人前で言うかなそういうこと……」
「?」
「妖夢、気にしちゃダメよ。ダメ絶対」
「はぁ、まぁ……」
気にするな、と言われても。妖夢も子供ではない。きっと夜伽の話だろうと漠然に思う。
自分自身幽々子に玩具にされているのであり、むしろこのひん曲がった幻想郷なら良く聞く話だ。
「参ったわ。魔理沙ったらちょっとしつこくって」
「仲がいいんだ」
「……そうねぇ」
「夫婦?」
「どっちが夫よ」
「まぁたぶん、魔女」
「じゃあ白玉楼の場合はどちらが夫?」
「―――い、いや。そういうのは」
「でも長いことずーっと一緒にいるのでしょう?ほらこれ、桃色幻想郷縁起」
そこに提示されたのは稗田阿求著の悪魔の書である。稗田氏には相当恨まれているらしい。
「西行寺幽々子の名前を出した時点で斬りかかられた。二度と行くか白玉楼、だって」
「無粋な質問をするからそうなる。恥は、持たなきゃいけないよ」
「私には斬りかからないの?」
「稗田氏は面識がなかったから……とでも言うか」
「あ、なら親交を深める為にも少し突っ込んだ話は良いって事ね?」
「うっ……しかし、全部身内話になってしまうし」
「みんな変わらないわよ」
そう言って霊夢は足を崩す。貴女もと進められたので、妖夢も正座から少し楽な座り方へ変えた。
そう、これでいい。一応否定する素振りは見せたが、これから親しくなろうと言うからには相手の一
つや二つ知っておかなければ。律儀な妖夢は細かい事を気にする。
あまり顔にも出さないが、謝って貰っただけでも御の字なのだ。しかもこれから気軽に話せる友人も
手に入るというのだから、妖夢もテンションが上がる。
幽々子は愛すべき主君であるが、些か扱いが荒い。家の事全て任されている故にストレスも溜まる。
その捌け口に愚痴を友人に洩らす。それをうんうんそうだね、それはね、などと他愛もない会話とし
て流す。
ある意味では理想としていた存在だ。話の合いそうな人間は八雲藍、十六夜咲夜などもいるが、あま
り接点がない。それに皆忙しそうだ。
その分、霊夢は何時もここでのんびりしているし、邪険には扱われないだろう。
「じ、実はその―――」
「霊夢ー?あ、いたわ」
「あら、レミリア」
期待は膨らむのだが―――なんでこう何度も厄介なのが来るのか。庭先に日傘を差した吸血鬼が立っ
ている。物凄く幸せそうな顔をして母屋に乗り込むと、またまた魔理沙の如く引っ付いた。
「まったく、咲夜ったら酷いのよ。霊夢に会いたいって言ったら『何でメイド属性じゃないんだそん
なに巫女が良いかちくしょう愛してるのにぃぃぃぃ』なんて叫んでどっかいっちゃうし」
「そ、そう。メイドも大変なのね……い、今お客さんが来てるのだけれど」
「あら、あの亡霊の従者。霊夢はあげないわよ?」
「い、いりませんよ」
「まぁ酷い。聞いた?私がこんなに愛している霊夢を要らないですって。それじゃあ私の霊夢のグレ
ードが低いみたいじゃない」
「凄い受け止め方するのね……」
「愛してるわ、れ・い・む♪」
「わ、私は、そろそろお暇する……」
「あ、ちょっと妖夢?」
もう居られるかこんな所。どうなってるんだ。別に博麗霊夢が悪い訳ではまったくないが、こんな所
ではとてもではないが落ち着いて話など出来たものではない。会いに来る度可笑しなのに絡まれてい
ては、自分の気の休まる暇がないではないか。
別に友達宣言せずとも、知り合いで良いではないか。あえて深入りする必要もないだろう。
そのように決めて、妖夢はスタスタと博麗神社を後にする。
遠くから霊夢の声が聞こえたが、聞こえない振りをするのが良いとする。
兎に角、なんだか。妙に腹が立ってきた。
(当初の目的も終えてるし……きっと博麗神社には縁がなかったんだな)
何故こんなにも腹が立つのか。
自己の過度な期待がいけないのかもしれない。もしかしたら博麗霊夢は良い友達になってくれるかも
しれないなんて夢想したのがいけなかったのかもしれない。
あれはちょっと違いすぎる。人に好かれない風にして、実質周りには沢山いるではないか。博麗霊夢
は悪くない。ただ、そんなつまらない、ダレもが吐いて捨てるほど経験する出来事をこんなにも根に
持つ自分に腹が立つ。
「はぁ……」
矢張り、自分はほぼ幽霊でいいのだ。わざわざ人間に近づく必要はない。自分には愛しい主君が居る。
半生涯、幽々子にだけ仕えて行けば良い。
人間の友人など居らずとも―――
「妖夢!!」
「れ、霊夢?」
それは自分の真上から聞こえた。
……ぐだぐだと思考を奔走させるが………結局。もとより、期待していた。
ただ、本当にもしかしたら、自分の前にまで現れて止めてくれるんじゃないかと、淡い期待を抱いて
いた。だから飛ばずに、とぼとぼ歩いて帰ったのだ。
―――期待通りに話が進むと……人間的思考を持つ者は……やはり嬉しいものである。
「待って頂戴妖夢」
「今更なんだ」
つい攻撃的になってしまう自分に自己嫌悪。嬉しい癖に、霊夢は何一つ悪くないのに。
「私まだ、言っていない事があるのよ……あの時は濁した言い方になってしまったけど……」
霊夢と言う少女は。こんなにも懸命に人の気持ちを考える子であっただろうか?
「な、なに?」
けれど期待してしまう。その人間の巫女の言葉に期待してしまう。
早く口にしてほしい。一体どんな事を言ってもらえるんだろうか。
妖夢は降り立った霊夢に顔向けできず、俯いたまま……期待する。
「さっきはごめんなさい。私の所、へんな妖怪ばかり来るから……それでね、やっぱり気が休まらな
いのよ。その分貴女は他より大分人間だし……その、他の人たちとは出来ない話も、出来ると思うの」
「それで……?」
「貴女、なんだか私に似てるわ。その……お友達になって欲しいのよ……」
妖夢は、素直に嬉しかった。
2 博麗霊夢を如何に止めるか
「ごめんくださいな」
それはにゅるりと現れた。鈴仙に如何わしいイタズラをしていた永琳は、咄嗟の出来事に息を呑む。
しかしそこは月の頭脳。冷静に取り繕い、鈴仙に服を着せて何食わぬ顔でそれと対面した。
「お邪魔だったかしらん?」
「いいえ。大丈夫よ。それより何かしら、こんな時間に」
夜も大分更けている。非常識といえば非常識だが、そもそも幻想郷の常識が可笑しい上にスキマ様に
何処の常識が通じるのか。
突如永遠亭に現れた八雲紫は、涼しい顔で永琳の傍に腰掛ける。
「実は、一つ忠告をしに来たのよ」
「何かしら?貴女に迷惑のかかるような事は企んでないわよ?」
「ゆかりんでいいわ」
「えーりんで構いません」
「えーりん♪」
「ゆかりん♪」
淑女二人はとても楽しそうに笑う。
「えぇ。別に貴女達が何か企んでるなんて思ってないわ。問題は、霊夢なの」
「博麗の巫女が何故永遠亭にかかわりあるのかしら?」
「んー。説明しづらいわ。でも話さなきゃいけないわよね。かくかくしかじか」
「かくかくうまうま」
「という事なのよ」
「それは間接的に貴女の所為ってこと?」
「ゆかりん、わかんなぁい」
「えーりんはもっと解らないわ。ふむそうねぇ……結局、あまりあの博麗霊夢に永遠亭の人間を接触
させるなって事ね」
「そう。でも敵は狡猾よ。まだ完全とはいえないけれど、妖夢はやられつつあるわ」
「あの頭の硬そうな子が?俄に信じられないわね」
「霊夢の狙いが何処にあるのかは定かではないけれど、勢力拡大は防ぎたいわ」
「ふぅん……ゆかりんったら随分幻想郷を愛しているのね」
「あらやだ、恥かしい」
「でも、大丈夫よ。姫は私が付いているし、てゐがそんなものに引っかかるとはとても思えない。う
どんげだって何ら問題ないわ」
「そうであるといいのだけれど……」
「スキマ様とあろうお方が、随分と心配性なのね?」
「まぁいいわ。それじゃあお願いするわね」
「ああちょっと。これからお暇?」
「そうねぇ。暇といえば暇ね。明日は寝ているつもりだしぃ」
「ならちょっと付き合って。うどんげーうどんげー」
結局そこで話をお終いにする。天才たる永琳からすれば、まさに瑣末な問題だ。自分の掌握する領土
から何かが奪われるなどとは、露とも思っていない。
「し、師匠?」
「ゆかりん、月の兎に興味は?」
「あるわ、えーりん」
「え、えぇぇぇ……」
永琳は後に語る。
『超全面的に私が悪うございました鈴仙様、と』
―――二日後。
永琳様へ
わたくしたち、鈴仙・優曇華院・イナバ及び因幡てゐは永遠亭
を去らせて頂きたいと思います。
短くも濃密な日々でした。
永琳様の責め苦に耐えられなくなった訳ではありません。戦況
は常に動いております。わたくしは、一応空気の読める兎です。
なので、これからは博麗神社へとご厄介になろうと思います。
今まで本当に有難う御座いました。
追伸
なお、蓬莱山輝夜様へ『この大馬鹿野郎』とお伝えください。
鈴仙
因幡
「なんと、まぁ……」
永琳は今この段階ではまだ冷静であった。だがその超高性脳故の弊害だろうか。すぐさまてゐが居な
くなるとどうなるのか、という想像が構築され、その答えは絶望であると導き出される。
鈴仙と、てゐである。
兎の指導者が消えていなくなれば、まだ知識も智恵も足りない、指示されなければ動きもしない兎ば
かりが大量にあまる。そして浪費家である姫が何かしら役にたってくれるとはとても思えない。
大黒柱はあれど……周りの柱が全部倒れては、その家は倒壊する他ないのだ。
「い、いいえまだよ……兎は外だって生きられるわ……私が頑張れば、姫と食べていけるだけでも」
しかし永琳は唖然とする。
大広間に集まった、朝ご飯を待ち焦がれる大量の兎達。てゐの指示がなければ、この状態を解除する
事も侭ならず、てゐを抑える鈴仙がいなければ永遠亭の秩序は回復しない。
実質今、まさに、永遠亭はただのウサギ小屋と成り果てたのである。
「い、いやぁぁぁぁぁっ!!!」
永琳は泣いた。久しぶりに本気で泣いた。
そして思い出した。そういえば別に食べていかなくても生きていけるんじゃね?と。
しかし、長年の習慣はそうそう変えられるわけもない。死ななくてもお腹は空くのだ。というかこの
幻想郷で食事という娯楽を奪われたら、何を楽しみに生きていくのか。
永琳は絶望した。食事がなくなる日々に絶望した。
まさに永遠亭の危機。ここは永琳のさじ加減一つで興亡が決まる。
では如何にするか。労働力を奪われたのならば、戦って取り返すしかあるまい。略奪者討つべしであ
る。
「ひ、姫様!輝夜様!」
「なぁによ永琳……さっき寝たばかりなのに……」
「永遠亭の危機です。出陣しますわ」
「そう……頑張って頂戴……ふぁふ……」
「起きろこの××××!!餓えて死にたいかっ」
「ひ、酷い永琳……そんな差別用語使って……あれはどこぞの馬鹿が現代風刺に調子に乗って勝手に
作った差別用語よ。私は高級遊民なの。××××じゃあないわ」
「そ、そうですわ。嘘です、愛していますわ姫様」
「あら……朝っぱらから?えーりんのえっち♪」
「ちゃうわ。これから博麗とこさカチコミじゃあ。おきんかいダラズ」
「関西と広島と東北と島根かしら?方言混ざりすぎよ永琳……ふぁあぁ……はいはい……いきますい
きます……」
「ふふ……ふふふ……舐めないで頂きたいわ博麗霊夢……姫様はこれでもラスボスなんだから……」
一刻も早く永遠亭の秩序を回復すべく二人は竹林を飛び出した。
しかし二人は一刻もしないうちに戻ってくる。
「えぇぇ……何よあの戦力……ボス戦何回すれば博麗神社たどり着くのよ……」
「残機もボムもまるで足らない……えーりん、ピンチ☆」
「ちょっと永琳。天才なんだから何とかしなさいよ」
「何とか出来るのは常識的に可能な範囲までです。あれは尋常じゃありません。なんでしたら、姫様
が人形師と魔法使いと鬼と吸血鬼と半人半霊と兎二匹と鴉と巫女全部なんとかしてくださいまし……」
「9ステージ全部?無理に決まってるわ。なんか弾幕濃いし、レベル設定間違ってるんじゃないの?」
「………」
「えーりんチートしてぇ……」
「しかたありません。自分達の事ですからあまり他人には頼りたくなかったんですが」
「秘策があるのね永琳!?」
「最終手段です……」
「??」
「助けて!!ゆかりん!!」
永琳の叫び声が竹林に響き渡る。それは言霊となりて……それは現れた。
「嗚呼、ゆかりん助けてゆかりん……」
「ごめんなさいね、私エキストラボスなの……」
永遠亭はウサギ小屋となった。
3 女符「不夜城アーティフルスパーク百万鬼の一念狂気の因幡の風神少女」
「……妖夢が落ちたわ」
「えぇ……お友達になりましょうじゃなかったんですか?」
「どこまでも深いお友達よ」
「お断りしたい世界です」
「さらには兎二匹も……」
「うわぁ……紫様、もう無理です。どうしましょう」
「紅魔館はレミリア無しでカリスマ不足、永遠亭は亡命されて骨抜き、博麗神社は今や難攻不落の大
要塞ね」
「ちゃっかり八雲家が抜けてます」
「だってぇ、ゆかりん霊夢とあんまり戦いたくなぁい」
弾幕外道だし、と付け加え、紫はダレた。完全にダレた。たれゆかりんが誕生したのである。藍はち
ょっぴりだけ可愛いなと思い、気を取り直して咳払い。
現在の博麗神社はもう手が付けられない。時既に遅し。
尋常ではない紫の頭脳を持ってしても、不確定要素が多すぎて手に負えない。そもそも、霊夢が何か
悪い事をしているのか、と問われれば、別段悪い事はしていないのだ。
ただそこに権力と暴力が集中しただけであり、今の段階でどうなるか、などと誰も判断はつかない。
しかし断言出来ずとも、それだけの存在が一箇所で日々屯すれば、問題は起こるだろうと予測はつく。
簡単にいえば。
「まさにドロドロ愛憎劇……愛しの霊夢を巡った血で血を洗う大惨劇……あ、ちょっとドキドキね」
「心臓がバクバクします。決して頬を赤らめる事態ではありません」
「そうかしらぁ……んー……」
「それで、博麗の毒牙に掛かって被害を被った人々の現状はどうなんです?」
「それは貴女が調べなさいよぉ……式でしょう?」
「指示を受けていません……」
「でもゆかりん有能だから調べてあるわ。まず紅魔館」
「はぁ」
「夜な夜な女のすすり泣く声が聞こえるとか……」
「メイドですね……」
「白玉楼は、妖夢が通い妻状態らしいのよ」
「く、ぷぷ……」
「一途ねぇ……周りに一杯可笑しなのがいるのに、気がつかないのかしら?盲目?」
「幽々子様は何と?」
「霊夢の顔をみたら西行妖全力で咲かすって言ってるわ」
「それ自爆じゃあ……」
「永遠亭は、ウサギ小屋になったわ」
「元からじゃないですか」
「それがもう兎度が違うのよ」
「兎度……?」
「蓬莱山輝夜と八意永琳は今必死になって薬売り歩いてるわ」
「いや、永琳は感謝すべきですね、霊夢に」
「全くね」
ここで一つ、二人は頭を捻った。
「メイドは寝取られですから悲惨ですけれど、幽々子様と蓬莱山輝夜は依存を脱するいい機会ですね」
「あらそうねぇ……あら?」
「意外と……」
「意外と、いい線行ってるわ、霊夢。あとは此方の弄り方次第ね」
「あれ?どうするかなんて言っていた割に楽観的ですね」
「私を誰だと思っているのかしら、藍」
「お答え出来ません」
「ふふ、そうよ。私はゆかりん。スキマの国のお姫様、らぶりーゆかりん☆よ」
藍はスキマの話を聞いて流す。思い切り傘で殴られたが、何時もの事なので過剰反応はしなかった。
ともあれ、巨人は動き出したのである。
霊夢はいつも通り、縁側に腰掛けて茶を啜っていた。非常に気分は良い。どのくらい良いかといえば
賽銭箱にお米券が入っていたときくらいに良い。
そして何故良いかといえば、勿論現状に満足しているからである。
とても充実していた。のんびりが良いよ、適当で構わない、動くときに動けばそれで、などという考
えがあった頃とは、また違った満足感である。
では新たな満足感とは何か。
それは、霊夢が最近手に入れたものだ。
「霊夢さん、似合います?これ」
「そうね。うさみみに巫女ってちょっと倒錯的だけれど」
「な、なんの趣向の話ですか……」
「レイセン様、かわいい……」
「て、てゐも可愛いわよ」
神社の手伝いをさせてくれ。
鈴仙とてゐはまんまと霊夢の思惑通りになった。何も別に永遠亭を困らせたくてそんな事をしている
訳ではない。むしろ鈴仙は別として、強い側に付いた方が特であるというてゐの意向が強かった。勿
論そうさせたのは、鈴仙とてゐへ一言かけた霊夢だが。
「しかし霊夢、一体何着同じような服があるんです?」
「あら妖夢。ちょっと大きかったかしら?」
「いえまぁそうだけれど……腋がスースーする。軽量化?」
「私は子供達を熱狂させた車の玩具じゃないわ」
「それにしても……」
「質問は後でね、可愛いわ妖夢」
「みょん!?」
いつでも話を聞いてくれる人間の友達がほしい。
小さな願いだった。そしてその小さな願いを持つ妖夢を小さな言葉一つで心動かせるとも、正直霊夢
は思っていなかったが、いざ試してみると、非常に愉快であった。
別段魂魄妖夢に特別な感情を抱いていた訳ではないが、一緒にいるとそれはそれで、霊夢の趣向にあ
う仲良しとなった。
「はぁ……霊夢の服……洗ってないほうがよかったわ」
「レミリア……本当にずれてるわ」
「なんとでも言って頂戴?むしろ今着ているのと交換して」
「こ、今度にして」
何時の間にか神社へと通うようになった吸血鬼。
昼は辛いだろうに、それでも健気に逢瀬を重ねようとする。吸血鬼という偉大な存在からすれば、人
間などという希薄な存在が魅力的に感じれるのか……霊夢はずっと考えていた。
しかしそんな悩みも他所にして、レミリアは逢いに来る。
レミリア自身がどのような価値観に基づいて霊夢を慕うのかは不明瞭であるが……霊夢はそれはそれ
で嫌いではない。むしろ、自分がそれだけ人から気にかけてもらっている、という事実は嬉しかった。
「れいむー。ほら、ほら」
「足元がふらついてるわよ萃香」
「どうだろう、似合う?」
「普段から腋だから違和感ないわね」
「な、なにをー?」
不思議な同居人。
たった一匹戻ってきた鬼。
霊夢に、心を開かせた張本人だ。
萃香の本心としては、複雑である。だが、アレ以来霊夢はただ陽気なだけでなく、心の底から笑うよ
うになったと感じていた。
それが良いにしろ悪いにしろ、自分のような鼻抓み者を置いてくれる人間が、笑顔でいてくれるのは
正直に嬉しい。霊夢もまた、萃香には感謝していた。
「れ、霊夢さん。これこの前も着ましたよね」
「そうね、似合ってるわ、文ちゃん」
「ちゃ、ちゃんってやめません?恥かしくって。私年上なのに」
「あーやちゃん♪」
「うぅ……何故か逆らえないんですよ霊夢さん……」
鴉天狗と仲良くなろうと思ったのは、本当に気まぐれだった。
巫山戯けているのか、まじめなのか。今一腹の内を見せない天狗。そんな狡猾な文は一体どんな事を
考えているんだろうか。霊夢はレミリア同様疑問に思った。
しかしいざ仲良くしてみれば、話は解るし、とても愉快であった。
「こそばゆいぜ」
「ちょっと恥かしいわね」
「二人とも、なんだか姉妹みたいね」
「だってよアリス、義姉妹の契りでも交すか」
「いやよ……あ、待って。それはそれで倫理的に間違ってて心地いいかも」
「アリスって変態よね」
「だと思うぜ」
「嗚呼、二人して責めちゃ……アリス困っちゃう」
旧知の友人二人。
一番心が許せなくて、もどかしい思いをした期間が長い二人でもある。
最初、友達なんていうのは恥ずかしかった。霊夢は公平中立。人と妖怪の間で、人間ながらにして双方
の味方をするには、誰と仲良くなってもいけないのではないか。
そんな思いがあったのかもしれない。
でも今はどうだろう、と自分の肖像を思い描いてみる。
最初は一人だ。
何もないキャンバスにただ一人自分がいる。紅くて白い少女がポツンと一人。
やがてそこに黒と白が混ざり、黄色と赤が混ざり―――。
―――新しく手に入れた満足感とはなにか。
自分で手を出すつもりは、あまりなかった。
けれどいざ求めてしまうと、面白いほどに満足度が増す。
今まで触れようとしなかった分、余計吸い込むようにして、どんどん肥大化して行く。
何もない道は一つ二つと開かれて、それは各自別の道へと繋がっていても、結局は博麗霊夢と言う大
きな道へと至る。
その満足度は……今までに感じた事のない、優越感でもなく超越感でもなく、もっと別の何かを満た
してくれるものだった。
霊夢は、今酔っ払っているのかもしれない。もしくは現実味の強い夢をみているのかもしれない。
「魔理沙?」
「ん?」
「キスして」
「え?おいおい、ここで波乱万丈は勘弁だぜ。みんないるのに」
「今更じゃない。見られないように、そっと」
「……まぁ、いいぜ」
でも矢張り現実だ。
霊夢の頬に宛がわれた唇の温もりは、ここが現実であると霊夢の心へ伝えてくれる。心臓が脈打ち、言
い知れぬ充実感が全身に行き渡る。
「……じゃあ、写真とろっか。文ちゃん、お願い出来るかしら?」
「はい。きっと出来上がったら噴出しちゃうような写真が出来ますね」
「うしし、みんな霊夢だぜ。みーんな霊夢だ。紅白の腋巫女だぜ」
「なんか滑稽だけど……お、面白いわね」
―――博麗霊夢は、結局何がしたかったのか?
「はい皆さん並んでください、萃香さん、角がアリスさんに刺さってます。もすこし右に。はいそうです
。あ、妖夢さん、心霊写真ですね。いえ、今のは別に関係ありません。レミリアさんは日傘が邪魔に、あ
そうだ、日傘差したまま空飛んだらいいんじゃありません?そうそうそう。いいです、タイマーオン」
―――こんな滑稽な真似をして、どうしたいというのだろうか?
「きますよー、はい!笑顔!」
『チーズサンドイッチ!』
―――皆もまた、何故こんな滑稽な出来事に、付き合うのだろうか?
4 紅白の白百合
「ごめんね、可笑しな真似させて」
「誰も気にしちゃいないぜ」
「でも……なぜかしらね。みーんな、解っててこうしているでしょう?」
「そうだぜ。みーんなお前に騙されてるような気がするって思ってる」
「じゃあ、なぜかしら?」
「わからねぇかなぁ……」
「??」
「私はちょっとアリスに用がある。また後でな、霊夢」
「えぇ」
夕暮れの境内。今までの喧騒はどこへやら。数人は母屋へ、数人はもう帰ってしまった。
突如訪れるこの虚無感。無感動な霊夢も、やはりこれは苦手である。昔はどうという事もなかったが、文
の時もそうであったように、何時の間にか苦手になっていたのだ。
人が集まり、また皆いなくなる。
また人が集まり、いなくなる。
当然だ。皆それぞれの生活がある。
霊夢のワガママ……だ。
「いつから霊夢は、そんなに寂しがりやになったのかしら?」
「紫?」
「貴女のお陰でこっちはテンテコマイよ。随分とむちゃくちゃにしてくれるわねぇ」
「……」
「霊夢?」
「大丈夫よ。もう、終わりだから」
「……霊夢?」
紫は……深刻そうに悩む霊夢の頬に触れ、撫でつける。先ほどまでの笑顔はどこへ行ったのか。
紫は、聞くべきか迷ったが、これも役目と割り切り、聞く事にする。
「霊夢……貴女は結局、何がしたかったの?」
「聞いてくれるかしら……」
「えぇ」
霊夢の頬を撫でる手をヒシと掴む。霊夢は、何か決意するようにしてから、口を開いた。
「私はただ―――」
「私はただ、友達が沢山欲しかっただけよ。
ずっと、ずっと考えてた。
私は博麗の巫女で、中立でいなくてはいけなくて、どこの誰かと親しくなったりすると物事に弊害が出るか
ら、だから中立でいるべきと、思っていたし当然だと考えてた。
でも、でもいざ誰かと親しくしてみたら、それがね……それがとても気持ちが良いものだったのよ。別にい
やらしい意味なんかじゃなくて、誰かと心で繋がっている感覚って私知らなかったから、それがこんなにも
心地よいものだったって知ったら……もっと友達が欲しくなったのよ。
そうしたら中立でいるのなんて馬鹿らしくなっちゃって。あの子はどんな事を考えているんだろう、私の事
どう思ってるんだろう。話さないと解らない事を話し合って理解して……更にもっと知りたくなって、知ら
れたくなって。
だって、だってね、紫。みんな可愛らしいんですもの。こんなにいい人ばかりだったなんて、考えてもみな
かったの。楽しい時間だったわ。楽しい時間だった。自分が博麗の、幻想郷の秩序を守るべき存在だなんて
全く頭になかった。
話して、じゃれあって、巫山戯けてキスしてみたりして。自堕落で……本当に、幻想郷をどうこうしたいな
んて思わなかった。考え付くままに、みんなと仲良くしたのそうしたら、ほかの所から、大分睨まれるよう
になったみたいだし……だから、終わり。終わりにするわ」
「今日の霊夢は喋るわねぇ」
「……紫、ごめん」
「何言ってるのよ」
紫が霊夢を抱きしめる。霊夢が見た事もない、母のように。
幾星霜の歴史と知識と経験を蓄えた妖怪は、本当の子供を扱うように、霊夢をあやす。
「ごめんなさい……私……」
「いいのよ……貴女は、愛もなく育ってきたのだから……いいの。むしろ、私は私を恥じるわ。まさか貴女
がこんなにも……寂しがりやの馬鹿だなんて、知らなかったし。知っていれば、もっと力を貸してあげられ
たかもしれない」
「それは……」
「貴女と知り合った期間が短い?馬鹿ね、生まれた頃から知ってるわよ。私は結界の妖怪で、貴女は結界の
巫女なのよ?もっともっと早く、接してあげるべきだったわ。ごめんなさい、霊夢」
何が悲しかったのか、漠然としない悲しみが霊夢に押し寄せる。
寂しかったといわれれば、そうなのかもしれない。一人で頑張ってきたのだ。手に負えなさそうな事件も率
先して解決してきた。
勿論それは自分の腕への自信もあったからこそ為しえた事だが、その虚しさだけは強さでは拭えないものだ
ったのかもしれない。
自分はその虚無感を知らない振りをした。観ないようにした。誰にも評価されない頑張りも、当たり前だと
思ってこなした。
自分は博麗の巫女なのだから当然。当然の出来事は当然、評価されるには値しないと。
自分は博麗の巫女なのだから当然。当然中立でいなければならない。誰かに頼ったり、思いを偏らせてはい
けないのだと。
では今はどうだろうか。
霊夢から観れば……散々なものかもしれない。
「紫……私、ごめん、ごめんなさい……みんなと、ただ皆と仲良くしてみたかっただけなの……」
「そうよ。人間だもの、いいじゃない。誰も責めたりしないわ。もしそんな奴がいるなら、陰陽玉でも食ら
わせてやりなさい。そして私にチクリなさいな。スキマに沈めてあげるから」
「うん……うん……」
「ふふ、霊夢ったら。萃香の事件以来、泣いてばかりね。本当に弱い子だったのねぇ」
「う、うるさいわよ……」
霊夢から観れば散々なものなのかもしれないが。
皆から見れば……それはなんとも、悲しくて、滑稽な悩みであった。
「あーーーー!!紫が霊夢泣かせてるぜ!!」
「紫!?貴女、いい加減にしなさいよ……霊夢は私の!このレミリアスカーレットのものよ!!」
「あらあら、展開まで似るのね」
「だ、誰の所為よ」
「貴女」
「ご、ごめんなさい……」
「それとね、霊夢」
「な、何?」
「貴女が終わりにしようとしたって、これは終らないわよ?」
「えぇ?」
「―――だって貴女は、本当に皆から好かれているもの。誰が嫌いな人間に騙されるの?好きな人だからこ
そ、騙されてあげてるんじゃない。霊夢、貴女はとっても、魅力的な少女よ」
「霊夢ーーーー愛してるわぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!おどき、好魔妖怪!!!
いいところ全部持っていってるんじゃないわよ!!!!!!!」
「あらひどい、吸血鬼のせいで、みんな台無しよ♪」
「―――みんな本当に馬鹿ね……でも、大好きかも」
哀れな巫女は人並みになる夢を観る。
けれど、それは巫女が想像するだけの、現実とはかけ離れた夢。
実際はもっともっと、人並み以上になれるだけの、力と魅力がある。
皆が何故このような滑稽な出来事に付き合うのか。
巫女からすればもっとも考える必要のある疑問だが―――。
巫女の魅力に気がついた人間からすれば……それは、当然の事だ。
博麗霊夢は、幻想郷一の幸せ者で、大馬鹿者なのだ。
紫はほっと胸を撫で下ろす。
一時はどうなる事かと思っていた。
何せ幻想郷勢力の強力な部分、皆持っていったのだから。
それだけ、博麗霊夢は強い存在を引きつける魅力がある。
かくいう八雲紫もまた……。
「ライバル増えすぎよ……どうしようかしら。みんなスキマにうめちゃう?うめちゃう?」
「紫様、それこそ、大惨事です」
「藍さまー、おすそわけもらってきちゃいましたー」
「ちぇぇぇぇん、おまえだ、おまえだけは私のオアシスなんだっ。ところで誰から?」
「はい。博麗の巫女にー」
「紫様、全部沈めましょう。全部です。あの紅白……あの紅白ぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」
幻想郷は―――今日も平和である。
end
稗田さんちの阿求さん
博麗さんちの霊夢さん
桃色幻想郷縁起
人形師と少女
作品集その41(になるのでしょうか)
霊夢主義
各作品の流れを組んだ最終章となっております。
特に博麗霊夢の性格が大分原作とは異なるものとなっておりますので、
なにとぞご理解頂きたく思います。
それでもこの馬鹿めがしたためました文章が気になる方は、是非是非一読ください。
この先カメの足で地球二周分
↓
幻想郷の秩序を保つ為には、皆に見えぬような努力を必要とされる。
もとより怠け者の烙印を押されている存在が、よもや水鳥の如き労力を費やしているとは何処の誰も
思いはしないだろう。
もう幻想郷に博麗大結界が張られてどれだけの時間が経ったのか。妖怪からすれば瞬きの間であろう
が、人間周期からすればなかなかに長い月日である。
大結界の維持、幻想郷秩序の平定。これ等は、ただ放っておけばいつか崩れるものだ。永遠はありは
しない。四季映姫ヤマザナドゥの言葉が、実に重く感じられる。例え幻想で編まれたこの幻想郷とて
全て一定ではないし、時間経過には逆らえない。
結界の維持だけならば、この大妖怪八雲紫さえいれば、持ちこたえさせる事は出来る。それに博麗の
巫女が居る限り、この秩序は崩れない。
では、永遠ではなく、心配であるもの。ちょっとした変化によって全てが瓦解してしまう可能性を秘
めるものとはなんだろうか。
それは勿論、幻想郷の住人という存在だ。
八雲紫はいつも通り、ダレていた。しかし今日に限ってはただダレている訳ではない。ゆかりんなり
の悩みがあるのだ。永久を生きる存在である妖怪とて、悩みはある。稗田阿求、八意永琳等が提唱し
ている通り、肉体的心配はなくとも、妖怪は精神的な影響を非常に受けやすい。
人間とはかけ離れた思考を持ち、常識が通じず、桁外れの力を持つ妖怪。その幻想郷最大の存在たる
八雲紫が何を悩むのか。
問題は一重に、結界の相方とでも言うべき人間、博麗霊夢についてだ。
以前、伊吹萃香が心を開かぬ博麗霊夢に対して施した出来事がある。正に偶然の産物であったあの事
件は、紫が想像していた以上の効果を博麗霊夢に齎していた。
一度皆の前で泣いて……吹っ切れたのかもしれない。
元来楽天的な性格も手伝ったのかもしれないが……どうも、節操がなくなった。紫自身、博麗霊夢の
思惑を理解しつつ付き合ってはいるが、まさか今度はあの鴉天狗にまで手をかけるとは。
「霊夢……恐ろしい子……」
紫は豊満な体を一人抱いて身震いする。公平が変な方向に公平になってしまった霊夢は、その攻撃力
を遺憾なく発揮し、自分を含め、六、七人の心の一部を掌握している。まさに来るもの拒まず。
紫の最優先事項。結界と幻想郷秩序の維持であるが、霊夢の暴走も、元はこの思惑の元にあったもの
である。御阿礼の子への促しも、人形師の事件も、計算の下にあったはずだ。
なのに、伊吹萃香が施した「手術」により、強制的に変える必要などなかった博麗霊夢が変わってし
まった。勿論、それに協力してしまったのは、自分の失態である。
伊吹萃香の行動を自分でコントロールしようとした結果の誤算だ。
博麗霊夢の覚醒である。
今や幻想郷主要人物であるレミリアスカーレット、紫に並ぶ力を持つ伊吹萃香、人間にしては強い力
を持つ霧雨魔理沙、そして当人たる八雲紫ですら、博麗霊夢を無しにしては、少なくとも今現在はあ
りえない。
戦力が偏りすぎる。
我等が八雲家、博麗神社、紅魔館、白玉楼、永遠亭、彼岸、妖怪山、人里の有力者である稗田。
紫も恥ずかしながら、この八大勢力のうち三つが博麗霊夢の勢力下に収まってしまっている。人里は
コントロールが利くとしても、更には白玉楼、永遠亭まで落とされた場合、権力が一点集中してしま
うではないか。まして今度は妖怪山の天狗にまで手を出した。
紫の目算でも、鴉天狗射命丸文は、弱くはない。いや、強い。そして間接的とはいえ、霊夢配下たる
霧雨魔理沙は、御阿礼の子と親しい関係を築いている。
それはあまりにも紫の思想には合致しない。
「紫様、ちょっと……」
「なぁに?藍」
何処からともなく現れた八雲藍が、紫に耳打ちする。
「白玉楼の魂魄妖夢が、博麗神社に向かいました」
「……おつかい、にしてはどうかしらね」
「手土産は、何故か紅白餅でした」
「……魂魄妖夢の様子は」
「はい。『非常に嬉しそう』でした」
「ま、参ったわね……」
「何故でしょう。掌握されて困るのは西行寺幽々子様ではないんですか?」
「白玉楼の庭から家計まで全て抑えているのが、実質的にあの魂魄妖夢よ。食事を抜かれたりしたら
幽々子がぶちぎれて大異変になるわ。このように、問題は幽々子でなく妖夢なの」
「……うぅん……博麗霊夢さえ変な気を起さないのならば、それはそれで秩序は保てると思うんです
が……」
「それは何故?」
「はい。幻想郷には統治機構がありません。しかし各勢力の代表が一度に博麗神社に会せるのであれ
ば、それはそれでバランスが保てます」
「甘いわ、藍」
「はぁ?」
「幻想郷っていうのはね、エゴイズムの塊なの。皆が皆自分の為に動いているの。それによって長年
調和が保たれてきたのよ。その調和をわざわざ崩し、誰かの元に治める必要なんてないわ」
「無政府主義であると」
「ここは『幻想郷』よ。外の秩序と同じで成功はしないわ。まして博麗霊夢に集まっている人間皆自
分の為なのよ?争いになったらダレが止めるのよ」
「それは勿論紫様……」
「やぁよ」
「何故!?」
「だって霊夢は誰にも渡したくないもの。むしろ争いに参加するわ」
……。
そもそもの話だが、この八雲紫自身もまた、個人の為に動いているのである。幻想郷秩序は、八雲紫
の私利私欲の延長線上に、あるのである。
「それにしても霊夢……一体何を考えているのかしら……」
嗚呼儚き幻想郷。明日はどっちだ。
1 魂魄妖夢
魂魄妖夢は機嫌が良かった。何故機嫌が良いかといえば、あの博麗霊夢が謝罪してくれるというのだ。
本来ならば自分から来い阿呆と斬り捨てる所だが、あの大馬鹿者が頭を下げると聞かされて、自分か
ら行くと申し出た。
何についての謝罪かといえば、春雪異変の時のものである。これは幽々子に非があったと言っても、
結界をぶち破った挙句乗り込み魂魄妖夢と西行寺幽々子を問答無用で叩きのめしたのだから、自分に
も非がある、という事だ。
まさかこんな話の解る人間であるとは知らなかった。
物事キッチリ区切をつけたい主義の妖夢からすると、もっと別の形での出会いはなかっただろうかと
考えていた矢先の朗報である。何も好きで斬りあいたくなどないのだ。
関係の浄化を試みてくれるというのならば、それは自分から赴くのも苦ではない。非は此方にもある
のだから。
と、いう事で目出度く思い紅白餅などを持参した訳だ。
緑萌える鎮守の森に囲まれた長い階段を上り、博麗神社を目指す。何時もは飛んでばかりなのでこの
感覚も新鮮だなと感じながら足を進める。何がそこまで魂魄妖夢の心を軽くするのか。半人半霊の妖
夢の心は深遠である。
と説明するは易いが、もっと分かりやすいものがあった。
自分は半分幽霊であるが、半分は人間である。今思えば、人外ばかりとの付き合いが多かった。亡霊
に幽霊に妖怪に、人里へ降りても大した知り合いはいない。
ではどこに自分の人間の部分があるのか、と自問自答すれば、実質あまりないのである。
それ故に、今回の霊夢の意向は望ましかった。
そもそもあまり人間と接点のない博麗霊夢だ。その人間に接点の無い者同士であれば、本来ならもっ
と親しい関係になれるのではないだろうか?
この部分は所詮人間。常に幽々子という至上の存在がありながらも、やはり寂しいのである。
「あら、妖夢じゃない」
「こんにちは、霊夢」
階段を上りきった場所。大鳥居の下に紅白は居た。竹箒を携えて掃除をしている風に見えるが、あま
り捗っている節はない。
「悪いわね、わざわざ足を運ばせて」
「いや。好きで『足』を運んだのだから。何も霊夢が謝る必要はないよ」
「そう。じゃあ母屋に行きましょ。あら?それはお土産?」
「えぇ、和解の印に二人で摘もうと思ったんだけど」
「楽しみ」
霊夢は、今一ぱっとせず、どのような態度をとって良いものか迷う妖夢に対して笑顔を向ける。
妖夢はハテと……思う。博麗霊夢とはこんなにも感じの良い子であっただろうか。いや、気を使って
くれているのかもしれない。
今のところは……そう考えて納得する。
しかし、妖夢は知らないのだ。この笑顔こそが悪魔の微笑みである事を。
母屋に上がると、妖夢はそわそわし始める。別に初めて来た場所ではないし、今まで何度も霊夢とは
会話もしている。宴会であれば博麗神社を利用するし、今更にドキドキする必要はないのだが……シ
チュエーションが悪いのだろう。
何せ人様に頭を下げてもらう為に来ているのだ。
「はい、お茶」
「か、忝い」
「サムライか……って、魔理沙にも突っ込んだような。それに貴女だと違和感ないわね」
「いえまぁ、うん。あ、あ、そうだ、これ」
妖夢は風呂敷から箱を取り出し、ちゃぶ台に乗せて差し出す。霊夢はそれをあけると、それはもう大
層喜んだ。
「甘いものね、甘いもの。ふふ、頂いていいの?」
「えぇ、えぇもちろん。それでその……」
「あ、うん。そうね、当初の目的があるものね」
霊夢は対面する位置から外れ、妖夢もそれに習う。実際目の前にしているのだが、妖夢はあまりにも
信じられない光景である。
「ごめんなさい。あの時は随分乱暴してしまって」
「いいえ此方こそ。ある意味では助かったんです。幽々子様も無茶しましたし」
霊夢が土下座するのを、なんだか自分も見ていられず、頭を下げてもらう立場ながら自分も低姿勢に
なる。律儀で真面目なのだ。何せ問題自体は自分達で引き起こしたのであるし……という後ろめたさ
がある。
「も、もう表を上げて。これで全部水に流して綺麗サッパリ。大分前の事でも、きっちり頭を下げて
もらえば、此方としても気持ちが良いし」
「そう、よかった」
「えぇ」
「―――これで、親しいお友達になれるかしら?」
少女の顔がもたがり、妖夢を見据える。人間の笑顔である。幽々子はいつも笑顔で自分を弄繰り回す
が、霊夢の笑顔にはもっと別の温かみがあるように感じられた。
単純に血が通った人間であるからなのかもしれないし、違うのかもしれない。妖夢には判断などつけ
られる筈もない。
「はい。じ、実は……」
「うん?」
「わ、私は―――」
「おい霊夢ー、昼めしーめしーだぜー」
―――人間の友達が欲しかったんです。
その言葉は無粋な魔理沙の大声でかき消された。
「ちょっと魔理沙、今取り込み中よ?」
「しかし、腹が減っては弾幕出来ぬ。これから妖夢とやりあうんだろ?」
「違うわよ。それで、どうしたの妖夢?」
「い、いや。何でもない、何でも」
「そう……ところで魔理沙、何?」
「昼飯とは言ったが実はいちゃつきにきたんだぜ」
「あ、ちょっと、人前でアンタねぇ……」
魔理沙が霊夢に引っ付く。なんとも節操がない、と妖夢は盛大な溜息をついた。
「邪魔ならばお暇するが」
「ま、まさか。魔理沙離れなさいよアンタ、この、この」
「れ、霊夢、みぞおち圧迫しちゃ、いけないんだぜ……」
「なんだかなぁ」
「霊夢……ほら、口開けて……」
「ま、魔理沙……」
「頼む、頼むから、お願いだから紅白餅でそんな事しないでほしい」
魔理沙は空気が読めないのか、妖夢にもお構いなしで霊夢にじゃれ付く。じゃれ付くにしてももっと
違ったやり方があるでしょうに。しかも餅、餅ってなにさ。更に言えばそれ私が持ってきた餅よ、と
妖夢は二人を諌める。大方魔理沙が悪いのだろうが、霊夢も今一断りきれていない空気がある。
複雑な気分である。本来ならさっさと出て行くところだが、こんな機会は滅多にない。別に二人がじ
ゃれ付く機会が滅多にない訳ではなく、お呼ばれして、しかもこれから友人になれるのではと期待を
もっている今が、滅多にないのだ。
ここで帰ってしまうと後がない、そんな不安ともとれる感覚が妖夢にある。
「ほら、魔理沙。妖夢が困ってるわ」
「なんだよ。他の奴の前なら……」
「ちょ、ちょっと……よ、妖夢?なんでもないから、なんでも」
「えぇ。魔女が妄言を吐いているのでしょう。でも霊夢ももう少しなんとかならないものかと」
「う、うん。魔理沙、離れて頂戴。もうご飯食べさせないわよ」
「そいつぁ困るぜ」
そうきつく言うと、魔理沙は素直に離れる。きつくとはいうが、その程度で離れるものなのか、と疑
問にも思ったが、大体二人の関係が何処までなのかなど妖夢は知る由もないので納得する。
「じゃあちょっくら出かけてくるぜ。また今夜、な」
「あぁもぅ……人前で言うかなそういうこと……」
「?」
「妖夢、気にしちゃダメよ。ダメ絶対」
「はぁ、まぁ……」
気にするな、と言われても。妖夢も子供ではない。きっと夜伽の話だろうと漠然に思う。
自分自身幽々子に玩具にされているのであり、むしろこのひん曲がった幻想郷なら良く聞く話だ。
「参ったわ。魔理沙ったらちょっとしつこくって」
「仲がいいんだ」
「……そうねぇ」
「夫婦?」
「どっちが夫よ」
「まぁたぶん、魔女」
「じゃあ白玉楼の場合はどちらが夫?」
「―――い、いや。そういうのは」
「でも長いことずーっと一緒にいるのでしょう?ほらこれ、桃色幻想郷縁起」
そこに提示されたのは稗田阿求著の悪魔の書である。稗田氏には相当恨まれているらしい。
「西行寺幽々子の名前を出した時点で斬りかかられた。二度と行くか白玉楼、だって」
「無粋な質問をするからそうなる。恥は、持たなきゃいけないよ」
「私には斬りかからないの?」
「稗田氏は面識がなかったから……とでも言うか」
「あ、なら親交を深める為にも少し突っ込んだ話は良いって事ね?」
「うっ……しかし、全部身内話になってしまうし」
「みんな変わらないわよ」
そう言って霊夢は足を崩す。貴女もと進められたので、妖夢も正座から少し楽な座り方へ変えた。
そう、これでいい。一応否定する素振りは見せたが、これから親しくなろうと言うからには相手の一
つや二つ知っておかなければ。律儀な妖夢は細かい事を気にする。
あまり顔にも出さないが、謝って貰っただけでも御の字なのだ。しかもこれから気軽に話せる友人も
手に入るというのだから、妖夢もテンションが上がる。
幽々子は愛すべき主君であるが、些か扱いが荒い。家の事全て任されている故にストレスも溜まる。
その捌け口に愚痴を友人に洩らす。それをうんうんそうだね、それはね、などと他愛もない会話とし
て流す。
ある意味では理想としていた存在だ。話の合いそうな人間は八雲藍、十六夜咲夜などもいるが、あま
り接点がない。それに皆忙しそうだ。
その分、霊夢は何時もここでのんびりしているし、邪険には扱われないだろう。
「じ、実はその―――」
「霊夢ー?あ、いたわ」
「あら、レミリア」
期待は膨らむのだが―――なんでこう何度も厄介なのが来るのか。庭先に日傘を差した吸血鬼が立っ
ている。物凄く幸せそうな顔をして母屋に乗り込むと、またまた魔理沙の如く引っ付いた。
「まったく、咲夜ったら酷いのよ。霊夢に会いたいって言ったら『何でメイド属性じゃないんだそん
なに巫女が良いかちくしょう愛してるのにぃぃぃぃ』なんて叫んでどっかいっちゃうし」
「そ、そう。メイドも大変なのね……い、今お客さんが来てるのだけれど」
「あら、あの亡霊の従者。霊夢はあげないわよ?」
「い、いりませんよ」
「まぁ酷い。聞いた?私がこんなに愛している霊夢を要らないですって。それじゃあ私の霊夢のグレ
ードが低いみたいじゃない」
「凄い受け止め方するのね……」
「愛してるわ、れ・い・む♪」
「わ、私は、そろそろお暇する……」
「あ、ちょっと妖夢?」
もう居られるかこんな所。どうなってるんだ。別に博麗霊夢が悪い訳ではまったくないが、こんな所
ではとてもではないが落ち着いて話など出来たものではない。会いに来る度可笑しなのに絡まれてい
ては、自分の気の休まる暇がないではないか。
別に友達宣言せずとも、知り合いで良いではないか。あえて深入りする必要もないだろう。
そのように決めて、妖夢はスタスタと博麗神社を後にする。
遠くから霊夢の声が聞こえたが、聞こえない振りをするのが良いとする。
兎に角、なんだか。妙に腹が立ってきた。
(当初の目的も終えてるし……きっと博麗神社には縁がなかったんだな)
何故こんなにも腹が立つのか。
自己の過度な期待がいけないのかもしれない。もしかしたら博麗霊夢は良い友達になってくれるかも
しれないなんて夢想したのがいけなかったのかもしれない。
あれはちょっと違いすぎる。人に好かれない風にして、実質周りには沢山いるではないか。博麗霊夢
は悪くない。ただ、そんなつまらない、ダレもが吐いて捨てるほど経験する出来事をこんなにも根に
持つ自分に腹が立つ。
「はぁ……」
矢張り、自分はほぼ幽霊でいいのだ。わざわざ人間に近づく必要はない。自分には愛しい主君が居る。
半生涯、幽々子にだけ仕えて行けば良い。
人間の友人など居らずとも―――
「妖夢!!」
「れ、霊夢?」
それは自分の真上から聞こえた。
……ぐだぐだと思考を奔走させるが………結局。もとより、期待していた。
ただ、本当にもしかしたら、自分の前にまで現れて止めてくれるんじゃないかと、淡い期待を抱いて
いた。だから飛ばずに、とぼとぼ歩いて帰ったのだ。
―――期待通りに話が進むと……人間的思考を持つ者は……やはり嬉しいものである。
「待って頂戴妖夢」
「今更なんだ」
つい攻撃的になってしまう自分に自己嫌悪。嬉しい癖に、霊夢は何一つ悪くないのに。
「私まだ、言っていない事があるのよ……あの時は濁した言い方になってしまったけど……」
霊夢と言う少女は。こんなにも懸命に人の気持ちを考える子であっただろうか?
「な、なに?」
けれど期待してしまう。その人間の巫女の言葉に期待してしまう。
早く口にしてほしい。一体どんな事を言ってもらえるんだろうか。
妖夢は降り立った霊夢に顔向けできず、俯いたまま……期待する。
「さっきはごめんなさい。私の所、へんな妖怪ばかり来るから……それでね、やっぱり気が休まらな
いのよ。その分貴女は他より大分人間だし……その、他の人たちとは出来ない話も、出来ると思うの」
「それで……?」
「貴女、なんだか私に似てるわ。その……お友達になって欲しいのよ……」
妖夢は、素直に嬉しかった。
2 博麗霊夢を如何に止めるか
「ごめんくださいな」
それはにゅるりと現れた。鈴仙に如何わしいイタズラをしていた永琳は、咄嗟の出来事に息を呑む。
しかしそこは月の頭脳。冷静に取り繕い、鈴仙に服を着せて何食わぬ顔でそれと対面した。
「お邪魔だったかしらん?」
「いいえ。大丈夫よ。それより何かしら、こんな時間に」
夜も大分更けている。非常識といえば非常識だが、そもそも幻想郷の常識が可笑しい上にスキマ様に
何処の常識が通じるのか。
突如永遠亭に現れた八雲紫は、涼しい顔で永琳の傍に腰掛ける。
「実は、一つ忠告をしに来たのよ」
「何かしら?貴女に迷惑のかかるような事は企んでないわよ?」
「ゆかりんでいいわ」
「えーりんで構いません」
「えーりん♪」
「ゆかりん♪」
淑女二人はとても楽しそうに笑う。
「えぇ。別に貴女達が何か企んでるなんて思ってないわ。問題は、霊夢なの」
「博麗の巫女が何故永遠亭にかかわりあるのかしら?」
「んー。説明しづらいわ。でも話さなきゃいけないわよね。かくかくしかじか」
「かくかくうまうま」
「という事なのよ」
「それは間接的に貴女の所為ってこと?」
「ゆかりん、わかんなぁい」
「えーりんはもっと解らないわ。ふむそうねぇ……結局、あまりあの博麗霊夢に永遠亭の人間を接触
させるなって事ね」
「そう。でも敵は狡猾よ。まだ完全とはいえないけれど、妖夢はやられつつあるわ」
「あの頭の硬そうな子が?俄に信じられないわね」
「霊夢の狙いが何処にあるのかは定かではないけれど、勢力拡大は防ぎたいわ」
「ふぅん……ゆかりんったら随分幻想郷を愛しているのね」
「あらやだ、恥かしい」
「でも、大丈夫よ。姫は私が付いているし、てゐがそんなものに引っかかるとはとても思えない。う
どんげだって何ら問題ないわ」
「そうであるといいのだけれど……」
「スキマ様とあろうお方が、随分と心配性なのね?」
「まぁいいわ。それじゃあお願いするわね」
「ああちょっと。これからお暇?」
「そうねぇ。暇といえば暇ね。明日は寝ているつもりだしぃ」
「ならちょっと付き合って。うどんげーうどんげー」
結局そこで話をお終いにする。天才たる永琳からすれば、まさに瑣末な問題だ。自分の掌握する領土
から何かが奪われるなどとは、露とも思っていない。
「し、師匠?」
「ゆかりん、月の兎に興味は?」
「あるわ、えーりん」
「え、えぇぇぇ……」
永琳は後に語る。
『超全面的に私が悪うございました鈴仙様、と』
―――二日後。
永琳様へ
わたくしたち、鈴仙・優曇華院・イナバ及び因幡てゐは永遠亭
を去らせて頂きたいと思います。
短くも濃密な日々でした。
永琳様の責め苦に耐えられなくなった訳ではありません。戦況
は常に動いております。わたくしは、一応空気の読める兎です。
なので、これからは博麗神社へとご厄介になろうと思います。
今まで本当に有難う御座いました。
追伸
なお、蓬莱山輝夜様へ『この大馬鹿野郎』とお伝えください。
鈴仙
因幡
「なんと、まぁ……」
永琳は今この段階ではまだ冷静であった。だがその超高性脳故の弊害だろうか。すぐさまてゐが居な
くなるとどうなるのか、という想像が構築され、その答えは絶望であると導き出される。
鈴仙と、てゐである。
兎の指導者が消えていなくなれば、まだ知識も智恵も足りない、指示されなければ動きもしない兎ば
かりが大量にあまる。そして浪費家である姫が何かしら役にたってくれるとはとても思えない。
大黒柱はあれど……周りの柱が全部倒れては、その家は倒壊する他ないのだ。
「い、いいえまだよ……兎は外だって生きられるわ……私が頑張れば、姫と食べていけるだけでも」
しかし永琳は唖然とする。
大広間に集まった、朝ご飯を待ち焦がれる大量の兎達。てゐの指示がなければ、この状態を解除する
事も侭ならず、てゐを抑える鈴仙がいなければ永遠亭の秩序は回復しない。
実質今、まさに、永遠亭はただのウサギ小屋と成り果てたのである。
「い、いやぁぁぁぁぁっ!!!」
永琳は泣いた。久しぶりに本気で泣いた。
そして思い出した。そういえば別に食べていかなくても生きていけるんじゃね?と。
しかし、長年の習慣はそうそう変えられるわけもない。死ななくてもお腹は空くのだ。というかこの
幻想郷で食事という娯楽を奪われたら、何を楽しみに生きていくのか。
永琳は絶望した。食事がなくなる日々に絶望した。
まさに永遠亭の危機。ここは永琳のさじ加減一つで興亡が決まる。
では如何にするか。労働力を奪われたのならば、戦って取り返すしかあるまい。略奪者討つべしであ
る。
「ひ、姫様!輝夜様!」
「なぁによ永琳……さっき寝たばかりなのに……」
「永遠亭の危機です。出陣しますわ」
「そう……頑張って頂戴……ふぁふ……」
「起きろこの××××!!餓えて死にたいかっ」
「ひ、酷い永琳……そんな差別用語使って……あれはどこぞの馬鹿が現代風刺に調子に乗って勝手に
作った差別用語よ。私は高級遊民なの。××××じゃあないわ」
「そ、そうですわ。嘘です、愛していますわ姫様」
「あら……朝っぱらから?えーりんのえっち♪」
「ちゃうわ。これから博麗とこさカチコミじゃあ。おきんかいダラズ」
「関西と広島と東北と島根かしら?方言混ざりすぎよ永琳……ふぁあぁ……はいはい……いきますい
きます……」
「ふふ……ふふふ……舐めないで頂きたいわ博麗霊夢……姫様はこれでもラスボスなんだから……」
一刻も早く永遠亭の秩序を回復すべく二人は竹林を飛び出した。
しかし二人は一刻もしないうちに戻ってくる。
「えぇぇ……何よあの戦力……ボス戦何回すれば博麗神社たどり着くのよ……」
「残機もボムもまるで足らない……えーりん、ピンチ☆」
「ちょっと永琳。天才なんだから何とかしなさいよ」
「何とか出来るのは常識的に可能な範囲までです。あれは尋常じゃありません。なんでしたら、姫様
が人形師と魔法使いと鬼と吸血鬼と半人半霊と兎二匹と鴉と巫女全部なんとかしてくださいまし……」
「9ステージ全部?無理に決まってるわ。なんか弾幕濃いし、レベル設定間違ってるんじゃないの?」
「………」
「えーりんチートしてぇ……」
「しかたありません。自分達の事ですからあまり他人には頼りたくなかったんですが」
「秘策があるのね永琳!?」
「最終手段です……」
「??」
「助けて!!ゆかりん!!」
永琳の叫び声が竹林に響き渡る。それは言霊となりて……それは現れた。
「嗚呼、ゆかりん助けてゆかりん……」
「ごめんなさいね、私エキストラボスなの……」
永遠亭はウサギ小屋となった。
3 女符「不夜城アーティフルスパーク百万鬼の一念狂気の因幡の風神少女」
「……妖夢が落ちたわ」
「えぇ……お友達になりましょうじゃなかったんですか?」
「どこまでも深いお友達よ」
「お断りしたい世界です」
「さらには兎二匹も……」
「うわぁ……紫様、もう無理です。どうしましょう」
「紅魔館はレミリア無しでカリスマ不足、永遠亭は亡命されて骨抜き、博麗神社は今や難攻不落の大
要塞ね」
「ちゃっかり八雲家が抜けてます」
「だってぇ、ゆかりん霊夢とあんまり戦いたくなぁい」
弾幕外道だし、と付け加え、紫はダレた。完全にダレた。たれゆかりんが誕生したのである。藍はち
ょっぴりだけ可愛いなと思い、気を取り直して咳払い。
現在の博麗神社はもう手が付けられない。時既に遅し。
尋常ではない紫の頭脳を持ってしても、不確定要素が多すぎて手に負えない。そもそも、霊夢が何か
悪い事をしているのか、と問われれば、別段悪い事はしていないのだ。
ただそこに権力と暴力が集中しただけであり、今の段階でどうなるか、などと誰も判断はつかない。
しかし断言出来ずとも、それだけの存在が一箇所で日々屯すれば、問題は起こるだろうと予測はつく。
簡単にいえば。
「まさにドロドロ愛憎劇……愛しの霊夢を巡った血で血を洗う大惨劇……あ、ちょっとドキドキね」
「心臓がバクバクします。決して頬を赤らめる事態ではありません」
「そうかしらぁ……んー……」
「それで、博麗の毒牙に掛かって被害を被った人々の現状はどうなんです?」
「それは貴女が調べなさいよぉ……式でしょう?」
「指示を受けていません……」
「でもゆかりん有能だから調べてあるわ。まず紅魔館」
「はぁ」
「夜な夜な女のすすり泣く声が聞こえるとか……」
「メイドですね……」
「白玉楼は、妖夢が通い妻状態らしいのよ」
「く、ぷぷ……」
「一途ねぇ……周りに一杯可笑しなのがいるのに、気がつかないのかしら?盲目?」
「幽々子様は何と?」
「霊夢の顔をみたら西行妖全力で咲かすって言ってるわ」
「それ自爆じゃあ……」
「永遠亭は、ウサギ小屋になったわ」
「元からじゃないですか」
「それがもう兎度が違うのよ」
「兎度……?」
「蓬莱山輝夜と八意永琳は今必死になって薬売り歩いてるわ」
「いや、永琳は感謝すべきですね、霊夢に」
「全くね」
ここで一つ、二人は頭を捻った。
「メイドは寝取られですから悲惨ですけれど、幽々子様と蓬莱山輝夜は依存を脱するいい機会ですね」
「あらそうねぇ……あら?」
「意外と……」
「意外と、いい線行ってるわ、霊夢。あとは此方の弄り方次第ね」
「あれ?どうするかなんて言っていた割に楽観的ですね」
「私を誰だと思っているのかしら、藍」
「お答え出来ません」
「ふふ、そうよ。私はゆかりん。スキマの国のお姫様、らぶりーゆかりん☆よ」
藍はスキマの話を聞いて流す。思い切り傘で殴られたが、何時もの事なので過剰反応はしなかった。
ともあれ、巨人は動き出したのである。
霊夢はいつも通り、縁側に腰掛けて茶を啜っていた。非常に気分は良い。どのくらい良いかといえば
賽銭箱にお米券が入っていたときくらいに良い。
そして何故良いかといえば、勿論現状に満足しているからである。
とても充実していた。のんびりが良いよ、適当で構わない、動くときに動けばそれで、などという考
えがあった頃とは、また違った満足感である。
では新たな満足感とは何か。
それは、霊夢が最近手に入れたものだ。
「霊夢さん、似合います?これ」
「そうね。うさみみに巫女ってちょっと倒錯的だけれど」
「な、なんの趣向の話ですか……」
「レイセン様、かわいい……」
「て、てゐも可愛いわよ」
神社の手伝いをさせてくれ。
鈴仙とてゐはまんまと霊夢の思惑通りになった。何も別に永遠亭を困らせたくてそんな事をしている
訳ではない。むしろ鈴仙は別として、強い側に付いた方が特であるというてゐの意向が強かった。勿
論そうさせたのは、鈴仙とてゐへ一言かけた霊夢だが。
「しかし霊夢、一体何着同じような服があるんです?」
「あら妖夢。ちょっと大きかったかしら?」
「いえまぁそうだけれど……腋がスースーする。軽量化?」
「私は子供達を熱狂させた車の玩具じゃないわ」
「それにしても……」
「質問は後でね、可愛いわ妖夢」
「みょん!?」
いつでも話を聞いてくれる人間の友達がほしい。
小さな願いだった。そしてその小さな願いを持つ妖夢を小さな言葉一つで心動かせるとも、正直霊夢
は思っていなかったが、いざ試してみると、非常に愉快であった。
別段魂魄妖夢に特別な感情を抱いていた訳ではないが、一緒にいるとそれはそれで、霊夢の趣向にあ
う仲良しとなった。
「はぁ……霊夢の服……洗ってないほうがよかったわ」
「レミリア……本当にずれてるわ」
「なんとでも言って頂戴?むしろ今着ているのと交換して」
「こ、今度にして」
何時の間にか神社へと通うようになった吸血鬼。
昼は辛いだろうに、それでも健気に逢瀬を重ねようとする。吸血鬼という偉大な存在からすれば、人
間などという希薄な存在が魅力的に感じれるのか……霊夢はずっと考えていた。
しかしそんな悩みも他所にして、レミリアは逢いに来る。
レミリア自身がどのような価値観に基づいて霊夢を慕うのかは不明瞭であるが……霊夢はそれはそれ
で嫌いではない。むしろ、自分がそれだけ人から気にかけてもらっている、という事実は嬉しかった。
「れいむー。ほら、ほら」
「足元がふらついてるわよ萃香」
「どうだろう、似合う?」
「普段から腋だから違和感ないわね」
「な、なにをー?」
不思議な同居人。
たった一匹戻ってきた鬼。
霊夢に、心を開かせた張本人だ。
萃香の本心としては、複雑である。だが、アレ以来霊夢はただ陽気なだけでなく、心の底から笑うよ
うになったと感じていた。
それが良いにしろ悪いにしろ、自分のような鼻抓み者を置いてくれる人間が、笑顔でいてくれるのは
正直に嬉しい。霊夢もまた、萃香には感謝していた。
「れ、霊夢さん。これこの前も着ましたよね」
「そうね、似合ってるわ、文ちゃん」
「ちゃ、ちゃんってやめません?恥かしくって。私年上なのに」
「あーやちゃん♪」
「うぅ……何故か逆らえないんですよ霊夢さん……」
鴉天狗と仲良くなろうと思ったのは、本当に気まぐれだった。
巫山戯けているのか、まじめなのか。今一腹の内を見せない天狗。そんな狡猾な文は一体どんな事を
考えているんだろうか。霊夢はレミリア同様疑問に思った。
しかしいざ仲良くしてみれば、話は解るし、とても愉快であった。
「こそばゆいぜ」
「ちょっと恥かしいわね」
「二人とも、なんだか姉妹みたいね」
「だってよアリス、義姉妹の契りでも交すか」
「いやよ……あ、待って。それはそれで倫理的に間違ってて心地いいかも」
「アリスって変態よね」
「だと思うぜ」
「嗚呼、二人して責めちゃ……アリス困っちゃう」
旧知の友人二人。
一番心が許せなくて、もどかしい思いをした期間が長い二人でもある。
最初、友達なんていうのは恥ずかしかった。霊夢は公平中立。人と妖怪の間で、人間ながらにして双方
の味方をするには、誰と仲良くなってもいけないのではないか。
そんな思いがあったのかもしれない。
でも今はどうだろう、と自分の肖像を思い描いてみる。
最初は一人だ。
何もないキャンバスにただ一人自分がいる。紅くて白い少女がポツンと一人。
やがてそこに黒と白が混ざり、黄色と赤が混ざり―――。
―――新しく手に入れた満足感とはなにか。
自分で手を出すつもりは、あまりなかった。
けれどいざ求めてしまうと、面白いほどに満足度が増す。
今まで触れようとしなかった分、余計吸い込むようにして、どんどん肥大化して行く。
何もない道は一つ二つと開かれて、それは各自別の道へと繋がっていても、結局は博麗霊夢と言う大
きな道へと至る。
その満足度は……今までに感じた事のない、優越感でもなく超越感でもなく、もっと別の何かを満た
してくれるものだった。
霊夢は、今酔っ払っているのかもしれない。もしくは現実味の強い夢をみているのかもしれない。
「魔理沙?」
「ん?」
「キスして」
「え?おいおい、ここで波乱万丈は勘弁だぜ。みんないるのに」
「今更じゃない。見られないように、そっと」
「……まぁ、いいぜ」
でも矢張り現実だ。
霊夢の頬に宛がわれた唇の温もりは、ここが現実であると霊夢の心へ伝えてくれる。心臓が脈打ち、言
い知れぬ充実感が全身に行き渡る。
「……じゃあ、写真とろっか。文ちゃん、お願い出来るかしら?」
「はい。きっと出来上がったら噴出しちゃうような写真が出来ますね」
「うしし、みんな霊夢だぜ。みーんな霊夢だ。紅白の腋巫女だぜ」
「なんか滑稽だけど……お、面白いわね」
―――博麗霊夢は、結局何がしたかったのか?
「はい皆さん並んでください、萃香さん、角がアリスさんに刺さってます。もすこし右に。はいそうです
。あ、妖夢さん、心霊写真ですね。いえ、今のは別に関係ありません。レミリアさんは日傘が邪魔に、あ
そうだ、日傘差したまま空飛んだらいいんじゃありません?そうそうそう。いいです、タイマーオン」
―――こんな滑稽な真似をして、どうしたいというのだろうか?
「きますよー、はい!笑顔!」
『チーズサンドイッチ!』
―――皆もまた、何故こんな滑稽な出来事に、付き合うのだろうか?
4 紅白の白百合
「ごめんね、可笑しな真似させて」
「誰も気にしちゃいないぜ」
「でも……なぜかしらね。みーんな、解っててこうしているでしょう?」
「そうだぜ。みーんなお前に騙されてるような気がするって思ってる」
「じゃあ、なぜかしら?」
「わからねぇかなぁ……」
「??」
「私はちょっとアリスに用がある。また後でな、霊夢」
「えぇ」
夕暮れの境内。今までの喧騒はどこへやら。数人は母屋へ、数人はもう帰ってしまった。
突如訪れるこの虚無感。無感動な霊夢も、やはりこれは苦手である。昔はどうという事もなかったが、文
の時もそうであったように、何時の間にか苦手になっていたのだ。
人が集まり、また皆いなくなる。
また人が集まり、いなくなる。
当然だ。皆それぞれの生活がある。
霊夢のワガママ……だ。
「いつから霊夢は、そんなに寂しがりやになったのかしら?」
「紫?」
「貴女のお陰でこっちはテンテコマイよ。随分とむちゃくちゃにしてくれるわねぇ」
「……」
「霊夢?」
「大丈夫よ。もう、終わりだから」
「……霊夢?」
紫は……深刻そうに悩む霊夢の頬に触れ、撫でつける。先ほどまでの笑顔はどこへ行ったのか。
紫は、聞くべきか迷ったが、これも役目と割り切り、聞く事にする。
「霊夢……貴女は結局、何がしたかったの?」
「聞いてくれるかしら……」
「えぇ」
霊夢の頬を撫でる手をヒシと掴む。霊夢は、何か決意するようにしてから、口を開いた。
「私はただ―――」
「私はただ、友達が沢山欲しかっただけよ。
ずっと、ずっと考えてた。
私は博麗の巫女で、中立でいなくてはいけなくて、どこの誰かと親しくなったりすると物事に弊害が出るか
ら、だから中立でいるべきと、思っていたし当然だと考えてた。
でも、でもいざ誰かと親しくしてみたら、それがね……それがとても気持ちが良いものだったのよ。別にい
やらしい意味なんかじゃなくて、誰かと心で繋がっている感覚って私知らなかったから、それがこんなにも
心地よいものだったって知ったら……もっと友達が欲しくなったのよ。
そうしたら中立でいるのなんて馬鹿らしくなっちゃって。あの子はどんな事を考えているんだろう、私の事
どう思ってるんだろう。話さないと解らない事を話し合って理解して……更にもっと知りたくなって、知ら
れたくなって。
だって、だってね、紫。みんな可愛らしいんですもの。こんなにいい人ばかりだったなんて、考えてもみな
かったの。楽しい時間だったわ。楽しい時間だった。自分が博麗の、幻想郷の秩序を守るべき存在だなんて
全く頭になかった。
話して、じゃれあって、巫山戯けてキスしてみたりして。自堕落で……本当に、幻想郷をどうこうしたいな
んて思わなかった。考え付くままに、みんなと仲良くしたのそうしたら、ほかの所から、大分睨まれるよう
になったみたいだし……だから、終わり。終わりにするわ」
「今日の霊夢は喋るわねぇ」
「……紫、ごめん」
「何言ってるのよ」
紫が霊夢を抱きしめる。霊夢が見た事もない、母のように。
幾星霜の歴史と知識と経験を蓄えた妖怪は、本当の子供を扱うように、霊夢をあやす。
「ごめんなさい……私……」
「いいのよ……貴女は、愛もなく育ってきたのだから……いいの。むしろ、私は私を恥じるわ。まさか貴女
がこんなにも……寂しがりやの馬鹿だなんて、知らなかったし。知っていれば、もっと力を貸してあげられ
たかもしれない」
「それは……」
「貴女と知り合った期間が短い?馬鹿ね、生まれた頃から知ってるわよ。私は結界の妖怪で、貴女は結界の
巫女なのよ?もっともっと早く、接してあげるべきだったわ。ごめんなさい、霊夢」
何が悲しかったのか、漠然としない悲しみが霊夢に押し寄せる。
寂しかったといわれれば、そうなのかもしれない。一人で頑張ってきたのだ。手に負えなさそうな事件も率
先して解決してきた。
勿論それは自分の腕への自信もあったからこそ為しえた事だが、その虚しさだけは強さでは拭えないものだ
ったのかもしれない。
自分はその虚無感を知らない振りをした。観ないようにした。誰にも評価されない頑張りも、当たり前だと
思ってこなした。
自分は博麗の巫女なのだから当然。当然の出来事は当然、評価されるには値しないと。
自分は博麗の巫女なのだから当然。当然中立でいなければならない。誰かに頼ったり、思いを偏らせてはい
けないのだと。
では今はどうだろうか。
霊夢から観れば……散々なものかもしれない。
「紫……私、ごめん、ごめんなさい……みんなと、ただ皆と仲良くしてみたかっただけなの……」
「そうよ。人間だもの、いいじゃない。誰も責めたりしないわ。もしそんな奴がいるなら、陰陽玉でも食ら
わせてやりなさい。そして私にチクリなさいな。スキマに沈めてあげるから」
「うん……うん……」
「ふふ、霊夢ったら。萃香の事件以来、泣いてばかりね。本当に弱い子だったのねぇ」
「う、うるさいわよ……」
霊夢から観れば散々なものなのかもしれないが。
皆から見れば……それはなんとも、悲しくて、滑稽な悩みであった。
「あーーーー!!紫が霊夢泣かせてるぜ!!」
「紫!?貴女、いい加減にしなさいよ……霊夢は私の!このレミリアスカーレットのものよ!!」
「あらあら、展開まで似るのね」
「だ、誰の所為よ」
「貴女」
「ご、ごめんなさい……」
「それとね、霊夢」
「な、何?」
「貴女が終わりにしようとしたって、これは終らないわよ?」
「えぇ?」
「―――だって貴女は、本当に皆から好かれているもの。誰が嫌いな人間に騙されるの?好きな人だからこ
そ、騙されてあげてるんじゃない。霊夢、貴女はとっても、魅力的な少女よ」
「霊夢ーーーー愛してるわぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!おどき、好魔妖怪!!!
いいところ全部持っていってるんじゃないわよ!!!!!!!」
「あらひどい、吸血鬼のせいで、みんな台無しよ♪」
「―――みんな本当に馬鹿ね……でも、大好きかも」
哀れな巫女は人並みになる夢を観る。
けれど、それは巫女が想像するだけの、現実とはかけ離れた夢。
実際はもっともっと、人並み以上になれるだけの、力と魅力がある。
皆が何故このような滑稽な出来事に付き合うのか。
巫女からすればもっとも考える必要のある疑問だが―――。
巫女の魅力に気がついた人間からすれば……それは、当然の事だ。
博麗霊夢は、幻想郷一の幸せ者で、大馬鹿者なのだ。
紫はほっと胸を撫で下ろす。
一時はどうなる事かと思っていた。
何せ幻想郷勢力の強力な部分、皆持っていったのだから。
それだけ、博麗霊夢は強い存在を引きつける魅力がある。
かくいう八雲紫もまた……。
「ライバル増えすぎよ……どうしようかしら。みんなスキマにうめちゃう?うめちゃう?」
「紫様、それこそ、大惨事です」
「藍さまー、おすそわけもらってきちゃいましたー」
「ちぇぇぇぇん、おまえだ、おまえだけは私のオアシスなんだっ。ところで誰から?」
「はい。博麗の巫女にー」
「紫様、全部沈めましょう。全部です。あの紅白……あの紅白ぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」
幻想郷は―――今日も平和である。
end
だが百合好きにはたまらなかったりもする。
強いて言うならこれで番外編でも読みたいかもしれない
あなたの次回作を期待してます。
>やっぱりユカレイなんです!!
激しく同意です。あと、このカップリングは「ゆかれいむ」と呼ぶ伝統があるようです。
誤字とか
>楽天的な正確 性格
>紫も目算でも 紫の
>変な気を起さない 起こさない
>こんなと
>頃では 所では
>立った一匹 たった
>恥かしかった 恥ずかしかった
ゆかりんはやっぱり母性ですよね!
しかし「かくかくしかじか」のやりとりがすごい懐かしいw
読んでてここがちょっと引っかかった。文章の流れ的にこう書かざるを得なかったのかもしれないけど。
それ以外は独特の空気で非常に良好。
こういうのはたまらなく良いね!
色々ぐちゃぐちゃだとわくわくしますよね。
>次回作
泣きました。ご期待にそえるようガンバリマス。
>正直、
そこまで考察して頂いてたなんて……恥ずかしくも嬉しい限りで御座います。
というか全作御覧になったんですか……嬉しくて心臓が止まります。
あと、読者様に校正させてしまって申し訳ないです……。
>やっぱり母性
ゆかりんもえもえ。少女臭だけどママ臭。
>引っかかった
雰囲気は大事にせねばなりませんね。まさにご指摘通りです。以後気をつけたいと
思います。
>なんという楽園
幻想郷万歳の一言に尽きます。
ご評価有難う御座います。
皆様は本当に優しい方々ですね。わたくし、涙以外の汁が出そうです。
なんとお礼を申し上げてよいものやら。有難う御座いますなんて陳腐
すぎますね。あぁでも語彙力のないわたくしをお許しください。
本当に本当に、有難う御座います。
こーゆー自分勝手なキャラには憧れます。
全部読ませていただきました。
面白かったですよ。
「特に~」と言うものはあえて書きませんが、
まとまってて良い物になってます。
言い回しの方は「コレはコレで!」で良いかと思いますので
考える事も無いですね。
良作品をありがとうございました。
これからもがんばってください。
なんで、なんでボクのけーねがいないのさ!?
なんて言いませんがネー。
シリーズを通じての霊夢の行動の答えが今ここに。
所々のアダルトな描写も多いに楽しませて貰いました。
紫だけでなく霊夢がもっと好きになるSSでした!
ほうほう、この事について詳しく。くるおしいほどに詳しく。
>話の合いそうな人間は八雲藍
あれれ? いつ狐は人間になったのですか?
>鈴仙に服を着せて何食わぬ顔でそれと対面した。
うぎぎぎぎ
「強い側に付いた方が特であるというてゐの意向が強かった。」は「強い側に付いた方が得であるというてゐの意向が強かった。」でしょう
まあそんな瑣末な事は置いておいて。
いわゆる二次設定を上手い事料理しているなと思います。
ゆかれいむだけがガチ。
私もそう思います。
もうガチガチ。
でも巫女の人間臭いとことか見られてちょっと嬉しかったぜ
これからも貴方のファンでいさせて下さいな
素敵な色に染まってますね。
ゆかりん♪
かくかくしかじか
かくかくうまうま
最後までギャグでつっぱしってくれるのかと思ったらフィニッシュで感動した
ビバ・ゆかれいむ!
しかし、これが幻想郷なんだなあ。