昔々、とあるところに一人の少女がいました。
少女は殺人鬼でした。自慢のナイフで人間を切り裂くその感触を味わい、見るも無惨な姿になった死体を眺めるのが何よりも快感でした。人間を殺すことが、食べることや眠ることや遊ぶことよりも大好きでした。
そんなことをして捕まらないのか、と言う人もいるでしょうが、そんなことはありません。少女には不思議な力があって、そのおかげで、自分が人を殺す前や殺している最中、そして殺した後の姿を見られることは、まったくありませんでした。さらに少女はその不思議な力を使って、自分の体をこれ以上成長しないようにしました。
いつまでもいつまでも、大好きな人殺しを続けるために。
ある日のことです。少女がその日も人を殺した帰り道、一人の女性と出会いました。白い傘を持ち、紫のドレスのようなものを着ていました。しまった、力を解くのが少し早かった、と少女は心の中で舌打ちし、そしてすぐに自分の姿を見た女性をいつものように殺そうとしました。
しかし、ナイフは女性の前で止まりました。何か、そこに壁でもあるかのように、少しも女性の体に傷をつけることはできませんでした。
少女は女性に、一体何者だ、と聞きました。
女性は答えました。
「私はこの世界のものではないわ。そもそも人間じゃないの。妖怪、とあなた達が呼ぶ存在よ」
妖怪、と聞いて、少女は驚きました。そんな存在が本当にあったのか、というのもありますが、それよりも、目の前にいる女性はどこからどう見ても人間にしか思えない、というのもありました。
「私はあなたに用があって来たの」
自らを妖怪と名乗った女性は続けます。
「あなたの力はこの世界のものではない。いえ、この世界には存在してはならないもの。だから私は、この世界とは別の世界、あなたの力にとってふさわしい場所に連れて行くことにしたの。あなたに拒否権はないわ」
少女は少し悩みました。少女にとってこの街は住み慣れたところで、心残りだってそれなりにあります。ですが、逆らうとどうなるかわかりません。何せ相手は妖怪、先ほども自分のナイフが効かなかったのですから。
少女はその世界に行く事を決め、そして、そっちの世界でも殺人はできるのか、と聞きました。
女性は目を丸くしましたが、すぐにその表情を戻し、答えました
「ええ、できるわ。あなたが望むなら、ね」
だったらいい、と少女は言いました。大好きな殺人を続けられるなら、結局どこだろうとかまわないのです。
「そう……。じゃあ、私の手を握って、目をつむって」
言われて、少女はその通りにしました。握った手はほんのりとぬくもりがあって、この人は本当に妖怪なのだろうか、と少女は思いました。
「手を離さないようにね。……行くわよ」
その言葉とともに、手を引っ張られました。次の瞬間、奇妙な感覚を少女は感じました。立っているのに、宙に浮いているような、歩いているのに、空を飛んでいるような、どうにも言葉にしがたい感覚でした。ですが、それもほんの数秒のことで、次の瞬間には地面に足がついている感覚がありました。
「着いたわよ」
と、女性の声で少女は目を開けてみました。そこには、さっきまでいた街並みとはまったく違う、うっそうとした木が広がる森になっていました。
「どう? ここが私たちの生きる世界。そして、あなたがこれから生きる世界よ」
そうと言われても、何せ場所が場所なのでよくわかりません。このぐらいの森なら少女は何度か見たこともあります。
少女はとりあえず女性にありがとう、と言い、そして、バイバイと言って、
不思議な力を使って、女性をナイフで突き刺しました。
今度は見えない壁はなかったようで、ナイフは女性の左胸に深々と突き刺さりました。ナイフから伝わる肉の感触を味わいながら、少女はナイフを引き抜きました。びしゃっ、と紅い紅い血が傷口から噴き出します。少女の大好きな色です。それと同時に、女性は後ろ向きに倒れて動かなくなりました。本来なら少女はここですぐさまその場を離れるのですが、なにせ相手は妖怪です。ひょっとしたらあれでも死なないかもしれない、と思ってとどめを刺そうと女性に近づきました。
その瞬間、女性の手が伸びて少女の首を掴みました。そして、女性の細い腕からはあり得ないような力でそのまま締め上げます。呼吸ができなくなって、少女は抵抗しようとナイフで女性の腕を何度も刺しました。しかし、まったく力はゆるみません。
「やっぱりあなた、今のままじゃ駄目みたいね」
首を絞めながら女性は言います。
「私、さっきあなたが望むなら人殺しはできるって言ったけど…………残念なことに、私はそれを望まないのよ」
だんだんと意識が朦朧としてきました。少女の表情がうつろになっていきます。
「もともとそのつもりだったけど……いろいろといじくらなくちゃね。性格とか、記憶とか。ああでも大丈夫。本来の人格とか、大切な記憶とか、便利なその力とかは、残しておいてあげるから」
少女は意識を失いました。それを確認して、女性は手を離しました。どさり、と少女がうつぶせに倒れます。
「それじゃ、新しい人生に幸あらんことを願って。……って、私みたいなのが言うセリフじゃないわよねぇ」
女性は一人ごちました。
* * *
少女は目を覚ましました。ゆっくりと体を起こしてきょろきょろと辺りを見回します。木と草しかありません。空を見上げると、月と星が輝いています。
少女には記憶がありません。もちろんそれは先ほどの女性がやったことなのですが、その女性のことも少女の記憶から綺麗さっぱり消えています。少女が覚えているのは、自分には不思議な力があることと、ナイフはとても大切なもの、ぐらいのことでした。
とりあえず、ここから離れようと少女は歩き出しました。ここにずっといても仕方のないことだし、運がよければ人がいる場所に行けるかもしれない、と思ったからです。
そのときです。
「ごきげんよう、そこの貴女」
空から声がしました。少女が見上げると、そこには少女よりもさらに年下の、蝙蝠の羽をはやした少女が、木の枝の上に立っていました。
あなたは誰、と少女は聞きました。
「私は血を吸う鬼、吸血鬼。人間の間でこの名前を知らない者はいないはずよ」
吸血鬼、と蝙蝠羽の少女は名乗りました。しかし、少女はそんなことも記憶にありません。少女がそのことを言うと、
「なっ…………そ、そんな……」
と、しおしおとうなだれました。ですが、すぐに立ち直ります。
「……まあ、いいわ。むしろそっちの方が好都合、といったところだし……。それに、貴女が私の『運命』に『視えた』少女らしいしね。……決めたわ、貴女、私の下で働きなさい。少なくとも、衣食住に不便はないわ」
その言葉に、少女は二つ返事で答えました。何も迷うことはありませんでした。少女には記憶がないので、今はとりあえず生きることができれば何でもよかったのです。
少女の答えに蝙蝠羽の少女は「あっさりしてるのね……それともちょっと惚けてるのかしら」と呟き、その後、「貴女の名前は何?」と尋ねました。
少女はその質問に答えられませんでした。少女の記憶には自分の名前もなかったのです。
少女がそのことを告げると、
「あら、そうなの? ……それじゃあ、私がつけてあげるわ」
と、蝙蝠羽の少女が言って、空を見上げます。
「今日は……ああ、残念。満月じゃなかったわね。でも綺麗な十六夜…………そうね、今日のこの見事な月を讃えて、十六夜が咲く夜、十六夜咲夜。これを貴女の名前に。それでかまわないわね?」
少女はこくりと頷きました。
「それじゃあ行くわよ。私の館へ」
蝙蝠羽の少女はふわりと少女の前に降り立ち、そして、少女の手を握り、そのまま空へと飛び立ちました。
その姿はすぐに、彼方へと消え去りました。
少女は今も、その館で働いているようです。
柊一氏の書く小説をもっと読んでみたいです。
>と、しおしおとうなだれました。
お嬢様うぎぎ。
多くの方が書かれていますが、童話調で淡々と進むのが非常に印象に残りました。
あっさりと周りの人妖を殺そうとする咲夜さんに勃起が止まらない。
ただ、個人的には読み足りないというか。もうちょっと長い文章でいろんなエピソードを読んでみたいですね。
あ、あと言い遅れましたが、新人同士お互い頑張りましょう。