Coolier - 新生・東方創想話

真っ紅で大きな、いちばん星

2007/05/20 14:53:59
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~セインマ~



 

 異変があったとき、その日、前の日、その前の日……という風に辿っていくと必ず予兆がある……と私は仕事柄知っている。
 
「ふぅ……」

 縁側でお茶をすすりながら考えるは、前の前の日のこと。
 その日は滅多に見ることのないくらいの大雨だった。
 朝から、晩まで、そして次の日の丑三つ時に目が覚めたときも。 

 その日、雲に隠れて月が見えることはなかった。

 そして前の日、一般的な天気で言うのならば、どう見ても曇りだ。
 私は雨が降ることを案じて、洗濯物を出すことはなかった。
 でも、その日は雨が降ることはなかった。
 私は、その夜に洗濯物を干さなくて損したと嘆いたことをよく覚えている。
 
 その日も、雲に隠れて月が見えることはなかった。
 
 そして今日……気持ちが悪いくらいの快晴だった。 
 何時も通り朝六時に起きて、何時も通りの朝食のメニュー。
 やはり天気と気分は関係するのだろう。
 今日の朝ごはんは喉に詰まることさえなく、効率よく胃に吸収されていった。

 昼――依然……前の日に照らし合わせて思えば不自然な快晴。
 
 昼の私は昼ごはんをとった後に昨日干せなかった洗濯物を干した。
 その後、人里へお買い物。
 団子を少しつまんだ後に、少し変わった人里を見て切なくなった。
 
 そして今、何も変わらず雲ひとつない快晴――大きな大きな紅い満月が昼の太陽以上に存在感を表している。

「ふぅ……」

 二度目のため息。
 私は、こんな立派な月は紅霧異変のとき以来見たことがない。
 レミリアと闘ったとき、月と雰囲気が合わさってレミリアがこれ以上ない強敵に見えた。

 暖かい風が吹いて桜が少し散っていく。
 ひとつ、花びらを目で追っていると次の花びらが私の目の前を横切る。
 そんなことを繰り返しているうちに馬鹿らしくなったので見るのをやめた。
 桜が散ることがなかったら萃香の願いは叶ったのだろうか?

「あなたは、どう思う?」

 声を出した瞬間、正面で空間が切り裂かれる。
 こんな事をできるのはただ一人、八雲紫だ。

「久しぶりねぇ、霊夢。10年ぶりくらいかしら?」

 苦笑しながら、そんなにたってないわよと返しておく。
 紫はスキマを消して、私の隣に座っていつ出したかもわからない緑茶を手に持っていた。
 ほんの少しだけ紫はお茶を飲んで、一言。

「答えるまでもないわ、博麗の言ったことはすべて正解。事実を捻じ曲げてでも正解にしてしまう。それが博麗の力」
「どう思う?」
「強引ねぇ、でもそれでこそ……霊夢だわ。博麗としてではなく、霊夢としてのあなたらしい言い方よ」
「残念ながら紫……時間がないって言ってるの。これが最後よ。どう思う?」

 時間がない……か。
 自分らしくない言葉だ。
 紫は先ほどから何時も通り笑っていて、扇子を口の前にあてて言った。

「結論から言えば、無理ね。一年中宴会があるなんてありえない。一年中咲いている桜に魅力があるとは思えないもの」
「ふぅん」
「そう、植物であれなんであれ、手が加えられていない自然体が一番美しい。だから桜に魅力がある――と、あなたは思っているんでしょ?」
「……」

 否定は、しない……いや、それどころかドンピシャだ。
 最初から最後まで紫の言ったことは私が思っていたことと全く違いがなかった。

「霊夢、あなたは刺身のつまだけを食べたことがある?」
「……はぁ?」
「ないでしょう?」
「あるはずがないわ。そこまで生活に困った覚えはないもの」
「そう、刺身のつまはね……」

 心なしか、紫の体中から妖力が漏れているような気がした。

「『刺身の』つまといわれるように刺身が無いと存在すらなかった。どこまでその中で究極的な存在になろうとも決して主役になることはない、悲しい引き立て役……」

 珍しく紫が興奮気味に早口でしゃべり、私が責められているかのようにも感じた。

「未来永劫、決して覆せない差。人はそれを――」

 紫が立ち上がり、指を鳴らす。
 静寂な夜にその音はよく響き、ただの音に美しささえ覚えた。

「才能と呼ぶわ」

 一瞬あっけにとられた間に、いつの間にか紫は空にいて、私の周りには弾幕が設置されていた。
 ――弾幕結界か。

「見せてもらうわ、霊夢。あなたの博麗としての才能と、霊夢としての才能を」

 紫はスキマに乗り、紅い満月をバックに叫ぶ。
 私は、おそらく笑っているだろう。
 他人の目には不敵と映るか狂気と映るか。

「そしてこの夜に終止符を打ちなさい、博麗、霊夢!星という引き立て役のいない……月がでしゃばったこの夜に」

 叫び声が終わると同時に私に弾幕が迫ってくる。
 結界で防ぐこともできる。 
 だけど生憎、今の私は気分がいい。
 全て、避けきる―― 
 そう思いながら私は弾幕の渦へ飛び込んでいった――





 神社から出て一時間……よく考えたら犯人に何の目星もついていないことに気がついた。
 どうやら体は自然と人里の方へ向かっていたようで、その人里が見えてきた。
 
(慧音あたりに心当たりはないか聞こうかしら?)
 
 そういえば、昼からずっと何も口にしていないことに気がついた。
 あまり時間がないので、慧音に心当たりがないかを聞くついでに軽く食べ物をもらうとしよう。
 ――そう思った瞬間だった。

「っ!」

 真っ暗な空を紅い影が縫った。 
 こんな事をするのも、出来るのも一人しか思いつかない。

「レミリア」
「はぁい、霊夢」
  
 背後から声が聞こえる。 
 私はゆっくりと振り向いてレミリアの目を見る。
 永く生きる者故の特性からか、出会ったときから声は全く変わってはいない。

「久しぶりね、霊夢。そんなに急いでどこ行くの?」

 満月の日のレミリアは声も表情も年相応の落ち着きを持っており、まるで子供を演じているという感じだった。
 左手を右の二の腕に置き、右手は表情が読み取られないように指で口を隠すといった感じのように見える。
 宴会のときの異変から何も変わっていない。
 あの格好はレミリアが興奮を抑えるために無意識的にしているポーズだ。
  
「あんたも月が見えるでしょう?」
「ええ、よく見えるわ。直視ができないくらいに」
「そう、偶にはその周りも見てみることね。今日は星がないでしょう?」
「自分で見させたくせに……そんなことくらい気づいてたわよぅ」

 レミリアは私の言葉にむくれた……いや、むくれたように見せた。
 見る限り、先ほどから目がずっと笑っている。
 
「ならわかるでしょ?私には時間がないの。さっさとこの異変を解決してお茶でも飲みたいし」
「時間がないのは私だって同じよ。それにこんな異変、解決する必要はないわ」
「なんでよ?」
「だって、素敵じゃあない?月だけが空にあるのよ?」
「あんたの私情で異変ほったらかしってわけにはいかないの。づべこべ言わずとっとと帰りなさい」
「つれないわねぇ」
 
 吸血鬼以上に月の似合う妖怪は間違いなくいない。
 レミリアと本気の勝負をするとき、必ず起こる不思議なことがある。
 それは暗闇の中に月がある、というのではなく月のオマケとして暗闇がある。
 それだけ月をバックにしたレミリアは目を離すことが許されないほど威圧的で、幻想的なのだ。

「聞いてなかったわね。何しにきたの?滅多にお屋敷から出ない箱入りお嬢様が」
「何って……わかってるくせに」

 レミリアは見下すように笑ってみせて、そして目を閉じる。
 下がっていた羽はピンと伸びきり、胸の前に両手を置いた。
 
「あなたを、倒しに」

 レミリアの発した言葉によって震えた空気はほんの少しだ。
 だがそのほんの少し震わせた空気は、間違いなく私の耳にまで届き、そして私の体を凍らせた。
 
「いくわよ」
 
 それが合図だった。
 紅い大弾を先頭にしてその後ろに拳一個程度の玉が複数、私めがけて走って来る。
 これ単体を避けることは容易――だが、大きく避けてはいけない。
 記憶が確かならばもう一度同じものがくるはず……そらきた!

「ふっ!」

 大弾を最小限の動きで避け、接近が少しでも気づかれにくくなるようについてきた弾を縫いながら接近していく。
 次に来るのはわかっている。
 時間差で全方位にばら撒く先ほどの弾隊だ。
 この攻撃の後にはほんの少し、タイムラグができる。
 慌てずゆっくり接近して行き、大弾が通過した後にレミリアへ接近、そして針でレミリアの肩を軽く刺した。

「言わなかったっけ?私には時間がないの。こんな即席で避けられるような弾幕なら私は先に行くわよ?」
「そうだったわね、申し訳なかったわ。なら、互いに一枚でけりをつけましょう?」

 レミリアの提案にうなずいて、互いに距離をとる。
 遠すぎず近すぎず――そう形容するに相応しい距離になった瞬間、打ち合わせたかのように互いの宣言。 

「夢符」
「神槍」

 宣言を契機に、第二ラウンド開始。
 私はいつ、どんな弾が来るかを注意深く観察している。
 
「行くわよ、霊夢。超高速の神の槍」

 大型弾、中型弾、そしてナイフ、クナイ、果てはレーザーと、まるで思いつく限りの弾を出しているようにも感じた。
 それだけならいくらでも対処できる――だが厄介なのは、それらが全部高速なのだ。
 レミリアは――時折こういう弾幕を出してくる。
 レミリア自身の能力が関係しているのかはわからないが、普段は敵の位置に依存した弾を撃ち相手を誘導、そして本命を撃ち込む……というのが主流なのだ。
 だが運命を見るのがめんどくさいのかそれともそんな気分なのかはわからない、時々自分の能力任せの荒々しい弾を撃ってくる。
 私はこういった弾は基本的にアドリブで避けられるのだが、「いつ被弾するかわからない」という精神的な疲労を強いられて多少苦手なのだ。
 
 大弾、避ける必要なし。 
 中弾、半歩程度右へ。
 レーザー、体をひねり回避、見たところあと少しよければ弾が打ち切りのようだ。
 頭の中で描いたシナリオはこのまま避けきり、結界を張りながらレミリアへ一撃――といったところか。
 
(よし、今――)

 そう思ったが一瞬思考する。
 なぜレミリアは、さっきグングニルを使わなかった?
 なぜ私が一瞬横の弾に目を取られた隙にグングニルを使わなかった?
 なぜ――これ見よがしにレミリアへと続く道がある?
 これから出る結論、つまり――

 私にエネルギーの収束した槍がかする。
 考えるより先に体が反応していた。
 レミリアは私の行動を読んでいたのだ。
 確かに私が何も考えずに突っ込んでいたら間違いなく反応はコンマレベルで遅れ、被弾していただろう。
 ならなぜ先ほど弾をばら撒いたときにグングニルを撃てなかったのだろう?
 いや、違う。
 撃てなかったのではなく“撃たなかった”のだ。
 ばら撒いているときに撃ったほうが当たる確立は低い、とレミリアは判断したんだ。
 弾を避けて集中しているときより私が勝利を確信したときにできる油断、レミリアはそっちに賭けた。
 だがこれは諸刃の剣だ。
 一度見切られるともう通用しない。
 そして私はたった今、それを見切った。
 これで――

「勝負、アリね」

 小さくつぶやく。
 再び高速で弾が迫ってくる。 
 焦ることはない。 
 相手に何度も攻撃を繰り返させ、少しづつ前へ詰めて行き、射程距離に入ったら終わり。
 それだけのことだ。
 そろそろ弾が切れるころ――そう思いレミリアを見ると、信じられない光景が目に入った。
 
「っ!」

 レミリアが接近してきているのだ。
 グングニルほど速くはないが、避けることはできない。
 レミリアは槍ではない、生物だ。
 相手に合わせて移動することくらい造作もない。 
 私もあっけにとられていたんだろう3メートル、2メートル……そうなってようやく、結界を発動した。
 両手で作り二重に重なった結界に、レミリアの手が少しづつ食い込んでくる。
 幸い、結界はレミリアの攻撃を防ぎきり、レミリアの手ははじかれ私と距離をとる。
 これが繰り返せればいいが、反撃の機会が無いし、結界の発動には回数の制限がある。
 
(参ったわ……これじゃあ私が勝負アリじゃないの)

 自嘲しながら、先ほどの攻撃への対抗策を練っていた。
 不可避、不可防御――どうしようもない。
 だがひとつでだけ、可能なものがある。
 ――攻撃だ。
 だがどう攻撃する?
 このランダムの弾の雨を潜り抜けてレミリアに威力十分の攻撃を与える。
 矛盾はないが、そもそもこの弾幕を避けながら相手に接近するというのがバカげている。
 不可能だ。
 そんなことを考えているうちに、レミリアが接近してきている。

「じゃあね、霊夢。最後の最後は私の勝ちね」
 
 レミリアが接近してきている。 
 ああ、もうどうするのよ!
 そんなことを考えている私に流れ込んできたのは一つの無茶な発想だった。
 これは確かに読みが当たれば勝つことができる。
 だが外せば間違いなく私の負けは確定。
 そして万が一威力不足でも私の負け。
 瞬間、確定してしまうGAME OVER。
 だがもうこれしかない。
 ――やろう

 レミリアの拳、迫ってくるのは右か左か。
 こればかりは勘に頼るしかない。
 幼いころからある、私特有の勘に。
 確立は2分の1、どっち?予測!左だ!

「はぁッ!」
 
 レミリアの左手を、私の左手で張った結界で防ぐ。
 やった!成功。
 レミリアの表情が一瞬驚きに染まった。
 なんせ私は“片手”の結界で防いだのだから。
 
 そしてレミリアのお留守になった左脇に右フック――と同時に。 

「二重結界!」

 新しく右手から発生した結界がレミリアの体を抉る。
 これには流石にレミリアの体も持ちこたえられず、下へ下へと落ちていった――




「とうとう、最後まで勝てなかったわね」

 レミリアが、珍しく自嘲気味に言葉を発する。 

「最後って……人が死ぬみたいに言わないの。全く縁起の悪い。別に明日また挑めばいいじゃない」
「いえ、最悪今日までに勝たないと……弱いあなたには魅力が半減よ」
「別に……弱くはならないわよ」
「ふぅん、どうかしらね」
「あ、そうだ。あんたこの異変について何か知ってることはない?首謀者とかそんな程度でいいから」
「って首謀者でいいってそれ以上のものは教えられないじゃないのよ」
「いいから運命でも何でも見て答えなさいよ」
「わがままねえ」

 吸血鬼に言われたくはなかったが。
 
「そうね、私の予想でいいなら」
「まあそれでもいいわ」

 レミリアは少し考えるように見せた後、私に背を向け月を見る。

「首謀者は月に憧れていたのよ」
「えらく断定的に言うわね」
「いいから黙って聞きなさい」

 これじゃあどっちが勝ったもんかわかんない、とレミリアの言葉を聞いて思った。

「月に憧れるやつも多いけど、星に憧れるやつもいる」
「そういえば、月に憧れてたんなら何で月を隠さなかったのよ」
「彼女にとって星は自分自身。そう、あくまで一つ一つの個性としてみてもらえない悲しい集団」
「……」
「月は月という一つの固体として見てもらえる。でも星は何万もの数が集まって星。おかしいわよねぇ、月だって同じ星なのに」
「ひどい言い様ね」
「じゃあ同じ星なのに月と星の圧倒的な違いは何だと思う?」
「大きさとか?」
「そう、月は何から何まで恵まれていた。人をひきつける魔力があって、その上地球に近い故に大きく見える。生まれつきの力。こういうの、生物に当てはめて言うとなんていうか知ってる?霊夢」
「……知らないわ」
「種族の違いとか、才能って言うのよ」
「その話はもう紫から聞いたわ」
「あら、そうなの?」
「それにあんた……予想って割にはずいぶん断定的な言い方ね」
「ふん、首謀者に気づいてないふりをしている巫女に気づかせるために言ったもの」

 レミリアが翼を広げて、紅魔館の方向へ体を向ける。
 どうやら帰るようだ。

「霊夢、もしこの事件の首謀者に対して手を抜いたりしたら……失望するわよ。気づいてないふりをしてた時点で相当印象悪いんだから」
「別に手を抜くつもりはないし、あんたに好かれたくて倒すわけでもないわ」
「ふふっそれでこそ霊夢よ。ああ、それから……」

 一度、顔を紅魔館の方向へ向けたが、再び私のほうを見る。
 
「一足早いけど誕生日、おめでとうね。霊夢」
「よく覚えてたわねぇ、脳無いくせに」

 気のせいかもしれないが、私に誕生日を告げるレミリアの顔は少しだけ曇っているように見えた。


 

 レミリアと戦った場所から西へ少し進む。
 人里が見えてきて、ほっと安堵する。
 流石にここに来てまで面倒ごとは厄介だ。
 誰にも気づかれないように進む。
 だんだんと、慧音の家が見えてきた。
 扉に近づき、ノックする。

「慧音~、いる?」
「何だ」
 
 返事が聞こえ、扉が開く……ことはなかった。
 慧音は後ろにいたのだ。

「って、脅かさないでよ。なにやってたの?」
「なにやってたの、か。お前達の勝負によって人里に被害が出ないか見張っていたのだが」

 慧音は腕を組み、明らかに不機嫌なオーラを出しながら私の問いに返答した。

「まぁいいじゃないのそれくらい。それより今日の異変について聞きたいんだけど……」
「ああ、だから私の家に来たのか。立ち話もなんだろう?家に入るといい」

 慧音が扉を開き、中に入っていく。
 私はそれに続き、中に入る。
 まず第一に思ったのは、結構簡素な家だ。
 特にこれといった飾りもなく、生活できればよいといった感じの家だった。

「慧音、お茶と何か軽いものでいいから食べるものくれないかしら。昼からずっと手をつけてなくて」
「わかった。おにぎり二つ程度しかないがいいか?」
「構わないわよ。我侭言える身分でもないしね」

 先ほどあった吸血鬼とは違って。
 
「そういえばさっき戦っていた相手は……レミリアか?」
「え?そうだけど……よくわかったわね」
「……まあ、あいつくらいだろうからな。お前にたどり着けるのは」

 なんとなく含みのある言い方だった。
 どういうことか尋ねようとしたが、瞳が閉じて、口も開かなくなってしまった。
 参ったな……さっきのレミリアとの戦いの集中が切れたのかな……。
 そのまま、私の意識はまどろみの中へ落ちていった……。
 





 人がたくさんいた。
 見たところどうやら7歳から8歳といったところか。
 その子たちが、10人程度固まって前では空の飛び方、右では弾の撃ち方、左では弾の避け方を教えてもらっていた。
 その輪の中に入ろうかどうか迷っていたが、どうやら私も7歳程度らしい。
 それがわかると、私は何の迷いもなく入っていった。
 30歳くらいの女性が空の飛び方を教えている。
 一瞬だけ浮くことができる子、飛べそうになくて泣きべそをかいている子、そして跳んでごまかしている子など様々な子がいた。
 くだらないな……。
 そんなことを思って思いっきり空を飛んで見せると、下からは先ほどの女性も含め歓声が上がった。
 つまらないからあっちへ行こう。
 そう思って別の場所へ行くと、下の子たちもみんなついてきた。
 特に気になることではないので放って置いたが。
 ここでは弾の避け方を教えているようだ。
 弾の特性などを教えた後、20歳程度の男性が実際に撃って避けさせている。
 前には10人ほどの子が並んでいて、私も列の最後に入る。
 大体の子がわずか10の弾を数える前に終わってしまった。
 次は私の番。
 30発まではなんてことはない。
 ただの相手を狙った弾と弾をただばら撒くだけのシンプルなものだった。
 そこからどんどん密度が厚くなっていったが、この程度、なんということはない。
 とうとう相手が息を切らし、私がすべて避けきった。
 ここでもまたもや歓声が上がる。
 ああ、この大人の人はきっと私を立ててくれたのだろうな。
 子供の私ながらにそんなことを思い、次の場所へ行く。
 ここの子達もみんな私についてきて、下は20人の大所帯となった。
 そして最後の弾の撃ち方を教えているところでは、スペルカードの弾幕を見せ付けたら、これ以上ない大歓声が上がった。
 ――いいかげんにしてよ。
 そんな考えが私の頭をよぎる。
 みんなみんな、私のことを馬鹿にしてるんでしょ? 
 このくらい本当はみんなできるんでしょ?
 いい気になった私を嘲笑うためにこんな演技をしているんでしょ?
 その思いが空気を震わせることはなく、今度は空を飛んで競争しようということにいつの間にかなっていた。
 みんな一列に並び、開始を合図する声が出るまでうずうずしている。
 そしてスタート――
 当然――なのだろうか。
 私はあっという間に全員から大きく離れた位置にいた。
 嗚呼、これだから嫌なんだ。
 私が全力を出してしまったら、あっという間に決着がついてしまう。
 だから、いちいちどうでもいいときにどうでもいい能力を見せるのはやめた。
 だって、疲れるし虚しいだけでしょ?
 ゴールまではまだまだあるが、様子を見る限り私の一人勝ちだろう――と、思っていたが甘かった。
 後ろから一人の女の子がどんどん私に迫ってきて、私に並んだ。
 でも、たったそれだけ、私はまだ全力じゃあないんだから。
 ほんのちょっと意地になって、全力で相手との差を広げる。
 今度もまた、相手が見えなくなるくらいまで差を広げた。
 全力になったせいか、もうゴールが見えてきた。
 まだ背後には誰も見えない……まったく面白くない。
 さっきの子がもしかすると……と思って見たが、帽子の欠片も見れなかった。
 少しばかりがっかりしながら、前を向く。
だが、そのとき。

 ――霊夢……。

 声が聞こえてはっとする。
 もしかしてさっきの子が?
 それは正しかった。
 さっきの子が、私の見える範囲にいるのだ。
 心が躍る。
 やっと、対等に勝負できる相手に巡り合えた――
 でも残念、私はもうゴールの前。
 今から追い抜けるはずがない。
 
 ――霊夢。

 うそ。
 さっきより声が大きくなっている……。 
 それの意味することはつまり……距離をつめているということだ。
  
 ――霊夢!
 
 とうとう相手と並んだ。
 いやだいやだ嫌だ……。
 負けたくない……。
 並んだ後はお互い拮抗したスピードで、遅れをとることも抜きん出ることもなかった。
 とうとうゴールが目の前。
 勝ったのは……。

「霊夢!」
「……ふぇ?」
「ふぇ?じゃないだろう……先ほどの戦いでよほど疲れているのか?できたぞ、茶とおにぎり」
「あ、ああ。ありがとう」

 呆れ顔で私におにぎりを渡す慧音。
 ……どうやら寝ていたようだ。
 
「なにか……変な夢でも見たのか?」
「まあ……変って言えば変な夢だったわね。夢は全部変な気がするけど」
「そうだな、違いない」

 くくっと笑って返答する慧音は、それ以上詮索してくることはなかった。
 まあ人の夢を好んで聞きたがる奴はそうそういないけど。
 でもさっきの夢の最後の子は……。

「……やっぱりあいつかしら」
「……今回の異変のことか?私もそう思うぞ」
「って、あいつで誰のことかわかるの?」
「いや、お前の勘は私自身がよく知っているからな。どうせ外れはしないだろう、とな」
「えらい買いかぶりっぷりねぇ。それに私の返答に答えたことになってないわよ?それじゃあ」
「……いや、今回の異変は私でもすぐわかったさ。特徴的な異変だからな」
「そう。あと最後に言うけどあいつって私の夢の中の子のことよ?」
「ほお、夢の中に実際の人物が出てきたのか。こんな状況で夢に出てくるということはそいつじゃあないのか?お前が目星をつけている犯人は」
「……さぁね」

 慧音から目をそらす。
 はっきりと言えば……当たりだ。
 私もあいつが犯人だと思っている。
 でも……。

「……霊夢、お前少し甘くなったんじゃないか?」
「甘いって……私が?」
「ああ。今のお前はこの異変の元凶と相対することを避けている……いや、はっきりといえば恐れているな」
「ああ、それレミリアにも同じ様なこと言われたわ。でも、大丈夫よ……私はね」

 避けているのも、会うのを恐れているのもすべて間違えてはいない。
 だが、私はこの異変を今日中に『解決』する……必ず。

「じゃあ、そろそろ行くわ。お茶とおにぎりありがとうね、慧音」
「いつの間に食べてたんだ……」

 苦笑いをする慧音は、私が外に出る準備をするのを見て窓の外に目をやった。
 月を見ているのだろうか?
 準備をしながらそんなことを思う。
 まあ確かに星のない夜なんて滅多にないから目を奪われても不思議ではないが。
 
「よし!準備完了よ。じゃあね、慧音」
「ああ、行って来い、霊夢。明日には星も見れることを祈っているぞ。毎日続くと飽きるからな」
「なんとなく矛盾してるような気がするのは気のせいかしら」

 お互い少し笑いあって顔を見合わせた後、慧音の家を出る。
 夜だが、外は寒くもなく暑くもない……これだから春はいいものだ。

「……霊夢、安心しろ。お前が生きているうちに星が変わることはないさ」




 
「紫様、ただいま戻りました」
 
 ここは幻想郷の境。
 実質的に幻想郷を牛耳っている妖怪が住んでおり、一部を除いて誰もここを知るものはいない。
 そして、その一部である八雲藍は、ここに戻ってきた自分に返答がないことを少し珍しく感じた。

「紫様、ただいまもどり……って何を見ているんですか?」

 藍が見慣れているスキマ空間の中に、映像が出ている。
 どうやら弾幕戦のようだ。
 
「ああ、お帰り、藍。今ちょうど霊夢の戦いが終わったところよ」
「霊夢の……」

 藍の眉がピクっとつりあがる。 
 様々な感情が渦巻くが、それを押し殺して紫に尋ねた。

「相手は誰でしょう?」
「レミリアね。まああの子くらいしか霊夢のところにたどり着けないでしょう」
「紫様、先ほどから質問ばかりで申し訳ありませんが、レミリア以外に霊夢に戦いを挑もうとしているのは誰がいますか?」
「ちょっと待ちなさいね?」
 
 紫はそういって、スキマの中に手を突っ込み、何かを手探りで探すような動作をし、中から数字を取り出した。

「ん~、だいたいこんな面子ね。スカーレット姉妹にアリス・マーガトロイド、妖夢に風見幽花に萃香と……八雲藍ね」
「お見それしました」

 藍は下を向いて笑う。 
 わかっていたが、やはり直接見てなおさら理解したようだ。
 紫が自分の主だということを。

「しかし……レミリアはともかく何故萃香は霊夢を見つけることができないのでしょうか?能力を使えば……」
「使うわけにはいかないでしょうね、彼女の性格上」
「と、いいますと?」
「彼女が霊夢と出会えたのは、あの能力のおかげだからよ」
「……すいません、できればその結論に至る過程を説明していただければ私の理解も早くなります」
「もう、鈍いわねぇ。あの能力は、萃香だからできるのであって、鬼であればできるわけではないの。
 萃香という個人では霊夢と戦ったことがあるけど、鬼という種族では戦ったことがない……そう思ってるんでしょうね。
 だから萃香は最後に鬼として霊夢と戦いたかったのよ。文字通り心を鬼にするって奴ね」
「なるほど……」
「それに霊夢は……萃香以上に鬼らしい性格だったわ」
「……言われてみれば」
「博麗霊夢は全く嘘をつかない。なぜなら彼女はこの世界の最強だから。わざわざ嘘をついて自分を守る必要はない」
「ご説明ありがとうございます。よくわかりました。しかし一つだけわからないことがあります」

 そう、藍には一つの疑問があった。
 少し前からずっと思っている、不確定な真実のこと。

「何?」
「本当に霊夢は……最強なのでしょうか?」
「何故そう思うのかを言ってみなさい」
「霊夢が異変を解決しているとき、少し暇があったので気づかれないように後ろからつけてみたのですが、霊夢は全ての相手に対して苦戦を強いられていました。お言葉ですが霊夢は……とても最強という器だとは思えません」
「全ての相手に苦戦を強いられた……つまり結果的には勝った、ということでしょう?」
「ですが……」
「強さというのは印象ではないわ、結果よ。それに負けたでしょう?貴方も、私も」
「あれは……あれは油断していただけです。次、戦うときは間違いなく勝てます」
「そんな事言って貴方、霊夢に直撃させた記憶がある?」
「それは……」
「ないでしょう?でも霊夢と戦った相手は必ずこう思うでしょうね、『次のスペルで勝てる』と」
「……」
「そしてそんなことを思っている内にスペルが尽きている……戦っている最中に同じようなことを思わなかった?」
「……思いました」
「それが霊夢の戦い方なのよ、無意識なうちのね。相手よりほんの少しだけ上の力を使い勝利を収める……。これは――」

 窓が開いていないはずの家に風が渦巻く。
 それがスキマからの風か、紫自身の妖力によるものかはわからなかった。

「アリス・マーガトロイドが、ずっと追い求めていた戦い方」

 
 
 

 人里から西へ1時間程度、魔法の森が見えてくる。
 相変わらず鬱蒼な森だ。
 森に入るとただでさえ少ない光がさらに遮られ、一寸程度先の木しか見ることができない。
 何時もなら木にぶつかりながらの散歩になるため夜にここを歩くのは避けたいのだが、今日はあの時とは違う。
 勘が冴え渡る……いつになく。
 今の私なら、たとえ目をつぶっていても目標までたどり着ける……気がする。
 
「じゃ、行きましょうか」

 誰に言うわけでもない、ただの独り言。
 だがこの自分への独り言が、私の意識を切り替えてくれる。
 魔法の森に一歩足を踏み入れると、そこはもう別世界。
 少しだけ光の見える状態で森へ行くか、完全に光を断って感覚任せで行くか……なかなか迷うところだった。

「ま、どっちでもいいわね」

 時間は少ないんだしね――そう言って私は森の奥深くへ……と思ったが、一歩踏み出した瞬間、私はスキマに吸い込まれ……本命の家に着いていた。

「……紫の仕業ね」

 ほんの少し混乱した頭で考えた。
 理由はなんとなく予想できる。
 万全な状態で最後まで戦わせたいことと、単純にさっさと見たいからだろう。
 周りと比べて整備された場所から扉の前に立ち、ノックをする。
 
「出てきなさい、出てこないと貴方の家が大惨事よ」

 ……返事がない。
 しょうがない、結界でさっさと壊すか――そう思った瞬間。

「お探しの品は……これだろう?」

 声  何処  背後の……70度上空!

「っあ!」

 先ほどまで私のいた場所に、カラフルな五角形の星が殺到する。 
 まともに受けていれば一発で戦闘不能だっただろう。
 足を組み、上空に一人の人物がたたずんでいる。
 ゆっくりと下に降りてきたが、表情を読み取ることはできない。

「あら、親切にどうも。でもね……もってった分全てを返しなさい。後、返すのは私じゃなくて空によ」
「そいつはできない相談だな。力ずくでやってみな、博麗の巫女」
「まあ、そうなるでしょうね。その前に……なんでこんな事をしたのかしら、まさか本当に星を隠したいだけでやったわけじゃないでしょ?」

 目の前の魔法使い……魔理沙は、伊達や酔狂でこんなことはしないだろう。
 星を隠すのだって面倒だろうし、何より、受動的だ。
 異変に関しては起こすより解決しに行くという能動的な方が楽しいだろう、私も、魔理沙も。

「霊夢よ、私たちが昔戦ってたときの互いの勝率を覚えているか?」

 それなら覚えている。
 魔理沙と戦ったあと、魔理沙が例外なく口に出していっていた。

「五分五分だったわね……。確か」
「そう、正真正銘の五分五分だったんだ。だが、私の中では3戦だけ例外がある」

 魔理沙はそう言って帽子を目深にかぶる。

「宴会騒動、永夜異変、六十年周期の花の異変だ」
「全部、異変の時ね」
「そうだ。こんな滅多にないシチュエーションでお前と戦えるなんざそうそうないことだ。でもな……私は異変のときにお前に勝った記憶がない」
「偶然じゃあないの?二分の一が3回続くことくらいあるわよ」
「いや、違うな。お前は異変のときはまるで別人だ。だからといって強くなるわけじゃあない。異変となるとお前は一気に底が見えない存在になる」
「ふぅん、自分じゃあわからないけどね」
「そりゃあそうだろう。私も戦っている最中にそんなことを気にする余裕はない。そして私のこの仮説は、何人か同じことを思ってる奴がいるだろう」
「仮説で人を決め付けるなんて迷惑ね」
「ま、理由としてはそんなところだな。最高の状態のお前に挑んで勝つ。ただそれだけだ」
「弱いわね、理由が。建前じゃなくて本音を話しなさい」

 魔理沙の言っていることは嘘だ。
 いや、嘘は言っていないが、根本の部分を隠している。
 こいつとはしばらく会っていないが、それくらいのことはわかる。
 
「言ってくれる。まあ間違ってはないけどな」
「私が間違いを起こすわけがないじゃない」
「まあ、一言で言えば……このまま惨めなんだよ。私自身が」
「え?」
「お前が私に勝ったとき、お前が異変を解決したとき、私はどれだけ惨めな気持ちになったかお前にわかるか?
いや、わかるはずがない。なぜならお前はそうそう負けはしないし、負けても気にしないだろう。
私が先手を打って勝てなかった相手に、お前は勝っている。これを何度も経験させられて私がどう感じると思う?
私は所詮引き立て役だと、そう感じた。直接お前に挑んだりしたさ。それでも勝てない。おかしいだろ?
だから私はお前に勝つために……ついに完成させた」

 帽子が地面に落ち、魔理沙の顔がようやく見える。
 最後にあったときと……あの時と全く変わっていない。

「完成……していたのね」

 ――捨虫の魔法。
 人間から種族魔法使いへの昇華。
 人間の魔法使いたちが憧れ、追い求めるもの。
 普通は六十~七十歳程度になってようやく取得できるような魔法だ。
 だが、魔理沙と……おそらくアリスも、常人の約三分の一の時間で習得した。

「ああ、これで本当に遠慮なくやれるだろ?私はもう人外だ。妖怪が起こした異変を博麗の巫女が解決する為に挑む……これが幻想郷の伝統であり、私が追い求めていた最高のシチュエーションだ」
「やけにロマンチストになったわねぇ」
「だが私が心の底から魔法使いだと思えるには、後一つだけ足りないファクターがある」
「足りないもの?」
「私にとって……人間のころのお前に負けた三戦は屈辱以外の何者でもない。だから私自身の力でお前を倒し、忌々しい過去に決別する。そうしてやっと、私は心の底から魔法使いを名乗れる日がやってくる」
「それは、ご愁傷様」
「なんでだ?」
「貴方には未来永劫、自分が心の底から魔法使いだと思える日はやってこないわ」

 札とお払い棒を取り出す。
 魔理沙の……魔理沙自身の魔力が高ぶっていくのを感じる。
 八卦炉を必要としない、彼女自身の魔力。

「言ってくれるぜ」

 魔理沙と共に、空へ昇る。
 魔法の森の上空、危険度はトップクラスだが……今の私たちにそんなものは関係ない。

「「Set Spell Card……」」
 
 互いに準備ができ、バトルの開始を――宣言する。

「「Attack」」

 弾幕ごっこには主に二つの戦法が存在する。
 弾数で押す戦い方と、実質一撃で勝負をつけるやり方だ。
 どちらの戦法でも一撃直撃を食らったらほぼ勝負アリだが、弾数で押す戦法のほうが有利というわけではない。
 一撃で勝負をつけるやり方は、狙いをつけやすく、相手が隙を見せた瞬間勝負が終わるといってよい。
 この二つの戦法に有利不利はないのだ。 
 そして私はどちらかといえば後者の戦い方を好み、魔理沙やレミリアは前者の戦い方を好む。
 おそらく、今回も――
 やはりきた。
 魔理沙から星弾が発射される。
 4……いや、5だろうか。
 星弾一つ一つ、そしてそれからなる星弾の集合がねじりながら私に向かってくる。
 見たところ、このまま進めば私に当たることなく過ぎ去っていくだろう――が、そんな直球すぎる弾幕ではなかった。

「収束っ!?」

 星弾が一気に中央に集まる。
 まずい、さっきと正反対の性質の弾になった……速く避けないと……。
 が、一度の変化で済む弾ではなかった。
 先ほど収束した弾がさらに拡散したのだ。
 私の前面に、五つの星弾の集合ができ、このままでは前へ進めない。
 攻防一体の弾幕だ。
 直後、一つ目の星弾の集合が私に目掛けて飛んでくる。
 スピードは遅い。
 だが、そのせいで目の前に弾のある圧迫感が余計に強くなる。
 嫌な弾幕だ。
 なるべく早くやり過ごしたい。
 ――ならば。
 
「あれを使いましょうか」
 
 ――封魔のお札。
 その名の通り、魔力が主戦力の相手に対して大きな力を発揮する。
 これが機能すれば、相手の現状で流れている魔力の流れの法則を一定時間、強制的に断絶する。
 つまり、現時点で行われている攻撃を強制的にスキップできるのだ。
 私は持ってきた3枚全てを手に取る。
 いつがいいだろうか?
 残り4つの星弾の集合の全てを避け、相手が次の弾幕を展開するときにしよう。
 そうと決まれば目の前の弾幕を――

「えっ?」

 その時、先ほどまで自分の手があった場所にレーザーが殺到する。
 なんとか反応が間に合い、回避成功……したはずだった。

「っつ!」

 腕を持っていった先にとても小さな星弾があった。
 幸い、戦闘に支障が出るほどのダメージはなかった。
 だが、先程の出来事のおかげでお札が下へ下へと落ちていった。
 まずい……次のお札を補充……。

「甘いぜ、霊夢。しばらく見ないうちに弱くなったんじゃないか?」
「何を……!」
 
 はっと気づく。
 私は何でこんなタイミングでお札を補充している?
 お札を補充することだって、隙ができる。
 ついさっきそれは自分に言い聞かせていた。
 前を見る。
 星弾が文字通り私の目と鼻の先に来ている。
 終わった……こんなあっけなく……。

 目を瞑る。
 何も見えなかった。  
 だが特別何が変わったかと言われると、答えられない。
 月の光は私の瞑った目の中にも存在していた。
 今の異変が起こった世界と何も変わらない。
 異変は博麗の巫女として解決するのは当然だ。
 だがそれ以上に今回の異変は……星が無くなるというのは私にとっては耐え切れなかった。
 月は、星のことを対等に見ている。
 だが星はそうは思わなかっただけなんだ。
 だから月だって……私だって、星と……魔理沙と共に生きたいはずだ。
 それが星に倒される……私にとってはこれ以上ない皮肉だ。
 
 さあ、そろそろ目を開けよう。
 星弾が私の体に直撃するはずだ――
 が、予想に反して星弾は色褪せながら私の体をすり抜けていった。
 
「……あら?」
「ちっ……相変わらず運だけは一級品だな……何だ?この札は」
「封魔のお札ね。しばらく、今の技は使えないわよ」
「嫌なもん作るなぁ。まあいい、そろそろ……お互いに本命で行こうぜ?」
「私ははじめからそうして欲しかったけどね」

「恋符」
「夢符」

 魔理沙が何をしてくるか、どんな表情をしているか、何を思っているか……それが手に取るようにわかる。
 喜びに満ちた表情で、自分の魔力で、マスタースパークを撃ってくるだろう。
 無駄に動かない。
 あれがくるときは、判り易すぎる前置きがある。
 魔理沙を中心に、360度、光が照らす。
 私もこの光に照らされるが、まだ眩しいだけだ。
 その光が収束し、私を包む二本の直線となる。
 これが合図だ。
 全速力で右へ。
 直後、空気が震える。
 二本の光も振動し、周りから光を集め増幅……さらに増幅。
 光が広がる。
 全てを飲み込む悪魔の光――マスタースパークだ。
 そしてその光の中心の周りになぞって星が螺旋を描いて飛んでいる。
 最後に見たときよりも光が大きく……いや、巨大になっており、さらに回りに星弾が飛んでいるため体感的な大きさはもっと大きくなる。
 避けるには、レーザーとその周りの螺旋を描いた星弾の間で、機を見て抜け出す……結界に頼らず行く場合はこれしかない。
 ……それっぽく言ったけど、実際には星弾とレーザーの間に閉じ込められて、そこから抜け出す隙を見ているだけだ。
 レーザーが少しづつ迫ってくる。
 なかなか抜け出せそうに無い。
 魔理沙の弾は、マスタースパークは当然、周りの星弾も一つ一つが強力で、簡易結界で防げるほど甘くない。
 避けるのも難しく、防ぐのもまず不可能。 
 だが、ここで避けないとそろそろタイムリミットだ。
 これ以上移動すれば、魔理沙の必中射程圏内に入ってしまい、ゲームオーバーだろう。
 ……強行突破しかないか。
 なかなか踏み出せないタイミング……これを見て思うのは、幼い頃にした大縄跳びの事だった。
 抜けられるだろうか?魔理沙の、星の大縄を。
 ぐずぐずしていてはいけない……今!
 
「タイミングばっちりだぜ、霊夢。お互い、考えることは手に取るように判るな」

 なんて最悪なタイミング。
 一瞬だけ、大縄がワインダーに姿を変える。
 次は無い、マスタースパークの直撃を受けてしまう。
 なら、真っ向勝負を受けてたつだけ。
 光が向かって来る。
 私がもしこのまま突っ立っていたらどうなるか?
 想像しただけで恐ろしい。 
 直撃すると、体の横から抉られるのではないか……そんな想像さえしてしまう。
 さあ、きた……力と力の真っ向勝負。
 
「封魔陣!」

 結界を展開……想像以上だった。
 マスタースパークの威力に押され、まともに動くこともままならない。
 結界を展開したまま高速移動……一瞬だけなら可能だ。
 だがそれをしたところで、また同じことの繰り返しになるだろう。 
 今はただ、これの中心に飲み込まれないよう、進行方向と同じ方向へ動くが、若干、マスタースパークのほうが速い。
 一秒でも早くこの状況を打開しないと……。
 飲み込まれてしまう。
 悔しいが力勝負では魔理沙のほうに分がある。
 中心に入った瞬間、私の負けは決定だ。
 いや、中心に行くまで結界が持つかどうかも怪しい。
 どうする……どうする!
 そう思ったのは、マスタースパークの威力が更に増した時だった……。





 霊夢は今、マスタースパークに飲まれている。 
 もう勝負はついたようなものだ。
 確かに霊夢の結界ならば、ある程度は私のマスタースパークを防ぐこともできる。
 だが、それが後何秒持つか……。

「ここで一気にけりをつけるか……」

 体中の魔力をこめ、放つ。
 単純だが、これを全て攻撃に回すのは体に相当な負担がかかる。
 故にそうそう長い時間この状態を維持することはできないが、霊夢の結界は段々と小さくなっていく。
 結界の維持が出来ない証拠だろう。
 あと少し……あと少し!
 自分を奮い立たせ、全力の状態を維持し続ける。
 
 結界はどんどん小さくなっていき、とうとう消失した。
 
 光が消える。
 霊夢の姿が見当たらない。
 唯一見えるのは、下へ下へと落ちていく巫女服の袖。
 おそらく霊夢は森に落ちて行ったか、マスタースパークに吹き飛ばされたか、だ。
 だがいずれにしろ……。

「やった……私は……私は霊夢に勝ったんだ!」

 とうとうやり遂げた。
 自分が異変の主犯となり、それを解決しようとする本気の霊夢に勝利する。
 今までの目標が……とうとう叶ったんだ……。




















「誰が誰に勝ったって?」






 振り返る。
 信じたくは無いが、そこには霊夢がいた。
 
「お前……どうやって……!?」
「結界をマスタースパークの中に置いたまま、右へ全力で突っ走っただけよ」
「……全身にマスタースパークを浴びたのか?」
「浴びたのは一瞬だけだったから、左手だけで済んだわ。今もとてつもなく痛いのよ?」

 簡単に言ってくれる。
 右へ全力ということは、星弾もそのまま抜けた、ということになる。
 ――こいつは……どんな運をしているんだ?

「はい、種明かし終了。何か言い残すことは?」
「……ハッピーバースデー、霊夢」

 言い終えると同時に、右ストレートが顔面目掛けて飛んでくる。
 モロに受けた私は、そのまま箒から落ちていく。
 くそっ、理不尽だ。

「ハッピーバースデートゥミー……で、いいんだっけ?」





 
「あーあ、とうとう最後まで勝てなかったか。十年前から何も変わってないな、お前は。顔も、性格も。実は妖怪じゃないのか?」
「違うわよ。というかあんたも最後までって失礼ね。人が明日死ぬみたいに」
「じゃあ聞くが、お前、明日で36だろ?」
「人に年は聞くもんじゃないわよ」
「いや、わかりきってるし。明日で36ってことは、お前の巫女としての勘や力を紫が選出した次世代の巫女に受け継がせる時だろ?」
「そうよ?」
「だから最後だっつってんだよ。明日以降、間違いなくお前は弱くなる。だから今日何人かに勝負を挑まれただろ?主に、お前が負かした相手から」
「大丈夫よ。私が弱くなることは無いわ」
「何でだよ」
「勘よ。まだ働くでしょ?勘」
「まあ働くっちゃあ働くだろうけどなあ……」
「ま、私の勝ちに変わりは無いでしょ?さっさと空に星を返しなさい。あれが無いと結構寂しいわ」
「あー?ああ、星か。すっかり忘れてたぜ。そういう約束だったな」

 魔理沙がそう言って空に手をかざすと、あっという間に星が戻っていった。

「そんなお手軽に異変を起こさないで欲しいわ……」
「安心しろ、そんなにお手軽じゃあないさ。結構大変なんだぜ?準備とか」
「それを含めてお手軽って言ってんのよ……じゃあそろそろ帰るわ。疲れたし」
「ん?そうか。じゃあ久しぶりに明日行くからな。どのくらい弱くなってるかを見てやるよ」
「だからならないっての」

 こっから家まで帰るにはどのくらいかかるだろうか……考えただけで面倒くさくなったのでやめた。







 博麗神社――ここには数多の妖怪が来訪し、そして神社をにぎわせる。
 この神社の巫女である博麗霊夢は、いつの間にかそんな日常に疑問を持たなくなっていた。
 今日も何時も通り、数多の妖怪が来訪し、今は巫女と魔法使いの戦闘を眺めていた。
 
「っつぅ!」
「私の勝ちね」
「何だよ、詐欺か?全然弱くなんかなってないじゃないか」
「当たり前でしょ?霊夢があんたに負けるほど弱くなったら神社がつぶれるわよ」
「お?言ったな、レミリア。魔法使いの力を侮るなよ?」

 そしてたった今決着がついた。
 勝利したのは巫女だった。
 口では不満を垂れている魔法使いも、心の中では安堵していた。
 昔から何も変わらない友の姿。
 今後も、博麗霊夢は霧雨魔理沙の目標として揺らぐことは無いだろう。
 そして博麗霊夢もまた、霧雨魔理沙の変わらぬ姿を見て安堵した。
 例え種族が変われども、彼女自体は何一つ変わっていなかった。
 十年以上密かに悩んでいた悩みが解けた、霊夢の誕生日だった―― 
 
あーどうも、久しぶりです。
いやあ、これを例大祭前に完成させることが出来てよかったです。
求聞史紀を読んだときに、魔法使いになった魔理沙が霊夢に戦いを挑むというのを思いついて、このネタはもっと上手く書けるようになってから書こうかと思ってましたが……書いちゃいました。
戦闘を書くのは難しい……。
昨日はいろいろ特別な日だったんで、本当は昨日に書き上げたかったんですけどね。
一つ気になることは、この作品のタイトル……どこかで見た気がするんですが……。

あと、無事高校合格しました。
応援してくれた皆様、ありがとうございます。
まさか無いと思いますが、感想がおめでとうだけというのは控えてくださいよ?

なんかもうちょっと言うことがあったような気がしたんですが……なんでしたっけ?
まあいいや、それではみなさん、例大祭を思う存分楽しんできてください。
イセンケユジ
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コメント



0.790簡易評価
2.40名前が無い程度の能力削除
アリスって・・・元人間でしたっけ?
3.90名前が無い程度の能力削除
いやぁ、話の構成が上手いなぁと感心するばかりです。
物語としては犯人に辿り着くまでのあたりが特に好きです。
そして弾幕勝負では燃えました。w
合格おめでとうございます。
6.70名前が無い程度の能力削除
弾幕勝負を上手く文章化していて読みやすく面白かったです。
合格おめでとうございます。
12.50椒良徳削除
?と!の後ろに文章が続くときには後ろにスペースを入れるのが一般的です。
こうも守られていないと一般的でないのかもしれませんが。

さて、高校合格おめでとうございます。
弾幕ごっこを逃げずに真っ向から文章で表現しようとした姿勢は凄いと思います。
しかし、残念ながら熱さが足りない。
折角のバトルだから、もっと熱さ、どろどろとした情念のようなものが欲しい。
いや、私が読みたいってだけなんですが。