Coolier - 新生・東方創想話

夜雀の巣の上で

2007/05/20 03:31:02
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ミスティアは忘れてしまったけれど、彼女には母があり、姉や妹が居た。
これは、そんな夜雀たちの物語である。

夜雀の巣の上で

翌檜の木の上に、一羽の夜雀が巣を作った。
巣の中には六つの卵。
彼女と愛しいダーリンの愛の結晶だ。
彼女は卵を温めた。
来る日も来る日も温め続けた。
晴れの日も曇りの日も雨の日も。
朝も、昼も、夜も。
愛しいダーリンの協力のもと、来る日も来る日も卵を温め続けた。
そして、ついに卵から雛がかえった。
一。
二。
三。
四。
五。
けれども、一つの卵はついにかえることができなかった。
これで、彼女の物語は終わりだ。
けれども、ミスティアは悲しまなかった。
だって、彼女はまだ悲しみを知らなかったから。

夜雀のママとパパは来る日も来る日も雛達を温め、彼女達の餌を運び続けた。
来る日も来る日も運び続けた。
だから、気が付かなかった。
一番最後に生まれた、一番小さな雛が、巣から落っこちてしまったことに。
彼女は鳴いた。
お父さん、お母さん、寒いよ、寒いよと鳴いた。
だが、彼女のママとパパは気が付かなかった。
彼女は凍えて死に、アリの餌になった。
これで、彼女の物語は終わりだ。
けれども、ミスティアは悲しまなかった。
だって、彼女はまだ悲しみを知らなかったから。

夜雀のママとパパは、来る日も来る日も雛たちのために餌を運び続けた。
雛たちは一生懸命鳴いた。
ご飯が欲しいよ、ご飯をちょうだいと鳴いた。
ママとパパは、一番綺麗な声で鳴いた雛に餌を与えた。
来る日も来る日も与えた。
すると、上手く声の出せない、四番目にかえった小さな雛は餌をもらえなかった。
今日も明日ももらえなかった。
彼女は一生懸命かすれる声で鳴いた。
ご飯が欲しいよ、ご飯をちょうだいと鳴いた。
けれども、彼女の声は届かなかった。
彼女は餓えて死に、巣の外にゴミとして捨てられた。
これで、彼女の物語は終わりだ。
けれども、ミスティアは悲しまなかった。
だって、彼女はご飯を食べて大きくなるので精一杯だったから。

雛たちはどんどん大きくなった。
今日は昨日より、明日は今日より大きくなった。
そして、念願の羽が生え始めた。
彼女達は鳴いた。
早く飛びたい、早く飛びたいと鳴いた。
ママとパパは、そんな娘達を優しく見守っていた。
三番目にかえった、いちばんやんちゃな娘が、私も飛べるわよと言って巣から飛び出した。
やめなさいと言うのは間に合わなかった。
助けようとしたのも間に合わなかった。
彼女はまっさかさまに落っこちて、首の骨を折って死んでしまった。
これで、彼女の物語は終わりだ。
ミスティアはこの時、悲しみを知った。
けれども、すぐに忘れてしまった。
鳥は忘れっぽいのだ。

来る日も来る日も餌を食べて、二羽の雛はどんどん大きくなった。
来る日も来る日も大きくなった。
そして羽が生え揃い、ついに飛べる日がやって来た。
自分の力で、大空に向かって飛び立つ。
なんて大空は広いのか。
なんて世界は広いのか。
巣から眺める事しか出来なかった木に、岩に、池に、自分の羽一つで行くことが出来る。
なんて――
なんて素晴らしいのか――
ミスティアはこの時、感動を知った。
彼女の前にかえった雛も、同じ感動を味わっていた。
彼女達は歌った。
なんて素晴らしい日だろう。
明日はもっと良い日に違いない。
楽しそうに、本当に楽しそうに歌った。
けれども、黒い影が近づいてきた。
真っ黒な真っ黒な影だった。
影は、ミスティアの姉をさらい、猛スピードで飛び去った。
カラスだ。
彼女は鳴いた。
たすけて、ミスティア助けて、お父さん、お母さん、助けてと鳴いた。
けれども、ミスティアは何も出来なかった。
出来るはずも無かった。
ミスティアの姉は、カラスに食われて死んだ。
これで、彼女の物語は終わりだ。
ミスティアは悲しんだ。
でも、すぐに忘れてしまった。
明日はもっと良い日に違いない。
そう信じていたから。

ある日、パパが帰ってこなかった。
パパは何処に行ったの? とミスティアはママに訊ねた。
ママは首を振るだけだった。
でも、ママの顔がとっても悲しそうで――
ミスティアは、それ以上訊ねなかった。
これで、彼の物語は終わりだ。
ミスティアは悲しんだ。
ママと同じくらい悲しんだ。
でも、すぐに忘れてしまった。
明日はもっと良い日に違いない。
そう信じていたから。

ミスティアはすくすく大きくなった。
鳴き声は日に日に美しくなり、彼女自身もそれ以上に綺麗になった。
空も自由に飛べるようになった。
人だって、一人でさらえるようになったのだ。
そのたびに、ママはほめてくれた。
けれども、ある日それが違った。
巣に帰ったミスティアは、徹底的に痛めつけられた。
体中傷だらけになりながら、ミスティアは逃げた。
最愛のママから必死で逃げた。
ママは言った。
このあばずれ! もう二度と私の前に現れるんじゃありません!
ミスティアは鳴いた。
痛いよママ、止めて、なんでこんなことするのと鳴いた。
けれども、ママは止めなかった。
ミスティアをボロボロに痛めつけた後、ママはどこかへ飛び立ってしまった。
ミスティアは傷を押さえてうずくまっていた。
体中が痛かった。
それ以上に、心が痛かった。
ミスティアは鳴いた。
酷いよママ、私何か悪いことしたのと鳴いた。
ミスティアは判らなかった。
判らないままに鳴いた。
ふと、歌を歌ってみることにした。
歌を歌うと、少し心がやわらいだ。
もっと歌って、元気になろう。
そう決めた。
彼女は歌った。
彼女の知っている歌を全て歌った。
子守唄、童謡、フォークソング、ロック、パンク、オペラ、などなど。
知っている限りの歌を一生懸命に歌った。
のどがかれてしまうまで歌った。
のどがかれてしまっても歌った。
もうのどから声が出なくなっても歌った。
そして、ミスティアは元気になった。
ママはどこに居るのか判らないけど、いいや。
これからは自分一羽で生きていこう。
そう決めた。
これで、彼女のママの物語は終わりだ。

ミスティアは翌檜の木の上が好きだった。
翌檜の木の上で寝泊りし、来る日も来る日も歌を歌った。
大好きな歌を歌った。
そして、虫を食べた。
鳥を食べた。
兎を食べた。
でも、満腹にはちょっと足りなかった。
人を、さらうことが出来なかったから。
彼女は待った。
来る日も来る日も待ち続けた。
愚かな人間が通るのを。
そして、ついに来た!
念願の人間がやって来た!
彼女は飛び立った。
愚かな人間をさらうために。

「ちょ、ちょっと待って~!」
「あんた邪魔だって」
「あなた達には私の歌声が届かないのかしら? もしかして人間じゃ無いの?」
「夜だというのに、雀の鳴き声がするわ。妖夢」
「幽々子さま。この鳴き声に惑わされないで下さい。 これは夜雀の鳴き声。最も不吉な音です」
「不吉なんて失礼ね。それに、幽霊が出る音よりはなんぼかマシでしょ?」
「ええそうねぇ、比べ物になりませんわ」
「否定して下さいよ~」
「妖夢ほら、鳴き声がまた強くなってきたわ。何処から聞こえてるのかしら。」
「ああもう、人間でも人間だった奴でもいいや。これから、楽しい妖怪祭りが始まるよ。」

こうして、ミスティアは腹ペコ亡霊ご一行と出合った。
これで、彼女の物語は終わりだ。

夜雀の巣の上で 完
No! No! Don't eat Mystia!
She is too lovely to be eaten!
椒良徳
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コメント



0.580簡易評価
3.80名前が無い程度の能力削除
切なくて良いお話です。
オチを読んで吹くまではそう思ってました。終わっちゃってるし!
11.無評価椒良徳削除
はい、終わっちゃってます。
いや、だって無理だろ。あの人たちから逃げるなんてさ。
17.70辻堂削除
なんという、どんでん返し。

苦手なシリアス話かと思っていましたが、こういうのもアリなのですね。