―かつん。
一歩。
一つ目の鳥居をくぐる。
―かつん。
二歩。
二つ目の鳥居をくぐる。
―かつん。
三歩。
三つ目の鳥居をくぐる。
―かつん。
四歩。
四つ目の鳥居をくぐる。
―かつん。
五歩。
五つ目の鳥居をくぐる。
―かつん。
六歩。
六つ目の鳥居をくぐる。
―とん。
七歩。
七つ目の鳥居をくぐった。
時刻は七時七分七秒。
街が七で満たされる。
七つの門が、
扉を開く。
非日常への、
扉を開く。
幻想郷への、
扉を開く。
<1 七夜、神歌/七門>
7月7日、夕刻。
何の前触れもなしに、十六原光哉(いさはらこうや)がやって来た。
「誕生日おめでとう、七夜。
プレゼントにしては安っぽいかもしれないけど、これ」
私の了解も取らずにずかずかと部屋にあがりこむと、
私に笹を差し出した。
17にして独り暮らしの私に、その笹は大きすぎた。
「これはまた随分と大きい笹だな…。
なんだ、これに短冊でも吊るせと?」
私の言葉に、光哉は難しい顔をした。
私がそう言う面倒くさい事はしないと分かっていると言うのに。
「いや、そう言うわけじゃないけど、
何と言うか、ほら、雰囲気出るだろ?」
まぁ、それはそうだ。
ちょっと頷く。
「今曇ってるから、ちょっと星空は見れそうにないし……。
責めてと思ってさ」
言われて、窓から外を見る。
夕焼けは鮮やかだが、確かに雲が多い。
このまま夜になったら、星は見えづらいだろう。
だから、私は言っておいた。
『大丈夫。今夜は晴れる』
光哉はその言葉を聴くとちょっと驚いたような顔をしてから、
うん、と頷いた。
「ああ、そうだな。君がそう言うなら、きっと晴れる」
そうしてしばらく話した後、
じゃあまた明日、と言って光哉は帰っていった。
夜になって、私は外へ散歩に出る事にした。
用意を整えて外へ出ると、
そこには満天の星空。
これは決して偶然ではない。
私が
『大丈夫。今夜は晴れる』
と言ったから、晴れたのだ。
……言った事が、現実になる。
そんな反則を、私は産まれながらにして持っていた。
希望とか欲求とか、或いは命令とか。
その部類に入る言葉を口にすると、
それらは全て現実になる。
何かを『欲しい』と言えば、
それは私の手に入り、
何かを『ありえない』と言えば、
それは無かった事になった。
やった事は無いが、多分、
何かを『やり直したい』と言えば、
そこまで時間が戻るのだろう。
それと引き換えかどうかは知らないが、
私は女性的な言葉遣いが全く出来ない。
しようと思っても、出来ないのだ。
言葉を覚え始めたころから、
私が言葉を話すたびに親が怪訝な顔をしたのを覚えている。
今でも、私と会う大部分の人が、私の言葉遣いについて訊いてきた。
相手にとってはぶっきらぼうに聞こえるらしく、
そのせいか、私の周りには人が少ない。
光哉とか、一部の人間は普通に接してくれているが。
有り体に言えば、超能力者。
一般人に言わせると、変人、或いは異常者。
専門家曰く、存在不適合者。
光哉に言わせると、普通の人間以外の人。
要するに。
私こと春夏秋冬七夜(ひととせななや)は、
そう言う部類に入る人間だと言う事だ。
―見上げるは、七夕の空。
空に瞬く、七つ星。
今もラッキー7なんて言う単語があるが、
古代から、人にとって7と言う数字は特別なものであったらしい。
古語辞典を引っ張ってみると、7に関する単語がとにかく多いのだ。
例えば、七瀬の祓え。
その昔、天皇の災禍を負わせた人形を七つの川瀬に流したと言う。
例えば、初七日。
人が死んでから、この世に留まっている期間は7日間で、それをそう呼んでいた。
他にも、長生きする事を「七回り」と呼んで祝ったし、
今見上げている北斗七星も「七つ星」である。
外国にも「Seventh heaven」なんてのがある。
―と言う事は。
こんな反則を持つ私の生まれが今日、即ち「7月7日」であるのも、
名前が「七夜」であるのも、必然なのだろうか。
そんな事を考えながら、
私は七夕の夜の道を独り、歩いた。
―現在時刻、7月7日午後6時58分。
この街が7で満たされるまで、残り9分7秒。
その時間は、
非日常の始まりまでの、
カウントダウンでもあった。
しばらく歩いて、ふと足を止める。
目の前には、稲荷神社の、七つの鳥居。
「……こんなところにも7か……」
そんな事を、呟いてみる。
―ふと、唄が浮かんだ。
私は知らず、それを口ずさんでいた。
『通りゃんせ、通りゃんせ』
風が吹く。
木々がざわめく。
『ここはどこの細道じゃ』
…と。
そのざわめきに混じって、
声が聞こえてきた。
“…天神様の細道じゃ…”
幽かな声。
近くで囁かれているのか、
遠くから聞こえてくるのかも分からない、
男のような、
女のような声。
私は、その声を確認するように、唄を続けていた。
『早く通して下しゃんせ』
“…御用の無いもの通しゃせぬ…”
『この子の七つのお祝いに、お札を納めに参ります』
“…行きは良い良い帰りは怖い、怖いながらも通りゃんせ、通りゃんせ…”
唄が終わった。
そして、何かに引き寄せられるように、
私は前へと足を踏み出していた。
―かつん。
一歩。
一つ目の鳥居をくぐる。
―かつん。
二歩。
二つ目の鳥居をくぐる。
―かつん。
三歩。
三つ目の鳥居をくぐる。
―かつん。
四歩。
四つ目の鳥居をくぐる。
―かつん。
五歩。
五つ目の鳥居をくぐる。
―かつん。
六歩。
六つ目の鳥居をくぐる。
そして、
―とん。
七歩。
七つ目の鳥居をくぐった。
……七つ目だけ、音が違った。
そして、目の前の光景も違った。
―現在時刻、7月7日午後7時7分7秒。
街が7で満たされた、この瞬間。
神歌に導かれ、
非日常が、始まった。
<2 巫女と狐と彼女と>
見慣れない神社に来ていた。
誰もいないが、夜なのだからそれは仕方ない。
さっきまでの神社とは、全く違う。
何と言うか、狭くて、広い。
社務所も境内もそれほど広くないのだが、
この神社全体の空気が、広大無辺を思わせた。
「……」
空気が、澄んでいる。
思わず2回深呼吸。
「…っと、せっかく来たのだから…」
賽銭でも入れておくか。
―カタン。
5円玉にでもしようかと思ったのだが、
生憎手持ちがコインいっこだった。
それを入れたときの音が、これだ。
「ひょっとして中身、空…?」
まあいい。
とりあえず、二礼、二拍手、そして一礼。
(ご利益、小さいのだろうなぁ…)
こんな事を考えながら。
……スタスタ。
早足で歩く音。
誰かがこっちへ向かってくる。
足音は、後ろから。
私は、音がするほうへと体を向けた。
そこには、巫女がいた。
「まあ神社だから、それは当然か…」
そんな事を呟いていると、
彼女は出し抜けに訊いて来た。
「今、賽銭入れた?」
こちらが見ず知らずであることも御構い無しなのを見ると、
賽銭の事がよほど大事らしい。
「……ああ、入れたが」
そう答えると、巫女の目が輝いた。
「いくら!?」
「…コインいっこ」
「…そう」
嬉しそうに、頷く。
と言う事は、誰もいないのではなく。
本当に、誰も来ないか、或いは来ても賽銭を入れないと言う事だ。
「…聞きたいことがあるのだが、いいか?」
「ええ、どうぞ」
賽銭のことはどうでもいい。
問題は。
「ここはどこだ。そして貴女は誰だ」
「貴女が立っているここは博麗神社、
貴女の“いる”ここは幻想郷」
簡潔な質問を、簡潔な答えで返し、
微笑む巫女。
「そして私は、博麗霊夢」
「…幻想郷?」
聞き慣れない単語だ。
光哉が一度か二度話したのを耳にしていたが、
ここがそれなのか。
「貴女、もしかしてここの人間じゃ、無い?」
「…今頃気付いたのか?」
「いや、結界のどこにも裂け目が出来ていないから」
頭を掻きながら、そんな事を言ってくる。
「結界?」
そう言って、光哉の話していたことを思い出す。
『幻想郷って言うのは、ここであってここでない所の事。
こちらからあちらには行けないし、
逆もまた然り。
その境が、結界というゼロにして限りなく厚い壁だから』
…確かあいつ、そんな事を言っていた。
「貴女、どうやって入ったの?」
今度は巫女が訊いて来た。
「稲荷に行こうとしたら…」
そこまで言って、あ、と思い当たる。
―そうだ、「通りゃんせ」だ。
何故だか分からないが、
私は稲荷の鳥居の前で神歌を歌ってしまった。
そして、私の言葉は現実になる。
だから、鳥居を通じてここまでの道が開いたのだろう。
その事を話す。
巫女はそれで納得がいったようだ。
「そう、七鳥居の前で神歌を…。
それなら分かるわ」
そして、私に訊いて来た。
「そう言う、貴女は誰?」
私は、答えた。
「…春夏秋冬七夜」
「ひととせ?」
「春、夏、秋、冬、と書いて、
一年と解く。それで“ひととせ”だ」
とりあえず、この幻想郷とやらを巡ってみる事にした。
去り際、霊夢は私に言った。
「生憎だけど、ここは利益小さいわよ」
だから、私は言っておいた。
『利益は、あるさ』
と。
空を見上げると、皆が空を飛んでいるので、
私にも出来るかとやってみたら、
すんなり飛べた。
歩くのも疲れるので、空を飛ぶ事にする。
そこには、まさに光哉が話していた世界が広がっていた。
『…あちらではね、ここでの不可能と言う言葉は通用しない。
同様に、あちらでの不可能と言う言葉も、こちらでは通用しない。
可能である事、不可能である事が大きく違うんだ』
周りは不可思議だらけだった。
魔法も、魔術も、
そして人ならざるものも。
こちらの世界であり得ない事が、幻想郷では全て当たり前だった。
それはそれで面白い。
……と。
「おおぅ、人間発見」
後ろから、声がした。
振り向くと、
そこには狐がいた。
「……九尾?」
尾が九本。
風にふわふわと揺れていて、触り心地が良さそうだ。
「こんな時間に飛んでいる普通の人間と言うのも珍しい」
「……誰だ?狐か?」
「私は八雲藍。まあ、確かに狐だ」
丁寧にお辞儀をしてくる。
「貴女は、名を何と?」
「春夏秋冬七夜。
春、夏、秋、冬、と書いて、一年と解く。」
「聞いた事の無い名だ。さては貴女、ここの人間ではない?」
「…今頃気付いたのか?」
「いや、普通に飛んでいたから」
「そうか。で、私に何の用だ?」
「紫様にお出しするおめざの材料調達」
「…そうか」
紫様というのは、彼女―藍の主人の名だろう。
光哉の言葉。
『そこでは、人間は食糧なんだ』
そんなのお断りだ。
「申し訳ないが、私は喰われる気など無い」
「そう。なら、」
藍の周りから、空気が変わる。
これは、殺気か。
「そう言うに相応しいか、試してやるよ」
不思議と違和感も恐怖も無かった。
この一言で、全て納得できた。
『そうか。確かさっき、コインいっこ入れたっけか』
―やって来て出会っていきなり戦闘なんて、
まるでどこかのSTGみたいだ。
彼女の周りから、無数の弾が放たれる。
それは、弾幕と言えるものだった。
見ていて綺麗だが、
中る気がしない。
まあ、いい。
『そんなものでは、
かすり傷ひとつ付かない』
私の体の周りに、結界ができる。
その結界に、弾が吸い込まれていく。
……面白い。
いろいろ訊きたい事も出てきた。
でも、彼女から話を聞けるのはこの戦いが終わってからだろう。
『空振りした拳は、自身に帰る』
右手から、幾重にも分かれた光が放射される。
そして、その全てが藍に命中した。
「おわあっ!?」
そんな言葉を発しつつ、
藍は体制を立て直す。
「こいつ、できる…!?」
「まだやるか?やるなら付き合うが」
そんな事を言うと、彼女は諦めたような顔をした。
「いい。この分だと私に勝ち目は無い」
「……そうか。
では、一つしたい事があるのだが、いいか?」
「……何だ?」
「…尻尾に触らせてくれ」
「……は?」
そのままの口で、藍は固まってしまう。
私は、無言の肯定と受け取った。
―ふかふか。
「いい触り心地だな」
「…そう?」
―ふかふか。
「そう言えば貴女、何でそんな言葉遣いなの?」
「…知らん。多分生まれつきだ」
―ふかふか。
「ここらで人間と言うと、どんな人たちがいるんだ?」
「…うーん、紅白の御目出度い奴とか、
白黒の魔術師とか、
見た感じ、悪魔の犬な奴とかかな?」
「…そうか」
―ふかふか。
「その弾幕は、どうやって出しているんだ?」
「…知らん」
「私の真似か」
「…うん」
―ふかふか。
尻尾の柔らかさを堪能すると、礼を言って別れた。
「その紫様とやらに、よろしく言っておいてくれ」
去り際、私は藍に言った。
「はぁ、私って本当にそんな役回りだよなぁ…」
去り際、藍は私にそう言った。
だから、私は言っておいた。
『そんな事は無いさ』
と。
私は、白黒の魔術師とやらを訪ねて見ることにした。
一歩。
一つ目の鳥居をくぐる。
―かつん。
二歩。
二つ目の鳥居をくぐる。
―かつん。
三歩。
三つ目の鳥居をくぐる。
―かつん。
四歩。
四つ目の鳥居をくぐる。
―かつん。
五歩。
五つ目の鳥居をくぐる。
―かつん。
六歩。
六つ目の鳥居をくぐる。
―とん。
七歩。
七つ目の鳥居をくぐった。
時刻は七時七分七秒。
街が七で満たされる。
七つの門が、
扉を開く。
非日常への、
扉を開く。
幻想郷への、
扉を開く。
<1 七夜、神歌/七門>
7月7日、夕刻。
何の前触れもなしに、十六原光哉(いさはらこうや)がやって来た。
「誕生日おめでとう、七夜。
プレゼントにしては安っぽいかもしれないけど、これ」
私の了解も取らずにずかずかと部屋にあがりこむと、
私に笹を差し出した。
17にして独り暮らしの私に、その笹は大きすぎた。
「これはまた随分と大きい笹だな…。
なんだ、これに短冊でも吊るせと?」
私の言葉に、光哉は難しい顔をした。
私がそう言う面倒くさい事はしないと分かっていると言うのに。
「いや、そう言うわけじゃないけど、
何と言うか、ほら、雰囲気出るだろ?」
まぁ、それはそうだ。
ちょっと頷く。
「今曇ってるから、ちょっと星空は見れそうにないし……。
責めてと思ってさ」
言われて、窓から外を見る。
夕焼けは鮮やかだが、確かに雲が多い。
このまま夜になったら、星は見えづらいだろう。
だから、私は言っておいた。
『大丈夫。今夜は晴れる』
光哉はその言葉を聴くとちょっと驚いたような顔をしてから、
うん、と頷いた。
「ああ、そうだな。君がそう言うなら、きっと晴れる」
そうしてしばらく話した後、
じゃあまた明日、と言って光哉は帰っていった。
夜になって、私は外へ散歩に出る事にした。
用意を整えて外へ出ると、
そこには満天の星空。
これは決して偶然ではない。
私が
『大丈夫。今夜は晴れる』
と言ったから、晴れたのだ。
……言った事が、現実になる。
そんな反則を、私は産まれながらにして持っていた。
希望とか欲求とか、或いは命令とか。
その部類に入る言葉を口にすると、
それらは全て現実になる。
何かを『欲しい』と言えば、
それは私の手に入り、
何かを『ありえない』と言えば、
それは無かった事になった。
やった事は無いが、多分、
何かを『やり直したい』と言えば、
そこまで時間が戻るのだろう。
それと引き換えかどうかは知らないが、
私は女性的な言葉遣いが全く出来ない。
しようと思っても、出来ないのだ。
言葉を覚え始めたころから、
私が言葉を話すたびに親が怪訝な顔をしたのを覚えている。
今でも、私と会う大部分の人が、私の言葉遣いについて訊いてきた。
相手にとってはぶっきらぼうに聞こえるらしく、
そのせいか、私の周りには人が少ない。
光哉とか、一部の人間は普通に接してくれているが。
有り体に言えば、超能力者。
一般人に言わせると、変人、或いは異常者。
専門家曰く、存在不適合者。
光哉に言わせると、普通の人間以外の人。
要するに。
私こと春夏秋冬七夜(ひととせななや)は、
そう言う部類に入る人間だと言う事だ。
―見上げるは、七夕の空。
空に瞬く、七つ星。
今もラッキー7なんて言う単語があるが、
古代から、人にとって7と言う数字は特別なものであったらしい。
古語辞典を引っ張ってみると、7に関する単語がとにかく多いのだ。
例えば、七瀬の祓え。
その昔、天皇の災禍を負わせた人形を七つの川瀬に流したと言う。
例えば、初七日。
人が死んでから、この世に留まっている期間は7日間で、それをそう呼んでいた。
他にも、長生きする事を「七回り」と呼んで祝ったし、
今見上げている北斗七星も「七つ星」である。
外国にも「Seventh heaven」なんてのがある。
―と言う事は。
こんな反則を持つ私の生まれが今日、即ち「7月7日」であるのも、
名前が「七夜」であるのも、必然なのだろうか。
そんな事を考えながら、
私は七夕の夜の道を独り、歩いた。
―現在時刻、7月7日午後6時58分。
この街が7で満たされるまで、残り9分7秒。
その時間は、
非日常の始まりまでの、
カウントダウンでもあった。
しばらく歩いて、ふと足を止める。
目の前には、稲荷神社の、七つの鳥居。
「……こんなところにも7か……」
そんな事を、呟いてみる。
―ふと、唄が浮かんだ。
私は知らず、それを口ずさんでいた。
『通りゃんせ、通りゃんせ』
風が吹く。
木々がざわめく。
『ここはどこの細道じゃ』
…と。
そのざわめきに混じって、
声が聞こえてきた。
“…天神様の細道じゃ…”
幽かな声。
近くで囁かれているのか、
遠くから聞こえてくるのかも分からない、
男のような、
女のような声。
私は、その声を確認するように、唄を続けていた。
『早く通して下しゃんせ』
“…御用の無いもの通しゃせぬ…”
『この子の七つのお祝いに、お札を納めに参ります』
“…行きは良い良い帰りは怖い、怖いながらも通りゃんせ、通りゃんせ…”
唄が終わった。
そして、何かに引き寄せられるように、
私は前へと足を踏み出していた。
―かつん。
一歩。
一つ目の鳥居をくぐる。
―かつん。
二歩。
二つ目の鳥居をくぐる。
―かつん。
三歩。
三つ目の鳥居をくぐる。
―かつん。
四歩。
四つ目の鳥居をくぐる。
―かつん。
五歩。
五つ目の鳥居をくぐる。
―かつん。
六歩。
六つ目の鳥居をくぐる。
そして、
―とん。
七歩。
七つ目の鳥居をくぐった。
……七つ目だけ、音が違った。
そして、目の前の光景も違った。
―現在時刻、7月7日午後7時7分7秒。
街が7で満たされた、この瞬間。
神歌に導かれ、
非日常が、始まった。
<2 巫女と狐と彼女と>
見慣れない神社に来ていた。
誰もいないが、夜なのだからそれは仕方ない。
さっきまでの神社とは、全く違う。
何と言うか、狭くて、広い。
社務所も境内もそれほど広くないのだが、
この神社全体の空気が、広大無辺を思わせた。
「……」
空気が、澄んでいる。
思わず2回深呼吸。
「…っと、せっかく来たのだから…」
賽銭でも入れておくか。
―カタン。
5円玉にでもしようかと思ったのだが、
生憎手持ちがコインいっこだった。
それを入れたときの音が、これだ。
「ひょっとして中身、空…?」
まあいい。
とりあえず、二礼、二拍手、そして一礼。
(ご利益、小さいのだろうなぁ…)
こんな事を考えながら。
……スタスタ。
早足で歩く音。
誰かがこっちへ向かってくる。
足音は、後ろから。
私は、音がするほうへと体を向けた。
そこには、巫女がいた。
「まあ神社だから、それは当然か…」
そんな事を呟いていると、
彼女は出し抜けに訊いて来た。
「今、賽銭入れた?」
こちらが見ず知らずであることも御構い無しなのを見ると、
賽銭の事がよほど大事らしい。
「……ああ、入れたが」
そう答えると、巫女の目が輝いた。
「いくら!?」
「…コインいっこ」
「…そう」
嬉しそうに、頷く。
と言う事は、誰もいないのではなく。
本当に、誰も来ないか、或いは来ても賽銭を入れないと言う事だ。
「…聞きたいことがあるのだが、いいか?」
「ええ、どうぞ」
賽銭のことはどうでもいい。
問題は。
「ここはどこだ。そして貴女は誰だ」
「貴女が立っているここは博麗神社、
貴女の“いる”ここは幻想郷」
簡潔な質問を、簡潔な答えで返し、
微笑む巫女。
「そして私は、博麗霊夢」
「…幻想郷?」
聞き慣れない単語だ。
光哉が一度か二度話したのを耳にしていたが、
ここがそれなのか。
「貴女、もしかしてここの人間じゃ、無い?」
「…今頃気付いたのか?」
「いや、結界のどこにも裂け目が出来ていないから」
頭を掻きながら、そんな事を言ってくる。
「結界?」
そう言って、光哉の話していたことを思い出す。
『幻想郷って言うのは、ここであってここでない所の事。
こちらからあちらには行けないし、
逆もまた然り。
その境が、結界というゼロにして限りなく厚い壁だから』
…確かあいつ、そんな事を言っていた。
「貴女、どうやって入ったの?」
今度は巫女が訊いて来た。
「稲荷に行こうとしたら…」
そこまで言って、あ、と思い当たる。
―そうだ、「通りゃんせ」だ。
何故だか分からないが、
私は稲荷の鳥居の前で神歌を歌ってしまった。
そして、私の言葉は現実になる。
だから、鳥居を通じてここまでの道が開いたのだろう。
その事を話す。
巫女はそれで納得がいったようだ。
「そう、七鳥居の前で神歌を…。
それなら分かるわ」
そして、私に訊いて来た。
「そう言う、貴女は誰?」
私は、答えた。
「…春夏秋冬七夜」
「ひととせ?」
「春、夏、秋、冬、と書いて、
一年と解く。それで“ひととせ”だ」
とりあえず、この幻想郷とやらを巡ってみる事にした。
去り際、霊夢は私に言った。
「生憎だけど、ここは利益小さいわよ」
だから、私は言っておいた。
『利益は、あるさ』
と。
空を見上げると、皆が空を飛んでいるので、
私にも出来るかとやってみたら、
すんなり飛べた。
歩くのも疲れるので、空を飛ぶ事にする。
そこには、まさに光哉が話していた世界が広がっていた。
『…あちらではね、ここでの不可能と言う言葉は通用しない。
同様に、あちらでの不可能と言う言葉も、こちらでは通用しない。
可能である事、不可能である事が大きく違うんだ』
周りは不可思議だらけだった。
魔法も、魔術も、
そして人ならざるものも。
こちらの世界であり得ない事が、幻想郷では全て当たり前だった。
それはそれで面白い。
……と。
「おおぅ、人間発見」
後ろから、声がした。
振り向くと、
そこには狐がいた。
「……九尾?」
尾が九本。
風にふわふわと揺れていて、触り心地が良さそうだ。
「こんな時間に飛んでいる普通の人間と言うのも珍しい」
「……誰だ?狐か?」
「私は八雲藍。まあ、確かに狐だ」
丁寧にお辞儀をしてくる。
「貴女は、名を何と?」
「春夏秋冬七夜。
春、夏、秋、冬、と書いて、一年と解く。」
「聞いた事の無い名だ。さては貴女、ここの人間ではない?」
「…今頃気付いたのか?」
「いや、普通に飛んでいたから」
「そうか。で、私に何の用だ?」
「紫様にお出しするおめざの材料調達」
「…そうか」
紫様というのは、彼女―藍の主人の名だろう。
光哉の言葉。
『そこでは、人間は食糧なんだ』
そんなのお断りだ。
「申し訳ないが、私は喰われる気など無い」
「そう。なら、」
藍の周りから、空気が変わる。
これは、殺気か。
「そう言うに相応しいか、試してやるよ」
不思議と違和感も恐怖も無かった。
この一言で、全て納得できた。
『そうか。確かさっき、コインいっこ入れたっけか』
―やって来て出会っていきなり戦闘なんて、
まるでどこかのSTGみたいだ。
彼女の周りから、無数の弾が放たれる。
それは、弾幕と言えるものだった。
見ていて綺麗だが、
中る気がしない。
まあ、いい。
『そんなものでは、
かすり傷ひとつ付かない』
私の体の周りに、結界ができる。
その結界に、弾が吸い込まれていく。
……面白い。
いろいろ訊きたい事も出てきた。
でも、彼女から話を聞けるのはこの戦いが終わってからだろう。
『空振りした拳は、自身に帰る』
右手から、幾重にも分かれた光が放射される。
そして、その全てが藍に命中した。
「おわあっ!?」
そんな言葉を発しつつ、
藍は体制を立て直す。
「こいつ、できる…!?」
「まだやるか?やるなら付き合うが」
そんな事を言うと、彼女は諦めたような顔をした。
「いい。この分だと私に勝ち目は無い」
「……そうか。
では、一つしたい事があるのだが、いいか?」
「……何だ?」
「…尻尾に触らせてくれ」
「……は?」
そのままの口で、藍は固まってしまう。
私は、無言の肯定と受け取った。
―ふかふか。
「いい触り心地だな」
「…そう?」
―ふかふか。
「そう言えば貴女、何でそんな言葉遣いなの?」
「…知らん。多分生まれつきだ」
―ふかふか。
「ここらで人間と言うと、どんな人たちがいるんだ?」
「…うーん、紅白の御目出度い奴とか、
白黒の魔術師とか、
見た感じ、悪魔の犬な奴とかかな?」
「…そうか」
―ふかふか。
「その弾幕は、どうやって出しているんだ?」
「…知らん」
「私の真似か」
「…うん」
―ふかふか。
尻尾の柔らかさを堪能すると、礼を言って別れた。
「その紫様とやらに、よろしく言っておいてくれ」
去り際、私は藍に言った。
「はぁ、私って本当にそんな役回りだよなぁ…」
去り際、藍は私にそう言った。
だから、私は言っておいた。
『そんな事は無いさ』
と。
私は、白黒の魔術師とやらを訪ねて見ることにした。
なかなか面白い話だと思います。これからの展開を楽しみにしています。
『そんな事は無いさ』の一言が素敵です。
でも話のテンポとしてはゆったりしていて読みやすかったです