<結章 かくて 証明は 終わった>
始まりがあった
奇妙な導きが、
何者にも潜む
「可能性」を
教えてくれた
しかし
その代償は
余りに大きかった
意識を失い、ぐったりとフランドールにもたれかかっている魔理沙の体のもとに、
レミリアと咲夜が駆け寄る。
「お姉様……」
「フランドールの方は、大丈夫!?」
「わ、私なんかより、早く魔理沙を!
このままじゃ、
このままじゃ……」
レミリアは、素早く魔理沙の体を見る。
「…………!!」
そして、驚いた。
ここまで傷ついているにも拘らず、
左腕を失う重傷を負っているにも拘らず。
その傷の全てが、
致命傷に至る、その寸前で止まっている。
魔理沙は、ちゃんと考えて弾幕に突っ込んでいたのだろう。
しかし、数が想像以上に多い。
これでは致命傷に至るのも時間の問題だった。
「咲夜!!」
「はい!」
「パチェを起こしてきてくれない?
生憎、このテの傷に関する知識を持ち合わせていないから、
応急処置しかできないの」
「分かりました!すぐに……」
咲夜は、紅魔館へと消えた。
レミリアは、魔理沙の体に手早く応急処置を施してゆく。
と言っても、今の持ち合わせでできるのは、
止血と、傷を塞ぐ事ぐらいだった。
「死んじゃ駄目よ、魔理沙…」
そう何度も呟くのを、フランドールは聞いた。
同じ気持ちで、ただ祈る。
自分は、何も出来ないから。
それが、
もどかしく、
憤ろしい。
フランドールは、自分を壊してしまいたくなった。
そして。
パチュリーが、咲夜と共に紅魔館から出てくる。
珍しく、走ってである。
「……魔理沙……!」
驚愕の表情のパチュリーに、レミリアが心配そうに声をかける。
「パチェ、大丈夫よね?」
「大丈夫。魔理沙は、この私が死なせない!」
パチュリーは、強い口調で言い切った。
レミリアたち三人が、協力して魔理沙を紅魔館に運んで行き、
庭には、フランドールだけが残された。
未だに立ったままだ。
「……魔理沙……」
一人、自己嫌悪の渦に身を置く。
その渦は、彼女の体に、
心に、
自己嫌悪の傷を付けていく。
……痛い。
痛い。
痛い、痛い、痛い……
フランドールは、魔理沙が残していった血溜りにへたりこんだ。
巻き込んでしまった。
魔理沙には何の関係も無い事で。
しかも、あんな傷まで負わせて、
生死の境もあやふやにさせてしまって。
もし、これで魔理沙が死んでしまったら。
もう取り返しはつかない。
「…………っ」
涙がこぼれる。
今まで流した事の無いそれは、
心地よくて、
暖かくて……。
それが、余計に悲しかった。
「こんな事……知らないほうがよかったのに……!」
ふと、自分の手を見る。
べったりと、魔理沙の血がついている。
それは、フランドールに
「自分がやった」
と錯覚させ、
自己嫌悪の止めを刺すには十分すぎる量だった。
私のせいだ。
私のせいだ。
私のせいだ!
「~~~~~~~~っ!!」
今までかつて出した事の無い声をあげて、
フランドールは、初めて泣いた。
奇しくも、魔理沙に教えられる形で。
今はもう静まり返った十六夜の舞台。
彼女の泣き声は、その舞台に
虚しく、
悲しく、
そして、永く
響いた。
それから時間が経ち、
月が少し西へ傾くころ。
紅魔館の一室から、大きな3つの溜め息が漏れた。
「ふぅ~っ……」
レミリアは、壁に背中をもたれさせ。
「はあっ、はあっ、はあ~っ……」
パチュリーは、本当に苦しそうに。
「………ーっ…」
咲夜は声を出さず。
3人の能力を総動員して、ようやく治癒に成功した。
途中2度心停止を起こし、咲夜がコンマ数秒時間を戻した。
密閉空間内でなら、周りへの影響の少ないとの判断と、
可能性を信じた、賭け。
パチュリーは、
治癒魔法の詠唱途中に幾度か息が切れそうになった。
それでも、必死の思いで唱え続けた。
魔理沙を救うと言う強い信念と、
可能性を信じる意志。
レミリアは、
魔理沙の死の運命を無理やり捻じ曲げた。
そんな事をすればこの幻想郷、
いや、人間界を含めた全ての世界の認識が崩れ去りかねないと言うのに。
それが出来たのも、
偏に、可能性を信じる心ゆえ。
「しかし、
運命ってモノが、
見える、
レミ、
が、
可能性を、
信じるとは、
ねぇ……」
パチュリーは、息も切れ切れだ。
しばらく図書館の管理は小悪魔1人になりそうである。
「……そう?それが無かったら、運命は成り立たないのよ?
貴女だって、可能性を信じたから、そんなになるまで頑張れたんじゃないの?」
肩で息をしつつ、普通に話すレミリア。
まだ大丈夫そうである。
「ふぅ、後は私がやっておきますから、お嬢様方は下がって休んでください…」
もしかしたら、そう言う咲夜が一番疲れているのかも知れない。
現に、話している今も、
壁に手をついていなければ立っていられない状態なのだ。
「いや、いいわ。フランドールの事もあるし、今夜は私がやっておく」
「しかし……」
「命令よ。下がって休みなさい」
そう言うと立ち上がる。
「……あの、どこへ?」
「フランドールを呼んでくるわ」
気が付くと、
もう月が傾いていた。
どうやら泣き疲れて眠ってしまっていたらしい。
目をこすり、フラフラと立ち上がる。
「……魔理沙……」
今はもう、それしか考えられない。
自責の念が、漣のように思い出されてきて、
思わず杖を握り締めた、その時。
誰かがこちらへ歩いてくるのを見た。
そして、その顔を確認するや、
目が、見開かれる。
「お姉様……」
レミリアが、こちらに歩いてくる。
そして、目の前で立ち止まった。
……そうだ、魔理沙だ。
「……魔理沙は!?」
「大丈夫、なんとかなったわ。
あなた、魔理沙が目を覚ますまで、一緒にいてあげなさい」
「…でも……私は…」
自分のせいで、魔理沙をこんな目に合わせたのだから、
一緒にいられるはずが無い。
その旨を、レミリアに伝える。
レミリアは、つまらなげに答えた。
「馬鹿ね、だから一緒にいてあげるんじゃない。
普通そう言うもんなの。
詳しい事は、聞けば教えてくれるでしょ」
「う…うん…」
フランドールは、頷かざるを得なかった。
「さ、行くわよ」
レミリアに促され、紅魔館の扉を開け、
その一室にたどり着く。
扉越しに、寝息が聞こえた。
その寝息を妨げないように、
そっと開けて、
そっと閉める。
「……魔理沙……」
そこには、穏やかな表情で
静かに寝息を立てる魔理沙の姿があった。
レミリアの勧めた椅子に座り、
フランドールは、魔理沙を見つめ続けた。
眠ってしまった咲夜とパチュリーに毛布をかけ、
やがてレミリア自身が眠ってしまっても、
夜が明けるまで、ずっと。
そして、翌朝。
魔理沙の意識は、しっかり回復した。
レミリアは、ここまで早い回復は予想していなかったそうだ。
目が覚めて初めに視界に入ったのは、
心配そうに覗き込むデカイ顔だった。
目が赤いところを見ると、
夜通し私を看ていたようだ。
「あ、フランか…」
「よかった……」
ほっとするその声は、心なしか大人びて聞こえた。
これも正常への回帰と言うべきか。
一息ついて、体を起こす。
骨が派手にパキパキと鳴った。
「私のせいでああなったから、死んだらどうしようかと…」
「そうか……」
見ると、フランが何か訊きたそうな顔をしている。
まあこれだけ寝ていたんだ、訊きたいことも出てくるだろう。
私は、その質問に付き合うことにした。
「ん?なんか訊きたい事あるなら、何でも言ってくれよ」
「いいの?」
「ああ、構わないぜ。ただし、3サイズは勘弁な」
「あれって……一体、何だったの?」
うを。いきなり核心を突くか。
「ああ、翳の事か…」
一呼吸置く。
…困った。
正直な所、自分の中でも、明確な答えが無いのだ。
でも、訊かれたのだから、答えなくてはな。
「…あれは、つまるところ、お前自身だ」
「え?」
「んー…過去のフラン、って考えたほうがいいか。
私に会うほんの一瞬前で停止したままの、過去のお前。
難しいから適当に聞き流してくれて構わないんだが、
お前は495年間、外へ出してもらえない状態だった。
すると、その『外へ出たい』って言う気持ちは実現されぬまま、
お前の中に溜め込まれる事になる」
こう言うのを欲求不満と言うんだ、と言っておいて話を続ける。
「それは長い時間をかけ、妄執から呪いへ、力へと変性していく。
ほら、呪いは恋に似てるって、言うだろ?
…まぁ、分かんないだろうが、そう言うんだ。
で、力が、ついに溜め込みきれなくなるところまで来た。
お前の分からないところでな。
モノには、何にでもキャパシティってもんがある。
超えると破綻するぞって言う、一種の境界線がな。
その限界まで来てしまったんだ。
そこで、お前は無意識のうちに狂気を作り出した。
これ以上、『外へ出してもらえない』と言う現実をまともに認識し、
力を溜め込んで破綻するのを防ぐためにな。
それによって、お前はそのボーダーラインをかなり高いところまで引き上げる。
そして、半年近く前まで、お前は『異常』であり続けた」
言葉を切り、天井を見上げる。
あの本は、それを忘れぬために記したモノなのだろうか。
そうだとしたら、皮肉な話だ。
あれが残されていたから、翳が現出したと言っても過言ではないのだ。
その事は後で聞いてみることにして、話を再開。
「しかし、そこで私が現れる。
異常なままで止まっていたお前にとって、私は変化を促す存在だった。
正常への回帰と言う、変化をな」
フランへ顔を向ける。
ちゃんと話も聞いているし、驚いたことに、理解も出来ているようだ。
「異常が正常に戻る際は、
異常になるまでの過程を逆にたどることになるから、
そこで得たものをバカスカ捨てて戻ることになる。
それは、力であっても例外になることは無い。
しかも、正常に戻るスピードってのは
異常になるためのそれとは比べ物にならないほど速い。
その結果、お前は力と狂気を一気に捨てたんだろう」
ここであの本が出てくるのだが、フランとの話には出さないことにした。
「そして、それは狂気のみによる自我と力を持った一個のモノとして現出した。
それがアイツだ。
正常に戻ろうとしたお前から離反し、異常なままであり続けようとしたお前。
それが、あの翳ってわけだ」
ま、可能性の寄り集まりの最悪な形だな、と言ってから、立つ。
傷はまだ僅かに痛むが、そんな事よりも。
「さて、難しい話は終わりにして、外へ出るか!!」
「うんっ!!」
そう頷くフランは、本当に嬉しそうだった。
朝の庭は、想像以上に気持ちがいい。
それだけではない。
いつの間にか、庭全体に結界が張られていた。
日光をただの光に変換するフィルターのようなものだ。
この魔力の形からして、パチュリーがやったのだろう。
「ねえ?」
「ああ?」
「寝ている人の傍にいてあげるのって、なんで?」
「ああ、それはな……」
きっと、その人が好きだからさ。
そう答えておく事にした。
レミリアも、それを望んでいたのだろうから。
そう言えば、今日はフランの誕生日だったか。
やばい、プレゼント忘れた。
一人慌てる私をよそに、フランはよほどその答えが嬉しかったのか、
一人で反芻していた。
…これがプレゼントだって言っても、駄目だろうなぁ。
ついでに、この後の話もしておくと。
あの名の無い本は、
レミリアの了解を取った上で、霊夢に頼んで供養してもらった。
焼却でも事足りるのだが、言霊って言うめんどくさいものがあるし。
「熱いぜ熱いぜ、熱くて死ぬぜ」
「死ぬのならこの火に飛び込んどいて。ついでに供養したげるわ」
「私はモノ扱いか」
そのときに聞いた話では、
フランは過去、
丁度この本が書かれた時と前後して似たような状態に陥ったことがあったらしい。
その時はレミリアの力だけで事無きを得たようだが。
アイツは何の気無しに書いていたようだが、そうすることで、
再び起こる可能性を、レミリア自身が残していた事になる。
可能性が必然となり、
必然が事象を形作る。
その、可能性を。
やっぱり、悪い可能性の芽は摘んでおくべきだと思うのだ。
炎が、心なしか悲しく揺らめいているように見えた。
二週間後、魔理沙は本を返すために紅魔館を訪れた。
出迎えに出てきたのは、
フランドールだった。
「こんにちは、魔理沙!!」
問題:
自分が自分である事を証明せよ。
証明:
自分の名前が言えて、
周りが自分をその名前で呼んでくれれば、
……それでいいんじゃねぇか?
(Q.E.D.)
始まりがあった
奇妙な導きが、
何者にも潜む
「可能性」を
教えてくれた
しかし
その代償は
余りに大きかった
意識を失い、ぐったりとフランドールにもたれかかっている魔理沙の体のもとに、
レミリアと咲夜が駆け寄る。
「お姉様……」
「フランドールの方は、大丈夫!?」
「わ、私なんかより、早く魔理沙を!
このままじゃ、
このままじゃ……」
レミリアは、素早く魔理沙の体を見る。
「…………!!」
そして、驚いた。
ここまで傷ついているにも拘らず、
左腕を失う重傷を負っているにも拘らず。
その傷の全てが、
致命傷に至る、その寸前で止まっている。
魔理沙は、ちゃんと考えて弾幕に突っ込んでいたのだろう。
しかし、数が想像以上に多い。
これでは致命傷に至るのも時間の問題だった。
「咲夜!!」
「はい!」
「パチェを起こしてきてくれない?
生憎、このテの傷に関する知識を持ち合わせていないから、
応急処置しかできないの」
「分かりました!すぐに……」
咲夜は、紅魔館へと消えた。
レミリアは、魔理沙の体に手早く応急処置を施してゆく。
と言っても、今の持ち合わせでできるのは、
止血と、傷を塞ぐ事ぐらいだった。
「死んじゃ駄目よ、魔理沙…」
そう何度も呟くのを、フランドールは聞いた。
同じ気持ちで、ただ祈る。
自分は、何も出来ないから。
それが、
もどかしく、
憤ろしい。
フランドールは、自分を壊してしまいたくなった。
そして。
パチュリーが、咲夜と共に紅魔館から出てくる。
珍しく、走ってである。
「……魔理沙……!」
驚愕の表情のパチュリーに、レミリアが心配そうに声をかける。
「パチェ、大丈夫よね?」
「大丈夫。魔理沙は、この私が死なせない!」
パチュリーは、強い口調で言い切った。
レミリアたち三人が、協力して魔理沙を紅魔館に運んで行き、
庭には、フランドールだけが残された。
未だに立ったままだ。
「……魔理沙……」
一人、自己嫌悪の渦に身を置く。
その渦は、彼女の体に、
心に、
自己嫌悪の傷を付けていく。
……痛い。
痛い。
痛い、痛い、痛い……
フランドールは、魔理沙が残していった血溜りにへたりこんだ。
巻き込んでしまった。
魔理沙には何の関係も無い事で。
しかも、あんな傷まで負わせて、
生死の境もあやふやにさせてしまって。
もし、これで魔理沙が死んでしまったら。
もう取り返しはつかない。
「…………っ」
涙がこぼれる。
今まで流した事の無いそれは、
心地よくて、
暖かくて……。
それが、余計に悲しかった。
「こんな事……知らないほうがよかったのに……!」
ふと、自分の手を見る。
べったりと、魔理沙の血がついている。
それは、フランドールに
「自分がやった」
と錯覚させ、
自己嫌悪の止めを刺すには十分すぎる量だった。
私のせいだ。
私のせいだ。
私のせいだ!
「~~~~~~~~っ!!」
今までかつて出した事の無い声をあげて、
フランドールは、初めて泣いた。
奇しくも、魔理沙に教えられる形で。
今はもう静まり返った十六夜の舞台。
彼女の泣き声は、その舞台に
虚しく、
悲しく、
そして、永く
響いた。
それから時間が経ち、
月が少し西へ傾くころ。
紅魔館の一室から、大きな3つの溜め息が漏れた。
「ふぅ~っ……」
レミリアは、壁に背中をもたれさせ。
「はあっ、はあっ、はあ~っ……」
パチュリーは、本当に苦しそうに。
「………ーっ…」
咲夜は声を出さず。
3人の能力を総動員して、ようやく治癒に成功した。
途中2度心停止を起こし、咲夜がコンマ数秒時間を戻した。
密閉空間内でなら、周りへの影響の少ないとの判断と、
可能性を信じた、賭け。
パチュリーは、
治癒魔法の詠唱途中に幾度か息が切れそうになった。
それでも、必死の思いで唱え続けた。
魔理沙を救うと言う強い信念と、
可能性を信じる意志。
レミリアは、
魔理沙の死の運命を無理やり捻じ曲げた。
そんな事をすればこの幻想郷、
いや、人間界を含めた全ての世界の認識が崩れ去りかねないと言うのに。
それが出来たのも、
偏に、可能性を信じる心ゆえ。
「しかし、
運命ってモノが、
見える、
レミ、
が、
可能性を、
信じるとは、
ねぇ……」
パチュリーは、息も切れ切れだ。
しばらく図書館の管理は小悪魔1人になりそうである。
「……そう?それが無かったら、運命は成り立たないのよ?
貴女だって、可能性を信じたから、そんなになるまで頑張れたんじゃないの?」
肩で息をしつつ、普通に話すレミリア。
まだ大丈夫そうである。
「ふぅ、後は私がやっておきますから、お嬢様方は下がって休んでください…」
もしかしたら、そう言う咲夜が一番疲れているのかも知れない。
現に、話している今も、
壁に手をついていなければ立っていられない状態なのだ。
「いや、いいわ。フランドールの事もあるし、今夜は私がやっておく」
「しかし……」
「命令よ。下がって休みなさい」
そう言うと立ち上がる。
「……あの、どこへ?」
「フランドールを呼んでくるわ」
気が付くと、
もう月が傾いていた。
どうやら泣き疲れて眠ってしまっていたらしい。
目をこすり、フラフラと立ち上がる。
「……魔理沙……」
今はもう、それしか考えられない。
自責の念が、漣のように思い出されてきて、
思わず杖を握り締めた、その時。
誰かがこちらへ歩いてくるのを見た。
そして、その顔を確認するや、
目が、見開かれる。
「お姉様……」
レミリアが、こちらに歩いてくる。
そして、目の前で立ち止まった。
……そうだ、魔理沙だ。
「……魔理沙は!?」
「大丈夫、なんとかなったわ。
あなた、魔理沙が目を覚ますまで、一緒にいてあげなさい」
「…でも……私は…」
自分のせいで、魔理沙をこんな目に合わせたのだから、
一緒にいられるはずが無い。
その旨を、レミリアに伝える。
レミリアは、つまらなげに答えた。
「馬鹿ね、だから一緒にいてあげるんじゃない。
普通そう言うもんなの。
詳しい事は、聞けば教えてくれるでしょ」
「う…うん…」
フランドールは、頷かざるを得なかった。
「さ、行くわよ」
レミリアに促され、紅魔館の扉を開け、
その一室にたどり着く。
扉越しに、寝息が聞こえた。
その寝息を妨げないように、
そっと開けて、
そっと閉める。
「……魔理沙……」
そこには、穏やかな表情で
静かに寝息を立てる魔理沙の姿があった。
レミリアの勧めた椅子に座り、
フランドールは、魔理沙を見つめ続けた。
眠ってしまった咲夜とパチュリーに毛布をかけ、
やがてレミリア自身が眠ってしまっても、
夜が明けるまで、ずっと。
そして、翌朝。
魔理沙の意識は、しっかり回復した。
レミリアは、ここまで早い回復は予想していなかったそうだ。
目が覚めて初めに視界に入ったのは、
心配そうに覗き込むデカイ顔だった。
目が赤いところを見ると、
夜通し私を看ていたようだ。
「あ、フランか…」
「よかった……」
ほっとするその声は、心なしか大人びて聞こえた。
これも正常への回帰と言うべきか。
一息ついて、体を起こす。
骨が派手にパキパキと鳴った。
「私のせいでああなったから、死んだらどうしようかと…」
「そうか……」
見ると、フランが何か訊きたそうな顔をしている。
まあこれだけ寝ていたんだ、訊きたいことも出てくるだろう。
私は、その質問に付き合うことにした。
「ん?なんか訊きたい事あるなら、何でも言ってくれよ」
「いいの?」
「ああ、構わないぜ。ただし、3サイズは勘弁な」
「あれって……一体、何だったの?」
うを。いきなり核心を突くか。
「ああ、翳の事か…」
一呼吸置く。
…困った。
正直な所、自分の中でも、明確な答えが無いのだ。
でも、訊かれたのだから、答えなくてはな。
「…あれは、つまるところ、お前自身だ」
「え?」
「んー…過去のフラン、って考えたほうがいいか。
私に会うほんの一瞬前で停止したままの、過去のお前。
難しいから適当に聞き流してくれて構わないんだが、
お前は495年間、外へ出してもらえない状態だった。
すると、その『外へ出たい』って言う気持ちは実現されぬまま、
お前の中に溜め込まれる事になる」
こう言うのを欲求不満と言うんだ、と言っておいて話を続ける。
「それは長い時間をかけ、妄執から呪いへ、力へと変性していく。
ほら、呪いは恋に似てるって、言うだろ?
…まぁ、分かんないだろうが、そう言うんだ。
で、力が、ついに溜め込みきれなくなるところまで来た。
お前の分からないところでな。
モノには、何にでもキャパシティってもんがある。
超えると破綻するぞって言う、一種の境界線がな。
その限界まで来てしまったんだ。
そこで、お前は無意識のうちに狂気を作り出した。
これ以上、『外へ出してもらえない』と言う現実をまともに認識し、
力を溜め込んで破綻するのを防ぐためにな。
それによって、お前はそのボーダーラインをかなり高いところまで引き上げる。
そして、半年近く前まで、お前は『異常』であり続けた」
言葉を切り、天井を見上げる。
あの本は、それを忘れぬために記したモノなのだろうか。
そうだとしたら、皮肉な話だ。
あれが残されていたから、翳が現出したと言っても過言ではないのだ。
その事は後で聞いてみることにして、話を再開。
「しかし、そこで私が現れる。
異常なままで止まっていたお前にとって、私は変化を促す存在だった。
正常への回帰と言う、変化をな」
フランへ顔を向ける。
ちゃんと話も聞いているし、驚いたことに、理解も出来ているようだ。
「異常が正常に戻る際は、
異常になるまでの過程を逆にたどることになるから、
そこで得たものをバカスカ捨てて戻ることになる。
それは、力であっても例外になることは無い。
しかも、正常に戻るスピードってのは
異常になるためのそれとは比べ物にならないほど速い。
その結果、お前は力と狂気を一気に捨てたんだろう」
ここであの本が出てくるのだが、フランとの話には出さないことにした。
「そして、それは狂気のみによる自我と力を持った一個のモノとして現出した。
それがアイツだ。
正常に戻ろうとしたお前から離反し、異常なままであり続けようとしたお前。
それが、あの翳ってわけだ」
ま、可能性の寄り集まりの最悪な形だな、と言ってから、立つ。
傷はまだ僅かに痛むが、そんな事よりも。
「さて、難しい話は終わりにして、外へ出るか!!」
「うんっ!!」
そう頷くフランは、本当に嬉しそうだった。
朝の庭は、想像以上に気持ちがいい。
それだけではない。
いつの間にか、庭全体に結界が張られていた。
日光をただの光に変換するフィルターのようなものだ。
この魔力の形からして、パチュリーがやったのだろう。
「ねえ?」
「ああ?」
「寝ている人の傍にいてあげるのって、なんで?」
「ああ、それはな……」
きっと、その人が好きだからさ。
そう答えておく事にした。
レミリアも、それを望んでいたのだろうから。
そう言えば、今日はフランの誕生日だったか。
やばい、プレゼント忘れた。
一人慌てる私をよそに、フランはよほどその答えが嬉しかったのか、
一人で反芻していた。
…これがプレゼントだって言っても、駄目だろうなぁ。
ついでに、この後の話もしておくと。
あの名の無い本は、
レミリアの了解を取った上で、霊夢に頼んで供養してもらった。
焼却でも事足りるのだが、言霊って言うめんどくさいものがあるし。
「熱いぜ熱いぜ、熱くて死ぬぜ」
「死ぬのならこの火に飛び込んどいて。ついでに供養したげるわ」
「私はモノ扱いか」
そのときに聞いた話では、
フランは過去、
丁度この本が書かれた時と前後して似たような状態に陥ったことがあったらしい。
その時はレミリアの力だけで事無きを得たようだが。
アイツは何の気無しに書いていたようだが、そうすることで、
再び起こる可能性を、レミリア自身が残していた事になる。
可能性が必然となり、
必然が事象を形作る。
その、可能性を。
やっぱり、悪い可能性の芽は摘んでおくべきだと思うのだ。
炎が、心なしか悲しく揺らめいているように見えた。
二週間後、魔理沙は本を返すために紅魔館を訪れた。
出迎えに出てきたのは、
フランドールだった。
「こんにちは、魔理沙!!」
問題:
自分が自分である事を証明せよ。
証明:
自分の名前が言えて、
周りが自分をその名前で呼んでくれれば、
……それでいいんじゃねぇか?
(Q.E.D.)
最後の最後で、あぁ、そういうことだったのか…と。
ありがとうございます!!
それ以上の言葉が見つからなくて……(喜)
実は魔理沙の長台詞が一番やりたかったのですが…
どうでしょう?