幻想郷に春が満ち溢れ、ここの春も例年通りの春になった。
そんな普通の春の中、普通じゃない場所にそのメイド長はいた。
「みょん?」
それは妖夢をこてんぱんにやっつけた十六夜咲夜という少女だった。
「こんなところで何してるの?剪定の邪魔だから退いてほしいんだけど」
やられた時のことを思い出したのか、妖夢の声は少しだけむすっとしていた。
「あら、今から剪定?ちょうどよかったわ。剪定された枝を数本いただけないかしら」
そんな妖夢をかるくあしらうように咲夜はにっこりと笑う。
それはまさに瀟洒なメイド長というのに相応しい笑み。
そんな笑みを見せられて、妖夢は不機嫌だった自分を忘れてにこりと笑い返してしまう。
つられて笑ってしまったことに気がついて、はたと顔を赤くしながら誤魔化すように妖夢は口を開く。
「でも剪定された桜の枝を欲しがるなんて珍しいね。なにかあったの?」
「別に何もないけど…そうね。あえて言うとすれば、あまり外に出られられない妹と一緒にお花見をしたいお姉ちゃん心ってところかしら」
「…みょん?」
妖夢にはよくわからなかったが、咲夜があまりにも幸せそうな顔をするのでとりあえず同意しておく。
「まぁいいわ。すぐに剪定しちゃうから少し離れてて」
そう言って咲夜を遠ざけて、さくっと剪定を行ってしまう。
これもいい桜だが、一本如きにそんなに時間は割けない。
だから剪定も10分程度で終わらせてしまう。
「さすがね。あなたがナイフ使いになったらと思うとぞっとするわ」
そんなことを言いながら落ちた枝を何本か拾う。
「よく言うよ。そんなこと言って負ける気なんて全然ないくせに」
「当たり前じゃない」
「みょん」
即答されて、少しだけ落ち込む。
少しくらい遠慮してくれてもいいのに。
「さて、と。用事も済んだし、私もあなたも忙しいだろうからさっさと帰るとしましょうか」
遠慮もなにもない瀟洒なメイド長はそう言って妖夢に背を向けた。
「あ、待ちなって。…ついでだし、これも持っていきなさい」
飛び立とうとする咲夜を呼び止めて、きょろきょろと辺りを見回した妖夢は数本の花を切り取って可愛らしくまとめ上げた。
「…いい香り。お嬢様もきっと喜ぶわ」
「餞別よ。持っていきなさい」
「ふふ、ありがとう。あなた、あと数年もすればきっといい庭師になれるわよ」
そう口にした咲夜の姿がすぅっと消える。
時間を止められるのは少し便利だなぁっと思いながら、妖夢は剪定を終えたばかりの桜を見上げる。
「……あ~!剪定する場所を間違えてる~!?」
あと数年もすればきっといい庭師になれるわよ。
咲夜の言葉がリフレインする。
「う…うわぁ、またやっちゃった。うぅ…幽々子様にまた怒られる~」
あたふたとしながら、せめてもの抵抗で間違えて切り落としてしまった枝を探す。
糊かなにかでくっつけておけば、もしかしたら復活するかもしれない。
「……みょん」
だが見つからなかった。
きっとあのメイド長が間違っていることに気がついてわざとその枝を持っていったのだろう。
まったく、意地の悪いメイドである。
「うぅ…い、今に見てろよ~!」
見えない敵に向かって叫び、自称二百由旬の庭を駆け出した。
…妖夢の庭師見習いはまだまだ当分続くらしい。