東方シリーズ二次創作
『東方神魔譚』
シナリオ4 『遊びと、料理と、決断と・・・』
朝の博麗神社。本来ならば、境内を掃除する住人の姿が見える時間だが、今日はまだ見られない。
霊夢は昨日の戦闘後、着替えもせずに眠ってしまったのだ。
朝起きてそれに気が付いたので、目が覚めて早々お風呂に入って着替えをした。
気が付けば魔理沙の姿はなく、書置きから霧雨邸に帰ったことが分かった。
今は、朝食兼昼食を何にしようか悩んでいるところだ。
「霊夢さーん。いらっしゃいますかー?」
外から響く最近聞きなれた声。
「いらっしゃい、羅刹。どうしたの?」
「いえ、これから紅魔館の方でお食事を作るんです。霊夢さんもいかがですか?」
願ってもない。準備をする事も無く食事が出来るならば嬉しい事だ。
だが、
「あなた、今紅魔館に行くと襲われるわよ」
「その辺は大丈夫ですよ。魔理沙さんに誤解を解いていただけるよう、お願いしましたから。ああ、言い忘れましたが魔理沙さんも向かっていますよ」
「それなら大丈夫ね」
「ええ。まあ咲夜さんも、普段の激務で疲労が溜まっていたのでしょう。間違いは誰にでもありますよ、僕は気にしていません」
意外と心が広い。昨日の姿からは想像できないだろう。
そして一つだけ気になるのが・・・
「で、誰が作るの?」
「僕です」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・・・・・本気?」
「はい」
羅刹は、いつもの笑顔で答える。
なぜだろうか?いつも通りの筈なのに、いつもの様に見えないのは・・・。
「経験は?」
「初挑戦です」
「何作るの?」
「秘密です」
「何で作ろうと思ったの?」
「気まぐれです」
「・・・・・」
「・・・・・」
笑顔を決して崩さない羅刹。だがその笑顔の中には、強制するような光が灯っている。
行かないと後がめんどくさくなりそうだ。
「心配しなくても大丈夫ですよ。霊夢さんの分は真面目に作りますから」
「つまり、いい加減に作る人がいるのね?」
「いいえ。その人だけは特別な人なんです。初めてこんな気持ちになりました」
少し恥ずかしそうに俯く。
要約すれば、自分が興味を持った相手に手料理を食べさせたいと言ったところか。
そのついでに、私と魔理沙に声を掛けたと・・・・・
「と、とにかく・・・絶対損はさせませんから、ぜひ来てください」
「いいわ。丁度お昼にしようと思っていたから」
「ありがとうございます」
「その代わり、私のだけは真面目に作りなさいよ」
「はい。期待には全力でこたえます。色々な意味で退屈はさせませんよ。では」
最後にそういい残して立ち去る羅刹。
ただ最後の一言がとても気になった。
「と言う訳で、犯人は羅刹じゃ無かったって事だ」
「そうだったの、あの子には悪い事したわね・・・」
魔理沙の報告を聞いたレミリアは、申し訳なさそうに呟いた。
傍らにいる咲夜もばつが悪そうに立っている。
「その件だが、本人は特に気にしてないみたいだし、一言謝っておけば大丈夫だと思うぜ。それと、キッチンを貸して欲しいって言ってたぜ。皆に昼食をご馳走したいそうだ。特に咲夜には絶対に参加して欲しいそうだ」
「私に?」
「ああ。そう言ってたぜ」
咲夜はレミリアの方を向く。メイドである以上、主人と食事の席を共にするわけにはいかない。
「私は構わないわ。たまには一緒に食べましょう」
「ほら、レミリアさんもこう言ってらっしゃることですし、どうか同席してください」
「・・・・・」
「・・・・・」
「いつ、来たんだ?」
「ついさっきです」
「・・・・・神出鬼没だな」
魔理沙は諦めの境地に達したのだろう。
動揺すらしなくなってしまった。
そんなことよりも・・・・
「どうしてフランドールが、お前の頭にへばり付いているんだ?」
そう、羅刹の背中にフランドールがしがみ付いているのだ。頭を手で押さえられているの為か、首が傾いている。
「偶然出会ったんですけど、どうやら犯人として捕まえられたらしいです。突然襲われなかっただけマシでしたけど」
「災難ね。フランドール、坊やは犯人じゃないから離してあげなさい」
「はーい」
「坊や・・・」
羅刹の周囲の空気が落ち込む。黒い空間を展開しているのが目に見えるようだ。
「レミリアさん、僕は坊やなんて年じゃありません」
「ならいくつなの?」
「たぶん19です」
「わたしは、500以上」
「・・・・・・・・・・坊やでいいです」
「よろしい」
あっさりとした幕引きだった。魔理沙は、更に落ち込む羅刹をスルー。
吸血鬼を相手にしたのが間違いだった。負けは確定なのだから。
「それより悪かったわね。疑ったりして」
「もう、気が晴れましたからいいですよ」
「ありがとう。咲夜、貴女も・・・」
「はい。ごめんなさい、怪我までさせてしまって」
「かまいませんよ、誰にでも間違いはありますから。それに怪我ならもう治りましたから」
そう言って裾を捲る。そこには昨日つけていた包帯は無く、うっすらと見える小さな傷痕が残っているだけだった。
「この位の傷なら一晩で塞がりますよ。それよりも、お願いしている台所の件なんですが、貸していただけるでしょうか?」
「ええ、かまわないわ。ただし、後片付けはしっかりとしてちょうだい」
「当然です。片付けも含めて料理ですから。それでは僕は調理してきますね」
羅刹は返事も待たずに部屋から出て行く。この場にいる誰もが思っただろう。
意外と根に持たないタイプだったと。
そして・・・・・・・・・
「あの子、キッチンの場所知ってるのかしら?」
「知らないと思いますが・・・」
「知らないだろうな」
「・・・・・・お馬鹿さん?」
何気に酷い事を言うフランドールだった。
「さて、無事に全員揃った所で、早速食事といきましょう」
どうやら羅刹は、無事にキッチンへ辿り着いたようだ。方法はあえて問うまい。
今日の羅刹はどことなくナチュラルにおかしいのだ。いつもの笑顔の奥に何かを隠している様な気がする。
「無事に揃わない可能性もあったのね」
「咲夜さんに逃げられる可能性がありましたから」
「私が逃げる理由が存在するの?」
「そう感じたならば、気の所為と、気の迷いですね」
「どうでもいいが、出来上がったなら早く食べようぜ」
「そうよ。早くしなさいよ」
魔理沙とフランドールの声を聞き、進行を続ける羅刹。
「そうですね。これ以上欠食児童が増えると面倒ですからね。それでは皆さん、どうぞお召し上がりください」
皆、自らの目の前に置かれた食事に注目する。
別段、特別なことは無い。普通のオムライスとポタージュスープだ。
どうやら危惧しすぎていたようだ。
「あっ、おいしい」
「意外といけるぜ、これは」
「坊やも意外とやるわね」
「おいしい、おいしい」
霊夢たち評価は良いものだった。
調理の方も問題無かったし、心配していた味もたった今クリアした。
羅刹も満足げな顔で頷いている。
「ちょっと、待ちなさい」
低く響く咲夜の声。羅刹を除く全員が冷や汗を流した。きっと四人は共通してこう思っていただろう。
せっかく、無視していたのに。
「羅刹、これはどういうことかしら?納得のいく説明が欲しいわね」
「どうもこうも、見ての通りですよ」
「嫌がらせね」
「厚意です」
「これのどこが!?」
咲夜が指差した先にあったのは・・・・・・・・・・なんと表現すべきだろう。
とにかく黒い。何か浮いてる。異臭を放っている。目に染みる。
そんなところだろう。
「咲夜さんは、普段の激務でお疲れでしょうから、栄養が沢山取れるように工夫しました」
「栄養を取るんじゃなく、寿命を取られる気がするんだけど」
「僕がそんな事する筈無いじゃないですか。純粋に咲夜さんの事を想ってるんですよ。決して怪我の報復とか、嫌がらせではありませんよ」
無茶なことを言う。他者への厚意からあんなモノが生まれたら、世の中はとんでもないことになる。
霊夢たちは、自分にあてがわれた物が普通である事に感謝しながら、目立たないように話し合っている。
「羅刹の奴、しっかり根に持ってるみたいね」
「あれは、かなりやばいぜ」
「咲夜の人生もここまでね」
「お姉様、立派なお墓作ってあげようよ」
四人は咲夜の葬式について議論を続けている。
そんな四人を気にする事無く、咲夜と羅刹はヒートアップしていく。
「それじゃあ、コレにはどんな想いが込められているのかしら?」
「そんなの決まってるじゃないですか。愛情ですよ」
咲夜及び、隅の四人組が固まる。
「憎悪と怒りと復讐心をベースに、判らない程度の愛情と同情を隠し味にしています」
愛情は隠し味なのか。
今気が付いたが、羅刹のこめかみに青筋が浮いている。
微かに痙攣しているようにも見える。
「名づけて、『愛情(+α)料理』です」
「どっちにしろ、食べられる訳無いじゃない!!」
「あっ!!」
羅刹は芝居めいた仕草でその場に倒れる。
その時霊夢に目線を送った。付き合いは短いが、言いたいことは十分理解できた。
つまり、悪乗りしろというのだ。しなければ、アレの餌食。
・・・・・・・・・・・絶対嫌だ。
「咲夜さんに付けられた傷が痛む。きっとこのまま歩けなくなってしまうんですね。咲夜さんの勘違いによって付けられた、この傷所為で」
二度目のアイコンタクト。
どうやら出番のようだ。
霊夢は羅刹に駆け寄る。
「羅刹!」
「霊夢さん・・・・」
「羅刹、どんなに苦しくても絶望しちゃダメよ!」
「ですが、僕は・・・・」
「バカ!!」
パァン!
霊夢が羅刹の頬を平手で叩く。
音が綺麗だ。かなりいい所に当たった。
「霊夢さん」
羅刹の目に涙が滲んでいる。芝居ではないだろう。
証拠に少し恨めしげに見つめている。
「あきらめないでよ!あなた、まだ生きてるんでしょ!?だったら精一杯生きなさいよ!!」
「でも、足の使えない僕が幻想郷で生きていける筈がありません」
「だったら、博麗神社に来なさい。私が守ってあげるから」
「ですが、戦えない僕は家事以外は出来ません。咲夜さんに襲われた時に足手纏いになります」
周囲は半ば呆然としている。即席でここまで演じきっている事と、それ以上にうそ臭い芝居の所為で。霊夢なんか、もはや別人だ。
「僕を捨ててください。霊夢さんに迷惑をかけるくらいなら、僕は命を絶ちます」
「なんで・・・なんでよ。咲夜に襲われるからなんだって言うの?私にはそんな事関係ない!たとえ咲夜が相手でも、あなたを守って見せるわ!!」
「霊夢さん」
「羅刹」
「二人とも、盛り上がってる所悪いが、そろそろ止めたらどうだ?」
魔理沙の言葉に、霊夢と羅刹はあっさりと芝居を止める。
「そうね。そろそろ、馬鹿馬鹿しくなってきたし」
「賛成です。これ以上やっても意味無いですしね」
口ではそう言ってはいるが、どこかやり遂げた感があるのは気のせいだろうか。
「ところで、咲夜さん。気は変わりましたか?」
「三文芝居見た位じゃ変わらないわ。それより、なんで妖怪じゃなくて私に襲われるのよ」
「どうあっても食べていただけないんですね?」
「スルーしたわね。まあいいわ、食べる気は無いわよ」
羅刹の大きな溜息一つ。
「それなら力尽くですね。もっとも、拘束自体は終わっているんですけどね」
「え?」
足元がひんやりとしている。羅刹は何かをしたような動きを見せてはいない。だが予備動作が無いと何も出来ない、と言う事はありえない。
もしかすると・・・・
ガタッ!
やっぱり、いつの間にか手足が椅子に固定されてる。
「謀ったわね・・・・・・」
「酷い言い方ですね。こういう事を想定していただけですよ」
「いくらなんでも、椅子に縛り付けるのはやり過ぎでしょ?」
「逃げようとするからですよ。さてと」
羅刹は手に例のモノを持ったまま咲夜に近づく。その顔には、凶悪な笑顔が浮かんでいる。咲夜の頬が引きつっている。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!霊夢、何とかしなさい!」
「いやよ。私はそんなモノ食べたくないもの」
「魔理沙、助けて!」
「悪いがパスだ。台所の支配者に逆らうのは得策じゃないぜ」
「お嬢様・・・・」
「ごめんなさい、咲夜。吸血鬼でも痛覚はあるの」
咲夜は最後の望みをかけて、フランドールを見る。
当の本人は我関せずと言った感じで、オムライスを食べ続けている。
「妹様、どうか助けてください。お願いします・・・」
「うーん。羅刹・・・」
咲夜の顔が希望に染まった。
「お代わり頂戴。大至急ね」
「はい。ただいま」
虚ろで儚い希望だった。
わずかに命が延びただけだ。
「はい、どうぞ」
「ありがとう。それじゃ、がんばってね」
「ええ、もちろんです」
フランドールは素早くその場から離れる。どうやら咲夜を見捨てたようだ。
羅刹は咲夜の方を見て、いつもの様に微笑む。
「覚悟してくださいね、十六夜咲夜さん」
咲夜の目から光る涙が零れ落ちそうになっている。
だが悲しくも、それを目にした人間は羅刹だけだった。
「い・・・・・・いやややああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!」
紅魔館に、悲痛な叫び声が響き渡った。
「少々悪乗りしすぎたようですね」
咲夜を『愛情(+α)料理』で気絶させた後、片づけをしてから大急ぎで紅魔館から逃げてきた。
次に咲夜さんにあった時が非常に怖い。
だが、とにかく楽しかった事だけは確かだ。
「遊びはこの位で止めましょう。朱に交われば赤くなる。少し平和ボケしすぎましたね」
霊夢さん、僕は今夜中に返ります。もう昨日までの響羅刹は死にました。
次にあなたに会った時、あなたはどうするんでしょうね。
ただの死神に返った僕を、あなたはどんな目で見るんでしょうね。
「背中が・・・・・・痛い」
宵闇に疼くのは、傷と衝動。
本当の自分が目を覚ます。
「久しぶりに大笑いしたわね」
思い出すのは、紅魔館での食事。
自分に被害が無かったからこうして笑えるのだろう。実際に口にした咲夜は酷い状態だった。何しろ部屋の隅に蹲って、ブツブツ呟いていたのだから。
今なら分かる。食事会は咲夜への報復の為。初めて抱いた気持ちとは、悪戯心だろう。
「ふふっ」
思い出したら笑いが込み上げて来た。しばらくは忘れられそうに無い。
縁側で風を浴びていると、小さな違和感を感じた。
今夜はとても静かだ。いや、静か過ぎる。
「おかしいわね」
虫の囀りさえ聞こえない。生命の息吹を感じない。
幻想郷全体が死んだかの様に静まり返っている。
どうしようもない胸騒ぎを感じる。
「なんで・・・?」
そういえば以前にも感じたことがある。
たしか、あれは・・・・・・
「レミリアとフランドールが襲われた夜」
その筈だ。つい最近の事だからしっかり覚えてる。
その事から考えられるのは
「まだ、終わってないの?」
がんばってくださいなー