Coolier - 新生・東方創想話

闇とリボンと 

2004/06/14 08:32:12
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[序章]

夜は世界の全てが一色に染まる。
そう思っている人間は多い。
そう思っている妖怪も多い。

しかし、決してそんな事はない。
と、思う。

確かに、昼の太陽が映し出すような鮮やかな色彩はない。夜の色は、黒。

けれど、その世界では色の濃淡が浮き彫りになる。
色彩の消えた世界で、黒は様々な姿を見せる。
そしてそれは、毎日のように変化する。

月が満ちる夜は、黒のグラデーションが最も鮮明になる。
空も、大地も、森の木々も、人々が暮らす村も。
それらは全て、それぞれ違った黒を纏う。

月の消える夜は、そんなグラデーションの判別も難しくなる。
けれども、そんな夜にしか見えないものもある。
空気の流れによって色が変化すると言う事を、はたして知っている人がいるだろうか。
例えるなら、水面に生まれた波紋。
ただし、その揺らぎは水面のそれと比べるととても微かなもので
この小さな揺らぎにとっては、月明かりでさえも強すぎる。
それほど頼りなく、繊細で、それゆえに美しい。



他にもいろいろあるけど、長くなるからこの位にしておくね。

とりあえず言いたかったのは、私は夜が好きで
どんな小さな変化でも引き立ててくれる、闇が好きだったということ。

その時は……まだ。







[第一章]

夜。それは静かな世界。
でも本当は、意外なほど騒がしい世界。

木々の擦れる音がさわさわと響く。
虫たちの鳴き声は喧しいくらい。
夜行性の動物たちや妖怪たちは、自分たちの時間を満喫する。

今日は満月。彼らにとって、今日ほど心休まる日はないだろう。
それは私にとっても同じこと。

暑くもなく、寒くもない。
心地よい風がそよそよと頬を撫でる。

つまり、これ以上ないくらい快適。

にもかかわらず、私はちょっとだけ機嫌が悪い。
理由は、体調不良というか、欲求不満というか、生理現象というか…

きゅ~~~~。


慌てて周りを見回す。といっても、こんな時間に誰かがいるはずはないんだけど。
まぁ、その、ようするに…

お腹すいた…。


つい声がもれた。つまりはそういうことなのだ。
ちょっと寝過ごしてしまったせいで、目当ての獲物はみんなお家で寝ている時間だ。

断っておくけど、私は別に肉食Onlyってわけじゃないよ。
肉はもちろん大好きだけど、野菜も魚も食べるし、お米やパンだって食べる。
調達方法は……乙女の秘密ってことで。

とにかく、特に嫌いな物は無いのであるからして
お腹がすいたなら、何かを獲って食べればいいのだ。
そうすればいいのだが…。

人間、いないなぁ…。


だって仕方ないじゃない。
急に特定の何かが食べたくなるってこと、誰にだってあるでしょ?

ちなみに、今は月が空の真ん中にあるわけで、外に人間がいなくて当り前。
かといって、家に押し入って寝込みを襲うのは趣味じゃない。
野宿してるような、お馬鹿さんなら知らないけ…

きゅぅぅぅ~~~~~~っ。


さっきより盛大に鳴った。誰かに見られているわけでもないのに、思わず赤面する。
まぁ、結局一人も見つからないから、こうしてお腹をすかしているわけで…。
うぅ、今日はもうあきらめた方がいいのかなぁ。

明日まで空腹に耐える? -その場合、ずっとお腹が鳴り続けることになる-
他の物で我慢する?   -しかしここまでくれば、意地にもなろうというもの-

どっちにしても…う~ん、不本意だなぁ。
こんなにも気持ちのいい夜だというのに、ちょっとだけ鬱になった。
どうしようか決めかねていると…

きゅるるるるるるる~~~~~~~っ!!!


もう、思いっきり鳴った。思いっきり脱力した。
なんと体の正直なことか。

ふんだ、どうせ私はプライドより食欲が勝っちゃうのよ。
色気も何も無くて悪かったわねっ。


地面とか、石ころとか、何も無い空間に向かって八つ当りする。
自慢の青い瞳で、そこには無い何かを睨みつける。

当人としては憤慨しているつもりかもしれないが、
傍から見れば拗ねているようにしか見えない。
その表情を見たら、
彼女になら食べられてもいいやと思うような、奇特な人間の一人や二人いるかもしれない。
生憎、仮にそんな人間がいたとしても、この時間では寝ているだろうが。

で、意味の無い八つ当りの結果、さらにお腹がすいてしまった。

はぁ。もう少し探して、それで駄目ならあきらめよ…。


とんっ…と軽く地面をけり、空に舞い上がる。
羽も無いのにどうやって飛んでいるのかって?
そんなの私だって知らないよ。
いいじゃない。飛べるっていう事実が大事なの。
細かい事は気にしない、気にしない。

上空からは、幻想郷を一望…とまではいかないが、かなり広い範囲を見渡せる。
この景色は、私の大のお気に入り。それが満月の夜ならなおさら。

眼下の森は、深く落ち着いた佇まい。ずっと遠くまで広がっている
その先に目を向けると、山の稜線が月明かりに照らされて、ぼんやりと浮び上がっている。
それよりはもうちょっと近く、なんとなく光って見えるのは湖があるあたり。
湖に反射する月明かりと周囲に立ち込めた霧が、なんとも幻想的な光景を生み出している。

へこんでいた気持ちが、少し元気を取り戻した。

よ~し。がんばろっ。


口に出して、気合いを入れる。
浮遊から飛行へと移行。
あんまり速く飛んでも意味が無いので、ふよふよと進む。
それでも風は髪をゆらし、スカートがぱたぱたとなびく。

下から覗くような不届き者がいたら、この鉄拳により制裁を…
んにゃ…食べちゃうからいいか。むしろ、そんな人いないかな~。

乙女にあるまじきことを考えながら、きょろきょろとあたりを見回す。
が、もちろん都合よく(幸いにも?)そんな人などいない。
ひとしきり見回してから、ふと自分の考えたことを反芻して赤くなる。

恥ずかしさを誤魔化すように、速度をあげた。
木々が結構な速度で後ろに流れていく。

しばらく、そうやって探し回っていたが、結局人間の姿は見つからなかった。
動き回っていたこともあり、空腹は我慢できないレベルになっている。

うぅ、もう駄目。今日は木の実とかで我慢し…


その時、何かが聞こえたような気がした。
耳を済ます。

『…り………を …ナ…………うよ』

さらに耳を澄ます。

『揺……の上… ……の実が…………』

これは…人間の歌?
でも、何でこんなところまで聞こえるの。

いぶかしく思いながらも、声を頼りに進む。
だんだんはっきり聞き取れるようになってきた。
少し調子外れの、だけど綺麗な声。

『…り籠の…なを 木ね……が揺す…よ』

人間の姿が見えてきた。遠目にも大きくは見えない。
これは、もしかして超ラッキー?
人間はまだ歌っている。その歌を空で聴く。

『揺り籠のゆめに 黄色い月がかかるよ』

歌が終わった。
残念。歌ってる間は食べないでいようと思ってたのに。
この空腹を忘れさせるくらい、その歌は優しく、私の心に入ってきた。

音も無く人間の目の前に舞い降りる。
彼女(驚いたことに、その人間は私と同じくらいの女の子だった)は
特に驚いた様子を見せない。

いろいろと疑問もあるが、彼女を闇で包む。
これで、彼女から私の姿は見えない。何がおきたかもわからないだろう。

彼女を観察する。
身長は私より少し小さいくらい。
淡い水色のワンピースを着て、白い杖のようなものを持っている。
胸元には小さなペンダント。十字架を模しているようだ。
一番特徴的なのは、ルビーのように赤い瞳。
そして瞳と同じ色の、髪に結んだ少し細身の大きなリボン。

子供にしてはずいぶんと…というか絶対に不自然なくらい落ち着いている。
いきなり闇に包まれたら、大の大人でも恐慌をきたすというのに。

彼女に話しかける。

あなたは誰。







[第二章]

一連の行動は、彼女にとっての儀式。
意思を持つ者は、何で自分が死ぬのかもわからなくては、浮かばれないだろう。
もちろん、知れば浮かばれるというわけでもないだろうが。

しかし、それは案じても詮無きこと。
この世界で、命はすべて他の命を育むための糧。
今は捕食者である彼女も、いつか誰かの糧となる日が来る。
あるいは、彼女の目の前の女の子にしても、遅かれ早かれ土に還るのだ。
誰かが、誰かを糧にする。
それは、世界を紡ぐ当然の連鎖。

彼女はそれを知識として理解しているわけではない。
ただ、巨大な自然の一部として、心の奥に漠然とした引っ掛かりを感じているのだ。
だからこそ…

相手のことを知りたいと思う。
やりたかったこと、やり残してしまったこと。
どんなことを思い、何を成してきたのか。
そして、名前。

いままで食べた、意思を持っていた者たち。
全員とは言えないが、結構覚えている。
彼女は彼らの命をもらって生きている。
だから、彼らのことを少しでも覚えておくのは、せめてもの手向けであり、
ある意味で、贖罪なのだ。

むろん、そういった事をはっきりと意識しているわけではないが。


……話に戻ろう。








あなたは誰。

私? 私は留美。お姉ちゃんは。


私の問いに特に怯える様子も無く答える。

私はルーミア。妖怪よ。

わぁ、私たちお名前がそっくり。

…はい?


声が裏返ってしまった。
…ちょっと待って。驚くのはそこ? そこなの?
私の声にならない疑問は当然彼女には届かず…
彼女は杖で前方を探ると、私の方に近寄ってきた。
あまりにも予想外の反応に、私の方が焦ってしまう。

ねぇ、もう深夜もいいところよ。なんでこんな時間に歌っていたの。夜が怖くないの。

え、聴いてたの。わ、どうしよう。はずかしいよ。

いやだからそうじゃなくて…んと、えーと。うーん…。


思考が停止している間に、彼女は闇の中から、私の胸に手を添える。

えっ、えっ。しまっ…。


油断した、というか何というか、気が付いたらこうなっていた。
彼女も、こんな時間に出歩くからには、何かの能力があったんだろう。
余りにも間抜けな結末なのが…ちょっと嫌だけど。

なぜか、不思議なくらいにあっさりと諦めて、目を閉じた。
けど、予期した何か、は、一向にやってこない。

かわりに、ふわりとした重みが体にかかった。
倒れそうになるところを、何とかこらえて目を開ける。

ええと…何をやってるの。


そこには、体ごと私にもたれかかってる彼女がいて。

お姉ちゃん、柔らかくて、暖かいね。


相変わらず、会話が成り立たなくて。

だから、何をやってるの。

お姉ちゃんの声、綺麗だね。お歌とか上手そう。

いや、だからね…。

あ、そうだ。私ね、夜って怖くないよ。ううん、私、夜の方が好き。
夜は、いろんな音が聞こえるから。いろんなものが、感じられるから。


今になって、さっきの問いの答えが返ってきた。
聞いてなかったわけじゃないみたい。
まだ少しずれているし、会話になってないことは変わらないんだけど。

私が口をつぐんでも、彼女は何事か脈絡なく話し続ける。
とりあえず、命の危険は無いのかな…。
ほっとして気が抜けた瞬間。

きゅ~~~~~~~~~~~~っ。


と…。こう、盛大に……。

そこで初めて、彼女の言葉が途切れた。
微妙な沈黙。

うぁ、聞かれた。聞かれたよね、今の。絶対。
よりにもよってこんな時に。あんなに盛大に鳴るなんて。
ああもう、私の馬鹿バカばかーーー!!!

そんな声にならない心の叫び。全身が火照る。
もう、闇があったら入りたい…。
ああそうか、自分で作ればいいんだ。
あ、でもでも、こんなにくっついてたら隠れるの無理だし。うわぁぁん。

お姉ちゃん、お腹すいてるの。


直球。ど真ん中。
たった今できた心の傷にグッサリと…。
涙目になって答える。

ええそうよ! だから、わざわざこんなところまで来てご飯探してて、
やっと見つけたと思ったのになんかいつの間にか変な事になって訳わかんないし
お腹は鳴るし隠れられないしどうしてこうなるのどうせ私なんか色気より食い気とか
食欲魔神とか言われて弄られキャラになるのようわぁぁぁぁん!!!


途中から自分でも何を言ってるのかわからなかった。
でもって、彼女はその辺をすっきりさっぱりと無視して言った。

じゃあ、じゃあさ、一緒にお弁当食べようよっ。
私もね、お腹すいてたの。







さて、どうしてこんな事になっているのだろう。
二人ともそばにあった木の根元に並んで座っている。
彼女…留美はお弁当の包みを広げている。
その表情はなんとも嬉しそうだ。

おかしい。絶対何か間違ってる。
そう思いながらも、広げられていくお弁当を見る。
何と言うか、豪勢なお弁当だ。
私がいなかったら、一人で食べるつもりだったのだろうか。
とか考えていたら、またお腹が鳴った。
うぅ、もう勘弁してよ…。

お姉ちゃん、準備できたよ。

え、うん。

じゃあ、いただきます。

いただきます……私、何やってるんだろ。


最後は小さくつぶやいて、お弁当に目を落とす。
豪勢なだけじゃなくて、とてもおいしそうに見えた。
もっとも、今の私なら何を食べてもおいしいだろうけど。

とりあえず、目に付いた鶏肉の唐揚げをつまむ。
お箸は一膳しか無かったので、ちょっと行儀悪いけど手づかみ。

ぱくっ。

…………

ぱくっ。

……………

ぱくっ
ぱくっ
ぱくっ……………。


無言で唐揚げを口に運ぶ。それはもう次々と。

ぱくっぱくっぱくっぱくっ……………。


留美が唐揚げのあった場所をつっつく。

あ、あれぇ。ねぇ、この辺に何か無かった。


問われて、我に帰る。

え…あ、ごめん。その、全部食べちゃった…。

え~。もう、仕方ないなぁ。どう。おいしかった。

おいしかった。とっても。

ふふ、よかったぁ。でも、野菜も食べなくちゃ駄目だからね。
栄養が偏っちゃうんだから。

えーと、ごめん。


本当は私にとって栄養が偏るとかあんまり関係ないんだけど、
唐揚げを全部食べちゃったのは事実なので、素直に謝る。

そんなこんなで、お弁当タイムは進む。
彼女はその間、とりとめも無く話し続けた。

私も、始めは黙って聞いているだけだったけど
少ししてからは、こっちからいろいろ話しかけた。
単純に、聞きたいこともあったし、
話しかけていないと、お弁当を食べる手が止まらなくなるという、複雑な事情もあった。

彼女はこの近くの村で、父親と二人で暮らしているらしい。
つい、「お母さんは。」
と、言ってしまってから後悔する。
そんなこと、聞かなくてもすぐわかることなのに。
それでも彼女は屈託なく笑う。

お母さんはね、私がちっちゃい時に遠くにいっちゃったんだって。
でもね、お姉ちゃんがいるから寂しくないんだよ。
あ、お姉ちゃんっていうのはお姉ちゃんの事じゃなくて…。
うーん、ややこしいなぁ。
えと、早夜お姉ちゃんっていうの。
ずっと一緒にいてくれるんだよ。
さっきの歌も、早夜お姉ちゃんに教わったの。

そっか。いい歌だね。とっても綺麗で、やさしくて。

うん。私の一番好きな歌だよ。


木々のこすれる音と虫たちの声をBGMに、二人の時間は続いた。
一番驚いたのは、彼女は目が見えないと聞いたとき。
そう言われて、彼女の行動を思い出してみると、いくつか思い当たる節があった。
やはり、物心つく前に罹った病気が原因だそうだ。

だけど…と、続ける。

私は目が見えないけど、その代わりにいろいろなものが聞こえるの。
村のみんなが気付かない事を、感じることができるの。
だから…


悲しいって思ったことは無いんだよ…と。
そう言って彼女の話は終わった。
あれだけあったお弁当も、何時の間にかなくなっていた。

そろそろ帰らなくちゃ、かな。
みんな心配するから。

そっか。

うん…。
ねえ、ルーミアお姉ちゃん。

ルーミアでいいよ。

そう? じゃあ、ルーミア………お姉ちゃん。


呼び捨てにしようとして失敗する彼女。
その仕草に、つい微笑んでしまう私。

なに。

その…明日も会えないかな。
夜のお友達は初めてだったから。


夜、という言葉で、聞きたかったことを一つ思い出した。

留美、夜が怖くないって言ったよね。

うん。

お家の人に何も言われないの。
夜は、結構危ないんだよ。


それはね…と言って、胸のでペンダントを持ち上げる。

これ、お守りなんだって。
これがあれば妖怪には見つからないって、早夜お姉ちゃんが言ってたの。
だから、今まで妖怪にあったことは無いよ。


それは、今日のことも含まれているのだろうか。
実際、私に襲われた事すら気付いていなかった以上、
私の言葉を冗談ととったのかもしれない。

もし私が本当に妖怪で、留美を食べようとしていたらどう思う。


そう聞いてみた。
少しだけ考えるそぶりを見せて答えた。

さっきまでだったら、怖かったかもしれない。
けど、今は怖くない。

どうして。

ルーミアお姉ちゃんは、友達だもん。


私の中で、何かがコトリとはまった。
まったく、彼女にはかなわないなぁと思った。

どうしてそんな事聞くの。

え、あぁ、気にしないで。ちょっと言ってみただけ。
それに、もしそんな悪い妖怪に見つかったら、私が追い払ってあげるよ。

わ、お姉ちゃん、実は強いんだ。

そうだよ。実はと~っても強いんだから。


どちらからともなく笑いが漏れた。
始めは小さかった声は、次第に大きくなって、
結局二人とも大笑いして別れた。
もちろん別れの挨拶は、
『さよなら』じゃなく『また明日』。







[第三章]

留美と出会って七日目。
この間、彼女は毎日私のところに会いに来た。
私も、毎日彼女に会いにいった。

不思議な事に、私が彼女を見つけるのは、
いつも彼女が歌っている時だった。

いろいろな話をして、彼女の歌を聴いて、
時には私も一緒に歌って。
そしてお弁当を食べる。

毎日同じようなことの繰り返し。
けれど、それは誰も入り込む事のない、二人だけの時間。

お弁当を食べ終わると、『また明日』と言って別れる。
二人の時間の終わり。
寂しくもあったが、次の日にまた会えると思えば、どうってことはなかった。
たった数時間の別れが何だというのだろう。
私は、生まれてから大抵の時間を一人で生きてきたのだから。

いつものように彼女を見送り、いつものように空に舞い上がる。

いつもならば、それから適当に飛び回ったり、偶に襲ってくる妖怪を相手したり。
朝になったら寝る。そうなるはずだったが、今夜は少しだけ違った。

適当に行き先を決め、さあ、行こうか。というその時、
いきなり飛んできた何かが、私の顔に張り付いて、何も見えなくなった。

ひゃっ。


と、普段あまり出ない言葉が出て、手をばたばたと振り回す。
落ち着け、落ち着け。と自分に言い聞かせる。
はい、深呼吸。す~は~す~は~。

落ち着いてしまえばどうという事はなく、顔に張り付いた何かをはぎ取る。
それは、何の変哲もないただの紙であった。
そこに何も書かれていなければ。

文字の様であり絵の様でもある、私には読めない線の集合。
それと、私にも読める文字。

「降りてきてくれない。今なら何もしないから。」

はっとして、眼下の森を見渡す。
留美が帰っていったほうとは逆側の木々の蔭に、一人の人間がいた。
さっきまでいたところと大して離れていないが、全く気付かなかった。
どうする。
少しだけ逡巡した後…

まぁ、いいか。


そうつぶやいて、その人間の方に向かって降りていく。
周りの気配を探る事も忘れない
罠という事も考えたが、油断さえしなければ何とかなるだろうと思った。
だいたい、何かする気があるなら、さっきの符で攻撃してきただろう。
それに、こんなことをする相手に興味もあった。

ふわりと着地。相手を睨むように眺める。
神道系、一言で言うなら巫女さんの衣装を身につけている。
特に何かを持っている様子はない。
もっとも、先ほどのような符ならそれほど嵩張らないから、
どこかに持っていることは考えられるが。
彼女もまた、こちらをまじまじと眺めている。

何か用。


威圧するでもなく、ただ、緊張を隠せる程度に素っ気無く問う。
それに対して、彼女はあまり緊張の感じられない声で答えた。

ん~、ごめんごめん。そんなに緊張しないで。


…はぁ、ばれてるし。私、そんなにわかりやすいのかなぁ。
なんとなく空しくなるが、ここで気を許すわけにもいかない。

何か用。


同じ言葉を、さっきより少し険しい声で繰り返した。

やっぱすぐには無理か。ま、仕方ないね。


はぁ、と溜息をついて首を左右に振る。
答えになってない。私に近づく人間はこんなのばっかりなんだろうか。
ちょっとイライラし始めたのを気配で察したのか、彼女は言った。

まぁ、落ち着いて。話ってのは留美のことだから。

留美? あなた留美を知ってるの。

ええ、あなたがルーミアね。留美から聞いてるわ。
友達ができたって。

あなた、もしかして…。


ええ、と頷いて彼女は答えた。

初めまして。私は早夜。留美の、まぁ姉みたいなものね。

で、その早夜お姉さんが私に何の用。

だからそんなに緊張しないで。ちょっと確かめに来ただけよ。
まぁ、ちょっと驚いたし、納得もしたけど。
あなた、闇の妖怪ね。

!?


いきなり言い当てられて戸惑う。
留美はそのことに気付いていないと思っていたけど…。
こちらの考えを読んだのか、彼女は答える。

別に、留美から聞いたわけじゃない。
あの子は気付いてないわ。気付いていても気にしないだろうけど。
驚いたっていうのは、あの子の新しい友達が妖怪だったっていうこと。
で、納得したのはあなたが闇の妖怪だったから。


どういうことだろう。友達が妖怪だったと知って驚くのはわかる。
しかし、それが闇の妖怪だったらなぜ納得できるのだろう。
抱いた疑問をそのまま聞いた。

本当はね、妖怪が留美を見つけられるわけないのよ。
それなのに、あなたはあの子を見つけてるし、その上友達になってるし。
まぁ、いきなり獲って食うような妖怪じゃなくて、助かったのはこっちだからいいけど。

それは、あのお守りのこと?
そういえば、あなた巫女の割には、変わったお守りを持たせてるのね。


いきなりとって食べようとした事は黙っておくことにして、話を微妙にそらす。
最初の質問と回答が多少食い違っていたが仕方ない。
彼女は首をかしげて何事かと思案し、あぁと頷いて答えた。

あの十字架のことね。あれはただのペンダント。ただの飾りよ。

へぇ、それで。

驚かないのね。

ん、まぁね。


そのことはなんとなく気付いていた。あのペンダントには何の力も感じなかったから。
一応確認し、先を促す。

留美にはちょっといろいろあってね。
お守りなんかなくても、普通妖怪はあの子を見つけられないはずなのよ。
でも、あなたはあの子を見つけた。


そこまで言って口をつぐんだ。
答えは自分で考えろということか。
少しだけ考えて、答える。

つまり、留美は闇に関する何かの能力を持っている。
で、私が彼女を見つけられたのは、私が闇を操る妖怪だから。
留美自身は、自分の能力に気付いていない。
そんなとこ?


思いのほか返答が早かったためか、早夜は少し驚いた表情を見せた。
まったく、バカにしないでよね。
彼女が口を開く。

うん、大体当り。70点くらい。
この時点でなら90点あげてもいいかな。

引っかかるなぁ。ちゃんと答えてくれるんでしょうね。

あの子が、闇に関わっているのは正解。気付いていないのも正解。
だけど、あれは能力なんてものじゃない。
もっと、忌まわしいものよ。


彼女の口調は、今までになく厳しいものだった。
しかし、そのときの彼女の表情には、深い悲しみが見て取れた。
あまり、突っ込んで聞けるような感じではなかった。

わずかに沈黙した後、首を振って自分を落ち着かせると、
うつむき加減に続けた。

あの子自身の能力は全然別のもの。はっきりいってたいしたものじゃないわ。
闇にも全然関係ない。だから、その辺は減点。


再び沈黙。今度は少し長かった。
私はそれを振り切るように、素っ気無い口調で話す。

留美にいろいろあるのはわかった。
でさ、結局あなたは何を言いに来たの。
その辺、まだ聞いてないんだけど。


彼女は顔をあげて答えた。その口調はもとの緊張感の感じられないものに戻っている。

あら、わりと最初に言ったじゃない。確かめに来ただけって。

そうだっけ。で、何を確かめにきたの。

留美の友達ってのがどんな人なのか。
ついでに、悪そうな人だったらとっちめるつもりで。
まぁ、人どころか妖怪だったわけだけど。

ふぅん。それで、どうするの。


私は一歩下がって身構える。
このまま、闘いになってもおかしくはないから。

しかし、彼女の表情にはそういった緊張感は見られず、案の定簡単に言う。

ん~、別にどうってこともないけど。
まぁ、留美をよろしくねってとこかな。

いいの、そんなこと言って。私は妖怪なんだよ。

う~ん。気にならないわけじゃないけど。でもあなた、綺麗な眼をしてるからね。
これでも、人を見る目はあるつもりだから。
けど、もしあの子に何かしたら許さないからね。


最後の口調は少し強かったけど、顔は笑っていた。
なんか、私だけ緊張していて損してる気分だ。
ムスッとして黙っていると、彼女は表情を緩めて言った。

まぁまぁ、そんなに膨れないで。かわいいのに台無しよ。
っと、そろそろ私も帰らないとね。

! 大きなお世話よ。

はいはい。じゃあね。


そうして立ち去ろうとし、ふと振り返って言った。

言い忘れてたけど、一つだけ覚えておいて。
あの子のリボンには触っちゃ駄目。あれは、大事なものだから。
いい?


彼女の口調は反論を許さないもので、
また、冗談を言える雰囲気でもなかった。

私は黙って頷いた。

それを見て彼女はもとの柔和な表情に戻る。

そう。じゃあ、またね。
留美のこと、よろしくお願いするわ。


そう言って、今度こそ彼女は立ち去った。
私はしばらくその場から動けなかった。

ようやくそこを離れた時、半分の月はもうだいぶ傾いていた。







[第四章]

留美と出会って十と五日。
この日も彼女はやってきた。

いつものように他愛のない話をして、いつものように歌を歌って。
そんな、かけがえのない時間。
その時の私は、留美を本当の妹のように思っていたかもしれない。

彼女の最近のお気に入りは、私の昔話。
(実は何も見つからなかったのに、大発見をしたことになった)宝捜しの話とか、
(誇張したら収拾がつかなくなって、果てしなく大きくなった)武勇伝とかを、
彼女は嬉しそうに聞いていた。

いつものようにお弁当を食べて、いつもならそこで別れる。
でも、今夜は少し考えていることがあった。

じゃあお姉ちゃん、また明日ね。

ね、今日は送らせてもらえないかな。

え、でも、そんなに遠くじゃないから大丈夫だよ。

いいからいいから。


そう言って、彼女を背負う。

え、わ、何するの。

いいから、しっかりつかまっててね。
手を離しちゃ駄目だよ。

う、うん。


彼女はそう言うと、後ろから手をまわしてきた。
それを確認して、軽く地面をけり、空に舞い上がる。
揺らさないように、ゆっくり、ゆっくりと。

高度が上がるにつれて、少しずつ風が変わる。
森特有の少し湿った柔らかな風から、
ちょっと冷たいけど、いろんなもやもやを吹き飛ばしてくれそうな、澄んだ風へと。
彼女はそんな違いを、敏感に感じとったみたいだ。

ねね、もしかして今私たちって……お空飛んでる?

そう、大正解。よくわかるね。

わかるよ! 全然違うもん。
わぁ、すごいすごいすごい。私、空を飛んでるんだ。

あ、ちょっと、気持ちはわかるけど暴れないで。
ああ、危ないから手を離しちゃだめだってば。


聞いちゃいない。
彼女は背中でおおはしゃぎ。
私は彼女が落ちないか気が気じゃない。
彼女を支える手に力が入る。

それから、ひとしきり夜空の散歩。
その間中、彼女はすごいすごいと騒いでいた。

正直言って、ここまで喜んでくれるとは思っていなかった。
最悪、空を飛んでる事にも気付かないんじゃないかと思っていたから。
目が見えない代わりに、いろいろなものが感じ取れるという彼女の言葉は
伊達じゃなかった。

それはともかく、これだけ喜んでもらえれば大成功。
考えた甲斐があるってもんだね。

とか考えていたら、背中のお嬢様からお声がかかった。

ね、お姉ちゃん。今日、お月様は見えるかな。

月? うーん、今日は新月だから、ちょっと見えないなぁ。

そっか…残念。見てみたかったなぁ。

そう言われても、こればっかりは。だいたい…


それを遮って彼女は言う。

違うよ、目に見えなくても、わかることはあるの。
お空ならいつもよりお月様に近いから、もっといろんなことがわかるんじゃないかって。
そう思ったの。

そっか。ごめんね、変なこと言って。

誤らなくていいんだよ。私は、こうやって空を飛んでるってだけで
すごく嬉しいんだから。
あ、そうだ。


そう言うと、何かごそごそとやり始めた。
何をしているのか、と思っていると、
私の髪を一房つかんで、何かを結びつけた。

少し強く吹いた風になびいたそれが目に入る。
それは、いつも彼女の頭を飾っていた、細身の赤い大きなリボン。

え、駄目だよ、取ったら駄目なんでしょ。そのリボン。

うん。ほんとはね。でもちょっとだけ。
絶対、お姉ちゃんに似あうと思ったから。

ん~。じゃ、ちょっとだけ。

嫌?

ううん、私も嬉しい。
ありがとね。

よかった。


それからしばらくして、彼女の村が見える。
村の入口で彼女を下ろし、リボンを結びなおした。

それじゃ、また明日ね。

うん。また明日。
ねぇ、お姉ちゃん。

なに。

明日も、また乗せてもらっていいかな。

もちろん。でも、もう暴れちゃ駄目よ。


その日から、私たちの日課に夜空の散歩が加わった。







[第五章]

それからまた幾許かの時が流れた。

二人の時間。
変わらず続くと思ったその時間。
それが変化の兆しを見せ始めたのは何時頃だっただろうか。

最近、留美の様子がおかしい。
まず、口数が少なくなった。
やかましいくらいに話すのが好きな子だったのに。

歌うことも少なくなった。
そのせいかどうかはわからないが、彼女を見つけるのが難しくなってきた。
そんなとき、彼女はずっと一人で私を待っていた。

ぼうっとして、空を見上げて…いや、月を見ているのかもしれない。
そんな時間が多くなった。

体調が悪いのかと聞いても、そんなことはないと言うばかりだった。

彼女が彼女でなくなっていくような、そんな感じ。
そんなことを考えてしまう自分に嫌悪。
それがどんな様子であろうと、彼女は彼女なのに。

それでも、私はもとの留美に戻って欲しかった。
出会った頃の、元気で、騒がしくて、ちょっと不思議な女の子に。

出会ってから、二十と九日。
握り締めた手を開く。
ここしばらく、ずっと探し続けていた物がそこにあった。

通称月の石。

かつて、大地に焦がれた月の精霊が、遥か遠く月からやってきたという。
その時にその精霊とともにやってきたといわれる月の欠片。
精霊と欠片は深い絆で結ばれ、欠片にこめた想いは必ず相手に届く。

そんな、他愛もない昔話。
もちろん、真偽の程は確かじゃない。
けれど、月の光を受けて淡い光を放っているそれは、
遠く故郷の月に思いを馳せているかのように様に見えて…

これなら、少しくらい元気づけられるんじゃないか。
そう思って、月の石を再び握り締める。

どうか、留美が元気になりますように。


ただそれだけを願って、彼女の待つ場所に急ぐ。

程なく、いつもの場所に到着。
彼女はまだ来ていない。
あるいは、来ているのに見つからないのか。

いつもの木に背中を預けて彼女を待つ。

月が空の真ん中に昇っても、彼女はこない。
それでも、ずっと待ち続ける。
必ず、彼女は来ると信じて。



けれどその日、留美はついに現れなかった。







う…ん。


顔に日が差して目が覚めた。
木に寄り添ったまま、寝ちゃったみたい。
闇妖怪の私が、こんな時間に目覚めるなんてね。

留美、来なかったな……。


握り締めていた月の石は、朝になってその光を失っている。
私の心を映しているようで、とても悲しかった。

昨日は体調が悪かったのよ。今夜は会えるよね。


そう考える。あまりにも都合がいいのはわかっている。
それでも、そう考えなくては耐えられなかった。

どうしちゃったんだろうな。私…。


首を振って、その場から飛び立とうとした時、視界の隅で何かが光った。

なんだろ…。


なぜか心ひかれて、近寄った。木の枝にかかっていたそれを手にとって見る。
見間違えようもなかった。

これ、留美のペンダント…。
来てたんだ。なのに私、気付かなかった。
こんなに近くにいたのに…。


泣きたくなった。でも、泣いてる場合じゃない。
なんだろう、すごく嫌な予感がする。

行かなきゃ、留美のところに。


ペンダントを首にかけ、大地をける。太陽の光がまぶしかったけど、
気にしている暇はなかった。

少しでも、一秒でも早く、留美のところへ……。







な…に、これ。


わずかな -主観的にはものすごく長い- 時間の後、村に着いた。
が、そこは到底人里とは思えなかった。
方角を間違えたのか。

なにしろ、そこにあったのは巨大な黒い半球ただ一つ。
いや、村の外周にあった家がかろうじて半球の外に残っていた。
見覚えがある。間違いなく、ここは留美の村だ。

いったい何が…。


茫然としていると、残っていた家が半球に飲み込まれた。

大きくなってる!?


半球の内側は全く窺い知れない。すぐ内側には家があるはずなのに。
私は気付く。
あれは闇。
それも、私が操るのとは比べ物にならないくらい、性質が悪い。
あれに飲み込まれたら…いくら私でも無事でいられるだろうか。

初めて感じる闇への恐怖。
しかし、それを振り払う。
あの中に、留美がいる。留美を、助けなきゃ。

留美、待ってて…。


そうつぶやいて、私は闇の中へと飛び込んだ。







[第六章之一]

闇の中にはいると、そこには以前みた村の光景が広がっていた。
しかし、そこは今が朝であることを否定するように暗かった。

そして、動いているものは何もなかった。
あるのは、意志のない物ばかり。

耳鳴りがやまない。
ふと、自分の腕を見て驚く。
指の先が消えかけていた。
慌てて、意思を強く持つ。
指先が元に戻る。

ここでは、意志の弱いものから闇に飲まれてしまう。
村の人たちは、飲まれちゃったんだ…。

ほとんど先が見えないので、地面に降りて走る。
方向などわからないが、進めば進むほど耳鳴りが強くなった。
多分、こっちであっているのだろう。

立ち並ぶ家々の間を抜けると、そこは広場になっていた。
そこには、数人の人間たち。
まだ、飲まれてない人間がいたんだ。
その中の一人は見覚えがあった。

巫女服に身を包んだ少女。早夜。
彼女を中心に、彼らは広場の真ん中を見つめている。
私の視線もそちらに向く。
そこにいたのは……

留美っ!


叫んだ。
早夜たちが気付いて振り返る。
みな、疲労の色が濃い。

彼らのあいだを駆け抜けようとして、早夜に止められた。

どいてっ。何してるの!
留美を助けないと…。


早夜は、沈痛な顔で答える。

ルーミア、来ちゃったのね。
もう、手遅れかもしれないけど。

何が!

気付いてる? 闇を放っているのがあの子だってこと。

!?


言われて、改めて留美の方を見る。
闇の中心は、間違いなく留美だった。
その瞳は、禍々しいまでに赤い。

早夜が口を開いた。

私たちは、あの子を封じないといけない。

そんな! 
何を言ってるの。何考えてるのよ!

それは…。


口篭って顔を伏せる彼女。
それを見て、横から一人の男が口を出した。

それは私から話そうか。

…あなたは。

留美の父親だよ。君がルーミア君かい。
あの子が世話になったね。

留美の…お父さん。


彼は頷くと話し始めた。




[間章]

あの闇はね、もともと別の妖怪のものだったんだ。
その妖怪は、ずっと前にこの村を襲ったんだ。まだ、留美が小さい頃にね。

あれは、とても強い妖怪でね。
戦える者はみんな戦った。
私も、ここにいる人たちも、まだ幼かった早夜も、
それから、私の妻もね。

激しい戦いだった。犠牲になる人もたくさんいたんだ。
けど、最後には何とか倒す事ができた。
その時はそれで終わったと思っていたんだよ。
悲しみは大きかったけど、それは乗り越えていかないといけない。
ここでは、何時までも悲嘆に暮れているわけにはいかないからね。

でも、終わってはいなかった。
残っていたんだよ。あの妖怪の怨念のようなものが。
私の妻の中にね。

気付いた時には手遅れだった。
彼女は少しずつ衰弱して死んだ。
私には何もできなかった。

怨念は、今度は留美に取り憑いた。
あの子はまだ小さかったからね。
すぐに症状が出た。

でもね、その時早夜の両親がそのリボン…
実は強力な封印の符が縫いこんであるんだがね、
それを使って、怨念を封じ込めた。

わかっていたんだよ。それが根本的な解決にならないことくらい。
それでも、それが精一杯だった。

その時からだよ。あの子の目が見えなくなったのは。
瞳の色も赤くなった。私と同じように黒い瞳だったんだよ。
あの子には病気にかかったとしか伝えていないけどね。

そのまま、彼女は成長した。
明るく育ってくれたのが唯一の慰めだよ。

大きくなると、あの子は夜に出歩くようになった。
初めは心配したんだがね。あの子にとっては夜の方が居心地がいいみたいなんだな。
ずっと光のない世界で生きてきたからね。

そのころに、もう一つ気付いたんだ。
あの子は妖怪に見つからない事に。
多分、あの妖怪の自己保存の本能なんだろうね。
自分に対して害意があるものから、無意識に身を隠していたんだと思う。
逆にいえば、封じられていてもなお、それだけの力はあったということだ。

後の事は君も大体知っていると思う。
ここしばらく、あの子の様子がおかしいとは思っていたんだ。
日を追うごとに、あの子の様子はおかしくなった。
何かきっかけがあって、後は大きくなっていく月に触発されたんじゃないかな。
だけど、何もできなかった。
昨夜、あの子が帰ってきて、それが限界だったんだろうね。




[第六章之二]

見てごらん。あの子にリボンがついていないだろう。
あれは、自分で取ったんだ。
多分、心が闇に支配されてしまったんだろうね。


留美の父親はそう言って、リボンを見せる。
それは間違いなく、彼女のつけていた物だった。
私の顔から血の気がひく。思い当たる事があるから。

もしかして…私のせいかもしれない。

どういうこと。


これは早夜の声。
私は小さい声で事情を説明した。
彼女の声が厳しくなる。

言ったじゃない、あの子のリボンに触っちゃ駄目だって。
それなのにっ!


そう言って手を振り上げる。
それを押しとどめたのは、留美の父親だった。

やめなさい。そんなことを言っても仕方ないだろう。
それに、それは彼女のせいじゃない。
わかっているんだろう。

けどっ。私っ。
また、何もできないんだよ!
あの子が、あんなになっちゃってるのにっ!!

それは、私も同じことさ。


そう言って、彼は早夜の頭を撫でた。
そして私に向き直って言う。

それは、あの子の意思だったんだ。
君のせいじゃない。闇のせいでもない。
だから、自分を責めるのはやめなさい。


わずかな沈黙の後、私が口を開く。

ねぇ、どうしてそんなことが言えるの…。
私、そいつと同じ闇の妖怪なんだよ。
もっと、恨まれたっておかしくないのに。


少し、驚いたような表情で私を見る。

君は、優しい子なんだな。
さっきは便宜上妖怪といったがね。
あれはそんなもんじゃない。あれは闇そのものなんだ。

そして、かつてあれと闘ったのは私たちだけじゃない。
この辺りの妖怪たちも、総出で戦ったんだよ。
あれは、この地に生きるもの全ての敵だ…ってね。

それ以来、この村では必要以上に妖怪を嫌ったりしないし、
妖怪たちも、この辺りでは派手に暴れないようになったんだよ。


もはや、何も言えることはなかった。
そんなことがあったなんて、全然知らなかった。
でも、と言って早夜が沈黙を破る。悲しそうな顔だった。

理由はともかく、あいつは目覚めてしまったから。
私たちはあいつを止めなくちゃいけない。ここにいる人たちだけで。
できなければ…世界が滅ぶ。

止めるって、どうやって。

できるかどうかはわからないけどね。
何重にも封印して、もう二度と出てこれないようにするしかない。

それで、留美は助かるの。


早夜は黙って振り向いた。
その場にいた人たちがそれに倣う。
それが意味する事がわからないほど、私は幼くはなかった。

そんな、そんなの。駄目だよ。
いいの、そんなので。そんなことしたら…。


早夜がまた私のほうを向いて言った。

いいわけないじゃないこの馬鹿っ。
けど、他に方法がないの!
手伝う気がないならどっかその辺にひっこんでなさいっ!!


留美の父親が振り返る。
その両手には、血が滲んでいる。

早夜、やめなさい。
ルーミア君は下がっていなさい。
それと、あの子のこと、ありがとう。


それだけ言って、視線を戻した。
それだけ言うのに、どれだけの感情を押し殺しているのだろうか。
私はもう何も言えなかった。

話の間に、闇の圧力はますます強くなっていた。
突如、留美の背から翼が生まれ、その体を空へと持ち上げる。

それが牽きがねとなって、戦いが始まった。
と言っても、それを戦いと言うのだろうか。
攻撃しているのは人間たちのみ。
それぞれの得意な攻撃を次々と放つ。
それに対して、留美はかわそうという仕草すら見せない。
彼女に届こうとした攻撃は、全て闇に囚われ、消えた。

圧倒的な能力差。
それでも、人間たちは攻撃を繰り返す。
何度も、何度も。

私はただそれを見ていた。
必死になっている人間たち。
その攻撃を表情すら変えずに闇に取り込む留美。

人間たちが勝てるとは思えない。
よしんば勝つことができたとしても、そこに何が残るんだろう。

辛かった。
人間たちを見ているのが辛かった。
変わり果てた留美を見ているのが辛かった。
何もできない自分が悲しかった。

誰かの放った攻撃が、初めて闇をすり抜ける。
被弾してもなお、表情を変えない留美。
人間たちは、いっそう攻撃の手を強め、一つ、二つと闇をすり抜ける攻撃が増える。


その攻撃がたとえ効果がないとしても、
たとえ、他に方法がなかったとしても、

もう、耐えられなかった。

私は地をけって飛び出す。
留美のもとへと。

多くの流れ弾がかすめる。力が奪われていくのを感じる。
それでも掻い潜って、掻い潜って。
そこにたどり着いた。
両手を広げ、留美を背中にかばう。

全ての攻撃が向かってきた。
こんなのを、留美は受けていたのか。

防ぎきれなかった攻撃が身を削る。
それでも、手を広げる事をやめない。やめることはできない。

下で早夜が叫んでいるのが見えた。
なんて言ってるのか聞き取れないけど、
まぁ、なにやってるのとか、どいてとか言ってるんだろう。
けど、ここを退くことはできない。

駄目だよ、こんなの、悲しすぎるから。


小さくつぶやいた。
その声が届くはずもないのだが、攻撃がやむ。
それでいいの。
後は、私が何とかするから。

背後から、漆黒の翼が私に絡みついてきた。
ゆっくりと振り返る。

目に入ったのは、もはやそこに何も写していない、赤く空ろな瞳。
留美は、こんな瞳の子じゃなかった。

彼女は
いや、彼女に取り憑いた闇は、眼前まで迫っていた。
同じ闇の属性を持つ私に、惹かれているのだろう。

そう、こっちに来なさい。-右手にペンダントを-


留美、あなたは私が絶対助けてあげる。-左手に月の石を握り締めて-


来なさい、そんな闇…
私が、全部取り込んでやるんだから!!!


留美の体から翼が離れ、私を包み込む。
彼女の体がぐらつき、重力に引かれて落下するのが見えた。

闇を身に纏ったまま、彼女を追った。
この高さから落ちたら、彼女は助からない。

何とか追いついて、手をつかんだ。
と思った時、
私の意識は途絶えた。







気が付いたとき、周りには何もなかった。
ただ、何処までも闇が広がっているばかり。

私、負けたの。


つぶやいた声が耳に入って、その考えを打ち消す。
完全に闇に飲み込まれていたら、こんなことを考える意識もなくなっているだろうから。
改めて自分を見る。

体が半ば消えかけている。
意識を失っている間に侵食されたのだろう。
けど、まだ負けてない!

闇を押しのけるようにして、体が再構成されていく。
この世界では「そこにある」と思えば「そこにある」のだ。

これは、精神力の勝負。
意識まで飲み込まれたら、私の負け。

絶対に、勝って見せるからね……留美。













[第七章]

どれだけの時間が過ぎたのだろうか。
一日程度のような気もするし、一月以上経っているような気もする。
とうに時間の感覚はなくなっていた。

消えた感覚はそれだけではなかった。
初めに味覚、次いで嗅覚が消えた。

ここには、食べるものなどないし、
周りに何もないのだから、匂いなどしない。
あってもなくても変わらないと思っていたが、
奪われたのがわかったということは、やはり、何かの変化があったのだろう。

次に奪われたのは聴覚。

衣擦れの音、呼吸をする音、自分の声。
そういった、この世界にわずかに残っていた音が、何時からか聞こえなくなった。

世界が変わった。
それがどんなに僅かであっても、
それが存在していた事の意味を知る。

それでも、私はいまだ抗っていた。
残されたのは視覚と触覚。

視覚といっても、見えるものは闇ばかり。
目を開けていても、閉じていても、その世界は大して変わらない。
唯一の違いは、目を開けた世界には自分の姿があるということ。

負けない。負けない。


目を閉じて、それだけを呪文のように繰り返す。
負けたら、もう留美には会えない。
それは嫌だった。
だから、負けるわけにはいかない。

目を開けた時、そこに自分の姿は無かった。
そこに在るというのはわかる。
闇に飲まれたわけではない。
けど、見ることができない。
どうせ見えないのなら、
と、目を閉じる。

視覚もなくなっちゃったか…。
後は、この在るっていう感覚だけなんだね。


口に出しても聞こえるわけではない。
それでも、声が自分の体内を伝わってくるのは分かった。
大丈夫。まだ、消えてない。
まだ、負けてない…。

残されたただ一つの感覚。
「そこに在る」という最も根源的な感覚。
それだけを頼りに、ずっと抗い続けた。

ずっとずっと、抗い続けて…。
それでも限界が来た。

触覚が消えた。

本当に何も無い世界。

後は、意識だけ。
そこに在るということを、ただ信じることだけ。
信じることができなくなったら…
私は消える。

けれど、一切の刺激が無くなった世界では、
自分の存在を確かめる方法がない。
確かめられないものを信じることは難しかった。

思考が緩慢になっていく。
自分という存在が、希薄になっていく。

最後に脳裏に浮かんだのは、何時の光景だろう。

私と留美がいて、
一緒にお話をして、
一緒に歌って、
一緒に散歩して
一緒にお弁当を食べて…。


留美。私、負けない。負けないよ。
けど、もし、負けちゃったら…


ごめん…ね。




意識が闇に落ちた。
































『・・・・・・・・・・・・・』



























『・・・・・・・・・・・・よ』

なんだろう…。



























『・・・・・・・・・・・るよ』

なにか…きこえる。



























『ゆ・・の・・・・・・つき・・・よ』

あぁ、これは…。



























『・り・・うた・・・リヤ・・・・』

るみの、うた。



























『ゆ・・・・・び・の・・・よ』

そっか、たすかったんだね。



























『・・かごの・・きね・・・・るよ』

ごめんね、わたし、もうだめかも…。



























『ゆり・・のゆめに・・・つきが・・るよ』

でも、せめて、もういちど…。



























『『ゆりかごのゆめに きいろいつきがかかるよ』』

いっしょに………。
































[終章]

うん。私の話はこれでおしまい。

な゛あんたそこまで話しておいて、これで終わり。

そうだぜ、気になるじゃないか。

そうは言ってもさ、これ以上はあまり面白くないよ。
それに結果はわかってるじゃない。私がここにこうしているんだから。

それはそうだけど。

いいから話せって。

ん~。じゃ、簡単に言うね。
それから、声のする方に向かっていったら、急に周りが明るくなって、目が覚めたの。
といっても、もう夜だったんだけどね。
その日は満月だったから、すごく明るかった。
村の人たちも、みんなもとに戻ってた。
留美の目も黒に戻って、見えるようになってたし。
あ、その時から私の目は赤くなったんだよね。
それで、このリボンをつけてもらって、私にも触れないようにしてもらって、
で、今に至る。
ね、大して面白くないでしょ。

その、留美って子の本来の能力ってのは。

あ、それ?
歌を届ける能力、だって。
ホント、たいしたこと無いでしょ。
でも、私が留美に会えたのも、きっとその能力のおかげなんだよね。

月の石とかいうのは結局効果あったのか。

う~ん。わかんない。
でも、私は信じてるよ。
留美が、ずっと私の手を握って歌い続けていてくれたから、戻ってこられたんだって。
だから、留美の能力も月の石も、どっちもすごかったんだって。
さ、これで本当におしまい。
わかったでしょ。このリボン、取っちゃ駄目だって。

ん、まぁ…作り話にしてはよくできてたわね。

結構真に迫ってたな。作り話の割には。

む~。ホントの話なのに。

まぁ、もうそのリボン取ってみようとか言わないから。

そうだな。

ん。ならいいよ。
私もね、それから少しだけ闇が怖くなったんだ。
もう、あんなのはこりごりだから。


それを聞いて、霊夢が立ち上がった。

汗かいちゃったわね。
二人とも、お風呂とご飯、どっち先にする。

ご飯。

風呂。

………。


回答が割れた。

……まぁ、今日の主役はルーミアってことで。
いいわね、魔理沙。

ん、まぁ仕方ないな。

やった。ごはんごはん~♪


腰に手を当てて(ちょっとあきれたように)霊夢が言う。

この辺はやっぱりルーミアよね。


魔理沙も相槌を打つ。

全くだ。


私は、ちょっとだけ不満をこめて言う。

どういう意味よそれ~。


二人は声をそろえて言った。

そのまんまの意味よ(だぜ)

む~~~。









この日の夜は、こうして更けていった。
今夜もまた、月は変わらずこの世界を見守っていた。




これだけは言っておかなければ。

また長くなってごめんなさい。反省してます。反省は(ぉ
少し頭を冷やしてきます。

今回は伏線を全部使い切ることを念頭に。
前作、伏線を張りすぎて後で自分でも忘れてたのがあったりしたので……。
そう言う意味で、今回は何とか全部収められて、
書きたかったストーリーも全部書けた(そして長くなった)んじゃないかなと思っています。

閑話休題

ちょこっとだけ補足を。
今回は、ルーミアが神社に遊びにきたら、霊夢がリボンに興味を持って、取ってみようと言いはじめます。
そこに魔理沙もやってきて、ルーミアの昔話が始まった。ってな感じの舞台設定です。

それではこの辺で失礼します。
いつも読んで下さっている皆様に、深い感謝を。
ありがとうございました。
IC
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コメント



0.3510簡易評価
4.60みょう削除
どきどきしたあと危うく泣いてしまうところでした。
そのあとの何事も無いかのような平凡さへのフェードが視覚になってきてもう。
ご馳走様でした。
6.60いち読者削除
2万文字に迫る作品、お疲れ様です(わざわざwordにコピペして確認したアホウな私)。
ルーミアのリボンにこんなシリアスな友情話が隠されていたとは…って感じです。霊夢や魔理沙でなくとも、思わず作り話だと茶化したくなってしまいますね。なにせ色気より食い気のルーミア(笑)。
伏線については、リボンよりも月が主になってますね。描写の端々に出てきますし、月の石もそうだし、何より一緒に歌った歌の歌詞にもなってますし。
わがままを言えば、歌詞について他にも何らかの意味を持たせて欲しかったなというのも。…私も貪欲ですね(笑)。
ともかく、良作をご馳走様です。

で、ここからいつもの誤字(っぽいもの)指摘タイムを(←性悪)。
「胸のでペンダントを」、「誤らなくていいんだよ」の2つ。
「牽きがね」は…、ちょっと分からないですが、普通はあまり使われないかと。
12.無評価IC削除
あ、アレ…修正しようと思ったらパスが違うって…。なんてこった。

>みょうさん
ふ、ファンなんてそんな・・・・・テレテレ。
まだまだ未熟ですけど、これからもよろしくです~。

>いち読者さん
うあ、やっちまった。他の方にいろいろ言った以上完璧を目指したんですが…。
難しいですね。しかも修正できない…。
あ、それとあの歌は実は唱歌です。何か気に入ったので、まんま使ってしまいました。申し訳ありません。
歌詞に意味を持たせる<<う~ん、上を目指せるようがんばります。
15.50秋霞削除
素晴らしいルーミア話でしたー。
なにより笑い話にされるルーミアがご愛嬌ということで(笑

色々と納得するところが多かったです。
夜の色とか里における人間と妖怪の関係とか感覚が自分の存在を確実なものにするとか……
あとは、封印されたんじゃなくて封印してもらったっていうのが、あーなるほどそれもありか、と
参考にさせていただきます(ぉ
18.80削除
最初スクロールバー位置見た時とても長そうだったので、後で読むかーと思い一月近くも・・・
読み始めたら話に引き込まれ、あっという間に読了。
文体や間の取り方が長さを感じさせず、とてもいい感じでしたー
次回の作品はもう、最優先で読ませていただきます!
29.90T.A削除
あまりの文章の長さに最初は「これは・・・気合を入れて読まなくてはな」と思って読んでいましたが、これはすごい!とてもいい作品を読ませていただきありがとうございます。
ルーミアはもともと好きなのとこの手のお話(感動もの)も好きなのでとても満足です。
これからの作品も期待して読ませていただきます。m(_ _)m
42.90りょ1削除
気の利いたことが言えなくて申し訳ないですが。
一気に読めました。凄かったです。
76.80名前が無い程度の能力削除
良い作品でしたー。
ルーミアの目が青い…とおもったらそういう理由なのかと納得。


>彼女になら食べられてもいいやと思うような、奇特な人間の一人や二人いるかもしれない。
「心がけや行いが特に優れていること」が本来の意味でプラス評価の言葉。
単に「奇異」であることを述べたり、マイナス評価を伴って「奇妙」であることを述べたりするときに用いるのは望ましくないので、
ルーミア側から見たらそれはもう「奇特」なのかもしれないですけど、普通は奇異かな…。
いや、語り部がルーミアなので間違ってはいない…のかな?と思いました。