「おいおい・・・・・」
冷静を金科玉条とまでは言わなくとも、頭の片隅には必ず置いておくようにしている彼女も、流石に面食らって驚きの声を上げた。
先程まで死闘を演じていた筈の相手が、光と共に忽然と姿を消したのだ。
確かにいくらか手応えはあったが、あれしきで退く相手ではないだろう。何より、爛々とした殺気が辺りに立ち込めたままだ。
彼女は進路を上に向け、紅い天井に頭をぶつけそうなほどに高く高く飛び上がる。
そして下界を睥睨しようと振り向いた矢先に、青白い光を放つ弾丸に視界を覆われた。
すぐ側まで迫ってきていたそれを、彼女は大きく迂回するように躱す。ところが、光弾は彼女が逃げた方向へと、その軌道を90度変化させてきた。
彼女は手をかざし、口の中で呪文を呟く。
それまで彼女の周りを衛星運動していた二つの水晶球が一箇所へと重なり、一筋の光線が溢れ出る。
「穿つ――――――」
放たれた白銀の閃光は、迫りくる光弾を見事撃ち抜いた―――ように見えたが、実際にはお互いが不干渉のまま終わっただけのようだ。何事もなかったかのように、光弾は彼女に向かって直進してきた。
「チッ」
不意に背後にも熱を感じ、殆ど反射的に彼女はその場から滑るように飛び退いた。
数瞬前まで彼女がいた空間を、音も無く光の束が通り過ぎていく。
「増えるのか」
見渡した限りで新たに四つ。
何処からともなく現れた禍々しいまでに蒼々たる光は、まるで生き物のようにのた打ち回りながら、各々が彼女を目差してくる。しかもただ向かってくるだけでなく、分裂し、鼠算的にその数を増やしている。そのうち一つでも直撃すれば、間違い無く命はないだろう。
前門には、最早壁となって迫りくる弾幕。後門に広がるのは、血のように紅い天井。
だというのに、彼女はその不適な笑みを絶やそうとはしなかった。
それが自分らしいからだ。
なんて馬鹿な台詞は口が裂けても言わない。こんなものでいちいち確認しなければならないほど自らのアイデンティティは希薄ではない、と彼女は思っている。もっとも、そんなことを考えている時点で、希薄だと認めているようなものだが。
―――まあその辺は半々だろうな。
霧雨魔理沙は胸中で呟きながら、泰然と迫りくる弾幕に向かって疾りだした。
触れたわけでもないのに、黒を基調としたエプロンドレスのあちこちと、風になびくウェーブの掛かった豪奢な金髪が少し焦げ付く。
―――まったく、伸ばしなおしだぜ。
声には出さない。息を吸い込んでしまえば、立ち込める熱波に肺を焼かれてしまう。
正面から来た光弾を上下を入れ替えて躱し、左右から挟みこむように襲い掛かってきたものは間を突っ切ってやり過ごした。完全には躱しきれずに箒の尻尾が根こそぎ持っていかれたが、たいした問題ではない。元々、箒だろうが絨毯だろうがデッキブラシだろうがそう変わりはしないのだ。
目まぐるしく回転する視界に映るのは青と紅。
避けて、躱して、カスって、まるで中空でダンスでも踊っているように、くるくると黒影が廻る。
彼女、と呼ぶのも憚られるほどの年歯のいかない少女が、まるで手の中で転がすように命を玩ぶ姿は酷く蠱惑的で、眩暈がするほど幻想的だった。
もしこの場に観客が居たとするならば、三分の一は非難しながら、三分の一は賞賛しながら、三分の一は言葉を失いながら、全員が全員彼女に魅せられていただろう。
そうして、最後の一つを切り抜けた。
「ぷはっ―――――」
ようやく―――といってもほんの数秒の間の出来事だったが、縫うように全てを避けてみせた魔理沙は、今までの分を取り戻すように深呼吸を繰り返す。
津波のように押し寄せてきていた光弾の山は、紅い天井、紅く塗装された壁、紅い絨毯の敷かれた床に接触するなり、あっさりと消滅する。
熱された空気と、叩きつけるような殺気はそのままに、辺りは再び静けさを取り戻した。
「さあ、次はどう出る?」
先程まで逃げ惑うしかできなかった者とは思えないほど、自身と不遜に満ちた台詞だ。
それに呼応したのかは定かではないが、新たに始まった攻撃が彼女に襲い掛かる。
現れたのは光でできた檻。
内側から順に赤い檻、青い檻、緑の檻、黄色い檻が、魔理沙を包囲する形で現出する。檻はぎしぎしと格子をならしながら、魔理沙を圧殺せんと二次曲線的にその容積を減少させていく。
魔理沙は一瞬、格子と格子の間を抜けようかと考えたが、
「無理だな、狭すぎる」
檻が小さくなれば、格子の隙間も小さくなるのが道理。人一人分はあった間隔が、今では猫一匹が精々と言ったところか。
「仕方ない」
魔理沙がスカートの中から一枚の紙切れを取り出し、
「行くぜ?」
瞬間、世界から紅が消えた。
真っ白な光の柱が、彼女の前に立ちふさがる全てを飲み込み、僅かに遅れて鼓膜を破らんばかりの大轟音が響き渡る。
光の奔流に半身を消し飛ばされながらも、尚も追いすがろうとする檻を一瞥し、
「ははっ――――――」
魔法使いは薄く嘲う。
彼女の棒のような細い腕が無造作に振るわれ、それに引き摺られるようにして光の柱が何もかもをなぎ払った。
檻の残り半分、紅い天井、壁、床、金の装飾をあしらった燭台、豪華な調度品、果ては様子を窺っていた館の使用人達までもを平らげてしまう。大した悪食ぶりだ。
散々暴れ尽くした後に、きぃん、という耳障りな音を残して、光は尾を引いて消え去っていった。残されたのは、半壊してさんさんたる有様となった館と、ぽっかりと開いた大きな穴から聞こえるざあざあという雨音。そして、肩で息をしている羽の生えた小柄な少女。
確か、フランドールとか言ったか。
「無茶苦茶するわね。濡れたらどうしてくれるのよ」
「折り畳みの傘でも携帯しておくんだったな。私は機能性を重視して雨合羽を推すが」
「・・・・これが、人間なのね」
「人間だぜ」
フランドールが一瞬笑ったように見えた。だが、それを確認する間も無く、羽と呼ぶにはあまりに異形な電飾のような双翼が、一度大きくはためいた。
澄み切った湖面に一滴の雫が落ちるが如く。
フランドールを中心に、大きな力の波動が広がった。
「おわっと・・・・」
風が起きたわけでもないのに、魔理沙の被っていたリボン付のウィッチハットが飛ばされた。箒から身を乗り出して手を伸ばしたが、彼女の短い手では寸でのところで届かない。
鍔広のウィッチハットは空気の抵抗を受けながら揺ら揺らと落ちていき、豪雨に晒されたお陰ですっかりびしょ濡れになった床に無事着水する。
「ったく、お気に入りだってのに」
さあて――――。
フランドールが放つ波動は際限なく勢いを増していき、ただ浮いているだけでだというのに酷く消耗する。
そう遠くない未来の予想図に、肌が泡立った。
流石は天下に名だたる吸血鬼。
対するこの身は人間風情。
虎の子も後一枚あったかどうか――――。
これ以上はそうそう無い、なんとも酷い有様だ。しかし彼女は、そんな状況でもやはり極上の笑みを浮かべるのだ。
「まったく、楽しいな」
冷静を金科玉条とまでは言わなくとも、頭の片隅には必ず置いておくようにしている彼女も、流石に面食らって驚きの声を上げた。
先程まで死闘を演じていた筈の相手が、光と共に忽然と姿を消したのだ。
確かにいくらか手応えはあったが、あれしきで退く相手ではないだろう。何より、爛々とした殺気が辺りに立ち込めたままだ。
彼女は進路を上に向け、紅い天井に頭をぶつけそうなほどに高く高く飛び上がる。
そして下界を睥睨しようと振り向いた矢先に、青白い光を放つ弾丸に視界を覆われた。
すぐ側まで迫ってきていたそれを、彼女は大きく迂回するように躱す。ところが、光弾は彼女が逃げた方向へと、その軌道を90度変化させてきた。
彼女は手をかざし、口の中で呪文を呟く。
それまで彼女の周りを衛星運動していた二つの水晶球が一箇所へと重なり、一筋の光線が溢れ出る。
「穿つ――――――」
放たれた白銀の閃光は、迫りくる光弾を見事撃ち抜いた―――ように見えたが、実際にはお互いが不干渉のまま終わっただけのようだ。何事もなかったかのように、光弾は彼女に向かって直進してきた。
「チッ」
不意に背後にも熱を感じ、殆ど反射的に彼女はその場から滑るように飛び退いた。
数瞬前まで彼女がいた空間を、音も無く光の束が通り過ぎていく。
「増えるのか」
見渡した限りで新たに四つ。
何処からともなく現れた禍々しいまでに蒼々たる光は、まるで生き物のようにのた打ち回りながら、各々が彼女を目差してくる。しかもただ向かってくるだけでなく、分裂し、鼠算的にその数を増やしている。そのうち一つでも直撃すれば、間違い無く命はないだろう。
前門には、最早壁となって迫りくる弾幕。後門に広がるのは、血のように紅い天井。
だというのに、彼女はその不適な笑みを絶やそうとはしなかった。
それが自分らしいからだ。
なんて馬鹿な台詞は口が裂けても言わない。こんなものでいちいち確認しなければならないほど自らのアイデンティティは希薄ではない、と彼女は思っている。もっとも、そんなことを考えている時点で、希薄だと認めているようなものだが。
―――まあその辺は半々だろうな。
霧雨魔理沙は胸中で呟きながら、泰然と迫りくる弾幕に向かって疾りだした。
触れたわけでもないのに、黒を基調としたエプロンドレスのあちこちと、風になびくウェーブの掛かった豪奢な金髪が少し焦げ付く。
―――まったく、伸ばしなおしだぜ。
声には出さない。息を吸い込んでしまえば、立ち込める熱波に肺を焼かれてしまう。
正面から来た光弾を上下を入れ替えて躱し、左右から挟みこむように襲い掛かってきたものは間を突っ切ってやり過ごした。完全には躱しきれずに箒の尻尾が根こそぎ持っていかれたが、たいした問題ではない。元々、箒だろうが絨毯だろうがデッキブラシだろうがそう変わりはしないのだ。
目まぐるしく回転する視界に映るのは青と紅。
避けて、躱して、カスって、まるで中空でダンスでも踊っているように、くるくると黒影が廻る。
彼女、と呼ぶのも憚られるほどの年歯のいかない少女が、まるで手の中で転がすように命を玩ぶ姿は酷く蠱惑的で、眩暈がするほど幻想的だった。
もしこの場に観客が居たとするならば、三分の一は非難しながら、三分の一は賞賛しながら、三分の一は言葉を失いながら、全員が全員彼女に魅せられていただろう。
そうして、最後の一つを切り抜けた。
「ぷはっ―――――」
ようやく―――といってもほんの数秒の間の出来事だったが、縫うように全てを避けてみせた魔理沙は、今までの分を取り戻すように深呼吸を繰り返す。
津波のように押し寄せてきていた光弾の山は、紅い天井、紅く塗装された壁、紅い絨毯の敷かれた床に接触するなり、あっさりと消滅する。
熱された空気と、叩きつけるような殺気はそのままに、辺りは再び静けさを取り戻した。
「さあ、次はどう出る?」
先程まで逃げ惑うしかできなかった者とは思えないほど、自身と不遜に満ちた台詞だ。
それに呼応したのかは定かではないが、新たに始まった攻撃が彼女に襲い掛かる。
現れたのは光でできた檻。
内側から順に赤い檻、青い檻、緑の檻、黄色い檻が、魔理沙を包囲する形で現出する。檻はぎしぎしと格子をならしながら、魔理沙を圧殺せんと二次曲線的にその容積を減少させていく。
魔理沙は一瞬、格子と格子の間を抜けようかと考えたが、
「無理だな、狭すぎる」
檻が小さくなれば、格子の隙間も小さくなるのが道理。人一人分はあった間隔が、今では猫一匹が精々と言ったところか。
「仕方ない」
魔理沙がスカートの中から一枚の紙切れを取り出し、
「行くぜ?」
瞬間、世界から紅が消えた。
真っ白な光の柱が、彼女の前に立ちふさがる全てを飲み込み、僅かに遅れて鼓膜を破らんばかりの大轟音が響き渡る。
光の奔流に半身を消し飛ばされながらも、尚も追いすがろうとする檻を一瞥し、
「ははっ――――――」
魔法使いは薄く嘲う。
彼女の棒のような細い腕が無造作に振るわれ、それに引き摺られるようにして光の柱が何もかもをなぎ払った。
檻の残り半分、紅い天井、壁、床、金の装飾をあしらった燭台、豪華な調度品、果ては様子を窺っていた館の使用人達までもを平らげてしまう。大した悪食ぶりだ。
散々暴れ尽くした後に、きぃん、という耳障りな音を残して、光は尾を引いて消え去っていった。残されたのは、半壊してさんさんたる有様となった館と、ぽっかりと開いた大きな穴から聞こえるざあざあという雨音。そして、肩で息をしている羽の生えた小柄な少女。
確か、フランドールとか言ったか。
「無茶苦茶するわね。濡れたらどうしてくれるのよ」
「折り畳みの傘でも携帯しておくんだったな。私は機能性を重視して雨合羽を推すが」
「・・・・これが、人間なのね」
「人間だぜ」
フランドールが一瞬笑ったように見えた。だが、それを確認する間も無く、羽と呼ぶにはあまりに異形な電飾のような双翼が、一度大きくはためいた。
澄み切った湖面に一滴の雫が落ちるが如く。
フランドールを中心に、大きな力の波動が広がった。
「おわっと・・・・」
風が起きたわけでもないのに、魔理沙の被っていたリボン付のウィッチハットが飛ばされた。箒から身を乗り出して手を伸ばしたが、彼女の短い手では寸でのところで届かない。
鍔広のウィッチハットは空気の抵抗を受けながら揺ら揺らと落ちていき、豪雨に晒されたお陰ですっかりびしょ濡れになった床に無事着水する。
「ったく、お気に入りだってのに」
さあて――――。
フランドールが放つ波動は際限なく勢いを増していき、ただ浮いているだけでだというのに酷く消耗する。
そう遠くない未来の予想図に、肌が泡立った。
流石は天下に名だたる吸血鬼。
対するこの身は人間風情。
虎の子も後一枚あったかどうか――――。
これ以上はそうそう無い、なんとも酷い有様だ。しかし彼女は、そんな状況でもやはり極上の笑みを浮かべるのだ。
「まったく、楽しいな」
とりあえず、デッキブラシに乗って弾幕ごっこをする魔理沙を希望(コラ)。
他のSCの描写の部分もみてみたいなぁと思いました。