吸血鬼の住まう館、『紅魔館』は、今日も賑やかだ。
今日は紅魔館にある、ヴワル図書館の司書である小悪魔トリルの提案により、博麗霊夢、霧雨魔理沙の二人を誘ってのお茶会が催されていた。
いつもはこの図書館の主である魔女、パチュリーと、トリル、そしてその妹で悪戯好きの子悪魔リトルの三人しかおらず、たまにリトルを追いかけるパチュリーの声が聞こえるくらいで、いつもは波を打ったように静かなこの図書館だが、今日に限っては、まるで別の場所であるかのように賑やかだった。
「美味いなこれ」
リトルが作ったクッキーをほおばりながら、魔理沙が言う。その賞賛に、リトルは照れたようなくすぐったいような笑みを浮かべて応えた。
何処から持ち出してきたのか、全員が座れるほどの大きなテーブル(ヴワル図書館にはパチュリー用の机しかない)の上には、これでもかと言わんばかりのお茶菓子と、全員分のティーカップが並んでいた。無論、吸血鬼であるこの館の主であるレミリアと、フランドール用の物は別途用意されている。
……用意周到ね。
皆からは少し離れた所に立って、十六夜咲夜は力の無いため息をついた。どうやらだいぶ前から準備していたようだ。
賑やかで、とても楽しそうなのだが、なんだか、少し輪に入りにくかった。
咲夜が持つ、『時を操る能力』。
この幻想郷で生きるには、非常に役に立った能力であるが、人間の世界では、そのような特殊な能力を持つ者は、えてして迫害されるものである。
そして彼女も、その例外ではない。
友人もおらず、両親にすら怖がられ、住む場所も無かった彼女が辿り着いたこの場所は、彼女にとって楽園とも言えた。
能力を恐れる者もおらず、自分を遠ざけようとする者も居ない。
そして、自分を必要としてくれる人(厳密には違うが)が居る――。
ある意味で、ここは、『人間が切り離したモノ』達が集まる所なのかもしれない。
妖怪、悪魔、魔女に魔法使い。
それらは全て、『向こう側』が存在しないものとして切り捨てたモノ達だ。
『行く所が無いのなら、私の所に来れば良いわ。丁度人手が足りなかったのよ』
あても無く幻想の森をさ迷っていた咲夜に、紅き永遠の少女はそう言った。
あの時から、咲夜は『自分の時』を止めていた。時を操る彼女が本気になれば、そのくらいの事は容易に出来た。
永遠に幼き彼女の傍に居る為には、その方が都合が良かったのだ。そうすれば、彼女は、永遠に自分を必要としてくれるだろう。
その代わり、彼女はその瞬間に、『人間である事』を、止めてしまった。時を止める。つまり成長しない、死なない。そんなのは、自分の主と同じ。はっきり言ってしまえば、『化け物』だ。
だが、それを後悔する気は無い。
「それで良かったと思ってる?」
「え?」
不意に声が聞こえた。視線をそちらに向けると、そこに居たのは、
「私……?」
「えぇ、私。人間が嫌いで仕方なかった時の、私」
もう一人の咲夜は、呆然としている咲夜に、問いかける。
「それで良かったと思ってる? 自分の時を止めてまで、人間を止めてしまってまで、彼女に仕えたいと、本気で思ってる?」
言いながら、霊夢と何やら談笑している、レミリアを指差す。
「そうね……」
咲夜は、一瞬考えるような素振りを見せたが、答えなど、考えるまでも無く浮かんでくる。
「私は、あの時の判断が間違っているとは思わない。
ここに居て、良かったと心の底から思うのだから。
ここに居たいと、何よりも思う事が出来るのだから」
その答えに、もう一人の咲夜は、小さく、だが満足したように「そう」と呟くと、消えてゆく。
「…………」
この図書館には、さまざまな本がある。
多分、今の幻影も、そんな本達の起こした小さな幻だったんだろう。
「咲夜ー、早く来ないと無くなるわよ」
「今行きます」
主の声に、咲夜はその顔に笑みを刻むと、皆が待つ方へ駆けていった。確かにリトルの作った物を食べないのは少し勿体無い気もする。
自分の選択を後悔する気は無い。たとえ人である事を止めても、あの主と共に居ることが、何よりの願いなのだから。
それに、過去がどうあれ、今自分は笑っている。ここに来る前は、決して浮かべる事の無かった、顔。
それだけで、十分だと咲夜は思う。
それだけで、自分の選択は間違っていなかったのだと、断言できる。
***
「残念だったな、もう殆ど無いぜ。霊夢が食べちまった」
わざとらしい口調で、さらりと言うモノクロの魔法使い。
「ちょ! 殆ど食べてたのは魔理沙でしょ! あとリトルも!」
そうは言いながらも、しっかり手元に小皿を置いている紅白の巫女。
「知らないよー」
口の端にクッキーの粉を付けたまま下手なしらを切る子悪魔。
「まだありますから、そんなに喧嘩しないでくださいー」
おろおろと困ったように、それでも笑顔で皆の世話をする小悪魔。
「……ここが図書館だって忘れてる? 貴女達」
半目で、それでも口の端に笑みが浮かんでいる魔女。
「魔理沙ー、あとで弾幕(遊ぼ)う?」
モノクロの魔女に後ろから抱きついている主の妹。
「……こういうのも、良いものね? 咲夜」
横に立った咲夜を見上げ、そう呟く主。
「えぇ」
知らず、笑顔を浮かべ、応えていた。
ここに来たばかりの頃は、ここが、こんなに賑やかな場所になるとは、夢にも思わなかった。
吸血鬼の主。
怯えているばかりのメイド達。
まるで死んだように静かだったこの館が、こんなにも賑やかになるとは、今でも信じられない時があるほどだ。
……これが、霊夢達の才能なのかもしれないわね。
内心で呟く。だとしたら、自分らがやった事は、あながち間違いではなかったのかもしれない。
あの二人と出会わせる為に、誰かがそうさせたのかもしれない。
「?」
運命を操る自らの主は、それを知っていたのだろうか? 或いは、知っていたからこそ、あのような事を起こしたというのか。
「どうしたの? 咲夜」
「なんでもありません。ただ、賑やかだな、と」
毎日はお断りですが、とトリルに釘を刺しておく。一瞬トリルが驚いたような、絶望にも似た表情を浮かべたのは気のせいだっただろうか?
……気のせいね。
そう思うことにする。
いつの間にか、目の前では子悪魔、魔理沙、フランドールの三つ巴で弾幕ごっこが始まりかけていた。
これもまた、いつもの光景。
騒がしくも、決して嫌ではない、日常。
……無論、一番最初にやられたのは子悪魔であるのは、言うまでも無い――。
「ふたりがかりなんてズルイよぅ……」
余談。或いは蛇足。
「……ねぇ、私は?!」
今日は紅魔館にある、ヴワル図書館の司書である小悪魔トリルの提案により、博麗霊夢、霧雨魔理沙の二人を誘ってのお茶会が催されていた。
いつもはこの図書館の主である魔女、パチュリーと、トリル、そしてその妹で悪戯好きの子悪魔リトルの三人しかおらず、たまにリトルを追いかけるパチュリーの声が聞こえるくらいで、いつもは波を打ったように静かなこの図書館だが、今日に限っては、まるで別の場所であるかのように賑やかだった。
「美味いなこれ」
リトルが作ったクッキーをほおばりながら、魔理沙が言う。その賞賛に、リトルは照れたようなくすぐったいような笑みを浮かべて応えた。
何処から持ち出してきたのか、全員が座れるほどの大きなテーブル(ヴワル図書館にはパチュリー用の机しかない)の上には、これでもかと言わんばかりのお茶菓子と、全員分のティーカップが並んでいた。無論、吸血鬼であるこの館の主であるレミリアと、フランドール用の物は別途用意されている。
……用意周到ね。
皆からは少し離れた所に立って、十六夜咲夜は力の無いため息をついた。どうやらだいぶ前から準備していたようだ。
賑やかで、とても楽しそうなのだが、なんだか、少し輪に入りにくかった。
咲夜が持つ、『時を操る能力』。
この幻想郷で生きるには、非常に役に立った能力であるが、人間の世界では、そのような特殊な能力を持つ者は、えてして迫害されるものである。
そして彼女も、その例外ではない。
友人もおらず、両親にすら怖がられ、住む場所も無かった彼女が辿り着いたこの場所は、彼女にとって楽園とも言えた。
能力を恐れる者もおらず、自分を遠ざけようとする者も居ない。
そして、自分を必要としてくれる人(厳密には違うが)が居る――。
ある意味で、ここは、『人間が切り離したモノ』達が集まる所なのかもしれない。
妖怪、悪魔、魔女に魔法使い。
それらは全て、『向こう側』が存在しないものとして切り捨てたモノ達だ。
『行く所が無いのなら、私の所に来れば良いわ。丁度人手が足りなかったのよ』
あても無く幻想の森をさ迷っていた咲夜に、紅き永遠の少女はそう言った。
あの時から、咲夜は『自分の時』を止めていた。時を操る彼女が本気になれば、そのくらいの事は容易に出来た。
永遠に幼き彼女の傍に居る為には、その方が都合が良かったのだ。そうすれば、彼女は、永遠に自分を必要としてくれるだろう。
その代わり、彼女はその瞬間に、『人間である事』を、止めてしまった。時を止める。つまり成長しない、死なない。そんなのは、自分の主と同じ。はっきり言ってしまえば、『化け物』だ。
だが、それを後悔する気は無い。
「それで良かったと思ってる?」
「え?」
不意に声が聞こえた。視線をそちらに向けると、そこに居たのは、
「私……?」
「えぇ、私。人間が嫌いで仕方なかった時の、私」
もう一人の咲夜は、呆然としている咲夜に、問いかける。
「それで良かったと思ってる? 自分の時を止めてまで、人間を止めてしまってまで、彼女に仕えたいと、本気で思ってる?」
言いながら、霊夢と何やら談笑している、レミリアを指差す。
「そうね……」
咲夜は、一瞬考えるような素振りを見せたが、答えなど、考えるまでも無く浮かんでくる。
「私は、あの時の判断が間違っているとは思わない。
ここに居て、良かったと心の底から思うのだから。
ここに居たいと、何よりも思う事が出来るのだから」
その答えに、もう一人の咲夜は、小さく、だが満足したように「そう」と呟くと、消えてゆく。
「…………」
この図書館には、さまざまな本がある。
多分、今の幻影も、そんな本達の起こした小さな幻だったんだろう。
「咲夜ー、早く来ないと無くなるわよ」
「今行きます」
主の声に、咲夜はその顔に笑みを刻むと、皆が待つ方へ駆けていった。確かにリトルの作った物を食べないのは少し勿体無い気もする。
自分の選択を後悔する気は無い。たとえ人である事を止めても、あの主と共に居ることが、何よりの願いなのだから。
それに、過去がどうあれ、今自分は笑っている。ここに来る前は、決して浮かべる事の無かった、顔。
それだけで、十分だと咲夜は思う。
それだけで、自分の選択は間違っていなかったのだと、断言できる。
***
「残念だったな、もう殆ど無いぜ。霊夢が食べちまった」
わざとらしい口調で、さらりと言うモノクロの魔法使い。
「ちょ! 殆ど食べてたのは魔理沙でしょ! あとリトルも!」
そうは言いながらも、しっかり手元に小皿を置いている紅白の巫女。
「知らないよー」
口の端にクッキーの粉を付けたまま下手なしらを切る子悪魔。
「まだありますから、そんなに喧嘩しないでくださいー」
おろおろと困ったように、それでも笑顔で皆の世話をする小悪魔。
「……ここが図書館だって忘れてる? 貴女達」
半目で、それでも口の端に笑みが浮かんでいる魔女。
「魔理沙ー、あとで弾幕(遊ぼ)う?」
モノクロの魔女に後ろから抱きついている主の妹。
「……こういうのも、良いものね? 咲夜」
横に立った咲夜を見上げ、そう呟く主。
「えぇ」
知らず、笑顔を浮かべ、応えていた。
ここに来たばかりの頃は、ここが、こんなに賑やかな場所になるとは、夢にも思わなかった。
吸血鬼の主。
怯えているばかりのメイド達。
まるで死んだように静かだったこの館が、こんなにも賑やかになるとは、今でも信じられない時があるほどだ。
……これが、霊夢達の才能なのかもしれないわね。
内心で呟く。だとしたら、自分らがやった事は、あながち間違いではなかったのかもしれない。
あの二人と出会わせる為に、誰かがそうさせたのかもしれない。
「?」
運命を操る自らの主は、それを知っていたのだろうか? 或いは、知っていたからこそ、あのような事を起こしたというのか。
「どうしたの? 咲夜」
「なんでもありません。ただ、賑やかだな、と」
毎日はお断りですが、とトリルに釘を刺しておく。一瞬トリルが驚いたような、絶望にも似た表情を浮かべたのは気のせいだっただろうか?
……気のせいね。
そう思うことにする。
いつの間にか、目の前では子悪魔、魔理沙、フランドールの三つ巴で弾幕ごっこが始まりかけていた。
これもまた、いつもの光景。
騒がしくも、決して嫌ではない、日常。
……無論、一番最初にやられたのは子悪魔であるのは、言うまでも無い――。
「ふたりがかりなんてズルイよぅ……」
余談。或いは蛇足。
「……ねぇ、私は?!」
…いや、言ってみただけです。これも武士の情(謎)。
こういう日常ものっていうのもいいですよね。ほどよい長さだし、読んでてのんびりと出来ますから。…自分(私)が忙しいのも忘れて(死)。
咲夜の「自分の時を止めた事を後悔していない」という事に関して、霊夢達と出会う前であってもそう断言出来たかな? とかちょっと考えてしまいましたが、それは意地悪な問いでしょうね。
それと、2名のキャラ名を間違えてます。微妙な間違いですが、冒頭部での誤字は結構目に付いてしまいますのでご注意を。あと、『妖怪、悪魔、魔女にに魔法使い。』←「に」の重複。
ぐぁぁぁッ! またやったぁぁぁッ!! _| ̄|○|||ニカイメダヨ……。
蓬莱と一緒に吊ってきます……。
って……2名……? パチュと、誰……。ヤバイ、わかんない……。
霊夢は、「博麗」霊夢です。このミス案外多いんです。一応、マニュアルなどでご確認を。
いち読者さん、わざわざありがとうございますー。
さて、蓬莱と一緒にいってきます……。
だけどその日の夕暮れ頃、紅魔館の門前で1人たそがれる門番に「はい、アンタの分もちゃんとあるのよ」とか言っている咲夜さんもきっといるはず・・・・・・゚・(ノД`)・゚・