――これからは、お前が彼女に仕えるんだ。
そう、あの人は言った。私の代わりに、と。
仕える、と言う言葉の意味は解らなかったけれど、きっと、彼女の言う事を聞け、と言う事なんだろう。
おじいちゃん――じゃなかったお師様がそうであったように。
――頼むぞ、妖夢―――。
あの人からの、最初で最後の、お願いだった。
二振りの刀と一緒に託された、約束だった。
***
冥界、白玉楼。
その入り口まで続く、長い長い階段の最上段で、魂魄妖夢は目を閉じ、禅を組んでいた。
ついさっき、冥界と幻想郷とを分ける結界が破られたのは、感覚として解った。死者ばかりのこの世界で、生きた空気を持つ者など、自分しか居ない。それ故に、生きた誰かが結界を破り、この冥界にやってきたのは明確だった。
白玉楼は、いつになく見事な桜に抱かれ、まるで猛吹雪のような桜の花びらが、妖夢の周囲を舞っている。
今まで集めてきた春のお陰だ。
その所為で、この冥界以外の場所――幻想郷は、5月になったというのに、いまだに雪が溶けていないという。
――知った事か。
妖夢は内心で呟く。
彼女にとって最も優先すべきは主であり、その目的であり、それ以外の事など、思考の片隅にすらおくつもりは無い。
主の目的を果たす事が彼女の全てであり、また彼女にとってのただひとりの肉親とのつながりを保つ為の方法でもあるのだから。
死者ばかりのこの冥界にあって、半分人間の妖夢は、少し浮いていると言えるかもしれない。“転生”と言う形での“死”――或いは“生”なのかもしれない――がある冥界の中で、半分人間の妖夢は、転生する事も叶わず、また半分人間であるが故に、この冥界で逝(生)き続けるということも、また叶わない。
だからこそ、彼女は師との約束と役目を、ずっと護り続けているのだ。
幽々子に仕えるという、本当に小さな約束を。
幽々子を護るという、己に課した小さな役目を。
いつか消えてしまう自分。
永遠に残る主。
主が、何時までたっても師の事を忘れないように。主が、何時までたっても自分の事を忘れないように。
――来た。
目を閉じたまま、傍らに置いてあった二振りの刀を手に取り、立ち上がる。
生きた者の気が、この階段を上ってくる。
なけなしの春を持って、死者の世へ、生者がやって来た。
「幻と 想いの郷に 春来たらず
死人の国へと 生者がひとり―――」
ひとり呟き、妖夢は目を開ける。
たったひとつの約束を、その体には大きすぎる刀と、どこまでも真っ直ぐな意思に込め―――。
「あなたの持っている、なけなしの春をすべて頂くわ!」
魂魄妖夢は、たったひとりのためにその力を振るう。
たとえ、そのためにその一人を喪う事になったとしても―――
そう、あの人は言った。私の代わりに、と。
仕える、と言う言葉の意味は解らなかったけれど、きっと、彼女の言う事を聞け、と言う事なんだろう。
おじいちゃん――じゃなかったお師様がそうであったように。
――頼むぞ、妖夢―――。
あの人からの、最初で最後の、お願いだった。
二振りの刀と一緒に託された、約束だった。
***
冥界、白玉楼。
その入り口まで続く、長い長い階段の最上段で、魂魄妖夢は目を閉じ、禅を組んでいた。
ついさっき、冥界と幻想郷とを分ける結界が破られたのは、感覚として解った。死者ばかりのこの世界で、生きた空気を持つ者など、自分しか居ない。それ故に、生きた誰かが結界を破り、この冥界にやってきたのは明確だった。
白玉楼は、いつになく見事な桜に抱かれ、まるで猛吹雪のような桜の花びらが、妖夢の周囲を舞っている。
今まで集めてきた春のお陰だ。
その所為で、この冥界以外の場所――幻想郷は、5月になったというのに、いまだに雪が溶けていないという。
――知った事か。
妖夢は内心で呟く。
彼女にとって最も優先すべきは主であり、その目的であり、それ以外の事など、思考の片隅にすらおくつもりは無い。
主の目的を果たす事が彼女の全てであり、また彼女にとってのただひとりの肉親とのつながりを保つ為の方法でもあるのだから。
死者ばかりのこの冥界にあって、半分人間の妖夢は、少し浮いていると言えるかもしれない。“転生”と言う形での“死”――或いは“生”なのかもしれない――がある冥界の中で、半分人間の妖夢は、転生する事も叶わず、また半分人間であるが故に、この冥界で逝(生)き続けるということも、また叶わない。
だからこそ、彼女は師との約束と役目を、ずっと護り続けているのだ。
幽々子に仕えるという、本当に小さな約束を。
幽々子を護るという、己に課した小さな役目を。
いつか消えてしまう自分。
永遠に残る主。
主が、何時までたっても師の事を忘れないように。主が、何時までたっても自分の事を忘れないように。
――来た。
目を閉じたまま、傍らに置いてあった二振りの刀を手に取り、立ち上がる。
生きた者の気が、この階段を上ってくる。
なけなしの春を持って、死者の世へ、生者がやって来た。
「幻と 想いの郷に 春来たらず
死人の国へと 生者がひとり―――」
ひとり呟き、妖夢は目を開ける。
たったひとつの約束を、その体には大きすぎる刀と、どこまでも真っ直ぐな意思に込め―――。
「あなたの持っている、なけなしの春をすべて頂くわ!」
魂魄妖夢は、たったひとりのためにその力を振るう。
たとえ、そのためにその一人を喪う事になったとしても―――