東方シリーズ二次創作
『東方神魔譚』
シナリオ2 『事件と、疑惑と、本性と・・・』
「レミリアとフランドールが!?」
魔理沙の持ってきた報告は、霊夢を驚嘆させるには十分すぎるものだった。自分も戦った事のあるスカーレット姉妹が、何者かに襲われて床に伏せっているというのだ。
「大丈夫なの?」
「傷の方は完全に治っているらしいぜ。ただ、傷を治す時に力を使い切ったらしい。それが原因で寝込んでるって言ってた。パチュリーからの情報だから間違いないぜ」
寝込んでいるという事は、相当な傷を負ったのだろう。何しろ吸血鬼の力の全て使わないと治し切れないような傷だ。見逃してもらったのか、逃げ切れたのかは知らないが、少しでも戦闘が長引けば命を落とした可能性は高かっただろう。
「私はこれから紅魔館の方に見舞いに行くが、霊夢はどうする?」
「私も行くわ。正直言うと、昨日から胸騒ぎがして良く眠れなかったのよ。一日でも早く心地よい睡眠を取りたいのよね」
「よし。それじゃ、すぐに行こうぜ・・・・・睡眠といえば・・・羅刹だっけ?何処で寝泊りしてるんだ?」
そう言えば、羅刹は紅魔館の方角へと向かっていった。しかも、見晴らしのいい場所を求めて。
「ねえ、魔理沙。レミリア達が襲われたのは何処?」
「詳しい場所は知らないが、博麗神社に向かっている途中で襲われたらしい」
「やばいわね。・・・多分、羅刹は紅魔館の湖の近くにいる筈。もし襲撃者がレミリア達を追ってきてたら・・・」
「代わりに襲われた可能性あり・・・」
襲撃者が人間か妖怪かは分からない。だが、どちらにしろ羅刹では対処し切れそうに無い。幾ら逃げ足が速くても、スカーレット姉妹を追い詰めるような奴相手に、それが通用するとは思えない。とすれば、羅刹が迎える結末は・・・・・。
「まずいわね。このままじゃ・・・・・」
「このままじゃ?」
「初対面の人間に不幸を呼ぶ、呪われた巫女になってしまうわ」
「・・・・・・・・・・と、とにかく、ついでに湖を一周して羅刹を探してみようぜ。生きていれば、何かを見た可能性が高いしな」
魔理沙は、箒にまたがり空を飛ぶ。霊夢もその後を追い、大空を舞う。紅魔館までは、空を飛べばそう遠い距離ではない。すぐに湖の畔までは辿り着くだろう。
だが、途中でとんでもない光景を目の当たりにした。
「魔理沙、これって・・・」
「おそらく昨日の戦闘の後だろうな。酷い有様だぜ」
そう、確かに酷い。木々は薙ぎ倒され、岩盤は捲れ、所々に焼け焦げた後がある。場所によっては、明らかに溶岩ではないかと思われる物もある。これが戦闘の痕跡ならば、よほど激しい戦闘だったのだろう。
「大半はフランドールのレーヴァテインだろうな。それでも勝ちを貰っていった奴か・・・嫌な予感がするぜ」
「正面からやりあっても勝てそうに無いわね。とにかく紅魔館へ急ぎましょう」
戦闘の後が見つかったという事は、紅魔館のすぐ傍まで来たということ。急いで羅刹を回収して、レミリア達に襲撃者の事を聞かなくては・・・。
スピードを上げて、紅魔館へ急ぐ二人。湖が肉眼で確認できた頃、開けた場所にテントが建っているのが見えた。
「魔理沙、あれ!」
「ああ、間違いないぜ。羅刹の奴だ」
黄色いテントに向かって急降下する霊夢と魔理沙。
上空から見た限りでは、羅刹の姿は無い。
テントの中か、消し炭になったか・・・
「羅刹、いる!?」
霊夢と魔理沙は返事を待たず、テントの中へと入る。幸いだったのが、テントが大きくて二人が十分入りきれたことだった。
「いないみたいだぜ・・・」
「やっぱり私は呪われた巫女?」
「どうだろうな・・・・ん?これ、なんだ?」
魔理沙は、枕元付近にあった複数のファイルに目を留める。そのファイルを適当に一冊開き、中を読み始める。
「ちょっと、魔理沙。止めなさいよ」
「いいからいいから」
魔理沙に霊夢の声は届いていないようだ。蒐集家としての血だろうか、ファイルの中身が気になった。しかも、人間界から持ってきた可能性が高いとあらば、好奇心も高まってくる。
「えーと・・・Project:『God or Devil』・・・なんだこりゃ?」
「なになに?」
やはり霊夢も気になるのか、魔理沙の脇から覗き込む。二人が先を読み進めようとした瞬間、氷の様に詰めたい声が外から響く。
「動かないでください。少しでも動けば、串刺しにしますよ」
霊夢と魔理沙は同時に硬直する。すでにテントの周りを囲まれているようだ。全方位からピリピリとした殺気が伝わってくる。
「まったく・・・まさか二日目でこんな事になるとは思ってもいませんでしたよ。礼儀を知らない人には、0から叩き込まないといけないようですね」
「ちょ、ちょっと、羅刹!私よ、霊夢!!」
その言葉を放った瞬間、殺気が和らいだ気がする。何時の間にか、体中に嫌な汗が流れている。とんでもなく強いプレッシャーだった。
背後から物音がする。振り向いてみると、羅刹が警戒心丸出しでテントの中を覗き込んでいた。
「あっ、霊夢さんに魔理沙さん。どうしたんですか、こんな所で?」
「実は・・・」
「まさか・・・・・そうならそうと言ってくだされば・・・。そうですよね、あんな寂れた神社では、お賽銭はおろか参拝客も来ませんよね」
何か盛大に勘違いされている気がする。魔理沙は魔理沙で、こそこそとファイルを覗き見ている。よほどその内容が気になるのだろうか。
「お金でしたら差し上げますよ。僕は大量に必要としませんから。えーと・・・」
「羅刹、あのね・・・」
羅刹はバックを手に取り、その中を漁り始める。どうでもいいが、三人入っても余裕があるテントを一人で使っているのだろうか・・・
「ありました、ありました。はい、霊夢さん。これで美味しいものを食べてくださいね」
「いい加減にしろ!!」
スパーン!
一遍の容赦も躊躇も無く、霊夢は羅刹の頭を思いっきり叩く。
羅刹が人間界の物と思われるお金を束で持っていた事は、頭の中から真っ先に排除した。
「別に私は生活に困ってるわけでもないし、お金を盗みに来たわけでもないっての!!」
「じゃあどうしたんですか?」
羅刹は、叩かれた辺りを撫でながら問い返す。よほど綺麗に決まったのだろう。目じりに涙のような物が見える。
「とにかく外で話さない?さっき気付いたけど、外から襲われたらどうしようもないわ」
「そうですね、少々お待ちください」
パンパン
羅刹が手を二回叩くと、周囲から発せられていた異物感が消える。能力の一環なのだろうか。上手く隠していると思う。
だが、今はそんな事を気にしている場合ではない。とりあえずの注意が必要だ。
「魔理沙、一度外に出るわよ」
「ん、ああ。わかったぜ」
魔理沙の手元が後ろに回った気がする。
何かやったな、多分・・・。
「なにしてんだ、霊夢。早く行こうぜ」
「はいはい」
さすがに入り口は窮屈なので、羅刹を先頭に一人ずつ外に出る。
「それで、お話とは?」
早速用件を聞いてくる羅刹。本人には別段急いでいる様子は無い。なぜなら・・・ビニールシートに座り、お茶の準備をしているからだ。なぜ、こんなにのんびりとしているのだろう?ちょっと泣けてくる。
「実はね、昨日教えた吸血鬼姉妹が夜に襲われたらしいのよ。詳しい話は、魔理沙が知ってるから説明は任せるわよ」
「わかったぜ。場所はここから博麗神社の方に少し進んだ所だ。時間については、分からない。こっちに来る途中に、戦闘の後を見つけたんだが、酷い状態だったぜ。羅刹、お前は何か見聞きしていないか?」
羅刹は記憶を遡り、夜の事を思い出してみる。
特別大きな音が聞こえた記憶は無い。すぐに眠ったという訳でも無いし、聴力は人並み以上にある。とすれば・・・
「すみませんが、全く記憶にありません。ただ・・・」
「ただ?」
「霊夢さんも気付かなかったんですよね?だとすれば、何か音を外に逃がさない様な結界を張ったんではないでしょうか。そうすれば、音を聞いて気付く人は居ないでしょうからね。とにかく、件の吸血鬼姉妹さんの所へ行って詳しい話を聞くのが一番有効かと」
羅刹は、そう言葉を切り、手にしたお茶を全て飲み干す。そして紅魔館の方へと振り向く。その瞳に浮かんでいる感情を霊夢達に読み取ることは出来ない。
「そうね。とりあえず、当初の目的どおり紅魔館へ向かいましょう」
「いいぜ。早いとこ見舞いに行ってやらないと、不機嫌になるからな」
「では、さっそく向かいましょうか」
そして、三人は紅魔館への道を急いだ。
「そう・・・狂乱の夜は、始まったばかりです・・・・・」
目の前の少年は、その言葉と同時に手を横に一振りする。するとその軌跡から、光り輝く破片が飛び出してくる。月明かりしか反射していない為か、比較的その破片を見つけやすい。レミリアとフランドールは、その破片を難なく回避する。
「大口たたく割には、大した攻撃じゃないわね」
「そうですね。でも、僕の勝ちは揺るぎはしませんよ」
レミリアは自分の気鬱は思い過ごしと判断し、フランドールの被害を受けないような位置まで後退する。案の定、フランドールは帽子の少年の方に全速で向かっていった。
「いっくよー。禁忌『レーヴァテイン』!!」
紅蓮の刃を振り上げ、少年に襲い掛かるフランドール。
基礎も何も無い大振りの一撃を、帽子の少年は危なげに交わす。炎の軌跡が大気を焼き、吸い込む空気が肺を痛めつける。十分すぎる破壊力だ。
だからこそ・・・・・
「いいスペルカードですね。そう言う面白い物が使いたかったんですよ」
空気が一瞬にして冷たくなる。
アレは、やばい。危険な気がする。
レミリアは、すぐさまフランドールの下へ向かった。二人の方が対処しやすい。
「お姉様!!」
「わかってるわ。フランドール、気を抜いちゃダメよ」
「準備はいいですか!?いきますよ!!」
少年は左手で印を切る。
そして、スペルカードを発動させた。
「トレース!映符・・・」
右手を天に掲げ、強く握りこむ。その手に急速に集まり始める力の奔流。その全てが印に従い、少年の意に従い、形を成す。
「『レーヴァテイン』!!」
その手に現れたのは、フランドールの物と同じ紅蓮の刃だった。
「それじゃあ、呆然としている所をやられたと言うわけね」
「ええ。まさかスペルカードをコピーするとは思っても見なかったわよ。でも威力そのものを見れば、本物の6、7割位だったわ。もし、本物と同じ出力なら制御できなかったでしょうけどね。襲ってきた本人は大した事無かったから」
霊夢達は紅魔館に着いてすぐに、レミリアの寝室へ向かった。その際、咲夜が羅刹を憎らしげに見ていた事は気にしない。今は、紅茶を入れる為に、席を外している。
羅刹は羅刹で、見舞いの品として持ってきていた菓子折りをレミリアに直接手渡していた。どことなく嬉しそうだったのは、錯覚ではないだろう。
そして、肝心のレミリアだが、思ったよりは元気そうだ。ベッドに入ったままだが、疲労の後は見られない。だが、フランドールは疲労の為、完全に寝入っているらしい。
「判断が難しいですね・・・」
レミリアの話を聞いた羅刹は、考え込むように腕組みしている。
「なにがだ?」
「制御する為に出力を7割にしたのか、出力が7割だったから制御できたのか。どちらでしょうかね?」
「ああ、その事か。たしかに大事な所だぜ」
前者ならば、スペルカードの完璧なコピーを作れるという事。後者ならば、劣化コピーしか出来ないという事。この二つは大きく違う。
「ちなみに羅刹はどっちだと思う?」
「・・・後者ではないかと。声高に宣言している事からも、手を抜いたとは判断し辛いですからね。それに、完璧なコピーというのは不可能ではないかと思います」
「そうよね・・・・・ん?そういえば。羅刹、レミリアに聞きたい事があるんじゃなかったの?」
部屋中の視線が、一点に集中する。
「なにかしら、聞きたいことって?」
「いえ大した事ではありません。ただ・・・・・『僕を知っているか?』、そう聞こうとしただけですよ」
レミリアの瞳に警戒の色が宿る。
当然の事だろう。昨日の襲撃犯もそう聞いてきたらしいし、しかもご丁寧に口調さえも同じ。
そして、そこから導き出される答えは・・・
「あなた、まさか・・・」
レミリアが全てを口にするより早く、羅刹はドアの方へと勢いよく振り返る。それと同時に手にしたモノを放り投げる。
キィン!!
甲高い金属音と同時に一本のナイフが床に突き刺さる。
「不意打ちですか・・・昨日の事といい、よほど嫌われているみたいですね」
「あなたがお嬢様と妹様を襲わなければ、ここまで悪化はしなかったと思うわ(手には何も持っていなかったはず。一体何を投げた?)」
ナイフを投げた張本人・・・咲夜は、手に幾つものナイフを持ったままレミリアと羅刹の間に入る。一瞬たりとも警戒は解かない。
僅かでも隙を見せたら襲い掛かってきそうだ。
「僕じゃないんですけど」
「全ての状況が、あなたの事を犯人だと言っている」
「状況証拠だけで犯人扱いですか・・・・・って、なんで霊夢さんと魔理沙さんまで距離を取るんですか?」
気付かれない様にゆっくりと移動していた霊夢と魔理沙は、その言葉に体を硬直させる。しかも目的地であろう場所は、咲夜の背後だと思われる。
「な、なんとなく・・・」
「別に他意はないぜ」
「本当ですか?疑われている様にしか見えないんですけど・・・」
ヒュッ!!
「おっと!!」
モーション無しのナイフの投擲。
危なく当たりそうになったが、何とか避けきれた。やはり、予想通り時間に関係する能力のようだ。
となれば・・・・・徹底抗戦。
「危ないですよ。刃物は人を傷つける為の物ではありません」
羅刹はナイフを拾いながら、自らのイメージを編み上げる。
これさえ編み上がってしまえば、勝ちは確定。出来るだけ多くの時間を稼がなくてはならない。
「そうね。これは、あなたの様なモノを傷つける為の物だわ」
「モノって、僕の人権を無視してます?」
「当然」
ちょっとショックでした。
でも、ここで暮らす以上は慣れないといけないんですよね。
・・・・・あと少し・・・
「酷いですよ。せめて暖かい寝床と食事だけは保障してください」
「地獄の釜は熱いくらいよ」
「知ってるんですか?」
「ただの勘」
いずれ行ける場所に、今から行く必要はありませんね。
ふざけ合っている内に、術は編みあがったようです・・・これで問題無しですね。
「どう言っても納得してくれないようですね・・・・・やりましょうか」
「それでいいわ。昨日の雪辱戦よ」
「では・・・行きます!」
羅刹と咲夜が同時にナイフを投げる。二つのナイフは甲高い音を立てて弾かれる。
二発目を放とうとした咲夜は、羅刹の意外な行動に目を見張った。
羅刹は、開きっぱなしのドアから外へ出ようとしていたのだ。
「逃がさない!」
ダダン!!
ナイフが刺さった音と重なるように、羅刹は壁を思いっきり叩いた。そして、全速力でその場から離れる。
目的地は突き当りを曲がってすぐの場所。そこまで行ければ十分だ。
「待ちなさい!!」
部屋から出遅れた咲夜は、羅刹の直前に現れた。時間を止めてからの移動。羅刹には瞬間移動をしたように見えただろう。
「幻在『クロックコープス』!!」
目の前に現れた大量のナイフ。前方、左右共に逃げ道は僅かしか存在しない。速度を殺さずに進む方法は無いと思われる。
「甘いですよ!」
空を歩く時と同じ要領で、空中を駆け上がる羅刹。ナイフの群れをやり過ごすと、高度を維持しながら疾走し続ける。
だがそれを許す咲夜ではない。すぐさま振り向きナイフを投擲する。
羅刹も足場を作り変えながら三次元的に移動をするが、十本単位で向かってくるナイフが相手では分が悪い。
「一体何本のナイフを隠し持ってるんですか、あなたは!」
「そんな事を気にしている余裕があるのかしら!?」
時間が経過するごとに羅刹の服に綻びが生じ始める。微かに赤く染まっている事から、小さな傷を負っている事がわかる。
「もう少しなんですが・・・」
廊下の突き当たりは、目と鼻の先。あと少し持たせる事が出来れば・・・
その時、羅刹にとって不幸が舞い込んだ。投擲されたナイフが陽光を反射させ、その光を羅刹の目に送り込む。一瞬だけ気がそれた。
「もらった!!」
ザクッ!
右足首付近に焼けるような激痛。痛みの為に足を踏み外した羅刹は、床に向かって落下する。空中で器用に体勢を立て直したが、痛みの為に受身を取りきれず、全身を強打する。
体中が痛むが、立ち止まっている暇は無い。
早く廊下の突き当りまで行かなくては・・・。
ヒュ!
背後から投擲されたナイフが、羅刹の左腕を掠める。
「チェックメイト。言い残すことはある?」
羅刹は黙って振り返り、座ったまま咲夜と向き合う。
叩き付けられる様な殺気。手元でギラギラと光っているナイフが、恐怖心を煽る。
「一つだけ・・・ありますよ」
羅刹は不敵に微笑む。どこか自信に満ちた、勝利を確信したような表情。
そして、静かに人差し指を上へ向ける。
「頭上には十分注意してください」
咲夜は、弾かれた様に頭上を見上げる。
そこには・・・・・・・・・・・・・何も無い!!
「残念でした!」
視線を戻した時には、もう遅かった。羅刹は既に立ち上がっていて、手を横薙ぎに一閃させる。そしてその軌跡が黒く染まり、零れ落ちる光の欠片が現れる。その欠片は一つ残らず、咲夜へと向かう。
咲夜は目を庇いながら横に跳んで回避するが、攻撃の手は当然止まる。
羅刹はその隙に素早く突き当りへ走り、右へ曲がる。適当なところで壁を思いっきり叩くと、その場所に光の門が現れた。そして迷わずその中に跳びこむ。
咲夜は慌てて後を追うが、突き当りを曲がった先には延々と廊下が続くだけで、羅刹の姿はどこにも見えなかった。
「一体何処に・・・」
360度見回してみるが、影すら見つからない。どうやら逃がしたようだ。
ふと、自分の服に光り輝く欠片が引っ掛かっている事に気が付いた。
それを手で摘み、陽光に透かして見る。
「これは・・・・・」
「ガラスだって?」
「ええ。たぶん間違いないと思うわ」
霊夢は手に持った破片を玩びながら答えた。手に持っている破片は、羅刹がナイフを弾く時に投げた物の欠片だ。床を見回せば、同じ物を見つける事が出来るだろう。
それにしても、咲夜と羅刹が部屋を出てから随分と経つ。そのうち羅刹を引き摺って帰ってくるだろうが・・・。
「ガラスを足場にしていたなら、空を歩いていた事も納得できるもの」
霊夢は、咲夜が置きっ放しにして行った紅茶を呑気に飲んでいる。
たしかに透明度の高いガラスを作り出せば、視認する事は不可能に近い。強度に関しても、分厚いガラスを作れば問題ない。当然、砕けば武器にもなる。
「スペルカードのコピーについてはどうなのかしら?」
「そこまではちょっとね・・・でも、コピーされる事が分かっていれば対処は出来るわ」
「そうですね。その辺は問題無しです」
「・・・・・」
スペルカードをコピーされるなら、いっその事使わなければいい。それさえなければ、大して脅威にはならない。
そんなことより・・・・
「し、しかし羅刹が犯人とはな。あの性格からじゃ想像できないぜ」
「その辺は理由を聞けばハッキリするわ。たぶん、神社で言ってた『答え』っていうのに関係があるんでしょうね」
「犯人じゃないと言ってはいるんですけどね・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
魔理沙とレミリアは状況を見守っているだけ。どうやら霊夢に全て任せたようだ。
「・・・・・いつからいたの?」
「魔理沙さんが、『ガラスだって?』と言った辺りからです」
羅刹は自分の分の紅茶が置いていない事に気付いて、肩を落としている。使用人としては問題のある行為だと思う。仮にも見舞い客に対して差別的な扱い。
幻想郷は厳しいところですね。
「それじゃあ、私の推測に何点つける?」
「その部分に関してのみ50点、全体から見れば15点位ですかね。でも良い推察でしたよ。空を歩いていた方法については当たりです」
「咲夜はどうしたの?」
「何とか撒いてきました。危うく死に掛けましたが」
羅刹は自分の右足を指し示す。景気良く血が流れ出たのか、膝から下が真っ赤になっている。一応、止血はしてあるようだが・・・・・
「そんな訳で、見つからないうちにお暇いたします。レミリアさん、お大事に・・・」
右足を引き摺る様にして部屋を出る羅刹。残された三人は、呆れた様にドアを見つめている。
「律儀なのね、あの子・・・」
「初めて会った時からあんなもんだったわよ」
「私、あの子に襲われたのね・・・・・」
レミリアの周囲が重く沈む。相当なショックを受けた様だ。
「気持ちは分かるぜ」
「ご愁傷様」
霊夢と魔理沙が慰めの言葉を掛けると同時に、部屋を出て行ったもう一人の人物が帰ってきた。
「すみません、お嬢様。まんまと逃げられてしまいました」
「気にしなくていいわ。さっき、あの子が挨拶に来たから」
「お茶くらい出してあげなさいよ。泣いてたわよ」
「さすがに同情したぜ」
「うっ・・・・・」
今更ながらに、やりすぎたと反省した咲夜であった。
「参りましたね。思ったより傷は深いようです」
テントに戻った羅刹は、真っ先に携帯コンロでお湯を沸かし始めた。今は傷の具合を見ながら洗浄と消毒をしている。研究所から奪ってきた救急箱が、こんな所で役に立つとは思ってもいなかった。『備えあれば憂い無し』と言った昔の偉人さんに感謝だ。
「この傷では今晩行動するのは辛いですね。でも、止める訳にもいかないんですよね」
救急箱と言っても、大きな研究所の物だ。基本的な物から麻酔薬や注射器、傷口を縫合する針と糸、更にはギブスまで作れる。まさに至れり尽くせり。
沸騰したお湯の中に清潔なガーゼを入れる。水は、湖の水を蒸留したものだ。
注射器を手にして麻酔薬を吸い上げる。無意識に手が震える。
蘇る投薬の記憶。体の内側を無数の蟲が這い回る様な不快感。神経が剥き出しになった様な激痛。脳が溶けていく様な強烈な吐き気。眠りさえも許されない血塗れの悪夢。
「くっ・・・!」
その全てを無理やり振り払う様に一気に針を刺す。
そしてゆっくりと薬液を流し込む。
針を抜いて初めて、体中に冷汗をかいている事に気が付いた。こんな時でもあいつ等は僕を苦しめる。
でも今はそんな事を考えている余裕は無い。即効性だが、持続性の無い麻酔だ。直に効果が切れてしまう。効果が持続している間に傷口を縫合しなくてはならない。
「記憶を失う前は、どんな人だったのでしょうかね」
幻想郷の時と同様、なぜか医学の基礎知識がある。それだけではない。化学、物理学、その他の様々な知識を覚えている。便利だとは思うが、たまに気持ち悪くなる。
とりあえず、頭の中の情報に従って傷口を縫っていく。知識通りにやっているだけなのに手際もいい。思ったとおりに体が動く。
「縫合は終わり。後は包帯をして終わりですね」
沸騰しているお湯から、熱殺菌をしたガーゼを取り出す。このままでは熱すぎるので、少し冷ましてから傷口付近に当てる。その上から包帯を巻き、少しきつめに縛る。
「ふう、これで終わりですね。・・・この傷の恨み、アナタにぶつけさせて貰いますよ」
羅刹の瞳が禍々しい色を放つ。
まるで獲物を見つけた猛獣の様に・・・
物語は実に見事と。話が進むにつれ、引き込まれていきます。
まあ、誤字を完全になくすのは難しいので、ある程度は仕方ないですよ。気付けば指摘はしますが。
で、話の中身。いい感じで黒くなってきましたね(謎)。作品全体の雰囲気とか、少年の内面とか。
テキストと展開のテンポもいいですね。でも、霊夢驚きすぎでは(w
なんというか、霊夢たちより幻想郷の住人っぽくないかな、羅刹って。そののんびりしてて緊張感が欠けるような感じ。
次も期待していますよー