ヴワル図書館には不思議な本が沢山ある。
読み手を呪う本。
読む者に力を与える本。
読み手を飲み込む本。
そして―――。
***
「リトル―――――ッ!」
司書の悪魔が持ってきた鏡を見た瞬間、思わずパチュリーは叫んでいた。成る程、魔理沙が顔を見た瞬間爆笑したのはそういうわけだったのか。
パチュリーの色の薄い顔には、見事なヒゲが生えていた。……もとい、落書きされていた。どうやら少しうたた寝をしていた時にやられたらしい。油断も隙もあったものでは無い。……いや、彼女が居ることを解っていてうたた寝なんかしていた自分が悪いと言えば悪いのかもしれないが……。
ここ、ヴワル図書館には、悪戯好きな小さな悪魔が住んでいる。
この広く、薄暗い図書館から出ることの出来ない彼女にとって、ここの主であるパチュリーや、たまにやってくる白黒の魔法使い、紅白の巫女、果ては紅魔館のメイド長ですら、良い遊び相手――やられる側にしたら良い迷惑なのだが――なのである。たまに見つかって酷い目――といっても精々弾幕ごっこ程度なのだが――に合うが、それすらも、彼女にとっては娯楽なのだ。いや、彼女にとって、『悪戯』とは存在そのものなのだろう。そうすれば皆が自分の事を見てくれる。そうすれば皆が自分の事を忘れる事は無い。
忘れられる事は怖い。誰も自分の事を見なくなるのが怖い。
彼女のような悪魔に、寿命による死は基本的に存在しない。
だがそれ故にまだ死を理解していない彼女にとって、『忘れられる』『見てもらえない』というのは、何ものよりも、そう、メイド長からのお仕置きよりも強い恐怖。
故に彼女は悪戯を繰り返す。
自分を見てもらうために。
自分を忘れる事の無いように。
***
「~~♪」
パチュリー様の声を背に、私はヴワル図書館の中を飛び回る。今日はすごく気分が良い。パチュリー様はいつも顔色が悪くて、今にも倒れちゃいそうに見えるけど、私の名前を呼んでる時は、すごく元気だ。悪戯が上手くいったのも嬉しいけど、そっちも嬉しい。
「ずいぶん嬉しそうですね? お嬢さん」
「え?」
突然声をかけられて、思わず私はバランスを崩して墜落してしまう。
「いたた……だぁれ?」
今この図書館にはパチュリー様とお姉さまと白黒の魔法使いしか居ないはずだけど……?
「私ですか? 私に名前なんて御座いません。どうしても呼びたいのなら語り部とでもお呼びください」
「かたりべ……?」
「物語を語る者、と言う意味だよ、お嬢さん」
そう言って私の前に現れたのは、背の高い帽子を被った、男の人。
「記された物語を、記された記憶を、記された記録を、忘れられないように語るのが私の役目。そして私の存在そのもので御座います」
語り部さんは、そう言うと帽子を取り頭を下げた。その仕草は、まるでメイド長のように……そう、“しょうしゃ”で、格好よかった。
「ここに取り揃えたるは無数の物語。ここに収められるは無限の記憶。ここに眠るは永遠の記憶。選り取りみどりの選び放題。さあ、どんなお話がお好みでしょう?」
帽子を手に、大きく手を広げる語り部さんの話を聞いていると、なんだか悪戯をしている時のようなわくわくが私の中に生まれてくる。
「どんなお話があるの?」
「どんなお話でも」
「どんなお話でも?」
「そう。手に汗握る冒険譚も、涙さそう感動の話も、思わず人に話したくなる笑い話も、どんなお話でもお嬢さんのお好みえり好み。手に取る必要などありません。望めばどんなお話でも私は語りましょう」
「うーん……よく解らないよ……」
私がそう言うと、語り部さんは、「ふむ」と言って黙ってしまった。
「では、今日は僭越ながら私が選んだお話とさせていただきましょう」
「わーい」
***
語り部さんの話すお話は、すごく不思議なお話だった。
鏡の国で繰り広げられるチェスの試合。
生きた花の庭。
コーラスで考える列車と不思議な虫。
変てこな二人の兄弟の決闘。
逆さまに記憶する白い女王。
塀の上に座る卵の紳士。
ライオンと一角獣。
間の抜けた騎士二人。
そして女王になった少女。
だけどそれはどこをどう切っても変てこなお話でしかなくて。
***
「ねぇ、結局それって、全部夢の中のお話だったのかな?」
「さぁ、それはどうでしょう」
「違うの? だって、最後は結局もとの世界に帰ってこれたんでしょ?」
「全てが自分だけの世界ではないと言う事です。お嬢さん、君の見ている世界は、もしかしたら赤の王の一夜の夢なのかもしれないよ?」
「そんな事……」
「いやいやいやいや。そんな悲しそうな顔をしないでくれよ、お嬢さん。これはタダのお話なんだ。タダのお、は、な、し。私は語り部。現実は語らず、ただ綴られたモノだけを語る存在。良いかい? これはタダのお話だ」
「うん」
「良い子だ。お嬢さん。君の世界が、君だけのものである事を祈るよ」
そう言い終えると、ふわり、と語り部さんの姿が消えてゆく。それはまるで読み終わった本を閉じる仕草のように、あっさりと、まるで断ち切られるように。
そして、それと同時に、私の視界も歪んで――――――。
***
「見当たらないと思ったら、こんな所に居たのね……」
リトルの実質的な保護者である悪魔トリルは、本を抱えたまま床で寝息を立てているリトルの姿に、疲れと笑みのまじったため息をつく。
「こんな所で寝てると、風邪をひくよ?」
「ん……。あれ……? 語り部さんは……?」
「語り部……?」
誰の事だろうと思ったが、寝惚けているだけだろうと判断して、まだ半分以上眠っているリトルの手から、そっと本を取ると、本棚に仕舞う。
「……あれ?」
ふとそこで違和感に気がついた。
周りの本棚のどこにもこの本が入る余裕が無い。リトルが自分で持ち出したという事ははっきり言ってありえない。だとしたらこの本は何処にあったのだろう? まさか本が自分で動いたとでも言うのだろうか? それに、長い事この図書館に居るが、彼女はこんな本見たことが無かった。
「後でパチュリー様にお話してみましょうか……」
そう呟くと、リトルの体を背負い、懐には本を手にトリルは主の待つ所まで飛ぶ為に翼を広げた。
トリルがパチュリーの元に辿り着いた時には、彼女の手から本は消えてなくなっていた。
***
ヴワル図書館には不思議な本が沢山ある。
読み手を呪う本。
読む者に力を与える本。
読み手を飲み込む本。
そして、心を持った本―――。
その本に気に入られれば、きっと、色んな話を聞かせてくれるはず。
「さぁ、どんなお話がお好みでしょう――――――?」
読み手を呪う本。
読む者に力を与える本。
読み手を飲み込む本。
そして―――。
***
「リトル―――――ッ!」
司書の悪魔が持ってきた鏡を見た瞬間、思わずパチュリーは叫んでいた。成る程、魔理沙が顔を見た瞬間爆笑したのはそういうわけだったのか。
パチュリーの色の薄い顔には、見事なヒゲが生えていた。……もとい、落書きされていた。どうやら少しうたた寝をしていた時にやられたらしい。油断も隙もあったものでは無い。……いや、彼女が居ることを解っていてうたた寝なんかしていた自分が悪いと言えば悪いのかもしれないが……。
ここ、ヴワル図書館には、悪戯好きな小さな悪魔が住んでいる。
この広く、薄暗い図書館から出ることの出来ない彼女にとって、ここの主であるパチュリーや、たまにやってくる白黒の魔法使い、紅白の巫女、果ては紅魔館のメイド長ですら、良い遊び相手――やられる側にしたら良い迷惑なのだが――なのである。たまに見つかって酷い目――といっても精々弾幕ごっこ程度なのだが――に合うが、それすらも、彼女にとっては娯楽なのだ。いや、彼女にとって、『悪戯』とは存在そのものなのだろう。そうすれば皆が自分の事を見てくれる。そうすれば皆が自分の事を忘れる事は無い。
忘れられる事は怖い。誰も自分の事を見なくなるのが怖い。
彼女のような悪魔に、寿命による死は基本的に存在しない。
だがそれ故にまだ死を理解していない彼女にとって、『忘れられる』『見てもらえない』というのは、何ものよりも、そう、メイド長からのお仕置きよりも強い恐怖。
故に彼女は悪戯を繰り返す。
自分を見てもらうために。
自分を忘れる事の無いように。
***
「~~♪」
パチュリー様の声を背に、私はヴワル図書館の中を飛び回る。今日はすごく気分が良い。パチュリー様はいつも顔色が悪くて、今にも倒れちゃいそうに見えるけど、私の名前を呼んでる時は、すごく元気だ。悪戯が上手くいったのも嬉しいけど、そっちも嬉しい。
「ずいぶん嬉しそうですね? お嬢さん」
「え?」
突然声をかけられて、思わず私はバランスを崩して墜落してしまう。
「いたた……だぁれ?」
今この図書館にはパチュリー様とお姉さまと白黒の魔法使いしか居ないはずだけど……?
「私ですか? 私に名前なんて御座いません。どうしても呼びたいのなら語り部とでもお呼びください」
「かたりべ……?」
「物語を語る者、と言う意味だよ、お嬢さん」
そう言って私の前に現れたのは、背の高い帽子を被った、男の人。
「記された物語を、記された記憶を、記された記録を、忘れられないように語るのが私の役目。そして私の存在そのもので御座います」
語り部さんは、そう言うと帽子を取り頭を下げた。その仕草は、まるでメイド長のように……そう、“しょうしゃ”で、格好よかった。
「ここに取り揃えたるは無数の物語。ここに収められるは無限の記憶。ここに眠るは永遠の記憶。選り取りみどりの選び放題。さあ、どんなお話がお好みでしょう?」
帽子を手に、大きく手を広げる語り部さんの話を聞いていると、なんだか悪戯をしている時のようなわくわくが私の中に生まれてくる。
「どんなお話があるの?」
「どんなお話でも」
「どんなお話でも?」
「そう。手に汗握る冒険譚も、涙さそう感動の話も、思わず人に話したくなる笑い話も、どんなお話でもお嬢さんのお好みえり好み。手に取る必要などありません。望めばどんなお話でも私は語りましょう」
「うーん……よく解らないよ……」
私がそう言うと、語り部さんは、「ふむ」と言って黙ってしまった。
「では、今日は僭越ながら私が選んだお話とさせていただきましょう」
「わーい」
***
語り部さんの話すお話は、すごく不思議なお話だった。
鏡の国で繰り広げられるチェスの試合。
生きた花の庭。
コーラスで考える列車と不思議な虫。
変てこな二人の兄弟の決闘。
逆さまに記憶する白い女王。
塀の上に座る卵の紳士。
ライオンと一角獣。
間の抜けた騎士二人。
そして女王になった少女。
だけどそれはどこをどう切っても変てこなお話でしかなくて。
***
「ねぇ、結局それって、全部夢の中のお話だったのかな?」
「さぁ、それはどうでしょう」
「違うの? だって、最後は結局もとの世界に帰ってこれたんでしょ?」
「全てが自分だけの世界ではないと言う事です。お嬢さん、君の見ている世界は、もしかしたら赤の王の一夜の夢なのかもしれないよ?」
「そんな事……」
「いやいやいやいや。そんな悲しそうな顔をしないでくれよ、お嬢さん。これはタダのお話なんだ。タダのお、は、な、し。私は語り部。現実は語らず、ただ綴られたモノだけを語る存在。良いかい? これはタダのお話だ」
「うん」
「良い子だ。お嬢さん。君の世界が、君だけのものである事を祈るよ」
そう言い終えると、ふわり、と語り部さんの姿が消えてゆく。それはまるで読み終わった本を閉じる仕草のように、あっさりと、まるで断ち切られるように。
そして、それと同時に、私の視界も歪んで――――――。
***
「見当たらないと思ったら、こんな所に居たのね……」
リトルの実質的な保護者である悪魔トリルは、本を抱えたまま床で寝息を立てているリトルの姿に、疲れと笑みのまじったため息をつく。
「こんな所で寝てると、風邪をひくよ?」
「ん……。あれ……? 語り部さんは……?」
「語り部……?」
誰の事だろうと思ったが、寝惚けているだけだろうと判断して、まだ半分以上眠っているリトルの手から、そっと本を取ると、本棚に仕舞う。
「……あれ?」
ふとそこで違和感に気がついた。
周りの本棚のどこにもこの本が入る余裕が無い。リトルが自分で持ち出したという事ははっきり言ってありえない。だとしたらこの本は何処にあったのだろう? まさか本が自分で動いたとでも言うのだろうか? それに、長い事この図書館に居るが、彼女はこんな本見たことが無かった。
「後でパチュリー様にお話してみましょうか……」
そう呟くと、リトルの体を背負い、懐には本を手にトリルは主の待つ所まで飛ぶ為に翼を広げた。
トリルがパチュリーの元に辿り着いた時には、彼女の手から本は消えてなくなっていた。
***
ヴワル図書館には不思議な本が沢山ある。
読み手を呪う本。
読む者に力を与える本。
読み手を飲み込む本。
そして、心を持った本―――。
その本に気に入られれば、きっと、色んな話を聞かせてくれるはず。
「さぁ、どんなお話がお好みでしょう――――――?」
で、語り部の語る話が全く分からなかった私はどうしましょうかね(笑)。
うぉぉぉッ! しまったぁぁぁッ! ご指摘ありがとうございます。修正しておきましたー。パチュファンの方すまんス……_| ̄|○
語り部さんもいい味を出してますね。
全体としてコンパクトにすっきりとまとまっていて、よかったと思います。
一貫性についてあえて言うなら…第2文でしょうか。
一読した後に読み返すと、多少全体との繋がりが弱いような気がしました。
小悪魔の内面を描いた大事な文だと思うので、全体との調和にもう一工夫あれば、なおよかったのではないかなぁと。
以上は私の主観ですので、ここは大丈夫とお考えでしたら、さらっと聞き流してください。
しかし…語り部さんのお話がわかんないよう(泣
どうも私は書き出しが苦手のようで……。ちょくちょく修正かけよう……。てか書き終わってから推敲しろよ自分……。
語り部のお話に関しては……だいぶ端折ったから判り難いのかも……。ヒントとしては「ジャバウォック」「ハンプティダンプティ」「アリス」といった所です(AM○Sじゃないですよ?)。
ごめんなさい作者殿、拙僧はいかんせん萌えたでごさいですさね…!!
語り部とちび小悪魔の別れ際のやりとりが妙にかなしいっつーか何か深い意味や設定みたいなものを妄想してしまうっ…!!なんつーか…小悪魔本人ですら分かっていない不安っていうのを語り部に諭されて、「そんな事……」って呟く小悪魔が儚い…。
図書館で生きる者達の、不思議な日常っていう雰囲気が感じられて、私はこの話がとても好きです。語り部の存在もこの不思議さを出すにあたっていいインパクトですね。
…つか…WAYYYYYYYYYYYY!?漏れの小悪魔が好きって…そんな旦那恐れ多い事ってくれはる……!?やっべ、蝶・恐縮!!つかありがとう!!姉妹ってのもあり、というかイイ(・∀・)!!ですね。
…乱文失礼しますた。あと最後に、語り部の話がワカンネorz
ゴッ(何か重たいもので頭を殴ったような音。
……失礼いたしました。作者もまさかご本人がいらっしゃるなんて思ってもいなかったようで。こんな稚拙な作品にそんなご大層な感想をもらえるなんて、きっと作者も草葉の陰で喜んでる事でしょう。
あ、あと、解らない人が多いようなので、語り部が話していたお話のことでも。
作者曰く、ルイス・キャロル作の『鏡の国のアリス』の、要所要所だけを区切ったモノだそうです。……全く、区切りすぎて本人以外は解らないんじゃないかしら?
と、今日はそんなところで。
それではまた。
リ:お姉さま、ここに転がってる血まみれの死体、何? というか、誰?
ト:……さぁ
もう、リトルの行動が可愛くて……いいっ!
小悪魔の存在、語り部の表現……凄くいいと思いますよ。
むしろコーラスで考える列車だけでも十分なくらいです。
話自体が不思議で図書館っぽい雰囲気がでてていいです。
点数はこの場ではフリーレスで・・・